説明

新規微生物、当該新規微生物を用いたアンブロキサン中間体の製造方法

【課題】スクラレオールを基質としてアンブロキサン中間体を効率よく生成する。
【解決課題】目的の特性を有する微生物を単離、同定すべく鋭意検討した結果、従来公知の微生物には分類されない、目的の特性を有する複数の新規微生物を単離、同定した。本発明に係る新規微生物は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質として、アンブロキサン中間体を生成する能力を有する。当該能力を有するクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する微生物は新規な知見であり、アンブロキサン及びその中間体の製造に有用な微生物となりうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクラレオールを基質としてアンブロキサン中間体を生成する新規微生物に関し、さらに当該新規微生物を用いたアンブロキサン中間体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アンブロキサン(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン)は残香性の高い香料であり、主にクラリーセージ(Salvia sclarea)から抽出されたスクラレオールから化学変換によって製造されている。スクラレオールからアンブロキサンを生産する工程を図1に示す。図1に示すように、アンブロキサン中間体としては、ジオール体(デカハイドロ-2-ハイドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレンエタノール)及びスクラレオリド(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)が知られている。また、図1には示さないが、アンブロキサン中間体としては、環状エーテル体(8α, 13-オキシド-12,13-デヒドロ-15,16-ジノルラブダン)が知られている。
【0003】
微生物によるスクラレオールからアンブロキサン中間体の変換反応は、例えば特許文献1〜4に記載されている。特許文献1にはHyphozyma roseoniger ATCC20624によるジオール体の生産が開示されている。また、特許文献2にはCryptococcus laurentii ATCC20920によるアンブロキサン中間体の生産が開示され、特許文献3にはBensingtonia cilliata ATCC20919によるアンブロキサン中間体の生産が開示され、特許文献4にはCryptococcus albidus ATCC20918及びCryptococcus albidus ATCC20921によるアンブロキサン中間体の生産が開示されている。
【0004】
このように、スクラレオールを基質としてアンブロキサン中間体を生産する能力を有する微生物としては、特許文献1〜4に開示されたような微生物が知られているに過ぎなかった。
【0005】
【特許文献1】特許第2547713号
【特許文献2】特許第2802588号
【特許文献3】特許第3002654号
【特許文献4】特許第2063550号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、上述したような実状に鑑み、スクラレオールを基質としてアンブロキサン中間体を効率よく生成することができる新規な微生物を提供することを目的とし、更に、当該微生物を用いたアンブロキサン中間体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者等は、栃木県芳賀郡の土壌を分離源として目的の特性を有する微生物を単離、同定すべく鋭意検討した結果、従来公知の微生物には分類されない、目的の特性を有する複数の新規微生物を単離、同定することができた。本発明は、これら新規微生物が有するスクラレオールを基質としてアンブロキサン中間体の生成を行うことができるといった知見に基づいてなされたものである。
【0008】
本発明に係る新規微生物は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質として、アンブロキサン中間体を生成する能力を有する。当該能力を有するクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する微生物は新規な知見であり、アンブロキサン及びその中間体の製造に有用な微生物となりうる。本発明者らが単離、同定した新規微生物に関して28S rRNAをコードする遺伝子(以下、28S rDNAと称する)の塩基配列を決定したところ、配列番号1に示す塩基配列であった。さらに、当該新規微生物は表1に示す菌学的性質を示した。
【0009】
【表1】

【0010】
本発明者は、配列番号1に示す28S rDNAの塩基配列及び表1に示す菌学的性質に基づいて新規微生物の同定を行ったところ、当該新規微生物はクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する以外は同定不能であった。すなわち、新規微生物は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する既知種には分類されず、新種を構成すると結論付けられた。なお、菌学的性質を用いた分類は、Barnett, J. A., Payne, R. W., and Yarrow, D. (2000) Yeasts : Characteristics and identification, 3rd edition. Cambridge University Press, Cambridge, UK. Kurtzman, C. P. and Fell, J. W. (1998) The Yeasts, a taxonomic study, 4th edition. Elsevier, Amsterdam, Netherlands.に従った。
【0011】
なお、新規微生物は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE特許微生物寄託センター:〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2006年1月12日付けで受領番号FERM AP-20760として寄託した。
【0012】
すなわち、本発明に係る微生物は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質としてアンブロキサン合成過程における中間体を生成する能力を有する微生物である。また、本発明に係る微生物は、D-Xylose、L-Arabinose、D-Arabinose、Citrate及びD-Riboseを資化することができ、ビタミン不添加培地において生育可能であるといった技術的特徴を有している。
【0013】
また、本発明に係る微生物は、配列番号1に示す塩基配列に対して95%以上の相同性を有する塩基配列からなる28S rDNAを有することが望ましい。さらに、本発明に係る微生物は、表1に記載された菌学的性質を有することが望ましい。さらにまた、本発明に係る微生物は、受領番号FERM AP-20760で特定されるクリプトコッカス酵母の属する種に属する微生物であることが望ましい。
【0014】
本発明において上記中間体としては、ジオール体(デカハイドロ-2-ハイドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレンエタノール)及び/又はスクラレオリド(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)を挙げることができる。
【0015】
一方、本発明は、本発明に係る新規微生物を使用したアンブロキサン中間体の製造方法を提供することができる。すなわち、本発明に係るアンブロキサン中間体の製造方法は、スクラレオールを含有する培地で上記新規微生物を培養し、スクラレオールを基質としてアンブロキサン合成過程における中間体を生成するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質としてアンブロキサン合成過程における中間体を生成する能力を有する新規微生物を提供することができる。この中間体からは、香料等の原料となるアンブロキサンを製造することができる。したがって、本発明に係る新規微生物を使用することによって、アンブロキサンを低コストに製造することができる。
【0017】
また、本発明によれば、香料等の原料となるアンブロキサンの原料となるアンブロキサン中間体の製造方法を提供することができる。本発明に係るアンブロキサン中間体の製造方法によれば、アンブロキサンを低コストで製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
新規微生物
本発明に係る新規微生物は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質としてアンブロキサン合成過程における中間体(アンブロキサン中間体)を生成する微生物である。ここで、アンブロキサン中間体とは、ジオール体(デカハイドロ-2-ハイドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレンエタノール)及びスクラレオリド(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)を意味する。
【0019】
本発明に係る新規微生物は、アンブロキサン中間体の生成能を指標として、土壌から単離することができる。アンブロキサン中間体の生成能は、供試微生物をスクラレオール含有培地にて培養し、培地中に含まれるアンブロキサン中間体を検出することで評価することができる。培地中に含まれるアンブロキサン中間体は、供試微生物を除去した後の培地から有機溶媒を用いてアンブロキサン中間体を抽出した後、例えばガスクロマトグラフィー(GC)等によって検出することができる。
【0020】
なお、アンブロキサン中間体の検出には、GCに限らず、例えば、気液クロマトグラフィ(GLC)、薄層クロマトグラフィ(TLC)、高圧液体クロマトグラフィ(HPLC)、赤外スペクトル(IR)及び核磁気共鳴(NMR)のような従来公知の分析方法を使用することができる。
【0021】
本発明らは、このような手法によって栃木県芳賀郡の土壌からクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する新規微生物を単離している。単離した新規微生物は、スクラレオールを含有する培地で培養することによって、培地中にアンブロキサン中間体を生成する能力を有している。本発明者は、この新規微生物をCryptococcus sp. KSM-JL3603と命名し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE特許微生物寄託センター:〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2006年1月12日付けで受領番号FERM AP-20760として寄託している。
【0022】
本発明に係る新規微生物は、当該受領番号FERM AP-20760で特定されるクリプトコッカス(Cryptococcus)属酵母及び、当該酵母と同一の種に分類され、より好ましくは当該酵母と同一の株に分類され且つアンブロキサン中間体を生成する能力を有する微生物を含むこととなる。
【0023】
また、受領番号FERM AP-20760で特定される子嚢菌酵母は、配列番号1に示す塩基配列を含む28S rDNAを有している。したがって、本発明に係る新規微生物は、配列番号1に示す塩基配列に対して95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の相同性を有する塩基配列を含む28S rDNAを有するクリプトコッカス(Cryptococcus)属酵母であって、アンブロキサン中間体の生成能を有する微生物を含むこととなる。
【0024】
新規微生物によるアンブロキサン中間体の製造
上述した本発明に係る新規微生物を使用して、アンブロキサン中間体を製造することができる。製造されたアンブロキサン中間体は、付加価値の高い、残香性の高い香料であるアンブロキサン(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン)を製造する際の原料として使用することができる。
【0025】
本発明に係る新規微生物を使用してアンブロキサン中間体を製造する際には、先ず、本発明に係る新規微生物を、スクラレオールを含有する培地で培養する。培地としては、子嚢菌網に属する微生物が生育可能である培地であれば如何なる組成の培地をも使用することができる。使用可能な培地は、炭素源、窒素源、金属ミネラル類及びビタミン類等を含有する固体培地及び液体培地等を挙げることができる。なお、本発明に係る新規微生物を培養するための培地には、培養条件等に応じて界面活性剤や消泡剤を添加してもよい。
【0026】
培地に添加される炭素源としては、単糖、二糖、オリゴ糖及び多糖が挙げられ、これら2種以上を混合して用いても良い。ここで糖質以外の炭素源としては、例えば酢酸塩等の有機酸塩が挙げられる。ここで、炭素源としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0027】
また、窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム及び酢酸アンモニウム等の無機並びに有機アンモニウム塩、尿素、ペプトン、肉エキス、酵母エキス及びカゼイン加水分解物等の窒素含有有機物、グリシン、グルタミン酸、アラニン及びメチオニン等のアミノ酸等が挙げられる。ここで、窒素源としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0028】
さらに、金属ミネラル類としては、例えば塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛及び炭酸カルシウム等が挙げられる。ここで、金属ミネラル類としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0029】
本発明に係る新規微生物を培養する際の培養条件としては、特に限定されず、至適範囲のpH及び温度に調整して行われる。具体的にpHの至適範囲は、3〜8、好ましくは4〜8、より好ましくは5〜7である。また、温度の至適範囲は、10〜35℃、好ましくは15〜30℃、より好ましくは20〜30℃である。培養は、振とう培養、嫌気培養、静置培養、醗酵槽による培養の他、休止菌体反応及び固定化菌体反応も用いることができる。
【0030】
このような組成の培地に添加するスクラレオール濃度は、特に限定されないが、0.1%〜50%とすることが好ましい。スクラレオールは、培養に先立って培地に添加しても良いし、培養途中で添加(流加培養)してもよい。また、スクラレオール以外の組成、例えば炭素源、窒素源、ビタミン、ミネラル、界面活性剤、消泡剤も同時に流加することが可能である。
【0031】
アンブロキサン中間体は、上述したように新規微生物を培養した後、培地から回収することができる。アンブロキサン中間体を培地から回収する方法は、公知の方法に従って行えば良く、特に限定されない。例えば、培地から菌体を分離除去した後、遠心分離、限外ろ過、イオン交換、逆浸透膜、電気透析、塩析、晶析等を組み合わせることによりアンブロキサン中間体を単離・精製することができる。
【0032】
製造されたアンブロキサン中間体を用いてアンブロキサンを製造する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法を適宜使用することができる。具体的には、スクラレオリドは、例えば水素化リチウムアルミニウム、水素化ホウ素ナトリウム、又は水素化ホウ素カリウム/塩化リチウム混合物で還元することによって、ジオール体に変換する。ジオール体は、酸性触媒、例えば、p-トルエンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸クロリド、触媒量の硫酸及び酸性イオン交換体を用いて、種々の溶媒中で脱水環化によりアンブロキサンに変換される。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0034】
〔実施例1〕新規微生物の単離
以下のようにして、栃木県芳賀郡の土壌より新規微生物の単離を行った。
【0035】
先ず、0.2%酵母エキス、0.2%硝酸アンモニウム、0.1%リン酸1カリウム、0.05%硫酸マグネシウム・7水和物、2.0% 寒天、1.0% スクラレオール(別滅菌)及び0.5% ツイーン80(別滅菌)からなる寒天培地上に土壌懸濁液を100μl塗布した。25℃にて7〜14日間培養し、生育したコロニーを0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム及び0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物を含有する液体培地に接種し、25℃で1日間培養し種菌とした。次に、0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム、0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物、1.0% スクラレオール(別滅菌)及び0.5% ツイーン80(別滅菌)を含有する培地に種菌を1%植菌し、25℃にて1週間培養した。
【0036】
培養終了後、培養液0.1mlを使用し、酢酸エチル0.6mlにて目的物質を抽出し、適宜希釈してガスクロマトグラフィー(GC)分析を行った。GC分析装置はAgilent technologies 6890Nで行い、分析条件は以下のとおりである。検出器としてはFID(Flame Ionization Detector)を使用し、注入口温度を250℃とし、注入法をスプリットモード(スプリット比100:1)とし、トータルフローを200ml/分とし、カラム流速を0.4ml/分とし、カラムとしてはJ&W社製のDB-WAX(φ0.1mm×10m)を使用し、オーブン温度を250℃とした。本条件により、アンブロキサン中間体である環状エーテル体は0.8分付近にピークが現れ、スクラレオリドは2.4分付近にピークが現れ、スクラレオールは2.7分付近にピークが表れ、ジオール体は3分付近にピークが現れた。
【0037】
本条件で6950個の種菌についてアンブロキサン中間体の生成能を評価したところ、主としてスクラレオリドを生成することができる新規微生物を単離することができた。単離した新規微生物をKSM-JL3603と命名した。
【0038】
〔実施例2〕新規微生物の分類
実施例1で単離したKSM-JL3603の菌学的性質を特定するとともにrDNAを解析することで、KSM-JL3603の分類を試みた。
【0039】
先ず、KSM-JL3603の菌学的性質を以下のように特定した。YM寒天(Becton Dickinson)平板培地上において湿性で白色から白クリーム色のコロニーが観察され、コロニーの周辺部は平滑状を示した。微視的特徴を観察した結果、球形〜亜球形の栄養細胞の形成が認められ、栄養細胞は出芽によって増殖する様子が観察された。生化学的性状試験を行った結果、表2に示す結果が得られた。なお、表2において、+は反応が陽性、−は反応が陰性、wは弱い陽性反応が認められたことを示す。また、本KSM-JL3603は25℃で生育し、30℃で弱い生育が認められた。しかしながら、本KSM-JL3603は35℃以上では生育しなかった。
【0040】
【表2】

【0041】
次に、KSM-JL3603のrDNAを以下のように解析した。すなわち、O’Donnell等の方法(O’Donnell, K. 1993. Fusarium and its near relatives. In Reynolds, D. R. and Taylor, J. W. (Eds) The Fungal Holomorph: Mitotic, Meiotic and Pleomorphic Speciation in Fungal Systematics, CAB International, Wallingford )により、28S rDNA D1/D2領域及び18S rDNAの解析を行い、帰属分類群を推定した。28S rDNA D1/D2領域の塩基配列を決定した結果を配列番号1に示す。なお相同検索はBLASTを用いた。
【0042】
KSM-JL3603から得られた28S rDNA D1/D2領域塩基配列は、担子菌酵母の一種であるCryptococcus magnus、Filobacidium floriforme及びFilobasidium elegansと高い相同性を示した。その中に含まれるCryptococcus magnusの基準株であるCBS140(AF181851)の塩基配列と99.8%、Filobacidium floriformeの基準株であるCBS6241(AY075498)の塩基配列と99.8%の相同性を示した。なお、Filobacidium属はCryptococcus属の有性時代の属である。このことから、本菌株は28S rDNA D1/D2領域の解析においては、Cryptococcus magnus、Filobacidium floriformeまたはFilobasidium elegansに帰属する菌種である可能性が高いものと考えられた。また、形態観察において、栄養細胞の出芽形式や形状はCryptococcus属およびFilobacidium属に類似していた。しかし、培養菌体において、テレオモルフであるFilobacidium属の有性生殖器官の形成は認められないことから、本菌株はCryptococcus属と推定された。
【0043】
特許第2820588号には、スクラレオールを変換するCryptococcus属が3株記載されている。しかしながら、特許第2820588号に記載のCryptococcus albidus ATCC20918は、D-Xylose、L-Arabinose、D-Arabinoseを資化しないことが記載され、さらに、ビタミン無しの培地にて生育が不可であることが記載されている。これに対して、本KSM-JL3603は、D-Xylose、L-Arabinose、D-Arabinoseを資化し、ビタミン無しの培地で生育する。このように生化学的性質が異なるため、本KSM-JL3603は、Cryptococcus albidus ATCC20918とは異なる種、異なる株であると結論づけられた。
【0044】
また、特許第2820588号に記載のCryptococcus laurentii ATCC20920は、Melibiose及びDL-Lactateを資化することが記載されている。これに対して、本KSM-JL3603は、これらを資化できない。このように生化学的性質が異なるため、本KSM-JL3603は、Cryptococcus laurentii ATCC20920とは異なる種、異なる株であると結論づけられた。
【0045】
さらに、特許第2820588号に記載のCryptococcus albidus ATCC20921はCitrate及びD-Riboseを資化することはできないと記載されている。これに対して、本KSM-JL3603は、これらを利用し、弱い生育が認められた。比較的性質の似ているC. albidus ATCC20921については、菌株を取り寄せ、特許第2820588号に記載の実施例に従い培養を行ったところ、主な生成物は環状エーテルであった。これに対して、本KSM-JL3603を同様に培養したところ、主な生成物はスクラレオリドであった。このように、スクラレオールを基質として生成するアンブロキサン中間体が異なる物質であることから、本KSM-JL3603は、Cryptococcus albidus ATCC20921とは異なる種、異なる株であると結論づけられた。
【0046】
以上の検討結果から、本KSM-JL3603は、特許第2820588号に記載されている3つのCryptococcus属の微生物には分類されない新種の微生物として同定することができた。
【0047】
なお、Cryptococcus sp. KSM-JL3603は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE特許微生物寄託センター:〒292-0818千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2006年1月12日付けで受領番号FERM AP-20760として寄託した。
【0048】
〔実施例3〕アンブロキサン中間体の生産性検討
本実施例では、Cryptococcus sp. KSM-JL3603のアンブロキサン中間体の生産性を検討した。先ず、Cryptococcus sp. KSM-JL3603を2.1%YM broth(Becton Dickinson)に1白金耳植菌し、25℃にて2日間振とう培養したものを種菌とした。次に、2.1%YM broth、0.1%硫酸マグネシウム・7水和物、1%ツイーン80及び2%スクラレオールからなる培地へ種菌を2%植菌し、25℃にて振とう培養を行った。培養液は実施例1の手法にて抽出及びGC分析を行い、アンブロキサン中間体の生産量を求めた。結果を表3に示す。なお、表3に示した数値の単位は“g/L”である
【0049】
【表3】

【0050】
表3に示した結果より、Cryptococcus sp. KSM-JL3603は、アンブロキサン中間体のうちスクラレオリド、ジオール体及び環状エーテルの生成能を有しており、特に主としてスクラレオリドを生成できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】スクラレオールからアンブロキサンを生産する工程を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属し、スクラレオールを基質として、アンブロキサン合成過程における中間体を生成する能力を有する微生物。
【請求項2】
D-Xylose、L-Arabinose、D-Arabinose、Citrate及びD-Riboseを資化し、ビタミン不添加培地において生育可能であることを特徴とする請求項1記載の微生物。
【請求項3】
配列番号1に示す塩基配列に対して95%以上の相同性を有する塩基配列からなる28S rDNAを有することを特徴とする請求項1又は2記載の微生物。
【請求項4】
以下の表1に記載された菌学的性質を有することを特徴とする請求項1乃至3いずれか一項記載の微生物。
【表1】

【請求項5】
受領番号FERM AP-20760で特定されるクリプトコッカス属酵母であることを特徴とする請求項1乃至4いずれか一項記載の微生物。
【請求項6】
上記中間体として、ジオール体(デカハイドロ-2-ハイドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレンエタノール)及び/又はスクラレオリド(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)を生成する能力を有する請求項1乃至5いずれか一項記載の微生物。
【請求項7】
スクラレオールを含有する培地で請求項1乃至6いずれか一項記載の微生物を培養し、スクラレオールを基質としてアンブロキサン合成過程における中間体を生成する、アンブロキサン中間体の製造方法。
【請求項8】
上記中間体として、ジオール体(デカハイドロ-2-ハイドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレンエタノール)及び/又はスクラレオリド(ドデカハイドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)を回収する工程を有することを特徴とする請求項7記載のアンブロキサン中間体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−222110(P2007−222110A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−48804(P2006−48804)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】