説明

完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法、及び融合ミエローマ細胞

【課題】安全な完全ヒト抗体を迅速且つ容易に得ることを可能にする、エプスタイン・バーウイルス(EBV)ゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法を提供すること。
【解決手段】ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞と、ある抗原に対する抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る。次いで、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングする。更に、クローニングされた完全抗体産生ハイブリドーマからEBVゲノム陰性細胞株を選抜することにより、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法、及び融合ミエローマ細胞に関し、より詳しくは、エプスタイン・バーウイルス(EBV)ゲノムが除去されたハイブリドーマの作製方法、及びこの作製に用いられる融合ミエローマ細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
マウス等の実験動物種の抗体の一部をヒト抗体に置き換えた、キメラ抗体やヒト型化抗体が作製容易な抗体として、実用化されている。しかし、キメラ抗体やヒト型化抗体は、その一部にヒト以外の動物種の抗体が混在するため、ヒト免疫系において抗原として認識される。よって、キメラ抗体やヒト型化抗体を使用した医薬品は、重複投与できない等の欠点を有する。
【0003】
従って、医薬品に使用する抗体としては、重複投与可能な点、更に、抗原に対する親和性が高いという点から、ヒト以外の動物種の抗体が混在しない抗体である、完全ヒト抗体が好ましい。ここで、従来から用いられている、完全ヒト抗体の作製方法としては、以下のようなものを挙げることができる。
【0004】
第1番目は、大規模な抗体遺伝子ライブラリを用いたファージディスプレイ法である。ファージディスプレイ法は、抗体遺伝子ライブラリが形質転換されているファージを用い、繊維状のファージのコートタンパク質に抗体を融合させることにより、ファージ表面上に抗体を提示するシステムを応用したものである(非特許文献1〜4参照)。
【0005】
ファージディスプレイ法によれば、予め用意されたヒト抗体遺伝子ライブラリを用いることで、特定の抗原に対する抗体遺伝子を迅速に回収できる。従って、この抗体遺伝子をヒト抗体発現ベクターに組み込むことにより、完全ヒト抗体を、迅速に得ることができる。
【0006】
しかし、完全ヒト抗体の作製が成功する可能性は、ファージ抗体ライブラリの質に大きく依存しているところ、十分な質のファージ抗体ライブラリを作製するのは、技術的に容易でない。このため、通常、ファージディスプレイ法によって完全ヒト抗体を得るには、困難が伴う。
【0007】
第2番目は、ヒト抗体遺伝子を組み込んだキメラ動物によるヒト抗体作製法である。この代表例として、完全ヒト抗体の産生能を有するトランスクロモマウスである「KMマウス」(キリンビール社製)を用いた作製方法を挙げることができる(非特許文献5参照)。
【0008】
この方法の手順は、抗原を「KMマウス」に投与して、目的の完全ヒト抗体を産生するB細胞をこの「KMマウス」から採取し、使用する点が異なる他は、マウスハイブリドーマ法によりマウス抗体を取得する公知の手順と同様である。
【0009】
「KMマウス」を抗原で免疫した後に脾臓等の免疫組織から得られるB細胞は、目的の完全ヒト抗体を産生する。このため、ヒト末梢血を扱う必要がないため、容易に、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製できる。従って、この方法によれば、完全ヒト抗体を、容易に得ることができる。
【0010】
しかし、この方法では、目的の抗原が未知だった場合には、免疫の対象となる抗原決定基を有するポリペプチドを準備するための以下の作業が必要となる。
【0011】
即ち、まず、抗原をコードするDNAの塩基配列を解析する。次いで、この塩基配列に基づき抗原決定基を決定し、更に、大腸菌等で抗原決定基を有するポリペプチドを合成する。通常、このような作業の遂行には数ヶ月間かかるため、抗体作製には長時間を要することになる。従って、抗体作製に厳しい時間的制約がある場合(例えば、2003年当時の重症急性呼吸器症候群(SARS)の場合)に、この方法では対応しきれない。
【0012】
そこで、以上のような欠点を補うことができる方法として注目を集めているのが、エプスタイン・バーウイルス(EBV)により形質転換したヒトB細胞を用いた完全ヒト抗体の作製法(以後、EBV−ハイブリドーマ法と呼ぶ)である。この方法の手順は以下の通りである。
【0013】
即ち、まず、ヒトミエローマ細胞と、ある抗原に対する抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る。次いで、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマをクローニングすることにより、クローン化された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る。更に、クローン化された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにより完全ヒト抗体を産生させ、完全ヒト抗体を得る。
【0014】
ある抗原に対する抗体を産生するヒトB細胞は、マウス等の実験動物ではなくヒトの末梢血等から採取するものであるため、少量しか得ることができない。しかし、EBV−ハイブリドーマ法によれば、ある抗原に対する抗体を産生するヒトB細胞として、EBVにより形質転換されたものを用いる。EBVにより形質転換されたヒトB細胞は、不死化し、増殖能力が増強される。このため、ヒト末梢血を扱うにもかかわらず、容易に、ハイブリドーマを作製できる。
【0015】
また、EBV−ハイブリドーマ法によれば、ある抗原に対する抗体を産生するヒトB細胞を用いて、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製する。このため、たとえ目的の抗原が未知の場合にも、抗原決定基を有するポリペプチドの合成等を行う必要がないので、迅速に、目的の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製できる(例えば、非特許文献6参照)。従って、完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に作製できる。
【非特許文献1】J.D. Marksら、「Journal of Molecular Biology」、1991年発行、222、p.581〜597
【非特許文献2】C.F. Barbas IIIら、「Proceedings of the National Academy of Sciences,U.S.A.」、1992年発行、89、p.4457〜4461
【非特許文献3】A.D. Griffithsら、「EMBO Journal」、1994年発行、13、p.3245〜3260
【非特許文献4】伊庭善孝、「実験医学別冊クローズアップ実験法総集編」、2002年発行、p.99〜104
【非特許文献5】K. Tomizukaら、「Proceedings of the National Academy of Sciences,U.S.A.」、2000年発行、97、p.722〜727
【非特許文献6】E. Traggiaiら、「Nature Medicine」、2004年発行、10、p.871〜875
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、EBV−ハイブリドーマ法によれば、ヒトB細胞として、EBVにより形質転換されたものを使用するから、作製された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにEBVゲノムが残存する。EBVは、欧米では白血病、アジアでは上皮性癌(例えば、上咽頭癌)の原因の一つと考えられている。このため、抗体を製剤化する際には、安全上の観点から、EBVゲノムを除去する必要がある。しかしながら、このような手段はいまだ確立されていない。
【0017】
従って、EBV−ハイブリドーマ法により作製される完全ヒト抗体は、迅速且つ容易に得ることができるものの、安全上の大きな問題を残していた。
【0018】
そこで、本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたもので、その目的は、安全な完全ヒト抗体を迅速且つ容易に得ることを可能にする、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法、及びその手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは前述の課題に鑑み鋭意研究した。その結果、ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞を用いると、ハイブリドーマからEBVゲノムを除去できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0020】
(1) ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞と、ある抗原に対する抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る融合工程と、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングするクローニング工程と、前記クローニングされた完全抗体産生ハイブリドーマからEBVゲノム陰性細胞株を選抜する選抜工程と、を含むEBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法。
【0021】
(1)の発明によれば、まず、融合ミエローマ細胞と、ある抗原に対する抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングする。これにより、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマからEBVゲノムが除去される。
次いで、このクローニングされた完全抗体産生ハイブリドーマから、EBVゲノム陰性細胞株を選抜することにより、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを選択的に作製できる。
【0022】
一般に、マウスミエローマ細胞を用いて細胞融合すると、何らかの機構により、融合後の細胞から、EBVゲノムを除去できることが知られている。(1)の発明で用いる完全ヒト抗体産生ハイブリドーマは、マウスミエローマ細胞を一つの由来としている。このため、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングする過程で、EBVゲノムが除去されるものと推測される。
【0023】
また、(1)の発明によれば、EBVハイブリドーマ法によって、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製する。このため、前述の通り、目的の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを、迅速且つ容易に作製できる。
【0024】
このように、(1)の発明によれば、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを、迅速且つ容易に作製できる。従って、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることができる。
【0025】
更に、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマは、完全ヒト抗体の産生能力が長期間に渡って持続する。このため、(1)の発明によれば、必要に応じて、完全ヒト抗体の大量生産にも対応できるという効果も得られる。
【0026】
一般に、マウス由来細胞とヒト由来細胞とを細胞融合すると、融合後の細胞から、ヒト染色体が選択的に脱離する傾向がある。しかし、本発明で用いる融合ミエローマ細胞は、ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合されているため、ヒト染色体が脱離しにくくなる。そして、この融合ミエローマ細胞に、ある抗原に対する抗体を産生するヒトB細胞を更に細胞融合するため、ヒト染色体が更に脱離しにくくなる。このため、完全ヒト抗体産生に関わるヒト遺伝子の脱離も防止できるため、抗体産生が持続すると推測される。
【0027】
「所定回数」とは、以上のような効果を得られる完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを作製するために必要なクローニングの回数を意味し、用いる抗原、細胞株等の条件により当業者が適宜選択することができる。
「EBVゲノムが除去された」とは、安全な完全ヒト抗体を得ることができる程度にまで、EBVゲノムが減少化されたことを意味する。
【0028】
(2) 前記融合ミエローマ細胞は、受託番号がFERM A−20590である(1)記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法。
【0029】
受託番号がFERM A−20590である融合ミエローマ細胞は、ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞の一例である。
よって、(2)の発明によれば、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを、迅速且つ容易に作製できる。従って、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることができる。
【0030】
更に、(2)の発明により得られる完全ヒト抗体産生ハイブリドーマによれば、完全ヒト抗体の産生能力が長期間に渡って持続する。このため、(2)の発明によれば、必要に応じて、完全ヒト抗体の大量生産にも対応できるという効果も得られる。
【0031】
(3) (1)又は(2)記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体。
【0032】
(3)記載のモノクローナル抗体は、(1)又は(2)記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにより産生させて得られる。前述した通り、迅速且つ容易に作製できる(1)又は(2)記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマは、EBVゲノムが除去されている。従って、(3)の発明によれば、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることができる。
【0033】
(4) (3)記載のモノクローナル抗体を有効成分とする医薬組成物。
【0034】
(4)記載の医薬組成物は、(3)記載のモノクローナル抗体を有効成分とする。前述した通り、(3)記載のモノクローナル抗体は、迅速且つ容易に得ることができる、安全な完全ヒト抗体である。従って、(4)の発明によれば、安全で有効な医薬組成物を、迅速且つ容易に製造できる。
【0035】
なお、「有効成分とする」とは、医薬組成物としての効果を得られる程度に、(3)記載のモノクローナル抗体が含まれ、且つ、医薬組成物としての効果を失わない限りにおいて、(3)記載のモノクローナル抗体以外の成分が含まれていてもよいことを意味する。医薬組成物の具体的組成等については、当業者が適宜選択することができる。
【0036】
(5) ヒトミエローマ細胞とマウスミエローマ細胞とを細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞であって、EBVゲノムが除去されたハイブリドーマの作製に用いられることを特徴とする融合ミエローマ細胞。
【0037】
(5)記載の融合ミエローマ細胞によれば、EBV形質転換ヒトB細胞と細胞融合する場合でも、前述の通り、EBVゲノムが除去されたハイブリドーマを、迅速且つ容易に作製できる。このため、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることもできる。
【0038】
(6) 受託番号がFERM A−20590である(5)記載の融合ミエローマ細胞。
【0039】
受託番号がFERM A−20590である融合ミエローマ細胞は、ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞の一例である。
従って、(6)の発明によれば、EBVゲノムが除去されたハイブリドーマを、迅速且つ容易に作製できる。このため、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることもできる。
【0040】
(7) ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBV陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞と、EBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合してハイブリドーマを得る融合工程と、このハイブリドーマを所定の回数クローニングすることでEBVゲノムを減少させる減少化工程と、を含むEBVゲノムの減少化方法。
【0041】
(7)の発明によれば、前述したように、クローニングすることにより、ハイブリドーマからEBVゲノムを、迅速且つ容易に減少化できる。ここで、「所定の回数」とは、ハイブリドーマの用途等に応じた所望のレベルにまで、EBVゲノムを減少化させるために必要なクローニングの回数を意味する。
また、EBVゲノムが除去までされたハイブリドーマを用いれば、安全な完全ヒト抗体を、迅速且つ容易に得ることもできる。
【発明の効果】
【0042】
本発明によれば、EBV―ハイブリドーマ法において、ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、EBVゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞を用いた。従って、安全な完全ヒト抗体を迅速且つ容易に得ることを可能にする、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法、及びその手段を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下、本発明の一実施形態を図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法の手順を示すフローチャートである。
【0044】
本発明の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法は、融合ミエローマ細胞と、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る融合工程(S100)と、この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングするクローニング工程(S200)と、前記クローニングされた完全抗体産生ハイブリドーマからEBVゲノム陰性細胞株を選抜する選抜工程(S300)と、を含む。
【0045】
次に、図2及び図3を参照して、S100で用いられる、融合ミエローマ細胞と、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、の調整手順について説明する。
【0046】
<融合工程>
[ヘテロハイブリドーマの作製]
まず、ヒトミエローマ細胞と、マウスミエローマ細胞と、を細胞融合し、ヘテロハイブリドーマを作製する(S10)。
【0047】
S10においては、ヒトミエローマ細胞、マウスミエローマ細胞としては、自己抗体産生能のない細胞を用いる。更に、ヒトミエローマ細胞、マウスミエローマ細胞のいずれか一方として、例えば、ヒポキサンチン・グアニン・ホスホリボシルトランスフェラーゼ(以下、「HGPRT」と表記する。)を欠損した6―チオグアニン耐性株を用いることができる。
【0048】
6―チオグアニンを含有する培地において、生存できることを利用して、後述するS14において、目的のヘテロハイブリドーマを選別できるからである。また、HGPRTは、サルベージ回路経由のヌクレオチド合成に必須な酵素であるため、HGPRT欠損株はヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジンを含む培地(HAT培地)で生存できないことを利用して、後述するS150において、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを選出できるからである。
【0049】
このようなヒトミエローマ細胞としては、特に限定されないが、通常、例えば、U−266株を挙げることができる。また、このようなマウスミエローマ細胞としては、特に限定されないが、通常、例えばP3X63.Ag8.653株を挙げることができる。
【0050】
これらの細胞株は各々、適当な培地、例えばイスコフ改変ダルベッコ培地(以下、「IMDM培地」と表記する。)に、グルタミン、2−メルカプトエタノール、及びウシ胎児血清を加えた培地(IMDM改良培地)に6―チオグアニンを加えた培地、IMDM改良培地を用いて、継代培養する。そして、後述するS12を行う当日に2×10以上の細胞数を確保しておく。
【0051】
このヒトミエローマ細胞と、マウスミエローマ細胞と、を細胞融合する(S12)。細胞融合の方法としては、特に限定されないが、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)法、センダイウイルスを用いる方法、電気融合法等の常法を挙げることができ、細胞毒性が比較的少なく融合操作も簡単な点からは、PEG法が好ましい。
【0052】
例えば、PEG法によれば以下の手順となる(S12’[図示はしていない])。
即ち、ヒトミエローマ細胞と、マウスミエローマ細胞と、を、無血清培地(例えば、DMEM)又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)でよく洗浄した後、ヒトミエローマ細胞とマウスミエローマ細胞との細胞数の比が1:4〜1:5程度になるように混合し、遠心分離する。遠心後の上清を除去し、沈殿した細胞群を十分にほぐした後、撹拌しながら0.6g/mLのPEG(分子量1000〜4000)を含む無血清培地1mLを滴下する。
【0053】
次いで、10mLの無血清培地をゆっくりと加えた後、遠心分離する。再び上清を捨て、沈殿した細胞を、IMDM培地に6―チオグアニンを加えた培地中に懸濁する。この懸濁物を培養用プレート(以下「プレート」という)の各ウェルに分注し、7%炭酸ガスの存在下、適宜6―チオグアニンを含有するIMDM培地を補いながら、37℃で2週間程度培養する。
【0054】
次に、S10を経て得られるヘテロハイブリドーマをクローニングする(S14)。
クローニングの方法としては、プレートの1ウェルに1個のハイブリドーマが含まれるように希釈して培養する限界希釈法、軟寒天培地中で培養しコロニーを回収する軟寒天法、マイクロマニュピレーターによって1個ずつの細胞を取り出し培養する方法、セルソーターによって1個の細胞を分離する方法等を挙げることができる。このうち、操作が簡便な点から、限界希釈法がよく用いられる。
【0055】
そして、抗体を産生していないことを確認できたものを選出する(S16)。これにより、S100において用いることができるヘテロハイブリドーマを、選択的に得ることができる。
【0056】
選出の方法としては、特に限定されないが、ELISA法、RIA法、蛍光抗体法、受身血球凝縮反応法等の公知の方法を挙げることができる。このうち、検出感度、迅速性、正確性等の点からは、ELISA法が好ましい。このELISA法は、一般的な競合法、サンドイッチ法等の手法に従って行うことができ、液相系でも、固相系でも行うことができる。
【0057】
[融合ミエローマ細胞の作製]
【0058】
このヘテロハイブリドーマと、ヒトB細胞と、を細胞融合し、融合ミエローマ細胞を作製する(S20)。
【0059】
ここで用いるヒトB細胞は、形質細胞又はその前駆細胞(リンパ球)であり、個体のいずれの部位から得てもよく、脾細胞、リンパ節、骨髄、扁桃、末梢血、又はこれらを適宜組み合わせたもの等から得ることができる。このうち、採取が容易な点から、末梢血が最も一般的に用いられる。ここで用いるヒトB細胞は、自己抗体産生能のない細胞である。
【0060】
ヘテロハイブリドーマは、例えば、6―チオグアニンを含有するIMDM改良培地等を用いて継代培養し、後述するS22を行う当日に2×10以上の細胞数を確保しておく。
【0061】
ヘテロハイブリドーマがHGPRTを欠損した6―チオグアニン耐性株であった場合、6―チオグアニンを含有するIMDM改良培地を用いることで、目的の融合ミエローマ細胞を選別できる。即ち、融合しなかったヒトB細胞、及びヒトB細胞どうしの融合細胞は、培地に6―チオグアニンが含まれているため、生存できないからである。
【0062】
このヘテロハイブリドーマと、ヒトB細胞と、を細胞融合する(S22)。細胞融合は、例えばPEG法によれば、以下の手順となる(S22’[図示はしていない])。
このヘテロハイブリドーマと、ヒトB細胞と、を、無血清培地(例えば、DMEM)又はPBSでよく洗浄し、ヘテロハイブリドーマとヒトB細胞との細胞数の比が1:4〜1:5程度になるように混合し、遠心分離する。遠心後の上清を除去し、沈殿した細胞群を十分にほぐした後、撹拌しながら0.6g/mLのPEG(分子量1000〜4000)を含む無血清培地1mLを滴下する。
【0063】
次いで、10mLの無血清培地をゆっくりと加えた後、遠心分離する。再び上清を捨て、沈殿した細胞を、適量のヒトインターロイキン−6(ヒトIL−6)を更に含むウアバインを含有するIMDM改良培地中に懸濁する。この懸濁物をプレートの各ウェルに分注し、7%炭酸ガスの存在下、適宜ウアバインを含有するIMDM改良培地を補いながら、37℃で2週間程度培養する。
【0064】
S22を経て得られる融合ミエローマ細胞をクローニングする(S24)。S24は、S14と同様の手順で行うことができる。
【0065】
そして、抗体を産生していないことを確認できたものを選出する(S26)。これにより、S100において用いることができる融合ミエローマ細胞を、選択的に得ることができる。S26は、S16と同様の手順で行うことができる。
【0066】
このようにして、S100において用いられる融合ミエローマ細胞を得ることができる。この融合ミエローマ細胞の一例として、受託番号がFERM A−20590である融合ミエローマ細胞が寄託されている。
【0067】
[完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞の調整]
完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞を調整する(S30)。
【0068】
完全ヒト抗体を産生するヒトB細胞は、ワクチン接種を受けた又は疾患から回復したボランティア(ヒト)の形質細胞又はその前駆細胞(リンパ球)である。完全ヒト抗体を産生するヒトB細胞は、ボランティアのいずれの部位から得てもよく、一般には脾細胞、リンパ節、骨髄、扁桃、末梢血、又はこれらを適宜組み合わせたもの等から得る(S32)ことができる。なお、採取が容易な点から、末梢血から完全ヒト抗体を産生するヒトB細胞を得ることが、最も一般的である。
【0069】
このヒトB細胞にEBVを感染させることで、形質転換を行う(S34)。
形質転換の方法としては、特に限定されないが、例えば以下の手順を挙げることができる。即ち、放射線照射したフィーダー細胞上で、ヒトB細胞の培養を行う。このヒトB細胞に、EBV陽性マーモセット細胞株B95−8の培養上清中のウイルスを添加し、更にヒトB細胞を培養することで、EBVに感染させる。
【0070】
次いで、EBV形質転換ヒトB細胞をクローニングする(S36)。S36は、図2のS14と同様の手順で行うことができるが、形質転換されたB細胞の増殖を促進するため、ヒトIL−6等の増殖因子を適量添加しつつ、行うことが好ましい。
【0071】
更に、S36を経て得られるクローニングされたEBV形質転換ヒトB細胞から、完全ヒト抗体を産生するヒトB細胞を選出する(S38)。これにより、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞を、選択的に得ることができる。S38は、図2のS16と同様の手順で行うことができる。
【0072】
S38は、例えばELISA法によれば、以下のような手順により行うことができる(S38’[図示はしていない])。
即ち、まず、抗原をELISA法用96穴プレート等の固相表面に吸着させ、抗原が吸着していない固相表面を抗原と無関係なタンパク質、例えばウシ血清アルブミン(BSA)により覆う。次いで、この表面を洗浄した後、一次抗体として、段階希釈した試料に接触させ、上記抗原に試料中の完全ヒト抗体を結合させる。更に、二次抗体として、酵素標識されたヒト抗体に対する抗体を加えて、ヒト抗体に結合させる。洗浄した後、この酵素の基質を加え、基質分解に基づく発色による吸光度の変化等を測定することにより、抗体価を算出する。
【0073】
<完全ヒト抗体産生ハイブリドーマへの細胞融合>
次に、S20を経て得られる融合ミエローマ細胞と、S30を経て得られる完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る(S100)。
【0074】
融合ミエローマ細胞は、例えば、6―チオグアニン及びウアバインを含有するIMDM改良培地を用いて継代培養する。完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞は、例えば、IL−6、2−メルカプトエタノール、ウシインスリン、ヒトトランスフェリンを含有するIMDM改良培地を用いて継代培養する。いずれの細胞も、後述するS110を行う当日に2×10以上の細胞数を確保しておく。
【0075】
上記融合ミエローマ細胞がHGPRTを欠損した6―チオグアニン耐性及びウアバイン耐性株であった場合、6―チオグアニン及びウアバインを含有するHAT培地を用いることで、目的のハイブリドーマを選別できる。即ち、融合しなかった完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞、及び完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞どうしの融合細胞は、培地に6―チオグアニン及びウアバインが含有されているため、生存できない。一方、融合しなかった融合ミエローマ細胞、及び融合ミエローマ細胞どうしの融合細胞は、培地にHATが含まれているため、生存できないからである。
【0076】
この融合ミエローマ細胞と、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合する(S110)。S110は、図2のS12と同様の手順で行うことができる。
【0077】
細胞融合は、例えばPEG法によれば、以下の手順(S110’[図示はしていない])となる。
即ち、融合ミエローマ細胞と、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を、無血清培地(例えば、DMEM)又はPBSでよく洗浄し、融合ミエローマ細胞と完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞との細胞数の比が1:4〜1:5程度になるように混合し、遠心分離する。遠心後の上清を除去し、沈殿した細胞群を十分にほぐした後、撹拌しながら0.6g/mLのPEG(分子量1000〜4000)を含む無血清培地1mLを滴下する。
【0078】
次いで、10mLの無血清培地をゆっくりと加えた後、遠心分離する。再び上清を捨て、沈殿した細胞を、適量のヒトIL−6を更に含み、6―チオグアニン及びウアバインを含有するHAT培地中に懸濁する。この懸濁物をプレートの各ウェルに分注し、5%炭酸ガスの存在下、適宜6―チオグアニン及びウアバインを含有するHAT培地を補いながら、37℃で2週間程度培養する。
【0079】
次に、S110を経て得られる完全ヒト抗体産生ハイブリドーマをクローニングする(S130)。S130は、図2のS14と同様の手順で行うことができる。
【0080】
次に、S130を経て得られる完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの中から、抗体産生能及び細胞増殖能が高いものを選出する(S150)。
選出の方法としては、特に限定されないが、ELISA法、RIA法、蛍光抗体法、受身血球凝縮反応法等の公知の方法により抗体産生能が高いものを選出できる。
【0081】
<クローニング工程>
次に、S150を経て選出された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマに、後述するS210及びS230を所定回数施す(S200)。
【0082】
S150を経て選出された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを、別のプレートに移しクローニングを行う(S210[図示はしていない])。S210は、図2のS14と同様の手順で行うことができる。
【0083】
S210を経て得られる株(サブクローン)の中から、S150と同様の手順で、抗体産生能及び細胞増殖能が高いことを指標に、次にクローニングを施す株を選出する(S230[図示はしていない])。
【0084】
このようなS210及びS230を所定回数行うことにより、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得ることができる。
【0085】
<選抜工程>
得られた完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの中から、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを選抜する(S300)。選抜の方法としては、特に限定されないが、例えば、定性的PCR法、定量的PCR法を挙げることができ、これらを併せて行うこともできる。
【0086】
(定性的PCR法)
定性的PCR法によれば、完全ヒト抗体産生ハイブリドーマ内におけるEBVゲノムの存否を確認する(S310[図示はしていない])ことができる。
【0087】
PCRにおいて鋳型となるDNAは、培養された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマから、常法に従って、「QIA amp DNA Mini Kit」(キアゲン社製)等を用いて精製できる(S311[図示はしていない])。
【0088】
増幅させて検出する対象としては、特に限定されないが、検出感度を高めるという点で、例えば、BamHI W領域等の繰り返し配列を有する領域が好ましい。例えば、BamHI W領域は、EBVゲノム中、約12回の繰り返し配列となっており、他の領域に比べて、より多量に増幅することができるからである。
【0089】
定性的PCR法においてBamHI W領域を増幅させるためのプライマーとしては、特に限定されないが、例えば、配列表の配列番号1及び2記載のプライマーを挙げることができる。
【0090】
(定量的PCR法)
定量的PCR法によれば、ハイブリドーマ内におけるEBVゲノムの存否及びコピー数を確認する(S320[図示はしていない])ことができる。S311と同様の手順で、PCRにおいて鋳型となるDNAを精製できる(S321[図示はしてない])。増幅させて検出する対象としては、特に限定されないが、例えば、BALF5(DNAポリメラーゼの遺伝子領域)等の構造遺伝子領域が挙げられる。
【0091】
定量的PCR法においてBALF5領域を増幅させるためのプライマーとしては、特に限定されないが、例えば、配列表の配列番号3及び4記載のプライマーを挙げることができ、プローブとしては配列表の配列番号5記載のプローブを挙げることができる。
【0092】
また、単位細胞当たりのコピー数を定量化するための内部標準としては、特に限定されないが、ヒトグリセルアルデヒド―3―リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)やマウスβ―アクチン等の構造遺伝子領域を挙げることができる。
【0093】
なお、定量的PCRを簡便に行うため、「ABI Prism(登録商標) 7000」(アプライドバイオシステムズ社製)等によるReal−Time PCR法を用いることもできる。
【0094】
このようにして作製される、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマは、通常の培地で継代培養することができ、また液体窒素中で長期間保存できる。
【0095】
<モノクローナル抗体>
S300を経て選抜された、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにモノクローナル抗体を産生させる。
【0096】
モノクローナル抗体の産生は、特に限定されないが、例えば、以下の手順からなる。
まず、S300を経て選抜された、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを、HATを除いたHY培地又はIMDM改良培地に接種し、培養する。次いで、培養後の培養上清を回収する。大量培養をするときは、大型培養瓶を用いた回転培養、スピナー培養、あるいはホローファイバーシステムを用いた培養を行うことができる。比較的高純度の目的抗体を培養上清として得ることができる点で、大量培養は有利である。
【0097】
抗体産生ハイブリドーマの培養上清及びマウス等の腹水は、そのまま粗製抗体液として用いることができる。また、これらは常法に従って、硫酸アンミモニウム分画、塩析、ゲル濾過法、イオン交換クロマトグラフィー、プロテインAカラムクロマトグラフィー等のアフィニテイクロマトグラフィー等により精製して、精製抗体とすることもできる。
【0098】
<医薬組成物>
このようにして得られたモノクローナル抗体を有効量含有させ、モノクローナル抗体を有効成分とする医薬組成物を製造することができる。この医薬組成物には、モノクローナル抗体の他に、生理学的に許容され得る希釈剤又はキャリアが含まれていてもよく、他の薬剤(他の抗体、抗生物質等)が含まれていてもよい。キャリアとしては、特に限定されないが、例えば、生理的食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水グルコース液、及び緩衝生理食塩水等の緩衝水溶液を挙げることができる。
【0099】
本発明の医薬組成物は、凍結乾燥(フリーズドライ)させたモノクローナル抗体に前記の緩衝水溶液等を必要時に添加して再構成したものを含んでいてもよい。
【0100】
本発明の医薬組成物は、種々の形態で投与することができ、投与形態としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与、又は、注射剤、点滴剤、坐薬等による非経口投与を挙げることができる。
【0101】
なお、本発明は、上述のモノクローナル抗体又は医薬組成物を用いた疾患の予防方法又は治療方法をも包含するものである。
【実施例】
【0102】
次に、本発明を実施例及び比較例を挙げて説明する。具体的には、破傷風毒素に対する抗体の作製を行った。
【0103】
破傷風毒素のワクチン接種をしたボランティア(ヒト)から末梢血を採取し、破傷風毒素に対する抗体を産生するヒトB細胞を得た。このヒトB細胞に、B95−8を添加することによりEBVを感染させ、形質転換した。
【0104】
次いで、このEBV形質転換ヒトB細胞を、1U/mLのIL−6を添加しつつ、常法に従って限界希釈法により、クローニングした。そして、クローニングされたEBV形質転換ヒトB細胞から、常法に従ってELISA法により、破傷風毒素に対する完全ヒト抗体の産生が確認されたヒトB細胞を選出した。このようにして、破傷風毒素に対する完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換B細胞(5−11F D11)を得た。
【0105】
受託番号がFERM A−20590として寄託されている融合ミエローマ細胞と、5−11F D11と、を各々、ウアバインを含有するIMDM改良培地、BSA、L−グルタミン、及び2−メルカプトエタノールを含有するIMDM改良培地を用いて、融合当日に2×10以上の細胞数を確保した。
【0106】
この融合ミエローマ細胞と、完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を、DMEMでよく洗浄し、FERM A−20590と5−11F D11との細胞数の比が1:5程度になるように混合し、遠心分離した。遠心後の上清を除去し、沈殿した細胞群を十分にほぐした後、撹拌しながら0.6g/mLのPEG(分子量4000)を含む無血清培地1mLを滴下した。次いで、10mLの無血清培地をゆっくりと加えた後、遠心分離した。再び上清を捨て、沈殿した細胞を、ウアバインを含有するHAT培地中に懸濁した。この懸濁物をプレートの各ウェルに分注し、7%炭酸ガスの存在下、適宜6―チオグアニン及びウアバインを含有するHAT培地を補いながら、37℃で2週間程度培養した。
【0107】
このようにして得られた破傷風毒素に対する完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの中から、ELISA法により抗体産生能が高いもの(1C11、2B5、3C7)を選出し、吸光度が比較的高いもの(1C11)を細胞増殖能が高いものとして選出した。
【0108】
[クローニング工程]
(第1回目クローニング)
1C11を、別のプレートに移し、プレートの1ウェルに1個のハイブリドーマが含まれるように希釈して培養する限界希釈法によりクローニングを行った。クローニングされた株の中から、上述と同様の手順で、抗体産生能が高いもの(1D3、1F10、2E3、2E7)を選出し、更に、細胞増殖能が高いもの(2E7)を選出した。
【0109】
(第2回目クローニング)
2E7を用いて第1回目クローニングと同じ手順でクローニングを行い、クローニングされた株の中から、上述と同様の手順で、抗体産生能が高いもの(1F5、2D4、1B4、1G7)を選出し、更に、細胞増殖能が高いもの(1B4、1G7)を選出し、次のクローニングを施すこととした。
【0110】
(第3回目クローニング)
1B4、1G7を用いて第1回目クローニングと同じ手順でクローニングを行い、破傷風毒素に対する特異的抗体を持続的に産生し、且つ、安定に増殖する6株のハイブリドーマ(1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2)を得た。
【0111】
なお、以上説明した各細胞株の関係は、図4に示す通りである。
【0112】
[選抜工程]
1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2の中から、EBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを選抜するため、以下の作業を行った。
【0113】
(定性的PCR法)
これらの6株各々を、10mlのHY培地に接種し、37℃で3日間培養して得られたハイブリドーマ(細胞数5×10)から「QIAamp DNA mini Kit」(キアゲン社製)を用いて精製したDNAを鋳型とし、EBVゲノム内のBamHI W領域を増幅可能なプライマー(配列表の配列番号1及び2記載のプライマー)を用いて、PCRを行った。なお、PCRにおける酵素は「Taq Polymerase(登録商標)」(ロシュ社製)を用い、装置は「Gene Amp PCR System 9600」(PERKIN ELMER社製)を用いた。この結果、これら6株はいずれもEBVゲノムが除去されている(少なくとも、検出限界以下)ことが分かった(図5参照)。
【0114】
(定量的PCR法)
前記の定性的PCR法における手順と同じ手順により精製されたDNAを鋳型とし、EBVゲノム内のBALF5領域を増幅可能なプライマー(配列表の配列番号3及び4記載のプライマー)を用いて、「ABI Prism(登録商標) 7000」(アプライドバイオシステムズ社製)等によるReal−Time PCRを行った。また、プローブとして「QuantiTect(登録商標) Probe PCR Kit」(キアゲン社製)を使用し、内部標準としてヒトグリセルアルデヒド―3―リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)及びマウスβ―アクチンを用いた。その結果、これら6株はいずれもEBVゲノムの単位細胞あたりのコピー数が0又は0に限りなく近く、EBVゲノムが除去されていることが分かった(図6参照)。
【0115】
[完全ヒト抗体の調整]
選抜された1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2の6株を、各々、500mlのHY培地に接種し、スピナーフラスコ内、37℃で培養した(大量培養)。この培養上清から、常法に従って、プロテインAカラムクロマトグラフィーにより各々の抗体を精製することにより、破傷風毒素に対する完全ヒト抗体を得た。
【0116】
<EBVゲノムの除去についての評価>
(定性的PCR法)
1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2及びその作製過程で得られたハイブリドーマ各々について、前述した手順と同じ手順の定性的PCR法により、EBVゲノムの存否を確認した。その結果は、図5の通りであった。
【0117】
図5から、1C11及び2E3を除き、EBVゲノムが、少なくとも検出限界以下にまで、除去されていることが分かった。
【0118】
(定量的PCR法)
1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2及びその作製過程で得られたハイブリドーマ各々について、前述した手順と同じ手順の定性的PCR法により、EBVゲノムの存否を確認した。その結果は、図6の通りであった。
【0119】
図6から、1C11、2E3、1F8を除き、単位細胞当たりのEBVゲノムコピー数が、0もしくは0とほぼ近似できる程度にまで、除去されていることが分かった。
【0120】
<完全ヒト抗体についての評価>
(抗体の精製状態)
1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2の6株各々から精製された抗体を、12%SDSポリアミドゲルに、400ng/ウェル添加し、電気泳動した。電気泳動後、常法に従って、銀染色した結果を図7に示す。
【0121】
図7に示されるように、いずれの株から得た抗体についても、50kDa付近、及び25kDa付近に、各々、抗体の重鎖及び軽鎖に各々相当すると思われる単一のバンドが発見された。このことから、各抗体は、いずれも単一のモノクローナル抗体であることが分かった。
【0122】
(抗原に対する特異的な結合活性)
1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2の6株各々から精製された抗体を1μg/mLから段階的に10倍希釈したものを試料とし、常法に従って、アルカリフォスファターゼ標識抗ヒトIgG+M抗体「AHI1705」(BIOSOURCE社製)を用いて、ELISA法による結合活性の測定、及びウェスタン法による結合特異性の確認を行った。この結果を図8、図9に示す。
【0123】
図8のグラフにおいて、横軸は試料(抗体)濃度、縦軸は破傷風毒素(抗原)に対する抗体の特異的な結合活性を表す。図8に示されるように、破傷風毒素(抗原)に対する抗体の特異的な結合活性が、抗体濃度依存的であった。従って、各々の抗体間で差はあるものの、いずれの抗体も破傷風毒素特異的な結合活性を備えることが分かった。
【0124】
図9Aの左側は、破傷風毒素が、標的細部への結合部位(H鎖)と、毒素活性部位(L鎖)とがジスルフィド結合により結合してなることを表す概略図である。この構造は、破傷風毒素をSDSポリアミドゲル電気泳動法により電気泳動した後の図(図9Aの右側)からも裏付けられる。これを踏まえ、図9Bのウェスタン解析図から、各々の抗体間で差はあるものの、いずれの抗体も破傷風毒素特異的な結合能力があることが分かった。
【0125】
(破傷風毒素の毒性緩和)
破傷風毒素約62LD50と、1C4、1F8、2D3、2F11、1B3、2D2の6株各々から精製された抗体を100μg/mLから段階的に希釈した(30倍希釈、90倍希釈)溶液と、を混合し、室温で30分間放置した。放置後の混合液をddYマウス2匹の右大腿部皮下に400μLずつ投与し、投与後のマウスの生存率の時系列的変化を調べた。この結果を図10に示す。
【0126】
図10に示されるように、破傷風毒素と併せて抗体を投与したことにより、時系列的に、マウス生存率は改善されていた。従って、各々の抗体間で差はあるものの、いずれの抗体も破傷風毒素の毒性緩和能力を備えることが分かった。このことは、本発明で得られる抗体の医薬組成物としての有用性を強く示唆するものである。
【0127】
なお、本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明により得られる、EBV−ハイブリドーマ法を経て作製された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマは、EBVゲノムが除去されているため、安全な完全ヒト抗体を迅速且つ容易に得ることができ、とりわけ医薬品分野において好ましく使用される。
【図面の簡単な説明】
【0129】
【図1】本発明に係る完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法の手順概略を示すフローチャート。
【図2】本発明で用いられる融合ミエローマ細胞の調整手順概略を示すフローチャート。
【図3】本発明で用いられる完全ヒト抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞の調整手順概略を示すフローチャート。
【図4】本発明実施例におけるクローニング工程の手順概略と、各細胞株との関係を示す図。
【図5】本発明実施例における定性的PCR法による解析の結果を示す電気泳動図。
【図6】本発明実施例における定量的PCR法による解析の結果を示す図。
【図7】本発明実施例における各細胞株から得られた抗体を解析した電気泳動図。
【図8】本発明実施例における各細胞株から得られた抗体の抗原への特異的結合活性を示すグラフ。
【図9】破傷風毒素の構造概略図及び破傷風毒素の電気泳動図(A)と、本発明実施例における各細胞株から得られた抗体をウェスタン解析した図(B)。
【図10】本発明実施例における各細胞株から得られた抗体をマウスに投与したときの、マウス生存率の経時的変化を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、エプスタイン・バーウイルス(EBV)ゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞と、ある抗原に対する抗体を産生するEBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合して完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを得る融合工程と、
この完全ヒト抗体産生ハイブリドーマを所定回数クローニングするクローニング工程と、
前記クローニングされた完全抗体産生ハイブリドーマからEBVゲノム陰性細胞株を選抜する選抜工程と、を含むEBVゲノムが除去された完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法。
【請求項2】
前記融合ミエローマ細胞は、受託番号がFERM A−20590である請求項1記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマの作製方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の完全ヒト抗体産生ハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体。
【請求項4】
請求項3記載のモノクローナル抗体を有効成分とする医薬組成物。
【請求項5】
ヒトミエローマ細胞とマウスミエローマ細胞とを細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、エプスタイン・バーウイルス(EBV)ゲノム陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞であって、
EBVゲノムが除去されたハイブリドーマの作製に用いられることを特徴とする融合ミエローマ細胞。
【請求項6】
受託番号がFERM A−20590である請求項5記載の融合ミエローマ細胞。
【請求項7】
ヒトミエローマ細胞及びマウスミエローマ細胞を細胞融合して得られたヘテロハイブリドーマに、ヒトB細胞が更に細胞融合され、エプスタイン・バーウイルス(EBV)陰性であることを指標に選抜されて得られた融合ミエローマ細胞と、EBV形質転換ヒトB細胞と、を細胞融合してハイブリドーマを得る融合工程と、
このハイブリドーマを所定の回数クローニングすることでEBVゲノムを減少させる減少化工程と、を含むEBVゲノムの減少化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図8】
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【図10】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−141(P2007−141A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−143483(P2006−143483)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】