説明

弾性線維組織を有する培養血管の製造方法及び弾性線維組織を有する培養血管

【課題】三次元的な厚みを有し、エラスチン、フィブリリン等の弾性線維組織に不可欠な弾性線維成分が発現している弾性線維組織を有する培養血管の製造方法、及び、該製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管を提供する。
【解決手段】コラーゲンからなる平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して、1×10/cm以上の密度で線維芽細胞を播種する工程1と、前記工程1で得られた線維芽細胞が播種された多孔性基材を血清添加培地中で培養して三次元培養弾性線維組織シートを得る工程2と、前記工程2で得られた三次元培養弾性線維組織シートを管状に成形する工程3とを有する弾性線維組織を有する培養血管の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元的な厚みを有し、エラスチン、フィブリリン等の弾性線維組織に不可欠な弾性線維成分が発現している弾性線維組織を有し、柔軟性、血管として必要な強度を有する培養血管の製造方法、及び、該製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管に関する。
【背景技術】
【0002】
血管は生体組織に栄養供給するのに必要不可欠な器官である。再生医療技術の発展により、移植可能な培養組織を作製する方法が研究開発されているが、移植した培養組織に栄養供給をする血管系の確保が培養組織の生着には重要となる。移植した培養組織への血管系を誘導する方法としては、bFGF等の血管誘導能を持つ細胞成長因子を用いる方法が考案されている。しかしながら、移植母床や周囲組織からの血管侵入には時間を要し、また誘導される血管は微小な血管網であることが多く、移植した培養組織の体積が大きな場合には十分な栄養供給ができずに移植組織が壊死する可能性が高い。
【0003】
移植する培養組織に小口径の血管を通じて周囲組織にある血管から血液を直接供給することができれば、体積の大きな移植組織に十分な栄養供給が可能になる。また、移植組織の周囲にある程度の血流をもつ小口径の血管を存在させることにより、移植組織への微小血管の誘導を効率的に行うことも可能になる。
【0004】
人工血管の研究開発は古くから行われており、ある程度の口径以上の人工血管はすでに実用化されている。しかしながら、口径が5mm程度以下の小口径血管は血栓形成を抑制することができず、未だに臨床使用可能なものはない。また、人工血管の口径にかかわらず再生医療技術を応用した培養血管の研究も進められているが、充分な性能を有するものは開発されていない。この理由の1つとしては、現在の培養血管には血管の柔軟性および血管強度の維持に深く関与している弾性線維組織がなく、充分な柔軟性および必要な強度を確保できないということが挙げられる。
【0005】
in vitroにおいてはシャーレ上で血清添加培地を用いて高密度に線維芽細胞を培養することにより、線維芽細胞が弾性線維成分を産生することが知られている。しかしながら、このようにして得られた弾性線維組織は、組織形状を保ったままシャーレから剥離することが困難であった。
これに対して、感温性応答培養皿等の特殊な培養基材を用いて、培養された組織をシート状に剥離する方法が提案されている(特許文献1等)。この方法を応用すれば、シャーレ上に形成された弾性線維組織をシート状に剥離することができる。
【0006】
しかしながら、このようにして得られた弾性線維組織シートは単層の細胞シートにすぎず、これを用いて人工血管を成形しようとしても強度が不足し、また移植のための取り扱いも困難である。また、仮に移植が可能であったとしても、ほとんど厚さのない弾性線維組織では、柔軟性と強度を付与するという弾性線維組織本来の性能を発揮することはできない。このような方法で作製された細胞シートを用いて厚みのある組織を構築するためには、作製した細胞シートを何枚も剥がして細胞シート同士を接着させるという操作が必要であり、また、作製された組織が厚くなると内部まで栄養供給ができずに作製した再生組織が壊死してしまうという問題点がある。
【0007】
また、細胞の三次元的な培養方法としてはコラーゲンゲル中で細胞を培養する方法が知られている。しかしながらこれまでのところ、いかに高密度に線維芽細胞をコラーゲンゲル中で培養しても、弾性線維成分が発現されているという報告はなかった。
【特許文献1】国際公開第2002/010349号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記現状に鑑み、三次元的な厚みを有し、エラスチン、フィブリリン等の弾性線維組織に不可欠な弾性線維成分が発現している弾性線維組織を有する培養血管の製造方法、及び、該製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、コラーゲンからなる平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して、1×10/cm以上の密度で線維芽細胞を播種する工程1と、前記工程1で得られた線維芽細胞が播種された多孔性基材を血清添加培地中で培養して三次元培養弾性線維組織を得る工程2と、工程2で得られた三次元培養弾性線維組織を管状に成形する工程3とを有する弾性線維組織を有する培養血管の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、コラーゲンからなり平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して高密度に線維芽細胞を播種した後、一定期間血清添加培地中で培養することにより、線維芽細胞からエラスチン、フィブリリン等の弾性線維成分が分泌され、更に培養を続けることにより三次元的な厚みを持った弾性線維組織が形成されることを見出した。そして、更に検討の結果、得られた三次元培養弾性線維組織を管状に成形することにより、柔軟性に優れ血管に必要な強度を有する弾性線維組織を有する培養血管が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
線維芽細胞から弾性線維成分が分泌されるためには、線維芽細胞同士が充分に近接した高密度な状態で培養される必要があるものと考えられる。例えばシャーレ上の平板培養の場合では、このような高密度培養が可能となり、これにより弾性線維組織が形成されていたものと思われる。一方、コラーゲンゲル中の培養や、従来の再生医療に一般的に用いられている孔径の比較的大きなコラーゲンスポンジに線維芽細胞を播種して培養する方法では、いかに培養を続けても線維芽細胞同士が充分に近接した状態にはならず、従って弾性線維組織が形成されないと考えられる。
これに対して、平均孔径が1〜30μmである多孔性基材は、スポンジの性質とフィルムの性質を有するものである。即ち、平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に線維芽細胞を播種した場合、フィルム上(シャーレ上)に細胞を播種した場合と同様に、線維芽細胞同士が充分に近接した高密度な状態で培養することができ、弾性線維組織が形成される。一方、細胞自身が分泌する分解酵素により基材が分解されて基材の孔が徐々に大きくなり、播種された線維芽細胞の一部が分解により大きくなった多孔性基材の孔に侵入して三次元的に広がっていくこともできる。更に多孔性基材は、培地成分の透過性に優れることから、高密度に大量に培養されている線維芽細胞に充分に栄養を供給することができる。かくして、培養を継続すると、三次元的な厚みを持った弾性線維組織が形成されるものと考えられる。
【0012】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管の製造方法は、コラーゲンからなる平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して、1×10/cm以上の密度で線維芽細胞を播種する工程1を有する。
上記工程1において用いられる多孔性基材は、コラーゲンからなる。コラーゲンは線維芽細胞の接着性に優れることから、大量の線維芽細胞を接着して高密度に培養することができる。また、コラーゲンからなる多孔性基材は、培養とともに徐々に分解され、その一部が線維芽細胞から分泌された弾性線維成分と置き換わることにより、弾性線維組織が形成される。用いるコラーゲンからなる多孔性基材は、濃度0.5units/mLのコラゲナーゼ水溶液中に37℃、100分間浸漬した後の重量残存率が40〜60%であるような材料が本発明の目的を達成するには好ましい。このような多孔性基材の分解性は、架橋処理を行う際の温度や時間を工夫することにより制御することが可能になる。
また、上記多孔性基材としては線維芽細胞が接着する材料であればよく、コラーゲン以外にも、例えば、ゼラチン等のタンパク質、ヒアルロン酸等の多糖類等の天然高分子;脂肪族ポリエステル等生体内で分解吸収され得る合成高分子等も用いることができる。
【0013】
上記多孔性基材は、平均孔径の下限が1μm、上限が30μmである。1μm未満であると、播種した線維芽細胞が多孔性基材中に侵入することができず、三次元的な厚みを持った弾性線維組織が得られない。ヒト線維芽細胞の長径はおおよそ50〜70μmであるので、基材の孔径が30μm程度を超えると、播種した線維芽細胞の大部分が多孔性基材中に落ち込んでしまい、線維芽細胞の密度が不充分となって弾性線維成分が分泌されない。好ましい下限は5μm、好ましい上限は25μmである。
【0014】
上記多孔性基材の厚さとしては特に限定されないが、好ましい下限は0.1mm、好ましい上限は3mmである。0.1mm未満であると、充分な厚さの弾性線維組織が得られないことがあり、3mmを超えると、細い管状への成形が困難となることがある。
【0015】
上記多孔性基材は、培養組織からなる培養血管が十分な強度を維持できるようになるまで強度維持を補助する目的で、多孔性基材と生体吸収性高分子からなる繊維状、不織布状など種々の形状からなる補強材料と複合化してもよい。これにより、強度が必要な動脈系の血管への応用も期待できる。
【0016】
上記多孔性基材を製造する方法としては特に限定されず、例えば、コラーゲン水溶液に脂溶性有機溶媒を添加し、ホモジナイズして発泡させた後、真空凍結乾燥して得る方法が挙げられる。
【0017】
上記工程1においては、上記多孔性基材に対して線維芽細胞を播種する。播種密度の下限は1×10/cmである。1×10/cm未満であると、線維芽細胞の密度が不充分となって弾性線維成分が分泌されない。好ましい下限は1×10/cmである。播種密度の上限については特に限定されないが、1×10/cmを超えて播種しても、上記多孔性基材に接着できない細胞が増えるばかりで、実質的な効果は少ない。
【0018】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管の製造方法では、次いで、上記工程1で得られた線維芽細胞が播種された多孔性基材を血清添加培地中で培養して三次元培養弾性線維組織シートを得る工程2を行う。
上記血清添加培地としては特に限定されず、例えば、MEM、DMEM等の一般的な培養液に、1〜10重量%程度のウシ胎児血清を添加したもの等が挙げられる。
培養期間については、多孔性基材の孔径、細胞の播種密度、血清添加培地の種類等により異なり特に限定されないが、1〜4週間程度の期間培養することにより弾性線維組織が形成される。
【0019】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管の製造方法では、次いで、上記工程2で得られた三次元培養弾性線維組織シートを管状に成形する工程3を行う。
上記管状に成形する方法としては特に限定されず、例えば、上記三次元培養弾性線維組織シートを円柱又はチューブの側面に繰り返し巻きつけて、三次元培養弾性線維組織シートが積層された培養血管を得る方法等が挙げられる。
上記円柱又はチューブの素材は特に限定されないが、ポリフッ化エチレン系線維、ポリプロピレン等の撥水性の高い材料、ガラス棒などの表面に撥水加工した材料等が好ましい。
【0020】
より具体的には、三次元培養弾性線維組織シートをポリフッ化エチレン系線維等からなる疎水性チューブの側面に巻きつける。充分な強度が得られるよう、三次元培養弾性線維組織シートを巻きつける回数を調整する。このようにして三次元培養弾性線維組織シートを円柱又はチューブの側面に巻きつけて作製された培養血管の最外層に接着剤としてコラーゲン溶液やフィブリリン糊を用いて固定することによって、より形態が安定した培養血管を得ることができる。そして、その後移植に供することができる。
本発明の弾性線維組織を有する培養血管の製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管もまた、本発明の1つである。
【0021】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管は、少なくともエラスチン、フィブリリン等の弾性線維成分を含有する弾性線維組織を有するものである。エラスチン、フィブリリン等の存在は、免疫染色法等により確認することができる。
【0022】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管における培養組織の厚さの下限は0.005mmである。0.001mm未満であると、生体内の毛細血管の血管壁の厚さよりも薄く培養血管として充分な強力が得られず、培養血管としての本来の性能を発揮することができない。好ましい下限は0.1mm、より好ましい下限は0.2mmである。
【0023】
本発明の三次元培養弾性線維組織は、強度を高める目的で生体吸収性材料からなる補強材を複合化させてもよい。
上記補強材としては、ポリ−L−ラクチド、ポリグリコリド、L−ラクチド−ε−カプロラクトン共重合体等の合成生体吸収性高分子、特に脂肪族ポリエステルやコラーゲン、ゼラチン等の天然高分子からなる不織布、スポンジ等が挙げられる。
【0024】
本発明の弾性線維組織を有する培養血管は、三次元的な厚みを有する弾性線維組織を有することから生体の血管に近い柔軟性を発揮することができる。本発明の弾性線維組織を有する培養血管を移植すると、組織があらかじめ構築されていることから、培養血管内腔に血管内皮細胞層等が早期に構築されることが期待され、その結果として培養血管に抗血栓性が付与されることも期待できる。これらの特徴により従来は不可能であった小口径培養血管のみならず、弾性線維組織を有していることから血管に必要な強度を有する動脈系の培養血管としても用いることが期待できるものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、三次元的な厚みを有し、エラスチン、フィブリリン等の弾性線維組織に不可欠な弾性線維成分が発現している弾性線維組織を有する培養血管の製造方法、及び、該製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に実施例を挙げて本発明の態様を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例にのみ限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)
(1)多孔性基材の調製
0.3%水溶液(pH3)のTypeIコラーゲンを、15%エタノールで3倍希釈し、0.1%コラーゲン、10%エタノール水溶液とした。更にこの溶液を直径9cmのシャーレに15g流し込み、−135℃で凍結し、真空度:0.1、乾燥温度:40℃、乾燥時間:24時間の条件で凍結乾燥を行い、コラーゲンスポンジを得た。その後、真空下で105℃、24時間熱架橋を行うことにより、多孔性基材を得た。
得られた多孔性基材の平均孔径は15μm、厚さは1mmであった。
【0028】
(2)細胞の播種と培養
得られた多孔性基材上に4.5×10/cmの播種密度となるようにヒト包皮由来線維芽細胞を播種し、その後10%ウシ血清添加DMEM/F12培地中で培養した。培養開始後3週間培養を続けて三次元培養弾性線維組織を得た。
【0029】
(3)培養血管の成形
直径3mmポリフッ化エチレンチューブの表面に、得られた三次元培養弾性線維組織シート3周巻きつけた後、ポリフッ化エチレンチューブを取り外し、管状の培養血管を得た。
【0030】
(4)弾性線維組織の検出
得られた培養血管をOCTコンパウンドに包埋し、ドライアイスを用いて固化させた。クライオスタットを用いて切片を作製し、抗エラスチン抗体(ウサギポリクローナル、Elastin Products Company社 PR533)を用いて免疫染色を行った。染色を行った切片を蛍光顕微鏡下で観察し、エラスチンの存在を確認した。免疫染色像を図1〜3に示した。図1〜3によりエラスチンの存在が確認され、弾性線維組織を含有する管状の組織が形成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、三次元的な厚みを有し、エラスチン、フィブリリン等の弾性線維組織に不可欠な弾性線維成分が発現している弾性線維組織を有する培養血管の製造方法、及び、該製造方法により製造された弾性線維組織を有する培養血管を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1で作製した組織の蛍光顕微鏡観察下のエラスチン染色像である。
【図2】実施例1で作製した組織の蛍光顕微鏡観察下のエラスチン染色像である(拡大像)。
【図3】実施例1で作製した組織の蛍光顕微鏡観察下のエラスチン染色像である(別部位の拡大像)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲンからなる平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して、1×10/cm以上の密度で線維芽細胞を播種する工程1と、
前記工程1で得られた線維芽細胞が播種された多孔性基材を血清添加培地中で培養して三次元培養弾性線維組織を得る工程2と、
前記工程2で得られた三次元培養弾性線維組織を管状に成形する工程3とを有する
ことを特徴とする弾性線維組織を有する培養血管の製造方法。
【請求項2】
コラーゲンからなる平均孔径が1〜30μmである多孔性基材に対して、1×10/cm以上の密度で線維芽細胞を播種する工程1と、前記工程1で得られた線維芽細胞が播種された多孔性基材を血清添加培地中で培養して三次元培養弾性線維組織を得る工程2と、前記工程2で得られた三次元培養弾性線維組織を管状に成形する工程3とを有する製造方法により得られた弾性線維組織を有する培養血管であって、
前記弾性線維組織は、厚さが5μm以上であり、かつ、エラスチン及びフィブリリンを含有する
ことを特徴とする弾性線維組織を有する培養血管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−112285(P2009−112285A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291969(P2007−291969)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【出願人】(507371434)
【Fターム(参考)】