説明

引張試験装置、該引張試験装置を用いた試験方法

【課題】プルーフリング式の引張試験装置において、試験片に対してその軸方向のみの荷重を付与することのできる引張試験装置を得ること。
【解決手段】 架台51と、架台51の上に設置されたプルーフリング3と、プルーフリング3内において試験片5の下端側を保持する下保持部7と、試験片5の上端側を保持する上保持部9と、上保持部9に連結されて上端側に雄ネジ11を有すると共にプルーフリング3の上面に延出する引張力付与棒13と、引張力付与棒13に対して軸方向の引張力を付与する引張力付与機構15を有し、引張力付与機構15は、プルーフリング3の上面に設置された基台19と、基台19に載置されて基台19上をスライドするスライド部材21と、スライド部材21の上面に載置されると共に記引張力付与棒13に軸方向の上向きの力を付与できるように配置されたブロック体23とを備えてなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試験片に引張力を付与して応力腐食割れ試験などを行うのに用いる引張試験装置、該引張試験装置を用いた試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パイプラインに使用される鋼管などが腐食環境におかれた場合、応力と腐食の両方が作用することになる。このような環境にある金属材料の試験を行う方法として、金属材料をその使用環境に近い状態に暴露して試験を行う応力腐食割れ試験(SSC試験)がある。
例えば、パイプラインに使用される鋼管材料試験の場合には、実際に鋼管が使用される油田などの腐食環境に見立てた試験溶液中で、実際に掛かると思われる応力を想定して定められた試験期間において、試験片に一定荷重を与えつづけるように行われる。SSC試験は、定荷重を与えた条件下で、主に鋼管中に進入する水素原子による水素ガスの蓄積が破断に至るかを評価するもので、その鋼管が実際に使用される腐食環境に耐えられるかを試す試験である。
【0003】
このような応力腐食割れ試験方法の一例を挙げると、例えば特許文献1に記載された応力腐食割れ試験方法がある。
特許文献1に記載された応力腐食割れ試験方法は、金属材料の応力腐食割れに対する感受性を評価する応力腐食割れ試験方法において、実機の使用環境を模擬した雰囲気中で、引張り試験片の一部に応力腐食割れを評価する試験部を設け、該試験部に応力勾配を持たせ、該引張り試験片を一定ひずみ速度で引張り試験し、応力腐食割れを評価する試験部における割れの形態,大きさ,深さの分布から応力腐食割れが発生する限界の応力拡大係数、き裂進展速度、及び材料の鋭敏化度を評価することを特徴とするものである(特許文献1の請求項1参照)。
【0004】
応力腐食割れ試験においては、試験片に一定ひずみ速度の引張力を付与する必要があるが、特許文献1には、応力を付与する具体的な装置については特に示されていない。
【0005】
他方、試験片に引張力を付与する装置としては、例えば特許文献2に記載の高温クリープ試験装置に用いられる梃子式の静的引張荷重付与装置がある。
梃子式の静的引張荷重付与装置は、試験片の一端を装置の架台側に固定し、他端を梃子の作用で試験片に引張力を付与するロッドに連結して、ロッドの先端に重錘をぶら下げることでロッドに引張力を付与するというものである。
【0006】
しかしながら、梃子式の静的引張荷重付与装置では装置が大掛かりとなることから卓上での試験が難しいという問題がある。そこで、卓上型の小型の試験装置として、プルーフリングを用いた引張試験装置が知られている。
図11はこの引張試験装置の概要を示す説明図であり、図11に基づいて引張試験装置50の概要を説明する。
引張試験装置50は、架台51と、架台51の上に設置されたプルーフリング3と、プルーフリング3内の内径方向に試験片5を保持するための下保持部7、上保持部9と、上保持部9に連結されると共に雄ネジ部を有すると共にプルーフリング3の上面に延出する引張力付与棒13と、引張力付与棒13に挿通されると共にプルーフリング3の上面に設置されたベアリング53と、ベアリング53の上に雄ネジ部に螺合したナット17と、溶液を封入して試験片を暴露環境にする試験容器55と、プルーフリング3の変位を計測する変位計57とを備えている。
【0007】
上記のように構成されたプルーフリング式の引張試験装置50においては、試験容器55に溶液を封入して試験片5を水素環境に暴露して、その状態で試験片5に引張力を付与する。
引張力の付与方法は、図11の矢印で示すようにナット17を回転することで、プルーフリング3と試験片5との間で力のやり取りをして、プルーフリング3を撓ませ、その復元力によって試験片5に引張力を付与するというものである。ナット17の下面はベアリング53に当接して回転自在になっており、ナット17を回転させたときには、原則として試験片5に捩り力を作用させないような構造になっている。
プルーフリング3の撓みと掛かる荷重との関係は直線性の校正直線として表され、プルーフリング個々に校正特性を持っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−275164号公報
【特許文献2】特開平9−126973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
引張試験装置において要求される機能として、試験片に引張荷重を付与する際に試験片に対して軸方向の荷重のみを付与し、捩れ荷重が生じないようにすることである。
しかしながら、実際には、試験片にどのような捩れ負荷が生じているかについては何らの検証がなされていない。そのため、試験結果がどの程度有効なものであるかが不明である。
【0010】
そこで、本発明の課題は、従来のプルーフリング式の引張試験装置を用いて試験片に引張荷重を付与したときに試験片にどのような荷重が発生しているかを調査し、その調査結果に基づいて、試験片に対してその軸方向のみの荷重を付与するための機構を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は、従来のプルーフリング式の試験装置において、荷重付与時に発生する試験片の捩れ量の定量的な把握と捩れを原因とする破断に至るメカニズムの解明のための調査を行った。
荷重を付与した際の試験片に作用する応力により発生する試験片の伸びや捩れの量を定量的に把握するために歪ゲージを張ったサンプルを用意し、試験片の平行部の(a)伸び性、(b)捩れ性、(c)曲げ性について荷重付与方法を種々変化させて実験評価を行った。
【0012】
実験は、捩れ性や曲げ性の最も影響が少ないとされる機構である特許文献2に示された梃子式定荷重方式によるものと、本発明の対象である従来のプルーフリング方式との比較により評価を行った。
実験は、両方式で同一の歪みゲージを張った同一のサンプルを用いて行った。
【0013】
実験の結果としては、両方式ともに伸び性及び曲げ性についてはほぼ同一の結果となった。伸び性については、同一荷重であれば両方式ともに伸び量は同じであり、荷重付与時の曲げ性についてはいずれも発生しなかった。
しかしながら、捩れ性については顕著な違いがあり、梃子式では0.05%程度の捩れ歪み量を示しほとんど発生しないのに対して、プルーフリング方式では0.3%以上の捩れ歪み量を示した。
なお、繰り返し測定を行って再現性を確認したところ、いずれも上記と同様の結果となった。
さらにそれを裏付ける事実として、プルーフリング式の試験装置を用いた試験で破断した試験片の断面を観察すると、破断面の形状が斜め形状になっているものが多いことが分かり、そのことからもプルーフリング式の場合には捩れ性が関係しているものと推察された。
【0014】
0.3%以上の捩れ歪み量が発生するということは、材料の塑性域を越える捩れ応力が試験片に掛かることを意味しており、このことから捩れ応力が試験片の破断に大きく影響しているものと推察される。
これらの実験結果から、従来のプルーフリング式の試験装置の有する課題を発見し、この課題、すなわちプルーフリング式の試験装置による捩れ性を解消することが適正な試験の実現に有効であるとの知見を得た。
そこで、プルーフリング式の試験装置において、捩れの発生をなくす機構をプルーフリングで実現させるための開発を行った。
【0015】
<荷重付与時に曲げ、捩れを発生させない機構の開発>
従来のプルーフリング式の試験装置は、図11の矢印で示したように、締付用ナット17を回転して締め付けることによって上保持部9及び試験片5に引張力を付与し、この反力を利用してプルーフリング3を撓ませる機構である。このような締付用ナット17の回転による締付を行うことが捩れの発生原因であると考えられ、この荷重付与の機構を抜本的に変えることを考えた。
【0016】
まず、最初に、上保持部のグリップを固定する方法を考えた。従来は人による固定方法であったため、個人差もあり捩れ性を安定して解消できるような方法ではなかった(この段階で、捩れ歪み量は0.3%程度ある)。
次に、グリップを治具で固定し、ベアリングを上部に使用する方法で捩れ性の評価を行った。その結果、グリップを治具で固定したことによる捩れ防止とベアリングによる捩れ応力の逃げが改善効果となり、捩れ歪み量が0.3%から0.2%以下に低減できた。
但し、梃子式で得られた捩れ歪み量0.05%程度には及ばない結果であった。さらに、ベアリングを下部にも入れて、捩れ歪み量を上下のベアリングにより相殺させようとしたが0.05%には及ばなかった。
【0017】
上記の検討結果から、締付用ナットによってネジの回転を利用して締め付ける機構では捩れの発生を解消することができないと考えた。そこで、これを解決すべく荷重付与の新方法として、ネジを回す機構でない方法で荷重付与すると共に、2tという大きな荷重に耐えられる且つコンパクトな冶具を開発すべくさらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
本発明は上記の種々の検討を前提になされたものであり、具体的には以下の構成からなるものである。
【0018】
(1)本発明に係る引張試験装置は、架台と、架台の上に設置されたプルーフリングと、該プルーフリング内において試験片の下端側を保持する下保持部と、前記試験片の上端側を保持する上保持部と、上保持部に連結されて前記プルーフリングの上面に延出する引張力付与棒と、該引張力付与棒に対して軸方向の引張力を付与する引張力付与機構を有し、
該引張力付与機構は、前記プルーフリングの上面に設置された基台と、該基台に載置されて該基台上をスライドするスライド部材と、該スライド部材の上面に載置されると共に前記引張力付与棒に軸方向の上向きの力を付与できるように配置されたブロック体とを備えてなり、
前記スライド部材の上面に第1傾斜面を形成すると共に、前記ブロック体における前記第1傾斜面に当接する面を前記第1傾斜面に対応する第2傾斜面とし、前記スライド部材をスライドさせることによって、前記ブロック体を前記引張力付与棒の軸方向に移動可能にしたことを特徴とするものである。
【0019】
(2)また、上記(1)に記載のものにおいて、前記基台は前記引張力付与棒が挿通される挿通孔を有し、前記スライド部材は前記挿通孔を跨ぐように配置される少なくとも2つの片部を有してなることを特徴とするものである。
スライド部材を、前記挿通孔を跨ぐように配置される少なくとも2つの片部から構成することで、引張力付与棒に対して前記片部を対称配置することができ、前記引張力付与棒に対して左右均等な応力を作用させることが容易となる。
【0020】
(3)また、上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、前記基台は前記スライド部材がスライドするスライド溝を備えていることを特徴とするものである。
スライド溝を設けることで、スライド部材のスライド動作を安定して行わせることができ、これによって前記引張力付与棒に対する軸方向以外の力が作用するのを防止することに寄与できる。
【0021】
(4)また、上記(1)乃至(3)の何れかに記載のものにおいて、前記引張力付与棒の上端部にネジ部を形成し、該ネジ部に螺合するナットを前記ブロック体と当接可能にしたことを特徴とするものである。
ナットによってナットとブロック体との位置を容易に調整することができ、これによってスライド部材の押し込み量を容易に調整可能になる。
【0022】
(5)また、上記(1)乃至(4)の何れかに記載のものにおいて、前記ブロック体に前記引張力付与棒が挿通される挿通孔を設けたことを特徴とするものである。
ブロック体に挿通孔を設けることで、引張力付与棒に対してブロック体を左右均等に配置でき、これによってブロック体から引張力付与棒に対する軸方向の力の付与を容易に行うことができる。
【0023】
(6)また、上記(1)乃至(5)の何れかに記載のものにおいて、前記基台の片側に立片部を設け、前記ブロック体の片面を前記立片部に当接させることで、前記立片部をブロック体の横方向の移動を規制するストッパとして機能させるようにしたことを特徴とするものである。
基台に立片部を設け、該立片部をストッパとして機能させることで、装置全体をコンパクトにすることができる。
【0024】
(7)また、上記(1)乃至(6)の何れかに記載の引張試験装置を用いた引張試験方法であって、前記引張試験装置の前記下保持部と前記上保持部の間に試験片を設置すると共に試験片の平行部を暴露環境に暴露する工程と、前記試験片に引張力を付与する引張力付与工程とを有し、該引張力付与工程は、前記スライド部材を前記引張力付与棒に直交する方向に押し込むことによって前記試験片に引張力を付与するようにしたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る引張試験装置は、架台と、架台の上に設置されたプルーフリングと、該プルーフリング内において試験片の下端側を保持する下保持部と、前記試験片の上端側を保持する上保持部と、上保持部に連結されて上端側に雄ネジを有すると共にプルーフリングの上面に延出する引張力付与棒と、該引張力付与棒に対して軸方向の引張力を付与する引張力付与機構を有し、該引張力付与機構は、前記プルーフリングの上面に設置された基台と、該基台に載置されて該基台上をスライドするスライド部材と、該スライド部材の上面に載置されると共に前記引張力付与棒に軸方向の上向きの力を付与できるように配置されたブロック体とを備えてなり、前記スライド部材の上面に第1傾斜面を形成すると共に、前記ブロック体における前記第1傾斜面に当接する面を前記第1傾斜面に対応する第2傾斜面とし、前記スライド部材をスライドさせることによって、前記ブロック体を前記引張力付与棒の軸方向に移動可能にしたので、前記スライド部材をスライドさせることで、前記引張力付与棒に捻れ力を発生させることなく軸方向の力のみを作用させることができる。
これによって、プルーフリング式試験による破断原因であった捩れによる短時間破断(100時間以内の破断)を解消でき、破断原因を試験方法ではなく材料特性の範囲に限定することができ、引張試験の精度を飛躍的に向上させることができる。
また、新素材(例えばS13Cr)や新しいグレードなどのSSCの感受性が高い素材に対して試験の信頼性が高い本発明の引張試験装置であれば、品質評価のバラツキを最小限に抑えることができ、過度の素材設計などの製造コストを掛けることがなくなり、無駄なコストの発生を防止できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施の形態に係る引張試験装置の説明図である。
【図2】図1の一部を拡大して示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態に係る引張試験装置の荷重付加冶具の斜視図である。
【図4】図3に示した荷重付加冶具の構成部品の説明図である。
【図5】図3に示した荷重付加冶具の他の構成部品の説明図である。
【図6】図3に示した荷重付加冶具の他の構成部品の説明図である。
【図7】図6に示した構成部品を他の角度から見た状態を示す説明図である。
【図8】図3に示した荷重付加冶具の他の構成部品の説明図である。
【図9】本発明の一実施の形態に係る引張試験装置における引張力付与方法の説明図である。
【図10】本発明の効果を確認する実施例の結果を示すグラフである。
【図11】従来のプルーフリング式の引張試験装置の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1〜図9に基づいて本実施の形態の引張試験装置1を説明する。
本実施の形態に係る引張試験装置1は、架台(図示なし、図11参照)と、架台の上に設置されたプルーフリング3と、該プルーフリング3内の径方向に試験片5の下側を保持するための下保持部7と、試験片5の上側を保持する上保持部9と、上保持部9に連結されて上端側に雄ネジ部11が形成されると共にプルーフリング3の上面に延出する引張力付与棒13と、該引張力付与棒13に軸方向の引張力を付与する引張力付与機構15を備えている。
以下、各構成を詳細に説明する。
【0028】
<プルーフリング>
プルーフリング3は、図示しない架台上に設置されて、内径部に設置された試験片5に引張力を付与する部材である。つまり、引張力付与棒13によってプルーフリング3が撓み、その復元力によって所定の引張力を試験片5に付与するというものである。
プルーフリング3の撓みと作用する荷重との関係は直線性の校正直線として表され、プルーフリング個々に校正特性を持っている。この校正特性は、プルーフリング毎に予め検査によって求められている。
【0029】
<下保持部>
下保持部7は、図1に示すように、プルーフリング3内の内径方向に配置される試験片5の下側を保持する部材である。下保持部7の下端側はプルーフリング3に固定されている。
【0030】
<上保持部>
上保持部9は、図1に示すように、プルーフリング3内の内径方向に配置される試験片5の上側を保持する部材である。上保持部9の上端側は引張力付与棒13に連結されている。
【0031】
<引張力付与棒>
引張力付与棒13は、図2に示すように、プルーフリング3の上面に延出すると共に、その上端側に雄ネジ部11が形成されている。雄ネジ部11には雄ネジ部11に螺合するナット17が設置されている。
引張力付与棒13は、引張力付与機構15によって軸方向に引張力が付与される。
【0032】
<引張力付与機構>
引張力付与機構15は、プルーフリング3の上面に設置されて、引張力付与棒13に軸方向の引張力を付与する。
このような機能を有する引張力付与機構15は、図1〜図3に示すように、プルーフリング3の上面に設置されたL形の基台19と、基台19に載置された略コ字状のスライド部材21と、スライド部材21の上面37に載置されたブロック体23とを備えて構成される。
以下、引張力付与機構15を構成する各部材について説明する。
【0033】
〈基台〉
基台19は、図4に示すように、側面視で略L形をしており、略矩形状の底片部25と、底片部25の一辺に沿うように配置されて上方に立上る立片部27を備えている。
底片部25の略中央には、引張力付与棒が挿通される挿通孔29が形成されている。また、底片部25の上面には、スライド部材21が載置されてスライドするための2本のスライド溝31が形成されている。スライド溝31は平面でかつ鏡研磨で仕上げがされている。
立片部27は、略矩形状の部材を底片部25にネジ固定されている。立片部27の下端部にはスライド溝31を跨ぐように2つの開口孔33が形成されている。この開口孔33は、図1に示すように、スライド部材21の先端が挿入可能になっている。
【0034】
なお、本実施の形態の基台19はプルーフリング3の上面に別途設置するようにしたが、本発明の基台はプルーフリング3の上面にプルーフリング3と一体的に設けるようにしてもよい。
【0035】
〈スライド部材〉
スライド部材21は、基台19に載置されて引張力付与棒13に直交する方向にスライドする略コ字状の部材である。スライド部材21の各片部35は、基台19のスライド溝31にスライド可能状態で嵌るようになっている。スライド部材21の下面は鏡研磨で仕上げがされており、スライド溝31に沿って円滑にスライド可能になっている。
スライド部材21の上面37は、傾斜面となっており、先端側から基端側に向って上り傾斜となっている。つまり、スライド部材21は、先端側が肉薄で基端側が肉厚になっている。スライド部材21の傾斜面の傾斜角度は、スライド部材をその可動範囲でスライドさせたときにブロック体23の上下動が4mm以上得られるように設定するのが好ましい。
スライド部材21の上面37も鏡研磨で仕上げになっている。
【0036】
なお、本実施の形態のスライド部材21は平面視で略コ字状の形状をしているが、本発明のスライド部材21はこれに限られるものではなく、例えば、平面視が矩形状で中央に長孔を有するような形状でもよい。もっとも、引張力付与棒13を挟んで両側に配置される部位が引張力付与棒13に対して対称位置にあり、かつ同じ形状であることが好ましい。このようにすることで、ブロック体23に対して、引張力付与棒13を挟んで左右均等な力を付与することができる。
スライド部材21を構成する片部35は2つに限られず、4つ等の2以上の偶数であってもよい。
【0037】
<ブロック体>
ブロック体23は、スライド部材21の上面37に載置される略直方体形状からなる部材である。ブロック体23の中央には、引張付与棒13が挿通される挿通孔39が形成されている。
また、ブロック体23の下面の中央には、下方に突出する突出部41が形成されており、ブロック体23は突出部41に対して左右対称となっている。
突出部41は、図3に示すように、スライド部材21の2つの片部35の間に挿入されて、スライド部材21がスライドする際のガイドとして機能する。つまり、ブロック体23の突出部41がスライド部材21の2つの片部35の間に配置されることでスライド部材21がスライドする際にブロック体23がスライド方向と交差方向に移動するのを防止している。このため、スライド部材21がスライドするときには、ブロック体23は引張力付与棒13の軸方向に沿って移動することになる。この作用が引張力付与棒13に捩れ力を発生させないことに貢献する。
ブロック体23の下面における、突出部41の両側にある下面43は、スライド部材21の上面37に形成された傾斜面と同一傾斜の傾斜面になっている。ブロック体23に形成された傾斜面も鏡研磨で仕上げがされている。
【0038】
上記のように構成された引張試験装置1によって試験片5に引張力を付与する方法を説明する。
下保持部7、上保持部9を用いてプルーフリング3の内径方向に試験片5を設置する。このとき、引張力付与棒13は、図9に示すように、プルーフリング3の上面から延出している。基台19の挿通孔29を引張力付与棒13の延出部に挿通させるようにして、基台19をプルーフリング3の上面に設置する。そして、スライド部材21の二股の各片部35の間に引張力付与棒13を配置するようにして、スライド部材21を基台19のスライド溝31に挿入して、かつその先端を基台19の立片部27の開口孔33に挿入する。さらに、ブロック体23の挿通孔39を引張力付与棒13に挿通して、ブロック体23をスライド部材21の上面37に載置する(図2参照)。このとき、基台19の立片部27の内面にブロック体23の片側の面が当接し、基台19の立片部27はブロック体23の移動を止めるストッパとして機能している。
ブロック体23を設置した後、図1に示すように、ナット17を引張力付与棒13の雄ネジ部11に螺合させて、ナット17の下面がブロック体23の上面に軽く当接する状態にする。
【0039】
上記の状態から、図1、図2に示す矢印の方向にスライド部材21に荷重をかけることにより、スライド部材21を押し込む。スライド部材21が押し込まれて、矢印の方向に移動することにより、ブロック体23が上方に移動しようとする。このとき、ブロック体23の上面がナット17の下面に当接しているので、ナット17を押し上げるように作用する。これによって、引張力付与棒13に上方に向う力が作用する。
【0040】
スライド部材21が移動することによってナット17を押し上げる力は、引張力付与棒13の軸方向に、かつ左右均等に作用するので、従来のように、捩れ力が作用することはほとんどない。
ブロック体23がナット17を押し上げようとする力の反力がナット17からブロック体23に作用し、この力がスライド部材21、基台19の底片部25を介してプルーフリング3の上面に作用する。これによって、プルーフリング3が撓む。
プルーフリング3が撓むことで、その復元力によって試験片5に対して引張力が作用する。このとき作用する引張力は、プルーフリング3の撓みを、例えば図11に示すような変位計によって計測し、計測された撓み量を校正直線に照らして求めることができる。
【0041】
なお、スライド部材21を、図1、図2に示す方向に押し込む方法としては、基台19の立片に反力を取って、スライド部材21の基端側を押し込むようにすればよい。より具体的には、基台19の立片側に反力を取ってスライド部材21の基端側を万力等で徐々に押し込むようにすればよい。
【0042】
上記のように構成された引張試験装置を用いて応力腐食割れ試験を行う手順を以下に説明する。
(1)試験片を試験容器にセットした状態で、試験容器をプルーフリングの中央部に設置する。
(2)所定の試験荷重を与えるため、プルーフリングの校正特性よりその荷重に対するプルーフリングの撓み量を求め、本発明の引張試験装置を用いてプルーフリングを撓ませる。
(3)規格で定められた試験溶液を作製し、試験溶液中の溶存酸素を除去するため、窒素ガスを用いて24時間脱気する。同時に、試験容器内も脱気する。
(4)試験溶液を試験容器内に注入した後、硫化水素ガスを吹き込み、応力腐食割れ試験を開始する。
(5)所定の試験期間(30日間)中硫化水素ガスを供給し続け、試験片の破断チェックを行なう。
【実施例】
【0043】
本発明の効果を確認するために、前述の課題を解決するための手段で示したのと同様に、荷重付与時に発生する試験片の捩れ歪み量の定量的な計測を行った。
比較例として、梃子式の引張試験装置によるもの(比較例1)、従来のプルーフリング式のもの(比較例2)、及び本発明例の3つについて行った。実験の結果を図10のグラフに示す。図10のグラフは、縦軸が試験片の平行部に発生する捩れ歪み量(%)、横軸が負荷荷重(kN)を示している。
【0044】
図10のグラフから分かるように、本発明の引張試験装置によれば、負荷荷重が20kNのときに発生する捻れ歪み量が0.02%程度であり、梃子式の0.05%の約半分の結果が得られた。
【0045】
上記の実験結果から、本発明の引張試験装置によれば、試験による破断原因とされていた捩れによる短時間破断(100時間以内の破断)を解消でき、破断原因を試験方法ではなく材料特性の範囲に限定することができることが実証された。これによって、試験不合格による処分や再製造などの歩留まりを解消でき、収益向上に貢献ができる。
また、他の新素材(例えばS13Cr)や新しいグレードなどのSSCの感受性が高い素材にも、試験の信頼性が高い本発明の引張試験装置であれば、品質のバラツキ評価を最小限に抑えることができるため、過度の素材設計などの製造コストを掛ける必要がなくなり、素材設計におけるコスト低減にも貢献できる。
【符号の説明】
【0046】
1 引張試験装置
3 プルーフリング
5 試験片
7 下保持部
9 上保持部
11 雄ネジ部
13 引張力付与棒
15 引張力付与機構
17 ナット
19 基台
21 スライド部材
23 ブロック体
25 底片部
27 立片部
29 挿通孔
31 スライド溝
33 開口孔
35 片部
37 上面
39 挿通孔
41 突出部
43 下面
50 従来の引張試験装置
51 架台
53 ベアリング
55 試験容器
57 変位計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架台と、架台の上に設置されたプルーフリングと、該プルーフリング内において試験片の下端側を保持する下保持部と、前記試験片の上端側を保持する上保持部と、上保持部に連結されて前記プルーフリングの上面に延出する引張力付与棒と、該引張力付与棒に対して軸方向の引張力を付与する引張力付与機構を有し、
該引張力付与機構は、前記プルーフリングの上面に設置された基台と、該基台に載置されて該基台上をスライドするスライド部材と、該スライド部材の上面に載置されると共に前記引張力付与棒に軸方向の上向きの力を付与できるように配置されたブロック体とを備えてなり、
前記スライド部材の上面に第1傾斜面を形成すると共に、前記ブロック体における前記第1傾斜面に当接する面を前記第1傾斜面に対応する第2傾斜面とし、前記スライド部材をスライドさせることによって、前記ブロック体を前記引張力付与棒の軸方向に移動可能にしたことを特徴とする引張試験装置。
【請求項2】
前記基台は前記引張力付与棒が挿通される挿通孔を有し、前記スライド部材は前記挿通孔を跨ぐように配置される少なくとも2つの片部を有してなることを特徴とする請求項1記載の引張試験装置。
【請求項3】
前記基台は前記スライド部材がスライドするスライド溝を備えていることを特徴とする請求項1又は2記載の引張試験装置。
【請求項4】
前記引張力付与棒の上端部にネジ部を形成し、該ネジ部に螺合するナットを前記ブロック体と当接可能にしたことを特徴とする請求項1乃至3の何れか一項に記載の引張試験装置。
【請求項5】
前記ブロック体に前記引張力付与棒が挿通される挿通孔を設けたことを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の引張試験装置。
【請求項6】
前記基台の片側に立片部を設け、前記ブロック体の片面を前記立片部に当接させることで、前記立片部をブロック体の横方向の移動を規制するストッパとして機能させるようにしたことを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載の引張試験装置。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れかに記載の引張試験装置を用いた引張試験方法であって、前記引張試験装置の前記下保持部と前記上保持部の間に試験片を設置すると共に試験片の平行部を暴露環境に暴露する工程と、前記試験片に引張力を付与する引張力付与工程とを有し、該引張力付与工程は、前記スライド部材を前記引張力付与棒に直交する方向に押し込むことによって前記試験片に引張力を付与するようにしたことを特徴とする引張試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−2639(P2012−2639A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−137252(P2010−137252)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】