工業用X線管
【課題】小型であり、軽量であり、X線放出量が多い工業用X線管を提供する。
【解決手段】内部が真空である容器2のその内部に陰極4A及び陽極6を収納して成り、陰極4Aで発生した電子を陽極6に当ててこの陽極からX線を発生する工業用X線管1において、陰極4Aの電子放出面4aの周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材8と、陰極4Aと陽極6との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズ13とを有しており、陰極4A〜4Fは炭素又は炭素化合物によって形成されており、陰極4A〜4Fの電子放出面4aは平らな面であることを特徴とする。
【解決手段】内部が真空である容器2のその内部に陰極4A及び陽極6を収納して成り、陰極4Aで発生した電子を陽極6に当ててこの陽極からX線を発生する工業用X線管1において、陰極4Aの電子放出面4aの周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材8と、陰極4Aと陽極6との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズ13とを有しており、陰極4A〜4Fは炭素又は炭素化合物によって形成されており、陰極4A〜4Fの電子放出面4aは平らな面であることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントの配管パイプ等といった構造物の非破壊検査を行う際に用いられる工業用X線管であって、陰極から放出された電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管に関する。
【背景技術】
【0002】
上記の工業用X線管として、従来、フィラメントによって陰極を形成し、通電によりそのフィラメントから熱電子を放出させ、その熱電子を陽極に当てることによりその陽極からX線を発生する構成の工業用X線管が知られている。このX線管は熱陰極を用いたX線管である。このX線管は、高圧電源に加えてフィラメント電源が必要であるので大型で重いという問題点を有している。
【0003】
X線管の分野ではないが、例えばディスプレイ、すなわち画像表示の分野において、カーボンナノチューブを用いて電界放出(Field Emission)に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、非特許文献1、特許文献1)。また、X線管の分野でも、カーボンナノチューブを用いて電子放出素子を形成することが知られている(例えば、特許文献5、特許文献6、特許文献7)。この電子放出素子を用いたX線管は冷陰極型のX線管である。電界放出は、物質表面に強い電位を印加したときにその物質の表面から電子が放出される現象である。カーボンナノチューブは、六炭素環で構成される針状、すなわちアスペクト比(粒子長/粒子径)が非常に大きい状態、で管状の粒子である。
【0004】
やはりディスプレイの分野において、グラファイト粒子を用いて電界放出に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、特許文献2)。グラファイトとは、炭素六角網面(複数の六炭素環が連なって1つの層を構成している面)が複数個層状に積層されて成る層状構造物質である。
【0005】
また、黒鉛ブロック、炭素棒、炭素フィルム又は炭素繊維の炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした端面を電子放出面とする電子放出素子が知られている(例えば、特許文献3)。
【0006】
また、X線管ではないが、蛍光表示装置において、電子を放出する部分であるカソード構造体のエミッタ部分(電子放出部分)を柱状グラファイトによって構成したものが知られている(例えば、特許文献4)。柱状グラファイト、すなわちグラファイト構造が柱状に丸まって成る柱状構造、が複数個、ほぼ同一方向を向いて集合した構造がカーボンナノチューブである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−090813号公報([0082]〜[0097]段落、図10,11,12,13,14)
【特許文献2】特開2000−090813号公報([0063]〜[0076]段落、図2,7,8)
【特許文献3】特開2000−156148号公報(第2〜3頁、図1,2)
【特許文献4】特開平11−135042号公報([0019]〜[0023]段落、図1)
【特許文献5】特開2001−250496号公報(第3頁、図1)
【特許文献6】特開2001−266780号公報(第3頁、図1)
【特許文献7】米国特許第6,456,691号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】斎藤弥八、「カーボンナノチューブフィールドエミッタ」、表面科学,Vol.23,No.1,pp.38−43,2002、三重大学工学部
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1及び特許文献1にはカーボンナノチューブによって電子放出素子を形成することが開示されている。また、特許文献2には、グラファイト粒子を用いて電界放出に基づいて電子を放出する電子放出素子が開示されている。また、特許文献3には、黒鉛ブロック、炭素棒、炭素フィルム又は炭素繊維等といった物質を、それらの構成要素である炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした後の端面を電子放出面とする電子放出素子が開示されている。
【0010】
特許文献4には、柱状グラファイトによって電子放出素子を形成することが開示されている。ここで、柱状グラファイトとは、複数のカーボンナノチューブが同一方向を向いて集合した構造体とされている。さらに、カーボンナノチューブとは、グラファイトの単層(すなわちグラフェン)が円筒状に閉じた形状か、又は複数のグラファイトの層(すなわち複数のグラフェン)が入れ子構造的に積層し、それぞれのグラファイト層が円筒状に閉じた同軸多層構造とされている。
【0011】
しかしながら、上記の各文献には、電子放出素子をX線発生装置の構成要素として用いることの記載は認められない。従って、当然のことながら、電子放出素子から放出された電子を陽極の微小領域に集束させることに関する記載はなく、さらには、電子放出素子の電子放出面の形状を工夫することによって陽極に対する電子の集束性を向上させるということについての記載も認められない。
【0012】
特許文献5及びその対応米国特許である特許文献7の各文献には、陰極のエミッタをカーボンナノチューブで形成し、その陰極から放出された電子を陽極に衝突させ、その衝突領域からX線を発生させる構成を有したX線発生装置が開示されている。さらに、エミッタから放出された電子をウエネルトによって陽極の表面の微小領域に集束させることが開示されている。
【0013】
しかしながら、これらの文献に開示されたX線発生装置においては、エミッタの広い領域から出た電子の全てを陽極の表面の微小領域へ正確に集束させることが難しかった。本発明者によれば、これは、エミッタから出てウエネルトを通過する電子の進行方向にバラツキがあるためではないかと思われる。
【0014】
また、特許文献5及び特許文献7の各文献には、陰極のエミッタの電子放出面の形状を平面、凹面又は凸面にすることができることが開示されている。そして、エミッタの表面を凹面や凸面といった曲面にすれば、電子ビームの集束性を改善できることが記載されている。しかしながら、本発明者によれば、エミッタの電子放出面を曲面に設定した場合であっても、希望通りの集束性の改善が得られないことが分かった。その原因は、曲面を成しているエミッタの電子放出面から出た電子に関しては球面収差が生じるためだと考えられる。
【0015】
また、特許文献5及び特許文献7の各文献に開示されたX線発生装置においては、陰極のエミッタの表面を平面に設定し、そのエミッタから放出された電子をウエネルトによって陽極上に集束するようにした構成が開示されている。しかしながら、本発明の検討によれば、その構成を採用した場合でも、期待通りに高い電子の集束性は得られなかった。その原因は、ウエネルトに入る前の電子の進行方向にバラツキがあるためと考えられる。
【0016】
本発明は、従来装置における上記の問題点に鑑みて成されたものであって、小型であり、軽量であり、しかも電子を陽極上へ正確に集束させることにより輝度の高いX線を発生することができる工業用X線管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る工業用X線管は、内部が真空である容器のその内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、前記陰極の電子放出面の周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材と、前記陰極と前記陽極との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズとを有しており、前記陰極は炭素又は炭素化合物によって形成されており、前記陰極の電子放出面は平らな面であることを特徴とする。
【0018】
上記構成において「平らな面」は、大きな凹面や凸面を除く意味であり、誤差なく完全に平らな面という意味ではない。わずかに傾斜していたり、わずかに凹凸を有するような面であっても、マグネティックレンズによって所望の電子の集束性が得られるような平行性を有する電子束を形成できるような面でありさえすれば、そのような面も平らな面に属するものである。
【0019】
本発明に係る工業用X線管によれば、フィラメントによって陰極を形成し、そのフィラメントを加熱することによってそのフィラメントから電子を放出するのではなく、炭素又は炭素化合物によって陰極を形成し、その陰極に所定の電圧を印加することによって電子を放出するようにした。このため、フィラメント電源が不要となり、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。
【0020】
また、フィラメントを用いた場合には太くて剛性の高い電源ケーブルをX線発生部につなげる必要があり、可搬性(持ち運び性)やパイプライン中での自走性(自身で移動する性質)が損なわれていた。これに対し、本発明の工業用X線管は、高い可搬性及び高い自走性の両方を達成できる。
【0021】
また、本発明の工業用X線管では、陰極の電子放出面を平らな面とし、さらにその電子放出面の周囲に電子進行調整部材を設けたので、電子の進行状態をマグネティックレンズが効果的に機能できる状態に合わせることが可能となった。マグネティックレンズが効果的に機能すれば電子束の集束性を高めることができ、電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。輝度の高いX線を用いれば、分解能の高い測定結果を得ることができる。
【0022】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は、前記陰極の平らな電子放出面から放出される電子の進行方向が当該電子放出面に対する直角方向に近づくように電子の進行を調整することができ、前記マグネティックレンズは、前記電子進行調整部材によって進行が調整された電子を集束させることができる。
【0023】
この発明態様によれば、電子進行調整部材の作用によって平行性が向上した電子束をマグネティックレンズへ入れるようにしたので、マグネティックレンズによって電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。
【0024】
本発明に係る工業用X線管においては、前記陰極と前記マグネティックレンズとの間の電子の進行路の周囲に、引出し電極を設けるか、静電レンズを設けるか、又は引出し電極及び静電レンズの両方を設けることができる。ここで、引出し電極には前記陰極から電子を引き出すことができる電圧が印加される。また、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させるための電圧が印加される。引出し電極と静電レンズの両方を設ける場合は、引出し電極とマグネティックレンズとの間に静電レンズを設けることが望ましい。
【0025】
上記構成の工業用X線管において、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させると共に電子束の平行度を高めるための電圧を印加することができる。これにより、マグネティックレンズに向かう電子の束をより一層平行に形成することができる。
【0026】
本発明に係る工業用X線管において、前記炭素又は炭素化合物は、カーボンナノ構造体、グラファイト、グラッシーカーボン、及びカーボンファイバーから選択される任意の一つであることが望ましい。この構成により、陰極を熱陰極ではない冷陰極として機能させることができ、工業用X線管を小型且つ軽量に形成できる。
【0027】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は導電性物質によって形成することができる。これにより、陰極の電子放出面から放出される電子の進行の調整を効果的に行うことができる。
【0028】
本発明に係る工業用X線管において、前記陰極の電子放出面と前記電子進行調整部材の表面は、互いに隙間無く且つ互いに段差を生じること無く連続する構成とすることができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0029】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は前記陰極の電子放出面の前方へ突出する突出面を有することができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0030】
本発明に係る工業用X線管において、前記突出面は滑らかな湾曲面とすることができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0031】
本発明に係る工業用X線管において、前記突出面は異なった曲率の複数の湾曲面が連続している面であるとすることができる。これにより、陰極の電子放出面から出る電子の進行方向を希望する方向へ正確に矯正できるようになる。
【0032】
本発明に係る工業用X線管において、前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを設けることができる。これにより、陰極のための清浄化処理であるフラッシング処理を実行できる。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係る工業用X線管によれば、フィラメントによって陰極を形成し、そのフィラメントを加熱することによってそのフィラメントから電子を放出するのではなく、炭素又は炭素化合物によって陰極を形成し、その陰極に所定の電圧を印加することによって電子を放出するようにした。このため、フィラメント電源が不要となり、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。
【0034】
また、フィラメントを用いた場合には太くて剛性の高い電源ケーブルをX線発生部につなげる必要があり、可搬性(持ち運び性)やパイプライン中での自走性(自身で移動する性質)が損なわれていた。これに対し、本発明の工業用X線管は、高い可搬性及び高い自走性の両方を達成できる。
【0035】
また、本発明の工業用X線管では、陰極の電子放出面を平らな面とし、さらにその電子放出面の周囲に電子進行調整部材を設けたので、電子の進行状態をマグネティックレンズが効果的に機能できる状態に合わせることが可能となった。マグネティックレンズが効果的に機能すれば電子束の集束性を高めることができ、電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図である。
【図2】図1のX線管の主要部である陰極及びその周辺の構成を示す断面図である。
【図3】陰極の変形例を示す図である。
【図4】陰極と陽極との間の電圧−電流特性のグラフを示す図である。
【図5】陰極の構成物質であるグラファイトの電子顕微鏡写真を示す図である。
【図6】グラファイトの層成長過程を模式的に示す図であり、(a)は側面図、(b)は平面図である。
【図7】本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図である。
【図8】陰極の変形例を示す斜視図である。
【図9】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態の断面図である。
【図10】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態の断面図である。
【図11】図10の構造の主要部を示す斜視図である。
【図12】図10の構造の他の主要部を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明に係る工業用X線管を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明がこの実施形態に限定されないことはもちろんである。また、これ以降の説明では図面を参照するが、その図面では特徴的な部分を分かり易く示すために実際のものとは異なった比率で構成要素を示す場合がある。
【0038】
(工業用X線管の第1の実施形態)
図1は、本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図を示している。本実施形態のX線管1はセラミック(例えばアルミナ(Al2O3))製又はガラス製の封入容器2を有している。封入容器2は円筒形状であり、その内部は真空に維持されている。封入容器2は、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器(図示せず)に収納される。封入容器2は、測定対象物3、例えば建築構造物のフレーム等、の所まで測定者によって持ち運ばれる。
【0039】
封入容器2の内部の一端側(図1の下端側)に陰極4Aが設けられ、他端側(図1の上端側)に陽極6が設けられている。一般に、高電圧に晒される構造体においては、空気、絶縁体、金属の3重点から沿面放電を発することが知られている。本実施形態では、その沿面放電を防止するために、セラミック製の封入容器2の端部を窪ませて陰極4Aや陽極6を設けている。
【0040】
本実施形態のX線管では、例えば200kVの高電圧が陰極4Aと陽極6との間に印加され、最高で200keVのエネルギのX線が陽極6から発生し、厚さ50mm以上の鉄製パイプのX線透過像が撮影される。このような高エネルギのX線はセラミック製の容器を容易に透過するため、本実施形態では、X線を封入容器2の外部へ取り出すための特別なX線窓は、封入容器2には設けられていない。
【0041】
但し、食品等の透過撮影のように20keV以下の低エネルギ領域を使用する際には、例えば陽極6の近傍であって符号7で示す部分に、例えばBe(ベリリウム)によってX線透過用の窓を設ける。
【0042】
陰極4Aは、図2に示すように、導電性及び熱伝導性を有する支持枠8によって支持されている。支持枠8は、例えばステンレス鋼によって形成されている。支持枠8の周囲には加熱手段としてのヒータ9が設けられている。
【0043】
支持枠8は、例えば図3(b)に示すように、円筒形状に形成されている。陰極4Aは、支持枠8の先端に設けた断面円形状の凹部空間内に収容されており、円柱形状に形成されている。陰極4Aは、その長さは例えば100μm以上であり、その直径は例えば1.0〜20mmの範囲内の適宜の値である。この寸法の円柱形状の陰極4Aは大電流を流すことを目標とする場合に好適である。
【0044】
陰極4Aは、後で詳しく説明するように、炭素六角網面(すなわち、グラフェン)から成る層を複数枚積層して成る物質であるグラファイトによって形成されている。そして、それら複数枚の炭素六角網面を積層方向と平行の方向で切断してできた端面4a(図2参照)が電子放出面となっている。
【0045】
なお、グラファイトは炭素又は炭素化合物として括られる物質に含まれる1つの物質であるが、陰極4Aはグラファイト以外の炭素又は炭素化合物によって形成することもできる。そのような炭素又は炭素化合物は、例えばカーボンナノ構造体、グラッシーカーボン、カーボンファイバー等である。また、カーボンナノ構造体は、例えばカーボンナノチューブ(CNT:Carbon nanotube)、カーボンナノウォール(CNW:Carbon nanowall)である。ここで、カーボンナノチューブは、炭素六角網面(グラフェン)のシートが単層の管状又は多層の同軸管状になった物質である。また、カーボンナノウォールは、多層のグラフェンシートの個々が基板から垂直に成長して存在しており、それらのグラフェンシートが基板表面に沿って連なって成る物質である。
【0046】
電子放出面4aは湾曲していない平らな面(以下、平面ということがある)となっている。また、導電性の金属によって形成されている支持枠8の先端部分は、電子放出面4aの周囲の環状領域の全域に位置していて、電子放出面4aから放出される電子の進行を調整する機能を果たす部材、すなわち電子進行調整部材として機能する。
【0047】
一般に、平面である電子放出面4aからは、概ね電子放出面4aに対して直角の方向に進行する電子が発生するが、この電子はその性質上、わずかに発散している。金属によって形成された支持枠8の先端部分は、平面である電子放出面4aからわずかに発散しながら進行する電子の進行方向を電子放出面4aに対して直角の方向へ矯正する。この結果、電子放出面4aから放出される電子の束(すなわち電子ビーム)は、電子放出面4aに対して直角方向へ平行状態で進行する電子の束となっている。なお、電子の束を形成する個々の電子線はそれ自身はわずかな発散成分を含んでいるので、上記の電子の束は完全な平行状態ではないが、機能的には平行な電子の束(すなわち電子ビーム)と考えて差し支えない。
【0048】
図1において、陰極4Aから陽極6に至る電子の進行経路に沿って、陰極4A側から順に、引出し電極(すなわち、グリッド)11、静電レンズ12、マグネティックレンズ(すなわち磁気レンズ)13が、それぞれ、設けられている。引出し電極11及び静電レンズ12は封入容器2の内部に設けられ、マグネティックレンズ13は封入容器2の電子輸送管2aの外部に設けられている。
【0049】
本実施形態のX線管は、陽極6が電気的に設置されていて、いわゆるユニポーラ方式のX線管となっている。電圧印加回路14はコントローラ16からの指令に従って、陰極4Aへ所定の電圧を印加し、引出し電極11の陰極4Aに対する電圧Vgを制御し、結果的に陽極6の陰極4Aに対する電圧Vaを制御する。電圧印加回路14は、また、静電レンズ12へ所定の電圧を印加する。マグネティックレンズ13は本実施形態では永久磁石である。マグネティックレンズ13は電磁石とすることもできる。電圧印加回路14とコントローラ16は協働して、陰極−陽極間の電圧を制御するための電圧制御手段を構成している。
【0050】
陰極4Aに所定の電圧が印加され、さらに引出し電極11に引出し電圧Vgが印加されると、陰極4Aの電子放出面4aから電界放出(Field Emission)に基づいて電子が放出される。この電子は陰極4Aと陽極6との間の電圧Vaによって加速されて、陽極6へ衝突し、その部分からX線Rが発生し、X線窓7から外部へ取り出される。このX線Rを測定対象物3に照射し、測定対象物3を透過したX線によって2次元X線検出器17を露光する。このX線露光により、2次元X線検出器17の受光面にX線像が形成され、このX線像を観察することにより、測定対象物3の特性、例えば傷や欠陥があるか否か等、を検査することができる。
【0051】
2次元X線検出器は、例えばX線フィルムや、イメージングプレートや、CCD(Charge Coupled Device)検出器や、半導体ピクセル検出器等によって構成される。静電レンズ12及びマグネティックレンズ13は、それぞれ、電子の軌道を適宜に修正する。
【0052】
具体的には、静電レンズ12は、導電性の金属材料によって形成されており、その形状を適宜に調整すると共に印加電圧を適宜に調整することにより、陰極4Aの電子放出面4aから放出された平行な電子の束をより一層正確に平行に形成すると共に、電子の飛翔速度をより一層加速する。なお、電子放出面4aの平面性及び電子進行調整部材としての支持枠8の先端部分の協働によって正確な平行X線束が形成される場合には、静電レンズ12によって電子束を平行にする機能は実行しなくても良い場合がある。
【0053】
また、マグネティックレンズ13は、具体的には、陰極4Aの電子放出面4aから放出された平行な電子束、場合によっては静電レンズ12によってさらに平行度を高められた平行電子束を、陽極6の電子受光面の微小領域に集束させる。そして、電子が衝突したこの微小領域からX線Rが発生する。マグネティックレンズ13に入る電子束が正確に平行に設定されていれば、マグネティックレンズ13はその電子束を微小領域に正確に集束させることができる。
【0054】
陰極4Aと陽極6とを結ぶ回路中に電流計18が設けられている。電流計18は、例えば抵抗及び電圧計測回路で構成されている。電流計18の出力信号はコントローラ16に伝送される。コントローラ16は、マイクロプロセッサ及びメモリを含んで構成されている。メモリの内部には、陽極電圧Vaと陽極を流れる電流Iとの関係を示すグラフである図4の電圧−電流特性を記憶する領域が設定されている。
【0055】
コントローラ16は、測定を行っている間の任意の1回又は複数回のタイミングで電圧−電流特性を測定し、メモリ内の所定の記憶領域にその特性データを記憶する。X線測定が継続して行われると、陰極4Aの放電特性が経時変化することが考えられる。陰極4Aの放電特性が経時変化すると、陽極6を流れる電流値に変化が生じることがあるが、コントローラ16は電圧−電流特性に従って最適な電圧を選定できる。
【0056】
なお、陰極4Aの放電特性が経時変化することの原因の1つとして、陰極4Aを構成するグラファイトの形状が変化することが考えられる。また、X線管を繰り返して使用すること、及び陰極の清浄化処理であるフラッシング処理を繰り返して行うこと、等により陰極の表面汚染の度合いや陰極の長さが変化していくことも考えられる。
【0057】
図5は、図2の陰極4Aの電子放出面4aを走査型電子顕微鏡で矢印A方向から撮影した写真、いわゆるSEM写真である。図5(a)から明らかなように、シート状のグラフェン、すなわち炭素六角網面が多数枚、電子放出方向(図5(a)の紙面垂直方向すなわち紙面を貫通する方向)と平行に並んでいる。図5(b)は切断された後の電子放出面4aを示しており、先端部分が斜め方向へ傾いている状態が示されている。この場合でも、多数枚の炭素六角網面が電子放出方向(図5(b)の紙面垂直方向)と平行に並んでいることが視認できる。
【0058】
本実施形態の陰極4A、すなわちグラファイトは、図6(a)に模式的に示すように層状結晶であり、層成長方向Bは結晶軸のc軸方向である。すなわち、各炭素六角網面の層のc軸方向は一致している。一方、互いに積層されている各炭素六角網面の層内の結晶軸であるa軸及びb軸は、図6(b)に模式的に示すように、各層の(001)面内で互いに角度的にランダムに(すなわち無秩序に)ずれている。
【0059】
そして、結晶軸がずれている状態で積層している複数の炭素六角網面がc軸方向(すなわち炭素六角網面の積層方向:図6(b)の紙面を透過する方向)に平行な面P1で切断され、その切断面が電子放出面として用いられる。このように、陰極4Aであるグラファイトを構成する多層の炭素六角網面のa軸及びb軸が各層間でランダムにずれていることにより、それらを切断して得られた電子放出面から効率良く多量の電子を放出することが可能となった。
【0060】
グラファイトを原子レベルで見ると、グラファイトは厚さ10〜数100nmの炭素六角網面(すなわち、グラフェンシート)の積層構造体であり、シート面内はπ電子による電気伝導により、電気抵抗が小さく、仕事関数も小さく、電子放出体として最適である。
【0061】
陰極4A、すなわちグラファイトの製造方法としては、例えば、テフロン(登録商標)のようなグラファイト前駆体を例えば1100℃で成型し、真空中で加熱して結晶化させ、成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスするという方法が考えられる。結晶化は、各層の結晶軸のa軸及びb軸が互いにランダムにずれるように行われる。
【0062】
あるいは、グラファイト単結晶を切断してグラファイトを製造することもできる。この場合、端面に機械的な力を加えると炭素六角網面が折れるおそれがあるので、表面形状を整えるためにAr(アルゴン)イオンエッチング、酸素プラズマ等を用いることができる。成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスする。グラファイトの製造の際には、炭素六角網面の各層の結晶軸のa軸及びb軸がランダムにずれるように行われる。
【0063】
X線測定を繰返して行うと、陰極4Aの端面である電子放出面4aから陰極物質が昇華して行く。また、不純物による汚染や、陽極6からの金属イオンの衝撃による欠陥発生等により、陰極4Aの表面の特性は劣化する。特性劣化が生じたと判断された場合には、コントローラ16は、X線測定が行われていない適宜のタイミングでヒータ9に通電してこれを発熱させ、陰極4Aを例えば1000℃以上に加熱する。この加熱により、陰極4Aの表面が真空中で昇華し、劣化等した表面が除去され、当該陰極4Aの表面が清浄化される。この清浄化により、陰極における電界放出特性の劣化を防ぎ、長寿命化を達成できる。この清浄化処理は、フラッシング処理と呼ばれることがあり、必要に応じて適時に複数回実行される。
【0064】
なお、ヒータ9を用いて陰極4Aを加熱することに代えて、陰極4Aそれ自身、すなわちグラファイトそれ自身に電流を流すことにより当該陰極4Aを加熱することもできる。
【0065】
(工業用X線管の第2の実施形態)
図7は、本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図を示している。図7において、図1に示した構成要素と同じ構成要素は同じ符号を付して示すものとして、その説明は省略する。
【0066】
図1に示したX線管1においては、陰極4Aから放出された電子を陽極6に衝突させ、当該陽極6の前方側へX線を放射させた。これに対し、図7に示すX線管21では、陽極26として透過型ターゲットを用いている。陰極4Aから放出された電子が陽極26に衝突すると、当該陽極26の後方側へX線が出射する。
【0067】
透過型ターゲットとしては、例えばW(タングステン)とBe(ベリリウム)とを積層して成るシートを用いる。X線管の内側にWを配置すると、加速された電子はWシートに衝突して白色X線及び蛍光X線を発生し、それらのX線がBeシートを透過する。減速した電子は導電性であるターゲットを通じて電源に回収される。W及びBeシートの厚さは、X線管から取り出すX線エネルギに応じてX線吸収を計算し、それに基づいて最適値に設定される。
【0068】
(工業用X線管の第3の実施形態)
図9は本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態を示している。この実施形態に係るX線管は図1に示したX線管1である。もちろん、このX線管1を図7に示したX線管21又はその他近似の構成を有したX線管とすることもできる。
【0069】
X線管1は、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27と共に、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器25に収納されている。そして、その容器25が台車22上に固定されている。台車22は車輪23a,23bを有している。車輪23a,23bの少なくとも1つは動力源によって駆動される駆動輪である。動力源を含んだ駆動系の図示は省略している。なお、容器25を台車22に載せることに代えて、容器25に直接、車輪23a,23bを設けても良い。電気制御系27は、例えば、図1に示した電圧印加回路14及びコントローラ16を含んでいる。
【0070】
電気制御系27から容器25の外部へ通信用ケーブル28が延びており、その通信用ケーブル28の先端に操作入力ユニット29が接続されている。操作入力ユニット29はボタンスイッチ、入力量調整スイッチ等といった各種のスイッチを備えており、測定者によって操作される。通信用ケーブル28は、可撓性、柔軟性を備えた軽い線材であり、台車22の動きに良好に追従する。
【0071】
台車22は、X線管1、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27を載せた状態で、測定対象であるパイプ31の中に配置される。パイプ31は、例えばプラント内の配管である。台車22は、測定者による操作入力ユニット29の操作により、パイプ31の内部を走行して任意の測定個所に配置される。台車22従ってX線管1が所定個所に配置されると、測定者の指示に応じてX線管1からX線Rが放射され、パイプ31の外部に設置されたX線検出器17にパイプ31のX線撮影像が結像される。
【0072】
従来の工業用X線管は陰極としてフィラメントを用い、このフィラメントを通電によって発熱させて熱電子を放出させ、この熱電子からX線を得ていた。この場合には、フィラメントに高電圧を印加して大電流を供給する必要があった。高電圧及び大電流の供給にあたっては、太くて剛性の高い電源ケーブルが必要であった。このため、従来の工業用X線管を測定対象であるパイプの中で走行させて測定を行うことには困難が伴っていた。特に、パイプが曲がっている場合には測定が非常に困難であった。
【0073】
本実施形態に係る工業用X線管1においては陰極がグラファイトによって形成され、電界放出に基づいて電子を発生させるので、フィラメントを用いた場合のような大電流を供給する必要がない。従って、本実施形態で用いるバッテリ24は小型であり、太くて剛性の高い電源ケーブルも不要である。容器25の外部へ延び出る線状部材としては電気信号を伝送するための細くて柔軟性のある通信用ケーブルだけで済む。そのため、X線管1及び小型のバッテリ24を搭載した台車22は大きな負荷を受けることなく、パイプ31の中を自由に走行でき、X線管1はX線測定を支障なく行うことができる。
【0074】
なお、電気制御系27と操作入力ユニット29とは、通信用ケーブル28に代えて、無線LANを用いることできる。こうすれば、台車22のパイプ31内での走行が、さらに、自由になる。また、自走機能を持ったX線管1は、人が到達できない高所の配管や、複雑に入り組んだ配管密集部等に対する測定を容易に実行できる。
【0075】
グラフェン各層間で結晶軸をランダムにずらせてあるグラファイトを用いた本実施形態のX線管1は、消費電力が非常に低い。このため、例えば、80Whのリチウム・イオンバッテリを搭載し、50WのX線管を1時間以上駆動可能である。
【0076】
(工業用X線管の第4の実施形態)
図10は本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態を示している。この実施形態は、陰極及び陽極以外の部分が接地され、陰極及び陽極の両極に電圧が印加される方式、いわゆるバイポーラ方式のX線管に本発明を適用した場合の実施形態である。
【0077】
本実施形態の工業用X線管41は、陰極ユニット42と、マグネティックレンズユニット43と、中央管44と、陽極ユニット45とを有している。陰極ユニット42とマグネティックレンズユニット43は引出し電極46を挟んで互いに気密に連結されている。マグネティックレンズユニット43と中央管44は互いに気密に連結されている。中央管44と陽極ユニット45は互いに気密に連結されている。
【0078】
(陰極ユニット42)
陰極ユニット42は、金属製、例えばステンレス製で中心線X0を中心とした円筒形状のケーシング49と、ケーシング49に支持されてその内部に延出している支持体50と、支持体50の先端に設けられており中心線X0を中心とした円板状又は円柱状(以下、円板状を含めて円柱状という)の陰極4Fと、陰極4Fの周囲に設けられており中心線X0を中心とした円筒形状の電子進行調整部材51とを有している。電子進行調整部材51は導電性の金属物質によって形成されている。
【0079】
引出し電極46は導電性を有した金属、例えばステンレス鋼によって、中心線X0を中心とした円板形状に形成されている。引出し電極46は電気的に接地されている。引出し電極46の中心部には、マグネティックレンズユニット43の内部へ延出する円筒形状の電子導管53が設けられている。
【0080】
(マグネティックレンズユニット43)
マグネティックレンズユニット43は、図11(a)に示すように、2個の円板フレーム54a及び54bによって磁石体56を挟持した構造となっている。円板フレーム54a,54bの中心部には、図10の電子導管53が貫通する孔55が設けられている。磁石体56は、外側リング部材57と、可動板58とを有している。可動板58は、磁性体によって形成された内側リング部材59と、内側リング部材59に接着された磁石60とを有している。内側リング部材59は電子導管53が貫通できる孔59aを有している。
【0081】
磁石60は複数、設けられている。具体的には、4個の磁石60が中心線X0を中心とした円周方向に90°の等角度間隔で設けられている。可動板58は、図10において矢印Dで示すように、中心線X0に沿って平行移動でき、そのように移動した後の任意の位置で外側リング部材57に固定できるようになっている。
【0082】
図10及び図11から明らかなように、引出し電極46から延びている電子導管53は、円板フレーム54aの孔55、磁石体56の内側リング部材59の孔59a、及び円板フレーム54bの孔55を貫通して中央管44の管壁に達している。マグネティックレンズユニット43内の可動板58が図10の矢印Dで示すように中心線X0に沿って平行移動すると、可動板58内の磁石60の電子導管53に対する位置を変化させることができる。
【0083】
4個の磁石60はそれぞれ、自身のN極から出て電子導管53を通って自身のS極へ入る磁力線を形成し、この磁力線によって電子導管53内に磁界が形成され、電子導管53内を飛翔する電子にこの磁界が作用する。この磁界の強さ、すなわち磁束密度は、電子導管53に対する磁石60の位置に応じて変化する。例えば、図10においてマグネティックレンズユニット43の軸方向の長さをLとした場合、磁石60が長さLの中央位置P2にあるとき、電子導管53内の磁束密度は図11(b)のグラフの曲線M1に示すように高い値を示す。一方、磁石60が長さLの端位置P3にあるとき、電子導管53内の磁束密度は曲線M2に示すように低い値を示す。このように、電子導管53に対する磁石60の位置を変化させることにより、電子導管53内の磁界の強さを変化させることができる。
【0084】
(中央管44)
図10において、中央管44の管壁は導電性且つ非磁性体の金属、例えばSUS304等のステンレス鋼によって形成されている。この管壁の適所には気体搬送管63が連結されている。この気体搬送管63を通して排気を行うことにより、陰極ユニット42、マグネティックレンズユニット43、中央管44、及び陽極ユニット45の各部の内部を真空又は真空に近い排気状態に設定できる。本実施形態では中央管44は電気的に接地されている。
【0085】
(陽極ユニット45)
陽極ユニット45は、中心線X0を中心として円筒形状のケーシング64を有している。ケーシング64は円柱形状の陽極66を支持している。陽極66は希望する波長のX線を出射できる金属材料によって形成されている。陽極66はケーシング64によって支持された状態で中央管44の内部まで延出している。
【0086】
(全体的な構成)
以上から明らかな通り、本実施形態の工業用X線管41においては、陰極ユニット42のケーシング49、マグネティックレンズユニット43の管壁、中央管44の管壁、及び陽極ユニット45のケーシング64の各部材により、内部に空間を有した容器が形成されており、その容器の内部に陰極4F及び陽極66が収納されている。
【0087】
引出し電極46及び中央管44が接地されていることは既述した通りである。陰極4Fには、電界放電に基づいて電子を放出させるための所定の大きさの電圧E1が印加される。他方、陽極66には、陰極4Fに対して所定の電位差を形成するように所定の電圧E2が印加される。陰極電圧E1及び陽極電圧E2は、いずれも、可変電圧となっている。
【0088】
陰極電圧E1の印加により、引出し電極46との間に好ましい引出し電位差が生じ、陰極4Fから電界放電に基づいて電子が放出される。放出された電子は電子導管53の内部空間を飛翔し、マグネティックレンズユニット43内で磁石60によって形成された磁界によって図12に示すように集束されて陽極66の電子受光面、従ってX線放出面66aの微小領域に衝突する。陽極66のX線放出面66aは電子が飛来してくる方向に対して傾斜している。そして、傾斜しているこのX線放出面66aの先方に図10のX線取出し窓67が設けられている。このX線取出し窓67を通してX線が外部へ取り出される。
【0089】
陰極ユニット42内の陰極4F及び電子進行調整部材51の先端部分は、図12に示すような形状になっている。具体的には、陰極4Fは中心線X0を中心とした円柱形状であり、電子進行調整部材51は陰極4Fを取り囲むリング形状、すなわち環形状、すなわち円筒形状である。陰極4Fの電子放出面4aと電子進行調整部材51の端面は、隙間無く且つ互いに段差を生じること無く滑らかに連続している。
【0090】
電子進行調整部材51は、平面である陰極4Fの電子放出面4aに連続している平坦面68と、その平坦面68に連続していて電子放出面4aの前方へ突出する突出面69とを有している。平坦面68及び突出面69は、いずれも、中心線X0を中心としたリング形状である。平面である電子放出面4aの個々の微小量域から放出される複数の電子は、概ね電子放出面4aに対して直角の方向へ進行し、結果として略平行な電子束となって進行する。しかしながら、その電子束を形成する個々の電子線はそれ自体が発散成分を含んでおり、そのため電子束はある程度の発散を持っている。
【0091】
本実施形態では、金属によって形成された電子進行調整部材51に突出面69を設けることにより、平面である電子放出面4aから放出された略平行な電子束をより正確に平行に矯正することができた。そして、このように高精度に平行とされた電子束を磁石60によるマグネティックレンズに供給するようにしたので、電子束は陽極66の受光面66a内の微小領域に高精度に収差無く集束できるようになった。このため、陽極66から輝度の高いX線を放出することが可能となった。
【0092】
突出面69の形状は特定の形状に限定されるものではない。しかしながら、突出面69の形状は滑らかな湾曲面であることが望ましい。また、本実施形態では突出面69と陰極4Fとの間に平坦面68を設けたが、平坦面68を設けることなく、陰極4Fの端縁から直接に突出面69を設けても良い。
【0093】
本実施形態では、曲率がr1である断面円形の湾曲面と、曲率r1とは異なる曲率である曲率r2の断面円形の湾曲面とを連続させて突出面69を形成した。より具体的には、外側の曲率r1を内側の曲率r2よりも小さくした(r1<r2)。つまり、外側を緩やかな湾曲面とし、内側を急峻な湾曲面とした。しかしながら、突出面69は、1種類の湾曲面によって形成しても良いし、あるいは3種類以上の湾曲面の連続によって形成することもできる。
【0094】
(その他の実施形態)
以上、好ましい実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はその実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
例えば、図1又は図7に示した実施形態では、陰極4Aを図3(b)に示すような円柱形状の構成とした。しかしながら、陰極は図3(a)に示すような直径0.5〜1.0mmの針形状の陰極4Bとすることができる。この陰極4BはマイクロフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。
【0095】
また、陰極は図3(c)に示すような幅0.5〜1.0mmで長さが5.0〜20mmの線状の陰極4Cとすることができる。この陰極4CはラインフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。さらに、陰極は図3(d)に示すような円筒形状の陰極4Dとすることができる。この陰極4Dは透過型ターゲットに対して好適に用いられる。
【0096】
上記の実施形態では、図6(a)に示したように、矢印Bで示す1方向に結晶層を成長させることによって概ね平板状のグラファイトを形成した。しかしながら結晶層を成長させる方向は1方向に限られることはなく、複数方向とすることもできる。例えば、図8に示すように、放射状に延びる3方向C1〜C3に結晶層を成長させることによって、いわゆる花弁状のグラファイトを形成し、これを陰極4Eとして用いることもできる。
【符号の説明】
【0097】
1.X線管、 2.封入容器、 2a.電子輸送管、 3.測定対象物、 4A,4B,4C,4D,4E.4F.陰極、 4a.電子放出面、 6.陽極、 7.X線窓、 8.支持枠(電子進行調整部材)、 9.ヒータ、 11.引出し電極、 12.静電レンズ、 13.マグネティックレンズ(磁気レンズ)、 14.電圧印加回路(電圧制御手段)、 16.コントローラ(電圧制御手段)、 17.2次元X線検出器、 18.電流計、 21.X線管、 22.台車、 23a,23b.車輪、 24.バッテリ、 25.容器、 26.陽極(透過型ターゲット)、 27.電気制御系、 28.通信用ケーブル、 29.操作入力ユニット、 30.電源回路、 31.パイプ、 41.工業用X線管、 42.陰極ユニット、 43.マグネティックレンズユニット、 44.中央管、 45.陽極ユニット、 46.引出し電極、 49.ケーシング、 50.支持体、 51.電子進行調整部材、 53.電子導管、 54a,54b.円板フレーム、 55.孔、 56.磁石体、 57.外側リング部材、 58.可動板、 59.内側リング部材、 59a.孔、 60.磁石、 63.管、 64.ケーシング、 66.陽極、 67.X線取出し窓、 68.平坦面、 69.突出面、 B.層成長方向、 P2.中央位置、 P3.端位置、 R.X線、 Va.陽極の電圧、 Vg.引出し電極の電圧
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントの配管パイプ等といった構造物の非破壊検査を行う際に用いられる工業用X線管であって、陰極から放出された電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管に関する。
【背景技術】
【0002】
上記の工業用X線管として、従来、フィラメントによって陰極を形成し、通電によりそのフィラメントから熱電子を放出させ、その熱電子を陽極に当てることによりその陽極からX線を発生する構成の工業用X線管が知られている。このX線管は熱陰極を用いたX線管である。このX線管は、高圧電源に加えてフィラメント電源が必要であるので大型で重いという問題点を有している。
【0003】
X線管の分野ではないが、例えばディスプレイ、すなわち画像表示の分野において、カーボンナノチューブを用いて電界放出(Field Emission)に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、非特許文献1、特許文献1)。また、X線管の分野でも、カーボンナノチューブを用いて電子放出素子を形成することが知られている(例えば、特許文献5、特許文献6、特許文献7)。この電子放出素子を用いたX線管は冷陰極型のX線管である。電界放出は、物質表面に強い電位を印加したときにその物質の表面から電子が放出される現象である。カーボンナノチューブは、六炭素環で構成される針状、すなわちアスペクト比(粒子長/粒子径)が非常に大きい状態、で管状の粒子である。
【0004】
やはりディスプレイの分野において、グラファイト粒子を用いて電界放出に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、特許文献2)。グラファイトとは、炭素六角網面(複数の六炭素環が連なって1つの層を構成している面)が複数個層状に積層されて成る層状構造物質である。
【0005】
また、黒鉛ブロック、炭素棒、炭素フィルム又は炭素繊維の炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした端面を電子放出面とする電子放出素子が知られている(例えば、特許文献3)。
【0006】
また、X線管ではないが、蛍光表示装置において、電子を放出する部分であるカソード構造体のエミッタ部分(電子放出部分)を柱状グラファイトによって構成したものが知られている(例えば、特許文献4)。柱状グラファイト、すなわちグラファイト構造が柱状に丸まって成る柱状構造、が複数個、ほぼ同一方向を向いて集合した構造がカーボンナノチューブである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−090813号公報([0082]〜[0097]段落、図10,11,12,13,14)
【特許文献2】特開2000−090813号公報([0063]〜[0076]段落、図2,7,8)
【特許文献3】特開2000−156148号公報(第2〜3頁、図1,2)
【特許文献4】特開平11−135042号公報([0019]〜[0023]段落、図1)
【特許文献5】特開2001−250496号公報(第3頁、図1)
【特許文献6】特開2001−266780号公報(第3頁、図1)
【特許文献7】米国特許第6,456,691号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】斎藤弥八、「カーボンナノチューブフィールドエミッタ」、表面科学,Vol.23,No.1,pp.38−43,2002、三重大学工学部
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1及び特許文献1にはカーボンナノチューブによって電子放出素子を形成することが開示されている。また、特許文献2には、グラファイト粒子を用いて電界放出に基づいて電子を放出する電子放出素子が開示されている。また、特許文献3には、黒鉛ブロック、炭素棒、炭素フィルム又は炭素繊維等といった物質を、それらの構成要素である炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした後の端面を電子放出面とする電子放出素子が開示されている。
【0010】
特許文献4には、柱状グラファイトによって電子放出素子を形成することが開示されている。ここで、柱状グラファイトとは、複数のカーボンナノチューブが同一方向を向いて集合した構造体とされている。さらに、カーボンナノチューブとは、グラファイトの単層(すなわちグラフェン)が円筒状に閉じた形状か、又は複数のグラファイトの層(すなわち複数のグラフェン)が入れ子構造的に積層し、それぞれのグラファイト層が円筒状に閉じた同軸多層構造とされている。
【0011】
しかしながら、上記の各文献には、電子放出素子をX線発生装置の構成要素として用いることの記載は認められない。従って、当然のことながら、電子放出素子から放出された電子を陽極の微小領域に集束させることに関する記載はなく、さらには、電子放出素子の電子放出面の形状を工夫することによって陽極に対する電子の集束性を向上させるということについての記載も認められない。
【0012】
特許文献5及びその対応米国特許である特許文献7の各文献には、陰極のエミッタをカーボンナノチューブで形成し、その陰極から放出された電子を陽極に衝突させ、その衝突領域からX線を発生させる構成を有したX線発生装置が開示されている。さらに、エミッタから放出された電子をウエネルトによって陽極の表面の微小領域に集束させることが開示されている。
【0013】
しかしながら、これらの文献に開示されたX線発生装置においては、エミッタの広い領域から出た電子の全てを陽極の表面の微小領域へ正確に集束させることが難しかった。本発明者によれば、これは、エミッタから出てウエネルトを通過する電子の進行方向にバラツキがあるためではないかと思われる。
【0014】
また、特許文献5及び特許文献7の各文献には、陰極のエミッタの電子放出面の形状を平面、凹面又は凸面にすることができることが開示されている。そして、エミッタの表面を凹面や凸面といった曲面にすれば、電子ビームの集束性を改善できることが記載されている。しかしながら、本発明者によれば、エミッタの電子放出面を曲面に設定した場合であっても、希望通りの集束性の改善が得られないことが分かった。その原因は、曲面を成しているエミッタの電子放出面から出た電子に関しては球面収差が生じるためだと考えられる。
【0015】
また、特許文献5及び特許文献7の各文献に開示されたX線発生装置においては、陰極のエミッタの表面を平面に設定し、そのエミッタから放出された電子をウエネルトによって陽極上に集束するようにした構成が開示されている。しかしながら、本発明の検討によれば、その構成を採用した場合でも、期待通りに高い電子の集束性は得られなかった。その原因は、ウエネルトに入る前の電子の進行方向にバラツキがあるためと考えられる。
【0016】
本発明は、従来装置における上記の問題点に鑑みて成されたものであって、小型であり、軽量であり、しかも電子を陽極上へ正確に集束させることにより輝度の高いX線を発生することができる工業用X線管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る工業用X線管は、内部が真空である容器のその内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、前記陰極の電子放出面の周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材と、前記陰極と前記陽極との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズとを有しており、前記陰極は炭素又は炭素化合物によって形成されており、前記陰極の電子放出面は平らな面であることを特徴とする。
【0018】
上記構成において「平らな面」は、大きな凹面や凸面を除く意味であり、誤差なく完全に平らな面という意味ではない。わずかに傾斜していたり、わずかに凹凸を有するような面であっても、マグネティックレンズによって所望の電子の集束性が得られるような平行性を有する電子束を形成できるような面でありさえすれば、そのような面も平らな面に属するものである。
【0019】
本発明に係る工業用X線管によれば、フィラメントによって陰極を形成し、そのフィラメントを加熱することによってそのフィラメントから電子を放出するのではなく、炭素又は炭素化合物によって陰極を形成し、その陰極に所定の電圧を印加することによって電子を放出するようにした。このため、フィラメント電源が不要となり、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。
【0020】
また、フィラメントを用いた場合には太くて剛性の高い電源ケーブルをX線発生部につなげる必要があり、可搬性(持ち運び性)やパイプライン中での自走性(自身で移動する性質)が損なわれていた。これに対し、本発明の工業用X線管は、高い可搬性及び高い自走性の両方を達成できる。
【0021】
また、本発明の工業用X線管では、陰極の電子放出面を平らな面とし、さらにその電子放出面の周囲に電子進行調整部材を設けたので、電子の進行状態をマグネティックレンズが効果的に機能できる状態に合わせることが可能となった。マグネティックレンズが効果的に機能すれば電子束の集束性を高めることができ、電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。輝度の高いX線を用いれば、分解能の高い測定結果を得ることができる。
【0022】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は、前記陰極の平らな電子放出面から放出される電子の進行方向が当該電子放出面に対する直角方向に近づくように電子の進行を調整することができ、前記マグネティックレンズは、前記電子進行調整部材によって進行が調整された電子を集束させることができる。
【0023】
この発明態様によれば、電子進行調整部材の作用によって平行性が向上した電子束をマグネティックレンズへ入れるようにしたので、マグネティックレンズによって電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。
【0024】
本発明に係る工業用X線管においては、前記陰極と前記マグネティックレンズとの間の電子の進行路の周囲に、引出し電極を設けるか、静電レンズを設けるか、又は引出し電極及び静電レンズの両方を設けることができる。ここで、引出し電極には前記陰極から電子を引き出すことができる電圧が印加される。また、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させるための電圧が印加される。引出し電極と静電レンズの両方を設ける場合は、引出し電極とマグネティックレンズとの間に静電レンズを設けることが望ましい。
【0025】
上記構成の工業用X線管において、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させると共に電子束の平行度を高めるための電圧を印加することができる。これにより、マグネティックレンズに向かう電子の束をより一層平行に形成することができる。
【0026】
本発明に係る工業用X線管において、前記炭素又は炭素化合物は、カーボンナノ構造体、グラファイト、グラッシーカーボン、及びカーボンファイバーから選択される任意の一つであることが望ましい。この構成により、陰極を熱陰極ではない冷陰極として機能させることができ、工業用X線管を小型且つ軽量に形成できる。
【0027】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は導電性物質によって形成することができる。これにより、陰極の電子放出面から放出される電子の進行の調整を効果的に行うことができる。
【0028】
本発明に係る工業用X線管において、前記陰極の電子放出面と前記電子進行調整部材の表面は、互いに隙間無く且つ互いに段差を生じること無く連続する構成とすることができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0029】
本発明に係る工業用X線管において、前記電子進行調整部材は前記陰極の電子放出面の前方へ突出する突出面を有することができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0030】
本発明に係る工業用X線管において、前記突出面は滑らかな湾曲面とすることができる。これにより、電子進行調整部材によって電子の進行を矯正する機能を一層効果的に実現することが可能となる。
【0031】
本発明に係る工業用X線管において、前記突出面は異なった曲率の複数の湾曲面が連続している面であるとすることができる。これにより、陰極の電子放出面から出る電子の進行方向を希望する方向へ正確に矯正できるようになる。
【0032】
本発明に係る工業用X線管において、前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを設けることができる。これにより、陰極のための清浄化処理であるフラッシング処理を実行できる。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係る工業用X線管によれば、フィラメントによって陰極を形成し、そのフィラメントを加熱することによってそのフィラメントから電子を放出するのではなく、炭素又は炭素化合物によって陰極を形成し、その陰極に所定の電圧を印加することによって電子を放出するようにした。このため、フィラメント電源が不要となり、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。
【0034】
また、フィラメントを用いた場合には太くて剛性の高い電源ケーブルをX線発生部につなげる必要があり、可搬性(持ち運び性)やパイプライン中での自走性(自身で移動する性質)が損なわれていた。これに対し、本発明の工業用X線管は、高い可搬性及び高い自走性の両方を達成できる。
【0035】
また、本発明の工業用X線管では、陰極の電子放出面を平らな面とし、さらにその電子放出面の周囲に電子進行調整部材を設けたので、電子の進行状態をマグネティックレンズが効果的に機能できる状態に合わせることが可能となった。マグネティックレンズが効果的に機能すれば電子束の集束性を高めることができ、電子を陽極上の特定領域にボケを生じさせること無く正確に集束させることができるようになった。そして、これにより、陽極から輝度の高いX線を発生させることができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図である。
【図2】図1のX線管の主要部である陰極及びその周辺の構成を示す断面図である。
【図3】陰極の変形例を示す図である。
【図4】陰極と陽極との間の電圧−電流特性のグラフを示す図である。
【図5】陰極の構成物質であるグラファイトの電子顕微鏡写真を示す図である。
【図6】グラファイトの層成長過程を模式的に示す図であり、(a)は側面図、(b)は平面図である。
【図7】本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図である。
【図8】陰極の変形例を示す斜視図である。
【図9】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態の断面図である。
【図10】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態の断面図である。
【図11】図10の構造の主要部を示す斜視図である。
【図12】図10の構造の他の主要部を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明に係る工業用X線管を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明がこの実施形態に限定されないことはもちろんである。また、これ以降の説明では図面を参照するが、その図面では特徴的な部分を分かり易く示すために実際のものとは異なった比率で構成要素を示す場合がある。
【0038】
(工業用X線管の第1の実施形態)
図1は、本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図を示している。本実施形態のX線管1はセラミック(例えばアルミナ(Al2O3))製又はガラス製の封入容器2を有している。封入容器2は円筒形状であり、その内部は真空に維持されている。封入容器2は、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器(図示せず)に収納される。封入容器2は、測定対象物3、例えば建築構造物のフレーム等、の所まで測定者によって持ち運ばれる。
【0039】
封入容器2の内部の一端側(図1の下端側)に陰極4Aが設けられ、他端側(図1の上端側)に陽極6が設けられている。一般に、高電圧に晒される構造体においては、空気、絶縁体、金属の3重点から沿面放電を発することが知られている。本実施形態では、その沿面放電を防止するために、セラミック製の封入容器2の端部を窪ませて陰極4Aや陽極6を設けている。
【0040】
本実施形態のX線管では、例えば200kVの高電圧が陰極4Aと陽極6との間に印加され、最高で200keVのエネルギのX線が陽極6から発生し、厚さ50mm以上の鉄製パイプのX線透過像が撮影される。このような高エネルギのX線はセラミック製の容器を容易に透過するため、本実施形態では、X線を封入容器2の外部へ取り出すための特別なX線窓は、封入容器2には設けられていない。
【0041】
但し、食品等の透過撮影のように20keV以下の低エネルギ領域を使用する際には、例えば陽極6の近傍であって符号7で示す部分に、例えばBe(ベリリウム)によってX線透過用の窓を設ける。
【0042】
陰極4Aは、図2に示すように、導電性及び熱伝導性を有する支持枠8によって支持されている。支持枠8は、例えばステンレス鋼によって形成されている。支持枠8の周囲には加熱手段としてのヒータ9が設けられている。
【0043】
支持枠8は、例えば図3(b)に示すように、円筒形状に形成されている。陰極4Aは、支持枠8の先端に設けた断面円形状の凹部空間内に収容されており、円柱形状に形成されている。陰極4Aは、その長さは例えば100μm以上であり、その直径は例えば1.0〜20mmの範囲内の適宜の値である。この寸法の円柱形状の陰極4Aは大電流を流すことを目標とする場合に好適である。
【0044】
陰極4Aは、後で詳しく説明するように、炭素六角網面(すなわち、グラフェン)から成る層を複数枚積層して成る物質であるグラファイトによって形成されている。そして、それら複数枚の炭素六角網面を積層方向と平行の方向で切断してできた端面4a(図2参照)が電子放出面となっている。
【0045】
なお、グラファイトは炭素又は炭素化合物として括られる物質に含まれる1つの物質であるが、陰極4Aはグラファイト以外の炭素又は炭素化合物によって形成することもできる。そのような炭素又は炭素化合物は、例えばカーボンナノ構造体、グラッシーカーボン、カーボンファイバー等である。また、カーボンナノ構造体は、例えばカーボンナノチューブ(CNT:Carbon nanotube)、カーボンナノウォール(CNW:Carbon nanowall)である。ここで、カーボンナノチューブは、炭素六角網面(グラフェン)のシートが単層の管状又は多層の同軸管状になった物質である。また、カーボンナノウォールは、多層のグラフェンシートの個々が基板から垂直に成長して存在しており、それらのグラフェンシートが基板表面に沿って連なって成る物質である。
【0046】
電子放出面4aは湾曲していない平らな面(以下、平面ということがある)となっている。また、導電性の金属によって形成されている支持枠8の先端部分は、電子放出面4aの周囲の環状領域の全域に位置していて、電子放出面4aから放出される電子の進行を調整する機能を果たす部材、すなわち電子進行調整部材として機能する。
【0047】
一般に、平面である電子放出面4aからは、概ね電子放出面4aに対して直角の方向に進行する電子が発生するが、この電子はその性質上、わずかに発散している。金属によって形成された支持枠8の先端部分は、平面である電子放出面4aからわずかに発散しながら進行する電子の進行方向を電子放出面4aに対して直角の方向へ矯正する。この結果、電子放出面4aから放出される電子の束(すなわち電子ビーム)は、電子放出面4aに対して直角方向へ平行状態で進行する電子の束となっている。なお、電子の束を形成する個々の電子線はそれ自身はわずかな発散成分を含んでいるので、上記の電子の束は完全な平行状態ではないが、機能的には平行な電子の束(すなわち電子ビーム)と考えて差し支えない。
【0048】
図1において、陰極4Aから陽極6に至る電子の進行経路に沿って、陰極4A側から順に、引出し電極(すなわち、グリッド)11、静電レンズ12、マグネティックレンズ(すなわち磁気レンズ)13が、それぞれ、設けられている。引出し電極11及び静電レンズ12は封入容器2の内部に設けられ、マグネティックレンズ13は封入容器2の電子輸送管2aの外部に設けられている。
【0049】
本実施形態のX線管は、陽極6が電気的に設置されていて、いわゆるユニポーラ方式のX線管となっている。電圧印加回路14はコントローラ16からの指令に従って、陰極4Aへ所定の電圧を印加し、引出し電極11の陰極4Aに対する電圧Vgを制御し、結果的に陽極6の陰極4Aに対する電圧Vaを制御する。電圧印加回路14は、また、静電レンズ12へ所定の電圧を印加する。マグネティックレンズ13は本実施形態では永久磁石である。マグネティックレンズ13は電磁石とすることもできる。電圧印加回路14とコントローラ16は協働して、陰極−陽極間の電圧を制御するための電圧制御手段を構成している。
【0050】
陰極4Aに所定の電圧が印加され、さらに引出し電極11に引出し電圧Vgが印加されると、陰極4Aの電子放出面4aから電界放出(Field Emission)に基づいて電子が放出される。この電子は陰極4Aと陽極6との間の電圧Vaによって加速されて、陽極6へ衝突し、その部分からX線Rが発生し、X線窓7から外部へ取り出される。このX線Rを測定対象物3に照射し、測定対象物3を透過したX線によって2次元X線検出器17を露光する。このX線露光により、2次元X線検出器17の受光面にX線像が形成され、このX線像を観察することにより、測定対象物3の特性、例えば傷や欠陥があるか否か等、を検査することができる。
【0051】
2次元X線検出器は、例えばX線フィルムや、イメージングプレートや、CCD(Charge Coupled Device)検出器や、半導体ピクセル検出器等によって構成される。静電レンズ12及びマグネティックレンズ13は、それぞれ、電子の軌道を適宜に修正する。
【0052】
具体的には、静電レンズ12は、導電性の金属材料によって形成されており、その形状を適宜に調整すると共に印加電圧を適宜に調整することにより、陰極4Aの電子放出面4aから放出された平行な電子の束をより一層正確に平行に形成すると共に、電子の飛翔速度をより一層加速する。なお、電子放出面4aの平面性及び電子進行調整部材としての支持枠8の先端部分の協働によって正確な平行X線束が形成される場合には、静電レンズ12によって電子束を平行にする機能は実行しなくても良い場合がある。
【0053】
また、マグネティックレンズ13は、具体的には、陰極4Aの電子放出面4aから放出された平行な電子束、場合によっては静電レンズ12によってさらに平行度を高められた平行電子束を、陽極6の電子受光面の微小領域に集束させる。そして、電子が衝突したこの微小領域からX線Rが発生する。マグネティックレンズ13に入る電子束が正確に平行に設定されていれば、マグネティックレンズ13はその電子束を微小領域に正確に集束させることができる。
【0054】
陰極4Aと陽極6とを結ぶ回路中に電流計18が設けられている。電流計18は、例えば抵抗及び電圧計測回路で構成されている。電流計18の出力信号はコントローラ16に伝送される。コントローラ16は、マイクロプロセッサ及びメモリを含んで構成されている。メモリの内部には、陽極電圧Vaと陽極を流れる電流Iとの関係を示すグラフである図4の電圧−電流特性を記憶する領域が設定されている。
【0055】
コントローラ16は、測定を行っている間の任意の1回又は複数回のタイミングで電圧−電流特性を測定し、メモリ内の所定の記憶領域にその特性データを記憶する。X線測定が継続して行われると、陰極4Aの放電特性が経時変化することが考えられる。陰極4Aの放電特性が経時変化すると、陽極6を流れる電流値に変化が生じることがあるが、コントローラ16は電圧−電流特性に従って最適な電圧を選定できる。
【0056】
なお、陰極4Aの放電特性が経時変化することの原因の1つとして、陰極4Aを構成するグラファイトの形状が変化することが考えられる。また、X線管を繰り返して使用すること、及び陰極の清浄化処理であるフラッシング処理を繰り返して行うこと、等により陰極の表面汚染の度合いや陰極の長さが変化していくことも考えられる。
【0057】
図5は、図2の陰極4Aの電子放出面4aを走査型電子顕微鏡で矢印A方向から撮影した写真、いわゆるSEM写真である。図5(a)から明らかなように、シート状のグラフェン、すなわち炭素六角網面が多数枚、電子放出方向(図5(a)の紙面垂直方向すなわち紙面を貫通する方向)と平行に並んでいる。図5(b)は切断された後の電子放出面4aを示しており、先端部分が斜め方向へ傾いている状態が示されている。この場合でも、多数枚の炭素六角網面が電子放出方向(図5(b)の紙面垂直方向)と平行に並んでいることが視認できる。
【0058】
本実施形態の陰極4A、すなわちグラファイトは、図6(a)に模式的に示すように層状結晶であり、層成長方向Bは結晶軸のc軸方向である。すなわち、各炭素六角網面の層のc軸方向は一致している。一方、互いに積層されている各炭素六角網面の層内の結晶軸であるa軸及びb軸は、図6(b)に模式的に示すように、各層の(001)面内で互いに角度的にランダムに(すなわち無秩序に)ずれている。
【0059】
そして、結晶軸がずれている状態で積層している複数の炭素六角網面がc軸方向(すなわち炭素六角網面の積層方向:図6(b)の紙面を透過する方向)に平行な面P1で切断され、その切断面が電子放出面として用いられる。このように、陰極4Aであるグラファイトを構成する多層の炭素六角網面のa軸及びb軸が各層間でランダムにずれていることにより、それらを切断して得られた電子放出面から効率良く多量の電子を放出することが可能となった。
【0060】
グラファイトを原子レベルで見ると、グラファイトは厚さ10〜数100nmの炭素六角網面(すなわち、グラフェンシート)の積層構造体であり、シート面内はπ電子による電気伝導により、電気抵抗が小さく、仕事関数も小さく、電子放出体として最適である。
【0061】
陰極4A、すなわちグラファイトの製造方法としては、例えば、テフロン(登録商標)のようなグラファイト前駆体を例えば1100℃で成型し、真空中で加熱して結晶化させ、成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスするという方法が考えられる。結晶化は、各層の結晶軸のa軸及びb軸が互いにランダムにずれるように行われる。
【0062】
あるいは、グラファイト単結晶を切断してグラファイトを製造することもできる。この場合、端面に機械的な力を加えると炭素六角網面が折れるおそれがあるので、表面形状を整えるためにAr(アルゴン)イオンエッチング、酸素プラズマ等を用いることができる。成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスする。グラファイトの製造の際には、炭素六角網面の各層の結晶軸のa軸及びb軸がランダムにずれるように行われる。
【0063】
X線測定を繰返して行うと、陰極4Aの端面である電子放出面4aから陰極物質が昇華して行く。また、不純物による汚染や、陽極6からの金属イオンの衝撃による欠陥発生等により、陰極4Aの表面の特性は劣化する。特性劣化が生じたと判断された場合には、コントローラ16は、X線測定が行われていない適宜のタイミングでヒータ9に通電してこれを発熱させ、陰極4Aを例えば1000℃以上に加熱する。この加熱により、陰極4Aの表面が真空中で昇華し、劣化等した表面が除去され、当該陰極4Aの表面が清浄化される。この清浄化により、陰極における電界放出特性の劣化を防ぎ、長寿命化を達成できる。この清浄化処理は、フラッシング処理と呼ばれることがあり、必要に応じて適時に複数回実行される。
【0064】
なお、ヒータ9を用いて陰極4Aを加熱することに代えて、陰極4Aそれ自身、すなわちグラファイトそれ自身に電流を流すことにより当該陰極4Aを加熱することもできる。
【0065】
(工業用X線管の第2の実施形態)
図7は、本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図を示している。図7において、図1に示した構成要素と同じ構成要素は同じ符号を付して示すものとして、その説明は省略する。
【0066】
図1に示したX線管1においては、陰極4Aから放出された電子を陽極6に衝突させ、当該陽極6の前方側へX線を放射させた。これに対し、図7に示すX線管21では、陽極26として透過型ターゲットを用いている。陰極4Aから放出された電子が陽極26に衝突すると、当該陽極26の後方側へX線が出射する。
【0067】
透過型ターゲットとしては、例えばW(タングステン)とBe(ベリリウム)とを積層して成るシートを用いる。X線管の内側にWを配置すると、加速された電子はWシートに衝突して白色X線及び蛍光X線を発生し、それらのX線がBeシートを透過する。減速した電子は導電性であるターゲットを通じて電源に回収される。W及びBeシートの厚さは、X線管から取り出すX線エネルギに応じてX線吸収を計算し、それに基づいて最適値に設定される。
【0068】
(工業用X線管の第3の実施形態)
図9は本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態を示している。この実施形態に係るX線管は図1に示したX線管1である。もちろん、このX線管1を図7に示したX線管21又はその他近似の構成を有したX線管とすることもできる。
【0069】
X線管1は、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27と共に、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器25に収納されている。そして、その容器25が台車22上に固定されている。台車22は車輪23a,23bを有している。車輪23a,23bの少なくとも1つは動力源によって駆動される駆動輪である。動力源を含んだ駆動系の図示は省略している。なお、容器25を台車22に載せることに代えて、容器25に直接、車輪23a,23bを設けても良い。電気制御系27は、例えば、図1に示した電圧印加回路14及びコントローラ16を含んでいる。
【0070】
電気制御系27から容器25の外部へ通信用ケーブル28が延びており、その通信用ケーブル28の先端に操作入力ユニット29が接続されている。操作入力ユニット29はボタンスイッチ、入力量調整スイッチ等といった各種のスイッチを備えており、測定者によって操作される。通信用ケーブル28は、可撓性、柔軟性を備えた軽い線材であり、台車22の動きに良好に追従する。
【0071】
台車22は、X線管1、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27を載せた状態で、測定対象であるパイプ31の中に配置される。パイプ31は、例えばプラント内の配管である。台車22は、測定者による操作入力ユニット29の操作により、パイプ31の内部を走行して任意の測定個所に配置される。台車22従ってX線管1が所定個所に配置されると、測定者の指示に応じてX線管1からX線Rが放射され、パイプ31の外部に設置されたX線検出器17にパイプ31のX線撮影像が結像される。
【0072】
従来の工業用X線管は陰極としてフィラメントを用い、このフィラメントを通電によって発熱させて熱電子を放出させ、この熱電子からX線を得ていた。この場合には、フィラメントに高電圧を印加して大電流を供給する必要があった。高電圧及び大電流の供給にあたっては、太くて剛性の高い電源ケーブルが必要であった。このため、従来の工業用X線管を測定対象であるパイプの中で走行させて測定を行うことには困難が伴っていた。特に、パイプが曲がっている場合には測定が非常に困難であった。
【0073】
本実施形態に係る工業用X線管1においては陰極がグラファイトによって形成され、電界放出に基づいて電子を発生させるので、フィラメントを用いた場合のような大電流を供給する必要がない。従って、本実施形態で用いるバッテリ24は小型であり、太くて剛性の高い電源ケーブルも不要である。容器25の外部へ延び出る線状部材としては電気信号を伝送するための細くて柔軟性のある通信用ケーブルだけで済む。そのため、X線管1及び小型のバッテリ24を搭載した台車22は大きな負荷を受けることなく、パイプ31の中を自由に走行でき、X線管1はX線測定を支障なく行うことができる。
【0074】
なお、電気制御系27と操作入力ユニット29とは、通信用ケーブル28に代えて、無線LANを用いることできる。こうすれば、台車22のパイプ31内での走行が、さらに、自由になる。また、自走機能を持ったX線管1は、人が到達できない高所の配管や、複雑に入り組んだ配管密集部等に対する測定を容易に実行できる。
【0075】
グラフェン各層間で結晶軸をランダムにずらせてあるグラファイトを用いた本実施形態のX線管1は、消費電力が非常に低い。このため、例えば、80Whのリチウム・イオンバッテリを搭載し、50WのX線管を1時間以上駆動可能である。
【0076】
(工業用X線管の第4の実施形態)
図10は本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態を示している。この実施形態は、陰極及び陽極以外の部分が接地され、陰極及び陽極の両極に電圧が印加される方式、いわゆるバイポーラ方式のX線管に本発明を適用した場合の実施形態である。
【0077】
本実施形態の工業用X線管41は、陰極ユニット42と、マグネティックレンズユニット43と、中央管44と、陽極ユニット45とを有している。陰極ユニット42とマグネティックレンズユニット43は引出し電極46を挟んで互いに気密に連結されている。マグネティックレンズユニット43と中央管44は互いに気密に連結されている。中央管44と陽極ユニット45は互いに気密に連結されている。
【0078】
(陰極ユニット42)
陰極ユニット42は、金属製、例えばステンレス製で中心線X0を中心とした円筒形状のケーシング49と、ケーシング49に支持されてその内部に延出している支持体50と、支持体50の先端に設けられており中心線X0を中心とした円板状又は円柱状(以下、円板状を含めて円柱状という)の陰極4Fと、陰極4Fの周囲に設けられており中心線X0を中心とした円筒形状の電子進行調整部材51とを有している。電子進行調整部材51は導電性の金属物質によって形成されている。
【0079】
引出し電極46は導電性を有した金属、例えばステンレス鋼によって、中心線X0を中心とした円板形状に形成されている。引出し電極46は電気的に接地されている。引出し電極46の中心部には、マグネティックレンズユニット43の内部へ延出する円筒形状の電子導管53が設けられている。
【0080】
(マグネティックレンズユニット43)
マグネティックレンズユニット43は、図11(a)に示すように、2個の円板フレーム54a及び54bによって磁石体56を挟持した構造となっている。円板フレーム54a,54bの中心部には、図10の電子導管53が貫通する孔55が設けられている。磁石体56は、外側リング部材57と、可動板58とを有している。可動板58は、磁性体によって形成された内側リング部材59と、内側リング部材59に接着された磁石60とを有している。内側リング部材59は電子導管53が貫通できる孔59aを有している。
【0081】
磁石60は複数、設けられている。具体的には、4個の磁石60が中心線X0を中心とした円周方向に90°の等角度間隔で設けられている。可動板58は、図10において矢印Dで示すように、中心線X0に沿って平行移動でき、そのように移動した後の任意の位置で外側リング部材57に固定できるようになっている。
【0082】
図10及び図11から明らかなように、引出し電極46から延びている電子導管53は、円板フレーム54aの孔55、磁石体56の内側リング部材59の孔59a、及び円板フレーム54bの孔55を貫通して中央管44の管壁に達している。マグネティックレンズユニット43内の可動板58が図10の矢印Dで示すように中心線X0に沿って平行移動すると、可動板58内の磁石60の電子導管53に対する位置を変化させることができる。
【0083】
4個の磁石60はそれぞれ、自身のN極から出て電子導管53を通って自身のS極へ入る磁力線を形成し、この磁力線によって電子導管53内に磁界が形成され、電子導管53内を飛翔する電子にこの磁界が作用する。この磁界の強さ、すなわち磁束密度は、電子導管53に対する磁石60の位置に応じて変化する。例えば、図10においてマグネティックレンズユニット43の軸方向の長さをLとした場合、磁石60が長さLの中央位置P2にあるとき、電子導管53内の磁束密度は図11(b)のグラフの曲線M1に示すように高い値を示す。一方、磁石60が長さLの端位置P3にあるとき、電子導管53内の磁束密度は曲線M2に示すように低い値を示す。このように、電子導管53に対する磁石60の位置を変化させることにより、電子導管53内の磁界の強さを変化させることができる。
【0084】
(中央管44)
図10において、中央管44の管壁は導電性且つ非磁性体の金属、例えばSUS304等のステンレス鋼によって形成されている。この管壁の適所には気体搬送管63が連結されている。この気体搬送管63を通して排気を行うことにより、陰極ユニット42、マグネティックレンズユニット43、中央管44、及び陽極ユニット45の各部の内部を真空又は真空に近い排気状態に設定できる。本実施形態では中央管44は電気的に接地されている。
【0085】
(陽極ユニット45)
陽極ユニット45は、中心線X0を中心として円筒形状のケーシング64を有している。ケーシング64は円柱形状の陽極66を支持している。陽極66は希望する波長のX線を出射できる金属材料によって形成されている。陽極66はケーシング64によって支持された状態で中央管44の内部まで延出している。
【0086】
(全体的な構成)
以上から明らかな通り、本実施形態の工業用X線管41においては、陰極ユニット42のケーシング49、マグネティックレンズユニット43の管壁、中央管44の管壁、及び陽極ユニット45のケーシング64の各部材により、内部に空間を有した容器が形成されており、その容器の内部に陰極4F及び陽極66が収納されている。
【0087】
引出し電極46及び中央管44が接地されていることは既述した通りである。陰極4Fには、電界放電に基づいて電子を放出させるための所定の大きさの電圧E1が印加される。他方、陽極66には、陰極4Fに対して所定の電位差を形成するように所定の電圧E2が印加される。陰極電圧E1及び陽極電圧E2は、いずれも、可変電圧となっている。
【0088】
陰極電圧E1の印加により、引出し電極46との間に好ましい引出し電位差が生じ、陰極4Fから電界放電に基づいて電子が放出される。放出された電子は電子導管53の内部空間を飛翔し、マグネティックレンズユニット43内で磁石60によって形成された磁界によって図12に示すように集束されて陽極66の電子受光面、従ってX線放出面66aの微小領域に衝突する。陽極66のX線放出面66aは電子が飛来してくる方向に対して傾斜している。そして、傾斜しているこのX線放出面66aの先方に図10のX線取出し窓67が設けられている。このX線取出し窓67を通してX線が外部へ取り出される。
【0089】
陰極ユニット42内の陰極4F及び電子進行調整部材51の先端部分は、図12に示すような形状になっている。具体的には、陰極4Fは中心線X0を中心とした円柱形状であり、電子進行調整部材51は陰極4Fを取り囲むリング形状、すなわち環形状、すなわち円筒形状である。陰極4Fの電子放出面4aと電子進行調整部材51の端面は、隙間無く且つ互いに段差を生じること無く滑らかに連続している。
【0090】
電子進行調整部材51は、平面である陰極4Fの電子放出面4aに連続している平坦面68と、その平坦面68に連続していて電子放出面4aの前方へ突出する突出面69とを有している。平坦面68及び突出面69は、いずれも、中心線X0を中心としたリング形状である。平面である電子放出面4aの個々の微小量域から放出される複数の電子は、概ね電子放出面4aに対して直角の方向へ進行し、結果として略平行な電子束となって進行する。しかしながら、その電子束を形成する個々の電子線はそれ自体が発散成分を含んでおり、そのため電子束はある程度の発散を持っている。
【0091】
本実施形態では、金属によって形成された電子進行調整部材51に突出面69を設けることにより、平面である電子放出面4aから放出された略平行な電子束をより正確に平行に矯正することができた。そして、このように高精度に平行とされた電子束を磁石60によるマグネティックレンズに供給するようにしたので、電子束は陽極66の受光面66a内の微小領域に高精度に収差無く集束できるようになった。このため、陽極66から輝度の高いX線を放出することが可能となった。
【0092】
突出面69の形状は特定の形状に限定されるものではない。しかしながら、突出面69の形状は滑らかな湾曲面であることが望ましい。また、本実施形態では突出面69と陰極4Fとの間に平坦面68を設けたが、平坦面68を設けることなく、陰極4Fの端縁から直接に突出面69を設けても良い。
【0093】
本実施形態では、曲率がr1である断面円形の湾曲面と、曲率r1とは異なる曲率である曲率r2の断面円形の湾曲面とを連続させて突出面69を形成した。より具体的には、外側の曲率r1を内側の曲率r2よりも小さくした(r1<r2)。つまり、外側を緩やかな湾曲面とし、内側を急峻な湾曲面とした。しかしながら、突出面69は、1種類の湾曲面によって形成しても良いし、あるいは3種類以上の湾曲面の連続によって形成することもできる。
【0094】
(その他の実施形態)
以上、好ましい実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はその実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
例えば、図1又は図7に示した実施形態では、陰極4Aを図3(b)に示すような円柱形状の構成とした。しかしながら、陰極は図3(a)に示すような直径0.5〜1.0mmの針形状の陰極4Bとすることができる。この陰極4BはマイクロフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。
【0095】
また、陰極は図3(c)に示すような幅0.5〜1.0mmで長さが5.0〜20mmの線状の陰極4Cとすることができる。この陰極4CはラインフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。さらに、陰極は図3(d)に示すような円筒形状の陰極4Dとすることができる。この陰極4Dは透過型ターゲットに対して好適に用いられる。
【0096】
上記の実施形態では、図6(a)に示したように、矢印Bで示す1方向に結晶層を成長させることによって概ね平板状のグラファイトを形成した。しかしながら結晶層を成長させる方向は1方向に限られることはなく、複数方向とすることもできる。例えば、図8に示すように、放射状に延びる3方向C1〜C3に結晶層を成長させることによって、いわゆる花弁状のグラファイトを形成し、これを陰極4Eとして用いることもできる。
【符号の説明】
【0097】
1.X線管、 2.封入容器、 2a.電子輸送管、 3.測定対象物、 4A,4B,4C,4D,4E.4F.陰極、 4a.電子放出面、 6.陽極、 7.X線窓、 8.支持枠(電子進行調整部材)、 9.ヒータ、 11.引出し電極、 12.静電レンズ、 13.マグネティックレンズ(磁気レンズ)、 14.電圧印加回路(電圧制御手段)、 16.コントローラ(電圧制御手段)、 17.2次元X線検出器、 18.電流計、 21.X線管、 22.台車、 23a,23b.車輪、 24.バッテリ、 25.容器、 26.陽極(透過型ターゲット)、 27.電気制御系、 28.通信用ケーブル、 29.操作入力ユニット、 30.電源回路、 31.パイプ、 41.工業用X線管、 42.陰極ユニット、 43.マグネティックレンズユニット、 44.中央管、 45.陽極ユニット、 46.引出し電極、 49.ケーシング、 50.支持体、 51.電子進行調整部材、 53.電子導管、 54a,54b.円板フレーム、 55.孔、 56.磁石体、 57.外側リング部材、 58.可動板、 59.内側リング部材、 59a.孔、 60.磁石、 63.管、 64.ケーシング、 66.陽極、 67.X線取出し窓、 68.平坦面、 69.突出面、 B.層成長方向、 P2.中央位置、 P3.端位置、 R.X線、 Va.陽極の電圧、 Vg.引出し電極の電圧
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部が真空である容器のその内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、
前記陰極の電子放出面の周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材と、
前記陰極と前記陽極との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズとを有しており、
前記陰極は炭素又は炭素化合物によって形成されており、
前記陰極の電子放出面は平らな面である
ことを特徴とする工業用X線管。
【請求項2】
前記電子進行調整部材は、前記陰極の平らな電子放出面から放出される電子の進行方向が当該電子放出面に対する直角方向に近づくように電子の進行を調整し、
前記マグネティックレンズは、前記電子進行調整部材によって進行が調整された電子を集束させる
ことを特徴とする請求項1記載の工業用X線管。
【請求項3】
前記陰極と前記マグネティックレンズとの間の電子の進行路の周囲に引出し電極又は/及び静電レンズを設け、前記引出し電極には前記陰極から電子を引き出すことができる電圧が印加され、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させるための電圧が印加されることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の工業用X線管。
【請求項4】
前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させると共に電子束の平行度を高めるための電圧が印加されることを特徴とする請求項3記載の工業用X線管。
【請求項5】
前記炭素又は炭素化合物は、カーボンナノ構造体、グラファイト、グラッシーカーボン、及びカーボンファイバーから選択される任意の一つであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項6】
前記電子進行調整部材は導電性物質によって形成されていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項7】
前記陰極の電子放出面と前記電子進行調整部材の表面は互いに隙間無く且つ互いに段差を生じること無く連続していることを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項8】
前記電子進行調整部材は前記陰極の電子放出面の前方へ突出する突出面を有することを特徴とする請求項6又は請求項7記載の工業用X線管。
【請求項9】
前記突出面は滑らかな湾曲面であることを特徴とする請求項8記載の工業用X線管。
【請求項10】
前記突出面は異なった曲率の複数の湾曲面が連続している面であることを特徴とする請求項8又は請求項9記載の工業用X線管。
【請求項11】
前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを有することを特徴とする請求項1から請求項10のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項1】
内部が真空である容器のその内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、
前記陰極の電子放出面の周囲に設けられており電子の進行を調整する電子進行調整部材と、
前記陰極と前記陽極との間に設けられており電子を集束させるマグネティックレンズとを有しており、
前記陰極は炭素又は炭素化合物によって形成されており、
前記陰極の電子放出面は平らな面である
ことを特徴とする工業用X線管。
【請求項2】
前記電子進行調整部材は、前記陰極の平らな電子放出面から放出される電子の進行方向が当該電子放出面に対する直角方向に近づくように電子の進行を調整し、
前記マグネティックレンズは、前記電子進行調整部材によって進行が調整された電子を集束させる
ことを特徴とする請求項1記載の工業用X線管。
【請求項3】
前記陰極と前記マグネティックレンズとの間の電子の進行路の周囲に引出し電極又は/及び静電レンズを設け、前記引出し電極には前記陰極から電子を引き出すことができる電圧が印加され、前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させるための電圧が印加されることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の工業用X線管。
【請求項4】
前記静電レンズには電子の飛翔速度を加速させると共に電子束の平行度を高めるための電圧が印加されることを特徴とする請求項3記載の工業用X線管。
【請求項5】
前記炭素又は炭素化合物は、カーボンナノ構造体、グラファイト、グラッシーカーボン、及びカーボンファイバーから選択される任意の一つであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項6】
前記電子進行調整部材は導電性物質によって形成されていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項7】
前記陰極の電子放出面と前記電子進行調整部材の表面は互いに隙間無く且つ互いに段差を生じること無く連続していることを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項8】
前記電子進行調整部材は前記陰極の電子放出面の前方へ突出する突出面を有することを特徴とする請求項6又は請求項7記載の工業用X線管。
【請求項9】
前記突出面は滑らかな湾曲面であることを特徴とする請求項8記載の工業用X線管。
【請求項10】
前記突出面は異なった曲率の複数の湾曲面が連続している面であることを特徴とする請求項8又は請求項9記載の工業用X線管。
【請求項11】
前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを有することを特徴とする請求項1から請求項10のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−49121(P2012−49121A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167282(P2011−167282)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】
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