説明

摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板およびその製造方法

【課題】 摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】 Niメッキ鋼板表面が、NiおよびPを含有する酸化膜で被覆されたことを特徴とする摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板であり、前記酸化膜厚みは5nm〜100nmであることが望ましく、また、前記酸化膜のNi/P比率は3以上であることが望ましい。そして、Niメッキ鋼板を、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液中(更に、ニッケルイオンおよびまたは酸化剤を含有しても良い)で処理し、必要に応じて、次いで500℃以上の温度で加熱処理をすることによって前記酸化膜で被覆されたNiメッキ鋼板を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に電池缶等の用途に用いられる摺動性および接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に電池缶用の素材として、Niメッキされた鋼板が使用される。従来Niメッキは、缶に加工した後のいわゆるバレルメッキによって行われてきたが、缶内面へのNiメッキの付着が十分ではなく品質上の不安定性の問題があることから、先メッキ鋼板を缶に加工する方法に置き換わりつつある。先メッキ鋼板の場合、Niメッキ層が硬く延展性に乏しいことから、プレス加工性に劣り、また加工時にメッキが剥離して耐食性が劣化しやすい等の問題があった。
【0003】
この問題に対し、Niメッキ後熱処理することでメッキと地鉄の界面にFe−Ni拡散層を形成して密着性を向上させると同時に、Niを再結晶、軟質化してメッキ層の延展性を向上させる方法が知られており、プレス加工性や耐食性は大幅に改善される(例えば特許文献1〜4)。
【0004】
しかしながら、前述の従来技術では、Niメッキ層が再結晶、軟質化している結果として、電池製造過程において電池缶を高速搬送する際、電池缶外面どおしの接触における摺動性が必ずしも十分でなく、缶の流れ性が劣り生産性を悪化させる場合がある。また、プレス加工においても、金型との摺動性が十分でなく、プレス性を悪化させる場合もある。
【0005】
特許文献5では、Niメッキ後、更にNi−P合金メッキを施して熱処理することにより、Fe−Ni拡散層と再結晶、軟質化したNiメッキ層の上層に更に硬質なNi−P合金メッキ層を有する耐食性と耐疵つき性に優れたNiメッキ鋼板が示されている。この鋼板は、摺動性は良好であるが、接触抵抗が高いといった問題があった。また特許文献6では、最表層に光沢Ni層あるいは、光沢Ni−Co合金メッキ層を有する電池缶用メッキ鋼板が示されてされているが、この鋼板も、摺動性は良好であるが、接触抵抗が高いといった問題があった。以上のように摺動性と接触抵抗はトレードオフの関係となりやすい。
【0006】
特許文献7では、電池缶外面に相当する面に、Fe−Ni拡散層、またはFe−Ni拡散層とその上層に再結晶軟質化されたNiメッキ層を有し、更にその上層にロール圧延された光沢添加剤含有Niメッキ層または半光沢剤含有Niメッキ層を有することを特徴とする電池缶用Niメッキ鋼板が示されているが、この鋼板は、より厳しい条件下での摺動性は十分でない。
【0007】
特許文献8では、電池缶外面に相当する面に、Fe−Ni拡散層とその上層に再結晶軟質化されたNiメッキ層を有し、更にその上層に未再結晶の軟質Niメッキ層を有することを特徴とする電池缶用Niメッキ鋼板が示されており、この鋼板も、より厳しい条件下での摺動性は十分でない。
【0008】
ところで、亜鉛系メッキ鋼板においては、その表面をPの酸化物皮膜で被覆することで摺動性を顕著に改善する技術が知られている(例えば特許文献9)が、この技術をNiメッキ鋼板に適用した場合には、接触抵抗が顕著に悪化するという問題があった。
【0009】
【特許文献1】特開昭61−235594号公報
【特許文献2】特許第3045612号公報
【特許文献3】特許第3405669号公報
【特許文献4】特許第3634257号公報
【特許文献5】特公平5−25958号公報
【特許文献6】特開2002−50324号公報
【特許文献7】特開2004−218043号公報
【特許文献8】特開2003−277981号公報
【特許文献9】特許第2819427号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、Niメッキ鋼板の表層を種々の皮膜で覆うことで、摺動性と接触抵抗の改善効果を検証した結果、多くの皮膜で摺動性の改善は達成できるものの、同時に接触抵抗は顕著に悪化することが判明した。ところが、特定の組成の酸化膜においては摺動性と接触抵抗を両立できる特異な効果のあることを見出し本発明にいたった。
すなわち本発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
【0012】
(1) Niメッキ鋼板表面が、NiおよびPを含有する酸化膜で被覆されたことを特徴とする摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【0013】
(2) 酸化膜厚みが5nm〜100nmであることを特徴とする上記(1)に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【0014】
(3) NiおよびPを含有する酸化膜のNi/P比率が3以上であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【0015】
(4) Niメッキ鋼板を、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液中で処理することを特徴とする上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。
【0016】
(5) Niメッキ鋼板を、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液中で処理し、次いで500℃以上の加熱処理することを特徴とする上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。
【0017】
(6) リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液が、更に、ニッケルイオンおよびまたは酸化剤を含有することを特徴とする上記(4)または(5)に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、摺動性および接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板およびその製造方法が得られる。そして、本発明の鋼板は、高速、連続プレスにおける油膜低下時にも良好な摺動性を発現し、良好な接触抵抗も有するため、電池缶用途に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明が対象とするNiメッキ鋼板は、Niメッキままの鋼板、あるいはNiメッキ後熱拡散処理によって、Niの一部または全てをFe−Ni拡散層としたNiメッキ鋼板が適用できる。ここで、Niメッキとしては、無光沢Ni、半光沢Ni、光沢Ni等が適用できるが、接触抵抗の点で、光沢Niは好ましくない。
また純NiのみでなくNiを主とする合金メッキも適用できるが、Pを共析させたNi合金メッキは接触抵抗が劣るため本発明の範囲外である。同様の理由でP化合物を還元剤として用いた無電解Niメッキも本発明の範囲外である。
【0020】
本発明においては、上述のNiメッキ鋼板の表面をNiおよびPを含有する酸化膜で被覆する。このような酸化膜は、固体潤滑作用により顕著な摺動性改善効果を有するとともに、接触抵抗も悪化させない。ここで、NiおよびPのうちいずれか一方でも欠けた酸化膜であっては、効果が得られない。酸化膜のNiは、メッキ層から供給されたものであってもかまわないし、また、酸化膜形成反応に使用した処理浴から供給されたものであってもかまわない。また、Pは酸化膜形成反応に使用した処理浴から供給されたものである。また、酸化膜中に処理浴中から供給される不純物を含んでいても許容できる。前記酸化膜の厚みとしては、5nm〜100nmが好ましく、5nm未満では摺動性改善効果が不足し、100nm超では接触抵抗が悪化しやすい。また、前記酸化膜のNi/Pの比率は、モル比で3以上が好ましく、3未満では摺動性改善効果が不足しやすいとともに接触抵抗も悪化しやすい。
【0021】
前記酸化膜の形成方法としては、浸漬法、塗布法、電解法等のいずれも適用可能である。
浸漬法においては、例えば、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する酸性処理液に、過マンガン酸塩に代表される酸化剤を複合添加した処理浴中に、常温〜100℃、望ましくは60〜100℃にて1秒以上浸漬し、引き上げてそのままあるいは水洗して乾燥する方法が採用される。ここで、前記処理のままでは、酸化膜中のNi/P比率が小さく、効果が不足しやすいため、更に、500℃以上の温度にて加熱処理する方法が好適に用いられる。
【0022】
塗布法においては、例えば、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンとNiイオンを含有する処理液に、必要に応じて過マンガン酸塩に代表される酸化剤を複合添加した処理浴を調整し、前記処理液をロールコーター等で塗布して水洗することなく乾燥する方法が採用される。ここで、前記処理のままでは、酸化膜中のNi/P比率が小さく、効果が不足しやすいため、更に、500℃以上の温度にて加熱処理する方法が好適に用いられる。
【0023】
電解法においては、アノード電解、カソード電解のいずれも採用でき、例えば、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンとNiイオンを含有する処理液中で、電解する方法が採用できる。ここで、前記処理のままでは、酸化膜中のNi/P比率が小さく、効果が不足しやすいため、更に、500℃以上の温度にて加熱処理する方法が好適に用いられる。
【実施例】
【0024】
(実施例1〜5および比較例1)
未再結晶のNb,Ti−SULC鋼に脱脂、酸洗の前処理の後、無光沢ワット浴による電気メッキでNiを2μ形成した。次いで無酸化雰囲気にて、800℃、60sec保持し、前記Niメッキ層のおよそ半分をFe−Ni拡散層とした。常温まで冷却後、リン酸30g/l、過マンガン酸カリウム50g/l、硝酸5g/l含有する70℃の水溶液に、5〜50秒浸漬処理し引き上げて水洗し80℃で乾燥して酸化膜被覆処理を行った。なお、比較例1では、前記酸化膜被覆処理を一切行わなかった。実施例3〜5においては更に、無酸化雰囲気にて500℃×60secの加熱処理を行った。いずれのサンプルも最後に伸び率1.2%の調質圧延を行い供試材とした。
【0025】
(実施例6)
未再結晶のNb,Ti−SULC鋼に脱脂、酸洗の前処理の後、無光沢ワット浴による電気メッキでNiを2μ形成した。ついで、リン酸50g/l、硝酸ニッケル25g/l、ポリアルキレングリールエステル系レベリング剤10ppm含有する水溶液をロールコーターにて塗布し、100℃で水分を蒸発させた後、更に、無酸化雰囲気にて800℃×60secの加熱処理を行い、酸化膜被覆と同時に、Niメッキ層の一部をFe−Ni拡散層とした。最後に伸び率1.2%の調質圧延を行い供試材とした。
【0026】
(実施例7〜10および比較例2)
未再結晶のNb,Ti−SULC鋼に脱脂、酸洗の前処理の後、無光沢ワット浴による電気メッキでNiを2μ形成した。ついで、第一リン酸ソーダ40g/l、硫酸ニッケル150g/l含有する60℃の水溶液中で50A/dm2にてカソードまたはアノード電解処理を30秒行った。なお、比較例2では、前記処理浴で、硫酸ニッケルに替えて、硫酸亜鉛50g/l含有する水溶液にて同様に処理を行った。実施例8,9では、前記処理後、水洗乾燥し、更に無酸化雰囲気にて800℃×60secの加熱処理を行い、Niメッキ層の一部をFe−Ni拡散層とした。最後に伸び率1.2%の調質圧延を行い供試材とした。
【0027】
(性能評価方法)
酸化膜厚み;AES(オージェ電子分析)により表層から深さ方向の元素分析を行い、O強度がアトミック%で5%となる深さを酸化膜厚みとした。
酸化膜のNi/P比;AES(オージェ電子分析)により、Ni/Pのモル比を求めた。
摺動性;20mg/m2の極薄塗油したサンプルを10mm幅の平板金型で加重1200kgにて圧着し、500mm/minにて引き抜き、摩擦係数を測定した。0.11未満を「◎」、0.11〜0.13未満を「○」、0.13〜0.17未満を「△」、0.17以上を「×」と評価した。
【0028】
接触抵抗;山崎精機研究所製電気接点シュミレータCRS−1を用い、荷重50gにおける鋼板サンプルの接触抵抗を測定した5mΩ未満を「◎」、5〜10mΩ未満を「○」、10〜20mΩ未満を「△」、20mΩ以上を「×」と評価した。
【0029】
【表1】

【0030】
本発明の実施例では、良好な性能を示した。特に、酸化膜のNi/P比が3以上の水準では極めて良好な性能を示した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により、高速、連続プレスにおける油膜低下時にも良好な摺動性を発現するNiメッキ鋼板およびその製造方法が得られ、この鋼板は、良好な接触抵抗も有するため、電池缶用途に適しており、産業上の利用価値は多大である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Niメッキ鋼板表面が、NiおよびPを含有する酸化膜で被覆されたことを特徴とする摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【請求項2】
酸化膜厚みが5nm〜100nmであることを特徴とする請求項1に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【請求項3】
NiおよびPを含有する酸化膜のNi/P比率が3以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板。
【請求項4】
Niメッキ鋼板を、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液中で処理することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。
【請求項5】
Niメッキ鋼板を、リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液中で処理し、次いで500℃以上の加熱処理することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。
【請求項6】
リン酸イオンまたは縮合リン酸イオンを含有する水溶液が、更に、ニッケルイオンおよびまたは酸化剤を含有することを特徴とする請求項4または5に記載の摺動性と接触抵抗に優れたNiメッキ鋼板の製造方法。


【公開番号】特開2007−321212(P2007−321212A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−154388(P2006−154388)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】