説明

妊孕性に関連するポリヌクレオチドおよびその利用

【課題】低妊孕性又は不妊症の病態や診断する上で有用な技術を開発する。
【解決手段】Meisetz遺伝子の第10エクソン内の置換変異を検出するツールおよびその利用を提供する。より詳細には、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異の有無を検出するための試薬およびその利用、ならびに変異型ヒトMeisetzポリペプチドと特異的に結合する抗体およびその利用を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を可能にする技術に関するものでもある。
【背景技術】
【0002】
近年、少子化の問題が頻繁に取り上げられ、この問題を解消するために様々な対策が模索されている。少子化の対策として、不妊症により子供を授からない夫婦を救済することが重要であることは言うまでもない。
【0003】
非特許文献1では、子供を望む夫婦のうちの約15%が2年たっても妊娠できないことが報告されている。近年では、体外受精(IVF;In Vitro Fertilization)の技術発展により、精子の活動能が低い場合においても妊娠出産が可能になっているが、不妊の背後にある分子メカニズムは依然として明らかになっていない。
【0004】
非特許文献2によると、マウスにおける雄性不妊の研究により、妊孕性に影響を与える多くの遺伝子の存在が明らかになっており、これらの遺伝子の変異がヒトにおいても男性不妊を引き起こす一因となっている可能性がある。
【0005】
哺乳類の雄性生殖細胞の成熟は、数々の構造的及び機能的変化を経てなされる。その過程は精子形成と呼ばれ、主として(1)精原細胞の増殖及び分化、(2)精母細胞の前期段階における減数分裂、及び(3)半数体円形精子細胞から精子への分化の際の急激な形態変化、の3つの段階を含んでいる。
【0006】
上記の(2)の減数分裂前期の初期段階に特異的に発現する遺伝子としてMeisetzが知られている。Meisetzは推定上の転写因子として同定され、meiosis-induced factor containing a PR/SET domain and zinc-finger motifの頭文字をとってMeisetzと名付けられた。Meisetz遺伝子のノックアウトマウスは雌雄とも不妊であり、精巣では減数分裂関連遺伝子発現が変化していた(非特許文献3)。Meisetzタンパク質の中央部には、ヒストンメチルトランスフェラーゼ活性(ヒストンH3のリジン4のトリメチル化)を有するPR/SET(Suvar3-9,Enhancer-of-zeste, Trithorax)ドメイン、カルボキシル基末端側にCys(2)His(2)タイプのzinc−fingerモチーフを有する。Meisetz遺伝子は、最初にマウスにおいて単離されたが、アミノ酸配列はヒトでも高く保存されている。
【0007】
また、Meisetzタンパク質にはKRAB(Kruppel-associated box)モチーフが含まれ、ウニやホヤ貝にも存在していることが知られている(非特許文献4)。
【非特許文献1】de Kretser DM et al., J Clin Endocrinol Metab. 1999; 84: 3443-3450.
【非特許文献2】Matzuk MM et al., Nat Cell Biol. 2002; 4(Supp1): S41-S49 / Nat Med. 2002; 8 (Supp1): S33-S40.
【非特許文献3】Hayashi K et al., Nature. 2005 Nov; 438(7066): 374-378.
【非特許文献4】Britle Z et al., Bioinformatics. 2006 Dec; 22(23): 2841-2845.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
男性不妊を診断するための有効な遺伝子診断方法は未だ十分に確立されていない。一口に男性不妊といっても、その原因は、生殖細胞自体の欠失から精子の受精不全まで多岐に渡る。従って、病態に応じた有効な治療法を確立するためには、様々な病態の原因を特定できる診断法が望まれている。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、Meisetz遺伝子が欠損したマウスが不妊症になることから、後述する実施例に示すように、ヒトMeisetz遺伝子に男性不妊症に関連した変異を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異していることを特徴としている。
【0012】
また、本発明に係るポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzタンパク質から変異していることを特徴としている。
【0013】
本発明に係る試薬は、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異しているポリヌクレオチドの存在の有無を検出することを特徴としている。
【0014】
本発明に係る妊孕性診断キットは上記試薬を含んでいることを特徴としている。
【0015】
本発明に係る妊孕性診断方法は、ヒトから採取された生体サンプルにおける、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異しているポリヌクレオチドの存在を検出する工程を含んでいることを特徴としている。
【0016】
本発明に係る抗体は、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzポリペプチドから変異している変異型ヒトMeisetzポリペプチドと結合し、かつ、野生型ヒトMeisetzポリペプチドと結合しないことを特徴としている。
【0017】
本発明に係る妊孕性診断方法は、ヒトから採取された生体サンプルにおける、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzポリペプチドから変異している変異型ヒトMeisetzポリペプチドの存在を、請求項14に記載の抗体によって検出する工程を含んでいることを特徴としている。
【0018】
本発明に係る妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異の有無を検出するための試薬を含んでいることを特徴とする。
【0019】
上記試薬は、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMeisetz遺伝子の第1298位の塩基及び第2054位の塩基のうちの少なくとも一方の塩基の変異の有無を検出するものであることが好ましい。
【0020】
具体的には、上記試薬は、ヒトMeisetz遺伝子の上記第1298位の塩基及び第2054位の塩基のうちの少なくとも一方の塩基を含む領域を増幅させるためのプライマーの組と、上記領域の塩基配列を決定するための塩基配列決定試薬とを含んでいてもよい。
【0021】
或いは、上記試薬は、上記変異の有無をインベーダー法によって検出するものであってもよい。
【0022】
さらに或いは、上記試薬は、上記変異の有無をSMMD法によって検出するものであってもよい。
【0023】
また、本発明に係る検出方法は、ヒトから単離された生体サンプルを用いて上記ヒトにおける遺伝子の欠損又は変異を検出する検出方法であって、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0024】
Meisetz遺伝子の欠損又は変異は男性の妊孕性に影響を与えるため、上記妊孕性診断キット又は検出方法により、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定が可能になる。
【0025】
一方、本発明に係る抗体は、変異型ヒトMeisetzポリペプチドと結合し、かつ、野生型ヒトMeisetzポリペプチドと結合しないことを特徴とする。
【0026】
また、本発明に係る検出方法は、ヒトから採取沙汰生体サンプルを用いて上記ヒトにおいて発現しているMeisetzポリペプチドの変異を検出する検出方法であって、上述した抗体によってMeisetzポリペプチドの変異を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0027】
また、本発明に係る別の妊孕性診断キットは、抗ヒトMeisetz抗体を含んでいることを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
以上のように、本発明に係る妊孕性診断キット及び検出方法には、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する試薬(工程)が含まれているので、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、変異型ヒトMeisetz遺伝子を提供する。本明細書中で使用される場合、「ヒトMeisetz遺伝子(野生型ヒトMeisetz遺伝子)」は妊孕性にポジティブに関与するポリヌクレオチドが意図され、「変異型ヒトMeisetz遺伝子」は「野生型ヒトMeisetz遺伝子」の塩基配列に1つ以上の塩基の欠失、置換又は付加が生じている、妊孕性にネガティブに関与する(すなわち、低妊孕性又は不妊症の原因となり得る)ポリヌクレオチドが意図される。
【0030】
本明細書では、野生型ヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の代表的な塩基配列として、配列番号1に示す塩基配列を例に挙げて説明するが、特許請求の範囲に記載の「ヒトMeisetz遺伝子」及び「野生型ヒトMeisetz遺伝子」の翻訳領域は、配列番号1に示された塩基配列のもののみに限定されない。なぜならば、ヒト遺伝子には多くの一塩基多型が存在し、ヒトMeisetz遺伝子においても例外ではないからであり、塩基が一部異なっていてもコードされるポリペプチドが同一の機能を奏し得ることは、当該分野における技術常識である。従って、特許請求の範囲に記載の「ヒトMeisetz遺伝子」及び「野生型ヒトMeisetz遺伝子」には、配列番号1に示される塩基配列のみならず、配列番号1に示される塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された翻訳領域を有し、かつ妊孕性にポジティブに関与するもの(すなわち、自身のコードするポリペプチドが配列番号2に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するポリヌクレオチド)も含まれ、特に、配列番号1に示される塩基配列において一塩基多型により1又は数個の塩基が置換された塩基配列を翻訳領域として有するものも含まれる。
【0031】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。このことは、変異型ヒトMeisetz遺伝子についても同様である。
【0032】
なお、配列番号1は、ジーンバンク(GenBank)にアクセッション番号DQ388610で登録されている野生型Meisetz遺伝子の転写産物の塩基配列の中から、翻訳領域のみを抽出したものである。配列番号1に示すように、野生型ヒトMeisetz遺伝子は、2682bpからなる翻訳領域を有している。図1は、野生型ヒトMeisetz遺伝子の構造を示す模式図である。ヒトゲノムプロジェクトによって構築されたヒトゲノムリソースによれば、ヒトMeisetz遺伝子は、ヒト5番染色体短腕に位置している(5p14)。
【0033】
本願発明者らは、後述する実施例に示す調査の結果、男性不妊症患者からなる集団の中に、配列番号1に示すヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域における第1298位のグアニン(以下、単に「G」という)が片方のアレルにおいてチミン(以下、単に「T」という)に置換している患者、及び、第2054位のシトシン(以下、単に「C」という)が片方のアレルにおいてGに置換している患者がいることを見出した。一方、この第1298位及び第2054位の塩基置換は、妊孕性が確認されている男性からなる集団では全く見られなかった。なお、これらの置換部位は、図1に示すようにいずれもMeisetz遺伝子の第10エクソン内にある。
【0034】
ヒトMeisetz遺伝子に上記の置換変異が起こると、元々グリシン、トレオニンをコードしていたこれらの部位がバリン、アルギニンをコードするようになるため、正常なタンパク質が発現しなくなってしまう。それゆえ、ヒトMeisetz遺伝子の上記第1298位及び第2054位における置換変異は、たとえ片方のアレルのみに起こっている場合であっても、正常なMeisetzタンパク質の翻訳量が低下することにより、或いは、変異型Meisetzタンパク質がドミナントネガティブに作用することにより、不妊症を引き起こす可能性が高いと推測される。
【0035】
本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が、野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異しているポリヌクレオチドであることが好ましい。本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、妊孕性にネガティブに関与するポリヌクレオチドであり、本遺伝子を利用する(例えば、本遺伝子の存在の有無を調べる)ことにより低妊孕性又は不妊症の指標を検出し得、その結果これらの疾患の診断、推定、予測を行うことができる。なお、上述したように、野生型ヒトMeisetz遺伝子の塩基配列は配列番号1に示される塩基配列に限定されないが、当業者は、いずれの野生型ヒトMeisetz遺伝子の塩基配列も、配列番号1に示される塩基配列と整列させて、互いを容易に対応させることができる。すなわち、配列番号1に示される塩基配列とは異なる塩基配列からなる野生型ヒトMeisetz遺伝子であっても、当業者は、配列番号1に示される塩基配列の第1298位または第2054位に対応する塩基を容易に知ることができる。
【0036】
一実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列の第1298位に対応する塩基にG−T変異が生じているポリヌクレオチドであり得る。他の実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列の第2054位に対応する塩基にC−G変異が生じているポリヌクレオチドであり得る。別の実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列の第1298位に対応する塩基にG−T変異が生じかつ第2054位に対応する塩基にC−G変異が生じているポリヌクレオチドであり得る。
【0037】
好ましくは、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、配列番号5〜7のいずれか1つに示される塩基配列からなるポリヌクレオチドであり得る。また、好ましくは、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、変異型ヒトMeisetzポリペプチドをコードするポリヌクレオチドでもあり得る。
【0038】
本発明はさらに、妊孕性を診断するための変異型ヒトMeisetz遺伝子の利用を提供する。一実施形態において、本発明は、野生型ヒトMeisetz遺伝子における、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方のSNPを検出するためのツール(試薬)を含んでいる妊孕性診断キットを提供する。上記ツールは、例えば、ヒトMeisetz遺伝子のフラグメントからなるオリゴヌクレオチドであり得る。インベーダー法やSMMD法などを利用する場合は、上記オリゴヌクレオチドは上記SNP部位をその末端部分に含む。また、上記オリゴヌクレオチドは、上記SNP部位を含む領域を増幅するプライマーであり得、この場合、このオリゴヌクレオチドはSNP部位を含まない。なお、当業者は、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子の情報に基づいて、このようなオリゴヌクレオチドの部位および長さを、過度の実験を行うことなく適宜設計し得る。すなわち、本発明に係る変異型ヒトMeisetz遺伝子は、上記オリゴヌクレオチドを設計するために利用される。他の実施形態において、本発明は、野生型ヒトMeisetz遺伝子における、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方のSNPを検出する工程を包含する妊孕性診断方法を提供する。本方法は、上記ツールを用いる方法であれば特に限定されない。
【0039】
本発明は、変異型ヒトMeisetzポリペプチド(タンパク質)を提供する。本明細書中で使用される場合、「野生型ヒトMeisetzポリペプチド」は妊孕性にポジティブに関与するポリペプチドが意図され、「変異型ヒトMeisetzポリペプチド」は「野生型ヒトMeisetzポリペプチド」のアミノ酸配列に1つ以上のアミノ酸の欠失、置換又は付加が生じている、妊孕性にネガティブに関与する(すなわち、低妊孕性又は不妊症の原因となり得る)ポリペプチドが意図される。
【0040】
本明細書では、「野生型ヒトMeisetz遺伝子」の場合と同様に野生型ヒトMeisetzポリペプチドの代表的なアミノ酸配列として、配列番号2に示すアミノ酸配列を例に挙げて説明するが、特許請求の範囲に記載の「ヒトMeisetzポリペプチド」及び「野生型ヒトMeisetzポリペプチド」の翻訳領域は、配列番号2に示されたアミノ酸配列のもののみに限定されない。なぜならば、ヒト遺伝子には多くの一塩基多型が存在し、ヒトMeisetz遺伝子においても例外ではないからであり、アミノ酸が一部異なっていても同一の機能を奏するポリペプチドが存在することは、当該分野における技術常識である。従って、特許請求の範囲に記載の「ヒトMeisetzポリペプチド」及び「野生型ヒトMeisetzポリペプチド」には、配列番号2に示されるアミノ酸配列のみならず、配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたものであり、かつ妊孕性にポジティブに関与するもの(すなわち、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド)も含まれる。
【0041】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。このことは、変異型ヒトMeisetzポリペプチドについても同様である。
【0042】
なお、配列番号2は、配列番号1に示される塩基配列からなる野生型Meisetz遺伝子(翻訳領域)にコードされる野生型ヒトMeisetzタンパク質の推定アミノ酸配列を示すものである。野生型ヒトMeisetzタンパク質は、上述したように、減数分裂前期の初期段階に発現することが報告されている。
【0043】
本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が、野生型ヒトMeisetzポリペプチドから変異しているポリペプチドである。本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、妊孕性にネガティブに関与するポリペプチドであり、本ポリペプチドを利用する(例えば、本ポリペプチドの存在の有無を調べる)ことにより低妊孕性又は不妊症の指標を検出し得、その結果これらの疾患の診断、推定、予測を行うことができる。なお、上述したように、野生型ヒトMeisetzポリペプチドのアミノ酸配列は配列番号2に示されるアミノ酸配列に限定されないが、当業者は、いずれの野生型ヒトMeisetzポリペプチドのアミノ酸配列も、配列番号2に示されるアミノ酸配列と整列させて、互いを容易に対応させることができる。すなわち、配列番号2に示されるアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列からなる野生型ヒトMeisetzポリペプチドであっても、当業者は、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位または第685位に対応するアミノ酸を容易に知ることができる。
【0044】
一実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位に対応する位置においてG−V変異(グリシンからバリンへの変異)が生じているポリペプチドであり得る。他の実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第685位に対応する位置においてT−R変異(トレオニンからアルギニンへの変異)が生じているポリペプチドであり得る。別の実施形態において、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位に対応する位置においてG−V変異が生じかつ第685位に対応する位置においてT−R変異が生じているポリペプチドであり得る。好ましくは、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、配列番号8〜10のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであり得る。また、好ましくは、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、変異型ヒトMeisetzポリペプチドをコードするポリペプチドでもあり得る。
【0045】
本発明はさらに、妊孕性を診断するための変異型ヒトMeisetzポリペプチドの利用を提供する。一実施形態において、本発明は、野生型ヒトMeisetzポリペプチドにおける、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方に変異を有しているポリペプチドを検出するためのツール(試薬)を含んでいる妊孕性診断キットを提供する。このようなツールとしては、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が、野生型ヒトMeisetzタンパク質にて変異してなる変異型ヒトMeisetzポリペプチドと特異的に結合しかつ野生型ヒトMeisetzタンパク質と結合しない抗体が挙げられる。すなわち、本発明に係る変異型ヒトMeisetzポリペプチドは、上記抗体を惹起するために利用される。他の実施形態において、本発明は、野生型ヒトMeisetzポリペプチドにおける、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方に変異を有しているポリペプチドを検出する工程を包含する妊孕性診断方法を提供する。本方法は、上記抗体を用いる方法であれば特に限定されない。
【0046】
本発明の具体的な実施形態を以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0047】
Meisetz遺伝子の欠損又は変異は、ヒトにおいても低妊孕性又は不妊症の原因になると考えられる。従って、被験者から生体サンプルを採取し、この生体サンプルを用いて被験者のMeisetz遺伝子に欠損又は変異があるか否かを調べることにより、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定が可能になる。
【0048】
すなわち、本発明は、妊孕性診断方法を提供する。本発明に係る妊孕性診断方法は、ヒトから採取された生体サンプルを用いて上記ヒトにおける遺伝子の欠損又は変異を検出する検出方法でもあり得、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異の有無を検出する工程を含んでいることを特徴とする。
【0049】
また、本発明は、妊孕性診断キットを提供する。本発明に係る妊孕性診断キットは、上記診断方法(検出方法)に用いられる試薬を含んでいる。なお、妊孕性診断キットには、使用方法が記載された取扱説明書が含まれていてもよい。
【0050】
被験者から採取する生体サンプルは特に限定されず、例えば血液や頬の内側の粘膜などを挙げることができる。また、ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異を検出する方法としては特に限定されず、公知の各種手法、例えば、サンガー法を基礎とする塩基配列決定法、インベーダー法、SMMD法(simultaneous multiple mutation detection system)、PCR−RFLP法、MASA法、塩基伸長法、Taqmanプローブ法や、それらを改変した方法などを用いることができる。
【0051】
ヒトMeisetz遺伝子及びその周辺の塩基配列は、例えばNCBIヒトゲノムリソース(NCBI Human Genome Resources: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/guide/human/)から当業者であれば容易に入手することができる。なお、NCBIヒトゲノムリソースにおいて、MeisetzはPRDM9(PR-domain containing protein 9)とも称される。ヒトMeisetz遺伝子の欠損又は変異を検出するためのプライマーやプローブなどは、ヒトMeisetz遺伝子及びその周辺の塩基配列を基に設計することができる。
【0052】
上記検出方法又は妊孕性診断キットによってMeisetz遺伝子に変異が見出された場合、その被験者は、妊孕可能性が低いと推定される。また、被験者が不妊症患者であれば、その原因がMeisetz遺伝子の欠損又は変異であることが分かる。従って、そのような被験者に対して適切な処置を施すことにより、早期に疾患を治癒することができる。つまり、本発明の検出方法は、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を目的とした診断方法ともいえる。
【0053】
本発明に係る検出方法は、被験者(ヒト)から採取された生体サンプル(血液や頬の内側の粘膜など)に含まれるゲノムDNA、または、被験者の生体サンプルから単離されたゲノムDNAにおいて、ヒトMeisetz遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出する工程を含んでいる。
【0054】
また、本発明に係る妊孕性診断キットは、被験者から採取された生体サンプルに含まれるゲノムDNA、または、被験者の生体サンプルから単離されたゲノムDNAにおいて、ヒトMeisetz遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出する試薬を含んでいる。
【0055】
上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子の機能欠損を引き起こす変異の有無を検出するものであれば、その態様は特に限定されるものではない。例えば、検出方法及び妊孕性診断キットは、被験者のヒトMeisetz遺伝子に、該遺伝子の機能欠損を引き起こす変異が含まれていることを検出するものであってもよいし、被験者のヒトMeisetz遺伝子に、該遺伝子の機能欠損を引き起こす変異が含まれていないことを検出するものであってもよい。
【0056】
例えば、上記変異の存在を検出するものである場合、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、上記の機能欠損を引き起こす変異が少なくとも一方のアレルにおいて起こっていることを検出できればよい。一方、上記変異の非存在を検出するものである場合、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、上記の機能欠損を引き起こす変異が双方のアレルにおいて起こっていないことを検出することが好ましい。
【0057】
上記検出方法又は妊孕性診断キットにより、上記変異の有無を調べ、その結果、変異が検出されなかった場合は、妊孕性に問題がない可能性が高いと推定できる。また、被験者が不妊症患者である場合は、不妊症の原因が、Meisetz遺伝子の機能欠損以外のものによる可能性が高いと判定できる。
【0058】
一方、変異が検出された場合は、低妊孕性又は不妊症である可能性が高いと推定できる。また、被験者が不妊症患者である場合は、不妊症の原因がMeisetz遺伝子の機能欠損による可能性が高いと判定できる。よって、この場合は、TESE−ICSI(Testicular sperm extraction - Intracytoplasmic sperm injection;精巣生検−顕微授精)などの現存の治療法の適格な選択を提示することができる。
【0059】
このように、上記検出方法及び妊孕性診断キットによれば、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を行うことができる。すなわち、上記検出方法又は妊孕性診断キットによれば、不妊症の診断を行う上で有用な情報が提供される。それゆえ、上記検出方法における変異の有無を検出する工程は、低妊孕性又は不妊症の診断方法において用いられることが好ましいといえる。
【0060】
なお、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、ヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の上記の第1298位及び第2054位のうちの少なくとも一方の塩基の置換変異の有無を検出することが好ましい。
【0061】
さらに、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子の上記の第1298位の塩基がトレオニンに置換していること、或いは、上記の第2054位の塩基がグアニンに置換していることを検出するものであることが好ましい。このように、変異を検出する箇所や検出する変異の種類を絞ることにより、低妊孕性又は不妊症の原因となる変異の有無を効率よく調べることができる。
【0062】
ただし、上記の第1298位または第2054位の置換変異以外であっても、ヒトMeisetz遺伝子に起こった変異(置換変異、挿入変異及び欠失変異を含む)は、不妊症を引き起こす可能性が高いと推測されるので、本発明は、上記の第1298位または第2054位の置換変異を検出するものに限定されない。
【0063】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子内の領域のうち、上記の第1298位及び第2054位のうちの少なくとも一方(以下、「変異検出部位」という)の塩基を含む領域の塩基配列を決定することにより、上記の置換変異の有無を検出するものであってもよい。塩基配列の決定には、サンガー法やこれを応用した公知の各種手法を用いることができる。
【0064】
この場合、妊孕性診断キットには、ヒトMeisetz遺伝子の上記の変異検出部位を含む領域を増幅させるために、変異検出部位を挟むようにして設計されたプライマーの組が含まれることが好ましい。このプライマーの組には、より詳細には、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位よりも上流の塩基配列の一部または全部を有するプライマーと、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位よりも下流の塩基配列の一部又は全部と相補的な塩基配列を有するプライマーとが含まれる。
【0065】
被験者から採取された生体サンプルに含まれるゲノムDNAを鋳型として上記のプライマーの組を用いてPCR(polymerase chain reaction)を行えば、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位の塩基を含む領域がDNAフラグメントとして増幅され、さらに、上記のプライマーの組の一方又は両方のプライマーを用いて塩基配列の決定を行えば、置換変異の有無を確実かつ簡便に検出することができる。塩基配列の決定は、例えばABI−PRISM 310 Genetic Analyzer(Applied Biosystems Inc.)などを取扱説明書に従って使用することにより、簡単に実施することができる。なお、塩基配列の決定に用いられるプライマーは、DNAフラグメントの増幅のためのPCRに用いられるプライマーとは別のものであってもよい。
【0066】
なお、それぞれのプライマーは、Meisetz遺伝子又はその周辺と同一の塩基配列、或いは相補的な塩基配列を少なくとも10塩基以上有することが好ましく、15塩基以上有することがより好ましく、18塩基以上有することがさらに好ましく、20塩基以上有することが特に好ましい。Meisetz遺伝子又はその周辺と同一の(或いは相補的な)塩基配列の長さを長くすることにより、Meisetz遺伝子の第1298位及び第2054位のうちの少なくとも一方を含む目的の領域のみを確実に増幅させることができる。
【0067】
また、上記のプライマーの組は、互いのプライマーによって挟まれる領域の長さが5kb以下であることが好ましく、3kb以下であることがより好ましく、2kb以下であることがさらに好ましく、1.5kb以下であることが特に好ましい。互いのプライマーによって挟まれる領域の長さを短くすることによって、上記の変異検出部位の塩基を含む領域の増幅を効果的に行うことができる。
【0068】
また、塩基配列の決定に用いるプライマーは、上記の変異検出部位の塩基から2kb以内の位置に設定されることが好ましく、1.5kb以内の位置に設定されることが好ましく、1.0kb以内の位置に設定されることがより好ましく、0.7kb以内の位置に設定されることが特に好ましい。上記の構成により、塩基配列の決定を正確に行うことができる。
【0069】
さらに、塩基配列の決定に用いるプライマーは、上記の変異検出部位の塩基から20bp以上離れた位置に設定されることが好ましく、30bp以上離れた位置に設定されることがより好ましく、40bp以上離れた位置に設定されることがさらに好ましく、50bp以上離れた位置に設定されることが特に好ましい。また、上記プライマーの組は、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位の塩基を含む20bp以上の領域を増幅させるものであることが好ましい。プライマーの近傍は、塩基配列の決定結果が不正確になる傾向にあるが、上記の構成により、塩基配列の決定を正確に行うことができる。
【0070】
上記のプライマーの組としては、例えば、それぞれ配列番号3,4に示す塩基配列からなるプライマー(図1のMeisetz−P7及びMeisetz−P8R)を用いることができるが、本発明に用いることのできるプライマーの塩基配列がこの配列に限定されないことはいうまでもない。ヒトMeisetz遺伝子の塩基配列及びその周辺の塩基配列は、当業者であれば上述したヒトゲノムリソースやジーンバンク(GenBank)から容易に入手することができるので、入手した塩基配列を基に、Oligo(登録商標、National Bioscience Inc.)又はGENETYX(ソフトウェア開発)などを用いてプライマーを設計することができる。
【0071】
各プライマーは、例えばホスホロアミダイト法などの公知の方法によって合成することができ、例えばApplied Biosystems Inc.の392型シンセサイザーなどを取扱説明書に従って使用することによって簡単に合成することができる。
【0072】
なお、上記の各プライマーには、蛍光標識が付されていてもよい。プライマーに蛍光標識が付されている場合、ダイプライマー法によって、放射性同位元素を用いることなく増幅領域の塩基配列を決定することができる。
【0073】
一方、各プライマーに蛍光標識が付されていない場合、ダイターミネータ法によって塩基配列を決定することができる。この場合、上記妊孕性診断キットには、上記のプライマーの組に加えて、A,T,G,Cの各単量体からなるデオキシリボ核酸、蛍光標識されA,T,G,Cの各単量体からなるジデオキシリボ核酸(所謂ダイターミネータ)、及びポリメラーゼなどがさらに含まれていてもよい。
【0074】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子の上記の変異検出部位における塩基の置換変異の有無をインベーダー法によって検出するものであってもよい。インベーダー法の詳細については、Lyamichevらによる論文(Lyamichev V et al., Nat biotechnol. 17, 292, 1999)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0075】
図2は、インベーダー法の原理を説明する模式図である。インベーダー法では、非蛍光標識プローブのインベーダーオリゴ2及びアレルオリゴ3と、蛍光標識プローブのフレットプローブ5とが用いられる。
【0076】
インベーダープローブ2は、ターゲット遺伝子1と相補的な塩基配列を有し、かつ、3’末端の塩基がターゲット遺伝子1の変異(又は一塩基多型)検出部位1aと対応するように設計される(いずれの塩基とも相補的な塩基ではない)。一方、アレルオリゴ3は、ターゲット遺伝子1とは無関係な塩基配列であるフラップ3bと、ターゲット遺伝子1と相補的な塩基配列を有し、かつ、5’末端の塩基がターゲット遺伝子1の変異(又は一塩基多型)検出部位1aに相補するように設計されたヌクレオチド3aとが連結したものである。ここで、フラップ3bは、ヌクレオチド3aの5’末端側に連結されている。
【0077】
このように設計されたインベーダープローブ2とアレルオリゴ3をターゲット遺伝子1とハイブリダイゼーションさせると、ターゲット遺伝子1に対してアレルオリゴ3とインベーダープローブ2が重なり合った構造をとりながらハイブリダイズし、変異検出部位1aにおいてインベーダープローブ2がアレルオリゴ3の下に1塩基のみ侵入する。すると、フラップエンドヌクレアーゼ(「クリアベース(cleavase)」ともいう)4がこの侵入構造を認識し、アレルオリゴ3を重なった塩基の3’側で切断する。その結果、フラップ3bと変異検出部位とが連結したフラップ遊離体3cが生成される。
【0078】
フレットプローブ5は、5’末端側が自身とハイブリダイゼーションでき、かつ、3’末端側がフラップ3bとハイブリダイゼーションできるヌクレオチド5aと、蛍光色素5bと、クエンチャー(発光抑制体)5cとからなる。ここで、ヌクレオチド5aは、5’末端がフラップ遊離体3cと相補的な塩基配列となっている。また、蛍光色素5bは、ヌクレオチド5aの5’末端に結合している。ただし、フレットプローブ5においては、クエンチャー5cにより蛍光色素5bの蛍光が抑制されている。
【0079】
このようなフレットプローブ5に対してフラップ遊離体3cがハイブリダイゼーションすると、フラップ遊離体3cの変異検出部位について、再び侵入構造が形成される。その結果、上述のフラップエンドヌクレアーゼ4がこの侵入構造を再び認識し、フレットプローブ5の5’末端部分が切断される。その結果、フレットプローブ5の5’末端に結合していた蛍光色素5bが遊離し、蛍光が生じる。
【0080】
従って、妊孕性診断キットがインベーダー法により上記の置換変異の有無を検出するものである場合、妊孕性診断キットには、インベーダープローブ2、アレルオリゴ3及びフレットプローブ5などが含まれることが好ましい。
【0081】
置換変異が有る場合に蛍光が生じるようにする場合、インベーダープローブ2は、ヒトMeisetz遺伝子と相補的な塩基配列を有し、かつ、3’末端の塩基が変異型Meisetz遺伝子の上記の第1298位の塩基(T)又は第2054位の塩基(G)と対応するように設計される(相補的でない)。また、アレルオリゴ3のヌクレオチド3aは、ヒトMeisetz遺伝子と相補的な塩基配列を有し、かつ、5’末端の塩基が変異型Meisetz遺伝子の上記の第1298位の塩基(T)又は第2054位の塩基(G)と相補するように設計される。そして、フレットプローブ5は、上記インベーダープローブ2及び上記アレルオリゴ3が変異型Meisetz遺伝子とハイブリダイズしてインベーダープローブ2による侵入構造が形成された場合にフラップエンドヌクレアーゼ4によって切断されるフラップ遊離体3cを検出できるように設計される。
【0082】
上記の構成により、被験者のMeisetz遺伝子の上記の第1298位又は第2054位の塩基が置換している場合は、ターゲット遺伝子にハイブリダイズしたヌクレオチド3aの5’末端にインベーダープローブ2の3’末端が侵入することにより、ヌクレオチド3cが切り出されて蛍光が生じる。一方、被験者のMeisetz遺伝子が野生型である場合は、インベーダープローブ2の末端部分による侵入構造が形成されないのでヌクレオチド3cが切り出されないため蛍光が生じない。
【0083】
また、上記の例では、被験者の有するMeisetz遺伝子が置換変異型の場合に蛍光が生じる構成としたが、本発明はこれに限定されず、被験者の有するMeisetz遺伝子が野生型の場合に蛍光が生じ、置換変異型の場合に蛍光が抑制される構成としてもよく、或いは野生型と変異型で異なった蛍光色素を使用するなど様々に改変することができる。
【0084】
一実施形態において、上記検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトMeisetz遺伝子の上記変異検出部位における塩基の置換変異の有無をSMMD法によって検出するものであってもよい。SMMD法の詳細については、Wakaiらによる論文(Wakai J et al., Nucleic Acids Res., 2004. 32(18), e141.)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0085】
図3は、SMMD法の原理を説明する模式図である。なお、この図は、ヒトMeisetz遺伝子における変異のうち、上記の第1298位の塩基の置換変異の有無を検出する場合の例を示している。SMMD法は、電気化学的反応を利用して一塩基多型、置換変異、欠失変異、又は挿入変異などを検出するものである。まず、図3に示すように、被験者のゲノムDNA11を鋳型として変異検出部位を含む領域をPCRによって増幅させるため、カウンタープライマー13と特別プライマー12とを1:4の割合で用いて非対称PCRを行う(工程A)。ここで、特別プライマー12は、変異を検出したい遺伝子11の変異検出部位11aよりも下流の領域と相補的な塩基配列からなるオリゴマー12aと、タグ12bとからなる。タグ12bは、遺伝子11の変異検出部位11aよりも1塩基下流の塩基から、オリゴマー12aがハイブリダイゼーションする塩基よりも1塩基上流の塩基までの領域と相補的な塩基配列を有しており、オリゴマー12aの5’末端に連結されている。
【0086】
上記の非対称PCRの結果、工程Bに示すPCR産物14が生成される(工程B)。このPCR産物14のうち、特別プライマー12を含む一本鎖の非対称PCR産物14は、タグ12bを含んでいるため、自己ループを形成して特別ターゲットを形成する(工程C・D)。
【0087】
次に、変異型プローブ20及び野生型プローブ30を用意する。プローブ20・30は、ともに、変異を検出したい遺伝子11と同一の塩基配列を有し、かつ、変異検出部位11a・11bを3’末端とするオリゴマーをその5’末端側で金電極25に固定したものである。ここで、変異型プローブ20はオリゴマーの3’末端が変異型の塩基(C)となっているのに対して、野生型プローブ30はオリゴマーの3’末端が野生型の塩基(A)となっている。これらの変異型プローブ20及び野生型プローブ30は、オリゴマーが上述した特別ターゲット15の3’末端側と相補的な塩基配列を有しているため、特別ターゲット15とハイブリダイゼーションすることができる。なお、金電極25にオリゴマーを固定するための詳細な方法は、Takenakaらによる論文(Takenaka S et al., Anal Chem., 2000, 72, 1334-1341)に記載されており、本明細書ではこれを援用する。
【0088】
プローブ20・30を特別ターゲット15とハイブリダイゼーションさせる前に、フェロセニルナフタレンジイミド(ferrocenylnaphtalene diimide;以下「FND」と略称する)を含む溶液中で、予めバックグラウンド応答を行い、電流Iを測定しておく(工程E)。
【0089】
そして、特別ターゲット15と変異型プローブ20及び野生型プローブ30とのハイブリダイゼーション及びライゲーションを行う。ここで、特別ターゲット15が変異型のものである場合(すなわち、被験者が変異型遺伝子を有している場合)、特別ターゲット15は変異型プローブ20と塩基配列が完全に一致するのでライゲーションが行われる一方で、野生型プローブ30とは塩基配列が末端部分で相違するのでライゲーションが行われない(工程F)。
【0090】
その後、変性処理を行うと、野生型プローブ30と変異型の特別ターゲット15との組では、野生型プローブ30から変異型特別ターゲット15が解離する。一方、変異型プローブ20と変異型の特別ターゲット15との組では、ライゲーションが行われているので、解離が起こらない(工程G)。
【0091】
そして、それぞれのサンプルを洗浄して余剰のDNAを除去し、FNDを添加して、FND分子の電気化学的電流I1を測定する(工程H)。ここで、2本鎖DNAを有する電極では、1本鎖DNAを有する電極に比べて電流I1が大きくなる(工程I)。
【0092】
これにより、被験者のゲノムDNAが変異型であるか野生型であるかを測定した電流値に基づいて判定することができる。なお、SMMD法では、上記の変異型プローブ20及び野生型プローブ30をECA(Electrochemical array)チップとしてアレイ状に形成することにより、多数の変異を同時進行的に検出することができる。
【0093】
従って、本発明に係る妊孕性診断キットがSMMD法により上記の置換変異の有無を検出するものである場合、妊孕性診断キットには、特別プライマー12、カウンタープライマー13、変異型プローブ20及び野生型プローブ30などが含まれていることが好ましい。なお、変異型プローブ20及び野生型プローブ30は、何れか一方のみでもよい。
【0094】
上記特別プライマー12は、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位よりも下流の所定領域と相補的な塩基配列からなるオリゴマー12aと、タグ12bとからなる。タグ12bは、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位から、オリゴマー12aがハイブリダイゼーションする部位までの領域と相補的な塩基配列を有しており、オリゴマー12aの5’末端に連結される。一方、上記カウンタープライマー13は、ヒトMeisetz遺伝子の変異検出部位よりも上流の所定領域と同一の塩基配列からなる。
【0095】
また、上記変異型プローブ20は、変異型ヒトMeisetz遺伝子と同一の塩基配列からなり、かつ、上記の第1298位の塩基(T)または第2054位の塩基(G)が3’末端になるオリゴマーを有するように設計される。また、上記野生型プローブ30は、野生型ヒトMeisetz遺伝子と同一の塩基配列からなり、かつ、上記の第1298位の塩基(G)または第2054位の塩基(C)が3’末端になるオリゴマーを有するように設計される。
【0096】
上記の構成によれば、被験者のMeisetz遺伝子が置換変異型の場合、特別ターゲット15は、変異型プローブ20とライゲーションできるが、野生型プローブ30とはライゲーションできない。一方、被験者のMeisetz遺伝子が野生型の場合、特別ターゲット15は、野生型プローブ30とライゲーションできるが、変異型プローブ20とはライゲーションできない。
【0097】
なお、上記の各方法において、Meisetz遺伝子のセンス鎖(コドンをコードする側の鎖)を調べることによって置換変異の有無を判定する構成について詳細に説明したが、アンチセンス鎖を調べることによっても同様に判定することができるのはいうまでもない。
【0098】
次に、本発明に係るポリヌクレオチドについて説明する。本発明に係るポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、野生型ヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第1298位の塩基がTに置換した塩基配列からなるものである。また、本発明に係る別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、野生型ヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第2054位の塩基がGに置換した塩基配列からなるものである。また、本発明に係るさらに別のポリヌクレオチドは、翻訳開始コドンをコードするアデニンを第1位の塩基としたときに、野生型ヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の塩基配列において第1298位の塩基がTに置換し、さらに第2054位の塩基がGに置換した塩基配列からなるものである。
【0099】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号5から7の何れかに示す塩基配列からなるものであってもよい。ただし、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号5から7の何れかに示す塩基配列のものに限定されない。本発明に係るポリヌクレオチドには、配列番号5から7の何れかに示される塩基配列のみならず、配列番号5から7の何れかに示される塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなり、かつ低妊孕性又は不妊症に関与するポリヌクレオチドも含まれ、特に、配列番号5から7の何れかに示される塩基配列において一塩基多型により1又は数個の塩基が置換された塩基配列のものも含まれる。
【0100】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。
【0101】
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、「遺伝子」、「核酸」、または「核酸分子」と同義であり、ヌクレオチドの重合体を指す。本明細書において、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と同義であり、デオキシリボヌクレオチド(A、G、C及びTと省略される)の配列として示される。
【0102】
上記ポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、DNAの形態(例えば、合成DNA、cDNAまたはゲノムDNA)の何れであってもよい。さらに、DNAの場合、二本鎖、一本鎖の何れであってもよい。さらに、一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)でもよいし、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)でもよい。
【0103】
なお、上記ポリヌクレオチドは、その5’末端又は3’末端に、タグ標識(タグ配列又はマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドが連結されていてもよい。
【0104】
上記ポリヌクレオチドを取得する方法としては、PCRを用いる方法が挙げられる。具体的には、変異型Meisetz遺伝子を有している人のゲノムDNAを鋳型としてPCRによって得ることもできるし、また、変異を入れたプライマーを用いてPCRを行うことにより、野生型Meisetz遺伝子から得ることもできる。
【0105】
また、上記ポリヌクレオチドは、組換えベクターに挿入されていてもよい。この組換えベクターは、インビトロ翻訳に用いるベクターであってもよいし、組換え発現に用いるベクターであってもよい。
【0106】
ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターが適宜選択できる。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に上記ポリヌクレオチドから変異型ヒトMeisetzタンパク質を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと上記ポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
【0107】
上記発現ベクターは、導入されるべき宿主の種類に応じた発現制御領域(例えば、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、及び/または複製起点等)を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、慣用的なプロモーター(例えば、trcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等)が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーター等が挙げられ、糸状菌用プロモーターとしては、例えば、アミラーゼ、trpC等が挙げられる。また動物細胞宿主用プロモーターとしては、ウイルス性プロモーター(例えば、SV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター等)が挙げられる。発現ベクターの作製は、制限酵素及び/またはリガーゼ等を用いる慣用的な手法に従って行うことができる。発現ベクターによる宿主の形質転換もまた、慣用的な手法に従って行うことができる。
【0108】
上記発現ベクターを用いて形質転換された宿主を、培養、栽培または飼育した後、培養物等から慣用的な手法(例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等)に従って、変異型Meisetzタンパク質を回収・精製することができる。
【0109】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、上記ポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドを昆虫で発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を用いればよい。
【0110】
上記組換えベクターを使用すれば、上記ポリヌクレオチドを生物または細胞に導入することができ、結果として当該生物または細胞中に変異型Meisetzタンパク質を発現させることができる。さらに、上記組換えベクターを無細胞タンパク質合成系に用いれば、変異型Meisetzタンパク質を選択的に合成することができる。
【0111】
また、上述した組換えベクターを含み、かつ、上述した変異型Meisetzタンパク質を細胞に発現させるために用いられる発現キットの形態にしてもよい。
【0112】
上記発現キットには、上記の組換えベクター以外の他の試薬を含んでいてもよい。他の試薬としては、例えば、組換えベクターを宿主細胞に導入するための導入用試薬、その宿主細胞、組換えベクターが宿主細胞内に導入されているかどうかを検定するためのプローブ群などが挙げられるがこれに限定されない。つまり、変異型Meisetzタンパク質の発現実験を、確実かつ簡便にできるように支援する試薬であればどのようなものが含まれていてもよい。上記発現キットを用いることにより、目的の宿主細胞において、確実に、かつ簡便に、変異型Meisetzタンパク質を発現させることができる。
【0113】
また、本発明に係るポリペプチドは、上述したポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるものである。
【0114】
一実施形態において、上記ポリペプチドは、配列番号8から10の何れかに示すアミノ酸配列からなるものであってもよい。ただし、本発明に係るポリペプチドは、配列番号8から10の何れかに示すアミノ酸配列に限定されない。本発明に係るポリペプチドには、配列番号8から10の何れかに示されるアミノ酸配列のみならず、配列番号8から10の何れかに示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ低妊孕性又は不妊症に関与するポリペプチドも含まれ、特に、配列番号8から10の何れかに示されるアミノ酸配列において一塩基多型により1又は複数のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列のものも含まれる。
【0115】
ここで、数個とは、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行うことなく当業者が作ることができる程度の数を意図し、例えば、20個以下が好ましく、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下を意図する。
【0116】
本明細書において、「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と同義である。また、本発明に係るポリペプチドは、天然供給源より単離したものであっても、化学合成したものであってもよい。
【0117】
「単離した」ポリペプチドとは、天然の環境から取り出されたポリペプチドを指す。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生ポリペプチドは、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドと同様に、単離されていると考えられる。本発明に係るポリペプチドは、上述した本発明に係るポリヌクレオチドの利用方法に従って取得することができる。
【0118】
本発明に係るポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、及び原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、及び哺乳動物細胞を含む)において組換え技術によって産生された産物を含む。なお、上記ポリペプチドは、組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、グリコシル化されたり、非グリコシル化されたりしたものであってもよい。さらに、上記ポリペプチドは、宿主媒介プロセスの結果として、翻訳開始を示すメチオニン残基が改変されたものであってもよい。
【0119】
本発明に係るポリヌクレオチド、発現ベクター、又はポリペプチドによれば、ヒトの不妊症患者に見られる変異型Meisetzタンパク質が得られる。従って、これらの発明は、ヒトMeisetz遺伝子の第1298位及び第2054位の少なくとも一方の塩基の置換変異に起因する低妊孕性又は不妊症の治療を目的とした薬剤及び治療方法を開発する上で極めて有用なツールであり、研究現場へ販売することができる。また、これらをキット化することにより、産業上の利用可能性が一層向上する。
【0120】
本発明に係る検出方法及び妊孕性診断キットの変形例として、タンパク質レベルでも遺伝子レベルと同様に妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定を行うことは可能である。
【0121】
すなわち、一実施形態において、本発明に係る検出方法及び妊孕性診断キットは、ヒトにおいて正常なヒトMeisetz蛋白質が発現しているか否かを判定するものであってもよい。より具体的には、上記検出方法は、ヒトMeisetzタンパク質と結合する抗ヒトMeisetz抗体を用いて、ヒトから採取された生体サンプル中にヒトMeisetzタンパク質が発現しているか否かを判定する工程を含んでいてもよい。また、上記妊孕性診断キットは、試薬として抗ヒトMeisetz抗体を含んでいてよい。
【0122】
上記検出方法及び妊孕性診断キットにおいて、抗Meisetz抗体を用いてヒトMeisetzタンパク質の発現の有無を判定する手法は特に限定されず、公知のウェスタンブロッティング及びELISA(Enzyme-linked Immunosorbent Assay)などが挙げられる。また、ヒトから採取する生体サンプルとしては、精巣生検によって被験者から採取した精巣内の組織(例えば精細管)、精子細胞または精漿などが挙げられる。精漿は、たとえ精子細胞を含んでいなくても、精子細胞が破壊などされることにより放出された、精子細胞で発現するタンパク質を含んでいると考えられている。また、抗ヒトMeisetz抗体としては、例えば上述したポリペプチドを抗原としてポリクローナル抗体やモノクローナル抗体を作製することができる。
【0123】
妊孕性診断キットがウェスタンブロッティングまたはELISAを利用するものである場合、妊孕性診断キットには、抗Meisetz抗体に加え、発色反応に必要なペルオキシダーゼなどの特異的酵素で標識した抗グロブリン抗体が含まれていてもよい。
【0124】
抗Meisetz抗体を用いてヒトMeisetzタンパク質が発現しているか否かを調べ、被験者においてヒトMeisetzタンパク質が発現していないと判定された場合は、ヒトMeisetz遺伝子が欠失または変異していることが示唆され、同時に、その被験者は、妊孕可能性が低い、あるいは不妊症の可能性が高いと推定することができる。また、被験者が不妊症の場合には、不妊症の原因が正常なヒトMeisetzタンパク質が発現していないことによるものと推定することができる。
【0125】
また、他の実施形態において、本発明に係る検出方法及び妊孕性診断キットは、上述した第1298位及び第2054位のうち少なくとも一方の塩基置換を含む変異型ヒトMeisetz遺伝子によってコードされる変異型ヒトMeisetzタンパク質と結合し、かつ、野生型ヒトMeisetzタンパク質と結合しない抗体を用いて、ヒトから採取された生体サンプル中に変異型ヒトMeisetzタンパク質が発現しているかを判定するものであってもよい。この場合に用いられる抗体の詳細については後述する。
【0126】
上記抗体を用いて変異型ヒトMeisetzタンパク質が発現しているか否かを調べ、被験者において変異型ヒトMeisetzタンパク質が発現されていると判定された場合は、ヒトMeisetz遺伝子に上述した置換変異が生じていることが強く示唆され、同時に、その被験者は、妊孕可能性が低い、あるいは不妊症の可能性が高いと推定することができる。また、被験者が不妊症の場合、は、不妊症の原因がヒトMeisetz遺伝子の異常に起因していると推定することができる。
【0127】
本発明に係る抗体は、変異型ヒトMeisetzポリペプチド(すなわち上述した本発明に係るポリペプチド)と結合し、かつ、野生型Meisetzポリペプチドと結合しないものである。本発明に係る抗体を用いれば、上述したように、妊孕可能性の推定及び不妊症の原因の同定をタンパク質レベルで検出することができる。
【0128】
一実施形態において、本発明に係る抗体は、配列番号5から7の何れかに示す塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドと特異的に結合するものであることが望ましい。換言すれば、本発明に係る抗体は、配列番号8から10の何れかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと特異的に結合するものであることが好ましい。
【0129】
本発明に係る抗体は、上述したアミノ酸の置換変異を含む変異型ヒトMeisetzポリペプチドまたは変異部分を含むそのフラグメントを抗原として実験動物を免疫処置することができる。たとえば、Chow, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 910-914; 及びBittle, F. J. et al., J. Gen. Virol. 66: 2347-2354n (1985)を参照のこと。
【0130】
一般的には、動物は遊離ペプチドによって免疫化することができる。ただし、遊離ペプチドを高分子キャリア(たとえば、ヒーホールリンペットヘモシアニン(KLH)または破傷風トキシド)にカップリングすることによって効率的に免疫化できるようになる場合もある。たとえば、システインを含有するペプチドは、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)のようなリンカーによってキャリアにカップリングすることができる。一方、他のペプチドは、グルタルアルデヒドのようなより一般的な連結剤を使用してキャリアにカップリングすることができる。
【0131】
ウサギ、ラット及びマウスのような動物は、遊離ペプチドまたはキャリア−カップリングペプチドと、Freundのアジュバントとを含むエマルジョンを腹腔内及び/または皮内に注射することにより免疫化することができる。ELISAにより検出できる程度に有用な力価の抗ペプチド抗体を得るためには、約2週間の間隔で追加免疫注射を行うことが望ましい。
【0132】
そして、免疫化された動物から血液を採取し、血清からIgG画分を抽出することにより抗体を得ることができる。また、抗体を公知の技術によって精製することにより、抗体の力価が向上する。
【0133】
本発明に係る抗体は、上述した変異型ヒトMeisetzポリペプチドに結合する一方で、野生型ヒトMeisetzポリペプチドには結合しないものである。それゆえ、上記の手順によって得られた抗体のうち、野生型ヒトMeisetzタンパク質と結合しないものを選出することによって、本発明に係る抗体を得ることができる。上記の選出を容易にするためには、動物に注射する抗原ペプチドとして、変異型ヒトMeisetzポリペプチドの変異部分とその周辺のアミノ酸配列からなる10残基程度のオリゴペプチドを選択することが望ましい。
【実施例】
【0134】
以下では、本発明の別の実施例について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施例では、ヒトMeisetz遺伝子における置換変異の解析を行った。なお、以下の各工程では、特に断りがない限り、常法又はキットに添付されている取扱説明書に従って各処理を行った。
【0135】
〔参加者〕
不妊症の日本人男性被験者(N=198以上)を精子形成の欠損の程度に基づいてサブグループに分割した。これらの不妊症被験者のうち、約4割は非閉塞性無精子症であり、残り6割は重症精子過少症(<5×10細胞/mL)であった。遺伝的要因を調べたところ、これらの被験者は何れも原発性特発性不妊症であった(Birmingham A et al. Fertil Steril 2004; 9: 2313-2317)。
【0136】
一方、妊孕性が確認された男性のコントロールグループ(N=161以上)として、産婦人科医院にいる妊婦のもとに生まれた子供の父親を選択した。
【0137】
なお、ドナーは、本研究において血液をゲノムDNAの解析に使用することに同意した。
【0138】
〔PCR増幅DNAのダイレクトシーケンシングによるMeisetz遺伝子の変異の同定〕
以下の各工程では、特に断りがない限り、常法又はキットに添付されている取扱説明書に従って処理を行った。ゲノムDNAは、プロテアーゼ処理及びフェノール抽出により血液サンプルから単離した(Sambrook J et al., Isolation of DNA from Mammalian Cells. New York: Cold Spring Harbor Press. 1989: pp. 9.16-9.21)。また、Meisetz遺伝子の第10エクソンを含む領域を増幅させるために、PCRに用いるプライマーの組として、Meisetz−P7及びMeisetz−P8Rを設計した(図1参照)。Meisetz−P7は、図1に示すように、Meisetz遺伝子の第10エクソンの上流領域と同一の塩基配列(配列番号3:5’−GGACTGTAAAGGTCCATCCAGCACTTGG−3’)からなる。また、Meisetz−P8Rは、Meisetz遺伝子の第10エクソンの下流領域と相補的な塩基配列(配列番号4:5’−AAAGAACCACACATGCTGATGTCC−3’)からなる。
【0139】
PCRは以下の条件で行った:96℃で30秒間変性、68℃で30秒間アニーリング、及び72℃で180秒間伸長を1サイクルとして、これを40サイクル。PCR増幅フラグメントはAMPure(Agencourt)にて精製した。
【0140】
Meisetz−P7及びMeisetz−P8Rからなるプライマーの組によって増幅したフラグメントについて、同じMeisetz−P7―2(配列番号11:5’−CATACCTTCATATGTGGTAAGGCC−3’)、Meisetz−P8R2(配列番号12:5’−TATAAGGGGTCAGCAGACTTCCGC−3’)及びMeisetz−S(配列番号13:5’−AAAGTCAAGTATGGAGAGTGTGG−3’)、のそれぞれを用いてシーケンシングを行った。このとき、サーマルサイクルシーケンシングキット(アプライドバイオシステムズ)を用いて反応を行い、CleanSEQ(Agencourt)にて精製した反応産物をABI−PRISM 3100 Genetic Analyzer(アプライドバイオシステムズ)によって解析した。両方向の決定結果を比較し、塩基配列を決定した。
【0141】
〔結果〕
不妊症被験者及び妊孕性確認被験者のそれぞれについてMeisetz遺伝子の第10エクソンの塩基配列を解析したところ、Meisetz遺伝子の翻訳領域の第1298位のグリシンが片方のアレルにおいてチミンに置換している被験者が、不妊症被験者198人
の中に1人見出された。この被験者は、無精子症であった。一方、妊孕性確認被験者からは、この置換変異が全く見出されなかった。
【0142】
さらに、Meisetz遺伝子の翻訳領域の第2054位のシトシンが片方のアレルにおいてグアニンに置換している被験者が、不妊症被験者198人の中に1人見出された。この被験者は、高度乏精子症であった。一方、妊孕性確認被験者からは、この置換変異が全く見出されなかった。
【0143】
配列番号1に示すヒトMeisetz遺伝子の翻訳領域の第1298位のグリシン塩基がチミン塩基に置換すると、この部位がバリンをコードするようになる。また、2054位のシトシン塩基がグアニン塩基に置換すると、この部位がアルギニンをコードするようになる。
【0144】
Meisetz遺伝子は哺乳類に広く保存されていること、並びに、そのタンパク質が精巣の半数体生殖細胞に特に強く発現することから、Meisetzタンパク質の変異は、男性不妊を引き起こす(或いは引き起こしやすい)と考えられる。上記の置換変異が見出された被験者は、正常なMeisetzZタンパク質の翻訳量が低減したことにより、或いは、変異型Meisetzタンパク質がドミナントネガティブに作用することにより、Meisetzタンパク質の働きが不十分になって不妊症になったものと推測された。
【0145】
なお、本研究により、上記の置換変異以外にも一塩基多型がMeisetz遺伝子内に見出されたが、これらの一塩基多型は、そのパターンが不妊症被験者と妊孕性確認被験者との間で有意な相違を見せず、特に妊孕性に影響を与えるものとは認められなかった。
【0146】
本発明は上述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明によれば、不妊症の現象解明や治療法の確立並びに不妊症の診断に有用なツールが提供されるので、製薬分野や医療分野において本発明を好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0148】
【図1】ヒトMeisetz遺伝子の構造を示す物理地図である。
【図2】インベーダー法の原理を説明する図である。
【図3】SMMD法の原理を説明する図である。
【符号の説明】
【0149】
1 ターゲット遺伝子
1a 変異検出部位
2 インベーダープローブ
3 アレルオリゴ
3a ヌクレオチド
3b フラップ
3c フラップ遊離体
4 フラップエンドヌクレアーゼ
5 フレットプローブ
5a ヌクレオチド
5b 蛍光色素
5c クエンチャー
11 遺伝子
11a・11b 変異検出部位
12 特別プライマー
12a オリゴマー
12b タグ
13 カウンタープライマー
14 PCR産物
15 特別ターゲット
20 変異型プローブ
25 金電極
30 野生型プローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異していることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項2】
配列番号1に示される塩基配列の第1298位に対応する塩基の変異がG−T変異であることを特徴とする請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号1に示される塩基配列の第2054位に対応する塩基の変異がC−G変異であることを特徴とする請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号5〜7のいずれか1つに示される塩基配列からなることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項5】
配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzタンパク質から変異していることを特徴とするポリペプチド。
【請求項6】
配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位に対応するアミノ酸の変異がG−V変異であることを特徴とする請求項5に記載のポリペプチド。
【請求項7】
配列番号2に示されるアミノ酸配列の第685位に対応するアミノ酸の変異がT−R変異であることを特徴とする請求項5に記載のポリペプチド。
【請求項8】
配列番号8〜10のいずれか1つに示されるアミノ酸配列からなることを特徴とするポリペプチド。
【請求項9】
請求項5〜8の何れか1項に記載のポリペプチドをコードすることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項1〜4の何れか1項に記載のポリヌクレオチドによってコードされることを特徴とするポリペプチド。
【請求項11】
配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異しているポリヌクレオチドの存在の有無を検出する試薬。
【請求項12】
請求項11に記載の試薬を含んでいることを特徴とする妊孕性診断キット。
【請求項13】
ヒトから採取された生体サンプルにおける、配列番号1に示される塩基配列の第1298位および第2054位に対応する塩基の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetz遺伝子から変異しているポリヌクレオチドの存在を検出する工程を含んでいることを特徴とする妊孕性診断方法。
【請求項14】
配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzポリペプチドから変異している変異型ヒトMeisetzポリペプチドと結合し、かつ、野生型ヒトMeisetzポリペプチドと結合しないことを特徴とする抗体。
【請求項15】
請求項14に記載の抗体を含んでいることを特徴とする妊孕性診断キット。
【請求項16】
ヒトから採取された生体サンプルにおける、配列番号2に示されるアミノ酸配列の第433位および第685位に対応するアミノ酸の少なくとも一方が野生型ヒトMeisetzポリペプチドから変異している変異型ヒトMeisetzポリペプチドの存在を、請求項14に記載の抗体によって検出する工程を含んでいることを特徴とする妊孕性診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−65882(P2009−65882A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−236215(P2007−236215)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、受託研究「知的基盤創成・利用促進研究開発事業/男性不妊症患者のSNPsライブラリー及びマイクロアレー作成」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】