説明

心筋培養用のスポンジ状シート

【課題】拍動能をもって心筋様組織を作製することができる心筋培養用スポンジ状シートの提供。
【解決手段】コラーゲンからなり上面から下面に対して、一定方向の筒状の空隙を多数有する、心筋培養用のスポンジ状シート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋細胞を培養し培養後に培養担体とともにそのまま移植可能な心筋様組織を作製する培養用担体であって、原料としてコラーゲンを、形状として一定方向の筒状空隙を有するスポンジ状シートの担体で、本スポンジ状シートを用いて心筋細胞を培養することにより、拍動能を持った心筋様移植組織を作製することが可能となる。
【背景技術】
【0002】
近年、日本において心不全は罹患率および死亡率の主な要因の一つであり、増加の傾向にあり現在日本では160万人の患者がいると推定されている。心不全によって血行不全周囲の心筋細胞の破壊もしくは損傷を生じ、その障害は自然に治癒をすることはない。
そのために心不全を起こした患者は、その発病後には細心の注意をもって生活をしていくことが求められる。例えばストレスが増大すると、残存する損傷を受けていない心筋細胞のサイズの肥大が生じる、投薬を続ける等のハンディを持った生活を続けることとなる。
障害を受けた心筋組織を再生させる方法として、心筋細胞あるいはその幹細胞を注入することが試みられているが、細胞が移動してしまう等の理由により十分な治療効果を得るには至っていない。
そこで心筋細胞を集合体とし、それを心筋様組織として心筋障害部に適応することが試みられるようになり、そのため心筋様組織の作製法が考案されている。なおここで言う心筋様組織とは自律拍動を起こす心筋細胞の集合体を言う。
【0003】
特許文献1には、移植可能な心筋細胞シートを提供するために、温度応答性高分子によって表面が被覆された培養皿で哺乳動物の心筋細胞を培養し、心拡張収縮能を向上、及び/または心臓のリモデリングを抑制させる移植可能な哺乳動物心筋細胞シートの作製が開示されている。
特許文献2には水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で培養し、その後培養された細胞シートを高分子膜に密着させたまま、高分子膜と共に剥離して心筋細胞のシートの作製が開示されている。
特許文献3には、支持物質およびその中に組み込まれた細胞培養物から3次元環状筋肉体を作製するための装置が開示されており、さらに、哺乳類心筋細胞を培養するための細胞培養物を培養する方法、細胞培養物の等尺性力パラメータを測定する装置、および支持物質中に組み込まれた細胞組織の収縮を測定可能な方法で追跡する方法が示されている。
【特許文献1】特開2003-306434号公報「心筋細胞シートによる心筋症治療薬」
【特許文献2】国際公表WO2002/008387号「心筋様細胞シート、3次元構造体、心筋様組織及びそれらの製造方法」
【特許文献3】特公表2004-500093号「3次元マトリックス体、細胞組織の収縮を測定する装置および方法」 しかし特許文献1、特許文献2の心筋シートは、高分子膜と一緒に細胞シートを扱えるように為されているが、高分子膜のまま障害部位に残すことができないため、扱いの難しさが残っている。特許文献3の装置を用いて作成される3次元の環状心筋組織も、装置より取り出して使用する必要があり、取り出すための煩雑さ、培養組織のダメージが問題として残っている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明では上記問題点を解決し、作製された心筋様移植組織を扱いやすくするために、培養によって心筋様組織とした後に培養用担体ごと障害部位に残すことができる担体を見出し、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明はコラーゲンからなり上面から下面に対して、一定方向の筒状の空隙を多数有する、心筋培養用のスポンジ状シートに関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明では上記のような心筋培養用のスポンジ状シートであって、これを担体として心筋細胞を培養することにより拍動能をもった心筋様移植組織を作成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のスポンジ状シートは原料と形状の両方で条件を満たすことが必要であって、この両方の条件により心筋様組織の作製が可能となる。
原料について、本発明のスポンジ状シートはコラーゲンを原料として製造される。コラーゲンとしては不溶性コラーゲンと可溶性のコラーゲンとに分けることができるが、本発明の原料に用いられるコラーゲンは可溶性あるいは可溶化コラーゲンが用いられる。具体的には酵素可溶化コラーゲン(アテロコラーゲン)、アルカリ可溶化コラーゲン、酸可溶性コラーゲン、塩可溶性コラーゲン等を用いることができるが、特にアテロコラーゲンが望ましい。
コラーゲンはまた生体組織由来、リコンビナントコラーゲンのいずれであっても良い。
生体組織由来の場合、使用する組織に特に制限はないが、例えば真皮層が採取しやすく溶解が容易である。生体組織由来の場合、動物種に特に制限はなく、培養時にコラーゲンが熱変性を起こすことのない変性温度を持つコラーゲンであれば問題はない。具体的にはウシ、ブタ等哺乳動物由来、ニワトリ等の鳥類由来、マグロ、イズミダイ等の暖流、熱帯地域に生息する魚類由来等を用いることができる。コラーゲンの構成アミノ酸側鎖の化学修飾物、具体的にはアセチル化、サクシニル化、フタール化等のアシル化、メチル化、エチル化等のエステル化等を用いることが可能である。
【0008】
次に形状としてはシートの上面から下面に対して一定方向の筒状の空隙、つまり多数の筒状の穴がシート状のスポンジ内に束ねられている形状を持つことが必要である。この形状によってスポンジ状シートは心筋細胞の3次元的培養が可能な形状を持ち、また担体が適度な柔軟性を持つことで、空隙内に播種、接着した細胞が心筋様組織になることが可能となる。
筒状の断面は基本的には円形で、さらに楕円形から多角形までの形状が可能である。これら空隙の断面は隣り合って密に存在しており、その密度は乾燥状態で1cm2あたり4個〜30個が望ましい。これより密度が低くても、高くても心筋様組織を得ることはできない。また空隙の密度以外に空隙と空隙間の壁の厚さが700μm以下であることが望ましい。この空隙の密度の範囲、壁の厚さの範囲を持つことで、担体であるスポンジ状シートに望ましい柔軟性を持たせることができ、それによって心筋様組織を作製することが可能となる。
【0009】
本スポンジ状シートは凍結乾燥により得ることができる。具体的には溶液状のコラーゲンあるいは原料コラーゲンの等電点付近のpHでコラーゲンが析出、沈殿を生じた分散液のいずれでも原料として用いることができる。
溶液状コラーゲンを原料とする場合には、原料コラーゲンを溶液にできるpH範囲で溶液として用いる。例えば化学修飾を行っていない未修飾コラーゲンであれば酸性pH、具体的にはpH4以下の溶液を調製し原料として用いる。化学修飾コラーゲンであれば、その化学修飾コラーゲンが溶解するpH、例えば構成アミノ酸の側鎖アミノ基を修飾したコラーゲンあるいはアルカリ可溶化コラーゲンであれば中性付近のpH範囲で溶液を調製することができる。
また構成アミノ酸の側鎖カルボキシル基を修飾したコラーゲンであれば酸性から中性のpH範囲で溶液を調製することができる。
溶液、分散液のコラーゲン濃度に特に制限はないが、できたスポンジ状シートに適度な柔軟性を持たせるためコラーゲン濃度としては5g/mL〜40g/mLが望ましい。
分散液あるいは溶液を所望の形状の型に入れた後に、凍結乾燥することでスポンジ状シートを得ることができる。
【0010】
ここで用いる型としては、乾燥後に空隙となるところに所望の形状の柱を持つトレイを用いることができ、そこに溶液あるいは分散液を入れ凍結しその後その容器のまま乾燥させる、あるいは凍結後容器から取り出し乾燥させることでスポンジ状シートを得ることができる。溶液を型に入れた後に、この溶液のpHを溶液に含まれるコラーゲンの等電点付近にすることで、型内でコラーゲンが析出、沈殿し、それを凍結乾燥することでスポンジ状シートを得る方法も用いることができる。
【0011】
別の方法として溶液を容器に入れた後に、この溶液のpHを溶液に含まれるコラーゲンの等電点付近にすることで、容器内部でコラーゲンが析出し得られた白色のコラーゲンゲル内に水柱が生じ、そのゲルを凍結乾燥することで水柱部分が空隙となり、その結果一定方向に筒状の空隙を持ったスポンジ状シートを得ることができる。この場合に用いる容器は、柱を持った型の必要は無く単なる容器で作製することができる。乾燥し得られたスポンジ状シートは、未修飾コラーゲンを中性付近のpHでコラーゲンを析出させたものを原料とした場合には、培養条件で溶解しにくく不溶化処理を施す必要はない。
一方、他の原料を使用した場合には、コラーゲンが培養中に溶け出すことがないように不溶化処理を行う必要がある。また先ほどの未修飾コラーゲンを中性付近のpHでコラーゲンを析出させたものを原料とした場合にも、不溶化処理を施すことも可能である。
【0012】
不溶化処理の方法として特に制限はないが、不溶化処理としては乾燥物の内部にまで不溶化処理が可能な、乾熱処理、γ線照射、化学架橋剤、気化可能な化学架橋剤等が望ましい。更に具体的には化学架橋剤としては、アルデヒド化合物、エポキシ化合物、イソシアナート化合物等、気化可能な化学架橋剤としてはホルムアルデヒド等を用いることができる。不溶化処理は具体的には用いる方法によって異なる。例えば乾熱処理でれば完全に乾燥状態にした後に、120℃程度の加熱雰囲気下で30分以上放置することにより行うことができ、γ線照射では膨潤しない程度に乾燥物に湿度を与えた後に、10krad以上の照射によって行うことができる。化学架橋剤による不溶化処理であれば、例えばグルタルアルデヒドであれば0.5%の濃度でグルタルアルデヒドを含む水溶液に、乾燥物を浸漬することにより達成できるが、更に乾燥物を事前に乾熱処理を行った後に、化学架橋剤による不溶化処理を行う等、いくつかの方法を組み合わせても良い。気化可能な化学架橋剤による不溶化処理では、密閉した容器に乾燥物と化学架橋剤、例えばホルマリン溶液を入れた密閉容器内で気化したホルムアルデヒドによって不溶化処理が行われる。
【0013】
本担体に心筋細胞を播種し培養することで、拍動性を持った心筋様組織を作製することができ、そのまま担体であるスポンジ状シートのまま移植が可能であって、作製された心筋様組織の扱いが容易になり、さらに障害部位への固定も容易となり生着率を高めることができる。
本スポンジ状シートに心筋細胞を播種、接着後培養を行う。播種、接着についてはスポンジ状シートを培養用ディッシュに載せ、空隙開口部上より細胞顕濁液をかける、或いは細胞懸濁液中にスポンジ状シーとを入れ、その容器をゆっくりと動かす等の方法により行うことができ、方法に特に制限はない。
培地、培養方法について特に制限はなく、通常の方法或いは培養する細胞に最適な方法によって培養することが出来る。例えば、ラットより得られた心筋細胞について、15%のウシ胎児血清(FBS)を含むDMEM倍地により培養することができ、この場合、培養3日目から拍動が観察され、拍動数は培養10日目に最大となり、その後減少していった。
【実施例】
【0014】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
実施例1
10mg/mL濃度のアテロコラーゲン溶液(pH3.0)を10×10cmトレーに深さが1cmとなるように入れる。このトレーを密閉容器に入れ、更にこの密閉容器にアンモニア水を入れ、そこから揮発するアンモニアガスによってトレー中のコラーゲン溶液を中和し白色のコラーゲンゲルを得る。
得られたコラーゲンゲル内部にはゲルの上面から下面に向かい水の柱が多数存在している。これを通常の方法により凍結乾燥することで、多数の空隙を有したスポンジ状シートを得ることができる。本スポンジ状シートには1cmあたり6個の空隙が存在し、空隙と空隙の仕切り壁の幅は30μmであった。
得られたスポンジ状シートの不溶化処理として、減圧下120℃にて5時間処理を行った。
一方生後1日のSD ratより心筋細胞を通常の方法により単離・精製した。得られた心筋細胞を15%FBSを含むDMEM培地の6×105個/mL密度の懸濁液を調製し、この細胞懸濁液を培養シャーレ上に置いたスポンジ状シートに播種、接着させる。
播種後徐々に拍動が観察され、3日後には毎分23回、4日後に毎分73回、6日後には毎分124回、8日後には毎分166回の拍動運動が観察された。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られたスポンジ状シートの顕微鏡写真 Bright green 染色、倍率 40倍
【図2】実施例1で得られたスポンジ状シートの顕微鏡写真 Bright green 染色、倍率 100倍
【図3】実施例1で得られたスポンジ状シートの顕微鏡写真 Bright green 染色、倍率 200倍
【図4】実施例1で培養された心筋細胞の電子顕微鏡写真 培養開始8日目
【図5】実施例1で培養された心筋細胞の顕微鏡写真 培養開始8日目 H.E染色
【図6】実施例1で培養された心筋細胞の顕微鏡写真 培養開始12日目 H.E染色

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲンからなり上面から下面に対して、一定方向の筒状の空隙を多数有する、心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項2】
筒状の断面が円形、楕円形、多角形の形状を持ち、本空隙が乾燥状態で1cmあたり4個〜30個存在することを特徴とする請求項1に記載の心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項3】
筒状の断面に存在する空隙と空隙の仕切り壁の幅が、乾燥状態で空隙の大きさより小さいことを特徴とする請求項1あるいは2に記載の心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項4】
乾燥状態で仕切り壁の幅が700μm以下であることを特徴とする請求項2あるいは3に記載の心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項5】
乾燥状態で筒状の空隙の高さが2mm〜15mmであることを特徴とする請求項2ないし4の何れかの項記載の心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項6】
コラーゲンがアテロコラーゲンであることを特徴とする請求項1に記載の心筋培養用のスポンジ状シート。
【請求項7】
中和し析出した状態のアテロコラーゲンを原料とすることを特徴とする請求項1に記載の心筋培養用のスポンジ状シート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−99565(P2008−99565A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−282353(P2006−282353)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【出願人】(591071104)株式会社高研 (38)
【Fターム(参考)】