説明

対象物の破断方法

【課題】 破断しようとする対象物の表面に液体冷媒を噴射することによって、人がハンマーで叩く程度の力(250kgf・m程度の力)で鋼材を破断することができる、鋼材の破断方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 破断しようとする対象物(鋼製フィンガージョイント1のフィンガー部2)の表面にVノッチを形成してから、このVノッチを覆うようにカバー5を被せ、当該カバー5内においてノズル6から液体冷媒を噴射してVノッチ付近を冷却し、その後、フィンガー部2に外部からの衝撃を与えることによって、これを破断することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物の破断方法に関し、特に、破断しようとする対象物の表面に液体冷媒を噴射することによって当該対象物を冷却してから、これに衝撃を与えることによって対象物を破断する、対象物の破断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、破断しようとする対象物を、液体窒素等の液体冷媒で冷却することによって破断する方法が知られている。例えば、特開昭52−91299号公報には、破断しようとする対象物の表面に切欠を設けた後、当該切欠に液体窒素を流し、これを冷却して亀裂を発生させることによって、対象物を破断する方法が開示されている。
【0003】
上記公報に開示されているような破断方法は、ガス溶断によるものとは異なり、炎を使用しない。従って、この方法によれば、破断しようとする対象物の近辺に可燃性の材料等があっても、火災事故の危険を回避して作業を行うことができる、という利点がある。
【0004】
【特許文献1】特開昭52−91299号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、出願人において、上記公報に開示された破断方法を実施してみたところ、当該方法によっては、冷却した対象物(特に、鋼材のように延性のある金属材)を、容易には破断できないことが確認された。調査によれば、その原因は、この破断方法では、破断しようとする対象物を、容易に破断できる程度の温度まで、十分に冷却できないからであることが分かった。
【0006】
容易に、つまり、人がハンマーで叩く程度の力(250kgf・m程度の力をいう。以下同じ。)で、対象物を破断するためには、破断しようとする対象物の延性が失われるまで(当該対象物が脆性状態となるまで)、その対象物を冷却する必要がある。特に、鋼材のように延性のある金属材の場合には、少なくとも−120℃程度まで冷却しなくてはならない。
【0007】
しかし、上記公報に開示されているような破断方法は、せいぜい対象物を−26℃程度までしか冷却できず、鋼材のような金属材料の延性を失わせるまで対象物を冷却することができない。これは、−196℃以下の温度を有する液体窒素であっても、対象物の表面を流れるだけでは、十分に対象物を冷却することができないからであると考えられる。
【0008】
従って、特許文献1に開示されているような破断方法は、実際には、ここでの実施例に記載されているような大型船舶の解体において、つまり、自重を利用して、破断しようとする対象物に、非常に大きな力を与えることができる場合にしか適用することができない、という問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以上のような従来の破断方法における問題を解決すべくなされたものであって、冷却後において、容易に、つまり、人がハンマーで叩く程度の力で対象物を破断することができる、対象物の破断方法を提供することを目的とする。
【0010】
そのための手段として、本発明に係る対象物の破断方法は、破断しようとする対象物の表面に溝を形成してから、当該溝の一部又は全部を覆うようにカバーを被せ、当該カバー内に向けて液体冷媒を噴射して前記対象物を冷却し、その後、前記対象物に外部からの衝撃を与えることによって、前記対象物を破断することを特徴としている。
【0011】
尚、この場合、前記溝は、破断しようとする対象物の厚さの5%〜10%に相当する深さで形成されていることが好ましい。また、前記溝を形成してから液体冷媒を噴射して前記対象物を冷却するまでの間に、前記対象物にあらかじめ外部からの衝撃を与えておくことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る対象物の破断方法は、破断しようとする対象物の延性が失われるまで冷却してから、当該対象物の破断を行うので、この破断方法によれば、冷却後において、容易に、つまり、人がハンマーで叩く程度の力を与えるだけで、対象物を破断することができる。また、鋼材のように延性のある金属材であっても、容易に破断することができる
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る対象物の破断方法を実施するための最良の形態として、鋼製フィンガージョイントのフィンガー部の破断方法について、図面を参照しながら説明する。図1は、橋梁の継ぎ目部分に設置されているフィンガージョイント1を示したものである。
【0014】
図1において、1aはフィンガージョイント1のフェースプレート、2はフィンガージョイント1のフィンガー部、3は橋梁の床版、4はフェースプレート1aの下側に配置されている止水材をそれぞれ示している。
【0015】
フィンガー部2を破断しようとする際は、まず、図2に示したように、破断しようとする場所の表面に、Vノッチ(V溝)を形成する。本実施形態においては、フィンガー部2の付け根部分から破断するので、フィンガー部2の二つの付け根部分2a,2aを直線で結ぶようにVノッチを形成する。
【0016】
尚、このようなVノッチは、市販されている鋼材用のVカットライナーやサンダーを使用して形成することができる。そして、このようなVノッチは、フィンガー部2の厚さの5%〜10%に相当する深さで形成することが好ましい。なぜなら、Vノッチがフィンガー部2の厚さの5%に相当する深さよりも浅い場合には、後で衝撃を与えてもフィンガー部2を容易に破断することができず、また、10%に相当する深さよりも深い場合には、Vノッチの形成に相当の時間と労力を要し、却って、フィンガー部2を破断する作業の効率を低下させてしまうことになってしまうからである。
【0017】
次に、図3に示すように、形成したVノッチの表面にカバー5を被せ、カバー5内へ差し込まれているノズル6から液体窒素を噴射して、Vノッチ付近を冷却する。ここで、カバー5によって、Vノッチの全部を被うようにすることが、冷却の効率上好ましいが、図3のようにVノッチの一部が覆われていなくても構わない。また、液体窒素の噴射は、フィンガー部2を構成する鋼材が容易に破断され得る温度、つまり、フィンガー部2が−120℃以下となるまで行う。フィンガー部2をここまで冷却するための噴射時間は、フィンガー部2の厚さ等によっても当然異なるが、30mmのもので、1分30秒〜2分程度である。
【0018】
尚、上記のような短時間で、フィンガー部2を−120℃以下まで冷却することができるのは、カバーを使用して液体冷媒を噴射しているからである。つまり、カバーによって液体窒素が拡散しないため冷却効率が高まり、同時に、噴射により霧状となって気化しやすくなっている液体窒素が、気化熱によって非常に多くの熱を奪うからである。
【0019】
カバー5は、その内側で噴射される液体窒素の温度を、可能な限り維持できるように、発泡スチロール等の断熱材によって構成されている。また、本実施形態において、カバー5の形状は直方体となっているが、フィンガー部2の表面に形成したVノッチを覆うことができるように構成されていれば、このような形状に限定されることはない。
【0020】
ノズル6は、ボンベ(図示せず)から供給される液体窒素を噴射するようになっている公知のノズルである。その先端は、カバー5に設けられた差込口7からカバー5内へ差し込まれている。差込口7には、ノズル6の周囲においてシール材が充填されており、ノズル6の外周と差込口7との隙間から、噴射した液体窒素が漏れないようになっている。
【0021】
次に、フィンガー部2を冷却したら、直ちにこの上面をハンマー等で叩く。このようにして、Vノッチが形成された部分に沿って、フィンガー部2を破断することができる。図4に、フィンガー部2を破断した後のフィンガージョイント1を示した。
【0022】
尚、本実施形態において、フィンガー部2にVノッチを形成してから液体窒素を噴射して冷却するまでの間にも、あらかじめハンマー等で、フィンガー部2に、Vノッチを形成した側から外部からの衝撃を与えておくことが好ましい。このようにすることで、Vノッチの幅が拡がって冷却効率が高まり、あらかじめ衝撃を与えなかった場合と比べて、さらに容易に鋼材を破断することができるからである。
【0023】
また、フィンガー部2にVノッチを形成してから液体窒素を噴射して冷却するまでの間に、付け根部分2aに形成されたVノッチの最深部において、Vノッチの0.5〜1.0倍に相当する深さの刻み目を、更に形成することが好ましい。この刻み目を形成することで、冷却後に衝撃を与えた場合に、Vノッチだけを形成した場合と比べて、より容易にフィンガー部2を破断することができるからである。尚、このような刻み目は、タガネを打ち込むこと等によって形成することが可能である。
【0024】
さらに、液体窒素を噴射してVノッチを冷却する直前に、付け根部分2aを、溶接用のガストーチ等によって、加熱しておくことが好ましい。こうすることで、冷却直後にフィンガー部2に衝撃を与えた場合に、Vノッチだけを形成した場合と比べて、より容易にフィンガー部2を破断することができるからである。尚、このような効果が得らる理由は必ずしも明らかではないが、おそらく、付け根部分2aを加熱し、その直後にVノッチ付近を冷却することによって、Vノッチ付近の温度が急激に変わるため、フィンガー部を構成する鋼材に見えない亀裂等が生じるからであると考えられる。
【0025】
ところで、本実施形態においては、フィンガー部2の表面に形成する溝を、Vノッチ(V溝)としたが、ここでの溝の形状は、このようなVノッチに限定されるものではなく、所定の深さを有する溝であれば、どのような形状をした溝であっても構わない。
【0026】
また、本実施形態においては、液体冷媒として液体窒素を使用したが、噴射により破断しようとする対象物を、容易に破断できる程度の温度(少なくとも−120℃以下)まで冷却できるのであれば、液体酸素等、その他の液体冷媒を使用しても構わない。
【0027】
尚、以上の実施形態においては、鋼製フィンガージョイントのフィンガー部の破断方法について説明したが、本発明に係る対象物の破断方法は、上記の実施形態にのみ限定されるものではない。従って、鋼材以外の金属材からなる対象物、さらには、金属材以外の材料から構成される対象物についても、当然に適用することができる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明に係る鋼材の破断方法の実施例を記載し、本発明について更に詳しく説明する。尚、以下の実施例においては、主に、カバーの有無によって冷却効果にどの程度の差異が生じるかを確認した。
【0029】
[実施例1]
本発明に係る破断方法によって、下記の通り道路橋の継ぎ目部分に設置されたフィンガージョイントのフィンガーを破断した。フィンガージョイントは、鋼製のもので、厚さ30mm、シャルピー値170Jのものを使用した。
【0030】
まず、鋼材用のVカットライナーを使用して、フィンガーの付け根部分の表面に、深さ4mmのVノッチを形成した。形成したVノッチ部分を覆うことができるように、断熱材によって構成したカバーを被せた。カバーに設けられているノズル差込口からノズルを差し込み、形成したVノッチへ液体窒素を噴射した。液体窒素を噴射している間、フィンガーの付け根部分における深さ15mmの位置(厚さの中間位置)において、鋼材の温度を測定した。表1は、噴射開始からの時間と鋼材の温度を示したものである。
【0031】
【表1】

【0032】
[比較例1]
上記実施例1と同じフィンガージョイント(鋼製、厚さ30mm、シャルピー値170J)のものを用意し、カバーを被せずに、形成したVノッチへ液体窒素を噴射した。液体窒素を噴射している間、フィンガーの付け根部分における深さ15mmの位置(厚さの中間位置)において、鋼材の温度を測定した。表2は、噴射開始からの時間と鋼材の温度を示したものである。
【0033】
【表2】

【0034】
実施例1と比較例1の結果から、カバーを使用して冷却すると、非常に短時間で、鋼材を−120℃以下の温度まで冷却できることが確認できた。尚、いずれのフィンガー部も、液体窒素の噴射し冷却した後、直ちに8ポンドのハンマーで1回叩くことによって、フィンガー部の根本部分から破断することができた。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】フィンガージョイント1の断面斜視図。
【図2】図1のフィンガー部2の拡大図。
【図3】カバー5を使用してフィンガー部2を冷却する様子を示した図。
【図4】フィンガー部2を破断した後のフィンガージョイント1の拡大斜視図。
【符号の説明】
【0036】
1 :フィンガージョイント、
1a:フェースプレート、
2 :フィンガー部、
3 :橋梁の床版、
4 :止水材、
5 :カバー、
6 :ノズル、
7 :差込口、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
破断しようとする対象物の表面に溝を形成してから、当該溝の一部又は全部を覆うようにカバーを被せ、当該カバー内に向けて液体冷媒を噴射して前記対象物を冷却し、その後、前記対象物に外部からの衝撃を与えることによって、前記対象物を破断することを特徴とする対象物の破断方法。
【請求項2】
前記溝が、前記対象物の厚さの5%〜10%に相当する深さで形成されていることを特徴とする、請求項1に記載の対象物の破断方法。
【請求項3】
前記溝を形成してから液体冷媒を噴射して前記対象物を冷却するまでの間に、前記対象物にあらかじめ外部からの衝撃を与えておくことを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の対象物の破断方法。
【請求項4】
前記対象物が鋼材であることを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれかに記載の対象物の破断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−183304(P2006−183304A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−376919(P2004−376919)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(595007873)株式会社橋梁メンテナンス (2)
【出願人】(000200367)川田工業株式会社 (41)
【Fターム(参考)】