弾性表面波素子
【課題】 圧電基板1上にインターディジタルトランスデューサとなる電極2が形成されている弾性表面波素子において、耐電力性の向上を図る。
【解決手段】 本発明に係る弾性表面波素子においては、圧電基板1上の電極2が、下部Ti層3、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる中間金属層4、上部Ti層5、及びAl若しくはAl合金からなる上部導電層6を順次積層して構成される。ここで、下部Ti層3の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、中間金属層4の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、上部Ti層5の厚さCは、10nm以上、30nm以下である。
【解決手段】 本発明に係る弾性表面波素子においては、圧電基板1上の電極2が、下部Ti層3、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる中間金属層4、上部Ti層5、及びAl若しくはAl合金からなる上部導電層6を順次積層して構成される。ここで、下部Ti層3の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、中間金属層4の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、上部Ti層5の厚さCは、10nm以上、30nm以下である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極が形成されている弾性表面波素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、携帯電話機等の通信機器においては、共振器フィルター、デュプレクサー等の回路素子として、弾性表面波素子が用いられている。例えば、図16に示す弾性表面波素子においては、圧電基板(51)の表面に、アルミニウム製の一対の簾状電極(52a)(52a)からなるインターディジタルトランスデューサ(52)が2箇所に併設されると共に、これらのインターディジタルトランスデューサ(52)(52)の両側には、格子状の電極からなる反射器(53)(53)が配備されている。インターディジタルトランスデューサ(52)(52)にはそれぞれ一対の入力パッド(54)(54)と一対の出力パッド(55)(55)が接続されている。
【0003】
近年、通信機器の高周波化に伴い、弾性表面波素子の動作周波数も高周波化すると共に、高出力化が要求されている。動作周波数の高周波化のためには各電極(52a)の線幅を小さく形成する必要があり、例えば動作周波数がギガヘルツ帯の場合、電極(52a)の線幅は1μm未満となる。この様に小さな線幅の電極が形成されている弾性表面波素子に電圧を印加すると、圧電基板(51)の表面に生じる弾性表面波によって、電極(52a)に繰り返し応力が作用し、この応力が電極(52a)の材料に固有の臨界応力を越えると、ストレスマイグレーションが発生する。又、電極(52a)を流れる電子流の高密度化に伴って、エレクトロマイグレーションが発生する。その結果、電極(52a)には空隙(ボイド)や突起(ヒロック)が形成されて、耐電力性の劣化により電極(52a)が破壊し、電気的短絡や挿入損失の増大を招くことになる。
【0004】
そこで、図3に示す如く圧電基板(1)上にAl−Cu合金からなる電極(7)を形成した従来の一般的な弾性表面波素子に対し、図4の如く圧電基板(1)上の電極(8)が、下部Ti層(9)と、Al−Cu合金からなる中間金属層(10)と、上部Ti層(11)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(12)とを積層して構成される弾性表面素子が提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
更に、図5に示す如く、圧電基板(1)上の電極(13)が、Ti−Mo合金からなる下地金属層(14)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(15)とを積層して構成され、或いは図6の如く、圧電基板(1)上の電極(16)が、Moからなる下地金属層(17)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(18)とを積層して構成される弾性表面波素子が提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特願2004−41175号
【特許文献2】特開2001−94382号公報
【特許文献3】特開平9−135143号公報
【特許文献4】特開2002−368568号公報
【特許文献5】特開2002−353767号公報
【特許文献6】特開2002−135070号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図3に示すAlCu単層の電極(7)を具えた弾性表面波素子では、例えば電極(7)の厚さを430nmとし、インターディジタルトランスデューサ(52)(52)及び反射器(53)(53)を最適設計することによって、図8に実線(a)で示すフィルター特性が得られる。
【0007】
図4に示す積層構造の電極(8)を具えた弾性表面波素子は、下部Ti層(9)と上部Ti層(11)の間にAlCuの中間金属層(10)を介在させて、これら3層からなる下地の厚膜化を図ると共に、例えば図示の如く下部Ti層(9)を80nm、中間金属層(10)を20nm、上部Ti層(11)を20nmと、それぞれ膜厚の最適化を図ることによって、フィルター特性を向上させたものであるが、図8に破線(b)で示す様に、周波数が835MHz以下の帯域では前記単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が減少するものの、周波数が835MHz以上の帯域では挿入損失が増大しており、依然として充分なフィルター特性が実現されているとは言えない。
【0008】
又、図5に示す如く電極(13)がTiMoの下地金属層(14)を具えている弾性表面波素子においては、下地金属層(14)の厚さが80nmで耐電力性が最大となるが、図9に破線(d)で示す様に、単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が増大しており、この結果、発熱量が増大して耐電力性の低下を招く問題がある。
【0009】
又、図6に示す如く電極(16)がMoの下地金属層(17)を具えている弾性表面波素子においては、下地金属層(17)の厚さが95nmで耐電力性が最大となるが、図10に破線(e)で示す様に、単層電極構造の場合(実線(a))よりも著しく挿入損失が増大しており、この結果、発熱量が増大して耐電力性の低下を招く問題がある。又、下地金属層(17)のMoの上部導電層(18)への拡散が顕著となる問題がある。
【0010】
上述の如く、従来の何れの弾性表面波素子においても、通過帯域内の挿入損失が大きく、高い耐電力性を得ることは出来なかった。
そこで本発明の目的は、通過帯域内の挿入損失を充分に低減させて従来よりも高い耐電力性を得ることが出来る弾性表面波素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る弾性表面波素子は、圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極を形成したものであって、前記電極は、圧電基板の表面に、Tiからなる第1層、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる第2層、Tiからなる第3層、及びAl若しくはAl合金からなる第4層を順次積層して構成され、第1層の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、第2層の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、第3層の厚さCは、10nm以上、30nm以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明は、図4に示す電極構造、即ちストレスマイグレーション抑制に効果のあるTi層中に中間金属層を介在させた積層構造における中間金属層の組成として、従来のAl若しくはAl合金に替えて、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金を採用したものとなる。
本発明者らは、この様な電極積層構造によって、通過帯域内挿入損失を減少させて更に高い耐電力性を得ることが出来ることを実験的に見出し、本発明の完成に至ったものである。
【0013】
本発明に係る弾性表面波素子においては、第1層の厚さAを10nm以上、30nm以下とし、第2層の厚さBを35nm以上、65nm以下とし、且つ第3層の厚さCを10nm以上、30nm以下とすることによって、挿入損失の低減を図ることが出来、これによって発熱量を抑えて高い耐電力性を得ることが出来る。
【0014】
具体的には、前記第2層はMoからなり、該第2層の厚さBは、40nm以上、60nm以下である。該具体的構成によれば更に挿入損失の低減を図ることが出来る。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る弾性表面波素子によれば、帯域内挿入損失を従来よりも低減させて高い耐電力性を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態につき、図面に沿って具体的に説明する。
本発明に係る弾性表面波素子は、図1に示す如く、圧電基板(1)上にインターディジタルトランスデューサとなる電極(2)を形成して構成され、該電極(2)は、圧電基板(1)側から順に、下部Ti層(3)、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる中間金属層(4)、上部Ti層(5)、及びAl合金からなる上部導電層(6)を積層したものである。
【0017】
電極(2)を構成する中間金属層(4)をMoによって形成すると共に、下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さを種々に変化させた多数の弾性表面波素子を試作して、これらの弾性表面波素子の耐電力性の低下による寿命の推定と、フィルター通過帯域内の挿入損失の測定を行ない、その結果に基づいて下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さの最適化を行なった。
【0018】
尚、弾性表面波素子の製造においては、DCスパッタ装置による成膜条件として、Al−Cu(0.5重量%)合金からなる上部導電層(6)と両Ti層(3)(5)については、1kWのパワー、0.32PaのArガス雰囲気を設定し、Moからなる中間金属層(4)については、1kWのパワー、0.7PaのArガス雰囲気を設定した。又、圧電基板(1)としては、36度Yカットのタンタル酸リチウム基板(厚さ350nm)を採用し、RIEを用いて電極の加工を行なった。そして、800MHz帯のラダー型フィルターを構成して、フィルター通過帯域内の挿入損失の測定を行なった。
【0019】
図11〜図15はそれぞれ、上部Ti層(5)の厚さCが5nm、10nm、20nm、30nm、40nmの5種類の弾性表面波素子について、横軸に中間金属層(4)の厚さBをとり、縦軸に通過帯域内平均挿入損失をとって、下部Ti層(3)の厚さAを5nm、10nm、20nm、30nm、40nmに変化させたときの通過帯域内平均挿入損失の変化を表わしたものである。尚、通過帯域内平均挿入損失は、824MHz〜849MHzの通過帯域内での挿入損失の平均値を意味している。
【0020】
図11に示す如く、上部Ti層(5)の厚さCが5nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAや中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示した。
これに対し、図12の如く上部Ti層(5)の厚さCが10nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0021】
又、図13の如く上部Ti層(5)の厚さCが20nmの場合においても、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0022】
更に、図14の如く上部Ti層(5)の厚さCが30nmの場合においても、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0023】
しかし、図15の如く、上部Ti層(5)の厚さCが40nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAや中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dBを超える高い値を示した。
【0024】
上述の結果から、電極(2)を構成する下部Ti層(3)の厚さAは、10nm以上、30nm以下が好ましく、中間金属層(4)の厚さBは、35nm以上、65nm以下が好ましく、上部Ti層(5)の厚さCは、10nm以上、30nm以下が好ましいと言うことが出来る。更に、中間金属層(4)の厚さBは、40nm以上、60nm以下がより好ましいと言うことが出来る。
【0025】
図2に示す弾性表面波素子は、圧電基板(1)上の電極(2)が、厚さ20nmの下部Ti層(3)と、厚さ40nmのMoの中間金属層(4)と、厚さ15nmの上部Ti層(5)と、厚さ295nmのAl−Cu合金の上部導電層(6)とから構成され、各層(3)(4)(5)がそれぞれ上述の好ましい厚さを有している。
【0026】
該弾性表面波素子のフィルター特性を測定したところ、図7に破線(c)で示す結果が得られた。図示の如く、周波数が815MHz〜855MHzの広い帯域で前記単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が減少しており、充分なフィルター特性が実現されていることが分かる。
【0027】
下記表1は、図7〜図10に示すフィルター特性(a)(b)(c)(d)(e)を有する5種類の弾性表面波素子(図3、図4、図2、図5、図6)についてそれぞれ、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL;トップロス)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命を示している。
尚、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)は、824MHz〜849MHzの通過帯域内での挿入損失の最小値を意味し、推定寿命は、849MHzにおける挿入損失の低下量が0.5dBを超えた時点を寿命として、加速試験によって得られたアレニウスプロットの外挿計算により、1.2W、摂氏50度での寿命に換算した値を意味している。
【0028】
【表1】
表1から明らかな様に、図2に示す本発明の弾性表面波素子(特性(c))において最も通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)及び通過帯域内平均挿入損失が低くなっており、然も最も長い推定寿命が得られている。
【0029】
図2に示す弾性表面波素子においては、中間金属層(4)の材質としてMoが採用されているが、中間金属層(4)の材質としてWを採用することも可能である。
下記表2の如く、Wは、Moと同様に、比重がAlやTiよりも大きく、抵抗率が低く、且つヤング率も大きいので、Moと同様の機能を発揮し得る。
【0030】
【表2】
そこで、電極(2)を構成する中間金属層(4)の材質としてWを採用した弾性表面波素子を試作して、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命を測定した。その結果を下記表3に示す。
尚、弾性表面波素子の製造においては、DCスパッタ装置による成膜条件として、Wからなる中間金属層(4)については、1kWのパワー、1.2PaのArガス雰囲気を設定したことを除き、他は同じ条件を設定した。
【0031】
【表3】
表3から明らかな様に、下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さA、B、Cが異なる2種類の弾性表面波素子において、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命の何れの点でも、中間金属層(4)がMoの場合と同等の高い性能が得られている。
従って、電極(2)を構成する中間金属層(4)をWから形成した弾性表面波素子においても、下部Ti層(3)の厚さAを10nm以上、30nm以下とし、中間金属層(4)の厚さBを35nm以上、65nm以下とし、上部Ti層(5)の厚さCを10nm以上、30nm以下とすることによって、従来よりも高い耐電力性を得ることが出来る。
【0032】
尚、本発明の各部構成は上記実施の形態に限らず、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内で種々の変形が可能である。例えば、電極(2)を構成する上部導電層(6)の材質としては、AlにCuを添加した2元系のAl合金に限らず、AlにCuの他、VやMg等を添加した3元系の合金を採用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係る弾性表面波素子の電極積層構造を示す断面図である。
【図2】該電極積層構造の具体例を示す断面図である。
【図3】従来の弾性表面波素子の電極積層構造を示す断面図である。
【図4】従来の他の電極積層構造を示す断面図である。
【図5】従来の他の電極積層構造を示す断面図である。
【図6】従来の更に他の電極積層構造を示す断面図である。
【図7】本発明の弾性表面波素子におけるフィルター特性を従来のフィルター特性と比較したグラフである。
【図8】従来の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図9】従来の他の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図10】従来の更に他の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図11】電極を構成する各層の厚さの違いによる挿入損失の変化を示すグラフである。
【図12】同上の他のグラフである。
【図13】同上の他のグラフである。
【図14】同上の他のグラフである。
【図15】同上の更に他のグラフである。
【図16】従来の弾性表面波素子の電極パターンを示す平面図である。
【符号の説明】
【0034】
(1) 圧電基板
(2) 電極
(3) 下部Ti層
(4) 中間金属層
(5) 上部Ti層
(6) 上部導電層
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極が形成されている弾性表面波素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、携帯電話機等の通信機器においては、共振器フィルター、デュプレクサー等の回路素子として、弾性表面波素子が用いられている。例えば、図16に示す弾性表面波素子においては、圧電基板(51)の表面に、アルミニウム製の一対の簾状電極(52a)(52a)からなるインターディジタルトランスデューサ(52)が2箇所に併設されると共に、これらのインターディジタルトランスデューサ(52)(52)の両側には、格子状の電極からなる反射器(53)(53)が配備されている。インターディジタルトランスデューサ(52)(52)にはそれぞれ一対の入力パッド(54)(54)と一対の出力パッド(55)(55)が接続されている。
【0003】
近年、通信機器の高周波化に伴い、弾性表面波素子の動作周波数も高周波化すると共に、高出力化が要求されている。動作周波数の高周波化のためには各電極(52a)の線幅を小さく形成する必要があり、例えば動作周波数がギガヘルツ帯の場合、電極(52a)の線幅は1μm未満となる。この様に小さな線幅の電極が形成されている弾性表面波素子に電圧を印加すると、圧電基板(51)の表面に生じる弾性表面波によって、電極(52a)に繰り返し応力が作用し、この応力が電極(52a)の材料に固有の臨界応力を越えると、ストレスマイグレーションが発生する。又、電極(52a)を流れる電子流の高密度化に伴って、エレクトロマイグレーションが発生する。その結果、電極(52a)には空隙(ボイド)や突起(ヒロック)が形成されて、耐電力性の劣化により電極(52a)が破壊し、電気的短絡や挿入損失の増大を招くことになる。
【0004】
そこで、図3に示す如く圧電基板(1)上にAl−Cu合金からなる電極(7)を形成した従来の一般的な弾性表面波素子に対し、図4の如く圧電基板(1)上の電極(8)が、下部Ti層(9)と、Al−Cu合金からなる中間金属層(10)と、上部Ti層(11)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(12)とを積層して構成される弾性表面素子が提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
更に、図5に示す如く、圧電基板(1)上の電極(13)が、Ti−Mo合金からなる下地金属層(14)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(15)とを積層して構成され、或いは図6の如く、圧電基板(1)上の電極(16)が、Moからなる下地金属層(17)と、Al−Cu合金からなる上部導電層(18)とを積層して構成される弾性表面波素子が提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特願2004−41175号
【特許文献2】特開2001−94382号公報
【特許文献3】特開平9−135143号公報
【特許文献4】特開2002−368568号公報
【特許文献5】特開2002−353767号公報
【特許文献6】特開2002−135070号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図3に示すAlCu単層の電極(7)を具えた弾性表面波素子では、例えば電極(7)の厚さを430nmとし、インターディジタルトランスデューサ(52)(52)及び反射器(53)(53)を最適設計することによって、図8に実線(a)で示すフィルター特性が得られる。
【0007】
図4に示す積層構造の電極(8)を具えた弾性表面波素子は、下部Ti層(9)と上部Ti層(11)の間にAlCuの中間金属層(10)を介在させて、これら3層からなる下地の厚膜化を図ると共に、例えば図示の如く下部Ti層(9)を80nm、中間金属層(10)を20nm、上部Ti層(11)を20nmと、それぞれ膜厚の最適化を図ることによって、フィルター特性を向上させたものであるが、図8に破線(b)で示す様に、周波数が835MHz以下の帯域では前記単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が減少するものの、周波数が835MHz以上の帯域では挿入損失が増大しており、依然として充分なフィルター特性が実現されているとは言えない。
【0008】
又、図5に示す如く電極(13)がTiMoの下地金属層(14)を具えている弾性表面波素子においては、下地金属層(14)の厚さが80nmで耐電力性が最大となるが、図9に破線(d)で示す様に、単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が増大しており、この結果、発熱量が増大して耐電力性の低下を招く問題がある。
【0009】
又、図6に示す如く電極(16)がMoの下地金属層(17)を具えている弾性表面波素子においては、下地金属層(17)の厚さが95nmで耐電力性が最大となるが、図10に破線(e)で示す様に、単層電極構造の場合(実線(a))よりも著しく挿入損失が増大しており、この結果、発熱量が増大して耐電力性の低下を招く問題がある。又、下地金属層(17)のMoの上部導電層(18)への拡散が顕著となる問題がある。
【0010】
上述の如く、従来の何れの弾性表面波素子においても、通過帯域内の挿入損失が大きく、高い耐電力性を得ることは出来なかった。
そこで本発明の目的は、通過帯域内の挿入損失を充分に低減させて従来よりも高い耐電力性を得ることが出来る弾性表面波素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る弾性表面波素子は、圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極を形成したものであって、前記電極は、圧電基板の表面に、Tiからなる第1層、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる第2層、Tiからなる第3層、及びAl若しくはAl合金からなる第4層を順次積層して構成され、第1層の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、第2層の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、第3層の厚さCは、10nm以上、30nm以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明は、図4に示す電極構造、即ちストレスマイグレーション抑制に効果のあるTi層中に中間金属層を介在させた積層構造における中間金属層の組成として、従来のAl若しくはAl合金に替えて、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金を採用したものとなる。
本発明者らは、この様な電極積層構造によって、通過帯域内挿入損失を減少させて更に高い耐電力性を得ることが出来ることを実験的に見出し、本発明の完成に至ったものである。
【0013】
本発明に係る弾性表面波素子においては、第1層の厚さAを10nm以上、30nm以下とし、第2層の厚さBを35nm以上、65nm以下とし、且つ第3層の厚さCを10nm以上、30nm以下とすることによって、挿入損失の低減を図ることが出来、これによって発熱量を抑えて高い耐電力性を得ることが出来る。
【0014】
具体的には、前記第2層はMoからなり、該第2層の厚さBは、40nm以上、60nm以下である。該具体的構成によれば更に挿入損失の低減を図ることが出来る。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る弾性表面波素子によれば、帯域内挿入損失を従来よりも低減させて高い耐電力性を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態につき、図面に沿って具体的に説明する。
本発明に係る弾性表面波素子は、図1に示す如く、圧電基板(1)上にインターディジタルトランスデューサとなる電極(2)を形成して構成され、該電極(2)は、圧電基板(1)側から順に、下部Ti層(3)、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる中間金属層(4)、上部Ti層(5)、及びAl合金からなる上部導電層(6)を積層したものである。
【0017】
電極(2)を構成する中間金属層(4)をMoによって形成すると共に、下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さを種々に変化させた多数の弾性表面波素子を試作して、これらの弾性表面波素子の耐電力性の低下による寿命の推定と、フィルター通過帯域内の挿入損失の測定を行ない、その結果に基づいて下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さの最適化を行なった。
【0018】
尚、弾性表面波素子の製造においては、DCスパッタ装置による成膜条件として、Al−Cu(0.5重量%)合金からなる上部導電層(6)と両Ti層(3)(5)については、1kWのパワー、0.32PaのArガス雰囲気を設定し、Moからなる中間金属層(4)については、1kWのパワー、0.7PaのArガス雰囲気を設定した。又、圧電基板(1)としては、36度Yカットのタンタル酸リチウム基板(厚さ350nm)を採用し、RIEを用いて電極の加工を行なった。そして、800MHz帯のラダー型フィルターを構成して、フィルター通過帯域内の挿入損失の測定を行なった。
【0019】
図11〜図15はそれぞれ、上部Ti層(5)の厚さCが5nm、10nm、20nm、30nm、40nmの5種類の弾性表面波素子について、横軸に中間金属層(4)の厚さBをとり、縦軸に通過帯域内平均挿入損失をとって、下部Ti層(3)の厚さAを5nm、10nm、20nm、30nm、40nmに変化させたときの通過帯域内平均挿入損失の変化を表わしたものである。尚、通過帯域内平均挿入損失は、824MHz〜849MHzの通過帯域内での挿入損失の平均値を意味している。
【0020】
図11に示す如く、上部Ti層(5)の厚さCが5nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAや中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示した。
これに対し、図12の如く上部Ti層(5)の厚さCが10nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0021】
又、図13の如く上部Ti層(5)の厚さCが20nmの場合においても、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0022】
更に、図14の如く上部Ti層(5)の厚さCが30nmの場合においても、下部Ti層(3)の厚さAが5nmと40nmのとき、中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dB前後の高い値を示したが、下部Ti層(3)の厚さAが10nm〜30nmの範囲であって、且つ中間金属層(4)の厚さBが35nm〜65nmの範囲で、通過帯域内平均挿入損失が1.4dB以下に急激に低下し、中間金属層(4)の厚さBが40nm〜60nmの範囲では通過帯域内平均挿入損失が1.3dBを下回っている。
【0023】
しかし、図15の如く、上部Ti層(5)の厚さCが40nmの場合は、下部Ti層(3)の厚さAや中間金属層(4)の厚さBに拘わらず、通過帯域内平均挿入損失は1.55dBを超える高い値を示した。
【0024】
上述の結果から、電極(2)を構成する下部Ti層(3)の厚さAは、10nm以上、30nm以下が好ましく、中間金属層(4)の厚さBは、35nm以上、65nm以下が好ましく、上部Ti層(5)の厚さCは、10nm以上、30nm以下が好ましいと言うことが出来る。更に、中間金属層(4)の厚さBは、40nm以上、60nm以下がより好ましいと言うことが出来る。
【0025】
図2に示す弾性表面波素子は、圧電基板(1)上の電極(2)が、厚さ20nmの下部Ti層(3)と、厚さ40nmのMoの中間金属層(4)と、厚さ15nmの上部Ti層(5)と、厚さ295nmのAl−Cu合金の上部導電層(6)とから構成され、各層(3)(4)(5)がそれぞれ上述の好ましい厚さを有している。
【0026】
該弾性表面波素子のフィルター特性を測定したところ、図7に破線(c)で示す結果が得られた。図示の如く、周波数が815MHz〜855MHzの広い帯域で前記単層電極構造の場合(実線(a))よりも挿入損失が減少しており、充分なフィルター特性が実現されていることが分かる。
【0027】
下記表1は、図7〜図10に示すフィルター特性(a)(b)(c)(d)(e)を有する5種類の弾性表面波素子(図3、図4、図2、図5、図6)についてそれぞれ、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL;トップロス)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命を示している。
尚、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)は、824MHz〜849MHzの通過帯域内での挿入損失の最小値を意味し、推定寿命は、849MHzにおける挿入損失の低下量が0.5dBを超えた時点を寿命として、加速試験によって得られたアレニウスプロットの外挿計算により、1.2W、摂氏50度での寿命に換算した値を意味している。
【0028】
【表1】
表1から明らかな様に、図2に示す本発明の弾性表面波素子(特性(c))において最も通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)及び通過帯域内平均挿入損失が低くなっており、然も最も長い推定寿命が得られている。
【0029】
図2に示す弾性表面波素子においては、中間金属層(4)の材質としてMoが採用されているが、中間金属層(4)の材質としてWを採用することも可能である。
下記表2の如く、Wは、Moと同様に、比重がAlやTiよりも大きく、抵抗率が低く、且つヤング率も大きいので、Moと同様の機能を発揮し得る。
【0030】
【表2】
そこで、電極(2)を構成する中間金属層(4)の材質としてWを採用した弾性表面波素子を試作して、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命を測定した。その結果を下記表3に示す。
尚、弾性表面波素子の製造においては、DCスパッタ装置による成膜条件として、Wからなる中間金属層(4)については、1kWのパワー、1.2PaのArガス雰囲気を設定したことを除き、他は同じ条件を設定した。
【0031】
【表3】
表3から明らかな様に、下部Ti層(3)、中間金属層(4)及び上部Ti層(5)の厚さA、B、Cが異なる2種類の弾性表面波素子において、通過帯域内挿入損失の最小値(Top IL)、通過帯域内平均挿入損失、及び推定寿命の何れの点でも、中間金属層(4)がMoの場合と同等の高い性能が得られている。
従って、電極(2)を構成する中間金属層(4)をWから形成した弾性表面波素子においても、下部Ti層(3)の厚さAを10nm以上、30nm以下とし、中間金属層(4)の厚さBを35nm以上、65nm以下とし、上部Ti層(5)の厚さCを10nm以上、30nm以下とすることによって、従来よりも高い耐電力性を得ることが出来る。
【0032】
尚、本発明の各部構成は上記実施の形態に限らず、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内で種々の変形が可能である。例えば、電極(2)を構成する上部導電層(6)の材質としては、AlにCuを添加した2元系のAl合金に限らず、AlにCuの他、VやMg等を添加した3元系の合金を採用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係る弾性表面波素子の電極積層構造を示す断面図である。
【図2】該電極積層構造の具体例を示す断面図である。
【図3】従来の弾性表面波素子の電極積層構造を示す断面図である。
【図4】従来の他の電極積層構造を示す断面図である。
【図5】従来の他の電極積層構造を示す断面図である。
【図6】従来の更に他の電極積層構造を示す断面図である。
【図7】本発明の弾性表面波素子におけるフィルター特性を従来のフィルター特性と比較したグラフである。
【図8】従来の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図9】従来の他の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図10】従来の更に他の弾性表面波素子のフィルター特性を示すグラフである。
【図11】電極を構成する各層の厚さの違いによる挿入損失の変化を示すグラフである。
【図12】同上の他のグラフである。
【図13】同上の他のグラフである。
【図14】同上の他のグラフである。
【図15】同上の更に他のグラフである。
【図16】従来の弾性表面波素子の電極パターンを示す平面図である。
【符号の説明】
【0034】
(1) 圧電基板
(2) 電極
(3) 下部Ti層
(4) 中間金属層
(5) 上部Ti層
(6) 上部導電層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極が形成されている弾性表面波素子において、前記電極は、圧電基板の表面に、Tiからなる第1層、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる第2層、Tiからなる第3層、及びAl若しくはAl合金からなる第4層を順次積層して構成され、第1層の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、第2層の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、第3層の厚さCは、10nm以上、30nm以下であることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
前記第2層はMoからなり、該第2層の厚さBは、40nm以上、60nm以下である請求項1に記載の弾性表面波素子。
【請求項1】
圧電基板上にインターディジタルトランスデューサとなる電極が形成されている弾性表面波素子において、前記電極は、圧電基板の表面に、Tiからなる第1層、Mo若しくはW又はこれらの金属の合金からなる第2層、Tiからなる第3層、及びAl若しくはAl合金からなる第4層を順次積層して構成され、第1層の厚さAは、10nm以上、30nm以下であり、第2層の厚さBは、35nm以上、65nm以下であり、第3層の厚さCは、10nm以上、30nm以下であることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
前記第2層はMoからなり、該第2層の厚さBは、40nm以上、60nm以下である請求項1に記載の弾性表面波素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2006−20134(P2006−20134A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−196705(P2004−196705)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】
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