説明

放電加工方法及び放電加工装置

【課題】非導電性材料の被加工物を放電加工するに際して、工具電極の消耗率を低減しつつ被加工物である非導電性材料に対する放電を安定且つ良好に放電加工を行える放電加工方法及び放電加工装置を提供する。
【解決手段】被加工物1の表面に導電性材料2を設け、この被加工物1に加工用の工具電極3を対置し、前記工具電極3と前記導電性材料2との間で放電させて前記被加工物1を放電加工する放電加工方法であって、前記被加工物1は絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料であり、前記工具電極3と前記導電性材料2との間に、極性が交互に反転する電圧を印加して放電加工を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料を放電加工する放電加工方法及び放電加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に放電加工は、加工油中で金属等の導電性の被加工物に導電性の工具電極を非接触状態に近接させ、この被加工物と工具電極との間に電圧を印加することで、この被加工物と工具電極との間の加工油が絶縁破壊された後、続く放電によって加工油が解離、気化し、更に気泡の発生を伴いながら被加工物が融解、気化して除去されることで行われる。そして、除去された部分は加工液によって冷却されて再凝固し、微小な球状をした加工くずとなり加工液によって工具電極と被加工物との間から排出される。
【0003】
この放電加工は、非接触且つ微小領域で行われる熱加工であるため、工具電極と被加工物への加工反力が非常に小さく、金属材料を複雑な形状に高精度に加工したり、或いは1mm以下の微細穴を加工することが可能である。
【0004】
しかし、従来、放電加工が行えるのは金属等の導電性を有する材料に限られ、セラミックス等の絶縁材料や、炭化シリコンなどの半導体材料等の非導電性材料では電気的な導通がよくないため放電加工は不可能とされてきた。
【0005】
なお、例えば、セラミックスは高硬度で耐熱性、耐食性、耐磨耗性、電気絶縁性に優れるため様々な分野で用いられているが、高硬度な脆性材料であるためダイヤモンド工具による加工は可能ではあるものの工具の消耗が大きいため加工コストが高く、また、特に、直径1mm以下の微細穴の加工は、微細化による工具電極の強度不足を生じやすく工具電極の製作が困難であったため、セラミックスに対する微細加工は困難とされてきた。
【0006】
これに対し、最近、本発明者らは、被加工物であるセラミックスの表面に導電性材料を密着若しくは蒸着させ、この被加工物と工具電極との間に電圧を印加して放電加工を行う方法を提案し(特許文献1)、この放電加工方法によって電気的絶縁性を有するセラミックスに穴を形成したり、或いは、セラミックスを任意形状に加工したりすることが可能になった。
【0007】
具体的には、この特許文献1の方法は、絶縁性材料や半導体材料のような非導電性材料の被加工物の加工表面に導電性材料(以下、この被加工物に設けた導電性材料を補助電極といい、これを用いた特許文献1の方法を補助電極法という。)を設けて加工油に浸漬し、工具電極をこの補助電極に非接触状態で対置させ、この補助電極と工具電極との間に直流電圧を断続して発生させた単極パルス電圧を印加することで、被加工物と工具電極との間にある加工油の一部が絶縁破壊された後、更に放電によって解離、気化し、更に気泡の発生を伴いながら被加工物表面の一部が融解、気化し、この被加工物の融解と加工油の冷却作用による再凝固及び加工油の絶縁回復とが繰り返えされることで被加工物への任意形状の加工や微細穴加工を可能としたものである。
【0008】
更に詳細には、この特許文献1による放電加工は次のような過程を経て行われる。
【0009】
非導電性材料の被加工物を補助電極法で放電加工を行うと、放電加工初期には、工具電極とこの補助電極との間に単極パルス電圧を印加すると、上述の過程を経て被加工物に設けた補助電極(導電性材料)の一部分が溶解される(補助電極の除去過程)と共に、放電によって加工油が熱分解して生じた炭素や炭化物が被加工物の加工部位に堆積し付着する。
【0010】
次いで、この被加工物の加工部位の表面に付着した炭素や炭化物は、除去された導電性材料に代わって導電性皮膜を形成し、この新たに形成された導電性皮膜と、被加工物表面上の除去されずに残った補助電極との間で導通が維持できるようになるため、補助電極と工具電極との間で放電が維持され放電加工が可能になる。
【0011】
以上、非導電性材料である被加工物に導電性材料で補助電極を形成し、この補助電極と工具電極との間に単極パルス電圧を印加して放電させると、この放電によって加工油が熱分解して生じた炭素や炭化物が被加工物の表面に付着して新たな導電性皮膜が形成され、これによって導電が維持されて非導電性材料の被加工物に対しての任意形状の加工や微細穴加工が行える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第3241936号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、従来の金属性の被加工物に対する放電加工方法は、被加工物に対して工具電極に極性が正若しくは負いずれかの単極パルス電圧を印加して放電加工するものであり、上述と同様に放電によって発生した熱により加工油が熱分解されて炭素や炭化物が生成し、この炭素や炭化物は、工具電極と被加工物との間に印加する電圧極性に依存して被加工物か工具電極のどちらかに付着し易くなる。
【0014】
このため、従来の金属性の被加工物に対しては、工具電極側に炭素や炭化物が多く付着するように印加電圧の極性を設定して放電することで、工具電極側に多く炭素や炭化物を付着させ、これにより保護作用を発揮させ、工具電極の電極消耗を低減するようにしている。
【0015】
ところが、被加工物が非導電性材料の場合、補助電極法によって上述した金属性の被加工物に対する場合と同様、工具電極の電極消耗を低減し得る極性の単極パルス電圧を印加すると、加工初期には金属である補助電極の除去を行うことが可能であるが、非導電性の被加工物を放電加工する過程になると、被加工物への炭素や炭化物の付着量が少ないため被加工物への放電がされ難くなって加工速度が極めて低下してしまう。
【0016】
そこで、この単極パルス電圧の印加方向を逆にして非導電性の被加工物への炭素や炭化物への付着量を増やすと、放電が可能となるが、逆に、放電により生ずる炭素や炭化物の工具電極への付着が少なくなるため、工具電極への保護膜が良好に形成されず、電極消耗が極めて大きく(この加工状態を図12に示している。)なってしまい、例えば、一つの穴加工を行うにも何本もの工具電極を消費せざるを得ないという問題があった。
【0017】
即ち、非導電性材料の被加工物を補助電極法で放電加工する場合、従来、工具電極の消耗を抑制する条件と非導電性材料である被加工物を安定して良好に加工する条件との両立は困難であった。
【0018】
本発明は、上述のような状況に鑑みなされたもので、非導電性材料の被加工物を放電加工するに際して、工具電極の消耗率を低減し且つ非導電性材料である被加工物を良好に放電加工できる放電加工方法及び放電加工装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0020】
被加工物1の表面に導電性材料2を設け、この被加工物1に加工用の工具電極3を対置し、前記工具電極3と前記導電性材料2との間で放電させて前記被加工物1を放電加工する放電加工方法であって、前記被加工物1は絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料であり、前記工具電極3と前記導電性材料2との間に、極性が交互に反転する電圧を印加して放電加工を行うものであることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0021】
また、請求項1記載の放電加工方法において、前記導電性材料2は金属,炭素,炭化物若しくは導電性高分子であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0022】
また、請求項1,2いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記導電性材料2は薄板,網目材若しくは薄膜であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0023】
また、請求項1〜3いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工は加工油7中において行われることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0024】
また、請求項1〜4いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧は正若しくは負いずれかの極性の電圧が所定時間継続後、極性が反転することを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0025】
また、請求項1〜5いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性は少なくとも1msec毎に反転するものであることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0026】
また、請求項1〜5いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性は1〜1000msec毎に反転するものであることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0027】
また、請求項1〜7いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は、任意に設定されることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0028】
また、請求項8記載の放電加工方法において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は、1:10〜10:1の範囲であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0029】
また、請求項1〜9いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記加工は微細加工であり、前記工具電極3の直径が1mm以下であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0030】
また、請求項1〜9いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記加工は微細加工であり、前記工具電極3の直径が0.3mmであることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0031】
また、請求項1〜11いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工は、穴加工、スリット加工若しくは複雑形状加工であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0032】
また、請求項1〜12いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工中に、前記工具電極3を前記被加工物1から離反させることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0033】
また、請求項13記載の放電加工方法において、前記離反の際、前記放電を停止することを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0034】
また、請求項1〜14いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記工具電極3は前記被加工物1の前記導電性材料2を設けた面に対置させることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0035】
また、請求項1〜15いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記被加工物1は窒化珪素(Si3N4)若しくはジルコニア(ZrO2)等の非導電性材料であることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0036】
また、請求項1〜16いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記工具電極3は銅(Cu),タングステン(W)若しくは銅タングステン(CuW)のいずれかであることを特徴とする放電加工方法に係るものである。
【0037】
また、被加工物1と、この被加工物1に対置される工具電極3との間に電圧を印加して放電加工する放電加工装置であって、前記電圧の極性を交互に反転させる極性反転部5が具備せしめられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0038】
また、請求項18記載の放電加工装置において、前記被加工物1は、表面に導電性材料2を設けられた非導電性材料であることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0039】
また、請求項18,19いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記電圧は正若しくは負いずれかの極性の電圧が所定時間継続後、極性が反転するように制御する極性反転制御部4が設けられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0040】
また、請求項18〜20いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性反転部5は、単極性の電圧を正逆二方向に切替えるものであり、この極性反転部5により前記単極性の電圧は、前記極性が交互に反転する電圧に変換されることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0041】
また、請求項18〜21いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記単極性の電圧を発生する電源部6が設けられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0042】
また、請求項18〜22いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記放電加工は加工油7中で行われるように構成されていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0043】
また、請求項18〜23いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極3は銅(Cu),タングステン(W)若しくは銅タングステン(CuW)のいずれかであることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0044】
また、請求項18〜24いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性が交互に反転する電圧は少なくとも1msec毎に極性が反転するものであることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0045】
また、請求項18〜25いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性が交互に反転する電圧は1〜1000msec毎に極性が反転するものであることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0046】
また、請求項18〜26いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は任意に設定されることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0047】
また、請求項27記載の放電加工装置において、前記極性が正となる時間と、前記極性が負となる時間との比は、1:10〜10:1の範囲であることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0048】
また、請求項18〜28いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極3は前記被加工物1に対し接離自在に設けられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0049】
また、請求項29記載の放電加工装置において、前記工具電極3が前記被加工物1から離反する際、前記放電を停止させることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0050】
また、請求項18〜30いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極3を放電加工により所定形状に形成する電極形成部8が設けられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【0051】
また、請求項18〜31いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記放電加工は微細穴加工であり、前記工具電極3は中程にくびれ部23が設けられていることを特徴とする放電加工装置に係るものである。
【発明の効果】
【0052】
本発明は上述のように、絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料の微細放電加工に際して、工具電極と被加工物との間に、極性が交互に反転する電圧を印加するから、被加工物と工具電極との両方に導電性皮膜が形成され、従って被加工物表面への通電経路が確保されて工具電極の表面が保護され、よって、電極消耗率が低減すると共に、非導電性材料である被加工物を良好に放電加工できることになる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本実施例に係る放電加工装置の構成図である。
【図2】本実施例に係る極性反転電部の動作説明図である。
【図3】本実施例に係る放電加工過程の説明図である。
【図4】本実施例に係る実験1の加工特性である。
【図5】本実施例に係る実験2の加工特性である。
【図6】本実施例に係る実験3の加工特性(実験結果1)である。
【図7】本実施例に係る実験3の加工特性(実験結果2)である。
【図8】本実施例に係る実験4の加工特性である。
【図9】本実施例に係る実験5の加工特性である。
【図10】本実施例に係る電極形成部の構成の説明図である。
【図11】別実施例に係る工具電極を用いた放電加工状態の説明図である。
【図12】従来の補助電極法による放電加工過程の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料である被加工物1の表面に、例えば、金属,炭素,炭化物,導電性高分子等からなる導電性材料2を設け、この被加工物1に加工用の工具電極3を対置させた状態で、例えば、加工油に浸漬して、被加工物1に設けた導電性材料2と工具電極3との間に、極性が交互に反転する電圧を印加して放電すると、発生する熱によって導電性材料2が溶解して除去され、次いで、非導電性材料である被加工物1が溶解して被加工物1が加工されることになる。
【0055】
この放電加工の際、極性が交互に反転する電圧を印加するから、被加工物1と工具電極3の双方に導電性皮膜15が形成され、工具電極3に対してはこの導電性皮膜15が保護皮膜として作用して工具電極3の消耗が可及的に低減し、且つ、非導電性材料である被加工物1と工具電極3との間の導電性が維持されるから、速やかな放電加工が可能になる。
【0056】
詳細には、予め非導電性材料である被加工物1の表面に導電性材料2を設け、被加工物1に加工用の工具電極3を対置させ、被加工物1に設けた導電性材料2と工具電極3との間に、極性が交互に反転する電圧を印加して放電を行うと、この放電で、例えば、加工油が熱分解し、この結果生じた炭素や炭化物等によって工具電極3と被加工物1表面との両方に新たな導電性皮膜15が形成され、工具電極3の表面がこの導電性皮膜15で保護されて電極消耗が低減する状態で、被加工物1の導電性材料2が除去されるようになる。
【0057】
次いで、放電加工が進展して導電性材料2が除去された後、被加工物1に設けた導電性材料2と工具電極3との間に、極性が交互に反転する電圧が印加されると、非導電性材料である被加工物1の加工部分に、例えば、加工油の熱分解で生じた炭素や炭化物によって導電性皮膜15が引き続き形成され、通電が維持されて非導電性材料の被加工物1への放電加工が可能になると同時に、工具電極3にも導電性皮膜15が引き続き形成されるから、工具電極3表面が保護されて電極消耗が低減する状態で放電加工が行われることになる。
【0058】
従って、被加工物1に設けた導電性材料2と工具電極3との間に、極性が交互に反転する電圧を印加すると、導電性皮膜15で工具電極3が保護されることで工具電極3の電極消耗が低減すると共に、導電性皮膜15が被加工物1及び工具電極3の双方に形成されることで通電が維持されて良好に安定した加工速度で非導電性材料である被加工物1を加工できることになる。
【実施例】
【0059】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0060】
本実施例は、図1の放電加工装置10を使用して、絶縁性セラミックス材料である被加工物1の表面に微細穴11を形成する場合である。
【0061】
この本実施例の図1の放電加工装置10は、導電性材料2を設けて補助電極2を形成した被加工物1を載置して固定する加工テーブル12と、この加工テーブル12に被加工物1を載置した状態で被加工物1を加工油7に浸漬する浸漬部13と、更に、この加工テーブル12に設けた被加工物1の加工面に対して垂直な上方位置に工具電極3がZ軸モータ(図示省略)により昇降自在に設けられたもので、浸漬部13内に加工テーブル12を配設し、加工油7に浸漬し、Z軸モータの昇降制御で工具電極3を被加工物1に非接触状態で対置し、被加工物1に設けた導電性材料2を補助電極2としてこの補助電極2と工具電極3との間に、極性が交互に反転する電圧(以下、極性反転電圧という。)を印加して被加工物1を放電加工するものである。
【0062】
この極性反転電圧は後述する図2のように発生する電圧であり、補助電極2と工具電極3との間に印加され、この双方の電極2・3を離間した無負荷状態においては、所定電圧波高値が維持された状態の正若しくは負いずれかの同一極性の電圧が所定時間継続した後、極性が反転するように制御された電圧であり、電圧波形が略矩形である交番電圧若しくはバイポーラ電圧である。
【0063】
本実施例の放電加工装置10は、工具電極3と被加工物1との間に極性反転電圧を印加して、被加工物1を放電加工する構成であり、この極性反転電圧は、正若しくは負いずれかの極性の電圧が所定時間継続後、極性が反転するように制御される。
【0064】
また、被加工物1には、予め導電性材料2で補助電極2を形成しておく。
【0065】
具体的には、本実施例の放電加工装置10は、単極性の電圧源17を備え単極性の電圧を発生する電源部6と、この電源部6が発生した単極性電圧を正逆二方向に切替える極性反転部5と、この極性反転部5の切替えを所定時間毎に繰り返し行わせるように制御する極性反転制御部4とが設けられ、単極性の電圧を、極性を所定時間毎に交互に反転させた極性反転電圧に変換するように構成されている。
【0066】
本実施例の放電加工装置10では、既存の放電加工機に極性反転部5と極性反転制御部4とを備えた放電加工装置10を外付けしたものでもよい。なお、電源部6は直流電圧源でもよい。
【0067】
詳細には、極性反転部5は、スイッチング素子18を4個(nml1,nml2,rvs1,rvs2)用いてブリッジ回路を構成し、このブリッジ回路の4辺のうち対向する2辺を1対として、この2対(nml1とnml2とからなる対及びrvs1とrvs2とからなる対)のスイッチング素子18を交互に切替え制御可能に構成し、このブリッジ回路が形成する4個の節点のうち、対向する一方の節点間に、出力抵抗16を有する電源部6が接続されると共に、他方の節点間に負荷として、工具電極3と被加工物1の補助電極2とが接続される構成である。
【0068】
また、極性反転制御部4は、正パルス電圧の発生タイミングを発生させる正パルスタイミング生成部19と、負パルス電圧の発生タイミングを発生させる負パルスタイミング生成部20とを備えて、極性反転部5の2対(nml1とnml2,rvs1とrvs2)のスイッチ素子18の導通(オン)/非導通(オフ)を所定時間間隔で交互に反転するように切替制御する構成である。
【0069】
この2対(nml1とnml2,rvs1とrvs2)のスイッチ素子18の制御にあたっては、スイッチ素子18を非導通状態にする際のターンオフ動作遅延時間を考慮し2対のスイッチ素子18が同時に導通した状態にならないように、正パルスタイミング生成部19と負パルスタイミング生成部20とを制御している。即ち、このスイッチ素子18の制御にあたって、極性反転の際に、2対のスイッチ素子18が同時に導通しないように正パルスタイミング生成部19と負パルスタイミング生成部20とを制御する。
【0070】
また、スイッチング素子18にはトランジタでもよいが、本実施例ではMOS-FETを用い、このMOS-FETのゲートを光結合素子で結合して極性反転部5と極性反転制御部4とを電気的に絶縁し、過大電流の回り込み電流などによってこの極性反転制御部4等が誤動作するのを可及的に低減できる構成である。
【0071】
従って、電源部6から発生する単極性の電圧を、図2に示すように極性反転部5の4個の半導体スイッチ18(nml1,nml2,rvs1,rvs2)を切替ると、負荷となる工具電極3と補助電極2との間に、極性が交互に反転する極性反転電圧を発生させることができることになり、また、この2対のスイッチング素子18を導通/非導通にする動作タイミングを変えることで正パルス電圧のパルス幅(T1)と負パルス電圧のパルス幅(T2)を適宜に安定に設定できることになる。
【0072】
以上の構成とすることによって、極性反転電圧の電圧、極性反転時間間隔、極性の正負時間比を適切に設定することが可能となり、従って、電極消耗が少なく、安定な放電加工が可能となる放電加工装置10を構成できることになる。
【0073】
また、本実施例の放電加工装置10は、円柱形状に形成された工具電極3を回転モータ21(図1には図示せず)に取り付け、この回転モータ21は更にZ軸モータに取り付けられてZ軸を昇降し得ると共に、Z軸に平行な軸を中心に回転することで加工油7を循環させて加工屑等の排出を促して微細穴11加工が容易に行えるように構成している。
【0074】
また、本実施例では、加工途中で速やかに工具電極3を交換できるように、図10に示すように、放電加工装置10に工具電極3となる電極素材を取付けて所要の工具電極3に形成する電極形成部7を具備し、作業中でも直ちに新たな工具電極3を製造できる構成である。
【0075】
具体的には、この電極形成部8は、本実施例の放電加工装置10の回転モータ21に電極素材3を取付け、加工テーブル12の浸漬部13に金属性砥石22をZ軸の中心位置よりやや外れた所定位置に設けて加工油7で浸漬して放電加工を行うように構成されており、金属性砥石22を位置制御することで電極素材を所定形状の工具電極3に形成するものである。
【0076】
本実施例では、この電極形成部8を被加工物1の放電加工を行う浸漬部13で行う構成であるが、回転モータ21に電極素材を取付けた状態で平行移動や回転移動することでもよく、いずれにしても放電加工と同一場所で電極形成が可能になる。
【0077】
また、本実施例の工具電極3は円柱状に形成されているが、工具電極3の形状は図11に示すように先端部及び基端部を残してくびれ部23を有するように構成している。このような形状に工具電極3を形成すると、この工具電極3を回転させながら放電加工すると、放電加工によって除去された加工屑等がくびれ部23を通過できるため、加工屑の排出が容易に行えることになって効率的な加工作業が可能となる。
【0078】
また、本実施例ではこの電極形成部7は、所謂、走査放電加工によって微細な工具電極3を形成しているが、ワイヤ放電切削法などによってもよい。
【0079】
また、本実施例では、工具電極3として、銅(Cu),タングステン(W)若しくは銅タングステン(CuW)を採用したが、銅粉と、タングステン(W)やモリブデン(MO)等の高融点材料,Cu2O・CuO・BaO・SrO等の金属酸化物,WC・TaC・TiC・ZrC・MoC等の炭化物の粉末とを混合して加圧成型して焼結することで製造した多孔質銅電極でもよく、この場合、放電電流密度が高まることで一層加工速度を改善できると共に、電極消耗を一層低減可能できることになる。
【0080】
また、本実施例の放電加工方法は、予め、非導電性材料の被加工物1の表面に導電性材料2を設けて補助電極2を形成し、この補助電極2に加工用の工具電極3を対置させ、この補助電極2と工具電極3との間に上述の極性反転電圧を印加して放電させることで被加工物1を放電加工する方法である。
【0081】
具体的には、絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料である被加工物1の表面に、金属,炭素,炭化物若しくは導電性高分子等の材料を薄板や網目材に形成し、或いは、蒸着や塗布などによって薄膜を形成することによって、被加工物1に導電性材料2を設けて補助電極2とする。
【0082】
即ち、この補助電極2を設けた被加工物1に加工用の工具電極3を対置させ、この補助電極2と工具電極3との間に極性反転電圧を印加しながら、この被加工物1と工具電極3とを加工油7に浸漬した状態で工具電極3を被加工物1に近づけると、この導電性材料2と工具電極3との間で放電が生じ、この際に発生する熱エネルギーがこの導電性材料2の加工部分を溶解し、次いで、非導電性材料である被加工物1を溶解することで、非導電性材料である被加工物1が加工される。
【0083】
詳細には、この補助電極2に工具電極3を対置させた状態で加工油7中に工具電極3と被加工物1とを浸漬して工具電極3を補助電極2に近づけ、補助電極2と工具電極3との間に図2の極性反転電圧を印加すると放電が生じ、この電極2・3間の電圧は図2の電極間放電電圧のようなインパルス変化がバースト的に生ずることで加工油7が熱分解して炭素や炭化物が生じ、この炭素や炭化物が工具電極3と被加工物1との双方の表面に付着して新たな導電性皮膜15が形成され、工具電極3の表面がこの導電性皮膜15で保護されて電極消耗が低減する状態で被加工物1の導電性材料2が除去されることになる。
【0084】
次いで、放電加工が進展して導電性材料2が除去された後にも、被加工物1に設けた導電性材料2と工具電極3との間に極性反転電圧を印加し続けると、同様に非導電性材料である被加工物1の加工部分に加工油7の熱分解で生じた炭素や炭化物が付着することによって導電性皮膜15が引き続き形成されて通電が維持され、非導電性材料の被加工物へ放電が可能になると同時に、工具電極3にも導電性皮膜15が引き続き形成されることで工具電極3表面が保護されて電極消耗が低減する状態で放電加工が行われることになる。
【0085】
従って、被加工物1に導電性材料2で補助電極2を形成し、加工油7中に浸漬した状態で補助電極2と工具電極3との間に極性反転電圧を印加すると、加工油7が熱分解して生じた炭素や炭化物による導電性皮膜15が被加工物1に形成されることで通電が維持され良好で且つ安定した加工速度で被加工物1を加工できると共に、この導電性皮膜15で工具電極3が保護されることで工具電極3の電極消耗率を低減した状態で放電加工を行えることになる。
【0086】
換言すると、本実施例の放電加工方法は、導電性材料2で補助電極2を形成した被加工物1を図2の極性反転電圧を印加して放電加工することで、加工油7が分解して生じた炭素や炭化物を被加工物1と工具電極3との双方に同時に付着させで非導電性材料への放電を維持すると同時に、加工電極3の電極消耗を低減する方法といえる。
【0087】
この極性反転電圧は、極性が正となる時間と極性が負となる時間との比が、任意の比に設定される両極性のパルス電圧であるが、このパルス電圧の正パルス電圧の波高値と負パルス電圧の波高値は略同一であり、また、正パルス電圧及び負パルス電圧のいずれのパルス幅(図2中のT1及びT2)も、夫々1〜1000msecの範囲に設定されてこの正負のパルス電圧は極性を正負交互に繰返し反転するものである。更に、この正パルス時間幅T1と、負パルス時間幅T2との比率を適宜に設定することで、放電によって熱分解された炭素及び炭化物の工具電極3及び被加工物1への付着量を制御し、電極消耗率が極めて低く且つ加工速度に優れ良好な放電加工を可能としている。
【0088】
また、本実施例では、工具電極3をZ軸の周りに一定回転速度で回転させながら放電加工を行うことで、放電加工によって溶解した被加工物1の加工屑等の排出を容易に行えるようにしている。
【0089】
また、工具電極3は被加工物1に対して接離自在に設けられ、工具電極3と被加工物1の補助電極2との間に極性反転電圧を印加して放電を行った後、工具電極3を被加工物1から離反させるが、この離反の際、放電を停止するようにしている。これは、工具電極3を加工穴11から離反する際に加工穴11の壁面等と放電して意図しない箇所への加工が行われないようにするためである。
【0090】
また、本実施例の加工は、工具電極3の直径が1mm以下の微細加工に適するが、スリット加工若しくは複雑形状加工にも適用ができる。
【0091】
以上のように、非導電性材料である被加工物1表面に、金属,炭素,炭化物,導電性高分子等の導電性材料2を設けて補助電極2を形成し、工具電極3と被加工物1とを対置した状態で加工油7に浸漬し、工具電極3と補助電極2との距離を加減してこの両者の間が非接触状態を保つようにして極性反転電圧を印加すると、この結果生じた熱エネルギーによって加工油7が熱分解して生じた炭素若しくは炭化物は被加工物1表面及び工具電極3に付着して導電性皮膜15が形成され、被加工物1が非導電性材料であっても導電性が良好に維持されて放電加工が継続して可能となり、また同時に、この導電性皮膜15の保護作用によって工具電極3が保護されて工具電極3の電極消耗が低減した状態で、非導電性材料の被加工物1が加工されることになる。
【0092】
また、導電性材料2として炭素皮膜や導電性高分子を用いる場合には、金属を用いた場合よりも、補助電極2の除去過程における電極消耗率の低減が可能であると共に、導電性材料2から被加工物1である非導電性材料へ加工の遷移過程の安定化が可能になる。
【0093】
或いは、また、非導電性材料である被加工物1の放電加工に先立って、予め別のやや径の大きい電極を用いて放電加工をして加工箇所の近傍の補助電極層を除去すると共に、この補助電極層の除去部分にこの放電によって炭素皮膜を形成させてから、所要の径の工具電極3を用いて微細加工することでもよい。
【0094】
この場合のように補助電極層の除去に別の工具電極3を用いて補助電極層をある程度除去しておくと、加工時間や工具電極3への負担を低減して、更に、微細加工用の電極寿命を延ばせるだけでなく、加工精度の向上も可能になる。
【0095】
以上の方法に基づき、被加工物1としての非導電性材料(窒化珪素Si3N4、ジルコニアZrO2)に対して、幾つかの電極材料(銅Cu、タングステンW、銅タングステンCuW)を用い、低い電極消耗率と高い加工速度とを得ることを目標として、極性反転電圧の電圧値、正パルスの時間幅及び負パルスの時間幅を変えて最適な放電加工条件を見出すために実験1〜実験5を行った。
【0096】
各実験では被加工物1の片側表面に予め膜厚約150μmの金属を補助電極2として設けて補助電極法によって放電加工を行った。なお、この膜厚は他の厚さでもよい。
【0097】
尚、加工速度とは、放電加工によって被加工物1及び補助電極2等の加工対象物が除去される体積速度(mm3/分)であり、電極消耗率とは、この加工対象物の体積除去量に対する電極が消耗する体積割合(%)である。
【0098】
1 実験1
1-1 目的
極性反転電圧を印加した場合の効果を確認する。
【0099】
1-2 実験方法
被加工物1として窒化珪素(Si3N4)系セラミックスを採用し、この被加工物1に補助電極2を設け、工具電極3として直径0.3mmの銅(Cu)を用いて、放電加工による1時間の底付穴加工を行った。電気条件は、印加電圧80V一定、放電電流140mAとした。印加電圧の極性を正,負いずれかに固定した場合と、極性反転電圧を印加した場合の実験を行った。極性反転電圧は、極性が正となる時間と極性が負となる時間との正負時間比を1:1とし、極性が反転する時間間隔(正パルス時間幅若しくは負パルス時間幅であって、以下、極性反転時間間隔という。)を200msecとして実験を行った。
【0100】
1-3 実験結果
直径0.3mmの銅電極を用い、被加工物1である窒化珪素(Si3N4)系セラミックスを加工した。印加電圧の極性を正,負いずれかに固定した場合及び極性反転電圧を印加した場合の加工特性を図4に示す。
【0101】
電極消耗率をみると、印加電圧の極性を正,負いずれかに固定して加工した場合と比べ、極性反転電圧を印加した場合の方が明らかに低減されており、加工速度も向上する結果となった。
【0102】
1-4 結論
(1) 極性反転電圧で加工した場合は、極性を固定して加工した場合に比べて、電極消耗率の低減と加工速度の向上がみられた。
【0103】
(2) 絶縁性材料を放電加工するには、補助電極法を用いて極性反転電圧を印加することが適当である。
【0104】
2 実験2
2-1 目的
印加する極性反転電圧の正,負夫々のパルス時間幅を変えることによる加工特性への影響を確認する。
【0105】
2-2 実験方法
被加工物1として窒化珪素(Si3N4)系セラミックスを採用し、この被加工物1に補助電極2を設け、工具電極3として直径0.3mmの銅(Cu)を用いて、放電加工による10分間の底付穴加工を行った。電気条件は、印加電圧130V一定、放電電流100mAとした。印加電圧の極性反転は、正負時間比を1:2若しくは1:10として、正負時間比を逆にした場合も含めて計4通りの実験を行った。極性反転時間間隔は正負時間比が1:2の場合は50msec:100msec、1:10の場合は10msec:100msecとした。
【0106】
2-3 実験結果
直径0.3mmの銅電極を用い、被加工物1である窒化珪素系セラミックスを加工した。極性反転電圧の極性反転時間間隔を変えて行った加工特性を図5に示す。
【0107】
極性反転の正負時間比を2:1(極性反転時間間隔100msec:50msec)として加工すると、電極消耗率がほぼ0(%)になった。
【0108】
また、この図5から、極性反転の正負時間比を変えると加工特性も変化することから、夫々の加工条件によって適した正負時間比を設定することが重要であることが示唆される。
【0109】
2-4 結論
(1) 印加する極性反転電圧のパルス時間幅には最適な正負時間比が存在する。
【0110】
(2) 本実験においては極性反転電圧の正負のパルス時間比が100msec:50msecで良好な加工特性が得られた。
【0111】
3 実験3
3-1 目的
工具電極の材料として銅(Cu)以外を用いた場合の極性反転電圧を印加する効果を確認する。
【0112】
3-2 実験方法
被加工物1の窒化珪素(Si3N4)系セラミックスに補助電極2を設け、工具電極3として直径0.3mmの銅タングステン(CuW)及びタングステン(W)を用いて、放電加工による10分間の底付穴加工を行った。電気条件は、印加電圧130V一定、放電電流100mAとした。印加する極性反転電圧の極性を正,負いずれかに固定した場合と、極性反転した場合の実験を行った。極性反転は正負時間比1:2、極性反転時間間隔を50msec:100msecとし、更に、正負のパルス時間幅を逆にした場合も含めて実験を行った。
【0113】
3-3 実験結果
3-3-1 実験結果1(電極材料:銅タングステン(CuW))
直径0.3mmの銅タングステン(CuW)電極を用い、被加工物1である窒化珪素(Si3N4)系セラミックスを加工した。印加電圧の極性および極性反転時間間隔を変えて行った加工特性を図6に示す。
【0114】
図6より、印加電圧の極性を正,負いずれかに固定して加工した場合よりも、極性反転電圧を印加した場合の方が、加工速度,電極消耗率共に良好な結果が得られることがわかる。
【0115】
また、極性反転電圧の正負時間比による加工特性への影響をみると、極性反転電圧の正負時間比を1:2(極性反転時間間隔50msec:100msec)として加工した場合は良好な加工特性を得ている一方で、極性反転電圧の正負時間比を2:1(極性反転時間間隔100msec:50msec)として加工した場合は電極消耗率が負になっている。
【0116】
この場合のように電極消耗率が負の値になるということは、電極の長さが増えることを意味し、所定の寸法を加工する際には支障となる。精密加工においてそれは欠陥ともいえるものであるため、電極消耗率が負になることは加工精度の観点からも望ましくない。
【0117】
本実験の場合、極性反転電圧の極性反転時間間隔50msec:100msecの状態から正のパルス時間幅の割合を少しずつ増やしていくことで電極消耗率を更に低減可能な正負時間比が存在すると判断できる。
【0118】
3-3-2 実験結果2(電極材料:タングステン(W))
直径0.3mmのタングステン(W)電極を用い、被加工物1である窒化珪素(Si3N4)系セラミックスを加工した。印加電圧の極性及び極性反転時間間隔を変えて行った放電加工の加工特性を図7に示す。
【0119】
この図7より極性を正,負いずれかに固定して加工した場合よりも、極性反転電圧を印加して加工した場合の方が、電極消耗率が著しく低減した上で、加工速度が大きくなるという実験結果が得られていることがわかる。
【0120】
極性反転電圧の正負比による加工特性への影響をみると、極性反転電圧の正負時間比を2:1(極性反転時間間隔100msec:50msec)として加工した場合は、電極消耗率が負となっており加工精度上の観点から好ましくない。
【0121】
一方、極性反転電圧の正負時間比を1:2(極性反転時間間隔50msec:100msec)として加工した場合は、低電極消耗率となり良好な加工特性を得ているといえる。
【0122】
この実験結果から極性反転電圧の極性反転時間間隔50msec:100msecの状態から正のパルス時間幅の比率を少しずつ増やしていくことで電極消耗率を更に低減可能であると判断できる。
【0123】
3-4 結論
(1) 極性反転電圧を印加することの効果は電極材料が銅タングステンまたはタングステンでも期待できる。
【0124】
(2) 被加工物が窒化珪素系セラミックスの場合、電極材料が銅タングステン,タングステンいずれを用いても極性反転電圧を印加することによる加工特性の改善効果は顕著であり、特に、良好な加工が、正負のパルス正負時間比が50msec:100msecで得られた。
【0125】
(3) 電極材料が銅タングステン(CuW)及びタングステン(W)の場合、印加電圧の極性を正,負いずれかに固定して加工した場合には加工速度、電極消耗率いずれの点でも加工に適さない。
【0126】
4 実験4
4-1 目的
放電による材料除去過程が窒化珪素(Si3N4)系セラミックスとは異なるジルコニア(ZrO2)でも、極性反転電圧の印加による加工特性の改善効果があるか否かを確認する。
【0127】
4-2 実験内容
被加工物1のジルコニア(ZrO2)に補助電極2を設け、工具電極3として直径0.3mmの銅(Cu)を用いて、放電加工による10分間の底付穴加工を行った。電気条件は、印加電圧130V一定、放電電流100mAとした。極性を正,負いずれかに固定した場合と極性反転電圧を印加した場合の実験を行った。極性反転電圧は正負時間比1:2(極性反転時間間隔50msec:100msec)として正負のパルス時間幅を逆にした場合も含めて実験を行った。
【0128】
4-3 実験結果
直径0.3mmの銅電極を用い、被加工物1であるジルコニアを加工した。印加電圧の極性および極性反転時間間隔を変えて行った放電加工の加工特性を図8に示す。
【0129】
本実験において、極性反転電圧の正負時間比を2:1(極性反転時間間隔100msec:50msec)として加工した場合が最も良好な加工特性を得ている。
【0130】
この図8と、上述した図4〜7とを比較すると、被加工物1の材料、電極材料など加工条件によって加工特性が変わるため、極性反転電圧の正負時間比を適切な比率に設定することが重要であることが確認できた。
【0131】
4-4 結論
(1) 極性反転はジルコニアにも効果がある。
【0132】
(2) 今回の放電加工実験において、良好な加工特性は正負時間比が100msec:50msecで得られた。
【0133】
5 実験5
5-1 目的
極性反転電圧を印加することの効果は形彫り放電加工でも同様の効果があるか否かを確認する。
【0134】
5-2 実験内容
被加工物1のジルコニア(ZrO2)に補助電極2を設け、工具電極3として直径5mmの銅(Cu)を用いて、放電加工による1時間の底付穴加工を行った。電気条件は、印加電圧120V一定、放電電流4Aとした。極性を正,負いずれかに固定した場合と、極性反転した場合との夫々で実験を行った。極性反転電圧は極性の正負時間比を1:1とし、極性反転時間間隔を50msecとして実験を行った。
【0135】
5-3 実験結果
直径5mmの銅電極を用い、被加工物1であるジルコニアを加工した。印加電圧の極性および極性反転時間間隔を変えて行った放電加工の加工特性を図9に示す。
【0136】
この図9から、印加電圧の極性を正,負いずれかに固定して加工すると、電極消耗率が負になって加工精度の点から好ましくないことがわかる。
【0137】
これに対して、極性反転電圧を印加する放電加工では、電極消耗率が低減し、また加工速度も向上した。
【0138】
本実験の形彫り放電加工でも極性反転電圧を印加し、この電圧極性の正負時間比を変えることで、微細孔加工と同様に電極消耗率の低減及び加工速度の向上を行って加工特性を改善できる。
【0139】
5-4 結論
極性反転電圧の印加は、形彫り放電加工でも効果がある。
【0140】
以上の実験1〜5において、この導電性材料2で形成された補助電極2と工具電極3との間に印加する電圧の極性を放電加工中に10〜200msec毎に反転させ、更に被加工物1に対する工具電極3の電圧が正である時間と負である時間比が、1:2〜2:1の範囲であると、工具電極3の電極消耗率を著しく低減できる放電加工方法になることが確認できた。
【0141】
以上の本実施例の極性反転は10〜100msec毎に交互に反転させるものであるが、この反転時間は増減可能であり、1msec〜1000msec程度の範囲であれば適宜に設定してもよい。
【0142】
また、極性反転電圧の正負時間比については、本実施例では、1:2〜2:1の範囲で良好な結果が得られたが、1:10〜10:1以上に範囲を拡大すると、より良好な加工を行える時間比が存在する可能性がある。
【符号の説明】
【0143】
1 被加工物
2 導電性材料
3 工具電極
4 極性反転制御部
5 極性反転部
6 電源部
7 加工油
8 電極形成部
23 くびれ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工物の表面に導電性材料を設け、この被加工物に加工用の工具電極を対置し、前記工具電極と前記導電性材料との間で放電させて前記被加工物を放電加工する放電加工方法であって、前記被加工物は絶縁性材料若しくは半導体材料等の非導電性材料であり、前記工具電極と前記導電性材料との間に、極性が交互に反転する電圧を印加して放電加工を行うものであることを特徴とする放電加工方法。
【請求項2】
請求項1記載の放電加工方法において、前記導電性材料は金属,炭素,炭化物若しくは導電性高分子であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項3】
請求項1,2いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記導電性材料は薄板,網目材若しくは薄膜であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工は加工油中において行われることを特徴とする放電加工方法。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧は正若しくは負いずれかの極性の電圧が所定時間継続後、極性が反転することを特徴とする放電加工方法。
【請求項6】
請求項1〜5いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性は少なくとも1msec毎に反転するものであることを特徴とする放電加工方法。
【請求項7】
請求項1〜5いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性は1〜1000msec毎に反転するものであることを特徴とする放電加工方法。
【請求項8】
請求項1〜7いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は、任意に設定されることを特徴とする放電加工方法。
【請求項9】
請求項8記載の放電加工方法において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は、1:10〜10:1の範囲であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項10】
請求項1〜9いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記加工は微細加工であり、前記工具電極3の直径が1mm以下であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項11】
請求項1〜9いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記加工は微細加工であり、前記工具電極3の直径が0.3mmであることを特徴とする放電加工方法。
【請求項12】
請求項1〜11いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工は、穴加工、スリット加工若しくは複雑形状加工であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項13】
請求項1〜12いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記放電加工中に、前記工具電極を前記被加工物から離反させることを特徴とする放電加工方法。
【請求項14】
請求項13記載の放電加工方法において、前記離反の際、前記放電を停止することを特徴とする放電加工方法。
【請求項15】
請求項1〜14いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記工具電極は前記被加工物の前記導電性材料を設けた面に対置させることを特徴とする放電加工方法。
【請求項16】
請求項1〜15いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記被加工物は窒化珪素(Si3N4)若しくはジルコニア(ZrO2)等の非導電性材料であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項17】
請求項1〜16いずれか1項に記載の放電加工方法において、前記工具電極3は銅(Cu),タングステン(W)若しくは銅タングステン(CuW)のいずれかであることを特徴とする放電加工方法。
【請求項18】
被加工物と、この被加工物に対置される工具電極との間に電圧を印加して放電加工する放電加工装置であって、前記電圧の極性を交互に反転させる極性反転部が具備せしめられていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項19】
請求項18記載の放電加工装置において、前記被加工物は、表面に導電性材料を設けられた非導電性材料であることを特徴とする放電加工装置。
【請求項20】
請求項18,19いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記電圧は正若しくは負いずれかの極性の電圧が所定時間継続後、極性が反転するように制御する極性反転制御部4が設けられていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項21】
請求項18〜20いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性反転部は、単極性の電圧を正逆二方向に切替えるものであり、この極性反転部により前記単極性の電圧は、前記極性が交互に反転する電圧に変換されることを特徴とする放電加工装置。
【請求項22】
請求項18〜21いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記単極性の電圧を発生する電源部が設けられていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項23】
請求項18〜22いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記放電加工は加工油中で行われるように構成されていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項24】
請求項18〜23いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極は銅(Cu),タングステン(W)若しくは銅タングステン(CuW)のいずれかであることを特徴とする放電加工装置。
【請求項25】
請求項18〜24いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性が交互に反転する電圧は少なくとも1msec毎に極性が反転するものであることを特徴とする放電加工装置。
【請求項26】
請求項18〜25いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記極性が交互に反転する電圧は1〜1000msec毎に極性が反転するものであることを特徴とする放電加工装置。
【請求項27】
請求項18〜26いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記電圧の極性が正となる時間と、前記電圧の極性が負となる時間との比は任意に設定されることを特徴とする放電加工装置。
【請求項28】
請求項27記載の放電加工装置において、前記極性が正となる時間と、前記極性が負となる時間との比は、1:10〜10:1の範囲であることを特徴とする放電加工装置。
【請求項29】
請求項18〜28いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極は前記被加工物に対し接離自在に設けられていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項30】
請求項29記載の放電加工装置において、前記工具電極が前記被加工物から離反する際、前記放電を停止させることを特徴とする放電加工装置。
【請求項31】
請求項18〜30いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記工具電極を放電加工により所定形状に形成する電極形成部が設けられていることを特徴とする放電加工装置。
【請求項32】
請求項18〜31いずれか1項に記載の放電加工装置において、前記放電加工は微細穴加工であり、前記工具電極は中程にくびれ部が設けられていることを特徴とする放電加工装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−30330(P2012−30330A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173218(P2010−173218)
【出願日】平成22年7月31日(2010.7.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月1日発行の「2010年度精密工学会春季大会」のプログラム&アブストラクト集並びに平成22年3月1日発行のCD−ROM「2010年度精密工学会春季大会 学術講演会 講演論文集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)経済産業省 東北経済産業局 平成21年度戦略的基盤技術高度化支援事業(継続事業)「絶縁体の放電加工原理に基づいた、高精度・高機能モールド金型用セラミックス素材とその加工技術の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(510210276)株式会社 新潟プレシジョン (1)
【出願人】(501415752)日本ファインセラミックス株式会社 (4)
【出願人】(593150575)東北セラミック株式会社 (2)
【Fターム(参考)】