大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜、その製造方法及び色素増感型デバイス電極
【課題】生体関連分子等を選択的かつ大量にハンドリングできるような、直径が30〜150nmの範囲の大孔径が存在し、その連結孔に関しても生体関連分子が通過できるような大きさの遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方及び透明薄膜を提供する。
【解決手段】親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニットと、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニットのブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする。
【解決手段】親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニットと、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニットのブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤存在下で調製した酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛の大孔径ナノ空間を大量に有する透明薄膜及びその製造方法に関するものであり、遷移金属酸化物の表面と生体関連分子との相互作用から誘導される吸着分離材として、また、遷移金属酸化物の表面に固定化した生体関連分子を利用する色素増感型デバイスの高感度センシングを可能とする電極部材としての、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
両親媒有機化合物が溶液中で自己集合する性質を利用して合成されるメソ多孔体は、骨格を構成する組成に応じて様々な応用展開が期待される。その中でも、シリカ系材料を中心に、孔径の制御、形態の制御、骨格内への異種元素の導入、メソ孔内の機能化等に関する研究開発と並行して、有機修飾等も利用しながら、医薬品等の比較的大きな有機分子の関与する吸着分離や、ドラッグデリバリーシステム(DDS)、触媒反応等への利用が検討されている。しかしながら、シリカ系材料によるメソ多孔体の孔径の制御範囲は広いものではなく、上記の利用に関しては未だ満足できるものとはなっていないのが現状である。
【0003】
また、非シリカ系材料に関しても、有機分子集合体を利用した多様なメソ多孔体の合成が報告されているが、そのほとんどがポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレン−ポリオキシエチレン(EOnPOmEOn、n、mは各ユニットの重合数)系トリブロック共重合体を利用して合成されたものであり、孔径の制御範囲は広いものではない。
【0004】
また、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛等の半導体酸化物のメソ多孔体合成も数多く提案されているが、孔径は概ね10nm以下の範囲であり、従って、タンパク質やDNAのような大きさが10nmを超えるような生体関連分子等を選択的にハンドリングすることには利用できず、そのため更なる孔径の増大が望まれている。
【0005】
さらに、ポリスチレン(以下、PSと略称する)等の球状粒子の規則的な積層構造(オパール構造)を転写して無機酸化物の大孔径ナノ空間を有するマクロ多孔体(逆オパール構造)を得る方法が提案されている(非特許文献1)。この場合には200nmを超えるような大きな直径の球状細孔の形成は比較的多く提案されているが、それより小さな直径の多孔体薄膜の合成は知られていない。分散溶媒の揮発速度に比べて、小さなPS球状粒子の積層(沈降)速度が遅いために、PS球状粒子を精密に積層することが困難であり、また、球状粒子の積層、無機前駆溶液の浸漬、分散溶媒の乾燥等多段階の合成プロセスが必要となる点もこのプロセスの短所である。例えば、薄膜の形成を行う場合にスピンコート法で成膜すると溶媒の揮発速度が速いために球状粒子が積層する前に薄膜が形成してしまい、球状PS粒子が孤立した状態で薄膜内部に導入されてしまう場合がある。
【0006】
これらの状況に対し、ポリスチレン−ポリオキシエチレンジブロック共重合体(以下、PSn−b−PEOmと略称する)(n、mは各ユニットの重合数)を用いた合成により、幾つかの大孔径メソ多孔体の合成が報告されているが、これらにおいても孔径の増大は不十分である。
【0007】
PSn−b−PEOmを用いた合成の特徴は球状メソ孔が生成しやすい点にあるが、生成したメソ孔の直径が生体関連分子のサイズに対応したものであったとしても、球状のメソ孔間の連結孔を生体関連分子が通過できなければ薄膜内部全体を有効に利用できないことから、単純に生成したメソ孔の直径をそのまま生体関連分子のサイズと関係付けてハンドリングが可能となることにはならない。
【0008】
例えば、PS35−b−PEO109を用いてメソポーラスシリカを合成した場合、孔径10nmの球状メソ孔が1nmにも満たない孔で連結されており、ほぼ孤立した状態で存在している(非特許文献2)。また、PS230−b−PEO125を用いて合成したメソポーラスカーボンにおいても球状メソ孔が生成し、孔径は最大で26nmであるが、5nm程度の連結孔が存在しており、シリカの場合には孔径が31nm近くのものが得られるが、その球状メソ孔は孤立しており、水熱処理を行うことで漸く孔で連結された状態にできる(非特許文献3)。PS35−b−PEO109を用いて合成したメソポーラス白金の孔径も15nmにしかなっておらず、この場合も小さな孔で連結されているに過ぎない(非特許文献4)。
【0009】
また、酸化チタン薄膜をPS60−b−PEO450を用いた合成例では、薄膜全体にクレーター状の空間(凹凸構造)が存在しているだけで、多孔質薄膜になっているわけではない。記載内容から算出できるクレーター状の空間の直径は30nm程度とそれほど大きいものではない(非特許文献5)。従って、PSn−b−PEOmを用いた合成に関しては、生体分子を薄膜全体にまで拡散できるような多孔質構造を有する薄膜の合成は実現されていないのが現状である。
【0010】
上記のように、PSn−b−PEOmを利用したことにより、ある程度の孔径の増大は実現されたが、十分とは言えず、更には、連結孔が非常に小さいために、タンパク質やDNA等の10nm以上の大きさの生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングできるような直径が30〜100nm、或いはそれ以上の範囲の大孔径を有する無機酸化物の合成はほとんど例がないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Chemistry of Materials, 2008, Vol.20, p.649-666.「Morphological control in colloidal crystal templating of inverse opals, hierarchical structures, and shape particles」
【非特許文献2】Advanced Functional Materials, 2003, Vol.13, p.47-52.「Self-assembly and characterization of mesostructured silica films with a 3D arrangement of isolated spherical mesopores」
【非特許文献3】Journal of the Americal Chemical Society, 2007, Vol.129, p.1690-1697.「Ordered mesoporous silicas and carbons with large accessible pores templated from amphiphilic diblock copolymer poly(ethylene oxide)-b-polystyrene」
【非特許文献4】Angewandte Chemie International Edition, 2008, Vol.47, p.5371-5373.「Mesoporous platinum with giant mesocages templated from lyotropic liquid crystals consisting of diblock copolymers」
【非特許文献5】Journal of Materials Chemistry, 2009, Vol.19, p.7245-7250.「A versatile approach to the fabrication of TiO2 nanostructures with reverse morphology and mesoporous Ag/TiO2 thin films via cooperative PS-b-PEO self-assembly and a sol-gel process」
【非特許文献6】特許庁HP「資料室(その他参考情報)標準技術集:色素増感太陽電池2007.3.14」
【非特許文献7】Nature, 1991, Vol.353, p.737-740.「A low-cost, high-efficiency solar cell based on dye-sensitized colloidal TiO2films」
【非特許文献8】Journal of the American Chemical Society, 1993, Vol.115, p.6382-6390.「Conversion of light to electricity by cis-X2bis(2,2'-bipyridyl-4,4'-dicarboxylate)ruthenium(II) charge-transfer sensitizers (X = Cl-, Br-, I-, CN-, and SCN-) on nanocrystalline titanium dioxide electrodes」
【非特許文献9】Nature, 1998, Vol.395, p.583-585.「Solid-state dye-sensitized mesoporous TiO2 solar cells with high photon-to-electron conversion efficiencies」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、生体関連分子等を選択的かつ大量にハンドリングできるような、直径が30〜150nmの範囲の大孔径が存在し、その連結孔に関しても生体関連分子が通過できるような大きさの遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法及び透明薄膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、鋭意研究を積み重ねた結果、PSn−b−PEOmの存在下で半導体酸化物薄膜を合成する際に、重合数の極めて大きいものを利用すると同時に、添加する無機原料を最適化することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
即ち、本発明によれば上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0015】
第1:親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニット(以下、PEOユニットと略称する)と、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニット(以下、PSユニットと略称する)のブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法である。
【0016】
第2:上記第1の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜の構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される規則的、又は不規則的な球状空間の集合である。
【0017】
第3:上記第2の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、界面活性剤の自己集合によって規定される大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmの範囲内である。
【0018】
第4:上記第1から第3の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、大孔径ナノ空間が、10nmより大きい孔によって連結される。
【0019】
第5:上記第1から第4の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜の主成分が、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛であって、非晶質構造、結晶構造又はその中間相を有する。
【0020】
第6:上記第1から第5の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜を、高温で界面活性剤を除去する過程で結晶化させる。
【0021】
第7:上記第1から第6の方法によって製造された透明薄膜であって、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が規則的又は不規則に集合してなることを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜である。
【0022】
第8:上記第7の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmである。
【0023】
第9:上記第7又は第8の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が、直径が10nmより大きな孔によって連結してなる。
【0024】
第10:上記第7から第9の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、透明薄膜が、非晶質の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛から選択される1種以上から構成されている。
【0025】
第11:上記第7から第10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜からなることを特徴とする生体関連分子の吸着分離材である。
【0026】
第12:上記第7から第10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の大孔径ナノ空間に機能性色素分子を固定化したことを特徴とする色素増感型デバイス電極である。
【発明の効果】
【0027】
上記第1から第6の本発明の方法によれば、PSユニットのブロック共重合体の重合数を規定した重合数の極めて大きいPSn−b−PEOmの存在下で遷移金属酸化物の種類を規定して透明な前駆溶液を調製することにより、直径が100nmを超えるような大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の成膜が可能であり、大孔径ナノ空間周囲の壁厚を薄くすることで連結孔を生成、増大させることができる。
【0028】
また、上記第7から第10の発明によれば、上記第1から第6の発明の方法によって大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を現実のものとすることができる。
【0029】
また、上記11、12の発明によれば、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は、生体関連分子を大量に固定化することができるので、吸着分離材として利用でき、更に、色素分子を標識した生体関連分子を利用することで色素増感太陽電池の電極部材、色素増感の原理を利用した有害化学物質の高感度センサーの電極部材としての利用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】(a)は実施例1の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の走査型電子顕微鏡(以下、SEMと略称する)写真であり、(b)は拡大したSEM写真である。
【図2】実施例1の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を合成する際に利用した透明前駆溶液を乾燥して得られた粉末試料の粉末X線回折(以下、XRDと略称する)のグラフである。
【図3】実施例2の大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜のSEM写真である。
【図4】実施例2の大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜のXRDのグラフである。
【図5】(a)は実施例4のスピンコート速度を3000rpmで成膜し、400℃で焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着挙動を示したグラフであり、(b)は脱離挙動を示したグラフである。
【図6】実施例4の異なる焼成温度で合成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の変化を示したグラフである。
【図7】実施例4の各種酸化チタンの多孔体薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の比較である。
【図8】実施例4の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンと酸化スズの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の比較を示したグラフである。
【図9】実施例5の各種酸化チタンの多孔体薄膜表面へのCy5−ssDNAの吸着量の比較を示したグラフである。
【図10】実施例5の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−ssDNAを120mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図11】実施例5の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−ssDNAを6mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図12】実施例6の400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面へのCy5−XG69の吸着を示したグラフである。
【図13】実施例6の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−XG69を120mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図14】実施例6の450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面での抗原抗体反応を経て吸着する2次抗体からの蛍光値測定結果を示すグラフである。
【図15】実施例6の450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面での抗原抗体反応を経て吸着する2次抗体に標識したCy5からの光電流測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
【0032】
本発明に用いる遷移金属酸化物の金属原料としては、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの内から選択される1種以上を用いることができる。
【0033】
前記金属原料を遷移金属酸化物とするには、エタノール溶液に金属塩を添加する方法、また、金属アルコキシドに塩酸を加えて加水分解する方法により調製することができる。
【0034】
上記金属原料を用いることにより、例えば、反応時に塩化物から塩化水素が発生する或いは塩酸を添加することで溶液が塩酸酸性になっていれば、後述する界面活性剤の親水性部がプロトン化され、溶解無機種との相互作用が強くなる。
【0035】
また、金属アルコキシドを用いた場合にも、反応を制御する目的と同時に、塩酸を添加して酸性の前駆溶液を調製すればよく、最終的に無機原料を含む溶液が塩酸酸性であれば各種金属塩(硝酸塩、酢酸塩等)を出発原料に用いても問題はない。塩化物とアルコキシドを混合するだけでも酸化物ネットワークの形成が促され、同時に塩化水素が発生して酸性の前駆溶液を調製することができる。
【0036】
本発明に用いられる界面活性剤は、親水的な役割を果たすPEOユニットと疎水的な役割を果たすPSユニットから構成されるブロック共重合体である。
【0037】
上記界面活性剤を本発明の製造方法に適用するには、溶媒に上記の界面活性剤を溶解して界面活性剤溶液を調製する。
【0038】
界面活性剤溶液を調製するためにはPSn−b−PEOmを完全に溶解することが可能な溶媒の選択が重要である。PSn−b−PEOmは各種溶媒への溶解性が低いためにその選択は容易ではないが、例えば、溶媒にはテトラヒドロフラン(以下、THFと略称する)が好ましく、THFとエタノールとの混合溶媒を用いることで比較的容易に透明な界面活性剤溶液を調製することができる。また、ジオキサン等の極性溶媒もPSn−b−PEOmを溶解する能力に優れており好適に用いることができる。
【0039】
PEOユニットは、溶液中で溶解無機種と水素結合によって相互作用することが可能であり、また、塩酸酸性溶液中で使用することでプロトン化したPEOユニットと溶解無機種がより強く静電的に相互作用し、界面活性剤が自己集合する過程でも親水性部近傍に安定的に無機種を存在させることができ、無機種間の結合生成等を経て、無機有機メソ構造体を生成させることができるため好ましい。
【0040】
疎水性を示すユニットをPSユニットとする理由は、親水性と疎水性の差が大きい場合には、分子量の大きい、即ち重合度の大きいブロック共重合体を用いた場合にも界面活性剤としての自己集合構造を形成するからである。例えば、EOnPOmEOnを用いたメソ多孔体の合成は世界中から数多く論文報告されているが、ユニット毎の重合数は最大でも100程度である。それ以上の重合度のEOnPOmEOnを利用すると相分離を起こすようになるために、ナノレベルでの構造規則性を付与するために利用しずらくなる。そのため、ポリオキシプロピレン鎖ではなく、疎水性の強いPSユニットを含むブロック共重合体が大孔径ナノ空間を有する化合物の構造規定剤として必要となる。
【0041】
PEO−PSジブロック共重合体以外にも、PEO−PS−PEOトリブロック共重合体であっても親水性と疎水性の差は同様であるので、大孔径ナノ空間を有する化合物の構造規定剤として利用することができる。
【0042】
PSn−b−PEOm等の親水性と疎水性の差が大きいユニットから構成されるブロック共重合体は、極性溶媒中では球状に自己集合する性質が強い。そのため、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜のナノ構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される球状の大孔径ナノ空間の集合体であるとしている。
【0043】
用いるブロック共重合体の分子量分布が広いと、会合数や分子量の違いから球状の集合体にもサイズのばらつきが生じるため、ナノ孔の集合が不規則になる場合がある。
【0044】
一方、分子量分布が狭い場合には均一なナノ孔が生成し易く、大孔径ナノ空間が規則的に集合する傾向がある。しかし、無機種との相互作用の程度によっても親水部の見かけの分子量が変化するために最適条件下では規則性が高くなることがある。従って、球状粒子の規則的な積層構造として、各種立方構造及び三次元六方構造を有する大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造も可能である。
【0045】
直径が30nmを超える大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得るためには、PSn−b−PEOmの重合数、特に球状集合体のコア部分に相当するPSユニットの重合数が重要である。
【0046】
例えば、PSn−b−PEOmが1分子で球状の集合体を形成すると仮定すると、PSユニットの密度を1.06gcm-3(100nmラテックス球の密度を参考)、PS35−b−PEO109では直径10nm(シリカでは10nm)(非特許文献2参照)、PS230−b−PEO125では直径が20nm(シリカでは31nm)(非特許文献2参照)の球状のPS部分が生成していると計算できる。即ち、PSユニットの重合数と孔径が単純な比例関係にあるわけではなく、重合数が大きなPSn−b−PEOmを用いた場合には数分子が会合していると解釈することができる。
【0047】
例えば、PS230−b−PEO125を用いた合成で孔径が30nm程度の多孔体が生成しているならば(非特許文献3参照)、少なくとも4分子前後のPS230−b−PEO125分子が会合していると解釈できる。
【0048】
例えば、1分子集合体で直径30nmのPSユニットのコア部分の生成を実現するためにはPSユニットの分子量が100000(重合数は約960)程度のものが必要であり、数分子が会合することができれば、更に大きなPSユニットのコア部分が生成すると予想できる。
【0049】
しかしながら、このような巨大な界面活性剤分子が単独で球状粒子を生成するか、又は複数分子が集合するのか、相分離を起こすのかは明らかにはなっていない。加えて、重合数の増大は溶解性を大きく低下させてしまうために、透明な前駆溶液を調製できるかも疑問である。球状粒子の生成或いは複数分子からなる集合体の形成が可能であると仮定すると、例えば、PSユニットの分子量が100000の場合に50nmになるには5分子、100nmになるには32分子、150nmになるには108分子が会合する必要があるとすることができる。
【0050】
一般に界面活性剤の会合数は分子量が大きいほど大きくなるとされているので、重合数と会合能力の両方を考慮して界面活性剤の分子構造を規定することができ、実際に直径が30nmを超える大孔径ナノ空間を有する化合物を得るためには、PSユニットの重合数と会合数の両方を同時に考慮する必要がある。
【0051】
従って、PSユニットの重合数が300程度であれば3分子が会合すると30nm余りのPSコア部分の形成は可能であると考えられる。重合数を4000程度まで増大しても、1分子で50nm程度の球状の集合体の形成が可能であり、150nmのPSユニットのコア部分を形成するには会合数が30分子程度あればよい。
【0052】
PSn−b−PEOmの重合数としては生成したコア部分を取り囲むことが可能であれば、PEOユニットの重合数(m)にそれほど厳密な制限はない。
【0053】
ただし、PSユニットの重合数が大きくなると溶解性が大きく低下することが考慮されるので透明な前駆溶液を調製するための溶媒の選択が重要になる。
【0054】
PEOユニットはシェル部分に相当し、その部分と相互作用して骨格を形成する遷移金属種の量が多すぎると折角生成した大きな孔は孤立してしまう。直径が30〜150nmのような大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜が得られても、10nmを超えるような生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングするのに十分なサイズの連結孔が必ずしも存在しているわけではない。
【0055】
PEOユニットの重合数とも関連しながら、大孔径ナノ空間周囲の壁厚は無機原料の供給量によって概ね決定するので、その量を制御して壁厚を薄くしていくことで連結孔を制御することができる。
【0056】
本発明の所望の連結孔を形成するための透明な前駆溶液の調製は、酸化チタンの場合、PS−b−PEO/溶媒(THF:エタノール=4:1)の重量比で、0.5〜1.2の範囲で球状のマクロ孔が形成し、0.8〜1.0の範囲で連結孔の生成が多くなり好ましい。1.2〜2.0の範囲では球状のマクロ孔は消失し、酸化物粒子が生成する。
【0057】
具体的には、例えば、PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、チタンテトラプロポキシド(0.135g)に濃塩酸(0.296mL)を加水分解したものを混合して調製した前駆溶液を挙げることができ、また、PS960−b−PEO3400(0.08g)を、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、無水二塩化スズ(0.06g)に濃塩酸(0.296mL)を加水分解して純水(0.2mL)を添加したものを混合して調製した前駆溶液、PS960−b−PEO3400(0.08g)を、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、塩酸酸性下、無水酢酸亜鉛(0.087g)から調製された前駆溶液等を挙げることができる。
【0058】
また、逆にPEOユニットの重合数を減らしても、相互作用によりシェル部分に存在できる無機種の量が制御できるので、その重合数と無機原料の添加量の合成条件を最適化することにより壁厚を制御して連結孔を制御することができる。
【0059】
上記のように、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の構造とPSn−b−PEOmの分子構造とは大きく関係していることは言うまでもなく、PSn−b−PEOmの分子量分布は孔径分布、重合数は孔径や溶解性に主に影響すること等を考慮して、THF/エタノール比、溶媒量、塩酸量、反応時間等種々の合成条件を適宜調製して所望の透明薄膜を得ることが可能となる。PSn−b−PEOm自身が単独でも溶媒中で球状に集合する傾向が強いことから、透明な前駆溶液を調製することが極めて重要である。ただし、透明薄膜全体に大孔径ナノ空間を導入するためにはPSn−b−PEOmに対する遷移金属種の量も重要であり、このことは球状のナノ空間の連結性にも大きく影響する。
【0060】
次に、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の具体的な製造方法について説明する。
【0061】
遷移金属種を含む透明な前駆溶液を調製するためには、エタノール溶液に塩化物を添加して得られた酸性溶液或いはアルコキシドに濃塩酸を加えて加水分解した溶液を、別に調製した界面活性剤溶液と混合する。
【0062】
得られた透明な前駆溶液を基板上に成膜した後、界面活性剤を除去して、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得る。
【0063】
上記基板としては、表面が平滑であり、成膜に支障をきたすものでなければ特に制限はなく、例えば、ガラス、石英、シリコン、単結晶ITO、グラファイト、テフロン(登録商標)等の基板を好適に用いることができる。
【0064】
また、成膜のための塗布方法としては、スピンコート、ディップコート等の公知の方法により塗布することができる。これらの方法によれば、スピンコート速度や、ディップコートの引き上げ速度等の塗布条件を適宜調製することにより膜厚をコントロールすることができる。
【0065】
成膜した薄膜から界面活性剤を除去する方法としては、焼成又は、UVオゾン処理により除去することができる。
【0066】
焼成による界面活性剤の除去条件としては、例えば、250℃という低温でも界面活性剤を除去することは可能であり、その際には遷移金属種は非晶質構造のままで大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。また、遷移金属種により結晶化温度は異なるが、更に高温で処理しても大孔径ナノ空間の構造は崩壊することなく、遷移金属種が結晶化した大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。
【0067】
球状のPSn−b−PEOm集合体を大量に含む遷移金属酸化物薄膜は透明性が高いため、上記の焼成による界面活性剤除去の他、紫外線照射によるUVオゾン処理によっても界面活性剤を除去することがでる。
【0068】
低温での焼成又は、UVオゾン処理により界面活性剤を除去した場合には、非晶質な骨格構造の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛からなる大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。また、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛それぞれの結晶化温度以上で焼成して界面活性剤を除去すると、同時に骨格構造の結晶化が徐々に進行し、微結晶を含む(非晶質構造と結晶構造の中間相)構造から特有の結晶構造を有する酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛からなる大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることが可能となる。
【0069】
以下に、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の利用方法について具体的に例示して説明する。
【0070】
医薬品等の比較的大きな有機分子の関与する吸着分離、DDS、触媒反応等の利用には、既存の10nm以下の孔径のメソ多孔体でも十分に対応することができるが、タンパク質やDNA等の生体関連分子等は10nmを超えるような分子サイズを有するため、これらの分子を選択的かつ大量にハンドリングすることは困難である。
【0071】
本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜によれば、遷移金属酸化物の透明薄膜内に直径が30〜150nmの範囲に大孔径ナノ空間が大量に存在し、10nmを超えるような生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングするのに十分なサイズの連結孔を有しているので、酵素反応等に代表されるように、タンパク質やDNA等の生体内では極めて選択的かつ効率的に各種反応に重要な役割を果たすような機能性有機化合物を取り扱うための特異反応場とすることができる。
【0072】
大孔径ナノ空間を構築する遷移金属酸化物の表面との相互作用を利用することで、機能性色素分子を選択的かつ大量に吸着させることができ、機能性色素分子が強く固定化できる場合には混合物からの分離も可能である。
【0073】
また、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を電極材料として用いることもできる。
【0074】
Gratzel型の色素増感太陽電池(非特許文献6参照)に関する研究では、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛、酸化タングステン等の遷移金属酸化物と色素との各種組み合わせが検討されているが、酸化チタンとルテニウム錯体との組み合わせを超えるような変換効率を示すものは見つかっていない。例えば、酸化チタンのナノ結晶粒子とルテニウム錯体との組み合わせで変換効率10%を実現したと報告されている(非特許文献7〜9参照)。これには、酸化チタン電極をナノ粒子で設計しているのは色素分子(ルテニウム錯体)の吸着量をより多くするためであるということが記されている。
【0075】
本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は極めて有用な電極材料として、色素分子の吸着量を大幅に増大させられるだけでなく、薄膜の透明性が極めて高いために光エネルギーの効率的な変換も期待できる。
【0076】
即ち、大量の機能性色素分子が酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛の大孔径ナノ空間の表面に強く固定化することができ、光エネルギーを大量に色素分子で捕捉して半導体電極へ移動させられるので、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は色素増感太陽電池の電極材料として有効に用いることができる。
【0077】
更に、色素増感の原理を利用したセンサー系の構築にも、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を電極材料として利用することができる。
【0078】
例えば、ごく微量でも毒性の高い環境ホルモンを高感度にセンシングするために、標識色素を利用して色素増感型デバイスを構成する。環境ホルモンとして疑われている化学物質(ダイオキシン類、エストラジオール、ビスフェノールA等)を可能な限り大量かつ選択的に半導体電極表面に吸着させることが高感度化にとって極めて重要となる。色素増感太陽電池では、光励起した色素からエネルギーが半導体電極に移動して電流が発生するという原理で太陽光の利用が可能になる。
【0079】
センサー系では、光励起された標識色素から発生する蛍光或いは電子(光電流)をそれぞれ蛍光スペクトル測定或いは電流計を用いて検出する。例えば、電極表面に色素標識したDNAを固定化すると、ダイオキシン類が極めて選択的にDNA分子と相互作用する。吸着と同時に標識色素が変性するので、変性した色素からの蛍光或いは光電流を検出することで高感度にダイオキシン類をセンシングできる。このときのDNAをダイオキシン受容体と呼ぶ。エストラジオール受容体を電極表面に固定化しておけば、エストラジオールを高感度にセンシングできる。酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛いずれの大孔径ナノ空間を有する透明電極でも大量にDNA分子を固定化できる。
【0080】
ビスフェノールAの場合には、抗原抗体反応(モノクローナル抗体)を利用することで選択的な捕捉が可能である。抗体(1次)を電極表面に固定化し、ビスフェノールAが存在する場合に限り、抗原がビスフェノールA挟み込む形で抗体(2次)と反応する。即ち、2次抗体を色素標識しておくことで、色素増感の原理を利用したセンシングが可能になる。
【実施例】
【0081】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
実施例1
PSn−b−PEOmとして、PSユニットの数平均分子量が100,000(重合数が約960)、PEOユニットの数平均分子量150,000(重合数が約3400)のもの(PS960−b−PEO3400)を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)は、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)混合溶媒に完全に溶解した。次に、チタンテトラプロポキシド(0.135g)に濃塩酸(0.296mL)をゆっくり滴下して予め加水分解した透明な溶液を調製し、その後界面活性剤の溶液と混合して透明な前駆溶液を得た。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで薄膜を得た。成膜直後に、酸化チタン骨格のネットワーク形成を減速さるために薄膜を−20℃に冷却し、空気中の湿気で薄膜内部に霜が張る前までに50℃での乾燥作業に進み、250℃或いは400℃で焼成して界面活性剤の除去を行い、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を得た。同様にして、重合数の少ないPSn−b−PEOmを利用することで、任意により小さい直径のナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を得ることも可能であった。
【0082】
図1(a)に示す得られた薄膜のSEM観察から大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在している様子が確認できた。この場合、ナノ空間の直径には分布があり、10〜200nm、多くは30〜150nmの範囲のナノ空間の存在を確認することができた。また、図1(b)に示す高倍率でのSEM観察からは、大孔径ナノ空間が10nmより大きな孔によって連結している様子も確認することができた。
【0083】
透明前駆溶液をトレイで乾燥させて得られた粉末試料を250℃及び400℃で焼成して、酸化チタン骨格の結晶性と焼成温度との関係をXRD測定した。その結果を図2に示す。250℃で焼成した場合にはほとんどが非晶質構造、400℃で焼成した場合には酸化チタンのアナターゼ相に帰属可能な回折ピークの存在が確認できた。
【0084】
これにより、焼成温度によって、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の骨格の結晶性を制御することができることが確認された。また、薄膜を削り取って、透過型電子顕微鏡で高倍率観察を行うと、400℃で焼成した薄膜の骨格内部に5〜10nm程度のアナターゼ結晶が大量に存在している様子が見られた。スピンコート速度を800〜3000rpmで成膜した結果、250℃或いは400℃で焼成した後の膜厚は200nm前後であった。クリプトン(Kr)ガス吸着測定により薄膜の多孔性を評価した結果、比表面積は30m2cm-3前後であった。
実施例2
PS960−b−PEO3400を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(10g)混合溶媒に完全に溶解した。次に、無水二塩化スズ(0.06g)に濃塩酸(0.296mL)滴下して予め加水分解して得た溶液に純水(0.2mL)を添加し、PS960−b−PEO3400溶液と混合して透明な前駆溶液を調製した。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで薄膜を得た。成膜直後に一端薄膜を−20℃に冷却し、50℃で乾燥した後に450℃で焼成して界面活性剤の除去を行った。
【0085】
図3に示すSEM観察から、得られた薄膜の大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在しており、ナノ空間の直径は10〜150nmと見積もることができ、更に、大孔径ナノ空間が10nmより大きな孔によって連結してなる様子も確認できた。大孔径ナノ空間は酸化スズのナノ結晶によって取り囲まれている様子も確認されており、透明薄膜のXRD測定を直接行った結果、酸化スズ骨格が十分に結晶化していることが確認できた。そのXRD測定の結果を図4に示す。
【0086】
以上より、大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜を得ることができたわけであるが、この場合には、スピンコート速度を1500rpmとした結果、450℃焼成後の膜厚は約200nm、Krガス吸着測定により算出した比表面積は約40m2cm-3であった。
実施例3
PS960−b−PEO3400を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化亜鉛の透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(11.76mL)混合溶媒に完全に溶解した。次に、塩酸酸性下、無水酢酸亜鉛(0.087g)から調製された透明溶液を界面活性剤溶液と混合して透明な前駆溶液を調製した。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで成膜し、完全に乾燥させた後に400℃で焼成して界面活性剤の除去並びに酸化亜鉛骨格の結晶化を行った。
【0087】
酸化チタンや酸化スズの場合と同様に、得られた薄膜のSEM観察から大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在していることが確認できた。透明薄膜のXRD測定から、酸化亜鉛骨格が十分に結晶化していることが確認できた。無水酢酸亜鉛の代りに無水塩化亜鉛を用いた場合にも、大孔径ナノ空間を有する透明薄膜を得ることができた。
実施例4
大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜表面への生体関連色素分子の吸着実験を行った。
【0088】
0.1μmのシトクロムc(以下、Cy−cと略称する)の水溶液を調製し、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を浸漬して吸着実験を行った。シトクロムは共有結合したヘム基を持つ色素タンパクであり、紫外可視分光測定(UV−Vis)で410nm付近にヘム基に由来するソーレー帯吸収が観察されるため、その吸収ピークの減少からCy−cの吸着挙動を追跡し、初期濃度との変化から吸着量を算出した。吸着実験開始から120分経過するとスペクトルの変化がほとんど観察されなくなるため、次に吸着実験後の薄膜を純水中に再度浸漬して、Cy−cの脱離挙動を追跡した。
【0089】
実施例1で調製した透明な前駆溶液を、スピンコート速度を3000rpmで成膜し、400℃で焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着挙動を図5(a)に、脱離挙動を図5(b)に示す。透明薄膜を浸漬すると、時間の経過とともにCy−cが吸着している様子が確認でき、吸着実験開始から120分経過するとスペクトルの変化がほぼ定常状態に達した。
【0090】
脱離挙動のスペクトル変化を示す図5(b)は縦軸のスケールを15倍に拡大しているが、Cy−cの脱離がほとんど観察されなかった。このことは、酸化チタン表面にCy−cが強く固定化していることを示している。
【0091】
図6に、250〜600℃の異なる焼成温度で合成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着量の変化を示す。このXRD測定により、焼成温度を高くするとアナターゼ相が生成して結晶性が向上することが確認された。焼成温度を高くすると、比表面積はほとんど変わらないのに、Cy−cの吸着量が増大した。従って、酸化チタン骨格の結晶性もCy−cの吸着量に影響を与えていることがわかる。
【0092】
比較として、各種酸化チタンの多孔体薄膜の表面へのCy−cの吸着量の比較を行った。その結果を図7に示す。メソ多孔体薄膜(F127と表記する)、エマルジョン由来のマクロ孔を含むメソ多孔体薄膜(F127+TIPBzと表記する)、PSビーズを添加して導入したマクロ孔を含め(F127+PS(x)と表記する)(xは5重量%PS水溶液添加量)メソ多孔体薄膜並びに酸化チタンのナノ粒子の体積膜(P25 filmと表記する)と比較して、比表面積が小さいにも関わらず、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着量が圧倒的に大きな値を示した。このことは、メソ多孔体薄膜内にはCy−c(10nm程度の分子径)が導入できず、Cy−cの吸着が表面近傍に制限されたためである。従って、マクロ孔のみからなり大きな連結孔が大量に存在している本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜がCy−cのような比較的大きな分子に対して優れた吸着特性を示したと解釈できる。
【0093】
実施例2の酸化スズで調製した透明な前駆溶液及び、実施例3の酸化亜鉛で調製した透明な前駆溶媒による、大孔径ナノ空間を有する酸化スズ及び酸化亜鉛の透明薄膜を用いて同様の実験を行った。これによれば、酸化スズを用いた場合にも大量のCy−cが吸着することが確認された(図8参照)。ここから、大孔径ナノ空間の存在がCy−cの吸着には重要であり、薄膜内部にまで吸着していることが推測することができる。シトクロムはタンパク質がヘム基を取り囲むような構造しているため、酸化チタンや酸化スズ等の遷移金属酸化物骨格の表面にはタンパク質が相互作用しているものと考えられる。従って、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物は、シトクロムだけでなく、塩基配列構造を有するDNAやタンパク質等の生体関連分子の吸着分離材として極めて高い性能を示すと考えられる。
実施例5
実施例1で調製した透明な前駆溶液による大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜をフッ素ドープ酸化スズ(FTO)基板上へ成膜し、DNAの吸着実験を行った。DNA1分子に対して1分子の色素(シトクロム)を標識して、その標識色素からの蛍光発光の強度測定からDNA吸着量を算出した。その分子をCy5−ssDNA(塩基配列:GCGGCATGAACCTGAGGCCCATCCT)と表記する。シトクロムのヘム基内部には金属中心が鉄(Fe)のポルフィリン環構造が存在しており、生体内では電子伝達タンパク質として機能するが、光エネルギーを捕捉するための色素分子としてポルフィリン環構造が利用されている。
【0094】
具体的には、水に溶かしたssDNAを95℃で10分間加熱して変性させ、薄膜に5mLをスポット滴下して、95℃で10分間保持した。薄膜を0.2%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液で洗浄、純水での濯ぎ、沸騰水中2分間浸漬、エタノール中4℃で2分間浸漬の順で基板を洗浄処理して余分な生体分子を除去した。
【0095】
色素増感太陽電池の動作原理を利用して、光で励起して吸着している標識色素(Cy5)から発生する電子(光電流)が検出されるかを検討した。Cy5が吸着してない状態も評価するために、標識色素のないDNA(塩基配列:TTGAGCAAGTTCAGCCTGGTTAAG)の吸着実験も同様に行った。
【0096】
実施例4に示したCy−cの吸着、脱離挙動の調査では、水溶液からの吸着並びに水中への脱離の挙動からCy−cが酸化チタン並びに酸化スズの表面と強く相互作用していることを示した。実施例5では、Cy5−ssDNAを薄膜表面に固定化後、徹底的に基板を洗浄処理して余分な生体分子の除去行っているが、それにも拘らずCy5−ssDNAは薄膜表面に固定化されていたことから、極めて強く固定化されていることが確認された。
【0097】
各種酸化チタンの多孔体薄膜表面へのCy5−ssDNAの吸着量の比較を行った。その結果を図9に示す。400℃焼成して骨格を結晶(アナターゼ)化したF127及びF127+PS(x)と比較しても、本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜(3000rpmで成膜した場合を表示)が極めて高い吸着性能を示していることがわかる。Cy5−ssDNAの分子サイズが大きいために、F127及びF127+PS(x)の場合は薄膜内部までCy5−ssDNAの吸着ができないことを表している。標識色素が無い場合には当然蛍光発光が観察されないが、Cy5−ssDNAを吸着させると蛍光発光が確認でき、濃度を高くするとより多くのCy5−ssDNAが吸着する様子が観察された。
【0098】
次に、光で励起して吸着しているCy5から発生する電子(光電流)が検出されるかを確認した。図10に示すように、120mWという強い光で励起したにも関わらず、F127及びF127+PS(x)では極微量の光電流しか検出できなかった。一方、本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜(3000rpmで成膜した場合を表示)は非常に高い電流値を示している。図11に示すように、光源を6mWと非常に弱いものに変えても、励起色素からの光電流を十分に検出することができた。即ち、各種色素増感の原理を利用した太陽電池等、色素増感型デバイスの高感度電極として極めて有望であることが確認された。
【0099】
また、450℃焼成して骨格を結晶化した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面にもCy5−ssDNAが吸着することが確認された。400℃焼成して骨格を結晶化した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜の場合よりもCy5−ssDNA吸着量は1桁少なかったが、120mWの光で励起すると電流値が飽和してしまうほどであり、光源を6mWと非常に弱いものにすると光電流と色素吸着量の間に良好な関係が見られ、酸化チタン薄膜よりも大きな電流値を示した。
実施例6
実施例1で調製した透明な前駆溶液による大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜をFTO基板上へ成膜し、タンパク質(Anti−AFP抗体NB0−13、AFP:alpha−feto−protein、日本バイオテスト)の吸着実験を行った。NB0−131分子に対して1分子の色素(Cy5)を標識した分子をCy5−NB0−13と表記し、その標識色素からの蛍光発光の強度測定からタンパク質の吸着量を算出した。吸着しているCy5から発生する光電流が検出されるかについても確認した。
【0100】
さらに、抗原抗体反応を利用したタンパク質の検出を行った。PSA(Prostate Specific Antigen)抗体(XG−69、goat:Fitzgerald Industries International, Inc.)を1次抗体として固定化し、2次抗体にはタンパク質(Anti−PSA monoclonal抗体:5A6、mouse:Antibodies−Online GmbH)を用いた。この場合、5A61分子に対して1分子のCy5を標識して(Cy5−5A6)、その標識色素からの蛍光発光の強度測定並びに電流値測定から、タンパク質の吸着並びに光電流による検出が可能であるかをそれぞれ調査した。なお、タンパク質の蛍光修飾は全てCy5 mAb labelling kit(PA35001、GE Health Care)を用い、付属マニュアルに従って行った。
【0101】
図12からもわかるように、XG−69の濃度を濃くすると蛍光値が大きくなり、400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面にAnti−AFP抗体が吸着することが確認できた。450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜でも同様な結果が得られた。図13に示すように、吸着しているCy5から発生する光電流も検出され、色素吸着量と良好な相関関係が確認された。
【0102】
400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面で抗原抗体反応が進行している様子が蛍光測定からは確認できたが、光電流は検出されなかった。一方、図14に示すように、450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜でも、蛍光測定から抗原抗体反応が進行していることが確認できた。しかも、図15に示すように、光電流測定の結果も蛍光値と良好な相関が確認でき、酸化スズ薄膜の場合には、色素増感太陽電池の原理を利用した光電流の検出が可能であった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤存在下で調製した酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛の大孔径ナノ空間を大量に有する透明薄膜及びその製造方法に関するものであり、遷移金属酸化物の表面と生体関連分子との相互作用から誘導される吸着分離材として、また、遷移金属酸化物の表面に固定化した生体関連分子を利用する色素増感型デバイスの高感度センシングを可能とする電極部材としての、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
両親媒有機化合物が溶液中で自己集合する性質を利用して合成されるメソ多孔体は、骨格を構成する組成に応じて様々な応用展開が期待される。その中でも、シリカ系材料を中心に、孔径の制御、形態の制御、骨格内への異種元素の導入、メソ孔内の機能化等に関する研究開発と並行して、有機修飾等も利用しながら、医薬品等の比較的大きな有機分子の関与する吸着分離や、ドラッグデリバリーシステム(DDS)、触媒反応等への利用が検討されている。しかしながら、シリカ系材料によるメソ多孔体の孔径の制御範囲は広いものではなく、上記の利用に関しては未だ満足できるものとはなっていないのが現状である。
【0003】
また、非シリカ系材料に関しても、有機分子集合体を利用した多様なメソ多孔体の合成が報告されているが、そのほとんどがポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレン−ポリオキシエチレン(EOnPOmEOn、n、mは各ユニットの重合数)系トリブロック共重合体を利用して合成されたものであり、孔径の制御範囲は広いものではない。
【0004】
また、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛等の半導体酸化物のメソ多孔体合成も数多く提案されているが、孔径は概ね10nm以下の範囲であり、従って、タンパク質やDNAのような大きさが10nmを超えるような生体関連分子等を選択的にハンドリングすることには利用できず、そのため更なる孔径の増大が望まれている。
【0005】
さらに、ポリスチレン(以下、PSと略称する)等の球状粒子の規則的な積層構造(オパール構造)を転写して無機酸化物の大孔径ナノ空間を有するマクロ多孔体(逆オパール構造)を得る方法が提案されている(非特許文献1)。この場合には200nmを超えるような大きな直径の球状細孔の形成は比較的多く提案されているが、それより小さな直径の多孔体薄膜の合成は知られていない。分散溶媒の揮発速度に比べて、小さなPS球状粒子の積層(沈降)速度が遅いために、PS球状粒子を精密に積層することが困難であり、また、球状粒子の積層、無機前駆溶液の浸漬、分散溶媒の乾燥等多段階の合成プロセスが必要となる点もこのプロセスの短所である。例えば、薄膜の形成を行う場合にスピンコート法で成膜すると溶媒の揮発速度が速いために球状粒子が積層する前に薄膜が形成してしまい、球状PS粒子が孤立した状態で薄膜内部に導入されてしまう場合がある。
【0006】
これらの状況に対し、ポリスチレン−ポリオキシエチレンジブロック共重合体(以下、PSn−b−PEOmと略称する)(n、mは各ユニットの重合数)を用いた合成により、幾つかの大孔径メソ多孔体の合成が報告されているが、これらにおいても孔径の増大は不十分である。
【0007】
PSn−b−PEOmを用いた合成の特徴は球状メソ孔が生成しやすい点にあるが、生成したメソ孔の直径が生体関連分子のサイズに対応したものであったとしても、球状のメソ孔間の連結孔を生体関連分子が通過できなければ薄膜内部全体を有効に利用できないことから、単純に生成したメソ孔の直径をそのまま生体関連分子のサイズと関係付けてハンドリングが可能となることにはならない。
【0008】
例えば、PS35−b−PEO109を用いてメソポーラスシリカを合成した場合、孔径10nmの球状メソ孔が1nmにも満たない孔で連結されており、ほぼ孤立した状態で存在している(非特許文献2)。また、PS230−b−PEO125を用いて合成したメソポーラスカーボンにおいても球状メソ孔が生成し、孔径は最大で26nmであるが、5nm程度の連結孔が存在しており、シリカの場合には孔径が31nm近くのものが得られるが、その球状メソ孔は孤立しており、水熱処理を行うことで漸く孔で連結された状態にできる(非特許文献3)。PS35−b−PEO109を用いて合成したメソポーラス白金の孔径も15nmにしかなっておらず、この場合も小さな孔で連結されているに過ぎない(非特許文献4)。
【0009】
また、酸化チタン薄膜をPS60−b−PEO450を用いた合成例では、薄膜全体にクレーター状の空間(凹凸構造)が存在しているだけで、多孔質薄膜になっているわけではない。記載内容から算出できるクレーター状の空間の直径は30nm程度とそれほど大きいものではない(非特許文献5)。従って、PSn−b−PEOmを用いた合成に関しては、生体分子を薄膜全体にまで拡散できるような多孔質構造を有する薄膜の合成は実現されていないのが現状である。
【0010】
上記のように、PSn−b−PEOmを利用したことにより、ある程度の孔径の増大は実現されたが、十分とは言えず、更には、連結孔が非常に小さいために、タンパク質やDNA等の10nm以上の大きさの生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングできるような直径が30〜100nm、或いはそれ以上の範囲の大孔径を有する無機酸化物の合成はほとんど例がないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Chemistry of Materials, 2008, Vol.20, p.649-666.「Morphological control in colloidal crystal templating of inverse opals, hierarchical structures, and shape particles」
【非特許文献2】Advanced Functional Materials, 2003, Vol.13, p.47-52.「Self-assembly and characterization of mesostructured silica films with a 3D arrangement of isolated spherical mesopores」
【非特許文献3】Journal of the Americal Chemical Society, 2007, Vol.129, p.1690-1697.「Ordered mesoporous silicas and carbons with large accessible pores templated from amphiphilic diblock copolymer poly(ethylene oxide)-b-polystyrene」
【非特許文献4】Angewandte Chemie International Edition, 2008, Vol.47, p.5371-5373.「Mesoporous platinum with giant mesocages templated from lyotropic liquid crystals consisting of diblock copolymers」
【非特許文献5】Journal of Materials Chemistry, 2009, Vol.19, p.7245-7250.「A versatile approach to the fabrication of TiO2 nanostructures with reverse morphology and mesoporous Ag/TiO2 thin films via cooperative PS-b-PEO self-assembly and a sol-gel process」
【非特許文献6】特許庁HP「資料室(その他参考情報)標準技術集:色素増感太陽電池2007.3.14」
【非特許文献7】Nature, 1991, Vol.353, p.737-740.「A low-cost, high-efficiency solar cell based on dye-sensitized colloidal TiO2films」
【非特許文献8】Journal of the American Chemical Society, 1993, Vol.115, p.6382-6390.「Conversion of light to electricity by cis-X2bis(2,2'-bipyridyl-4,4'-dicarboxylate)ruthenium(II) charge-transfer sensitizers (X = Cl-, Br-, I-, CN-, and SCN-) on nanocrystalline titanium dioxide electrodes」
【非特許文献9】Nature, 1998, Vol.395, p.583-585.「Solid-state dye-sensitized mesoporous TiO2 solar cells with high photon-to-electron conversion efficiencies」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、生体関連分子等を選択的かつ大量にハンドリングできるような、直径が30〜150nmの範囲の大孔径が存在し、その連結孔に関しても生体関連分子が通過できるような大きさの遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法及び透明薄膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、鋭意研究を積み重ねた結果、PSn−b−PEOmの存在下で半導体酸化物薄膜を合成する際に、重合数の極めて大きいものを利用すると同時に、添加する無機原料を最適化することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
即ち、本発明によれば上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0015】
第1:親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニット(以下、PEOユニットと略称する)と、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニット(以下、PSユニットと略称する)のブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法である。
【0016】
第2:上記第1の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜の構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される規則的、又は不規則的な球状空間の集合である。
【0017】
第3:上記第2の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、界面活性剤の自己集合によって規定される大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmの範囲内である。
【0018】
第4:上記第1から第3の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、大孔径ナノ空間が、10nmより大きい孔によって連結される。
【0019】
第5:上記第1から第4の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜の主成分が、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛であって、非晶質構造、結晶構造又はその中間相を有する。
【0020】
第6:上記第1から第5の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法において、透明薄膜を、高温で界面活性剤を除去する過程で結晶化させる。
【0021】
第7:上記第1から第6の方法によって製造された透明薄膜であって、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が規則的又は不規則に集合してなることを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜である。
【0022】
第8:上記第7の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmである。
【0023】
第9:上記第7又は第8の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が、直径が10nmより大きな孔によって連結してなる。
【0024】
第10:上記第7から第9の発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜において、透明薄膜が、非晶質の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛から選択される1種以上から構成されている。
【0025】
第11:上記第7から第10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜からなることを特徴とする生体関連分子の吸着分離材である。
【0026】
第12:上記第7から第10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の大孔径ナノ空間に機能性色素分子を固定化したことを特徴とする色素増感型デバイス電極である。
【発明の効果】
【0027】
上記第1から第6の本発明の方法によれば、PSユニットのブロック共重合体の重合数を規定した重合数の極めて大きいPSn−b−PEOmの存在下で遷移金属酸化物の種類を規定して透明な前駆溶液を調製することにより、直径が100nmを超えるような大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の成膜が可能であり、大孔径ナノ空間周囲の壁厚を薄くすることで連結孔を生成、増大させることができる。
【0028】
また、上記第7から第10の発明によれば、上記第1から第6の発明の方法によって大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を現実のものとすることができる。
【0029】
また、上記11、12の発明によれば、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は、生体関連分子を大量に固定化することができるので、吸着分離材として利用でき、更に、色素分子を標識した生体関連分子を利用することで色素増感太陽電池の電極部材、色素増感の原理を利用した有害化学物質の高感度センサーの電極部材としての利用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】(a)は実施例1の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の走査型電子顕微鏡(以下、SEMと略称する)写真であり、(b)は拡大したSEM写真である。
【図2】実施例1の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を合成する際に利用した透明前駆溶液を乾燥して得られた粉末試料の粉末X線回折(以下、XRDと略称する)のグラフである。
【図3】実施例2の大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜のSEM写真である。
【図4】実施例2の大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜のXRDのグラフである。
【図5】(a)は実施例4のスピンコート速度を3000rpmで成膜し、400℃で焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着挙動を示したグラフであり、(b)は脱離挙動を示したグラフである。
【図6】実施例4の異なる焼成温度で合成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の変化を示したグラフである。
【図7】実施例4の各種酸化チタンの多孔体薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の比較である。
【図8】実施例4の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンと酸化スズの透明薄膜の表面へのシトクロムcの吸着量の比較を示したグラフである。
【図9】実施例5の各種酸化チタンの多孔体薄膜表面へのCy5−ssDNAの吸着量の比較を示したグラフである。
【図10】実施例5の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−ssDNAを120mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図11】実施例5の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−ssDNAを6mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図12】実施例6の400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面へのCy5−XG69の吸着を示したグラフである。
【図13】実施例6の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面に固定化したCy5−XG69を120mWの光で励起した場合に発生する光電流と各種酸化チタンの多孔体薄膜との比較を示したグラフである。
【図14】実施例6の450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面での抗原抗体反応を経て吸着する2次抗体からの蛍光値測定結果を示すグラフである。
【図15】実施例6の450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面での抗原抗体反応を経て吸着する2次抗体に標識したCy5からの光電流測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
【0032】
本発明に用いる遷移金属酸化物の金属原料としては、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの内から選択される1種以上を用いることができる。
【0033】
前記金属原料を遷移金属酸化物とするには、エタノール溶液に金属塩を添加する方法、また、金属アルコキシドに塩酸を加えて加水分解する方法により調製することができる。
【0034】
上記金属原料を用いることにより、例えば、反応時に塩化物から塩化水素が発生する或いは塩酸を添加することで溶液が塩酸酸性になっていれば、後述する界面活性剤の親水性部がプロトン化され、溶解無機種との相互作用が強くなる。
【0035】
また、金属アルコキシドを用いた場合にも、反応を制御する目的と同時に、塩酸を添加して酸性の前駆溶液を調製すればよく、最終的に無機原料を含む溶液が塩酸酸性であれば各種金属塩(硝酸塩、酢酸塩等)を出発原料に用いても問題はない。塩化物とアルコキシドを混合するだけでも酸化物ネットワークの形成が促され、同時に塩化水素が発生して酸性の前駆溶液を調製することができる。
【0036】
本発明に用いられる界面活性剤は、親水的な役割を果たすPEOユニットと疎水的な役割を果たすPSユニットから構成されるブロック共重合体である。
【0037】
上記界面活性剤を本発明の製造方法に適用するには、溶媒に上記の界面活性剤を溶解して界面活性剤溶液を調製する。
【0038】
界面活性剤溶液を調製するためにはPSn−b−PEOmを完全に溶解することが可能な溶媒の選択が重要である。PSn−b−PEOmは各種溶媒への溶解性が低いためにその選択は容易ではないが、例えば、溶媒にはテトラヒドロフラン(以下、THFと略称する)が好ましく、THFとエタノールとの混合溶媒を用いることで比較的容易に透明な界面活性剤溶液を調製することができる。また、ジオキサン等の極性溶媒もPSn−b−PEOmを溶解する能力に優れており好適に用いることができる。
【0039】
PEOユニットは、溶液中で溶解無機種と水素結合によって相互作用することが可能であり、また、塩酸酸性溶液中で使用することでプロトン化したPEOユニットと溶解無機種がより強く静電的に相互作用し、界面活性剤が自己集合する過程でも親水性部近傍に安定的に無機種を存在させることができ、無機種間の結合生成等を経て、無機有機メソ構造体を生成させることができるため好ましい。
【0040】
疎水性を示すユニットをPSユニットとする理由は、親水性と疎水性の差が大きい場合には、分子量の大きい、即ち重合度の大きいブロック共重合体を用いた場合にも界面活性剤としての自己集合構造を形成するからである。例えば、EOnPOmEOnを用いたメソ多孔体の合成は世界中から数多く論文報告されているが、ユニット毎の重合数は最大でも100程度である。それ以上の重合度のEOnPOmEOnを利用すると相分離を起こすようになるために、ナノレベルでの構造規則性を付与するために利用しずらくなる。そのため、ポリオキシプロピレン鎖ではなく、疎水性の強いPSユニットを含むブロック共重合体が大孔径ナノ空間を有する化合物の構造規定剤として必要となる。
【0041】
PEO−PSジブロック共重合体以外にも、PEO−PS−PEOトリブロック共重合体であっても親水性と疎水性の差は同様であるので、大孔径ナノ空間を有する化合物の構造規定剤として利用することができる。
【0042】
PSn−b−PEOm等の親水性と疎水性の差が大きいユニットから構成されるブロック共重合体は、極性溶媒中では球状に自己集合する性質が強い。そのため、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜のナノ構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される球状の大孔径ナノ空間の集合体であるとしている。
【0043】
用いるブロック共重合体の分子量分布が広いと、会合数や分子量の違いから球状の集合体にもサイズのばらつきが生じるため、ナノ孔の集合が不規則になる場合がある。
【0044】
一方、分子量分布が狭い場合には均一なナノ孔が生成し易く、大孔径ナノ空間が規則的に集合する傾向がある。しかし、無機種との相互作用の程度によっても親水部の見かけの分子量が変化するために最適条件下では規則性が高くなることがある。従って、球状粒子の規則的な積層構造として、各種立方構造及び三次元六方構造を有する大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造も可能である。
【0045】
直径が30nmを超える大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得るためには、PSn−b−PEOmの重合数、特に球状集合体のコア部分に相当するPSユニットの重合数が重要である。
【0046】
例えば、PSn−b−PEOmが1分子で球状の集合体を形成すると仮定すると、PSユニットの密度を1.06gcm-3(100nmラテックス球の密度を参考)、PS35−b−PEO109では直径10nm(シリカでは10nm)(非特許文献2参照)、PS230−b−PEO125では直径が20nm(シリカでは31nm)(非特許文献2参照)の球状のPS部分が生成していると計算できる。即ち、PSユニットの重合数と孔径が単純な比例関係にあるわけではなく、重合数が大きなPSn−b−PEOmを用いた場合には数分子が会合していると解釈することができる。
【0047】
例えば、PS230−b−PEO125を用いた合成で孔径が30nm程度の多孔体が生成しているならば(非特許文献3参照)、少なくとも4分子前後のPS230−b−PEO125分子が会合していると解釈できる。
【0048】
例えば、1分子集合体で直径30nmのPSユニットのコア部分の生成を実現するためにはPSユニットの分子量が100000(重合数は約960)程度のものが必要であり、数分子が会合することができれば、更に大きなPSユニットのコア部分が生成すると予想できる。
【0049】
しかしながら、このような巨大な界面活性剤分子が単独で球状粒子を生成するか、又は複数分子が集合するのか、相分離を起こすのかは明らかにはなっていない。加えて、重合数の増大は溶解性を大きく低下させてしまうために、透明な前駆溶液を調製できるかも疑問である。球状粒子の生成或いは複数分子からなる集合体の形成が可能であると仮定すると、例えば、PSユニットの分子量が100000の場合に50nmになるには5分子、100nmになるには32分子、150nmになるには108分子が会合する必要があるとすることができる。
【0050】
一般に界面活性剤の会合数は分子量が大きいほど大きくなるとされているので、重合数と会合能力の両方を考慮して界面活性剤の分子構造を規定することができ、実際に直径が30nmを超える大孔径ナノ空間を有する化合物を得るためには、PSユニットの重合数と会合数の両方を同時に考慮する必要がある。
【0051】
従って、PSユニットの重合数が300程度であれば3分子が会合すると30nm余りのPSコア部分の形成は可能であると考えられる。重合数を4000程度まで増大しても、1分子で50nm程度の球状の集合体の形成が可能であり、150nmのPSユニットのコア部分を形成するには会合数が30分子程度あればよい。
【0052】
PSn−b−PEOmの重合数としては生成したコア部分を取り囲むことが可能であれば、PEOユニットの重合数(m)にそれほど厳密な制限はない。
【0053】
ただし、PSユニットの重合数が大きくなると溶解性が大きく低下することが考慮されるので透明な前駆溶液を調製するための溶媒の選択が重要になる。
【0054】
PEOユニットはシェル部分に相当し、その部分と相互作用して骨格を形成する遷移金属種の量が多すぎると折角生成した大きな孔は孤立してしまう。直径が30〜150nmのような大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜が得られても、10nmを超えるような生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングするのに十分なサイズの連結孔が必ずしも存在しているわけではない。
【0055】
PEOユニットの重合数とも関連しながら、大孔径ナノ空間周囲の壁厚は無機原料の供給量によって概ね決定するので、その量を制御して壁厚を薄くしていくことで連結孔を制御することができる。
【0056】
本発明の所望の連結孔を形成するための透明な前駆溶液の調製は、酸化チタンの場合、PS−b−PEO/溶媒(THF:エタノール=4:1)の重量比で、0.5〜1.2の範囲で球状のマクロ孔が形成し、0.8〜1.0の範囲で連結孔の生成が多くなり好ましい。1.2〜2.0の範囲では球状のマクロ孔は消失し、酸化物粒子が生成する。
【0057】
具体的には、例えば、PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、チタンテトラプロポキシド(0.135g)に濃塩酸(0.296mL)を加水分解したものを混合して調製した前駆溶液を挙げることができ、また、PS960−b−PEO3400(0.08g)を、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、無水二塩化スズ(0.06g)に濃塩酸(0.296mL)を加水分解して純水(0.2mL)を添加したものを混合して調製した前駆溶液、PS960−b−PEO3400(0.08g)を、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)に溶解した混合溶媒に対し、塩酸酸性下、無水酢酸亜鉛(0.087g)から調製された前駆溶液等を挙げることができる。
【0058】
また、逆にPEOユニットの重合数を減らしても、相互作用によりシェル部分に存在できる無機種の量が制御できるので、その重合数と無機原料の添加量の合成条件を最適化することにより壁厚を制御して連結孔を制御することができる。
【0059】
上記のように、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の構造とPSn−b−PEOmの分子構造とは大きく関係していることは言うまでもなく、PSn−b−PEOmの分子量分布は孔径分布、重合数は孔径や溶解性に主に影響すること等を考慮して、THF/エタノール比、溶媒量、塩酸量、反応時間等種々の合成条件を適宜調製して所望の透明薄膜を得ることが可能となる。PSn−b−PEOm自身が単独でも溶媒中で球状に集合する傾向が強いことから、透明な前駆溶液を調製することが極めて重要である。ただし、透明薄膜全体に大孔径ナノ空間を導入するためにはPSn−b−PEOmに対する遷移金属種の量も重要であり、このことは球状のナノ空間の連結性にも大きく影響する。
【0060】
次に、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の具体的な製造方法について説明する。
【0061】
遷移金属種を含む透明な前駆溶液を調製するためには、エタノール溶液に塩化物を添加して得られた酸性溶液或いはアルコキシドに濃塩酸を加えて加水分解した溶液を、別に調製した界面活性剤溶液と混合する。
【0062】
得られた透明な前駆溶液を基板上に成膜した後、界面活性剤を除去して、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得る。
【0063】
上記基板としては、表面が平滑であり、成膜に支障をきたすものでなければ特に制限はなく、例えば、ガラス、石英、シリコン、単結晶ITO、グラファイト、テフロン(登録商標)等の基板を好適に用いることができる。
【0064】
また、成膜のための塗布方法としては、スピンコート、ディップコート等の公知の方法により塗布することができる。これらの方法によれば、スピンコート速度や、ディップコートの引き上げ速度等の塗布条件を適宜調製することにより膜厚をコントロールすることができる。
【0065】
成膜した薄膜から界面活性剤を除去する方法としては、焼成又は、UVオゾン処理により除去することができる。
【0066】
焼成による界面活性剤の除去条件としては、例えば、250℃という低温でも界面活性剤を除去することは可能であり、その際には遷移金属種は非晶質構造のままで大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。また、遷移金属種により結晶化温度は異なるが、更に高温で処理しても大孔径ナノ空間の構造は崩壊することなく、遷移金属種が結晶化した大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。
【0067】
球状のPSn−b−PEOm集合体を大量に含む遷移金属酸化物薄膜は透明性が高いため、上記の焼成による界面活性剤除去の他、紫外線照射によるUVオゾン処理によっても界面活性剤を除去することがでる。
【0068】
低温での焼成又は、UVオゾン処理により界面活性剤を除去した場合には、非晶質な骨格構造の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛からなる大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることができる。また、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛それぞれの結晶化温度以上で焼成して界面活性剤を除去すると、同時に骨格構造の結晶化が徐々に進行し、微結晶を含む(非晶質構造と結晶構造の中間相)構造から特有の結晶構造を有する酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛からなる大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を得ることが可能となる。
【0069】
以下に、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の利用方法について具体的に例示して説明する。
【0070】
医薬品等の比較的大きな有機分子の関与する吸着分離、DDS、触媒反応等の利用には、既存の10nm以下の孔径のメソ多孔体でも十分に対応することができるが、タンパク質やDNA等の生体関連分子等は10nmを超えるような分子サイズを有するため、これらの分子を選択的かつ大量にハンドリングすることは困難である。
【0071】
本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜によれば、遷移金属酸化物の透明薄膜内に直径が30〜150nmの範囲に大孔径ナノ空間が大量に存在し、10nmを超えるような生体関連分子を選択的かつ大量にハンドリングするのに十分なサイズの連結孔を有しているので、酵素反応等に代表されるように、タンパク質やDNA等の生体内では極めて選択的かつ効率的に各種反応に重要な役割を果たすような機能性有機化合物を取り扱うための特異反応場とすることができる。
【0072】
大孔径ナノ空間を構築する遷移金属酸化物の表面との相互作用を利用することで、機能性色素分子を選択的かつ大量に吸着させることができ、機能性色素分子が強く固定化できる場合には混合物からの分離も可能である。
【0073】
また、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を電極材料として用いることもできる。
【0074】
Gratzel型の色素増感太陽電池(非特許文献6参照)に関する研究では、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛、酸化タングステン等の遷移金属酸化物と色素との各種組み合わせが検討されているが、酸化チタンとルテニウム錯体との組み合わせを超えるような変換効率を示すものは見つかっていない。例えば、酸化チタンのナノ結晶粒子とルテニウム錯体との組み合わせで変換効率10%を実現したと報告されている(非特許文献7〜9参照)。これには、酸化チタン電極をナノ粒子で設計しているのは色素分子(ルテニウム錯体)の吸着量をより多くするためであるということが記されている。
【0075】
本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は極めて有用な電極材料として、色素分子の吸着量を大幅に増大させられるだけでなく、薄膜の透明性が極めて高いために光エネルギーの効率的な変換も期待できる。
【0076】
即ち、大量の機能性色素分子が酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛の大孔径ナノ空間の表面に強く固定化することができ、光エネルギーを大量に色素分子で捕捉して半導体電極へ移動させられるので、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜は色素増感太陽電池の電極材料として有効に用いることができる。
【0077】
更に、色素増感の原理を利用したセンサー系の構築にも、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜を電極材料として利用することができる。
【0078】
例えば、ごく微量でも毒性の高い環境ホルモンを高感度にセンシングするために、標識色素を利用して色素増感型デバイスを構成する。環境ホルモンとして疑われている化学物質(ダイオキシン類、エストラジオール、ビスフェノールA等)を可能な限り大量かつ選択的に半導体電極表面に吸着させることが高感度化にとって極めて重要となる。色素増感太陽電池では、光励起した色素からエネルギーが半導体電極に移動して電流が発生するという原理で太陽光の利用が可能になる。
【0079】
センサー系では、光励起された標識色素から発生する蛍光或いは電子(光電流)をそれぞれ蛍光スペクトル測定或いは電流計を用いて検出する。例えば、電極表面に色素標識したDNAを固定化すると、ダイオキシン類が極めて選択的にDNA分子と相互作用する。吸着と同時に標識色素が変性するので、変性した色素からの蛍光或いは光電流を検出することで高感度にダイオキシン類をセンシングできる。このときのDNAをダイオキシン受容体と呼ぶ。エストラジオール受容体を電極表面に固定化しておけば、エストラジオールを高感度にセンシングできる。酸化チタン、酸化スズ及び酸化亜鉛いずれの大孔径ナノ空間を有する透明電極でも大量にDNA分子を固定化できる。
【0080】
ビスフェノールAの場合には、抗原抗体反応(モノクローナル抗体)を利用することで選択的な捕捉が可能である。抗体(1次)を電極表面に固定化し、ビスフェノールAが存在する場合に限り、抗原がビスフェノールA挟み込む形で抗体(2次)と反応する。即ち、2次抗体を色素標識しておくことで、色素増感の原理を利用したセンシングが可能になる。
【実施例】
【0081】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
実施例1
PSn−b−PEOmとして、PSユニットの数平均分子量が100,000(重合数が約960)、PEOユニットの数平均分子量150,000(重合数が約3400)のもの(PS960−b−PEO3400)を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)は、体積比4:1のTHF/エタノール(11.25mL)混合溶媒に完全に溶解した。次に、チタンテトラプロポキシド(0.135g)に濃塩酸(0.296mL)をゆっくり滴下して予め加水分解した透明な溶液を調製し、その後界面活性剤の溶液と混合して透明な前駆溶液を得た。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで薄膜を得た。成膜直後に、酸化チタン骨格のネットワーク形成を減速さるために薄膜を−20℃に冷却し、空気中の湿気で薄膜内部に霜が張る前までに50℃での乾燥作業に進み、250℃或いは400℃で焼成して界面活性剤の除去を行い、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を得た。同様にして、重合数の少ないPSn−b−PEOmを利用することで、任意により小さい直径のナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を得ることも可能であった。
【0082】
図1(a)に示す得られた薄膜のSEM観察から大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在している様子が確認できた。この場合、ナノ空間の直径には分布があり、10〜200nm、多くは30〜150nmの範囲のナノ空間の存在を確認することができた。また、図1(b)に示す高倍率でのSEM観察からは、大孔径ナノ空間が10nmより大きな孔によって連結している様子も確認することができた。
【0083】
透明前駆溶液をトレイで乾燥させて得られた粉末試料を250℃及び400℃で焼成して、酸化チタン骨格の結晶性と焼成温度との関係をXRD測定した。その結果を図2に示す。250℃で焼成した場合にはほとんどが非晶質構造、400℃で焼成した場合には酸化チタンのアナターゼ相に帰属可能な回折ピークの存在が確認できた。
【0084】
これにより、焼成温度によって、大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の骨格の結晶性を制御することができることが確認された。また、薄膜を削り取って、透過型電子顕微鏡で高倍率観察を行うと、400℃で焼成した薄膜の骨格内部に5〜10nm程度のアナターゼ結晶が大量に存在している様子が見られた。スピンコート速度を800〜3000rpmで成膜した結果、250℃或いは400℃で焼成した後の膜厚は200nm前後であった。クリプトン(Kr)ガス吸着測定により薄膜の多孔性を評価した結果、比表面積は30m2cm-3前後であった。
実施例2
PS960−b−PEO3400を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(10g)混合溶媒に完全に溶解した。次に、無水二塩化スズ(0.06g)に濃塩酸(0.296mL)滴下して予め加水分解して得た溶液に純水(0.2mL)を添加し、PS960−b−PEO3400溶液と混合して透明な前駆溶液を調製した。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで薄膜を得た。成膜直後に一端薄膜を−20℃に冷却し、50℃で乾燥した後に450℃で焼成して界面活性剤の除去を行った。
【0085】
図3に示すSEM観察から、得られた薄膜の大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在しており、ナノ空間の直径は10〜150nmと見積もることができ、更に、大孔径ナノ空間が10nmより大きな孔によって連結してなる様子も確認できた。大孔径ナノ空間は酸化スズのナノ結晶によって取り囲まれている様子も確認されており、透明薄膜のXRD測定を直接行った結果、酸化スズ骨格が十分に結晶化していることが確認できた。そのXRD測定の結果を図4に示す。
【0086】
以上より、大孔径ナノ空間を有する酸化スズの透明薄膜を得ることができたわけであるが、この場合には、スピンコート速度を1500rpmとした結果、450℃焼成後の膜厚は約200nm、Krガス吸着測定により算出した比表面積は約40m2cm-3であった。
実施例3
PS960−b−PEO3400を用いて大孔径ナノ空間を有する酸化亜鉛の透明薄膜の合成を行った。PS960−b−PEO3400(0.08g)を体積比4:1のTHF/エタノール(11.76mL)混合溶媒に完全に溶解した。次に、塩酸酸性下、無水酢酸亜鉛(0.087g)から調製された透明溶液を界面活性剤溶液と混合して透明な前駆溶液を調製した。得られた溶液をガラス基板上にスピンコートすることで成膜し、完全に乾燥させた後に400℃で焼成して界面活性剤の除去並びに酸化亜鉛骨格の結晶化を行った。
【0087】
酸化チタンや酸化スズの場合と同様に、得られた薄膜のSEM観察から大孔径ナノ空間が薄膜全体に存在していることが確認できた。透明薄膜のXRD測定から、酸化亜鉛骨格が十分に結晶化していることが確認できた。無水酢酸亜鉛の代りに無水塩化亜鉛を用いた場合にも、大孔径ナノ空間を有する透明薄膜を得ることができた。
実施例4
大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜表面への生体関連色素分子の吸着実験を行った。
【0088】
0.1μmのシトクロムc(以下、Cy−cと略称する)の水溶液を調製し、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜を浸漬して吸着実験を行った。シトクロムは共有結合したヘム基を持つ色素タンパクであり、紫外可視分光測定(UV−Vis)で410nm付近にヘム基に由来するソーレー帯吸収が観察されるため、その吸収ピークの減少からCy−cの吸着挙動を追跡し、初期濃度との変化から吸着量を算出した。吸着実験開始から120分経過するとスペクトルの変化がほとんど観察されなくなるため、次に吸着実験後の薄膜を純水中に再度浸漬して、Cy−cの脱離挙動を追跡した。
【0089】
実施例1で調製した透明な前駆溶液を、スピンコート速度を3000rpmで成膜し、400℃で焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着挙動を図5(a)に、脱離挙動を図5(b)に示す。透明薄膜を浸漬すると、時間の経過とともにCy−cが吸着している様子が確認でき、吸着実験開始から120分経過するとスペクトルの変化がほぼ定常状態に達した。
【0090】
脱離挙動のスペクトル変化を示す図5(b)は縦軸のスケールを15倍に拡大しているが、Cy−cの脱離がほとんど観察されなかった。このことは、酸化チタン表面にCy−cが強く固定化していることを示している。
【0091】
図6に、250〜600℃の異なる焼成温度で合成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着量の変化を示す。このXRD測定により、焼成温度を高くするとアナターゼ相が生成して結晶性が向上することが確認された。焼成温度を高くすると、比表面積はほとんど変わらないのに、Cy−cの吸着量が増大した。従って、酸化チタン骨格の結晶性もCy−cの吸着量に影響を与えていることがわかる。
【0092】
比較として、各種酸化チタンの多孔体薄膜の表面へのCy−cの吸着量の比較を行った。その結果を図7に示す。メソ多孔体薄膜(F127と表記する)、エマルジョン由来のマクロ孔を含むメソ多孔体薄膜(F127+TIPBzと表記する)、PSビーズを添加して導入したマクロ孔を含め(F127+PS(x)と表記する)(xは5重量%PS水溶液添加量)メソ多孔体薄膜並びに酸化チタンのナノ粒子の体積膜(P25 filmと表記する)と比較して、比表面積が小さいにも関わらず、大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜の表面へのCy−cの吸着量が圧倒的に大きな値を示した。このことは、メソ多孔体薄膜内にはCy−c(10nm程度の分子径)が導入できず、Cy−cの吸着が表面近傍に制限されたためである。従って、マクロ孔のみからなり大きな連結孔が大量に存在している本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタンの透明薄膜がCy−cのような比較的大きな分子に対して優れた吸着特性を示したと解釈できる。
【0093】
実施例2の酸化スズで調製した透明な前駆溶液及び、実施例3の酸化亜鉛で調製した透明な前駆溶媒による、大孔径ナノ空間を有する酸化スズ及び酸化亜鉛の透明薄膜を用いて同様の実験を行った。これによれば、酸化スズを用いた場合にも大量のCy−cが吸着することが確認された(図8参照)。ここから、大孔径ナノ空間の存在がCy−cの吸着には重要であり、薄膜内部にまで吸着していることが推測することができる。シトクロムはタンパク質がヘム基を取り囲むような構造しているため、酸化チタンや酸化スズ等の遷移金属酸化物骨格の表面にはタンパク質が相互作用しているものと考えられる。従って、本発明の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物は、シトクロムだけでなく、塩基配列構造を有するDNAやタンパク質等の生体関連分子の吸着分離材として極めて高い性能を示すと考えられる。
実施例5
実施例1で調製した透明な前駆溶液による大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜をフッ素ドープ酸化スズ(FTO)基板上へ成膜し、DNAの吸着実験を行った。DNA1分子に対して1分子の色素(シトクロム)を標識して、その標識色素からの蛍光発光の強度測定からDNA吸着量を算出した。その分子をCy5−ssDNA(塩基配列:GCGGCATGAACCTGAGGCCCATCCT)と表記する。シトクロムのヘム基内部には金属中心が鉄(Fe)のポルフィリン環構造が存在しており、生体内では電子伝達タンパク質として機能するが、光エネルギーを捕捉するための色素分子としてポルフィリン環構造が利用されている。
【0094】
具体的には、水に溶かしたssDNAを95℃で10分間加熱して変性させ、薄膜に5mLをスポット滴下して、95℃で10分間保持した。薄膜を0.2%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液で洗浄、純水での濯ぎ、沸騰水中2分間浸漬、エタノール中4℃で2分間浸漬の順で基板を洗浄処理して余分な生体分子を除去した。
【0095】
色素増感太陽電池の動作原理を利用して、光で励起して吸着している標識色素(Cy5)から発生する電子(光電流)が検出されるかを検討した。Cy5が吸着してない状態も評価するために、標識色素のないDNA(塩基配列:TTGAGCAAGTTCAGCCTGGTTAAG)の吸着実験も同様に行った。
【0096】
実施例4に示したCy−cの吸着、脱離挙動の調査では、水溶液からの吸着並びに水中への脱離の挙動からCy−cが酸化チタン並びに酸化スズの表面と強く相互作用していることを示した。実施例5では、Cy5−ssDNAを薄膜表面に固定化後、徹底的に基板を洗浄処理して余分な生体分子の除去行っているが、それにも拘らずCy5−ssDNAは薄膜表面に固定化されていたことから、極めて強く固定化されていることが確認された。
【0097】
各種酸化チタンの多孔体薄膜表面へのCy5−ssDNAの吸着量の比較を行った。その結果を図9に示す。400℃焼成して骨格を結晶(アナターゼ)化したF127及びF127+PS(x)と比較しても、本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜(3000rpmで成膜した場合を表示)が極めて高い吸着性能を示していることがわかる。Cy5−ssDNAの分子サイズが大きいために、F127及びF127+PS(x)の場合は薄膜内部までCy5−ssDNAの吸着ができないことを表している。標識色素が無い場合には当然蛍光発光が観察されないが、Cy5−ssDNAを吸着させると蛍光発光が確認でき、濃度を高くするとより多くのCy5−ssDNAが吸着する様子が観察された。
【0098】
次に、光で励起して吸着しているCy5から発生する電子(光電流)が検出されるかを確認した。図10に示すように、120mWという強い光で励起したにも関わらず、F127及びF127+PS(x)では極微量の光電流しか検出できなかった。一方、本発明の大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜(3000rpmで成膜した場合を表示)は非常に高い電流値を示している。図11に示すように、光源を6mWと非常に弱いものに変えても、励起色素からの光電流を十分に検出することができた。即ち、各種色素増感の原理を利用した太陽電池等、色素増感型デバイスの高感度電極として極めて有望であることが確認された。
【0099】
また、450℃焼成して骨格を結晶化した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜表面にもCy5−ssDNAが吸着することが確認された。400℃焼成して骨格を結晶化した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜の場合よりもCy5−ssDNA吸着量は1桁少なかったが、120mWの光で励起すると電流値が飽和してしまうほどであり、光源を6mWと非常に弱いものにすると光電流と色素吸着量の間に良好な関係が見られ、酸化チタン薄膜よりも大きな電流値を示した。
実施例6
実施例1で調製した透明な前駆溶液による大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜をFTO基板上へ成膜し、タンパク質(Anti−AFP抗体NB0−13、AFP:alpha−feto−protein、日本バイオテスト)の吸着実験を行った。NB0−131分子に対して1分子の色素(Cy5)を標識した分子をCy5−NB0−13と表記し、その標識色素からの蛍光発光の強度測定からタンパク質の吸着量を算出した。吸着しているCy5から発生する光電流が検出されるかについても確認した。
【0100】
さらに、抗原抗体反応を利用したタンパク質の検出を行った。PSA(Prostate Specific Antigen)抗体(XG−69、goat:Fitzgerald Industries International, Inc.)を1次抗体として固定化し、2次抗体にはタンパク質(Anti−PSA monoclonal抗体:5A6、mouse:Antibodies−Online GmbH)を用いた。この場合、5A61分子に対して1分子のCy5を標識して(Cy5−5A6)、その標識色素からの蛍光発光の強度測定並びに電流値測定から、タンパク質の吸着並びに光電流による検出が可能であるかをそれぞれ調査した。なお、タンパク質の蛍光修飾は全てCy5 mAb labelling kit(PA35001、GE Health Care)を用い、付属マニュアルに従って行った。
【0101】
図12からもわかるように、XG−69の濃度を濃くすると蛍光値が大きくなり、400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面にAnti−AFP抗体が吸着することが確認できた。450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜でも同様な結果が得られた。図13に示すように、吸着しているCy5から発生する光電流も検出され、色素吸着量と良好な相関関係が確認された。
【0102】
400℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化チタン薄膜表面で抗原抗体反応が進行している様子が蛍光測定からは確認できたが、光電流は検出されなかった。一方、図14に示すように、450℃焼成した大孔径ナノ空間を有する酸化スズ薄膜でも、蛍光測定から抗原抗体反応が進行していることが確認できた。しかも、図15に示すように、光電流測定の結果も蛍光値と良好な相関が確認でき、酸化スズ薄膜の場合には、色素増感太陽電池の原理を利用した光電流の検出が可能であった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニットと、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニットのブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項2】
透明薄膜の構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される規則的、又は不規則的な球状空間の集合であることを特徴とする請求項1に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項3】
界面活性剤の自己集合によって規定される大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmの範囲内であることを特徴とする請求項2に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項4】
大孔径ナノ空間が、10nmより大きい孔によって連結されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項5】
透明薄膜の主成分が、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛であって、非晶質構造、結晶構造又はその中間相を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項6】
透明薄膜を、高温で界面活性剤を除去する過程で結晶化させることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法によって製造された透明薄膜であって、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が規則的又は不規則に集合してなることを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項8】
大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmであることを特徴とする請求項7に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項9】
大孔径ナノ空間が、直径が10nmより大きな孔によって連結してなることを特徴とする請求項7又は8に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項10】
透明薄膜が、非晶質の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛から選択される1種以上から構成されていることを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜からなることを特徴とする生体関連分子の吸着分離材。
【請求項12】
請求項7〜10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の大孔径ナノ空間に機能性色素分子を固定化したことを特徴とする色素増感型デバイス電極。
【請求項1】
親水的な役割を果たすポリオキシエチレンユニットと、疎水的な役割を果たす重合数が300〜4000の範囲内のポリスチレンユニットのブロック共重合体から構成される界面活性剤と、チタン、スズ又は亜鉛の金属塩及び金属アルコキシドの一種以上を無機原料とした遷移金属酸化物の前駆体を混合して成膜した後、界面活性剤を除去することを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項2】
透明薄膜の構造が、界面活性剤の自己集合によって規定される規則的、又は不規則的な球状空間の集合であることを特徴とする請求項1に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項3】
界面活性剤の自己集合によって規定される大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmの範囲内であることを特徴とする請求項2に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項4】
大孔径ナノ空間が、10nmより大きい孔によって連結されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項5】
透明薄膜の主成分が、酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛であって、非晶質構造、結晶構造又はその中間相を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項6】
透明薄膜を、高温で界面活性剤を除去する過程で結晶化させることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法によって製造された透明薄膜であって、界面活性剤の自己集合が規定する球状の大孔径ナノ空間が規則的又は不規則に集合してなることを特徴とする大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項8】
大孔径ナノ空間の直径が30〜150nmであることを特徴とする請求項7に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項9】
大孔径ナノ空間が、直径が10nmより大きな孔によって連結してなることを特徴とする請求項7又は8に記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項10】
透明薄膜が、非晶質の酸化チタン、酸化スズ又は酸化亜鉛から選択される1種以上から構成されていることを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜からなることを特徴とする生体関連分子の吸着分離材。
【請求項12】
請求項7〜10のいずれかに記載の大孔径ナノ空間を有する遷移金属酸化物の透明薄膜の大孔径ナノ空間に機能性色素分子を固定化したことを特徴とする色素増感型デバイス電極。
【図2】
【図4】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図1】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図4】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図1】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−195394(P2011−195394A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65098(P2010−65098)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)(経済産業省平成19年度戦略的技術開発委託費(高感度環境センサ部材開発に係るもの)(国庫債務負担行為に係るもの))委託研究
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000010087)TOTO株式会社 (3,889)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)(経済産業省平成19年度戦略的技術開発委託費(高感度環境センサ部材開発に係るもの)(国庫債務負担行為に係るもの))委託研究
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000010087)TOTO株式会社 (3,889)
【Fターム(参考)】
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