説明

密封装置

【課題】スリンガに固着される固着部材を強固に接着しつつ、回転トルクの低減化を図ることができる密封装置を提供するものである。
【解決手段】
スリンガ7と芯金80とを組合わせて固定側部材(4)と回転側部材(3、33)との間に密封するように構成される密封装置6であって、回転側部材に嵌合固着されるスリンガは、回転側部材に嵌合される嵌合円筒部71と、該嵌合円筒部の被密封部位Sに対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部72と、該鍔状部に固着された回転側固着部材(70、11)とを備え、
前記スリンガの全面に接着剤を塗布して接着剤層75を形成し、前記固着部材を前記スリンガに貼着一体とした後、前記スリンガの前記シールリップとの摺接面73に形成された前記接着剤層を除去する処理を施したことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車輪懸架部における軸受ユニット等のように、固定側部材と回転側部材との間を密封することが必要とされる部位に介装される密封装置に関し、詳しくは回転側部材に嵌合固着されるスリンガと、固定側部材に嵌合固着される芯金と、前記芯金に固着され前記スリンガに弾性摺接する弾性シール部材とが組合わさって、前記固定側部材と前記回転側部材との間を密封するよう構成された密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車などの車両の車輪懸架部における軸受ユニット等の固定側部材と回転側部材との間に介装され、水、塵埃の浸入を防止する密封装置が知られている。
昨今は車両の低燃費化を図るための対策が種々講じられており、軸受ユニット部分においても、回転トルクの低減化が求められている。
そこで、芯金に固着されたシール部材のスリンガとの摺接面(以下、摺接面という)に何らかの表面処理を施したり、或いは、前記摺接面との間に別部材を介在させることにより、シール部材との摩擦力の低減を図ったものがある。
【0003】
例えば下記特許文献1、2には、前記摺接面に何らかの表面処理が施されている例が開示されている。
下記特許文献1には、前記摺接面に酸化物が除去された状態で、窒化層または浸硫窒化層を形成することで、形成過程における母材の熱歪みを抑えつつ、緻密かつ平滑で硬質な表面性状に改質したシール部材が記載されている。これによれば、シール部材の摺動部分の摩擦係数が低くなり、油膜切れが発生するような状況でも、発熱を抑制できるとされている。
下記特許文献2には、前記摺接面に、硬化処理、或いは耐食性や防錆性のある硬質皮膜が施されている軸受用シールが記載されている。これによれば、摺接面における泥塩水環境下での耐アブレッシブ磨耗性、耐腐食磨耗性が向上して金属面の磨耗量が減少し、シールの密封性や耐久性を向上させることができるとされている。
シール部材と摺接面との間に別部材を介在させた例としては下記特許文献3が挙げられる。
下記特許文献3には、回転側部材の外周表面に熱収縮性チューブを嵌着し、該チューブの滑らかな表面に一定の締代でシール部材を摺接させるように構成したオイルシール装置が記載されている。これによれば、熱収縮性チューブによる潤滑性を利用することにより、シール部材の磨耗を大幅に減少させることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−190351号公報
【特許文献2】特開2003−262231号公報
【特許文献4】特開平9−79274号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで密封装置としては、スリンガの外面側に環状多極磁石からなるトーンホイールを備えたものや、芯金側だけでなくスリンガ側にシールリップを備えたものなどがある。このような密封装置は、スリンガに対してトーンホイールやシールリップが接着剤によって貼着一体とされており、この接着に際しては、貼着面の全面に接着剤を存在させ、スリンガに対して強固に接着することが望ましい
しかしながら、トーンホイールやシールリップの形状によっては、その端部まで接着剤が行渡るように塗布することが難しいものもある。
そこで、スリンガ全体を容器に溜めた接着剤の中に浸し、その後、トーンホイールやスリンガ側シールリップを貼り付けることがなされている。
このような場合は、前記特許文献1或いは前記特許文献2のように摺接面に表面処理を行っても、表面処理を施した摺接面に接着剤による接着剤層が形成されるので、せっかく表面処理を行っても、回転トルクの低減効果が薄れてしまうことが問題になる。
また前記特許文献3に記載のものは、回転側部材に嵌合固着されるスリンガを想定していないので、スリンガにトーンホイールやシールリップが貼着された密封装置に適用できない構成である。
【0006】
本発明は前記問題点に鑑みなされたものであり、スリンガに固着される固着部材を強固に接着しつつ、回転トルクの低減化を図ることができる密封装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために本発明に係る密封装置は、回転側部材に嵌合固着されるスリンガと、固定側部材に嵌合固着される芯金と、該芯金に固着され前記スリンガに弾性摺接するシールリップを備えた弾性シール部材とよりなり、これらが組合わさって、前記固定側部材と前記回転側部材との間を密封するよう構成された密封装置であって、前記スリンガは、前記回転側部材に嵌合される嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の被密封部位に対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部と、該鍔状部に固着された回転側固着部材とを備え、
前記スリンガの全面に接着剤を塗布して接着剤層を形成し、前記固着部材を前記スリンガに貼着一体とした後、前記スリンガの前記シールリップとの摺接面に形成された前記接着剤層を除去する処理を施したことを特徴とする。
【0008】
本発明における密封装置は、前記スリンガの全面に接着剤を塗布して接着剤層を形成し、前記スリンガの前記シールリップとの摺接面に形成された接着剤層を除去する処理を施した後、前記スリンガに前記固着部材を貼着一体としたことを特徴とするものとしてもよい。
【0009】
本発明において、前記摺接面に形成された前記接着剤層を除去する処理を、レーザーにより処理するものとしてもよい。
この他、接着剤層を除去する処理は、例えば物理的手法として、ショットピーニング処理、ショットブラスト処理などが挙げられる。また例えば化学的手法として、接着剤の成分に応じて用いられる接着剤除去液で除去する方法が挙げられる。
また本発明において前記摺接面の前記接着剤層を除去するとともに、前記摺接面を粗面化する処理がなされているものとしてもよい。
【0010】
本発明においてスリンガは、回転側部材に嵌合される嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の被密封部位に対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部と、該鍔状部に固着された回転側固着部材とを備え、前記スリンガの全面に接着剤を塗布し、前記接着剤による接着剤層を介して前記固着部材をスリンガに貼着一体とした後、前記スリンガの前記シールリップが摺接する側の面に別部材を設け、前記シールリップとの摺接面を構成しているものとしてもよい。
この場合は、前記別部材における前記摺接面に、粗面化する処理がなされたものとしてもよい。別部材としては、特に限定されるものではないが、例えば金属材、エンジニアリングプラスチックなどの合成樹脂材、セラミックス、ガラス、工業用ダイヤモンド、低摩擦の樹脂材、エラストマーなどを用いることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の密封装置によれば、スリンガの全面に接着剤を塗布し固着部材をスリンガに貼着一体とした後、スリンガにおけるシールリップとの摺接面に形成された接着剤層を除去する処理がなされる。よって、スリンガのシールリップとの摺接面には、接着剤層が形成されていない状態になるので、シールリップの摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。
またスリンガの全面に接着剤を塗布して、シールリップとの摺接面に形成された接着剤層のみを除去する処理を行った後に、固着部材を貼着一体とした場合も、上述と同様に、シールリップの摺接面に接着剤層が形成されていない状態になるので、シールリップの摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。
よって、車両の軸受ユニットに本発明の密封装置が用いられた場合は、低燃費化を図ることができる。またスリンガの全面に塗布された接着剤によって、固着部材の貼着面全面が接着剤で満たされるので、固着部材の端部にも接着剤が行渡り、固着部材をスリンガに強固に接着することができる。
【0012】
本発明において、スリンガのシールリップとの摺接面の接着剤層を除去する処理を、レーザーにより処理するものとした場合は、エッジの無い凹凸面を容易に形成することができ、またエッジの無い凹凸面とすれば、摺接面の摩擦抵抗をより一層効果的に低減することができる。
またレーザーにより処理するものとした場合は、除去処理を施す面がリング状で且つ処理を行う面積が非常に狭くても除去処理を施すべき面(摺接面)を狙って的確にまた効率的に処理を行うことができる。さらにレーザー処理によれば、スリンガの材質の特性や接着剤層の厚みなどに応じて、処理を施す度合いを制御することも容易に行うことができる。
【0013】
本発明において、摺接面の前記接着剤層を除去するとともに、摺接面を粗面化する処理がなされたものとした場合は、一工程で摺接面の接着剤層の除去処理と粗面化処理を行うことができ、粗面化された表面は、シールリップの摩擦抵抗をより一層低減することができ、顕著な回転トルクの低減化を図ることができる。
【0014】
そしてスリンガにおけるシールリップとの摺接面に別部材を介在させ、摺接面を構成しているものとした場合は、シールリップは別部材に摺接する。よってシールリップの摺接面には、接着剤層が形成されていないことになるので、シールリップの摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。車両の軸受ユニットに本発明の密封装置が用いられた場合は、低燃費化を図ることができ
またこの場合も、スリンガの全面に塗布された接着剤によって、固着部材の貼着面全面が接着剤で満たされるので、固着部材の端部にも接着剤が行渡り、固着部材をスリンガに強固に接着することができる。
更に、この場合においても、摺接面を粗面化する処理がなされているものとすれば、シールリップの摩擦抵抗をより一層低減することができ、顕著な回転トルクの低減化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の密封装置を軸受ユニットに採用した第1の実施形態を示す縦断面図である。
【図2】図1におけるX部の拡大図である。
【図3】(a)〜(c)は第1の実施形態における密封装置の製造工程の一例を示した模式的断面図である。
【図4】(a)〜(c)は図3に示す例とは異なる密封装置の製造工程を示した模式的断面図である。
【図5】第1の実施形態における密封装置の変形例を示す図2と同様図である。
【図6】本発明の密封装置における第2の実施形態を示した図であり、図1におけるX部の拡大図に対応する図である。
【図7】第2の実施形態の製造工程を示した模式的断面図である。
【図8】第2の実施形態における密封装置の変形例を示す図2と同様図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図とともに本発明の実施の形態について説明する。
まずは図1〜図5参照しながら、本発明の第1の実施形態について説明する。
以下では、密封装置6のスリンガ7に固着される固着部材の例としてトーンホイール70が用いられた例(図1〜図4参照)と回転側シールリップ11が用いられた例(図5参照)について説明する。
【0017】
図1は、自動車の車輪を駆動シャフト2に対して転がり軸受ユニット1により支持する構造の一例を示すものであり、内輪を構成するハブ3にボルト31によりタイヤホイール(不図示)が固定される。また、32はハブ3に形成されたスプライン孔であり、このスプライン孔32には駆動シャフト2がスプライン嵌合され且つハブ3に一体固定されて、該駆動シャフト2の回転駆動力がタイヤホイールに駆動伝達される。33は内輪部材であり、前記ハブ3とにより内輪が構成される。
【0018】
4は外輪であり、車体の懸架装置(不図示)に取付固定される。この外輪4と前記内輪(ハブ3及び内輪部材33)との間に2列の転動体(玉)5…がリテーナ51で保持された状態で介装されている。6は前記転動体5…の転動部に装填される潤滑剤(グリス等)の漏出或いは外部からの泥や水等の浸入を防止するための密封装置であり、外輪4と内輪(ハブ3及び内輪部材33)との間に圧入される。車体側に配置する密封装置6は、環状多極磁石からなるトーンホイール70を備えている。密封装置6と内輪(ハブ3及び内輪部材33)及び外輪4とにより囲まれた部位が被密封部位Sとされる。
【0019】
図2は、図1のX部の拡大図を示し、内輪(ハブ3及び内輪部材33)側の周体には、ステンレス鋼(SUS430など)などにより板金加工されたリング状のスリンガ7が外嵌されている。該スリンガ7は内輪(ハブ3及び内輪部材33)の周体に嵌着される嵌合円筒部71と、この嵌合円筒部71の被密封部位Sに対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部72とより構成される。
また、外輪4側の周体(内周面)には、ステンレス鋼(SUS430など)などにより板金加工されたリング状の芯金80が外嵌されている。芯金80は、外輪4の周体に嵌合一体に装着される円筒部80aとこの円筒部80aの一端に連設された内向鍔部80bを備えており、該芯金80には、NBR、H−NBR、ACM、AEM、FKM等から選ばれたゴム材などからなるシール部材8が固着されている。該シール部材8は、芯金80と成形一体とされたゴム等の弾性材からなるリップ本体81で構成され、リップ本体81は、複数の舌状に延びるシールリップ82…を含み、前記スリンガ7及びシール部材8を備えた芯金80を互いに嵌め合わせ組み合わせ、密封装置6を構成した際には、シールリップ82…の先側部分がスリンガ7の表面に弾性変形を伴い弾性摺接する。図中、73はスリンガ7におけるシールリップ82…との摺接面を示している。
【0020】
スリンガ7の鍔状部72における被密封部位Sに対して外面74(車体側面)には、周方向に沿って多数のN極、S極が交互に着磁形成された環状多極磁石からなるトーンホイール70が貼着一体とされている。
外輪4又は車体の固定側部材には、磁気センサ10が固定配置されており、トーンホイール70とにより、タイヤホイールの回転速度を検出する磁気エンコーダEが構成される。トーンホイール70は、NBR、H−NBR、ACM、AEM、FKM等から選ばれたいずれかのゴム材にフェライト系、希土類系等の磁性粉末が事前に混練してなる磁性ゴムシートからなり、周方向に多数のN極、S極が交互に並ぶよう着磁形成されている。トーンホイール70としては、上述の磁性ゴムからなるものに限定されず、プラスチック磁石、焼結磁石としてもよい。
トーンホイール70はスリンガ7の鍔状部72における外面74に接着剤を介して固着一体とされており、図中75は接着剤によって形成された接着剤層を示している。接着剤としては、エポキシ系接着剤或いはフェノール系接着剤が接着力が強く望ましく採用されるが、シーラントやエラストマー系接着剤のような弾性接着剤も使用可能である。
【0021】
斯くして、前記スリンガ7、前記芯金80、シール部材8及びトーンホイール70により、トーンホイール70付きの密封装置6が構成され、内輪(ハブ3及び内輪部材33)の回転に伴い、スリンガ7のシールリップ82…が弾接する摺接面73が、互いに摺接するシール面となって、外部から軸受ユニット1への泥や水等の浸入或いは軸受ユニット1内に充填されるグリス等の漏出が防止される。図例では、スリンガ7の嵌合円筒部71及び鍔状部72に摺接するシールリップ82が計3個形成された例を示しているが、シールリップ82の形状はこれに限定されるものではない。また摺接面73はエステル系、合成炭化水素系若しくは鉱油系のグリスが塗布されたものとしてもよい。
【0022】
図2のY部拡大図は、摺接面73の形成態様を模式的に示すものである。
このY部拡大図に示すように、スリンガ7におけるシールリップ82との摺接面73は、トーンホイール70を接着させるための接着剤層75を除去されているとともに、粗面化する処理もなされている。
よってこのように接着剤層75が除去されることにより、スリンガ7のシールリップ82との摺接面73に接着剤層75が形成されていない状態になるので、シールリップ82の摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。
また粗面化処理がなされた摺接面73にグリスを塗布した場合は、長期に亘ってグリスを摺接面73に留めておくことができ、より一層効果的にシール性の向上及び摩擦抵抗の低減を図ることができる。
さらに図2のY部拡大図に示すようにエッジの無い凹凸面とすれば、摺接面73の摩擦抵抗をより一層効果的に低減することができる。
接着剤層75を除去する方法或いは接着剤層75を除去するとともに粗面化処理をする処理方法としては、レーザー処理、ショットピーニング処理、ショットブラスト処理などが挙げられる。
以下ではレーザー処理及びショットピーニング処理により処理する場合について詳しく説明する。
【0023】
(レーザー処理)
接着剤層75を除去するためのレーザー処理の条件は例えば以下が採用される。
使用するレーザーの種類は特に限定されるものではないが、炭酸レーザー、アルゴンレーザー、YAGレーザー、エキシマレーザー、ファイバーレーザー、石英レーザーなどを使用することができる。例えばこれらレーザーを用いて、スキャンスピード50〜11000m/sec、波長10〜100000nm、周波数1〜200kHzに設定して処理を行えば接着剤層75を除去することができる。
【0024】
特にYAGレーザーを使用した場合、スキャンスピード50〜3000m/sec、波長1064nm、周波数1〜200kHzに設定して処理を行えばスリンガ7の表面に塗布された接着剤層75のみを除去することができ、スキャンスピード200m/sec、波長1064nm、周波数5kHzとすれば、さらに良好に接着剤層75の除去処理を行うことができる。
【0025】
レーザー処理における上述の設定条件にいずれかの数値が満たさない場合は、接着剤層75を完全に除去することができない。また上述の設定条件をいずれかの数値が超えた場合は、スリンガ7が溶融してしまう。発明者が種々試したところによれば、スキャンスピードを遅くすると接着剤層75が残存する傾向にあることがわかった。
このようなレーザー処理によれば、処理を施す面がリング状で且つ処理を行う面積が狭いスリンガ7の摺接面73を狙って的確にまた効率的に処理を行うことができる。またレーザー処理によれば、スリンガ7の材質の特性や接着剤層75の厚みなどに応じて処理を施す度合いを制御することも容易に行うことができる。
【0026】
またYAGレーザーを用い、スキャンスピード50〜2000m/sec、波長1064nm、周波数20〜200kHzに設定して処理を行えば、接着剤層75を除去するとともに粗面化処理をすることができ、スキャンスピード500m/sec、波長1064nm、周波数20kHzとすれば、さらに良好に接着剤層75の除去処理を行うことができる。
これによれば、一工程で摺接面73の接着剤層75の除去処理と粗面化処理を行うことができるので、製造工程の簡略化を図ることができる。
【0027】
(ショットピーニング処理)
接着剤層75を除去するためのショットピーニング処理の条件は例えば以下が採用される。
ショットピーニング処理は、微小剛体粒子を噴射衝突させることにより、接着剤層75を除去或いは接着剤層75を除去するとともに、粗面化処理を行うことができる。微小剛体粒子としては直径20〜200μmのスチール球が用いられ、これを50〜200m/secの噴射速度で前記摺接面73に噴射衝突させればよい。微小剛体粒子としては他に、金属或いはガラスやセラミックスからなるものを用いることもできる。
ショットピーニング処理における上述の条件にいずれかの数値が満たさない場合は、接着剤層75を完全に除去することができない。また上述の設定条件をいずれかの数値が超えた場合は、スリンガ7の表面があらされすぎて強度に影響がでてしまう。
【0028】
このようなショットピーニング処理によっても、レーザー処理と同様にこれにより粗面化された表面は、エッジの無い凹凸面になるので、摺接面73の摩擦抵抗を効果的に低減することができる。また上記の条件とすれば、一工程で摺接面73の接着剤層75の除去処理と粗面化処理を行うことができる。
【0029】
次に図3を参照しながら、第1の実施形態におけるトーンホイール付の密封装置6における製造工程の一例について説明する。特にここではトーンホイール70を備えたスリンガ7の製造工程について説明する。
図3(a)に示すようにまず、ステンレス鋼(SUS430など)などにより板金加工されたリング状のスリンガ7を形成する。スリンガ7の嵌合円筒部71は、内輪(ハブ3及び内輪部材33)の周体に嵌着されるよう形成され、この嵌合円筒部71の被密封部位Sに対して外側に位置する一端部には、その径方向に延出した鍔状部72が形成される。
そしてこのように形成されたスリンガ7の全面に接着剤が塗布された状態にするため、容器に溜めた接着剤の中にスリンガ7を浸す。スリンガ7の全面に接着剤が塗布された状態になったら、容器からスリンガ7を取り出す。こうしてスリンガ7の全面に接着剤層75が形成された状態が図3(a)である。
接着剤層75が全面に形成されたスリンガ7をトーンホイール70を成型する金型(不図示)の所定の位置に配置する。そして金型内に未加硫のゴム或いは樹脂材料などを注入口より装填して環状成型体をスリンガ7に一体成型する。金型を加熱し、環状成型体が加熱硬化され、接着剤層75も加熱硬化されたら、環状成型体に対して多数のS・N極を周方向に沿って交互に着磁を行う。そして金型から取り出し、スリンガ7に強固に貼着一体されたトーンホイール70を得ることができる(図3(b)参照)。
【0030】
これによれば、トーンホイール70の形状が、図例のもののように、スリンガ7の鍔状部72の端部を覆うように鉤状になっており、貼着面積が小さい部位がある形状であっても、トーンホイール70の貼着面全面に接着剤が行渡らせることができるので、トーンホイール70をスリンガ7に強固に接着することができる。
尚、トーンホイール70とスリンガ7との接着方法は上述の例のように加硫接着に限定されるものではない。また接着剤層75の形成方法も、上述の例に限定されず、スリンガ7の全面に刷毛などで接着剤を塗布してもよい。
【0031】
そしてスリンガ7の外面74にトーンホイール70を貼着した後、スリンガ7におけるシールリップ(82)との摺接面73に形成されている接着剤層75を除去する処理を行う(図3(c)参照)。接着剤層75を除去する処理方法は特に限定されるものではないが、例えば上述したレーザー処理などにより、接着剤層75を削り取る方法、接着剤層75を形成する接着剤の成分に応じて用いられる接着剤除去液で拭き取り除去する方法などが挙げられる。
上述したようにレーザー処理などによれば、接着剤層75を除去するとともに、図2のY部拡大図に示した粗面化する処理も行うことができるので、処理工程を簡略化することができ、好適である。
【0032】
以上によりトーンホイール70と貼着一体とされたスリンガ7を製造することができ、このようにして製造されたスリンガ7と弾性シール材8が固着された芯金80とが組み合わさることによりトーンホイール70付きの密封装置6を構成している(図2参照)。
なお、上述の粗面化処理は必ずしも必要ではなく、摺接面73の接着剤層75を除去するだけで、接着剤層75があるものと比べてトルクの低減を図ることができる。
【0033】
次に図4を参照しながら、図3に示す製造工程とは異なる例について説明する。上述と共通する部分には共通の符号を付し、その説明は省略する。
図4(a)に示すようにまず、ステンレス鋼(SUS430など)などにより板金加工されたリング状のスリンガ7を形成する。スリンガ7が嵌合円筒部71及び鍔状部72を備えている点は図3と同様である。
スリンガ7の全面に接着剤が塗布された状態にするため、容器に溜めた接着剤の中にスリンガ7を浸す。スリンガ7の全面に接着剤が塗布された状態になったら、容器からスリンガ7を取り出す。こうしてスリンガ7の全面に接着剤層75が形成された状態が図4(a)である。
次に図4(b)の点線Mに示すように、接着剤層75が形成された状態のスリンガ7の摺接面73以外を治具などで覆う。そして露出した摺接面73に形成された接着剤層75を除去する処理を行う。処理方法は上述のとおりである。
接着剤層75を除去する処理を行った後、スリンガ7をトーンホイール70を成型する金型(不図示)の所定の位置に配置する。この後は上述で説明した製造工程と同様にトーンホイール70を形成し着磁する。
その後、スリンガ7を金型から取り出せば、トーンホイール70が強固に貼着されたスリンガ7を得ることができ(図4(c)参照)、こうして製造されたスリンガ7と弾性シール材8が固着された芯金80とが組み合わさることにより、トーンホイール70付き密封装置6を得ることができる(図2参照)。
【0034】
この製造工程によっても、図3に示した製造工程と同様に、トーンホイール70の形状が、図例のもののように、スリンガ7の鍔状部72の端部を覆うように鉤状になっており、貼着面積が小さい部位がある形状であっても、トーンホイール70の貼着面全面に接着剤を行渡らせることができるので、トーンホイール70をスリンガ7に強固に接着することができる。
なお、上述では接着剤層75の除去を行うにあたって、除去処理を行う摺接面73以外の場所(上述の例ではトーンホイール70の貼着面)を治具などで覆って摺接面73を露出させて除去する方法について述べたが、これに限定されるものではない。例えば専用のマスキング部材で処理対象の摺接面73以外を覆ってもよいし、部分的に処理を行う摺接面73以外の部位が露出している場合はその露出している部位のみマスキング部材で覆って処理を行うようにしてもよい。
【0035】
図5には、第1の実施形態における密封装置の変形例を示しており、ここでは固着部材としてスリンガ7に回転側シールリップ11が設けられた例を説明する。
上述の例と共通する部分には共通の符号を付し、その説明は省略する。
回転側シールリップ11は、上述のシール部材8と同様にNBR、H−NBR、ACM、AEM、FKM等から選ばれたゴム材などからなる。回転側シールリップ11は、芯金80の円筒部80aに摺接する先側部11aと、被密封部位S側に屈曲形成された屈曲部11bと、スリンガ7の鍔状部72の端部に沿って跨るように固着一体とされる基部11cとを備えている。
図5の例においても、スリンガ7には一旦全面に接着剤層75が形成され、貼着面積が小さい回転側シールリップ11の貼着面全面に接着剤が行渡らせることができるので、回転側シールリップ11をスリンガ7に強固に接着することができる。また、スリンガ7に固着された回転側シールリップ11の先側部11aが芯金8に弾性摺接するから、軸受ユニット1のシール機能がこの両シールリップの弾性摺接によって維持される。特に、回転側シールリップ11を備えていることにより、内輪(3、33)の回転に伴う遠心力により振り切り作用が生じ、塵埃や汚泥等の軸受ユニット1への浸入阻止が効果的になされるので、厳しいシール要求性能に応えることができる。
図5の例においても、シール部材8のシールリップ82が摺接する摺接面73は上述の方法により接着剤層75が除去されているので、シールリップ82の摩擦抵抗を低減することができ、顕著な回転トルクの低減化を図ることができる。
【0036】
続いて、図6〜図8を参照しながら、本発明の第2の実施形態について説明する。
尚、上述の第1の実施形態と共通の部分には同一の符号を付し、説明を割愛する。
第2の実施形態は、スリンガ7におけるシールリップ82との摺接面73の上面に別部材9を介在させ、摺接面93を構成している点で第1の実施形態とは異なるものである。別部材9は、スリンガ7の摺接面73側に設けられ、接着剤層75を介して貼着一体に構成されている。その他、トーンホイール70付きの密封装置6が装着される部位、スリンガ7、芯金80、シール部材8の構成は第1の実施形態と同様である。
【0037】
図7を参照しながら、第2の実施形態におけるトーンホイール70付きの密封装置6の製造工程について説明する。特にここではトーンホイール70を備えたスリンガ7の製造工程について説明する。
スリンガ7の形成方法及びスリンガ7の全面に接着層を形成し、トーンホイール70を貼着一体とする方法は第1の実施形態と同様であるので、説明を割愛する。
図7(a)はスリンガ7の全面に接着剤層75が形成された状態を示している。この状態で、トーンホイール70を外面74となる位置に貼着一体とした後、スリンガ7のシールリップ(82)が摺接する側の面76に別部材9を設ける(図7(b)参照)。このとき、トーンホイール70を貼着した後に別部材9を設けてもよいし、別部材9を設けた後に、トーンホイール70を貼着一体としてもよい。
【0038】
ここで、摺接面73の上面に配される別部材9は、スリンガ7の嵌合円筒部71と重なり合うよう形成された円筒部91と、スリンガ7の鍔状部72と重なり合うよう形成された鍔部92とを備えている。別部材9は、スリンガ7と同じSUS430などのステンレス鋼の他、エンジニアリングプラスチック或いはセラミックス、ガラス、工業用ダイヤモンド、低摩擦の樹脂材、エラストマーなどを加工して形成される。別部材9はスリンガ7におけるシールリップ(82)が摺接する側に接着剤層75を介して嵌合されるため、スリンガ7と強固に嵌合一体とされる。もちろん、接着剤層75により、スリンガ7と別部材9とを接着一体としてもよい。
図例に示したトーンホイール70の形状は、第1の実施形態と同様である。
【0039】
こうしてトーンホイール70が貼着一体とされたスリンガ7を製造することができ、このようにして製造されたスリンガ7と弾性シール材8が固着された芯金80とを組み合わせることによりトーンホイール70付きの密封装置6を構成している(図6参照)。
これによれば、別部材9が介在することにより、シールリップ82の摺接面93には、接着剤層75が形成されていないことになるので、シールリップ82の摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。
またこの場合も、スリンガ7の全面に塗布された接着剤によって、トーンホイール70の貼着面全面が接着剤で満たされるので、トーンホイール70の端部にも接着剤が行渡り、トーンホイール70をスリンガ7に強固に接着することができる。
更に、第2の実施形態においても、別部材9の摺接面93を粗面化する処理ものとすれば、シールリップ82の摩擦抵抗をより一層低減することができ、顕著な回転トルクの低減化を図ることができる。粗面化する処理方法は第1の実施形態と同じ方法を採用することができ、スリンガ7と嵌合一体とする前に粗面化処理を行ってもよいし、嵌合一体とした後に該粗面化処理を行うこととしてもよい。
【0040】
図8には、第2の実施形態における密封装置の変形例を示しており、ここでは固着部材としてスリンガ7に回転側シールリップ11が設けられた例を説明する。
上述の例と共通する部分には共通の符号を付し、その説明は省略する。
回転側シールリップ11は、図5の例と同様であり、芯金80の円筒部80aに摺接するように形成され、スリンガ7の鍔状部72の端部に沿って跨るように固着一体に設けられている。
これによっても、別部材9が介在することにより、シールリップ82の摺接面93には、接着剤層75が形成されていないことになるので、シールリップ82の摩擦抵抗を低減することができ、回転トルクの低減を図ることができる。スリンガ7には全面に接着剤層75が形成され、貼着面積が小さい回転側シールリップ11の貼着面全面に接着剤が行渡らせることができるので、回転側シールリップ11をスリンガ7に強固に接着することができる。
【0041】
尚、図例の軸受ユニット1に限らず、内輪固定、外輪回転の軸受機構にも、本発明が適用されることは言うまでもない。また密封装置6の構成、トーンホイール70、シール部材8、回転側シールリップ11の形状なども図例のものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0042】
1 軸受ユニット
11 回転側シールリップ(回転側固着部材)
6 密封装置
7 スリンガ
70 トーンホイール(回転側固着部材)
73 摺接面
75 接着剤層
8 シール部材
80 芯金
82 シールリップ
S 被密封部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転側部材に嵌合固着されるスリンガと、固定側部材に嵌合固着される芯金と、該芯金に固着され前記スリンガに弾性摺接するシールリップを備えた弾性シール部材とよりなり、これらが組合わさって、前記固定側部材と前記回転側部材との間を密封するよう構成された密封装置であって、
前記スリンガは、回転側部材に嵌合される嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の被密封部位に対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部と、該鍔状部に固着された回転側固着部材とを備え、
前記スリンガの全面に接着剤を塗布して接着剤層を形成し、前記固着部材を前記スリンガに貼着一体とした後、
前記スリンガの前記シールリップとの摺接面に形成された前記接着剤層を除去する処理を施したことを特徴とする密封装置。
【請求項2】
回転側部材に嵌合固着されるスリンガと、固定側部材に嵌合固着される芯金と、該芯金に固着され前記スリンガに弾性摺接するシールリップを備えた弾性シール部材とよりなり、これらが組合わさって、前記固定側部材と前記回転側部材との間を密封するよう構成された密封装置であって、
前記スリンガは、前記回転側部材に嵌合される嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の被密封部位に対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部と、該鍔状部に固着された回転側固着部材とを備え、
前記スリンガの全面に接着剤を塗布して接着剤層を形成し、前記スリンガの前記シールリップとの摺接面に形成された接着剤層を除去する処理を施した後、
前記スリンガに前記固着部材を貼着一体としたことを特徴とする密封装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2において、
前記摺接面に形成された前記接着剤層を除去する処理を、レーザーにより処理することを特徴とする密封装置。
【請求項4】
請求項1〜請求項3に記載のいずれか1項において、
前記摺接面の前記接着剤層を除去するとともに、前記摺接面を粗面化する処理がなされていることを特徴とする密封装置。
【請求項5】
回転側部材に嵌合固着されるスリンガと、固定側部材に嵌合固着される芯金と、該芯金に固着され前記スリンガに弾性摺接するシールリップを備えた弾性シール部材とよりなり、これらが組合わさって、前記固定側部材と前記回転側部材との間を密封するよう構成された密封装置であって、
前記スリンガは、回転側部材に嵌合される嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の被密封部位に対して外側に位置する一端部にその径方向に延出形成された鍔状部と、該鍔状部に固着された回転側固着部材とを備え、
前記スリンガの全面に接着剤を塗布し、前記接着剤による接着剤層を介して前記固着部材を前記スリンガに貼着一体とした後、前記スリンガの前記シールリップが摺接する側の面に別部材を設け、前記シールリップとの摺接面を構成していることを特徴とする密封装置。
【請求項6】
請求項5において、
前記別部材における前記摺接面には、粗面化する処理がなされていることを特徴とする密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−107035(P2010−107035A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184900(P2009−184900)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(000225359)内山工業株式会社 (204)
【Fターム(参考)】