説明

容器用鋼板

【課題】クロメート処理に替わる表面処理を行った場合でも、優れた耐食性を保ちつつ、優れたフィルム密着性および外観特性を示す容器用鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板の少なくとも片面に、金属ジルコニウム量で0.1〜9mg/m2のジルコニウムを含有するジルコニウム皮膜、リン量で0.1〜8mg/m2のリン酸を含有するリン酸皮膜、及び炭素量で0.05〜8mg/m2のフェノール樹脂を含有するフェノール樹脂皮膜から選択された少なくとも2種以上の皮膜を含む化成処理皮膜層を有し、化成処理皮膜表面に占める所定の大きさの粒子の面積比率が0.1〜50%であることを特徴とする、容器用鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、容器用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料用や食品用の容器として、ニッケルめっき鋼板、スズめっき鋼板またはスズ系合金めっき鋼板等の鋼板を製缶した金属容器が多く用いられている。このような金属容器においては、製缶前または製缶後に塗装を行うことが必要であるが、近年、地球環境保全の観点から、廃溶剤等の塗料に起因する廃棄物や炭酸ガス等の排ガスを低減するために、塗装の代わりにフィルムをラミネートすることも多く行われるようになってきている。
【0003】
また、塗装やラミネートフィルムの下地に用いられる容器用鋼板としては、多くの場合、鋼板と塗装またはフィルムとの密着性及び耐食性を確保するために、6価クロム酸塩等を用いたクロメートによる防錆処理を施した鋼板が用いられている(例えば、特許文献1を参照)。さらに、これらのクロメート処理鋼板は、必要に応じて、クロメート処理皮膜の上に有機樹脂からなる被覆層が形成される。
【0004】
ところが、最近では、クロメート処理に用いられる6価クロムは環境上有害であることから、従来から容器用鋼板に施されていたクロメート処理を代替しようとする動きがある。他方、クロメート処理により鋼板表面に形成されたクロメート皮膜は、高度の耐食性及び塗装(またはフィルム)密着性を有するものであるため、このようなクロメート処理を行わない場合には、それらの特性が著しく低下することが予想される。そのため、容器用鋼板の表面にクロメート処理に替わる防錆処理を施し、良好な耐食性及び塗装(またはフィルム)密着性を有する防錆層を形成することが要求されるようになってきており、上記クロメート処理に替わる防錆処理として、以下のような表面処理方法が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献2および3では、鋼板の少なくとも片面に、所定量のジルコニウムを含有するジルコニウム皮膜、所定量のリン酸を含有するリン酸皮膜、及び所定量のフェノール樹脂を含有するフェノール樹脂皮膜から選択された少なくとも2種以上の皮膜を含む化成処理皮膜層を有し、化成処理皮膜層中の任意の粒子が一定値以下の大きさである、容器用鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−239855号公報
【特許文献2】特開2009−1851号公報
【特許文献3】特開2009−1853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、近年、飲料容器市場では、PETボトル、瓶、紙等の素材との品質競争が激化しており、上記の器用鋼板に対しても、より優れた有機樹脂密着性(なかでも、フィルム密着性)を示すことが求められている。特に、缶をネッキング加工した後のネック部分のフィルムは、一般的に剥離しやすいため、厳しい条件下でもその部分で剥離が生じないような容器用鋼板が望まれている。
本発明者らは、特許文献2および3に記載の容器用鋼板を用いて、ネック部分に関するフィルム密着性について検討を行ったところ、昨今求められているレベルには到達しておらず、更なる改良が必要であることを見出した。
【0008】
さらに、消費者の商品の美観に対する意識の高まりから、缶の外観特性に対する要求が一段と厳しくなっている。特に、缶外面の印刷面の印象から、鋼板表面の色は、一般に暗い色調よりも明るい色調が好まれる。
【0009】
そこで、本発明は、上記実情に鑑みて、クロメート処理に替わる表面処理を行った場合でも、優れた耐食性を保ちつつ、優れたフィルム密着性および外観特性を示す容器用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、所定の大きさの粒子を含む化成処理皮膜層を用いることにより、上記課題を解決できることを見出した。
即ち、本発明者らは、上記課題が下記構成により解決されることを見出した。
【0011】
(1) 鋼板の少なくとも片面に、金属ジルコニウム量で0.1〜9mg/m2のジルコニウムを含有するジルコニウム皮膜、リン量で0.1〜8mg/m2のリン酸を含有するリン酸皮膜、及び炭素量で0.05〜8mg/m2のフェノール樹脂を含有するフェノール樹脂皮膜から選択された少なくとも2種以上の皮膜を含む化成処理皮膜層を有し、
化成処理皮膜層中の任意の粒子の一端と他端とを結ぶ線分のうち最大の長さを有する線分である長径の長さをa(nm)、粒子の一端と他端とを結ぶ線分であり長径と直交する線分のうち最大の長さを有する線分である短径の長さをb(nm)としたとき、化成処理皮膜表面に占める(a+b)/2>200(nm)となる粒子の面積比率が0.1〜50%であることを特徴とする、容器用鋼板。
【0012】
(2) 鋼板が、鋼板表面にニッケルめっきまたは鉄−ニッケル合金めっきを施した下地ニッケル層が形成され、下地ニッケル層上に施されたスズめっきの一部と下地ニッケル層の一部または全部とが合金化された島状スズを含むスズめっき層が形成されためっき鋼板である、(1)に記載の容器用鋼板。
(3) 下地ニッケル層は、金属ニッケル量で5mg/m2〜150mg/m2のニッケルを含有し、スズめっき層は、金属スズ量で300mg/m2〜3000mg/m2のスズを含有し、スズめっきの一部と下地ニッケル層の一部または全部との合金化は、溶融溶錫処理により行われる、(2)の記載の容器用鋼板。
【0013】
(4) 鋼板が少なくとも片面にスズめっき層を有し、
スズめっき層上に化成処理皮膜層が設けられる、(1)に記載の容器用鋼板。
(5) スズめっき層は、金属スズ量で100mg/m2〜5600mg/m2のスズを含有する、(4)に記載の容器用鋼板。
【0014】
(6) 鋼板が少なくとも片面に、金属ニッケル量で10mg/m2〜1000mg/m2のニッケルを含有するニッケルめっき層を有し、
ニッケルめっき層上に化成処理皮膜層が設けられる、(1)に記載の容器用鋼板。
【0015】
(7) 化成処理皮膜層が、少なくともジルコニウム皮膜を含む、(1)〜(6)のいずれかに記載の容器用鋼板。
(8) 化成処理皮膜層が、ジルコニウム皮膜、リン酸皮膜、および、フェノール樹脂皮膜を含む、(1)〜(7)のいずれかに記載の容器用鋼板。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、クロメート処理に替わる表面処理を行った場合でも、優れた耐食性を保ちつつ、優れたフィルム密着性および外観特性を示す容器用鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明に係る容器用鋼板について詳述する。
より具体的には、本発明の容器用鋼板は、鋼板の少なくとも片面に、金属ジルコニウム量で0.1〜9mg/m2のジルコニウムを含有するジルコニウム皮膜、リン量で0.1〜8mg/m2のリン酸を含有するリン酸皮膜、及び炭素量で0.05〜8mg/m2のフェノール樹脂を含有するフェノール樹脂皮膜から選択された少なくとも2種以上の皮膜を含む化成処理皮膜層を有する。
まず、容器用鋼板を構成する鋼板および化成処理皮膜層について詳述する。
【0018】
<鋼板>
本発明の容器用鋼板の原板となる鋼板としては、特に規制されるものではなく、通常、容器材料として使用される鋼板を用いることができる。また、この原板の製造方法、材質なども特に規制されるものではなく、通常の鋼片製造工程から熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、調質圧延等の各工程を経て製造され、鋼板表面に化成処理層やめっき層等の金属表面処理層が設けられていてもよい。表面処理層を付与する方法については、特に制限されるものではなく、例えば、電気めっき法、真空蒸着法、スパッタリング法などの公知の方法を用いることができ、拡散層を付与するための加熱処理を組み合わせてもよい。
【0019】
鋼板の表面には、金属表面処理層が設けられていてもよく、容器として求められる耐食性を確保する点で、後述する下地めっき層が設けられることが好ましい。
以下に、本発明で好適に使用できる下地めっき層について詳述する。
【0020】
(下地ニッケル層とスズめっき層の複合めっき層)
第1に、上記下地めっき層の例として、鋼板表面に施された下地ニッケル層と、この下地ニッケル層上に形成された島状スズめっき層とからなる複合めっき層について説明する。
ここでいう下地ニッケル層とは、鋼板の少なくとも片面に形成されるニッケルを含むめっき層であって、金属ニッケルによる金属ニッケルめっき層である場合、または、鉄−ニッケル合金めっきを施した鉄−ニッケル合金めっき層である場合がある。また、島状スズめっき層は、この下地ニッケル層上にスズめっきを施し、溶融溶錫処理により、下地ニッケル層の一部または全部とスズめっき層の一部が合金化することにより形成される合金めっき層であることが好ましい。ただし、ニッケル単独のめっき層上にスズめっきを施し、溶融溶錫処理を行っても、上記のような島状スズが形成しにくいため、下地ニッケル層としては、鉄−ニッケル合金めっき層を用いることが好ましい。
以下、このようなニッケルめっき層及び島状スズめっき層について詳細に説明する。
【0021】
上記のニッケルまたは鉄−ニッケル合金からなる下地ニッケル層は、耐食性を向上させるために形成される。ニッケルは高耐食金属であるため、本発明の容器用鋼板のように、鋼板の表面にニッケルをめっきすることにより、溶融溶錫処理時に形成される鉄及びスズを含む合金層の耐食性を向上させることができる。
【0022】
ニッケルめっきによる合金層の耐食性向上の効果は、めっきされるニッケルの量により定まり、下地ニッケル層中における金属ニッケル量が5mg/m2以上であれば、耐食性向上の効果が顕著に大きくなる。一方、下地ニッケル層中のニッケル量が多くなるほど耐食性向上の効果は増加するが、下地ニッケル層中の金属ニッケル量が150mg/m2を超えると、耐食性向上の効果が飽和するだけでなく、ニッケルは高価な金属であるため、150mg/m2を超える量のニッケルをめっきすることは経済的にも不利となる。したがって、下地ニッケル層中のニッケル量は、5mg/m2〜150mg/m2であることが好ましい。
【0023】
また、拡散めっき法により下地ニッケル層を形成する場合には、鋼板表面にニッケルめっきを施した後で、焼鈍炉において拡散層を形成するための拡散処理が行われるが、この拡散処理の前後または拡散処理と同時に、窒化処理を行ってもよい。窒化処理を行った場合でも、本発明における下地ニッケル層としてのニッケルの効果及び窒化処理層の効果は干渉し合うことはなく、これらの効果を共に奏することができる。
【0024】
ニッケルめっき及び鉄−ニッケル合金めっきの方法としては、例えば、一般的に電気めっき法において行われている公知の方法(例えば、カソード電解法)を利用することができる。
【0025】
上記のニッケルめっきまたは鉄−ニッケルめっきの後に、スズめっきが行われる。なお、本明細書における「スズめっき」とは、金属スズによるめっきだけでなく、金属スズに不可逆的不純物が混入したものや、金属スズに微量元素が添加したものも含む。スズめっきの方法は、特に限定されるわけではなく、例えば、公知の電気めっき法や溶融したスズに鋼板を浸漬してめっきする方法を用いればよい。
【0026】
上記のスズめっきによるスズめっき層は、耐食性と溶接性を向上させるために形成される。スズは、それ自体が高い耐食性を有していることから、金属スズとしても、また、以下で説明する溶融溶錫処理(リフロー処理)によって形成されるスズ合金としても、優れた耐食性および溶接性を発揮することができる。
【0027】
ただし、この場合は、スズめっき層は島状スズを含むように形成される。これは、鋼板の全面がスズでめっきされた場合には、フィルムラミネート、塗料塗布後の熱処理時に融点(232℃)以上に鋼板がさらされる場合があり、スズの溶融、あるいは、スズの酸化により、フィルム密着性が確保できないためである。そのため、スズを島状化し、海部に対応する鉄−ニッケル下地を露出させ(同部は溶融しない)、フィルム密着性を確保している。
【0028】
スズの優れた耐食性は、金属スズ量が300mg/m2以上から顕著に向上し、スズの含有量が多くなるほど、耐食性の向上の度合いも増加する。従って、島状スズを含むスズめっき層における金属スズ量は、300mg/m2以上であることが好ましい。また、耐食性向上効果は、金属スズ量が3000mg/m2を超えると飽和するため、経済的な観点から、スズ含有量は、3000mg/m2以下であることが好ましい。
【0029】
また、電気抵抗の低いスズは軟らかく、溶接時に電極間でスズが加圧されることにより広がり、安定した通電域を確保できることから、特に優れた溶接性を発揮する。この優れた溶接性は、金属スズ量が100mg/m2以上あれば発揮される。また、上記の優れた耐食性を示す金属スズ量の範囲では、この溶接性の向上効果は、飽和することはない。そのため、優れた耐食性および溶接性を確保するためには、金属スズ量を300mg/m2以上3000mg/m2以下とすることが好ましい。
【0030】
上記のようなスズめっきの後に、溶融溶錫処理(リフロー処理)が行われる。溶融溶錫処理を行う目的は、スズを溶融して下地の鋼板や下地金属(例えば、下地ニッケル層)と合金化させ、スズ−鉄合金層またはスズ−鉄−ニッケル合金層を形成させ、合金層の耐食性を向上させるとともに、島状のスズ合金を形成させることにある。この島状のスズ合金は、溶融溶錫処理を適切に制御することで形成することが可能である。
【0031】
(スズめっき層)
第2に、上記下地めっき層の例として、鋼板の少なくとも片面に形成されたスズめっき層(島状スズを含まないスズめっき層)について説明する。
【0032】
スズは、優れた加工性、溶接性および耐食性を有するが、スズめっきのみで十分な耐食性を得るためには、金属スズ量を例えば100mg/m2以上とすることが好ましい。また、金属スズ量が増加するほど耐食性は向上するが、スズめっき単独の場合は、金属スズ量が5600mg/m2を超えると、耐食性向上効果は飽和する。そのため、経済的な観点から、スズめっきを単独で用いる場合には、金属スズ量を5600mg/m2以下とすることが好ましい。また、上記の場合と同様に、スズめっき後に溶融溶錫処理を行なうことにより、鋼板中の鉄と鉄−スズ合金層を形成することができ、また、光沢を付与することが可能となり、かつ耐食性のより一層の向上を図ることが可能となる。
【0033】
また、上記複合めっき層またはスズめっき層は、耐食性向上等の観点からは、鋼板の両面に形成されていることが好ましい。製造コスト削減等の観点から、鋼板の一方の面に耐食性等を向上させる複合めっき層またはスズめっき層以外の表面処理層等が形成されている場合には、複合めっき層またはスズめっき層は、少なくとも鋼板の他方の面に形成されていればよい。このように、鋼板の片面にのみ複合めっき層またはスズめっき層が形成されている容器用鋼板を製缶加工する場合は、例えば、複合めっき層またはスズめっき層が形成されている面が容器内面側となるように加工される。
【0034】
(ニッケルめっき層)
第3に、上記下地めっき層の例として、鋼板の少なくとも片面に形成されたニッケルめっき層について説明する。
ニッケルは高耐食金属であるため、本発明の容器用鋼板のように、鋼板の表面にニッケルをめっきすることにより、耐食性をさらに向上させることができる。また、ニッケルと鉄を合金化させたFe−Ni合金めっき層を設けてもよい。
【0035】
ニッケルめっきによる耐食性向上の効果は、めっきされるニッケルの量により定まり、ニッケルめっき層中のニッケル量が10mg/m2以上であれば、耐食性向上の効果が顕著に大きくなる。ただし、十分な耐食性を確保するためには、ニッケルめっき層中のニッケル量が150mg/m2以上であることが好ましい。
一方、ニッケルめっき層中のニッケル量が多くなるほど耐食性向上の効果は増加するが、ニッケル量が1000mg/m2を超えると、耐食性向上の効果は飽和するだけでなく、ニッケルは高価な金属であるため、1000mg/m2を超える量のニッケルをめっきすることは経済的にも不利となる。
【0036】
なお、本発明におけるニッケルめっき層は、純粋なニッケル金属のみにより形成されているものだけでなく、ニッケル量が10mg/m2〜1000mg/m2の範囲内であればニッケル合金により形成されていてもよい。また、機械的強度を向上させる目的で鋼板に対して窒化処理が施されていてもよく、窒化処理が施された鋼板にニッケルめっき層が形成されていても、鋼板の厚みが薄くなっても潰れ及び変形が生じにくくなる等の窒化処理により得られる効果は低減しない。
【0037】
また、上記ニッケルめっき層を形成した後に、拡散層を付与するための加熱処理を行ってもよく、さらに、例えば、拡散めっき法によりニッケルめっき層を形成する場合には、鋼板表面にニッケルめっきを施した後で、焼鈍炉において拡散層を形成するための拡散処理が行われるが、この拡散処理の前後または拡散処理と同時に、窒化処理を行ってもよい。
【0038】
また、上記ニッケルめっき層は、耐食性向上の観点からは、鋼板の両面に形成されていることが好ましいが、製造コスト削減等の観点から、鋼板の一方の面に耐食性を向上させるニッケルめっき以外の表面処理等が施されている場合には、ニッケルめっき層は、少なくとも鋼板の他方の面に形成されていればよい。このように、鋼板の片面にのみニッケルめっき層が形成されている容器用鋼板を製缶加工する場合は、例えば、ニッケルめっき層が形成されている面が容器内面側となるように加工される。
【0039】
(各成分の測定方法について)
上記Niめっき層中の金属Ni量およびSnめっき層中の金属Sn量は、例えば、蛍光X線法によって測定することができる。この場合、金属Ni量既知のNi付着量サンプルを用いて、金属Ni量に関する検量線をあらかじめ特定しておき、同検量線を用いて相対的に金属Ni量を特定する。金属Sn量についても同様に、金属Sn量既知のSn付着量サンプルを用いて、金属Sn量に関する検量線をあらかじめ特定しておき、同検量線を用いて相対的に金属Sn量を特定する。
【0040】
<化成処理皮膜層>
上記鋼板上に、化成処理皮膜層が形成される。化成処理皮膜層は、ジルコニウム皮膜、リン酸皮膜およびフェノール樹脂皮膜のうちの少なくともいずれか2種の皮膜を含む。以下、本発明に係る化成処理皮膜層について詳細に説明する。
【0041】
化成処理皮膜層が、Zr成分、リン酸成分、およびフェノール樹脂成分のうちの少なくとも2種以上の成分を有する皮膜として形成された場合、優れた実用性能を発揮できる。また、リン酸成分およびフェノール樹脂成分のうちの少なくとも一つと、Zr成分とを有する皮膜とすることにより、実用性能のうち、特に、耐食性及び密着性をさらに向上させることができる。さらに、化成処理皮膜層をZr成分とリン酸成分とフェノール樹脂成分が複合した複合皮膜とすることで、より優れた密着性を発揮することが可能である。特に、皮膜量が少ない範囲においては各々の特性を補完しあうため、Zr皮膜、リン酸皮膜、フェノール樹脂皮膜の3種類を複合した皮膜がより性能が安定して発揮される。
【0042】
(化成処理皮膜層中の粒子の大きさ)
本発明の容器用鋼板は、上述したように、鋼板の少なくとも片面に化成処理皮膜層を有している。
この化成処理皮膜層中に含まれる粒子(例えば、化成処理皮膜層がZr成分を含む皮膜である場合は、酸化ジルコニウム、リン酸ジルコニウム等のジルコニウム化合物の粒子)について、任意に選択した粒子の大きさが、その粒子の一端a1と他端a2を結ぶ線分のうち最大の長さを有する線分(以下、「長径」という。)の長さをa(nm)、粒子の一端b1と他端b2を結ぶ線分であり長径と直交する線分のうち最大の長さを有する線分(以下、「短径」という。)の長さをb(nm)としたとき、化成処理皮膜表面に占める[(a+b)/2]>200(nm)の粒子(以後、適宜粒子Aとも称する)の面積比率が0.1〜50%となることが必要である。
【0043】
化成処理皮膜表面を占める粒子Aの面積比率が0.1〜50%であると、得られる容器用鋼板がより優れたフィルム密着性を示すと共に、優れた外観特性を示す。粒子Aの面積比率が0.1%未満であると、容器用鋼板の有機樹脂密着性が劣る。粒子Aの面積比率が50%超であると、粒子による可視光の散乱または吸収の効果により鋼板表面の色調が暗くなるため、容器用鋼板の外観特性が悪化する。
なかでも、得られる鋼板のフィルム密着性と色調のバランスの観点から、粒子Aの面積比率は1〜20%がより好ましく、1〜10%がより好ましい。
【0044】
粒子Aの[(a+b)/2]の上限値としては、得られる鋼板の外観特性、有機樹脂密着性の点より、1000nm以下が好ましく、450nm以下であることがより好ましい。上記範囲を超える粒子Aの面積率が50%を超えると、色調が暗くなるため好ましくない。
また、粒子サイズが大きくなるほど粒子自身の強度が低下するため、皮膜内の凝集破壊が生じやすくなる。そのため、得られる容器用鋼板の有機樹脂密着性がより優れる点で、粒子Aの[(a+b)/2]は、200〜300nmであることが好ましい。
また、[(a+b)/2]が200(nm)超である粒子構造を有するジルコニウム皮膜は、詳しくは後述するように、20℃〜50℃という温度条件で陰極電解処理を行うことことにより得ることができるが、本願発明における長径aの値や短径bの値は、このように電解処理して得た容器用鋼板の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察することにより測定することができる。なお、SEMの倍率は30000倍程度とすることが好ましい。具体的には、例えば、容器用鋼板表面のSEM写真上で選択した任意の粒子(目視にて大きさが最大の粒子を含むようにする)の長径a及び短径bを測定し、SEM写真の倍率から換算することにより、長径a及び短径bの実際の値を得ることができる。
【0045】
(ジルコニウム皮膜)
本発明の化成処理皮膜層に含まれるジルコニウム皮膜は、耐食性と有機樹脂との密着性(以下、「有機樹脂密着性」という。)を確保するために形成される。
ジルコニウム皮膜は、例えば、酸化ジルコニウム、水酸化ジルコニウム、フッ化ジルコニウム、リン酸ジルコニウム等の1種のジルコニウム化合物からなる皮膜、または、これら2種以上のジルコニウム化合物からなる複合皮膜として形成される。
このようなジルコニウム皮膜は優れた耐食性と有機樹脂密着性を有しているが、本発明者らは、この理由を以下のように考えている。すなわち、耐食性については、ジルコニウム皮膜は、ポリマー状のジルコニウム錯体による三次元架橋体を形成し、この架橋体が有するバリア性により耐食性を発揮するものと考えられる。また、密着性については、ジルコニウム皮膜の内部に存在する水酸基、あるいはリン酸基の水酸基と、鋼板等の金属表面に存在する水酸基とが脱水縮合することで、酸素原子を介して金属表面とジルコニウム皮膜とが共有結合することにより、密着性を発揮するものと考えられる。
【0046】
具体的には、ジルコニウム皮膜の付着量が金属ジルコニウム量に換算して0.1mg/m2以上となると、実用上問題ないレベルの耐食性と有機樹脂密着性が確保される。一方、ジルコニウム皮膜の付着量の増加に伴い、耐食性及び有機樹脂密着性の向上効果も増加するが、ジルコニウム皮膜の付着量が金属ジルコニウム量に換算して9mg/m2を超えると、ジルコニウム皮膜が厚くなりすぎるため、加工時等に凝集破壊の原因ともなり、ジルコニウム皮膜自体の密着性、また、フィルムとの密着性が低下するとともに、電気抵抗が上昇して溶接性が低下する。また、ジルコニウム皮膜の付着量が金属ジルコニウム量で9mg/m2を超えると、皮膜の付着ムラが外観ムラとなって発現することがあり、また、電解処理後の洗浄工程で、析出したものの付着が不十分な皮膜は洗い流されてしまう(剥離してしまう)場合がある。
従って、本発明の容器用鋼板においては、ジルコニウム皮膜の付着量は、金属ジルコニウム量で0.1mg/m2〜9mg/m2とする必要がある。好ましくは、ジルコニウム皮膜の付着量は、金属ジルコニウム量で1mg/m2〜8mg/m2である。ジルコニウム皮膜の付着量を1mg/m2〜8mg/m2の範囲とすることにより、レトルト後の耐食性が確保できるとともに、微細な付着ムラを低減することができる。
【0047】
(リン酸皮膜)
また、上記化成処理皮膜層に含まれるリン酸皮膜は、耐食性と有機樹脂密着性を確保するために形成される。リン酸皮膜は、例えば、下地(鋼板、ニッケルめっき層、スズめっき層、ジルコニウム皮膜、フェノール樹脂皮膜)と反応して形成されるリン酸鉄、リン酸ニッケル、リン酸スズ、リン酸ジルコニウム、リン酸フェノール等の1種のリン酸化合物からなる皮膜、または、これら2種以上のリン酸化合物からなる複合皮膜として形成される。このようなリン酸皮膜は優れた耐食性と有機樹脂密着性を有しているが、本発明者らは、この理由を、リン酸イオンが種々の金属イオンと錯体化し、上述したように三次元架橋体皮膜を形成すること、また、鉄、ニッケル等の金属イオンが溶出(腐食の第一段階)しても、リン酸塩化合物を形成することにより金属イオンが不溶化し、さらなる腐食を低減させる効果を有すること、によるものと考えている。
【0048】
具体的には、リン酸皮膜の付着量がリン量に換算して0.1mg/m2以上となると、実用上問題ないレベルの耐食性と有機樹脂密着性が確保される。一方、リン酸皮膜の付着量の増加に伴い、耐食性及び有機樹脂密着性の向上効果も増加するが、リン酸皮膜の付着量がリン量に換算して8mg/m2を超えると、リン酸皮膜が厚くなりすぎるため、加工時等に凝集破壊の原因ともなり、リン酸皮膜自体の密着性、また、フィルムとの密着性が低下するとともに、電気抵抗が上昇して溶接性が低下する。また、リン酸皮膜の付着量がリン量で8mg/m2を超えると、皮膜の付着ムラが外観ムラとなって発現することがあり、さらに、電解処理後の洗浄工程で、析出したものの付着が不十分な皮膜は洗い流されてしまう(剥離してしまう)場合がある。
従って、本発明の容器用鋼板においては、リン酸皮膜の付着量は、リン量で0.1mg/m2〜8mg/m2とする必要がある。好ましくは、リン酸皮膜の付着量は、リン量で1mg/m2〜6mg/m2である。リン酸皮膜の付着量を1mg/m2〜6mg/m2の範囲とすることにより、レトルト後の耐食性が確保できるとともに、微細な付着ムラを低減することができる。
【0049】
(フェノール樹脂皮膜)
また、上記化成処理皮膜層は、上述したように、フェノール樹脂成分を含むフェノール樹脂皮膜を含んでいてもよい。
【0050】
フェノール樹脂皮膜は、有機樹脂密着性を確保するために形成される。フェノール樹脂自体が有機物であることから、有機物を原料とするラミネートフィルムと非常に優れた密着性を有している。
【0051】
表面処理層が大きく変形するような加工を受ける場合、表面処理層自体がその加工により凝集破壊され、密着性が劣化する場合があるが、フェノール樹脂は、ジルコニウム皮膜やリン酸皮膜が含まれる場合には、これらの皮膜の加工密着性を著しく向上させる効果を有している。
【0052】
具体的には、フェノール樹脂皮膜の付着量が炭素量に換算して0.05mg/m2以上となると、実用上問題ないレベルの有機樹脂密着性が確保される。一方、フェノール樹脂皮膜の付着量の増加に伴い、有機樹脂密着性の向上効果も増加するが、フェノール樹脂皮膜の付着量が炭素量に換算して8mg/m2を超えると、フェノール樹脂皮膜が厚くなりすぎるため、フェノール樹脂皮膜自体の密着性が低下するとともに、電気抵抗が上昇して溶接性が低下する。また、フェノール樹脂皮膜の付着量が炭素量で8mg/m2を超えると、皮膜の付着ムラが外観ムラとなって発現することがあり、さらに、電解処理後の洗浄工程で、析出したものの付着が不十分な皮膜は洗い流されてしまう(剥離してしまう)場合がある。
従って、本発明の容器用鋼板においては、フェノール樹脂皮膜の付着量は、炭素量で0.05mg/m2〜8mg/m2とする必要がある。好ましくは、フェノール樹脂皮膜の付着量は、炭素量で0.1mg/m2〜6mg/m2である。フェノール樹脂皮膜の付着量を0.1mg/m2〜6mg/m2の範囲とすることにより、微細な付着ムラ(付着による黄変)を低減することができ、かつ、上記フェノール添加効果を充分に発揮することができる。
【0053】
(化成処理皮膜層中の各成分の含有量の測定方法)
本発明に係る化成処理皮膜層中に含有される金属ジルコニウム量、リン量は、例えば、蛍光X線分析等の定量分析法により測定することが可能である。また、化成処理皮膜層中の炭素量は、例えば、ガスクロマトグラフィによる全炭素量測定法により測定した値から、鋼板中に含まれる炭素量をバックグラウンドとして差し引くことにより求めることが可能である。
【0054】
以上のように、本発明の容器用鋼板は、上述しためっき鋼板の少なくとも片面に、ジルコニウム皮膜、リン酸皮膜及びフェノール樹脂皮膜のうちの少なくとも2種以上を含む化成処理皮膜層が形成されていることにより、優れたフィルム密着性を有することができる。また、上記化成処理皮膜層が、少なくともジルコニウム皮膜を含むことにより、耐食性及びフィルム密着性をさらに向上させることができる。さらに、上記化成処理皮膜層が、ジルコニウム皮膜、リン酸皮膜及びフェノール樹脂皮膜のすべてを含むことにより、フィルム密着性を顕著に向上させることができる。
【0055】
[本発明に係る容器用鋼板の製造方法]
以上、本発明に係る容器用鋼板の構成について説明したが、次に、かかる容器用鋼板を得るための製造方法について詳細に説明する。
【0056】
まず、本発明に係る化成処理皮膜層の形成方法を説明するに先立ち、上述した、鋼板またはニッケル系のめっきが施されためっき鋼板にスズめっきが施された後に行われる、溶融溶錫処理の方法について簡単に説明する。
【0057】
溶融溶錫処理は、リフロー処理とも呼ばれ、Snめっき後に、Snの融点である232℃以上に温度を上げることで表面のSnを溶融し、表面光沢を出すために行われる。また、溶融溶錫処理を行うことで、表面のSnを溶融し、下地鋼板や下地金属と合金化させてSn−Fe合金層またはSn−Fe−Ni合金層を形成させることで、合金層の耐食性を向上させる。また、この溶融溶錫処理を適切に制御することで、島状Snを形成させることが可能である。これにより、金属Snの存在しない有機樹脂密着性の優れたFe−Ni合金めっき層またはFe−Ni−Sn合金めっき層が露出するめっき構造を有する鋼板を製造することができる。
【0058】
溶融溶錫処理は、数秒(例えば、10秒以内)でSnの融点である232℃以上、好ましくは240℃程度に可能な限り均一に昇温加熱し、金属光沢が得られ次第、冷水等で室温付近(例えば、50℃程度)まで急速冷却することで行われる。
【0059】
<容器用鋼板の製造方法>
本発明の容器用鋼板の製造方法は、鋼板の少なくとも片面に上述したような下地めっき層が形成されためっき鋼板に対して低温陰極電解処理を行い、上記下地めっき層上に、上述したような化成処理皮膜層を形成するものである。このような化成処理皮膜を形成する方法としては、例えば、ジルコニウムイオンやリン酸イオンや低分子のフェノール樹脂等を溶解させた酸性溶液中に鋼板を浸漬する方法や、このような酸性溶液を用いて陰極電解処理を行う方法などがある。
【0060】
ここで、上記浸漬による処理方法では、化成処理皮膜層の下地となる鋼板や、鋼板表面に形成されためっき層がエッチングされ、各種の皮膜が形成されることとなるため、化成処理皮膜層の付着量が不均一となり、また、化成処理皮膜層の形成に要する処理時間も長くなるため、工業的には不利である。
【0061】
一方、陰極電解処理による方法では、強制的な電荷移動及び鋼板界面における水素発生による表面清浄化と、水素イオン濃度(pH)の上昇による付着促進効果も相俟って、均一な皮膜が数秒程度(実際には0.01秒程度の場合も有る)の短時間処理により形成され得ることから、工業的には極めて有利である。従って、本発明の容器用鋼板の製造方法においては、陰極電解処理により化成処理皮膜層を形成することが好ましい。
【0062】
(陰極電解処理に用いる化成処理液の成分)
陰極電解処理により上記化成処理皮膜層を形成するためには、上述した化成処理皮膜層に含まれるジルコニウム皮膜、リン酸皮膜、フェノール樹脂皮膜のうちの形成したい皮膜の種類に応じて、電解処理に用いる化成処理液中の成分を決めることが必要である。具体的には、ジルコニウム皮膜のみを含む化成処理皮膜層を形成したい場合には、化成処理液として、酸性溶液中にジルコニウムイオンを100質量ppm〜7500質量ppm含有させたものを用いればよく、ジルコニウム皮膜及びリン酸皮膜を含む化成処理皮膜層を形成したい場合には、化成処理液として、酸性溶液中にジルコニウムイオンを100質量ppm〜7500質量ppmとリン酸イオンを50質量ppm〜5000質量ppm含有させたものを用いればよく、ジルコニウム皮膜、リン酸皮膜及びフェノール樹脂皮膜を含む化成処理皮膜層を形成したい場合には、化成処理液として、酸性溶液中にジルコニウムイオンを100質量ppm〜7500質量ppmとリン酸イオンを50質量ppm〜5000質量ppmと質量平均分子量が5000程度である低分子量のフェノール樹脂を10質量ppm〜1500質量ppm含有させたものを用いればよい。
【0063】
なお、上記陰極電解処理の化成処理液として使用する酸性溶液中にタンニン酸を添加しても良い。このように処理液中にタンニン酸を添加することにより、タンニン酸が鋼板表面の鉄原子と結合し、鋼板表面にタンニン酸鉄の皮膜が形成され、耐錆性や密着性を向上させることができる。従って、耐錆性や密着性が重視される用途に本発明の容器用鋼板を使用する場合には、必要に応じて、タンニン酸を添加した酸性溶液中で化成処理皮膜層の形成を行ってもよい。
【0064】
また、本発明に係る化成処理皮膜層の形成に用いられる酸性溶液の溶媒としては、例えば、蒸留水等を使用することができる。上記酸性溶液の溶媒は、これに限定されず、溶解する材料や形成方法及び化成処理皮膜層の形成条件等に応じて、適宜選択することが可能である。但し、安定的な各成分の付着量安定性に基づく工業生産性、コスト、環境面から蒸留水を用いることが好ましい。
【0065】
また、本発明の化成処理層の形成に用いられる化成処理液においては、例えば、H2ZrF6のようなZr錯体をZrの供給源として使用することが可能である。上記のようなZr錯体中のZrは、カソード電極界面におけるpHの上昇により加水分解反応にてZr4+となって化成溶液中に存在することとなる。このようなZrイオンは、化成処理液中で更に速やかに反応し、ZrO2やZr3(PO44、Zr(HPO32等といった化合物となって、金属表面に存在する水酸基(−OH)と脱水縮合反応等にてZr皮膜を形成することが可能となる。また、化成処理液にフェノール樹脂を添加するに際しては、例えば、フェノール樹脂をアミノアルコール変性させることで、水溶性を持たせてもよい。さらに、化成処理液のpHを調整するために、例えば硝酸、アンモニア等を添加してもよい。
【0066】
(陰極電解処理の処理条件)
本発明の化成処理皮膜層を形成するための陰極電解処理は、化成処理液の温度(浴温)が20℃〜50℃という条件下で、通電、無通電を繰り返すことで断続的に行われることが好ましい。なかでも、40〜50℃の条件が好ましい。
【0067】
また、上記陰極電解処理は、0.01A/dm2〜20A/dm2の電解電流密度で行われることが好ましい。なかでも、得られる鋼板のフィルム密着性がより優れる点で、0.5〜10A/dm2が好ましい。電解電流密度が0.01A/dm2未満の場合には、皮膜付着量の低下を招くとともに、安定的な皮膜の形成が困難となり、さらに長電解処理時間が必要となる場合があり生産性を低下させ、耐食性や塗装密着性等が低下する場合がある。一方、電解電流密度が20A/dm2を超える場合には、皮膜付着量が所要量を超え、かつ、飽和することとなり、場合によっては、電解化成処理後の水洗等による洗浄工程で付着が不十分な皮膜が洗い流される(剥離する)など、経済的ではない。また、電解処理時に化成処理液の温度の上昇を招き、上述した低温陰極電解処理の温度条件を維持するために化成処理液の冷却が必要となる場合がある。
【0068】
また、上記陰極電解処理は2回ないし、好ましくは4回以上の断続的通電で、0.5秒〜10秒の合計通電時間で行われることが好ましい。所望の粒径の粒状析出物は1回の連続的な通電では形成しがたく、電解時に無通電時間をはさんで断続的に電解することが有効であり、最低2回、好ましくは4回以上の断続的な通電により、安定的に形成することができる。これは粒状析出物の析出サイトは無通電時間帯に形成されると考えられるためである。無通電時間としては、0.1〜2秒が好ましい。
通電する時間が合計で0.5秒未満の場合には、粒状析出物の成長が起こりにくく、目標の粒径分布の皮膜の形成が困難となる。一方、通電時間が10秒を超える場合には、皮膜付着量が所要量を超え、かつ、付着量が飽和してしまうこととなり、場合によっては、電解化成処理後の水洗等による洗浄工程で付着が不十分な皮膜が洗い流される(剥離する)など、経済的ではなく、また、化成処理液の温度の上昇を招き、上述した低温陰極電解処理の温度条件を維持するために化成処理液の冷却という余分な処理が必要となる場合がある。
【0069】
上記のような電解電流密度、通電回数、及び通電時間で陰極電解処理を行うことにより、鋼板表面に適切な付着量の皮膜を形成することができる。
【実施例】
【0070】
次に、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、下記の実施例にのみ限定されるものではない。
【0071】
<鋼板の作製>
まず、以下に示す方法で、化成処理皮膜層を形成させる鋼板を作製した。
(A1:Niめっき層およびSnめっき層を有する鋼板の製造方法)
冷間圧延後、焼鈍及び調圧された厚さが0.17〜0.23mmの鋼基材(鋼板)を、脱脂及び酸洗した後、ワット浴を用いてNiめっきを施し、引き続き、フェロスタン浴を用いてSnめっきを施し、その後、溶融溶錫処理を行い、Sn合金層を有するNi、Snめっき鋼板を作製した。
【0072】
(A2:Snめっき層を有する鋼板の製造方法)
冷間圧延後、焼鈍及び調圧した厚さが0.17〜0.23mmの鋼基材(鋼板)を、脱脂及び酸洗した後、フェロスタン浴を用いてSnめっきを施し、その後、溶融溶錫処理を行い、Sn合金層を有する複合めっき鋼板を作製した。
【0073】
(A3:A1のSnめっき層をさらに合金化した鋼板の製造方法)
冷間圧延後、厚さが0.17〜0.23mmの鋼基材(鋼板)を、脱脂及び酸洗した後、ワット浴を用いてNiめっきを施し、焼鈍時にNi拡散層を形成させ、脱脂、酸洗後、フェロスタン浴を用いてSnめっきを施し、その後、溶融溶錫処理を行い、Sn合金層を有するNi、Snめっき鋼板を作製した。
【0074】
(A4:Niめっき層が存在する鋼板の製造方法)
冷間圧延後、焼鈍及び調圧した厚さが0.17〜0.23mmの鋼基材(鋼板)を、脱脂及び酸洗した後、その両面に、ワット浴を使用してNiめっきを施し、Niめっき鋼板を作製した(A4)。
【0075】
なお、上記の(A1)〜(A4)について、金属ニッケルおよび金属スズの付着量の最低値、最適値および最高値は、それぞれ以下の表1の通りである。
【0076】
【表1】

【0077】
次に、上述した(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板の表面(両面)に、以下に示す方法で、(B1)Zr皮膜、リン酸皮膜およびフェノール樹脂皮膜、(B2)リン酸皮膜およびフェノール樹脂皮膜、(B3)Zr皮膜およびリン酸皮膜、(B4)Zr皮膜およびフェノール樹脂皮膜を形成した。さらに、電解処理液中にタンニン酸を添加して、Zr皮膜およびリン酸皮膜からなる化成処理皮膜層を形成した(B5)。
【0078】
(B1)蒸留水にフッ化Zr、リン酸及びフェノール樹脂を溶解させた処理液中に、上記(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板を浸漬して陰極電解処理した後、水洗して乾燥させた。
【0079】
(B2)蒸留水にフッ化Zr及びリン酸を溶解させた処理液中に、上記(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板を浸漬して陰極電解処理した後、水洗して乾燥させた。
【0080】
(B3)蒸留水にリン酸及びフェノール樹脂を溶解させた処理液中に、上記(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板を浸漬して陰極電解処理した後、水洗して乾燥させた。
【0081】
(B4)蒸留水にフッ化Zr及びフェノール樹脂を溶解させた処理液中に、上記(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板を浸漬して陰極電解処理した後、水洗して乾燥させた。
【0082】
(B5)蒸留水にフッ化Zr、リン酸及びタンニン酸を溶解させた処理液中に、上記(A1)〜(A4)の方法で作製した鋼板を浸漬して陰極電解処理した後、水洗して乾燥させた。
【0083】
なお、上記の(B1)〜(B5)で用いた化成処理液の成分は、それぞれ以下の表2の通りである。
【0084】
【表2】

【0085】
上述の方法で作製した各容器用鋼板について、化成処理皮膜層中の金属Zr量、P量を、蛍光X線を用いた定量分析法により測定した。また、化成処理皮膜層中の炭素量は、ガスクロマトグラフィによる全炭素量測定法により測定した値から、鋼板中に含まれる炭素量をバックグラウンドとして差し引くことにより求めた。
【0086】
<性能評価方法>
次に、上述の方法で作製した各容器用鋼板を試験材とし、これら実施例及び比較例の試験材について、フィルム密着性、外観、耐食性の各性能を評価した。以下、その具体的な評価方法及び評価基準について説明する。
【0087】
(1)フィルム密着性
実施例及び比較例の各試験材の両面に、厚さが20μmのPETフィルムを200℃でラミネートした後、絞りしごき加工を行って缶体を作製し、この缶体に対してネッキング加工を施し、この缶体をさらに水没させて130℃で60分間のレトルト処理を行い、缶のネック部分のフィルムの剥離状況で評価した。
その結果、剥離が全くなかったものを◎、実用上問題が無い程度の極僅かな剥離が生じていたものを○、部分的に剥離が生じて実用上問題があるものを△、大部分で剥離が生じていたものを×とした。結果を表3にまとめて示す。
実用上、「○」「◎」であることが必要である。
【0088】
(2)外観
実施例及び比較例の各試験材を目視で観察し、実用上十分に明るい色調で、化成処理皮膜層に黒色のムラが全くなかったものを◎、実用上問題がない程度の明るさで、極僅かな黒色のムラがあったものを○、僅かな黒色ムラが発生し、実用上問題がある暗さを呈するものを△、著しく暗く、黒色のムラが発生していたものを×とした。結果を表3にまとめて示す。
実用上、「○」「◎」であることが必要である。
【0089】
以上の結果を下記表3に示す。なお、下記表3には、実施例及び比較例の各試験材におけるめっき層量及び各皮膜の付着量も併せて示す。また、下記表3に示すNi量、Sn量は蛍光X線測定法により求めた値であり、各皮膜の付着量は、Zr皮膜量(Zr量)及びリン酸皮膜量(P量)については蛍光X線での定量分析により求めた値であり、フェノール樹脂皮膜量(C量)についてはガスクロマトグラフィによる全炭素量測定法(鋼中に含まれるC量はバックグラウンドとして差し引いた)により求めた値である。
なお、通電を複数回行う場合の無通電時間は、0.5秒であった。
【0090】
また、処理表面をSEM観察し、任意の粒子の一端と他端とを結ぶ線分のうち最大の長さを有する線分である長径の長さをa(nm)、粒子の一端と他端とを結ぶ線分であり長径と直交する線分のうち最大の長さを有する線分である短径の長さをb(nm)とし、本実施例に含まれる皮膜中の粒子の粒子径(nm)として、{(a+b)/2}(nm)の値を求めた。
また、SEM観察写真(10μm×10μm)より、化成処理皮膜層表面における{(a+b)/2}>200nmの粒子が占める面積比率を求めた。
なお、後述する各実施例における{(a+b)/2}の最大値は、1000nm以下であり、特に、粒子Aの面積率が20%以下の実施例においては{(a+b)/2}の最大値は450nmであった。
【0091】
(3)耐食性
実施例の各試験材の一方の面に、エポキシ−フェノール樹脂を塗布した後、200℃の温度条件下で30分間保持することにより焼付を行った。そして、この樹脂を塗布した部分に鋼基材に達する深さのクロスカットを入れたものを、クエン酸(1.5質量%)−食塩(1.5質量%)の混合液からなる試験液に、45℃の温度条件下で72時間浸漬し、洗浄及び乾燥した後、テープ剥離試験を行い、クロスカット部における塗膜(エポキシ−フェノール樹脂膜)の下の腐食状況及び平板部の腐食状況で評価した。
その結果、各実施例においては、塗膜の下で腐食が認められず、優れた耐食性を有することが確認された。
【0092】
【表3】

【0093】
【表4】

【0094】
【表5】

【0095】
【表6】

【0096】
【表7】

【0097】
なお、比較例6では、電解処理ではなく、浸漬処理によって、化成処理皮膜層の形成を行った。
【0098】
上記表3に示すように、Zr付着量、P付着量、C付着量及び所定の大きさを有する粒子の面積率が本発明の範囲内に属する実施例1〜41については、優れたフィルム密着性および外観特性を示した。なお、上述した耐食性に関しても、優れていた。
特に、鋼板の処理法がA1、A3およびA4においては、面積率が1〜20%にて、より優れたフィルム密着性を示した。また、面積率が10%以下の場合は、より優れた外観特性を示した。
【0099】
一方、特許文献1の実施例1、8、34、50、および52にそれぞれ該当する比較例1〜5においては、フィルム密着性に劣っていた。
また、比較例6〜13に示すように、Zr付着量、P付着量、C付着量、及び、所定の大きさを有する粒子の面積率が本発明の範囲外の場合、フィルム密着性または外観特性に劣っていた。
【0100】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に規制されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の少なくとも片面に、金属ジルコニウム量で0.1〜9mg/m2のジルコニウムを含有するジルコニウム皮膜、リン量で0.1〜8mg/m2のリン酸を含有するリン酸皮膜、及び炭素量で0.05〜8mg/m2のフェノール樹脂を含有するフェノール樹脂皮膜から選択された少なくとも2種以上の皮膜を含む化成処理皮膜層を有し、
前記化成処理皮膜層中の任意の粒子の一端と他端とを結ぶ線分のうち最大の長さを有する線分である長径の長さをa(nm)、前記粒子の一端と他端とを結ぶ線分であり前記長径と直交する線分のうち最大の長さを有する線分である短径の長さをb(nm)としたとき、化成処理皮膜表面に占める{(a+b)/2}>200(nm)となる粒子の面積比率が0.1〜50%であることを特徴とする、容器用鋼板。
【請求項2】
前記鋼板が、鋼板表面にニッケルめっきまたは鉄−ニッケル合金めっきを施した下地ニッケル層が形成され、前記下地ニッケル層上に施されたスズめっきの一部と前記下地ニッケル層の一部または全部とが合金化された島状スズを含むスズめっき層が形成されためっき鋼板である、請求項1に記載の容器用鋼板。
【請求項3】
前記下地ニッケル層は、金属ニッケル量で5mg/m2〜150mg/m2のニッケルを含有し、前記スズめっき層は、金属スズ量で300mg/m2〜3000mg/m2のスズを含有し、前記スズめっきの一部と前記下地ニッケル層の一部または全部との合金化は、溶融溶錫処理により行われる、請求項2の記載の容器用鋼板。
【請求項4】
前記鋼板が少なくとも片面にスズめっき層を有し、
前記スズめっき層上に前記化成処理皮膜層が設けられる、請求項1に記載の容器用鋼板。
【請求項5】
前記スズめっき層は、金属スズ量で100mg/m2〜5600mg/m2のスズを含有する、請求項4に記載の容器用鋼板。
【請求項6】
前記鋼板が少なくとも片面に、金属ニッケル量で10mg/m2〜1000mg/m2のニッケルを含有するニッケルめっき層を有し、
前記ニッケルめっき層上に前記化成処理皮膜層が設けられる、請求項1に記載の容器用鋼板。
【請求項7】
前記化成処理皮膜層が、少なくとも前記ジルコニウム皮膜を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の容器用鋼板。
【請求項8】
前記化成処理皮膜層が、前記ジルコニウム皮膜、前記リン酸皮膜、および、前記フェノール樹脂皮膜を含む、請求項1〜7のいずれかに記載の容器用鋼板。

【公開番号】特開2012−62519(P2012−62519A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207343(P2010−207343)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】