説明

新生児の口蓋裂治療用口蓋床の製造方法

【課題】新生児の口蓋裂治療用口蓋床の製造において、型取り剤の硬化時間中に新生児が動いて型取りがうまくできないことや、喉の奥までの型取りに窒息の危険があるといったことなど、早期装着の障害となる実用上の問題があった。
【解決手段】出生前にCTもしくはMRIによる口腔内のDICOMデータを取得し、口腔内形状や、裂の状況に応じてCAD上で口蓋床の設計を行い、このデータを用いて、三次元積層造型機により口蓋床を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、先天的な顎顔面領域の異常である口蓋裂新生児の、自立的な哺乳補助のほか、発音方法の獲得補助及び顎の成長の誘導などの役割を果たす口蓋裂治療用口蓋床の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口蓋裂治療において、顎口腔機能の改善、哺乳改善、歯槽形態の改善および口蓋裂隙の狭小化を目的とした治療器具を口蓋床と呼ぶ。従来、口蓋裂治療に用いる口蓋床の作製は、熱可塑性レジンを用いて個人トレーを作製し、そのトレーを用いて印象を採り、石膏模型を作製した後、石膏模型上で口蓋床の作製を行っている( 引地尚子、小泉敏之、西條秀人、高戸毅:Hotz型口蓋床の顎裂における効用、形成外科48:239-245、2005、克誠堂出版株式会社:非特許文献1)。この際、石膏模型の硬化に時間がかかるため、いったんこの時点で患者を帰宅させることが多い。
【0003】
口蓋床は、生後なるべく早期(24〜48時間)に装着することが望ましいといわれており(http://www.hosp.go.jp/~tochigi/tochigiomfs/disease/cleft.htm)、口蓋裂児が出生した場合、医師の手による顎模型の採取後、ソフトレジン製の口蓋床を作製するが、このとき、新生児の口腔内に型取り剤を挿入することで口蓋床制作のもととなる型を作成している。
【0004】
一方、近年において、MRIやCTスキャンで得られた画像データから、コンピュータ上でCADシステムにより立体モデルを設計し、これをコンピュータ上で一定の間隔でスライスしてその断面のデータを作成し、この断面データに基づき、光硬化性樹脂などの構造材料を積層して三次元立体モデルを形成する三次元積層造形の手法を利用して患者の患部のモデルを作成し、手術の除去部分の検討や手術のシミュレーションを行うことが可能となり、医療分野においても注目されるようになってきている(特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
【特許文献1】公開特許公報2006-78604号
【特許文献2】公開特許公報2006-119435号
【特許文献3】公開特許公報2006-314580号
【特許文献4】公開特許公報平11-088589号
【非特許文献1】引地尚子、小泉敏之、西條秀人、高戸毅:Hotz型口蓋床の顎裂における効用、形成外科48:239-245、2005、克誠堂出版株式会社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
口蓋床の制作において、新生児の口腔内に型取り剤を挿入することで口蓋床制作のもととなる型を作成していることから、型取り剤の硬化時間中に新生児が動いて型取りがうまくできないことや、喉の奥までの型取りに窒息の危険があるといったことなど、早期装着の障害となる実用上の問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
出生前にCTもしくはMRIによる乳児の口腔内のDICOMデータを取得し、裂の状況に応じてCAD上で設計を行い、口蓋床の機能や形状に対する最適解による口蓋床を製造する。
【発明の効果】
【0007】
出生前にCTもしくはMRIによる乳児の口腔内のDICOMデータを取得し、裂の状況に応じてCAD上で設計を行うものであるから、出生前の口蓋床制作が可能となり、型取りによる乳児への身体的負担無しで、口蓋床の早期装着を達成可能なものにするともに、裂の状況に応じて設計を行う時間的、及び空間的余地が生まれ、口蓋床の機能や形状に対する最適解を求めることができる。
【0008】
また、制作を三次元積層造型機を用いたラピッドツーリング(Rapid Tooling)迅速型製造により行い、口蓋床に用いる素材を熱可塑性レジンとすることで、人体長期留置において安全性の保証されたラピッドプロダクトが実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1に本発明の口蓋床制作から装着までの流れと新生児出産の時間経過との関係を示す。
【0010】
ステップ1(出生前におけるCTもしくはMRIによる胎児の口腔内のDICOMデータの取得):この、データの取得は複数回行い、その都度修正を行いつつ設計を進めることで、出産予定日以前の早期出産に対しても対応できる。
【0011】
ステップ2(口蓋床の形態設計):DICOMデータを基に、口蓋裂部を塞ぎつつ、胎児の口蓋にフィットする形態となるよう設計する。さらに、歯槽部の偏位及び口蓋裂部に対し、正常な位置へと成長を誘導するため、移動方向に対しては若干のゆとりを設ける。
【0012】
ステップ3(設計データに基づく口蓋床の製作):CAD上で設計された、個々の患者に対し最適化された口蓋床の型データを、ラピッドツーリング(Rapid Tooling)迅速型製造手法に適用する三次元積層造型機のためにデータ変換し、熱可塑性レジンなどを用いて口蓋床を制作する。
【実施例】
【0013】
以下、図3に示す口蓋裂を有する胎児に対して、図2に示す口蓋床(10)を作成する手順を具体的に説明する。
【0014】
図3において、硬口蓋(1)は、口蓋の前方にある上顎骨口蓋突起と口蓋骨水平版による骨支持を得ている口蓋粘膜に覆われた硬い部分である。軟口蓋(2)は、口蓋のうち硬口蓋後方の柔らかい粘膜性のヒダ部分であり、その範囲は、口腔にあって硬口蓋後縁から口蓋垂(5)を含む口蓋咽頭弓に至るまでの部分であり、重要な発音器官であると同時に、嚥下時、哺乳時において鼻腔と口腔を遮断する機能的役割を有するため、新生児に対する早期治療と、治療までの間、口腔形状に沿って裂を覆う口蓋床の装着が必要となる。この口蓋裂は、「片側性口唇口蓋裂」と呼ばれ、口唇及び口蓋に裂の見られる状態を示す。
【0015】
ステップ1の「出生前におけるCTもしくはMRIによる胎児の口腔内のDICOMデータの取得」は、具体的には、妊娠28週目から開始し、CTもしくはMRI等の医用画像機器により得られた口蓋裂児の硬口蓋(1)、軟口蓋(2)、口唇(3)、歯槽(4)、口蓋垂(5)及び裂に連続する鼻孔部分(6)の画像に対し、DICOMデータへの変換処理を行い、必要なデータを取得する。このデータ処理には、例えば公開特許公報平11-088589号(特許文献4)に示される画像処理装置を用いることができる。これを2週間間隔で行い、その都度修正を行いつつ設計を進めることで、出産予定日以前の早期出産に対しても対応できるように準備を進める。
【0016】
ステップ2の「口蓋床の形態設計」では、上記によって得られた胎児のDICOMデータに対して、図2に示す口蓋床(10)を作成するために、DICOMビューワソフトにより「obj」や「stl」という拡張子の3次元データの書き出しを行い、3次元CAD上での設計をおこなう。このとき、口蓋裂部を塞ぎつつ、胎児の口蓋にフィットする形態となるよう設計する。さらに、歯槽(4)部の偏位及び口蓋裂部に対し、正常な位置へと成長を誘導するため、移動方向に対しては、CAD上で削合や変形といったデータ加工により若干のゆとりを設けるといった工夫を加える。
【0017】
また、本発明では、胎児の口蓋(1)(2)の型取りに留まらず、裂の奥の鼻腔部(6)まで含めた口腔形状を再現することが可能となることから、たとえば、装着後、口蓋床(10)が簡単に外れてしまわないように、硬口蓋(1)から鼻腔部(6)に通る返し部(10a)(10b)を設けるといったように、従来方法では実現できなかった機能を付加することができる。
【0018】
ステップ3の「設計データに基づく口蓋床の製作」では、個々の患者に対し最適化された口蓋床の型を、たとえば3D SYSTEMS社製の「ViperSi2」や「SLA3500」といった光造形方式の三次元積層造型機を用いたラピッドツーリング(Rapid Tooling)迅速型製造の手法を適用して制作する。このことにより、口蓋床に用いる素材を熱過疎性レジンとすることが可能となり、体内への長期留置が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、医療機器、特に新生児の口蓋裂治療用口蓋床の製造に用いて好適である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の口蓋床制作から装着までの流れを新生児出産の時間経過との関係で示すフロー図。
【図2】本発明により製造した口蓋床の形態の一例を示す図。
【図3】口蓋裂児の口腔内の状態の一例を示す図。
【符号の説明】
【0021】
1:硬口蓋
2:軟口蓋
3:口唇
4:歯槽
5:口蓋垂
6:鼻腔
10:口蓋床
10a,10b:返し部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出生前にCTもしくはMRIによる口腔内のDICOMデータを取得し、口腔内形状や、裂の状況に応じてCAD上で口蓋床の設計を行い、このデータを用いて、三次元積層造型機により口蓋床を製造することを特徴とする新生児の口蓋裂治療用口蓋床の製造方法。
【請求項2】
出生前のデータ取得を、出産予定日前から出産直前までの間に複数回行い、CAD上でデータ取得の都度、口蓋床の設計・修正を行い、出産直前データにより最終的に修正したデータを用いて装着用の口蓋床を製造する請求項1に記載の口蓋裂治療用口蓋床の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−110357(P2010−110357A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−283016(P2008−283016)
【出願日】平成20年11月4日(2008.11.4)
【出願人】(506218664)公立大学法人名古屋市立大学 (48)
【Fターム(参考)】