説明

形状凍結性に優れた冷延薄鋼板およびその製造方法

【課題】比例限が150MPa以下の冷延薄鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.10%以下、Si:0.05%以下、Mn:0.1〜1.0%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%未満を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で30s以上加熱したのち、平均冷却速度:5℃/s以上の冷却速度で600℃以下の温度まで冷却する焼鈍処理を施し、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織とを有する冷延焼鈍板とし、該冷延焼鈍板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用して、調質圧延伸び率を、該薄冷延焼鈍板の平均結晶粒径d(μm)に対応して、d/20〜d/5%の範囲とする調質圧延を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電化製品、事務用機器、自動車用部材等の構造部材用として好適な、冷延薄鋼板に係り、とくに、プレス成形後の高寸法精度が要求される部材用として好適な、形状凍結性に優れた冷延薄鋼板に関する。
なお、ここでいう「薄鋼板」は、板厚:0.2〜2.0mmの鋼板で、鋼板および鋼帯を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、電機分野等の分野では、原料価格の高騰に伴い、コスト低減のために、安価な素材が強く要求され、素材として使用する鋼板の薄肉化が加速している。また、自動車分野では、コスト低減に加えて、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が強く要求され、自動車車体の軽量化のために、素材である鋼板の薄肉化が進められている。
しかし、素材の薄肉化により素材板厚を減少すると、製品(部材)の剛性が低下するという問題がある。このような問題に対し、部材にビードを付与したり、部材形状を見直したりして、断面二次モーメントが大きくなるように工夫し、所望の剛性を確保する場合が多くなっている。その結果、部材形状が複雑となり、プレス成形時に成形される部位が増加し、製品(部材)形状にゆがみが生じやすくなるという問題がある。製品(部品)形状にゆがみが生じた場合には、形状を矯正するため再プレス成形する必要がある。しかし、再プレス成形を行うことは、製造コストの増加を招くため、プレス成形後の形状凍結性に優れた鋼板が強く要望されるようになっている。
【0003】
このような要望に対し、例えば、特許文献1には、{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が3.0以上で、かつ{554}<225>、{111}<112>、{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値が3.5以下である特定方位の集合組織を発達させ、さらに圧延方向のr値および圧延方向と直角方向のr値のうち少なくとも一つが0.7以下である、曲げ加工を主とする、形状凍結性に優れたフェライト系薄鋼板が記載されている。特許文献1に記載された鋼板は、曲げ成形性が著しく向上し、スプリングバック量が少なく、曲げ加工を主とする、形状凍結性に優れるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、フェライト基地中にマルテンサイトを含む島状組織が分散した組織を有し、表面平均あらさHa0.4〜1.8μmで、PPI値が0.5μmカウントレベルで80以上の表面粗度を有し、かつ比例限界応力が20kg/mm(200MPa)以下である、形状凍結性に優れた高張力鋼板が記載されている。これにより、プレス成形時のポンチ面と鋼板とのなじみ性が向上し、プレス成形後の形状凍結性に優れた部材(製品)が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−303175公報
【特許文献2】特開昭58−25456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載された技術により製造された鋼板では、主として曲げ加工を受ける製品(部材)においては、所望の形状凍結性を確保できるが、例えば張出し加工のような、曲げ加工以外の加工を受ける製品(部材)においては、必ずしも満足できる形状凍結性を確保できていないという問題があった。また、特許文献2に記載された技術により製造された鋼板では、フェライト基地中にマルテンサイトを含む島状組織を分散させた組織とするため、硬質化した鋼板となりやすく、張出し高さの高い成形の場合には、割れが発生する場合が多いという問題があった。
【0007】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、形状凍結性に優れた冷延薄鋼板およびその製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成するために、本発明者らは、形状凍結性に及ぼす各種要因について、鋭意研究した。本発明者らは、プレス成形時の製品(部材)の形状不良は、プレス成形時に導入された弾性歪が、プレス金型から製品(部材)を取り出すときに開放されることにより生じると考え、まず、鋼板の比例限に着目した。そして、各種比例限を有する鋼板を用意し、プレス成形により所定形状の部品を成形し、成形後の形状凍結性について調査した。そしてその結果、所望の優れた形状凍結性を確保するためには、鋼板の比例限を150 MPa以下に低減する必要のあることを知見した。
【0009】
まず、本発明の基礎となった実験結果について説明する。
各種比例限を有する板厚:0.8mmの薄鋼板(試験材)をプレス成形し、図1に示す寸法のハット形状の部品とした。なお、しわ押さえ圧は20tonとした。成形後、金型から部品を取り出し、ハット形状の開き量Xを測定した。図2に、鋼板の比例限と開き量Xとの関係を示す。図2から、鋼板の比例限が150MPa以下であれば、開き量Xの増加は少なく、優れた形状凍結性を保持できているが、鋼板の比例限が150MPaを上回り、大きくなると、開き量Xは急激に増大し、形状凍結性が著しく低下することがわかる。
【0010】
つぎに、本発明者らは、上記した比例限を有する鋼板を安定して製造するために、鋼板の比例限に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、比較的大きな結晶粒径を有するフェライト相を主体とする鋼板に、表面粗さの小さいロールを用いた調質圧延を施すことにより、容易に比例限を低減できることを見出した。
つぎに、上記した知見の基礎となった実験結果について説明する。
【0011】
質量%で、0.040%C−0.01%Si−0.20%Mn−0.01%P−0.01%S−0.04%Al‐0.003%N‐残部Feの組成を有し、平均結晶粒径:10μmのフェライト単相からなる組織を有する冷延焼鈍板(板厚:0.8mm)に、調質圧延伸び率:1%の調質圧延を施した。調質圧延に際しては、表面粗さRaを0.2〜2.5μmに調整した各種圧延ロールを使用した。調質圧延済み各鋼板からそれぞれ、引張方向が圧延方向となるようにJIS 5号試験片を採取し、引張試験を実施し、各鋼板の比例限を求めた。
【0012】
比例限は、平行部両面に歪ゲージ(ゲージ長さ:5mm)を貼付した引張試験片を用いて、引張速度:1mm/minで引張試験を行って、求めた。比例限は、図3に示すように、応力−歪曲線の傾き(Δσ/Δε)と応力(σ)との関係から、応力増加により傾きが小さくなり始める点とした。
得られた結果を、鋼板の比例限と使用した圧延ロールのロール表面粗さRaとの関係で、図4に示す。なお、ロール表面粗さRaは、JIS B 0601−2001の規定に準拠して測定した。図4から、ロール表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用して調質圧延を施せば、容易に鋼板の比例限が150MPa以下となることがわかる。
【0013】
上記した表面粗さの小さいロールを使用した調質圧延による比例限減少の機構については、現在までに十分にその詳細を解明できていないが、本発明者らはつぎのように推定している。
結晶粒径5〜30μmの粗大なフェライトを主体とする鋼板に、Raが2.0μm以下の小さな表面粗さの圧延ロールを用いて調質圧延を施せば、板厚方向に均一な歪を導入することができ、さらにフェライト結晶粒内への可動転位の導入が促進でき、比例限を顕著に低減できるものと考えている。一方、表面粗さRaが2.0μmを超えて大きな表面粗さの圧延ロールを用いて調質圧延を行った場合には、導入される歪が鋼板表層に集中するため、転位がタングル化して可動転位が減少し、比例限の低減が得られなくなったものと考えられる。
【0014】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.10%以下、Si:0.05%以下、Mn:0.1〜1.0%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%未満を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織とを有する薄鋼板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用した調質圧延を施してなる薄鋼板であって、150MPa以下の比例限を有することを特徴とする形状凍結性に優れた冷延薄鋼板。
【0015】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする冷延薄鋼板。
(3)(1)または(2)に記載の冷延薄鋼板の少なくとも一方の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を形成してなることを特徴とする形状凍結性に優れた冷延薄鋼板。
【0016】
(4)鋼素材に熱延工程と、冷延工程とを順次施し冷延板とし、該冷延板に焼鈍工程を施し冷延焼鈍板とする冷延薄鋼板の製造方法において、前記鋼素材が、質量%で、C:0.10%以下、Si:0.05%以下、Mn:0.1〜1.0%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%未満を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材であり、前記焼鈍工程が、前記冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で30s以上加熱したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却する焼鈍処理を施し、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織を有する冷延焼鈍板とする工程であり、前記焼鈍工程後に、前記冷延焼鈍板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用し、調質圧延伸び率を、該冷延焼鈍板の平均結晶粒径d(μm)に対応して、d/20〜d/5%の範囲とする調質圧延を施し、比例限が150MPa以下である冷延薄鋼板とすることを特徴とする、形状凍結性に優れた冷延薄鋼板の製造方法。
【0017】
(5)(4)において、前記焼鈍工程に代えて、前記冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で焼鈍して、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却し、溶融亜鉛めっきを施す焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程とすることを特徴とする冷延薄鋼板の製造方法。
(6)(5)において前記焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程を経たのち、さらに溶融亜鉛めっきを合金化処理する合金化処理工程を施すことを特徴とする冷延薄鋼板の製造方法。
【0018】
(7)(4)ないし(6)のいずれかにおいて、前記鋼素材の組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする冷延薄鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、比例限が150MPa以下の冷延薄鋼板を安価にしかも安定して製造でき、成形後の部材の形状凍結性が格段に向上し、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ハット状部品の形状寸法を模式的に示す説明図である。
【図2】ハット状部品の開き量Xに及ぼす鋼板の比例限の影響を示すグラフである。
【図3】応力−歪曲線の傾き(Δσ/Δε)と応力(σ)との関係から、比例限の決定の一例を示すグラフである。
【図4】比例限に及ぼすロール表面粗さRaの影響を示すグラフである。
【図5】調質圧延済み鋼板の比例限(MPa)とR/dとの関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明薄鋼板の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらないかぎり質量%は、単に%で記す。
C:0.10%以下
0.10%を超えるCの含有は、フェライト粒を微細化し、セメンタイトの形成を促進して、比例限を低下させることを困難にするとともに、焼入れ性を高め、低温変態相の生成を促進して、強度を増加させ延性を低下させる。このため、Cは0.10%以下に限定した。なお、好ましくは0.05%以下である。本発明ではC含有量の下限を限定する必要はないが、過剰な低減は製造コストの高騰を招くため、0.0010%以上とすることが好ましい。
【0022】
Si:0.05%以下
Siは、フェライト安定化元素であり、フェライト中のCの濃化を促進し、セメンタイト、マルテンサイト等を生成しやすくして硬質化促進に寄与する元素であり、加工性の向上の観点からはできるだけ低減することが好ましい。また、Siは、焼鈍時に表面にSi酸化物を形成し、表面性状、化成処理性、めっき性等に悪影響を与える。このようなことから、Siは0.05%以下に限定した。なお、より好ましくは0.03%以下である。
【0023】
Mn:0.1〜1.0%
Mnは、MnSを形成し、Sによる熱間割れを防止する有効な元素であり、含有するS量に応じて含有させることが好ましい。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。また、Mnは、固溶して鋼の強度を増加させるとともに、焼入れ性を向上させ、結晶粒の微細化に寄与する元素であり、多量の含有は、マルテンサイト等の低温変態相の生成を促進させたり、フェライト粒を微細化し、比例限を低下させることを困難とするとともに、著しく延性を低下させて加工性を劣化させる。このような傾向は、1.0%を超えて含有する場合に顕著になる。このため、MnはO.1〜1.O%の範囲に限定した。なお、より良好な加工性が要求される用途では、0.5%以下とすることが望ましい。
【0024】
P:0.05%以下
Pは、鋼中に不可避的不純物として含有されるが、粒界に偏析して粒界強度を低下させる作用を有する。このため、本発明ではできるだけ低減することが好ましいが、0.05%までは許容できる。このため、PはO.05%以下に限定した。なお、好ましくは0.03%以下である。
【0025】
S:0.02%以下
Sは、熱間での鋼の延性を著しく低下させ、熱間割れを誘発して表面性状を著しく劣化させる元素である。また、Sは粗大な硫化物を形成し、鋼の延性、靭性を低下させる。このため、Sはできるだけ低減することが好ましいが、0.02%程度までであれば、許容できる。このようなことから、Sは0.02%以下に限定した。なお、好ましくは0.01%以下である。
【0026】
Al:0.02〜0.10%
Alは、鋼の脱酸剤として作用し、鋼の清浄度を向上させる作用を有するとともに、強力にNを固定し、Nによる時効硬化を抑制する作用を有する。このような効果を得るためには0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.10%を超える含有は、アルミナの生成による介在物量の増加など、表面性状の悪化に繋がる。このため、Alは0.02〜0.10%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.05%以下である。
【0027】
N:0.005%未満
Nは、固溶して鋼の強度増加に寄与し、比例限を増加させる傾向を有するとともに、多量に含有するとスラブの熱間割れを発生させ、スラブの表面性状を悪化させる傾向を有する元素であり、本発明ではできるだけ低減することが望ましいが、0.005%未満であれば許容できる。このため、Nは0.005%未満に限定した。
【0028】
上記した成分が基本の成分であるが、基本の組成に加えてさらに、必要に応じて、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を選択して含有できる。
Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ti、Nb、B、Cr、Moはいずれも、窒化物および/または炭化物を形成し、耐時効性を劣化させる固溶C,Nの減少に寄与する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上含有できる。このような効果を得るためには、Ti:0.005%以上、Nb:0.010%以上、B:0.0003%以上、Cr:0.1%以上、Mo:0.1%以上、をそれぞれ含有することが望ましいが、Ti:0.08%、Nb:0.030%、B:0.0030%、Cr:1.0%、Mo:1.0%を、それぞれ超える含有は、析出物の増加や、焼入れ性の向上を介して低温変態相の増加等を促進し、鋼を硬質化させ延性を低下させる。このため、含有する場合には、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%の範囲にそれぞれ限定することが好ましい。
【0029】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
また、本発明薄鋼板は、上記した組成を有し、さらに、平均結晶粒径:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織を有する。ここでいう「主体とする」とは、組織全体に対する体積率で95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは100%である場合をいう。主体とする相以外の第二相は、セメンタイトやパーライト、ベイナイト等である。第二相は、体積率で5%以下とする。第二相が5%を超えて多くなると、鋼板が硬質化し、成形性(加工性)が低下する。
【0030】
また、フェライト相の平均結晶粒径が5μm未満では、結晶粒界が多くなることから、調質圧延時の歪が、とくに粒界三重点に集中し、転位がタンダル化しやすくなるため、比例限が増加する傾向となる。一方、フェライト相の平均結晶粒径が30μmを超えて結晶粒が粗大化すると、プレス成形時に、オレンジピールと称される凹凸が顕著となり、部材の表面性状が低下するとともに、比例限の低減に必要な可動転位を、粒界近傍に導入することが困難となる。このようなことから、フェライト相の平均結晶粒径は5〜30μmに限定した。
【0031】
さらに、本発明冷延薄鋼板は、上記した組成と上記した組織を有する薄鋼板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用した調質圧延を施してなる薄鋼板である。調質圧延に使用する圧延ロールの表面粗さRaが2.0μmを超えて粗い場合には、調質圧延時に導入される歪が鋼板表層に集中し、板厚方向に均一な歪を導入できず、所望の比例限の低減が得られない。このため、本発明では、上記した組成と上記した組織を有する薄鋼板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用した調質圧延を施すことにした。
【0032】
つぎに、本発明薄鋼板の好ましい製造方法について説明する。
本発明薄鋼板の製造方法では、まず、鋼素材に熱延工程、冷延工程、さらに焼鈍工程を順次施して、冷延焼鈍板とする。
使用する鋼素材は、上記した鋼板の組成と同様に、質量%で、C:0.10%以下、Si:0.05%以下、Mn:0.1〜1.0%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%未満を含み、あるいはさらに、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材とする。
鋼素材の製造方法は、とくに限定する必要はないが、上記した組成の溶鋼を転炉等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法などの常用の鋳造方法でスラブ等の鋼素材とすることが好ましい。鋼素材の鋳造方法は、成分のマクロな偏析を防止すべく違続鋳造法とすることが望ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法によってもなんら問題はない。
まず、上記した組成の鋼素材に常法に従い、熱延工程と、冷延工程とを順次施し冷延板とする。
【0033】
本発明では、熱延工程は、鋼素材を加熱して、熱間圧延を施し、その後巻き取る工程を施し、所望の寸法形状の熱延板を製造できればよく、とくにその条件を限定する必要はない。
ついで、得られた熱延板に冷延工程を施し、冷延板とする。冷延工程では、熱延板に酸洗を施し、ついで冷間圧延を施し冷延板とする。酸洗は、常用の酸洗方法がいずれも適用できる。また、冷間圧延は、所定の寸法形状の冷延板とすることができればよく、常用の冷間圧延条件がいずれも適用できる。
【0034】
ついで、得られた冷延板に焼鈍工程を施し、冷延焼鈍板とする。
焼鈍工程は、冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で30s以上加熱したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却する焼鈍処理を施す工程とする。これにより、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織を有する冷延焼鈍板とする。
【0035】
焼鈍温度が、730℃未満では、冷間圧延で加工されたフェライトの再結晶の完了が困難となるうえ、平均結晶粒径:5μm以上の粗大フェライト粒を確保できない。一方、焼鈍温度が、850℃を超えて高温となると、オーステナイトへの変態が進行し、冷却時に微細なフェライトに変態するか、あるいは低温変態相へ変態し、フェライト分率が小さくなる。このため、焼鈍温度は:730〜850℃の範囲の温度に限定することが好ましい。なお、焼鈍温度での保持(加熱)時間は30s以上とすることが好ましい。保持(加熱)時間が30s未満では、再結晶が完了しないか、完了しても粒成長が抑制され、所望の粗大フェライト粒を確保できなくなる。なお、加熱時間の上限はとくに限定しないが、生産性の観点から概ね200s以下とすることが望ましい。
【0036】
また、焼鈍工程での焼鈍後の冷却は、焼鈍温度から、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下まで冷却することが好ましい。焼鈍後の冷却速度が、平均で5℃/s未満では、フェライト粒の成長が促進され、所望の粒径範囲のフェライト組織とすることができなくなる。一方、焼鈍後冷延速度の上限はとくに限定する必要はないが、30℃/sを超える急速な冷却で急冷する場合には特別な冷却設備を必要とするため、30℃/s以下の冷却速度で冷却することが好ましい。なお、冷却停止温度が600℃を超えて高温となると、その後の冷却で低温変態相が形成される恐れがある。このため、焼鈍後の冷却は5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下まで冷却することとした。なお、600℃以下の冷却速度は特に規定する必要はない。
【0037】
なお、得られた薄冷延焼鈍板に、電気亜鉛めっき、化成処理膜を形成してもよい。
また、本発明では、上記した焼鈍工程に代えて、前記冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で焼鈍して、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却し、溶融亜鉛めっきを施す焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程としてもよい。焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程は、連続溶融亜鉛めっきラインを利用し、焼鈍後、通常の480℃近傍の溶融亜鉛めっき浴に、連続浸漬する溶融亜鉛めっき処理を行ってもよい。なお、さらに、溶融亜鉛めっき層を合金化溶融亜鉛めっき層とする、めっき層の合金化処理工程を施してもよい。合金化処理は常法に従い500℃以上600℃未満の温度域に再加熱する処理とすればよい。
【0038】
このような熱延工程、冷延工程、焼鈍工程あるいは焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程、を経た冷延焼鈍板(めっき板)は、平均結晶粒径が5μm以上30μm以下であるフェライト相を主体とする組織を有する冷延焼鈍板(めっき板)となる。なお、得られた冷延焼鈍板(めっき板)に、さらに、化成処理膜を形成してもよい。
本発明では、冷延焼鈍板(めっき板)に、ついで、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用して調質圧延を施す。
【0039】
使用する圧延ロールの表面粗さRaが2.0μmを超えて粗くなると、図4に示すように、150MPa以下の比例限を安定して確保できなくなる。使用する圧延ロールの表面粗さRaの下限はとくに限定する必要はないが、使用する圧延ロールの表面粗さRaが小さくなると、得られる鋼板の表面粗さも小さくなり、鋼板の摩擦抵抗が小さくなりすぎて、コイル状に巻き取った際に、コイルが、筍状に潰れやすくなる。このため、使用する圧延ロールの表面粗さRaは0.2μm以上とすることが好ましい。なお、表面粗さRaは、JIS B 0601−2001の規定に準拠して測定した値を用いるものとする。
【0040】
さらに、調質圧延における伸び率(調質圧延伸び率)R(%)は、被圧延材である冷延焼鈍板の平均結晶粒径d(μm)に対応して、d/20〜d/5%の範囲とする。すなわち、R/dで、0.05〜0.20となるように、調質圧延を行う。
調質圧延を施すことにより、可動転位が導入され、比例限が低減する。しかし、調質圧延により導入される可動転位は粒界近傍に導入されやすいため、所望の比例限の低減に必要な可動転位を有効に粒界近傍に導入するには、フェライト粒径が大きいほど、調質圧延の伸び率(調質圧延伸び率)を大きくする必要がある。すなわち、フェライト平均粒径d(μm)に応じて、調質圧延伸び率R(%)を調整することが肝要となる。調質圧延済み鋼板の比例限(MPa)とR/dとの関係を図5に示す。なお、図5は、フェライト平均結晶粒径dが5〜20μmの鋼板を用い、表面粗さRaが0.2〜1.8μmの圧延ロールを使用して調質圧延した結果である。図5から、R/dが1/20〜1/5の間で鋼板の比例限が150MPa以下となることがわかる。
【0041】
調質圧延における伸び率(調質圧延伸び率)R(%)が、d/20未満では、調質圧延の圧下量が不足し、所望の可動転位を導入できず、所望の低い比例限を確保できない。一方、d/5を超えて圧下量が多くなると、導入された転位がタングル化し、比例限低減に有効に寄与する可動転位が不足し、所望の低い比例限を確保できなくなる。このようなことから、調質圧延の伸び率(調質圧延伸び率)R(%)は、フェライト平均結晶粒径dに対応して、d/20〜d/5の範囲に限定した。
【0042】
以下、実施例に基づいて、さらに本発明について説明する。
【実施例】
【0043】
表1に示す組成の鋼素材に、1200℃に加熱し、最終パスの出側温度を900℃とする熱間圧延を施し、550℃で巻取り、板厚:2.6mmの薄熱延板とする熱延工程を施した。得られた薄熱延板に、酸洗を施したのち、冷間圧延を施し、板厚0.8mmの冷延板とする冷延工程を施した。ついで、得られた冷延板に、表2に示す焼鈍温度、保持時間、および冷却速度の条件で焼鈍処理を行う焼鈍工程を施し、薄冷延焼鈍板とした。なお、冷却速度は焼鈍温度から600℃までの平均とした。
【0044】
一部の鋼板では、焼鈍処理に代えて、表2に示す条件で、焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程を施した。焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程では焼鈍処理に引続いて、めっき浴の温度:480℃の溶融亜鉛めっき浴に連続的に浸漬する溶融亜鉛めっき処理を施した。なお、一部の鋼板には、溶融亜鉛めっき処理後、表2に示す温度で合金化処理を施した。
得られた薄冷延焼鈍板(薄めっき板)から、圧延方向に平行な断面が観察面となるように組織観察用試験片を採取し、研磨し、ナイタール腐食して、フェライト相の平均結晶粒径、組織分率を求めた。フェライト相の平均結晶粒径は、光学顕微鏡(倍率:100倍)を用いて、200×200μmの領域について、切断法により、求めた。また、フェライト相の組織分率は、光学顕微鏡(倍率:100倍)を用いて、200×200μmの領域について2枚撮像し、画像解析装置を用いて算出した。なお、フェライト以外の第二相についても観察した。組織観察結果を表2に併記して示す。
【0045】
ついで、得られた冷延焼鈍板(めっき板)に、表2に示す表面粗さRa(μm)の圧延ロールを使用して、表2に示す調質圧延伸び率R(%)で調質圧延を施した。圧延ロールの表面粗さRaは、JIS B 0601−2001の規定に準拠して測定した。なお、溶融亜鉛めっき処理を施さない一部の鋼板では、調質圧延後に電気亜鉛めっき処理を施した。
調質圧延済み薄鋼板(薄めっき鋼板)から、試験方向が圧延方向となるように、J1S5号試験片(GL:50mm)を採取し、J1S Z 2241の規定に準拠して引張試験を行い、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS、伸びEl)を求めた。また、得られた薄鋼板から、試験方向が圧延方向となるように、J1S5号試験片を採取し、引張試験を実施して、比例限を求めた。比例限は、平行部両面に歪ゲージ(ゲージ長さ:5mm)に貼付した引張試験片を用いて、引張速度:1mm/minで引張試験し、応力−歪曲線の傾き(Δσ/Δε)と応力(σ)との関係から、図3に示す要領で、求めた。
【0046】
なお、調質圧延済み薄鋼板についても、組織観察をしたが、冷延焼鈍板(めっき板)と変わらない組織を有していることを確認した。
得られた結果を表3に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
本発明例はいずれも、平均結晶粒径:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織を有し、150MPa以下の低い比例限を有する薄鋼板となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、比例限が150MPa超えの高い比例限となっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10%以下、 Si:0.05%以下、
Mn:0.1〜1.0%、 P:0.05%以下、
S:0.02%以下、 Al:0.02〜0.10%、
N:0.005%未満
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織とを有する薄鋼板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用した調質圧延を施してなる薄鋼板であって、150MPa以下の比例限を有することを特徴とする形状凍結性に優れた冷延薄鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の冷延薄鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の冷延薄鋼板の少なくとも一方の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を形成してなることを特徴とする形状凍結性に優れた冷延薄鋼板。
【請求項4】
鋼素材に熱延工程と、冷延工程とを順次施し冷延板とし、該冷延板に焼鈍工程を施し冷延焼鈍板とする冷延薄鋼板の製造方法において、
前記鋼素材が、質量%で、
C:0.10%以下、 Si:0.05%以下、
Mn:0.1〜1.0%、 P:0.05%以下、
S:0.02%以下、 Al:0.02〜0.10%、
N:0.005%未満
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材であり、
前記焼鈍工程が、前記冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で30s以上加熱したのち、平均冷却速度:5℃/s以上の冷却速度で600℃以下の温度まで冷却する焼鈍処理を施し、平均結晶粒径d:5〜30μmのフェライト相を主体とする組織を有する冷延焼鈍板とする工程であり、
前記焼鈍工程後に、前記冷延焼鈍板に、表面粗さRaが2.0μm以下の圧延ロールを使用し、調質圧延伸び率を、該冷延焼鈍板の平均結晶粒径d(μm)に対応して、d/20〜d/5%の範囲とする調質圧延を施し、比例限が150MPa以下である冷延薄鋼板とすることを特徴とする、形状凍結性に優れた冷延薄鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍工程に代えて、前記冷延板に、焼鈍温度:730〜850℃の範囲の温度で焼鈍して、5℃/s以上の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却し、溶融亜鉛めっきを施す焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程とすることを特徴とする請求項4に記載の冷延薄鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記焼鈍−溶融亜鉛めっき処理工程を経たのち、さらに溶融亜鉛めっきを合金化処理する合金化処理工程を施すことを特徴とする請求項5に記載の冷延薄鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記鋼素材の組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.08%、Nb:0.010〜0.030%、B:0.0003〜0.0030%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項4ないし6のいずれかに記載の冷延薄鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−7196(P2012−7196A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−142249(P2010−142249)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】