説明

射出成形用金型及び射出成形用金型の製造方法

【課題】固定側型と可動側型とのパーティング面、及び複数に分割された分割入れ子同士の密着を確実にし、成形不良の発生を長期にわたり防止することができる低コストの射出成形用金型及び射出成形用金型の製造方法を提供する。
【解決手段】第1の金型13の入れ子収納部に配設される第1の入れ子14、第2の金型24の入れ子収納部に配設される第2の入れ子26のパーティングライン面が、第1の金型および第2の金型のパーティングライン面Pに対して突出し、第1の入れ子および第2の入れ子のパーティングライン面の一部が形成された面及び第1の金型および第2の金型の入れ子収納部と対向する面を除く他の面と、第1の金型および第2の金型の入れ子収納部のそれぞれ対向する面とが隙間を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、射出成形用金型及び射出成形用金型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、熱可塑性樹脂を成形する射出成形用金型は、製品が成形されるキャビティを含む溶融した成形材料の注入空間を形成する固定側型及び可動側型を備え、この固定側型及び可動側型を金属製の複数の構成部材で構成している。従来、射出成形用金型においては、キャビティに連通し、キャビティ内の空気及び成形材料から発生するガスを排気する排気通路を1つもしくは複数設けている。そして、樹脂を成形するときは、可動側型を進出させて可動側型の構成部材と固定側型の構成部材とを接合させ、溶融した成形材料をキャビティ内に注入する。この場合、成形材料からガスが発生するが、このガスは排気通路から排出されていく。その後、成形材料がある程度固化したところで、可動側型を後退させてキャビティを開き、製品を取出す。このような工程の繰り返しにより、製品を成形する。
【0003】
このような射出成形用金型において、キャビティ内に溶融樹脂を充填する際にキャビティ内のガスが円滑に排出されない場合には、キャビティ内のガスが圧縮加熱され、ガス焼けやショートショット、ウェルドライン、シルバー、色ムラ、曇り等の成形不良が発生する。
【0004】
また、溶融樹脂は高圧でキャビティ内に射出されるために、キャビティ内には高い内部圧力が発生し、パーティング面に隙間が生じると溶融状態の樹脂がパーティング面よりはみ出し、バリを発生させる。この内部圧力に打ち勝つ型締め力を型締め装置によって射出成形用金型に作用させることで、パーティング面より樹脂がはみ出すことを防止している。このようにパーティング面を構成する接触面には大きな接触面圧が作用するために、接触面には硬度を高くする焼入れ等の熱処理が施される。
【0005】
そのために、射出成形用金型は、一般に、耐摩耗性や耐腐食性等を考慮して、SKD−11、SKD−12等の合金工具鋼やSUS420J2等のステンレス焼入れ鋼等から形成されることが多いが、溶融樹脂の成形時のコアモールドとキャビティモールドとの衝合の際の衝突等によるバリの発生や摩耗等に対応するため、その表面にTiC、TiN等の硬度や耐摩耗性に優れる金属や合金を、主としてプラズマ溶射等の適宜の方法により、金型の表面に溶射することにより、保護用の皮膜が形成されることもある。
【0006】
特に、パーティング面とキャビティやコアとの境界部は、樹脂の成形に際して金型同士の合わせ目となり、バリや欠損が生し易いため、これらの境界部にWC−12Co、WC−17Co、WC27−NiCr、WC−14CoCr、WC/TiC−17Ni、Cr−25NiCrのうちのいずれか又は複数の炭化物サーメットを皮膜材料として溶射して皮膜を形成することにより、金型の欠損やバリの発生を効果的に抑制する金型の表面加工方法が開示されている(特許文献1参照:特開2004−314335)。
【0007】
また、固定側型と可動側型とのパーティング面のいずれか一方、あるいは両方に、他方のパーティング面に接触して隙間を形成する複数個の着脱自在なサポートブロックを取り付け、隙間全体をガスベントとして機能させるようにするとともに、バリの発生を防止するために、型締め時のパーティング面の隙間が5〜25μmとなるように、サポートブロックの高さを調整するようにした射出成形用金型も開示されている(特許文献2参照:特開2003−53798)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−314335(4頁、5頁、図2)
【特許文献2】特開2003−53798(2頁、3頁、図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかるに、射出成形用金型の開きに関しては、パーティング面の隙間を略20μm以下に維持しなければバリの発生を抑えることが難しいことが経験的に知られている。したがって、パーティング面を構成する接触面に隙間を設けた場合には、射出成形用金型の僅かな変形により接触面同士が少しでも離れると、バリが発生する隙間の上限値をすぐに超えてしまうために、成形条件に制限を加えることによって接触面同士の離脱を防止する処置も実施されている。
【0010】
しかし、このような成形条件に制限を加える方策を採用できない場合には、型締め力を上昇させてパーティング面を構成する接触面の接触面圧を大きくする方法が採用されるが、この方法では、成形機を大型化する必要があり、設備コスト、操業コストとも大きくなる問題がある。
また、同じ型締め力の成形機を使用しながら、パーティングライン面における入れ子同士の接触面積を小さくすることによって、接触面圧を大きくする方法も採用されるが、必要以上の接触面圧を接触面に作用させると、接触面の損傷やヘタリが発生するため、かえってバリの原因にもなる。更に、複雑な製品形状に対応する場合には、入れ子を複数の入れ子から構成することが行われているが、型締め方向と直角方向にパーティング面が発生し、金型の加工精度及び組立精度を向上させても、バリを効果的に抑制できないという問題があった。
【0011】
また、パーティング面を構成する接触面、更にはパーティング面とキャビティやコアとの境界部に、炭化物サーメットを皮膜材料として溶射して皮膜を形成した場合であっても、必ずしも金型表面への充分な密着力を得ることができず、繰り返し衝撃等を受けているうちに皮膜が金型の表面から剥離し、本来の機能を十分に発揮させることができない問題があった。
【0012】
本発明は、上記事実に鑑みてなされたものであり、固定側型と可動側型とのパーティング面、及び複数に分割された分割入れ子同士の密着を確実にし、成形不良の発生を長期にわたり防止することができる射出成形用金型の製造方法及びこれを用いた射出成形用金型を低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために、請求項1記載の射出成形用金型は、
第1の金型と第2の金型をパーティングライン面で合わせて型締めすることによりキャビティが形成される射出成形金型において、
前記第1の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した固定側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティの一部を構成するキャビティ面及び前記パーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子と、からなり、
前記第2の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した可動側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティ面に望む凸部及び前記パーティングライン面の一部が形成された第2の入れ子、とからなり、
前記第1の入れ子は、パーティングライン面が、前記固定側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第1の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記固定側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設され、
前記第2の入れ子は、パーティングライン面が、前記可動側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記可動側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設された、
ことを特徴とする。
【0014】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の射出成形用金型において、
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の、それぞれの入れ子が配設される前記固定側型板又は前記可動側型板の前記パーティングライン面に対する突出量が、型締め時の型締め力から予測される前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の縦弾性歪量以下であり、
前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記固定側型板及び前記可動側型板の前記入れ子収納部の底面と対向する面を除く他の面と、それぞれの入れ子が配設される前記固定側型板又は前記可動側型板の前記入れ子収納部の対向する面との隙間が、型締め時の型締め力から予測される前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の横弾性歪量以下である、
ことを特徴とする。
【0015】
請求項3記載の発明は、請求項1又は2に記載の射出成形用金型において、
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の少なくとも一方の入れ子が、複数に分割されて、前記固定側型板に設けられた前記入れ子収納部、又は前記可動側型板に設けられた前記入れ子収納部に並接して配設された、
ことを特徴とする。
【0016】
請求項4記載の発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載の射出成型用金型において、
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の全面、又はそれぞれの入れ子が配設される前記固定側型板及び前記可動側型板の前記入れ子収納部の底面とそれぞれ接する面を除く面が、TiN、TiCN、TiC,CrN、DLCのうちのいずれか一つ又は複数の皮膜で被覆されている、
ことを特徴とする。
【0017】
前記課題を解決するために、請求項5記載の射出成型用金型の製造方法は、
第1の金型と第2の金型をパーティングライン面で合わせて型締めすることによりキャビティが形成される射出成形金型において、
前記第1の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した固定側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティの一部を構成するキャビティ面及び前記パーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子と、からなり、
前記第2の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した可動側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティ面に望む凸部及び前記パーティングライン面の一部が形成された第2の入れ子と、からなり、
前記第1の入れ子は、パーティングライン面が、前記固定側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第1の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記固定側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設され、
前記第2の入れ子は、パーティングライン面が、前記可動側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記可動側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設された、
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、固定側型と可動側型とのパーティング面、及び複数に分割された分割入れ子同士の密着を確実にし、成形不良の発生を長期にわたり防止することができる低コストの射出成形用金型及び射出成形用金型の製造方法得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る射出成型用金型の全体構成図
【図2】本発明に係る射出成形用金型の固定側型及び可動側型の構成図
【図3】本発明に係る固定側型及び可動側型の入れ子の加工寸法を説明した図
【図4】本発明に係る固定側型及び可動側型の入れ子の縦弾性歪及び横弾性歪の算出過程を説明した図
【図5】成形機の型締め能力に対応した入れ子の縦弾性歪及び横弾性歪の算出例を示した図
【図6】本発明に係る入れ子の追い込み加工の切削加工値を説明した図
【図7】本発明に係る射出成形用金型を使用した射出成形の作用を説明した図
【図8】本発明に係る射出成形用金型と比較例の射出成形用金型の修理回数の例を示した図
【図9】本発明に係る射出成形用金型と比較例の射出成形用金型のオーバーホールまでの成形ショット数の例を示した図
【図10】本発明に係る射出成形用金型の他の実施例を説明した図
【図11】本発明に係る射出成形用金型の他の実施例の可動側型の入れ子の加工寸法を説明した図
【図12】本発明に係る射出成形用金型の他の実施例の射出成形用金型の作用を説明した図
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例としての実施例を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、以下の図面を使用した説明において、図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは異なることに留意すべきであり、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。尚、以後の説明の理解を容易にするために、図面において、可動側型が固定側型に対して進退する方向をZ軸方向、金型のパーティングライン面と平行な方向をX軸方向及びY軸方向とする。
【実施例1】
【0021】
(概略構成)
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る射出成形用金型は、製品が成形されるキャビティCを含む溶融した成形材料の注入空間を形成する第1の金型1(固定側型1)と第2の金型2(可動側型2)を備え、注入空間に連通した接合部を形成する金属製の複数の構成部材を備えている。
【0022】
固定側型1を構成する構成部材としては、固定側取付板11と、ランナーストリッパープレート12と、入れ子収納部が形成された固定側型板13と、キャビティCの一部を構成するキャビティ面及びパーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子14とがある。固定側取付板11,ランナーストリッパープレート12、及び入れ子14が配設された固定側型板13は順に接合されている。固定側取付板11には成形材料が供給される構成部材としてのロケートリング15が設けられている。固定側取付板11及びランナーストリッパープレート12には、ロケートリング15に連通し成形材料の注入空間としての通路を形成する構成部材としてのスプルーブッシュ16が設けられている。また、固定側型板13の固定側型板11側には注入空間としてのスプルーランナー部17が形成されている。18はスプルーランナー部17と第1の入れ子14のキャビティ面とを連通する注入空間としてのゲートである。
【0023】
可動側型2を構成する構成部材としては、可動側取付板21と、スぺーサブロック22を介して可動側取付板21に取付けられる受け板23と、受け板23に接合される板状の可動側型板24とがある。可動側型板24の固定側型1側には、第1の入れ子14のキャビティ面に望む凸部25を有した構成部材としての第2の入れ子26が接合により取付けられている。
【0024】
30は可動側型2に設けられ各種構成部材で構成されたエジェクタ機構である。エジェクタ機構30は、可動側取付板21と受け板23との間に架設されたエジェクタガイドピン31及びサポートピン32に沿って移動可能な一対のエジェクタプレート33と、エジェクタプレート33に設けられエジェクタプレート33と同動する複数のエジェクタピン34と、エジェクタプレート33に設けられエジェクタプレート33と同動するとともに上記センターピン29に同軸で摺動可能に設けられたエジェクタスリーブ35とを備えて構成されている。そして、エジェクタプレート33は常時は図示外の付勢手段によって後退位置に位置させられ、脱型時に図示外の駆動手段によって進出させられて、エジェクタピン34及びエジェクタスリーブ35を入れ子26から突出させ、これによりキャビティC内の製品を押圧して第2の入れ子26から製品を離間させる。
【0025】
(固定側型1および可動側型2の構成)
図2及び図3を参照しながら、固定側型1について詳細に説明する。固定側型1は、固定側取付板11と、ランナーストリッパープレート12と、入れ子収納部が形成された固定側型板13と、固定側型板13の入れ子収納部に配設され、キャビティCの一部を構成するキャビティ面、およびパーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子14とから構成される。可動側型2は、可動側取付板21と、スぺーサブロック22を介して可動側取付板21に取付けられる受け板23と、受け板23に接合される板状の可動側型板24、および可動側型板24の固定側型1側に、キャビティCを形成し固定側型板13の入れ子収納部に配設された第1の入れ子14のキャビティ面に望む面25を有した構成部材としての第2の入れ子26から構成される。
尚、可動側型2については、第2の入れ子26が、第1の入れ子14のキャビティ面に望む面25を有した構成以外は固定側型1と共通することから、以下の説明においては、その説明を省略する。
【0026】
図3は、入れ子収納部が形成された固定側型板13と、固定側型板13の入れ子収納部に配設され、キャビティCの一部を構成するキャビティ面及びパーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子14との、互いに嵌入すべき面同士の加工寸法を説明した図である。
【0027】
固定側型板13の入れ子収納部の底面と、パーティングライン面の一部が形成された面との距離をH1、固定側型板13の入れ子収納部に配設され、キャビティCの一部を構成するキャビティ面およびパーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子14の固定側型1のZ軸方向高さをH2、型締め力による第1の入れ子14の縦弾性歪による圧縮変形量をδ1としたとき、第1の入れ子14はH2=H1+δ1の関係を満たす高さH2に設定される。
【0028】
第1の入れ子14の他の面は、X軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面間距離(幅)を、それぞれW1、W2、固定側型板13の入れ子収納部のX軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面間距離(幅)を、それぞれ、V1、V2、としたとき、第1の入れ子14に型締め力が作用した際に発生するZ軸方向の縦弾性歪に伴って、第1の入れ子14のX軸方向に発生する横弾性歪による膨張変形量をδ2x、Y軸方向に発生する横弾性歪による膨張変形量をδ2yとして、W1=V1−δ2x、W2=V2−δ2yの関係を満たす幅W1及びW2に設定される。
【0029】
図4及び図5を参照しながら、縦弾性歪による圧縮変形量δ1を算出する過程を説明する。射出成形用金型は、成形される樹脂成形品に応じて適宜選択された射出成形機の型締め装置(図示せず)に取り付けられ、射出成形機の型締め能力に応じて、必要な型締め力が適宜設定される。型締め力は、キャビティ内圧力、キャビティの投影面積、ランナーの投影面積等をもとに推定し、型締め力の余裕と適用される射出成形機の運転費用を考慮した上で、射出成形機の有する最大型締め力の80%程度を基準に設定される。この型締め力による第1の入れ子14の縦弾性歪による圧縮変形量δ1(Z軸方向)は、型締め力をF、第1の入れ子14の底面部面積をS,第1の入れ子14のZ軸方向の高さをH、第1の入れ子14を構成する金型材料の縦弾性係数をE、とした場合、δ1=H×(F/S)/Eに基づいて計算される(図4(a)、(b)参照)。
【0030】
次に、第1の入れ子14のZ軸方向の縦弾性歪に伴って、第1の入れ子14には、X軸方向、及びY軸方向にも横弾性歪が発生する。第1の入れ子14を構成する金型材料のポアソン数をmとすると、横弾性歪によるX軸方向の膨張変形量δ2xは、δ2x=δ1×(1/m)×(W1/H)、同様にY軸方向の膨張変形量δ2yは、δ2y=δ1×(1/m)×(W2/H)に基づいて計算される(図4(a)、(b)参照)。
【0031】
図5に、使用される射出成形機の型締め能力を、それぞれ、15トン、50トン、75トン、100トン、180トン、350トンとした場合の、想定される型板のX軸方向、Y軸方向、Z軸方向の寸法、及びこの型板の入れ子収納部に配設される入れ子の底面部面積S、に対して、各入れ子に発生する縦歪及び横歪を計算した結果を示した。尚、計算に際して、金型材料の縦弾性係数Eを205800N/mm、ポアソン定数の逆数であるポアソン比1/mを0.3とした。使用される射出成形機の型締め力と、射出成形製品の形状及び寸法によって、適宜選択される入れ子の底面部面積Sに応じて、縦歪量及び横歪量は適宜設定することができる。
【0032】
以下、図6ないし図8を参照しながら、第1の入れ子14のキャビティ面、パーティングライン面および他の面の加工過程を説明する。
【0033】
第1の入れ子14のキャビティ面の加工方法については、特に制約はなく、常法によればよいが、キャビティCは、一般的には放電加工によって加工される。この放電加工は、まず、加工用電極(放電マスタ)を加工し、この加工用電極と加工対象物である第1の入れ子14(導電金属)との間の放電の作用により、第1の入れ子14の表面層を除去する加工方法であり、加工液中に加工用電極と加工対象物である第1の入れ子14とを対向させ、高周波パルス電源を用いて電圧を与える毎にその隙間にスパークを発生させて、第1の入れ子14の表面層を少しずつ除去する。
【0034】
第1の入れ子14の他の面、即ち、X軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面およびパーティングライン面Pは、一般的には切削加工によって形成され、加工面は研磨によって仕上げられる。尚、切削加工および研磨による加工段階では、以下に説明する第1の入れ子14の表面被覆による膜厚相当分を、追い込み加工する。
【0035】
具体的には、第1の入れ子14のキャビティ面およびパーティングライン面、及び他の面(X軸方向、及びY軸方向の対向する面)に表面被覆される皮膜の膜厚をMとしたとき、第1の入れ子14の高さH2、X軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面間距離(幅)W1、W2は、おのおのh2=H2−M、w1=W1−2×M、w2=W2−2×Mまで追い込み加工される。追い込み加工の切削加工値は、以下に記載する表面被覆材料の膜厚によって適宜選択される(図6(a)、(b)参照)。
尚、第1の入れ子14の底面、すなわち固定側型板13の底面と接する面を含めて、全面を表面被覆する場合は、上記Z軸方向の高さは、h2=H2−2×Mまで追い込み加工される。
【0036】
次に、第1の入れ子14の全面、又は固定側型板13の入れ子収納部の底面と接する面を除く面、すなわち、キャビティの一部を構成するキャビティ面、およびパーティングライン面の一部が形成された面、X軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面は、TiN、TiCN、TiC、CrN、DLC(Diamond Like Carbon)のうちのいずれか一つ又は複数で被覆される。TiN、TiCN、TiC、CrN、DLCの被覆方法については、特に制限はなく、常法によればよいが、一例として、物理的蒸着法であるPVD法や、化学的蒸着法であるCVD法を用いることができる。これらの蒸着法には、それぞれ得失があり、その目的によって選択できるが、処理温度が200°Cから600°Cと低く、金型材料の焼戻し温度以下で処理できるプラズマCVD法やPVD法が好適である。
【0037】
被覆材料の膜厚Mは、TiN、TiCN、TiC,CrNのうちのいずれか単層で被覆される場合は、2μmないし5μm、TiN、TiCN、TiCの3層で被覆される場合は、5μmないし7μmである。特に、入れ子の耐摩耗性、耐焼付性を向上するためには、TiN、TiCN、TiCの3層被覆が好適である。3層被覆する場合は、追い込み加工された入れ子の表面粗さを研磨により、Ra0.2に仕上げた後、洗浄し、TiCl、HCHの混合ガス中で、金型材料に密着性の良いTiCを被覆し、さらに洗浄とNガスを追加してTiCNを被覆、最後にTiCL、H、Nガスにより、TiNを被覆する。
【0038】
金型材料としては、固定側型1、可動側型2には耐摩耗性や耐腐食性等を考慮して、SKD−11、SKD−12等の合金工具鋼やSUS420J2等の快削ステンレス鋼等が使用されるが、成形時における固定側型1と可動側型2との衝合の際の衝突等によるバリの発生や摩耗等に対応する必要がある。本実施例に係る金型においては、その表面にTiN、TiCN、TiC、CrN、DLC等の硬度や耐摩耗性に優れる金属や合金を、主として物理的蒸着法であるPVD法や、化学的蒸着法であるCVD法を用いて蒸着する。また、TiN、TiCN、TiCの3層被覆とすることで、TiCの金型表面への充分な密着力を得ることができ、繰り返し衝撃等を受けても皮膜が金型の表面から剥離する問題を回避することができる。
尚、固定側型1、可動側型2には、コスト低減のために、S55C鋼が使用されることがあり、さらにコスト低減のためにS45C鋼、S35C鋼等の低炭素鋼の使用が望まれている。
しかし、S55C鋼でもそのまま使用すると硬度が低く、接触面にヘタリなどが発生することから、接触面の硬度を上昇させるために火炎焼入れを施すことが多いが、S55C鋼より炭素含有量の低い低炭素鋼では焼入れで硬度を上昇させることは困難であり、一般には、その使用は、金型部品の一部に限定されている。本実施例に係る金型においては、その表面にTiN、TiCN、TiC、CrN、DLC等の硬度や耐摩耗性に優れる金属や合金を、主として物理的蒸着法であるPVD法や、化学的蒸着法であるCVD法を用いて蒸着することにより、S55C鋼や、更に炭素含有量の低い低炭素鋼を使用することもできる。
【0039】
実施例1の固定側型1について、具体的に説明する。固定側型1を構成する第1の入れ子14と、使用される射出成形機の総型締め力との具体的な例は図5に示した。射出成形機の総型締め力が公称100トンの場合、その80%を型締め力とし、X軸方向の一辺が300mm、Y軸方向の一辺が400mm、Z軸方向の高さが70mmの固定側型板13に配設される、第1の入れ子14のX軸方向の一辺が120mm、Y軸方向の一辺が180mm、すなわち、底面部面積が21600mm、高さが50mmの場合、金型材料の縦弾性係数Eを205800N/mmとして、δ1=H×(F/S)/Eに基づいて計算された縦歪量は8.8μm、ポアソン比を0.3として、横歪量はX軸方向で6.4μm、Y軸方向で9.5μmとなる。
【0040】
次に、第1の入れ子14は、キャビティ面を放電加工によって加工し、パーティングライン面の一部が形成された面は、切削加工によって加工した後、研磨によって仕上げた。尚、切削加工および研磨による加工段階では、以下に説明する第1の入れ子14の表面被覆による膜厚相当分を、追い込み加工し、追い込み加工後の仕上がり寸法は、固定側型板13の入れ子収納部の高さより、上記計算された縦歪量である8.8μmから表面被覆の膜厚相当分減じた寸法とした。この後、以下に説明するTiN、TiCN、TiC、CrNによる表面被覆の膜厚を3μmに管理することで、第1の入れ子14は、型締め力による縦弾性歪量と略等しい突出量を有することになる。
【0041】
第1の入れ子14の他の面、即ち、X軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面は、切削加工によって加工した後、加工面は研磨によって仕上げた。尚、型締め力による横歪量はX軸方向で6.4μm、Y軸方向で9.5μmとなるため、固定側型板13の入れ子収納部のX軸方向、及びY軸方向の対向する面間距離より、それぞれの横歪量相当値及び、以下に説明する第1の入れ子14の表面被覆の膜厚相当分3μmを見込んで、追い込み加工した。
【0042】
追い込み加工された第1の入れ子14のキャビティ面、及びパーティングライン面の一部が形成された面、及びX軸方向、Y軸方向の対向する面に、比較的低温度の200°Cないし600°Cで処理可能なアークプラズマPVD法を用いてTiN又はCrNを膜厚3μm被覆した。
【0043】
TiN又はCrNで表面被覆した第1の入れ子14を、固定側型板13の入れ子収納部に配接した場合、第1の入れ子14のパーティングライン面の一部が形成された面は、固定側型板13のパーティングライン面より、縦弾性歪量に相当した突出量を有することになる。
一方、第1の入れ子14のX軸方向、及びY軸方向の面は、被覆されたTiN又はCrNの膜厚を含んで固定側型本体の入れ子収納部と、縦弾性歪に基づく横弾性歪に相当する隙間を有しているが、第1の入れ子14のX軸方向、及びY軸方向の面は、TiN又はCrNによって被覆されていることから、固定側型板13の入れ子収納部の内面との摺動抵抗が少なく、固定側型1の組み立て作業が容易となる。
【0044】
第1の入れ子14のキャビティ面及びパーティングライン面の一部が形成された面、及びX軸方向、及びY軸方向の対向する面を同様に、アークプラズマPVD法を用いてDLCを各々膜厚約1μm被覆しても良い。この場合、DLCによる表面被覆はTiN、TiCN、TiC、CrNによる表面被覆に対して、膜厚が約1μmと薄いことから、第1の入れ子14の、パーティングライン面の一部が形成された面、及びX軸方向、及びY軸方向のそれぞれ対向する面を膜厚相当分、追い込み加工せず、射出成形機の型締め力を増加させることで対応することもできる。また、DLCにより被覆した面は、摩擦係数が0.1と小さく、固定側型本体の凹部の内面との摺動抵抗が少なく、固定側型1の組み立て作業はより容易となる。
【0045】
また、第1の入れ子14のキャビティCの一部を構成するキャビティ面、及びパーティングライン面の一部が形成された面を同様に、TiN、TiCN、TiCの3層で被覆しても良い。この3層被覆においては、被覆膜厚は5μmないし7μmとなる。第1の入れ子14の高さH2を、膜厚増加分、すなわち、5μmないし7μm予め減じて、追い込み切削する。そうすることにより、第1の入れ子14のパーティングライン面の一部が形成された面は、固定側型板13のパーティングライン面より、型締め力による弾性変形と略等しい突出量を有することになる。
3層被覆する場合は、追い込み加工された入れ子の表面粗さを研磨により、Ra0.2に仕上げた後、洗浄し、TiCl、HCHの混合ガス中で、金型材料に密着性の良いTiCを被覆し、さらに洗浄とNガスを追加してTiCNを被覆、最後にTiCL、H、Nガスにより、TiNを被覆する。TiN、TiCN、TiCの3層被覆とすることで、TiCの金型表面への充分な密着力を得ることができ、繰り返し衝撃等を受けても皮膜が金型の表面から剥離する問題を回避することができる。
【0046】
(作用)
次に、上記実施の形態に係る、固定側型1を含む、射出成形用金型を使用した射出成形の作用について、図7を参照しながら説明する。尚、図7においては、金型の要部としての、固定側型板13、第1の入れ子14、可動側型板24、第2の入れ子26の関係のみを図示し、スプルーブッシュ16、スプルーランナー部17、スプルーランナー部17と入れ子14のキャビティ面とを連通する注入空間としてのゲート18等は省略している。
【0047】
型締め装置(図示せず)は、当該型締め装置を構成する型締めシリンダ(図示せず)が作動してトグル機構(図示せず)を動作させ、可動側型2を固定側型1に向けて移動させ、固定側型1と可動側型2とを閉じる。金型が閉じられると、第1の入れ子14のパーティングライン面Pの一部が形成された面は、固定側型板13のパーティングライン面からδ1だけ凸状態に突出しており、型締め力による圧縮力で、Z軸方向にはδ1の縦弾性歪が発生する。同時に、X軸方向、及びY軸方向にも横弾性歪δ2x、δ2yが発生する。
しかるに、第1の入れ子14及び第2の入れ子26の、型締め前における固定側型1及び可動側型2のパーティング面からの突出量が縦弾性歪δ1によって吸収され、固定側型1に配設された第1の入れ子14と、可動側型2に配設された第2の入れ子26のパーティング面には、縦弾性歪δ1に応じた圧縮応力が発生し、確実かつ強固な密着状態を得ることができる。第1の入れ子14及び第2の入れ子26のX軸方向、及びY軸方向の面と、固定側型板13、可動側型板24の入れ子収納部との間には、横弾性歪による膨張変形量δ2x、δ2yに対応した隙間が設定されていることから、縦弾性歪による横弾性歪を吸収することができる。
【0048】
射出成形用金型の準備が完了すると、溶融した樹脂は、射出成形機のノズル(図示せず)とスプルーブッシュ16、スプルーランナー部17、スプルーランナー部17と第1の入れ子14のキャビティ面とを連通する注入空間としてのゲート18とを経て、キャビティCに充填される。キャビティ内に溶融樹脂が充填される際に、キャビティCに内部圧力が発生するが、第1の入れ子14と第2の入れ子26で構成されるパーティング面は、Z軸方向にδ1の縦弾性歪が発生することにより確実かつ強固に密着し、溶融樹脂がはみ出すことを防止している。
【0049】
射出成形用金型が完全に閉じて、溶融樹脂がキャビティC内に射出されると、そのキャビティC内にあった空気を圧縮する。この空気および溶融樹脂から発生した揮発成分やガス成分を排気するために、パーティングライン面には、ガスベント溝が設けられる。ガスベント溝は、空気および溶融樹脂から発生した揮発成分やガス成分を排気でき、射出された溶融樹脂の流れ込みを防止する観点から、通常は0.01mmないし0.02mm、幅3mmないし10mm程度の溝として加工されている。本実施例に係る金型においては、ガスベント溝にもTiN、TiCN、TiC、CrN、DLC等の皮膜が形成され、耐食性、耐酸化性が向上することから、溶融樹脂から発生した揮発成分やガス成分がデポジットとして付着しにくく、長期にわたって、ガスベントの排気機能が維持される。
成形材料としての溶融樹脂がPPS(ポリフェニレンサルファイト)の場合、金型温度も130°Cないし150°Cと高く、溶融樹脂の粘性が低いため、僅かな隙間であっても溶融樹脂のはみ出しが発生しやすく、ガスベント溝は0.005mmないし0.01mmの深さに管理する必要があるが、本実施例の金型によれば、ガスベント溝が設けられたパーティング面は、Z軸方向に発生した縦弾性歪に基づく応力により確実かつ強固に密着して、バリの発生を防止しながら、上記ガスベント溝から、溶融樹脂から発生した揮発成分やガス成分の排気を長期にわたって維持することができ、特に好適である。
同様に、成形材料としてPOM(ポリアセタール)を使用し、金型温度を120°Cないし130°Cと高く設定した場合も、バリの発生を防止することができる。
【0050】
金型への溶融樹脂の充填後、金型内部は保圧状態を維持され、金型が冷却されてスプルー部分が凝固点に達すると、保圧は終了され、型締め装置の型締めシリンダがトグル機構を動作させて、可動側型2を固定側型1から離間させ、型開きを行う。このとき、エジェクタプレート33は、脱型時に図示外の駆動手段によって進出させられて、エジェクタピン34及びエジェクタスリーブ35を第2の入れ子26から突出させ、これによりキャビティC内の製品を押圧して第2の入れ子26から製品を離間させる。
第1の入れ子14及び第2の入れ子26は、それぞれに発生する歪が弾性限度内の歪であるため、型開き後は、固定側型板13及び可動側型板24の入れ子収納部へ配設された状態に復元し、応力は緩和される。従って、バリを発生させない確実かつ強固な密着を実現しながら、メンテナンスにおいては型板と入れ子の間で、かじりを発生させない保守性に優れた金型が実現される。
【0051】
固定側型板13と第1の入れ子14は、成形時の熱膨張を等しくするために、一般的には同一材料で構成されるが、同じ材質で、互いに僅かな隙間で嵌入する場合は、面同士がかじりやすい条件となる。このかじりは固定側型板13と第1の入れ子14との組み込み作業時や分解作業時に発生しやすい。特に、一定の成形を繰り返した後に、金型のメンテナンスをするために分解する場合は、かじり部分が外れなかったり、破損して成形不良となることがある。
本実施例の金型によれば、型締め中に発生する第1の入れ子14の歪は弾性変形歪の範囲内であるため、型開き後は、固定側型板13の入れ子収納部へ嵌入された状態に復元し、応力は緩和され、更に第1の入れ子14の、固定側型板13の入れ子収納部との接触面は、TiN、TiCN、TiC、CrN、DLC等の硬度や耐摩耗性に優れる金属や合金を表面被覆しているため、面同士のかじりを防止できる。また、DLCで被覆した場合は、摩擦係数が0.1と極めて小さく、耐かじり性を更に向上させることができる。
【0052】
図8に、型締め力が18トンから100トンの射出成形機に、本発明による射出成形用金型をとりつけて、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、PC/ABS(ABS樹脂とポリカーボネート樹脂アロイ)、POM(ポリアセタール)等の各種樹脂材料を使って成形作業を繰り返した場合の金型修理回数を、比較例との対比で示した。修理回数は、成形作業を繰り返し継続した場合に成形不具合が発生したために、金型を分解し、修理した回数を示す。
成形不具合としては、一般的に、入れ子やスライドコアのかじり、成形品の白化や離型不良、ショートモールド、バリ、ガス焼け、そり等がある。また、オーバーホール(OH)のみの回数とは、金型修理の作業として、カジリ箇所の磨き、研磨、表面溶接等の作業、バリが発生した場合の溶接や仕上げ加工、入れ子同士の当接状態の調整作業等を必要とせず、金型のクリーニング作業のみで不具合が解消された回数と定義した。
【0053】
図8に示した修理回数に占める、オーバーホール(OH)のみの比率が高い場合は、成形作業を繰り返し継続した場合に、金型におけるかじりやバリの発生が少ないことを示している。成形製品AないしIにおいて、射出成形機の型締め力や、成形材料が異なっても、本発明による実施例では比較例に対して、修理回数に占めるオーバーホール(OH)のみの比率が向上し、かじりやバリの発生が減少した。
【0054】
図9を参照しながら、PC(ポリカーボネート)、PPS(ポリフェニレンサルファイト)、mPPE(変性ポリフェニレンエーテル)、PC/ABS(ABS樹脂とポリカーボネート樹脂アロイ)等の各種樹脂材料を使用した本実施例における金型のオーバーホール(OH)について更に説明する。
一般に射出成形作業を継続すると、金型表面には溶融樹脂から発生した揮発成分やガス成分がデポジットとして付着するが、このデポジットはガスの通り抜ける場所に集中する。このガスは、金型のパーティング面に設けたガスベント溝のみならず、意図しない入れ子のパーティング面同士の変形による密着不良が発生した場所からも排出される。このようなガスの排出場所には、成形作業を継続すると、成形材料としての溶融樹脂に含まれる添加剤などの有機物が固着し、金型の表面に凹凸を発生させ、ガスの排気を阻害する。尚、デポジットの付着が始まると、ガスの排出を妨げ、更にデポジットが付着しやすくなるという悪循環になる。この状態で成形作業を継続すると、遂にはガスベント溝が塞がり、入れ子のパーティング面の隙間は拡大し、成形製品にガス焼け、ショートショット、表面不良、バリ等が発生し、オーバーホール(OH)が必要になる。
【0055】
本実施例においては、入れ子のキャビティ面及びパーティングライン面の一部が形成された面、入れ子収納部の底面を除く面がCrNやTiNで表面被覆されていることから、入れ子表面の耐食性、耐酸化性が向上し、デポジットが付着しにくく、かつ、入れ子のパーティング面同士は、弾性歪を吸収すべく確実かつ強固に密着していることから、パーティング面同士の変形による密着不良が発生することもなく、オーバーホール(OH)期間を大幅に伸ばすことができた。
図9に示したように、成形製品aにおいては、比較例として、約10000回程度の成形ショット数でオーバーホール(OH)していた金型が、本実施例においては、約15000回までオーバーホール(OH)期間を延ばすことができた。同様に、成形製品b、c、d、eにおいても、それぞれオーバーホール(OH)期間を延ばすことができた。更に、入れ子のパーティング面同士は、成形サイクル毎に、弾性変形限度内で密着と解放を繰り返し、その表面は耐摩耗、耐食性に優れたCrNやTiNで表面被覆されていることから、デポジットの除去に砥石を使用した研磨作業を必要とせず、ブラシ等を使用した軽微なクリーニング作業で終了することができ、入れ子の表面被覆を長期わたり維持することができた。
【実施例2】
【0056】
図10は本発明に係る実施例2の射出成形用金型の説明図であり、実施例1の図3に対応する図である。
尚、実施例2の説明において、前記実施例1の構成要素に対応する構成要素には同一の符号を付して、その詳細な説明は省略する。実施例2の射出成形用金型は、可動側型板24に配設される第2の入れ子26が複数の分割入れ子で構成される点で、実施例1における射出成形用金型と相違する。尚、製品形状が複雑な場合や、製品形状の一部の仕様が異なる場合には、例えば、可動側型2を構成する可動側型板24に配設される第2の入れ子26を分割した入れ子で構成し、入れ子の加工を容易にしたり、仕様に対応した入れ子を分割して加工し、この分割された入れ子を仕様に応じて交換して、成形することが行われている。
【0057】
図10及び図11を参照しながら、可動側型2について詳細に説明する。可動側型2は、可動側取付板21と、スぺーサブロック22を介して可動側取付板21に取付けられる受け板23と、受け板23に接合される板状の可動側型板24、および可動側型板24の固定側型1側に、キャビティCを形成し固定側型板13の入れ子収納部に配接された第1の入れ子14のキャビティ面に望む凸部25を有した構成部材としての第2の入れ子26から構成される。更に、第2の入れ子26は、複数の入れ子26a、26b、26cに分割され、板状の可動側型板24に形成された入れ子収納部に並接して配設される。尚、固定側型1については、実施例1で説明した構成と共通することから、以下の説明においては、その説明を省略する。
【0058】
図11は、入れ子収納部が形成された可動側型板24と、可動側型板24の入れ子収納部に配設され、固定側型板13の入れ子収納部に配設された第1の入れ子14のキャビティ面に望む凸部25及びパーティングライン面Pの一部が形成された第2の入れ子26との、互いに嵌入すべき面同士の加工寸法を説明した図であり、実施例1の図4に対応する図である。
【0059】
可動側型板24の入れ子収納部の底面と、パーティングライン面の一部が形成された面との距離をG1、可動側型板24の入れ子収納部に配設され、キャビティCの一部を構成するキャビティ面CFおよびパーティングライン面Pの一部が形成された入れ子26a、26cの可動側型2のZ軸方向高さをG2、型締め力による入れ子26a、26cの縦弾性歪による圧縮変形量をδ1としたとき、入れ子26a、26cはG2=G1+δ1の関係を満たす高さG2に設定される。
【0060】
入れ子26a、26b、26cの他の面は、X軸方向、及びY軸方向の対向する面間距離を、それぞれU1(=U1a+U1b+U1c)、U2(=U2a+U2b+U2c)、可動側型板24の入れ子収納部のX軸方向、及びY軸方向の対向する面間距離を、それぞれ、T1、T2、としたとき、入れ子26a、26cに型締め力が作用した際に発生するZ軸方向の縦弾性歪に伴って、入れ子26a、26cのX軸方向に発生する横弾性歪による膨張変形量をδ2x、Y軸方向に発生する横弾性歪による膨張変形量をδ2yとしたとき、U1=T1−2×δ2x、U2=T2−2×δ2yの関係を満たす幅U1及びU2に設定される。
【0061】
入れ子26a、26cに型締め力が作用した際に発生するZ軸方向の縦弾性歪による圧縮変形量δ1を算出する過程は、実施例1における第1の入れ子14の場合と同様である。また、入れ子26a、26cのZ軸方向の縦弾性歪に伴って、入れ子26a、26cには、同様にX軸方向、及びY軸方向にも横弾性歪が発生し、その算出する過程は実施例1における第1の入れ子14の場合と同様である。但し、Z軸方向のパーティング面のみを有する分割入れ子(例えば26b)には、型締め力によるZ軸方向の圧縮力は作用しないことから、Z軸方向の縦弾性歪による圧縮変形量δ1も、更には縦弾性歪に基づく横断性歪による膨張変形量δ2x、δ2yも発生しない。
【0062】
複数の入れ子26a、26b、26cに分割された第2の入れ子26の具体的な加工方法についても、実施例1と同様である。また、実施例1における第1の入れ子14と同様に、その表面は、TiN、TiCN、TiC、CrN、DLC(Diamond Like Carbon)のうちのいずれか一つ又は複数で被覆される。更に、金型材料としても、実施例1の第1の入れ子14と同様の材料を使用することができる。
【0063】
(作用)
次に、図12を参照しながら、上記実施例2に係る、可動側型2を含む、射出成形用金型を使用した射出成形の作用について説明する。
【0064】
型締め装置(図示せず)は、当該型締め装置を構成する型締めシリンダ(図示せず)が作動してトグル機構(図示せず)を動作させ、可動側型2を固定側型1に向けて移動させ、固定側型1と可動側型2とを閉じる。金型が閉じられると、入れ子26a、26cのパーティングライン面Pの一部が形成された面は、可動側型板24のパーティングライン面からδ1だけ凸状態に突出しており、型締め力による圧縮力で、Z軸方向にはδ1の縦弾性歪が発生する。同時に、X軸方向、及びY軸方向にも横弾性歪δ2x、δ2yが発生する。しかるに、固定側型1に配置された第1の入れ子14と、可動側型2に配置された入れ子26a、26cのパーティング面には、縦弾性歪δ1に対応した圧縮応力が発生し、確実かつ強固な密着状態を得ることができる。更に、可動側型2は分割された複数の入れ子26a、26b、26cから構成され、入れ子26a、26b、26cと可動側型板24の入れ子収納部との間には、横弾性歪による膨張変形量δ2x、δ2yに対応した隙間が設定されていることから、縦弾性歪による横弾性歪を吸収するとともに、分割された複数の入れ子26a、26b、26cのX軸方向、及びY軸方向の面同士には、横歪に応じた圧縮応力が作用し、パーティング面間は強固な密着状態となる。
【0065】
射出成形用金型の準備が完了すると、溶融した樹脂は、射出成形機のノズル(図示せず)とスプルーブッシュ16、スプルーランナー部17、スプルーランナー部17と第1の入れ子14のキャビティ面とを連通する注入空間としてのゲート18とを経て、キャビティCに充填される。キャビティ内に溶融樹脂が充填される際に、キャビティCに内部圧力が発生するが、第1の入れ子14と入れ子26a、26cで構成されるパーティング面は、Z軸方向にδ1の縦弾性歪が発生することにより確実かつ強固に密着し、溶融樹脂がはみ出すことを防止している。更に、第2の入れ子26は、複数の入れ子26a、26b、26cに分割され、可動側型板24に形成された入れ子収納部に並接して配設され、入れ子26aと26bのパーティング面、入れ子26cと26bのパーティング面には、バリが発生しやすい条件となるが、分割された複数の入れ子26a、26b、26cのX軸方向、及びY軸方向の面同士には、横弾性歪に応じた圧縮応力が作用し、パーティング面間は強固な密着状態となり、バリの発生を抑制する。
【0066】
可動側型2を構成する可動側型板24に配設される第2の入れ子26を分割した複数の入れ子で構成して成形作業を継続する場合、分割された第2の入れ子26aと26bのパーティング面、入れ子26cと26bのパーティング面を完全に密着させて組み立てることは困難であり、特に縦バリ、即ち成形製品のZ軸方向にバリが発生しやすく、デポジットの付着が始まると、パーティング面の隙間は拡大し、成形製品にガス焼け、ショートショット、表面不良、バリ等が発生し、入れ子26が分割されていない金型に比較して、より短期間でオーバーホールが必要になる。
本実施例においては、金型の型締め力による縦弾性歪に応じて、分割された複数の入れ子26a、26b、26cのX軸方向、及びY軸方向の面同士には、横弾性歪に応じた圧縮応力が作用し、パーティング面間は強固な密着状態が維持されるとともに、各入れ子表面はTiN、TiCN、TiC、CrN、DLC等で表面被覆されていることから、入れ子表面の耐食性、耐酸化性が向上し、デポジットが付着しにくく、オーバーホール期間を大幅に伸ばすことができた。
また、金型のクリーニングを目的としたオーバーホール作業においては、分割された複数の入れ子26a、26b、26c同士の密着は、成形サイクルごとに解放されていることから、金型の分解に際して、分割された入れ子同士のかじりの発生もなく、オーバーホール作業を効率化することができた。
尚、本実施例においては、可動側型2を構成する第2の入れ子26が、それぞれ、26a、26b、26cの3つの入れ子に分割された場合について説明したが、第2の入れ子26の分割は製品形状や仕様に対応して、適宜決定されることはいうまでもない。
【0067】
以上、本発明の実施形態を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0068】
1 固定側型
2 可動側型
11 固定側取付板
12 ランナーストリッパープレート
13 固定側型板
14 入れ子
15 ロケートリング
16 スプルーブッシュ
17 スプルーランナー部
18 ゲート
21 可動側取付板
22 スペーサブロック
23 受け板
24 可動側型板
25 入れ子凸部
26、26a、26b、26c 入れ子
30 エジェクタ機構
31 エジェクタガイドピン
32 サポートピン
33 エジェクタプレート
34 エジェクタピン
35 エジェクタスリーブ
C キャビティ
P パーティング面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の金型と第2の金型をパーティングライン面で合わせて型締めすることによりキャビティが形成される射出成形金型において、
前記第1の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した固定側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティの一部を構成するキャビティ面及び前記パーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子と、からなり、
前記第2の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した可動側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティ面に望む凸部及び前記パーティングライン面の一部が形成された第2の入れ子と、からなり、
前記第1の入れ子は、パーティングライン面が、前記固定側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第1の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記固定側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設され、
前記第2の入れ子は、パーティングライン面が、前記可動側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記可動側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設された、
ことを特徴とする射出成形用金型。
【請求項2】
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の、それぞれの入れ子が配設される前記固定側型板又は前記可動側型板の前記パーティングライン面に対する突出量が、型締め時の型締め力から予測される前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の縦弾性歪量以下であり、
前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記固定側型板及び前記可動側型板の前記入れ子収納部の底面と対向する面を除く他の面と、それぞれの入れ子が配設される前記固定側型板又は前記可動側型板の前記入れ子収納部の対向する面との隙間が、型締め時の型締め力から予測される前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の横弾性歪量以下である、
ことを特徴とする請求項1記載の射出成形用金型。
【請求項3】
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の少なくとも一方の入れ子が、複数に分割されて、前記固定側型板に設けられた前記入れ子収納部、又は前記可動側型板に設けられた前記入れ子収納部に並接して配設された、
ことを特徴とする請求項1または2記載の射出成形用金型。
【請求項4】
前記第1の入れ子及び前記第2の入れ子の全面、又はそれぞれの入れ子が配設される前記固定側型板及び前記可動側型板の前記入れ子収納部の底面とそれぞれ接する面を除く面が、TiN、TiCN、TiC,CrN、DLCのうちのいずれか一つ又は複数の皮膜で被覆されている、
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の射出成形用金型。
【請求項5】
第1の金型と第2の金型をパーティングライン面で合わせて型締めすることによりキャビティが形成される射出成形金型において、
前記第1の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した固定側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティの一部を構成するキャビティ面及び前記パーティングライン面の一部が形成された第1の入れ子と、からなり、
前記第2の金型は、
前記パーティングライン面に臨ませて入れ子収納部を形成した可動側型板と、前記入れ子収納部に配設され、前記キャビティ面に望む凸部及び前記パーティングライン面の一部が形成された第2の入れ子と、からなり、
前記第1の入れ子は、パーティングライン面が、前記固定側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第1の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記固定側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設され、
前記第2の入れ子は、パーティングライン面が、前記可動側型板の前記パーティングライン面に対して突出するとともに、前記第2の入れ子の前記パーティングライン面の一部が形成された面及び前記入れ子収納部の底面と接する面を除く他の面が、前記可動側型板の前記入れ子収納部のそれぞれ対向する面との間に隙間を有して配設された、
ことを特徴とする射出成形用金型の製造方法。






































【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−22736(P2013−22736A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156178(P2011−156178)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(512032401)TAKAHATA PRECISION R&D CENTER株式会社 (2)
【Fターム(参考)】