説明

抗菌剤及び抗菌方法

【課題】 グラム陽性菌に効果がある抗菌剤、特に食品などに添加しても安全な抗菌剤及び抗菌方法を提供する。
【解決手段】 シソ科植物抽出物中に含まれる、下記式(1)又は式(2):


で表される化合物の何れか一方若しくは両方を有効成分として含有する抗菌剤。
この抗菌剤は、スタフィロコッカス属、ラクトバシルス属、リステリア属、アリシクロバシルス属、及び、バシルス属などのグラム陽性菌に対して抗菌活性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌剤及び抗菌方法に関し、さらに詳しくは、シソ科植物抽出物に含まれる特定の化合物を有効成分として含有する抗菌剤及びそれを用いる抗菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の研究から、リステリア種(Listeria)、特にリステリア・モノシトジェネス(Listeriamonocytogenes)によって起こされるヒトでのリステリア症は、様々な種類の食品、特にソフトチーズ、パテ、ハム、他のプレパッケージ食用獣肉及び鳥肉製品の摂取に関連することが明らかにされている(例えば、PHLS(Public Health Laboratory Service)食品チェーンの16の公衆衛生研究所での調査(非特許文献1)参照)。また、リステリアの主たる汚染源は食品製造者であると一般に考えられている。
【0003】
食品病原菌であるリステリア・モノシトジェネスは日本において年間約70例の死亡の原因となっており、これは他の食品病原菌の場合の数字の2倍を超えている。さらに、米国では2000年時点でリステリア性食中毒による死亡者数は約500名にのぼり、サルモネラ菌や腸管出血性大腸菌であるO157による被害額に匹敵する状況となっている。
一方、ホップ酸及びホップ酸に類する酸は以前から細菌阻害剤として認識されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平8−502887号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「Listeria Monocytogenesin Prepacked Ready-To-Eat Sliced Meat」S.Velani及びR.J.Gilbert,PHLS Microbiology Digest,7巻(1977)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、一般的に抗菌剤(特に天然物由来の抗菌剤)は、微生物の種類によりその抗菌活性が異なることが知られており、従来の抗菌剤は、サルモネラ菌、病原性大腸菌などに対して抗菌活性は有するものの、リステリア属の細菌などのグラム陽性菌に効果がある抗菌剤、特に食品などに添加しても安全な天然物由来の抗菌剤は余り知られていない。
また、天然物由来の抗菌剤であるホップ酸(特にベータ酸含有ホップ抽出物)においても、そのリステリア菌に対する抗菌活性の効果は不十分である。さらに、ホップ酸はそれ自体に特有の臭気をもつため、食品に添加する抗菌剤としては適切ではなかった。
すなわち、本発明の目的は、グラム陽性菌に抗菌活性があり、臭気の少ない、食品などに添加しても安全な天然物由来の抗菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、シソ科植物抽出物、例えばローズマリー抽出物中に含まれるある種の化合物が、グラム陽性菌、例えばリステリア属に属する細菌に対して優れた抗菌活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は、次の[1]〜[13]に記載する事項により特定されるものである。
[1]シソ科植物抽出物中に含まれる下記式(1)又は式(2):
【化1】

で表される化合物の何れか一方若しくは両方を有効成分として含有することを特徴する抗菌剤。
【0009】
[2]シソ科植物抽出物が、ローズマリー抽出物、セージ抽出物、タイム抽出物、及びオレガノ抽出物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の抽出物である上記[1]に記載の抗菌剤。
【0010】
[3]下記式(2):
【化2】

で表される化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗菌剤。
[4]グラム陽性菌に属する細菌に対して抗菌活性を示す上記[1]〜[3]の何れかに記載の抗菌剤。
[5]グラム陽性菌に属する細菌が、スタフィロコッカス(Staphyrococcus)属、ラクトバシルス(Lactobacillus)属、リステリア(Listeria)属、アリシクロバシルス(Alicyclobacillus)属、及び、バシルス(Bacillus)属からなる群より選ばれる何れかの属に属する細菌である上記[4]に記載の抗菌剤。
[6]グラム陽性菌に属する細菌が、スタフィロコッカス・アウレウス(Staphyrococcus aureusu)、ラクトバシルス・プランタルム(Lactobacillusplantarum)、リステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)、アリシクロバシルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillusacidoterrestris)、及び、バシルス・サブチルス(Bacillus subtilis)からなる群より選ばれる何れかの種に属する細菌である上記[4]又は[5]に記載の抗菌剤。
【0011】
[7]下記式(1):
【化3】

で表される化合物を有効成分として含有し、リステリア属に属する細菌に対する抗菌用として用いることを特徴とする抗菌剤。
[8]下記式(1)又は式(2):
【化4】

で表される化合物の少なくとも何れかを50ppm以上含有することを特徴とする抗菌剤。
【0012】
[9]水、アルコール、食用油脂、またはこれらの混合液の何れかに、式(1)又は式(2)で表される化合物が溶解又は分散されている上記[8]に記載の抗菌剤。
[10]式(1)又は式(2)で表される化合物のうち少なくとも何れか一方が、シソ科植物から抽出されたものである上記[8]又は[9]に記載の抗菌剤。
[11]さらにホップ抽出物を含有する上記[1]〜[10]の何れかに記載の抗菌剤。
[12]食品の抗菌用として用いる上記[1]〜[11]の何れかに記載の抗菌剤。
[13]上記[1]〜[12]の何れかに記載の抗菌剤を、試料中に含有させることを特徴とする抗菌方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の抗菌剤を使用することにより、試料(対象物)に対して非常に少ない添加量で、スタフィロコッカス属、ラクトバシルス属、リステリア属、アリシクロバシルス属、及び、バシルス属などのグラム陽性菌、特にリステリア属に属する細菌に対して十分な抗菌効果が発揮される。本発明の抗菌剤は、例えば、食品、飲料、医療、医薬品、環境安全の分野において広く使用することが出来るが、特に食品保存剤として有用であり、本発明の抗菌方法は、特に食品の保存方法として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明するが、この説明は本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、以下の内容に限定されるものではない。
【0015】
本発明の抗菌剤は、シソ科植物抽出物に含まれる特定の化合物、すなわち上記式(1)及び式(2)で表される化合物の何れか一方若しくは両方を有効成分とするものである。式(1)及び式(2)で表される化合物は、何れもシソ科植物抽出物に含まれる非水溶性の化合物である。
【0016】
本発明において、シソ科植物抽出物は限定されないが、例えばローズマリー抽出物、セージ抽出物、タイム抽出物、及びオレガノ抽出物等の何れの抽出物であってもよく、これらの中でローズマリー抽出物が特に好ましい。
ローズマリー、セージ、タイム、オレガノは、同じ目の植物であり、同じ成分を含んでいる。さらに、これらはシソ科植物であり、同じ科の植物の抽出物であれば、成分の比率は変わったとしても、ほぼ同様の成分を含んでいる。
また、抽出する部位は限定されず、葉、茎、花、根などの何れでもよく、シソ科植物の種類、抽出方法、抽出条件等によって適宜選択することができる。特に、葉または茎から得られる抽出物が好適である。
【0017】
本発明におけるシソ科植物抽出物は、上記シソ科植物抽出物であれば如何なるものであってもよいが、特に、非水溶性の抽出物が好ましい。より好ましくは、25℃での水100gに対する溶解度が0.1g未満である非水溶性シソ科植物抽出物、好ましくは非水溶性のローズマリー抽出物である。水に対する溶解度は、25℃での水100gに対して、更に好ましくは0.05g以下、特に好ましくは0.01g以下である。
【0018】
シソ科植物抽出物は、例えば以下に示す方法により調製することが出来るが、以下の方法のみには限定されない。
【0019】
先ず、上記シソ科植物、例えばローズマリーの葉、茎を乾燥し、ヘキサン、酢酸エチル、エタノール、エーテル、アルカリ水、中性の水、酸性水、または、これらの混合液を使用して抽出する。または、超臨界状態や亜臨界状態の流体、例えばこれらの状態である二酸化炭素を使用して抽出することもできる。好ましい抽出方法は、ヘキサン、ヘキサン/エタノール、エタノール、エタノール/水を使用する抽出方法である。
通常、シソ科植物、例えばローズマリー1kgに対し、10倍量の上記の溶媒を使用し、通常5℃以上、好ましくは40℃以上、また通常80℃以下、好ましくは70℃以下で攪拌抽出し、濾過して濾液を得る。更に、残渣を同様の溶媒で数回洗浄し濾液を得る。これらの濾液を合わせ、濾液と等量の水で沈殿物を析出させ、濾液の1/10量の活性炭を添加し、1時間攪拌し、一昼夜冷所保存し、沈殿物を濾過する。この操作を数回繰り返し、得られた濾液を合わせて減圧濃縮し、非水溶性シソ科植物抽出物を得る。
また、抽出するための液体を用いずに抽出することも可能であり、例えば、シソ科植物を加熱してプレス、圧搾する等によってもシソ科植物抽出物を得ることが出来る。
【0020】
本発明の抗菌剤を構成する上記式(1)又は上記式(2)の化合物の抽出方法は限定されないが、上記シソ科植物抽出物を、例えば、ODS(オクタデシルシリル化シリカゲル)カラム;Φ30mm×120mmを用いて、溶離液CHCNを流した後、樹脂中に残った成分を、クロロホルム/メタノール=100/0、又は99/1(体積比)で押し出し、クロロホルム100%で流した時の粗分画抽出物を得る。さらに、クロロホルム/メタノール=99/1(体積比)で洗浄することにより、粗分画抽出物を得ることができる。この方法により得られる成分は2種類であり、一つはフェルギノール(上記式(1)の化合物;以下これを「テルペノイド−1」と称することがある)、もう一方は天然物では新規の成分(上記式(2)の化合物;以下これを「テルペノイド−2」と称することがある)である。
【0021】
これら化合物の同定は、NMR(H−NMR)によって行うことができる。新規成分である式(2)の化合物のNMRデータおよび質量分析データは次のとおりである。
【0022】
【化5】

【0023】
本発明において、上記式(1)及び式(2)で表される化合物としては、抽出物であっても良く、また抽出物から単離した化合物若しくは合成化合物であってもよい。換言すれば、本発明の抗菌剤は、上記式(1)または上記式(2)の化合物を有していれば、シソ科植物からの抽出物には限定されない。抽出物を用いる場合には、該抽出物をそのまま抗菌剤として適用してもよいが、該抽出物を濃縮、単離、精製して用いることが好ましい。特に、上記式(1)または上記式(2)の化合物をシソ科植物抽出物から抽出し、さらに濃縮、抽出、析出、単離、精製等のうち少なくとも何れかの工程を経て上記式(1)または上記式(2)の化合物を得れば、それらの濃度を上げることができるので、本発明が目的とする抗菌性をより顕著に発現させることができる。
【0024】
これら2種類の化合物は、グラム陽性菌、特にリステリア属に属する細菌に対する抗菌作用を有しており、抗菌剤の有効成分として用いることができる。
【0025】
シソ科植物からは既に各種のテルペノイドが単離・同定されている。それらの中で、カルノジック酸の抗リステリア菌効果は知られている。しかしながら、上記テルペノイド−1、及びテルペノイド−2が、非水溶性シソ科植物抽出物の抗菌活性の有効成分であること、またこれら化合物が特にリステリア属に属する細菌に対して優れた抗菌活性を有することは、本発明者らの知る限り、本発明において初めて見出されたものである。さらに、テルペノイド−2は、天然物として新規物質であり、その抗菌作用も本発明において初めて見出されたものである。
【0026】
本発明の抗菌剤は、溶液、分散液、粉末、造粒物などの、如何なる形態としても使用できる。従って、上記式(1)または上記式(2)で表される化合物を含有する配合物として用いることができる。本発明の抗菌剤が溶液又は分散液である場合、使用上の利便性を考慮し、水、エタノール等のアルコール、食用の油脂類、またはこれらの混合液等に、上記式(1)または上記式(2)で表される化合物が溶解又は分散されたものを好適に使用することが出来る。
【0027】
本発明の抗菌剤が配合物である場合、上記式(1)又は上記式(2)で表される化合物の含有量が限定されないが、これら化合物の少なくとも何れかを、通常50ppm以上、好ましくは100ppm以上、より好ましくは200ppm以上含有することが望ましい。配合物中における前記化合物の含有量が前記下限値未満の場合は、抗菌剤としての効果を十分に奏することができない場合がある。配合物中における前記化合物の含有量の上限値に制限は無いが、本発明の抗菌剤は微量で十分な効果を奏することから、通常5重量%以下、更には2重量%以下、特には1重量%以下の含有量であっても十分な抗菌効果を奏することができる。
【0028】
また、上記式(1)および上記式(2)の化合物を併用する場合、配合物中におけるこれら化合物の合計含有量も限定されないが、通常50ppm以上、好ましくは100ppm以上、より好ましくは200ppm以上含有することが望ましい。配合物中における前記化合物の合計含有量が前記下限値未満の場合は、抗菌剤としての効果を十分に奏することができない場合がある。配合物中における前記化合物の合計含有量の上限値に制限は無いが、本発明の抗菌剤は微量で十分な効果を奏することから、通常5重量%以下、更には2重量%以下、特には1重量%以下の含有量であっても十分な抗菌効果を奏することができる。配合物中における前記化合物の合計含有量が前記上限値を超える場合は、必要とする抗菌効果を生じるために十分な量である場合がある。
【0029】
前述の通り、シソ科植物抽出物としてはテルペノイド等の公知の物質が既に単離・同定されている。これらの各成分は、テルペノイド−1およびテルペノイド−2を得るための前記の抽出・分画方法と同様にして、抽出溶媒や抽出条件等を調整することによって各成分を得ることができる。シソ科植物抽出物に含まれる成分としては、非水溶性の抽出物として、7α−エトキシロスマノール、カルノソール、カルノジック酸(12−メトキシ−trans−カルノジック酸)、ロスマノール、エピロスマノール、ベツリン、ベツリン酸などが挙げられる。これらの成分の1種または2種以上を組合せて配合物中に併用してもよい。テルペノイド−1および/またはテルペノイド−2と併用する成分としては、ロスマノール、カルノソール、カルノジック酸、及びベツリン酸からなる群から選択される1種以上を用いると、本発明の抗菌剤の抗菌作用を増強できる場合がある。また、水溶性のシソ科植物抽出物を配合物中に併用してもよく、例えば、ロスマリン酸等が挙げられる。
【0030】
また、本発明の抗菌剤には、必要に応じ、乳化剤、増量剤などを添加することができる。
上記の乳化剤として、例えば、ポリグリセリンラウリン酸エステル、ポリグリセリンミリスチン酸エステル、ポリグリセリンパルミチン酸エステル、ポリグリセリンステアリン酸エステル、ポリグリセリンオレイン酸エステル、ポリグリセリンベヘン酸エステル等のポリグリセリン脂肪酸エステル;ショ糖オクタン酸エステル、ショ糖デカン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル等のショ糖脂肪酸エステル;ポリソルベート40、60、65、80等のポリソルベート類;レシチン分解物等が挙げられ、これらは2種以上を併用してもよい。乳化剤の含有量は限定されないが、テルペノイド−1およびテルペノイド−2の合計量に対して、通常0.001重量%以上、好ましくは0.01重量%以上、より好ましくは0.1重量%以上、更に好ましくは1重量%以上であり、通常1000重量%以下、好ましくは90重量%以下、より好ましくは50重量%以下、更に好ましくは20重量%以下である。
【0031】
上記の増量剤としては、例えば、デキストリン、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン、加工でんぷんの他、ショ糖、乳糖などの糖類;オリゴトース、トレハロース、キシリトール、エリスリトール等の糖アルコール類;ベツリン酸、ベツリン酸エステル誘導体等のトリテルペン類が挙げられ、これらは2種以上を併用してもよい。増量剤の含有量は、限定されないが、テルペノイド−1およびテルペノイド−2の合計量に対して、通常0.01重量%以上、好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.5重量%以上、更に好ましくは1重量%以上であり、通常1000重量%以下、好ましくは90重量%以下、より好ましくは50重量%以下、更に好ましくは20重量%以下である。
【0032】
本発明においては、ビタミンC、トコフェロール、ビタミンP、クロロゲン酸、コーヒー豆抽出物、ひまわり抽出物、ぶどう種子物、α−Gルチン、カテキン、緑茶抽出物、ローズマリー抽出物などの他の酸化防止剤を併用してもよい。これらは2種以上を併用してもよく、その含有量は限定されないが、テルペノイド−1およびテルペノイド−2の合計量に対して、通常0.01重量%以上、好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.5重量%以上、更に好ましくは1重量%以上であり、通常1000重量%以下、好ましくは50重量%以下、より好ましくは30重量%以下、更に好ましくは20重量%以下である。
【0033】
本発明の抗菌剤は、微生物に対して効果的な抗菌活性を示すが、特にグラム陽性菌、例えば、スタフィロコッカス(Staphyrococcus)属、ラクトバシルス(Lactobacillus)属、リステリア(Listeria)属、アリシクロバシルス(Alicyclobacillus)属、及び、バシルス(Bacillus)属からなる群より選ばれる何れかの属に属する細菌に対して使用することが好ましい。
【0034】
特に、本発明の抗菌剤は、スタフィロコッカス・アウレウス(Staphyrococcus aureusu)、ラクトバシルス・プランタルム(Lactobacillusplantarum)、リステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)、アリシクロバシルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillusacidoterrestris)、及び、バシルス・サブチルス(Bacillus subtilis)からなる群より選ばれる種に属する細菌に対して顕著な効果を発揮する。
また、式(1)又は式(2)で表される化合物を有効成分として含有する抗菌剤は、リステリア(Listeria)属に属する細菌、例えばリステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)に対する抗菌剤として特に有効である。
【0035】
本発明の抗菌剤は、例えば、食品、飲料、医療、医薬品、環境安全などの分野において広く使用することが出来るが、特に食品保存剤として有用である。本発明の抗菌剤を、これら分野における諸種の試料に添加することにより、試料中における抗菌活性を発現することができる。なお、本発明において試料とは、本発明の抗菌剤を作用させる対象物を意味する。
上記の通り、天然物から抽出され、リステリア(Listeria)属に属する細菌に対して高い抗菌活性を有し、かつ不快な臭気を有さない抗菌剤は、本発明の抗菌剤以外には確認されていない。
【0036】
本発明の抗菌剤を添加する試料としては、微生物の生育し易い食品が有効であり、その具体例としては、水産、畜肉、油脂加工品などが挙げられる。特に、劣化し易い水産、畜肉、油脂加工品、及び、長期間保存する水産、畜肉、油脂加工品などに好ましく使用できる。その具体例としては、鮮魚、干物、一夜干し、みりん干し、貝類、赤魚、甲殻類、すり身、水産練り製品、珍味、魚肉ソーセージ、塩蔵品、ノリ、海藻食品、鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉、ソーセージ、ハム、それらを加工した製品などがある。また、ヒトの食用のみならず、ペットフードや飼料にも好適に適用できる。さらには、畜肉、水産物用途のみならず、土壌を利用して生産された農産物(野菜、根菜、果物など)の腐敗防止のための抗菌剤としても用いることができる。
【0037】
本発明の抗菌剤の試料への添加濃度は、上記式(1)及び/又は(2)で表される化合物の何れか一方若しくは両方の合計の量として、通常0.01ppm以上、好ましくは0.1ppm以上、更に好ましくは1ppm以上、また通常10000ppm以下、好ましくは5000ppm以下、更に好ましくは1000ppm以下である。
【0038】
また、本発明の抗菌剤は、他の抗菌剤、例えば、シソ科植物抽出物として既に知られているカルノジック酸や、ホップ抽出物であるホップ酸、ナイシン(ナイシンA、ナイシンZ)、ポリリジン、しらこ蛋白、リゾチーム等と組み合わせて使用することにより、抗菌活性がより優れた抗菌剤とすることが出来る。
特に、本発明の抗菌剤とホップ酸などのホップ抽出物とを併用すれば、ホップ酸が有する特有の臭気が低減されるとともに、高い抗菌性を有することになり、天然物由来の抗菌剤として有用である。
【0039】
なお、本発明の抗菌剤は、食品の抗菌用として用いるほかに、食品を扱う環境等で使用する殺菌剤としても好適に用いることができる。具体的には、食品を扱う者の手や衣服、調理器具、調理室等を清浄に保つための殺菌剤として用いることもできる。このような用途の場合は、粉末、液状、スプレー等として用いると好適である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を越えない限りこれらの実施例に限定して解釈されるものではない。
【0041】
[実験例1]
(非水溶性ローズマリー抽出物の製造)
ローズマリー1kgに50重量%含水エタノール10Lを加えて3時間加熱還流し、温時に濾過して濾液を得た。残渣を50重量%含水エタノール6Lで同様に抽出する操作を更に2回繰り返して濾液を得た。これらの濾液を合わせ、水5Lを加えて沈殿物を析出させた。これに活性炭100gを加え、1時間撹拌し、一夜冷所で保存した後に濾過して沈殿と活性炭の混合物を得た。この混合物にエタノール4Lを加え、3時間加熱還流し、温時に濾過して濾液を得た。残渣をエタノール2.4Lで同様に抽出する操作を更に2回繰り返して濾液を得た。これらの濾液を合わせ、減圧濃縮してエタノールを留去し、粉末状の非水溶性ローズマリー抽出物(カルノソール及びカルノジック酸の含有量:24.9重量%)を得た。
【0042】
(非水溶性ローズマリー抽出物の有効成分の分離・同定)
非水溶性ローズマリー抽出物を、ODS(オクタデシルシリル化シリカゲル)カラム(Φ30mm×120mm)を用いて、溶離液としてアセトニトリルを流した後、樹脂中に残った成分を、クロロホルム/メタノール(体積比)=100/0、99/1で押し出し、クロロホルム100%で流した時の粗分画ローズマリー抽出物を得た。さらに、クロロホルム/メタノール(体積比)=99/1で洗浄後、2種類の成分が得られた。これら成分をH−NMRによる構造解析を行った結果、一つはフェルギノール(テルペノイド−1;式(1)の化合物)で、もう一方は天然物では新規の成分(テルペノイド−2;式(2)の化合物)であることが分かった。
新規成分であるテルペノイド−2のNMR(H−NMR)データおよび質量分析データは次のとおりである。
【0043】
【化6】

【0044】
(リステリア・モノシトジェネスに対する抗菌活性)
非水溶性ローズマリー抽出物の単離成分(テルペノイド−1、テルペノイド−2)をDMSO(ジメチルスルホキシド)で2,000ppmの濃度に溶解し、抗菌活性試験用の各サンプルとした。
抗菌試験は、リステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)JCM2873株を用いて、次のとおり行った。
【0045】
(1)培養液の調製
Mueller Hinton Broth(MHB)培地8.95mlを試験管に入れ、オートクレーブで滅菌処理した。培地濃度は、サンプル50μlを加えた時に規定濃度となるように調整した。
【0046】
(2)菌液の調製
MHB培地で上記菌株を37℃で1日間振盪培養したものを、MHB培地で適当な菌濃度(3.1×10cfu/ml)に希釈した。
【0047】
(3)抗菌試験
上記(1)で調製したMHB培地8.95mlの入った試験管に、サンプル50μlと、上記(2)で調製した菌液1mlを加えて撹拌後(試験時の単離成分濃度は10ppm)、37℃で24h静置した。なお、サンプルの代わりに、滅菌水およびエリスロマイシン(エタノールで2,000ppmの濃度に溶解)を加えたものを、それぞれ、陰性対照および陽性対照とした。
【0048】
(4)判定
37℃で24h静置した試験管から培養液を1白金耳採取し、Mueller Hinton寒天培地に塗抹した。37℃/2日培養後、寒天培地上のコロニー形成の有無および程度を判定した。
【0049】
その結果、滅菌水を加えた陰性対照の培地には、多数のコロニー(3×10cfu/ml)が形成された。一方、サンプル(テルペノイド−1、及び/又はテルペノイド−2)を加えた培地、陽性対照の培地にはコロニーの形成は認められなかった。以上の結果から、テルペノイド−1、及びテルペノイド−2は、優れた抗菌活性を有することがわかった。
【0050】
[実験例2]
(抽出成分の分画)
実験例1と同様の方法にて粉末状の非水溶性ローズマリー抽出物902mgを得た。これを少量のアセトニトリルに溶解してODS(オクタデシルシリル化シリカゲル)30gのカラム(Φ30mm×120mm)に注入した後、水/アセトニトリル混合液を用いたステップグラジエント法によって溶出した。溶出液の混合比率は、水/アセトニトリル(体積比)=80:20、60:40、40:60、20:80、0:100とし、各150mlを使用した。次に、カラムをクロロホルム150mlで溶出後、さらにメタノール150mlで溶出した。
水/アセトニトリル(体積比)=60:40、40:60、20:80の溶出液は、それぞれシリカゲルの薄層クロマトグラフィー(TLC)で分画し、各成分をNMR(H−NMR)で分析することにより、表1の通り同定した。
アセトニトリル(100%)、クロロホルム及びメタノールの溶出液は全てを混合して濃縮乾固し、さらに以下のシリカゲルによる分画を行った。すなわち、濃縮乾固物をクロロホルムに溶解してシリカゲル15gを充填したカラムに注入した後、クロロホルム/メタノール混合液を用いたステップグラジエント法によって溶出した。溶出液の混合比率は、クロロホルム/メタノール(体積比)=100:0、99:1、98:2、97:3、96:4、95:5、0:100とし、各150mlを使用した。
各溶出液は濃縮乾固した後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で更に分画を行った。HPLCはODSカラムを用い、水/メタノール混合溶液(体積比10:90)で溶出した。クロロホルム/メタノール(体積比)=98:2、96:4、0:100の溶出液の乾固物から、NMR(H−NMR)で分析することにより、表1の通り同定した。
【0051】
【表1】

【0052】
(リステリア・モノシトジェネスに対する抗菌活性)
上記で得られた各単離成分をジメチルスルホキシド(関東化学社製)で希釈し、それぞれ分画品濃度(重量%)として2%、1%、0.5%の3種類に調製した。ポジティブコントロールとしてエリスロマイシン(和光純薬工業社製)をエタノール(純正化学社製)で溶解し、1000ppm、500ppm、250ppmの3種の濃度に調製した。ネガティブコントロールとして滅菌水を使用した。
抗菌試験は、リステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)ATCC49594株を用いて、次のとおり行った。
【0053】
(1)培養液の調製
ブレインハートインヒュージョン培地(BHI)(日水製薬社製)8.9mlを試験管に入れ、オートクレーブ(トミー精工社製、TOMY BS−325)で処理した。培地濃度は、上記の各試験液を0.1ml加えたときに規定濃度となるように調製した。
【0054】
(2)菌液の調製
BHI培地で上記菌株を37℃で1日間振盪培養したものを、BHI培地で適当な菌濃度(2.0×10cfu/ml)に希釈した。
【0055】
(3)抗菌試験
上記(1)で調製したBHI培地8.9mlの入った試験管に、調製した試験液0.1mlと、上記(2)で調製した菌液1mlを加えて撹拌後、30℃で24h静置した。
【0056】
(4)阻害率の評価
30℃で24h静置した試験管の培養液の濁度を、濁度計(タイテック社製、ミニフォト518R)を用いて波長660nmにて測定した。試験液の代わりにジメチルスルホキシドを0.1ml加えた培養液の場合の濁度値をAとした場合に、以下の式より阻害率を算出した。
阻害率(%)=〔(A−[培養液の濁度])/A〕×100
【0057】
(5)菌の増殖性の評価
30℃で24h静置した試験管の培養液を、リン酸緩衝溶液(PBS)で希釈し、BHIの寒天培地に塗抹した。これを37℃で24h培養した後、寒天培地上の菌数を顕微鏡観察によって測定した。なお、PBSでの希釈は、24h後に顕微鏡にて菌数を測定可能な濃度となるように、予め培養液を10〜10倍の範囲で適宜希釈した(24h後の菌数は、予めPBSで希釈した比率に応じて補正した)。
【0058】
エリスロマイシン、テルペノイド−1、及びテルペノイド−2を含有する培養液の阻害率および菌の増殖性評価の結果を表2に示す。ポジティブコントロールとした合成抗菌剤であるエリスロマイシンでは、2.5〜10ppmの濃度範囲において高い抗菌性を示した。天然抽出物であるテルペノイド−1およびテルペノイド−2についても、50ppmの濃度以上でリステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)への抗菌活性が確認された。さらにテルペノイド−1またはテルペノイド−2の濃度を上昇させることによって顕著な抗菌活性を示した。
テルペノイド−1、及びテルペノイド−2以外の抽出成分について、テルペノイド−1、及びテルペノイド−2と同様の条件で評価した阻害率及び菌の増殖性の結果を表3に示す。この結果、7α−エトキシロスマノール、カルノソール、12−メトキシ−trans−カルノジック酸、ロスマノール、エピロスマノール、及びベツリン酸では、何れもリステリア・モノシトジェネス(Listeriamonocytogenes)への抗菌活性が低いか、又は抗菌活性が見られなかった。
【0059】
【表2】

【0060】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の抗菌剤は、天然物から得ることが可能であり、少量の含有量で特にリステリア(Listeria)属に属する細菌に対して高い抗菌活性を有し、かつ不快な臭気を有さないため、食品、飲料、医療、医薬品、環境安全等の分野のみならず、広い分野において抗菌物質として有用である。
昨今のエネルギー削減、地球環境対策、人口増加対策、食料問題等を勘案すれば、本発明の抗菌剤を用いることにより、特に新鮮な飲食品に対する腐敗を抑制することが可能であり、飲食品を有効に活用することが可能となる。すなわち、本発明の抗菌剤は、畜産、水産、食品加工、飲食品製造、飲食品販売、流通、医療、衛生など種々の産業において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シソ科植物抽出物中に含まれる下記式(1)又は式(2):
【化1】

で表される化合物の何れか一方若しくは両方を有効成分として含有する
ことを特徴する抗菌剤。
【請求項2】
シソ科植物抽出物が、ローズマリー抽出物、セージ抽出物、タイム抽出物、及びオレガノ抽出物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の抽出物である
ことを特徴とする請求項1に記載の抗菌剤。
【請求項3】
下記式(2):
【化2】


で表される化合物を有効成分として含有する
ことを特徴とする抗菌剤。
【請求項4】
グラム陽性菌に属する細菌に対して抗菌活性を示す
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の抗菌剤。
【請求項5】
グラム陽性菌に属する細菌が、スタフィロコッカス(Staphyrococcus)属、ラクトバシルス(Lactobacillus)属、リステリア(Listeria)属、アリシクロバシルス(Alicyclobacillus)属、及び、バシルス(Bacillus)属からなる群より選ばれる何れかの属に属する細菌である
ことを特徴とする請求項4に記載の抗菌剤。
【請求項6】
グラム陽性菌に属する細菌が、スタフィロコッカス・アウレウス(Staphyrococcus aureusu)、ラクトバシルス・プランタルム(Lactobacillusplantarum)、リステリア・モノシトジェネス(Listeria monocytogenes)、アリシクロバシルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillusacidoterrestris)、及び、バシルス・サブチルス(Bacillus subtilis)から成る群より選ばれる何れかの種に属する細菌である
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の抗菌剤。
【請求項7】
下記式(1):
【化3】

で表される化合物を有効成分として含有し、リステリア属に属する細菌に対する抗菌用として用いる
ことを特徴とする抗菌剤。
【請求項8】
下記式(1)又は式(2):
【化4】

で表される化合物の少なくとも何れかを50ppm以上含有する
ことを特徴とする抗菌剤。
【請求項9】
水、アルコール、食用油脂、またはこれらの混合液の何れかに、式(1)又は式(2)で表される化合物が溶解又は分散されている
ことを特徴とする請求項8に記載の抗菌剤。
【請求項10】
式(1)又は式(2)で表される化合物のうち少なくとも何れか一方が、シソ科植物から抽出されたものである
ことを特徴とする請求項8または9に記載の抗菌剤。
【請求項11】
さらにホップ抽出物を含有する
ことを特徴とする請求項1〜10の何れか1項に記載の抗菌剤。
【請求項12】
食品の抗菌用として用いる
ことを特徴とする請求項1〜11の何れか1項に記載の抗菌剤。
【請求項13】
請求項1〜12の何れか1項に記載の抗菌剤を、試料中に含有させる
ことを特徴とする抗菌方法。

【公開番号】特開2010−59149(P2010−59149A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180606(P2009−180606)
【出願日】平成21年8月3日(2009.8.3)
【出願人】(593204214)三菱化学フーズ株式会社 (45)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】