説明

抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性増強剤

【課題】抗腫瘍剤を投与する腫瘍細胞において、コノフィリンを用いて効果的に抗腫瘍剤に対する感受性を増強する方法、及びその方法を利用した、コノフィリンを含有する、抗腫瘍剤に対する感受性増強剤の効果的な使用方法を提供すること。
【解決手段】コノフィリンは、ARMERの機能を阻害し、ARMERを発現している腫瘍細胞に対する抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性を増強することができる。従って、コノフィリンを有効成分として含有する薬剤は、ARMERの機能阻害剤、抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性を増強する増強剤として有用であり、コノフィリンと抗腫瘍剤との併用は、ARMERを発現する腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘導でき、腫瘍の治療に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コノフィリンを含有する、ARMERの機能(作用)阻害剤、抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性を増強する増強剤、アポトーシス誘導剤、及び医薬組成物、並びに、コノフィリンを抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性を増強する増強剤として適用する腫瘍を特定する方法、並びに、コノフィリンを利用したアポトーシス誘導方法及び腫瘍の治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、がん治療には、シクロフォスファミド、ダカルバジン、クロラムブチル、メトトレキサート、シタラビン、アクチノマイシンD、ブレオマイシン、ドキソルビシン、ビンクリスチン、ビンブラスチン、プレドニゾロン、デキサメタゾン、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン、イリノテカン、ストレプトゾシン、パクリタキセル、ドセタキセル、エトポシド、ゲムシタビン、ベバシズマブ、リツキシマブなどの多くの抗腫瘍剤が使用されているが、腫瘍細胞においてアポトーシス抑制因子が発現している場合には、腫瘍細胞は抗腫瘍剤に対して耐性や低感受性を示すため、抗腫瘍剤のアポトーシス誘導能が抑制される。そのため、アポトーシス抑制因子を不活性化して、抗腫瘍剤のアポトーシス誘導能を増強する薬剤の開発が求められている。なお、アポトーシス抑制因子としては、例えば、ARMER(ARL6ip:ADP ribosylation factor like 6 interacting protein;非特許文献1参照)などが知られている。
【0003】
ARMERは、小胞体膜タンパク質であり、カスパーゼ9経路の活性化を阻害することにより、血清欠乏(serum starvation)、ドキソルビシン、UV照射、TNF-α、小胞体ストレス供与体(ER stressor)(例えば、ブレフェルディンA、トゥニカマイシン(tunicamycin)、サプシガルジン(thapsigargin)など)等によるアポトーシスから細胞を守る機能を有する(非特許文献1参照)。
【0004】
ところで、コノフィリンは、腫瘍細胞の増殖を抑制する作用、NF-κBの活性化を阻害する作用、抗腫瘍剤に対する腫瘍細胞の感受性を増強する作用、及び膵細胞に対してインスリン生成・放出細胞への分化を誘導する作用を有することが報告されている(特許文献1〜3参照)が、その他の薬理学的作用は未だ十分に明らかにされていない。
【非特許文献1】Mol. Cancer Res. 1(7): 508-518, 2003
【特許文献1】特開平7−233071号公報
【特許文献2】特開平11−322602号公報
【特許文献3】国際公開第04/099215号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、コノフィリンが抗腫瘍剤に対する感受性を増強する作用を示すのは、どのような種類の腫瘍においてであるかが解明されていなかったため、コノフィリンを抗腫瘍剤とともに用いる際の腫瘍の適用範囲が明らかでなく、抗腫瘍剤を投与する腫瘍細胞において、コノフィリンを用いて効果的に抗腫瘍剤に対する感受性を増強することができなかった。
【0006】
本発明は、抗腫瘍剤を投与する腫瘍細胞において、コノフィリンを用いて効果的に抗腫瘍剤に対する感受性を増強する方法、及びその方法を利用した、コノフィリンを含有する、抗腫瘍剤に対する感受性増強剤の効果的な使用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、抗腫瘍剤単独では、アポトーシス抑制因子であるARMERを発現する腫瘍細胞に、アポトーシスマーカーである活性型カスパーゼ-3の生成を誘導できないが、コノフィリンとともに抗腫瘍剤を上記腫瘍細胞に作用させることにより、コノフィリンがARMERの機能を阻害するとともに、抗腫瘍剤により活性型カスパーゼ-3の生成を誘導できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明に係るARMERの機能阻害剤は、コノフィリンを有効成分として含有する。前記ARMERの機能は、例えば、活性型カスパーゼ-3の生成を抑制する作用、またはアポトーシスを抑制する作用などである。
【0009】
本発明に係る増強剤は、ARMERを発現している腫瘍細胞の、抗腫瘍剤に対する感受性を増強する増強剤であって、コノフィリンを有効成分として含有する。
【0010】
本発明に係るアポトーシス誘導剤は、ARMERを発現している腫瘍細胞にアポトーシスを誘導するアポトーシス誘導剤であって、抗腫瘍剤とコノフィリンとを含む。
【0011】
また、本発明に係るアポトーシス誘導剤は、コノフィリンを含み、培養した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べ、前記腫瘍細胞にARMERが発現している場合に、前記腫瘍細胞に抗腫瘍剤とともに作用させる。
【0012】
上述のアポトーシス誘導剤は、例えば、前記抗腫瘍剤と前記コノフィリンとの配合剤などである。
【0013】
本発明に係る医薬組成物は、ARMERを発現している腫瘍細胞に対する医薬組成物であって、抗腫瘍剤とコノフィリンとを含む。
【0014】
また、本発明に係る医薬組成物は、コノフィリンを含み、患者の有する腫瘍組織における腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べ、前記腫瘍細胞にARMERが発現している場合に、前記患者に抗腫瘍剤とともに投与する。
【0015】
上述の医薬組成物は、例えば、前記抗腫瘍剤と前記コノフィリンとの配合剤などである。
【0016】
本発明に係る、コノフィリンを抗腫瘍剤に対する感受性を増強する増強剤として適用する腫瘍を特定するための方法は、腫瘍細胞においてARMERの発現を調べる工程を含む。
【0017】
また、本発明に係るアポトーシス誘導方法は、ARMERを発現する腫瘍細胞にアポトーシスを誘導する方法であって、培養した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べる工程と、前記腫瘍細胞がARMERを発現している場合に、前記腫瘍細胞に抗腫瘍剤とコノフィリンとを作用させる工程と、を含む。
【0018】
さらに、本発明に係る治療法は、ヒト以外の脊椎動物における腫瘍組織に対する治療法であって、前記腫瘍組織から採取した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べる工程と、前記腫瘍細胞がARMERを発現している場合に、前記動物に抗腫瘍剤とコノフィリンとを投与する工程と、を含む。
【0019】
なお、上記いずれの場合も、抗腫瘍剤は、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、抗腫瘍剤を投与する腫瘍細胞において、コノフィリンを用いて効果的に抗腫瘍剤に対する感受性を増強する方法、及びその方法を利用した、コノフィリンを含有する、抗腫瘍剤に対する感受性増強剤の効果的な使用方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0022】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0023】
==コノフィリンの薬理作用==
ドキソルビシンやブレフェルジンAのような、カスパーゼ9及びその下流のカスパーゼ-3の活性化を介してアポトーシスを誘導する抗腫瘍剤は、アポトーシス抑制因子であるARMERを発現する腫瘍細胞に活性型カスパーゼ-3の生成を誘導できない。しかしながら、実施例に示すように、本発明者らは、コノフィリンがARMERの機能を阻害することを見出し、従って、コノフィリンとともに抗腫瘍剤をARMER発現腫瘍細胞に作用させることにより、コノフィリンがARMERの機能を阻害し、抗腫瘍剤により活性型カスパーゼ-3の生成を誘導できることを明らかにした。
【0024】
従って、コノフィリンは、ARMERの機能阻害剤、ARMER発現腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する感受性増強剤などとして有用である。また、コノフィリンと抗腫瘍剤との併用剤は、ARMER発現腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導剤、ARMER発現腫瘍細胞に起因する疾患を治療するための医薬組成物として有用である。
【0025】
また、ARMERは、カスパーゼ9経路の活性化を阻害することにより、抗腫瘍剤以外にも、血清欠乏(serum starvation)、UV照射、TNF-α、小胞体ストレス供与体(ER stressor)(例えば、トゥニカマイシン(tunicamycin)、サプシガルジン(thapsigargin)など)等によるアポトーシスから細胞を守る機能を有するため、コノフィリンは、ARMERを阻害することにより、これらの刺激に対する感受性増強剤としても有用である。
【0026】
==本発明に係る薬剤及び医薬組成物について==
本発明に係る薬剤及び医薬組成物、すなわち、ARMER機能阻害剤、ARMER発現腫瘍細胞の抗腫瘍剤に対する感受性増強剤、及びARMER発現腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導剤、並びに、ARMERを発現する腫瘍に対する医薬組成物等は、コノフィリンを有効成分として含有するものであっても、コノフィリンを産生する植物の葉、前記葉の乾燥物、又は前記葉若しくは前記葉の乾燥物の抽出物を有効成分として含有するものであっても構わない。コノフィリンを産生する植物としては、例えば、エルウァタミア・ミクロフィラ(Ervatamia microphylla)、タベルネモンタナ・ディヴァリカタ(Tabernaemontana divaricata)等を挙げることができる。なお、上述のアポトーシス誘導剤及び医薬組成物は、コノフィリンと抗腫瘍剤との配合剤であっても構わない。
【0027】
コノフィリンを含有する薬剤は、抗腫瘍剤とともにARMER発現腫瘍細胞に作用させることによってその抗腫瘍剤に対する感受性増強作用を発揮させることができる。ここで、「ARMER発現腫瘍細胞に作用させる」とは、薬剤を添加または投与することによりその薬剤の効能を発揮させることをいい、対象となるARMER発現腫瘍細胞は、培養細胞であっても、個体内の細胞であってもよい。前記培養細胞としては、例えば、ARMERを発現するHT1080細胞株やAR42J-B13細胞株などを挙げることができる。また、「抗腫瘍剤とともに作用させる」とは「抗腫瘍剤と協同させるように作用させる」という意味であり、時間的には、抗腫瘍剤と一緒に添加又は投与しても、抗腫瘍剤の添加又は投与に前後して添加又は投与してもよく、協同的に作用するように添加又は投与すれば、どのような添加又は投与の仕方であってもよい。なお、前記個体としては、例えば、ヒトであってもよいし、ヒト以外のマウス、ラット、ブタなどの脊椎動物であってもよい。
【0028】
本発明に係る医薬組成物を、前記疾患の改善(治療・抑制)が必要なヒト又はヒト以外の脊椎動物に投与する場合には、導入対象の患部の近傍に直接投与してもよいが、経口又は静脈内、腹腔内等の非経口に投与してもよい。前記医薬組成物に含まれるコノフィリンと抗腫瘍剤は、同じ部位に投与してもよいし、異なる部位に投与してもよい。なお、コノフィリンや抗腫瘍剤を経口投与する場合には、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤などの製剤にしてもよく、静脈内又は腹腔内等に投与する場合には、注射剤、点滴剤などの製剤にしてもよい。なお、前記製剤は、従来使用されている製剤添加物(例えば、賦形剤や基剤など)を用いて常法により製造することができる。
【0029】
なお、本発明に係る薬剤及び医薬組成物を、腫瘍組織における腫瘍細胞若しくは培養した腫瘍細胞に適用する場合には、腫瘍細胞にARMERが発現しているかどうかを調べることが好ましい。これにより、コノフィリンを抗腫瘍剤に対する感受性増強剤として適用できるかどうかを特定することができ、コノフィリンと抗腫瘍剤とを併用して、腫瘍細胞にアポトーシスを誘導したり、腫瘍を改善(治療・抑制)したりすることができるようになる。
【0030】
なお、上述の抗腫瘍剤としては、例えば、シクロフォスファミド、ダカルバジン、クロラムブチル、メトトレキサート、シタラビン、アクチノマイシンD、ブレオマイシン、ドキソルビシン、ビンクリスチン、ビンブラスチン、プレドニゾロン、デキサメタゾン、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン、イリノテカン、ストレプトゾシン、パクリタキセル、ドセタキセル、エトポシド、ゲムシタビン、ベバシズマブ、リツキシマブ、ブレフェルジンAなどの既存の抗腫瘍剤またはそのうちの2以上の組み合わせからなる混合物を用いることができる。
【0031】
==コノフィリン、乾燥物及び抽出物の製造方法==
コノフィリンを産生する植物の葉の乾燥物は、前記葉又は粉砕した前記葉を、自然乾燥、凍結乾燥、温風乾燥などの方法によって乾燥することにより得ることができ、前記葉の乾燥粉末は、前記葉の乾燥物を粉砕することによって得ることができる。
【0032】
また、上述の葉の抽出液は、上述の葉又はその乾燥物に溶媒を加え、それらに含まれる有効成分を溶媒中に溶出させることにより得ることができる。前記溶媒としては、例えば、水、アルコール、酢酸エチル、クロロホルム、又は2種以上の混合溶媒を用いることができるが、水、エタノール、又はこれらの混合物を用いることが安全性の面から好ましい。なお、溶媒中への有効成分の溶出において、撹拌、粉砕、加熱などの二次的作用を加え、有効成分の溶出量の増加及び有効成分の溶出時間の短縮を図ることができる。本実施の形態においては、上述の葉の抽出液から葉の残渣を除去せず、薬剤、または、薬剤若しくは医薬組成物の添加物としてそのまま用いているが、抽出液中の葉の残渣を濾過法又は遠心分離法により除去した抽出液を用いてもよい。
【0033】
また、溶媒中へ有効成分を溶出させた抽出液から溶媒を蒸発させるか、あるいは抽出液を乾燥させることにより、固形物を得ることもできる。なお、抽出液の乾燥には、例えば、自然乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥などの方法を利用することができる。
【0034】
なお、コノフィリンは、特開平7−233071号公報、国際公開第04/099215号パンフレットなどに記載の方法に準じて製造することができるが、上述の抽出液を液体クロマトグラフィーにより分離精製することにより製造することもできる。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0036】
[実施例1]
ARMER(ARL6ip)は、カスパーゼ-3の活性化を抑制し、抗アポトーシス作用を有することが報告されている(Molecular Cancer Research 1: 508-518, 2003)。本実施例では、テトラサイクリンによる遺伝子発現誘導系を用いてARMERの発現を誘導し、ドキソルビシンに対する抗アポトーシス作用を獲得させたHT1080細胞株において、コノフィリンがARMERの機能を阻害することにより、ARMERが発現している細胞株の、ドキソルビシンに対する感受性を増強することができることを示す。
【0037】
HT1080繊維肉腫細胞(理研バンクより購入)を、10 % FBSを含むDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地;日水製薬株式会社)にグルタミン(0.6 g/l)、カナマイシン(0.2 g/l)、ペニシリン(100 unit/ml)、及びNaHCO3(5 mM)を添加した培地(以下、単に「DMEM培地」と称する。)に懸濁し、この懸濁液(1×105個/ウェル)を6ウェルプラスチックプレート(Corster)に播種して、37 ℃, 5 % CO2で培養した。翌日、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いて、テトラサイクリンリプレッサー(TetR)を恒常的に発現させる調節用ベクターpcDNA6/TR(Invitrogen)を培養細胞にトランスフェクトした。その後、細胞を100 mmシャーレに移し、選択用マーカーとして10 μg/ml ブラストシジン(Invitrogen)を含むDMEM培地を3〜4日ごとに交換してコロニー形成を行った。2〜3週間培養を続け、形成したコロニーのうち増殖速度の比較的速いコロニーをペニシリンカップを用いて周囲の細胞から隔離し、十分な大きさになるまで培養した後に、コロニーをクローニングした。得られた細胞を再びDMEM培地に懸濁して24ウェルプラスチックプレート(Corster)に播種し、37 ℃, 5 % CO2で培養した。
【0038】
次に、培養した細胞を6ウェルプラスチックプレートに播種し、リポフェクトアミン2000を用いて、ARMER遺伝子を挿入した発現用ベクター pcDNA4/TO/ARMER(Invitrogen)をトランスフェクトした。その後、選択用マーカーとして1000 μg/ml ゼオシン(Invitrogen)を含むDMEM培地を用いて、pcDNA6/TRとpcDNA4/TO/ARMERとを安定的にゲノムに導入した細胞株(テトラサイクリン誘導型の細胞株)を6株樹立した。なお、コントロールとしてpcDNA6/TRとARMER遺伝子を挿入していないベクターpcDNA4/TO(Invitrogen)とをゲノムに導入した細胞株を準備した。
【0039】
樹立した細胞株をDMEM培地に懸濁した懸濁液(1×105 cells)4mLをそれぞれ60mmシャーレに添加し、37 ℃, 5 % CO2で培養した。翌日、1 μg/ml テトラサイクリン(Invitrogen)を含むDMEM培地に交換し、24 時間培養後にARMERの発現をウェスタンブロッティング法により調べた(図1)。その結果、6 株のうち2 株において、テトラサイクリンでARMERの発現が誘導されることがわかった。
【0040】
このようにして樹立した、テトラサイクリンを作用させることによりARMERの発現が誘導されるHT1080細胞株を用いて、コノフィリンがARMERの機能を阻害することを示す実験を行った。
【0041】
図1に示すNo.6の細胞株をDMEM培地に懸濁した懸濁液(1×105 cells)4 mLを60 mmシャーレに添加し、37 ℃, 5 % CO2で培養した。翌日、(1)1 μg/ml テトラサイクリン(Tet)のみを添加した培地、若しくは、(2)1 μg/ml Tet及び0.1 μg/mlのコノフィリン(CNP)を添加した培地、あるいは、(3)Tet及びCNPを含まないDMEM培地に交換して24時間培養し、150 ng/ml ドキソルビシン(アドリアマイシン;Sigma)を添加してさらに48時間培養した。なお、何も加えないコントロール(4)としてTet及びCNPを含まない培地に交換して24時間培養し、ドキソルビシンを添加しないでさらに48時間培養したものを準備した。培養後、アポトーシスマーカーである活性型カスパーゼ-3の発現をウェスタンブロッティング法により調べた。その結果を図2に示す。
【0042】
図2に示すように、定常状態の細胞((4)の場合)ではカスパーゼ-3は不活性状態にあるが、ドキソルビシンを作用させると((3)の場合)、不活性型カスパーゼ-3が分解して活性型カスパーゼ-3が生成した。しかし、テトラサイクリンを細胞に作用させてARMERの発現を誘導した後、ドキソルビシンを作用させると((1)の場合)、活性型カスパーゼ-3の生成が抑制された。また、テトラサイクリンとコノフィリンとを作用させた後、ドキソルビシンを作用させると((2)の場合)、活性型カスパーゼ-3の生成が増大した。
【0043】
このように、ARMERを発現する細胞は、抗腫瘍剤のアポトーシス誘導能を抑制する作用(抗アポトーシス作用)を有するが、コノフィリンの投与によりARMERの機能を阻害し、アポトーシスを誘導する抗腫瘍剤の機能を回復させることができた。このコノフィリンの作用はARMERの阻害を介しているため、ARMERが発現していない腫瘍細胞では効果がないか、非常に効果は低いと考えられる。
【0044】
[実施例2]
本実施例では、ARMERを発現しているラット好塩基球性白血病細胞株RBL-2Hにおいて、実際にコノフィリンがブレフェルジンAに対する感受性を増強することができることを示す。
【0045】
〈試薬の調製〉
コノフィリンは、Ervatamia microphyllaの葉から抽出し、ベンゼン中に1 mg/mLとなるように希釈し、遮光状態で-20℃において保存した。使用する際にはベンゼンを真空ポンプで除去し、メタノールで目的の濃度(0.03μg/mL)になるように希釈して実験に用いた。
【0046】
ブレフェルジンA(Sigma(St. Louis, MO)より購入)は、エタノールで1 mg/mlとなるように希釈し、遮光状態で-20℃において保存した。使用する際にはエタノールで目的の濃度(0, 0.001, 0.003, 0.01, 0.03, 0.1, 0.3, 1 μg/mL)になるように希釈して実験に用いた。
【0047】
〈実験方法〉
2×104 cells/mLに調製したRBL-2H3 細胞懸濁液を1 mLずつ12 ウエルプレート(Corning Inc. Corning, NY)に播種し、最終濃度が0.03 μg/mlになるように調製したコノフィリンおよび最終濃度が0, 0.001, 0.003, 0.01, 0.03, 0.1, 0.3, 1 μg/mlになるように調製したブレフェルジンAを添加し、24、48時間後に上清を1.5 mLエッペンドルフチューブに回収し、PBS-250 μLで2回洗浄してPBS-を1.5 mLエッペンドルフチューブに回収した。次にトリプシン-EDTA溶液200 μLを添加して細胞を剥がし、1.5 mLエッペンドルフチューブ中の溶液800 μLでトリプシンを失活させてピペッティングをしてから1.5 mLエッペンドルフチューブに再度回収した。これを3500 rpmで5分間遠心にかけて細胞を沈降させ、上清を除去後PBS-を40 μL加え、そこにトリパンブルー染色液(4 mg/mL トリパンブルー、9 mg/mL NaCl)を10 μL加えてタッピングし、ピペッティングしてよく混合した後、これを血球計算板(エルマ販売株式会社)に乗せて倍率100の顕微鏡下で青色に染色された死細胞数と全細胞数を計測した。そして、細胞生存率を[{(全細胞数)−(死細胞数)}÷(全細胞数)]×100として算出した。
【0048】
RBL-2H3 細胞において算出された、ブレフェルジンAの濃度に対する細胞生存率をグラフにし、図3に表した。
【0049】
〈結果〉
ブレフェルジンAが0.001〜1 μg/mLの範囲すべてにおいて、RBL-2H3 細胞に対して0.03 μg/mlコノフィリンを添加すると細胞生存率が低下した。なお、RBL-2H3 細胞がARMERを発現していることは、ウェスタンブロッティングにより確認している(図4参照)。
このように、コノフィリンは、ARMERを発現している細胞に対して、アポトーシスを誘導するブレフェルジンAの作用を増強することができた。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施例において、樹立した細胞株においてテトラサイクリンによりARMERの発現が誘導されるかどうかをウェスタンブロッティング法により調べた結果を示す図である。
【図2】本発明の一実施例において、テトラサイクリンとコノフィリンとがARMERを発現する腫瘍細胞に与える影響を調べた結果を示す図である。
【図3】本発明の一実施例において、RBL-2H3細胞に対し、コノフィリンがブレフェルジンAによる細胞生存率を低下させることを示した図である。
【図4】本発明の一実施例において、RBL-2H3細胞におけるARMERの発現をウェスタンブロッティング法により調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コノフィリンを有効成分として含有するARMERの機能阻害剤。
【請求項2】
前記ARMERの機能が、活性型カスパーゼ-3の生成を抑制する作用、またはアポトーシスを抑制する作用であることを特徴とする請求項1に記載のARMERの機能阻害剤。
【請求項3】
ARMERを発現している腫瘍細胞の、抗腫瘍剤に対する感受性を増強する増強剤であって、
コノフィリンを有効成分として含有する増強剤。
【請求項4】
前記抗腫瘍剤が、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることを特徴とする請求項3に記載の増強剤。
【請求項5】
ARMERを発現している腫瘍細胞にアポトーシスを誘導するアポトーシス誘導剤であって、
抗腫瘍剤とコノフィリンとを含むアポトーシス誘導剤。
【請求項6】
コノフィリンを含むアポトーシス誘導剤であって、
培養した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べ、前記腫瘍細胞にARMERが発現している場合に、前記腫瘍細胞に抗腫瘍剤とともに作用させることを特徴とするアポトーシス誘導剤。
【請求項7】
前記アポトーシス誘導剤が、前記抗腫瘍剤と前記コノフィリンとの配合剤であることを特徴とする請求項5または6に記載のアポトーシス誘導剤。
【請求項8】
前記抗腫瘍剤が、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることを特徴とする請求項5〜7に記載のアポトーシス誘導剤。
【請求項9】
ARMERを発現している腫瘍細胞に対する医薬組成物であって、
抗腫瘍剤とコノフィリンとを含む医薬組成物。
【請求項10】
コノフィリンを含む医薬組成物であって、
患者の有する腫瘍組織における腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べ、前記腫瘍細胞にARMERが発現している場合に、前記患者に抗腫瘍剤とともに投与することを特徴とする医薬組成物。
【請求項11】
前記医薬組成物が、前記抗腫瘍剤と前記コノフィリンとの配合剤であることを特徴とする請求項9または10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記抗腫瘍剤が、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることを特徴とする請求項9〜11に記載の医薬組成物。
【請求項13】
コノフィリンを抗腫瘍剤に対する感受性を増強する増強剤として適用する腫瘍を特定するための方法であって、
腫瘍細胞においてARMERの発現を調べる工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項14】
ARMERを発現する腫瘍細胞にアポトーシスを誘導するアポトーシス誘導方法であって、
培養した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べる工程と、
前記腫瘍細胞がARMERを発現している場合に、前記腫瘍細胞に抗腫瘍剤とコノフィリンとを作用させる工程と、を含むことを特徴とするアポトーシス誘導方法。
【請求項15】
前記抗腫瘍剤が、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることを特徴とする請求項13または14に記載のアポトーシス誘導方法。
【請求項16】
ヒト以外の脊椎動物における腫瘍組織に対する治療法であって、
前記腫瘍組織から採取した腫瘍細胞に対してARMERの発現を調べる工程と、
前記腫瘍細胞がARMERを発現している場合に、前記動物に抗腫瘍剤とコノフィリンとを投与する工程と、を含むことを特徴とする治療法。
【請求項17】
前記抗腫瘍剤が、ドキソルビシンまたはブレフェルジンAであることを特徴とする請求項13または14に記載のアポトーシス誘導方法。

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−110972(P2008−110972A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−262131(P2007−262131)
【出願日】平成19年10月5日(2007.10.5)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】