説明

斜板式圧縮機

【課題】本発明は、長期間放置した後等の潤滑不足時におけるピストンとシューとの間の摩擦係数を軽減させ、運転時の焼き付きを防止することができる斜板式圧縮機を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る斜板式圧縮機は、複数のシリンダボア25を有するシリンダブロック11と、シリンダブロックに回転可能に支持された駆動シャフト17と、駆動シャフトの回転につれて回転する斜板30と、シリンダボアに摺動可能に収容されたピストン26と、ピストンと斜板との間に介在し、ピストンに形成されるシューポケット26bと係合するシュー32とを備え、斜板の回転に応じてピストンがシリンダボア内を往復運動する斜板式圧縮機において、シューポケットにおけるシューと摺接する摺動面26c上に銅又は銅合金からなる保護層71が形成されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、斜板式圧縮機に関する。さらに詳しくは、例えば、自動車等に用いられる空調装置の冷凍サイクルを構成する斜板式圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用空調装置に広く用いられる斜板式圧縮機は、回転軸に対して傾斜して固定された斜板(スワッシュプレート、SWP)を、ピストンに形成される凹部形状のシューポケットにシューを介して係留し、斜板の揺動回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒ガスの吸入、圧縮、吐出を行うものである。また、かかる構成の斜板式圧縮機は、クランク室内の圧力を制御弁で変化させることにより、斜板の傾斜角度を変え、ピストンのストロークを変えることにより冷媒ガスの吐出容量を可変させるようにしている。
【0003】
また、斜板式圧縮機を構成するシューは、一般に、平面状の摺動面部とその摺動面部とは逆向きの球面部とを備え、斜板の摺動平面及びピストンに形成されるシューポケットと係合し、摺動するものであるが、斜板圧縮機がエアコンディショナの冷媒圧縮機として使用され、冷媒と共に循環する潤滑油により潤滑されるが、潤滑が不十分な状態になる場合がある。特に長期間運転されなかった場合、冷媒によって斜板表面の潤滑油が洗い流されて、潤滑油不足あるいは無潤滑状態になるなど、厳しい摺動条件にさらされる場合がある。加えて、ピストンとしては耐摩耗性合金であるAl−Si系合金を使用されるが、Siは硬質粒子であるので摩擦係数が高く、例えば、潤滑が不足した状態での運転時、特に長期間放置した後の起動時においては、潤滑油が極めて少なくなるため、ピストンとシュー、との間で摩擦発熱が発生し高温となり、ピストンとシュー等との間で焼き付きが生じるという問題が発生していた。
【0004】
かかる問題を解決するには、ピストンを構成するシューポケットとシューの摺接部分における摩擦係数を低減させることが効果的であると考えられ、シューポケットの摺動面に錫メッキを施して保護膜を形成する技術が提供されている(例えば、特許文献1又は特許文献2を参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−257555号公報(請求項5、図1)
【特許文献2】特許第3039762号公報(特許請求の範囲、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、錫メッキによる保護膜は、摺動面の保護膜としては硬度が不十分であり、摩耗しやすいため、潤滑油が不足している時には依然としてピストンとシューとの間で焼き付きが生じる可能性があった。圧縮機は、その製造工程の出荷前において慣らし運転がされ、また、自動車メーカでは車両に搭載(エンジンに組み付け)された時点でのエンジンチェック、エアコンチェック等でも運転(慣らし運転)される。そのあとユーザに渡されることになる。圧縮機が運転されたあと長期間放置されることが起こりうる。特に輸出される場合など、長期間放置となる。長期間放置された場合は、前述のように潤滑油不足、無潤滑状態となりやすく、焼き付きの可能性が高くなる。また、稀ではあるが、一般ユーザの使用条件でも長期間放置は起こりうる。そこで、錫は軟らかいため摩耗しやすく、上記のような慣らし運転でも摩耗してしまう可能性がある。錫も耐焼き付き性の効果がある材質ではあるが、摩耗して充分残存しない状態となってしまえば、当然その効果は期待できないこととなる。
【0007】
本発明は、前記の課題に鑑みてなされたものであり、長期間放置した後等の潤滑不足時におけるピストンとシューとの間の摩擦係数を軽減させ、錫をメッキした場合よりも運転時の焼き付きを防止することができる斜板式圧縮機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明に係る斜板式圧縮機は、複数のシリンダボアを有するシリンダブロックと、当該シリンダブロックに回転可能に支持された駆動シャフトと、当該駆動シャフトの回転につれて回転する斜板と、前記シリンダボアに摺動可能に収容されたピストンと、当該ピストンと前記斜板との間に介在し、前記ピストンに形成されるシューポケットと係合するシューとを備え、前記斜板の回転に応じて前記ピストンが前記シリンダボア内を往復運動する斜板式圧縮機において、前記シューポケットにおける前記シューと摺接する摺動面上に銅又は銅合金からなる保護層が形成されていることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る斜板式圧縮機では、前記銅又は銅合金からなる保護層の上にさらに銀又は銀合金からなる第2の保護層が形成されていてもよい。
【0010】
本発明に係る斜板式圧縮機では、前記銅又は銅合金からなる保護層の下にニッケル又はニッケル合金からなる下地層が形成されていてもよい。
【0011】
本発明に係る斜板式圧縮機では、前記シューポケットにおける前記シューと摺接する摺動面上に形成される層の厚さが1.0〜2.0μmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る斜板式圧縮機によれば、ピストンを構成するシューポケットにおけるシューと摺接する摺動面上に、錫よりも硬度に優れる銅又は銅合金からなる保護層が形成されているので、摺動面の保護膜として十分な硬度を備え、長期間放置した後等の潤滑油不足時や無潤滑状態の運転においても、ピストンとシュー等との間の摩耗を抑え、これらの間の焼き付きを効率よく防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る斜板式圧縮機の一実施形態を示した断面概略図である。
【図2】図1の部分拡大図であって、シュー及びシューポケットの摺接状態を示した図である。
【図3】摺動面上の層構成を示した断面図である。
【図4】本発明に係る斜板式圧縮機の他の実施形態を示した図であって、シュー及びシューポケットの摺接状態を示した図である。
【図5】第2の保護層を含む摺動面上の層構成を示した断面図である。
【図6】第1実施形態に係る斜板式圧縮機において、摺動面上の層構成の他の態様を示した断面図である。
【図7】試験例1において、実施例及び比較例がロックするまでの時間を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0015】
(1)第1実施形態:
図1は、本発明に係る斜板式圧縮機の一実施形態を示した断面概略図である。本発明に係る斜板式圧縮機(以下、単に「圧縮機」という場合もある。)は、例えば、車両用空調装置に用いられ、以下、斜板式圧縮機の一態様である往復式可変容量型斜板式圧縮機の構成を例に挙げて説明するが、本発明はこれらの記載に限定して解釈されないものとする。
【0016】
図1に示すように、斜板式圧縮機1は、走行用エンジン2からの動力を受け、走行用エンジン2と同期して回転するマグネチッククラッチタイプのもので、凝縮器3、減圧装置4、蒸発器5などとともに配管結合されて、冷凍サイクル6を構成し、吐出容量を制御して吸入圧力を調整するようにしている。図1に示すように、圧縮機1は、シリンダブロック11と、このシリンダブロック11のリア側(図中、右側)にバルブプレート12を介して組み付けられたリアヘッド13と、シリンダブロック11のフロント側(図中、左側)を閉塞するように組み付けられたフロントヘッド14とを有して構成されている。これらのフロントヘッド14、シリンダブロック11、バルブプレート12及びリアヘッド13は、締結ボルト15によって軸方向に締結されており、圧縮機全体のハウジングを構成している。
【0017】
フロントヘッド14とシリンダブロック11とによって画設されるクランク室16には、一端がフロントヘッド14から突出する駆動シャフト17が収容されている。この駆動シャフト17のフロントヘッド14から突出した部分には、ボルト18によって軸方向に取り付けられた中継部材19が固定されており、この中継部材19にフロントヘッド14の側部に回転自在に外嵌され、且つ走行用エンジン2にベルトを介して連結される駆動プーリ20がネジ止めなどの手段によって固定されている。また、この駆動シャフト17の一端側は、フロントヘッド14との間に設けられたシール部材21を介してフロントヘッド14との間が気密良く封じられると共にラジアル軸受22にて回転自在に支持されており、駆動シャフト17の他端側は、シリンダブロック11に収容されたラジアル軸受23にて回転自在に支持されている。
【0018】
シリンダブロック11には、ラジアル軸受23が収容される貫通孔24と、貫通孔24に連通し、駆動シャフト17の他端側に隣接した空隙部46と、貫通孔24及び空隙部46を中心とする円周上に等間隔に配された複数のシリンダボア25とが形成されている。それぞれのシリンダボア25には、ピストン26が往復摺動可能に挿入されている。このピストン26は、シリンダボア25内に挿入される頭部26aとクランク室16に突出するシューポケット26bとを軸方向に接合して中空に形成される。
【0019】
駆動シャフト17には、クランク室16内において駆動シャフト17と一体に回転するスラストフランジ27が固定されている。スラストフランジ27は、フロントヘッド14に対してスラスト軸受28を介して回転自在に支持されている。スラストフランジ27には、リンク部材29を介して斜板30が連結されている。斜板30は、駆動シャフト17上に設けられたヒンジボール31を中心に、傾動可能に取り付けられているもので、スラストフランジ27の回転に同期して一体に回転するようになっている。そして、斜板30は、その周縁部分の表裏に設けられた一対のシュー32を介してピストン26のシューポケット26bに係留されている。シューポケットの内部では、シューポケット26b、摺動面26cがシュー32と摺接することになる。
【0020】
したがって、駆動シャフト17が回転すると、これに伴って斜板30が回転し、この斜板30の回転運動がシューポケット26bに係留されたシュー32を介してピストン26の往復直線運動に変換され、シリンダボア25内においてピストン26とバルブプレート12との間に形成される圧縮室の容積が変更されるようになっている。
【0021】
バルブプレート12にはそれぞれのシリンダボア25に対応して吸入孔34と吐出孔35とが形成されている。また、リアヘッド13には圧縮室に供給する冷媒を収容する吸入室36と、圧縮室から吐出した冷媒を収容する吐出室37とが画設されている。吸入室36は、リアヘッド13の中央部分に形成されて、蒸発器5の出口側に通じる吸入口(不図示)に連通すると共にバルブプレート12の吸入孔34を介して圧縮室に連通可能となっている。また、吐出室37は、吸入室36の周囲に連続的に形成されており、凝縮器3の入口側に通じる吐出口(不図示)に連通すると共にバルブプレート12の吐出孔35を介して圧縮室に連通可能となっている。ここで、吸入孔34は、バルブプレート12のフロント側端面に設けられた吸入弁39によって開閉され、吐出孔35は、バルブプレート12のリア側端面に設けられた吐出弁40によって開閉されるようになっている。なお、吸入室36は、バルブプレート12に設けた通孔42及び制御弁43を介して空隙部46と連通している。
【0022】
この圧縮機1の吐出容量は、ピストン26のストロークによって決定され、このストロークは、ピストン26の前面にかかる圧力、即ち圧縮室の圧力(シリンダボア25内の圧力)と、ピストンの背面にかかる圧力、即ちクランク室16内の圧力(クランク室圧Pc)との差圧によって決定される。具体的には、クランク室16内の圧力を高くすれば、圧縮室とクランク室16との差圧が小さくなるので、斜板30の傾斜角度(揺動角度)が小さくなり、このため、ピストン26のストロークが小さくなって吐出容量が小さくなり、逆に、クランク室16の圧力を低くすれば、圧縮室とクランク室16との差圧が大きくなるので、斜板30の傾斜角度(揺動角度)が大きくなり、このため、ピストン26のストロークが大きくなって吐出容量が大きくなる。
【0023】
圧縮機1では、シリンダブロック11、バルブプレート12及びリアヘッド13に亘って形成された、吐出室37とクランク室16とを連通する給気通路41が形成されている。この給気通路41の途中には制御弁43が配置されている。
【0024】
また圧縮機1では、駆動シャフト17の軸に沿って冷媒経路の一部を構成する軸内通路50が設けられている。軸内通路50の一端側(図1では右側)には空隙部46と連通するように開口部53が設けられている。また、駆動シャフト17にはその側壁から軸内通路50に連通する軸内通孔51aと、スラストベアリング52と駆動シャフト17との接触部付近において駆動シャフト17の側壁から軸内通路50に連通する軸内通孔51bとが設けられている。そして、クランク室16にある冷媒は、スラストフランジ27を支持するスラスト軸受28とクランク室16の内壁との隙間を流れ、さらにラジアル軸受22の隙間へ流れる。さらに軸内通孔51aを介して軸内通路50へ冷媒が流れる。またクランク室16から軸内通孔51bを介して軸内通路50へ冷媒が流れる。こうして、軸内通路50に流入した冷媒は開口部53から空隙部46内へ吹出す。そして、冷媒はバルブプレート12に設けた通孔42を通過し、制御弁43を介して吸入室36へ送られる。このようにクランク室16と吸入室36とを連通する抽気通路が形成される。軸内通路50、空隙部46及び通孔42が形成する冷媒経路は、冷媒の流量を制御する制御弁43を介して、クランク室16と吸入室37とを連通する冷媒経路の一部を構成することとなる。なお図1中の矢印は冷媒(オイル)の流れ方向を示す(他の図でも同じ)。
【0025】
圧縮機1では、上述のように給気通路41上及び抽気通路上の両方に制御弁43が設けられている。この制御弁43は、リアヘッド13に形成された制御弁装着孔45に装着され、給気通路41の開度及び抽気通路の開度を調節することで、クランク室16の圧力(クランク室圧Pc)を制御しているもので、電磁ソレノイドなどのアクチュエータを有し、ソレノイドに供給される電流量を調節して給気通路の開度が制御されるようになっている。
【0026】
図1の圧縮機1には、空隙部46に冷媒が濾過されるようにフィルタ60を配設している。3ウェイの制御弁では、スプール弁の孔径が小さいため摩耗粉やごみ等の異物の混入を嫌い、また冷媒として二酸化炭素を使用する場合には、冷媒圧力を上げるために固定オリフィスの孔径を小さくするため同様に異物の混入を嫌うからである。ここで、空隙部46は円筒空間とし、フィルタ60は円筒空間に収容しうる籠形状のフィルタとすることが好ましい。
【0027】
図2は、図1の部分拡大図であって、シュー32及びシューポケット26bの摺接状態を示した図である。また、図3は、摺動面26c上の層構成を示した断面図である(なお、図2では、後記するニッケル又はニッケル合金からなる下地層72、及び亜鉛からなる亜鉛処理層73は示していない。)。
【0028】
なお、シューポケット26bを含むピストン26は、アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とする。アルミニウム合金としては、例えば、Al−Si系合金、Al−Si−Cu系合金等を使用することができる。また、シュー32は、例えば、代表的な軸受鋼であるSUJ2材(高炭素クロム軸受鋼鋼材)、アルミナセラミックス(Al)を備えたSUJ2材を母材とすることができる。
【0029】
図2及び図3に示すように、本発明に係る斜板式圧縮機1は、シューポケット26bにおけるシュー32と摺接する摺動面26c上に、銅又は銅合金による層を含む保護層71が形成されている。保護層71として用いられる銅は、ビスカス硬度が100〜160HVであり、錫(ビスカス硬度=5〜7HV)と比較して非常に硬く、摺動面26cの保護膜として十分な硬度を備え、摩耗を抑えることができるため、シュー32とピストン26のシューポケット26bとの焼き付きを防止することができる。また、保護層の材質を銅又は銅合金よりも硬い金属で形成すると、保護層が剥離し易く、実際に剥離すると斜板式圧縮機の内部を痛める場合があるが、保護層の材質を銅又は銅合金とすることで、斜板式圧縮機の内部を痛める可能性は極めて低くなる。また、銅は錫よりも硬いため、摩擦係数が小さいと推測される。
【0030】
また、図3に示すように、本実施形態にあっては、最外層となる銅又は銅合金からなる保護層71のほか、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72、亜鉛からなる亜鉛処理層73が、保護層71と摺動面26cとの間に、保護層71から見てこの順で形成されている。銅又は銅合金からなる保護層71の下(ピストン26側)に、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72が形成されることにより、銅の密着性が向上し、特に、銅又は銅合金からなる保護層71をメッキにより形成する場合(後記)には最適である。また、銅の密着性が向上することにより、効果を長時間維持することができる。
【0031】
図3に示すように、シューポケット26bの摺動面26cと下地層72との間には、亜鉛からなる亜鉛処理層73を形成することが好ましい。亜鉛処理層73の形成により、下地層73等の形成が効率よく行われることになり、また、かかる層の密着性も向上する。亜鉛からなる亜鉛処理層73の厚さとしては、50nm以下が好ましい。50nmより厚くなるとアルミが大きく溶かされ、Siが突出するようになる。Siにはメッキが付き難い性質がある。かかる亜鉛処理層73は、亜鉛置換法、すなわち亜鉛イオンを含む溶液にアルミ合金製のピストン26の少なくともシューポケット26bを浸せきし、その表面に化学的に亜鉛を析出させる方法によって簡便に形成することができる。このとき、シューポケット26bの表面に析出しているアルミナ層(アルミニウムの酸化によって析出している)が除去される。
【0032】
シューポケット26bの摺動面26c上に形成される層(本実施形態にあっては保護層71、下地層72及び亜鉛処理層73の合計)の厚さは、図3の構成にあっては、特に制限はないが、1.0〜2.0μmとすることが好ましく、より好ましくは1.0〜1.5μmである。かかる層の厚さが1.0μmより薄いと、摩耗によって失われ、本発明の効果を奏することができなくなる場合がある。一方、かかる層の厚さが2.0μmを超えると、保護層71等が剥離しやすくなる等の強度上の不具合が生じ、また、保護層71が剥離あるいは摩耗することによって生じる隙間がシューポケット26bとシュー32とのガタツキを生じやすくさせる場合がある。
【0033】
また、図3に示すようにニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成する場合にあっては、銅又は銅合金からなる保護層71は、0.5〜1.5μmとすればよい。ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72は、0.5μm以下とすればよい。
【0034】
銅又は銅合金からなる保護層71は、銅単体のほか、銅を主成分とする銅合金から形成されるようにしてもよく、同様に、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72も、ニッケル単体のほか、ニッケルを主成分とするニッケル合金から形成されるようにしてもよい。銅やニッケルと合金とされる金属としては、例えば、銅(ニッケル合金として)、ニッケル(銅合金として)、亜鉛、鉛、インジウム、リン(ニッケル合金として)を使用することができる。
【0035】
銅又は銅合金からなる保護層71やニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成する手段としては、特に制限はないが、メッキにより形成することが好ましく、例えば、公知技術である電解メッキ法が最適であり、その他、無電解メッキ法、化学メッキ法等の湿式メッキ法、CVD(Chemical Vapor Deposition:化学気相成長法)法、PVD(Physical Vapor Deposition:物理気相成長法)法、真空蒸着、スパッタリング等の乾式メッキ法を使用することができ、複合メッキ法も使用することができる。
【0036】
以上説明したように、本実施形態に係る斜板式圧縮機1は、ピストン26を構成するシューポケット26bにおけるシュー32と摺接する摺動面26c上に、錫よりも硬度に優れる銅又は銅合金からなる保護層71が形成されているので、摺動面26cの保護膜として十分な硬度を備え、長期間放置した後等の潤滑不足時の運転においても、ピストン26とシュー32等との間の摩耗を抑えることができるため、これらの間の焼き付きを効率よく防止することができる。
【0037】
そして、かかる構成の本発明の斜板式圧縮機1は、自動車等に用いられる空調装置の冷凍サイクルを構成する固定容量型コンプレッサーや、冷媒に二酸化炭素等を用いた可変容量型コンプレッサー等に使用することができる。
【0038】
(2)第2実施形態:
前記した第1実施形態では、摺動面26c上に、銅又は銅合金からなる保護層71が形成され、最外層として表面に現れる態様を示したが、これには制限されず、図4及び図5に示すように、銅又は銅合金からなる保護層71の上にさらに銀又は銀合金からなる層(第2の保護層74)が形成されているようにしてもよい。
【0039】
なお、以下の説明においては、本発明に係る斜板式圧縮機1の主要部分のみを図示および説明するものとし、それ以外の部分については図示および説明を省略する。また、前記した実施形態と同様の構造及び同一部材には同一符号を付して、その詳細な説明は省略又は簡略化する。
【0040】
図4は、本発明に係る斜板式圧縮機1の他の実施形態を示した図であって、シュー32及びシューポケット26bの摺接状態を示した図であり、図5は、第2の保護層74を含む摺動面26c上の層構成を示した断面図である。(なお、図4では、図2と同様、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72、及び亜鉛からなる亜鉛処理層73は示していない。)。
【0041】
本実施形態にあっては、第1実施形態の図3で示した構成における、銅又は銅合金からなる保護層71の上に、さらに銀又は銀合金からなる第2の保護層74が形成されている。銀は、ビスカス硬度が55〜130HVであり、錫(ビスカス硬度=5〜7HV)と比較して硬く、また、摩耗により剥がれた場合でも、下に銅又は銅合金からなる保護層71が形成されているため、摺動面の摩耗を抑えることができ、ピストン26のシューポケットシュー26とシュー32との間の焼き付きを防止することができる。
【0042】
シューポケット26bの摺動面26c上に形成される層(本実施形態にあっては保護層71、下地層72、亜鉛処理層73及び第2の保護層74の合計)の厚さは、図3の構成と同様、1.0〜2.0μmとすることが好ましく、1.0〜1.5μmとすることがより好ましい。また、図5の構成にあっては、銀又は銀合金からなる第2の保護層74は、0.3〜0.4μm、銅又は銅合金からなる保護層71は、0.1〜0.2μmとすればよい。なお、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72は、図3に示した構成と同様な厚さとすればよい。
【0043】
銀又は銀合金からなる第2の保護層74は、前記した銅又は銅合金からなる保護層72等と同様、銀単体のほか、銀を主成分とする銀合金から形成されるようにしてもよい。銀と合金とされる金属としては、例えば、銅、ニッケル、亜鉛、鉛、インジウムを使用することができる。また、銀又は銀合金からなる第2の保護層74を形成する手段としては、前記した銅又は銅合金からなる保護層71等と同様、メッキにより形成することが好ましく、例えば、銅合金からなる保護層71等のところで挙げた公知技術等を適用することができる。
【0044】
本実施形態に係る斜板式圧縮機1は、ピストン26を構成するシューポケット26bにおけるシュー32と摺接する摺動面26c上に、錫よりも硬度に優れる銅又は銅合金からなる保護層71を形成し、その上に、これも錫よりも硬度に優れる銀又は銀合金からなる第2の保護層74が形成されているので、摺動面26cの保護膜として十分な硬度を備え、長期間放置した後等の潤滑不足時の運転においても、ピストン26とシュー32等との間の摩耗を抑え、これらの間の焼き付きを効率よく防止することができる。
【0045】
(3)実施形態の変形:
なお、以上説明した態様は、本発明の一態様を示したものであって、本発明は、前記し
た実施形態に限定されるものではなく、本発明の構成を備え、目的及び効果を達成できる
範囲内での変形や改良が、本発明の内容に含まれるものであることはいうまでもない。ま
た、本発明を実施する際における具体的な構造及び形状等は、本発明の目的及び効果を達
成できる範囲内において、他の構造や形状等としても問題はない。本発明は前記した各実
施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形や改良は、本
発明に含まれるものである。
【0046】
例えば、前記した第1実施形態及び第2実施形態では、銅又は銅合金からなる保護層71の下(ピストン26側)には、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72が形成されている態様を示したが、これには制限されず、図6及び図7に示すように、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成しない構成を採用するようにしてもよい。
【0047】
図6は、第1実施形態に係る斜板式圧縮機1において、摺動面26c上の層構成の他の態様を示した断面図、図7は、第2実施形態に係る斜板式圧縮機1において、摺動面26c上の層構成の他の態様を示した断面図、をそれぞれ示す。図6及び図7に示す層構成は、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成しないものである。ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成しないことにより、銅又は銅合金からなる保護層71等の密着性は、下地層72を形成したものと比較すると若干低下するが、それでも本発明の奏する効果は維持することができ、また、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層72は硬度が高いので、剥離したニッケル又はニッケル合金からなる下地層72が、斜板式圧縮機1の内部を傷つける場合があり、このような傷を少しでも嫌う場合には有効である。
【0048】
なお、図6のようにニッケル又はニッケル合金からなる下地層72を形成しない場合にあっても、シューポケットの摺動面上に形成される層(図6では保護層71及び亜鉛処理層73の合計)の厚さは、1.0〜2.0μmとすることが好ましく、1.0〜1.5μmとすることがより好ましい。また、銅又は銅合金からなる保護層71は、図6の構成にあっては、1.0〜2.0μmとすればよい。
【0049】
その他、本発明の実施の際の具体的な構造及び形状等は、本発明の目的を達成できる範
囲で他の構造としてもよい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例に何
ら限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]
図1に示す構成の斜板式圧縮機について、斜板式圧縮機におけるシューポケットのシューと摺接する摺動面上を図3に示す層構成とし、各層の厚さを以下のようにして、本発明の斜板式圧縮機を得た。なお、銅層、ニッケル層は電解メッキ法にて形成し、亜鉛処理層は亜鉛置換法により形成した。また、シューポケットを含むピストンはアルミニウム合金から形成されており、シューは軸受鋼から形成されている。
(各層の厚さ)
銅層(保護層) 0.5μm
ニッケル層(下地層) 0.45μm
亜鉛処理層 50nm
【0052】
[実施例2]
実施例1において、シューポケットのシューと摺接する摺動面上を図6の層構成とし、各層の厚さを以下のようにした以外は、実施例1と同じ構成として、本発明の斜板式圧縮機を得た。
(層の構成と厚さ)
銅層(保護層) 0.95μm
亜鉛処理層 50nm
【0053】
[実施例3]
実施例1において、シューポケットのシューと摺接する摺動面上を図5の層構成とし、各層の厚さを以下のようにした以外は、実施例1と同じ構成として、本発明の斜板式圧縮機を得た。
(層の構成と厚さ)
銀層(第2の保護層) 0.3μm
銅層(保護層) 0.2μm
ニッケル層(下地層) 0.45μm
亜鉛処理層 50nm
【0054】
[比較例1]
実施例2において、銅層の代わりに錫メッキからなる層(錫層)を形成し、各層の厚さを以下のようにした以外は、実施例1と同じ構成として、斜板式圧縮機を得た。
(層の構成と厚さ)
錫層(保護層) 0.95μm
亜鉛処理層 50nm
【0055】
[比較例2]
実施例1において、摺動面上に保護層等の層を全く形成しないようにし、シューポケットの摺動面が表面に現れる状態とした以外は、実施例1と同じ構成として、斜板式圧縮機を得た。
【0056】
[試験例1]
前記した実施例1ないし実施例3、比較例1及び比較例2で得られた斜板式圧縮機について、無潤滑試験を行った。かかる無潤滑試験は、事前に慣らし運転を24時間実施した後に行い、下記の条件に従い無潤滑状態で運転し、ロックする(運転が止まる)までの時間を比較・評価した。実施例及び比較例がロックするまでの時間(判定基準の時間に対しての相対値)を図7に示す。なお、あらかじめ決定された判定基準の時間を100とし、ロックするまでの時間がそれより長い場合に合格とした。
(試験条件)
圧縮機回転数=1000rpm
圧力:平衡圧(ゲージ圧で約0.5Mpa)
【0057】
図8に示すように、実施例1ないし実施例3は、判定基準の時間を超え、いずれも良好な結果であった。特に、銅層(保護層)とニッケル層(下地層)を形成した実施例1は、無潤滑状態での運転を判定基準の時間の2倍以上維持することができた。一方、摺動面に錫層を形成した比較例1は判定基準の時間以下でロックがかかり、また、摺動面に保護層等の層を全く形成しなかった比較例2は、さらに短い時間でロックがかかり、いずれも実施例より劣る結果であった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の斜板式圧縮機は、例えば、自動車産業における車両用空調装置等として使用することができる。
【符号の説明】
【0059】
1 斜板式圧縮機
2 走行用エンジン
3 凝縮器
4 減圧装置
5 蒸発器
6 冷凍サイクル
11 シリンダブロック
12 バルブプレート
13 リアヘッド
14 フロントヘッド
15 締結ボルト
16 クランク室
17 駆動シャフト
18 ボルト
19 中継部材
20 駆動プーリ
21 シール部材
22,23 ラジアル軸受
24 貫通孔
25 シリンダボア
26 ピストン
26a 頭部
26b シューポケット
26c 摺動面
27 スラストフランジ
28 スラスト軸受
29 リンク部材
30 斜板
31 ヒンジボール
32 シュー
34 吸入孔
35 吐出孔
36 吸入室
37 吐出室
39 吸入弁
40 吐出弁
41 給気通路
42 通孔
43 制御弁
45 制御弁装着孔
46 空隙部
50 軸内通路
53 開口部
51a,51b 軸内通孔
52 スラストベアリング
60 フィルタ
60a フィルタの底部
71 保護層
72 下地層
73 亜鉛処理層
74 第2の保護層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のシリンダボアを有するシリンダブロックと、当該シリンダブロックに回転可能に支持された駆動シャフトと、当該駆動シャフトの回転につれて回転する斜板と、前記シリンダボアに摺動可能に収容されたピストンと、当該ピストンと前記斜板との間に介在し、前記ピストンに形成されるシューポケットと係合するシューとを備え、前記斜板の回転に応じて前記ピストンが前記シリンダボア内を往復運動する斜板式圧縮機において、
前記シューポケットにおける前記シューと摺接する摺動面上に銅又は銅合金からなる保護層が形成されていることを特徴とする斜板式圧縮機。
【請求項2】
前記銅又は銅合金からなる保護層の上にさらに銀又は銀合金からなる第2の保護層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の斜板式圧縮機。
【請求項3】
前記銅又は銅合金からなる保護層の下にニッケル又はニッケル合金からなる下地層が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の斜板式圧縮機。
【請求項4】
前記シューポケットにおける前記シューと摺接する摺動面上に形成される層の厚さが1.0〜2.0μmであることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の斜板式圧縮機。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−17269(P2011−17269A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−161470(P2009−161470)
【出願日】平成21年7月8日(2009.7.8)
【出願人】(500309126)株式会社ヴァレオサーマルシステムズ (282)
【Fターム(参考)】