説明

密封装置

【課題】温度変化に起因するシール性の低下を抑制することができる密封装置を提供する。
【解決手段】軸4に設けられた環状溝40に装着され、環状溝40の側面41と、軸孔30周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、円周上一箇所に分離部S1を有するとともに、軸孔30周面と密着する周面上を周方向に延びる周方向溝10を備える第1シールリング1と、円周上一箇所に分離部S2を有し、周方向溝10に装着され、周方向溝10の側面10aと、軸孔30周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、分離端部S2が周方向溝10の終端側面10b、10cとの間に温度変化による周長変化を吸収しうる隙間を有して対向する第2シールリング2と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、ハウジングの軸孔と該軸孔に挿通される軸との間の環状隙間を密封する密封装置として、樹脂製のシールリングが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図6を参照して、従来例に係るシールリングについて説明する。図6は、従来例に係るシールリングを説明する模式図であり、(A)は分離部の構成を示す模式的斜視図、(B)はシールリングの模式的断面図(無圧時)、(C)はシールリングの模式的断面図(吹き抜け発生時)をそれぞれ示す。
【0004】
図6(A)に示すように、シールリング100は、環状溝301への装着を容易にするために、円周上の一箇所でカットされたような形状に成形されている。シールリング100は、このカット部(分離部)101を広げるように変形させて環状溝301に装着される。シールリング100は、密封対象領域から作用する圧力を受けて、環状溝301の側面302に押し付けられるとともに、拡径変形して軸孔201に密着することによりシール性を発揮する。
【0005】
図6(B)に示すように、シールリング100は、圧力の作用がないとき、あるいは極めて低圧のときには、軸孔201と外周面との間に隙間が形成された状態である。そして、圧力Pが作用して拡径変形することでシールリング100は軸孔201に密着し密封状態を形成する。したがって、カット部101を設けることにより形成されるシールリング100の端部(分離端部)は、加圧時には互いに間隔をあけて対向する状態となる。シールリング100は、この端部間の隙間を広げる又は埋めるように拡径又は縮径変形することにより、装着相手との寸法誤差や軸の偏芯等を吸収し、相手部材(ハウジング200の軸孔201及び軸300の環状溝301の溝側面302)との接触状態を維持することができる。
【0006】
ところで、樹脂材料で構成されるシールリング100は、使用環境の温度変化によって樹脂材の膨張・収縮により周長が変化する性質を有している。そのため、高温条件下で使用されてシールリング100の温度が上昇すると、周長が伸びて端部同士が互いに突き当たった状態となってしまうことがある。この状態のまま使用され続けると、カット部101近傍において周方向の圧縮力が発生することにより永久的なひずみ(塑性変形的な状態)が発生する。このようなクリープ変形を生じると、常温または低温条件になったときのシールリング100の周長が短くなる。
【0007】
周長が短く経時変形したシールリング100は、加圧初期時における応答性が悪くなる、すなわち、拡径変形して軸孔201と接触する状態になるまで(シール機能を発揮するまで)の時間が長くなる。この応答性の低下は、いわゆる吹き抜け漏れと呼ばれる加圧初期における密封対象流体の大量漏れの原因となり、密封対象流体の制御精度の低下にもつながる。また、変形によってカット部101の隙間が拡大するため、シールリング100が軸孔201と接触してからの漏れ量も増大する。
【0008】
このように、樹脂製のシールリングは、温度変化に起因してシール性が低下することがあり、その結果、装着相手機器に種々の悪影響を及ぼすことが懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3362099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記の従来技術の課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、温度変化に起因するシール性の低下を抑制することができる密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明における密封装置は、
ハウジングに設けられる軸孔と該軸孔に挿通される軸との間の環状隙間を密封する密封装置であって、
前記軸または前記軸孔のいずれか一方に設けられた環状溝に装着され、該環状溝の側面と、前記軸または前記軸孔のいずれか他方の周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、円周上一箇所に分離部を有するとともに、前記他方の周面と密着する周面上を周方向に延びる周方向溝を備える第1シールリングと、
円周上一箇所に分離部を有し、前記周方向溝に装着され、前記周方向溝の側面と、前記他方の周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、分離端部が前記周方向溝の終端側面との間に温度変化による周長変化を吸収しうる隙間を有して対向する第2シールリングと、
を備えることを特徴とする。
【0012】
かかる構成によれば、第2シールリングは、高温環境下での使用によって周長が伸びたとしても、端部が周方向溝の終端側面に突き当たる状態とならず、上述したようなクリープ変形が生じない。したがって、温度変化の影響、すなわち、上述したようなクリープ変形等によって第1シールリングのシール性が低下した場合でも、第2シールリングがシール性を維持することにより、密封装置全体としてのシール性の低下を抑制することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、温度変化に起因するシール性の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例に係る密封装置の模式的断面図。
【図2】加圧初期時のシールリングの挙動を示す模式的断面図。
【図3】第1シールリングの構成を示す模式図。
【図4】第2シールリングの構成を示す模式図。
【図5】分離部近傍の様子を示す模式的斜視図。
【図6】従来例に係るシールリングを説明する模式図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0016】
(実施例)
図1〜図5を参照して、本発明の実施例に係る密封装置について説明する。図1は、本
実施例に係る密封装置の模式的断面図である。図2は、本実施例に係る密封装置の加圧初期時におけるシールリングの挙動を示す模式的断面図である。図3は、第1シールリングの構成を示す模式図であり、(A)は軸方向から見た図、(B)は(A)のA矢視図である。図4は、第2シールリングの構成を示す模式図であり、(A)は軸方向から見た図、(B)は(A)のB矢視図である。図5は、分離部近傍の様子を示す模式的斜視図である。
【0017】
<密封装置の概略構成>
図1に示すように、本実施例に係る密封装置は、ハウジング3に設けられた軸孔30と、該軸孔30に挿通される軸4との間の環状隙間5を密封するためのものである。
【0018】
本実施例に係る密封装置は、第1シールリング1と第2シールリング2とで構成される。第1シールリング1は、軸4の外周面に設けられた環状溝40に装着される。第1シールリング1は、外周面上を周方向に延びる周方向溝10を有しており、第2シールリング2は、第1シールリング1の周方向溝10に装着される。
【0019】
図2に示すように、軸方向一方側から作用する圧力Pによって、第1シールリング1は、外周面11がハウジング3の軸孔30に密着し、側面12が軸4の環状溝40の側面41に密着する。また、第2シールリング2は、外周面20がハウジング3の軸孔30に密着し、側面21が第1シールリング1の周方向溝10の側面10aに密着する。これにより、環状隙間5が密封装置によって密封される、すなわち、環状隙間5において密封対象流体の流体圧力が作用する側である密封対象領域側(軸方向一方側)から非密封対象領域側(軸方向他方側)への密封対象流体の漏れが防止される。
【0020】
密封対象流体は、例えば潤滑油であり、特に自動車の変速機に利用される場合にはATF(自動変速機油)を指している。
【0021】
<第1シールリング>
図3に示すように、第1シールリング1は、円周上の一箇所に分離部S1を備えた略リング形状を有している。第1シールリング1は、樹脂材料から形成される。樹脂材料としては、例えば、PEEKやPPS等が挙げられる。
【0022】
<<分離部>>
分離部S1は、第1シールリング1の組み込み性の向上等を目的として設けられている。シールリング1の分離部S1の形態としては、従来技術である2段ステップ状の特殊ステップカットを採用している。特殊ステップカットの構成は従来技術であり簡略して説明する。
【0023】
シールリング1は、分離部S1において、一方の分離端部13aの外周側に円弧状の凸部14と円弧状の凹部15が左右(軸方向)一対で設けられ、他方の分離端部13bの外周側にも円弧状の凸部16と円弧状の凹部17が左右一対で設けられている。そして、凸部14と凹部17とが嵌合し、凸部16と凹部15とが嵌合することにより分離部S1は閉じた状態となり、シールリング1が円環形状となる。
【0024】
分離部S1が閉じた状態において、凸部14と凹部17との間、凸部16と凹部15との間、および分離端部13aの内周側端面と分離端部13bの内周側端面との間には、それぞれ隙間G1、G2、G3が形成される。また、凸部14と凹部17は、第1シールリング1の周面と同心的な分離面と、軸に垂直な分離面とにおいて互いに摺動可能に接触する。凸部16と凹部15も同様に、第1シールリング1の周面と同心的な分離面と、軸に垂直な分離面とにおいて互いに摺動可能に接触する。
【0025】
このように、各分離面が互いに摺動可能に接触していることにより、上記隙間G1〜G3が形成されていても、分離部S1において第1シールリング1の相手部材との接触面(シール面)が途切れてしまう部分が形成されない。すなわち、分離部S1において、円周方向に垂直な面同士が隙間を空けて円周方向に対向した状態であっても、密封対象側と非密封対象側とを遮断することができる。
【0026】
また、第1シールリング1は、各凸部と凹部が上述の隙間G1、G2、G3を広げる又は埋めるように周方向に摺動することにより、リング径を増減することができる。これにより、第1シールリング1と軸孔30との間の径寸法の誤差や、ハウジング3に対する軸4の偏芯、熱膨張によるリング本体10の周長の伸び等を、隙間G1、G2、G3の分だけ、吸収することができる。
【0027】
上記構成のような分離部を備えたシールリングは、初めに円環状のリング本体を作成し、そのリング本体の一箇所を専用の治具を用いて上記ステップ形状に切断することで、最終形状に成形する場合もあるし、初めから分離した状態(上記ステップ形状が形成された状態)の形状に射出成形される場合もある。
【0028】
なお、分離部の形態としてはその他にも種々のものが知られており、図5に示すようなストレートタイプ、すなわち、ステップ状の複雑な凹凸を有さない単純な端面形状であってもよい。
【0029】
<<周方向溝>>
周方向溝10は、第1シールリング1の外周面11上を周方向に延びている。周方向溝10は、一方の分離端部13aと他方の分離端部13bの付近においてそれぞれ終端し、円周方向に延びる側面10aと、円周方向に垂直な終端側面10b、10cと、を有する。
【0030】
<第2シールリング>
図4に示すように、第2シールリング2は、いわゆるストレートタイプの分離部S2を円周上の一箇所に備える略リング形状を有している。分離部S2には、円周方向に垂直な分離端面22a、22bが形成されている。第2シールリング2は、樹脂材料から形成される。樹脂材料としては、例えば、PEEKやPPS等が挙げられる。
【0031】
図5に示すように、第2シールリング2が周方向溝10に装着された状態において、分離部S2の分離端面22a、22bと、周方向溝10の終端側面10b、10cとが隙間を介して互いに周方向に対向する。すなわち、第2シールリング2の周長は、周方向溝10の長さ(周長)よりも短く設定されている。
【0032】
分離端面22a、22bと終端側面10b、10cとの間の隙間は、温度変化による第2シールリングの周長変化を吸収しうるように設けられる。すなわち、第2シールリング2の周長は、熱膨張を生じた状態における周長が、周方向溝10の長さ(周長)よりも短くなるように設定される。これにより、熱膨張を生じても分離端面22a、22bが周方向溝10の終端側面10b、10cに突き当たらない大きさの隙間が、分離端面22a、22bと終端側面10b、10cとの間に形成される。
【0033】
第2シールリング2の周長の設定においては、例えば、第1シールリング1の樹脂材料の熱膨張率、第2シールリング2の樹脂材料の熱膨張率、使用環境の温度変化等が考慮される。
【0034】
<本実施例の優れた点>
本実施例によれば、第2シールリングは、高温環境下での使用によって周長が伸びたとしても、端部が周方向溝の端側面に突き当たる状態とならない。したがって、端部が周方向溝の端側面に突き当たった状態で使用され続けることにより、シールリングの周長が短くなるクリープ変形を生じることが防止される。
【0035】
したがって、温度変化の影響、すなわち、上述したようなクリープ変形等によって第1シールリングのシール性(加圧時の応答性)が低下したとしても、第2シールリングがシール性を維持することにより、密封装置全体としてのシール性の低下を抑制することができる。
【0036】
ここで、図2を参照して、加圧時における密封装置の挙動、すなわち、各シールリングの挙動について説明する。ここでは、高温環境下での使用により、第1シールリングの周長が分離部S1における隙間G1〜G3を越えて伸びることによって、端部同士が突き当たった状態となり、その結果、クリープ変形を生じて常温または低温時における第1シールリング1の周長が短くなってしまった場合を想定する。
【0037】
図2の左側断面図に示すように、環状隙間5の密封対象領域側から圧力Pが作用し始めると、まず、第2シールリング2が、軸孔30周面と周方向溝10の溝側面10aにそれぞれ密着する状態となる。第1シールリング1は、クリープ変形による周長の減少により応答性が低下しており、この時点ではシール面を形成できていない。第2シールリング2が形成する軸孔30とのシール範囲(接触面の周長)は第1シールリング1のシール範囲よりも短い(分離部における隙間が大きい)ものの、分離部付近を除けば第2シールリング2によるシール機能が発揮されるので、第1シールリング1単体の場合に発生が懸念される大量の吹抜け漏れが発生した場合よりも漏れを大幅に低減することができる。
【0038】
そして、図2の右側断面図に示すように、加圧初期からある程度時間が経過すると、第1シールリング1も拡径変形して各シール面を形成する状態となる。これにより、分離部付近における隙間もなくなり、密封装置本来のシール性が発揮される状態となる。
【0039】
以上のように、第1シールリング1の応答性が低下、すなわち、シール機能を発揮するまでの時間が長くなった場合でも、第2シールリング2については、設計通りのシール性を発揮することが可能であり、これにより、第1シールリング1のシール性の低下による影響、例えば、吹抜け漏れの発生が抑制される。したがって、装着相手機器に対する悪影響、例えば、密封対象流体の制御精度の低下を抑制することができる。
【0040】
<その他>
本実施例では、密封装置が軸4外周面に設けられた環状溝40に装着される構成について説明したが、ハウジング3の軸孔30周面に設けられた環状溝に装着され、各シールリングの内周面が軸4外周面と摺動して環状隙間5を密封する構成であってもよい。
【0041】
また、第1シールリング1と第2シールリング2の樹脂材料の種類は、同じでもよいし、互いに異なっていてもよい。すなわち、高温条件下において熱膨張を生じた場合でも、上記のように、第2シールリング2が所望のシール性を維持できる限りにおいて、種々の材料を任意に選択することができる。
【0042】
また、第2シールリング2は、上記のように一本の略リング形状ではなく、例えば、複数の円弧状部材に分割したような構成であってもよい。
【符号の説明】
【0043】
1 第1シールリング
10 周方向溝
11 外周面
11a 側面
11b、11c 終端側面
12 側面
13a、13b 端部
2 第2シールリング
20 外周面
21 側面
22a、22b 端面
3 ハウジング
30 軸孔
4 軸
40 環状溝
41 側面
5 環状隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングに設けられる軸孔と該軸孔に挿通される軸との間の環状隙間を密封する密封装置であって、
前記軸または前記軸孔のいずれか一方に設けられた環状溝に装着され、該環状溝の側面と、前記軸または前記軸孔のいずれか他方の周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、円周上一箇所に分離部を有するとともに、前記他方の周面と密着する周面上を周方向に延びる周方向溝を備える第1シールリングと、
円周上一箇所に分離部を有し、前記周方向溝に装着され、前記周方向溝の側面と、前記他方の周面とに密着する樹脂製のシールリングであって、分離端部が前記周方向溝の終端側面との間に温度変化による周長変化を吸収しうる隙間を有して対向する第2シールリングと、
を備えることを特徴とする密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−180910(P2012−180910A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44938(P2011−44938)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】