説明

抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤

【課題】 新規な抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤を提供すること。
【解決手段】 ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、多種多様の抗腫瘍剤が種々の固形腫瘍に対する化学療法に適用されている。しかしながら、いずれの抗腫瘍剤も効果の点や副作用の点で少なからず問題を抱えていることは当業者によく知られた事実である。血管新生阻害剤は固形腫瘍の増殖・転移の他、糖尿病性網膜症などの血管新生が係わる疾患や病態の予防・治療に有用であり、古くから盛んに研究開発が行われている。しかしながら、これまでに知られている血管新生阻害剤は必ずしもその効果が満足できるものではなく、より優れた効果を有する血管新生阻害剤が望まれている。また、腫瘍細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)を効果的に誘発することで抗腫瘍効果を発揮するアポトーシス誘発剤が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、新規な抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、ステロイドホルモン受容体ファミリーに属し、糖や脂質代謝に関与する種々の標的遺伝子を調節している転写因子であり、肝臓、網膜、消化管粘膜、腎臓の遠位尿細管、心臓、筋肉、褐色脂肪組織などに発現することが知られているペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(Peroxisome proliferator-activated receptor-α:PPARα)の活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体の1つであるクロフィブリン酸が、優れた血管新生阻害効果とアポトーシス誘発効果に基づく抗腫瘍効果を有することを見出した。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の抗腫瘍剤は、請求項1記載の通り、PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求項2記載の抗腫瘍剤は、請求項1記載の抗腫瘍剤において、フィブリン酸誘導体がクロフィブリン酸またはそのエステル体であることを特徴とする。
また、本発明の抗腫瘍剤は、請求項3記載の通り、PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩と抗腫瘍性化合物を組み合わせてなることを特徴とする。
また、請求項4記載の抗腫瘍剤は、請求項3記載の抗腫瘍剤において、抗腫瘍性化合物が白金錯体であることを特徴とする。
また、請求項5記載の抗腫瘍剤は、請求項4記載の抗腫瘍剤において、白金錯体がシスプラチンであることを特徴とする。
また、本発明の血管新生阻害剤は、請求項6記載の通り、PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。
また、本発明のアポトーシス誘発剤は、請求項7記載の通り、PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、既存の抗腫瘍性化合物よりも副作用が少ない、優れた血管新生阻害効果とアポトーシス誘発効果に基づく抗腫瘍剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において、PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体としては、クロフィブリン酸(Clofibric acid:2-(4-Chlorophenoxy)-2-methylpropionic acid)やそのエステル体が例示できる。クロフィブリン酸のエステル体は体内においてクロフィブリン酸に変換されて効果を発揮するものであり、例えばクロフィブラート(Clofibrate:Ethyl 2-(4-chlorophenoxy)-2-methylpropionate)がこれに該当する。PPARα活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体としては、クロフィブリン酸とクロフィブラート以外にも、フェノフィブラート(Fenofibrate:Isopropyl 2-[4-(4-chlorobenzoyl)phenoxy]-2-methylpropionate)、ベザフィブラート(Bezafibrate:2-[p-[2-(p-Chlorobenzamido)ethyl] phenoxy]-2-methylpropionic acid)、クリノフィブラート(Clinofibrate:2,2'-(4,4'-Cyclohexylidenediphenoxy)-2,2'-dimethyldibutanoic acid)、シンフィブラート(Simfibrate:2-(4-Chlorophenoxy)-2-methylpropanoic acid 1,3-propanediyl ester)が例示できる。これらのフィブリン酸誘導体はいずれも公知の化合物であり、クロフィブラート、フェノフィブラート、ベザフィブラート、クリノフィブラート、シンフィブラートはいわゆる“フィブラート系薬剤”として高脂血症の予防・治療に用いられている。なお、フィブリン酸誘導体の薬学的に許容される塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩やカルシウム塩などのアルカリ土類金属塩が例示できる。
【0008】
本発明の抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤は、経口投与または非経口投与(例えば、静脈注射、皮下投与、直腸投与など)することができる。投与に際してはそれぞれの投与方法に適した剤型に製剤化すればよい。製剤形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、丸剤、トローチ剤、舌下錠、坐剤、軟膏、注射剤、乳剤、懸濁剤、シロップなどが挙げられ、これら製剤の調製は、無毒性の賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、防腐剤、等張化剤、安定化剤、分散剤、酸化防止剤、着色剤、矯味剤、緩衝剤などの添加剤を使用して自体公知の方法にて行うことができる。無毒性の添加剤としては、例えば、でんぷん、ゼラチン、ブドウ糖、乳糖、果糖、マルトース、炭酸マグネシウム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ペトロラタム、グリセリン、エタノール、シロップ、塩化ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、クエン酸、ポリビニルピロリドン、水などが挙げられる。なお、製剤中には、本発明の有用性を補強したり増強したりするために、他の薬剤を含有させてもよい。
【0009】
製剤中における有効成分の含有量は、その剤型に応じて異なるが、一般に0.1〜100重量%の濃度であることが望ましい。製剤の投与量は、投与対象者の性別や年齢や体重の他、症状の軽重、医師の診断などにより広範に調整することができるが、一般に1日当り0.01〜300mg/kgとすることができる。上記の投与量は、1日1回または数回に分けて投与すればよい。
【0010】
本発明の抗腫瘍剤は、既存の抗腫瘍性化合物よりも副作用が少ない、優れた血管新生阻害効果とアポトーシス誘発効果に基づく抗腫瘍剤であり、卵巣癌などの固形腫瘍の増殖・転移を効果的に抑制する。また、本発明の抗腫瘍剤は、シスプラチンに代表される白金錯体などの抗腫瘍性化合物と組み合わせて用いることで、固形腫瘍の増殖・転移をよりいっそう効果的に抑制する。本発明の血管新生阻害剤は、優れた血管新生阻害効果に基づいて抗腫瘍剤の他、糖尿病性網膜症予防治療剤などの血管新生が係わる疾患や病態に対する薬剤として有用である。本発明のアポトーシス誘発剤は、優れたアポトーシス誘発効果に基づいて抗腫瘍剤として有用である。
【実施例】
【0011】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は、以下の記載に何ら限定して解釈されるものではない。
【0012】
実験1:クロフィブリン酸の抗腫瘍効果の担癌マウスモデルを用いた検討
(実験方法)
8週齢BALB/cA nu/nuマウス(雌)の背部大腿側にOVCAR-3細胞(ヒト卵巣癌細胞:ATCCより購入)を0.5×106cells/mlの濃度で移植した。腫瘍長径が2mmになった時点で以下の4群を用いて実験を開始した。
(a)コントロール群(n=6)
(b)実験開始日にシスプラチン(CDDP)5mg/kgを腹腔内に投与した群(n=6)
(c)毎日クロフィブリン酸を0.9%含む粉末飼料を与えた群(n=6)
(d)実験開始日にCDDP5mg/kgを腹腔内に投与し、かつ、毎日クロフィブリン酸を0.9%含む粉末飼料を与えた群(n=6)
上記の4群について、実験開始後2〜3日毎に腫瘍体積を測定した。また、実験開始後7日目に採血して血中のプロスタグランジンE2(PGE2)濃度をEIA法にて測定した。さらに、実験開始後21日目に腫瘍を摘出して腫瘍重量を測定した。摘出した腫瘍の組織を凍結保存するとともに病理標本を作製し、血管形成誘導因子(VEGF)の発現量を抗VEGF抗体による免疫染色とWestern blot法により測定するとともに、微小血管を抗CD31抗体で免疫染色することでその密度を測定した。また、アポトーシス細胞の組織化学的検出をTUNEL法により行った。
【0013】
(実験結果)
各群の腫瘍体積の推移を図1に示す。クロフィブリン酸投与マウスでは、コントロールマウスに比べ実験開始後4日目から有意な腫瘍縮小効果が認められ、実験終了時まで持続した。卵巣癌治療の第一選択薬剤であるCDDP投与マウスでは、コントロールマウスに比べ実験開始後7日目から有意な腫瘍縮小効果が認められ、実験終了時まで持続した。クロフィブリン酸・CDDP投与マウスでは、コントロールマウスに比べ実験開始後2日目から既に有意な腫瘍縮小効果が認められ、実験終了時まで持続した。また、各群の実験開始後21日目に摘出した腫瘍の重量を図2に示す。実験開始後21日目の腫瘍重量はコントロールマウスで3.47±0.32g、CDDP投与マウスで2.28±0.42g、クロフィブリン酸投与マウスで1.85±0.10g、クロフィブリン酸・CDDP投与マウスで0.80±0.15gであり、コントロールマウスを基準とした腫瘍縮小率はCDDP投与マウスで34.3%、クロフィブリン酸投与マウスで46.7%、クロフィブリン酸・CDDP投与マウスで76.9%であった。以上の結果から、クロフィブリン酸はCDDPに匹敵する抗腫瘍効果を有すること、CDDPと組み合わせて用いることでより優れた抗腫瘍効果が得られることがわかった。
各群の実験開始後7日目の血中のPGE2濃度を図3に示す。また、各群の実験開始後21日目に摘出した腫瘍中のVEGF発現量を図4に、微小血管密度を図5に示す。図3〜図5から明らかなように、マウスにクロフィブリン酸を投与することで、血中のPGE2濃度は低く、腫瘍中のVEGF発現量は少なく微小血管密度は小さくなった。血管新生に重要な役割を果たすVEGFの発現はPGE2によって増強されることが知られているが、クロフィブリン酸はPGE2濃度を低下させることでVEGFの発現を抑制し、その結果として微小血管形成を抑制することがわかった。また、各群の実験開始後21日目に摘出した腫瘍中のアポトーシス細胞数(TUNEL陽性細胞数)を図6に示す。図6から明らかなように、クロフィブリン酸は優れたアポトーシス誘発効果を有することがわかった。
以上の知見から、クロフィブリン酸の抗腫瘍効果には、少なくとも血管新生阻害効果とアポトーシス誘発効果が寄与していることがわかった。
【0014】
実験2:クロフィブリン酸の抗腫瘍効果の癌性腹膜炎マウスモデルを用いた検討
(実験方法)
8週齢BALB/cA nu/nuマウス(雌)の腹腔内にDISS細胞(ヒト卵巣癌細胞:日本臨床細胞学会雑誌 42 Suppl 1 p181, 2003)を0.5×106cells/mlの濃度で移植し、7日目に以下の4群を用いて実験を開始した。
(a)コントロール群(n=8)
(b)実験開始日にCDDP5mg/kgを腹腔内に投与した群(n=8)
(c)毎日クロフィブリン酸を0.9%含む粉末飼料を与えた群(n=8)
(d)実験開始日にCDDP5mg/kgを腹腔内に投与し、かつ、毎日クロフィブリン酸を0.9%含む粉末飼料を与えた群(n=8)
上記の4群について、実験開始後21日目に腹水を吸引して腹水中のPGE2濃度とVEGF濃度をEIA法にて測定した。また、生存期間の評価を行った。
【0015】
(実験結果)
各群の生存期間の評価結果を図7に示す。生存期間の中央値はコントロールマウスで28日(25-40日)、CDDP投与マウスで58日(39-70日)、クロフィブリン酸投与マウスで57日(33-90日)、クロフィブリン酸・CDDP投与マウスで72日(50-90日)であった。60日間生存率はコントロールマウスで0%、CDDP投与マウスで50%、クロフィブリン酸投与マウスで37.5%、クロフィブリン酸・CDDP投与マウスで75%であった。以上の結果から、クロフィブリン酸はCDDPに匹敵する抗腫瘍効果を有すること、CDDPと組み合わせて用いることでより優れた抗腫瘍効果が得られることがわかった。
各群の実験開始後21日目の腹水中のPGE2濃度とVEGF濃度を図8に示す。図8から明らかなように、マウスにクロフィブリン酸を投与することで、腹水中のPGE2濃度とVEGF濃度は低くなり、この実験からもクロフィブリン酸は優れた血管新生阻害効果を有することがわかった。
【0016】
実験3:クロフィブレートとフェノフィブレートの抗腫瘍効果の検討
実験1の方法で検討した結果、クロフィブリン酸と同様の効果を有することが確認できた。
【0017】
製剤例1:錠剤
1錠当たり5mgのクロフィブリン酸を含む以下の成分組成からなる200mg錠剤を、各成分をよく混合してから打錠することで製造した。
クロフィブリン酸 5mg
乳糖 137〃
でんぷん 45〃
カルボキシメチルセルロース 10〃
タルク 2〃
ステアリン酸マグネシウム 1〃
合計200mg/錠
【0018】
製剤例2:カプセル剤
1カプセル当たり20mgのクロフィブラートを含む以下の成分組成からなる100mgカプセル剤を、各成分をよく混合してからカプセルに充填することで製造した。
クロフィブラート 20mg
乳糖 53〃
でんぷん 25〃
ステアリン酸マグネシウム 2〃
合計100mg/カプセル
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、新規な抗腫瘍剤、血管新生阻害剤およびアポトーシス誘発剤を提供することができる点において、産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例の実験1における各群の腫瘍体積の推移を示すグラフである。
【図2】同、各群の実験開始後21日目に摘出した腫瘍の重量を示すグラフである。
【図3】同、各群の実験開始後7日目の血中のPGE2濃度を示すグラフである。
【図4】同、各群の実験開始後21日目に摘出した腫瘍中のVEGF発現量を示すグラフである。
【図5】同、微小血管密度を示すグラフである。
【図6】同、アポトーシス細胞数を示すグラフである。
【図7】実施例の実験2における各群の生存期間の評価結果を示すグラフである。
【図8】同、各群の実験開始後21日目の腹水中のPGE2濃度とVEGF濃度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする抗腫瘍剤。
【請求項2】
フィブリン酸誘導体がクロフィブリン酸またはそのエステル体であることを特徴とする請求項1記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩と抗腫瘍性化合物を組み合わせてなることを特徴とする抗腫瘍剤。
【請求項4】
抗腫瘍性化合物が白金錯体であることを特徴とする請求項3記載の抗腫瘍剤。
【請求項5】
白金錯体がシスプラチンであることを特徴とする請求項4記載の抗腫瘍剤。
【請求項6】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とする血管新生阻害剤。
【請求項7】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α活性化作用を介した脂質代謝改善効果を有するフィブリン酸誘導体またはその薬学的に許容される塩を有効成分とすることを特徴とするアポトーシス誘発剤。

【図1】
image rotate

【図7】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2007−126422(P2007−126422A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−322545(P2005−322545)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】