説明

抗ヘリコバクター・ピロリ剤

【課題】安全かつ有効な、抗ヘリコバクター・ピロリ剤を提供する。
【解決手段】1種又は2種以上のカプシノイド化合物を含有させる。当該カプシノイド化合物は、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドロカプシエイト、オクタン酸バニリル、ノナン酸バニリル、デカン酸バニリル及び辛くないトウガラシから抽出されるカプシノイド化合物を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)菌に対し、抗菌あるいは除菌作用を有し、胃炎、胃潰瘍、及び十二指腸潰瘍等の予防又は症状改善のために用いられる組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター・ピロリ菌(Hericobacter pylori又はH.pylori)は、1983年にウォーレン(Warren J.R.)とマーシャル(Marshall B.J.)によって初めて慢性胃炎患者より分離培養されたグラム陰性のらせん状菌である(非特許文献1参照)。当時、胃は胃酸によって低いpHに曝されているため、細菌が生存できるかどうかは不明であったが、本菌の発見によって、胃にも細菌が生存していることが明らかとなった。本菌はpH4以下では発育しないことから、耐酸性の菌ではないことがわかっており、強いウレアーゼを産生して尿素からアンモニアを作り出すことにより、強い酸性下である胃内でも生存が可能であると考えられている。
【0003】
H.pyroliの感染は経口感染によって行われると考えられている。開発途上国では小児期に既に70−80%以上の高い感染率を示す。一方、先進国では途上国よりは感染率は低い。我が国のH.pyroli感染率は若年者では先進国型で10−40%程であるが、40歳以上の成人では開発途上国型であり高い感染率(80%以上)を示す。これらは昭和30年までの良好でない衛生状況の中で育ったことが理由のひとつであろうと言われている。
【0004】
H.pyroliと疾病との関係は完全には明らかにはなっていないものの、初めて分離された慢性胃炎の原因菌として強く疑われている。その分離培養陽性率は慢性活動炎で88%、胃潰瘍で64%、十二指腸潰瘍で85%であるという報告があり(例えば、非特許文献2参照)、これに対して、正常粘膜をもつヒトからのH.pyroliの分離培養陽性率は10%以下という低率である。また、H.pyroli陽性の十二指腸潰瘍患者に対して抗菌剤による除菌が試みられた結果、除菌できなかった患者の1年半後の再発率は80%と高値を示したが、除菌できた患者に対しては10%しか再発しなかった。これらのことからH.pyroli感染は胃・十二指腸潰瘍の再発因子もしくは治癒遷延因子であると言われている。さらに、胃癌との関連性に対しても報告がなされている(例えば、非特許文献3参照)。
【0005】
以上のようなことから、胃炎あるいは胃・十二指腸潰瘍の予防及び治療に抗ヘリコバクター・ピロリ活性を有する抗生物質等を利用しようとする試みが行われてきた。ピロリ菌の増殖を抑制する観点からは、抗菌剤としての抗生物質の利用が種々試みられており、現
在、アミノペニシリン系、テトラサイクリン系、マクロライド系及びビスマス製剤の中から3種の薬剤を組合わせたトリプルセラピー(三剤療法)が最も有効な手段とされている。しかしながら、これら従来の抗生物質等の投与では、長期投与時の安全性あるいは再発等の問題も多く、有効かつ安全な食品・薬剤の開発が望まれていた。
【0006】
食品を製造するにあたっては、好ましい調味を付けることが重要なことであるが、一方、食品の腐敗・変敗を防止することも食品衛生上重要なことである。特に食中毒菌をはじめとする多くの腐敗菌の制御には種々の手段が講じられてきた。その中において、香辛料の使用は、香辛料の一部に腐敗菌の静菌作用を持つことが知られていることから、調味だけでなく食品の保存にも深く関わってきたことが伺える。香辛料のひとつであるトウガラシの辛味成分・カプサイシンにも抗菌作用があることが報告されている。すなわち、B.cereusやB.subtilisなどの細菌に対して、静菌作用を示すと共に、Zygosaccharomyces属やMycoplasma agalactiaeに対して抗カビ活性を示したことが報告されている(例えば、非特許文献4参照)。
【0007】
さらに、カプサイシンには、前述したH.pyloriに対する静菌作用があることが報告されており(例えば、非特許文献5参照)、食品衛生上だけでなく、医療上重要な病原菌に対する作用にも注目が集められているが、ラットへのカプサイシンの大量投与(1mg)は幽門結紮によるShay潰瘍やレセルピンによる潰瘍の発症が増大した(例えば、非特許文献6参照)。また、ウサギの食餌にトウガラシ(5g/kgBW/日)を混ぜて12ヶ月与えたところ、すべての動物に胃潰瘍が認められた(例えば、非特許文献7参照)。従って、カプサイシンは安全性上、適していないことが課題となっている。
【0008】
一方、辛味の少ないトウガラシとして矢澤等により選抜固定されたトウガラシの無辛味固定品種である「CH−19甘」は、辛味を呈さない新規なカプシノイド類を多量に含有することが報告されている(例えば、非特許文献8参照)。このカプシノイド類に属する化合物(バニリルアルコールの脂肪酸エステル、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト等、以下単に「カプシノイド化合物」、「カプシノイド」又は「カプシノイド類」ということがある。)は、トウガラシの辛味成分であるカプサイシノイド(カプサイシン、ジヒドロカプサイシン等)とは異なり、辛味を示さないものの、免疫の賦活化作用、エネルギー代謝の活性化作用等が報告されており(特許文献1参照)、今後の応用が期待されている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−246478号公報
【非特許文献1】Marshall BJ & Warren JR, THE LANCET, Vol.321, pp.1273-1275, 1984
【非特許文献2】Blaser M.J., J Infect Dis. Vol.161, pp.626-33, 1990
【非特許文献3】Nomura A, Stemmermann GN, Chyou PH, Kato I, Perez-Perez GI, Blaser M.J., N Engl J Med. Vol.325, pp.1132-6, 1991
【非特許文献4】Gal IE. European Food Research and Technology Vol.138, pp.86-92(1968)
【非特許文献5】Jones NL, Shabib S, Sherman PM. FEMS Microbiol Lett. Vol.146, pp.223-7, 1997
【非特許文献6】Makara GB, Csalay L, Frenkl R, Somfai Z, Szepeshazi K. Acta Med. Sci. Hung. Vol.21, pp.213-6, 1965
【非特許文献7】LEE SO, Taehan Naekwa Hakhoe Chapchi Vol.41, pp.471-81, 1963
【非特許文献8】矢澤ら、園芸学会雑誌、58巻、601−607頁、1989年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
カプサイシンにはH.pyloriに対する静菌作用があることが報告されているが、刺激が強いため経口的に摂取できる量が限られるという問題点がある。従って、安全かつ有効な、抗ヘリコバクター・ピロリ剤が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題に鑑み、鋭意検討行った結果、辛くないトウガラシから抽出される成分であるカプシノイド類に抗ヘリコバクター・ピロリ効果が認められることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下の内容を含む。
【0012】
(1)1種又は2種以上のカプシノイド化合物を含有することを特徴とする抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
(2)前記カプシノイド化合物が、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドロカプシエイト、オクタン酸バニリル、ノナン酸バニリル、デカン酸バニリルを含む(1)に記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
(3)前記カプシノイド化合物が、辛くないトウガラシから抽出されるカプシノイド化合物を含む(1)又は(2)に記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
(4)経口投与用である(1)〜(3)何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
(5)(1)〜(3)何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤及び生理的に許容可能な担体を含むことを特徴とする上部消化管疾患の予防、治療又は再発防止用医薬組成物。
(6)前記カプシノイド化合物の一日当たりの投与量が0.03〜500mg/kg体重である(4)に記載の医薬組成物。
(7)(1)〜(3)何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤を含み、上部消化管の不定愁訴を改善するために用いられることを特徴とする健康食品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、安全な食品素材である辛くないトウガラシに含有される成分のカプシノイド類に抗ヘリコバクター・ピロリ効果が認められ、医薬、健康食品などの分野で有望である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(カプシノイド化合物)
本発明において、カプシノイド化合物とは、バニリルアルコールの脂肪酸エステルをいい、その代表的な成分としては、トウガラシ類に含有される成分として確認された、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドロカプシエイトが含まれ、さらにバニリルデカノエイト、バニリルノナノエイト、バニリルオクタノエイト等のカプシエイトやノルジヒドロカプシエイトと同程度の脂肪酸鎖長を有する、各種直鎖又は分岐鎖脂肪酸とバニリルアルコールの脂肪酸エステルをも含有する。カプシエイト(以下、「CST」と略する場合がある。)、ジヒドロカプシエイト(以下「DCT」と略する場合がある。)及びノルジヒドロカプシエイト(以下「NDCT」と略する場合がある。)はそれぞれ以下の化学式で表すことができる。
【0015】
【化1】

【0016】
【化2】

【0017】
【化3】

【0018】
カプシノイドは、トウガラシ属に属する植物体(以下「トウガラシ」という。)に多く含まれるものであるため、トウガラシの植物体及び/又は果実から精製、分離することによって調製することができる。精製に使用するトウガラシは、カプシノイドを含有するトウガラシであれば特に制限はなく、「日光」や「五色」等に代表される在来の辛味を有するトウガラシ品種由来でもよいが、無辛味品種のトウガラシが好ましい。中でも、「CH−19甘」、「万願寺」、「伏見甘長」等の無辛味品種や、ししとう、ピーマン等にはカプシノイド化合物が多く含まれており好適に用いることができる。特に、無辛味品種である「CH−19甘」には当該成分の含有量が高いためさらに好ましい。本明細書において、用語「CH−19甘」は、「CH−19甘」品種、及び「CH−19甘」に由来する後代類縁品種等を含む一群の品種を意味する。カプシノイド化合物の精製、分離は、当業者にとって良く知られた溶媒抽出や、シリカゲルクロマトグラフィー等の各種のクロマトグラフィー、調製用高速液体クロマトグラフィー等の手段を単独、又は適宜組み合わせることにより行うことができ、例えば、上掲の特許文献1に記載の方法を用いることができる。
【0019】
また、上記のカプシノイド化合物は、例えば、上掲の特許文献1に記載のような、対応する脂肪酸エステルとバニリルアルコールを出発原料としたエステル交換反応により合成することもできる。または、その構造式に基づいて、当業者にとって周知のその他の反応手法により合成することもできる。さらには、カプシノイドは酵素を用いる合成法により容易に調製することも可能である。例えば、特開2000−312598号公報や、Kobataら(Biosci. Biotechnol. Biochem., 66 (2), 319-327, 2002)記載の方法により、所望の化合物に対応する脂肪酸エステル、及び/又は当該脂肪酸を有するトリグリセリド等の化合物と、バニリルアルコールとを基質としたリパーゼの逆反応を利用することにより容易に所望のカプシノイド化合物を得ることができる。
【0020】
本発明に用いる場合、カプシノイド化合物は、上記の抽出品や合成品のいずれであってもよく、また、単独のカプシノイド化合物でも或いは2種以上の混合物を用いてもよい。さらに、使用するカプシノイド化合物にはその分解物である遊離脂肪酸やバニリルアルコール等が含まれていてもよい。
【0021】
(抗ヘリコバクター・ピロリ剤)
本発明の以下の実施例によれば、カプシノイド化合物にスナネズミのヘリコバクター・ピロリ菌経口感染に対する防御効果があることが初めて明らかとなった。本発明に係るカプシノイド化合物は、投与量100mg/kg体重で有意な胃内菌数の低下を示し、500mg/kg体重では有意ではなかったものの低下傾向を示し、100mg/kg体重以上の投与量で防御効果を有することが示される。ヘリコバクター・ピロリが初めて慢性胃炎患者より分離培養されてから、様々な上部消化管疾患との関連性が明らかとなっていることから、本発明の抗ヘリコバクター・ピロリ剤は、医薬品又は健康食品として有用であると考えられる。本発明者らの実験結果によれば、陽性コントロールとして用いたトウガラシの辛味成分であるカプサイシンの防御効果についても検証され、その結果、10mg/kg体重でカプシノイド100mg/kg体重と同程度の効果が確認できた。これらの結果は、ヘリコバクター・ピロリの増殖抑制効果について、カプサイシンとカプシノイドに10倍程度の濃度差があることを示唆するが、両者は、その辛味度が約1000倍違うことから、本発明の抗ヘリコバクター・ピロリ剤は、投与濃度を調節することで十分な優位性があると考えられる。カプサイシンの実験的な大量暴露によって、胃潰瘍が増大するという報告(上掲の非特許文献6及び7)を踏まえると、カプサイシンの長期的な摂取によっては胃潰瘍の増大を引き起こす可能性が十分考えられ、安全性の面からもカプサイシンよりもカプシノイドの方が優れている可能性がある。
【0022】
(医薬組成物)
本発明の抗ヘリコバクター・ピロリ剤は、生理的に許容可能な担体の存在下において単独あるいは他の化合物と併用して、医薬組成物として使用することができる。ヒト又は動物への投与に適した剤形を用いて、好ましくは、上部消化管疾患の予防、治療又は再発防止用、より好ましくは、胃炎、胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の予防、治療又は再発防止用医薬組成物として用いられる。このような被検体への投与に適した剤形又は組成物は当業者において周知である。本発明の医薬組成物は、好ましくは経口的に投与される。生理的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が挙げられ、例えば固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤及び崩壊剤、あるいは液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤及び無痛化剤等が挙げられる。更に必要に応じ、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を適宜、適量用いることもできる。
【0023】
賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、デンプン、コーンスターチ、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸等が挙げられる。滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカ等が挙げられる。結合剤としては、例えば結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、デンプン、ショ糖、ゼラチン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等が挙げられる。崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、L−ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。溶剤としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、オリーブ油等が挙げられる。溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等が挙げられる。等張化剤としては、例えばブドウ糖、 D−ソルビトール、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトール等が挙げられる。緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。無痛化剤としては、例えばベンジルアルコール等が挙げられる。防腐剤としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸、α−トコフェロール等が挙げられる。
【0024】
本発明の医薬組成物は、製剤の形態に応じて、例えば、混和、混練、造粒、打錠、コーティング、滅菌処理、乳化等の慣用の方法で製造することができる。なお、製剤の製造に関しては、日本薬局方製剤総則を参照することができる。
【0025】
日本ヘリコバクター学会による除菌適応疾患のガイドラインによると、A)除菌治療が勧められる疾患としては、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、B)除菌治療が望ましい疾患としては、早期胃癌に対する内視鏡的粘膜切除術後胃、萎縮性胃炎、胃過形成性ポリープ、C)除菌治療の意義が検討される疾患としては、Non-ulcer dyspepsia(NUD)、Gastro-Esophageal Reflux Disease(GERD)と、ほとんどの上部消化管疾患の名が挙げられている(科学的根拠(evidence)に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究班 2003)。これらの状況より、本発明の医薬組成物は、上部消化管疾患の予防又は改善用として有用である。
【0026】
本発明の医薬組成物の投与量は、上記消化管疾患の種類や状態、被検者の年齢、体重、体質、体調、薬剤の剤形、投与方法、投与期間等により異なるが、例えば、成人(体重約60kg)一人当たり、一般に1日当たり、本発明のカプシノイド化合物を1mg〜100g、好ましくは1mg〜50g、最も好ましくは2mg〜30g(一日当たりの投与量が0.03〜500mg/kg体重に相当する。)の範囲で適宜選択することができ、これを1回又は数回に分けて投与する。もちろん、前記したように投与量は種々の条件で変動するので、前記投与量より少ない量で十分な場合もあり、また範囲を超えて投与する必要のある場合もある。
【0027】
(健康食品等への応用)
本発明の抗ヘリコバクター・ピロリ剤は、機能性食品又は健康食品(サプリメント)の形態として、投与又は摂取することが可能であり、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセルを含む)、シロップ剤、液剤等として、経口的に安全に摂取することができる。サプリメントとするには、公知の方法に従い、有効成分であるカプシノイド化合物を例えば、賦形剤(例、乳糖、白糖、デンプン等)、崩壊剤(例、デンプン、炭酸カルシウム等)、結合剤(例、デンプン、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース等)又は滑沢剤(例、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール 6000等)等を添加して圧縮成形し、次いで必要により、味のマスキング、腸溶性あるいは持続性の目的のため公知の方法でコーティングする。あるいは、一般の飲食品の形態として摂取することができ、例えば、清涼飲料、ゼリー、菓子、アイスクリーム等の冷菓、ヨーグルト、牛乳等の乳製品、プリン、ムース、ババロア、ドレッシング等の各種乳化飲食品に本発明に係るカプシノイド化合物を添加することが考えられるがこれらに限定されるものではない。これにより、潰瘍の認められない上部消化管の不定愁訴(NUD)を改善するために用いることができる。具体的な不定愁訴としては、上腹部痛、胸焼け、げっぷ、吐き気、上腹部膨満感、食欲不振などが挙げられる。一般人口の約30%に認められるといわれるほど一般的な疾患であるが、このNUDの原因のひとつとしてヘリコバクター・ピロリ感染が想定されており、本発明の健康食品の摂取により予防・改善効果が発揮されると考えられる。
【実施例】
【0028】
1.実験動物
セアック吉冨(株)より5週齢で購入した雄性スナネズミ(SPF)を8日間予備飼育して実験に供した。スナネズミは予備飼育期間および実験期間を通して室温24±3℃、相対湿度55±15%の感染動物飼育室(照明時間7時〜19時、換気回数18回/時)で飼育した。スナネズミは2〜3匹/ケージとし、飲水は給水ビンにて滅菌蒸留水を、また飼料は給餌器にて放射線滅菌固形飼料(CMF、オリエンタル酵母)をそれぞれ自由に与えた。また、スナネズミの個体識別は色素(ピクリン酸溶液)塗布法により行った。
【0029】
2.感染菌株および菌液の調製
感染菌株としてH. pyloriの標準菌株(ATCCより43504株を購入)を使用した。保存菌株に10%牛胎児血清(Lot.No.4391F、大日本製薬)を含むブレイン−ハートインフュージョン(BHI)培地(Lot.No.48001、栄研器材)を加えて復元し、同培地中で37℃の微好気条件下(キャンピパックを使用、ベクトン・ディッキンソン社、Lot.No.4204653)で3日間培養し、約2.6×10CFU/mlの濃度とした。
【0030】
3.H. pyloriの感染方法
H. pylori感染の24時間前より感染4時間後まで絶食した。この絶食したスナネズミにH. pylori培養液の2.0mlを2回に分けて経口投与した(5.2×10CFU/animal)。なお、感染日をday0とした。
【0031】
4.被験物質の調製および投与
カプシノイドはKobataら(Biosci. Biotechnol. Biochem., 66(2), 319-327, 2002)記載の方法に従って、合成されたものを用いた(カプシノイド総量(純度)86.7%、カプシエイト54%、ジヒドロカプシエイト26.3%、ノルジヒドロカプシエイト6.4%)。カプシノイドを一晩室温で放置して、十分室温に戻した。その後、チューブ内で秤量し、コーン油を加えてボルテックスを用いてよく混和し、指定の濃度へと調製した。投与液の調製は最初にまとめて行い、一日分ずつ小分けして−20℃にて保存した。投与液は投与の前日に室温に戻し、ボルテックスを用いてよく均一にした。投与は毎日、一日一度、決められた時間(午前9時から10時の間)にゾンデを用いて経口投与した。対照群にはコーン油を規定量投与した。カプサイシンの保存は冷蔵で行い、調製・投与はカプシノイドと同様に行った。
【0032】
5.群構成
動物数:7匹/群
【表1】

【0033】
6.検査項目
1)体重
感染日をday0とし、day−7、−3、0、4、7、11、14、18、21、25および28に体重計にて測定した。
2)一般症状
一般症状の変化を毎日観察し、記録用紙に記入した。
3)飼料摂取量
毎週月曜日と木曜日の2回、飼料を補充した。飼料摂取量の測定日はday−3、0、4、7、11、14、18、21、25および28とした。
4)胃損傷評価
day29にスナネズミをエーテル麻酔下に腹部を80%アルコールで消毒した後、滅菌したハサミで開腹し胃を無菌的に取り出した。胃を大湾部に沿って開き、コルク板上に伸展した。実体顕微鏡下にこの標本を置き10倍の倍率下で、顕微鏡内に設置した格子(10×10mm)により損傷の面積をNaka et alの報告(Naka et al J. Physiology, Vol.95, pp.443-451, 2001)に従い算出した。
5)菌数測定
リン酸緩衝液(PBS(−))5mlを含む遠心管に胃を入れ、ポリトロンホモジナイザーで均質化した。そのホモジネート0.1mlをポアViヘリコ−寒天培地(栄研、Lot.No.53002)に塗抹し前培養と同様な37℃の微好気条件で7〜10日間培養後、形成された紫色のコロニーを計数した。
【0034】
7.統計処理
体重およびコロニー数は群毎の平均値±標準誤差を算出した。また、対照群に対する各群の統計的有意を検定するため、解析ソフト(Stat View, Abacus Inc., USA)を用いて分散分析(ANOVA)を行い等分散であることを確認した後、Fisher's PLSD法である多重比較検定を行い群間の比較を行った。p<0.05の場合を統計学的に有意であるとした。
【0035】
8.結果
以上の結果を図1及び図2に示した。図1は、H. pyloriの感染をDay0とした実験期間中のスナネズミの体重変化を平均値及び標準偏差で示したものである。図中、CSNsはカプシノイド化合物を、CAPはカプサイシンを表し、その次の数字は投与量(mg/kg)を示す。この結果、スナネズミの体重変化は、対照群(Vehicle)と比べてカプシノイド及びカプサイシン投与群に有意な差は認められなかった。また、実験期間中に記録した一般的症状及び摂餌量にも差はなかった。
【0036】
一方、図2は、カプシノイド化合物を35日間投与後の胃ホモゲナイズ物中のヘリコバクター・ピロリのコロニー数を平均値及び標準偏差で示した。横軸に示される投与群は図1の場合と同様である。なお、*はp<0.05であることを示す。図2の結果より、カプシノイド化合物は100mg/kgの投与量において対照群の胃ホモジネート液培養後のコロニー数と比較して有意に低いコロニー数の値を示した。カプシノイド化合物投与群は500mg/kgの投与量においても、統計的な有意差は示さないもののコロニー数の低い値を示した。また、感染4週間後にスナネズミを解剖して胃内を実体顕微鏡で観察した結果、対照群を含め全ての群において何ら障害は認められなかった。これらの結果より、カプシノイド化合物は、上記投与量においてH. pylori経口感染に対する感染防御効果を有することが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実験期間中のスナネズミの体重変化を示したグラフである。
【図2】カプシノイド化合物を35日間投与後の胃ホモゲナイズ物中のヘリコバクター・ピロリのコロニー数を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種又は2種以上のカプシノイド化合物を含有することを特徴とする抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
【請求項2】
前記カプシノイド化合物が、カプシエイト、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドロカプシエイト、オクタン酸バニリル、ノナン酸バニリル、デカン酸バニリルを含む請求項1記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
【請求項3】
前記カプシノイド化合物が、辛くないトウガラシから抽出されるカプシノイド化合物を含む請求項1又は2記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
【請求項4】
経口投与用である請求項1〜3何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤。
【請求項5】
請求項1〜3何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤及び生理的に許容可能な担体を含むことを特徴とする上部消化管疾患の予防、治療又は再発防止用医薬組成物。
【請求項6】
前記カプシノイド化合物の一日当たりの投与量が0.03〜500mg/kg体重である請求項4記載の医薬組成物。
【請求項7】
請求項1〜3何れか記載の抗ヘリコバクター・ピロリ剤を含み、上部消化管の不定愁訴を改善するために用いられることを特徴とする健康食品。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−19193(P2008−19193A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−191244(P2006−191244)
【出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】