説明

摺動部品

【課題】寸法精度、成形性、機械特性、耐薬品性、電気特性といった芳香族ポリエステル系樹脂の従来の特性に加え、摺動性、耐傷性にも優れた樹脂組成物及びこれを用いた摺動部品を提供する。
【解決手段】芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%、スチレン系樹脂(B)5〜70質量%、充填材(C)0〜70質量%(ここで、A+B+C=100質量%、C<Aの関係がある。)からなり、ステンレス球摩擦摩耗試験(荷重2kg、速度30mm/s)における500往復までの最大摩擦係数が0.45以下であり、JIS K5400に基づく鉛筆硬度がH以上である樹脂組成物及びこれを用いた摺動部品を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い硬度と適切な摩擦係数を併せ持つことにより、摺動性と耐傷性のバランスに優れた樹脂組成物を用いた摺動部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレートに代表される芳香族ポリエステルは、成形性、機械特性、耐薬品性、電気特性に優れており、これを充填材で強化することにより更に剛性、寸法精度、耐熱性が付与できることから、自動車部品や電気・電子部品として幅広く利用されている。
また、芳香族ポリエステルは結晶性樹脂であるため、耐薬品性にも優れており、機構部品等、グリースが塗布され、あるいは飛散したりする部品としての利用性も高い。
このため近年においては、摺動部品としての展開が期待されており、これに応じて摺動性や摩擦摩耗特性の改良を図ることが課題とされていた。
【0003】
芳香族ポリエステル含有樹脂の摺動性や摩擦摩耗特性を改良する方法としては、例えば、シリコーンオイル等に代表される潤滑油を配合する方法(例えば、特許文献1参照。)や、テトラフルオロエチレン等の潤滑性粉末を配合する方法(例えば、特許文献2参照。)が提案されており、また、オレフィン系樹脂を配合して摺動性を改良する方法も提案されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0004】
【特許文献1】特許第2620541号公報
【特許文献2】特開2006−226464号公報
【特許文献3】特開2005−263933号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2の技術によれば摺動性改良効果は得られるが、潤滑油を添加することによって樹脂成形品にべたつき感が生じたり、成形時にモールドデポジットの問題が生じたりし、また、潤滑性粉末を添加することによって、摺動時に粉末脱落が生じ、物性低下の原因となったりするという不都合が生じていた。
また、特許文献3の技術によれば、摺動性の改良効果は得られるが、摩擦音や耐傷性に関しては、未だ改良すべき課題を有している。
【0006】
摩擦音や耐傷性は、機械部品として利用したときの他の部品との擦れや、使用時・清掃時における紙や布巾等との擦れに影響するものであり、その指標として鉛筆硬度の高い材料であることが要求されていた。
しかしながら、同程度の鉛筆硬度を有する樹脂材料であっても、摩擦音や耐傷性に差が生じることが確認され、耐傷性との両立を図ることが必要とされてきた。
また、鉛筆硬度を高めるために、GF(ガラス繊維)やウォラストナイト等の充填材を添加すると、表面に充填材が露出して凹凸が発生し、摩擦係数の悪化を招来し、摺動性の劣化や、騒音発生の原因となる問題もあった。
そこで本発明においては、成形性、機械特性、耐薬品性、電気特性といった芳香族ポリエステル系樹脂の従来の特性に加え、寸法精度、摺動性、耐傷性にも優れた樹脂組成物及びこれを用いた摺動部品を提供することとした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1の発明においては、芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%、スチレン系樹脂(B)5〜70質量%、充填材(C)0〜70質量%(ここで、A+B+C=100質量%、C<Aの関係がある。)からなり、ステンレス球摩擦摩耗試験(荷重2kg、速度30mm/s)における500往復までの最大摩擦係数が0.45以下であり、JIS K5400に基づく鉛筆硬度がH以上である樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【0008】
請求項2の発明においては、前記芳香族ポリエステル(A)が、ポリトリメチレンテレフタレートを含んでいる請求項1に記載の樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【0009】
請求項3の発明においては、前記スチレン系樹脂(B)が、芳香族ビニル系単量体及び不飽和ニトリル系単量体を、重合単量体とする共重合体である請求項1又は2に記載の樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【0010】
請求項4の発明においては、前記スチレン系樹脂(B)が、アクリロニトリル及びスチレンを、重合単量体とする共重合体である請求項1又は2に記載の樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【0011】
請求項5の発明においては、前記スチレン系樹脂(B)中のアクリロニトリル成分の割合が5〜50質量%である請求項4に記載の樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【0012】
請求項6の発明においては、前記充填材(C)のモース硬度が3以上である請求項1乃至5のいずれか一項に記載の樹脂組成物から成る摺動部品を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、成形性、機械特性、耐薬品性、電気特性といった芳香族ポリエステル系樹脂の従来の特性に加え、更には寸法精度、摺動性、耐傷性にも優れた樹脂組成物及びこれを用いた摺動部品が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、本実施の形態)について詳細に説明する。尚、本発明は、本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0015】
本実施の形態における樹脂組成物は、芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%、スチレン系樹脂(B)5〜70質量%、充填材(C)0〜70質量%(ここで、A+B+C=100質量%、C<Aである。)からなるものであり、ステンレス球摩擦摩耗試験(荷重2kg、速度30mm/s)における500往復までの最大摩擦係数が0.45以下であり、 JIS K5400に基づく鉛筆硬度がH以上である。
【0016】
本実施の形態の樹脂組成物は、各種擦動部品として好適な摩擦係数と摺動特性とを有しており、優れた耐傷性を有しているものである。
これを実現するために、上記のように、所定に基準に基づく摩擦係数と硬度を定めている。
鉛筆硬度が低いと、摺動物すなわち相手方が、本実施の形態の樹脂組成物の成形体に食い込み、引っ掛かりを生じて傷がついたり、摩耗分が発生したりする。
一方において、鉛筆硬度を高くしても摩擦係数が悪いと、やはり摺動物が引っかかるため、摺動相手側に傷が発生したり、摩耗分が生じたり、駆動が妨げられたりするおそれがある。
そこで、鉛筆硬度と摩擦係数の双方を適切に規定することとした。
【0017】
先ず、高い鉛筆硬度を実現するためには、あらかじめ硬度の高い原料、例えばスチレン系樹脂を用いたり、モース硬度の高い充填材を添加したりすればよい。しかし、スチレン系樹脂の含有率が高すぎると摩擦係数の悪化を招来する。また、充填材が樹脂組成物の表面で凹凸を形成すると、やはり摩擦係数の悪化を招来する。
そこで芳香族ポリエステルを含有させ、充填材が表出しにくくし、高い鉛筆硬度と良好な摩擦係数の双方の特性が得られるようにした。
以下、本実施の形態における樹脂組成物の構成要素について説明する。
【0018】
(芳香族ポリエステル(A))
芳香族ポリエステル(A)としては、特に限定されるものではなく、公知の材料を使用できる。
基本的な構造としては、例えばテレフタル酸のような芳香族カルボン酸化合物とグリコールとの重縮合によって得られる、下記式(1)に示すポリエステルが挙げられる。
【0019】
【化1】

【0020】
式(1)中の、nの数は、特に制限されるものではない。例えば、汎用性の点ではポリエチレンテレフタレートやポリブチレンレテフタレートが優れているため、この場合にはそれらの構成に応じたアルキレン基の数となる。
また、mの数、すなわち分子量に関しては特に制限はないが、機械特性、疲労特性の面から極限粘度が0.50以上となることが好ましく、0.60以上となることがより好ましく、0.70以上となることがさらに好ましい。
【0021】
一般的に、樹脂中に充填材が混入した場合、冷却の過程において充填材が表面に出てきてしまう傾向がある。特に、結晶性樹脂の場合、結晶化速度が速い樹脂や結晶化温度が高い樹脂ほどその表出しやすくなってしまう。しかし、結晶化温度や結晶化速度が低すぎると、射出成形の際、金型内で成形品がなかなか冷却されず、サイクルが遅くなったり、成形品が変形したりしてしまう。そのため、芳香族ポリエステルを使用する際は、その結晶化温度にあわせて、金型温度を上げることによって結晶化を遅くし、金型に十分に樹脂を転写させたり、保圧時間を延ばしたりすることにより、充填材の表出を防ぐことが必要となる。
この観点から考えると、結晶化温度及び結晶化速度のバランスが適当であることから、充填材が樹脂組成物の表面に現れにくくする特性に優れているポリトリメチレンテレフタレートが好適である。
また、ポリトリメチレンテレフタレートは、原料として植物由来のものが適用できるため、環境面においても優れている。
芳香族ポリエステルは、従来公知の方法により作製できるものとし、溶融重合、界面重合、溶液重合、塊状重合、固相重合のいずれにより合成してもよい。
【0022】
芳香族ポリエステルは、所定の分岐成分が共重合されていてもよい。
分岐成分としては、例えば、トリカルバリル酸、トリメシン酸、トリメリット酸等の三官能又は四官能のエステル形成能をもつ酸や、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリット等の三官能、四官能のエステル形成能をもつアルコールが挙げられる。
分岐成分を共重合させた場合の芳香族ポリエステルに対する含有量としては、全ジカルボン酸成分の1.0モル%以下が好ましく、0.5モル%以下がより好ましく、0.3モル%以下がさらに好ましい。
上記芳香族ポリエステルには、2種以上の共重合成分を用いてもよい。
【0023】
(スチレン系樹脂(B))
スチレン系樹脂(B)は、少なくとも芳香族ビニル系単量体を含む共重合体であり、必要に応じてその他の単量体を共重合したものであってもよい。
スチレン系樹脂(B)は、従来公知の方法により作製できるものとし、例えば、乳化重合、塊状重合あるいは塊状・懸濁重合により合成できる。
【0024】
芳香族ビニル系単量体は、特に制限されるものではなく、具体的には、スチレン、α−メチルスチレン、o−メチルスチレン、p−メチルスチレン、o−エチルスチレン、p−エチルスチレン、p−t−ブチルスチレン等が挙げられる。特に、スチレン、α−メチルスチレンが好適である。これらの芳香族ビニル系単量体は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0025】
スチレン系樹脂(B)を構成する上記その他の単量体としては、例えば、ブチルアクリレート、エチルアクリレート、メチルメタクリレート等のアクリル酸エステル化合物;メタクリル酸エステル化合物;N−フェニルマレイミド;無水マレイン酸等が挙げられる。
これらは単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0026】
スチレン系樹脂(B)は、上述した芳香族ポリエステル(A)との相溶性を確保する観点から、不飽和ニトリル系単量体を含む共重合体であることが好適である。
不飽和ニトリル系単量体を共重合させる場合には、単量体種としては、例えば、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、エタクリロニトリル等が挙げられる。特に、アクリロニトリルが好ましい。これらは単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0027】
上述したように、スチレン系樹脂(B)に不飽和ニトリル系単量体を単量体として含む場合には、不飽和ニトリル系単量体の含有量によって、本実施の形態の樹脂組成物からなる摺動部材の機械物性、耐熱性、耐傷性が変化する。
スチレン系樹脂中における不飽和ニトリル系単量体含有量が高くなるほど、上述した芳香族ポリエステル(A)との反応性が高くなり、得られる樹脂組成物の硬度や耐傷性が高くなる。一方においては流動性が低下し、上記芳香族ポリエステル(A)との粘度差が大きくなり、樹脂組成物の押出し工程の際に、吐出量が一定にならずストランドにならないサージングの問題や、樹脂同士が溶融し合わないために物性が低下する等の問題が発生する。
具体的には、スチレン系樹脂(B)が、アクリロニトリルとスチレンを含有しているスチレン・アクリロニトリル共重合物(以下AS樹脂と略す)である場合、アクリロニトリル含有量は5〜50質量%が好ましく、20〜50質量%がより好ましく、30〜40質量%がさらに好ましい。
【0028】
スチレン系樹脂(B)には、ゴム状重合体を添加してもよい。
ゴム状重合体の種類は、特に限定されるものではなく、ジエン系ゴム、アクリル系ゴム、エチレン系ゴム等のいずれも使用できる。
具体的には、ポリブタジエン、スチレン−ブタジエン共重合体、スチレン−ブタジエンのブロック共重合体、アクリロニトリル−ブタジエン共重合体、アクリル酸ブチル−ブタジエン共重合体、ポリイソプレン、ブタジエン−メタクリル酸メチル共重合体、アクリル酸ブチル−メタクリル酸メチル共重合体、ブタジエン−アクリル酸エチル共重合体、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−プロピレン−ジエン系共重合体、エチレン−イソプレン共重合体、及びエチレン−アクリル酸メチル共重合体等が挙げられる。
【0029】
上述したように、スチレン系樹脂(B)にゴム状重合体を添加した樹脂としては、ジエン系ゴムに、不飽和ニトリル系単量体としてアクリロニトリル、芳香族ビニル系単量体としてスチレンを、グラフトしたスチレン・アクリロニトリル・ブタジエン共重合物(以下ABS樹脂と略す)や、アクリル系ゴムに、不飽和ニトリル系単量体としてアクリロニトリル、芳香族ビニル系単量体としてスチレンをグラフトした樹脂が好適なものとして挙げられる。
【0030】
(充填材(C))
充填材(C)については特に制限されるものではなく、最終的に目的とする樹脂組成物の摺動部品の物性に応じて、材料及び形態(繊維状、粉粒状、板状等)を選択することができる。
【0031】
繊維状充填材としては、例えば、ガラス繊維、アスベスト繊維、カーボン繊維、シリカ繊維、シリカ・アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化ホウ素繊維、テトラポット型酸化亜鉛、ゾノトライト、硫酸マグネシウムウィスカー、ウォラストナイト、針状ベーマイト、セピオライト、アタバルジャイトや、ステンレス、アルミニウム、チタン、銅、真鍮等の金属繊維等、各種無機質繊維状物質が挙げられる。
特に、ガラス繊維及びウォラストナイトが汎用性に優れている。
また、ポリアミド、フッ素樹脂、アクリル樹脂等の高融点有機質繊維状物質も適用できる。
【0032】
粉粒状無機充填材としては、例えば、カーボンブラック;シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、珪酸カルシウム、珪酸アルミニウム、クレー、珪藻土のような珪酸塩;酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナのような金属酸化物;炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムのような金属炭酸塩;硫酸カルシウム、硫酸バリウムのような金属硫酸塩;その他、炭化珪素、窒化珪素、窒化ホウ素、各種金属粉末が挙げられる。
【0033】
板状充填材としては、例えば、タルク、マイカ、セリサイト、板状ベーマイト、カオリン、焼成カオリン、ベントナイト、ガラスフレーク、及び各種金属材料が挙げられる。
【0034】
上述した充填材の中では、最終的に目的とする樹脂組成物の耐熱性、物理的強度、耐傷性を考慮すると、繊維状充填材が好ましい。一方において摺動部品は厳密な寸法制度が要求されるため、充填材としてはアスペクト比の小さい粉粒状や板状のものが好ましい。特に外観の良さを重視する場合にはアスペクト比の小さい微粒子状の充填材が好ましい。
【0035】
また、充填材は、一般的にモース硬度が高い方が好ましいが、単独での硬度が低くても、添加量を調製したり、表面処理を工夫したりすることにより、硬度を高められ、摺動部品とした場合に良好な摺動特性を実現することもできる。
上述した観点から、充填材単独でのモース硬度は、3以上が好ましく5以上がより好ましい。
また、充填材の表面処理方法は、樹脂とのぬれ性や分散性を考慮して選択するものとする。
【0036】
本実施の形態の樹脂組成物において、芳香族ポリエステル(A)、スチレン系樹脂(B)、充填材(C)は、それぞれ芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%に対し、スチレン系樹脂(B)を5〜70質量%、充填材(C)0〜70質量%とし、A+B+C=100質量%、A>Cの条件を満たすものとする。
更には、芳香族ポリエステル30〜80質量%に対し、スチレン系樹脂(B)20〜60質量%、充填材(C)5〜50質量%とし、A+B+C=100質量%、A>Cの条件を満たすものとすることが好ましい。
上記数値範囲を満たすものとすることにより、特に摺動部品としての利用価値の高い、硬度や摺動特性を有する樹脂組成物が得られる。
【0037】
なお、上記(A)、(B)、(C)の割合は、それぞれの材料の種類によって異なってくるものである。
例えば、スチレン系樹脂(B)がゴム状重合体を含有している場合には、樹脂組成物の硬度や摩擦係数が低下する傾向があるため、スチレン系樹脂(B)中のゴム状重合体の平均粒子径及び充填材(C)の添加量を調整して、前記特性を制御する必要が生じる。
この場合、前記ゴム状重合体の質量平均粒子径を、0.1以上0.5μm以下とすることが好ましい。0.1μm以上とすることにより耐衝撃性改良効果が得られ、0.5μm以下にすることにより、最終的に目的とする樹脂組成物の外観性を良好に保持することができる。
また、耐傷性の低下を防止するために、ゴム状重合体の含有量は、スチレン系樹脂全体の20質量%以下とすることが好ましく、15質量%以下とすることがより好ましい。
更に、耐衝撃性を高めるため、ゴム状重合体を含有するスチレン系樹脂(B)の添加量を多くした場合は、モース硬度の高い充填材(C)を30〜50質量%と若干多目に添加するが、この場合、充填材(C)の材料によっては、組成物全体における樹脂成分とのぬれ性や、得られる樹脂組成物の摩擦係数が悪化する場合があるため、充填材(C)に滑剤効果のある表面処理を施したり、オレフィン系やシリコン系ワックス、PTFE等の摺動剤を添加したりする必要がある。
【0038】
本実施の形態における樹脂組成物は、上述した各成分(A)、(B)、(C)を配合・混合し、混練することにより得られる。
混合工程においては、従来公知の混合機器が使用できる。例えば、ヘンシェルミキサー、リボンブレンダー、ドラムタンブラー等が挙げられる。
また、混練工程においても、従来公知の混練装置が使用できる。例えば、単軸スクリュー押出機、二軸スクリュー押出機、二軸ローター付の連続混練機、多軸スクリュー押出機、オープンローラ、バンバリーミキサー等が挙げられる。
【0039】
上述のようにして作製した樹脂組成物は、各種機械部品に成形し利用できる。
成形方法は特に限定されるものではなく、公知の方法を適用できる。例えば、プレス成形、射出成形、ガスアシスト射出成形、溶着成形、押出成形、吹込成形、フィルム成形、中空成形、多層成形、発泡成形等のいずれでもよく、射出成形法においては金属とのインサート成形、アウトサート成形、ガスアシスト成形等を組み合わせて利用してもよい。
また、使用する金型についても特に限定されるものではなく、ゲート形状についてもピンゲート、タブゲート、フィルムゲート、サブマリンゲート、ファンゲート、リングゲート、ダイレクトゲート、ディスクゲート等のいずれの種類であってもよい。
【0040】
本実施の形態における樹脂組成物は、成形体特に擦動部品として応用した場合に、優れた耐傷性が発揮されるものである。
傷の種類は、下記表1に示すように分類できる。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように、擦動部品に発生する傷は、形態、種類、発生状況によって分類できる。
これらの多くは、部品間の接触や、紙、布巾等の摺動によって生じるものであるが、耐傷性の高い材料であるためには、原因となるものの材料への接触面積が低いこと、すなわち高い硬度を有していること、そして摺動した際の摩擦が少ないこと、すなわち摩擦係数が低いものであることが必要であると考えられる。
そこで本実施の形態においては、鉛筆硬度がH以上、好ましくは2H以上であり、ステンレス球による摩擦摩耗試験における初期最大摩擦係数が0.45以下、好ましくは0.40以下であることとした。なお、初期摩擦係数とは摺動開始直後から500往復するまでの間の係数であるものとした。
上記条件を満たすものとすることにより、摺動時における互いの接触面積が小さく保たれ、かつ円滑な摺動が可能となり、表面に傷が発生させず、静音摺動も可能となることが確かめられた。
【0043】
なお、本実施の形態における樹脂組成物は、必要に応じて他の樹脂や所定の添加剤を含有させてもよい。
添加剤としては、例えば、酸化防止剤、難燃剤、可塑剤、難燃助剤、耐候(光)性改良剤、耐衝撃性改良剤、相溶化剤、充填材、結晶核剤、スリップ剤、各種着色剤、離型剤、摺動性改良剤等が挙げられる。
【実施例】
【0044】
本実施の形態における樹脂組成物について、具体的な実施例と比較例を示してより詳細に説明する。
〔実施例1〜10〕、〔比較例1〜8〕
樹脂組成物作製用原料を下記に示す。
<芳香族ポリエステル>
(a−1)SHELL CHEMICALS COMPANY社製 PTT (商品名)コルテラ CP509201 鉛筆硬度:F
(a−2)旭美化成股イ分有限公司製 PC (商品名)Wonderlite PC−110 鉛筆硬度:B
(a−3)ポリプラスチックス社製 PBT (商品名)ジュラネックス 500FP 鉛筆硬度:B
<スチレン系樹脂>
(b−1)旭化成ケミカルズ株式会社製 アクリロニトリル−スチレン共重合体 AN=40% 数平均分子量57000 鉛筆硬度:2H
(b−2)旭化成ケミカルズ株式会社製 アクリロニトリル−スチレン共重合体 AN=40% 数平均分子量71000 鉛筆硬度:2H
(b−3)旭化成ケミカルズ株式会社製 アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体 AN=30% ゴム状重合体量=15% 鉛筆硬度:2B
(b−4)旭化成ケミカルズ株式会社製 メタクリル酸メチル・無水マレイン酸・スチレン共重合体 デルペット 980N 鉛筆硬度:2H
<充填材>
(c−1)日本電気硝子株式会社製 ガラス繊維(商品名)T187 モース硬度6.5
(c−2)ポッターズ・バロティーニ株式会社製 ガラスビーズ(商品名)EGB731 モース硬度6.5
(c−3)白石工業株式会社製 炭酸カルシウム(商品名)Vigot−10 モース硬度3.5
(c−4)松村産業株式会社製 タルク(商品名)クラウンタルクPP モース硬度1.0
【0045】
下記表2に示されているように、上記芳香族ポリエステル、スチレン系樹脂、充填材を適宜組み合わせて配合し、樹脂組成物を得た。
サンプル樹脂組成物作製においては、二軸押出し機(東芝機械社製TEM−35)を用いて、押出し機のトップ及びサイドより各材料を添加し溶融混練した。なお溶融混練条件は温度250〜270℃、回転数150〜250rpmとした。
【0046】
各サンプル樹脂組成物を用いて、下記(1)、(2)の試験を行い、かつ下記(3)の評価を行った。
(1)ステンレス球摩擦摩耗試験
先ず、射出成形機(日本製鋼所製J−100EPI)を用いて、シリンダー温度250℃、金型温度60℃に設定し、射出保圧時間20秒、冷却25秒の射出成形条件で、ISOダンベル片を作製し、作製後110℃で2時間アニール処理を行い、試験用ダンベル片を作製した。
続いて、図1の原理図に示すように、被摺動側を上記試験用ダンベル片とし、これに荷重をかけて摺動試験を行った。摺動条件を下記に示す。
(摺動条件)
試験機:東測精密工業株式会社製 ピン/プレート試験機AFT−15MS
駆動側:ステンレス球(SUS314)
被摺動側:試験用ダンベル片(実施例1〜9、比較例1〜8)
荷重:2kg
駆動速度:30mm/s
往復距離:20mm
試験温度・湿度:23℃、50RH%
(評価基準)
500往復までの最大摩擦係数について、下記に示すように、◎、○、×の三段階で評価した。
◎:摩擦係数≦0.35
○:0.35<摩擦係数≦0.45
×:摩擦係数>0.45
【0047】
(2)鉛筆硬度試験
上記(1)と同様にしてISOダンベル片を作製し、続いて110℃で2時間アニール処理を行い、試験用ダンベル片を得た。
JIS K5400に基づいて、以下に示す条件により鉛筆硬度の評価を行った。
荷重:1kg
引掻速度:0.5mm/s
判定基準:5回測定して2回以上擦り傷が認められない鉛筆硬度とする。
【0048】
(3)実用摺動試験による評価
射出成形機(東芝機械株式会社製EC60N)を用いて、シリンダー温度250℃、金型温度80℃に設定し、射出保圧時間25秒、冷却20秒の射出条件で50mm×90mm×2.5mmtの試験用プレートを成形した。
続いて、図2の原理図に示すように、被摺動側を上記プレートとし、これに対して普通紙又はガーゼを介して荷重をかけて摺動を行い、その後、表面の傷の状態を評価した。
(摺動条件)
試験機:学振摩耗試験機
駆動側:普通紙・ガーゼ
被摺動側:試験用プレート
荷重:0.2kg
駆動速度:5秒/往復
試験回数:50往復
試験温度・湿度:23℃、50RH%
(評価基準)
目視、拡大観察、あるいは触感により、下記の4段階で評価を行った。
◎:全く傷が確認されない。
○:ルーペで擦り傷が確認できる程度。
△:擦り傷が確認できる、または摩耗分が微量発生する程度。
×:指で触って凹凸が確認出来る程度。
【0049】
【表2】

【0050】
表2に示すように、芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%、スチレン系樹脂(B)5〜70質量%、充填材(C)0〜70質量%(ここで、A+B+C=100質量%、C<Aの関係がある。)からなり、ステンレス球摩擦摩耗試験(荷重2kg、速度30mm/s)における500往復までの最大摩擦係数が0.45以下であり、JIS K5400に基づく鉛筆硬度がH以上である樹脂組成物よりなる実施例1〜10においては、いずれも実用摺動試験において良好な評価が得られており、耐傷性に優れ、摺動部品として好適であることが確認された。
特に実施例10においては、アクリル樹脂マレイン酸共重合PMMAを適用したことにより、スチレン系樹脂及び芳香族ポリエステルとの相溶化効果も発揮され、優れた耐傷性及び耐摩耗性が得られた。
【0051】
比較例1においては、芳香族ポリエステルが過剰で、かつスチレン系樹脂を含有していないため、硬度及び摩擦係数の双方が悪化し、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例2においては、芳香族ポリエステル(a−3)のみで構成したため、硬度が低く、特に紙の摩擦に対する実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例3においては、充填材のモース硬度が1.0と低いため、多量に入れることにより組成物全体の硬度を下げてしまい、表面上でステンレス球が埋もれ、更に表面状態が荒れるために引っかかりやすくなり、摩擦係数が悪化して実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例4においては、芳香族ポリエステル(a−2)のみで構成したものであるため、硬度及び摩擦係数の双方が悪化し、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例5においては、芳香族ポリエステル(a−1)のみで構成したものであるため、硬度及び摩擦係数の双方が悪化し、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例6においては、芳香族ポリエステルの含有量が少なすぎ、充填材が樹脂組成物の表面に露出することにより摩擦係数が悪化してしまい、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例7においては、スチレン系樹脂を含有させなかったため、硬度が悪化し、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
比較例8においては、軟らかい樹脂を使用し、かつGFの添加量が少ないため、十分な硬度が確保できなかった。また、ポリエステルの含有量が多いため、実用上良好な摩擦係数を得ることができなかった。これにより、実用上十分な耐傷性が得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の樹脂組成物は、高い硬度を有し、かつ摩擦係数が低いものとなっているため、耐傷性に優れ、例えば、歯車、カム、スライダー、レバー、クラッチ等の機構部品、ディスクドライブ、ガイド、シャーシ、トレー、側板等の内部部品等の、各種摺動部品としての利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】摺動試験原理図を示す。
【図2】実用摺動試験原理図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ポリエステル(A)10〜70質量%、スチレン系樹脂(B)5〜70質量%、 充填材(C)0〜70質量%(ここで、A+B+C=100質量%、C<Aの関係がある。)からなり、
ステンレス球摩擦摩耗試験(荷重2kg、速度30mm/s)における500往復までの最大摩擦係数が0.45以下であり、
JIS K5400に基づく鉛筆硬度がH以上である樹脂組成物から成る摺動部品。
【請求項2】
前記芳香族ポリエステル(A)が、ポリトリメチレンテレフタレートを含んでいる請求項1に記載の樹脂組成物から成る摺動部品。
【請求項3】
前記スチレン系樹脂(B)が、芳香族ビニル系単量体及び不飽和ニトリル系単量体を、重合単量体とする共重合体である請求項1又は2に記載の樹脂組成物から成る摺動部品。
【請求項4】
前記スチレン系樹脂(B)が、アクリロニトリル及びスチレンを、重合単量体とする共重合体である請求項1又は2に記載の樹脂組成物から成る摺動部品。
【請求項5】
前記スチレン系樹脂(B)中のアクリロニトリル成分の割合が5〜50質量%である請求項4に記載の樹脂組成物から成る摺動部品。
【請求項6】
前記充填材(C)のモース硬度が3以上である請求項1乃至5のいずれか一項に記載の樹脂組成物から成る摺動部品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−256441(P2009−256441A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105999(P2008−105999)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】