説明

散乱イオン分析装置及び散乱イオン分析方法

【課題】質量数の大きな元素から小さな元素まで分析でき、各元素の分析において十分な分析性能が得られる散乱イオン分析装置及び散乱イオン分析方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、分析可能な各元素に対応するビーム軸方向における試料台14からアパーチャ16までの第1の距離L1とアパーチャ16からイオン検出器20までの第2の距離L2とアパーチャ16の開口16aの大きさφaとを予め取得しておき、この取得しておいた情報から分析の対象とする元素の種類に基づいて試料Sを分析するときの第1の距離L1と第2の距離L2とアパーチャ16の開口16aの大きさφaとを決定し、この決定に基づいて試料台14とアパーチャ16とイオン検出器20とのうちの少なくとも2つをビーム軸に沿って移動させると共にアパーチャ16の開口16aの大きさを変更することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高エネルギー又は中エネルギーのイオンビームを利用したラザフォード後方散乱分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ラザフォード後方散乱(Rutherford Backscattering Spectroscopy:RBS)分析装置のうち、試料に照射されるイオンビームに平行な磁場を用いて前記試料から散乱する散乱イオンのエネルギー分析を行う平行磁場型のRBS分析装置として、特許文献1に記載の装置が知られている。
【0003】
この装置は、図4に示されるように、イオンを加速してイオンビームbmを発生させる加速器部100と、このイオンビームbmが試料sに照射されることで当該試料sから散乱した散乱イオンを検出し、この散乱イオンのエネルギースペクトルを測定するスペクトロメータ部200とで構成されている。
【0004】
加速器部100は、イオンを発生させ、このイオンからイオンビームbmを生成するイオン源102と、このイオン源102で生成したイオンビームbmを一方向に加速する加速管104とを備えている。
【0005】
スペクトロメータ部200は、内部に前記イオンビームbmが照射されると共に、このイオンビームbmが照射される位置に試料sがセットされる試料台201を有する真空容器202と、この真空容器202内にイオンビームbmの照射方向(ビーム軸)と平行な磁場(強磁場)bを形成するための磁場形成手段204とを備えている。
【0006】
真空容器202内には、イオン検出器206とアパーチャ208とが配置されている。イオン検出器206は、真空容器202内において照射される前記イオンビームbmの上流側に配置され、イオンビームbmが照射されることで試料sから散乱(後方散乱)する散乱イオンを検出するものである。
【0007】
アパーチャ208は、中央部に開口208aを有する板状部材であり、イオン検出器206と試料sとの間を仕切るように配置されている。この開口208aは、加速器部100から真空容器202内に照射されるイオンビームbmの通過を許容すると共に、試料sから散乱した散乱イオンのうち特定の範囲の散乱角を有し且つ磁場形成手段204が形成する磁場bにより前記イオンビームbmのビーム軸に特定の領域で収束する散乱イオンの通過を許容するものである。
【0008】
このように構成されるRBS分析装置においては、加速器部100から試料sに向けてイオンビームbmが照射される。一方、磁場形成手段204によって、真空容器202内にイオンビームbmのビーム軸と平行な磁場(強磁場)bが形成される。
【0009】
イオンビームbmが試料sの測定部位に到達すると、当該部位でイオンビームbmを構成するイオンが散乱(後方散乱)する。この試料sで後方散乱したイオン(散乱イオン)は、磁場bによってローレンツ力を受け、前記ビーム軸を取り巻く螺旋軌道に沿って加速器部100側に移動する。この螺旋軌道は、散乱イオンの散乱角や当該散乱イオンの有するエネルギーによって変わる。従って、特定の散乱角で特定のエネルギーを有する散乱イオンのみがアパーチャ208の開口208aの位置で前記特定の領域内に収束して当該開口208aを通過し、イオン検出器206に到達する。
【0010】
このように散乱イオンがイオン検出器206に到達すると、当該イオン検出器206によって散乱イオンの到達位置が検出される。そして、試料sからアパーチャ208までの距離やアパーチャ208からイオン検出器206までの距離、イオンビームbmのエネルギー、印加磁場強度、イオン検出器206への散乱イオンの前記到達位置等から散乱イオンのエネルギーを求めることができる。このようにして求めたデータに基づき高速高分解能のRBS分析が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平7−190963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
図5(a)は、前記の散乱イオン分析装置(RBS分析装置)における試料sを構成する元素の質量数と検出半径(ビーム軸を中心とした真空容器202の半径方向の位置ρdo(図4参照))との関係を示す図である。この図からわかるように、前記の散乱イオン分析装置において質量数の大きな元素(重元素)を分析する場合、イオン検出器206における散乱イオンの検出半径ρdoが大きくなる。
【0013】
しかし、散乱イオン分析装置において、直径の大きな真空容器内に強磁場を一様に形成することやイオン検出器を前記直径方向に大きくすることは技術的に困難であるため、例えば、前記の散乱イオン分析装置においては、分析可能な検出半径ρdoは、150mmが限界となる。
【0014】
従って、前記の散乱イオン分析装置において重元素の分析を行うためには試料台201からアパーチャ208までの距離Lを変更しなければならない。即ち、前記の散乱イオン分析装置においては、距離Lを大きくすることによって検出半径ρdoを小さくすることができるため、検出半径ρdoが150mmよりも小さくなるように距離Lを変更しなければならない。
【0015】
しかし、前記の散乱イオン分析装置においては、図5(b)にも示されるように、距離Lが大きくなると質量数の小さな元素(軽元素)を分析する際の質量分解能が低下するといった問題が生じる。
【0016】
そこで、本発明は、上記問題点に鑑み、質量数の大きな元素から小さな元素まで分析でき、各元素の分析において十分な分析性能が得られる散乱イオン分析装置及び散乱イオン分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
そこで、上記課題を解消すべく、本発明に係る散乱イオン分析装置は、加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンのエネルギースペクトルを測定するための散乱イオン分析装置であって、内部に前記イオンビームが照射されると共に前記イオンビームの入射方向と平行な磁場が形成される真空容器と、前記磁場が形成された真空容器内で前記イオンビームが当る位置に前記試料を保持し、前記イオンビームのビーム軸に沿って移動可能な試料台と、前記磁場が形成された真空容器内で前記試料から散乱する散乱イオンを検出し、前記ビーム軸に沿って移動可能なイオン検出器と、前記イオン検出器と前記試料台との間の位置に設けられ、前記イオン検出器側から前記試料台側に入射される前記イオンビームの通過を許容すると共に前記試料台側から前記イオン検出器側に向かって散乱する前記散乱イオンのうち特定の範囲の散乱角を有し且つ前記磁場により前記ビーム軸に特定の領域で収束する散乱イオンの通過を許容する開口が設けられ、この開口の大きさが変更可能で且つ前記ビーム軸に沿って移動可能なアパーチャと、前記ビーム軸方向における前記試料台から前記アパーチャまでの第1の距離と前記アパーチャから前記イオン検出器までの第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを制御するための制御手段とを備え、前記制御手段は、分析の対象とする元素の種類に相当する情報を入力するための入力部と、当該散乱イオン分析装置によって分析可能な各元素に対応する前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとが予め格納された記憶部と、前記入力部から入力された前記元素の種類に相当する情報に基づいて前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報から前記試料を分析するときの前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを決定し、この決定に基づいて前記試料台と前記アパーチャと前記イオン検出器とのうちの少なくとも2つを前記ビーム軸に沿って駆動すると共に前記開口の大きさを変更するために前記アパーチャを駆動するための指令信号を出力する指令部とを有することを特徴とする。
【0018】
かかる構成によれば、前記制御手段によって、前記試料を構成する元素のうち分析の対象とする元素を分析するのに適した前記第1の距離、前記第2の距離及び前記アパーチャの開口(以下、単に「前記開口」とも称する。)の大きさが決定され、この決定に基づいて当該散乱イオン分析装置の前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさがそれぞれ調節されることで、前記分析の対象とする元素の種類に関わらず十分な分析性能が得られる。
【0019】
即ち、共通の前記真空容器内でRBS分析(以下、単に「分析」とも称する。)が行われる場合、対象とする元素の種類(詳細には元素の質量数)によって分析に適した前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさが異なるため、当該散乱イオン分析装置のように、分析の対象とする元素の種類に応じて前記第1の距離、前記第2の距離及び前記アパーチャの開口の大きさが調節可能とされることで、重元素から軽元素まで分析ができ、各元素の分析において十分な分析性能が得られる。
【0020】
以下、詳細に説明する。従来の散乱イオン分析装置での分析のように、前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさがそれぞれ対象とする元素の種類に応じて変更されずに分析が行われると、前記元素の種類によって分析ができない場合や分析性能が低下する場合等があった。
【0021】
具体的には、例えば、シリコンのような比較的軽い元素(軽元素)を十分な分析性能で分析できるように前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさが設定された散乱イオン分析装置では、金のような比較的重い元素(重元素)の分析が行われるとイオン検出器において散乱イオンの検出ができなくなり、そのため元素の分析ができない場合があった。即ち、前記第1の距離が軽元素の分析に適した大きさ(長さ)の散乱イオン分析装置では、重元素の分析を行うと、前記ビーム軸方向における前記イオン検出器の位置において、到達する散乱イオンの検出半径が大きくなるため(図5(a)参照)、前記イオン検出器によって検出できない場合があった。
【0022】
そのため、例えば、金のような重元素を十分な分析性能で分析するためには、前記第1の距離を大きくして検出半径を小さくし、前記イオン検出器で確実に散乱イオンを検出する必要があった。
【0023】
一方、金のような重元素を十分な分析性能で分析できるように前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさが設定された散乱イオン分析装置では、シリコンのような軽元素の分析が行われると質量分解能(分析性能)が低下して高精度の分析が行えない。即ち、前記の軽元素(シリコン)を分析する散乱イオン分析装置の設定よりも前記第1の距離を大きくし、前記イオン検出器における散乱イオンの検出半径を小さくして重元素を分析できるように設定した散乱イオン分析装置では、前記第1の距離が大きいために軽元素の分析において質量分解能が低下してしまう(図5(b)参照)。
【0024】
そのため、シリコンのような軽元素を十分な分析性能(質量分解能)で分析するためには、第1の距離を小さくし、質量分解能を向上させる必要があった。
【0025】
また、重元素から軽元素まで分析できるように、前記第1の距離のみ、又は前記第1の距離及び前記第2の距離が変更可能に構成された散乱イオン分析装置も考えられるが、通常、散乱イオン分析装置において前記開口の大きさが一定のままで前記第1の距離が大きくなるとそれに伴って深さ分解能が低下するため重元素の分析において深さ分解能が低下してしまう。
【0026】
この深さ分解能は、図6からも分かるように、前記開口の大きさが小さければ、前記第1の距離が大きくなってもあまり低下しない。そのため、前記のように第1の距離を大きくした重元素の分析においては、前記開口を小さくして深さ分解能の低下を抑制する必要があった。
【0027】
これに対し、当該散乱イオン分析装置においては、前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさが変更可能に構成されると共に前記制御手段が備えられ、この制御手段が分析の対象とする元素に応じて前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさをそれぞれ調節することによって、重元素から軽元素までの何れの元素の分析においても十分な分析性能を得ることが可能となった。
【0028】
このような分析の対象とする元素に応じた前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさは、前記制御手段の記憶部に予め格納されている各元素に対応する情報に基づいて前記制御手段の指令部において決定される。
【0029】
具体的には、前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報は、元素の質量数が小さくなるほど前記第1の距離が小さくなると共に前記アパーチャの開口が大きくなり、元素の質量数が大きくなるほど前記第1の距離が大きくなると共に前記アパーチャの開口が小さくなるように設定されている。
【0030】
このように設定されることで、軽元素の分析の際には、質量分解能の低下が抑制されると共に分析時間の短縮又は分析精度の向上が図られ、重元素の分析の際には、深さ分解能の低下が抑制されると共に質量分析性能が向上する。
【0031】
詳細には、軽元素の分析が行われる場合、重元素の分析の際のように前記第1の距離が大きいと質量分解能が低下するが(図5(b)参照)、前記第1の距離が小さくされることで質量分解能の低下が抑制される。また、軽元素の分析では、重元素と違って散乱断面積が小さいため、前記開口が大きくされることで、当該開口を通過して前記イオン検出器に到達する散乱イオンの数が増加することにより、分析に必要な数の散乱イオンが短時間で検出されることで分析時間の短縮化が図られ、又はより多くの散乱イオンが検出されることで分析精度の高精度化が図られる。
【0032】
一方、重元素の分析が行われる場合、軽元素の分析の際のように前記第1の距離が小さいと検出半径が大きくなって前記イオン検出器での検出ができない場合があるが、前記第1の距離が大きくされることで検出半径が小さくなり、散乱イオンがより確実にイオン検出器によって検出される。また、通常、散乱イオン分析装置においては、前記開口の大きさが一定のままで前記第1の距離が大きくされるとそれに伴って深さ分解能が低下するが、当該散乱イオン分析装置においては、前記第1の距離が大きくなると前記開口が小さくなるため、深さ分解能の低下が抑制される(図6参照)。
【0033】
また、重元素の分析においては、質量数が大きいほど質量分解能が低下するため質量数の近い元素分析が困難となるが、当該散乱イオン分析装置では、重元素の分析において、前記第1の距離を大きくしたときに前記開口を小さくして質量分解能を向上させることで質量数の近い元素分析の精度が向上する(図7参照)。
【0034】
尚、重元素の分析においては、軽元素と違って散乱断面積が大きいため、前記開口が小さくても十分な数の散乱イオンが当該開口を通過して前記イオン検出器に到達するため、検出される散乱イオンの数の減少による分析時間の遅延や分析精度の低下は問題とならないレベルとなる。
【0035】
以上のように、当該散乱イオン分析装置においては、前記記憶部に格納されている前記各元素に応じた情報から前記指令部が前記分析の対象とする元素に適した前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさを選択(決定)し、この選択に基づいて前記試料台、前記アパーチャ及び前記イオン検出器のうち少なくとも2つを移動させると共に前記開口の大きさを変更するための指令信号を出力する。この指令信号に基づいて前記第1の距離、第2の距離及び前記開口がそれぞれ調節され、その結果、当該散乱イオン分析装置においては、重元素から軽元素までの何れの元素の分析においても十分な分析性能が得られる。
【0036】
本発明に係る散乱イオン分析装置においては、前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報は、前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となるように設定されているのが好ましい。このように前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となることによって、分解能がより向上する。
【0037】
また、前記アパーチャは、前記開口を絞る絞り機構と、前記制御手段の指令部から入力される指令信号により前記絞り機構を駆動する駆動手段とを備える構成であってもよい。
【0038】
かかる構成によれば、前記アパーチャの開口の大きさを任意の大きさに変更することが可能となる。
【0039】
また、前記アパーチャは、前記ビーム軸と直交する共通の面上に大きさの異なる複数の開口が一列に並ぶ開口部材と、前記制御手段の指令部から入力される指令信号により前記開口部材を前記開口の列に沿って移動させる移動手段とを備える構成であってもよい。
【0040】
かかる構成によれば、簡易な構成によって前記開口の大きさの変更が可能となる。
【0041】
また、上記課題を解消すべく、本発明に係る散乱イオン分析方法は、加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンのエネルギースペクトルを測定するための散乱イオン分析方法であって、内部に前記イオンビームが照射されると共に前記イオンビームの入射方向と平行な磁場が形成される真空容器と、前記磁場が形成された真空容器内で前記イオンビームが当る位置に前記試料を保持する試料台と、前記磁場が形成された真空容器内で前記試料から散乱する散乱イオンを検出するイオン検出器と、前記イオン検出器と前記試料台との間の位置に設けられ、前記イオン検出器側から前記試料台側に入射される前記イオンビームの通過を許容すると共に前記試料台側から前記イオン検出器側に向かって散乱する前記散乱イオンのうち特定の範囲の散乱角を有し且つ前記磁場により前記イオンビームのビーム軸に特定の領域で収束する散乱イオンの通過を許容する開口が設けられたアパーチャとを備える散乱イオン分析装置を用い、当該散乱イオン分析方法によって分析可能な各元素に対応する前記ビーム軸方向における前記試料台から前記アパーチャまでの第1の距離と前記アパーチャから前記イオン検出器までの第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを予め取得しておき、この取得しておいた情報から分析の対象とする元素の種類に基づいて前記試料を分析するときの前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを決定する分析条件決定工程と、前記決定に基づいて前記試料台と前記アパーチャと前記イオン検出器とのうちの少なくとも2つを前記ビーム軸に沿って移動させると共に前記アパーチャの開口の大きさを変更する駆動工程とを備えることを特徴とする。
【0042】
かかる構成によれば、前記分析条件決定工程で、前記予め取得しておいた情報から前記対象とする元素を分析するのに適した前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさが決定され、前記駆動工程で、前記決定に基づいて前記第1の距離、前記第2の距離及び前記開口の大きさがそれぞれ調節されることで、前記分析の対象とする元素の種類に関わらず十分な分析性能で分析することができる。即ち、当該散乱イオン分析方法によれば、重元素から軽元素までの分析ができ、各元素の分析において十分な分析性能で分析することができる。
【0043】
具体的には、前記分析条件決定工程の予め取得しておいた前記各元素に対応する情報では、元素の質量数が小さくなるほど前記第1の距離が小さくなると共に前記アパーチャの開口が大きくなっており、元素の質量数が大きくなるほど前記第1の距離が大きくなると共に前記アパーチャの開口が小さくなっている。そのため、軽元素の分析の際には、質量分解能の低下が抑制されると共に分析時間の短縮又は分析精度の向上が図られ、重元素の分析の際には、深さ分解能の低下が抑制されると共に質量分析性能が向上する。
【0044】
本発明に係る散乱イオン分析方法においては、前記分析条件決定工程の予め取得しておいた前記各元素に対応する情報では、前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となっているのが好ましい。このように前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となるようにして分析が行われることで、分解能がより向上する。
【発明の効果】
【0045】
以上より、本発明によれば、質量数の大きな元素から小さな元素まで分析でき、各元素の分析において十分な分析性能が得られる散乱イオン分析装置及び散乱イオン分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本実施形態に係る散乱イオン分析装置の概略構成図を示す。
【図2】同実施形態に係る散乱イオン分析装置であって、(a)は、ビーム軸に沿って上方から見たアパーチャの概略構成図を示し、(b)は、図2(a)における開口部の拡大図を示す。
【図3】他実施形態に係る散乱イオン分析装置において、ビーム軸に沿って上方から見たアパーチャの概略構成図を示す。
【図4】従来の散乱イオン検出器の構成図である。
【図5】散乱イオン分析装置の分析性能を示す図であって、(a)は、元素質量数と検出半径との関係を示す図であり、(b)は、元素質量数と質量分解能との関係を示す図である。
【図6】散乱イオン分析装置の分析性能を示す図であって、アパーチャの開口の大きさと深さ分解能との関係を示す図である。
【図7】散乱イオン分析装置の分析性能を示す図であって、アパーチャの開口の大きさと質量分解能との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、本発明の一実施形態について、図1乃至図2(b)を参照しつつ説明する。
【0048】
本実施形態に係る散乱イオン分析装置は、イオン照射装置10に接続される真空容器12と制御手段50とを備える。イオン照射装置10は、イオン源(図示省略)から供給される軽イオン(例えば水素イオンやヘリウムイオン)を高電圧により加速する加速器(図示省略)を備え、その加速したイオンを真空容器12内にイオンビームBmとして照射する。本実施形態においては、イオン照射装置10は、下方に接続される真空容器12内にイオンビームBmを下向きに照射する。
【0049】
真空容器12は、箱型容器で、真空ポンプ(図示省略)によって真空引きされることで、その内部に真空が形成される。この真空容器12の天壁にはイオン入射口13が設けられ、このイオン入射口13がイオン照射管(図示省略)を介してイオン照射装置10に接続されている。
【0050】
真空容器12内には、その底部側から順に、試料ステージ(試料台)14、アパーチャ(アパーチャ部材)16、及びイオン検出器20が配置されている。これらはイオンビームBmのビーム軸(照射軸)に沿って上下方向に配列されている。
【0051】
具体的には、真空容器12内には、上下方向に延びる支柱41,42が設けられ、これらの支柱41,42に取付部材44,46をそれぞれ介して試料ステージ14及びアパーチャ16が取付けられる。また、イオン検出器20は検出器ブラケット47の下面に固定されている。そしてこの検出器ブラケット47は、取付部材48を介して支柱41,42に取付けられる。検出器ブラケット47の中央部にはイオンビームBmの通過を許容するための開口(貫通孔)47aが設けられている。
【0052】
各取付部材44,46,48には、上下駆動機構が設けられており、試料ステージ14、アパーチャ16及びイオン検出器20は、イオンビームBm(ビーム軸)に沿って、それぞれ上下に移動可能である。
【0053】
真空容器12の外側には当該真空容器内にイオンビームBmと平行な磁場Bを形成する磁場形成手段として磁場形成用コイルMが設けられている。
【0054】
試料ステージ14は、水平な試料載置面を有し、この試料載置面の上に試料(例えば半導体デバイスや成膜された基板)Sがセットされる。この試料Sのセット位置は、当該試料Sの測定部位にイオンビームBmが上から照射される位置である。
【0055】
アパーチャ16は、本実施形態においては平板状に形成され、その厚み方向がイオンビームBm(磁場B方向)と平行となる向きで配置される。このアパーチャ16の中央には当該アパーチャ16を厚み方向に貫通する開口16aが設けられ、この開口16aをイオンビームBmが上から下に通過する。さらに、この開口16aは、試料ステージ14上の試料Sから散乱(後方散乱)する散乱イオンのうち特定の散乱角θsで且つ特定のエネルギーを持つ散乱イオンのみを下から上に通過させる。
【0056】
アパーチャ16には、絞り機構18aと、この絞り機構18aを駆動するための駆動手段18bとが設けられている。この絞り機構18aは、駆動手段18bによって駆動されることで開口16aを絞ること、即ち、開口16aの大きさφaを変更する(図2(b)参照)。
【0057】
具体的には、絞り機構18aは、カメラのシャッターや光量絞りに用いられる機構と同様の構成であり、複数枚の絞り羽根118a,118a,…と、これら絞り羽根を駆動するための絞り環118bとを有する。各絞り羽根118aは、アパーチャ16の開口16aの周方向に沿って配置され、開口16a周縁部に回動ピン(図示省略)によって回動可能に取り付けられる。これら各絞り羽根118aの外縁の一部によって開口が形成され、前記回動ピン周りに回動することで開口16aが絞られ、若しくは解放されて開口の大きさφaが変化する。各絞り羽根118aは、開口16aと同心となるように配置された絞り環(図示省略)にも接続されており、この絞り環が駆動手段18bによって、開口16aの中心軸周りに回動させられる(図2(b)の矢印α)ことで、当該絞り環に接続された各絞り羽根118aが前記回動ピン周りに回動し、開口の大きさφaを変化させる。
【0058】
イオン検出器20は、当該アパーチャ16の開口16aを通過してきた散乱イオンの到達位置、詳しくは、イオンビームBmに対して直交する平面上での二次元位置、より詳しくは、前記平面上におけるビーム軸からの距離(検出半径)を検出し、その検出信号を増幅器(図示省略)に向けて出力する。このイオン検出器20の中央にも、前記イオンビームBmを通過させるための貫通孔20aが設けられている。尚、本発明においてイオン検出器20の具体的な構成は限定されない。このイオン検出器20は、イオンビームBmの通過領域を確保するように設けられるものであって、かつ、散乱イオンの到達位置を検知できるものであればよい。
【0059】
磁場形成用コイルMは、真空容器12内にイオンビームBmと平行な上向きの磁場Bを形成するためのもので、イオンビームBmを中心(螺旋軸)とする螺旋状に巻かれている。この磁場形成用コイルMは、常電導コイルでもよく、超電導コイルであってもよい。尚、本実施形態において、磁場形成用コイルMは、形成する磁場Bの強度を変更可能に構成されている。また、本発明に係る磁場形成手段は、イオンビームBmの照射方向に相対面する永久磁石対が併用されたものでもよい。
【0060】
制御手段50は、試料ステージ14からアパーチャ16までの距離(第1ギャップ)L1と、アパーチャ16からイオン検出器20までの距離(第2ギャップ)L2と、アパーチャ16の開口16aの大きさφaとを制御するためのものである。この制御手段50は、試料ステージ14、アパーチャ16及びイオン検出器20を上下に移動させるために取付部材44,46,48に接続され、また、アパーチャ16の絞り機構18aを駆動して開口16aの大きさφaを変更できるように駆動手段18bにも接続されている。制御手段50は、入力部52と記憶部54と指令部56とを有する。
【0061】
入力部52は、情報を入力するためのもので、本実施形態では、試料Sを分析する際に分析の対象とする元素(以下、単に「分析対象元素」とも称する。)の種類に相当する情報、例えば、元素記号、元素番号、元素名等を指令部56に入力するものである。
【0062】
記憶部54は、所定の情報を出し入れ自由に格納することができるものである。本実施形態においては、記憶部54は、散乱イオン分析装置で分析可能な各元素に対応する第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφa(以下、単に「ギャップ・開口情報」とも称する。)が格納されている。
【0063】
このギャップ・開口情報は、例えば、各種実験やシミュレーション等によって予め取得されたもので、当該散乱イオン分析装置によってある元素の分析が行われたときに十分な分析性能が得られるような第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaの各値(以下、単に「ギャップ・開口値」とも称する。)を前記元素に関連付けた情報である。具体的には、ギャップ・開口情報は、分析対象元素の質量数が小さくなるほど第1ギャップL1が小さくなると共に開口16aの大きさφaが大きくなり、分析対象元素の質量数が大きくなるほど第1ギャップL1が大きくなると共に開口16aの大きさφaが小さくなるように設定されている。
【0064】
尚、記憶部54に格納されているギャップ・開口情報は、散乱イオン分析装置の分解能がより向上するため、第1ギャップL1と第2ギャップL2との比が2:1となるように設定されているのが好ましい。また、ギャップ・開口情報は、各元素に対してギャップ・開口値が対応するように設定されていてもよく、質量数の近い元素同士でグループ分けした各グループに対してギャップ・開口値が対応するように設定されてもよい。
【0065】
指令部56は、入力部52から入力された前記情報に基づいて、記憶部54に格納されているギャップ・開口情報の中から入力された元素に対応するギャップ・開口値を選択して決定し、この決定に基づいて、試料ステージ14、アパーチャ16及び検出器ブラケット47の各取付部材44,46,48に指令信号を出力する。この指令信号は、当該指令信号を受信した各取付部材44,46,48がイオンビームBmのビーム軸に沿って上下に移動して、試料ステージ14とアパーチャ16との相対距離(第1ギャップL1)及びアパーチャ16とイオン検出器20との相対距離(第2ギャップ)の大きさを調節するための信号である。また、前記指令信号は、当該指令信号を受信したアパーチャ16の駆動手段18bが絞り機構18aを駆動して開口16aの大きさφaを調節するためにも用いられる。
【0066】
本実施形態に係る散乱イオン分析装置は、以上の構成からなり、次に、この散乱イオン分析装置の作用を説明する。
【0067】
試料ステージ14に試料Sがセットされ、図略の真空ポンプによって真空容器12内が真空引きされる。一方、入力部52からは、分析対象元素の種類に相当する情報が指令部56に対して入力される。前記情報が入力された指令部56は、記憶部54に格納しているギャップ・開口情報の中から分析対象元素に対応するギャップ・開口値を選び出して決定する。
【0068】
この決定したギャップ・開口値に基づいて、指令部56は、第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaを調節する。具体的には、指令部56は、まず、試料ステージ14の高さ位置を調節するために取付部材44に指令信号を出力する。この出力信号を受けて取付部材44が試料ステージ14の高さ位置を調節する。この高さ位置は、真空容器12内に形成された一様な磁場B内であり、試料Sに照射されるイオンビームBmの出力等に基づいて調節される。
【0069】
試料ステージ14の高さ位置が調節されると、指令部56は、試料ステージ14からアパーチャ16までの間隔が決定された第1ギャップL1となるように、アパーチャ16の高さ位置を調節するために取付部材46に指令信号を出力する。この信号を受けて取付部材46がアパーチャ16の高さ位置を調節する。
【0070】
アパーチャ16の高さ位置が調節されると、指令部56は、アパーチャ16からイオン検出器20までの間隔が決定された第2ギャップL2となるように、イオン検出器20の高さ位置を調節するために取付部材48に指令信号を出力する。この信号を受けて取付部材48が検出器ブラケット47、即ち、この検出器ブラケット47に固定されたイオン検出器20の高さ位置を調節する。
【0071】
このようにして第1ギャップ及び第2ギャップが調節された後、指令部56がアパーチャ16の駆動手段18bに出力信号を出力し、この信号を受けて駆動手段18bが絞り機構18aを駆動して開口16aの大きさφaが調節される。
【0072】
尚、本実施形態においては、試料ステージ14の高さ位置、アパーチャ16の高さ位置、イオン検出器20の高さ位置、開口16aの大きさφaが順に調節されるが、これに限定されない。即ち、調節した後の各ギャップL1,L2及び開口16aの大きさφaが指令部56によって決定されたギャップ・開口値となるように試料ステージ14、アパーチャ16及びイオン検出器20の高さ位置及び開口16aの大きさφaが調節されれば、本実施形態と異なる順で調節されてもよく、全てが同時に調節されてもよい。
【0073】
このように分析対象元素の分析に適した第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaが調節された後、イオン照射装置10がイオンビームBmを下向きに照射する。このイオンビームBmは、真空容器12内の検出器ブラケット47の開口47a及びアパーチャ16の開口16aを順に通って試料ステージ14上の試料Sの測定部位に当る。一方、真空容器12の外部に設けられた磁場形成用コイルMがその通電により真空容器12内に磁場Bを形成するが、磁場Bの方向がイオンビームBmの照射方向と平行な方向(図1においては上向き)であるため、当該イオンビームBmは、磁場Bの影響を受けることなく試料Sの測定部位に向かって直進する。尚、本実施形態において、磁場Bは2T程度の強磁場である。
【0074】
この試料Sの測定部位へのイオンビームBmの照射によって、当該部位でイオンビームBmを構成するイオンが散乱(後方散乱)する。その散乱したイオン、即ち、散乱イオンは、当該散乱イオンの散乱角θs、当該散乱イオンのもつ電荷とエネルギーから磁場Bに起因するローレンツ力を受け、イオンビームBmを取り巻く螺旋軌道を描きながら上方に移動(サイクロトロン運動)する。この螺旋軌道を決定する散乱角θsや波長は、散乱イオンのもつエネルギーによって変わる。従って、特定のエネルギーと散乱角をもつ散乱イオンのみがアパーチャ16の位置でビーム軸の周囲に収束し、当該アパーチャ16の開口16aを通過してイオン検出器20に到達する。このようにして、分析対象元素を分析するために必要な、即ち、イオン検出器20での検出対象となる散乱イオンがアパーチャ16によって選別される。
【0075】
このようにして、分析対象元素の分析に必要な散乱イオンは、アパーチャ16の開口16aを通過してイオン検出器20に到達する。イオン検出器20においては、この到達した散乱イオンのイオンビームBmに対して直交する平面上での二次元位置(検出半径)を検出し、その検出信号を増幅器(図示省略)に向けて出力する。
【0076】
そして、試料Sからアパーチャ16までの距離やアパーチャ16からイオン検出器20までの距離、イオンビームBmのエネルギー、印加磁場Bの強度、イオン検出器20における散乱イオンの検出半径等から散乱イオンのエネルギーが求められる。このようにして求めたデータに基づいて高速高分解能の分析が行われる。
【0077】
以上のように、当該散乱イオン分析装置では、指令部56(制御手段50)によって、試料Sを構成する元素のうち分析対象元素を分析するのに適したギャップ・開口値が決定され、この決定に基づいて実際の第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaがそれぞれ調節されることで、分析対象元素の種類に関わらず十分な分析性能が得られる。
【0078】
即ち、共通の真空容器12内で分析が行われる場合、分析対象元素の種類(元素の質量数)によって分析に適した第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaが異なるため、当該散乱イオン分析装置のように、分析対象元素の種類に応じて第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aの大きさφaが調節可能とされることで、重元素から軽元素まで分析ができ、各元素の分析において十分な分析性能が得られる。
【0079】
具体的には、記憶部54に格納されているギャップ・開口情報は、前記のように元素の質量数が小さくなるほど第1ギャップL1が小さくなると共に開口16aの大きさφaが大きくなり、元素の質量数が大きくなるほど第1ギャップL1が大きくなると共に開口16aの大きさφaが小さくなるように設定されている。そのため、軽元素の分析の際には、質量分解能の低下が抑制されると共に分析時間の短縮又は分析精度の向上が図られ、重元素の分析の際には、深さ分解能の低下が抑制されると共に質量分析性能が向上する。
【0080】
即ち、軽元素の分析が行われる場合には、第1ギャップL1が大きいと質量分解能が低下するため(図5(b)参照)、第1ギャップL1を小さくすることにより質量分解能の低下が抑制される。また、軽元素の分析では、重元素と違って散乱断面積が小さいため、開口16aを大きくして当該開口16aを通過してイオン検出器20に到達する散乱イオンの数を増加させることにより、分析に必要な数の散乱イオンが短時間で検出されて分析時間の短縮化が図られ、又はより多くの散乱イオンが検出されることで分析精度の高精度化が図られる。
【0081】
一方、重元素の分析が行われる場合には、第1ギャップL1が小さいとイオン検出器20の検出位置において検出半径が大きくなり過ぎ、当該イオン検出器20で散乱イオンの検出ができない場合があるため、第1ギャップL1を大きくして検出半径を小さくすることにより散乱イオンがより確実にイオン検出器20によって検出される。
【0082】
また、通常、散乱イオン分析装置においては、開口16aの大きさφaが一定のままで第1ギャップL1が大きくなると、それに伴って深さ分解能が低下するが、当該散乱イオン分析装置においては、第1ギャップL1が大きくなると開口16aが小さくなるため、深さ分解能の低下が抑制される(図6参照)。これは、深さ分解能がエネルギー分解能に比例するためである。即ち、前記開口が大きいと異なるエネルギーの散乱イオンが同じ検出器に入射する確率が高くなるためエネルギー分解能が悪化(低下)し、これにより深さ分解能が低下する。
【0083】
さらに、重元素の分析においては、質量数が大きいほど質量分解能が低下するため質量数の近い元素分析が困難となるが、当該散乱イオン分析装置では重元素の分析の際に開口16aが小さくされるため、図7から分るように、質量分解能が向上し、質量数の近い元素分析の精度が向上する。ここで、図7は、入射イオンを400keVのHeイオンがシリコン(Si)と金(Au)に入射し、磁場Bが2T、δρα=0.1mmのときの、質量分解能δMとφとの関係を示す図である。ここで、δραは、同一標的原子(Si又はAu)から散乱されたイオン(He)の検出位置の広がりを示すものであり、以下の式(1)で表される。
【0084】
【数1】



ここで、Mは入射イオンの質量、Mは標的原子の質量であり、Einは入射イオンの持つエネルギーであり、Eは本実施形態に係る散乱イオン分析装置(いわゆるサイクロトロンRBS)における特性エネルギーを示し、具体的には以下の式(2)により定義され、Lは標的原子からアパーチャまでの距離であり、ρ0dはρ=2R0の関係を満たしこのR0は反射されたイオンのサイクロトロン半径であり、φaはアパーチャの開口径である。
【0085】
【数2】



この式(2)において、ωはイオンのサイクロトロン運動の角周波数である。
【0086】
尚、重元素の分析においては、軽元素と違って散乱断面積が大きいため、開口16aが小さくても十分な数の散乱イオンが当該開口16aを通過してイオン検出器20に到達するため、検出される散乱イオンの数の減少による分析時間の遅延や分析精度の低下は問題とならないレベルとなる。
【0087】
以上のように、当該散乱イオン分析装置においては、制御手段50によって第1ギャップL1、第2ギャップL2及び開口16aがそれぞれ調節されることにより、重元素から軽元素までの何れの元素の分析においても十分な分析性能が得られる。
【0088】
尚、本発明に係る散乱イオン分析装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0089】
例えば、アパーチャ16の開口16aの大きさφaを変更する手段として、図3に示されるような、大きさの異なる複数の開口16b,16c,…の設けられた開口部材19aと、これを開口の配列方向に移動させる移動手段19cとを有し、開口16b,16c,…のうち、分析対象元素に対応した径をもつ開口を択一的にイオンビームBmの通過する部位に位置させるものでもよい。
【0090】
具体的には、アパーチャ16は、アパーチャ本体19aと、開口部材19bと、移動手段19cと備える。アパーチャ本体19aは、イオンビームBmに対して直交する板状部材であり、中央にイオンビームBmの通過する開口hが設けられている。この開口hの大きさ(開口径)は、開口部材19bに設けられた複数の開口16b,16c,…のいずれの開口よりも大きい。
【0091】
開口部材19bは、イオンビームBmのビーム照射方向に貫通し、大きさの異なる複数の開口16b〜16eが一列に設けられ、アパーチャ本体19aの上面に前記開口の配列方向に沿って移動可能に配設されている。そして、開口部材19bは、当該開口部材19bに接続された移動手段19cによってアパーチャ本体19a上を前記配列方向(図3の矢印β参照)に沿って移動させられる。詳細には、移動手段19cは、開口部材19bの複数の開口16b〜16eのうちの分析対象元素に対応する開口と、アパーチャ本体19aに設けられている開口hとが上下に並び、この上下に並んだ開口の中央をイオンビームBmが通過するような位置に開口部材19bを移動させる。
【0092】
以上のように構成されることで、簡易な構成によってアパーチャ16の開口の大きさの変更が可能となる。
【符号の説明】
【0093】
12 真空容器
14 試料ステージ(試料台)
16 アパーチャ
16a 開口
20 イオン検出器
50 制御手段
52 入力部
54 記憶部
56 指令部
B 磁場
Bm イオンビーム
L1 第1ギャップ(第1の距離)
L2 第2ギャップ(第2の距離)
S 試料
φa 開口の大きさ
θs 散乱角


【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンのエネルギースペクトルを測定するための散乱イオン分析装置であって、
内部に前記イオンビームが照射されると共に前記イオンビームの入射方向と平行な磁場が形成される真空容器と、
前記磁場が形成された真空容器内で前記イオンビームが当る位置に前記試料を保持し、前記イオンビームのビーム軸に沿って移動可能な試料台と、
前記磁場が形成された真空容器内で前記試料から散乱する散乱イオンを検出し、前記ビーム軸に沿って移動可能なイオン検出器と、
前記イオン検出器と前記試料台との間の位置に設けられ、前記イオン検出器側から前記試料台側に入射される前記イオンビームの通過を許容すると共に前記試料台側から前記イオン検出器側に向かって散乱する前記散乱イオンのうち特定の範囲の散乱角を有し且つ前記磁場により前記ビーム軸に特定の領域で収束する散乱イオンの通過を許容する開口が設けられ、この開口の大きさが変更可能で且つ前記ビーム軸に沿って移動可能なアパーチャと、
前記ビーム軸方向における前記試料台から前記アパーチャまでの第1の距離と前記アパーチャから前記イオン検出器までの第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを制御するための制御手段とを備え、
前記制御手段は、分析の対象とする元素の種類に相当する情報を入力するための入力部と、当該散乱イオン分析装置によって分析可能な各元素に対応する前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとが予め格納された記憶部と、前記入力部から入力された前記元素の種類に相当する情報に基づいて前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報から前記試料を分析するときの前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを決定し、この決定に基づいて前記試料台と前記アパーチャと前記イオン検出器とのうちの少なくとも2つを前記ビーム軸に沿って駆動すると共に前記開口の大きさを変更するために前記アパーチャを駆動するための指令信号を出力する指令部とを有することを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の散乱イオン分析装置において、
前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報は、元素の質量数が小さくなるほど前記第1の距離が小さくなると共に前記アパーチャの開口が大きくなり、元素の質量数が大きくなるほど前記第1の距離が大きくなると共に前記アパーチャの開口が小さくなるように設定されていることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の散乱イオン分析装置において、
前記記憶部に格納されている前記各元素に対応する情報は、前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となるように設定されていることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の散乱イオン分析装置において、
前記アパーチャは、前記開口を絞る絞り機構と、前記制御手段の指令部から入力される指令信号により前記絞り機構を駆動する駆動手段とを備えることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項5】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の散乱イオン分析装置において、
前記アパーチャは、前記ビーム軸と直交する共通の面上に大きさの異なる複数の開口が一列に並ぶ開口部材と、前記制御手段の指令部から入力される指令信号により前記開口部材を前記開口の列に沿って移動させる移動手段とを備えることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項6】
加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンのエネルギースペクトルを測定するための散乱イオン分析方法であって、
内部に前記イオンビームが照射されると共に前記イオンビームの入射方向と平行な磁場が形成される真空容器と、前記磁場が形成された真空容器内で前記イオンビームが当る位置に前記試料を保持する試料台と、前記磁場が形成された真空容器内で前記試料から散乱する散乱イオンを検出するイオン検出器と、前記イオン検出器と前記試料台との間の位置に設けられ、前記イオン検出器側から前記試料台側に入射される前記イオンビームの通過を許容すると共に前記試料台側から前記イオン検出器側に向かって散乱する前記散乱イオンのうち特定の範囲の散乱角を有し且つ前記磁場により前記イオンビームのビーム軸に特定の領域で収束する散乱イオンの通過を許容する開口が設けられたアパーチャとを備える散乱イオン分析装置を用い、
当該散乱イオン分析方法によって分析可能な各元素に対応する前記ビーム軸方向における前記試料台から前記アパーチャまでの第1の距離と前記アパーチャから前記イオン検出器までの第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを予め取得しておき、この取得しておいた情報から分析の対象とする元素の種類に基づいて前記試料を分析するときの前記第1の距離と前記第2の距離と前記アパーチャの開口の大きさとを決定する分析条件決定工程と、
前記決定に基づいて前記試料台と前記アパーチャと前記イオン検出器とのうちの少なくとも2つを前記ビーム軸に沿って移動させると共に前記アパーチャの開口の大きさを変更する駆動工程とを備えることを特徴とする散乱イオン分析方法。
【請求項7】
請求項6に記載の散乱イオン分析方法において、
前記分析条件決定工程の予め取得しておいた前記各元素に対応する情報では、元素の質量数が小さくなるほど前記第1の距離が小さくなると共に前記アパーチャの開口が大きくなっており、元素の質量数が大きくなるほど前記第1の距離が大きくなると共に前記アパーチャの開口が小さくなっていることを特徴とする散乱イオン分析方法。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の散乱イオン分析方法において、
前記分析条件決定工程の予め取得しておいた前記各元素に対応する情報では、前記第1の距離と前記第2の距離との比が2:1となっていることを特徴とする散乱イオン分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−223803(P2010−223803A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−72098(P2009−72098)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,「ナノメータ極薄膜の高分機能・高速組成分析技術に関する基盤研究」(委託研究),産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】