説明

大腸癌の治療に用いられる薬物のスクリーニング法

【課題】大腸癌の治療薬のスクリーニング法の提供。
【解決手段】大腸癌の治療のための薬物を同定する方法であって、細胞内において、候補薬物の存在下におけるトポイソメラーゼIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程を含んでなる方法が提供される。この方法では、候補薬物の存在によりこの相互作用が抑制された場合に、その候補薬物が大腸癌の治療に有効な薬物として同定される。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、癌の化学療法の分野に関するものであり、より詳細には、大腸癌の治療薬のスクリーニング法、および大腸癌を治療するための医薬組成物に関する。
【0002】
背景技術
家族性大腸腺腫症の原因遺伝子として同定されたAPC(adenomatous polyposis coli)癌抑制遺伝子の変異は家族性大腸腺腫症のみならず、散発性大腸癌の発癌過程においても最も早期に起こり、かつ80%以上の症例でみられる最も高頻度な遺伝子異常である。APCの変異はβ−カテニンの細胞内蓄積をもたらし、β−カテニンはTCF/LEFファミリーの転写因子と結合し、その転写活性を誘導する。TCF/LEFファミリーのうち、特に腸上皮の分化の制御に係わるT細胞因子−4(TCF−4)の転写活性化によって腸上皮に細胞生物学的な変化が生じ、初期の大腸腺腫を形成し、さらに二次的な多段階の遺伝子変異を経て癌化に至るものと考えられている。
【0003】
また、APCに遺伝子変異のない症例の約半数にβ−カテニン遺伝子の変異があることから、β−カテニンとTCF−4との転写複合体の機能を抑制する化合物が大腸癌の新規な分子治療薬として有望視されている。しかし、現在まで有効な化合物は開発されていない。
【0004】
トポイソメラーゼ II(TopoII)は、これまでも癌の化学療法のターゲットとして治療に応用されている。EtoposideなどのTopoII阻害剤は多種の腫瘍、例えば白血病、リンパ腫、肺癌、乳癌、軟組織肉腫などにおいて強力な抗腫瘍活性を示すことが知られている。しかし、TopoII阻害剤の大腸癌に対する奏効性はほとんど認められていない。また、同じくTopoII阻害剤の一種であるMerbaroneは、強い副作用を示すため、抗癌剤としての臨床応用が断念されている。
【0005】
TopoIIには、異なる遺伝子によりコードされた二つのアイソフォーム:トポイソメラーゼ IIα(TopoIIα)およびトポイソメラーゼ IIβ(TopoIIβ)が存在する。TopoIIβは、リガンドまたはシグナルに依存する転写制御に関与しており、さらに、TopoIIβによる転写制御には、TopoIIβ依存性のDNA二本鎖切断が関与することが報告されている(非特許文献1:Ju et al., Science, Vol.312, p.1798, 2006)。TopoIIαは、分裂・増殖中の細胞において高発現することが知られており、さらに、大腸癌細胞の核抽出物の抗βカテニン抗体による免疫沈降物に含まれることが報告されている(非特許文献2:Sato et al., Gastroenterology, Vol.129(4), pp.1225-1236, 2005)。
【0006】
【非特許文献1】Ju et al., Science, Vol.312, p.1798, 2006
【非特許文献2】Sato et al., Gastroenterology, Vol.129(4), pp.1225-1236, 2005
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、大腸癌細胞株においてTopoIIαがβ−カテニン/TCF−4複合体と相互作用すること、そして、その発現または酵素活性に依存してTCF/LEFファミリーの転写活性を亢進させることを見出した。さらに、本発明者らは、上記の相互作用がTopoIIαとβ−カテニンとの結合により生じることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0008】
従って、本発明は、大腸癌の治療薬のスクリーニング法、および該治療薬を含む医薬組成物を提供することを目的とする。
【0009】
そして、本発明によるスクリーニング法は、大腸癌の治療のための薬物を同定する方法であって、細胞内において、候補薬物の存在下におけるTopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程を含んでなるものである。この方法では、候補薬物の存在によりこの相互作用が抑制された場合に、その候補薬物が大腸癌の治療に有効な薬物として同定される。
【0010】
本発明による医薬組成物は、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用を抑制する薬物および医薬上許容される担体を含んでなるものである。
【0011】
本発明によれば、より奏効性が高く、副作用の低い大腸癌の化学療法が可能となる。
【発明の具体的説明】
【0012】
本発明によるスクリーニング法では、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を指標として、候補薬物の大腸癌治療薬としての有効性が判定される。すなわち、候補薬物の存在により細胞内におけるこの相互作用の抑制が見られた場合には、その候補薬物はTCF/LEFファミリーの転写活性の亢進を阻害する能力を有するため、大腸癌の治療に有効な薬物として同定される。この目的のため、本発明によるスクリーニング法は、細胞内において、候補薬物の存在下におけるTopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程を含む。
【0013】
本明細書において「大腸癌」とは、大腸粘膜に形成される癌を意味する。大腸は一般に結腸、直腸および肛門からなっており、そのいずれもが大腸粘膜を有する。従って、大腸癌は、典型的には結腸癌、直腸癌および肛門癌のいずれか一つまたは2以上の組み合わせであり、好ましくは結腸癌とされる。
【0014】
本明細書において「治療」という用語は、既に確立された病態を緩和することだけでなく、後に発症すると予想される病態を予防することをも意味する。
【0015】
本発明によるスクリーニング法を実施するためのより具体的な手順は特に限定されるものではなく、当業者により適宜決定される。一つの典型的な実施態様によれば、本発明によるスクリーニング法は、
(a)TopoIIαと、β−カテニンとを発現しうる細胞を、候補薬物の存在下で培養する工程、および
(b)工程(a)により得られる細胞において、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程
を含んでなる。
【0016】
本明細書では、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用がTopoIIαの第951〜1301番のアミノ酸領域を介して生じることが見出されている。よって、本発明によるスクリーニング法に用いられる細胞は、TopoIIαに代えて、その少なくとも第951〜1301番のアミノ酸残基を含むその断片を発現するものであってもよい。また、このような限られた領域を標的とする薬物では、副作用が低減されるものと考えられる。よって、本発明の好ましい実施態様によれば、用いられる細胞は、TopoIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる断片と、β−カテニンとを発現しうるものとされる。さらに、本発明によるスクリーニング法に用いられる細胞は、β−カテニン/TCF−4複合体を形成させるために、TCF−4をも発現するものであってもよい。
【0017】
本発明によるスクリーニング法では、内因性TopoIIαおよび内因性β−カテニンを発現する細胞をそのままの形で用いることができるが、これらの内因性遺伝子の有無にかかわらず、TopoIIαもしくはその上記断片および/またはβ−カテニンを発現するように遺伝子操作された細胞を用いてもよい。また、用いられる細胞は、TCF−4を発現するように遺伝子操作することもできる。TopoIIαのアミノ酸配列およびこれをコードするヌクレオチド配列は当技術分野において周知であり、例えば、配列番号1および配列番号2(NCBIアクセス番号:NM_001067)に示されるヒトTopoIIαの配列が挙げられる。また、β−カテニンのアミノ酸配列およびこれをコードするヌクレオチド配列は当技術分野において周知であり、例えば、配列番号3および配列番号4(NCBIアクセス番号:NM_001904)に示されるヒトβ−カテニンの配列が挙げられる。さらに、TCF−4のアミノ酸配列およびこれをコードするヌクレオチド配列は当技術分野において周知であり、例えば、配列番号5および配列番号6(NCBIアクセス番号:NM_030756)に示されるヒトTCF−4の配列が挙げられる。当業者であれば、これらの配列を参照することにより、標準的な方法(例えば、Sambrook et al., MOLECULAR CLONING, A LABORATORY MANUAL, 2nd Ed.; Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y. (1989)を参照のこと)を用いて、細胞を適切にトランスフェクトすることができる。
【0018】
本発明の好ましい実施態様によれば、用いられる細胞は真核細胞、より好ましくは哺乳動物細胞とされる。このような哺乳動物細胞としては様々なものが当技術分野において知られており、例えば、COS−7細胞、C127細胞、NIH3T3細胞、CHO細胞、HEK293細胞、HeLa細胞、BHK細胞、SOAS−2細胞等が挙げられる。特に好ましい細胞はヒト細胞である。あるいは、DNAの導入効率の観点から、酵母細胞が好適である場合もある。このような細胞において用いられる発現ベクターは、例えば、複製起点、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合部位、ポリアデニル化部位、スプライス供与部位、スプライス受容部位、ターミネーター、5’非翻訳領域等を適宜含んでなるものである。
【0019】
細胞の培養は、当技術分野において周知の標準的な方法、例えば、候補薬物と前記細胞とをインキュベートすることによって行なうことができる。より詳細な培養条件は、前記細胞がTopoIIαおよびβ−カテニン、ならびに所望によりTCF−4を発現しうる条件であればよい。このような条件は、トランスフェクションに用いた発現ベクター中のプロモーターを活性化することによって達成することもできる。培養における培地、温度、時間、候補薬物の量、細胞の量、添加物などは、当業者であれば適切に選択することができる。
【0020】
TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度は、当技術分野において周知の標準的な方法によって測定することができる。例えば、細胞の核抽出物について、TopoIIαとβ−カテニンのいずれか一方に対する抗体を用いて免疫沈降を行い、得られた沈降物について他方の抗体によるイムノブロット分析を行うことができる。このイムノブロット分析によってTopoIIαとβ−カテニンとの複合体を表すバンドが得られた場合には、そのバンドに含まれるタンパク質の量がこれらの相互作用の強度を示すものとなり、よって、その相互作用の強度の測定が可能となる。
【0021】
本発明の好ましい実施態様によれば、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度の測定は、レポーター遺伝子を用いて行われる。ここで、これらが相互作用した場合にのみレポーター遺伝子が発現するように構成することにより、該レポーター遺伝子の発現産物によって生成されるシグナルの強度が前記相互作用の強度を反映することとなる。よって、この場合には、レポーター遺伝子産物のシグナル強度を測定することにより、前記相互作用の強度を測定することが可能となる。
【0022】
本明細書において「レポーター遺伝子」という用語は、その発現産物の定量的な検出が可能な遺伝子を意味し、そのヌクレオチド配列および/またはアミノ酸配列が知られている遺伝子、その発現量に応じて強度の異なる信号(蛍光など)を発することのできる遺伝子などが挙げられる。レポーター遺伝子の具体例としては、ルシフェラーゼ遺伝子、CAT遺伝子、lacZ遺伝子などが挙げられ、特にルシフェラーゼ遺伝子(例えば、ホタルルシフェラーゼ遺伝子およびウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子)が好適に用いられる。
【0023】
レポーター遺伝子を用いる実施態様においては、Two-Hybrid法を好適に用いることができる。Two-Hybrid法は、2つのタンパク質の相互作用を検出するための標準的な方法であり、当業者であれば各種条件を適宜設定して本発明によるスクリーニング法に適用することができる。例えば、TopoIIαおよびβ−カテニンのいずれか一方とDNA結合タンパク質(DNA−BD)との融合物を発現するDNA構築物、他方のタンパク質と転写活性化タンパク質(DNA−AD)との融合物を発現するDNA構築物、ならびに該転写活性化タンパク質の作用によってレポーターを発現するDNA構築物を同時に細胞に導入することができる。このような細胞では、TopoIIαとβ−カテニンとが結合した場合にのみ前記転写活性化タンパク質がレポーター遺伝子に作用し、その発現産物としてレポーターが得られる。従って、このような細胞を候補薬物の存在下において培養することにより、大腸癌の治療に有用な薬物をスクリーニングすることが可能となる。
【0024】
さらに、本発明の好ましい実施態様によれば、候補化合物の存在下で培養された細胞における前記相互作用の強度と、候補化合物の不在下で培養された対照細胞における前記相互作用の強度とが比較される。対照細胞は、候補薬物を添加しないことを除き、前記細胞と同一の方法によって得ることができる。
【0025】
TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用を抑制する薬物(TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤)は、大腸癌におけるβ−カテニンとTCF−4の複合体による転写亢進を抑制し、これにより大腸癌の治療または予防を可能とするものである。従って、本発明によれば、治療上有効な量のTopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤を被検者に投与することを含んでなる、大腸癌を治療または予防する方法が提供される。さらに、本発明によれば、大腸癌を治療するための薬剤の製造における、TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤の使用が提供される。
【0026】
治療または予防の対象となる被検者は、好ましくは哺乳動物、例えば、ヒトまたは非ヒト哺乳動物とされる。
【0027】
TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤は、本発明によるスクリーニング法によって同定することができる。特に、本明細書では、TopoIIαとβ−カテニンとの相互作用がTopoIIαの第951〜1301番のアミノ酸領域を介して生じることが見出されている。また、このような限られた領域を標的とする薬物では、副作用が低減されるものと考えられる。よって、TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤としては、TopoIIαに代えてその第951〜1301番のアミノ酸残基からなる断片を発現する細胞を用いるスクリーニング法によって得られた薬物とすることが好ましい。このような薬物としては、TopoIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる断片に特異的に結合する抗体、およびTopoIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる遊離ポリペプチドなどが挙げられる。
【0028】
TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤は、局所、静脈内、皮下、筋肉内、経口、直腸、粘膜など、適切な経路で投与することができ、好ましくは静脈内または経口で投与される。また、TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤の治療上の有効量は、症状の重篤度、被検者の年齢、用いられる具体的な薬物の有効性、投与経路、投与の頻度などに従って、医師または獣医によって適宜決定される。一般的には、前記治療上有効量は、一日当たり、約0.001〜約1000mg/体重kg、好ましくは約0.01〜約10mg/体重kg、より好ましくは約0.01〜約1mg/体重kgである。
【0029】
TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤は、医薬上許容される担体とともに投与することができる。従って、本発明によれば、TopoIIα−β−カテニン相互作用抑制剤、および医薬上許容される担体を含んでなる、医薬組成物が提供され、該医薬組成物は、大腸癌を治療するために用いることができる。医薬上許容される担体、例えば、ベヒクル、賦形剤、希釈剤等は、投与経路、用いられる具体的な薬物の性質などに応じて、当業者により適宜選択される。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0031】
材料と方法
細胞株
ヒト大腸癌細胞株DLD−1はヒューマンサイエンス研究資源バンク(大阪)より、ヒト子宮癌細胞株Helaは理化学研究所バイオリソースセンター(細胞材料開発室)(筑波)より分譲を受けた。
【0032】
プラスミド
ヒト由来のトポイソメラーゼ IIα(TopoIIα) の全長cDNAは、pFLAG-CMV-2ベクター (Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)に組み込まれた形で用意した。ヒトβ−カテニンのN末端(glycogen synthase kinase-3βとcasein kinase Iのリン酸化部位を含む)が欠損した活性型cDNAは、pFLAG-CMV-4ベクター(Sigma-Aldrich)中にサブクローニングした(FLAG-β-catenin ΔN134)。
【0033】
抗体
抗β−カテニン (clone 14) モノクローナル抗体はBD Biosciences (Palo Alto, CA)より、また、抗TCF−4(6H5-3)モノクローナル抗体はUpstate (Charlottesville, VA)より購入した。抗TopoIIαヤギポリクローナル抗体(sc-5348)およびヤギ免疫グロブリンG(IgG)はSanta Cruz Biotechnology (Santa Cruz, CA) から購入した。抗TopoIIαラビットポリクローナル抗体はTopoGEN (Port Orange, FL)から購入した。マウスIgGはSigma-Aldrichから購入した。
【0034】
免疫沈降
CelLytic Nuclear extraction kit (Sigma-Aldrich) を用いて抽出した核抽出物を、抗TopoIIαヤギポリクローナル抗体、ヤギIgG、抗β−カテニンモノクローナル抗体、抗TCF−4モノクローナル抗体またはマウスIgGと4℃で一晩インキュベートした後、Dynabeads protein G (Dynal Biotech, Oslo, Norway) と混合し、更に一時間インキュベートした。その後、磁気による沈降を行い、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)にて分離させた。
【0035】
イムノブロット
タンパク質サンプルをSDS−PAGEで分離した後、これをImmobilon-P membranes (Millipore, Billerica MA)に転写した。転写膜を一次抗体と4℃で一晩インキュベートし、さらに二次抗体と1時間インキュベートした後、ECL Western blotting detection reagents (Amersham Biosciences, Amersham, UK)を用いて検出した。
【0036】
免疫細胞染色
カバーガラス上に、培養したDLD−1細胞を4%パラホルムアルデヒドによる10分間の処理により固定し、0.2%のTriton X-100で10分間処理することにより細胞膜の透過性を亢進させた。その後、細胞を、抗β−カテニンモノクローナル抗体および抗TopoIIαラビットポリクローナル抗体とともに4℃で一晩インキュベートした。得られた細胞を、二次抗体としてのAlexa 488 抗マウスIgG抗体およびAlexa 594 抗ラビットIgG 抗体(Invitrogen, Carlsbad, CA)とともに1時間インキュベートした後、共焦点レーザ顕微鏡 (LSM5 PASCAL, Carl Zeiss, Jena, Germany) にて観察した。
【0037】
Mammalian Two-Hybrid アッセイ
様々な欠損型TopoIIαのcDNA(図3に示す)はpACTベクター(Promega, Madison, WI)に、β−カテニン全長cDNAはpBINDベクター(Promega)にサブクローニングした。Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を用いて、pBINDおよびpACTの前記組み換え体とpG5lucプラスミド(CheckMate Mammalian Two-hybrid system, Promega)とをそれぞれHela細胞に遺伝子導入した。各サンプルは3つずつ用意した。48時間後、メーカーのプロトコール(http://www.promega.com/tbs/tm049/tm049.pdf)に従い、Dual-luciferase Reporter Assay system (Promega)を用いて、ウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla luciferase)を内部標準として、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)活性を測定した。
【0038】
TCF/Lymphoid enhancer factor(LEF)レポーターアッセイ
ルシフェラーゼレポーターであるTOP-FLASHおよびFOP-FLASH (Upstate, Charlottesville, VA)(http://www.upstate.com/misc/protocol_detail.asp?prot=cDNA-flash&name=cDNA_TOPflash_and_FOPflash_Reporter_Plasmids)を、TCF/LEF転写活性の評価に用いた。ホタルルシフェラーゼレポーター(TOP-FLASHまたはFOP-FLASH)プラスミドおよび内部標準のウミシイタケルシフェラーゼphRG-TK (Promega)プラスミドを、Lipofectamine 2000 (Invitrogen)により遺伝子導入した。各サンプルは3つずつ用意した。24 時間後、メーカーのプロトコールに従い、Dual-luciferase Reporter Assay systemにより、ウミシイタケルシフェラーゼを内部標準として、ホタルルシフェラーゼ活性を測定した。
【0039】
RNA干渉
TopoIIαに対する2種類のsiRNA:TopoIIα−1(センス:5'-AAACAGACAUGGAUGGAUAUU-3'(配列番号7);アンチセンス:5'-PUAUCCAUCCAUGUCUGUUUUU-3'(配列番号8))およびTopoIIα−3(センス:5'-GAAAGAGUCCAUCAGAUUUUU-3'(配列番号9);アンチセンス:5'-PAAAUCUGAUGGACUCUUUCUU-3'(配列番号10))、およびコントロールsiRNA(XIIおよび#1)をDharmacon (Chicago, IL)から購入した。ここで、上記配列中の「P」はリン酸基を表し、よって、配列番号8および配列番号10で表されるヌクレオチド配列はその5’末端の残基がリン酸化されている。これらのsiRNAは、Lipofectamine 2000を用いてDLD−1細胞に導入した。
【0040】
結果
大腸癌細胞株におけるTopoIIαとβ−カテニン/TCF−4複合体の結合
まず、大腸癌細胞であるDLD−1の核抽出物に対して抗β−カテニン抗体または抗TopoIIα抗体による免疫沈降を行った。
【0041】
DLD−1細胞の核抽出物に対し、抗TopoIIαヤギポリクローナル抗体、正常ヤギIgG、抗β−カテニンモノクローナル抗体、抗TCF−4モノクローナル抗体、または正常マウスIgGによる免疫沈降を行った。次いで、沈降物(IP)と核抽出物(Input)の双方について、抗β−カテニン抗体、抗TopoIIα抗体および抗TCF−4抗体によるイムノブロットを行った。
【0042】
イムノブロットの結果を図1に示す。既知のβ−カテニン結合タンパク質であるTCF−4と同様に、TopoIIαが抗β−カテニン抗体により免疫沈降したが、コントロールIgGでは沈降しなかった。β−カテニンも、抗TCF−4抗体によって免疫沈降するのと同様に、抗TopoIIα抗体により免疫沈降した。更に、TopoIIαは、β−カテニン結合タンパク質であるTCF−4を認識する抗TCF−4抗体によっても免疫沈降した。
【0043】
次に、DLD−1細胞におけるTopoIIαおよびβ−カテニンの細胞内局在を蛍光免疫染色法により検討した。TopoIIαは細胞核でその染色が認められ(図2中央)、β−カテニンは細胞核、細胞質、および細胞膜にその局在を示しており(図2左)、この両者は細胞核において共局在していた(図2右)。
【0044】
TopoIIαの951-1301アミノ酸領域はβ−カテニンとの結合部位である
β−カテニンへのTopoIIαの結合部位を検索するため、mammalian two hybridシステムにより検討を行った。
【0045】
Hela細胞に、野生型のβ−カテニンの全長cDNAを組み込んだpBIND(pBIND-β-cat-WT)、TopoIIαの5種類の欠損変異体を組み込んだpACT、およびpG5lucプラスミドを遺伝子導入した。48 時間後、ウミシイタケルシフェラーゼを内部標準として、ホタルルシフェラーゼ活性を測定した。
【0046】
その結果を図3に示す。用いた欠損型TopoIIαは図3の上段に示すとおりである。数字はアミノ酸残基番号、WTは野生型、NLSは核局在シグナルを示す。図3の下段には、測定したルシフェラーゼ活性を示す。
【0047】
図3によれば、951-1301アミノ酸を発現する変異体のみにおいて顕著なルシフェラーゼ活性の増加が認められ、TopoIIαがこの領域を介してβ−カテニンと相互作用することが示された(図3下段)。なお、この951-1301アミノ酸領域にはロイシンジッパー(leucine zipper)と核局在シグナルNLS1が存在する(図3上段)。
【0048】
TopoIIαはβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性を亢進させる
Hela細胞に、活性型β−カテニンであるβ−カテニンΔN134とTopoIIαとを共遺伝子導入し、TopoIIαによるTCF/LEFレポーター活性への影響について検討を行った。
【0049】
Hela細胞に、TCF/LEFルシフェラーゼレポーターベクター(TOPおよびFOP)、FLAG-β-catenin ΔN134またはコントロールプラスミド、およびFLAG-Topo IIαまたはコントロールプラスミドを遺伝子導入し、ルシフェラーゼ活性を24時間後に測定した。各サンプルは3つずつ用意した。
【0050】
その結果を図4に示す。まず、β−カテニンΔN134単独[β-catenin ΔN134 (+) Topo IIα (-)]では、TCF/LEFレポーターTOP-FLASH(黒カラム)のホタルルシフェラーゼ活性が、コントロール[β-catenin ΔN134 (-) Topo IIα (-)]に比べて増加した。TopoIIαとβ-カテニンΔN134の共遺伝子導入[β-catenin ΔN134 (+) Topo IIα (+)]では、β−カテニンΔN134単独に比べて約4倍のルシフェラーゼ活性が見られた。しかし、TopoIIαのみ[β-catenin ΔN134 (-) Topo IIα (+)]では、ルシフェラーゼ活性の上昇は認められなかった。
【0051】
さらに、RNA干渉(RNAi)によりTopoIIαの発現のノックダウンを行い、β−カテニンの転写活性への影響を調べた。
【0052】
DLD−1細胞に、TCF/LEFルシフェラーゼレポーターベクター(TOPおよびFOP)と、2種類のTopoIIαに対するsiRNA(1および3)および2種類のコントロールsiRNA(XIIおよび#1)のいずれかとを遺伝子導入し、ルシフェラーゼ活性を24時間後に測定した。各サンプルは3つずつ用意した。
【0053】
その結果を図5に示す。TopoIIαノックダウンによってルシフェラーゼ活性は3〜5倍の低下を示した。
【0054】
TopoII阻害剤はβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性を抑制する
TopoIIαによるβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性の亢進にTopoIIαの酵素活性が必要かどうかを明らかにするため、TopoII阻害剤を用いてそのTCF/LEFの転写活性への影響を検討した。
【0055】
まず、TopoIIβよりもTopoIIαの触媒活性をより強く抑制することが報告されているMerbaroneを用いて検討を行った。Hela細胞に、TCF/LEFルシフェラーゼレポーターベクター(TOPおよびFOP)、FLAG-β-cateninΔN134またはコントロール(空)プラスミド、およびFLAG-Topo IIαまたはコントロール(空)プラスミドを遺伝子導入した。最下段に表示した濃度のMerbaroneを4時間後に添加し、24時間後にルシフェラーゼ活性を測定した。各サンプルは3つずつ用意した。その結果を図6に示す。Hela細胞において、β−カテニンΔN134単独 [β-catenin ΔN134 (+) Topo IIα (-)] およびβ−カテニンΔN134とTopoIIαを共発現させた場合 [β-catenin ΔN134 (+) Topo IIα (+)]に、Merbaroneは用量依存的にルシフェラーゼ活性を抑制した。
【0056】
次に、TopoIIと安定な複合体を形成し、DNAの再結合を阻害するTopoII阻害剤Etoposideを用いて同様の実験を行った。Hela細胞に、TCF/LEFルシフェラーゼレポーターベクター(TOPおよびFOP)、FLAG-β-cateninΔN134またはコントロール(空)プラスミド、およびFLAG-Topo IIαまたはコントロール(空)プラスミドを遺伝子導入した。最下段に表示した濃度のEtoposideを4時間後に添加し、ルシフェラーゼ活性を24時間後に測定した。各サンプルは3つずつ用意した。その結果を図7に示す。Etoposideを用いた場合にも、Merbaroneと同様の転写抑制が見られた。
【0057】
これらの結果は、β−カテニン/TCF−4複合体の転写活性の亢進にTopoIIαの活性が必要であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、大腸癌細胞株におけるTopoIIαとβ−カテニン/TCF−4複合体の内因性相互作用を示す図である。
【図2】図2は、DLD−1細胞におけるβ−カテニン(緑)とTopoIIα(赤)の免疫蛍光染色を示す写真である。下段の写真は、上段の写真中の四角で囲んだ部分の拡大写真である。
【図3】図3は、TopoIIαの様々な断片とβ−カテニンとの結合強度を示す図である。
【図4】図4は、TopoIIαによるβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性の亢進を示す図である。
【図5】図5は、干渉RNA(siRNA)によりTopoIIαをノックダウンした場合の転写活性を示す図である。
【図6】図6は、TopoII酵素活性抑制剤Merbaroneによるβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性の抑制を示す図である。
【図7】図7は、TopoII阻害剤Etoposideによるβ−カテニン/TCF−4複合体の転写活性の抑制を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸癌の治療のための薬物を同定する方法であって、
細胞内において、候補薬物の存在下におけるトポイソメラーゼIIαとβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程を含んでなり、候補薬物の存在によりこの相互作用が抑制された場合に、その候補薬物が大腸癌の治療に有効な薬物として同定される、方法。
【請求項2】
(a)トポイソメラーゼIIαまたは少なくとも第951〜1301番のアミノ酸残基を含むその断片と、β−カテニンとを発現しうる細胞を、候補薬物の存在下で培養する工程、および
(b)工程(a)により得られる細胞において、トポイソメラーゼIIαまたはその前記断片とβ−カテニンとの相互作用の強度を測定する工程
を含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞が、トポイソメラーゼIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる断片と、β−カテニンとを発現しうるものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
相互作用の強度の測定がレポーター遺伝子を用いて行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
Two-Hybrid法に従って行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞における前記相互作用の強度と、候補薬物の不在下で培養された対照細胞における前記相互作用の強度とを比較することを含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記大腸癌が、結腸癌、直腸癌および肛門癌からなる群から選択されるものである、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記大腸癌が結腸癌である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記細胞が真核細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記細胞が哺乳動物細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記細胞がヒト細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
トポイソメラーゼIIαとβ−カテニンとの相互作用を抑制する薬物および医薬上許容される担体を含んでなる、医薬組成物。
【請求項13】
大腸癌を治療するための、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
前記大腸癌が、結腸癌、直腸癌および肛門癌からなる群から選択されるものである、請求項13に記載の医薬組成物。
【請求項15】
前記大腸癌が結腸癌である、請求項14に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記薬物が請求項1に記載の方法によって同定される薬物である、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項17】
前記薬物が、トポイソメラーゼIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる断片に特異的に結合する抗体である、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項18】
前記薬物が、トポイソメラーゼIIαの第951〜1301番のアミノ酸残基からなる遊離ポリペプチドである、請求項12に記載の医薬組成物。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−253213(P2008−253213A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−100680(P2007−100680)
【出願日】平成19年4月6日(2007.4.6)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】