説明

導電部材、その製造方法、ならびにこれを用いた燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池

【課題】金属基材層とその表面に配置された中間層および導電性炭素層とを有するセパレータにおいて、導電性および耐食性を兼ね備えた導電部材を提供する。
【解決手段】基材金属を含む金属基材層52、中間層56、および導電性炭素層54が順に積層されてなる導電部材から構成される燃料電池用セパレータ5であり、金属基材層と中間層との間に導電性粒子を含む導電性補強層55を有することにより、金属基材層および中間層間の導電パスが確保される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電部材、その製造方法、ならびにこれを用いた燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、発電機能を発揮する複数の単セルが積層された構造を有する。当該単セルはそれぞれ、(1)高分子電解質膜(例えば、Nafion(登録商標)膜)、(2)これを挟持する一対(アノード、カソード)の触媒層(「電極触媒層」とも称される)、(3)さらにこれらを挟持する、供給ガスを分散させるための一対(アノード、カソード)のガス拡散層(GDL)、を含む膜電極接合体(MEA)を有する。そして、個々の単セルが有するMEAは、セパレータを介して隣接する単セルのMEAと電気的に接続される。このようにして単セルが積層・接続されることにより、燃料電池スタックが構成される。そして、この燃料電池スタックは、種々の用途に使用可能な発電手段として機能しうる。かような燃料電池スタックにおいて、セパレータは、上述したように、隣接する単セルどうしを電気的に接続する機能を発揮する。これに加えて、セパレータのMEAと対向する表面にはガス流路が設けられるのが通常である。当該ガス流路は、アノードおよびカソードに燃料ガスおよび酸化剤ガスをそれぞれ供給するためのガス供給手段として機能する。
【0003】
PEFCの発電メカニズムを簡単に説明すると、PEFCの運転時には、単セルのアノード側に燃料ガス(例えば水素ガス)が供給され、カソード側に酸化剤ガス(例えば大気、酸素)が供給される。その結果、アノードおよびカソードのそれぞれにおいて、下記反応式で表される電気化学反応が進行し、電気が生み出される。
【0004】
【数1】

【0005】
導電性が要求される燃料電池用セパレータの構成材料としては、従来、金属、カーボン、または導電性樹脂などが知られている。これらのうち、カーボンセパレータや導電性樹脂セパレータでは、ガス流路形成後の強度をある程度確保すべく、厚さを比較的大きく設定する必要がある。その結果、これらのセパレータを用いた燃料電池スタックの全体の厚さも大きくなってしまう。かようなスタックの大型化は、特に小型化が求められている車載用PEFCなどにおいては、好ましくない。
【0006】
一方、金属セパレータは強度が比較的大きいため、厚さを比較的小さくすることが可能である。また、導電性にも優れることから、金属セパレータを用いるとMEAとの接触抵抗を低減させうるという利点もある。その反面、金属材料では腐食(例えば、生成水や運転時に生じる電位差などに起因するもの)による導電性の低下や、これに伴うスタックの出力の低下という問題が生じる場合がある。よって、金属セパレータでは、その優れた導電性を確保しつつ、耐食性をも向上させることが求められている。
【0007】
例えば、特許文献1には、基材と導電性薄膜との間に基材の酸化皮膜を形成する技術が開示されている。これにより、導電性を確保するとともに基材を構成する金属の溶解が抑制され、導電性および耐久性に優れた燃料電池用セパレータが提供されうる、としている。また、基材の酸化皮膜と導電性薄膜との間に密着性を高める中間層を形成することが開示されている。これにより、基材の酸化皮膜と導電性薄膜との密着性を高めることができる、と記載されている。
【特許文献1】特開2004−185998号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の技術において、基材表面に配置される酸化皮膜(中間層)はそれ自身が絶縁性の高い層である。このため、耐食性が改善される反面、セパレータの厚さ方向の導電性が低下してしまう。
【0009】
そこで本発明は、金属基材層とその表面に配置された中間層および導電性炭素層とを有する導電部材において、耐食性を確保しつつ、導電性を一層向上させうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、基材金属を含む金属基材層と中間層との間に導電性粒子を含む導電性補強層を配置することにより、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
かような本発明の導電部材は、基材金属を含む金属基材層、中間層、および導電性炭素層が順に積層されてなる。そして、本発明の導電部材は、前記金属基材層と前記中間層との間に導電性粒子を含む導電性補強層を有する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、導電性補強層に存在する導電性粒子により金属基材層および中間層間の導電パスが確保されることにより、導電性および耐食性を兼ね備えた導電部材が提供されうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(導電部材)
本発明の導電部材は、基材金属を含む金属基材層、中間層、および導電性炭素層が順に積層されてなる。そして、前記金属基材層と前記中間層との間に導電性粒子を含む導電性補強層を有する。
【0014】
従来の金属基材層(金属基板)上に中間層および導電性炭素層を形成させたセパレータでは、スタッキングやプレス成型の際に生じたクラックやピンホールなどの欠陥から導電性炭素層および中間層に酸性水が浸入する場合がある。その結果、金属基材層と中間層の界面付近や中間層の内部(金属基材層の近傍)に金属基材や中間層を構成する材料の酸化被膜が形成されうる。特に、特許文献1のように、中間層をスパッタリング法によって形成する場合には、中間層は、結晶配向性が高い柱状構造を呈し、結晶(柱)間には隙間が多く生じる。このような柱状構造を有する柱状性材料においては、柱状間の隙間が酸性水の通路となり、柱状性材料の表面および金属基材層と中間層との間の界面に酸化被膜が形成されやすい。かような酸化被膜は絶縁性を示すためセパレータの導電性を低下させ、セパレータとしての接触抵抗が増大するという問題があった。
【0015】
これに対して、本発明は、金属基材層と中間層との間に導電性粒子が存在することにより、金属基材や中間層の構成材料の酸化に起因する酸化皮膜が形成された場合であっても、導電性粒子が導電パスを形成し、導電性を維持できる。導電性補強層は、抵抗値の上昇を抑制することに起因した層間の導電性向上のみならず、耐食性にも優れている。したがって、本発明の導電部材は優れた導電性および耐食性を共に達成することができる。このため、本発明の導電部材をセパレータとして使用する燃料電池は、金属セパレータの優れた導電性を十分に確保しつつ、優れた耐久性を発揮できる。
【0016】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した最良の実施形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態のみには制限されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。PEFC1は、まず、固体高分子電解質膜2と、これを挟持する一対の触媒層(アノード触媒層3aおよびカソード触媒層3c)とを有する。そして、固体高分子電解質膜2と触媒層(3a、3c)との積層体はさらに、一対のガス拡散層(GDL)(アノードガス拡散層4aおよびカソードガス拡散層4c)により挟持されている。このように、固体高分子電解質膜2、一対の触媒層(3a、3c)および一対のガス拡散層(4a、4c)は、積層された状態で膜電極接合体(MEA)10を構成する。
【0018】
PEFC1において、MEA10はさらに、一対のセパレータ(アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5c)により挟持されている。図1において、セパレータ(5a、5c)は、図示したMEA10の両端に位置するように図示されている。ただし、複数のMEAが積層されてなる燃料電池スタックでは、セパレータは、隣接するPEFC(図示せず)のためのセパレータとしても用いられるのが一般的である。換言すれば、燃料電池スタックにおいてMEAは、セパレータを介して順次積層されることにより、スタックを構成することとなる。なお、実際の燃料電池スタックにおいては、セパレータ(5a、5c)と固体高分子電解質膜2との間や、PEFC1とこれと隣接する他のPEFCとの間にガスシール部が配置されるが、図1ではこれらの記載を省略する。
【0019】
セパレータ(5a、5c)は、例えば、厚さ0.5mm以下の薄板にプレス処理を施すことで図1に示すような凹凸状の形状に成形することにより得られる。セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凸部はMEA10と接触している。これにより、MEA10との電気的な接続が確保される。また、セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凹部(セパレータの有する凹凸状の形状に起因して生じるセパレータとMEAとの間の空間)は、PEFC1の運転時にガスを流通させるためのガス流路として機能する。具体的には、アノードセパレータ5aのガス流路6aには燃料ガス(例えば、水素など)を流通させ、カソードセパレータ5cのガス流路6cには酸化剤ガス(例えば、空気など)を流通させる。
【0020】
一方、セパレータ(5a、5c)のMEA側とは反対の側から見た凹部は、PEFC1の運転時にPEFCを冷却するための冷媒(例えば、水)を流通させるための冷媒流路7とされる。さらに、セパレータには通常、マニホールド(図示せず)が設けられる。このマニホールドは、スタックを構成した際に各セルを連結するための連結手段として機能する。かような構成とすることで、燃料電池スタックの機械的強度が確保されうる。
【0021】
なお、図1に示す実施形態においては、セパレータ(5a、5c)は凹凸状の形状に成形されている。ただし、セパレータは、かような凹凸状の形態のみに限定されるわけではなく、ガス流路および冷媒流路の機能を発揮できる限り、平板状、一部凹凸状などの任意の形態であってもよい。
【0022】
図2は、図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。本実施形態において、セパレータ5を構成する導電部材は、金属基材層52と、中間層56と、導電性炭素層54とを有する。そして、金属基材層52と中間層56との間には、導電補強層55が介在している。なお、PEFC1において、セパレータ5は、導電性炭素層54がMEA10側に位置するように、配置される。
【0023】
以下、本実施形態のセパレータ5の各構成要素について詳説する。
【0024】
[金属基材層]
金属基材層52は、基材金属を含む層である。金属基材層52は、セパレータ5を構成する導電部材の主層であり、導電性および機械的強度の確保に寄与する。
【0025】
金属基材層52を構成する基材金属について特に制限はなく、従来、金属セパレータの構成材料として用いられているものが適宜用いられうる。基材金属としては、例えば、鉄、チタン、銅、およびアルミニウムならびにこれらの合金が挙げられる。ここで、鉄合金にはステンレスが含まれる。なかでも、耐食性、機械的強度、汎用性、コストパフォーマンスまたは加工容易性などの観点から、金属基材層はステンレス、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されることが好ましい。さらに、特にステンレスを基材金属として用いると、ガス拡散層の構成材料であるガス拡散基材との接触面の導電性が十分に確保されうる。その結果、たとえリブ肩部の膜の隙間などに水分が浸入したとしても、ステンレスから構成される金属基材層自体に生じる酸化皮膜の有する耐食性により、耐久性が維持されうる。
【0026】
ステンレスとしては、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系などが挙げられる。オーステナイト系としては、SUS201、SUS202、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316(L)、SUS317が挙げられる。オーステナイト・フェライト系としては、SUS329J1が挙げられる。マルテンサイト系としては、SUS403、SUS420が挙げられる。フェライト系としては、SUS405、SUS430、SUS430LXが挙げられる。析出硬化系としては、SUS630が挙げられる。なかでも、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレスを用いることがより好ましい。また、ステンレス中の鉄(Fe)の含有率は、好ましくは60〜84質量%であり、より好ましくは65〜72質量%である。さらに、ステンレス中のクロム(Cr)の含有率は、好ましくは16〜20質量%であり、より好ましくは16〜18質量%である。
【0027】
一方、アルミニウム合金としては、純アルミニウム系、およびアルミニウム・マンガン系、アルミニウム・マグネシウム系などが挙げられる。アルミニウム合金中におけるアルミニウム以外の元素については、アルミニウム合金として一般に使用可能なものであれば特に制限されることはない。例えば、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛およびニッケルなどがアルミニウム合金に含まれうる。アルミニウム合金の具体例として、純アルミニウム系としてはA1050、A1050Pが挙げられ、アルミニウム・マンガン系としてはA3003P、A3004Pが挙げられ、アルミニウム・マグネシウム系としてはA5052P、A5083Pが挙げられる。一方で、セパレータには機械的な強度や成形性も求められるため、上記の合金種に加えて、合金の調質も適宜選択されうる。なお、金属基材層52がチタンやアルミニウムの単体から構成される場合、当該チタンやアルミニウムの純度は、好ましくは95質量%以上であり、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは99質量%以上である。
【0028】
本発明では、金属基材層52の少なくとも一方の表面に酸化皮膜が形成されていてもよい。酸化皮膜は、金属基材層を空気中に放置することにより自然形成されたものであっても、あるいは酸化雰囲気(ガス、溶液双方の形態を含む)中で人工的に金属基材層を酸化したものであってもよい。例えば、金属基材層がステンレスから形成される場合には、Cr、NiO、Feを含む。金属基材層がアルミニウムから形成される場合には、Alを含む。金属基材層が鉄から形成される場合には、Feを含む。金属基材層がチタンから形成される場合には、TiOを含む。
【0029】
金属基材層52の厚さは、特に限定されない。加工容易性および機械的強度、並びにセパレータ自体を薄膜化することによる電池のエネルギー密度の向上等の観点より、好ましくは50〜500μmであり、より好ましくは80〜300μmであり、さらに好ましくは80〜200μmである。特に、構成材料としてステンレスを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは80〜150μmである。一方、構成材料としてアルミニウムを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは100〜300μmである。上記した範囲内の場合、セパレータとして十分な強度を有しながらも、加工容易性に優れ、好適な薄さを達成可能である。
【0030】
[導電性補強層]
導電性補強層55は、導電性粒子を含む層であり、金属基材層52上に配置される。この層の存在によって、金属基材層上または後述する中間層内部に酸化被膜が形成された場合であっても、十分な導電性が確保される。ゆえに、導電性補強層55の配置により、セパレータ5を構成する導電部材は、耐食性を確保しつつ、金属基材層52、中間層56及び導電性炭素層54のみを有する導電部材に比して、導電性が改善されうる。
【0031】
導電性粒子は、導電性を有しかつ酸化物を形成しない材料であれば、特に制限されない。具体的には、貴金属元素、貴金属元素を含む合金、およびカーボンからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。かような場合には、酸性水が層内に侵入した場合であっても、導電性粒子は酸化被膜を形成しないため、良好な導電性を維持することができる。貴金属元素としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)よりなる群から選択される少なくとも1種が好ましく挙げられる。貴金属を含む合金としては、特に制限されることはないが、金−コバルト合金(Au−Co)、金−ニッケル合金(Au−Ni)、パラジウム−ニッケル合金(Pd−Ni)などが挙げられる。カーボンとしては、グラファイト、カーボンブラック、無定形炭素、活性炭、コークス、およびガラス状カーボンよりなる群から選択される少なくとも1種が好ましく挙げられる。なかでも、比較的安価なグラファイトが好ましい。なお、これらの貴金属、貴金属元素を含む合金、またはカーボンの種類については、1種単独で用いてもよく、2種以上を混合させて用いてもよい。また、導電性粒子は中間層を構成する材料とは異なる材料を含むことが好ましい。かような場合には、中間層とは異なる特性や機能を導電性補強層に付与することが可能となる。
【0032】
導電性粒子の平均粒子径は、基材金属または中間層を構成する材料が形成しうる酸化被膜厚さ以上であることが好ましい。具体的には、材料に形成しうる酸化被膜の厚さを予め測定または調査し、導電性粒子の平均粒子径をその酸化被膜厚さ以上とすればよい。酸化被膜の厚さの測定方法としては、例えば、基材金属または後述する中間層を構成する材料を酸性雰囲気下に一定時間配置させた後に材料の表面に形成された酸化被膜の厚さをAESなどによって測定する方法が挙げられる。簡便な方法としては、酸性水に一定時間浸水させた材料について酸化被膜の厚さを測定すればよい。
【0033】
図3は、80℃、pH4の硫酸水溶液に100時間浸漬した金属基材(SUS316L)のオージェ電子分光法(AES)による元素濃度の計測結果を示す図面である。金属基材の構成元素(Fe、Cr、Ni)の他に、表面酸化物に由来する酸素(O)が表層からの深さ約10nmに存在することがわかる。したがって、かような条件においては、導電性粒子の平均粒子径は、10nm以上であることが好ましく、10〜100nmであることがより好ましく、10〜20nmであることがさらに好ましい。なお、電池内の酸性雰囲気は発電条件によって変わるため、表面酸化物の厚さの事前評価は、発電条件に応じた電池内環境を模擬した条件で行うことが望ましい。
【0034】
代表的な金属基材材料に形成されうる酸化被膜の厚さは、SUSでは0.001〜0.1nm程度、Alでは0.001〜1nm程度である。したがって、導電性粒子の平均粒子径は、好ましくは0.01〜100nmであり、より好ましくは1〜100nmであり、さらに好ましくは10〜100nmである。0.01nm以上であれば本発明の効果が得られうるが、特に、10nm以上であれば、ほぼ全ての基材金属または中間層を構成する材料が形成しうる酸化被膜の厚さ以上となるため導電性粒子同士や導電性粒子と金属基材層および中間層の導電性の構成成分との間の接点が確保され、導電性が向上する。一方、100nm以下であれば、粒子間に多数の接点を確保でき、かつ粒子間の空隙を小さくすることができるため、密着性および導電性が向上する。
【0035】
なお、本明細書における「粒子径」とは、粒子の輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大の距離を意味するものとする。また「平均粒子径」の値としては、特に言及のない限り、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数〜数十視野中に観察される粒子の粒子径の平均値として算出される値を採用するものとする。
【0036】
導電性粒子による金属基材層の被覆率は、好ましくは50%以上100%以下、より好ましくは65%以上100%以下、さらに好ましくは70%以上100%以下、特に好ましくは80%以上95%以下である。50%以上であれば、十分な導電性を確保でき、導電部材の接触抵抗の上昇を抑制できる。導電性向上の観点では、被覆率は大きいほど好ましく、100%(完全被覆)であることが好ましい。ただし、被覆率は大きいほど導電性粒子の量は増加する。代表的な導電性粒子である貴金属元素は高価であるため、コスト面を考慮すると、導電性が確保される限り被覆率が小さいほうが好ましい。なお、「導電性粒子による金属基材層の被覆率」とは、導電部材(セパレータ)5を積層方向から見た場合に金属基材層52と重複する導電補強層内の導電粒子の面積の割合を意味するものとする。被覆率は、例えば、オージェ電子分光法(AES)により得られた導電性粒子の元素の面内分布を画像処理することによって、その面積比から被覆率(基材露出率)を算出すればよい。
【0037】
図4は酸化被膜形成させた金属基材(Au)の表面に導電性粒子を被覆させた部材における、導電性粒子による金属基材の被覆率と接触抵抗との関係を示している。図4から被覆率が減少すると接触抵抗は増加する傾向にあることが分かる。さらに、また、酸化被膜の密度によっても異なるが、被覆率50%以上であれば酸化被膜の状態が異なっていても接触抵抗が有意に低減できることが確認される。
【0038】
導電性補強層は、導電性粒子に加えてその他の材料を含みうる。その他の材料を含むことにより、層間の導電性向上のみならず、耐食性にも優れる。また、導電性粒子として高価な貴金属元素を用いた場合に、その使用量を低減でき、コスト面で有利である。かようなその他の材料としては、周期律表の第4族の金属(Ti、Zr、Nf)、第5族の金属(V、Nb、Ta)、第6族の金属(Cr、Mo、W)などの金属;Si及びB等の、半金属;上記金属の合金、炭化物及び窒化物などが挙げられる。これらのうち、クロム(Cr)、タングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)もしくはハフニウム(Hf)といったイオン溶出の少ない金属、またはこれらの窒化物、炭化物もしくは炭窒化物が好ましく用いられる。より好ましくは、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物が用いられる。特に、上述したイオン溶出の少ない金属またはその炭化物もしくは窒化物を用いた場合、導電部材の耐食性を有意に向上させることができる。
【0039】
導電性補強層55における導電性粒子の含有率は特に制限されず、導電性粒子による金属基材層の被覆率が上記所望の値となるように適宜調整すればよい。
【0040】
ここで、導電性粒子以外の導電性補強層を構成する材料は、下記に詳述する中間層を構成する材料(金属、金属の炭化物または金属の窒化物)の熱膨張率以下であることが好ましく、該熱膨張率未満であることがより好ましい。一般的に、導電性炭素層は熱膨張しにくく、金属基材層は熱膨張しやすい。このため、上記したような熱膨張率となるように、導電性補強層および中間層を構成する材料を選択することにより、金属基材層、導電性補強層、中間層および導電性薄膜層各層の熱による膨張収縮の差を抑制して、各層の剥離などを防止できる。また、このような場合には、導電性補強層と中間層との密着性を向上することもできる。
【0041】
また、他の一実施形態において、導電性補強層における導電性粒子の金属基材に対する被覆率は、ガス流れ方向の上流から下流に向かって増大することが好ましい。具体的には、ガス流れ方向の上流側の導電性粒子の金属基材に対する被覆率はアノード・カソードの極によらず上流が最も低く50%程度とし、腐食環境の厳しい下流は、発電条件等を鑑みて必要に応じて被覆率を増加させるのが好ましい。なお、かかる導電性補強層における面内方向における濃度勾配は、ガス流れ方向に対して連続的に増加する形態であってもよいし、異なる濃度を有する複数の分割領域を設けることにより段階的に増加する形態であってもよい。ただし、導電性粒子は全領域にわたって均一に分散されていてももちろんよい。
【0042】
導電性補強層における導電性粒子の分散形態は、導電部材の導電性が確保される限り特に制限されない。図5は、本発明の一実施形態に係る導電性粒子および柱状性材料含む導電部材の模式断面図である。本明細書において、「柱状性材料」とは、結晶配向性の高い柱状組織を有する材料をいう。「結晶配向性」とは、多結晶である構造物中での結晶軸の配向具合を指し、結晶配向性の度合(結晶配向度)は、一般には実質的に配向性のないと考えられる粉末X線回折などによって標準データとされたJCPDS(ASTM)データを指標として判断されうる。具体的には、「結晶配向度(%)」は、WAXD測定により、(121)面に関するデバイリングの強度分布のピーク強度から求められる。
【0043】
本実施形態において、導電性補強層55は、導電性粒子57に加えて、導電部材の厚さ方向に多数配置した柱状組織を有する柱状性材料58を含む。そして、前記導電性粒子57は前記導電性補強層の前記柱状性材料58の表面および前記金属基材層52と前記導電性補強層55との間の界面に存在する。ここで、「導電性粒子が導電性補強層の柱状性材料の表面および金属基材層と導電性補強層との間の界面に存在する」とは、導電性粒子が実質的に導電性補強層の柱状性材料の表面および金属基材層と導電性補強層との間の界面に存在することを意味する。
【0044】
導電性補強層がナノレベルで多数の柱状組織を有する柱状性材料を含む場合、柱状組織の間の空隙が酸性水の流路となり、柱状組織の表面ならびに基材金属表面において酸化皮膜が形成されやすい。特に、後述する中間層が導電部材の厚さ方向に多数配置した柱状組織を有する柱状性材料から構成される場合、柱状間の隙間が酸性水の通路となり、酸化被膜の形成が進行しやすい。かような酸化被膜は絶縁性を示すためセパレータの導電性を低下させ、セパレータとしての接触抵抗が増大するという問題があった。本実施形態の導電性補強層においては、柱状性材料の表面に導電性粒子が存在するため、柱状間の導電パスを確保することで、面内方向の導電性や導電性粒子の接点を十分に確保することができる。さらに、本実施形態においては、金属基材層と導電性補強層との間の界面にも導電性粒子が存在するため、金属基材層界面での抵抗増加を抑制することができる。したがって、酸化被膜が形成された場合であっても効果的に導電性の低下を抑制することができる。かような柱状性材料はスパッタリング法を用いて製膜した場合に、生成されやすい。
【0045】
なお、上記の実施形態において、導電性補強層および中間層は導電部材の厚さ方向に多数配置した柱状組織を有するが、中間層の構造はかような柱状構造に限定されるわけではなく、他の多様な形態をとりうる。また、導電性粒子の分散形態は上記の形態に制限されるわけではなく、他の分散形態も好適に用いることができる。他の分散形態としては、例えば、導電性粒子およびその他の材料がそれぞれ層を形成して積層された構造であってもよい。かような導電性補強層や中間層の構造は、SEM−EDX(走査型電子顕微鏡&エネルギー分散型X線分析装置)またはTEM(透過型電子顕微鏡)等によって確認することができる。
【0046】
導電性補強層55の厚さは、特に限定されず、金属基材層界面等での酸化皮膜形成による抵抗増加を抑制できる限り、薄い方が好ましい。具体的には、金属基材層および中間層を有する導電部材において金属基材層の表面に酸化被膜が形成される領域の厚み以上であることが好ましい。また、導電性補強層55の厚さは、後述する中間層の厚さよりも小さい方が好ましい。この場合には、後述する中間層の密着性向上の効果および導電性補強層の導電性向上の効果が効果的に発揮されるとともに、省スペース化が可能である。
【0047】
導電性補強層は、金属基材層の少なくとも一方の表面上に存在すればよいが、本発明における所望の効果を一層高く発揮する上で、金属基材層の両面上に存在してもよい。なお、導電性補強層が金属基材層の両面上に存在する場合には、それぞれの導電性補強層の表面上に中間層および導電性炭素層がさらに設けられることとなる。金属基材層の表面の一方のみに導電性補強層が存在する場合には、当該導電性補強層は、PEFCにおいてMEA側に配置されることとなる導電性炭素層と金属基材層との間に存在することが好ましい。また、導電性補強層は1層だけでなく、複数の層からなる積層構造を有していてもよい。
【0048】
[中間層]
中間層56は、導電性補強層55上に配置される層であり、金属基材層52と導電性補強層55との密着性を向上させるという機能や、金属基材層52からのイオンの溶出を防止するという機能を有する。特に、中間層56の設置による上述した作用効果は、導電性補強層55が上記したような金属その合金から構成される場合に顕著に発現する。また、下記に詳述するが、導電性炭素層54が導電性炭素を含みかつラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(I)とGバンドピーク強度(I)との強度比R(I/I)が大きい(例えば、R値が2.0を超える)場合には、中間層56を設けることにより導電性薄膜層55との密着性効果が顕著にも発現しうる。
【0049】
中間層56を構成する材料としては、上記の密着性を付与するものであれば特に制限はない。例えば、周期律表の第4族の金属(Ti、Zr、Nf)、第5族の金属(V、Nb、Ta)、第6族の金属(Cr、Mo、W)、並びにこれらの炭化物、窒化物および炭窒化物などが挙げられる。なかでも好ましくは、クロム(Cr)、タングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)もしくはハフニウム(Hf)といったイオン溶出の少ない金属、またはこれらの窒化物、炭化物もしくは炭窒化物が用いられる。より好ましくは、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物が用いられる。特に、上述したイオン溶出の少ない金属またはその炭化物もしくは窒化物を用いた場合、導電部材(セパレータ5)の耐食性を有意に向上させることができる。
【0050】
中間層56の厚さは、特に制限されない。ただし、セパレータ5をより薄膜化することにより、燃料電池のスタックのサイズをできるだけ小さくするという観点からは、中間層56の厚さは、好ましくは0.01〜10μmであり、より好ましくは0.05〜5μmであり、さらに好ましくは0.1〜1μmである。中間層56の厚さが0.01μm以上であれば、均一な層が形成され、金属基材層の耐食性を効果的に向上させることが可能となる。一方、中間層56の厚さが10μm以下であれば、中間層の膜応力の上昇が抑えられ、金属基材層に対する皮膜追従性の低下やこれに伴う剥離・クラックの発生が防止されうる。
【0051】
また、中間層56の、導電性炭素層54側の表面は、ナノレベルで粗れていることが好ましい。かような形態によれば、中間層56上に成膜される導電性炭素層54の、中間層56に対する密着性をより一層向上させうる。
【0052】
上述したように、中間層56を構成する材料の熱膨張率が、導電性補強層55を構成する材料の熱膨張率以下であると、中間層と導電性補強層との密着性などを向上することができる。また、中間層56の熱膨張率が導電性炭素層54の熱膨張率と同等または以上であると、中間層56と導電性薄膜層55との密着性を向上することができる。これらを考慮して、金属基材層を構成する材料の熱膨張率(αsub)、緻密層を構成する材料の熱膨張率(αden)、中間層を構成する材料の熱膨張率(αmid)、および導電性薄膜層を構成する材料の熱膨張率を(α)は、下記関係を満足することが好ましい。
【0053】
【数2】

【0054】
[導電性炭素層]
導電性炭素層54は、中間層56上に配置され、導電性炭素を含む層である。この層の存在によって、導電部材(セパレータ)5の導電性を確保しつつ、金属基材層52のみの場合と比較して耐食性が改善されうる。
【0055】
導電性炭素として使用可能な炭素材料は、導電部材(セパレータ)としての接触抵抗を増大させない限りにおいて特に限定されることはない。炭素材料の結晶性や結晶性組成については、例えば、ラマン散乱分光分析により算出される、Gバンドピーク強度とDバンドピーク強度との比(強度比R値:ID/IG)を用いることができる。
【0056】
炭素材料をラマン分光法により分析すると、通常1350cm−1付近および1584cm−1付近にピークが生じる。結晶性の高いグラファイトは、1584cm−1付近にシングルピークを有し、このピークは通常、「Gバンド」と称される。一方、結晶性が低くなる(結晶構造欠陥が増す)につれて、1350cm−1付近のピークが現れてくる。このピークは通常、「Dバンド」と称される(なお、ダイヤモンドのピークは厳密には1333cm−1であり、上記Dバンドとは区別される)。Dバンドピーク強度(I)とGバンドピーク強度(I)との強度比R(I/I)は、炭素材料のグラファイトクラスターサイズやグラファイト構造の乱れ具合(結晶構造欠陥性)、sp2結合比率などの指標として用いられる。すなわち、本発明においては、導電性炭素層54の接触抵抗の指標とすることができ、導電性炭素層54の導電性を制御する膜質パラメータとして用いることができる。
【0057】
R(I/I)値は、顕微ラマン分光器を用いて、炭素材料のラマンスペクトルを計測することにより算出される。具体的には、Dバンドと呼ばれる1300〜1400cm−1のピーク強度(I)と、Gバンドと呼ばれる1500〜1600cm−1のピーク強度(I)との相対的強度比(ピーク面積比(I/I))を算出することにより求められる。
【0058】
ここで、導電性炭素層の強度比(R値)が所定の範囲内にある場合、接触抵抗の増大を顕著に抑制させることができる。よって、導電性炭素として用いる炭素材料は、導電性炭素層がかかる所定の範囲内の強度比を有するように選択することが好ましい。具体的には、導電性炭素層の強度比(R値)に関する前記所定の範囲は、以下に制限されることはないが、好ましくは1.3以上であり、より好ましくは1.4〜2.0であり、さらに好ましくは1.4〜1.9であり、特に好ましくは1.5〜1.8である。このR値が1.3以上であれば、積層方向の導電性が十分に確保された導電性炭素層が得られる。また、R値が2.0以下であれば、グラファイト成分の減少を抑制することができる。さらに、導電性炭素層自体の内部応力の増大をも抑制でき、下地である中間層との密着性を一層向上させることができる。
【0059】
なお、R値を1.3以上とすることにより上述の作用効果が得られるメカニズムは、以下のように推定されている。ただし、以下の推定メカニズムは本発明の技術的範囲をいかようにも限定することはない。
【0060】
上述したように、Dバンドピーク強度が大きくなる(すなわち、R値が大きくなる)ことは、グラファイト構造における結晶構造欠陥の増加を意味する。換言すれば、ほぼsp2炭素のみからなる高結晶性グラファイトにおいてsp3炭素が増加することを意味する。ここで、R=1.0〜1.2の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)を図6Aに示す。同様に、R=1.6の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)を図6Bに示す。なお、これらの導電部材Aおよび導電部材Bは、金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。また、導電部材Aにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は0Vである。導電部材Bにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は−140Vであった。
【0061】
図6Bに示すように、導電部材Bの導電性炭素層は、多結晶グラファイトの構造を有することがわかる。一方で、図36に示す導電部材Aの導電性炭素層においては、かような多結晶グラファイトの構造は確認できない。
【0062】
ここで、「多結晶グラファイト」とは、微視的にはグラフェン面(六角網面)が積層した異方性のグラファイト結晶構造(グラファイトクラスター)を有するが、巨視的には多数の当該グラファイト構造が集合した等方性結晶体である。したがって、多結晶グラファイトは、ダイヤモンド様カーボン(DLC;Diamond−Like Carbon)の1種であるということもできる。通常、単結晶グラファイトは、HOPG(高配向熱分解黒鉛)に代表されるような、巨視的にみてもグラフェン面が積層された乱れのない構造を示す。一方、多結晶グラファイトにおいては、個々のクラスターとしてグラファイト構造が存在しており、乱層構造を有している。R値を上述の値に制御することで、この乱れ具合(グラファイトクラスター量、サイズ)が適度に確保され、導電性炭素層の一方の面から他方の面への導電パスが確保されうる。その結果、金属基材層に加えて導電性炭素層を別途設けたことによる導電性の低下が防止されうると考えられる。
【0063】
多結晶グラファイトにおいては、グラファイトクラスターを構成するsp2炭素原子の結合によりグラフェン面が形成されていることから、当該グラフェン面の面方向に導電性が確保される。また、多結晶グラファイトは実質的に炭素原子のみから構成され、比表面積が小さく、結合した官能基の量も少ない。このため、多結晶グラファイトは酸性水等による腐食に対して優れた耐性を有する。なお、カーボンブラック等の粉末においても、1次粒子を形成しているのはグラファイトクラスターの集合体である場合が多く、これにより導電性が発揮される。しかしながら、個々の粒子が分離しているため、表面に形成されている官能基が多く、酸性水等による腐食が生じやすい。また、カーボンブラックにより導電性炭素層を成膜しても、保護膜としての緻密性に欠けるという問題もある。
【0064】
ここで、導電性炭素層54が多結晶グラファイトから構成される場合、多結晶グラファイトを構成するグラファイトクラスターのサイズは特に制限されない。一例を挙げると、グラファイトクラスターの平均直径は、好ましくは1〜50nm程度であり、より好ましくは2〜10nmである。グラファイトクラスターの平均直径がかような範囲内の値であると、多結晶グラファイトの結晶構造を維持しつつ、導電性炭素層54の厚膜化を防止することが可能である。ここで、グラファイトクラスターの「直径」とは、当該クラスターの輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大の距離を意味する。また、グラファイトクラスターの平均直径の値は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数〜数十視野中に観察されるクラスターの直径の平均値として算出されうる。
【0065】
なお、導電性炭素層54は上述した所定のR値を有する多結晶グラファイトから構成されることが好ましいが、導電性炭素層54は多結晶グラファイトに代えてまたは加えて、多結晶グラファイト以外の導電性炭素を含んで構成されてもよい。かような多結晶グラファイト以外の導電性炭素としては、カーボンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、カーボンナノホーン、カーボンフィブリルなどが挙げられる。また、カーボンブラックの具体例として、以下に制限されることはないが、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック、ランプブラック、オイルファーネスブラックもしくはサーマルブラックなどが挙げられる。なお、カーボンブラックは、グラファイト化処理が施されていてもよい。これら導電性炭素は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0066】
導電性炭素の材料が粒子状の場合の平均粒子径は、以下に制限されることはないが、導電性炭素層の厚みを抑える観点から、好ましくは2〜100nm、より好ましくは5〜20nmである。導電性炭素の粒子径および平均粒子径は、上述した導電性粒子の粒子径および平均粒子径と同様の方法で算出される値を採用するものとする。
【0067】
導電性炭素の材料がカーボンナノチューブなどの繊維状の場合の直径は、以下に制限されることはないが、好ましくは0.4〜100nm、より好ましくは1〜20nmである。一方、前記繊維状の場合の長さは、特に限定されないが、5〜200nm、より好ましくは10〜100nmである。そして、前記繊維状の場合のアスペクト比は、以下に制限されることはないが、1〜500、より好ましくは2〜100である。上記した範囲内にある場合、導電性炭素層の厚さを好適に抑えることができる。
【0068】
導電性炭素層54に含まれうる炭素材料以外の材料としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)等の貴金属;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の撥水性物質;導電性酸化物などが挙げられる。これらは1種のみが用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0069】
導電性炭素層54の厚さは、特に制限されない。ただし、好ましくは1〜1000nmであり、より好ましくは2〜500nmであり、さらに好ましくは5〜200nmである。導電性炭素層の厚さがかような範囲内の値であれば、ガス拡散基材と導電部材(セパレータ5)との間に十分な導電性を確保することができる。また、金属基材層に対して高い耐食機能を持たせることができるという有利な効果を奏しうる。なお、本実施形態では、導電性炭素層54は導電部材(セパレータ5)の一方の主表面にのみ存在する。ただし、場合によっては、導電部材(セパレータ5)の他の主表面にも導電性炭素層54が存在してもよい。
【0070】
以下、本実施形態の導電性炭素層54におけるより好ましい実施形態について説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。
【0071】
まず、導電性炭素層54のラマン散乱分光分析について、他の観点からは、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが、2回対称パターンを示すことが好ましい。以下、回転異方性測定の測定原理について、簡単に説明する。
【0072】
ラマン散乱分光分析の回転異方性測定は、測定サンプルを水平方向に360度回転させながら、ラマン散乱分光測定を実施することにより行なわれる。具体的には、測定サンプルの表面に対してレーザー光を照射し、通常のラマンスペクトルを測定する。次いで、測定サンプルを10°回転させて、同様にラマンスペクトルを測定する。この操作を、測定サンプルが360°回転するまで行なう。そして、それぞれの角度での測定において得られたピーク強度の平均値を算出し、中心がピーク強度ゼロとなる、1周360°の極座標表示とすることにより、平均ピークが得られる。そして、例えば、グラフェン面がサンプルの面方向と平行となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図7Aに示すような3回対称パターンが見られる。一方、グラフェン面がサンプルの面方向と垂直となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図7Bに示すような2回対称パターンが見られる。なお、明確な結晶構造が存在しない非晶質(アモルファス)状の炭素層がサンプル表面に存在する場合には、図7Cに示すような対称性を示さないパターンが見られる。したがって、回転異方性測定により測定された平均ピークガ2回対称パターンを示すということは、導電性炭素層54を構成するグラフェン面の面方向が、導電性炭素層54の積層方向とほぼ一致していることを意味する。かような形態によれば、導電性炭素層54における導電性が最短のパスによって確保されることとなるため、好ましいのである。
【0073】
ここで、当該回転異方性測定を行なった結果を図8Aおよび図8Bに示す。図8Aは、導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示す。また、図8Bは、上述した手法により得られた、導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示す。図8Bに示すように、導電部材Bの回転異方性測定においては、0°および180°の位置にピークが見られた。これは、図7Bに示す2回対称パターンに相当する。なお、本明細書において、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが「2回対称パターンを示す」とは、図7Bおよび図8Bに示すように、平均ピークにおいて、ピーク強度が0である点を基準として180°対向する2つのピークが存在することを意味する。3回対称パターンで見られるピーク強度と2回対称パターンで見られるピーク強度とは原理的には同程度の値を示すとされているため、かような定義が可能となる。
【0074】
好ましい実施形態では、導電性炭素層54のビッカース硬度が規定される。「ビッカース硬度(Hv)」とは、物質の硬さを規定する値であり、物質に固有の値である。本明細書において、ビッカース硬度は、ナノインデンテーション法により測定された値を意味する。ナノインデンテーション法とは、サンプル表面に対して超微小な荷重でダイヤモンド圧子を連続的に負荷および除荷し、得られた荷重−変位曲線から硬さを測定するという手法であり、Hvが大きいほどその物質は硬いことを意味する。好ましい実施形態において、具体的には、導電性炭素層54のビッカース硬度は、好ましくは1500Hv以下であり、より好ましくは1200Hv以下であり、さらに好ましくは1000Hv以下であり、特に好ましくは800Hv以下である。ビッカース硬度がかような範囲内の値であれば、導電性を有しないsp3炭素の過剰な混入が抑制され、導電性炭素層54の導電性の低下が防止されうる。一方、ビッカース硬度の下限値について特に制限はないが、ビッカース硬度が50Hv以上であれば、導電性炭素層54の硬度が十分に確保される。その結果、外部からの接触や摩擦等の衝撃にも耐えることができ、下地である金属基材層52との密着性にも優れた導電部材(セパレータ)が提供されうる。かような観点から、導電性炭素層54のビッカース硬度は、より好ましくは80Hv以上であり、さらに好ましくは100Hv以上であり、特に好ましくは200Hv以上である。
【0075】
ここで、導電部材の金属基材層としてSUS316Lを準備し、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。この際、バイアス電圧および成膜方式を制御することにより、導電性炭素層のビッカース硬度を変化させた。これにより得られた導電部材における導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を図9に示す。なお、図9では、ダイヤモンドはsp3比=100%であり、Hv10000となる。図9に示す結果から、導電性炭素層のビッカース硬度が1500Hv以下であると、sp3比の値が大きく低下することがわかる。また、sp3比の値が低下することで、導電部材の接触抵抗の値もこれに伴って低下することが推測される。
【0076】
さらに他の観点からは、導電性炭素層54に含まれる水素原子の量もまた、考慮することが好ましい。すなわち、導電性炭素層54に水素原子が含まれる場合、当該水素原子は炭素原子と結合する。そうすると、水素原子が結合した炭素原子の混成軌道はsp2からsp3へと変化して導電性を喪失し、導電性炭素層54の導電性が低下することとなる。また、多結晶グラファイトにおけるC−H結合が増加すると、結合の連続性が失われ、導電性炭素層54の硬度が低下し、最終的には導電部材の機械的強度や耐食性が低下してしまう。かような観点から、導電性炭素層54における水素原子の含有量は、導電性炭素層54を構成する全原子に対して、好ましくは30原子%以下であり、より好ましくは20原子%以下であり、さらに好ましくは10原子%以下である。ここで、導電性炭素層54における水素原子の含有量の値としては、弾性反跳散乱分析法(ERDA)により得られる値を採用するものとする。この方法では、測定サンプルを傾け、ヘリウムイオンビームを浅く入射することによって、前方に弾き出された元素を検出する。水素原子の原子核は、入射されるヘリウムイオンよりも軽いため、水素原子が存在するとその原子核は前方に弾き出される。かような散乱は弾性散乱であることから、弾き出された原子のエネルギースペクトルはその原子核の質量を反映することになります。したがって、弾き出された水素原子の原子核の数を固体検出器によって測定することにより、測定サンプルにおける水素原子の含有量が測定されうる。
【0077】
ここで、図10は、上述したR値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性炭素層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。図10に示すように、導電性炭素層における水素原子の含有量が30原子%以下であると、導電部材の接触抵抗の値は顕著に低下する。なお、図7に示す実験において、導電部材の金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。この際、成膜方式や炭化水素ガス量を制御することにより、導電性炭素層における水素原子の含有量を変化させた。
【0078】
本実施形態においては、金属基材層52のすべてが(中間層56を介してではあるものの)、導電性炭素層54により被覆されている。換言すれば、本実施形態では、導電性炭素層54により金属基材層52が被覆された面積の割合(被覆率)は100%である。ただし、かような形態のみには限定されず、被覆率は100%未満であってもよい。導電性炭素層54による金属基材層52の被覆率は、好ましくは50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは90%以上であり、最も好ましくは100%である。かような構成とすることにより、導電性炭素層54により被覆されていない、金属基材層52の露出部への酸化皮膜の形成に伴う導電性・耐食性の低下が効果的に抑制されうる。なお、本実施形態のように、後述する中間層56が金属基材層52と導電性炭素層54との間に介在する場合、上記被覆率は、導電部材(セパレータ5)を積層方向から見た場合に導電性炭素層54と重複する金属基材層52の面積の割合を意味するものとする。
【0079】
[導電部材の製造方法]
上述した実施形態の導電部材を製造する方法について特に制限はなく、従来公知の手法を適宜参照することにより製造することが可能である。以下、導電部材を製造するための好ましい実施形態を記載するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。また、セパレータ5を構成する導電部材の各構成要素の材質などの諸条件については、上述した通りであるため、ここでは説明を省略する。
【0080】
まず、金属基材層の構成材料として、所望の厚さのステンレス板などを準備する。次いで、適当な溶媒(例えば、エタノール、エーテル、アセトン、イソプロピルアルコール、トリクロロエチレンおよび苛性アルカリ剤など)を用いて、準備した金属基材層の構成材料の表面の脱脂および洗浄処理を行う。該処理としては、超音波洗浄などが挙げられる。超音波洗浄の条件としては、処理時間が1〜10分間程度、周波数が30〜50kHz程度、および電力が30〜50W程度である。
【0081】
続いて、金属基材層の構成材料の表面(両面)に形成されている酸化皮膜の除去を行なう。酸化皮膜を除去するための手法としては、酸による洗浄処理、電位印加による溶解処理、またはイオンボンバード処理などが挙げられる。
【0082】
次に、上記の処理を施した金属基材層の構成材料の表面に、導電性補強層を成膜する工程を行なう。例えば、上述した導電性補強層の構成材料(導電性粒子および必要に応じてその他の材料)をターゲットとして、金属基材層上に導電性粒子を含む層を原子レベルで積層(成膜)することにより、導電性補強層を形成することができる。これにより、直接付着した導電性補強層と金属基材層との界面およびその近傍は、分子間力等によって、長期間にわたって密着性が保持されうる。
【0083】
導電性粒子および必要に応じてその他の材料を積層(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、例えば、メッキ法、スパッタリング法もしくはイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法、またはフィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などが挙げられる。スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでも、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。かような手法によれば、比較的低温で成膜が可能であり、下地である金属基材層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点がある。また、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点がある。さらに、スパッタリング法では、スパッタリングレートなどのスパッタ条件を調節することで、導電性粒子の分散形態を制御することができるという利点がある。スパッタリング法の中でも、特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法を用いることが好ましい。かかる手法によれば、下地層(金属基材層)、および上地層(中間層、導電性炭素層)との密着性に優れる導電性補強層が形成されうる。
【0084】
また、導電性粒子の被覆率や粒子径は、予めスパッタ時間と分散量との関係をあらかじめ把握した上で、これらを制御することにより所望の範囲に設定することができる。
【0085】
続いて、上記導電性補強層の表面に中間層および導電性炭素層を成膜する工程を行なう。この際、中間層および導電性炭素層を成膜する手法としては、導電性補強層の成膜について上述したのと同様の手法を用いることができ、好ましくは、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用い、より好ましくはスパッタリング法を用い、特に好ましくはアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法を用いる。ただし、ターゲットを中間層および導電性炭素層の構成材料に変更する必要がある。中間層をかかる方法で形成させた場合には、密着性をより向上させることができる。また、かような手法で導電性炭素層を形成させた場合には、上述した利点に加えて、水素含有量の少ない炭素層を形成することができる。その結果、炭素原子同士の結合(sp2混成炭素)の割合を増加させることができ、優れた導電性が達成されうる。
【0086】
また、中間層をスパッタリング法やイオンプレーティング法で導電性補強層上に形成する場合には、導電性補強層と中間層との境界部分は、導電性補強層由来の部分と、中間層由来の部分とが、共存するような構造となっている場合がある。このような共存部分が存在したとしても、導電性補強層および中間層が上記したような厚みで配置されていれば、本発明による効果は十分達成できる。
【0087】
なお、各層の成膜をスパッタリング法により行なう場合には、スパッタリング時に金属基材層に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような形態によれば、イオン照射効果によって、各層の構成粒子やグラファイトクラスターが緻密に集合した構造の層が成膜されうる。このような層は優れた導電性を発揮しうることから、他の部材(例えば、MEA)との接触抵抗の小さい導電部材(セパレータ)が提供されうる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、各層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0088】
上述した手法によれば、金属基材層52の一方の主表面に導電性補強層55、中間層56、および導電性炭素層54が形成された導電部材が製造されうる。金属基材層52の両面に導電性補強層55が形成されてなる導電部材を製造するには、金属基材層52の他方の主表面に対して、上述したのと同様の手法によって、導電性補強層55を形成すればよい。
【0089】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。すなわち、本発明の一実施形態によれば、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、ならびにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池であって、前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、上記の導電部材から構成される燃料電池用セパレータである、固体高分子形燃料電池が提供される。
【0090】
本発明の導電部材をPEFCのセパレータに使用する場合、本発明の導電部材は、アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5cの少なくとも一方に適用されていればよい。しかし、特にカソード側で水が多量に生成することなどを考慮すると、本発明の導電部材を少なくともカソードセパレータとして使用することが好ましい。より好ましくは、本発明の導電部材を、カソードセパレータおよびアノードセパレータの両方に使用する。また、アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5cの両方に本発明の導電部材が設けられている場合には、導電性補強層における導電性粒子の量がアノードセパレータよりもカソードセパレータの方が大きいことが好ましい。燃料電池では、カソード電極電位で、0〜1V(vs SHE)の電圧が発生し、セパレータの表面にもほぼ同等の電位がかかる。さらに、カソード側では発電によって生成した水が多量に存在するため、極めて腐食環境が厳しい状態にある。よって、耐食性がより要求されるカソードセパレータにおいて導電性粒子による導電性・耐食性向上の効果が一層発揮される。
【0091】
なお、上記では、本発明の導電部材を、PEFCのセパレータに適用することについて説明してきたが、本発明の導電部材の用途はこれに限られることはない。例えば、PEFC以外にも、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などの各種の燃料電池用セパレータとしても使用可能である。また、燃料電池用セパレータ以外にも、導電性・耐食性の両立が求められている各種の用途に用いられうる。本実施形態の導電部材が用いられうる燃料電池用セパレータ以外の用途としては、例えば、他の燃料電池部品(集電板、バスバー、ガス拡散基材、MEA)、電子部品の接点などが挙げられる。他の好ましい形態において、本実施形態の導電部材は、湿潤環境および通電環境の下で使用される。かような環境下で用いると、導電性および耐食性の両立を図るという本発明の作用効果が顕著に発現しうる。なお、本実施形態の導電部材が用いられる「湿潤環境」とは、導電部材と接触する雰囲気の相対湿度が30RH以上の環境をいう。当該相対湿度は、好ましくは30%RH以上であり、より好ましくは60%RH以上であり、特に好ましくは100%RH以上である。また、本実施形態の導電部材が用いられる「通電環境」とは、0.001A/cm以上の電流密度で、導電部材を電流が流れる環境をいう。当該電流密度は、好ましくは0.01A/cm以上である。
【0092】
以下、図1を参照しつつ、本実施形態の導電部材から構成されるセパレータを用いたPEFCの構成要素について説明する。ただし、本発明はセパレータを構成する導電部材に特徴を有するものである。よって、PEFCにおけるセパレータの形状等の具体的な形態や、燃料電池を構成するセパレータ以外の部材の具体的な形態については、従来公知の知見を参照しつつ、適宜、改変が施されうる。
【0093】
[電解質層]
電解質層は、例えば、図1に示す形態のように固体高分子電解質膜2から構成される。この固体高分子電解質膜2は、PEFC1の運転時にアノード触媒層3aで生成したプロトンを膜厚方向に沿ってカソード触媒層3cへと選択的に透過させる機能を有する。また、固体高分子電解質膜2は、アノード側に供給される燃料ガスとカソード側に供給される酸化剤ガスとを混合させないための隔壁としての機能をも有する。
【0094】
固体高分子電解質膜2は、構成材料であるイオン交換樹脂の種類によって、フッ素系高分子電解質膜と炭化水素系高分子電解質膜とに大別される。フッ素系高分子電解質膜を構成するイオン交換樹脂としては、例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニリデンフルオリド−パーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーなどが挙げられる。耐熱性、化学的安定性などの発電性能を向上させるという観点からは、これらのフッ素系高分子電解質膜が好ましく用いられ、特に好ましくはパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーから構成されるフッ素系高分子電解質膜が用いられる。
【0095】
炭化水素系電解質として、具体的には、スルホン化ポリエーテルスルホン(S−PES)、スルホン化ポリアリールエーテルケトン、スルホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、ホスホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、スルホン化ポリスチレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(S−PEEK)、スルホン化ポリフェニレン(S−PPP)などが挙げられる。原料が安価で製造工程が簡便であり、かつ材料の選択性が高いといった製造上の観点からは、これらの炭化水素系高分子電解質膜が好ましく用いられる。なお、上述したイオン交換樹脂は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。また、上述した材料のみに制限されず、その他の材料が用いられてもよい。
【0096】
電解質層の厚さは、得られる燃料電池の特性を考慮して適宜決定すればよく、特に制限されない。電解質層の厚さは、通常は5〜300μm程度である。電解質層の厚さがかような範囲内の値であると、製膜時の強度や使用時の耐久性及び使用時の出力特性のバランスが適切に制御されうる。
【0097】
[触媒層]
触媒層(アノード触媒層3a、カソード触媒層3c)は、実際に電池反応が進行する層である。具体的には、アノード触媒層3aでは水素の酸化反応が進行し、カソード触媒層3cでは酸素の還元反応が進行する。
【0098】
触媒層は、触媒成分、触媒成分を担持する導電性の触媒担体、および電解質を含む。以下、触媒担体に触媒成分が担持されてなる複合体を「電極触媒」とも称する。
【0099】
アノード触媒層に用いられる触媒成分は、水素の酸化反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。また、カソード触媒層に用いられる触媒成分もまた、酸素の還元反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。具体的には、白金、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属およびこれらの合金などから選択されうる。
【0100】
これらのうち、触媒活性、一酸化炭素等に対する耐被毒性、耐熱性などを向上させるために、少なくとも白金を含むものが好ましく用いられる。前記合金の組成は、合金化する金属の種類にもよるが、白金の含有量を30〜90原子%とし、白金と合金化する金属の含有量を10〜70原子%とするのがよい。なお、合金とは、一般に金属元素に1種以上の金属元素または非金属元素を加えたものであって、金属的性質をもっているものの総称である。合金の組織には、成分元素が別個の結晶となるいわば混合物である共晶合金、成分元素が完全に溶け合い固溶体となっているもの、成分元素が金属間化合物または金属と非金属との化合物を形成しているものなどがあり、本願ではいずれであってもよい。この際、アノード触媒層に用いられる触媒成分およびカソード触媒層に用いられる触媒成分は、上記の中から適宜選択されうる。本明細書では、特記しない限り、アノード触媒層用およびカソード触媒層用の触媒成分についての説明は、両者について同様の定義である。よって、一括して「触媒成分」と称する。しかしながら、アノード触媒層およびカソード触媒層の触媒成分は同一である必要はなく、上記したような所望の作用を奏するように、適宜選択されうる。
【0101】
触媒成分の形状や大きさは、特に制限されず公知の触媒成分と同様の形状および大きさが採用されうる。ただし、触媒成分の形状は、粒状であることが好ましい。この際、触媒粒子の平均粒子径は、好ましくは1〜30nmである。触媒粒子の平均粒子径がかような範囲内の値であると、電気化学反応が進行する有効電極面積に関連する触媒利用率と担持の簡便さとのバランスが適切に制御されうる。なお、本発明における「触媒粒子の平均粒子径」は、X線回折における触媒成分の回折ピークの半値幅より求められる結晶子径や、透過形電子顕微鏡像より調べられる触媒成分の粒子径の平均値として測定されうる。
【0102】
触媒担体は、上述した触媒成分を担持するための担体、および触媒成分と他の部材との間での電子の授受に関与する電子伝導パスとして機能する。
【0103】
触媒担体としては、触媒成分を所望の分散状態で担持させるための比表面積を有し、充分な電子伝導性を有しているものであればよく、主成分がカーボンであることが好ましい。具体的には、カーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛などからなるカーボン粒子が挙げられる。なお、「主成分がカーボンである」とは、主成分として炭素原子を含むことをいい、炭素原子のみからなる、実質的に炭素原子からなる、の双方を含む概念である。場合によっては、燃料電池の特性を向上させるために、炭素原子以外の元素が含まれていてもよい。なお、「実質的に炭素原子からなる」とは、2〜3質量%程度以下の不純物の混入が許容されうることを意味する。
【0104】
触媒担体のBET比表面積は、触媒成分を高分散担持させるのに充分な比表面積であればよいが、好ましくは20〜1600m/g、より好ましくは80〜1200m/gである。触媒担体の比表面積がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散性と触媒成分の有効利用率とのバランスが適切に制御されうる。
【0105】
触媒担体のサイズについても特に限定されないが、担持の簡便さ、触媒利用率、触媒層の厚みを適切な範囲で制御するなどの観点からは、平均粒子径を5〜200nm程度、好ましくは10〜100nm程度とするとよい。
【0106】
触媒担体に触媒成分が担持されてなる電極触媒において、触媒成分の担持量は、電極触媒の全量に対して、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%である。触媒成分の担持量がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散度と触媒性能とのバランスが適切に制御されうる。なお、電極触媒における触媒成分の担持量は、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP)によって測定されうる。
【0107】
触媒層には、電極触媒に加えて、イオン伝導性の高分子電解質が含まれる。当該高分子電解質は特に限定されず従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した電解質層を構成するイオン交換樹脂が、高分子電解質として触媒層に添加されうる。
【0108】
[ガス拡散層]
ガス拡散層(アノードガス拡散層4a、カソードガス拡散層4c)は、セパレータのガス流路(6a、6c)を介して供給されたガス(燃料ガスまたは酸化剤ガス)の触媒層(3a、3c)への拡散を促進する機能、および電子伝導パスとしての機能を有する。
【0109】
ガス拡散層(4a、4c)の基材を構成する材料は特に限定されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、炭素製の織物、紙状抄紙体、フェルト、不織布といった導電性および多孔質性を有するシート状材料が挙げられる。基材の厚さは、得られるガス拡散層の特性を考慮して適宜決定すればよいが、30〜500μm程度とすればよい。基材の厚さがかような範囲内の値であれば、機械的強度とガスおよび水などの拡散性とのバランスが適切に制御されうる。
【0110】
ガス拡散層は、撥水性をより高めてフラッディング現象などを防止することを目的として、撥水剤を含むことが好ましい。撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系の高分子材料、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
【0111】
また、撥水性をより向上させるために、ガス拡散層は、撥水剤を含むカーボン粒子の集合体からなるカーボン粒子層(マイクロポーラス層;MPL、図示せず)を基材の触媒層側に有するものであってもよい。
【0112】
カーボン粒子層に含まれるカーボン粒子は特に限定されず、カーボンブラック、グラファイト、膨張黒鉛などの従来公知の材料が適宜採用されうる。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく用いられうる。カーボン粒子の平均粒子径は、10〜100nm程度とするのがよい。これにより、毛細管力による高い排水性が得られるとともに、触媒層との接触性も向上させることが可能となる。
【0113】
カーボン粒子層に用いられる撥水剤としては、上述した撥水剤と同様のものが挙げられる。なかでも、撥水性、電極反応時の耐食性などに優れることから、フッ素系の高分子材料が好ましく用いられうる。
【0114】
カーボン粒子層におけるカーボン粒子と撥水剤との混合比は、撥水性および電子伝導性のバランスを考慮して、質量比で90:10〜40:60(カーボン粒子:撥水剤)程度とするのがよい。なお、カーボン粒子層の厚さについても特に制限はなく、得られるガス拡散層の撥水性を考慮して適宜決定すればよい。
【0115】
燃料電池の製造方法は、特に制限されることなく、燃料電池の分野において従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0116】
燃料電池を運転する際に用いられる燃料は特に限定されない。例えば、水素、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、第2級ブタノール、第3級ブタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどが用いられうる。なかでも、高出力化が可能である点で、水素やメタノールが好ましく用いられる。
【0117】
さらに、燃料電池が所望する電圧を発揮できるように、セパレータを介して膜電極接合体を複数積層して直列に繋いだ構造の燃料電池スタックを形成してもよい。燃料電池の形状などは、特に限定されず、所望する電圧などの電池特性が得られるように適宜決定すればよい。
【0118】
上述したPEFC1や燃料電池スタックは、導電性・耐食性に優れる導電部材から構成されるセパレータ5を用いている。したがって、当該PEFC1や燃料電池スタックは出力特性・耐久性に優れ、長期間にわたって良好な発電性能を維持することができる。
【0119】
なお、図1に示す形態のPEFC1において、セパレータ5は、平板状の導電部材に対してプレス処理を施すことで凹凸状に成形されている。ただし、かような形態のみには制限されない。例えば、平板状の金属板(金属基材層)に対して切削処理を施すことによりガス流路や冷媒流路を構成する凹凸形状を予め形成し、その表面に、上述した手法によって導電性炭素層(および必要に応じて中間層)を形成することで、セパレータとしてもよい。
【0120】
本実施形態のPEFC1やこれを用いた燃料電池スタックは、例えば、車両に駆動用電源として搭載されうる。
【0121】
図11は、上述した実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。図11に示すように、燃料電池スタック101を燃料電池車100のような車両に搭載するには、例えば、燃料電池車100の車体中央部の座席下に搭載すればよい。座席下に搭載すれば、車内空間およびトランクルームを広く取ることができる。場合によっては、燃料電池スタック101を搭載する場所は、座席下に限らず、後部トランクルームの下部でもよいし、車両前方のエンジンルームであってもよい。このように、上述した形態のPEFC1や燃料電池スタック101を搭載した車両もまた、本発明の技術的範囲に包含される。上述したPEFC1や燃料電池スタック101は出力特性・耐久性に優れる。したがって、長期間にわたって信頼性の高い燃料電池搭載車両が提供されうる。
【実施例】
【0122】
以下、本発明による効果を、実施例および比較例を用いて説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されない。
【0123】
[実施例1]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、ステンレス(SUS316L)板(厚さ:100μm)を準備した。このステンレス板を、前処理としてエタノール液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したステンレス板を真空チャンバ内(真空度:10−3Pa程度)に設置し、Arガス(0.1〜1Pa程度)によるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもステンレス板の両面に対して行った。
【0124】
次に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、導電性粒子であるAuおよびその他の導電性補強層材料であるCrをターゲットとして、ステンレス板の両面にAuおよびCrからなる導電性補強層(Au粒子層の厚み:20nm)を形成した。一般にスパッタリングにて成膜する場合、成膜層は多数の柱状構造を有した成膜材料の層を形成するが、本導電性補強層は、柱状構造をしたCrからなる層の表面ならびにステンレス板(金属基材層)との界面に分散していることが明らかになった。また、導電補強層において、Au粒子の被覆率(表面被覆率)は90%であった。なお、Au粒子の被覆率はAESの面分析と画像解析にて算出した。被覆率の算出は後述するAESならびに画像解析手法に従って行ったが、本算出にあたっては、別途作成した導電性炭素層の成膜開始直前で成膜処理を停止したサンプルを用いた。
【0125】
導電粒子(Au)被覆率は、Auと、同時に成膜するCrのスパッタ速度の違いによって決めることが可能である。本実施例の場合、よりスパッタ速度の速いAuが必要最小限に分散するように、ターゲットのサイズや位置を変えることが望ましい。さらに、ターゲットの条件が決められた場合は、成膜時間にて被覆率や層の厚さを一意的に決めることが可能である。
【0126】
続いて、UBMS法により、Crをターゲットとして、ステンレス板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、ステンレス板の両面の導電性補強層の上に、Crからなる柱状構造を有する中間層(厚さ:0.2μm)を形成した。
【0127】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、ステンレス板に対して140Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、ステンレス板の両面上に形成された中間層の上に、導電性炭素層(厚さ:0.2μm)を形成した。これにより、サンプル(1)を作製した。
【0128】
[実施例2]
上述した実施例1と同様の手法により、サンプル(2)を作製した。導電性補強層は、成膜時間の調整によってAu被覆率38%の導電補強層を形成した。
【0129】
[実施例3]
本実施例では、導電性粒子としてAuの代わりにAgを用いた。実施例1、2と同様にAgの被覆率を計測したところ、83%であった。
【0130】
[比較例1]
導電性粒子を用いることなく、ステンレス板上に直接Crからなる中間層を形成したこと以外は、上述した実施例1と同様の手法により、サンプル(4)を作製した。この際、中間層の厚さが、実施例1における導電性補強層の厚さおよび中間層の厚さの合計と等しくなるようにした。
[評価:耐食性試験]
上記実施例1〜3および比較例1で作製した導電部材について、耐久性試験を行った。具体的には、作製した導電部材について、作製直後の接触抵抗値と導電部材をpH4の硫酸水溶液中に80℃で100時間浸漬させた後の接触抵抗値とを測定し、作製直後の接触抵抗値に対する抵抗値の増加量(接触抵抗増加量)を求めた。なお、上記硫酸水溶液は、燃料電池においてセパレータが曝される環境を模擬したものである。また、一般的に、燃料電池運転時の温度が室温〜70℃であるため、試験温度を80℃に設定した。接触抵抗増加量が低いほど、電池の耐久性が向上したことを意味する。なお、上記における接触抵抗は導電部材の積層方向における接触抵抗値を意味し、測定は下記の方法で行った。
【0131】
[接触抵抗の測定方法]
図12に示すように、作製したセパレータ200を1対のガス拡散基材210で挟持し、得られた積層体をさらに1対の触媒層220で挟持し、その両端に電源を接続し、1MPaの荷重で保持して、測定装置を構成した。この測定装置の両端に電源から1Aの電流を流し、その際の電圧降下量ΔVから、積層体の接触抵抗値を算出した。
【0132】
接触抵抗値の測定結果を、下記の表1に示す。
【0133】
[AES(オージェ電子分光法)による元素濃度プロファイル解析]
耐食性試験を行う前の実施例1〜3および比較例1で作製したサンプル(1)〜(4)について、導電部材の積層方向の元素濃度プロファイルをAESにより測定した。図13に、耐食性試験を行う前のサンプル(1)におけるオージェ電子分光分析(AES)による導電性炭素層の表面からの深さ方向における元素分布を示す。耐久試験を行う前は、基材表面に酸素の分布は確認されず、酸化被膜が形成されていないことが確認される。また、サンプル(2)〜(4)のAES測定でも、同様に酸化被膜の形成は確認されなかった。
【0134】
次に、耐久試験を行った後のサンプル(1)〜(4)について、導電部材の積層方向の元素濃度プロファイルをAESにより測定した。図14〜17に、耐食性試験を行った後のサンプル(1)〜(4)におけるオージェ電子分光分析(AES)による導電性炭素層の表面からの深さ方向における元素分布を示す。
【0135】
図14〜17からわかるように、金属基材(Fe、Ni)の表面からCr層の中間領域にかけて酸素(O)が分布しており、酸化被膜が形成されることがわかる。そして、実施例1〜3において作製した導電部材(サンプル(1)〜(3))においては、酸素の分布領域(酸化被膜)にAuまたはAgの導電性粒子が存在するが、比較例1(サンプル(4))において作製した導電部材においてはこれらの導電性粒子が存在しないことがわかる。
【0136】
また、導電部材の面内方向の元素濃度プロファイルをAESにより測定し、導電性粒子の元素の面内分布を画像処理することによって、その面積比から導電性粒子による金属基材層の被覆率を算出した。表1に結果を示す。なお、上記AES測定は下記条件で行った。
【0137】
AES装置名:電界放射型オージェ電子分分光装置 PHI製 Model−680
データポイント数は256×256 電子線加速電圧10kV
画像処理による被覆率算出:高速画像処理装置 カールツァイス製KS400
デジタル画像に取り込み、ターゲット元素の面積比を算出。
【0138】
表1に示すように、各実施例において作製した導電部材の場合には、比較例の場合と比べて、接触抵抗が極めて小さい値に抑えられることが確認された。このことから、導電性補強層を有する導電部材は酸化被膜が形成された場合であっても、導電部材の厚み方向の抵抗値の増加を抑制することができることが確認された。
【0139】
さらに、被覆率が50%以上である実施例1の導電部材(サンプル(1))は、被覆率が50%未満である実施例2の導電部材(サンプル(2))に比べ、接触抵抗の増加量を低減できることが確認された。
【0140】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0141】
【図1】本発明の1つの実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。
【図2】図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。
【図3】80℃、pH4の硫酸水溶液に100時間浸漬した金属基材(SUS316L)のオージェ電子分光法(AES)による元素濃度の計測結果を示す図面である。
【図4】酸化被膜形成させた金属基材(Au)の表面に導電性粒子を被覆させた部材における、導電性粒子による金属基材の被覆率と接触抵抗との関係を示す図面である。
【図5】本発明の一実施形態に係る導電性粒子および柱状性材料を含む導電部材の模式断面図である。
【図6A】R=1.0〜1.2の導電性薄膜層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図6B】R=1.6の導電性薄膜層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図7A】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの3回対称パターンを示す模式図である。
【図7B】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの2回対称パターンを示す模式図である。
【図7C】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定において、平均ピークの対称性を示さないパターンを示す模式図である。
【図8A】導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示すグラフである。
【図8B】導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示すグラフである。
【図9】スパッタリング法で、バイアス電圧および成膜方式を変化させることにより導電性炭素層のビッカース硬度を異ならせたいくつかの導電部材における、導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を示す図である。
【図10】R値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性薄膜層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。
【図11】本発明の一実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。
【図12】実施例において接触抵抗を測定するのに用いた測定装置の概要を示す模式図である。
【図13】AESによリ測定された、耐久試験を行う前のサンプル(1)の積層方向の元素濃度プロファイルを示す図面である。
【図14】AESによリ測定された、耐久試験を行った後のサンプル(1)の積層方向の元素濃度プロファイルを示す図面である。
【図15】AESによリ測定された、耐久試験を行った後のサンプル(2)の積層方向の元素濃度プロファイルを示す図面である。
【図16】AESによリ測定された、耐久試験を行った後のサンプル(3)の積層方向の元素濃度プロファイルを示す図面である。
【図17】AESによリ測定された、耐久試験を行った後のサンプル(4)の積層方向の元素濃度プロファイルを示す図面である。
【符号の説明】
【0142】
1 固体高分子形燃料電池(PEFC)、
2 固体高分子電解質膜、
3a アノード触媒層、
3c カソード触媒層、
4a アノードガス拡散層、
4c カソードガス拡散層、
5、200 セパレータ、
5a アノードセパレータ、
5c カソードセパレータ、
6a アノードガス流路、
6c カソードガス流路、
7 冷媒流路、
10 膜電極接合体(MEA)、
52 金属基材層、
54 導電性炭素層、
55 導電性補強層、
56 中間層、
57 導電性粒子
58 柱状性材料、
100 燃料電池車、
101 燃料電池スタック、
210 ガス拡散基材、
220 触媒層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材金属を含む金属基材層、中間層、および導電性炭素層が順に積層されてなる導電部材であって、
前記金属基材層と前記中間層との間に導電性粒子を含む導電性補強層を有する、導電部材。
【請求項2】
前記導電性炭素層のラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(I)とGバンドピーク強度(I)との強度比R(I/I)が1.3以上である、請求項1に記載の導電部材。
【請求項3】
前記導電性粒子は中間層を構成する材料とは異なる材料を含む、請求項1または2に記載の導電部材。
【請求項4】
前記導電性粒子の平均粒子径は、基材金属または中間層を構成する材料が形成しうる酸化被膜厚さ以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項5】
前記導電性粒子は貴金属元素、貴金属元素を含む合金、およびカーボンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項6】
前記導電性補強層および中間層が、導電部材の厚さ方向に多数配置した柱状組織を有する柱状性材料を含み、
前記導電性粒子は少なくとも前記導電性補強層の前記柱状性材料の表面および前記金属基材層と前記導電性補強層との間の界面に存在する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項7】
前記導電性粒子による前記金属基材層の被覆率は50%以上100%以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項8】
前記導電性補強層の厚さが中間層の厚さよりも小さい、請求項1〜7のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項9】
前記導電性補強層において、前記導電性粒子の金属基材の被覆率がガス流れ方向の上流から下流に向かって増大する、請求項1〜8のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項10】
前記中間層を構成する材料は、クロム、タングステン、チタン、モリブデン、ニオブ、およびハフニウム、ならびにこれらの窒化物、酸化物および炭化物からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1〜9のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項11】
前記基材金属が、鉄、チタン、銅、およびアルミニウムならびにこれらの合金からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の導電部材から構成される、燃料電池用セパレータ。
【請求項13】
高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、ならびにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、
前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、
を有する固体高分子形燃料電池であって、
前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項12に記載の燃料電池用セパレータである、固体高分子形燃料電池。
【請求項14】
前記カソードセパレータおよび前記アノードセパレータの両方が請求項12に記載の燃料電池用セパレータであり、
前記導電性補強層における前記導電性粒子の量がアノードセパレータよりもカソードセパレータの方が大きい、請求項13に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項15】
請求項13または14に記載の固体高分子形燃料電池を搭載した車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図6A】
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【図6B】
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【公開番号】特開2010−129394(P2010−129394A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−303219(P2008−303219)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】