説明

弾性表面波デバイス

【課題】 SAWの伝搬損失を無くしかつ電気機械結合係数K を大きくし、より一層低損失化が可能なSAWデバイスを提供する。
【解決手段】 カット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつψ=148〜180°のLiTaO 基板からなる圧電基板2の表面に、伝搬損失が0dB/λでありかつ電気機械結合係数K が0.015以上となるように、その膜厚H/λを設定してIDTを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波(SAW:surface acoustic wave )を利用した弾性表面波デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特に携帯電話等の情報通信機器などの分野において、共振子、フィルタ、発振器などの回路素子としてSAWデバイスが広く使われている。一般に、SAWデバイスは圧電単結晶または多結晶基板の表面にIDT(すだれ状トランスデューサ)からなる励振電極を形成し、該IDTによりSAWを励振する。SAWデバイスの圧電基板には、電気機械結合係数が大きいこと、SAWの伝搬損失が小さいことなどが要求され、そのような基板材料としてLiNbO 、LiTaO などが多く使用されている。
【0003】
例えば、圧電基板がLiTaO またはLiNbO のθ回転Y−X基板のカット角を、基板表面に形成された電極の付加質量に対して、従来よりも高角度側に最適化したものであり、それにより損失が最小で、広い帯域幅を有し、角形比の優れた弾性表面波装置が知られている(例えば、特許文献1を参照)。この圧電基板は、X軸を中心にY軸からZ軸方向に39〜46°の範囲の角度で回転させたLiTaO 単結晶であり、圧電基板表面に形成される電極の膜厚が、Alを主成分とする場合に0.03λ〜0.15λ(λはLSAW(漏洩表面波)の波長)、Auを主成分とする場合に0.004λ〜0.021λ、Cuを主成分とする場合に0.009λ〜0.045λに設定される。
【0004】
また、同様に圧電基板にLiTaO またはLiNbO を用い、そのカット面及びSAW伝搬方向を適切に設定して、従来よりも高い位相速度が得られると共に、伝搬損失が少なく、然も大きな電気機械結合係数が得られるSAW素子が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。このSAW素子は、オイラー角(90°,90°,0°〜180°)のLiTaO 基板上にIDTを形成し、ψ=0°〜180°の全範囲に亘ってレイリー波の約2倍の位相速度を有する第2漏洩表面波を生起させるが、ψ=31°で電気機械結合係数K が2.14%となり、第2漏洩表面波の伝搬損失は、表面が電気的開放及び電気的短絡のいずれにおいても、ψ=164°で略零となるとしている。
【0005】
また、Xカット回転Y伝搬のLiTaO の圧電基板では、SAWの伝搬方向をY軸から142°〜155°回転させた方向に選択することにより、伝搬に伴うエネルギ漏洩が無いSHタイプのSAW(SH−SAW)が存在すると報告されている(例えば、非特許文献1を参照)。この報告には、148°回転Y伝搬のときにSHタイプのSAWの電気機械結合係数K が最大値0.013をとること、またSHタイプのSAW以外に、レイリー波タイプのSAWについても波動解析結果などが記載されている。
【0006】
更に、P波成分及びSV波成分を主成分とするレイリー波タイプのSAWを利用したSAWデバイスにおいて、Xカット回転Y伝搬のLiTaO のSAW伝搬方向をY軸から100°〜150°回転させた方向に選択した圧電基板が知られている(例えば、特許文献3,4を参照)。上記特許文献3によれば、このLiTaO基板表面にAl電極を形成しかつその膜厚hをSAWの波数kとの積hkで0.01〜0.2または0.8〜1.9に設定することにより、SAWの伝搬速度の周波数分散を極めて小さくすることができ、更にSAW伝搬方向を上述した方向に設定することにより、SAWの遅延時間温度係数を低くすることができる。また、上記特許文献4によれば、同様にLiTaO基板表面にAl電極を形成しかつその膜厚hをSAWの波数kとの積hkで0.20〜0.37または2.50〜2.84に設定することにより、電極下の伝搬速度と自由表面のそれとを一致させ、すだれ状電極による反射を抑えることができる。
【0007】
他方、SAWデバイスの特性評価方法として、従来から一般的な解法が知られている(例えば、非特許文献2を参照)。そして、これを利用したコンピュータシミュレーションによって、SAWデバイスの伝搬損失、電気機械結合係数、位相速度などを算出する手法が広く採用されている。
【0008】
また、圧電基板は、SAW伝搬方向が波のパワーフローの方向と一致せずにずれている場合がある。このずれの角度即ちパワーフロー角(PFA)に合わせてIDTの交差指電極を斜めに傾けて配置することにより、SAW共振子ではより小さな容量比を実現可能にし、SAWフィルタでは通過帯域の損失を低減し、比帯域幅のより大きくできることが知られている(例えば、特許文献5,6を参照)。
【0009】
【非特許文献1】Kenya Hashimoto 外1名、”NON-LEAKY, PIEZOELECTRIC, QUASI-SHEAR-HORIZONTAL TYPE SAW ON X-CUT LiTaO3”、1988 Ultrasonics Symposium、米国、IEEE、p.97−101
【非特許文献2】J.J.Campbell 外1名、”A Method for Estimating Optimal Crystal Cuts and Propagation Directions for Excitation of Piezoelectric Surface Waves”、IEEE transaction on Sonics and Ultrasonics、1968、vol.SU-15、No.4、p.209−217
【特許文献1】特開2000−315934号公報
【特許文献2】特許第3281510号公報
【特許文献3】特開昭55−3214号公報
【特許文献4】特開昭58−9417号公報
【特許文献5】特開平10−209802号公報
【特許文献6】特開平11−205079号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述した従来技術のSAWデバイスは、より一層の低損失化を実現するのに、次のような様々な問題がある。上記特許文献1には、様々な基板カット角毎に電極膜厚と伝搬損失との関係が図12及び図13に記載されているが、伝搬損失の具体的な数値は何ら開示されていない。そこで、本願発明者が上記非特許文献2に記載の手法を用いてシミュレーションしたところ、オイラー角(0°,132°,0°)のLiTaO 基板(42°回転YカットX伝搬LiTaO 基板)表面に膜厚0.1λのAl電極を形成した場合、その伝搬損失は0.00690dB/λであった。このように上記特許文献1に記載のSAW装置には、完全に伝搬損失を無くすことができないという問題がある。
【0011】
また、上記特許文献2に記載のSAW素子は、電気機械結合係数K が例えば0.015以上に大きくなるオイラー角(90°,90°,17°〜48°)において、LiTaO の表面が電気的に短絡されている場合の伝搬損失が大きいという問題がある。同特許文献には、電極膜の質量密度や弾性的な性質を考慮した具体的な計算結果が開示されていないため、本願発明者が、同様に上記非特許文献2に記載の手法を用いて、オイラー角(90°,90°,31°)のLiTaO 基板上に膜厚0.02λのAl膜を設けた場合の第2漏洩表面波を試算したところ、伝搬損失は0.62567dB/λという非常に大きな値であった。逆に、伝搬損失が略零となるオイラー角(90°,90°,164°)では、電気機械結合係数K が0ではないが、著しく小さいという問題がある。
【0012】
上記非特許文献1の報告では、例えば148°回転Y伝搬におけるSHタイプのSAWの電気機械結合係数K が0.013で、これが最大値であり、レイリー波タイプのSAWの電気機械結合係数K は、いずれの伝搬方向においても0.012以下である。このようにSAWがSHタイプまたはレイリー波タイプのいずれにおいても、電気機械結合係数K が小さいという問題がある。上記特許文献3,4のSAW装置も、同様に、電気機械結合係数K が小さいというという問題がある。
【0013】
また、上記非特許文献1には、Xカット回転Y伝搬のLiTaO の圧電基板には、SHタイプのSAW及びレイリー波のSAWにPFAを生じることが報告されている。PFAはSAWの漏れを生じるので、理想的には0又はできるだけ小さいことが好ましい。上記特許文献5,6の記載から判断して、PFAの大きさが12°以下になるように圧電基板を選択すると、電気機械結合係数の大きい良好な特性をもつSAWデバイスが得られるものと期待される。
【0014】
そこで本発明は、上述した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、SAWの伝搬損失を無くすと同時に、電気機械結合係数K を大きくし、従来より一層低損失化が可能なSAWデバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者は、上記目的を達成するために、LiTaO からなる圧電基板のカット面及びSAW伝搬方向とIDTを構成する電極膜の膜厚や質量密度との関係をシミュレーションしかつ検討した。特にSAWの伝搬方向や電極膜の膜厚について、電気機械結合係数K が0.015以上でありかつPFAの大きさが12°以下となるための条件を様々に検討した結果、SAWの伝搬損失と電気機械結合係数とを同時に解消できる圧電基板及び電極膜の膜厚条件を見出し、本発明を案出するに至ったものである。
【0016】
本発明は、かかる知見に基づいたものであり、LiTaO からなる圧電基板と、該圧電基板の表面に形成したIDTとを備え、該IDTにより励振されるSAWがSH波を主成分とするものであり、圧電基板のカット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつψ=148〜180°であり、IDTが、質量密度ρ(kg/m )の金属又は該金属を主成分とする合金からなる電極膜で形成されるとき、電極膜の膜厚Hが、SAWの波長をλとして、次式
H/λ≧(1.9881×10−18 ×ρ − 2.057×10−12 ×ρ +6.1781×10−8×ρ−4.5388×10−4)×ψ +(6.3113×10−15 ×ρ +4.9589×10−10 ×ρ −1.9759×10−5×ρ+0.15604)×ψ−9.8766×10−13 ×ρ −2.789×10−8×ρ +1.5646×10−3×ρ−13.1195 …(1)
を満足するように設定したSAWデバイスが提供される。
【0017】
上述したカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板にIDTを上記(1)式を満足する膜厚に形成することにより、本発明のSAW共振子は、SAWの伝搬損失を0dB/λにできると同時に、電気機械結合係数K を0.015以上に大きくできるので、従来に比して非常に低損失で高性能なSAWデバイスを実現することができる。
【0018】
或る実施例では、電極膜を形成する金属がAl又はAlを主成分とする合金であり、148°≦ψ≦162°であると、上述した本発明の作用効果に加えて、Al及びAl合金は低価格で、フォトリソグラフィによる微細電極の形成や加工が容易なことから、有利である。
【0019】
別の実施例では、電極膜を形成する金属がCu又はCuを主成分とする合金であり、148°≦ψ≦180°であると、上述した本発明の作用効果に加えて、CuはAlよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを提供することができる。
【0020】
また、別の実施例では、電極膜を形成する金属がAg又はAgを主成分とする合金であり、148°≦ψ≦180°であると、上述した本発明の作用効果に加えて、同様にAgはAlよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを提供することができる。
【0021】
また、或る実施例では、電極膜を形成する金属がAu又はAuを主成分とする合金であり、148°≦ψ≦180°であると、上述した本発明の作用効果に加えて、同様にAuはAlよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを提供することができる。
【0022】
更に別の実施例では、電極膜を形成する金属が、Ta,W,Mo,Co,Fe,Mn,Pt,Os,Ir,Hf,Pd,Ni,Cr,Znのいずれかから選択され、特にTaやWなどはAlよりも線膨張係数が小さいので、SAWデバイスの周波数温度特性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に添付図面を参照しつつ、本発明について実施例を用いて詳細に説明する。
図1は、本発明を適用したSAWデバイスの典型例としてSAW共振子の構成を示している。このSAW共振子1はグレーティング反射器型で、圧電基板2の表面中央に1対の交差指電極からなるIDT3が設けられ、その両側に該IDTにより発振されるSAWの伝搬方向に沿って反射器4,4が配置されている。
【0024】
本実施例によれば、圧電基板2は、そのカット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつψ=148〜180°のLiTaO 基板で形成されている。IDT3は、従来から電極材料として使用されているAl、Cu、Ag、Au、もしくはそれらを主成分とする合金からなる電極膜で形成される。また、IDT3はTa,W,Mo,Co,Fe,Mn,Pt,Os,Ir,Hf,Pd,Ni,Cr,Znのいずれかからなる電極膜で形成することができる。特にTaやWは、Alよりも線膨張係数が小さいので、周波数温度特性が向上する。
【0025】
これら金属の質量密度をρ(kg/m )としたとき、IDT3を形成する前記電極膜の膜厚Hは、SAWの波長をλとして基準化すると、次式
H/λ≧(1.9881×10−18 ×ρ − 2.057×10−12 ×ρ +6.1781×10−8×ρ−4.5388×10−4)×ψ +(6.3113×10−15 ×ρ +4.9589×10−10 ×ρ −1.9759×10−5×ρ+0.15604)×ψ−9.8766×10−13 ×ρ −2.789×10−8×ρ +1.5646×10−3×ρ−13.1195 …(1)
を満足するように設定する。この(1)式の右辺は、上述した様々な金属を電極材料としてIDTを形成したとき、SAWの伝搬方向ψに関して、電気機械結合係数K が0.015以上でありかつパワーフロー角の大きさ(|PFA|)が12°以下となる電極膜の最小の膜厚を解析した結果得られたもので、そのような最小膜厚を表す近似式である。
【0026】
本発明によれば、IDT3により励振されるSAWの圧電基板2表面での変位は、波の進行方向と変位が一致するP波成分、波の進行方向に垂直かつ表面に平行な変位を持つSH波成分、波の進行方向に垂直かつ表面に垂直な変位を持つSV波成分の中で、SH波成分が最も大きい。図2は、オイラー角(90°,90°,166°)のLiTaO 基板からなる圧電基板3に、膜厚H/λ=0.05のAg膜でIDT3を形成した図1のSAW共振子1について、SAWの励振時に基板表面の深さに関する波の相対変位を測定した結果を示している。この結果から、本実施例のSAWはSH波成分を主成分とすることが分かる。
【0027】
比較例として、従来構造のSAWデバイスについて励振したSAWの基板表面の深さに関する波の相対変位を測定した結果を図3(A)、(B)に示す。図3(A)は、上記特許文献2に記載されるように、オイラー角(90°,90°,31°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.02のAl膜でIDTを形成し、第2漏洩表面波を発生させた場合である。同図で最も大きい波はP波成分である。図3(B)は、オイラー角(90°,90°,112°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.02のAl膜でIDTを形成し、レイリー波を発生させた場合である。同図で最も大きい波はSV波成分である。
【0028】
図2の測定に用いた本実施例のSAW共振子1について、上記非特許文献2に記載されるシミュレーション方法を用いて、伝搬方向ψ=140°〜180°の範囲で波動解析を行った。その結果、本実施例において励振されたSH波成分を主成分とするSAWは、いずれの条件においても伝搬損失が0(dB/λ)であった。これに対し、図3(A)の従来のSAWデバイスは、伝搬損失が0.62567dB/λであった。また、オイラー角(0°,132°,0°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.01のAl膜でIDTを形成した別の従来構造のSAWデバイスは、SH波成分を主成分とするSAWを励振するが、伝搬損失は0.0069dB/λであった。
【0029】
図4(A)、(B)は、オイラー角(φ°,90°,166°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.05のAg膜でIDTを形成した場合、及びオイラー角(90°,θ°,166°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.05のAg膜でIDTを形成した場合について、それぞれφまたはθの変化に関する電気機械結合係数K の変化を示している。これらの結果から分かるように、φ及びθは、それぞれ90±10°の角度で、約7%もの高い電気機械結合係数K が得られる。
【0030】
このように本実施例によれば、SAWの伝搬損失を実質的に0とすることができ、低損失で高性能なSAWデバイスを実現できる。更に、電気機械結合係数K が0.015以上(即ち、1.5%以上)と大きくなるので、SAWデバイスがより低損失化される。
【0031】
また、図1のような一端子対SAW共振子は、容量比γ(SAW共振子のモーショナルキャパシタンスC1に対する電極間静電容量C0の比=C0/C1)を小さくすることができる。従って、広い周波数可変幅が必要とされるVCO(電圧制御発振器)などへの適用が可能となる利点がある。
【0032】
本発明は、図5〜図7に例示するように、図1のSAW共振子以外に、様々なタイプのSAWデバイスについて同様に適用することができる。図5のSAWデバイスは端面反射型SAW共振子11で、図1と同様のカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板からなる圧電基板12に、上記(1)式を満足する膜厚の金属または合金からなる電極膜のIDT13が設けられている。この一端子対SAW共振子11も、同様に上述した本発明の優れた作用効果に加えて、容量比γを小さくでき、VCOなど広い周波数可変幅を必要とする用途に適用することができる。
【0033】
図6のSAWデバイスはラダー型SAWフィルタ21で、互いに接続された複数のSAW素子22から構成される。各SAW素子22は、図1と同様のカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板からなる圧電基板23に、上記(1)式を満足する膜厚の金属または合金からなる電極膜のIDT24が設けられている。図7のSAWデバイスは縦結合型多重モードSAWフィルタ31で、図1と同様のカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板からなる圧電基板32に、中央の入力側の第1IDT33、その両側に出力側の第2及び第3IDT34,35、及びそれらを挟む反射器36,36が、上記(1)式を満足する膜厚の金属または合金からなる電極膜で形成されている。これらのSAWフィルタは、上述した本発明の優れた作用効果に加えて、通過帯域幅の広帯域化を実現することができる。
【0034】
図8に示すSAWデバイスは、図1と同様にグレーティング反射器型SAW共振子41で、圧電基板42の表面中央に1対の交差指電極43a,43bからなるIDT43が設けられ、その両側に該IDTにより発振されるSAWの伝搬方向に沿って反射器44,44が配置されている。同図に示すように、SAW共振子41は、SAWの伝搬方向45がSAWのパワーフローの方向46に対して所定のパワーフロー角(PFA)を有するように、交差指電極43a,43b及び反射器44,44が傾斜させて設けられている。圧電基板42は、図1と同様のカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板からなり、IDT43は上記(1)式を満足する膜厚の金属または合金からなる電極膜で形成されている。
【0035】
図9に示すSAWフィルタ51は、圧電基板52の表面中央にそれぞれ1対の交差指電極からなる2組のIDT53,54がSAW伝搬方向に沿って設けられ、その両側に反射器55,55が配置されている。図8のSAW共振子41と同様に、SAWの伝搬方向56がSAWのパワーフローの方向57に対して所定のパワーフロー角(PFA)を有するように、前記交差指電極及び反射器が傾斜させて設けられている。圧電基板52は、図1と同様のカット面及びSAW伝搬方向のLiTaO 基板からなり、IDT53,54は上記(1)式を満足する膜厚の金属または合金からなる電極膜で形成されている。
【0036】
上記特許文献5及び6に記載されるように、パワーフロー角の大きさ(|PFA|)が12°以下となる場合、挿入損失の劣化を防止することができる。本発明によれば、ψ=148°以上で|PFA|が12°以下となることが確認された。従って、本発明のSAWデバイスは、更により低損失化を図ることができる。尚、図9のSAWフィルタ51は反射器の間に2組のIDTを有するが、3組またはそれ以上のIDTを配置した構成においても、同様の作用効果を得られることは言うまでもない。
【実施例】
【0037】
実施例1
低価格な金属でフォトリソグラフィによる微細電極の形成や加工が容易なAlまたはAlを主成分とした合金を用いて、カット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつ148°≦ψ≦162°のLiTaO 基板にIDTを形成して、図1のSAW共振子を製造した。IDTの膜厚は、Alの質量密度ρ=2699(kg/m )用いて、上記(1)式を満足するように決定した。このSAW共振子について、上記非特許文献2に記載されるシミュレーション方法を用いて波動解析を行った。その結果、伝搬損失は148°≦ψ≦162°の全範囲において0dB/λであった。
【0038】
図10−1(A)は、IDTを形成するAl膜の膜厚H/λに関する電気機械結合係数K を示している。同図から、ψ=146°以下の場合には、膜厚に拘わらず電気機械結合係数K が0.015以上に大きくならないこと、及び、ψ=148°以上では、電気機械結合係数K が0.015以上となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0039】
図10−1(B)は、IDTを形成するAl膜の膜厚H/λに関するパワーフロー角PFAを示している。同図から、ψ=148°以上において、パワーフロー角の大きさ|PFA|が挿入損失の劣化を防止できる12°以下となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0040】
図10−2(C)は、伝搬方向ψに関して、電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAl膜厚H/λを示している。同図において、実線で示す近似式は上記(1)式の右辺を描線したものであり、プロット点で示すAl電極膜の解析結果と略一致している。同図から、148°≦ψ≦162°の範囲で、Al膜厚H/λを上記(1)式の右辺よりも大きくすることにより、K ≧0.015かつ|PFA|≦12°の条件を満足し得ることが分かる。他方、ψ>162°の範囲では、K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満足することができなかった。
【0041】
図10−2(D)は、Al膜厚H/λを0.2として、伝搬方向ψに関する電気機械結合係数K を示している。同図から、148°≦ψ≦162°の全範囲で電気機械結合係数K が0.015以上であることが分かる。このように実施例1では、少なくともAl膜厚H/λ=0.2までの範囲で、上述した本発明の効果を得ることができた。
【0042】
実施例2
Alよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを期待し得るCuまたはCuを主成分とした合金を用いて、カット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつ148°≦ψ≦180°のLiTaO 基板にIDTを形成して、図1のSAW共振子を製造した。IDTの膜厚は、Cuの質量密度ρ=8933(kg/m )用いて、上記(1)式を満足するように決定した。このSAW共振子について、上記非特許文献2に記載されるシミュレーション方法を用いて波動解析を行った。その結果、伝搬損失は148°≦ψ≦180°の全範囲において0dB/λであった。
【0043】
図11−1(A)は、IDTを形成するCu膜の膜厚H/λに関する電気機械結合係数K を示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、電気機械結合係数K が0.015以上となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0044】
図11−1(B)は、IDTを形成するCu膜の膜厚H/λに関するパワーフロー角PFAを示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、パワーフロー角の大きさ|PFA|が挿入損失の劣化を防止できる12°以下となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0045】
図11−2(C)は、伝搬方向ψに関して、電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のCu膜厚H/λを示している。同図において、同様に実線で示す近似式は上記(1)式の右辺を描線したものであり、プロット点で示すCu電極膜の解析結果と略一致している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲で、Cu膜厚H/λを上記(1)式の右辺よりも大きくすることにより、K ≧0.015かつ|PFA|≦12°の条件を満足し得ることが分かる。
【0046】
図11−2(D)は、Cu膜厚H/λを0.2として、伝搬方向ψに関する電気機械結合係数K の変化を示している。同図から、特に157°≦ψ≦173°かつ0.10≦H/λ≦0.19の場合に、電気機械結合係数K が大きい値となることが分かる。このように実施例2では、少なくともCu膜厚H/λ=0.2までの範囲で、上述した本発明の効果を得ることができた。
【0047】
実施例3
Alよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを期待し得るAgまたはAgを主成分とした合金を用いて、カット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつ148°≦ψ≦180°のLiTaO 基板にIDTを形成して、図1のSAW共振子を製造した。IDTの膜厚は、Agの質量密度ρ=10490(kg/m )用いて、上記(1)式を満足するように決定した。このSAW共振子について、上記非特許文献2に記載されるシミュレーション方法を用いて波動解析を行った。その結果、伝搬損失は148°≦ψ≦180°の全範囲において0dB/λであった。
【0048】
図12−1(A)は、IDTを形成するAg膜の膜厚H/λに関する電気機械結合係数K を示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、電気機械結合係数K が0.015以上となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0049】
図12−1(B)は、IDTを形成するAg膜の膜厚H/λに関するパワーフロー角PFAを示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、膜厚H/λに拘わらず、パワーフロー角の大きさ|PFA|が挿入損失の劣化を防止できる12°以下となることが分かる。
【0050】
図12−2(C)は、伝搬方向ψに関して、電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAg膜厚H/λを示している。同図において、同様に実線で示す近似式は上記(1)式の右辺を描線したものであり、プロット点で示すAg電極膜の解析結果と略一致している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲で、Ag膜厚H/λを上記(1)式の右辺よりも大きくすることにより、K ≧0.015かつ|PFA|≦12°の条件を満足し得ることが分かる。
【0051】
図12−2(D)は、Ag膜厚H/λを0.2として、伝搬方向ψに関する電気機械結合係数K の変化を示している。同図から、特に158°≦ψ≦180°かつ0.04≦H/λ≦0.10の場合に、電気機械結合係数K が大きい値となることが分かる。このように実施例3では、少なくともAg膜厚H/λ=0.09までの範囲で、上述した本発明の効果を得ることができた。
【0052】
実施例4
Alよりも比抵抗が小さく、更に低損失なSAWデバイスを期待し得るAuまたはAuを主成分とした合金を用いて、カット面及びSAWの伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつ148°≦ψ≦180°のLiTaO 基板にIDTを形成して、図1のSAW共振子を製造した。IDTの膜厚は、Auの質量密度ρ=19300(kg/m )用いて、上記(1)式を満足するように決定した。このSAW共振子について、上記非特許文献2に記載されるシミュレーション方法を用いて波動解析を行った。その結果、伝搬損失は148°≦ψ≦180°の全範囲において0dB/λであった。
【0053】
図13−1(A)は、IDTを形成するAu膜の膜厚H/λに関する電気機械結合係数K を示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、電気機械結合係数K が0.015以上となる膜厚H/λが存在することが分かる。
【0054】
図13−1(B)は、IDTを形成するAu膜の膜厚H/λに関するパワーフロー角PFAを示している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲において、膜厚H/λに拘わらず、パワーフロー角の大きさ|PFA|が挿入損失の劣化を防止できる12°以下となることが分かる。
【0055】
図13−2(C)は、伝搬方向ψに関して、電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAu膜厚H/λを示している。同図において、同様に実線で示す近似式は上記(1)式の右辺を描線したものであり、プロット点で示すAu電極膜の解析結果と略一致している。同図から、148°≦ψ≦180°の全範囲で、Au膜厚H/λを上記(1)式の右辺よりも大きくすることにより、K ≧0.015かつ|PFA|≦12°の条件を満足し得ることが分かる。
【0056】
図13−2(D)は、Au膜厚H/λを0.2として、伝搬方向ψに関する電気機械結合係数K の変化を示している。同図から、特に159°≦ψ≦180°かつ0.02≦H/λ≦0.05の場合に、電気機械結合係数K が大きい値となることが分かる。このように実施例4では、少なくともAu膜厚H/λ=0.05までの範囲で、上述した本発明の効果を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明を適用したSAW共振子の構成を示す平面図。
【図2】図1のSAW共振子1についてSAWの励振時に基板表面の深さに関する波の相対変位を示す線図。
【図3】(A)図及び(B)図は、それぞれ従来構造のSAWデバイスについて励振したSAWの基板表面の深さに関する波の相対変位を示す線図。
【図4】(A)図及び(B)図は、それぞれオイラー角(φ°,90°,166°)及び(90°,θ°,166°)のLiTaO 基板からなる圧電基板に膜厚H/λ=0.05のAg膜を形成した場合に、φまたはθの変化に関する電気機械結合係数K の変化を示す線図。
【図5】本発明を適用したSAW共振子の別の構成を示す平面図。
【図6】本発明を適用したラダー型SAWフィルタの構成を示す概略図。
【図7】本発明を適用した多重モードSAWフィルタの構成を示す平面図。
【図8】本発明を適用したSAW共振子の更に別の構成を示す平面図。
【図9】本発明を適用したSAWフィルタの別の構成を示す平面図。
【図10−1】(A)図は、Al膜からなるIDTを有するSAW共振子の実施例について、Al膜の膜厚H/λと電気機械結合係数K との関係を示す線図、(B)図はAl膜の膜厚H/λとパワーフロー角PFAとの関係を示す線図。
【図10−2】(C)図は、伝搬方向ψと電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAl膜厚H/λとの関係を示す線図、(D)図は伝搬方向ψと電気機械結合係数K との関係を示す線図。
【図11−1】(A)図は、Cu膜からなるIDTを有するSAW共振子の実施例について、Cu膜の膜厚H/λと電気機械結合係数K との関係を示す線図、(B)図はCu膜の膜厚H/λとパワーフロー角PFAとの関係を示す線図。
【図11−2】(C)図は、伝搬方向ψと電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のCu膜厚H/λとの関係を示す線図、(D)図は伝搬方向ψと電気機械結合係数K との関係を示す線図。
【図12−1】(A)図は、Ag膜からなるIDTを有するSAW共振子の実施例について、Ag膜の膜厚H/λと電気機械結合係数K との関係を示す線図、(B)図はAg膜の膜厚H/λとパワーフロー角PFAとの関係を示す線図。
【図12−2】(C)図は、伝搬方向ψと電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAg膜厚H/λとの関係を示す線図、(D)図は伝搬方向ψと電気機械結合係数K との関係を示す線図。
【図13−1】(A)図は、Au膜からなるIDTを有するSAW共振子の実施例について、Au膜の膜厚H/λと電気機械結合係数K との関係を示す線図、(B)図はAu膜の膜厚H/λとパワーフロー角PFAとの関係を示す線図。
【図13−2】(C)図は、伝搬方向ψと電気機械結合係数K ≧0.015かつ|PFA|≦12°を満たす最小のAu膜厚H/λとの関係を示す線図、(D)図は伝搬方向ψと電気機械結合係数K との関係を示す線図。
【符号の説明】
【0058】
1,11,41…SAW共振子、2,12,23,32,42,52…圧電基板、3,13,24,33〜35,43,53,54…IDT、4,36,44,55…反射器、21,31,51…SAWフィルタ、22…SAW素子、43a,43b…交差指電極、45,56…SAWの伝搬方向、46,57…SAWのパワーフローの方向。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiTaO3 からなる圧電基板と、前記圧電基板の表面に形成したIDTとを備え、前記IDTにより励振される弾性表面波がSH波を主成分とするものであり、前記圧電基板のカット面及び前記弾性表面波の伝搬方向がオイラー角表示で(90±10°,90±10°,ψ°)かつψ=148〜180°であり、前記IDTが、質量密度ρ(kg/m3 )の金属又は該金属を主成分とする合金からなる電極膜で形成されるとき、前記電極膜の膜厚Hが、前記弾性表面波の波長をλとして、次式
H/λ≧(1.9881×10−18 ×ρ3 − 2.057×10−12 ×ρ2 +6.1781×10−8×ρ−4.5388×10−4)×ψ +(6.3113×10−15 ×ρ +4.9589×10−10 ×ρ −1.9759×10−5×ρ+0.15604)×ψ−9.8766×10−13 ×ρ −2.789×10−8×ρ +1.5646×10−3×ρ−13.1195
を満足することを特徴とする弾性表面波デバイス。
【請求項2】
前記金属がAlであり、148°≦ψ≦162°であることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波デバイス。
【請求項3】
前記金属がCuであり、148°≦ψ≦180°であることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波デバイス。
【請求項4】
前記金属がAgであり、148°≦ψ≦180°であることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波デバイス。
【請求項5】
前記金属がAuであり、148°≦ψ≦180°であることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波デバイス。
【請求項6】
前記金属がTa,W,Mo,Co,Fe,Mn,Pt,Os,Ir,Hf,Pd,Ni,Cr,Znのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波デバイス。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10−1】
image rotate

【図10−2】
image rotate

【図11−1】
image rotate

【図11−2】
image rotate

【図12−1】
image rotate

【図12−2】
image rotate

【図13−1】
image rotate

【図13−2】
image rotate