説明

天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法

【課題】リアルタイムに天頂対流圏遅延量の推定値を算出する方法及び測位する場合の衛星測位信号の対流圏遅延を補正する方法を提供する。
【解決手段】ある二地点間の距離をパラメータとする複数のパラメータを設定し、二地点における天頂対流圏遅延量を求めるとともに、その差分を求め、モデル関数を用いた天頂対流圏遅延量を求めるとともに、その差分を求め、二つの差分の差分を誤差として求め、誤差範囲を満足するパラメータを、誤差から選択し、地点Aが存在する補正対象地域の基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、補正情報として地点Aに送信し、地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)を補正することにより地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、さらに、受信した衛星測位信号の仰角を求め、衛星測位信号の対流圏遅延量により衛星測位信号の対流圏遅延を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、人工衛星や天体からの電磁波が、対流圏を通過する際に生じる対流圏遅延に関し、特に、リアルタイムに天頂対流圏遅延量を算出する方法及びこの算出した天頂対流圏遅延量を用いて測位する場合の衛星測位信号の対流圏遅延を補正する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、人工衛星や天体から発せられる電磁波(以下、信号と記す)が、地上に到達するまでの間に、電離圏及び対流圏を通過するが、それぞれの領域を信号が通過する際に遅延が生じ、それぞれ電離圏遅延及び対流圏遅延と呼ばれている。従って、この信号を測位信号として用いる場合、これらの電離圏遅延及び対流圏遅延が測位誤差源のひとつとなっている。
【0003】
電離圏内における電離圏遅延の値(以下、電離圏遅延量と記す)は、周波数によって変わるため、2つの周波数の信号を受信することによって電離圏遅延量を求めることが出来る。一方、対流圏内における対流圏遅延の値(以下、対流圏遅延量と記す)は、大気の気温、気圧及び水蒸気等によって変化するので、季節や時刻によって常に変化するだけでなく、台風や寒冷前線の通過時には、局地的に大きく変化する。一方、対流圏遅延量を直接計測することは出来ない。このように、対流圏遅延量は、気象条件や地理的条件により変動するため、時間的にも空間的にも変動が大きい。
【0004】
移動体の測位において対流圏遅延量を補正するためには、任意の地点でリアルタイムに適用し得る対流圏遅延量の補正情報が不可欠である。そのため、一般的な移動体測位では、天頂対流圏遅延量を高度のみの関数としてモデル化して用いられ、SBASでは、日付・緯度・高度の関数であるMOPSモデルと呼ばれる天頂対流圏遅延量のモデルを用いて、測位信号を補正している。
【0005】
なお、MOPSモデルとは、Minimum Operational Performance Standards for Global Positioning Systemの略称で、「RTCA:Minimum Operational Performance Standerds for Global Positioning System/Wide Area Augmentation System Aorborne Equipment, RTCA/DO−229C,2001.」というSBAS規格文書で定められた天頂対流圏遅延量の関数である。
【0006】
又、SBASとは、従来の測位精度を改善させるためのシステムである衛星航法補強システム(Satellite Based Augmentation System:以下、SBASと記す。)であり、衛星軌道・衛星クロック、電離圏遅延の測位誤差源を高精度に補正することが目標とされており、既知点に設置された複数の地上局において、航法衛星からの測位信号により測定した当該航法衛星との距離と、航法衛星の位置情報と当該地上局の位置情報とから得られる距離との誤差を補正情報として静止衛星へ伝送し、これら補正情報を静止衛星からユーザへ伝送している。ユーザは、この補正情報を受信するとともに、この補正情報により、衛星からの測位信号に含まれる誤差を補正し、測位精度を改善している。
【特許文献1】特開2003−114270号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、現状では、衛星軌道・衛星クロック、電離圏遅延、対流圏遅延は、ほぼ同等の測位誤差源となっている。そこで、SBASでは、対流圏遅延量を推定し、それを用いるための手段として、気象条件としては、平均的な気象を仮定し、地理的条件としては、日付、緯度及び高度の関数としたMOPSモデルが用いられている。このMOPSモデルは、地理的条件を考慮しているもので、気象条件を用いないモデルとしては最も精度の良いものとされており、その測位誤差σは、天頂方向でσ=12cmとされている。
【0008】
又、GPS衛星の仰角が狭くなるほどGPS信号が対流圏を通過する距離が長くなるため、補正誤差が天頂方向の数倍以上にもなると考えられており、より高精度な測位精度を実現するために対流圏遅延量を、従来より高精度に補正することが必要となっている。
【0009】
なお、任意の測位地点において、天頂方向に位置するGPS衛星からのGPS信号が、対流圏を通過することによる対流圏遅延の値を、天頂対流圏遅延量と記載し、任意の仰角αに位置するGPS衛星からのGPS信号が、対流圏を通過することによる遅延を、対流圏遅延と記載する。従って、天頂対流圏遅延量=sinα*対流圏遅延量の関係となる。
【0010】
このように、SBASでは、MOPSモデルを用いて地理的条件により変動する対流圏遅延量を推定しても、気象条件により変動する対流圏遅延量については、十分改善することが出来ないという問題があり、より高精度な測位精度の実現が待たれている。
【0011】
又、上記したように、対流圏遅延量は、気象条件や地理的条件により変動するため、時間的にも空間的にも変動が大きい。従って、より高精度な測位精度を実現するためには、対流圏遅延量を時間的且つ空間的に高精度に補正する補正情報が必要である。
【0012】
そこで、対流圏遅延量の補正情報をユーザに送信することが出来れば、ユーザ側では、測位演算において、この補正情報を測位信号の補正に用いることにより高精度測位を実現することが出来る。
【0013】
そこで、発明者等は、ユーザ地点における天頂対流圏遅延量を算出することにより、従来のSBASで用いられていた遅延量モデルを上回る精度の補正情報を生成することが出来、さらに準天頂衛星を用いたシステムへ実装した場合には、3回程度の補正のためのメッセージの送信で十な補正情報を送信出来、従来のSBASを上回る測位精度を実現出来る天頂対流圏遅延量を算出する方法を見出した。
【0014】
そして、さらに、算出した天頂対流圏遅延量と、衛星から取得した衛星測位信号の対流圏遅延を補正する方法を見出した。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1に係る発明は、サービス領域内に、ある二地点間の距離をパラメータとする複数のパラメータを設定し、各パラメータについて、二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、各パラメータについて、モデル関数を用いて二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、二つの差分の差分を誤差として求め、求める誤差範囲を満足するパラメータを、誤差から選択し、サービス領域内にある地点A(ユーザー点)との距離が、少なくとも1箇所は求める誤差範囲を満足するパラメータの距離内となる様に天頂対流圏遅延量の補正情報を提供する基準点Bをサービス領域内に1箇所以上設定し、この基準点Bを中心とし、パラメータを半径とする補正対象地域をサービス領域内に設定し、地点A(ユーザー点)が存在する補正対象地域の基準点Bにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDに関する情報を、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値を算出するための補正情報として補正対象地域内の地点A(ユーザ点)に送信し、地点A(ユーザ点)では、補正情報を取得し、次いで、地点A及び基準点Bとの天頂対流圏遅延量の差分を、それぞれ地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)及び基準点Bにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(B)を用いて求め、この地点A及び基準点Bとの天頂対流圏遅延量の差分を、補正情報に基づいて補正することにより地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを求めることを特徴とする天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法である。
【0016】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明において、補正情報は、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値と基準点Bにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(B)との差分であり、補正情報に基づいて、地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)を補正することにより地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを求めるようにしたものである。
【0017】
請求項3に係る発明は、請求項1〜請求項2の何れかに係る発明において、補正情報は、衛星を経由して補正対象地域内の地点A(ユーザ点)に送信され、地点A(ユーザ点)では、補正情報を、衛星を経由して取得するようにしたものである。
【0018】
請求項4に係る発明は、請求項1〜請求項3の何れかに係る発明において、地点A(ユーザー点)が、複数の補正対象地域内に存在する場合、各基準点Bにおける補正情報により、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDをそれぞれ算出するとともに、この算出した複数の各天頂対流圏遅延量の推定値ZTDに地点Aと各基準点Bとの距離及び高度差からなる重み付け関数により重み付けを行い、次いで、補間を行うことにより、1個の天頂対流圏遅延量の推定値を求めるようにしたものである。
【0019】
請求項5に係る発明は、請求項1〜請求項4の何れかに係る発明において、各基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値は、衛星測位信号の解析により算出するようにしたものである。
【0020】
請求項6に係る発明は、請求項1〜請求項5の何れかに係る発明において、各基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値あるいは補正情報は、1回に送信されるメッセージの中に可能な限り多くの基準点における推定値あるいは補正情報を均等に地理的に分散して送信するようにしたものである。
【0021】
請求項7に係る発明は、請求項1〜請求項6の何れかに係る発明において、補正情報は、SBASメッセージフォーマットを用いるようにしたものである。
【0022】
請求項8に係る発明は、請求項1〜請求項7の何れかに係る発明において、地点Aでは、基準点Bの地理的情報を所持し、基準点Bでは、この基準点Bのバージョン情報、あるいは、基準点Bの有効性に関する情報、あるいは、補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期に関する情報、あるいは、補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期を表すデータの何れかを、補正情報とともに送信するようにしたものである。
【0023】
請求項9に係る発明は、請求項1〜請求項8の何れかに係る発明において、衛星からの衛星測位信号を受信し、この受信した衛星測位信号の仰角を求め、この信号の仰角をパラメータとする関数で、天頂対流圏遅延量から衛星測位信号の対流圏遅延量を算出するためのマッピング関数と、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDとにより衛星測位信号の対流圏遅延量を算出し、この衛星測位信号の対流圏遅延量により衛星測位信号の対流圏遅延を補正するようにしたものである。
【発明の効果】
【0024】
請求項1、請求項3及び請求項9に係る発明は、上記のように構成したので、対流圏を通過する信号としては、衛星からの信号に限らず、広く宇宙からの電磁波に関しても天頂対流圏遅延量の推定値を求めることが出来る。さらに、地理的条件及び気象条件による変動を考慮した正確な天頂対流圏遅延量の推定値を求めることが出来る。サービス領域内の任意の地点Aが少なくとも一つの補正対象地域に入るように補正対象地域を設定することにより、精度の高い正確な天頂対流圏遅延量の推定値が得られるので、この値を測位に用いた場合には、従来にない高精度な測位を実現出来るとともに、サービス領域内の任意の地点において、事業者の求める補正精度を保証することが出来る。また、ユーザ点Aの近傍の基準点Bでの補正情報のみを用いることにより大きな誤差を避けることができる効果がある。
【0025】
請求項2に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1に係る発明と同様な効果がある。さらに、補正精度を損なうことなく、補正情報の所要情報量を低減することができる。
【0026】
請求項4に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1〜請求項3に係る発明と同様な効果があるとともに、適切な重み付けにより、複数の各天頂対流圏遅延量から1個の天頂対流圏遅延量を求めることによりさらに高い精度の天頂対流圏遅延量の推定値及び高測位精度が得られる。
【0027】
請求項5に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1〜請求項4に係る発明と同様な効果がある。さらに、測位衛星信号を利用することが出来る。
【0028】
請求項6に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1〜請求項5に係る発明と同様な効果がある。さらに、最初の1メッセージを受信するのみで、高精度な測位が可能である。その上、順次メッセージを受信するたびに、測位精度を向上させることができる。
【0029】
請求項7に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1〜請求項6に係る発明と同様な効果がある。さらに、SBASで用いられているSBASメッセージのフォーマットを基準にして、天頂対流圏遅延の推定値を算出するための、及び、衛星測位信号の対流圏遅延量を補正するための補正メッセージを割り当てることができるので、設計が容易となり、汎用性があり、コスト削減となる。
【0030】
請求項8に係る発明は、上記のように構成したので、請求項1〜請求項7に係る発明と同様な効果がある。さらに、ユーザは、自己の有する基準点情報と事業者から受信した基準点情報とを比較することが出来るので、自己の有する基準点情報の有効性を確認することが出来る。その上、測位情報以外の情報も事業者から得ることができる。又、ユーザは、必要に応じて何らかの手段(例えば、データ放送やインターネット等)で自身の有する基準点情報を更新することにより、基準点が更新されても対流圏遅延に関する補正情報を利用することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
サービス領域内に、ある二地点間の距離をパラメータとする複数のパラメータを設定し、
各パラメータについて、二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、
各パラメータについて、モデル関数を用いて二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、
二つの差分の差分を誤差として求め、
求める誤差範囲を満足するパラメータを、誤差から選択し、サービス領域内にある地点A(ユーザー点)との距離が、少なくとも1箇所は求める誤差範囲を満足するパラメータの距離内となる様に天頂対流圏遅延量の補正情報を提供する基準点Bをサービス領域内に1箇所以上設定し、この基準点Bを中心とし、パラメータを半径とする補正対象地域をサービス領域内に設定し、地点A(ユーザー点)が存在する補正対象地域の基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDと基準点Bにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(B)との差分を算出し、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDとモデル関数fZTD(B)との差分を、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値を算出するための補正情報として補正対象地域内の地点A(ユーザ点)に送信し、
地点A(ユーザ点)では、補正情報を取得し、
次いで、この補正情報に基づいて、地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)を補正することにより地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、
さらに、ユーザは、衛星からの衛星測位信号を受信し、受信した衛星測位信号の仰角を求め、この信号の仰角をパラメータとする関数で、天頂対流圏遅延量から衛星測位信号の対流圏遅延量を算出するためのマッピング関数と、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDとにより衛星測位信号の対流圏遅延量を算出し、この衛星測位信号の対流圏遅延量により衛星測位信号の対流圏遅延を補正する。
【実施例1】
【0032】
この発明の第1の実施例を、図1〜図11に基づいて詳細に説明する。
図1〜図11は、この発明の第1の実施例を示すもので、図1は電子基準点950172(気仙沼)における1日の可視衛星数と誤差倍率の履歴を示す図、図2は天頂対流圏遅延量を推定した電子基準点を示す図、図3は対流圏遅延の解析結果を示す図、図4は誤差の分布を示す図で、横軸は誤差(rms(mm))を示し、縦軸は誤差の発生頻度(occurrence)を示し、有効範囲の評価を示す図である。ここで、任意の二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求め、この求めた二地点における天頂対流圏遅延量の差分とモデル関数を用いてそれぞれ求めた二地点における天頂対流圏遅延量の差分との差分を誤差として横軸に表示している。なお、パラメータは、二地点間の距離(この実施例では、基準点Bとユーザ点Aとの距離である。図5は後述するL1−SAIFメッセージ(SBASメッセージ)のフォーマットを示す図で、準天頂衛星を用いて補正情報をユーザに送信するためのメッセージのフォーマットである。
【0033】
図6は量子化された遅延量の誤差評価を示す図、図7はSBASメッセージのフォーマットを用いて対流圏遅延を補正するための補正メッセージを示す図、図8は対流圏遅延量の送信点を示す図で、基準点の配置及び気象条件がほぼ同等と見なせる範囲を○で示し、この○内の黒点は基準点を示す。図9は任意の地点における天頂対流圏遅延量の補正情報の取得を説明するための説明図である。図10は有効範囲の評価を示す図で、2地点間距離と推定誤差のrmsとの関係を示す。図11は有効範囲の評価を示す図で、50mm以上および100mm以上の推定誤差の発生率を示している。
【0034】
通常、電磁波の対流圏遅延量は、天頂方向に換算して解析・評価され、実際の測位演算の際には、天頂遅延量に各々のGPS信号の仰角に対応する係数(マッピング関数と称する。)を乗じている。
従って、GPS衛星の仰角が狭くなるほどGPS信号が対流圏を通過する距離が長くなるため、補正誤差が天頂方向の数倍以上にもなると考えられている。
【0035】
そこで、まず、発明者等は、対流圏遅延の天頂遅延量(以下、天頂対流圏遅延量と記す。)の推定誤差による測位誤差への影響を評価した。評価では、電子基準点(国土地理院が整備している。)における実測データを用い、測位演算において対流圏遅延に相当する天頂遅延量を意図的に追加し、その前後の演算結果を比較した。
【0036】
結果として得られる測位誤差は、追加する遅延量のみに比例するので、追加した天頂遅延量に対して生じる測位誤差の倍率として評価結果を得た。以下、この評価結果について説明する。
【0037】
下記の表1は、2004年の第226通算日のデータを用いた評価結果である。
【0038】
【表1】

【0039】
図1は、電子基準点950172(気仙沼)における1日の可視衛星数と誤差倍率の履歴を示すもので、縦軸は可視衛星数を示し、横軸は時刻を示している。この図1から明らかなように、すべての電子基準点においても誤差倍率は平均3倍弱となり、その最大値は5倍〜数10倍となる。
図1における誤差倍率の変化は、可視衛星数及び衛星配置によるものである。特に、可視衛星数が4個の場合に最も倍率が高くなる。
【0040】
下記の表2は、表1に示す各基準点における評価結果をまとめたもので、誤差倍率が5倍以上となるのは、全評価対象の誤差倍率のうち0.6%であり、誤差倍率が10倍以上となるのは、0.1%である。
【0041】
【表2】

【0042】
以上の結果から、対流圏遅延のみによる測位誤差σは、MOPSモデルを用いた場合であってもσ=30cm程度、悪条件では数メートルにもなることが明らかとなった。換言すれば、MOPSモデルにより対流圏遅延を補正した場合であっても、その測位結果には、上記のような誤差が潜在的に含まれているということが判明した。
【0043】
そこで、発明者等は、天頂対流圏遅延量を何らかの方法でユーザに送信できれば、ユーザ側では、測位演算において測位信号の補正に用いることにより、高精度測位を実現することが出来るとともに、測位信号の補正精度は、対流圏遅延量の推定精度とほぼ同等となると考えた。
【0044】
GPS測地の分野で利用されているGPS観測網の解析による対流圏遅延量の推定方法では、多数のGPS観測点を用いた分散・統合処理により、各観測点の相対位置及び天頂対流圏遅延量を高精度に推定することが可能である。この際、精密なオフライン解析を実行すれば、対流圏遅延量をも高精度に推定することが可能である。
【0045】
一方、移動体の測位には、上記したようにリアルタイム性が要求されるので、移動体の測位では、例えば、SBASではMOPSモデルを用いているが、さらに高精度な測位補正を実現するためには、対流圏遅延を補正するための補正情報が必要である。
【0046】
GPS観測網の解析により、観測地点における天頂対流圏遅延量を精密に求めることが出来るので、それを利用することにより、高精度な測位補正を実現することが可能である。
【0047】
ここで、対流圏遅延量の補正方法には、GPS観測網の解析から推定するGPS観測網方法と気象情報を用いる気象情報方法とある。GPS観測網方法は、GPS観測網の解析結果を利用して対流圏遅延量を補正する方法であり、気象情報方法は、気象庁が提供する気象情報を利用する補正方法である。
【0048】
発明者等は、この内、GPS観測網方法を利用し、従来より高精度な測位補正を実現するために、多くの評価、解析を行った。以下、これについて説明する。
【0049】
まず、発明者等は、国土地理院が整備する全国の電子基準点における実測データ及び精密軌道暦を用い、その補正対象領域内にある電子基準点において、GPS解析ソフトウエアBerneseによる2002年度の1年間の天頂対流圏遅延量を測定し、その結果を解析した。その解析結果からは、図2に示すように、日本全国の1000点弱の電子基準点における天頂対流圏遅延量が推定された。
【0050】
ここで、事業者側で推定した天頂対流圏遅延量は、GPS観測地の高度にも依存するため、ユーザは、事業者から送られた天頂対流圏遅延の推定値をそのまま利用することは出来ない。そこで、何らかの方法で高度差による天頂対流圏遅延量の差分を補正しなければならない。
【0051】
しかしながら、上記したように、対流圏遅延量の高度勾配は、気温、大気圧、水蒸気などの気象条件にも影響されるため、高度差のみの関数とするのは、適切な補正とはならない。一方、GPS観測網の解析からは、高度勾配を求めることは出来ない。
さらに、対流圏遅延量の高度勾配を与えるために気象情報を含んだ補正メッセージとすることは、所要メッセージデータ量が冗長的に増加することになる等の問題がある。
【0052】
そこで、発明者等は、高度差による天頂対流圏遅延量の差分の補正に、MOPSモデルを利用した。上記したように、MOPSモデルは、平均的な気象条件に基づき、天頂対流圏遅延量を日付、緯度及び高度の関数としたモデルである。従って、このMOPSモデルを用いることにより、ある二地点(例えば、図9に示す地点A、地点B)が、ほぼ同じ気象条件下にあれば、その二地点の高度差による天頂対流圏遅延量の差分を、高精度に求めることが出来ることを見出した。以下、これについて説明する。
【0053】
下記表3は、MOPSモデルの気象パラメータを示している。MOPSモデルでは、後述するように、数式(2)及び数式(3)により、標高による緯度及び季節の変化を表現している。即ち、MOPSモデルによる天頂対流圏遅延量TDMOPSは、数式(1)となる。
TDMOPS=dhyd+dwet(m) (1)
ここで、dhyd及びdwetは、それぞれ乾燥大気及び湿潤大気による遅延量であり、下記数式(2)、(3)で示す。
【0054】
【表3】

【0055】
【数2】

【0056】
【数3】

【0057】
但し、k=77.604kmbar、k=382000Kk/mbar、
=287.54(J/kg/K)、g=9.784(m/s)、g=9.80665(m/s)であり、H(m)は標高を示す。なお、他のパラメータは、数式(4)により定義される。数式(4)は、便宜上、ξを用いてすべての変数を代表して示している。
【0058】
【数4】

【0059】
ここで、数式(4)において、ξ(φ)及びΔξ(φ)は、表3に示す値をそれぞれ緯度に応じて線形補間して得られる値である。
Dは年通算日、Dminは北半球では、Dmin=28、南半球では、Dmin=211と定義されている。
【0060】
このように、MOPSモデルでは、数式(2)及び数式(3)により、標高による天頂方向の遅延量(天頂対流圏遅延量)の差分を表現し、数式(4)により緯度及び季節の変化を表現することが出来る。
【0061】
ここで、ある電子基準点において、天頂対流圏遅延量の推定値に高度について補正した値を補正値とし、対流圏遅延量情報を提供する電子基準点を、基準点B(地点B)とする。又、異なる電子基準点をユーザとみなしてユーザ点A(地点A)とすると、このユーザ点Aにおける遅延量補正値TDは、後述する数式(5)となる。
【0062】
次いで、発明者等は、GPS観測網方法で用いたBerneseによる解析結果について評価した。IGS(International GNSS Service:IGS)は、世界中の300点以上のGPS観測点における対流圏遅延量を3〜6mm(rms)程度の精度で推定している。
そこで、発明者等は、日本国内におけるIGS観測点とその近傍にある電子基準点について、IGSの解析結果と比較した。その結果、Berneseによる電子基準点の解析精度を確認することができた。表4に、その結果を示す。
【0063】
【表4】

【0064】
又、図3は、IGS観測点kgniと電子基準点93019の一年間の対流圏遅延量の解析結果を示すもので、この図3からも明らかであるように、比較した全点において、IGSによる解析結果と1cm(rms)程度の差で一致している。従って、Berneseの解析結果は、1.2cm(rms)以内で信頼できることが判明した。
【0065】
以上述べたように、上記の評価、解析の結果から、発明者等は、GPS観測網方法を利用し、後述する補正メッセージの有効範囲の評価を行い、次いで、補正精度を損なわない様なデータ量及び補正対象地域(実験領域)における補正情報の送信点数を評価した。この結果に基づいて、発明者等は、実現性のある補正メッセージを作成した。この補正メッセージは、衛星等を経由してユーザに送信されるものである。以下、これについて説明する。
【0066】
実際の移動体測位においては、ユーザは電子基準点から離れた位置で測位を行うことになる場合が一般的である。又、所要メッセージのデータ量の軽減を図るためには、事業者は、電子基準点の全点についての対流圏遅延量の情報を補正情報として提供することは適切ではなく、補正情報を提供する電子基準点をある程度の間隔を持たせて適切に選択しなければならない。
【0067】
そこで、発明者等は、補正精度の著しい低下を避けることのできる二地点間の距離(この実施例では、基準点(地点B)とユーザ点(地点A)との距離の上限を見出すために、以下のように実行した。
【0068】
即ち、基準点Bとユーザ点Aとの距離をパラメータとして、例えば、パラメータが、それぞれ10km未満、20km程度、35km程度、50km程度、70km程度、100km程度、200km程度、500km程度となるような組み合わせをそれぞれについて統計学上のサンプル数としては十分なサンプル数、例えば、この実施例では100組程度選択し、後述する数式(5)に示す高度補正を行い、即ち、式(5)に示すZTDAと求めたZTDAと比較して誤差を求めた。この結果は、図4に示す。
なお、図4には、MOPSモデル及び気象情報方法による評価結果(Saas.70km)を示しており、二地点間の距離(この実施例では、基準点Bとユーザ点Aとの距離)が、20km程度、50km程度についての評価結果は、省略した。
【0069】
図4から明らかなように、基準点からの距離が大きくなるに従い(換言すれば、パラメータの値が大になるに従い)補正精度が低下することが判明した。ここで、図4に示す誤差の分布のピーク値は、ほぼ誤差の平均値を示していることから、例えば、パラメータが70kmの場合、20mm(rms)程度の推定精度であり、このことは、後述の図10からも読み取ることができる。又、基準点から500km離れた場所であっても、MOPSモデル以上の補正精度であり、気象情報方法とほぼ同等の推定精度が得られることが判明した。
【0070】
また、発明者等は、基準点Bとユーザ点Aとの距離が、10km以下となる全ての組み合わせ、20km〜100kmについては10kmごと、300kmまでは20km〜50kmごとにそれぞれ統計学上のサンプル数としては十分なサンプル数、例えば、この実施例では250組の組み合わせを選択し、後述する数式(5)に示す高度補正を行い、1年間の推定誤差のrmsを求めた。この結果は、図10に示す。
図10から明らかなように、基準点からの距離が大きくなるに従い推定誤差のrmsが単調増加していることから、補正精度が低下することが判明した。また、この図10からは、事業者が望む補正精度からどの程度の間隔で基準点を配置すれば良いかを求めることが出来る。
【0071】
さらに、発明者等は、上記の1年間の推定誤差のrmsを求める際に、基準点からの距離における50mm以上および100mm以上の大きな推定誤差を生じている割合を調査した。この結果は、図11に示す。
図11から明らかなように、基準点からの距離が大きくなるに従い、これらの大きな推定誤差を生じる割合が急激に増加していることが判明した。従って、ユーザ点Aの近傍の基準点Bでの補正情報のみを用いることにより大きな誤差を避けることができる効果があることが判明した。また、この図11から明らかなように、パラメータが70kmの場合、これらの大きな推定誤差を生じる割合が低いことが判明した。
【0072】
以上の結果から、パラメータが70kmの場合、20mm(rms)強程度の推定精度を達成できることが明らかとなった。これは従来のMOPSモデルおよび気象情報方式を十分に上回る精度であるので、このパラメータを基準として、補正メッセージを作成することとした。
【0073】
以上述べた評価結果、検討事項等に基づいて、事業者のサービス領域内において、ユーザが測位衛星からの衛星測位信号を受信してユーザ点A(地点A)の測位を行うことを例にとって、ユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量の推定値を算出方法及び算出した天頂対流圏遅延量の推定値を用いて、ユーザが受信した衛星測位信号の対流圏遅延の補正方法について、図8〜図9に基づいて詳細に説明する。
【0074】
まず、事業者は、自己のサービス領域内に、少なくとも1箇所の基準点Bを配置する。さらに、事業者は、この基準点Bを中心とし、事業者の求める補正精度を満たすことの出来る距離を半径とした地域を、補正対象地域として設定する。この基準点Bは、この補正対象地域内に天頂対流圏遅延量の補正情報を提供する。さらに、基準点Bは、サービス領域内に存在する補正の対象となる任意の地点A(ユーザ点A)から最寄りの基準点迄の距離が、事業者の求める補正精度を満たすことの出来る距離以下になるように、即ち、一つ以上の補正対象地域内に地点Aが存在するように配置される。なお、基準点Bは、さらに密に多数配置しても良く、この時、地点A(ユーザ点A)が複数の補正対象地域内に存在する事になる場合には、より精度の高い対流圏遅延量を得ることが出来る。
【0075】
日本全国には、数多くの電子基準点が設定されている。そこで、この実施例では、その一例として、図8に示すように、上記評価結果に従って、任意の点から最寄りの電子基準点迄の距離が70kmとなるような位置にある電子基準点から基準点を選択し、配置した。全国の63点の電子基準点を基準点として選択、配置すれば実現可能となる。
【0076】
次に、図9に基づいて、ユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法及び算出した天頂対流圏遅延量の推定値を用いて、ユーザが受信した衛星測位信号の対流圏遅延の補正方法について詳細に説明する。
【0077】
ユーザは、この63点ある基準点の内の1つの基準点である基準点Bと同じ補正対象地域内であるユーザ点A(地点A)に位置している。
【0078】
まず、事業者は、各基準点における天頂対流圏遅延量の推定値を算出する。例えば、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出する。この天頂対流圏遅延量の推定値ZTDの算出は、この実施例では、基準点Bにおいて衛星(図示せず)から受信した衛星測位信号を解析することにより行っている。
【0079】
なお、基準点における天頂対流圏遅延量の推定値の算出は、基準点Bで行っても良いし、事業者が用意した統制局でまとめて行っても良い。事業者は、この天頂対流圏遅延量の推定値の算出を、衛星測位信号の解析に限らず、基準点における気象条件の計測値(例えば、百葉箱による測定値等でもよい。)や気象庁等が提供している数値予報値を用いて行うことも出来る。
【0080】
次いで、事業者は、各基準点における天頂対流圏遅延量の推定値等を、ユーザの測位精度向上のための高精度測位の補正情報として、準天頂衛星を介してユーザに送信する。このような高精度測位補正情報を送信するメッセージは、L1−SAIF(L1 Sub−meter class Augmentation with Integrity Function)と呼ばれている。なお、L1−SAIFメッセージフォーマットは、SBASの規格文書である「RTCA:Minimum Operational Performance Standards for Global Positioning System/Wide Area Augmentation System Airborne Equipment, RTCA/DO−229C,2001.」で定められたSBASメッセージフォーマットと同一のものとしている。
【0081】
このSBASメッセージフォーマットを、図5に示す。これは、SBASで用いられているフォーマットに準拠し、250bitからなるメッセージにより1秒ごとに補正情報のうちの1つが送信されることとなっている。図5に示すように、1メッセージのうち、38bitはメッセージの識別やエラー補正に用いられ、残る212bitが補正メッセージに割り当てられる。現在の予定では、対流圏遅延量の補正メッセージは、1分あたり1メッセージが割り当てられることとなっている。
【0082】
リアルタイムで行う対流圏遅延の補正は、準天頂衛星を用いた高精度測位補正技術において初めて取り入れられるので、新たにメッセージを設計する必要がある。移動体測位の補正のためのメッセージであるので、ユーザは測位開始後、できるだけ速やかに十分な補正情報を得られることが要求される。そのためには、補正メッセージは、補正精度を損なうことなく、所要メッセージ量を最小化することが要求される。したがって、補正精度を損なわない程度のできるだけ大きな空間的間隔の補正情報を、1点あたりの所要のデータ量ができるだけ少なくなるように設計する必要がある。
【0083】
各基準点における天頂対流圏遅延量は、これまでの実測データを用いた解析結果によると、3mに達することは無く、標高が高くなるに従い減少するが、日本国内では2m弱程度である。所要データ量を低減しつつ補正精度を劣化させないためには、補正メッセージが表現するべき天頂対流圏遅延量の推定値の範囲を最小化することが有効である。
【0084】
そこで、各基準点の天頂対流圏遅延量の推定値をそのまま送信するのではなく、この各基準点における天頂対流圏遅延量の推定値とMOPSモデルとの差分を、補正情報として送信することとした。これにより、平均的な季節的変動を表現できるというMOPSモデルの利点を活かし、補正メッセージの表現するべき推定値の範囲をより狭めることができる。
【0085】
補正情報として実装するためには、天頂対流圏遅延量の推定値の情報を量子化する必要があるが、量子化に伴う量子化誤差により補正精度が低下する。当然1点あたりのデータ量が多いほど量子化誤差を低減することができるが、一方で所要データ量が多くなってしまう。そこで、発明者達は、大幅な誤差増加の生じない量子化の範囲を見積もった。
【0086】
ここでは、ある基準点における天頂対流圏遅延量とその緯度・高度・日付に応じたMOPSモデルとの±320mmまでの差分を、3〜8bitでそれぞれ量子化した。次いで、ユーザ点A(地点A)における高度補正を行い、得られた補正値と解析で得られたユーザ点Aにおける推定値とを比較した。
【0087】
さらに、ユーザ点A(地点A)及び基準点Bとの距離が、70kmとなる組み合わせについて評価を行った。その評価結果は、図6に誤差のrmsの分布として示す。図6から明らかなように、6bitの量子化までであれば量子化以前のものとほぼ同等の精度を保つことが明らかとなった。なお、7bitおよび8bitの分布が量子化以前のものとほぼ一致していたため省略した。
【0088】
以上の評価結果により、電子基準点における天頂対流圏遅延量とその地点におけるMOPSモデルとの差分を、6bitの量子化により送信することにより、補正精度をほぼ損なわずに所要送信データ量を最小化することができることが判明した。
【0089】
この補正情報の一例を、図7に示す。1つの基準点における天頂対流圏遅延量の推定値を6bitで送信すれば良いので、1メッセージあたり35点分までの補正情報を格納することができ、また2bit以上のデータを予備として利用することができる。この2bitの領域には、天頂対流圏遅延量の推定値の信頼性、その使用の可否あるいは誤差情報を割り当てることが可能である。
【0090】
このSBASメッセージは、上記したように、1分間に1メッセージ程度の割り当てが想定されている。この実施例では、全国63点の基準点が配置されているので、この場合、日本国内の任意の場所にいるユーザは、2分以内に全ての補正情報を得ることが出来る。
【0091】
なお、このSBASメッセージには、情報量の制限があるため、上記したように、6bitの量子化によりデータ量を小さくした。各基準点における天頂対流圏遅延量の推定値をユーザへ送信するには、衛星を介さずに、例えば、インターネットやFM多重放送・ワンセグ放送等のデータ放送のようなものを利用して行っても良い。このようにする事により、情報量の制限をなくし、量子化誤差による補正精度の低下を無視することが可能である。
【0092】
ユーザは、このようにして作成した補正情報が格納されたSBASメッセージを受信し、この受信したSBASメッセージに格納された各基準点の天頂対流圏遅延量の推定値とMOPSモデルとの差分の内、ユーザ点A(地点A)が存在する補正対象地域内の基準点Bの天頂対流圏遅延量の推定値とMOPSモデルとの差を用いて、ユーザAにおける天頂対流圏遅延量の推定値を算出する。
【0093】
この天頂対流圏遅延量の推定値の算出は、モデル関数を利用する。このモデル関数は各種存在するが、この実施例では、上記したように、補正メッセージとして天頂対流圏遅延量の推定値とMOPSモデルとの差分が、送信されていることからも明らかなように、MOPSモデルを利用している。
【0094】
ここで、ユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量の推定値は、下記数式により算出することが出来る。
ZTD=ZTD+fZTD(A)−fZTD(B) (5)
【0095】
但し、ZTDは、ユーザ点(地点A)における天頂対流圏遅延量の推定値で、ZTDは、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値、fZTDは、天頂対流圏遅延量のモデル関数である。
【0096】
ここで、ユーザが受信したSBASメッセージに格納された基準点B(ユーザのいる地点Aが存在する補正対象地域内にある。)の天頂対流圏遅延量の推定値とMOPSモデルとの差分は、ZTD−fZTD(B)である。そこで、このZTD−fZTD(B)にユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)を加算すれば、容易にユーザのいる地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出することが出来る。
【0097】
また、この時、ユーザ点A(地点A)が複数の補正対象地域内に存在する場合、各基準点Bについての補正情報により、複数のZTDの値を得ることができる。これらの値を用いて、例えば、それぞれの基準点までの距離及び高度差に応じて重み付けをするなどして、ユーザ点A(地点A)における1個の天頂対流圏遅延量を算出することにより、より高い精度の1つの天頂対流圏遅延量の推定値を得ることも可能である。
【0098】
即ち、ユーザのいる地点Aが複数の補正対象地域内に存在する場合、各基準点Bの補正情報により、ユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量の推定値ZTDをそれぞれ算出するとともに、この算出した複数の天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを、単純に平均化して1個の天頂対流圏遅延量の推定値を求めれば、より高い精度の1つの天頂対流圏遅延量の推定値を得ることも可能である。
【0099】
又、ユーザ点A(地点A)が複数の補正対象地域内に存在する場合、複数の基準点Bについて、それぞれ1〜n迄の番号を付す。次いで、各基準点の補正情報により算出された、ユーザ点A(地点A)における各天頂対流圏遅延量の推定値を、下記数式(7)〜(8)による補間を行うとともに、地点Aと基準点B間の距離r及び地点Aと基準点Bとの高度差Δhからなる関数で重み付けを行うことにより、1個の天頂対流圏遅延量の推定値を算出する。
【0100】
【数7】

【0101】
【数8】

【0102】
但し、各符号は、以下の通りである。
a:重み付けの合計が1となるように調整するための係数。
ZTDl−n:基準点1〜nを用いて得られるユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量。
ZTD:補間により得られるユーザ点A(地点A)における天頂対流圏遅延量。
I:補間の添え字。
(r,Δh):ユーザ点A(地点A)と基準点B間の距離r及び高度差Δhからなる重み付け関数。
【0103】
なお、重み付け関数は、ユーザ点A(地点A)と基準点B間の距離r及び高度差Δhが大きくなるに従い小さくなるような関数であれば、任意の関数であってもよい。このような条件を満足する数式としては、例えば、下記数式(9)〜数式(13)がある。但し、α、β及びb、c、dは、適切な重み付けとなるように定めた実数である。
【0104】
【数9】

【0105】
【数10】

【0106】
【数11】

【0107】
【数12】

【0108】
【数13】

【0109】
なお、補正情報として、基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値そのものをユーザに送信することも勿論可能であるが、データ量が多くなってしまうため、この実施例では採用していない。
【0110】
一般的に、ユーザは、自分のいる地点Aの測位を行う際には、4つ以上の測位衛星からの衛星測位信号を受信する必要がある。この(4つ以上の)衛星測位信号の対流圏遅延の補正を行うことにより、測位衛星からの測位信号をそれぞれ正確に算出することが出来れば、より高精度な測位も実現可能となる。但し、ユーザは、あらかじめ基準点の地理的情報及びモデル関数を有している。
【0111】
そこで、ユーザは、この1つの地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値を用いて、それぞれの(4つ以上の)衛星からの衛星測位信号の対流圏遅延の補正をすることができる。具体的には、ユーザは、算出した地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値に、マッピング関数を乗ずることにより、それぞれの衛星の対流圏遅延量が算出可能である。なお、マッピング関数とは、それぞれの衛星からの衛星測位信号の仰角に対応する係数である。
【0112】
このマッピング関数は、各種あるが、その中で一番簡単なものを、下記数式(6)に示す。
(1/sinφ) (6)
【0113】
このようにして、ユーザは、1つの地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値を用いて、それぞれの(4つ以上の)衛星測位信号の対流圏遅延補正を行い、より高精度な高精度測位を実現することが出来る。
【0114】
なお、補正情報は、基準点情報に合わせて作成されるが、例えば、電子基準点を利用する場合には、電子基準点の廃止及び追加が定期的に実施されるので、補正情報を送信する電子基準点も更新される。従って、事業者が送信するメッセージに、補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期、補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期を表すデータ、基準点情報のバージョン情報、あるいは、基準点Bの有効性に関する情報等を含めておけば、ユーザは、自己の有する基準点情報と事業者から受信した基準点情報とを比較することが出来るので、自己の有する基準点情報の有効性を確認することが出来る。さらに、ユーザは、測位情報以外の情報も事業者から得ることができる。
【0115】
そこで、ユーザは、必要に応じて何らかの手段(例えば、データ放送やインターネット等)で自身の有する基準点情報を更新することにより、基準点が更新されても対流圏遅延に関する補正情報を利用することが出来る。なお、補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期を表すデータとしては、補正情報を作成する際に用いた基準点情報を定めた日のGPS週番号等が考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
この発明による天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法及び対流圏遅延の補正方法は、リアルタイムに高精度な測位精度が得られるので、移動体の測位システム、誘導システム等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】この発明の実施例を説明するための図で、電子基準点950172(気仙沼)における1日の可視衛星数と誤差倍率の履歴を示す図である。
【図2】この発明の実施例を説明するための図で、天頂対流圏遅延量を推定した電子基準点を示す図である。
【図3】この発明の実施例を説明するための図で、対流圏遅延の解析結果を示す図である。
【図4】この発明の実施例を説明するための図で、有効範囲の評価を行うための誤差の分布を示す図である。
【図5】この発明の実施例を説明するための図で、SBASメッセージのフォーマットを示す図である。
【図6】この発明の実施例を説明するための図で、量子化された遅延量の誤差評価を示す図である。
【図7】この発明の実施例を説明するための図で、対流圏遅延を補正するための補正メッセージを示す図である。
【図8】この発明の実施例を説明するための図で、対流圏遅延量の送信点を示す図である。
【図9】この発明の実施例を説明するための図で、任意の地点Aにおける天頂対流圏遅延量の補正情報の取得を説明するための説明図である。
【図10】この発明の実施例を説明するための図で、有効範囲の評価を行うための2地点間距離と推定誤差のrmsとの関係を示す図である。
【図11】この発明の実施例を説明するための図で、有効範囲の評価を行うための50mm以上および100mm以上の推定誤差の発生率を示す図である。
【符号の説明】
【0118】
A 地点(ユーザ点)
B 基準点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サービス領域内に、ある二地点間の距離をパラメータとする複数のパラメータを設定し、
各パラメータについて、前記二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、
前記各パラメータについて、モデル関数を用いて前記二地点における天頂対流圏遅延量をそれぞれ求めるとともに、その差分を求め、
前記二つの差分の差分を誤差として求め、
求める誤差範囲を満足するパラメータを、前記誤差から選択し、
前記サービス領域内にある地点A(ユーザー点)との距離が、少なくとも1箇所は前記求める誤差範囲を満足するパラメータの距離内となる様に天頂対流圏遅延量の補正情報を提供する基準点Bを前記サービス領域内に1箇所以上設定し、
この基準点Bを中心とし、前記パラメータを半径とする補正対象地域を前記サービス領域内に設定し、
前記地点A(ユーザー点)が存在する補正対象地域の基準点Bにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを算出し、
基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDに関する情報を、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値を算出するための補正情報として前記補正対象地域内の地点A(ユーザ点)に送信し、
地点A(ユーザ点)では、前記補正情報を取得し、
次いで、前記地点A及び基準点Bとの天頂対流圏遅延量の差分を、それぞれ地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)及び基準点Bにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(B)を用いて求め、
この地点A及び基準点Bとの天頂対流圏遅延量の差分を、前記補正情報に基づいて補正することにより前記地点Aにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを求めること
を特徴とする天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項2】
前記補正情報は、前記基準点Bにおける天頂対流圏遅延量の推定値と基準点Bにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(B)との差分であり、
前記補正情報に基づいて、地点Aにおける天頂対流圏遅延量のモデル関数fZTD(A)を補正することにより前記地点Aにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値ZTDを求めること
を特徴とする請求項1に記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項3】
前記補正情報は、衛星を経由して前記補正対象地域内の地点A(ユーザ点)に送信され、
前記地点A(ユーザ点)では、前記補正情報を、衛星を経由して取得すること
を特徴とする請求項1〜請求項2の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項4】
前記地点A(ユーザー点)が、複数の前記補正対象地域内に存在する場合、各基準点Bにおける前記補正情報により、地点Aにおける天頂対流圏遅延量の推定値ZTDをそれぞれ算出するとともに、この算出した複数の各天頂対流圏遅延量の推定値ZTDに前記地点Aと前記各基準点Bとの距離及び高度差からなる重み付け関数により重み付けを行い、
次いで、補間を行うことにより、1個の天頂対流圏遅延量の推定値を求めること
を特徴とする請求項1〜請求項3の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項5】
各基準点Bにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値は、衛星測位信号の解析により算出すること
を特徴とする請求項1〜請求項4の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項6】
各基準点Bにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値あるいは補正情報は、1回に送信されるメッセージの中に可能な限り多くの基準点における前記推定値あるいは補正情報を均等に地理的に分散して送信すること
を特徴とする請求項1〜請求項5の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項7】
前記補正情報は、SBASメッセージフォーマットを用いること
を特徴とする請求項1〜請求項6の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項8】
前記地点Aでは、基準点Bの地理的情報を所持し、
前記基準点Bでは、この基準点Bのバージョン情報、あるいは、基準点Bの有効性に関する情報、あるいは、前記補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期に関する情報、あるいは、前記補正情報を作成する際に用いた基準点情報の作成時期を表すデータの何れかを、補正情報とともに送信すること
を特徴とする請求項1〜請求項7の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。
【請求項9】
衛星からの衛星測位信号を受信し、
この受信した前記衛星測位信号の仰角を求め、
この信号の仰角をパラメータとする関数で、天頂対流圏遅延量から前記衛星測位信号の対流圏遅延量を算出するためのマッピング関数と、前記地点Aにおける前記天頂対流圏遅延量の推定値ZTDとにより前記衛星測位信号の対流圏遅延量を算出し、
この衛星測位信号の対流圏遅延量により衛星測位信号の対流圏遅延を補正すること
を特徴とする請求項1〜請求項8の何れかに記載の天頂対流圏遅延量の推定値の算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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