説明

尿中タンパク質分子の検出・定量による糖尿病性腎症の検査方法及びそれに使用するキット

【課題】尿中タンパク質分子の検出・定量による新規な糖尿病性腎症の検査法を提供する。
【解決手段】糖尿病性腎症患者の尿中で、I期からII期へ、II期からIII期へと病期が進行するにつれて、その濃度が徐々に減少する分子量約9,700のタンパク質分子を発見した。この分子は、サポシンBと呼称されている分子である。また、別途、糖尿病性腎症患者の尿中で、II期からIII期へ、III期からIV期へと病期が進行するにつれて、その濃度が増大するという分子量約13,800のタンパク質分子も発見し、この分子はトランスサイレチン(別称 プレアルブミン)と呼称されているものであることを見いだした。これらの2種類のタンパク質分子の、尿中における濃度測定は、糖尿病性腎症診断を目的とした新規な尿中マーカーとして臨床応用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿中に排泄されるサポシンB、及びトランスサイレチンの検出、または定量による新規な糖尿病性腎症の検査方法及びそれに使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病性腎症は、糖尿病に起因する腎臓機能障害性疾患であり、一般的に糖尿病性網膜症や糖尿病性神経障害とともに三大合併症の1つとして挙げられている。糖尿病性細血管障害の代表であり、国内でも年々患者数が増大している。糖尿病性腎症は、一定の糖尿病罹病期間の後に尿アルブミン排泄の増加(微量アルブミン尿)により、その発症を確認することが一般的な診断方法である。その後、顕性蛋白尿を経て慢性腎不全へと連続的に経過する。その疾患の進展度が診断基準上で分類されており、I期(腎症前期)、II期(早期腎症期)、III期(顕性腎症期)、IV期(腎不全期)に分けられている。IV期へと進行
すると腎機能悪化に伴い透析療法が必要となる。本疾患患者数は、新規に透析療法に導入される疾患中で第1位であり、IgA腎症等の他の腎機能不全疾患と比較しても透析療法導入後は生命予後が極めて不良である。糖尿病性腎症はその病期により適切な治療方法等が設定されており、各病期で血糖管理・血圧管理・食事療法・透析療法が段階的に施行される。特に、治療法としては古典的な血糖管理に加えて、最近では薬剤による全身の積極的降圧療法が効果的であることが大規模臨床試験で証明されつつある。しかしながら、このような治療においても糖尿病性腎症のIII期以前の段階で施される必要があり、III期進展以降は病状が不可逆的に進行すると考えられており、適切な治療が行われない場合には数年から数十年で腎不全へ進展し透析療法が必須となる(非特許文献1)。
【0003】
従って、糖尿病性腎症患者の生命維持、生存期間延長、及び透析療法の回避を含めた罹患中のQOL改善の為には、糖尿病性腎症の発症をできるだけ早期に診断し、適切な治療を行うことが最も望まれており、これを目的として多種類の糖尿病性腎症早期診断法が開発研究されてきた。その1つとして、尿中微量アルブミン検出・定量法が最も広く臨床使用されている。しかしながら、尿中微量アルブミン検出・定量法は、被験患者の僅かな体調不良や過激な運動等によって擬陽性となりうることが既に指摘されており、さらに日差変動があり測定再現性が得られない等の問題点があることから、同一の患者においても数ヶ月中に数度の確認再検査の必要性があることが診断基準上にも示されている。また、数回の確認検査の後に尿中微量アルブミン陽性と診断された場合にも、糖尿病性腎症II期以降へ進行している可能性が高く、糖尿病性腎症I期の段階はほとんど陽性として検出されず、必ずしも糖尿病性腎症の早期診断法としては適していないと言われている。糖尿病性腎症I期においては、糸球体濾過量(GFR)が増加するとの報告もあるが、GFRは正常との報告もあり、しかも自覚症状はないことから糖尿病性腎症I期の診断は困難であった。このような状況から、有用な糖尿病性腎症の早期診断方法の確立が広く望まれていた。
【0004】
サポシンBはスフィンゴ糖脂質の分解に関与するタンパク質であり、正常人尿中に存在することが確認されている(非特許文献2)。また、尿以外の各種体内臓器にも局在することも知られており、糖尿病モデルラットの末梢神経障害において発現が増大するという報告がある(非特許文献3)。しかし、尿中において本分子が糖尿病性腎症の診断マーカーとして応用できるということを示唆するような報告はない。
【0005】
トランスサイレチンは甲状腺ホルモンの輸送に関わるタンパク質であり、I型糖尿病患者で血中濃度が低下することが報告されている(非特許文献4)。また非特許文献5には、マウス糖尿病モデルで「ヒトとは異なり、トランスサイレチン(別称、プレアルブミン
)が出現する」との記載が有る。しかしながら、トランスサイレチンの尿中レベルと糖尿病性腎症との関連はこれまでに報告されていない。
【非特許文献1】羽田 勝計、「糖尿病性腎症-概念、分類、診断、治療-」 日本臨床 増刊号 2002年
【非特許文献2】Fluharty, A.L., et al. Mol.Genet.Metab. 68: 391-403, 1999
【非特許文献3】Calcutt, N.A., et al. J.Neuropathol.Exp.Neurol. 58: 628-636, 1999
【非特許文献4】Itoh, N., et al. J.Clin.Endocrinol.Metab. 74: 1372-1377, 1992
【非特許文献5】Alt, J., et al. Verh.Dtsch.Ges.Inn.Med. 82: 795-798, 1976
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、尿中タンパク質分子の検出・定量による新規な糖尿病性腎症の検査法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、糖尿病性腎症患者の尿を対象検体とすることに注目した。この理由としては、現在、糖尿病性腎症の診断を目的として、尿中微量アルブミンの測定が被験患者から採取した尿を対象検体とすることで臨床現場において広く用いられていることから、その臨床診断性能の比較が容易にできることである。また、血清等の循環液と比較して通常では含有タンパク質の種類も量も限られており、内在のタンパク質分子の網羅的な解析が容易である。また、本発明者らは、糖尿病性腎症患者の病期の異なる複数の患者から尿検体を採取し、適切な前処理を施した後に、それらの尿中に存在する微量なタンパク質分子に注目し、病期の進行に応じて尿中存在量が変動するタンパク質分子を探索した。
【0008】
本発明者らは、まず、糖尿病性腎症の各病期(I期の腎症前期、II期の早期腎症期、III期の顕性腎症期、IV期の腎不全期)の進行度に応じて尿中存在量が変動するタンパク質分子を探索する為に、プロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS:サイファージェン社製)を用いた。このシステムにより、糖尿病性腎症患者の病期の進行に応じて尿中存在量が変動する複数のタンパク質分子の正確な分子量を決定することに成功した。
【0009】
本発明者らは、次の段階として、タンパク質構造決定技術であるプロテオーム技術により、それらの標的分子がいかなる分子であるのかを生化学的に同定した。すなわち、それらの標的タンパク質分子をSDSポリアクリルアミド電気泳動法により単一分子として分離して、単一バンドとして電気泳動ゲルから抽出し、切り出したゲル内にてタンパク質分解酵素にて消化分解して低分子ペプチド断片へと変換させ、タンパク質質量分析機(MALDI-TOF-MS)により各低分子ペプチド断片の分子量を正確に計測し、既に知られている各タンパク質分子の内部アミノ酸配列の質量を考慮してデータベース情報と照合することにより、内部構成アミノ酸配列を同定した。
【0010】
これらの解析により、糖尿病性腎症患者の尿中で、I期からII期へ、II期からIII期へと病期が進行するにつれて、その濃度が徐々に減少するという分子量約9,700のタンパク質分子を発見した。この分子は、解析により得られたアミノ酸配列データとタンパク質アミノ酸データベース情報から、サポシンBと呼称されている分子であることを見いだした。
また、別途、糖尿病性腎症患者の尿中で、II期からIII期へ、III期からIV期へと病期が進行するにつれて、その濃度が増大するという分子量約13,800のタンパク質分子も発見するに至った。この分子は、解析により得られたアミノ酸配列情報とタンパク質アミノ酸データベース情報から、トランスサイレチン(別称 プレアルブミン)と呼称されているもの
であることを見いだした。これらの2種類のタンパク質分子は、いずれもその尿中における濃度測定は、糖尿病性腎症の診断に用いられたことがなく、糖尿病性腎症診断を目的とした新規な尿中マーカーとして臨床応用可能であることが示された。
【0011】
すなわち本発明は、
1.尿中のサポシンBを検出または定量することを特徴とする糖尿病性腎症の検査方法、
2.尿中のトランスサイレチンを検出または定量することを特徴とする糖尿病性腎症の検査方法、
3.検出・定量を質量分析により行う、1または2に記載の方法、
4.検出・定量を免疫学的測定方法により行う、1または2に記載の方法
5.抗サポシンB抗体、または抗トランスサイレチン抗体を含む、糖尿病性腎症を検査するためのキット、
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、尿中のサポシンB、またはトランスサイレチンの検出、または定量が可能となり、簡便かつ正確な、新規な糖尿病性腎症検査方法が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本明細書における尿とは、蓄尿、随時尿、早朝一番尿などがあり、医療機関等において通常採取されるものであれば特に限定されるものではないが、被験者からの随時尿が特に好適である。
【0014】
検出・定量方法の形態としては、高速液体クロマトグラフィー等が頻繁に用いられており、特に限定されるものではないが、微量なタンパク質分子の検出方法として、タンパク質質量分析機能に基づく解析機であるプロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)が好適である。
プロテインチップシステムは、専用のシリコンチップ素子上に様々なアフィニティー(逆相、陰イオン、陽イオン、金属イオン)を持つ官能基を有しており、そのチップ素子上に一定のタンパク質分子を含む生体試料液等をあらかじめ反応させるものである。チップ素子上のそれぞれの部位に特定の親和力により特異的に様々なタンパク質分子を結合させることができる。その結合したタンパク質分子を次の段階として一定条件でのクロマトグラフィー、脱塩、マトリックス塗布により処理を行う。最終的にはレーザー光を照射して各タンパク質分子をイオン化させ、質量に応じて変動するイオン化速度を測定し、各タンパク質分子の正確な分子量計測を可能とするものである。分子量の正確な計測のためには、一定の分子量を有する既知のタンパク質分子を標準品として本システムにて予備的に流して、ピークの出現位置と分子量との関係を予め決定しておき、その後に目的タンパク質分子を含む液を反応させることにより極めて正確で再現性の良いタンパク質分子量計測が可能となる。
【0015】
このプロテインチップシステムを用いて、まったく同様な条件にて糖尿病性腎症患者の各病期(I期〜IV期)の尿検体を反応させることにより、特定のタンパク質分子の糖尿病性腎症病期に応じてのピークの変動を詳細に調査するが可能となる。また、同一の糖尿病性腎症患者において、I期の状態の際に採取した尿検体を保存しておき、II期、あるいはIII期の状態に病期が進行した際に再度尿検体を採取することも可能であり、これらの同一患者の病期が異なる尿検体を並列に同時解析することにより、患者個々の個体差によらず、さらに正確に病期による特定のタンパク質分子の量的変動を調査することも可能である。
【0016】
糖尿病性腎症の各病期の進行に応じて尿中に変動するタンパク質分子の分子量を正確に計測した後の、その分子の同定のためには様々な方法があるが、プロテオーム技術が特によく用いられる。まず、目的タンパク質の分子量情報に基づいて、目的タンパク質を含むと考えられる粗分画を得るために、被験患者からの尿検体に前処理抽出を行う。この前処理抽出法としては、塩析沈殿法やカラムクロマトグラフィーなど様々な方法があるが、微量成分の前処理方法としてピペットチップ内に各種クロマトグラフィー担体を充填した器材がよく用いられる。このチップ内の前処理用担体としても様々なものが使用されうるが、特に逆相系担体(C4、またはC18)を充填したものが特によく用いられる。これらの前処理によって得られた粗分画から目的タンパク質を得るためには、高速液体クロマトグラフィーや電気泳動など様々な方法が知られているが、SDSポリアクリルアミド電気泳動法が特によく用いられる。SDSポリアクリルアミド電気泳動法により目的となるタンパク質を精製し、1つの泳動バンドとして電気泳動ゲルから抽出し、ゲル内に存在する目的タンパク質をタンパク質分解酵素で消化する。この際のタンパク質分解酵素としては、様々な酵素が使用されうるが、一般にブタ膵臓トリプシンが最もよく用いられる。このような操作による部分分解された目的タンパク質分子の断片は、エドマン分解によるアミノ酸配列解析法などの方法によりそのアミノ酸配列解析が可能であるが、最近は微量でも安定した解析が可能であるタンパク質分子質量分析法(MALDI-TOF-MS)が特によく用いられる。
【0017】
いったん同定された尿中の糖尿病性腎症の指標となるタンパク質分子らは、正確な分子量情報が併せてあることから、前述のプロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)にて、尿中における簡単な検出・定量が可能である。すなわち、対象となる被験者からの尿検体に一定の前処理を施し、シリコンチップ素子上へ一定時間反応させ、目的タンパク質分子をチップ素子上へ吸着させる。この場合のチップ素子としては、陰イオン基、陽イオン基、金属イオン、逆相などの官能基を保持した様々な種類があるが、特に陰イオン基チップ(SAX2:サイファージェン社製)がよく用いられる。その後、目的タンパク質とチップ素子上の官能基の結合を保持できる適切なpHを有する緩衝液にて洗浄する。この緩衝液については中性領域(pH 8.0付近)が最もよく用いられる。チップ素子上に結合した目的タンパク質分子は、結合しなかった余分なタンパク質分子を十分な洗浄により除去した後に、タンパク質のイオン化を促進するマトリックス試薬と反応させた後に、一定の条件でレーザー光を照射することにより、イオン化されて分子量の大きさに応じて異なる速度でチップ素子から放出されることが知られており、チップから一定距離離れたイオン検出器にてそれらのイオン化シグナルを検出することで分子量と分子数が計測される。計測された分子量により、目的タンパク質であることを同定し、その分子数から尿中存在量を推計することが可能となる。
尿中のサポシンBまたはトランスサイレチンを質量分析により検出又は定量する場合、図1及ぶ図2に示されるように、これらの分子に対応する分子量約9,700または分子量約13,800のピークを検出又は定量すればよい。
【0018】
また、検出・定量方法の形態としては、測定対象となる物質に対する抗体を用いる免疫学的測定試薬も簡便でありよく用いられる。
免疫学的測定試薬としては、放射性物質標識物を用いる試薬、蛍光物質標識物を用いる試薬、酵素標識物を用いる試薬やラテックス凝集反応による試薬などがあり特に限定されるものではないが、簡便で高感度である電気化学発光免疫測定法(ECL法)が特に適している。
【0019】
また、抗体とは、サポシンB、またはトランスサイレチンを実験動物に免疫感作して得られる抗血清由来のポリクローナル抗体などサポシンB、またはトランスサイレチンに対して結合性を有するものであれば特に限定されるものではないが、反応特異性に優れており製造のコストも低いことからマウスモノクローナル抗体が好適である。
【0020】
モノクローナル抗体の作製法を以下に述べる。サポシンB、またはトランスサイレチンは、それぞれ既に報告されている方法に従って精製することも可能であるが、公表されているアミノ酸配列情報(サポシンB:配列番号1、トランスサイレチン:配列番号2)から10個〜20個のアミノ酸合成ペプチドを人工合成し、抗体作製用の免疫原とすることも可能である。これらの人工合成アミノ酸ペプチドを適切な方法にてキャリアータンパク質に架橋して、免疫原とすることができる。この場合のキャリアータンパク質は、特に限定されるものではないが、ムラサキイガイヘモシアニン(KLH)やウシ血清アルブミン(BSA)等がよく用いられる。
また、公表されているアミノ酸配列情報を基にそれらをコードするcDNAクローンを取得して、発現ベクターに組み込んで発現細胞に導入し、その細胞の培養上清あるいは細胞体から当該蛋白を精製することも可能である。この場合、当該蛋白をタグとなる蛋白質例えばGST、His-tag等との融合蛋白として発現させ、タグを結合させるカラムを使って精製を容易にすることもできる。
これらの免疫用抗原を生理食塩水などに溶解し、適当なアジュバントとともに実験動物体内へ投与する。実験動物としては業者から入手されるものであれば限定されないが、特にBALB/Cマウスがよく用いられる。その抗原の投与を数週間間隔で数回繰り返す。最後の投与が終了した3日後にその免疫動物から脾臓を摘出する。摘出した脾臓細胞を単細胞に分散させ、あらかじめ培養しておいたマウスミエローマ細胞とポリエチレングリコール試薬の存在下に細胞融合する。細胞融合した後に薬剤により選択培養を行い、モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞のみを選別する。その後、抗体産生細胞は数回のクローニング操作により完全なモノクローナル抗体産生細胞として樹立される。モノクローナル抗体の特異性は、例えば、免疫に使用した精製抗原を電気泳動により分離しウエスタンブロット解析等を行うことにより確認することができる[Antibodies: a Laboratory Manual, by Ed Harlow & D. Lane, Cold Spring Harbar Laboratory Press (1988)]。
【0021】
以下にECL法について説明する。
生体試料中のサポシンB、またはトランスサイレチン抗原のECL測定においては、その測定方式としても様々なものが知られているが、特に簡便で定量性が高いものとして第1抗体固相化磁気ビーズとルテニウム錯体によって標識した第2抗体を同時に用いたサンドイッチ方式が好ましい。この場合の第1抗体と第2抗体はサポシンB、またはトランスサイレチンに対して特異的に反応するものの、それぞれ異なる抗原決定基に結合することが望ましい。
標準抗原は、ヒト尿より精製して、吸光度分析等によりタンパク質濃度を決定し調製することができ、使用時に希釈液にて適度な濃度に希釈して使用することができる。
測定に際しては、サポシンB抗体、またはトランスサイレチン抗体(第1抗体)を市販磁気ビーズに固相化させる。固相化は共有結合により結合させても非共有結合により結合させても構わない。次に、他の分子の磁気ビーズへの非特異結合を低減するためにミルクカゼインなどのブロッキングタンパク質を吸着させる。
そこへあらかじめ濃度の明らかな標準サポシンB、またはトランスサイレチン抗原溶液、または被験者尿を加えて一定時間撹拌する。試料中のサポシンB、またはトランスサイレチン抗原を抗体結合粒子表面に吸着させた後に粒子を洗浄し、今度はルテニウム等の化学発光性錯体にて標識した別の抗サポシンB、またはトランスサイレチン抗体(第2抗体)を適当な濃度で加える。一定時間まで撹拌して第1抗体とサポシンB、またはトランスサイレチン抗原と第2抗体の3者の複合体を磁気ビーズ上に形成させる。
その後にビーズを洗浄して、専用の装置中の電極間にて電流を通し標識物である錯体を発光させ、発光強度を計測する。この際にルテニウム標識物の量に対応して発光量が得られる。被験生体試料の発光量と標準品の発光量を検量線等を用いて比較することにより精度良く被験者尿中のサポシンB、またはトランスサイレチン抗原の量を知ることができる。
なお、尿中のサポシンB及びトランスサイレチン濃度は摂取する水分量等によって影響を受ける可能性が有るため、得られた測定値は、尿中のクレアチニン濃度、蛋白質濃度等により補正することが好ましい。
【0022】
上記のようにして測定されたサポシンB又はトランスサイレチンの量に基づいて糖尿病性腎症の検査を行うことができる。
サポシンBの量は糖尿病性腎症の進行に従って減少する。したがって、サポシンBの量が健常人と比較して少ないときは糖尿病性腎症を発症していると判定することができる。また、経時的に被験者の尿中のサポシンBの量を測定し、サポシンBの量が減少傾向にあるときは腎症が悪化している、糖尿病性腎症の病期が進行しているなどと判定することができる。糖尿病性腎症であると診断するカットオフ値は、通常、健常人の平均−2SD(標準偏差)で定めるが、その値には特に限定されず、感度及び特異性のバランスを考慮して診断に最適な値に定めることができる。
一方、トランスサイレチンの量は糖尿病性腎症の進行に従って増加する。したがって、トランスサイレチンの量が健常人と比較して多いときは糖尿病性腎症を発症していると判定することができる。また、経時的に被験者の尿中のトランスサイレチンの量を測定し、トランスサイレチンの量が増加傾向にあるときは糖尿病性腎症が悪化している、糖尿病性腎症のステージが進行しているなどと判定することができる。糖尿病性腎症であると診断するカットオフ値は、通常、健常人の平均+2SDで定めるが、その値には特に限定されず、感度及び特異性のバランスを考慮して診断に最適な値に定めることができる。
【0023】
本発明のキットは尿中のサポシンB又はトランスサイレチンの量に基づいて糖尿病性腎症の検査を行うためのキットであり、より具体的には、抗サポシンB抗体又は抗トランスサイレチン抗体を含み、免疫学的にサポシンB又はトランスサイレチンを検出するためのキットである。本発明のキットは、2次抗体、基質、標準物質などを含むものであってもよい。本発明のキットはまた、使用方法や、キットに含まれる抗体などの各成分が糖尿病性腎症の検査を行うために使用されるものであることを記載した使用説明書を含むことが好ましい。
【実施例】
【0024】
以下に、具体的な例をもって本発明を示すが、本発明はこれに限られるものではない。
【0025】
[実施例1]糖尿病患者病期進展に応じて濃度変動する尿中分子の探索
糖尿病性腎症患者2例(症例番号123、及び症例番号361)について、1996年〜2002年の間に計4回に渡り尿検体を採取した。尿検体はいずれも解析までの間は凍結状態にて保存した。保存した尿検体はいずれも同時に解凍し、遠心分離法により不溶物を除去した。
解凍した尿検体は、50mM トリス塩酸緩衝液(pH 8.0)にて希釈して、SAX2陰イオン交換プロテインチップアレイ(サイファージェン社製)上へ反応させて、特異的に結合するタンパク質分子を吸着させた。その後、適度に洗浄を行い、チップ上に捕捉されたタンパク質分子の脱離とイオン化を促進するために、エネルギー吸収分子(EAM-1:サイファージェン社製)を反応させた。調製したチップはプロテインチップ解析専用機(SELDI-TOF-MS:サイファージェン社製)にてレーザー照射を行い、結合タンパク質分子の分子量計測が行われた。
この方法により、症例番号123の患者尿中に病期の進展に応じて変動する分子量約9,700のタンパク質分子を検出した。本症例は、疾病管理が良好に推移したことから、尿検体採取当初は糖尿病性腎症II期(早期腎症)であったが、その後数年後にI期(腎症前期)へと改善した。この経過に伴い、分子量約9,700のタンパク質分子は尿中存在量が増大した。このことより、本タンパク質分子はI期において尿中に検出されるものの、病期の
進展に伴いII期においてはその量が減少するものであることが判明した(図1)。
【0026】
また、同様に症例番号361の患者尿中に病期の進展に応じて変動する分子量約13,800のタンパク質分子を検出した。本症例は、疾病管理が不良であることから、尿検体採取当初は糖尿病性腎症II期(早期腎症)であったが、その後数年後にIII期(顕性腎症)へ進展した。分子量約13,800のタンパク質はIII期への進展時に急激に尿中存在量が増大した。このことより、分子量約13,800のタンパク質分子はI期およびII期ではまったく尿中に検出されないが、III期において特異的にその量が増大するものであることが判明した(図2)。
【0027】
[実施例2]尿検体からの分子量約9,700のタンパク質分子の精製と同定
糖尿病性腎症患者尿を20,000g条件にて10分間遠心分離する。この上清部分を50 mM トリス塩酸緩衝液(pH 8.0)にて5倍希釈する。希釈液は、陰イオン交換スピンカラム(Q Ceramic HyperDF Spin Column:BioSepra社製)に添加して100 mM〜1 Mの各濃度のNaCl溶液(pH 8.0)で段階的に溶出した。各塩濃度にてカラムから溶出されたタンパク質分子は順相プロテインチップ(NP-2:サイファージェン社製)にて解析し、分子量約9,700に相当するタンパク質分子の存在を確認した。200 mM〜1 MのNaCl溶液にて目的タンパク質分子が溶出されてきたことから、200 mMと300 mMのNaCl溶液による溶出画分を合わせてA画分とし、500 mMと1 MのNaCl溶液による溶出画分を合わせてB画分とした。その後、これらのA画分とB画分を、それぞれ別個に、VIVA Spin濃縮器(分子量約5,000以下カット)にて20,000gで15分間遠心処理し濃縮・脱塩した。さらに、共存するアルブミンの除去を目的として、これらの濃縮液を予め抗ヒト・アルブミン抗体を結合させたProtein-Gビーズとよく混合させた。これらの混合物をさらに遠心分離することにより、Protein-Gビーズを沈殿させ、上清部分のみを分離した。分離した上清部分は、A画分由来とB画分由来に分けて、SDSポリアクリルアミド電気泳動(TEFCO社製 16% Peptide PAGEゲル)にて目的タンパク質分子(分子量約9,700)を分離した。A画分の電気泳動終了後のゲルから、目的タンパク質分子に相当するタンパク質染色バンドを切り出した。切り出したバンドからPassive Elution法により泳動タンパク質分子を抽出し、順相プロテインチップ(NP-2:サイファージェン社製)にて解析し、分子量約9,700に相当するタンパク質分子の存在を確認した。その後、同様にA画分の電気泳動ゲルの切り出しバンドを調製し、トリプシンによるゲル内消化を行った。酵素消化により得られた目的タンパク質分子(分子量約9,700)由来の低分子ペプチド断片混合物を質量分析機(PCI Q-Tof:サイファージェン社製)にて解析し、サンプル由来と考えられるピーク(M/Z 2092)を検出した。このピークをさらにMS/MS解析し、スペクトルデータをMascotデータ検索エンジン(Matrix Science社製)にて検索したところ、本ピークは、Prosaposin分子中のサポシンB部分の内部配列(VCQDCIQMVTDIQTAVR:アミノ酸1文字表記:配列番号1の197〜213)と合致した。サポシンBは糖化されており、脱糖化されると分子量が8,875になると想定されている。これらの情報より、分子量約9,700のタンパク質分子はサポシンBと同一であることが判明した。
【0028】
[実施例3]尿検体からの分子量約13,800のタンパク質分子の精製と同定
複数の糖尿病性腎症患者尿から目的の分子量約13,800のタンパク質分子を抽出するために、担体保持型ピペットチップ中にて前処理を行った。予め洗浄液(10% アセトニトリル含有50 mM トリス塩酸緩衝液 pH 8.0)にて3回洗浄したPolyLC社製のLooseTip SAXへ洗浄液にて2倍に希釈した尿検体を通し、目的タンパク質分子をピペットチップ内のSAX樹脂へ吸着させた。洗浄液にて3回洗浄し、溶出液(20% 酢酸)にて目的タンパク質分子を溶出した。また、異なる前処理条件も検討するために、予め洗浄液(0.2% 蟻酸溶液)にて3回洗浄したPolyLC社製のLooseTip C18へ洗浄液にて2倍に希釈した尿検体を通し、目的タンパク質分子をC18樹脂へ吸着させた。洗浄液にて3回洗浄し、溶出液(70% アセトニトリル含有0.2%蟻酸溶液)にて目的タンパク質分子を溶出した。
抽出後のタンパク質分子を電気泳動法(NuPAGE Bis-Tris 10% Gel: Novex社製)にて
分離し、タンパク質染色を行って目的タンパク質分子をゲル上に単一バンドとして可視化した。目的の分子量(約13,800)に相当するバンドを切り出して、ゲル切片中にて還元アルキル化(アセトアミド化)処理を行い、続いてトリプシン処理にて分解ペプチド断片を抽出した。得られたペプチド断片混合物から目的タンパク質を同定するために、このペプチド断片混合物のMALDI-TOF-MS解析を行い、マススペクトルによるペプチドフィンガープリント解析を実施した。さらに、同ペプチド断片混合物のnano-HPLC-ESI-MS/MS(LC/MS/MS)によるプロダクトイオンマスフィンガープリント解析も実施した。いずれの方法においても、タンパク質の配列データベースから計算で得られたペプチド断片と、実際に観測されたペプチド断片を比較することでタンパク質を同定した。前者のペプチドフィンガープリント解析においては、同定検索エンジンとしてProteinLynx(Micromass社製)を使用し、後者のプロダクトイオンマスフィンガープリント解析においては、Mascot(Matrix Science社製)を使用した。
糖尿病性腎症III期の患者尿からSAX担体による前処理にて特異的に検出された分子量約13,800のタンパク質分子の同定を行ったところ、限定分解による内部アミノ酸配列(GSPAINVAVHVFR:アミノ酸1文字表記:配列番号2のアミノ酸番号42〜54)を得ることができ、Transthyretin mutant, chain Aの内部配列と合致した。これにより目的タンパク質分子はトランスサイレチンと同定された。
【0029】
[実施例4]各種糖尿病性腎症患者尿中のサポシンB、及びトランスサイレチンの定量
健常成人2名、及び糖尿病性腎症患者40例(I期(腎症前期)29例、II期(早期腎症期)16例、III期(顕性腎症期)15例)から随時尿を採取した。病期の分類は下記に従って行った。
【0030】
【表1】

【0031】
尿検体はいずれも解析までの間は凍結状態にて保存した。保存した尿検体はいずれも同時に解凍し、遠心分離法により不溶物を除去した。
解凍した尿検体は、50mM トリス塩酸緩衝液(pH 8.0)にて希釈して、SAX2陰イオン交換プロテインチップアレイ(サイファージェン社製)上へ反応させて、特異的に結合するタンパク質分子を吸着させた。その後、適度に洗浄を行い、チップ上に捕捉されたタンパク質分子の脱離とイオン化を促進するために、エネルギー吸収分子(EAM-1:サイファージェン社製)を反応させた。調製したチップはプロテインチップ解析専用機(SELDI-TOF-MS:サイファージェン社製)にてレーザー照射を行い、分子量約9,700のタンパク質分子サポシンBと分子量約13,800のタンパク質分子トランスサイレチンに注目して、それぞれの尿検体から得られたピーク強度を計測した。
I期、II期、及びIII期の糖尿病性腎症患者複数例において、分子量約9,700のタンパク質分子サポシンBの尿中存在量の糖尿病性腎症の病期の進行に応じての減少傾向が確認さ
れた(図3)。また、同様にして、分子量約13,800のタンパク質分子トランスサイレチンの尿中存在量の糖尿病性腎症の病期の進行に応じての増大傾向が確認された(図4)。
【0032】
[実施例5] 抗サポシンB IgG抗体の作製
サポシンBのアミノ酸配列を基に、抗原性の高いと考えられる、以下の4種類のペプチド配列を選択し合成した。
【表2】

*:サポシンBアミノ酸配列の何番目から何番目までのアミノ酸からなるペプチドであるかを表す。
【0033】
各ペプチドに、CarrierとしてKLH(Keyhole limpet hemocyanin)を結合させ、これらを免疫用抗原として、ウサギに2週間おきに5回免疫(0.3mg/羽)し、それぞれに対する抗血清を得た。4種類の抗血清の精製を以下の通り行った。
サポシンB−1抗血清にPBS pH 7.4を等量添加し、protein A 固定化多孔質ガラスビーズ担体(PROSEP−A:ミリポア社)カラムに流し、PBS(pH 7.4)でカラムを洗浄後、0.1Mグリシン塩酸 pH 3.0でIgGを溶出し、PBS(pH 7.4)で透析した。透析した溶液に0.15M NaClを含む0.01Mトリス塩酸緩衝液(pH 7.5)を等量添加し、サポシンB−1抗原を結合したCNBr−Sephrose4B(GEヘルスケアバイオサイエンス社)カラムに流し、0.15M NaClを含む0.01Mトリス塩酸緩衝液(pH 7.5)でカラムを洗浄後、4M グアニジン塩酸塩でサポシンB−1抗原に特異的なIgGを溶出した。溶出したIgG液を直ぐに、0.15M NaClを含む0.01Mトリス塩酸緩衝液(pH 7.5)で透析し、抗サポシンB−1 IgG抗体を得た。
サポシンB−2抗血清、サポシンB−3抗血清およびサポシンB−4抗血清についても同様に精製を行い、抗サポシンB−2 IgG抗体、抗サポシンB−3 IgG抗体および抗サポシンB−4 IgG抗体を得た。
PROSAPOSIN,RECOMBINANT(ABNOVA社)をSDS-GEL(PAGEL NPG-520L ATTO社)にて電気泳動し、泳動したSDS−GELをニトロセルロース膜(GE ヘルスケアバイオサイエンス社)へ転写後、4種の精製した抗サポシンB IgG抗体と反応させた。
その結果、抗サポシンB−1 IgG抗体および抗サポシンB−2 IgG抗体では、プロサポシン(分子量:66KDa)と思われる分子量7万の位置に濃いバンド(強い反応性)が認められた。また、抗サポシンB−3 IgG抗体とは弱く、抗サポシンB−4 IgG抗体とはバンドが認められなかった。以降のサポシンBの定量法の検討では、抗サポシンB−1 IgG抗体および抗サポシンB−2 IgG抗体を用いた。
【0034】
[実施例6] 抗サポシンB抗体固相化ビーズの作製
実施例5で精製した抗サポシンB−2 IgG抗体を0.15M NaClを含む0.1M酢酸緩衝液(pH 4.2)で透析後、0.15M NaClを含む0.1M酢酸緩衝液(pH 4.2)でOD280 nm=0.95に調整した。調整した抗体2mLを、あらかじめ磁石を用いて0.15M NaClを含む0.1M酢酸緩衝液(pH 4.2) 3mLで、5回洗浄した磁気ビーズ(Dynabeads M−450 Epoxy,Dynal社)1mL分と混合し、室温で20時間撹拌した。次にビーズをブロッキングバッファー(2%ブロックエース(大日本住友製薬社製)、50% N102 (日本油脂社製)、0.1%NaN3を含むPBS、pH 7.8)3mLで懸濁し、室温で8時間撹拌してビーズをブロッキングし、2〜10℃で15時間静置した。その後、ブロッキングバッファー3mLで5回洗浄後、ビーズ濃度10mg/mLに調整し、2〜1
0℃冷蔵保存した。得られた抗サポシンB抗体固相化ビーズは使用時に濃度を調整して測定に用いた。
【0035】
[実施例7] ルテニウム錯体標識抗サポシンB抗体の作製
実施例5で作製した抗サポシンB−1 IgG抗体をPBS(pH 7.8)で透析後、抗体濃度2mg/mLに調製した。抗体1mLに対し、ジメチルスルホキシドで40mg/mL濃度で溶解したルテニウム錯体(bis(2,2'-bipyridine-N,N')[1-[4-(4'-methyl[2,2'-bipyridine]-4-yl)-1-oxobutoxyl]-2,5-pyrrolidinedione]ruthenium(2+)hexafluorophosphate,BioVeris社)を17.5μL加え、室温で30分撹拌した。次に2Mグリシンを51μLを加え、室温で20分撹拌した。それを、PBS(10mMリン酸カリウム、0.15M NaCl、0.05% NaN3、pH 6.0)であらかじめ平衡化したSephadex G−25(GEヘルスケアバイオサイエンス社)カラム(1cmφ×30 cm)に、アプライしてPBS(10mMリン酸カリウム、0.15M NaCl、0.05% NaN3、pH 6.0)で溶出し、0.5mLでフラクション分取した。各フラクションのOD 280 nmを測定し、第1ピークのフラクションを集めプールし、2〜10℃に冷蔵保存した。抗体濃度はMicro BCA protein Assay Kit(PIERCE社)を用いて測定した。得られたルテニウム錯体標識抗サポシンB抗体は使用時に濃度を調整して測定に用いた。
【0036】
[実施例8] プロサポシン標準抗原の調製
PROSAPOSIN,RECOMBINANT(ABNOVA社)を1%ブロックエース、5% N101、0.01% Tween-20、0.01M EDTA-2Na、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含む0.05M トリス塩酸緩衝液 (pH 7.5) で10,000ng/mL、5,000ng/mL、1,000ng/mL、500 ng/mL、100 ng/mLおよび50 ng/mL に希釈してプロサポシン標準抗原を調製した。
【0037】
[実施例9] 患者尿および健常人尿中のサポシンBの測定
1%ブロックエース、5% N101、0.01% Tween-20、0.01M EDTA-2Na、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含む0.05M トリス塩酸緩衝液(pH 7.5)(反応用溶液) 100μLに、実施例8で調製したプロサポシン標準抗原50、100、500、1000、5000、10000 ng/mLをそれぞれ100μL、または1% ブロックエース、5% N101、0.01% Tween-20、0.01M EDTA-2Na、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含む0.05M トリス塩酸緩衝液(pH 7.5)にて11倍に希釈した患者尿(糖尿病性腎症III期:11例)および健常人尿(10例)をそれぞれ100μL加えて測定用サンプルとした。
以下の測定は、電気化学発光酵素免疫測定機ピコルミ8220(三光純薬社)を用いて行った。

1% ブロックエース、5% N101、0.01% Tween-20、0.01M EDTA-2Na、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含む0.05M トリス塩酸緩衝液(pH 7.5)で、ビーズ濃度1mg/mLに調整した 抗サポシンB−2抗体固相化ビーズを25μL、上記測定用サンプルそれぞれに加えて13分反応させ、ピコルミBF洗浄液350μLで2回洗浄後、1%ブロックエース、5% N101、0.01% Tween-20、0.01M EDTA-2Na、0.15M NaCl、0.1% NaN3を含む0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH 7.5)で、1.5μg/mL濃度に調整したルテニウム錯体標識抗サポシンB−1抗体を200μL加えて、13分反応させた。ピコルミBF洗浄液350μLで2回洗浄後、ピコルミ発光電解液を300μL加えて発光カウント値を計測した。
その結果を図5および図6に示した。図5は、縦軸に発光カウント値、横軸に各濃度のプロサポシン抗原量を表示した標準曲線である。図6A、Bは、サポシンB定量値(ng/mLプロサポシン換算)を健常人尿と患者尿(糖尿病性腎症:病期分類 III期)別に示した定量分布図である。図5の標準曲線から算出した、患者尿(糖尿病性腎症III期:11例)および健常人尿(10例)の定量値を図6Aにプロットした。また、尿中クレアチニン値で補正した定量値を図6Bにプロットした。
その結果、健常人(n=10)のサポシンBの平均値は 28,226 ng/mL で、糖尿病性腎症 III期(n=11)は 13,692 ng/mL であり両者間において、統計解析上 p = 0.035 と有意な
差が認められた。この結果はクレアチニン補正後も同様であった。
以上により、糖尿病性腎症の患者において、サポシンBが減少している事が確認され、電気化学発光酵素免疫測定法の技術により、糖尿病性腎症の診断ができると考えた。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】糖尿病性腎症患者(症例番号123)の尿検体中の分子量約9,700のタンパク質分子の存在量を、プロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)により解析した結果を経時的に示したグラフである。上段より、1996年、1997年、2000年、及び2002年時に同患者より採取された尿検体中の分子量約9700のタンパク質分子の検出ピークを示している。黒矢印で示される位置に検出されるタンパク質分子は、1996年及び1997年時に糖尿病性腎症早期腎症(II期)と診断された時点ではそのピークは高くないが、2000年及び2002年時に糖尿病性腎症前期(I期)と診断された時点ではそのピークが高いと判断される。
【図2】糖尿病性腎症患者(症例番号361)の尿検体中の分子量約13,800のタンパク質分子の存在量を、プロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)により解析した結果を経時的に示したグラフである。上段より、1996年、1997年、2000年、及び2002年時に同患者より採取された尿検体中の分子量約13,800のタンパク質分子の検出ピークを示している。黒矢印(下段2段中右端)で示される位置に検出されるタンパク質分子は、1996年及び1997年時に糖尿病性腎症早期腎症(II期)と診断された時点ではそのピークは高くないが、2000年及び2002年時に糖尿病性腎症顕性腎症(III期)と診断された時点ではそのピークは高いと判断される。
【図3】健常人(2例)、腎症前期(29例)、早期腎症期(16例)、及び顕性腎症期(15例)の健常人及び各糖尿病性腎症患者群における尿中サポシンB量のプロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)による定量値の平均値と標準偏差値を示したグラフである。
【図4】健常人(2例)、腎症前期(29例)、早期腎症期(16例)、及び顕性腎症期(15例)の健常人及び各糖尿病性腎症患者群における尿中トランスサイレチン量のプロテインチップシステム(SELDI-TOF-MS)による定量値の平均値と標準偏差値を示したグラフである。
【図5】縦軸に発光カウント値、横軸に各濃度のプロサポシン抗原量を表示した標準曲線である。
【図6】サポシンB定量値(ng/mLプロサポシン換算)を健常人尿と患者尿(糖尿病性腎症:病期分類 III期)別に示した定量分布図である。図5の標準曲線から算出した、患者尿(糖尿病性腎症:11例)および健常人尿(10例)の定量値を図6Aにプロットし、尿中クレアチニン値で補正した定量値を図6Bにプロットした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿中のサポシンBを検出または定量し、サポシンBが減少した場合に糖尿病性腎症が悪化したと判定することを特徴とする糖尿病性腎症の検査方法。
【請求項2】
尿中のトランスサイレチンを検出または定量し、トランスサイレチンが増加した場合に糖尿病性腎症が悪化したと判定することを特徴とする糖尿病性腎症の検査方法。
【請求項3】
検出、または定量を質量分析により行う、請求項1または2に記載の検査方法。
【請求項4】
検出、または定量を免疫学的方法により行う、請求項1または2に記載の検査方法。
【請求項5】
抗サポシンB抗体、または抗トランスサイレチン抗体を含む、糖尿病性腎症を検査するた
めのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−175814(P2008−175814A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−324807(P2007−324807)
【出願日】平成19年12月17日(2007.12.17)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】