成形品の熱履歴評価方法
【課題】熱履歴を受けた成形品の熱負荷温度や熱負荷時間等を正確に評価することが可能であり、少量の試料で試験が容易な成形品の熱履歴評価方法を提供する。
【解決手段】指標成分を定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成し、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定し、前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間を求めて成形品の熱履歴を評価した。
【解決手段】指標成分を定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成し、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定し、前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間を求めて成形品の熱履歴を評価した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱履歴を受けた成形品の熱負荷温度、熱負荷時間等の熱履歴を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、成形品として例えばポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと略記する)等の熱可塑性樹脂成形品からなる電線接続用コネクタハウジングが公知である。PBTは機械的特性と電気的特性のバランスに優れ、かつ高温使用にも耐えうる。そのため、PBTは小型軽量化がすすむ自動車部品のコネクタの材料等に用いられている。
【0003】
自動車部品に用いられる成形品は、高温環境や屋外等の過酷な使用環境で使用される。このような使用環境では、成形品は、材料自身の劣化が進行して機械的強度が低下する。そこで、成形品の使用環境を把握して劣化の過程を評価する方法が必要である
【0004】
例えば、PBT成形品の劣化度の評価方法として、下記(1)〜(3)の方法が公知である。
【0005】
(1)機械的強度による評価方法
引張試験機により、ロック強度、端子保持力等の機械的強度を測定する方法である。
【0006】
(2)分析による定量的な評価方法
SEC(Size Exclusion Chromatograph:サイズ排除クロマトグラフ)による平均分子量の測定、滴定法による末端カルボキシル基量の測定等がある。
【0007】
(3)熱負荷温度を評価する方法(例えば特許文献1参照)
DSC(Differential Scanning Calorimeter:示差走査熱量計)を用いて熱履歴を推定する手法がある。熱負荷を受けた成形品から試料を切り出して、この試料をDSCを用いて熱分析を行う方法である。熱負荷を受けた試料は、常温から昇温すると融解ピークとは異なる吸熱ピークを示す。この吸熱ピークのピークトップ温度から熱負荷温度を測定する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−10900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記(1)の評価方法は、試験片としてコネクタ全体が必要であり、更に所定の形状、寸法の相手側コネクタや端子が必要である。更に、成形品が大きく劣化していない限り、試料間で差が現れにくく精度が劣るという問題があった。
【0010】
上記(2)の評価方法は、試料の制約を受けず、精度のよい測定が可能であるが、測定にはレジンの精製等の前処理が必要であるという問題があった。更に、この方法による評価は、あくまでも成形品がどの程度劣化しているかを知ることができるだけであって、どのような熱履歴を受けて劣化したのかを推定することはできなかった。
【0011】
上記(3)の評価方法は、DSC曲線より得られた吸熱ピークのピークトップ温度は、実際の熱負荷温度よりも高く出てしまうという問題があった。例えばポリエチレン樹脂の場合は3〜4℃、ポリプロピレン樹脂の場合は9〜13℃程度高くなる。また、成形品の熱負荷時間が長くなると、ピークトップ温度が高温側にシフトするため、精度が低く、実用的ではないという問題があった。
【0012】
本発明は上記従来技術の欠点を解消するためになされたものであり、熱履歴を受けた成形品が、実際に曝された熱負荷温度や熱負荷時間等を正確に評価することが可能であるとともに、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取し複雑な前処理を必要とせず、試験を容易に行うことが可能である、成形品の熱履歴評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の成形品の熱履歴評価方法は、
熱履歴を受けた成形品を分析して、熱履歴を推定し評価する熱履歴評価方法において、
熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度T0として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、
熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定する指標成分測定工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度T0に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間t0を求める熱負荷時間推定工程を備え、
前記基準熱負荷時間t0に基づいて成形品の熱履歴を評価することを要旨とするものである。
【0014】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
更に、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いたDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度T1を求める熱負荷温度推定工程を備え、
前記熱負荷時間推定工程により得られた基準熱負荷時間t0と、前記最高負荷温度T1を用いて、成形品の熱履歴を評価することが好ましい。
【0015】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記マスター曲線作成工程において、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から最高負荷温度T1における移動因子aT1を決定し、下記式より基準温度T0の熱負荷時間である基準熱負荷時間t0を前記最高負荷温度T1の熱負荷時間である実熱負荷時間t1に換算する熱負荷温度換算工程を備え、前記実熱負荷時間t1を利用して熱履歴を評価することを特徴とすることが好ましい。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1
【0016】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記熱負荷温度推定工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度T1を推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度T1を推定することが好ましい。
【0017】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記成形品が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であり、前記指標成分が、試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートとすることができる。
【0018】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
予め成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性の関係を把握しておき、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することができる。
【0019】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
予め成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部を成形品本体と一体に形成しておき、該劣化判定部を成形品本体から分離可能に形成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の成形品の熱履歴評価方法は、所定の熱処理温度を基準温度として指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量を行う指標成分測定工程と、前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、熱負荷時間を前記基準温度に換算した基準熱負荷時間を求める熱負荷時間推定工程を備え、前記基準熱負荷時間に基づいて成形品の熱履歴を評価する行う方法を採用したことにより、熱履歴を受けた成形品が曝された熱負荷時間を正確に評価することが可能である。すなわちマスター曲線を利用することで基準温度に換算した熱負荷時間を推定できるので、成形品の使用された環境が不明な場合や、成形品の温度履歴が異なる場合でも、同じ基準で劣化度を評価することができる。
【0021】
更に本発明熱履歴評価方法は、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取して、複雑な前処理などを必要とせず、試験を容易に行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】PBTの熱劣化反応の反応式である。
【図2】熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解させた場合の反応式である。
【図3】ベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。
【図4】MMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。
【図5】アレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。
【図6】ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。
【図7】実施例1〜10の結果を示す表である。
【図8】実施例1〜10の走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。
【図9】実施例1〜10の基準熱負荷時間とMMB量との関係をプロットしたグラフである。
【図10】PBT成形品からなるコネクタ端子を100℃で熱処理して端子保持力を測定した際の、熱処理時間とMMB量及び機械的特性の関係を示すグラフである。
【図11】図10のグラフのMMB量と機械的特性の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を用いて本発明の実施例を詳細に説明する。本発明は、成形品が実際に熱履歴を受けた後に、その成形品がどの程度劣化しているのかを、使用した成形品から試料を採取して分析を行い、その分析結果から熱履歴を正確に推定するものである。本実施例では、PBT成形品の熱履歴評価方法について説明する。このPBT成形品は、自動車の電気配線(ワイヤーハーネス)の電気接続用コネクタハウジングとして用いられるものである。
【0024】
本実施例の熱履歴推定方法は、大別して下記の(a)〜(f)の工程からなる。
(a)マスター曲線作成工程
この工程は、予め対象となる成形品についてベンチ試験を行うものである。ベンチ試験は、熱処理時間に応じて生成量が増加する指標成分を決めて、複数の処理温度で処理を行い、指標成分の量と処理温度−時間の関係を測定する。所定の温度を基準温度に定めて、熱処理時間と指標成分量との関係を表すマスター曲線を作成する。
【0025】
(b)指標成分測定工程
この工程は、測定対象の熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、指標成分の定量分析を行い、熱履歴を受けた成形品が含有している指標成分量を定量するものである。
【0026】
(c)熱負荷時間推定工程
上記マスター曲線と、上記成形品の指標成分量を用いて、熱負荷温度を基準温度に換算した基準熱負荷時間(t0)を求めるものである。
【0027】
(d)熱負荷温度推定工程
測定対象の熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いてDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度(T1)を求めるものである。
【0028】
(e)熱負荷温度換算工程
上記基準熱負荷時間(t0)を上記最高負荷温度における熱負荷時間に換算して実熱負荷時間t1を求めるものである。
【0029】
(f)成形品の熱履歴評価工程
成形品の使用履歴、上記基準熱負荷時間t0、最高負荷温度(T1)、実熱負荷時間t1等に基づいて、成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断するものである。
【0030】
以下、上記各工程を詳細に説明する。
(a)マスター曲線作成工程
図1はPBTの熱劣化反応の反応式である。図1に示すように熱劣化によりPBTが酸化すると、酸無水物を形成する。図2は熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を加え熱分解させた場合の反応式である。図2に示すように、熱劣化したPBTにTMAHを加え加熱すると、酸無水物化した部分が加水分解して、メチル4−メトキシブチレート(MMB)が生成する。PBTの熱劣化に比例して酸無水物化する部分が増えるので、このMMB量を測定することで、熱劣化の進行度合いを示す指標とすることができる。すなわち成形品がPBTの場合、指標成分として、PBTにTMAHを加えて加熱した際に生成するMMBが用いられる。
【0031】
尚、本発明において用いられる指標成分は、熱劣化に応じて成形品中の含有量が変化する成分であればよい。指標成分は、成形品中で含有量が増加する成分でもよいし、含有量が減少する成分でもいずれでもよい。また指標成分は、上記実施例のように、成形品に反応性の試薬等を加えて化学反応させて誘導体として、定量分析可能とした成分を用いても良いが、成形品から直接定量できる成分を用いてもよい。
【0032】
このMMBの測定は、PBTにTMAHを加えた試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法により行う。試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法で測定し、熱分解の際の反応生成物の中のMMBを検出し、その検出ピークの面積を測定することで、MMBの量を定量することができる。MMBの定量値から劣化度の評価が可能である。このMMBの定量方法は、具体的には特開2001−356116号公報等に記載されている公知の方法を用いることができる。
【0033】
ベンチ試験として、未使用のPBT成形品を80℃、100℃、120℃の各温度で所定の時間熱処理(熱エージング)した後、試料を採取してMMB量を定量した。試料は、PBT成形品の最表面を15μmの厚さで薄切したもの0.1mg用いた。
【0034】
図3はベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。図3に示すように、PBT成形品の各処理温度におけるMMB量と熱処理時間の関係は、3本の時間変化曲線として示す通りである。図3に示すように、MMB量はいずれの処理温度でも時間の経過と共に指数関数的に増加している。またMMB量は処理温度が高い程、短い処理時間で大きく増加している。これらの結果は、MMBがPBTの熱酸化劣化度の指標成分として適切であることを示している。
【0035】
この図3のグラフの中で、熱処理温度100℃のグラフを基準として、時間−温度換算則を用いて、マスター曲線を作成する。各温度に対する特性値の曲線を時間軸に平行移動して重ねると、一つの曲線とすることができる。この曲線をマスター曲線といい、平行移動の移動量を移動因子という。マスター曲線を用いることで、種々の温度で熱処理された試料であっても、マスター曲線の基準温度で測定した値に換算することができる。
【0036】
尚、本発明において「熱処理」とは、測定者又は既知の者が、一定の条件で成形したが、成形後に一定温度・一定時間放置して、特定の熱を与えたことである。また本発明において「熱履歴」とは、未知の条件で成形されるか、未知或いは既知の使用条件において、特定されていない熱を受けたことを示すものである。
【0037】
具体的にマスター曲線を作成するには、熱処理温度80℃、120℃の曲線を100℃のグラフに重なるようにシフトさせる。熱処理温度120℃の曲線は時間軸をプラス0.14平行移動させる。熱処理温度80℃の曲線は時間軸をマイナス0.1平行移動させる。図4はMMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。このようにして図4に示す相関係数が0.893のマスター曲線が得られた。図4に示すマスター曲線のMMB量(Y)と熱処理時間(t)の関係は下記の(1)式の関係式で表すことができる。(1)式のマスター曲線の関係式を用いて、熱履歴を受けた成形品の試料のMMB量を測定した値から100℃の熱処理温度に換算した熱負荷時間(t)を求めることができる。この基準処理温度に換算した熱負荷時間(t)を基準熱負荷時間(t0)という。
Y=3.07×10−8×(logt)9.76・・・(1)
【0038】
次いで、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求める。アレニウス式では、各温度の移動因子(aT)と任意の温度(T)と基準温度(T0)との関係は下記の(2)式で表わすことができる。
log(aT)=(ΔH/2.303R)〔(1/T)−(1/T0)〕×103・・・(2)
上記(2)式中、ΔHは活性化エネルギー(kJ/mol)、Rはガス定数
8.31 (J/K・mol)である。
【0039】
上記のアレニウス式において、基準温度(T0)を100℃(373K)とした場合、各温度の移動因子を求める。移動因子(aT)を各温度の移動量〔log(aT)〕として表わすと、各温度の移動量は、温度80℃の場合、log(a80)が−0.10、温度120℃の場合、log(a120)が0.14であった。図5はアレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。図5のグラフに示すように、移動量と温度の逆数との関係は、直線で表わされる。図5のグラフの直線は、傾き−0.83、相関係数0.984であり、下記の(3)式に示す直線式として表わすことができる。
log(aT)=−0.83(1/T)×103 +2.24・・・(3)
【0040】
上記(3)式に任意の温度Tを代入すると、任意の温度Tにおける移動因子(aT)を求めることができる。この移動因子(aT)と下記(4)式により、上記(1)式から得られる基準熱負荷時間(t0)を、任意の温度の熱負荷時間に換算することができる。この熱負荷時間は、成形品が任意の温度で何時間相当の熱負荷を受けたかということを示すものである。
任意の温度(T)の熱負荷時間=基準熱負荷時間(t0)/移動因子(aT)・・・(4)
【0041】
上記の(4)式は、成形品が熱履歴を受けた際の最高負荷温度T1を推定することができれば、最高負荷温度T1における熱負荷時間〔これを実熱負荷時間t1という〕に換算することができることを示している。(4)式の基準熱負荷時間t0は(1)式から求めることができる。また実熱負荷温度T1の移動因子aT1は、(3)式から求めることができる。してみれば、下記(5)式に基準熱負荷時間t0と、移動因子aT1を代入すれば、実熱負荷時間t1が得られる。尚、実熱負荷温度T1は、後述する(d)熱負荷温度推定工程の示差走査熱量計を用いたDSC分析により求めることができる。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1・・・(5)
【0042】
(b)指標化合物測定工程
この工程は、熱履歴を受けた成形品から試料を採取してMMB量を定量する。具体的な工程は、ベンチ試験で行った場合と全く同一の手順で行う。具体的な測定方法は、成形品から試料を採取し、試料にTMAHを加え、熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法を行い、MMBの検出ピークの面積からMMB量を定量する。
【0043】
(c)熱負荷時間推定工程
上記(a)工程で得られた図4に示すマスター曲線[下記(1a)式]に、上記(b)工程で得られた成形品のMMB量を代入し、成形品の熱負荷温度を基準温度(T0=100℃)に換算した基準熱負荷時間t0を求める。
Y=3.07×10−8×(logt0)9.76・・・(1a)
【0044】
(d)熱負荷温度推定工程
熱履歴を受けたPBT成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いて昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。試料は10mg程度でよい。DSC曲線と微分DSC曲線から、成形品が使用中に曝された最高の温度を最高熱負荷温度T1として求める。
【0045】
図6は、ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。ベンチ試験は、未使用のPBT成形品を、所定の温度に設定した恒温槽で所定の時間熱処理(アニーリング)した後、分析用の試料を採取し、示差走査熱量計を用いて試料を昇温し融点以上の温度まで加熱して昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6は、PBT成形品の熱処理条件として(a)60℃24時間、(b)100℃24時間、(c)140℃4時間、(d)180℃24時間とした4種類の試料についてDSC分析を行い、得られたDSC曲線と微分DSC曲線を示した。DSC分析は、例えば試料を3〜10mg程度採取し、市販のDSC装置を用い、昇温速度20℃/min、窒素雰囲気下で行うことができる。
【0046】
図6に示すように、熱履歴を受けたPBT成形品の昇温DSC曲線は、230℃付近の融解による吸熱ピークと、それよりも低温側の吸熱ピークが現れる。低温側の吸熱ピークは、DSC曲線では微小でわかりにくいが、微分DSC曲線にすると明瞭なピークを観察できる。微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度を読み取る。この温度が成形品の実際の負荷温度であり、最高負荷温度T1という。この最高負荷温度T1は、PBTが過去に受けた熱履歴の中で、曝された温度の中の最高の温度を意味する。
【0047】
図6に示すように、DSC曲線の低温側の吸熱ピークは、熱処理温度が高くなるにつれて高温側に現れる。PBTの熱処理温度と低温側吸熱ピークの温度の間には相関関係がある。PBTの低温側吸熱ピークの微分DSC曲線の立ち上がり温度は、熱処理温度が60℃の場合は60℃、熱処理温度が100℃の場合は101℃、熱処理温度が140℃の場合は139℃、熱処理温度が180℃の場合は、180℃であった。このように、微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度は、PBT成形品の実際の熱処理温度と良く一致している。このように昇温DSC分析は、試料の量も10mg程度と微量で良く、更に分析操作も容易であり、PBT成形品の最高負荷温度を正確且つ簡易に求めることができる。
【0048】
(e)熱負荷温度換算工程
上記(c)熱負荷時間推定工程で求めた基準熱負荷時間t0を、下記(5式を用いて、上記(d)熱負荷温度推定工程で求めた最高負荷温度T1の実熱負荷時間t1に換算する。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1・・・(5)
上記移動因子aT1は、最高負荷温度T1における移動因子であり、上記(a)マスター曲線作成工程で予めアレニウス式を用いて決定した(3)式の温度(T)を最高負荷温度T1として下記の(6)式から得る。
log(aT1)=−0.83(1/T1)×103 +2.24・・・(6)
【0049】
このようにして、実際に熱履歴を受けたPBT成形品の試料を分析して、基準熱負荷時間t0、最高負荷温度T1、実熱負荷時間t1が得られる。
【0050】
(f)成形品の熱履歴評価工程
例えばPBT成形品が実際に自動車に装着されて熱履歴を受けた場合、自動車の車種、走行距離等のPBT成形品の使用履歴、上記基準熱負荷時間t0、最高負荷温度T1、実熱負荷時間t1等のデータに基づいて、PBT成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断する。基準熱負荷時間t0からは、PBT成形品が基準温度に換算した熱負荷時間で何時間相当の熱負荷を受けたかの評価が可能である。また最高負荷温度T1からは、実際にPBT成形品が何度の最高温度の熱負荷を受けたかを推定することが可能である。更に基準熱負荷時間t0と最高負荷温度T1からは、実熱負荷時間t1を推定することができる。この実熱負荷時間t1から、PBT成形品が使用時に最高何度で何時間相当の熱負荷を受けたかを評価することが可能である。
【0051】
この評価方法では、基準熱負荷時間t0及び最高負荷温度T1を推定する場合、指標物質の分析やDSC測定は、PBT成形品から極めて少量の試料を採取するだけ良く、前処理なしで測定することが可能である。
【実施例】
【0052】
以下、実際に車両に搭載された成形品について、熱履歴を評価した例を示す。図7は実施例1〜10の結果を示す表である。市場において熱負荷を受けたPBT成形品として、図7の表に示すように、車種、登録期間、走行距離等が既知の10種類の実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品を実施例1〜10の試料とした。これらの試料を用いて、上記したDSC分析による最高負荷温度の測定と、上記した試料にTMAHを加え熱分解ガスクロマトグラフ/質量分法を行いMMB量の測定を行った。その測定値から上記の方法により、基準温度を100℃とした場合の熱負荷時間(基準熱負荷時間t0)と、最高負荷温度、最高負荷温度での負荷時間(実熱負荷時間t1)を求めた。その結果を図7の表に示した。表中、車種Aはエンジンの排気量が3000cc程度、車種Bは1500cc程度、車種Cは4000cc以上である。
【0053】
図8は、実施例1〜10の走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図8に示すように、走行距離が長い試料ほどMMB量が多く、劣化が進行している傾向が見られる。同一車種A(実施例1〜5)間では両者の相関関係が良い。しかし車種が異なる場合は、直線から外れる。例えば実施例5と実施例7は走行距離がほぼ同じにも関わらず、MMB量が相違する。また実施例6と実施例8のMMB量がほぼ同じにも関わらず、走行距離が大きく異なる。これらは、車種によりエンジンルームの内部の温度が異なり、車種による熱履歴温度が相違することに起因するものである。
【0054】
図9は、100℃の場合の熱負荷時間(基準熱負荷時間t0)とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図9に示すように、非常に直線性の高い相関が見られた。図8の直線の相関係数が0.9678であるのに対し、図9の直線の相関係数は0.9999である。このように、図8及び図9に示す結果は、実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品について、MMB量を定量することで、100℃の場合の熱負荷時間を正確に推定することが可能であることを裏付けるものである。そして基準熱負荷時間t0を用いて熱履歴を評価する方法は、走行距離だけで熱履歴を評価する方法と比較して、異なる車種間であっても的確に相互比較が可能である。
【0055】
更に実施例1〜10を車種別で最高負荷温度T1を見ると、一般大衆車A(実施例1〜5)が83〜86℃、小型大衆車B(実施例6、7)が76℃、高級車C(実施例8〜10)が90〜113℃であった。実際のエンジンルームの環境温度は、エンジン排気量が大きく成る程、温度が高くなることが判っている。この実施例で推定した最高負荷温度T1は、コネクタが取り付けられているエンジンルームの環境温度を正確に反映していることを示している。
【0056】
この表を用いて、車種の異なる実施例6と実施例8の熱履歴について評価してみる。車種B、Cの中では両車両共にMMB量が少ない方である。これは、熱酸化劣化が小さいことを示している。最高負荷温度T1は、実施例6が76℃であり、実施例8の90℃よりも14℃も低い。実熱負荷時間t1は、実施例6が4900時間であり、実施例8の3800時間より1100時間多い。これは実施例6の方が1100時間も長く走行したにも関わらず、小型大衆車のため走行時の温度が76℃と低かったため、熱酸化劣化が少なかったと判断できる。このように、最高負荷温度や、実熱負荷時間を用いて熱履歴を評価することで、使用年数や走行距離だけでは判断できなかった成形品の熱履歴や使用状況などの情報を得ることができる。
【0057】
図10はPBT成形品からなるコネクタ端子を100℃で熱処理して端子保持力を測定した際の、熱処理時間とMMB量及び機械的特性の関係を示すグラフである。機械的特性の測定は、コネクタの端子保持力を引張り試験により測定した荷重とチャックのストロークの関係を示す荷重−ストローク曲線から、引張り破断荷重(ピークの最大値)、弾性率(ピーク立ち上がりの勾配)、及び破断エネルギー(ピーク面積)を求めた。図10に示すように熱処理時間に対し、成形品の機械的特性は、ある一定時間から急に特性が変化しており、変曲点がある。これは、市場から回収された熱履歴を受けた成形品の場合、機械的特性を測定しただけでは、劣化度を定量的に把握することが困難であることを示している。これに対し、図8、9に示すように、MMBの量の変化は熱処理時間と直線的な関係がある。MMBの量からは、劣化度を定量的に比較することが容易である。
【0058】
図11は、図10のグラフのMMB量と機械的特性の関係を示すグラフである。図11に示すように、予め一定形状の成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性とMMB量を把握しておけば、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することができるから、成形品の寿命や、市場回収品の劣化度確定が容易となる。このように成形品の劣化度確定を行うことで、成形品のリサイクルの可否を判定することができる。またMMB量を測定することで、新規な樹脂組成物の成形品を評価する場合に、金型を起して実際の成形品を作製しなくても、樹脂組成物のMMB量を測定することで、機械的特性の変化を推定して、耐熱酸化性能等の評価を行うことが可能である。
【0059】
また本発明の評価方法では、少量の試料で熱履歴を測定して、劣化度を定量的に判断できるので、予め成形品に劣化判定部を形成しておくことができる。成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部は、成形品本体と一体に形成しておく。更に劣化判定部は成形品本体から分離可能に形成されていることが好ましい。このような成形品本体から分離可能な形状に形成するには、成形品本体から切り離して回収しやすいように切り欠きを設ける方法や、劣化判定部を成形品本体から切断しやすいピン状突起として形成すること等が挙げられる。これらの劣化判定部は、部品組立時に干渉しないところに形成しておく。成形品に、このような劣化判定部を設けておけば、製品の性能を損なうことなく、熱履歴を測定して劣化度を評価することが可能である。これにより、配索部品(ワイヤーハーネス)全体の劣化状態を判定して、安全状態の確認及び以後の安全確保に役立てたり、他の部材を含めた再利用の可否判定を容易に行うことができる。
【0060】
上記実施例に示すように、本発明は自動車用部品として用いられるPBT成形品の熱履歴評価方法として好適に用いることができる。本発明評価方法は、成形品が自動車のエンジンルーム等の高温に曝される環境で使用される材料の耐熱性を基準として選定する場合や、或いは実車に搭載・使用されたコネクタの熱履歴を推定するのに、特に有効である。
【0061】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、各種の変更が可能である。例えば、上記実施例では成形品としてPBTを用いたものであるが、他の樹脂成形品であっても、予め指標成分を定め、定量分析法を適宜選択して、ベンチ試験を行い各種の熱劣化させた成形品について熱劣化と指標成分量との関係を測定し、マスター曲線を作成して、熱劣化を受けた成形品から指標成分量を定量して基準熱負荷時間t0を求めることができる。
【0062】
また、PBT以外の樹脂であってもDSC分析により熱履歴を推定することが可能な樹脂成形品であれば、同様にして最高負荷温度T1を求めることができる。例えばポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の結晶性高分子では、DSC曲線に融解の吸熱ピークよりも低温の吸熱ピークが現れるので、PBTの場合と同様の手順で最高負荷温度T1を推定することができる。更に最高負荷温度T1らか、アレニウス式を用いて移動因子aT1を決定し、上記基準熱負荷時間t0と移動因子aT1から実熱負荷時間t1を求めることができる。
【符号の説明】
【0063】
t:熱負荷時間、t0:基準熱負荷時間(基準温度に換算した熱負荷時間)、t1:実熱負荷時間(最高負荷温度の熱負荷時間)、T:任意の温度、T0:基準温度、T1:最高負荷温度、aT1:最高負荷温度T1における移動因子
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱履歴を受けた成形品の熱負荷温度、熱負荷時間等の熱履歴を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、成形品として例えばポリブチレンテレフタレート(以下、PBTと略記する)等の熱可塑性樹脂成形品からなる電線接続用コネクタハウジングが公知である。PBTは機械的特性と電気的特性のバランスに優れ、かつ高温使用にも耐えうる。そのため、PBTは小型軽量化がすすむ自動車部品のコネクタの材料等に用いられている。
【0003】
自動車部品に用いられる成形品は、高温環境や屋外等の過酷な使用環境で使用される。このような使用環境では、成形品は、材料自身の劣化が進行して機械的強度が低下する。そこで、成形品の使用環境を把握して劣化の過程を評価する方法が必要である
【0004】
例えば、PBT成形品の劣化度の評価方法として、下記(1)〜(3)の方法が公知である。
【0005】
(1)機械的強度による評価方法
引張試験機により、ロック強度、端子保持力等の機械的強度を測定する方法である。
【0006】
(2)分析による定量的な評価方法
SEC(Size Exclusion Chromatograph:サイズ排除クロマトグラフ)による平均分子量の測定、滴定法による末端カルボキシル基量の測定等がある。
【0007】
(3)熱負荷温度を評価する方法(例えば特許文献1参照)
DSC(Differential Scanning Calorimeter:示差走査熱量計)を用いて熱履歴を推定する手法がある。熱負荷を受けた成形品から試料を切り出して、この試料をDSCを用いて熱分析を行う方法である。熱負荷を受けた試料は、常温から昇温すると融解ピークとは異なる吸熱ピークを示す。この吸熱ピークのピークトップ温度から熱負荷温度を測定する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−10900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記(1)の評価方法は、試験片としてコネクタ全体が必要であり、更に所定の形状、寸法の相手側コネクタや端子が必要である。更に、成形品が大きく劣化していない限り、試料間で差が現れにくく精度が劣るという問題があった。
【0010】
上記(2)の評価方法は、試料の制約を受けず、精度のよい測定が可能であるが、測定にはレジンの精製等の前処理が必要であるという問題があった。更に、この方法による評価は、あくまでも成形品がどの程度劣化しているかを知ることができるだけであって、どのような熱履歴を受けて劣化したのかを推定することはできなかった。
【0011】
上記(3)の評価方法は、DSC曲線より得られた吸熱ピークのピークトップ温度は、実際の熱負荷温度よりも高く出てしまうという問題があった。例えばポリエチレン樹脂の場合は3〜4℃、ポリプロピレン樹脂の場合は9〜13℃程度高くなる。また、成形品の熱負荷時間が長くなると、ピークトップ温度が高温側にシフトするため、精度が低く、実用的ではないという問題があった。
【0012】
本発明は上記従来技術の欠点を解消するためになされたものであり、熱履歴を受けた成形品が、実際に曝された熱負荷温度や熱負荷時間等を正確に評価することが可能であるとともに、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取し複雑な前処理を必要とせず、試験を容易に行うことが可能である、成形品の熱履歴評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の成形品の熱履歴評価方法は、
熱履歴を受けた成形品を分析して、熱履歴を推定し評価する熱履歴評価方法において、
熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度T0として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、
熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定する指標成分測定工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度T0に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間t0を求める熱負荷時間推定工程を備え、
前記基準熱負荷時間t0に基づいて成形品の熱履歴を評価することを要旨とするものである。
【0014】
上記成形品の熱履歴評価方法において、
更に、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いたDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度T1を求める熱負荷温度推定工程を備え、
前記熱負荷時間推定工程により得られた基準熱負荷時間t0と、前記最高負荷温度T1を用いて、成形品の熱履歴を評価することが好ましい。
【0015】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記マスター曲線作成工程において、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から最高負荷温度T1における移動因子aT1を決定し、下記式より基準温度T0の熱負荷時間である基準熱負荷時間t0を前記最高負荷温度T1の熱負荷時間である実熱負荷時間t1に換算する熱負荷温度換算工程を備え、前記実熱負荷時間t1を利用して熱履歴を評価することを特徴とすることが好ましい。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1
【0016】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記熱負荷温度推定工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度T1を推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度T1を推定することが好ましい。
【0017】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
前記成形品が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であり、前記指標成分が、試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートとすることができる。
【0018】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
予め成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性の関係を把握しておき、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することができる。
【0019】
また上記成形品の熱履歴評価方法において、
予め成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部を成形品本体と一体に形成しておき、該劣化判定部を成形品本体から分離可能に形成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の成形品の熱履歴評価方法は、所定の熱処理温度を基準温度として指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量を行う指標成分測定工程と、前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、熱負荷時間を前記基準温度に換算した基準熱負荷時間を求める熱負荷時間推定工程を備え、前記基準熱負荷時間に基づいて成形品の熱履歴を評価する行う方法を採用したことにより、熱履歴を受けた成形品が曝された熱負荷時間を正確に評価することが可能である。すなわちマスター曲線を利用することで基準温度に換算した熱負荷時間を推定できるので、成形品の使用された環境が不明な場合や、成形品の温度履歴が異なる場合でも、同じ基準で劣化度を評価することができる。
【0021】
更に本発明熱履歴評価方法は、試料の形状や大きさに制約を受けず、少量の試料を採取して、複雑な前処理などを必要とせず、試験を容易に行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】PBTの熱劣化反応の反応式である。
【図2】熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解させた場合の反応式である。
【図3】ベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。
【図4】MMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。
【図5】アレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。
【図6】ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。
【図7】実施例1〜10の結果を示す表である。
【図8】実施例1〜10の走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。
【図9】実施例1〜10の基準熱負荷時間とMMB量との関係をプロットしたグラフである。
【図10】PBT成形品からなるコネクタ端子を100℃で熱処理して端子保持力を測定した際の、熱処理時間とMMB量及び機械的特性の関係を示すグラフである。
【図11】図10のグラフのMMB量と機械的特性の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を用いて本発明の実施例を詳細に説明する。本発明は、成形品が実際に熱履歴を受けた後に、その成形品がどの程度劣化しているのかを、使用した成形品から試料を採取して分析を行い、その分析結果から熱履歴を正確に推定するものである。本実施例では、PBT成形品の熱履歴評価方法について説明する。このPBT成形品は、自動車の電気配線(ワイヤーハーネス)の電気接続用コネクタハウジングとして用いられるものである。
【0024】
本実施例の熱履歴推定方法は、大別して下記の(a)〜(f)の工程からなる。
(a)マスター曲線作成工程
この工程は、予め対象となる成形品についてベンチ試験を行うものである。ベンチ試験は、熱処理時間に応じて生成量が増加する指標成分を決めて、複数の処理温度で処理を行い、指標成分の量と処理温度−時間の関係を測定する。所定の温度を基準温度に定めて、熱処理時間と指標成分量との関係を表すマスター曲線を作成する。
【0025】
(b)指標成分測定工程
この工程は、測定対象の熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、指標成分の定量分析を行い、熱履歴を受けた成形品が含有している指標成分量を定量するものである。
【0026】
(c)熱負荷時間推定工程
上記マスター曲線と、上記成形品の指標成分量を用いて、熱負荷温度を基準温度に換算した基準熱負荷時間(t0)を求めるものである。
【0027】
(d)熱負荷温度推定工程
測定対象の熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いてDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度(T1)を求めるものである。
【0028】
(e)熱負荷温度換算工程
上記基準熱負荷時間(t0)を上記最高負荷温度における熱負荷時間に換算して実熱負荷時間t1を求めるものである。
【0029】
(f)成形品の熱履歴評価工程
成形品の使用履歴、上記基準熱負荷時間t0、最高負荷温度(T1)、実熱負荷時間t1等に基づいて、成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断するものである。
【0030】
以下、上記各工程を詳細に説明する。
(a)マスター曲線作成工程
図1はPBTの熱劣化反応の反応式である。図1に示すように熱劣化によりPBTが酸化すると、酸無水物を形成する。図2は熱劣化したPBTに水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を加え熱分解させた場合の反応式である。図2に示すように、熱劣化したPBTにTMAHを加え加熱すると、酸無水物化した部分が加水分解して、メチル4−メトキシブチレート(MMB)が生成する。PBTの熱劣化に比例して酸無水物化する部分が増えるので、このMMB量を測定することで、熱劣化の進行度合いを示す指標とすることができる。すなわち成形品がPBTの場合、指標成分として、PBTにTMAHを加えて加熱した際に生成するMMBが用いられる。
【0031】
尚、本発明において用いられる指標成分は、熱劣化に応じて成形品中の含有量が変化する成分であればよい。指標成分は、成形品中で含有量が増加する成分でもよいし、含有量が減少する成分でもいずれでもよい。また指標成分は、上記実施例のように、成形品に反応性の試薬等を加えて化学反応させて誘導体として、定量分析可能とした成分を用いても良いが、成形品から直接定量できる成分を用いてもよい。
【0032】
このMMBの測定は、PBTにTMAHを加えた試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法により行う。試料を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法で測定し、熱分解の際の反応生成物の中のMMBを検出し、その検出ピークの面積を測定することで、MMBの量を定量することができる。MMBの定量値から劣化度の評価が可能である。このMMBの定量方法は、具体的には特開2001−356116号公報等に記載されている公知の方法を用いることができる。
【0033】
ベンチ試験として、未使用のPBT成形品を80℃、100℃、120℃の各温度で所定の時間熱処理(熱エージング)した後、試料を採取してMMB量を定量した。試料は、PBT成形品の最表面を15μmの厚さで薄切したもの0.1mg用いた。
【0034】
図3はベンチ試験におけるMMB量と熱処理時間の関係を示すグラフである。図3に示すように、PBT成形品の各処理温度におけるMMB量と熱処理時間の関係は、3本の時間変化曲線として示す通りである。図3に示すように、MMB量はいずれの処理温度でも時間の経過と共に指数関数的に増加している。またMMB量は処理温度が高い程、短い処理時間で大きく増加している。これらの結果は、MMBがPBTの熱酸化劣化度の指標成分として適切であることを示している。
【0035】
この図3のグラフの中で、熱処理温度100℃のグラフを基準として、時間−温度換算則を用いて、マスター曲線を作成する。各温度に対する特性値の曲線を時間軸に平行移動して重ねると、一つの曲線とすることができる。この曲線をマスター曲線といい、平行移動の移動量を移動因子という。マスター曲線を用いることで、種々の温度で熱処理された試料であっても、マスター曲線の基準温度で測定した値に換算することができる。
【0036】
尚、本発明において「熱処理」とは、測定者又は既知の者が、一定の条件で成形したが、成形後に一定温度・一定時間放置して、特定の熱を与えたことである。また本発明において「熱履歴」とは、未知の条件で成形されるか、未知或いは既知の使用条件において、特定されていない熱を受けたことを示すものである。
【0037】
具体的にマスター曲線を作成するには、熱処理温度80℃、120℃の曲線を100℃のグラフに重なるようにシフトさせる。熱処理温度120℃の曲線は時間軸をプラス0.14平行移動させる。熱処理温度80℃の曲線は時間軸をマイナス0.1平行移動させる。図4はMMB量と熱処理時間の関係を示すマスター曲線のグラフである。このようにして図4に示す相関係数が0.893のマスター曲線が得られた。図4に示すマスター曲線のMMB量(Y)と熱処理時間(t)の関係は下記の(1)式の関係式で表すことができる。(1)式のマスター曲線の関係式を用いて、熱履歴を受けた成形品の試料のMMB量を測定した値から100℃の熱処理温度に換算した熱負荷時間(t)を求めることができる。この基準処理温度に換算した熱負荷時間(t)を基準熱負荷時間(t0)という。
Y=3.07×10−8×(logt)9.76・・・(1)
【0038】
次いで、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求める。アレニウス式では、各温度の移動因子(aT)と任意の温度(T)と基準温度(T0)との関係は下記の(2)式で表わすことができる。
log(aT)=(ΔH/2.303R)〔(1/T)−(1/T0)〕×103・・・(2)
上記(2)式中、ΔHは活性化エネルギー(kJ/mol)、Rはガス定数
8.31 (J/K・mol)である。
【0039】
上記のアレニウス式において、基準温度(T0)を100℃(373K)とした場合、各温度の移動因子を求める。移動因子(aT)を各温度の移動量〔log(aT)〕として表わすと、各温度の移動量は、温度80℃の場合、log(a80)が−0.10、温度120℃の場合、log(a120)が0.14であった。図5はアレニウス式から得られる移動量と温度の逆数の関係をプロットしたグラフである。図5のグラフに示すように、移動量と温度の逆数との関係は、直線で表わされる。図5のグラフの直線は、傾き−0.83、相関係数0.984であり、下記の(3)式に示す直線式として表わすことができる。
log(aT)=−0.83(1/T)×103 +2.24・・・(3)
【0040】
上記(3)式に任意の温度Tを代入すると、任意の温度Tにおける移動因子(aT)を求めることができる。この移動因子(aT)と下記(4)式により、上記(1)式から得られる基準熱負荷時間(t0)を、任意の温度の熱負荷時間に換算することができる。この熱負荷時間は、成形品が任意の温度で何時間相当の熱負荷を受けたかということを示すものである。
任意の温度(T)の熱負荷時間=基準熱負荷時間(t0)/移動因子(aT)・・・(4)
【0041】
上記の(4)式は、成形品が熱履歴を受けた際の最高負荷温度T1を推定することができれば、最高負荷温度T1における熱負荷時間〔これを実熱負荷時間t1という〕に換算することができることを示している。(4)式の基準熱負荷時間t0は(1)式から求めることができる。また実熱負荷温度T1の移動因子aT1は、(3)式から求めることができる。してみれば、下記(5)式に基準熱負荷時間t0と、移動因子aT1を代入すれば、実熱負荷時間t1が得られる。尚、実熱負荷温度T1は、後述する(d)熱負荷温度推定工程の示差走査熱量計を用いたDSC分析により求めることができる。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1・・・(5)
【0042】
(b)指標化合物測定工程
この工程は、熱履歴を受けた成形品から試料を採取してMMB量を定量する。具体的な工程は、ベンチ試験で行った場合と全く同一の手順で行う。具体的な測定方法は、成形品から試料を採取し、試料にTMAHを加え、熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析法を行い、MMBの検出ピークの面積からMMB量を定量する。
【0043】
(c)熱負荷時間推定工程
上記(a)工程で得られた図4に示すマスター曲線[下記(1a)式]に、上記(b)工程で得られた成形品のMMB量を代入し、成形品の熱負荷温度を基準温度(T0=100℃)に換算した基準熱負荷時間t0を求める。
Y=3.07×10−8×(logt0)9.76・・・(1a)
【0044】
(d)熱負荷温度推定工程
熱履歴を受けたPBT成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いて昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。試料は10mg程度でよい。DSC曲線と微分DSC曲線から、成形品が使用中に曝された最高の温度を最高熱負荷温度T1として求める。
【0045】
図6は、ベンチ試験で得られたPBT成形品のDSC曲線と微分DSC曲線を示すグラフである。ベンチ試験は、未使用のPBT成形品を、所定の温度に設定した恒温槽で所定の時間熱処理(アニーリング)した後、分析用の試料を採取し、示差走査熱量計を用いて試料を昇温し融点以上の温度まで加熱して昇温DSC分析を行い、DSC曲線と微分DSC曲線を得る。図6は、PBT成形品の熱処理条件として(a)60℃24時間、(b)100℃24時間、(c)140℃4時間、(d)180℃24時間とした4種類の試料についてDSC分析を行い、得られたDSC曲線と微分DSC曲線を示した。DSC分析は、例えば試料を3〜10mg程度採取し、市販のDSC装置を用い、昇温速度20℃/min、窒素雰囲気下で行うことができる。
【0046】
図6に示すように、熱履歴を受けたPBT成形品の昇温DSC曲線は、230℃付近の融解による吸熱ピークと、それよりも低温側の吸熱ピークが現れる。低温側の吸熱ピークは、DSC曲線では微小でわかりにくいが、微分DSC曲線にすると明瞭なピークを観察できる。微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度を読み取る。この温度が成形品の実際の負荷温度であり、最高負荷温度T1という。この最高負荷温度T1は、PBTが過去に受けた熱履歴の中で、曝された温度の中の最高の温度を意味する。
【0047】
図6に示すように、DSC曲線の低温側の吸熱ピークは、熱処理温度が高くなるにつれて高温側に現れる。PBTの熱処理温度と低温側吸熱ピークの温度の間には相関関係がある。PBTの低温側吸熱ピークの微分DSC曲線の立ち上がり温度は、熱処理温度が60℃の場合は60℃、熱処理温度が100℃の場合は101℃、熱処理温度が140℃の場合は139℃、熱処理温度が180℃の場合は、180℃であった。このように、微分DSC曲線の低温側吸熱ピークの立ち上がり温度は、PBT成形品の実際の熱処理温度と良く一致している。このように昇温DSC分析は、試料の量も10mg程度と微量で良く、更に分析操作も容易であり、PBT成形品の最高負荷温度を正確且つ簡易に求めることができる。
【0048】
(e)熱負荷温度換算工程
上記(c)熱負荷時間推定工程で求めた基準熱負荷時間t0を、下記(5式を用いて、上記(d)熱負荷温度推定工程で求めた最高負荷温度T1の実熱負荷時間t1に換算する。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1・・・(5)
上記移動因子aT1は、最高負荷温度T1における移動因子であり、上記(a)マスター曲線作成工程で予めアレニウス式を用いて決定した(3)式の温度(T)を最高負荷温度T1として下記の(6)式から得る。
log(aT1)=−0.83(1/T1)×103 +2.24・・・(6)
【0049】
このようにして、実際に熱履歴を受けたPBT成形品の試料を分析して、基準熱負荷時間t0、最高負荷温度T1、実熱負荷時間t1が得られる。
【0050】
(f)成形品の熱履歴評価工程
例えばPBT成形品が実際に自動車に装着されて熱履歴を受けた場合、自動車の車種、走行距離等のPBT成形品の使用履歴、上記基準熱負荷時間t0、最高負荷温度T1、実熱負荷時間t1等のデータに基づいて、PBT成形品の熱履歴を評価して、成形品の使用状況や劣化度等を総合的に判断する。基準熱負荷時間t0からは、PBT成形品が基準温度に換算した熱負荷時間で何時間相当の熱負荷を受けたかの評価が可能である。また最高負荷温度T1からは、実際にPBT成形品が何度の最高温度の熱負荷を受けたかを推定することが可能である。更に基準熱負荷時間t0と最高負荷温度T1からは、実熱負荷時間t1を推定することができる。この実熱負荷時間t1から、PBT成形品が使用時に最高何度で何時間相当の熱負荷を受けたかを評価することが可能である。
【0051】
この評価方法では、基準熱負荷時間t0及び最高負荷温度T1を推定する場合、指標物質の分析やDSC測定は、PBT成形品から極めて少量の試料を採取するだけ良く、前処理なしで測定することが可能である。
【実施例】
【0052】
以下、実際に車両に搭載された成形品について、熱履歴を評価した例を示す。図7は実施例1〜10の結果を示す表である。市場において熱負荷を受けたPBT成形品として、図7の表に示すように、車種、登録期間、走行距離等が既知の10種類の実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品を実施例1〜10の試料とした。これらの試料を用いて、上記したDSC分析による最高負荷温度の測定と、上記した試料にTMAHを加え熱分解ガスクロマトグラフ/質量分法を行いMMB量の測定を行った。その測定値から上記の方法により、基準温度を100℃とした場合の熱負荷時間(基準熱負荷時間t0)と、最高負荷温度、最高負荷温度での負荷時間(実熱負荷時間t1)を求めた。その結果を図7の表に示した。表中、車種Aはエンジンの排気量が3000cc程度、車種Bは1500cc程度、車種Cは4000cc以上である。
【0053】
図8は、実施例1〜10の走行距離とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図8に示すように、走行距離が長い試料ほどMMB量が多く、劣化が進行している傾向が見られる。同一車種A(実施例1〜5)間では両者の相関関係が良い。しかし車種が異なる場合は、直線から外れる。例えば実施例5と実施例7は走行距離がほぼ同じにも関わらず、MMB量が相違する。また実施例6と実施例8のMMB量がほぼ同じにも関わらず、走行距離が大きく異なる。これらは、車種によりエンジンルームの内部の温度が異なり、車種による熱履歴温度が相違することに起因するものである。
【0054】
図9は、100℃の場合の熱負荷時間(基準熱負荷時間t0)とMMB量との関係をプロットしたグラフである。図9に示すように、非常に直線性の高い相関が見られた。図8の直線の相関係数が0.9678であるのに対し、図9の直線の相関係数は0.9999である。このように、図8及び図9に示す結果は、実車から回収したエンジンルーム内のPBT成形品について、MMB量を定量することで、100℃の場合の熱負荷時間を正確に推定することが可能であることを裏付けるものである。そして基準熱負荷時間t0を用いて熱履歴を評価する方法は、走行距離だけで熱履歴を評価する方法と比較して、異なる車種間であっても的確に相互比較が可能である。
【0055】
更に実施例1〜10を車種別で最高負荷温度T1を見ると、一般大衆車A(実施例1〜5)が83〜86℃、小型大衆車B(実施例6、7)が76℃、高級車C(実施例8〜10)が90〜113℃であった。実際のエンジンルームの環境温度は、エンジン排気量が大きく成る程、温度が高くなることが判っている。この実施例で推定した最高負荷温度T1は、コネクタが取り付けられているエンジンルームの環境温度を正確に反映していることを示している。
【0056】
この表を用いて、車種の異なる実施例6と実施例8の熱履歴について評価してみる。車種B、Cの中では両車両共にMMB量が少ない方である。これは、熱酸化劣化が小さいことを示している。最高負荷温度T1は、実施例6が76℃であり、実施例8の90℃よりも14℃も低い。実熱負荷時間t1は、実施例6が4900時間であり、実施例8の3800時間より1100時間多い。これは実施例6の方が1100時間も長く走行したにも関わらず、小型大衆車のため走行時の温度が76℃と低かったため、熱酸化劣化が少なかったと判断できる。このように、最高負荷温度や、実熱負荷時間を用いて熱履歴を評価することで、使用年数や走行距離だけでは判断できなかった成形品の熱履歴や使用状況などの情報を得ることができる。
【0057】
図10はPBT成形品からなるコネクタ端子を100℃で熱処理して端子保持力を測定した際の、熱処理時間とMMB量及び機械的特性の関係を示すグラフである。機械的特性の測定は、コネクタの端子保持力を引張り試験により測定した荷重とチャックのストロークの関係を示す荷重−ストローク曲線から、引張り破断荷重(ピークの最大値)、弾性率(ピーク立ち上がりの勾配)、及び破断エネルギー(ピーク面積)を求めた。図10に示すように熱処理時間に対し、成形品の機械的特性は、ある一定時間から急に特性が変化しており、変曲点がある。これは、市場から回収された熱履歴を受けた成形品の場合、機械的特性を測定しただけでは、劣化度を定量的に把握することが困難であることを示している。これに対し、図8、9に示すように、MMBの量の変化は熱処理時間と直線的な関係がある。MMBの量からは、劣化度を定量的に比較することが容易である。
【0058】
図11は、図10のグラフのMMB量と機械的特性の関係を示すグラフである。図11に示すように、予め一定形状の成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性とMMB量を把握しておけば、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することができるから、成形品の寿命や、市場回収品の劣化度確定が容易となる。このように成形品の劣化度確定を行うことで、成形品のリサイクルの可否を判定することができる。またMMB量を測定することで、新規な樹脂組成物の成形品を評価する場合に、金型を起して実際の成形品を作製しなくても、樹脂組成物のMMB量を測定することで、機械的特性の変化を推定して、耐熱酸化性能等の評価を行うことが可能である。
【0059】
また本発明の評価方法では、少量の試料で熱履歴を測定して、劣化度を定量的に判断できるので、予め成形品に劣化判定部を形成しておくことができる。成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部は、成形品本体と一体に形成しておく。更に劣化判定部は成形品本体から分離可能に形成されていることが好ましい。このような成形品本体から分離可能な形状に形成するには、成形品本体から切り離して回収しやすいように切り欠きを設ける方法や、劣化判定部を成形品本体から切断しやすいピン状突起として形成すること等が挙げられる。これらの劣化判定部は、部品組立時に干渉しないところに形成しておく。成形品に、このような劣化判定部を設けておけば、製品の性能を損なうことなく、熱履歴を測定して劣化度を評価することが可能である。これにより、配索部品(ワイヤーハーネス)全体の劣化状態を判定して、安全状態の確認及び以後の安全確保に役立てたり、他の部材を含めた再利用の可否判定を容易に行うことができる。
【0060】
上記実施例に示すように、本発明は自動車用部品として用いられるPBT成形品の熱履歴評価方法として好適に用いることができる。本発明評価方法は、成形品が自動車のエンジンルーム等の高温に曝される環境で使用される材料の耐熱性を基準として選定する場合や、或いは実車に搭載・使用されたコネクタの熱履歴を推定するのに、特に有効である。
【0061】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、各種の変更が可能である。例えば、上記実施例では成形品としてPBTを用いたものであるが、他の樹脂成形品であっても、予め指標成分を定め、定量分析法を適宜選択して、ベンチ試験を行い各種の熱劣化させた成形品について熱劣化と指標成分量との関係を測定し、マスター曲線を作成して、熱劣化を受けた成形品から指標成分量を定量して基準熱負荷時間t0を求めることができる。
【0062】
また、PBT以外の樹脂であってもDSC分析により熱履歴を推定することが可能な樹脂成形品であれば、同様にして最高負荷温度T1を求めることができる。例えばポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の結晶性高分子では、DSC曲線に融解の吸熱ピークよりも低温の吸熱ピークが現れるので、PBTの場合と同様の手順で最高負荷温度T1を推定することができる。更に最高負荷温度T1らか、アレニウス式を用いて移動因子aT1を決定し、上記基準熱負荷時間t0と移動因子aT1から実熱負荷時間t1を求めることができる。
【符号の説明】
【0063】
t:熱負荷時間、t0:基準熱負荷時間(基準温度に換算した熱負荷時間)、t1:実熱負荷時間(最高負荷温度の熱負荷時間)、T:任意の温度、T0:基準温度、T1:最高負荷温度、aT1:最高負荷温度T1における移動因子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱履歴を受けた成形品を分析して、熱履歴を推定し評価する熱履歴評価方法において、
熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度T0として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、
熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定する指標成分測定工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度T0に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間t0を求める熱負荷時間推定工程を備え、
前記基準熱負荷時間t0に基づいて成形品の熱履歴を評価することを特徴とする成形品の熱履歴評価方法。
【請求項2】
更に、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いたDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度T1を求める熱負荷温度推定工程を備え、
前記熱負荷時間推定工程により得られた基準熱負荷時間t0と、前記最高負荷温度T1を用いて、成形品の熱履歴を評価することを特徴とする請求項1記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項3】
前記マスター曲線作成工程において、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から最高負荷温度T1における移動因子aT1を決定し、下記式より基準温度T0の熱負荷時間である基準熱負荷時間t0を前記最高負荷温度T1の熱負荷時間である実熱負荷時間t1に換算する熱負荷温度換算工程を備え、前記実熱負荷時間t1を利用して熱履歴を評価することを特徴とする請求項2記載の成形品の熱履歴評価方法。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1
【請求項4】
前記熱負荷温度推定工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度T1を推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度T1を推定することを特徴とする請求項2又は3記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項5】
前記成形品が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であり、前記指標成分が、試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項6】
予め成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性の関係を把握しておき、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項7】
予め成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部を成形品本体と一体に形成しておき、該劣化判定部が成形品本体から分離可能に形成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項1】
熱履歴を受けた成形品を分析して、熱履歴を推定し評価する熱履歴評価方法において、
熱処理時間に応じて含有量が変化する成分を指標成分と定め、予め熱処理した成形品について前記指標成分の定量分析を行い、複数の熱処理温度における熱処理時間と前記指標成分量との関係を測定し、所定の熱処理温度を基準温度T0として前記指標成分量と処理時間との関係を示すマスター曲線を作成するマスター曲線作成工程と、
熱履歴を受けた成形品から試料を採取して前記指標成分の定量分析を行い指標成分量を測定する指標成分測定工程と、
前記指標成分量と前記マスター曲線とを用いて、前記基準温度T0に換算した熱負荷時間としての基準熱負荷時間t0を求める熱負荷時間推定工程を備え、
前記基準熱負荷時間t0に基づいて成形品の熱履歴を評価することを特徴とする成形品の熱履歴評価方法。
【請求項2】
更に、熱履歴を受けた成形品から試料を採取して、示差走査熱量計を用いたDSC分析を行い、成形品が使用中に曝された最高負荷温度T1を求める熱負荷温度推定工程を備え、
前記熱負荷時間推定工程により得られた基準熱負荷時間t0と、前記最高負荷温度T1を用いて、成形品の熱履歴を評価することを特徴とする請求項1記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項3】
前記マスター曲線作成工程において、アレニウス式を用いて移動因子と熱処理温度の逆数との関係を求め、この関係から最高負荷温度T1における移動因子aT1を決定し、下記式より基準温度T0の熱負荷時間である基準熱負荷時間t0を前記最高負荷温度T1の熱負荷時間である実熱負荷時間t1に換算する熱負荷温度換算工程を備え、前記実熱負荷時間t1を利用して熱履歴を評価することを特徴とする請求項2記載の成形品の熱履歴評価方法。
実熱負荷時間t1=基準熱負荷時間t0/移動因子aT1
【請求項4】
前記熱負荷温度推定工程が、DSC曲線における融解による吸熱ピークよりも低温側の吸熱ピークを用いて最高負荷温度T1を推定するものであり、微分DSC曲線における前記低温側の吸熱ピークの立ち上がり温度を用いて最高負荷温度T1を推定することを特徴とする請求項2又は3記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項5】
前記成形品が、ポリブチレンテレフタレート樹脂であり、前記指標成分が、試料に水酸化テトラメチルアンモニウムを加え熱分解ガスクロマトグラフィ/質量分析装置により定量されるメチル4−メトキシブチレートであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項6】
予め成形品の前記基準温度T0における熱処理時間と機械的特性の関係を把握しておき、前記指標成分量を測定し、前記マスター曲線を用いて、前記基準温度T0における機械的特性を推定することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【請求項7】
予め成形品に熱履歴を測定するための劣化判定部を成形品本体と一体に形成しておき、該劣化判定部が成形品本体から分離可能に形成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の成形品の熱履歴評価方法。
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図3】
【図4】
【図2】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2012−107875(P2012−107875A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254730(P2010−254730)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】
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