説明

希土類永久磁石

【課題】耐食性、耐磨耗性、耐衝撃性を向上させることにより、自動車向けIPM型モータに最適な希土類永久磁石を提供する。
【解決手段】希土類永久磁石16は、R−Fe−B系永久磁石(Rは希土類元素)22の表面に、膜厚が15μm以上30μm以下の柱状結晶状の電気Niめっき被膜21を有する。この電気Niめっき被膜21は、ビッカース硬度が300以上600以下の高硬度領域とビッカース硬度が150以上300以下の低硬度領域とを有する。この希土類永久磁石16は、自動車用IPM型モータのロータヨーク内のスロットに挿入して使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用IPM型モータのロータヨーク内のスロットに挿入して使用される希土類永久磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類永久磁石としては、特にR−Fe−B系(Rは希土類元素を表す)が知られており、高性能な永久磁石として、電気自動車やハイブリッドカーなど特に高性能が要求されるモータに使用されている。ところが、このR−Fe−B系希土類永久磁石は、主成分として酸化され易い希土類元素と鉄とを含有するために、耐食性が比較的低く、腐食による磁気特性の劣化及びばらつきなどが課題となっている。
【0003】
また電気自動車やハイブリッドカー向けモータの高性能化に伴い、IPM型(Interior Permanent Magnet)モータが主流となっている。IPM型モータは、珪素鋼板を積層して作製されたヨーク内に設けられたスロットに磁石が挿入されるロータ構造をとる。ヨークは、珪素鋼板を打ち抜いたものを積層して作製されているため、そのスロット表面には、バリや打ち抜きの刃の痕などの凹凸がある。従って、表面に耐食性被膜が成膜されたR−Fe−B系永久磁石をスロットに挿入する際、前記凹凸によって被膜が傷つくことがあり、その結果、磁石の耐食性に問題を生じ、磁気特性が劣化し、モータの特性低下が生じるという問題があった。さらに、IPM型モータの回転は、6000rpm以上にも達し、回転時にスロット内の磁石には、磁石の大きな磁気的吸引力に加えて、大きな遠心力が作用する。
【0004】
そのため、磁石はスロット内で径方向に移動し、磁石とヨークとの衝突が生じるので、被膜が傷ついたり磨耗したり、被膜に割れ欠けを生じたりする問題もあった。
【0005】
以上から、自動車用IPM型モータ用のR−Fe−B系永久磁石の表面処理方法には、耐食性(容易に腐食しないこと)に加え、耐摩耗性(容易に磨耗しないこと)と耐衝撃性(容易に割れ欠けを生じないこと)が求められる。
【0006】
このような希土類永久磁石の耐食性、耐磨耗性、耐衝撃性の改善を目的として、耐酸化性の金属などよりなる保護膜を表面に形成することが提案されている。例えば、特許文献1には、耐食性向上と耐摩耗性確保の目的で、硬度の低い無光沢Ni被膜と硬度の高い光沢Ni被膜の組み合わせの積層被膜が開示されている。また、特許文献2には、鉄系焼結材料の表面に、ビッカース硬度が690〜820程度のNi−P被膜を成膜し、鉄系焼結材の耐磨耗性を向上させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−7810号公報
【特許文献2】特開2003−97429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1及び2に記載された希土類永久磁石は、耐食性、耐磨耗性、耐衝撃性のすべてを同時に満たすことができるものではなく、そのような要求を満足する希土類永久磁石が求められている。
【0009】
したがって、本発明の目的は、耐食性、耐磨耗性、耐衝撃性を向上させることにより、自動車向けIPM型モータに最適な希土類永久磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明による希土類永久磁石は、自動車用IPM型モータのロータヨーク内のスロットに挿入して使用されるものであって、R−Fe−B系永久磁石(Rは希土類元素)の表面に、膜厚が15μm以上30μm以下の電気Niめっき被膜を単層で有し、前記電気Niめっき被膜は、ビッカース硬度が300以上600以下の高硬度領域とビッカース硬度が150以上300以下の低硬度領域とを有し、高硬度領域と低硬度領域とが平面的に混在していることを特徴とする。
【0011】
本発明においては、前記高硬度領域のビッカース硬度が350以上600以下であり、前記低硬度領域のビッカース硬度が150以上250以下であることが好ましい。この構造によれば、衝撃緩衝材としての機能と、硬度が高く摺動性に優れた耐磨耗材としての機能を併せもった高性能な被膜を実現することができる。
【0012】
本発明において、電気Niめっき被膜は柱状結晶状であることが好ましい。この結晶構造によれば、粒径が粗い磁石素体の粒界部分を確実に覆うことができ、ピンホールを確実に埋めることができる。
【発明の効果】
【0013】
このように、本発明によれば、衝撃緩衝材としての機能と、硬度が高く摺動性に優れた耐磨耗材としての機能を併せもった電気Niめっき被膜が希土類永久磁石の表面に成膜されるので、自動車用IPM型モータのロータヨーク内のスロットに挿入して使用しても、被膜が傷ついたり磨耗して磁石素地が露出すること、また、被膜に割れ欠けを生じたりすることを抑制し、磁石に優れた耐食性、耐摩耗性及び耐衝撃性を付与できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による希土類永久磁石が使用されるIPM型モータの構成の一例を示す分解斜視図である。
【図2】IPM型モータの要部を示す正面図である。
【図3】本発明の好ましい実施形態による希土類永久磁石16の構造を示す略断面図である。
【図4】保護膜断面のビッカース硬度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明による希土類永久磁石が使用されるIPM型モータの構成の一例を示す分解斜視図である。また、図2は、IPM型モータの要部を示す正面図である。
【0017】
図1に示すように、IPM型モータ10は、ステータ12と、ステータ12の内側に配置されるロータ14とを有しており、ロータ14は、ヨーク14aとヨーク14a内に配置される希土類永久磁石16とを備えている。
【0018】
ステータ12の内周には複数のステータ磁極12aがステータ12の中心に向けて突設される。ステータ磁極12aのそれぞれには、コイル(図示せず)が嵌装される。ステータ12の外周側には突起12bが突設され、そこに穿設された孔にボルト(図示せず)を挿通してハウジング(図示せず)に固定される。
【0019】
ロータ14のヨーク14aはケイ素鋼板を多数枚、積層されてなる。ロータ14には、複数のロータ磁極14bが、前記ステータ磁極12aに対向するように突設される。ロータ磁極14bのそれぞれには磁石挿入スロット14cが穿設されており、スロット14c内におけるロータ径方向内側に希土類永久磁石16が配置されている。
【0020】
本実施形態によるIPM型モータ10は全体として薄型のインナーロータ型のブラシレスモータとして構成され、ロータ14の中心側の取り付け面18のボルト締結部18a(図2に示す)が車両のエンジンのクランクシャフト(図示せず)の一端にボルト締結されると共に、ロータ14の外周側の取り付け面20のボルト締結部20a(図2に示す)が変速機(図示せず)にボルト締結され、ハイブリッド車両の駆動源の一つとして使用される。
【0021】
図3は、本発明の好ましい実施形態による希土類永久磁石16の構造を示す略断面図である。
【0022】
図3に示すように、希土類永久磁石16は略プレート状に形成されており、その略全面には保護膜21が施されている。保護膜21は、単層の金属めっき被膜により構成されている。金属めっき被膜は多結晶構造であり、柱状結晶状であることが好ましい。柱状結晶状の金属めっき被膜によれば、高い耐食性を得ることができるからである。
【0023】
柱状結晶は放射状に成長していることが好ましい。このような構造であれば、結晶粒界が比較的複雑に入り組むので、外部からの浸食物質が粒界において拡散することを抑制することができる。柱状結晶の大きさは、長径方向の平均粒径が2μm以上、短径方向の平均粒径が1μm以下であることが好ましい。磁石素体22のような粉末冶金の焼結合金は粒径が粗いため、被膜によってはその磁石素体22の粒界部分を覆いきれない(ピンホールを埋めきれない)場合がある。しかし柱状結晶状の被膜は隙間を生じさせないように電析成長するため、ピンホールを埋めることに適している。
【0024】
なお、保護膜21の膜厚は、15〜30μmであることが好ましい。15μm未満の場合には、ピンホールを埋めきれずに十分な耐食性が得られない可能性があるからである。また30μmを超える場合には、寸法精度への影響が大きくなり、かつ有効な磁気特性が得られない可能性があり、コストや成膜時間の増加を伴うからである。
【0025】
また保護膜21は、同一膜内の平面方向にビッカース硬度が300以上600以下の高硬度領域をもつことが好ましく、350以上600以下の領域をもつことがより好ましい。硬度の高い領域により保護膜全体で高い耐磨耗性を得ることができるからである。なおビッカース硬度が600以上では、保護膜全体の硬度が高くなり、保護膜21が割れたり剥離し易くなったりすることで耐衝撃性が低下してしまう。
【0026】
さらに保護膜21は、同一膜内の平面方向にビッカース硬度が150以上300以下の低硬度領域をもつことが好ましく、150以上250以下の領域をもつことがより好ましい。硬度が低い領域の柔軟性により、衝撃を緩和し高い耐衝撃性を得ることができるからである。なおビッカース硬度が150以下では、保護膜21が柔らかすぎて、衝撃による変形が大きくなり、保護膜の磨耗量及び磨耗速度が増大してしまう。
【0027】
保護膜21を構成する材料としてはニッケルが好ましい。ニッケルによれば、高い耐食性と耐磨耗性、耐衝撃性を得ることができるからである。
【0028】
保護膜21は電気めっきにより形成することが好ましい。めっき浴は形成したいめっき膜に応じて選択すればよいが、その際、めっき浴の種類やめっき時の電流密度を調節することにより、保護膜21の平均結晶粒径及び結晶の形状を制御することができる。例えば、過電圧を加えて電流密度を0.3A/dm以上10A/dm以下とし、かつ適切な光沢剤を添加することにより保護膜21を微結晶化することができる。また例えば、電流密度を0.01A/dm以上0.3A/dm以下とし、かつ適切な光沢剤を添加することにより保護膜21を柱状結晶状とすることができる。
【0029】
めっき用の光沢剤としては、例えば、必要に応じて半光沢添加剤又は光沢添加剤を用いることが可能である。この半光沢添加剤としては、例えば、ブチンジオール、クマリン、プロパギルアルコール又はホルマリンなどの硫黄を含まない有機物などが挙げられる。また、光沢添加剤のうち、一次光沢剤としては、例えば、サッカリン、1,5−ナフタリンジスルホン酸ナトリウム、1,3,6−ナフタレントリスルホン酸ナトリウム、パラトルエンスルホンアミドなどが挙げられ、二次光沢剤としては、例えば、クマリン、2−ブチン−1,4−ジオール、エチレンシアンヒドリン、プロパギルアルコール、ホルムアルデヒド、チオ尿素、キノリン又はピリジンなどが挙げられる。
【0030】
以上説明したように、本実施形態による希土類永久磁石は、単層の電気Niめっき被膜が表面に成膜されているので、IPM型モータ10のロータ14のヨーク14a内のスロットに挿入して使用しても、被膜が傷ついたり磨耗したりして磁石素地が露出すること、また、被膜に割れや欠けが生じることを抑制し、磁石に優れた耐食性、耐摩耗性及び耐衝撃性を付与できる。特に、本発明によれば、同一膜内にビッカース硬度が高い領域(Hv300〜600)と低い領域(Hv150〜300)が共存することから、衝撃緩衝材としての機能と、硬度が高く摺動性に優れた耐磨耗材としての機能を併せもった高性能な被膜を実現することができる。さらに、本発明によれば、Niめっき被膜が柱状結晶状構造であることから、粒径が粗い磁石素体22の粒界部分を確実に覆うことができ、ピンホールを確実に埋めることができる。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
粉末冶金法によって作成したNd−Fe−Bの焼結体を、アルゴン雰囲気中で600℃にて2時間の熱処理を施したのち、15×40×8(mm)の大きさに加工し、さらにバレル研磨処理により面取りを行って磁石素体を得た。次いで、この磁石素体を、アルカリ性脱脂液で洗浄した後、硝酸溶液により表面の活性化を行い、水洗した。
【0032】
続いて、磁石素体の表面に、電気めっきによりニッケルめっき膜よりなる保護膜を膜厚20μm形成した。この時、バレルめっき工法を用い、めっき浴として、硫酸ニッケル・6水和物を240g/L、塩化ニッケル・6水和物を50g/L、ホウ酸を30g/L、2−ブチン−1,4−ジオールを0.5g/L、pHを4.5に調整した。また液温50℃、平均電流密度を0.3A/dmで一定になるように調整した。これにより実施例1の希土類永久磁石(サンプル1)を得た。
【0033】
(比較例1)
以下の手順を除き、実施例1と同様の手順を経ることにより比較例1の希土類永久磁石を得た。すなわち、電気めっきによりニッケルめっき膜よりなる保護膜を膜厚20μm形成した。この時、バレルめっき工法を用い、めっき浴として、硫酸ニッケル・6水和物を240g/L、塩化ニッケル・6水和物を50g/L、ホウ酸を30g/L、2−ブチン−1,4−ジオールを0.5g/L、サッカリンを1g/L、pHを4.5に調整した。また液温50℃、平均電流密度を1A/dmで一定になるように調整した。これにより比較例1の希土類永久磁石(サンプル2)を得た。
【0034】
(比較例2)
以下の手順を除き、実施例1と同様の手順を経ることにより比較例2の希土類永久磁石を得た。すなわち、電気めっきによりニッケルめっき膜よりなる保護膜を膜厚20μm形成した。この時、バレルめっき工法を用い、めっき浴として、硫酸ニッケル・6水和物を240g/L、塩化ニッケル・6水和物を50g/L、ホウ酸を30g/L、pHを4.5に調整した。また液温50℃、平均電流密度を0.1A/dm2で一定になるように調整した。これにより比較例2の希土類永久磁石(サンプル3)を得た。
【0035】
表1に、保護膜の断面のビッカース硬度が150〜300の領域と300〜600の領域の割合をパーセンテージで示す。かっこ内は、ビッカース硬度Hvの平均値である。なお、ビッカース硬度は、ISO14577に準拠し、ナノインデンテーション試験により測定評価した。また図4に、保護膜断面のビッカース硬度分布を示す。図4において図中の上側が磁石の表面側、下側が磁石素地側である。
【0036】
【表1】

【0037】
(評価1:過酷衝撃疲労試験)
サンプルの表面の任意の2箇所に1×10−4〜3×10−4Jのエネルギーを10〜10回与える過酷衝撃疲労試験を行った。その結果、実施例1の希土類永久磁石サンプル1において、Niめっき保護膜の平均摩耗量は5μm、最大磨耗量は11μmであった。
【0038】
比較例1の希土類永久磁石サンプル2において、Niめっき保護膜の磨耗量は約2〜3μm程度であったが、保護膜が割れたり、剥れたりした箇所があり、磁石素体の一部が露出した。
【0039】
比較例2の希土類永久磁石サンプルはNiめっき保護膜が平均9μm磨耗し、磁石素体の一部が露出した。
【0040】
以上の結果から、保護膜の硬度分布を制御することで耐磨耗性ならびに耐衝撃性を著しく向上させることができることを見出した。
【0041】
(評価2:耐食性試験)
上記サンプル1〜3の全てに対して、50℃×95%の恒温恒湿槽内に72時間放置するという耐食性試験を行ったところ、いずれのサンプルも錆を発生せず、優れた耐食性を有していることが確認された。
【符号の説明】
【0042】
10 IPM型モータ
12 ステータ
12a ステータ磁極
12b 突起
14c スロット
14 ロータ
14a ヨーク
14b ロータ磁極
14c 磁石挿入スロット
16 希土類永久磁石
18 取り付け面
18a ボルト締結部
20 取り付け面
20a ボルト締結部
21 保護膜
22 磁石素体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車用IPM型モータのロータヨーク内のスロットに挿入して使用される希土類永久磁石であって、R−Fe−B系永久磁石(Rは希土類元素)の表面に、膜厚が15μm以上30μm以下の電気Niめっき被膜を単層で有し、前記電気Niめっき被膜は、ビッカース硬度が300以上600以下の高硬度領域とビッカース硬度が150以上300以下の低硬度領域とを有し、前記高硬度領域と前記低硬度領域とが平面的に混在していることを特徴とする希土類永久磁石。
【請求項2】
前記高硬度領域のビッカース硬度が350以上600以下であり、前記低硬度領域のビッカース硬度が150以上250以下であることを特徴とする請求項1に記載の希土類永久磁石。
【請求項3】
電気Niめっき被膜が柱状結晶状であることを特徴とする請求項1又は2に記載の希土類永久磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−177585(P2010−177585A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−20913(P2009−20913)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】