説明

新規クロメン化合物

抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤の有効成分として、人体に対する安全性がより高く、かつ、より有効に作用する化合物、具体的には、次式(1);


で表されるクロメン化合物を提供する。本発明はまた、該クロメン化合物を含む抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、クロメン化合物及び該化合物が含まれた抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤に関するものである。
【背景技術】
一般に、多くの生物は好気的条件下、例えば大気中、大気が流通する地中、大気が溶け込んだ水中等で生息している。この種の生物は大気中の酸素による酸化作用を利用して生存のためのエネルギーを得ているので、生存上酸素は必要不可欠である。しかしながら、生体内での酸素の利用に際し、反応性の高い、すなわち生体にとって毒性の高い分子種(活性酸素種)が生体内に生じる。そのために生体は、活性酸素種の生成を抑制することができ、または生成した活性酸素種を消去することができる自己防御機構を有している。
しかしながら、生体内での活性酸素種の生成抑制および消去は、これらを行う自己防御機構の微妙なバランスの下で可能であり、種々の原因で前記バランスが崩れると、生体成分が活性酸素種によって酸化傷害を受ける。生体内における活性酸素種の標的は、脂質、核酸、蛋白などが主なものであり、これらが障害を受けると種々の疾病が引起される。すなわち、生体内に生じた活性酸素種は種々の疾病、例えば、統合失調、躁鬱病などの脳障害、成人性呼吸窮迫症候群、動脈硬化、高血圧症、血栓症などの循環器障害、腎炎、腎不全などの腎障害、アルコール性肝炎、肝硬変などの肝障害、白内障、末梢神経障害などの糖尿病合併症、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化管障害、その他慢性関節リウマチ、発癌、老化促進、紫外線障害にも関与することが分かっている。
これらの種々の疾病の原因の一つである活性酸素種を消去することが疾病の予防および治療に重要である。そのために活性酸素種を消去することができる抗酸化剤の利用に期待が寄せられている。
従来、抗酸化剤は、一般的に化粧品や食品に含有される油脂成分の酸化による変質を防止するため、化粧品や食品に適量配合される。抗酸化剤としては、合成抗酸化剤、天然抗酸化剤またはこれらの組合せを用いることができる。例えば、合成抗酸化剤としては、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)やジブチルヒドロキシアニソールなどが用いられ、天然抗酸化剤としては、アスコルビン酸、トコフェロールなどが用いられる。
前記のBHTなどの従来の合成抗酸化剤は、抗酸化能は優れているものの、安全性の面から使用目的や使用量が制限されている。また、安全性の面で問題がない天然抗酸化剤は。化粧品や食品への応用は期待できるものの、一般的に生体内での効力は低い。
このような現状から、生体に対して有効且つ安全な医薬品としての抗酸化剤の開発が望まれている。
また、近年、医療技術の進歩により臓器移植が日常的に実施されるようになった。臓器移植に際しては拒絶反応を抑制することが重要であり、このため、臓器移植をした患者には、通常免疫抑制剤が投与される。免疫抑制剤は、拒絶反応を抑制する効果がある反面、生体が本来有する防御機構である免疫機能を弱体化する不具合も有する。前述の如く、免疫抑制剤投与が日常化しているため、臓器移植をした患者には、移植手術後、常にウイルスや細菌などによる感染が発生する恐れがある。また、近年の高齢化に伴い、癌、慢性肝炎、動脈硬化などのいわゆる生活習慣病と呼ばれる疾病に悩む人々が増加しているが、これらの患者においても免疫機能の低下がみられることが多い。
更に、エイズウイルス(HIV)の感染による免疫不全症候群(AIDS)などのウイルス感染症も深刻な社会問題となっている。AIDSの患者に共通した症状として免疫機能の低下が観察されるが、いずれの場合も小児期に既に感染し、潜伏感染している単純ヘルペスウイルスやヒトサイトメガロウイルスなどのヘルペスウイルスが回帰発症し、それが重症化するケースが多い。
また、抗ヘルペスウイルス剤として合成医薬品であるアシクロビルやガンシクロビルが繁用されているが、これらの抗ウイルス剤は長期にわたって投与されることが多く、副作用の発生や、耐性ウイルスが発現することが多く、臨床的に克服すべき重要な問題となっている。
従って、安全性が高く、より有効な抗ウイルス剤の開発が望まれている。
また、近年の食生活の多様化やストレス社会により、胃潰瘍も生活習慣病として大きな問題になっている。胃潰瘍の治療剤は、シメチジンやファモチジンを代表とするH受容体拮抗薬に代わって胃酸分泌機構の最終段階を阻害するプロトンポンプ阻害剤であるオメプラゾール、ランソプラゾールが臨床使用の主流になってきている。プロトンポンプ阻害により、胃酸分泌は強力に抑えられるが、消化器や肝臓への副作用が問題になっており、加えて長期投与の安全性が確認されておらず、より安全なプロトンポンプ阻害剤の開発が望まれている。
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであり、抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤の有効成分として、人体に対する安全性がより高く、かつ、より有効に作用する化合物を提供することを課題とするものであり、併せて、該化合物を有効成分とする抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤を提供することをも課題とする。
【発明の開示】
本発明者は鋭意研究の結果、特定の構造を有するクロメン化合物が、抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤の有効成分として非常に効果的であることを見出し、本発明を完成した。すなわち、
本願の第一の発明は、次式(1);

で表されることを特徴とするクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステルに係る。
本願の第二の発明は、ホンダワラ科の海藻トゲモク(学名;Sargassum micracanthum)から抽出された、次式(1);

で表されるクロメン化合物を含む抽出物に係る。
本願の第三の発明は、有効成分として第一の発明記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は第二の発明記載の抽出物を含むことを特徴とする抗酸化剤に係る。
本願の第四の発明は、有効成分として第一の発明記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は第二の発明記載の抽出物を含むことを特徴とする抗ウイルス剤に係る。
本願の第五の発明は、有効成分として第一の発明記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は第二の発明記載の抽出物を含むことを特徴とする胃酸分泌抑制剤に係る。
【発明を実施するための最良の形態】
海洋の生物資源は多種多様であり、海洋生物は陸上生物と異なった環境に生育しているため、海洋生物資源の中には陸上生物とは異なった骨格(化学構造)を有する生理活性物質の存在が期待される。それ故、本発明者らは、種々の海洋生物を採集して、生理活性物質の検索を行ったところ、ホンダワラ科に属する海藻トゲモクの抽出物から得られた、次式(1)

で表されるクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステルが、抗酸化剤、抗ウイルス剤および胃酸分泌抑制剤の有効成分として効果的な性質を有することを見出し、本発明を完成した。
式(1)で表されるクロメン化合物の11’位及び12’位のアルコール性OH基、並びに6位のフェノール性OH基は、適する塩基(例えば、アルカリ金属の水酸化物)と塩を形成し得るし、又は、適する酸(例えば、酢酸などのカルボン酸)とエステルを形成し得る。更に、所望により、式(1)で表されるクロメン化合物を種々の誘導体に導いてよい。また、これら塩、エステル、誘導体は、海藻トゲモクから抽出、精製されてももちろんよい。
海藻からの生理活性成分は、一般的には水溶性物質の場合、温水抽出(熱に弱い物質の場合は低温で抽出)にて、親油性物質の場合は有機溶媒にて抽出される。本発明のクロメン化合物を抽出する有機溶媒としては、メタノール、エタノール、酢酸エチル、アセトニトリル、クロロホルムなど通常用いられる溶媒から1種または2種以上を混合して用いることができ、抽出率を高めるために抽出工程を2回以上繰り返すことが望ましい。本発明のクロメン化合物を含む抽出物は、原料としてホンダワラ科の海藻トゲモク(学名;Sargassum micracanthum)から、好ましくはメタノール抽出する段階、続いてクロロホルム−メタノール抽出を行う段階を経て効率よく抽出され得る。また、抽出工程毎に異なる有機溶媒を用いることもできるし、抽出溶媒を留去するため、例えば、遠心分離機および回転式蒸発濃縮機のような分離、濃縮手段を用いることができる。また原料としては新鮮な或いは乾燥した海藻トゲモクを用いることができる。
このように得られた抽出物は、直接、食品、化粧品、医薬品など多様な分野に応用することができるが、必要に応じて抽出物をエタノールなどの有機溶媒に溶解し、これに溶解しない物質を除去するか、あるいは極性の異なる溶媒に溶解し、分画することにより精製され得る。抽出物を更に精製する場合は、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて、結果的にクロメン化合物を単離することができる。本発明のクロメン化合物を含む抽出物は、例えば順相シリカゲルカラムクロマトグラフィーより分離された後、逆相シリカゲル(ODS)カラムクロマトグラフィー、続いて順相シリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィーによりさらに分離され、逆相モードの高性能液体クロマトグラフィーによりさらに精製されて、クロメン化合物が得られ得る。
また、式(1)で表されるクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル、クロメン化合物が含まれた海藻トゲモクからの抽出物は有効成分として適量配合されることにより、抗酸化剤、抗ウイルス剤又は胃酸分泌抑制剤が調製され得る。抗酸化剤、抗ウイルス剤又は胃酸分泌抑制剤には、クロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル、クロメン化合物が含まれた海藻トゲモクからの抽出物に加えて、医薬品として許容され得る種々の化合物を加えてもよく、前記化合物は慣用のものを使用することができる。
本発明の抗酸化剤、抗ウイルス剤又は胃酸分泌抑制剤の使用形態は用途に応じて適宜選択してよく、例えば粉剤、顆粒剤、錠剤、溶液剤、乳化剤、分散剤、ペースト等であってもよく、これらの使用形態を組み合わせて用いてもよい。
本発明のクロメン化合物は数多くの海藻から抽出され得るが、その抽出の効率などの面を考慮すると、実際上利用され得る海藻は幾つかに限定されるであろう。本発明者が調査した範囲内においては、クロメン化合物はホンダワラ科に属する海藻トゲモクから最も効率よく抽出され得るという事実が見出されている。原料となる海藻トゲモクは生のものでもよいし、又は乾燥品や加工品であってもよい。海藻トゲモクは日本近海の海に豊富に存在し、且つ従来ほとんど利用されていない海藻である。それ故、安価に入手が可能であり、クロメン化合物の抽出、精製コストが抑えられる。
本発明のクロメン化合物の抽出方法、該化合物の精製方法、化学構造解析、抗酸化作用、抗ウイルス作用及びプロトンポンプ阻害作用、すなわち胃酸分泌抑制作用は下記の実施例に記載する通りであるが、実施例は本発明の例示であり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【実施例】
試験例1:抽出工程
採集したホンダワラ科の海藻トゲモク(学名;Sargassum micracanthum)8.6kgをメタノール抽出後、残渣を更にクロロホルム−メタノール(3:1)で抽出し、抽出液の溶媒を留去してエキス110gを得た。このエキスにクロロホルム−メタノール(3:1)を加えて、塩類等の不純物を濾過により除去し、溶媒を留去して、抽出物(1)63gを得た。
試験例2:分画、精製工程
抽出物(1)を順相シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン−酢酸エチル=10:1、5:1、1:1、酢酸エチル、メタノール)により分離し、5画分を得た。薄層クロマトグラフィー(TLC)板上で、Rf値が0.4(ヘキサン:酢酸エチル=1:1)付近に主スポットを示す溶出画分を集めて溶媒を留去し、画分3(32g)を得た。これを逆相シリカゲル(ODS)カラムクロマトグラフィー、順相シリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィーにより分離した後、逆相モードの高性能液体クロマトグラフィー(Nacalai tesque、Cosmosil18、20mm×250mm、80%メタノール)を用いて精製し、化合物(1)1.0gを単離した。
試験例3:化学構造の解析
得られた化合物(1)の性質を以下述べる。化合物(1)は、淡褐色油状物質であり、分子式はC2740である。高分解能質量スペクトル(HRFABMS)から、m/z428.2979([M+H]、Δ+1.8mmu)(計算値m/z429.3005)である。赤外線吸収スペクトルの測定値は、(film)Vmax3400(水酸基)、2980(炭素−炭素伸縮振動)、1590(共役二重結合)、1240(フェニルエーテル)cm−1であった。紫外線吸収スペクトルの測定値は、UV(MeOH)λmax230、265nm(置換された芳香族)、334nm(芳香族に共役した炭素−炭素二重結合)であった。また、H−NMRスペクトル(CDCl中)および13C−NMRスペクトル(CDCl中)を表1に示した。
これらの結果より、化合物(1)の構造は、式(1)で表されるクロメン化合物であることを確認した。

試験例4:抗酸化活性の測定1
試験例1で得た抽出物(1)、試験例2で得た化合物(1)およびα−トコフェロールを被検物質として、DPPHラジカル消去活性を測定した。
(1)試験方法
抗酸化活性は、ブロイス法により、分子内に遊離ラジカルを有する1,1−ジフェニル−2−ピクリルヒドラジル(DPPH)のラジカル消去活性を測定して行った。すなわち、0.1mMDPPHエタノール溶液1.0mlに各濃度でエタノールに溶解した試料0.2mlを加えて37℃で20分間反応させた後、517nmで吸光度を測定した。対照群(被検物質濃度0μg/ml)に対して減少した吸光度をDPPHラジカル消去活性として、50%消去濃度(IC50)を算出した。
(2)試験結果
抽出物(1)および化合物(1)のDPPHラジカル消去活性としてのIC50値は、下記表2に示すように、それぞれ27.0および10.7μg/mlであった。この活性は、従来の代表的な生体内抗酸化剤であるα−トコフェロール(IC50値:10.0μg/ml)の活性とほぼ同じであり、抽出物(1)および化合物(1)が非常に強い抗酸化活性を有することが判った。

試験例5:抗酸化活性の測定2
試験例1で得た抽出物(1)、試験例2で得た化合物(1)およびα−トコフェロールを被検物質として、脂質過酸化抑制活性を測定した。
(1)試験方法
7mMのMgClを含む50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)920μlにラット肝臓ミクロソーム画分(タンパク濃度30mg/ml)10μl、被検物質のエタノール溶液10μlを添加して、37℃で5分間前処理した。次にNADPH再生系(0.2MADPを含む12mM硫酸第一鉄水溶液20μl、12.5Uグルコース6リン酸脱水素酵素および160mMグルコース6リン酸を含む10mMβ−NADPH 40μl)を加えて、37℃で10分間反応させた。反応後、この溶液に0.25N塩酸(0.375%チオバルビツール酸および15%トリクロロ酢酸含有)2mlを添加して、沸騰水中で15分間反応させ、この反応により過酸化脂質から生成したマロンジアルデヒドの量を、波長530nmで吸光度を測定することにより求めた。対照群(被検物質濃度0μg/ml)に対して減少した吸光度を脂質過酸化抑制の指標として、脂質過酸化を50%抑制する濃度(IC50)を求めた。
(2)試験結果
抽出物(1)および化合物(1)の脂質過酸化抑制活性としてのIC50値は、下記表3に示すように、それぞれ0.307および0.163μg/mlであった。この活性は、従来の代表的な生体内抗酸化剤であるα−トコフェロール(IC50値:28.0μg/ml)の活性のそれぞれ約90倍および約170倍であり、抽出物(1)および化合物(1)が非常に強い抗酸化活性を有することが判った。

試験例6:抗ウイルス作用の測定1
試験例2で得た化合物(1)およびα−トコフェロールを被検物質として、単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、おたふくかぜウイルス、麻疹ウイルス、ポリオウイルス及びコサッキーウイルスに対する抗ウイルス活性を測定した。
(1)試験方法
抗ウイルス作用は、プラークアッセイ法に従って測定した。アフリカミドリザル腎細胞由来のVero細胞を48穴プレートに移植して培養し、単純ヘルペスウイルス1型(HSV−1HF株)、単純ヘルペスウイルス2型(HSV−2UW268株)、麻疹ウイルス(Measles virus Toyashima株)、をそれぞれ0.1〜0.2PFU/セルで1時間感染させた。感染した細胞に新しい培地を加えてCOインキュベーター中で更に培養した。被検物質は、ウイルスを加えて感染させると同時に添加するか、または、感染直後に添加する場合は、新しい培地を加える時に一緒に添加した。感染24時間後に細胞を回収して、凍結・融解を3回繰り返し行った後、ウイルス感染液を10〜105倍希釈して、35mmのディッシュで別に培養したVero細胞に感染させた。
これに0.5%メチルセルロースを加えた培地を重層し、翌日細胞をクリスタルバイオレットで染色し、出現したプラーク数を求めた。被検物質無添加の対照に比べて、ウイルス増殖を50%抑制する濃度(IC50)を求めた。
また、ウイルス非感染のVero細胞を種々の濃度の被検物質を添加した培地中で72時間培養後、トリパンブルーで染色して生細胞数を計数した。被検物質無添加の対照に比べて、Vero細胞の増殖を50%抑制する細胞毒性濃度(CC50)を求めた。
前記の結果から、被検物質の抗ウイルス作用を評価した。すなわち、被検物質のCC50とIC50の比(選択指数:CC50/IC50)を算出した。
(2)試験結果
化合物(1)の抗ウイルス活性は、表4に示すように、ウイルスと同時に添加した場合およびウイルス添加1時間後に添加した場合ともに増殖抑制作用が認められ、IC50値は、数μMと極めて低濃度であった。一方、正常細胞に対する細胞毒性は比較的弱く、選択指数は、特に単純ヘルペスウイルス1型(HF)、単純ヘルペスウイルス2型(UW268)、麻疹ウイルスで10を超えて安全性が認められた。

試験例7:抗ウイルス作用の測定2
試験例2で得た化合物(1)およびα−トコフェロールを被検物質として、ヒトサイトメガロウイルスに対する抗ウイルス活性を測定した。
(1)試験方法
抗ウイルス作用は、プラークアッセイ法に従って測定した。HEL細胞を48穴プレートに移植して培養し、ヒトサイトメガロウイルス(Towne株)を0.1〜0.2PFU/セルで1時間感染させた。感染した細胞に新しい培地を加えてCOインキュベーター中で更に培養した。被検物質は、ウイルスを加えて感染させると同時に添加するか、または、感染直後に添加する場合は、新しい培地を加える時に一緒に添加した。感染24時間後に細胞を回収して、凍結・融解を3回繰り返し行った後、ウイルス感染液を10〜105倍希釈して、35mmのディッシュで別に培養したHEL細胞に感染させた。
これに0.5%メチルセルロースを加えた培地を重層し、翌日細胞をクリスタルバイオレットで染色し、出現したプラーク数を求めた。被検物質無添加の対照に比べて、ウイルス増殖を50%抑制する濃度(IC50)を求めた。
また、ウイルス非感染のHEL細胞を種々の濃度の被検物質を添加した培地中で72時間培養後、トリパンブルーで染色して生細胞数を計数した。被検物質無添加の対照に比べて、HEL細胞の増殖を50%抑制する細胞毒性濃度(CC50)を求めた。
前記の結果から、被検物質の抗ウイルス作用を評価した。すなわち、被検物質のCC50とIC50の比(選択指数:CC50/IC50)を算出した。
(2)試験結果
化合物(1)の抗ウイルス活性は、表5に示すように、ウイルスと同時に添加した場合およびウイルス添加1時間後に添加した場合ともに増殖抑制作用が認められ、IC50値は、0.22〜0.51μMと極めて低濃度であった。一方、正常細胞に対する細胞毒性は比較的弱く、選択指数は、63〜111であり、安全性が認められた。

試験例8:プロトンポンプ(H,K−ATPase)阻害作用
試験例1で得た抽出物(1)、試験例2で得た化合物(1)およびオメプラゾールを被検物質として、胃酸分泌の最終段階であるプロトンポンプ(H,K−ATPase)の阻害活性を測定した。
(1)試験方法
一夜絶食したウサギの胃から胃底部を分離し粘膜をかきとり、約10倍量の4mM PIPES/Tris緩衝液(0.3Mスクロース含有、pH7.4)を加えホモジナイズした後、10,000rpm、15分、4℃で遠心分離した。得られた上清に1/10量の88mM MgClを加えて穏やかに攪拌し、氷冷しながら5分間放置した。その後、12,000rpm、15分、4℃で遠心分離し、沈殿を4mM PIPES/Tris緩衝液(20%スクロース含有、pH7.4)に懸濁し、酵素(プロトンポンプ)標本として用いた。酵素標本100μl、10mM PIPES/Tris緩衝液(5mM MgSO、100μM Ouabainおよび10mM KCl含有あるいは10mM KCl非含有、pH7.4)、種々の濃度の各被験物のDMSO溶液10μlを混和し、37℃で7分間プレインキュベーションを行った。上記の10mM PIPES/Tris緩衝液に溶解した10mM ρ−ニトロフェニルホスフェート(ρ−nitrophenyl phosphate)(ρ−NPP)100μlを加えて反応を開始し、37℃、10分間インキュベーションした後、1N NaOH 1mlを加えて反応を停止した。反応中にH,K−ATPaseによりρ−NPPから加水分解して遊離したρ−ニトロフェノール(ρ−nitrophenol)を測定した。H,K−ATPase阻害活性は、KCl添加時の活性からKCl非添加時の活性を差し引いて求め、プロトンポンプを50%阻害する濃度(IC50)を求めた。なお、各被検物の濃度は、基質(ρ−NPP)を加えた後のインキュベーション時の濃度で示した。
(2)試験結果
抽出物(1)および化合物(1)のプロトンポンプ阻害活性は、下記表6に示すように、IC50値は、それぞれ32および4.1μg/mlであった。この活性は、従来の代表的なプロトンポンプ阻害剤であるオメプラゾール(IC50値:280μg/ml)の活性のそれぞれ約9倍および約70倍であり、抽出物(1)および化合物(1)が非常に強いプロトンポンプ活性、すなわち胃酸分泌抑制作用を有することが判った。

以上説明したように、本発明のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び海藻トゲモクからのクロメン化合物を含む抽出物は、人体に対する安全性がより高く、かつ、抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤の有効成分としてもより有効に作用する効果を奏する。また、本発明のクロメン化合物又は海藻トゲモクからのクロメン化合物を含む抽出物が含まれた抗酸化剤、抗ウイルス剤ならびに胃酸分泌抑制剤は、医薬品、化粧品又は食品として有益である。また本発明のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステルが併有する抗酸化作用、抗ウイルス作用および胃酸分泌抑制作用は互いにその作用・効果を相殺しないので、新規な構造を持つ新しいタイプの医薬原料としても適用可能である。さらに、本発明のクロメン化合物は、原料として天然に大量に存在する海藻、例えばホンダワラ科の海藻トゲモクから得ることができる。前記海藻トゲモクは資源も豊富であり、安価に入手可能であるので、本発明のクロメン化合物の抽出、精製コストを抑えることができる。
【産業上の利用可能性】
本発明のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び海藻トゲモクからのクロメン化合物を含む抽出物は、その抗酸化作用(例えば、抗脂質過酸化作用)、抗ウイルス作用及び胃酸分泌抑制作用により、医療分野(精神分裂症、躁鬱病などの脳障害;成人性呼吸窮迫症候群、動脈硬化、高血圧、血栓症などの循環器障害;腎炎、腎不全などの腎障害;アルコール性肝障害;白内障;糖尿病;胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化管障害;慢性関節リウマチ;発癌及び老化の促進;その他紫外線障害に対する予防薬及び治療薬として)、化粧品分野(日焼け防止剤、香料等の紫外線障害予防薬として)及び食品分野(食用油をはじめ各種の油脂類を含有する食用品、乳製品、インスタント食品、レトルト食品、缶詰、瓶詰、練り物、乾燥食品、粉末食品、加工食品、燻製食品、パン類、ご飯類、飲料品、酒類、菓子類等の安全性の高い抗酸化剤として)等において好適に実用され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1);

で表されることを特徴とするクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル。
【請求項2】
ホンダワラ科の海藻トゲモク(学名;Sargassum micracanthum)から抽出された次式(1);

で表されるクロメン化合物を含む抽出物。
【請求項3】
有効成分として請求項1記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は請求項2記載の抽出物を含むことを特徴とする抗酸化剤。
【請求項4】
有効成分として請求項1記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は請求項2記載の抽出物を含むことを特徴とする抗ウイルス剤。
【請求項5】
有効成分として請求項1記載のクロメン化合物、該化合物の塩又は該化合物のエステル及び/又は請求項2記載の抽出物を含むことを特徴とする胃酸分泌抑制剤。

【国際公開番号】WO2004/113319
【国際公開日】平成16年12月29日(2004.12.29)
【発行日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−500923(P2005−500923)
【国際出願番号】PCT/JP2003/007989
【国際出願日】平成15年6月24日(2003.6.24)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【出願人】(591051885)リードケミカル株式会社 (18)
【Fターム(参考)】