導電部材、その製造方法、ならびにこれを用いた燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池
【課題】金属基材層と中間層と導電性炭素層とを有する導電部材において、その優れた導電性を十分に確保しつつ、接触抵抗を低く維持しうる手段を提供する。
【解決手段】金属基材層52と、前記金属基材層上に形成される中間層53と、前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層54とを有する導電部材であって、前記導電性炭素層の一部に中間層露出部55を有する導電部材であり、中間層が導電性炭素層の表層に露出していることにより、導電性及び親水性に優れる。
【解決手段】金属基材層52と、前記金属基材層上に形成される中間層53と、前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層54とを有する導電部材であって、前記導電性炭素層の一部に中間層露出部55を有する導電部材であり、中間層が導電性炭素層の表層に露出していることにより、導電性及び親水性に優れる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電部材、その製造方法、ならびにこれを用いた燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、発電機能を発揮する複数の単セルが積層された構造を有する。各単セルは、高分子電解質膜;これを挟持する一対(アノード、カソード)の触媒層(電極触媒層);およびさらにこれらを挟持する、供給ガスを分散させるための一対(アノード、カソード)のガス拡散層(GDL)、を含む膜電極接合体(MEA)を有する。そして、個々の単セルが有するMEAは、セパレータを介して隣接する単セルのMEAと電気的に接続される。このようにして単セルが積層・接続されることにより、燃料電池スタックが構成される。そして、この燃料電池スタックは、種々の用途に使用可能な発電手段として機能しうる。かような燃料電池スタックにおいて、セパレータは、上述したように、隣接する単セルどうしを電気的に接続する機能を発揮する。これに加えて、セパレータのMEAと対向する表面にはガス流路が設けられるのが通常である。当該ガス流路は、アノードおよびカソードに燃料ガスおよび酸化剤ガスをそれぞれ供給するためのガス供給手段として機能する。
【0003】
PEFCの発電メカニズムを簡単に説明すると、PEFCの運転時には、単セルのアノード側に燃料ガス(例えば水素ガス)が供給され、カソード側に酸化剤ガス(例えば大気、酸素)が供給される。その結果、アノードおよびカソードのそれぞれにおいて、下記反応式で表される電気化学反応が進行し、電気が生み出される。
【0004】
【数1】
【0005】
導電性が要求される燃料電池用セパレータの構成材料としては、従来、金属、カーボン、または導電性樹脂などが知られている。これらのうち、カーボンセパレータや導電性樹脂セパレータでは、ガス流路形成後の強度をある程度確保すべく、厚さを比較的大きく設定する必要がある。その結果、これらのセパレータを用いた燃料電池スタックの全体の厚さも大きくなってしまう。かようなスタックの大型化は、特に小型化が求められている車載用PEFCなどにおいては、好ましくない。
【0006】
一方、金属セパレータは強度が比較的大きいため、厚さを比較的小さくすることが可能である。また、導電性にも優れることから、金属セパレータを用いるとMEAとの接触抵抗を低減させうるという利点もある。その反面、金属材料では腐食(例えば、生成水や運転時に生じる電位差などに起因するもの)による導電性の低下や、これに伴うスタックの出力の低下という問題が生じる場合がある。よって、金属セパレータでは、その優れた導電性を確保しつつ、耐食性をも向上させることが求められている。
【0007】
また、金属基材上に中間層を設けて耐食性を向上させながら、その上に導電性炭素膜を被覆することにより導電性を確保することもできる。しかし、このような場合には、親水化が十分でないため、排水性に劣る。親水性付与の方策としては、親水材の塗布、プラズマ処理により官能基を付与する方法等があるが、いずれも炭素膜の最表面を覆うように導電性の低い膜が形成する。このため、接触抵抗が増加して、導電性が低下する。
【0008】
ここで、セパレータ基板上に、SiやTi等の酸化物形成能の高い元素の金属酸化物が複合化された状態で含有する炭素系膜を形成する技術が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。当該文献では、不活性ガス雰囲気下において、セパレータ基板に負高電圧を印加しつつ、当該基板表面に乾式成膜法により炭素系材料及び複合化金属を用いて炭素系膜を形成した後、複合化金属をドライ/ウェットな親水化処理することが記載されている。このような親水化処理により、金属酸化物微粒子は親水性を発揮して、セパレータ付近の過剰の水分を排水する。そしてその結果、耐久性および発電性能に優れる燃料電池用セパレータが提供されうる、としている(段落「0029」)。
【特許文献1】特開2007−134107号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の技術により提供される、炭素層を有する燃料電池セパレータにおいて、当該炭素層の有する結晶構造は様々である。炭素層の結晶構造が異なると、これに起因してセパレータ自体の耐食性や導電性も変動しうる。ただしいずれにしても、従来の技術により提供される燃料電池セパレータは、たとえ炭素層の配置のような表面処理が施されたものであっても、未だ十分な耐食性・導電性が確保されているとはいえない。また、特許文献1に記載の技術において、炭素系膜中の酸化物が接触抵抗を上げる可能性がある。
【0010】
そこで本発明は、金属基材層と中間層と導電性炭素層とを有する導電部材において、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、金属基材層と中間層と導電性炭素層とを有する導電部材において、中間層を部分的に導電性炭素層の表層に露出させることで、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、中間層が導電性炭素層の表層に露出していることにより、導電性及び親水性に優れる導電部材が提供されうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(導電部材)
本発明の導電部材は、金属基材層と、前記金属基材層上に形成される中間層と、前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層と、を有する導電部材であって、前記導電性炭素層の一部に中間層露出部を有する、導電部材である。
【0014】
従来では、金属基材上に中間層を設け、その上に導電性炭素膜を形成することによって、導電性を確保してきたが、親水化が十分でない。このため、親水化処理方法が様々検討されたが、導電性炭素膜の最表面に導電性の低い膜ができてしまう。このため、導電部材の接触抵抗が増加して、導電性が低下しまう。
【0015】
これに対して、本発明は、中間層の一部が導電性炭素層の表層に露出することを特徴とする。ここで、中間層が親水性付与を担い、導電性炭素層が導電性付与を担う。このため、本発明の導電部材は、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる。このため、本発明の導電部材をセパレータとして使用する燃料電池は、金属セパレータの優れた導電性を十分に確保しつつ、優れた耐久性を発揮できる。
【0016】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した最良の実施形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態のみには制限されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0017】
図1は、本発明の1つの実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。PEFC1は、まず、固体高分子電解質膜2と、これを挟持する一対の触媒層(アノード触媒層3aおよびカソード触媒層3c)とを有する。そして、固体高分子電解質膜2と触媒層(3a、3c)との積層体はさらに、一対のガス拡散層(GDL)(アノードガス拡散層4aおよびカソードガス拡散層4c)により挟持されている。このように、固体高分子電解質膜2、一対の触媒層(3a、3c)および一対のガス拡散層(4a、4c)は、積層された状態で膜電極接合体(MEA)10を構成する。
【0018】
PEFC1において、MEA10はさらに、一対のセパレータ(アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5c)により挟持されている。図1において、セパレータ(5a、5c)は、図示したMEA10の両端に位置するように図示されている。ただし、複数のMEAが積層されてなる燃料電池スタックでは、セパレータは、隣接するPEFC(図示せず)のためのセパレータとしても用いられるのが一般的である。換言すれば、燃料電池スタックにおいてMEAは、セパレータを介して順次積層されることにより、スタックを構成することとなる。なお、実際の燃料電池スタックにおいては、セパレータ(5a、5c)と固体高分子電解質膜2との間や、PEFC1とこれと隣接する他のPEFCとの間にガスシール部が配置されるが、図1ではこれらの記載を省略する。
【0019】
セパレータ(5a、5c)は、例えば、厚さ0.5mm以下の薄板にプレス処理を施すことで図1に示すような凹凸状の形状に成形することにより得られる。セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凸部はMEA10と接触している。これにより、MEA10との電気的な接続が確保される。また、セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凹部(セパレータの有する凹凸状の形状に起因して生じるセパレータとMEAとの間の空間)は、PEFC1の運転時にガスを流通させるためのガス流路として機能する。具体的には、アノードセパレータ5aのガス流路6aには燃料ガス(例えば、水素など)を流通させ、カソードセパレータ5cのガス流路6cには酸化剤ガス(例えば、空気など)を流通させる。
【0020】
一方、セパレータ(5a、5c)のMEA側とは反対の側から見た凹部は、PEFC1の運転時にPEFCを冷却するための冷媒(例えば、水)を流通させるための冷媒流路7とされる。さらに、セパレータには通常、マニホールド(図示せず)が設けられる。このマニホールドは、スタックを構成した際に各セルを連結するための連結手段として機能する。かような構成とすることで、燃料電池スタックの機械的強度が確保されうる。
【0021】
図2Aは、図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。また、図2Bは、セパレータ5の部分をMEA10側から見たイメージ図である。本実施形態において、セパレータ5を構成する導電部材は、金属基材層52と、中間層53と、導電性炭素層54とを有し、導電性炭素層54の最表面に中間層53の露出部55が存在する。なお、PEFC1において、セパレータ5は、導電性炭素層54がMEA10側に位置するように、配置される。
【0022】
以下、本実施形態のセパレータ5の各構成要素について詳説する。
【0023】
[金属基材層]
金属基材層52は、セパレータ5を構成する導電部材の主層であり、導電性および機械的強度の確保に寄与する。
【0024】
金属基材層52を構成する金属について特に制限はなく、従来、金属セパレータの構成材料として用いられているものが適宜用いられうる。金属基材層の構成材料としては、例えば、鉄、チタン、銅、およびアルミニウム並びにこれらの合金が挙げられる。これらの材料は、機械的強度、汎用性、コストパフォーマンスまたは加工容易性などの観点から好ましく用いられうる。ここで、鉄合金にはステンレスが含まれる。これらの材料は導電性、成形性に優れる。なかでも、金属基材層はステンレス、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されることが好ましい。さらに、特にステンレスを金属基材層として用いると、ガス拡散層の構成材料であるガス拡散基材との接触面の導電性が十分に確保されうる。その結果、たとえリブ肩部の膜の隙間などに水分が浸入したとしても、ステンレスから構成される金属基材層自体に生じる酸化皮膜の有する耐食性により、耐久性が維持されうる。
【0025】
ステンレスとしては、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系などが挙げられる。オーステナイト系としては、SUS201、SUS202、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316(L)、SUS317が挙げられる。オーステナイト・フェライト系としては、SUS329J1が挙げられる。マルテンサイト系としては、SUS403、SUS420が挙げられる。フェライト系としては、SUS405、SUS430、SUS430LXが挙げられる。析出硬化系としては、SUS630が挙げられる。なかでも、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレスを用いることがより好ましい。また、ステンレス中の鉄(Fe)の含有率は、好ましくは60〜84質量%であり、より好ましくは65〜72質量%である。さらに、ステンレス中のクロム(Cr)の含有率は、好ましくは16〜20質量%であり、より好ましくは16〜18質量%である。
【0026】
一方、アルミニウム合金としては、純アルミニウム系、およびアルミニウム・マンガン系、アルミニウム・マグネシウム系などが挙げられる。アルミニウム合金中におけるアルミニウム以外の元素については、アルミニウム合金として一般に使用可能なものであれば特に制限されることはない。例えば、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛およびニッケルなどがアルミニウム合金に含まれうる。アルミニウム合金の具体例として、純アルミニウム系としてはA1050、A1050Pが挙げられ、アルミニウム・マンガン系としてはA3003P、A3004Pが挙げられ、アルミニウム・マグネシウム系としてはA5052P、A5083Pが挙げられる。一方で、セパレータには機械的な強度や成形性も求められるため、上記の合金種に加えて、合金の調質も適宜選択されうる。なお、金属基材層52がチタンやアルミニウムの単体から構成される場合、当該チタンやアルミニウムの純度は、好ましくは95質量%以上であり、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは99質量%以上である。
【0027】
金属基材層52の厚さは、特に限定されない。加工容易性および機械的強度、並びにセパレータ自体を薄膜化することによる電池のエネルギー密度の向上等の観点より、好ましくは50〜500μmであり、より好ましくは80〜300μmであり、さらに好ましくは80〜200μmである。特に、構成材料としてステンレスを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは80〜150μmである。一方、構成材料としてアルミニウムを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは100〜300μmである。上記した範囲内の場合、セパレータとして十分な強度を有しながらも、加工容易性に優れ、好適な薄さを達成可能である。
【0028】
なお、例えば燃料電池用セパレータ等の構成材料として十分な強度を提供するという観点からは、金属基材層52は、ガス遮断性が高い材料から構成されることが好ましい。燃料電池のセパレータはセル同士を仕切る役割を担っているため、セパレータを挟んで両側で異なるガスが流れる構成となる。したがって、それぞれのセルの隣り合うガスの混合やガス流量の変動をなくすという観点から、金属基材層52はガス遮断性が高いほど好ましいのである。
【0029】
[中間層]
中間層53は、金属基材層52上に形成される(配置される)。ここで、中間層53は、親水性を有する。このため、中間層53を配置することによって、金属基材層52の腐食が進行し、金属基材層と中間層との界面に酸化被膜が形成するのを抑制する腐食防止層としての役目を果たし、電極で生じた過剰な水を効率よく排出する。また、中間層53は、導電性炭素層54との密着性を向上させるという機能や、金属基材層52からのイオンの溶出を防止するという機能をも有する。また、下記に詳述するが、導電性炭素層54が導電性炭素を含みかつラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)が大きい(例えば、R値が2.0を超える)導電性炭素層である場合には、中間層53を設けることにより導電性炭素層54との密着性効果が顕著にも発現しうる。
【0030】
中間層53を構成する材料としては、上記の密着性を付与するものであれば特に制限はない。例えば、周期律表の第4族の金属(Ti、Zr、Nf)、第5族の金属(V、Nb、Ta)、第6族の金属(Cr、Mo、W)、並びにこれらの炭化物、窒化物および炭窒化物などが挙げられる。なかでも好ましくは、クロム(Cr)、タングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)もしくはハフニウム(Hf)といったイオン溶出の少ない金属、またはこれらの窒化物、炭化物もしくは炭窒化物が用いられる。より好ましくは、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物が用いられる。特に、上述したイオン溶出の少ない金属またはその炭化物もしくは窒化物を用いた場合、セパレータの耐食性を有意に向上させることができる。なお、上記中間層を構成する材料は単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0031】
中間層53の厚さは、特に制限されない。具体的には、中間層53の厚さは、好ましくは30nm以上、より好ましくは100nm以上、さらに好ましくは200nm以上である。このような厚さであれば、接触抵抗を十分低い値とすることができる。また、このような厚みであれば、一般的に中間層に用いる金属は炭素に対してスパッタ率が高く、導電性炭素層は中間層に対して薄くて(少なくて)済むために、タクトタイムを短縮することができる。なお、中間層53の厚さの上限は特に制限されない。製造工程や燃料電池のスタックのサイズを考慮すると、中間層の厚さの条件は、20μm以下が適当であり、10μm以下がより好ましい。これにより、中間層の膜応力の上昇が抑えられ、金属基材層に対する皮膜追従性の低下やこれに伴う剥離・クラックの発生を防止できる。
【0032】
また、中間層53の、導電性炭素層54側の表面は、ナノレベルで粗れていることが好ましい。かような形態によれば、中間層53上に成膜される導電性炭素層54の、中間層53に対する密着性をより一層向上させうる。
【0033】
さらに、中間層53の熱膨張率が、金属基材層52を構成する金属の熱膨張率と近い値であると、中間層53と金属基材層52との密着性は向上する。ただし、かような形態では中間層53と導電性炭素層54との密着性が低下する場合がある。同様に、中間層53の熱膨張率が導電性炭素層54の熱膨張率と近い値であると、中間層53と金属基材層52との密着性が低下する場合がある。これらを考慮して、中間層の熱膨張率(αmid)、金属基材層の熱膨張率(αsub)、および導電性炭素層の熱膨張率を(αc)は、αsub>αmid>αcの関係を満足することが好ましい。
【0034】
なお、中間層は、金属基材層の少なくとも一方の表面上に存在すればよい。ただし、導電性炭素層が金属基材層の一方の主表面にのみ存在する場合には、中間層は、金属基材層と導電性炭素層との間に存在する。また、導電性炭素層は、上述したように金属基材層の両面に存在する場合もある。かような場合には、中間層は、金属基材層と双方の導電性炭素層との間にそれぞれ介在することが好ましい。金属基材層といずれか一方の導電性炭素層との間にのみ中間層が存在する場合には、当該中間層は、PEFCにおいてMEA側に配置されることとなる導電性炭素層と金属基材層との間に存在することが好ましい。
【0035】
また、本発明では、中間層53と金属基材層52との間に他の層を設けてもよい。ここで、他の層としては、電極で生成した水が金属基材層側に入り込むことを抑制・防止できるような緻密な層が挙げられる。このような層を中間層53と金属基材層52との間に配置することによって、セパレータ5を構成する導電部材は、導電性を確保しつつ、耐食性をさらに改善することができる。また、特に緻密な層が金属その合金から構成される場合には、中間層の設置による上述した作用効果が顕著に発現しうる。緻密な層を配置する場合の緻密な層の特性は特に制限されないが、水分子が通過しないことが好ましい。具体的には、緻密な層は、10%以下、より好ましくは7%以下の空隙率を有する。ここで、「空隙率」は、層の表面および断面をSEMにより画像解析を行ない、層中の緻密層を構成する金属、半金属、金属の炭化物、または金属の窒化物が占める面積率(%)を測定することによって求められる。
【0036】
[導電性炭素層]
導電性炭素層54は、中間層53上に形成される(配置される)。導電性炭素層54は、導電性炭素を含む層である。この層の存在によって、セパレータ5を構成する導電部材の導電性を確保しつつ、金属基材層52のみの場合と比較して耐食性が改善されうる。なお、本発明では、図2A、2Bなどから明らかであるように、導電性炭素層54は、必ずしも一体的な層としての構成とはなっていない。しかし、本願明細書では、導電性炭素が存在する部分を総称して、「導電性炭素層」と称する。
【0037】
本発明において、導電性炭素層54は、中間層53全面を被覆せず、中間層の露出部分が存在する。中間層が親水性を担い、導電性炭素層が導電性を担うことで、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる。すなわち、中間層は、導電性炭素層よりも親水性に優れる。このため、導電性炭素層の最表面にこのような親水性中間層の露出部分が存在することで、導電性炭素層単体よりも親水性が向上する。なお、中間層は導電性炭素層よりも接触抵抗は高いものの、導電性炭素層が導電パスを確保することで、接触抵抗の増加を極力抑制できる。
【0038】
ここで、導電性炭素層による中間層の被覆率は、好ましくは30%以上100%未満である。このように面積比で30%以上、中間層が導電性炭素層で被覆されていれば、導電性炭素層による導電パスは確保しつつ、導電部材表面に十分親水性が付与され、排水性が向上する。ゆえに、本発明の導電性部材をセパレータに使用する場合には、十分な導電性は維持しつつセパレータ表面は親水性を奏し、セパレータ付近の過剰の水分を効率よく排水しうる。より好ましくは、導電性炭素層による中間層の被覆率(導電性炭素層最表面での暴露率)は、50〜90%である。なお、上記被覆率は、導電部材(セパレータ5)を積層方向から見た場合に中間層53と重複する導電性炭素層54の面積の割合{=[(導電性炭素層54の全面積)/(中間層53の面積)]×100(%)}を意味するものとする。
【0039】
従来、不活性ガス雰囲気下でセパレータ基板に負高電圧を印加しつつ、基板表面に乾式成膜法により炭素系材料を用いて、金属セパレータの金属基材の一方の表面にグラファイト化された炭素からなる炭素層を形成する技術が提案された。この炭素層を有する燃料電池セパレータは、耐食性および導電性に優れるとされているものの、炭素層の有する結晶構造は様々であり、炭素層の結晶構造が異なると、これに起因してセパレータ自体の耐食性や導電性も変動しうる。ゆえに、従来の燃料電池セパレータは、未だ十分な耐食性・導電性が確保されているとはいえなかった。これに対して、導電性炭素層の結晶化構造を特定な構造と調節することによって、導電性炭素層の一方の面から他方の面への導電パスが確保できる。このような導電性炭素層を導電部材(特にセパレータ)に使用することにより、優れた導電性を十分に確保しつつ、耐食性がより一層向上した導電部材が提供できる。すなわち、導電性炭素層の結晶構造を、ラマン散乱分光分析により測定される、Dバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)により規定する。具体的には、強度比R(ID/IG)を1.3以上とすることが好ましい。以下、当該構成要件について、より詳細に説明する。
【0040】
炭素材料をラマン分光法により分析すると、通常1350cm−1付近および1584cm−1付近にピークが生じる。結晶性の高いグラファイトは、1584cm−1付近にシングルピークを有し、このピークは通常、「Gバンド」と称される。一方、結晶性が低くなる(結晶構造欠陥が増す)につれて、1350cm−1付近のピークが現れてくる。このピークは通常、「Dバンド」と称される(なお、ダイヤモンドのピークは厳密には1333bm−1であり、上記Dバンドとは区別される)。Dバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)は、炭素材料のグラファイトクラスターサイズやグラファイト構造の乱れ具合(結晶構造欠陥性)、sp2結合比率などの指標として用いられる。すなわち、本実施形態においては、導電性炭素層の接触抵抗の指標とすることができ、導電性炭素層の導電性を制御する膜質パラメータとして用いることができる。
【0041】
R(ID/IG)値は、顕微ラマン分光器を用いて、炭素材料のラマンスペクトルを計測することにより算出される。具体的には、Dバンドと呼ばれる1300〜1400cm−1のピーク強度(ID)と、Gバンドと呼ばれる1500〜1600cm−1のピーク強度(IG)との相対的強度比(ピーク面積比(ID/IG))を算出することにより求められる。
【0042】
上述したように、本実施形態において、R値は1.3以上であることが好ましい。このようなR値であると、導電性炭素層でのグラファイト結合比が多くなることによりπ電子が多くなり、導電性を確保することができる。R値は、より好ましくは1.4〜2.0であり、さらに好ましくは1.4〜1.9であり、特に好ましくは1.5〜1.8である。このR値が1.3以上であれば、積層方向の導電性が十分に確保された導電性炭素層が得られる。また、R値が2.0以下であれば、グラファイト成分の減少を抑制することができる。さらに、導電性炭素層自体の内部応力の増大をも抑制でき、下地である中間層との密着性を一層向上させることができる。本明細書において、「R値」は下記方法に従って測定した。
【0043】
[R値の測定]
導電部材について、導電性炭素層のR値の測定を行なった。具体的には、まず、顕微ラマン分光器を用いて、導電性炭素層のラマンスペクトルを計測した。そして、1300〜1400cm−1に位置するバンド(Dバンド)のピーク強度(ID)と、1500〜1600cm−1に位置するバンド(Gバンド)のピーク強度(IG)とのピーク面積比(ID/IG)を算出して、R値とした。
【0044】
なお、本実施形態のようにR値を1.3以上とすることにより上述の作用効果が得られるメカニズムは、以下のように推定されている。ただし、以下の推定メカニズムは本発明の技術的範囲をいかようにも限定することはない。
【0045】
上述したように、Dバンドピーク強度が大きくなる(すなわち、R値が大きくなる)ことは、グラファイト構造における結晶構造欠陥の増加を意味する。換言すれば、ほぼsp2炭素のみからなる高結晶性グラファイトにおいてsp3炭素が増加することを意味する。ここで、R=1.0〜1.2の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)を図3Aに示す。同様に、R=1.6の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)を図3Bに示す。なお、これらの導電部材Aおよび導電部材Bは、金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。また、導電部材Aにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は0Vである。導電部材Bにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は−140Vであった。
【0046】
図3Bに示すように、導電部材Bの導電性炭素層は、多結晶グラファイトの構造を有することがわかる。一方で、図3Aに示す導電部材Aの導電性炭素層においては、かような多結晶グラファイトの構造は確認できない。
【0047】
ここで、「多結晶グラファイト」とは、微視的にはグラフェン面(六角網面)が積層した異方性のグラファイト結晶構造(グラファイトクラスター)を有するが、巨視的には多数の当該グラファイト構造が集合した等方性結晶体である。したがって、多結晶グラファイトは、ダイヤモンド様カーボン(DLC;Diamond−Like Carbon)の1種であるということもできる。通常、単結晶グラファイトは、HOPG(高配向熱分解黒鉛)に代表されるような、巨視的にみてもグラフェン面が積層された乱れのない構造を示す。一方、多結晶グラファイトにおいては、個々のクラスターとしてグラファイト構造が存在しており、乱層構造を有している。R値を上述の値に制御することで、この乱れ具合(グラファイトクラスター量、サイズ)が適度に確保され、導電性炭素層の一方の面から他方の面への導電パスが確保されうる。その結果、金属基材層に加えて導電性炭素層を別途設けたことによる導電性の低下が防止されうると考えられる。
【0048】
多結晶グラファイトにおいては、グラファイトクラスターを構成するsp2炭素原子の結合によりグラフェン面が形成されていることから、当該グラフェン面の面方向に導電性が確保される。また、多結晶グラファイトは実質的に炭素原子のみから構成され、比表面積が小さく、結合した官能基の量も少ない。このため、多結晶グラファイトは酸性水等による腐食に対して優れた耐性を有する。なお、カーボンブラック等の粉末においても、1次粒子を形成しているのはグラファイトクラスターの集合体である場合が多く、これにより導電性が発揮される。しかしながら、個々の粒子が分離しているため、表面に形成されている官能基が多く、酸性水等による腐食が生じやすい。また、カーボンブラックにより導電性炭素層を成膜しても、保護膜としての緻密性に欠けるという問題もある。
【0049】
ここで、本実施形態の導電性炭素層が多結晶グラファイトから構成される場合、多結晶グラファイトを構成するグラファイトクラスターのサイズは特に制限されない。一例を挙げると、グラファイトクラスターの平均直径は、好ましくは1〜50nm程度であり、より好ましくは2〜10nmである。グラファイトクラスターの平均直径がかような範囲内の値であると、多結晶グラファイトの結晶構造を維持しつつ、導電性炭素層の厚膜化を防止することが可能である。ここで、グラファイトクラスターの「直径」とは、当該クラスターの輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大の距離を意味する。また、グラファイトクラスターの平均直径の値は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数〜数十視野中に観察されるクラスターの直径の平均値として算出されうる。
【0050】
なお、本実施形態では導電性炭素層は多結晶グラファイトのみから構成されてもよいが、導電性炭素層は多結晶グラファイト以外の材料をも含みうる。導電性炭素層に含まれうる多結晶グラファイト以外の炭素材料としては、カーボンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、カーボンナノホーン、カーボンフィブリルなどが挙げられる。また、カーボンブラックの具体例として、以下に制限されることはないが、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック、ランプブラック、オイルファーネスブラックもしくはサーマルブラックなどが挙げられる。なお、カーボンブラックは、グラファイト化処理が施されていてもよい。また、導電性炭素層に含まれうる炭素材料以外の材料としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)等の貴金属;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の撥水性物質;導電性酸化物などが挙げられる。多結晶グラファイト以外の材料は、1種のみが用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0051】
導電性炭素層54の厚さは、特に制限されない。ただし、好ましくは1〜1000nmであり、より好ましくは2〜500nmであり、さらに好ましくは5〜200nmである。導電性炭素層の厚さがかような範囲内の値であれば、ガス拡散基材とセパレータとの間に十分な導電性を確保することができる。なお、本実施形態では、導電性炭素層54は導電部材(セパレータ5)の一方の主表面にのみ存在する。ただし、場合によっては、導電部材(セパレータ5)の他の主表面にも導電性炭素層54が存在してもよい。
【0052】
以下、本実施形態の導電性炭素層54におけるより好ましい実施形態について説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。
【0053】
まず、導電性炭素層54のラマン散乱分光分析について、他の観点からは、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが、2回対称パターンを示すことが好ましい。以下、回転異方性測定の測定原理について、簡単に説明する。
【0054】
ラマン散乱分光分析の回転異方性測定は、測定サンプルを水平方向に360度回転させながら、ラマン散乱分光測定を実施することにより行なわれる。具体的には、測定サンプルの表面に対してレーザー光を照射し、通常のラマンスペクトルを測定する。次いで、測定サンプルを10°回転させて、同様にラマンスペクトルを測定する。この操作を、測定サンプルが360°回転するまで行なう。そして、それぞれの角度での測定において得られたピーク強度の平均値を算出し、中心がピーク強度ゼロとなる、1周360°の極座標表示とすることにより、平均ピークが得られる。そして、例えば、グラフェン面がサンプルの面方向と平行となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図4Aに示すような3回対称パターンが見られる。一方、グラフェン面がサンプルの面方向と垂直となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図4Bに示すような2回対称パターンが見られる。なお、明確な結晶構造が存在しない非晶質(アモルファス)状の炭素層がサンプル表面に存在する場合には、図4Cに示すような対称性を示さないパターンが見られる。したがって、回転異方性測定により測定された平均ピークガ2回対称パターンを示すということは、導電性炭素層を構成するグラフェン面の面方向が、導電性炭素層の積層方向とほぼ一致していることを意味する。かような形態によれば、導電性炭素層における導電性が最短のパスによって確保されることとなるため、好ましいのである。
【0055】
ここで、当該回転異方性測定を行なった結果を図5Aおよび図5Bに示す。図5Aは、導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示す。また、図5Bは、上述した手法により得られた、導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示す。図5Bに示すように、導電部材Bの回転異方性測定においては、0°および180°の位置にピークが見られた。これは、図4Bに示す2回対称パターンに相当する。なお、本明細書において、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが「2回対称パターンを示す」とは、図4Bおよび図5Bに示すように、平均ピークにおいて、ピーク強度が0である点を基準として180°対向する2つのピークが存在することを意味する。3回対称パターンで見られるピーク強度と2回対称パターンで見られるピーク強度とは原理的には同程度の値を示すとされているため、かような定義が可能となる。
【0056】
好ましい実施形態では、導電性炭素層54のビッカース硬度が規定される。「ビッカース硬度(Hv)」とは、物質の硬さを規定する値であり、物質に固有の値である。本明細書において、ビッカース硬度は、ナノインデンテーション法により測定された値を意味する。ナノインデンテーション法とは、サンプル表面に対して超微小な荷重でダイヤモンド圧子を連続的に負荷および除荷し、得られた荷重−変位曲線から硬さを測定するという手法であり、Hvが大きいほどその物質は硬いことを意味する。好ましい実施形態において、具体的には、導電性炭素層54のビッカース硬度は、好ましくは1500Hv以下であり、より好ましくは1200Hv以下であり、さらに好ましくは1000Hv以下であり、特に好ましくは800Hv以下である。ビッカース硬度がかような範囲内の値であれば、導電性を有しないsp3炭素の過剰な混入が抑制され、導電性炭素層54の導電性の低下が防止されうる。一方、ビッカース硬度の下限値について特に制限はないが、ビッカース硬度が50Hv以上であれば、導電性炭素層54の硬度が十分に確保される。その結果、外部からの接触や摩擦等の衝撃にも耐えることができ、他の層との密着性にも優れた導電部材(セパレータ)が提供されうる。かような観点から、導電性炭素層54のビッカース硬度は、より好ましくは80Hv以上であり、さらに好ましくは100Hv以上であり、特に好ましくは200Hv以上である。
【0057】
ここで、導電部材の金属基材層としてSUS316Lを準備し、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより導電部材を作製した。この際、バイアス電圧および成膜方式を制御することにより、導電性炭素層のビッカース硬度を変化させた。これにより得られた導電部材における導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を図6に示す。なお、図6では、ダイヤモンドはsp3比=100%であり、Hv10000となる。図6に示す結果から、導電性炭素層のビッカース硬度が1500Hv以下であると、sp3比の値が大きく低下することがわかる。また、sp3比の値が低下することで、導電部材の接触抵抗の値もこれに伴って低下することが推測される。
【0058】
さらに他の観点からは、導電性炭素層54に含まれる水素原子の量もまた、考慮することが好ましい。すなわち、導電性炭素層54に水素原子が含まれる場合、当該水素原子は炭素原子と結合する。そうすると、水素原子が結合した炭素原子の混成軌道はsp2からsp3へと変化して導電性を喪失し、導電性炭素層54の導電性が低下することとなる。また、多結晶グラファイトにおけるC−H結合が増加すると、結合の連続性が失われ、導電性炭素層54の硬度が低下し、最終的には導電部材の機械的強度や耐食性が低下してしまう。かような観点から、導電性炭素層54における水素原子の含有量は、導電性炭素層54を構成する全原子に対して、好ましくは30原子%以下であり、より好ましくは20原子%以下であり、さらに好ましくは10原子%以下である。ここで、導電性炭素層54における水素原子の含有量の値としては、弾性反跳散乱分析法(ERDA)により得られる値を採用するものとする。この方法では、測定サンプルを傾け、ヘリウムイオンビームを浅く入射することによって、前方に弾き出された元素を検出する。水素原子の原子核は、入射されるヘリウムイオンよりも軽いため、水素原子が存在するとその原子核は前方に弾き出される。かような散乱は弾性散乱であることから、弾き出された原子のエネルギースペクトルはその原子核の質量を反映する。したがって、弾き出された水素原子の原子核の数を固体検出器によって測定することにより、測定サンプルにおける水素原子の含有量が測定されうる。より具体的には、本明細書における「水素原子の含有量」は、下記方法に従って測定される値である。
【0059】
ここで、図7は、上述したR値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性炭素層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。図7に示すように、導電性炭素層における水素原子の含有量が30原子%以下であると、導電部材の接触抵抗の値は顕著に低下する。なお、図7に示す実験において、導電部材の金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。この際、成膜方式や炭化水素ガス量を制御することにより、導電性炭素層における水素原子の含有量を変化させた。
【0060】
(導電部材の製造方法)
上述した実施形態の導電部材を製造する方法について特に制限はなく、従来公知の手法を適宜参照することにより製造することが可能である。以下、導電部材を製造するための好ましい実施形態を記載するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。また、セパレータ5を構成する導電部材の各構成要素の材質などの諸条件については、上述した通りであるため、ここでは説明を省略する。
【0061】
すなわち、下記工程を有する、本発明の導電部材の製造方法(以下、「方法1」とも称する)が提供される。まず、金属基材層上に中間層を形成する[工程(1−1)]。次に、スパッタリング法またはイオンプレーティング法により、上記工程(1−2)で形成された中間層上に導電性炭素層を形成して、金属基材層、中間層及び導電性炭素層の積層体を形成する[工程(1−2)]。続いて、上記工程(1−2)で得られた積層体をプレスにより成形する[工程(1−3)]。
【0062】
あるいは、下記工程を有する、本発明の導電部材の製造方法(以下、「方法2」とも称する)もまた提供される。まず、金属基材層をプレスにより成形する[工程(2−1)]。次に、上記工程(2−1)で成形された金属基材層上に中間層を形成する[工程(2−2)]。続いて、上記工程(2−2)で得られた中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する[工程(2−3)]。
【0063】
従来、例えば、特開2007−134107号公報に記載される方法では、炭素系膜への金属元素の複合化によりプロセスが複雑になることが懸念される。これに対して、上記方法1及び方法2によると、容易に本発明の導電部材を製造することが可能である。
【0064】
まず、方法1について説明する。
【0065】
[工程(1−1)]
まず、金属基材層の構成材料として、所望の厚さのステンレス板やアルミニウム板などの金属板を準備する。次いで、適当な溶媒(例えば、エタノール、エーテル、アセトン、イソプロピルアルコール、トリクロロエチレンおよび苛性アルカリ剤など)を用いて、準備した金属基材層の構成材料の表面の脱脂および洗浄処理を行う。該処理としては、超音波洗浄などが挙げられる。超音波洗浄の条件としては、処理時間が1〜10分間程度、周波数が30〜50kHz程度、および電力が30〜50W程度である。
【0066】
続いて、金属基材層の構成材料の表面(両面)に形成されている酸化皮膜の除去を行なう。酸化皮膜を除去するための手法としては、特に制限されないが、酸による洗浄処理、電位印加による溶解処理、またはイオンボンバード処理などが挙げられる。
【0067】
または、アルカリ浸漬洗浄、アルカリによる酸化皮膜除去(アルカリエッチング)、ふっ酸混酸液による表面活性化を行ない、その後亜鉛置換浴にてジンケート処理を行なう方法が好ましく使用される。ジンケート処理条件は、特に制限されないが、例えば、浴温度10〜40℃、浸漬時間20〜90秒である。なお、上記酸化皮膜の除去工程は省略されてもよい。上記処理(金属板の表面の脱脂・洗浄処理や酸化皮膜除去処理)は、金属板の少なくとも中間層を形成する面について行なうことが好ましいが、より好ましくは金属板の両面について行なう。
【0068】
次に、上記処理を施した金属基材層の構成材料の表面に、中間層を形成(成膜)する。ここで、中間層の形成(成膜)方法は、上記したように結晶配向性がある程度高くなるような方法であれば特に制限されないが、スパッタリング法およびイオンプレーティング法が使用される。スパッタリング法が好ましい。このような方法によると、中間層と導電性炭素層とを密着不良を生じることなく、中間層を形成(成膜)することができる。このため、得られる導電部材は、高い導電性と耐食性を達成しうる。
【0069】
中間層を形成(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、スパッタリング法もしくはイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法がある。なお、中間層は、他の方法、例えば、フィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などによっても形成(成膜)することができる。しかし、高い結晶配向性などを考慮すると、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。ここで、スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。かような手法によれば、親水性に優れた層が形成できる。これに加えて、比較的低温で成膜が可能であり、金属基材層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点もある。さらに、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点もある。
【0070】
ここで、中間層の成膜をスパッタリング法により行なう場合には、スパッタリング時に金属基材層に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような形態によれば、イオン照射効果によって、構成材料が緻密に集合した構造の中間層が成膜されうる。このような中間層は高い結晶配向性を発揮するため、導電性薄膜層との密着性を向上しうる。また、このようにして得られた中間層は、親水性に優れる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性炭素層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0071】
[工程(1−2)]
次に、上記工程(1−1)で形成(成膜)された中間層上に、導電性炭素層を形成(成膜)する。ここで、導電性炭素層の形成(成膜)方法は、特に制限されない。例えば、上述した導電性炭素層の構成材料(例えば、グラファイト)をターゲットとして、中間層上に導電性炭素を含む層を原子レベルで積層(成膜)することにより、導電性炭素層を形成することができる。これにより、直接付着した導電性炭素層と中間層との界面およびその近傍は、分子間力や僅かな炭素原子の進入によって、長期間にわたって密着性が保持されうる。
【0072】
導電性炭素を積層(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、例えば、スパッタリング法もしくはイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法、またはフィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などが挙げられる。スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法、ECRスパッタリング法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでも、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。かような手法によれば、水素含有量の少ない炭素層を形成することができる。その結果、炭素原子同士の結合(sp2混成炭素)の割合を増加させることができ、優れた導電性が達成されうる。これに加えて、比較的低温で成膜が可能であり、中間層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点もある。さらに、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点もある。
【0073】
ここで、導電性炭素層の成膜をスパッタリング法により行なう場合には、スパッタリング時に中間層に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような形態によれば、イオン照射効果によって、グラファイトクラスターが緻密に集合した構造の導電性炭素層が成膜されうる。このような導電性炭素層は優れた導電性を発揮しうることから、他の部材(例えば、MEA)との接触抵抗の小さい導電部材(セパレータ)が提供されうる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性炭素層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0074】
本発明では、導電性炭素層が中間層を完全に覆わないように、中間層上に形成される。このように導電性炭素層は前記中間層全面を被覆せず、中間層の露出部分が存在するように、導電性炭素層を形成する方法は、特に制限されない。例えば、(ア)ターゲット材料(グラファイト等の導電性炭素層の構成材料)量を予め制御して、導電性炭素層を成膜する方法;(イ)ターゲット材料(グラファイト等の導電性炭素層の構成材料)の成膜時間を適当に制御して、導電性炭素層を成膜する方法;(ウ)中間層上に導電性炭素層を被覆するように成膜した後、不活性ガスによるイオンボンバード処理を行なって、最表層の導電性炭素層の一部を除去する方法;(エ)導電性炭素層を成膜する前に中間層をマスキングした後、導電性炭素層を中間層上に成膜し、さらにマスキングを除去して、中間層を露出させる方法;(オ)導電性炭素層を成膜する前に、導電性炭素層とは相性が悪く炭素層の密着力が保持できないマスク層を中間層が露出するようにコーティングの後、導電性炭素層を中間層上に成膜し、さらにマスク層を除去して、中間層を露出させる方法、などが挙げられる。なお、下記工程(1−3)に詳述するが、上記(ア)〜(オ)の方法を用いずとも、中間層上に導電性炭素層を被覆するように成膜した後、プレス処理を施すことによって、導電性炭素層の最表層に中間層の露出部分を形成できる。上記方法のうち、(ア)では、所定の厚みに導電性炭素層を形成するのに使用される導電性炭素層の構成材料の量に対して、110〜120質量%程度の量の構成材料を使用することができる。また、(イ)では、成膜時間は、成膜速度等の成膜条件や面積などによっても異なるが、成膜時間を、およそ0.05〜1分程度とすることが好ましい。(ウ)では、不活性ガスとしては、特に制限されないが、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス、好ましくはアルゴンガスが使用される。(エ)では、マスキング剤として、キシレンやメトキシプロパノールなどの溶剤の塗布、フッ素系樹脂(PTFE(poly tetra fluoro ethylene)、FEP(fluorinated ethylene propylene copolymer)、PFA(tetrafluoro ethylene-perfluoro alkylvinyl ether copolymer))などのフィルムなどが使用できる。(オ)では、導電性炭素層と密着力が低いAlやAl合金などのコーティング膜が使用できる。上記方法のうち、(イ)、(ウ)、(エ)、(オ)の方法が好ましく使用され、(イ)、(ウ)がより好ましい。上記方法は、単独で使用されてもよいが、導電性炭素層の被覆率によっては2種以上を組み合わせて、あるいは同じ方法を繰り返し行なってもよい。また、上記(ア)〜(オ)の方法を下記(1−3)の処理と組み合わせて行なってもよい。
【0075】
[工程(1−3)]
当該工程(1−3)では、上記工程(1−2)で得られた積層体をプレスにより成形する。このように平板状の積層体に対してプレス処理を施すことで、凹凸状などの所望の形状に成形されて、本発明の導電部材が製造できる。また、上記工程(1−2)で得られた積層体を作製した後に、プレス処理を行なうことによって、導電性炭素層表面にクラックが生じ、中間層が導電性炭素層の最表層から露出する。
【0076】
ここで、積層体に対するプレス処理条件などは、一般的に金属基材からセパレータを製造する際に適用される条件と同様の条件が使用できる。例えば、上記工程(1−2)で得られた積層体に対して、室温でプレスを行なう。
【0077】
次に、方法2について説明する。
【0078】
[工程(2−1)]
当該工程では、金属基材層をプレスにより成形する。これにより、平板状の金属基材層が、最終の目的形状である、凹凸状などの所望の形状に成形されうる。
【0079】
ここで、金属基材層に対するプレス処理条件などは、一般的に金属基材からセパレータを製造する際に適用される条件と同様の条件が使用でき、好ましい条件は、上記工程(1−3)で記載したのと同様である。
【0080】
[工程(2−2)]
当該工程では、上記工程(2−1)で成形された金属基材層上に中間層を形成する。この際、中間層の形成方法は、上記工程(1−1)で記載したのと同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0081】
[工程(2−3)]
当該工程では、上記工程(2−2)で得られた中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する。この際、導電性炭素層の形成方法は、上記工程(1−2)で記載したのと同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0082】
上記方法1及び2のうち、方法1が好ましく使用される。これは、方法2のプレス後コーティングする方法では、導電部材の形状が平板状ではなく複雑な形状をしているため、コーティング処理やジグ段取りなどの各操作を、金属基材層(金属板)1枚づつに対して、行なう必要がある。一方、方法1のコーティング後プレスする方法では、はじめに各層の形成するため、大面積の金属基材層(金属板)に対して、ロール材へのコーティングなどにより、一度に行なうことが可能である。次に、このようにして得られた積層体を所望の大きさに切断して、工程(1−3)で所望の形状へプレス工程を行なえばよい。このため、方法1の方が、手間、生産性などの点で有利である。
【0083】
上記利点に加えて、上述したが、方法1により、工程(1−2)で得られた積層体に対してプレス処理を行なうと、プレス圧により、導電性炭素層が一部破壊して、導電性炭素層表面にクラックが生じる。このため、工程(1−2)で導電性炭素層が中間層全面を被覆した場合であっても、プレス処理という簡単な操作によって、導電性炭素層の最表層に中間層の露出部分を容易に形成することが可能である。また、このようにして形成されたクラックの形成方向はプレス方法などによって容易に制御できる。このため、例えば、導電部材をセパレータに適用する場合には、ガス流路に対して平行になるようにクラックを生じさせることが好ましい。これにより、電極で生じた過剰の水をこのクラック部分を介して効率よく排出でき、クラックが排出に関しては有利に働きうる。
【0084】
上述した手法によれば、金属基材層52、中間層53、及び導電性炭素層54が順次形成され、かつ導電性炭素層54は中間層53全面を被覆せず中間層の露出部分が存在した導電部材が容易に製造されうる。なお、上記手法では、金属基材層52の片面にのみ、中間層53及び導電性炭素層を形成したが、金属基材層52の両面に上記各層が形成されてなる導電部材を製造するには、金属基材層52の他方の面に対して、上記と同様の手法を適用すればよい。
【0085】
上記したような本発明の導電部材は、中間層が一部導電性炭素層の最表面に露出しているため、親水性に優れる。ここで、接触角(親水性を示す指標)として表わした際の、導電部材の親水性の度合いは、およそ20〜60°であることが好ましく、20〜50°であることがより好ましい。このような範囲であれば、電極で生成したセパレータ付近の過剰の水分を排水するのに十分な親水性を発揮しうる。また、本発明の導電部材は、最表面に導電性炭素層が配置される。導電性炭素層は優れた導電性を発揮しうることから、本発明の導電部材をセパレータに使用する場合には、他の部材(例えば、MEA)との接触抵抗を低減できる。ここで、本発明の導電部材の接触抵抗は、およそ2〜15(mΩ・cm2)であることが好ましく、2〜8(mΩ・cm2)であることがより好ましい。なお、本明細書において、「接触角」及び「接触抵抗」は、下記実施例で記載された方法に従って測定された値である。
【0086】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。すなわち、本発明は、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池であって、前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項5に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなることを特徴とする、固体高分子形燃料電池が提供される。
【0087】
本発明の導電部材をPEFCのセパレータに使用する場合、本発明の導電部材は、アノード及びカソードのいずれか一方のセパレータに使用されればよい。しかし、特にカソード側で水が多量に生成することなどを考慮すると、本発明の導電部材を少なくともカソードセパレータとして使用することが好ましい。より好ましくは、本発明の導電部材を、カソードセパレータ及びアノードセパレータ双方に使用する。
【0088】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。ただし、本実施形態の導電部材の用途はこれに限られることはない。例えば、PEFC以外にも、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などの各種の燃料電池用セパレータとしても使用可能である。また、燃料電池用セパレータ以外にも、導電性・耐食性の両立が求められている各種の用途に用いられうる。本実施形態の導電部材が用いられうる燃料電池用セパレータ以外の用途としては、例えば、他の燃料電池部品(集電板、バスバー、ガス拡散基材、MEA)、電子部品の接点などが挙げられる。他の好ましい形態において、本実施形態の導電部材は、湿潤環境および通電環境の下で使用される。かような環境下で用いると、導電性および耐食性の両立を図るという本発明の作用効果が顕著に発現しうる。
【0089】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。すなわち、本発明は、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池であって、前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項5に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなることを特徴とする、固体高分子形燃料電池が提供される。
【0090】
本発明の導電部材をPEFCのセパレータに使用する場合、本発明の導電部材は、アノード及びカソードのいずれか一方のセパレータに使用されればよい。しかし、特にカソード側で水が多量に生成することなどを考慮すると、本発明の導電部材を少なくともカソードセパレータとして使用することが好ましい。より好ましくは、本発明の導電部材を、カソードセパレータ及びアノードセパレータ双方に使用する。
【0091】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。ただし、本実施形態の導電部材の用途はこれに限られることはない。例えば、PEFC以外にも、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などの各種の燃料電池用セパレータとしても使用可能である。また、燃料電池用セパレータ以外にも、導電性・耐食性の両立が求められている各種の用途に用いられうる。本実施形態の導電部材が用いられうる燃料電池用セパレータ以外の用途としては、例えば、他の燃料電池部品(集電板、バスバー、ガス拡散基材、MEA)、電子部品の接点などが挙げられる。他の好ましい形態において、本実施形態の導電部材は、湿潤環境および通電環境の下で使用される。かような環境下で用いると、導電性および耐食性の両立を図るという本発明の作用効果が顕著に発現しうる。
【0092】
以下、図1を参照しつつ、本実施形態の導電部材から構成されるセパレータを用いたPEFCの構成要素について説明する。ただし、本発明はセパレータを構成する導電部材に特徴を有するものである。よって、PEFCにおけるセパレータの形状等の具体的な形態や、燃料電池を構成するセパレータ以外の部材の具体的な形態については、従来公知の知見を参照しつつ、適宜、改変が施されうる。
【0093】
[電解質層]
電解質層は、例えば、図1に示す形態のように固体高分子電解質膜2から構成される。この固体高分子電解質膜2は、PEFC1の運転時にアノード触媒層3aで生成したプロトンを膜厚方向に沿ってカソード触媒層3cへと選択的に透過させる機能を有する。また、固体高分子電解質膜2は、アノード側に供給される燃料ガスとカソード側に供給される酸化剤ガスとを混合させないための隔壁としての機能をも有する。
【0094】
固体高分子電解質膜2は、構成材料であるイオン交換樹脂の種類によって、フッ素系高分子電解質膜と炭化水素系高分子電解質膜とに大別される。フッ素系高分子電解質膜を構成するイオン交換樹脂としては、例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニリデンフルオリド−パーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーなどが挙げられる。耐熱性、化学的安定性などの発電性能を向上させるという観点からは、これらのフッ素系高分子電解質膜が好ましく用いられ、特に好ましくはパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーから構成されるフッ素系高分子電解質膜が用いられる。
【0095】
炭化水素系電解質として、具体的には、スルホン化ポリエーテルスルホン(S−PES)、スルホン化ポリアリールエーテルケトン、スルホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、ホスホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、スルホン化ポリスチレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(S−PEEK)、スルホン化ポリフェニレン(S−PPP)などが挙げられる。原料が安価で製造工程が簡便であり、かつ材料の選択性が高いといった製造上の観点からは、これらの炭化水素系高分子電解質膜が好ましく用いられる。なお、上述したイオン交換樹脂は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。また、上述した材料のみに制限されず、その他の材料が用いられてもよい。
【0096】
電解質層の厚さは、得られる燃料電池の特性を考慮して適宜決定すればよく、特に制限されない。電解質層の厚さは、通常は5〜300μm程度である。電解質層の厚さがかような範囲内の値であると、製膜時の強度や使用時の耐久性及び使用時の出力特性のバランスが適切に制御されうる。
【0097】
[触媒層]
触媒層(アノード触媒層3a、カソード触媒層3c)は、実際に電池反応が進行する層である。具体的には、アノード触媒層3aでは水素の酸化反応が進行し、カソード触媒層3cでは酸素の還元反応が進行する。
【0098】
触媒層は、触媒成分、触媒成分を担持する導電性の触媒担体、および電解質を含む。以下、触媒担体に触媒成分が担持されてなる複合体を「電極触媒」とも称する。
【0099】
アノード触媒層に用いられる触媒成分は、水素の酸化反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。また、カソード触媒層に用いられる触媒成分もまた、酸素の還元反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。具体的には、白金、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属およびこれらの合金などから選択されうる。
【0100】
これらのうち、触媒活性、一酸化炭素等に対する耐被毒性、耐熱性などを向上させるために、少なくとも白金を含むものが好ましく用いられる。前記合金の組成は、合金化する金属の種類にもよるが、白金の含有量を30〜90原子%とし、白金と合金化する金属の含有量を10〜70原子%とするのがよい。なお、合金とは、一般に金属元素に1種以上の金属元素または非金属元素を加えたものであって、金属的性質をもっているものの総称である。合金の組織には、成分元素が別個の結晶となるいわば混合物である共晶合金、成分元素が完全に溶け合い固溶体となっているもの、成分元素が金属間化合物または金属と非金属との化合物を形成しているものなどがあり、本願ではいずれであってもよい。この際、アノード触媒層に用いられる触媒成分およびカソード触媒層に用いられる触媒成分は、上記の中から適宜選択されうる。本明細書では、特記しない限り、アノード触媒層用およびカソード触媒層用の触媒成分についての説明は、両者について同様の定義である。よって、一括して「触媒成分」と称する。しかしながら、アノード触媒層およびカソード触媒層の触媒成分は同一である必要はなく、上記したような所望の作用を奏するように、適宜選択されうる。
【0101】
触媒成分の形状や大きさは、特に制限されず公知の触媒成分と同様の形状および大きさが採用されうる。ただし、触媒成分の形状は、粒状であることが好ましい。この際、触媒粒子の平均粒子径は、好ましくは1〜30nmである。触媒粒子の平均粒子径がかような範囲内の値であると、電気化学反応が進行する有効電極面積に関連する触媒利用率と担持の簡便さとのバランスが適切に制御されうる。なお、本発明における「触媒粒子の平均粒子径」は、X線回折における触媒成分の回折ピークの半値幅より求められる結晶子径や、透過形電子顕微鏡像より調べられる触媒成分の粒子径の平均値として測定されうる。
【0102】
触媒担体は、上述した触媒成分を担持するための担体、および触媒成分と他の部材との間での電子の授受に関与する電子伝導パスとして機能する。
【0103】
触媒担体としては、触媒成分を所望の分散状態で担持させるための比表面積を有し、充分な電子伝導性を有しているものであればよく、主成分がカーボンであることが好ましい。具体的には、カーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛などからなるカーボン粒子が挙げられる。なお、「主成分がカーボンである」とは、主成分として炭素原子を含むことをいい、炭素原子のみからなる、実質的に炭素原子からなる、の双方を含む概念である。場合によっては、燃料電池の特性を向上させるために、炭素原子以外の元素が含まれていてもよい。なお、「実質的に炭素原子からなる」とは、2〜3質量%程度以下の不純物の混入が許容されうることを意味する。
【0104】
触媒担体のBET比表面積は、触媒成分を高分散担持させるのに充分な比表面積であればよいが、好ましくは20〜1600m2/g、より好ましくは80〜1200m2/gである。触媒担体の比表面積がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散性と触媒成分の有効利用率とのバランスが適切に制御されうる。
【0105】
触媒担体のサイズについても特に限定されないが、担持の簡便さ、触媒利用率、触媒層の厚みを適切な範囲で制御するなどの観点からは、平均粒子径を5〜200nm程度、好ましくは10〜100nm程度とするとよい。
【0106】
触媒担体に触媒成分が担持されてなる電極触媒において、触媒成分の担持量は、電極触媒の全量に対して、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%である。触媒成分の担持量がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散度と触媒性能とのバランスが適切に制御されうる。なお、電極触媒における触媒成分の担持量は、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP)によって測定されうる。
【0107】
触媒層には、電極触媒に加えて、イオン伝導性の高分子電解質が含まれる。当該高分子電解質は特に限定されず従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した電解質層を構成するイオン交換樹脂が、高分子電解質として触媒層に添加されうる。
【0108】
[ガス拡散層]
ガス拡散層(アノードガス拡散層4a、カソードガス拡散層4c)は、セパレータのガス流路(6a、6c)を介して供給されたガス(燃料ガスまたは酸化剤ガス)の触媒層(3a、3c)への拡散を促進する機能、および電子伝導パスとしての機能を有する。
【0109】
ガス拡散層(4a、4c)の基材を構成する材料は特に限定されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、炭素製の織物、紙状抄紙体、フェルト、不織布といった導電性および多孔質性を有するシート状材料が挙げられる。基材の厚さは、得られるガス拡散層の特性を考慮して適宜決定すればよいが、30〜500μm程度とすればよい。基材の厚さがかような範囲内の値であれば、機械的強度とガスおよび水などの拡散性とのバランスが適切に制御されうる。
【0110】
ガス拡散層は、撥水性をより高めてフラッディング現象などを防止することを目的として、撥水剤を含むことが好ましい。撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系の高分子材料、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
【0111】
また、撥水性をより向上させるために、ガス拡散層は、撥水剤を含むカーボン粒子の集合体からなるカーボン粒子層(マイクロポーラス層;MPL、図示せず)を基材の触媒層側に有するものであってもよい。
【0112】
カーボン粒子層に含まれるカーボン粒子は特に限定されず、カーボンブラック、グラファイト、膨張黒鉛などの従来公知の材料が適宜採用されうる。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく用いられうる。カーボン粒子の平均粒子径は、10〜100nm程度とするのがよい。これにより、毛細管力による高い排水性が得られるとともに、触媒層との接触性も向上させることが可能となる。
【0113】
カーボン粒子層に用いられる撥水剤としては、上述した撥水剤と同様のものが挙げられる。なかでも、撥水性、電極反応時の耐食性などに優れることから、フッ素系の高分子材料が好ましく用いられうる。
【0114】
カーボン粒子層におけるカーボン粒子と撥水剤との混合比は、撥水性および電子伝導性のバランスを考慮して、質量比で90:10〜40:60(カーボン粒子:撥水剤)程度とするのがよい。なお、カーボン粒子層の厚さについても特に制限はなく、得られるガス拡散層の撥水性を考慮して適宜決定すればよい。
【0115】
燃料電池の製造方法は、特に制限されることなく、燃料電池の分野において従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0116】
燃料電池を運転する際に用いられる燃料は特に限定されない。例えば、水素、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、第2級ブタノール、第3級ブタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどが用いられうる。なかでも、高出力化が可能である点で、水素やメタノールが好ましく用いられる。
【0117】
さらに、燃料電池が所望する電圧を発揮できるように、セパレータを介して膜電極接合体を複数積層して直列に繋いだ構造の燃料電池スタックを形成してもよい。燃料電池の形状などは、特に限定されず、所望する電圧などの電池特性が得られるように適宜決定すればよい。
【0118】
上述したPEFC1や燃料電池スタックは、導電性・耐食性に優れる導電部材から構成されるセパレータ5を用いている。したがって、当該PEFC1や燃料電池スタックは出力特性・耐久性に優れ、長期間にわたって良好な発電性能を維持することができる。なお、図1に示す形態のPEFC1において、セパレータ5は、平板状の導電部材に対してプレス処理を施すことで凹凸状に成形されている。ただし、かような形態のみには制限されない。例えば、平板状の金属板(金属基材層)に対して切削処理を施すことによりガス流路や冷媒流路を構成する凹凸形状を予め形成し、その表面に、上述した手法によって導電性薄膜層(および必要に応じて中間層)を形成することで、セパレータとしてもよい。
【0119】
本実施形態のPEFC1やこれを用いた燃料電池スタックは、例えば、車両に駆動用電源として搭載されうる。このように、上述した形態のPEFC1や燃料電池スタックを搭載した車両もまた、本発明の技術的範囲に包含される。上述したPEFC1や燃料電池スタックは出力特性・耐久性に優れる。したがって、長期間にわたって信頼性の高い燃料電池搭載車両が提供されうる。
【0120】
すなわち、本実施形態のPEFC1やこれを用いた燃料電池スタックは、例えば、車両に駆動用電源として搭載されうる。
【0121】
図8は、上述した実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。図8に示すように、燃料電池スタック61を燃料電池車60のような車両に搭載するには、例えば、燃料電池車60の車体中央部の座席下に搭載すればよい。座席下に搭載すれば、車内空間およびトランクルームを広く取ることができる。場合によっては、燃料電池スタック61を搭載する場所は、座席下に限らず、後部トランクルームの下部でもよいし、車両前方のエンジンルームであってもよい。このように、上述した形態のPEFC1や燃料電池スタック61を搭載した車両もまた、本発明の技術的範囲に包含される。上述したPEFC1や燃料電池スタック61は出力特性・耐久性に優れる。したがって、長期間にわたって信頼性の高い燃料電池搭載車両が提供されうる。
【実施例】
【0122】
以下、本発明による効果を、実施例および比較例を用いて説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されない。
【0123】
[実施例1]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0124】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0125】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、0.5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ2nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。これにより、本実施例の導電部材を作製した。本実施例では、印加時間が0.5分と短かったため、図2A、2Bに示されるように、導電性炭素層が中間層全面を被覆せず、導電性炭素層の最表面に中間層が露出した状態であった。
【0126】
[実施例2]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0127】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0128】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0129】
次に、50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、Arガスによるイオンボンバード処理を実施した。このイオンボンバード処理により、最表層の導電性炭素層の一部が除去されて、表層に中間層が露出している形態となった。
【0130】
[比較例1]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0131】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0132】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた(導電性炭素層による中間層の被覆率が100%)。
【0133】
[比較例2]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0134】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成して、導電部材を得た。
【0135】
上記の各実施例および各比較例において作製した導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗、接触角の測定を行なった。なお、接触抵抗及び接触角の測定は、下記方法に従って行なった。結果を下記表1及び図10に示す。
【0136】
[接触抵抗の測定]
上記の各実施例および各比較例において作製した導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗の測定を行なった。具体的には、図9に示すように、作製した導電部材100を1対のガス拡散基材200で挟持し、得られた積層体をさらに1対の触媒層300で挟持し、その両端に電源を接続し、1MPaの荷重で保持して、測定装置を構成した。この測定装置に1Aの定電流を流し、その際の電圧値から、積層体の接触抵抗値(mΩ/cm2)を算出した。
【0137】
[接触角の測定]
図11に示すように、水滴を導電性炭素層の上に付着させ、90秒後の水滴形状を画像解析し、水滴の接触長さ(r)及び高さ(h)を計測して、下記式に従って、接触角θを算出する。なお、接触角の値が小さいほど親水性が高い。
【0138】
【数2】
【0139】
【表1】
【0140】
上記表1及び図10から、本発明の導電部材は、接触抵抗が低く(導電性に優れる)しかつ接触角が小さい(親水性に優れる)ことが分かる。これに対して、比較例1の導電部材は、導電性炭素層が最表層全面に存在するため、低い接触抵抗を示すものの、接触角が高いため、親水性に劣る。また、比較例2の導電部材は、中間層のみで導電性炭素層を持たないため、親水性には優れるものの、接触抵抗が高く、導電性に劣る。
【0141】
[実施例3]
実施例1において、中間層の厚さを25nm、50nm、100nm、200nmとする以外は、実施例1と同様にして、導電部材を作製した。
【0142】
得られた導電部材について、下記方法に従って、耐食性試験をおこなった。結果を図12に示す。図12から、中間層の増加とともに接触抵抗は低下し、中間層膜厚は30nm以上であれば、浸漬前・後の接触抵抗はほぼ一定の低い値となることが分かる。これから、中間層の膜厚が30nm以上であれば、中間層は、金属基材層の腐食が進行し、基材と中間層界面に酸化被膜の形成を抑制する腐食防止層としての役目を十分果たしうると、考察される。
【0143】
[耐食性試験]
導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗の測定を行なった。具体的には、図9に示すように、作製した導電部材を1対のガス拡散基材で挟持し、得られた積層体をさらに1対の触媒層で挟持し、その両端に電源を接続し、1MPaの荷重で保持して、測定装置を構成した。この測定装置に1Aの定電流を流し、その際の電圧値から、積層体の接触抵抗値を算出した。
【0144】
また、上記で接触抵抗値を測定した後、酸性水に対する浸漬試験を行ない、同様に接触抵抗値を測定した。なお、浸漬試験として、具体的には、各導電部材を30mm×30mmのサイズに切り出し、80℃の温度の酸性水(pH4以下)に100時間浸漬した。
【0145】
[実施例4]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、ステンレス(SUS316L)板(厚さ:0.1mm)を準備した。このステンレス板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したステンレス板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもステンレス板の両面に対して行った。
【0146】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、ステンレス板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、ステンレス板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0147】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、ステンレス板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、ステンレス板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、積層体を作製した。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0148】
このようにして作製された積層体を、室温でプレス処理を行ない、導電部材を得た。このようにして得られた導電部材の表面を、SEMにて観察し、その結果を図13に示す。図13から分かるように、プレス処理により、導電性炭素層の表面にクラックが生じており、そのクラックから中間層が露出していることが分かる。このSEM写真を画像処理して、導電性炭素層による中間層の被覆率を算出したところ、約70%であった。また、図13から、実施例4の導電部材では、流路(図13中の、凸部)に対して平行にクラックが生じている。このことから、このような導電部材をセパレータに適用した場合には、電極で生じた過剰の水は、このクラック部分を介して効率よく排出でき、クラックが排出に関しては有利に働くことが、考察される。
【0149】
[実施例5]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、ステンレス(SUS316L)板(厚さ:0.1mm)を準備した。このステンレス板を、室温でプレス処理を行なった。このステンレス板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したステンレス板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもステンレス板の両面に対して行った。
【0150】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、ステンレス板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、ステンレス板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、積層体を作製した。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0151】
上記実施例4、5で得られた導電部材について、上記実施例3に記載される耐食性試験を行い、その結果を下記表2及び図14に示す。また、上記実施例4、5で得られた導電部材その結果を下記表2及び図14に示す。について、下記方法に従って、イオン溶出量を測定し、
[イオン溶出量の測定]
導電部材を、硫酸水溶液(pH 4)70mL中に、80℃で100時間、浸漬した。なお、上記硫酸水溶液は、燃料電池においてセパレータが曝される環境を模擬したものである。また、一般的に、燃料電池運転時の温度が80℃であるため、試験温度を80℃に設定した。
【0152】
100時間経過後の、硫酸水溶液中に溶出したアルミニウムイオンの量(ppm)を、ICP−MS(Inductively−Coupled Plasma−Mass Spectrometry;誘導結合プラズマ)−質量分析法)によって分析する。
【0153】
【表2】
【0154】
上記表2及び図14から、実施例4(コーティング後プレス)及び実施例5(プレス後コーティング)で得られた導電部材は双方とも、接触抵抗及びイオン溶出量は低い値となっていることが分かる。なお、実施例4の導電部材は、上記したように、表面のSEM写真より炭素系導電層にクラックが生じ、中間層の一部が露出しているが、耐食性試験における浸漬後の接触抵抗及びイオン溶出量では、双方ともの数値が低く、高い耐食性を維持していることが考察される。
【図面の簡単な説明】
【0155】
【図1】本発明の1つの実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。
【図2A】図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。
【図2B】図1のうち、セパレータ5の部分をMEA10側から見たイメージ図である。
【図3A】R=1.0〜1.2の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図3B】R=1.6の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図4A】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの3回対称パターンを示す模式図である。
【図4B】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの2回対称パターンを示す模式図である。
【図4C】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定において、平均ピークの対称性を示さないパターンを示す模式図である。
【図5A】導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示すグラフである。
【図5B】導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示すグラフである。
【図6】スパッタリング法で、バイアス電圧および成膜方式を変化させることにより導電性炭素層のビッカース硬度を異ならせたいくつかの導電部材における、導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を示す図である。
【図7】R値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性炭素層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。
【図9】実施例において接触抵抗を測定するのに用いた測定装置の概要を示す模式図である。
【図10】実施例および比較例において作製した導電部材について、接触抵抗及び接触角の測定を行なった結果を示すグラフである。
【図11】導電性炭素層の接触角の評価方法を示す図である。
【図12】実施例3において作製した導電部材について、中間層の厚みと接触抵抗との関係を示すグラフである。
【図13】実施例4において作製した導電部材の表面についてSEM写真を撮影した部位(左図)および当該部位をSEMにて観察した写真である。
【図14】実施例4,5において作製した導電部材について、浸漬試験の前後に接触抵抗の測定を行なった結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0156】
1 固体高分子形燃料電池(PEFC)、
2 固体高分子電解質膜、
3a アノード触媒層、
3c カソード触媒層、
4a アノードガス拡散層、
4c カソードガス拡散層、
5a アノードセパレータ、
5c カソードセパレータ、
6a アノードガス流路、
6c カソードガス流路、
7 冷媒流路、
10 膜電極接合体(MEA)、
5 セパレータ、
52 金属基材層、
53 中間層、
54 導電性炭素層、
60 燃料電池車、
61 燃料電池スタック。
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電部材、その製造方法、ならびにこれを用いた燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、発電機能を発揮する複数の単セルが積層された構造を有する。各単セルは、高分子電解質膜;これを挟持する一対(アノード、カソード)の触媒層(電極触媒層);およびさらにこれらを挟持する、供給ガスを分散させるための一対(アノード、カソード)のガス拡散層(GDL)、を含む膜電極接合体(MEA)を有する。そして、個々の単セルが有するMEAは、セパレータを介して隣接する単セルのMEAと電気的に接続される。このようにして単セルが積層・接続されることにより、燃料電池スタックが構成される。そして、この燃料電池スタックは、種々の用途に使用可能な発電手段として機能しうる。かような燃料電池スタックにおいて、セパレータは、上述したように、隣接する単セルどうしを電気的に接続する機能を発揮する。これに加えて、セパレータのMEAと対向する表面にはガス流路が設けられるのが通常である。当該ガス流路は、アノードおよびカソードに燃料ガスおよび酸化剤ガスをそれぞれ供給するためのガス供給手段として機能する。
【0003】
PEFCの発電メカニズムを簡単に説明すると、PEFCの運転時には、単セルのアノード側に燃料ガス(例えば水素ガス)が供給され、カソード側に酸化剤ガス(例えば大気、酸素)が供給される。その結果、アノードおよびカソードのそれぞれにおいて、下記反応式で表される電気化学反応が進行し、電気が生み出される。
【0004】
【数1】
【0005】
導電性が要求される燃料電池用セパレータの構成材料としては、従来、金属、カーボン、または導電性樹脂などが知られている。これらのうち、カーボンセパレータや導電性樹脂セパレータでは、ガス流路形成後の強度をある程度確保すべく、厚さを比較的大きく設定する必要がある。その結果、これらのセパレータを用いた燃料電池スタックの全体の厚さも大きくなってしまう。かようなスタックの大型化は、特に小型化が求められている車載用PEFCなどにおいては、好ましくない。
【0006】
一方、金属セパレータは強度が比較的大きいため、厚さを比較的小さくすることが可能である。また、導電性にも優れることから、金属セパレータを用いるとMEAとの接触抵抗を低減させうるという利点もある。その反面、金属材料では腐食(例えば、生成水や運転時に生じる電位差などに起因するもの)による導電性の低下や、これに伴うスタックの出力の低下という問題が生じる場合がある。よって、金属セパレータでは、その優れた導電性を確保しつつ、耐食性をも向上させることが求められている。
【0007】
また、金属基材上に中間層を設けて耐食性を向上させながら、その上に導電性炭素膜を被覆することにより導電性を確保することもできる。しかし、このような場合には、親水化が十分でないため、排水性に劣る。親水性付与の方策としては、親水材の塗布、プラズマ処理により官能基を付与する方法等があるが、いずれも炭素膜の最表面を覆うように導電性の低い膜が形成する。このため、接触抵抗が増加して、導電性が低下する。
【0008】
ここで、セパレータ基板上に、SiやTi等の酸化物形成能の高い元素の金属酸化物が複合化された状態で含有する炭素系膜を形成する技術が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。当該文献では、不活性ガス雰囲気下において、セパレータ基板に負高電圧を印加しつつ、当該基板表面に乾式成膜法により炭素系材料及び複合化金属を用いて炭素系膜を形成した後、複合化金属をドライ/ウェットな親水化処理することが記載されている。このような親水化処理により、金属酸化物微粒子は親水性を発揮して、セパレータ付近の過剰の水分を排水する。そしてその結果、耐久性および発電性能に優れる燃料電池用セパレータが提供されうる、としている(段落「0029」)。
【特許文献1】特開2007−134107号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の技術により提供される、炭素層を有する燃料電池セパレータにおいて、当該炭素層の有する結晶構造は様々である。炭素層の結晶構造が異なると、これに起因してセパレータ自体の耐食性や導電性も変動しうる。ただしいずれにしても、従来の技術により提供される燃料電池セパレータは、たとえ炭素層の配置のような表面処理が施されたものであっても、未だ十分な耐食性・導電性が確保されているとはいえない。また、特許文献1に記載の技術において、炭素系膜中の酸化物が接触抵抗を上げる可能性がある。
【0010】
そこで本発明は、金属基材層と中間層と導電性炭素層とを有する導電部材において、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、金属基材層と中間層と導電性炭素層とを有する導電部材において、中間層を部分的に導電性炭素層の表層に露出させることで、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、中間層が導電性炭素層の表層に露出していることにより、導電性及び親水性に優れる導電部材が提供されうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(導電部材)
本発明の導電部材は、金属基材層と、前記金属基材層上に形成される中間層と、前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層と、を有する導電部材であって、前記導電性炭素層の一部に中間層露出部を有する、導電部材である。
【0014】
従来では、金属基材上に中間層を設け、その上に導電性炭素膜を形成することによって、導電性を確保してきたが、親水化が十分でない。このため、親水化処理方法が様々検討されたが、導電性炭素膜の最表面に導電性の低い膜ができてしまう。このため、導電部材の接触抵抗が増加して、導電性が低下しまう。
【0015】
これに対して、本発明は、中間層の一部が導電性炭素層の表層に露出することを特徴とする。ここで、中間層が親水性付与を担い、導電性炭素層が導電性付与を担う。このため、本発明の導電部材は、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる。このため、本発明の導電部材をセパレータとして使用する燃料電池は、金属セパレータの優れた導電性を十分に確保しつつ、優れた耐久性を発揮できる。
【0016】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した最良の実施形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態のみには制限されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0017】
図1は、本発明の1つの実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。PEFC1は、まず、固体高分子電解質膜2と、これを挟持する一対の触媒層(アノード触媒層3aおよびカソード触媒層3c)とを有する。そして、固体高分子電解質膜2と触媒層(3a、3c)との積層体はさらに、一対のガス拡散層(GDL)(アノードガス拡散層4aおよびカソードガス拡散層4c)により挟持されている。このように、固体高分子電解質膜2、一対の触媒層(3a、3c)および一対のガス拡散層(4a、4c)は、積層された状態で膜電極接合体(MEA)10を構成する。
【0018】
PEFC1において、MEA10はさらに、一対のセパレータ(アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5c)により挟持されている。図1において、セパレータ(5a、5c)は、図示したMEA10の両端に位置するように図示されている。ただし、複数のMEAが積層されてなる燃料電池スタックでは、セパレータは、隣接するPEFC(図示せず)のためのセパレータとしても用いられるのが一般的である。換言すれば、燃料電池スタックにおいてMEAは、セパレータを介して順次積層されることにより、スタックを構成することとなる。なお、実際の燃料電池スタックにおいては、セパレータ(5a、5c)と固体高分子電解質膜2との間や、PEFC1とこれと隣接する他のPEFCとの間にガスシール部が配置されるが、図1ではこれらの記載を省略する。
【0019】
セパレータ(5a、5c)は、例えば、厚さ0.5mm以下の薄板にプレス処理を施すことで図1に示すような凹凸状の形状に成形することにより得られる。セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凸部はMEA10と接触している。これにより、MEA10との電気的な接続が確保される。また、セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凹部(セパレータの有する凹凸状の形状に起因して生じるセパレータとMEAとの間の空間)は、PEFC1の運転時にガスを流通させるためのガス流路として機能する。具体的には、アノードセパレータ5aのガス流路6aには燃料ガス(例えば、水素など)を流通させ、カソードセパレータ5cのガス流路6cには酸化剤ガス(例えば、空気など)を流通させる。
【0020】
一方、セパレータ(5a、5c)のMEA側とは反対の側から見た凹部は、PEFC1の運転時にPEFCを冷却するための冷媒(例えば、水)を流通させるための冷媒流路7とされる。さらに、セパレータには通常、マニホールド(図示せず)が設けられる。このマニホールドは、スタックを構成した際に各セルを連結するための連結手段として機能する。かような構成とすることで、燃料電池スタックの機械的強度が確保されうる。
【0021】
図2Aは、図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。また、図2Bは、セパレータ5の部分をMEA10側から見たイメージ図である。本実施形態において、セパレータ5を構成する導電部材は、金属基材層52と、中間層53と、導電性炭素層54とを有し、導電性炭素層54の最表面に中間層53の露出部55が存在する。なお、PEFC1において、セパレータ5は、導電性炭素層54がMEA10側に位置するように、配置される。
【0022】
以下、本実施形態のセパレータ5の各構成要素について詳説する。
【0023】
[金属基材層]
金属基材層52は、セパレータ5を構成する導電部材の主層であり、導電性および機械的強度の確保に寄与する。
【0024】
金属基材層52を構成する金属について特に制限はなく、従来、金属セパレータの構成材料として用いられているものが適宜用いられうる。金属基材層の構成材料としては、例えば、鉄、チタン、銅、およびアルミニウム並びにこれらの合金が挙げられる。これらの材料は、機械的強度、汎用性、コストパフォーマンスまたは加工容易性などの観点から好ましく用いられうる。ここで、鉄合金にはステンレスが含まれる。これらの材料は導電性、成形性に優れる。なかでも、金属基材層はステンレス、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されることが好ましい。さらに、特にステンレスを金属基材層として用いると、ガス拡散層の構成材料であるガス拡散基材との接触面の導電性が十分に確保されうる。その結果、たとえリブ肩部の膜の隙間などに水分が浸入したとしても、ステンレスから構成される金属基材層自体に生じる酸化皮膜の有する耐食性により、耐久性が維持されうる。
【0025】
ステンレスとしては、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系などが挙げられる。オーステナイト系としては、SUS201、SUS202、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316(L)、SUS317が挙げられる。オーステナイト・フェライト系としては、SUS329J1が挙げられる。マルテンサイト系としては、SUS403、SUS420が挙げられる。フェライト系としては、SUS405、SUS430、SUS430LXが挙げられる。析出硬化系としては、SUS630が挙げられる。なかでも、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレスを用いることがより好ましい。また、ステンレス中の鉄(Fe)の含有率は、好ましくは60〜84質量%であり、より好ましくは65〜72質量%である。さらに、ステンレス中のクロム(Cr)の含有率は、好ましくは16〜20質量%であり、より好ましくは16〜18質量%である。
【0026】
一方、アルミニウム合金としては、純アルミニウム系、およびアルミニウム・マンガン系、アルミニウム・マグネシウム系などが挙げられる。アルミニウム合金中におけるアルミニウム以外の元素については、アルミニウム合金として一般に使用可能なものであれば特に制限されることはない。例えば、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛およびニッケルなどがアルミニウム合金に含まれうる。アルミニウム合金の具体例として、純アルミニウム系としてはA1050、A1050Pが挙げられ、アルミニウム・マンガン系としてはA3003P、A3004Pが挙げられ、アルミニウム・マグネシウム系としてはA5052P、A5083Pが挙げられる。一方で、セパレータには機械的な強度や成形性も求められるため、上記の合金種に加えて、合金の調質も適宜選択されうる。なお、金属基材層52がチタンやアルミニウムの単体から構成される場合、当該チタンやアルミニウムの純度は、好ましくは95質量%以上であり、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは99質量%以上である。
【0027】
金属基材層52の厚さは、特に限定されない。加工容易性および機械的強度、並びにセパレータ自体を薄膜化することによる電池のエネルギー密度の向上等の観点より、好ましくは50〜500μmであり、より好ましくは80〜300μmであり、さらに好ましくは80〜200μmである。特に、構成材料としてステンレスを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは80〜150μmである。一方、構成材料としてアルミニウムを用いた場合の金属基材層52の厚さは、好ましくは100〜300μmである。上記した範囲内の場合、セパレータとして十分な強度を有しながらも、加工容易性に優れ、好適な薄さを達成可能である。
【0028】
なお、例えば燃料電池用セパレータ等の構成材料として十分な強度を提供するという観点からは、金属基材層52は、ガス遮断性が高い材料から構成されることが好ましい。燃料電池のセパレータはセル同士を仕切る役割を担っているため、セパレータを挟んで両側で異なるガスが流れる構成となる。したがって、それぞれのセルの隣り合うガスの混合やガス流量の変動をなくすという観点から、金属基材層52はガス遮断性が高いほど好ましいのである。
【0029】
[中間層]
中間層53は、金属基材層52上に形成される(配置される)。ここで、中間層53は、親水性を有する。このため、中間層53を配置することによって、金属基材層52の腐食が進行し、金属基材層と中間層との界面に酸化被膜が形成するのを抑制する腐食防止層としての役目を果たし、電極で生じた過剰な水を効率よく排出する。また、中間層53は、導電性炭素層54との密着性を向上させるという機能や、金属基材層52からのイオンの溶出を防止するという機能をも有する。また、下記に詳述するが、導電性炭素層54が導電性炭素を含みかつラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)が大きい(例えば、R値が2.0を超える)導電性炭素層である場合には、中間層53を設けることにより導電性炭素層54との密着性効果が顕著にも発現しうる。
【0030】
中間層53を構成する材料としては、上記の密着性を付与するものであれば特に制限はない。例えば、周期律表の第4族の金属(Ti、Zr、Nf)、第5族の金属(V、Nb、Ta)、第6族の金属(Cr、Mo、W)、並びにこれらの炭化物、窒化物および炭窒化物などが挙げられる。なかでも好ましくは、クロム(Cr)、タングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)もしくはハフニウム(Hf)といったイオン溶出の少ない金属、またはこれらの窒化物、炭化物もしくは炭窒化物が用いられる。より好ましくは、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物が用いられる。特に、上述したイオン溶出の少ない金属またはその炭化物もしくは窒化物を用いた場合、セパレータの耐食性を有意に向上させることができる。なお、上記中間層を構成する材料は単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0031】
中間層53の厚さは、特に制限されない。具体的には、中間層53の厚さは、好ましくは30nm以上、より好ましくは100nm以上、さらに好ましくは200nm以上である。このような厚さであれば、接触抵抗を十分低い値とすることができる。また、このような厚みであれば、一般的に中間層に用いる金属は炭素に対してスパッタ率が高く、導電性炭素層は中間層に対して薄くて(少なくて)済むために、タクトタイムを短縮することができる。なお、中間層53の厚さの上限は特に制限されない。製造工程や燃料電池のスタックのサイズを考慮すると、中間層の厚さの条件は、20μm以下が適当であり、10μm以下がより好ましい。これにより、中間層の膜応力の上昇が抑えられ、金属基材層に対する皮膜追従性の低下やこれに伴う剥離・クラックの発生を防止できる。
【0032】
また、中間層53の、導電性炭素層54側の表面は、ナノレベルで粗れていることが好ましい。かような形態によれば、中間層53上に成膜される導電性炭素層54の、中間層53に対する密着性をより一層向上させうる。
【0033】
さらに、中間層53の熱膨張率が、金属基材層52を構成する金属の熱膨張率と近い値であると、中間層53と金属基材層52との密着性は向上する。ただし、かような形態では中間層53と導電性炭素層54との密着性が低下する場合がある。同様に、中間層53の熱膨張率が導電性炭素層54の熱膨張率と近い値であると、中間層53と金属基材層52との密着性が低下する場合がある。これらを考慮して、中間層の熱膨張率(αmid)、金属基材層の熱膨張率(αsub)、および導電性炭素層の熱膨張率を(αc)は、αsub>αmid>αcの関係を満足することが好ましい。
【0034】
なお、中間層は、金属基材層の少なくとも一方の表面上に存在すればよい。ただし、導電性炭素層が金属基材層の一方の主表面にのみ存在する場合には、中間層は、金属基材層と導電性炭素層との間に存在する。また、導電性炭素層は、上述したように金属基材層の両面に存在する場合もある。かような場合には、中間層は、金属基材層と双方の導電性炭素層との間にそれぞれ介在することが好ましい。金属基材層といずれか一方の導電性炭素層との間にのみ中間層が存在する場合には、当該中間層は、PEFCにおいてMEA側に配置されることとなる導電性炭素層と金属基材層との間に存在することが好ましい。
【0035】
また、本発明では、中間層53と金属基材層52との間に他の層を設けてもよい。ここで、他の層としては、電極で生成した水が金属基材層側に入り込むことを抑制・防止できるような緻密な層が挙げられる。このような層を中間層53と金属基材層52との間に配置することによって、セパレータ5を構成する導電部材は、導電性を確保しつつ、耐食性をさらに改善することができる。また、特に緻密な層が金属その合金から構成される場合には、中間層の設置による上述した作用効果が顕著に発現しうる。緻密な層を配置する場合の緻密な層の特性は特に制限されないが、水分子が通過しないことが好ましい。具体的には、緻密な層は、10%以下、より好ましくは7%以下の空隙率を有する。ここで、「空隙率」は、層の表面および断面をSEMにより画像解析を行ない、層中の緻密層を構成する金属、半金属、金属の炭化物、または金属の窒化物が占める面積率(%)を測定することによって求められる。
【0036】
[導電性炭素層]
導電性炭素層54は、中間層53上に形成される(配置される)。導電性炭素層54は、導電性炭素を含む層である。この層の存在によって、セパレータ5を構成する導電部材の導電性を確保しつつ、金属基材層52のみの場合と比較して耐食性が改善されうる。なお、本発明では、図2A、2Bなどから明らかであるように、導電性炭素層54は、必ずしも一体的な層としての構成とはなっていない。しかし、本願明細書では、導電性炭素が存在する部分を総称して、「導電性炭素層」と称する。
【0037】
本発明において、導電性炭素層54は、中間層53全面を被覆せず、中間層の露出部分が存在する。中間層が親水性を担い、導電性炭素層が導電性を担うことで、低い接触抵抗を維持しながら親水性を向上させることができる。すなわち、中間層は、導電性炭素層よりも親水性に優れる。このため、導電性炭素層の最表面にこのような親水性中間層の露出部分が存在することで、導電性炭素層単体よりも親水性が向上する。なお、中間層は導電性炭素層よりも接触抵抗は高いものの、導電性炭素層が導電パスを確保することで、接触抵抗の増加を極力抑制できる。
【0038】
ここで、導電性炭素層による中間層の被覆率は、好ましくは30%以上100%未満である。このように面積比で30%以上、中間層が導電性炭素層で被覆されていれば、導電性炭素層による導電パスは確保しつつ、導電部材表面に十分親水性が付与され、排水性が向上する。ゆえに、本発明の導電性部材をセパレータに使用する場合には、十分な導電性は維持しつつセパレータ表面は親水性を奏し、セパレータ付近の過剰の水分を効率よく排水しうる。より好ましくは、導電性炭素層による中間層の被覆率(導電性炭素層最表面での暴露率)は、50〜90%である。なお、上記被覆率は、導電部材(セパレータ5)を積層方向から見た場合に中間層53と重複する導電性炭素層54の面積の割合{=[(導電性炭素層54の全面積)/(中間層53の面積)]×100(%)}を意味するものとする。
【0039】
従来、不活性ガス雰囲気下でセパレータ基板に負高電圧を印加しつつ、基板表面に乾式成膜法により炭素系材料を用いて、金属セパレータの金属基材の一方の表面にグラファイト化された炭素からなる炭素層を形成する技術が提案された。この炭素層を有する燃料電池セパレータは、耐食性および導電性に優れるとされているものの、炭素層の有する結晶構造は様々であり、炭素層の結晶構造が異なると、これに起因してセパレータ自体の耐食性や導電性も変動しうる。ゆえに、従来の燃料電池セパレータは、未だ十分な耐食性・導電性が確保されているとはいえなかった。これに対して、導電性炭素層の結晶化構造を特定な構造と調節することによって、導電性炭素層の一方の面から他方の面への導電パスが確保できる。このような導電性炭素層を導電部材(特にセパレータ)に使用することにより、優れた導電性を十分に確保しつつ、耐食性がより一層向上した導電部材が提供できる。すなわち、導電性炭素層の結晶構造を、ラマン散乱分光分析により測定される、Dバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)により規定する。具体的には、強度比R(ID/IG)を1.3以上とすることが好ましい。以下、当該構成要件について、より詳細に説明する。
【0040】
炭素材料をラマン分光法により分析すると、通常1350cm−1付近および1584cm−1付近にピークが生じる。結晶性の高いグラファイトは、1584cm−1付近にシングルピークを有し、このピークは通常、「Gバンド」と称される。一方、結晶性が低くなる(結晶構造欠陥が増す)につれて、1350cm−1付近のピークが現れてくる。このピークは通常、「Dバンド」と称される(なお、ダイヤモンドのピークは厳密には1333bm−1であり、上記Dバンドとは区別される)。Dバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)は、炭素材料のグラファイトクラスターサイズやグラファイト構造の乱れ具合(結晶構造欠陥性)、sp2結合比率などの指標として用いられる。すなわち、本実施形態においては、導電性炭素層の接触抵抗の指標とすることができ、導電性炭素層の導電性を制御する膜質パラメータとして用いることができる。
【0041】
R(ID/IG)値は、顕微ラマン分光器を用いて、炭素材料のラマンスペクトルを計測することにより算出される。具体的には、Dバンドと呼ばれる1300〜1400cm−1のピーク強度(ID)と、Gバンドと呼ばれる1500〜1600cm−1のピーク強度(IG)との相対的強度比(ピーク面積比(ID/IG))を算出することにより求められる。
【0042】
上述したように、本実施形態において、R値は1.3以上であることが好ましい。このようなR値であると、導電性炭素層でのグラファイト結合比が多くなることによりπ電子が多くなり、導電性を確保することができる。R値は、より好ましくは1.4〜2.0であり、さらに好ましくは1.4〜1.9であり、特に好ましくは1.5〜1.8である。このR値が1.3以上であれば、積層方向の導電性が十分に確保された導電性炭素層が得られる。また、R値が2.0以下であれば、グラファイト成分の減少を抑制することができる。さらに、導電性炭素層自体の内部応力の増大をも抑制でき、下地である中間層との密着性を一層向上させることができる。本明細書において、「R値」は下記方法に従って測定した。
【0043】
[R値の測定]
導電部材について、導電性炭素層のR値の測定を行なった。具体的には、まず、顕微ラマン分光器を用いて、導電性炭素層のラマンスペクトルを計測した。そして、1300〜1400cm−1に位置するバンド(Dバンド)のピーク強度(ID)と、1500〜1600cm−1に位置するバンド(Gバンド)のピーク強度(IG)とのピーク面積比(ID/IG)を算出して、R値とした。
【0044】
なお、本実施形態のようにR値を1.3以上とすることにより上述の作用効果が得られるメカニズムは、以下のように推定されている。ただし、以下の推定メカニズムは本発明の技術的範囲をいかようにも限定することはない。
【0045】
上述したように、Dバンドピーク強度が大きくなる(すなわち、R値が大きくなる)ことは、グラファイト構造における結晶構造欠陥の増加を意味する。換言すれば、ほぼsp2炭素のみからなる高結晶性グラファイトにおいてsp3炭素が増加することを意味する。ここで、R=1.0〜1.2の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)を図3Aに示す。同様に、R=1.6の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)を図3Bに示す。なお、これらの導電部材Aおよび導電部材Bは、金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。また、導電部材Aにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は0Vである。導電部材Bにおける導電性炭素層の作製時において金属基材層に対して印加したバイアス電圧は−140Vであった。
【0046】
図3Bに示すように、導電部材Bの導電性炭素層は、多結晶グラファイトの構造を有することがわかる。一方で、図3Aに示す導電部材Aの導電性炭素層においては、かような多結晶グラファイトの構造は確認できない。
【0047】
ここで、「多結晶グラファイト」とは、微視的にはグラフェン面(六角網面)が積層した異方性のグラファイト結晶構造(グラファイトクラスター)を有するが、巨視的には多数の当該グラファイト構造が集合した等方性結晶体である。したがって、多結晶グラファイトは、ダイヤモンド様カーボン(DLC;Diamond−Like Carbon)の1種であるということもできる。通常、単結晶グラファイトは、HOPG(高配向熱分解黒鉛)に代表されるような、巨視的にみてもグラフェン面が積層された乱れのない構造を示す。一方、多結晶グラファイトにおいては、個々のクラスターとしてグラファイト構造が存在しており、乱層構造を有している。R値を上述の値に制御することで、この乱れ具合(グラファイトクラスター量、サイズ)が適度に確保され、導電性炭素層の一方の面から他方の面への導電パスが確保されうる。その結果、金属基材層に加えて導電性炭素層を別途設けたことによる導電性の低下が防止されうると考えられる。
【0048】
多結晶グラファイトにおいては、グラファイトクラスターを構成するsp2炭素原子の結合によりグラフェン面が形成されていることから、当該グラフェン面の面方向に導電性が確保される。また、多結晶グラファイトは実質的に炭素原子のみから構成され、比表面積が小さく、結合した官能基の量も少ない。このため、多結晶グラファイトは酸性水等による腐食に対して優れた耐性を有する。なお、カーボンブラック等の粉末においても、1次粒子を形成しているのはグラファイトクラスターの集合体である場合が多く、これにより導電性が発揮される。しかしながら、個々の粒子が分離しているため、表面に形成されている官能基が多く、酸性水等による腐食が生じやすい。また、カーボンブラックにより導電性炭素層を成膜しても、保護膜としての緻密性に欠けるという問題もある。
【0049】
ここで、本実施形態の導電性炭素層が多結晶グラファイトから構成される場合、多結晶グラファイトを構成するグラファイトクラスターのサイズは特に制限されない。一例を挙げると、グラファイトクラスターの平均直径は、好ましくは1〜50nm程度であり、より好ましくは2〜10nmである。グラファイトクラスターの平均直径がかような範囲内の値であると、多結晶グラファイトの結晶構造を維持しつつ、導電性炭素層の厚膜化を防止することが可能である。ここで、グラファイトクラスターの「直径」とは、当該クラスターの輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大の距離を意味する。また、グラファイトクラスターの平均直径の値は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数〜数十視野中に観察されるクラスターの直径の平均値として算出されうる。
【0050】
なお、本実施形態では導電性炭素層は多結晶グラファイトのみから構成されてもよいが、導電性炭素層は多結晶グラファイト以外の材料をも含みうる。導電性炭素層に含まれうる多結晶グラファイト以外の炭素材料としては、カーボンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、カーボンナノホーン、カーボンフィブリルなどが挙げられる。また、カーボンブラックの具体例として、以下に制限されることはないが、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック、ランプブラック、オイルファーネスブラックもしくはサーマルブラックなどが挙げられる。なお、カーボンブラックは、グラファイト化処理が施されていてもよい。また、導電性炭素層に含まれうる炭素材料以外の材料としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)等の貴金属;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の撥水性物質;導電性酸化物などが挙げられる。多結晶グラファイト以外の材料は、1種のみが用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0051】
導電性炭素層54の厚さは、特に制限されない。ただし、好ましくは1〜1000nmであり、より好ましくは2〜500nmであり、さらに好ましくは5〜200nmである。導電性炭素層の厚さがかような範囲内の値であれば、ガス拡散基材とセパレータとの間に十分な導電性を確保することができる。なお、本実施形態では、導電性炭素層54は導電部材(セパレータ5)の一方の主表面にのみ存在する。ただし、場合によっては、導電部材(セパレータ5)の他の主表面にも導電性炭素層54が存在してもよい。
【0052】
以下、本実施形態の導電性炭素層54におけるより好ましい実施形態について説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。
【0053】
まず、導電性炭素層54のラマン散乱分光分析について、他の観点からは、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが、2回対称パターンを示すことが好ましい。以下、回転異方性測定の測定原理について、簡単に説明する。
【0054】
ラマン散乱分光分析の回転異方性測定は、測定サンプルを水平方向に360度回転させながら、ラマン散乱分光測定を実施することにより行なわれる。具体的には、測定サンプルの表面に対してレーザー光を照射し、通常のラマンスペクトルを測定する。次いで、測定サンプルを10°回転させて、同様にラマンスペクトルを測定する。この操作を、測定サンプルが360°回転するまで行なう。そして、それぞれの角度での測定において得られたピーク強度の平均値を算出し、中心がピーク強度ゼロとなる、1周360°の極座標表示とすることにより、平均ピークが得られる。そして、例えば、グラフェン面がサンプルの面方向と平行となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図4Aに示すような3回対称パターンが見られる。一方、グラフェン面がサンプルの面方向と垂直となるように、グラファイト層がサンプル表面に存在する場合には、図4Bに示すような2回対称パターンが見られる。なお、明確な結晶構造が存在しない非晶質(アモルファス)状の炭素層がサンプル表面に存在する場合には、図4Cに示すような対称性を示さないパターンが見られる。したがって、回転異方性測定により測定された平均ピークガ2回対称パターンを示すということは、導電性炭素層を構成するグラフェン面の面方向が、導電性炭素層の積層方向とほぼ一致していることを意味する。かような形態によれば、導電性炭素層における導電性が最短のパスによって確保されることとなるため、好ましいのである。
【0055】
ここで、当該回転異方性測定を行なった結果を図5Aおよび図5Bに示す。図5Aは、導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示す。また、図5Bは、上述した手法により得られた、導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示す。図5Bに示すように、導電部材Bの回転異方性測定においては、0°および180°の位置にピークが見られた。これは、図4Bに示す2回対称パターンに相当する。なお、本明細書において、ラマン散乱分光分析の回転異方性測定により測定された平均ピークが「2回対称パターンを示す」とは、図4Bおよび図5Bに示すように、平均ピークにおいて、ピーク強度が0である点を基準として180°対向する2つのピークが存在することを意味する。3回対称パターンで見られるピーク強度と2回対称パターンで見られるピーク強度とは原理的には同程度の値を示すとされているため、かような定義が可能となる。
【0056】
好ましい実施形態では、導電性炭素層54のビッカース硬度が規定される。「ビッカース硬度(Hv)」とは、物質の硬さを規定する値であり、物質に固有の値である。本明細書において、ビッカース硬度は、ナノインデンテーション法により測定された値を意味する。ナノインデンテーション法とは、サンプル表面に対して超微小な荷重でダイヤモンド圧子を連続的に負荷および除荷し、得られた荷重−変位曲線から硬さを測定するという手法であり、Hvが大きいほどその物質は硬いことを意味する。好ましい実施形態において、具体的には、導電性炭素層54のビッカース硬度は、好ましくは1500Hv以下であり、より好ましくは1200Hv以下であり、さらに好ましくは1000Hv以下であり、特に好ましくは800Hv以下である。ビッカース硬度がかような範囲内の値であれば、導電性を有しないsp3炭素の過剰な混入が抑制され、導電性炭素層54の導電性の低下が防止されうる。一方、ビッカース硬度の下限値について特に制限はないが、ビッカース硬度が50Hv以上であれば、導電性炭素層54の硬度が十分に確保される。その結果、外部からの接触や摩擦等の衝撃にも耐えることができ、他の層との密着性にも優れた導電部材(セパレータ)が提供されうる。かような観点から、導電性炭素層54のビッカース硬度は、より好ましくは80Hv以上であり、さらに好ましくは100Hv以上であり、特に好ましくは200Hv以上である。
【0057】
ここで、導電部材の金属基材層としてSUS316Lを準備し、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより導電部材を作製した。この際、バイアス電圧および成膜方式を制御することにより、導電性炭素層のビッカース硬度を変化させた。これにより得られた導電部材における導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を図6に示す。なお、図6では、ダイヤモンドはsp3比=100%であり、Hv10000となる。図6に示す結果から、導電性炭素層のビッカース硬度が1500Hv以下であると、sp3比の値が大きく低下することがわかる。また、sp3比の値が低下することで、導電部材の接触抵抗の値もこれに伴って低下することが推測される。
【0058】
さらに他の観点からは、導電性炭素層54に含まれる水素原子の量もまた、考慮することが好ましい。すなわち、導電性炭素層54に水素原子が含まれる場合、当該水素原子は炭素原子と結合する。そうすると、水素原子が結合した炭素原子の混成軌道はsp2からsp3へと変化して導電性を喪失し、導電性炭素層54の導電性が低下することとなる。また、多結晶グラファイトにおけるC−H結合が増加すると、結合の連続性が失われ、導電性炭素層54の硬度が低下し、最終的には導電部材の機械的強度や耐食性が低下してしまう。かような観点から、導電性炭素層54における水素原子の含有量は、導電性炭素層54を構成する全原子に対して、好ましくは30原子%以下であり、より好ましくは20原子%以下であり、さらに好ましくは10原子%以下である。ここで、導電性炭素層54における水素原子の含有量の値としては、弾性反跳散乱分析法(ERDA)により得られる値を採用するものとする。この方法では、測定サンプルを傾け、ヘリウムイオンビームを浅く入射することによって、前方に弾き出された元素を検出する。水素原子の原子核は、入射されるヘリウムイオンよりも軽いため、水素原子が存在するとその原子核は前方に弾き出される。かような散乱は弾性散乱であることから、弾き出された原子のエネルギースペクトルはその原子核の質量を反映する。したがって、弾き出された水素原子の原子核の数を固体検出器によって測定することにより、測定サンプルにおける水素原子の含有量が測定されうる。より具体的には、本明細書における「水素原子の含有量」は、下記方法に従って測定される値である。
【0059】
ここで、図7は、上述したR値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性炭素層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。図7に示すように、導電性炭素層における水素原子の含有量が30原子%以下であると、導電部材の接触抵抗の値は顕著に低下する。なお、図7に示す実験において、導電部材の金属基材層としてはSUS316Lを用い、この表面にCrからなる中間層(厚さ:0.2μm)および導電性炭素層(厚さ:0.2μm)をスパッタリング法によって順次形成することにより作製した。この際、成膜方式や炭化水素ガス量を制御することにより、導電性炭素層における水素原子の含有量を変化させた。
【0060】
(導電部材の製造方法)
上述した実施形態の導電部材を製造する方法について特に制限はなく、従来公知の手法を適宜参照することにより製造することが可能である。以下、導電部材を製造するための好ましい実施形態を記載するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみには限定されない。また、セパレータ5を構成する導電部材の各構成要素の材質などの諸条件については、上述した通りであるため、ここでは説明を省略する。
【0061】
すなわち、下記工程を有する、本発明の導電部材の製造方法(以下、「方法1」とも称する)が提供される。まず、金属基材層上に中間層を形成する[工程(1−1)]。次に、スパッタリング法またはイオンプレーティング法により、上記工程(1−2)で形成された中間層上に導電性炭素層を形成して、金属基材層、中間層及び導電性炭素層の積層体を形成する[工程(1−2)]。続いて、上記工程(1−2)で得られた積層体をプレスにより成形する[工程(1−3)]。
【0062】
あるいは、下記工程を有する、本発明の導電部材の製造方法(以下、「方法2」とも称する)もまた提供される。まず、金属基材層をプレスにより成形する[工程(2−1)]。次に、上記工程(2−1)で成形された金属基材層上に中間層を形成する[工程(2−2)]。続いて、上記工程(2−2)で得られた中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する[工程(2−3)]。
【0063】
従来、例えば、特開2007−134107号公報に記載される方法では、炭素系膜への金属元素の複合化によりプロセスが複雑になることが懸念される。これに対して、上記方法1及び方法2によると、容易に本発明の導電部材を製造することが可能である。
【0064】
まず、方法1について説明する。
【0065】
[工程(1−1)]
まず、金属基材層の構成材料として、所望の厚さのステンレス板やアルミニウム板などの金属板を準備する。次いで、適当な溶媒(例えば、エタノール、エーテル、アセトン、イソプロピルアルコール、トリクロロエチレンおよび苛性アルカリ剤など)を用いて、準備した金属基材層の構成材料の表面の脱脂および洗浄処理を行う。該処理としては、超音波洗浄などが挙げられる。超音波洗浄の条件としては、処理時間が1〜10分間程度、周波数が30〜50kHz程度、および電力が30〜50W程度である。
【0066】
続いて、金属基材層の構成材料の表面(両面)に形成されている酸化皮膜の除去を行なう。酸化皮膜を除去するための手法としては、特に制限されないが、酸による洗浄処理、電位印加による溶解処理、またはイオンボンバード処理などが挙げられる。
【0067】
または、アルカリ浸漬洗浄、アルカリによる酸化皮膜除去(アルカリエッチング)、ふっ酸混酸液による表面活性化を行ない、その後亜鉛置換浴にてジンケート処理を行なう方法が好ましく使用される。ジンケート処理条件は、特に制限されないが、例えば、浴温度10〜40℃、浸漬時間20〜90秒である。なお、上記酸化皮膜の除去工程は省略されてもよい。上記処理(金属板の表面の脱脂・洗浄処理や酸化皮膜除去処理)は、金属板の少なくとも中間層を形成する面について行なうことが好ましいが、より好ましくは金属板の両面について行なう。
【0068】
次に、上記処理を施した金属基材層の構成材料の表面に、中間層を形成(成膜)する。ここで、中間層の形成(成膜)方法は、上記したように結晶配向性がある程度高くなるような方法であれば特に制限されないが、スパッタリング法およびイオンプレーティング法が使用される。スパッタリング法が好ましい。このような方法によると、中間層と導電性炭素層とを密着不良を生じることなく、中間層を形成(成膜)することができる。このため、得られる導電部材は、高い導電性と耐食性を達成しうる。
【0069】
中間層を形成(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、スパッタリング法もしくはイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法がある。なお、中間層は、他の方法、例えば、フィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などによっても形成(成膜)することができる。しかし、高い結晶配向性などを考慮すると、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。ここで、スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。かような手法によれば、親水性に優れた層が形成できる。これに加えて、比較的低温で成膜が可能であり、金属基材層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点もある。さらに、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点もある。
【0070】
ここで、中間層の成膜をスパッタリング法により行なう場合には、スパッタリング時に金属基材層に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような形態によれば、イオン照射効果によって、構成材料が緻密に集合した構造の中間層が成膜されうる。このような中間層は高い結晶配向性を発揮するため、導電性薄膜層との密着性を向上しうる。また、このようにして得られた中間層は、親水性に優れる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性炭素層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0071】
[工程(1−2)]
次に、上記工程(1−1)で形成(成膜)された中間層上に、導電性炭素層を形成(成膜)する。ここで、導電性炭素層の形成(成膜)方法は、特に制限されない。例えば、上述した導電性炭素層の構成材料(例えば、グラファイト)をターゲットとして、中間層上に導電性炭素を含む層を原子レベルで積層(成膜)することにより、導電性炭素層を形成することができる。これにより、直接付着した導電性炭素層と中間層との界面およびその近傍は、分子間力や僅かな炭素原子の進入によって、長期間にわたって密着性が保持されうる。
【0072】
導電性炭素を積層(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、例えば、スパッタリング法もしくはイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法、またはフィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などが挙げられる。スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法、ECRスパッタリング法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでも、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。かような手法によれば、水素含有量の少ない炭素層を形成することができる。その結果、炭素原子同士の結合(sp2混成炭素)の割合を増加させることができ、優れた導電性が達成されうる。これに加えて、比較的低温で成膜が可能であり、中間層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点もある。さらに、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、成膜される層の膜質をコントロールできるという利点もある。
【0073】
ここで、導電性炭素層の成膜をスパッタリング法により行なう場合には、スパッタリング時に中間層に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような形態によれば、イオン照射効果によって、グラファイトクラスターが緻密に集合した構造の導電性炭素層が成膜されうる。このような導電性炭素層は優れた導電性を発揮しうることから、他の部材(例えば、MEA)との接触抵抗の小さい導電部材(セパレータ)が提供されうる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性炭素層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0074】
本発明では、導電性炭素層が中間層を完全に覆わないように、中間層上に形成される。このように導電性炭素層は前記中間層全面を被覆せず、中間層の露出部分が存在するように、導電性炭素層を形成する方法は、特に制限されない。例えば、(ア)ターゲット材料(グラファイト等の導電性炭素層の構成材料)量を予め制御して、導電性炭素層を成膜する方法;(イ)ターゲット材料(グラファイト等の導電性炭素層の構成材料)の成膜時間を適当に制御して、導電性炭素層を成膜する方法;(ウ)中間層上に導電性炭素層を被覆するように成膜した後、不活性ガスによるイオンボンバード処理を行なって、最表層の導電性炭素層の一部を除去する方法;(エ)導電性炭素層を成膜する前に中間層をマスキングした後、導電性炭素層を中間層上に成膜し、さらにマスキングを除去して、中間層を露出させる方法;(オ)導電性炭素層を成膜する前に、導電性炭素層とは相性が悪く炭素層の密着力が保持できないマスク層を中間層が露出するようにコーティングの後、導電性炭素層を中間層上に成膜し、さらにマスク層を除去して、中間層を露出させる方法、などが挙げられる。なお、下記工程(1−3)に詳述するが、上記(ア)〜(オ)の方法を用いずとも、中間層上に導電性炭素層を被覆するように成膜した後、プレス処理を施すことによって、導電性炭素層の最表層に中間層の露出部分を形成できる。上記方法のうち、(ア)では、所定の厚みに導電性炭素層を形成するのに使用される導電性炭素層の構成材料の量に対して、110〜120質量%程度の量の構成材料を使用することができる。また、(イ)では、成膜時間は、成膜速度等の成膜条件や面積などによっても異なるが、成膜時間を、およそ0.05〜1分程度とすることが好ましい。(ウ)では、不活性ガスとしては、特に制限されないが、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス、好ましくはアルゴンガスが使用される。(エ)では、マスキング剤として、キシレンやメトキシプロパノールなどの溶剤の塗布、フッ素系樹脂(PTFE(poly tetra fluoro ethylene)、FEP(fluorinated ethylene propylene copolymer)、PFA(tetrafluoro ethylene-perfluoro alkylvinyl ether copolymer))などのフィルムなどが使用できる。(オ)では、導電性炭素層と密着力が低いAlやAl合金などのコーティング膜が使用できる。上記方法のうち、(イ)、(ウ)、(エ)、(オ)の方法が好ましく使用され、(イ)、(ウ)がより好ましい。上記方法は、単独で使用されてもよいが、導電性炭素層の被覆率によっては2種以上を組み合わせて、あるいは同じ方法を繰り返し行なってもよい。また、上記(ア)〜(オ)の方法を下記(1−3)の処理と組み合わせて行なってもよい。
【0075】
[工程(1−3)]
当該工程(1−3)では、上記工程(1−2)で得られた積層体をプレスにより成形する。このように平板状の積層体に対してプレス処理を施すことで、凹凸状などの所望の形状に成形されて、本発明の導電部材が製造できる。また、上記工程(1−2)で得られた積層体を作製した後に、プレス処理を行なうことによって、導電性炭素層表面にクラックが生じ、中間層が導電性炭素層の最表層から露出する。
【0076】
ここで、積層体に対するプレス処理条件などは、一般的に金属基材からセパレータを製造する際に適用される条件と同様の条件が使用できる。例えば、上記工程(1−2)で得られた積層体に対して、室温でプレスを行なう。
【0077】
次に、方法2について説明する。
【0078】
[工程(2−1)]
当該工程では、金属基材層をプレスにより成形する。これにより、平板状の金属基材層が、最終の目的形状である、凹凸状などの所望の形状に成形されうる。
【0079】
ここで、金属基材層に対するプレス処理条件などは、一般的に金属基材からセパレータを製造する際に適用される条件と同様の条件が使用でき、好ましい条件は、上記工程(1−3)で記載したのと同様である。
【0080】
[工程(2−2)]
当該工程では、上記工程(2−1)で成形された金属基材層上に中間層を形成する。この際、中間層の形成方法は、上記工程(1−1)で記載したのと同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0081】
[工程(2−3)]
当該工程では、上記工程(2−2)で得られた中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する。この際、導電性炭素層の形成方法は、上記工程(1−2)で記載したのと同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0082】
上記方法1及び2のうち、方法1が好ましく使用される。これは、方法2のプレス後コーティングする方法では、導電部材の形状が平板状ではなく複雑な形状をしているため、コーティング処理やジグ段取りなどの各操作を、金属基材層(金属板)1枚づつに対して、行なう必要がある。一方、方法1のコーティング後プレスする方法では、はじめに各層の形成するため、大面積の金属基材層(金属板)に対して、ロール材へのコーティングなどにより、一度に行なうことが可能である。次に、このようにして得られた積層体を所望の大きさに切断して、工程(1−3)で所望の形状へプレス工程を行なえばよい。このため、方法1の方が、手間、生産性などの点で有利である。
【0083】
上記利点に加えて、上述したが、方法1により、工程(1−2)で得られた積層体に対してプレス処理を行なうと、プレス圧により、導電性炭素層が一部破壊して、導電性炭素層表面にクラックが生じる。このため、工程(1−2)で導電性炭素層が中間層全面を被覆した場合であっても、プレス処理という簡単な操作によって、導電性炭素層の最表層に中間層の露出部分を容易に形成することが可能である。また、このようにして形成されたクラックの形成方向はプレス方法などによって容易に制御できる。このため、例えば、導電部材をセパレータに適用する場合には、ガス流路に対して平行になるようにクラックを生じさせることが好ましい。これにより、電極で生じた過剰の水をこのクラック部分を介して効率よく排出でき、クラックが排出に関しては有利に働きうる。
【0084】
上述した手法によれば、金属基材層52、中間層53、及び導電性炭素層54が順次形成され、かつ導電性炭素層54は中間層53全面を被覆せず中間層の露出部分が存在した導電部材が容易に製造されうる。なお、上記手法では、金属基材層52の片面にのみ、中間層53及び導電性炭素層を形成したが、金属基材層52の両面に上記各層が形成されてなる導電部材を製造するには、金属基材層52の他方の面に対して、上記と同様の手法を適用すればよい。
【0085】
上記したような本発明の導電部材は、中間層が一部導電性炭素層の最表面に露出しているため、親水性に優れる。ここで、接触角(親水性を示す指標)として表わした際の、導電部材の親水性の度合いは、およそ20〜60°であることが好ましく、20〜50°であることがより好ましい。このような範囲であれば、電極で生成したセパレータ付近の過剰の水分を排水するのに十分な親水性を発揮しうる。また、本発明の導電部材は、最表面に導電性炭素層が配置される。導電性炭素層は優れた導電性を発揮しうることから、本発明の導電部材をセパレータに使用する場合には、他の部材(例えば、MEA)との接触抵抗を低減できる。ここで、本発明の導電部材の接触抵抗は、およそ2〜15(mΩ・cm2)であることが好ましく、2〜8(mΩ・cm2)であることがより好ましい。なお、本明細書において、「接触角」及び「接触抵抗」は、下記実施例で記載された方法に従って測定された値である。
【0086】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。すなわち、本発明は、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池であって、前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項5に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなることを特徴とする、固体高分子形燃料電池が提供される。
【0087】
本発明の導電部材をPEFCのセパレータに使用する場合、本発明の導電部材は、アノード及びカソードのいずれか一方のセパレータに使用されればよい。しかし、特にカソード側で水が多量に生成することなどを考慮すると、本発明の導電部材を少なくともカソードセパレータとして使用することが好ましい。より好ましくは、本発明の導電部材を、カソードセパレータ及びアノードセパレータ双方に使用する。
【0088】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。ただし、本実施形態の導電部材の用途はこれに限られることはない。例えば、PEFC以外にも、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などの各種の燃料電池用セパレータとしても使用可能である。また、燃料電池用セパレータ以外にも、導電性・耐食性の両立が求められている各種の用途に用いられうる。本実施形態の導電部材が用いられうる燃料電池用セパレータ以外の用途としては、例えば、他の燃料電池部品(集電板、バスバー、ガス拡散基材、MEA)、電子部品の接点などが挙げられる。他の好ましい形態において、本実施形態の導電部材は、湿潤環境および通電環境の下で使用される。かような環境下で用いると、導電性および耐食性の両立を図るという本発明の作用効果が顕著に発現しうる。
【0089】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。すなわち、本発明は、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池であって、前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項5に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなることを特徴とする、固体高分子形燃料電池が提供される。
【0090】
本発明の導電部材をPEFCのセパレータに使用する場合、本発明の導電部材は、アノード及びカソードのいずれか一方のセパレータに使用されればよい。しかし、特にカソード側で水が多量に生成することなどを考慮すると、本発明の導電部材を少なくともカソードセパレータとして使用することが好ましい。より好ましくは、本発明の導電部材を、カソードセパレータ及びアノードセパレータ双方に使用する。
【0091】
本実施形態の導電部材は、種々の用途に用いられうる。その代表例が図1に示すPEFCのセパレータ5である。ただし、本実施形態の導電部材の用途はこれに限られることはない。例えば、PEFC以外にも、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などの各種の燃料電池用セパレータとしても使用可能である。また、燃料電池用セパレータ以外にも、導電性・耐食性の両立が求められている各種の用途に用いられうる。本実施形態の導電部材が用いられうる燃料電池用セパレータ以外の用途としては、例えば、他の燃料電池部品(集電板、バスバー、ガス拡散基材、MEA)、電子部品の接点などが挙げられる。他の好ましい形態において、本実施形態の導電部材は、湿潤環境および通電環境の下で使用される。かような環境下で用いると、導電性および耐食性の両立を図るという本発明の作用効果が顕著に発現しうる。
【0092】
以下、図1を参照しつつ、本実施形態の導電部材から構成されるセパレータを用いたPEFCの構成要素について説明する。ただし、本発明はセパレータを構成する導電部材に特徴を有するものである。よって、PEFCにおけるセパレータの形状等の具体的な形態や、燃料電池を構成するセパレータ以外の部材の具体的な形態については、従来公知の知見を参照しつつ、適宜、改変が施されうる。
【0093】
[電解質層]
電解質層は、例えば、図1に示す形態のように固体高分子電解質膜2から構成される。この固体高分子電解質膜2は、PEFC1の運転時にアノード触媒層3aで生成したプロトンを膜厚方向に沿ってカソード触媒層3cへと選択的に透過させる機能を有する。また、固体高分子電解質膜2は、アノード側に供給される燃料ガスとカソード側に供給される酸化剤ガスとを混合させないための隔壁としての機能をも有する。
【0094】
固体高分子電解質膜2は、構成材料であるイオン交換樹脂の種類によって、フッ素系高分子電解質膜と炭化水素系高分子電解質膜とに大別される。フッ素系高分子電解質膜を構成するイオン交換樹脂としては、例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニリデンフルオリド−パーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーなどが挙げられる。耐熱性、化学的安定性などの発電性能を向上させるという観点からは、これらのフッ素系高分子電解質膜が好ましく用いられ、特に好ましくはパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーから構成されるフッ素系高分子電解質膜が用いられる。
【0095】
炭化水素系電解質として、具体的には、スルホン化ポリエーテルスルホン(S−PES)、スルホン化ポリアリールエーテルケトン、スルホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、ホスホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、スルホン化ポリスチレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(S−PEEK)、スルホン化ポリフェニレン(S−PPP)などが挙げられる。原料が安価で製造工程が簡便であり、かつ材料の選択性が高いといった製造上の観点からは、これらの炭化水素系高分子電解質膜が好ましく用いられる。なお、上述したイオン交換樹脂は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。また、上述した材料のみに制限されず、その他の材料が用いられてもよい。
【0096】
電解質層の厚さは、得られる燃料電池の特性を考慮して適宜決定すればよく、特に制限されない。電解質層の厚さは、通常は5〜300μm程度である。電解質層の厚さがかような範囲内の値であると、製膜時の強度や使用時の耐久性及び使用時の出力特性のバランスが適切に制御されうる。
【0097】
[触媒層]
触媒層(アノード触媒層3a、カソード触媒層3c)は、実際に電池反応が進行する層である。具体的には、アノード触媒層3aでは水素の酸化反応が進行し、カソード触媒層3cでは酸素の還元反応が進行する。
【0098】
触媒層は、触媒成分、触媒成分を担持する導電性の触媒担体、および電解質を含む。以下、触媒担体に触媒成分が担持されてなる複合体を「電極触媒」とも称する。
【0099】
アノード触媒層に用いられる触媒成分は、水素の酸化反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。また、カソード触媒層に用いられる触媒成分もまた、酸素の還元反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。具体的には、白金、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属およびこれらの合金などから選択されうる。
【0100】
これらのうち、触媒活性、一酸化炭素等に対する耐被毒性、耐熱性などを向上させるために、少なくとも白金を含むものが好ましく用いられる。前記合金の組成は、合金化する金属の種類にもよるが、白金の含有量を30〜90原子%とし、白金と合金化する金属の含有量を10〜70原子%とするのがよい。なお、合金とは、一般に金属元素に1種以上の金属元素または非金属元素を加えたものであって、金属的性質をもっているものの総称である。合金の組織には、成分元素が別個の結晶となるいわば混合物である共晶合金、成分元素が完全に溶け合い固溶体となっているもの、成分元素が金属間化合物または金属と非金属との化合物を形成しているものなどがあり、本願ではいずれであってもよい。この際、アノード触媒層に用いられる触媒成分およびカソード触媒層に用いられる触媒成分は、上記の中から適宜選択されうる。本明細書では、特記しない限り、アノード触媒層用およびカソード触媒層用の触媒成分についての説明は、両者について同様の定義である。よって、一括して「触媒成分」と称する。しかしながら、アノード触媒層およびカソード触媒層の触媒成分は同一である必要はなく、上記したような所望の作用を奏するように、適宜選択されうる。
【0101】
触媒成分の形状や大きさは、特に制限されず公知の触媒成分と同様の形状および大きさが採用されうる。ただし、触媒成分の形状は、粒状であることが好ましい。この際、触媒粒子の平均粒子径は、好ましくは1〜30nmである。触媒粒子の平均粒子径がかような範囲内の値であると、電気化学反応が進行する有効電極面積に関連する触媒利用率と担持の簡便さとのバランスが適切に制御されうる。なお、本発明における「触媒粒子の平均粒子径」は、X線回折における触媒成分の回折ピークの半値幅より求められる結晶子径や、透過形電子顕微鏡像より調べられる触媒成分の粒子径の平均値として測定されうる。
【0102】
触媒担体は、上述した触媒成分を担持するための担体、および触媒成分と他の部材との間での電子の授受に関与する電子伝導パスとして機能する。
【0103】
触媒担体としては、触媒成分を所望の分散状態で担持させるための比表面積を有し、充分な電子伝導性を有しているものであればよく、主成分がカーボンであることが好ましい。具体的には、カーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛などからなるカーボン粒子が挙げられる。なお、「主成分がカーボンである」とは、主成分として炭素原子を含むことをいい、炭素原子のみからなる、実質的に炭素原子からなる、の双方を含む概念である。場合によっては、燃料電池の特性を向上させるために、炭素原子以外の元素が含まれていてもよい。なお、「実質的に炭素原子からなる」とは、2〜3質量%程度以下の不純物の混入が許容されうることを意味する。
【0104】
触媒担体のBET比表面積は、触媒成分を高分散担持させるのに充分な比表面積であればよいが、好ましくは20〜1600m2/g、より好ましくは80〜1200m2/gである。触媒担体の比表面積がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散性と触媒成分の有効利用率とのバランスが適切に制御されうる。
【0105】
触媒担体のサイズについても特に限定されないが、担持の簡便さ、触媒利用率、触媒層の厚みを適切な範囲で制御するなどの観点からは、平均粒子径を5〜200nm程度、好ましくは10〜100nm程度とするとよい。
【0106】
触媒担体に触媒成分が担持されてなる電極触媒において、触媒成分の担持量は、電極触媒の全量に対して、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%である。触媒成分の担持量がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散度と触媒性能とのバランスが適切に制御されうる。なお、電極触媒における触媒成分の担持量は、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP)によって測定されうる。
【0107】
触媒層には、電極触媒に加えて、イオン伝導性の高分子電解質が含まれる。当該高分子電解質は特に限定されず従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した電解質層を構成するイオン交換樹脂が、高分子電解質として触媒層に添加されうる。
【0108】
[ガス拡散層]
ガス拡散層(アノードガス拡散層4a、カソードガス拡散層4c)は、セパレータのガス流路(6a、6c)を介して供給されたガス(燃料ガスまたは酸化剤ガス)の触媒層(3a、3c)への拡散を促進する機能、および電子伝導パスとしての機能を有する。
【0109】
ガス拡散層(4a、4c)の基材を構成する材料は特に限定されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、炭素製の織物、紙状抄紙体、フェルト、不織布といった導電性および多孔質性を有するシート状材料が挙げられる。基材の厚さは、得られるガス拡散層の特性を考慮して適宜決定すればよいが、30〜500μm程度とすればよい。基材の厚さがかような範囲内の値であれば、機械的強度とガスおよび水などの拡散性とのバランスが適切に制御されうる。
【0110】
ガス拡散層は、撥水性をより高めてフラッディング現象などを防止することを目的として、撥水剤を含むことが好ましい。撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系の高分子材料、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
【0111】
また、撥水性をより向上させるために、ガス拡散層は、撥水剤を含むカーボン粒子の集合体からなるカーボン粒子層(マイクロポーラス層;MPL、図示せず)を基材の触媒層側に有するものであってもよい。
【0112】
カーボン粒子層に含まれるカーボン粒子は特に限定されず、カーボンブラック、グラファイト、膨張黒鉛などの従来公知の材料が適宜採用されうる。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく用いられうる。カーボン粒子の平均粒子径は、10〜100nm程度とするのがよい。これにより、毛細管力による高い排水性が得られるとともに、触媒層との接触性も向上させることが可能となる。
【0113】
カーボン粒子層に用いられる撥水剤としては、上述した撥水剤と同様のものが挙げられる。なかでも、撥水性、電極反応時の耐食性などに優れることから、フッ素系の高分子材料が好ましく用いられうる。
【0114】
カーボン粒子層におけるカーボン粒子と撥水剤との混合比は、撥水性および電子伝導性のバランスを考慮して、質量比で90:10〜40:60(カーボン粒子:撥水剤)程度とするのがよい。なお、カーボン粒子層の厚さについても特に制限はなく、得られるガス拡散層の撥水性を考慮して適宜決定すればよい。
【0115】
燃料電池の製造方法は、特に制限されることなく、燃料電池の分野において従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0116】
燃料電池を運転する際に用いられる燃料は特に限定されない。例えば、水素、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、第2級ブタノール、第3級ブタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどが用いられうる。なかでも、高出力化が可能である点で、水素やメタノールが好ましく用いられる。
【0117】
さらに、燃料電池が所望する電圧を発揮できるように、セパレータを介して膜電極接合体を複数積層して直列に繋いだ構造の燃料電池スタックを形成してもよい。燃料電池の形状などは、特に限定されず、所望する電圧などの電池特性が得られるように適宜決定すればよい。
【0118】
上述したPEFC1や燃料電池スタックは、導電性・耐食性に優れる導電部材から構成されるセパレータ5を用いている。したがって、当該PEFC1や燃料電池スタックは出力特性・耐久性に優れ、長期間にわたって良好な発電性能を維持することができる。なお、図1に示す形態のPEFC1において、セパレータ5は、平板状の導電部材に対してプレス処理を施すことで凹凸状に成形されている。ただし、かような形態のみには制限されない。例えば、平板状の金属板(金属基材層)に対して切削処理を施すことによりガス流路や冷媒流路を構成する凹凸形状を予め形成し、その表面に、上述した手法によって導電性薄膜層(および必要に応じて中間層)を形成することで、セパレータとしてもよい。
【0119】
本実施形態のPEFC1やこれを用いた燃料電池スタックは、例えば、車両に駆動用電源として搭載されうる。このように、上述した形態のPEFC1や燃料電池スタックを搭載した車両もまた、本発明の技術的範囲に包含される。上述したPEFC1や燃料電池スタックは出力特性・耐久性に優れる。したがって、長期間にわたって信頼性の高い燃料電池搭載車両が提供されうる。
【0120】
すなわち、本実施形態のPEFC1やこれを用いた燃料電池スタックは、例えば、車両に駆動用電源として搭載されうる。
【0121】
図8は、上述した実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。図8に示すように、燃料電池スタック61を燃料電池車60のような車両に搭載するには、例えば、燃料電池車60の車体中央部の座席下に搭載すればよい。座席下に搭載すれば、車内空間およびトランクルームを広く取ることができる。場合によっては、燃料電池スタック61を搭載する場所は、座席下に限らず、後部トランクルームの下部でもよいし、車両前方のエンジンルームであってもよい。このように、上述した形態のPEFC1や燃料電池スタック61を搭載した車両もまた、本発明の技術的範囲に包含される。上述したPEFC1や燃料電池スタック61は出力特性・耐久性に優れる。したがって、長期間にわたって信頼性の高い燃料電池搭載車両が提供されうる。
【実施例】
【0122】
以下、本発明による効果を、実施例および比較例を用いて説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されない。
【0123】
[実施例1]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0124】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0125】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、0.5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ2nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。これにより、本実施例の導電部材を作製した。本実施例では、印加時間が0.5分と短かったため、図2A、2Bに示されるように、導電性炭素層が中間層全面を被覆せず、導電性炭素層の最表面に中間層が露出した状態であった。
【0126】
[実施例2]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0127】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0128】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0129】
次に、50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、Arガスによるイオンボンバード処理を実施した。このイオンボンバード処理により、最表層の導電性炭素層の一部が除去されて、表層に中間層が露出している形態となった。
【0130】
[比較例1]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0131】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0132】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、アルミニウム板に対して140Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、アルミニウム板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、導電部材を得た。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた(導電性炭素層による中間層の被覆率が100%)。
【0133】
[比較例2]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、アルミニウム板(厚さ:0.2mm)を準備した。このアルミニウム板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したアルミニウム板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもアルミニウム板の両面に対して行った。
【0134】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、アルミニウム板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、アルミニウム板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成して、導電部材を得た。
【0135】
上記の各実施例および各比較例において作製した導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗、接触角の測定を行なった。なお、接触抵抗及び接触角の測定は、下記方法に従って行なった。結果を下記表1及び図10に示す。
【0136】
[接触抵抗の測定]
上記の各実施例および各比較例において作製した導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗の測定を行なった。具体的には、図9に示すように、作製した導電部材100を1対のガス拡散基材200で挟持し、得られた積層体をさらに1対の触媒層300で挟持し、その両端に電源を接続し、1MPaの荷重で保持して、測定装置を構成した。この測定装置に1Aの定電流を流し、その際の電圧値から、積層体の接触抵抗値(mΩ/cm2)を算出した。
【0137】
[接触角の測定]
図11に示すように、水滴を導電性炭素層の上に付着させ、90秒後の水滴形状を画像解析し、水滴の接触長さ(r)及び高さ(h)を計測して、下記式に従って、接触角θを算出する。なお、接触角の値が小さいほど親水性が高い。
【0138】
【数2】
【0139】
【表1】
【0140】
上記表1及び図10から、本発明の導電部材は、接触抵抗が低く(導電性に優れる)しかつ接触角が小さい(親水性に優れる)ことが分かる。これに対して、比較例1の導電部材は、導電性炭素層が最表層全面に存在するため、低い接触抵抗を示すものの、接触角が高いため、親水性に劣る。また、比較例2の導電部材は、中間層のみで導電性炭素層を持たないため、親水性には優れるものの、接触抵抗が高く、導電性に劣る。
【0141】
[実施例3]
実施例1において、中間層の厚さを25nm、50nm、100nm、200nmとする以外は、実施例1と同様にして、導電部材を作製した。
【0142】
得られた導電部材について、下記方法に従って、耐食性試験をおこなった。結果を図12に示す。図12から、中間層の増加とともに接触抵抗は低下し、中間層膜厚は30nm以上であれば、浸漬前・後の接触抵抗はほぼ一定の低い値となることが分かる。これから、中間層の膜厚が30nm以上であれば、中間層は、金属基材層の腐食が進行し、基材と中間層界面に酸化被膜の形成を抑制する腐食防止層としての役目を十分果たしうると、考察される。
【0143】
[耐食性試験]
導電部材について、導電部材の積層方向の接触抵抗の測定を行なった。具体的には、図9に示すように、作製した導電部材を1対のガス拡散基材で挟持し、得られた積層体をさらに1対の触媒層で挟持し、その両端に電源を接続し、1MPaの荷重で保持して、測定装置を構成した。この測定装置に1Aの定電流を流し、その際の電圧値から、積層体の接触抵抗値を算出した。
【0144】
また、上記で接触抵抗値を測定した後、酸性水に対する浸漬試験を行ない、同様に接触抵抗値を測定した。なお、浸漬試験として、具体的には、各導電部材を30mm×30mmのサイズに切り出し、80℃の温度の酸性水(pH4以下)に100時間浸漬した。
【0145】
[実施例4]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、ステンレス(SUS316L)板(厚さ:0.1mm)を準備した。このステンレス板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したステンレス板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもステンレス板の両面に対して行った。
【0146】
続いて、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、Crをターゲットとして、ステンレス板に対して50Vの大きさの負のバイアス電圧を印加しながら、ステンレス板の両面にそれぞれ200nmの厚さのCrからなる中間層を形成した。
【0147】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、ステンレス板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、ステンレス板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、積層体を作製した。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0148】
このようにして作製された積層体を、室温でプレス処理を行ない、導電部材を得た。このようにして得られた導電部材の表面を、SEMにて観察し、その結果を図13に示す。図13から分かるように、プレス処理により、導電性炭素層の表面にクラックが生じており、そのクラックから中間層が露出していることが分かる。このSEM写真を画像処理して、導電性炭素層による中間層の被覆率を算出したところ、約70%であった。また、図13から、実施例4の導電部材では、流路(図13中の、凸部)に対して平行にクラックが生じている。このことから、このような導電部材をセパレータに適用した場合には、電極で生じた過剰の水は、このクラック部分を介して効率よく排出でき、クラックが排出に関しては有利に働くことが、考察される。
【0149】
[実施例5]
導電部材を構成する金属基材層の構成材料として、ステンレス(SUS316L)板(厚さ:0.1mm)を準備した。このステンレス板を、室温でプレス処理を行なった。このステンレス板を、前処理としてエタノール水溶液中で3分間超音波洗浄した。次いで、洗浄したステンレス板を真空チャンバ内に設置し、Arガスによるイオンボンバード処理を行なって、表面の酸化皮膜を除去した。なお、上述した前処理(洗浄)およびイオンボンバード処理は、いずれもステンレス板の両面に対して行った。
【0150】
さらに、UBMS法により、固体グラファイトをターゲットとして、ステンレス板に対して140Vの負のバイアス電圧を印加しながら、5分間、ステンレス板の両面の中間層の上に、それぞれ20nmの厚さの導電性炭素層を成膜して、積層体を作製した。ここでは、導電性炭素層がほぼ中間層全面を被覆していた。
【0151】
上記実施例4、5で得られた導電部材について、上記実施例3に記載される耐食性試験を行い、その結果を下記表2及び図14に示す。また、上記実施例4、5で得られた導電部材その結果を下記表2及び図14に示す。について、下記方法に従って、イオン溶出量を測定し、
[イオン溶出量の測定]
導電部材を、硫酸水溶液(pH 4)70mL中に、80℃で100時間、浸漬した。なお、上記硫酸水溶液は、燃料電池においてセパレータが曝される環境を模擬したものである。また、一般的に、燃料電池運転時の温度が80℃であるため、試験温度を80℃に設定した。
【0152】
100時間経過後の、硫酸水溶液中に溶出したアルミニウムイオンの量(ppm)を、ICP−MS(Inductively−Coupled Plasma−Mass Spectrometry;誘導結合プラズマ)−質量分析法)によって分析する。
【0153】
【表2】
【0154】
上記表2及び図14から、実施例4(コーティング後プレス)及び実施例5(プレス後コーティング)で得られた導電部材は双方とも、接触抵抗及びイオン溶出量は低い値となっていることが分かる。なお、実施例4の導電部材は、上記したように、表面のSEM写真より炭素系導電層にクラックが生じ、中間層の一部が露出しているが、耐食性試験における浸漬後の接触抵抗及びイオン溶出量では、双方ともの数値が低く、高い耐食性を維持していることが考察される。
【図面の簡単な説明】
【0155】
【図1】本発明の1つの実施形態に係る固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を示す概略図である。
【図2A】図1のうち、セパレータ5の部分の概略構成を示す断面図である。
【図2B】図1のうち、セパレータ5の部分をMEA10側から見たイメージ図である。
【図3A】R=1.0〜1.2の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材A)の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図3B】R=1.6の導電性炭素層を有する導電部材(導電部材B)の断面をTEMにより観察した写真(倍率:40万倍)である。
【図4A】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの3回対称パターンを示す模式図である。
【図4B】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定における、平均ピークの2回対称パターンを示す模式図である。
【図4C】ラマン散乱分光分析の回転異方性測定において、平均ピークの対称性を示さないパターンを示す模式図である。
【図5A】導電部材Bを測定サンプルとして用い、当該サンプルの回転角をそれぞれ0°、60°、および180°としたときのラマンスペクトルを示すグラフである。
【図5B】導電部材Bについての回転異方性測定の平均ピークを示すグラフである。
【図6】スパッタリング法で、バイアス電圧および成膜方式を変化させることにより導電性炭素層のビッカース硬度を異ならせたいくつかの導電部材における、導電性炭素層のビッカース硬度と導電性炭素層におけるsp3比の値との関係を示す図である。
【図7】R値が1.3以上であるものの、水素原子の含有量が異なる導電性炭素層を有するいくつかの導電部材について、接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施形態の燃料電池スタックを搭載した車両の概念図である。
【図9】実施例において接触抵抗を測定するのに用いた測定装置の概要を示す模式図である。
【図10】実施例および比較例において作製した導電部材について、接触抵抗及び接触角の測定を行なった結果を示すグラフである。
【図11】導電性炭素層の接触角の評価方法を示す図である。
【図12】実施例3において作製した導電部材について、中間層の厚みと接触抵抗との関係を示すグラフである。
【図13】実施例4において作製した導電部材の表面についてSEM写真を撮影した部位(左図)および当該部位をSEMにて観察した写真である。
【図14】実施例4,5において作製した導電部材について、浸漬試験の前後に接触抵抗の測定を行なった結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0156】
1 固体高分子形燃料電池(PEFC)、
2 固体高分子電解質膜、
3a アノード触媒層、
3c カソード触媒層、
4a アノードガス拡散層、
4c カソードガス拡散層、
5a アノードセパレータ、
5c カソードセパレータ、
6a アノードガス流路、
6c カソードガス流路、
7 冷媒流路、
10 膜電極接合体(MEA)、
5 セパレータ、
52 金属基材層、
53 中間層、
54 導電性炭素層、
60 燃料電池車、
61 燃料電池スタック。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材層と、
前記金属基材層上に形成される中間層と、
前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層と、
を有する導電部材で、
前記導電性炭素層の一部に中間層露出部を有する、導電部材。
【請求項2】
導電性炭素層による中間層の被覆率が、30%以上100%未満である、請求項1に記載の導電部材。
【請求項3】
前記中間層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo及びWから選ばれる金属、前記金属の炭化物、前記金属の窒化物、ならびに前記金属の炭窒化物からなる群より選択される少なくとも1種から構成される、請求項1または2に記載の導電部材。
【請求項4】
前記中間層の厚さは、30nm以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項5】
前記導電性炭素層のラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)が1.3以上である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項6】
前記金属基材層の構成材料が、鉄、チタン、銅、およびアルミニウム並びにこれらの合金からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項7】
金属基材層上に中間層を形成し、
前記中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成して、金属基材層、中間層及び導電性炭素層の積層体を形成し、
前記積層体をプレスにより成形する、
ことを有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材の製造方法。
【請求項8】
金属基材層をプレスにより成形し、
前記金属基材層上に中間層を形成し、
前記中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する、
ことを有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材の製造方法。
【請求項9】
前記中間層は、スパッタリング法またはイオンプレーティング法により、金属基材層上に形成される、請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記導電性炭素層の成膜をスパッタリング法により行ない、スパッタリング時に中間層に負のバイアス電圧を印加する、請求項7〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材または請求項7〜10のいずれか1項に記載の方法によって製造される導電部材から構成される、燃料電池用セパレータ。
【請求項12】
高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、
前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、
を有する固体高分子形燃料電池であって、
前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項11に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなる、固体高分子形燃料電池。
【請求項13】
請求項12に記載の固体高分子形燃料電池を搭載した車両。
【請求項1】
金属基材層と、
前記金属基材層上に形成される中間層と、
前記中間層上に位置する、導電性炭素を含む導電性炭素層と、
を有する導電部材で、
前記導電性炭素層の一部に中間層露出部を有する、導電部材。
【請求項2】
導電性炭素層による中間層の被覆率が、30%以上100%未満である、請求項1に記載の導電部材。
【請求項3】
前記中間層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo及びWから選ばれる金属、前記金属の炭化物、前記金属の窒化物、ならびに前記金属の炭窒化物からなる群より選択される少なくとも1種から構成される、請求項1または2に記載の導電部材。
【請求項4】
前記中間層の厚さは、30nm以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項5】
前記導電性炭素層のラマン散乱分光分析により測定されたDバンドピーク強度(ID)とGバンドピーク強度(IG)との強度比R(ID/IG)が1.3以上である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項6】
前記金属基材層の構成材料が、鉄、チタン、銅、およびアルミニウム並びにこれらの合金からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の導電部材。
【請求項7】
金属基材層上に中間層を形成し、
前記中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成して、金属基材層、中間層及び導電性炭素層の積層体を形成し、
前記積層体をプレスにより成形する、
ことを有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材の製造方法。
【請求項8】
金属基材層をプレスにより成形し、
前記金属基材層上に中間層を形成し、
前記中間層上にスパッタリング法またはイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成する、
ことを有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材の製造方法。
【請求項9】
前記中間層は、スパッタリング法またはイオンプレーティング法により、金属基材層上に形成される、請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記導電性炭素層の成膜をスパッタリング法により行ない、スパッタリング時に中間層に負のバイアス電圧を印加する、請求項7〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の導電部材または請求項7〜10のいずれか1項に記載の方法によって製造される導電部材から構成される、燃料電池用セパレータ。
【請求項12】
高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、並びにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む膜電極接合体と、
前記膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、
を有する固体高分子形燃料電池であって、
前記アノードセパレータまたは前記カソードセパレータの少なくとも一方が、請求項11に記載の燃料電池用セパレータであり、この際、前記燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなる、固体高分子形燃料電池。
【請求項13】
請求項12に記載の固体高分子形燃料電池を搭載した車両。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図5A】
【図5B】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図3A】
【図3B】
【図13】
【図2A】
【図2B】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図5A】
【図5B】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図3A】
【図3B】
【図13】
【公開番号】特開2010−129464(P2010−129464A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−305024(P2008−305024)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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