説明

新規微生物及びそれを用いた堆肥の製造方法

【課題】有機性汚泥を短時間で分解し完熟した堆肥とすることが可能な新規微生物及びそれを用いた堆肥の製造方法を提供する。
【解決手段】、タンパク質分解酵素を産生し、有機性汚泥の溶解能力を有する、Anoxybacillus属細菌に属するグラム陽性の新規微生物を使用して、有機性汚泥を溶解化する。これにより、都市下水余剰汚泥に副資材として剪定枝又はバーク堆肥を混合したもので、冬季間の低温期でも実質的に、早ければ30日、遅くとも45日以内の極めて短期間で微生物バイオマスに富む良質な完熟堆肥の製造が可能となる。加えて、その処理費も5分の1以下に軽減され、農業生産に大きく寄与する有用な有機肥料に変換できた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質分解酵素を産生し、有機性汚泥の溶解能力を有する新規微生物、及び当該微生物を用いて有機性汚泥を溶解して堆肥を製造する堆肥の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下水汚泥、食品残渣、各種家畜糞尿、屠体すなわち屠殺した動物の血液や臓物、魚の臓物、動物や人間の糞尿、ヘドロ等々の有機性廃棄物は、膨大な量が発生している。これらの有機性廃棄物のなかで、緊急度の高いのは下水汚泥である。我が国の加速度的な下水道の普及により総人口の56%の生活排水が処理されていることに伴って、下水汚泥は、年間8,500万トン(濃縮汚泥ベース)にも達している。これらの下水汚泥は、7割が埋め立て、2割が焼却、残りの1割のみがコンポストとして緑農地に利用されているにすぎない。このようにわが国では下水汚泥が利用価値の高い有機質資源であるのにも係らず、資源化率が極めて低い。そこで、このように大量に発生し廃棄される下水汚泥等の有機性廃棄物を分解して安定化した有機物とし、堆肥として利用することができれば、資源のリサイクルの上でも極めて有効である。
【0003】
有機性廃棄物の分解処理における大きな課題の一つとして、堆肥化の速度が遅く完熟堆肥を製造するのに長時間を要することが挙げられる。例えば、自然条件下で下水汚泥、家畜糞尿、食品汚泥を微生物分解し堆肥化するには、通常半年程度の時間を要する。しかし、有機性廃棄物の発生量は膨大であるため、このように長時間をかけて熟成させることはできない。そのため、充分に熟成しないままに堆肥として出荷される場合が多く、現在市販されている堆肥の90%は未熟な堆肥であると指摘されている。また、多くの堆肥化場では、未熟な堆肥が売れ残り、滞貨の山を築いている現状がある。一方で、充分に時間をかけて熟成させた完熟堆肥は、安全性が高く需用者に安心感がある。そのため、流通量は全ての堆肥の1割程度であるにも係わらず、完熟堆肥に需要が集中し、不足しているのが現状である。
【0004】
そこで、従来から、有機性廃棄物の完熟化処理を短時間で行わせるための完熟化処理方法、特に、堆肥原料を短期間で発酵させる有益な微生物の探索が試みられている。
【0005】
有機性廃棄物、特に、有機性汚泥を効率的に分解する微生物としては、例えば、特許文献1〜6に記載のものが公知である。
【0006】
特許文献1には、バシラス属細菌に属し、アルカリ性条件下で汚泥を分解する能力を有する微生物が開示されている。特許文献2には、有機性汚泥や生物性汚泥に含まれるタンパク質を分解するバシラス サチリスに属する微生物が開示されている。特許文献3には、有機性廃棄物中及び下水汚泥中の有機物を分解消滅する能力のあるシュードモナス属に属する微生物が開示されている。特許文献4には、排水処理等の環境浄化に役立つロドバクター属に属する微生物が開示されている。特許文献5には、有機性固形物の処理に有用なバシラス属に属する微生物が開示されている。また、特許文献6には、タンパク質分解酵素を産生し、有機性汚泥の分解能力を有する、ブレビバシラス(Brevibacillus)属細菌に属するグラム陽性の微生物が開示されている。また、非特許文献1では、バシラス(Bacillus)属の好熱性細菌を利用した、余剰汚泥の減量化技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−139449号公報
【特許文献2】特開2002−125657号公報
【特許文献3】特開2003−235547号公報
【特許文献4】特開2003−245066号公報
【特許文献5】特開2004−267127号公報
【特許文献6】特開2006−230332号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】長谷川進:汚泥の減量化と発生防止技術,pp.248〜270、エヌ・ティー・エス,2000.
【非特許文献2】E. Pikuta, A. Lysenko, N. Chuvilskaya, U. Mendrock, H. Hippe, N. Suzina, D. Nikitin, G. Osipov, K. Laurinavichius: Anoxybacillus pushchinensis gen. nov., sp. nov., a novel anaerobic alkaliphilic, moderately thermophilic bacterium from manure, and description and Anoxybacillus flavithermus comb. nov., International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 50, 2109-2117, 2000.
【非特許文献3】A. Derekova, C. Sjoholm, R. Mandreva, M. Kambourova: Anoxybacillus rupiensis sp. nov., a novel thermophilic bacterium isolated form Rupi basin (Bulgaria), Extremophiles, 11, 577-583, 2007.
【非特許文献4】L. Feng, W. Wang, J. Cheng, Y. Ren, G. Zhao, C. Gao, Y. Tang, X. Liu, W. Han, X. Peng, R. Liu, L. Wang: Genome and proteome of long-chain alkane degrading Geobacillus thermodenitrians NG80-2 isolates from a deep-subsurface oil reservoir, Proceedings of the National Academy of Science U.S.A., 104, 5602-5607, 2007.
【非特許文献5】M. Mesbah, U. Premachandran, W. B. Whitman: Precise measurement of the G+C content of deoxyribonucleic acid by high-performance liquid chromatography, International Journal of Systematic Bacteriology, 39, 159-167, 1989.
【非特許文献6】Y. Okamura, N. Inoue, T. Nikai: Isolation and characterization of a novel acid proteinase, tropiase from Candida tropicalis IFO 0589, Japanese Journal of Medical Mycology, 48, 19-25, 2007.
【非特許文献7】K. J. Raser, A. Posner, K. K. W. Wang: Casein zymography: A method to study μ-calpain, M-calpain, and their inhibitory agents, Archives of Biochemistry and Biophysics, 319, 211-216, 1995.
【非特許文献8】金澤晋二郎:土壌酵素の測定法、地球環境調査計測辞典―第1巻 陸域、 pp.1111-1114、 フジ・テクノシステム、2002.
【非特許文献9】J. N. Ladd: Properties of proteolytic enzymes extracted from soil, Soil Biology and Biochemistry, 4, 337-237, 1971.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記、従来の有機性汚泥を分解する微生物は、産業的に実用化されているものは少ない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、有機性汚泥を短時間で分解し完熟した堆肥とすることが可能な新規微生物及びそれを用いた堆肥の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、更に、有機性汚泥の分解を効率的に行う微生物の探索を進めた結果、下水余剰汚泥を溶解するAnoxybacillus属細菌(非特許文献2,3参照)の新菌種(高プロテアーゼ活性)を、下水余剰汚泥から単離・同定し、Anoxybacillus sp. MS8株と命名した。また、バーク堆肥から単離・同定した好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80−2株(非特許文献4参照)を種菌として用いることにより、有機性廃棄物を短時間で分解できることを見いだした。高温で易分解性有機物に著しく富む余剰汚泥を溶解する能力が高いこの菌は、堆肥の製造に最も適している。何故なら堆肥化の目的は、これら易分解性有機物を速やかに分解して安定化した有機物にすることにあるからである。
【0012】
そこで、これら好熱性汚泥溶解細菌Anoxybacillus sp. MS8株(高プロテアーゼ活性)及び好熱性セルロース分解細菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌として下水余剰汚泥と剪定枝チップ(木質系廃棄物)を用いた堆肥化技術の構築を試みた。そのコンセプトは、発酵期間を短縮させた迅速な堆肥製造と収益が見込める安価な堆肥化施設の構築である。
【0013】
本発明者は、下水余剰汚泥と剪定枝チップ(木材廃棄物)を用いた高付加価値植栽肥料(堆肥)の開発を研究目的として、60℃で馴養した余剰汚泥から、汚泥を溶解する微生物をスクリーニングした。馴養した下水汚泥を試料として、滅菌汚泥を懸濁した培地に塗布し、生育した細菌のコロニーの周囲にハローが見られるものを分離した。単離した細菌はグラム陽性の桿菌で、その菌株についての生化学的/生理学的試験及び16SリボソームRNA遺伝子のDNA相同性解析の結果、Anoxybacillus属の細菌(非特許文献2,3参照)であることが判明した。Anoxybacillus属細菌が下水汚泥を可溶化するという報告はないが、汚泥を溶解することができるBacillus属の好熱性細菌株の存在が知られている(非特許文献4参照)。
【0014】
今回、発明者らが分離・同定した細菌株は、50℃から60℃の温度で下水汚泥を溶解する。この菌株についての生化学的/生理学的試験では、100%の確率でGeoibacillus stearothermophilus及び98.0%の確率でBacillus lentusと同定された。さらに、16SリボソームRNA遺伝子のDNA相同性解析では、96.8%の確率でAnoxybacillus beppuensis及び96.6%の確率でAnoxybacillus rupiensisと判定された。これらの結果から、本菌株はAnoxybacillus属細菌の新菌種であると判断されるので、この細菌株をAnoxybacillus sp. MS8株と命名した。
【0015】
本発明はこれらの発見に基づく。
【0016】
すなわち、本発明の新規微生物は、タンパク質分解酵素を産生し、有機性汚泥の溶解能力を有する、Anoxybacillus(アノキシバシラス)属細菌に属するグラム陽性の新規微生物である。
【0017】
また、本発明に係る微生物は、下水汚泥の重量濃度が25%である浮遊性固形分を、60℃、48時間の培養で20%以上減量化させ得る溶解能を有する。
【0018】
また、本発明に係る微生物は、Anoxybacillus sp.(アノキシバシラス)MS8株(受託番号FERM P-21818)である。
【0019】
また、本発明に係る堆肥の製造方法は、前記新規微生物を使用して、有機性汚泥を溶解化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本技術は特に下水汚泥堆肥の製造に大きな威力を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】Anoxybacillus sp. MS8株の16SリボソームRNA遺伝子のDNA塩基配列(primer: 1094f-r1L-r2L-r3L)
【図2】Anoxybacillus sp. MS8株の汚泥溶解性
【図3】Anoxybacillus sp. MS8株のタンパク質分解酵素活性
【図4】タンパク質分解酵素の阻害による乾燥汚泥重量比
【図5】従来の堆積型による下水汚泥堆肥化設備
【図6】今回試験した下水汚泥の植栽培養土製造設備
【図7】新規微生物を用いた下水汚泥コンポストの製造過程における切返回数,日数及び温度変化
【図8】堆肥化過程に於けるpH値の変動
【図9】堆肥化過程に於ける全炭素量及び全窒素量の変化
【図10】堆肥化過程に於けるC/N比の変化
【図11】堆肥化過程に於けるカリウム量の変化
【図12】堆肥化過程に於けるマグネシウム量の変化
【図13】堆肥化過程に於けるカルシウム量の変化
【図14】堆肥化過程に於けるリン酸量の変化
【図15】堆肥化過程に於けるECの変化
【図16】堆肥化過程に於けるエクソセルラーゼ及びプロテアーゼ活性の変化
【図17】下水汚泥・木質堆肥製品中の細菌数
【図18】発芽インデックス用KS式幼植物栽培容器(キット)
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0023】
〔細菌の分離・同定〕
下水余剰汚泥240 gを500 mlフラスコに採り、それを60℃、60 rpmで1週間振とう培養し、その培養液と新たに採取した余剰汚泥を重量比1:2となるように混合し、連続的に培養した。この操作を1週間に1回繰り返した(4回連続培養)培養液を希釈し、滅菌した余剰汚泥を懸濁した平面寒天培地に塗布して60℃で培養し、生育した細菌のコロニーの中で、コロニーの周囲にハローの確認できるものを分離した。
【0024】
分離した細菌株について、形態学的及び生化学的/生理学的性質を調べた。この菌は、50℃から65℃の温度、pH 6.0から8.0の範囲において増殖でき、グラム染色及び芽胞染色、カタラーゼ試験、オキシダーゼ試験、OF試験やAPI50CHB(Biomerieux, France)等の生化学的/生理学的試験を行った結果(表1参照)、好気性胞子形成のグラム陽性桿菌Geoibacillus stearothermophilusとの相同性(100%)が高い菌であることが判明した。
【0025】
【表1】

【0026】
次に、微生物の進化系統の研究に最も有効な分子マーカーとして利用されている、16S リボソームRNA遺伝子のDNA相同性解析を行った。本菌株の16SリボソームRNA遺伝子を次の条件でPCRによって増幅させ(f1L forward primer: 5'-gagtttgatcctggctcag-3、r4L reverse primer: 5'-acgggcggtgtgtgtacaag-3、反応条件:(1)95℃を5分間、 (2)95℃を30秒間、 (3)52℃を30秒間、 (4)68℃を1分30秒間、 (2)から(4)のサイクルを30回、 (5)68℃で5分間)、このPCR産物をアガロースゲル電気泳動により、目的のDNA断片を切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN Sciences, USA)で精製を行った。その後、精製したDNA断片とシーケンシングプライマー(63f forward primer: 5'-caggcctaacacatgcaagtc-3'、1094f primer: 5'-gtcccgcaacgagcgcaac-3'、r1L reverse primer: 5'-gtattaccgcggctgctgg-3'、r2L primer: 5'-catcgtttacggcgtggac-3'、r3L primer: 5'-ttgcgctcgttgcgggact-3'、または1387r primer : 5'-gggcggtgtgtacaaggc-3')によってシーケンス反応させ((1)96℃を20秒間、(2)50℃を20秒間、(3)60℃を4分間、(1)から(3)のサイクルを30回)、DNAシーケンサーCEQ8000(Beckman Coulter, USA)にて塩基配列を決定し、汚泥溶解菌の16S リボソームRNA遺伝子のDNA塩基配列を得た(図1,別添)。得られた1,291塩基の塩基配列をもとに、代表的なDNA相同性検索エンジンであるBLAST及びFASTA(http://www.ddbj.nig.ac.jp/)にてシーケンスマッチを行った。表2に示すように、Anoxybacillus beppuensisおよびAnoxybacillus rupiensisと相同性が最も高かった。さらに、Anoxybacillus sp.MS8株のDNA塩基組成をHPLC法(非特許文献5)(YMC pack AQ-312カラム((株)ワイエムシィ))で定量したところ、G+C含量は53.2%であった。
【0027】
本菌株は、生化学的/生理学的試験による同定、及び16SリボソームRNA遺伝子のDNA相同性が97%以下であること、並びに実施例2に示すように、下水汚泥を溶解することから、Anoxybacillus属細菌(Anoxybacillus beppuensis近縁)の新菌種と判断されるので、この細菌をAnoxybacillus sp. MS8株(受託番号FERM P-21818)と名付けた。
【0028】
【表2】

【実施例2】
【0029】
〔汚泥減量化率の測定〕
[滅菌汚泥の調整]
下水処理場より採取した余剰汚泥200 gを500 ml三角フラスコに採り、121℃で20分間蒸気滅菌し、それを滅菌した遠沈管に移して、4℃、8,000 × gで遠心した。上清を捨て、残った沈殿を滅菌精製水で3回洗浄した後、その重量濃度(w/v)が25%となるように調整した。なお、通常の下水汚泥の重量濃度は、20から30%である。
【0030】
[SSの測定]
汚泥中の浮遊性固形分(suspended solid; SS)は、余剰汚泥を18,000×gで10分遠心後、上清を取り除き、沈殿を105℃で2日間乾燥させて、その質量を測定した。
【0031】
[汚泥減量化率の測定]
LB液体培地(Tryptone:10 g/L、Yeast extract:5 g/L、NaCl:5 g/L、pH 7.0)で60℃、120 rpmで16時間前培養したAnoxybacillus sp. MS8株を調整滅菌汚泥に接種し(最終菌量約106 cfu/ml)、恒温振とう培養機にて60℃、60 rpmで培養した。経時的にこの滅菌汚泥を採取し、SS乾燥重量が汚泥中に占める割合を0時間のものを100%として減量化(溶解)率の変化を調べた。図2のように、Anoxybacillus sp. MS8株は、60℃の培養3日目で約35%の汚泥溶解率を示した。また、同時に本菌株の増殖も見られることから(データ不記載)、Anoxybacillus sp. MS8株は汚泥を溶解して、その溶解産物を炭素源及び窒素源として増殖するものと考えられる。
【実施例3】
【0032】
〔Anoxybacillus sp. MS8株の産生するタンパク質分解酵素〕
Anoxybacillus sp. MS8株を、汚泥を懸濁した平面寒天培地に塗布して培養すると、形成したコロニーの周囲に汚泥を溶解したハローができる。すなわち、本菌株は菌体外に汚泥に対する可溶化因子を放出することで汚泥を溶解していると考えられる。また、本菌株をカゼインまたはスキムミルク寒天培地に塗布した場合、コロニーの周辺にハローが出来ることから、この可溶化因子はタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)であることが示唆される。そこで、Anoxybacillus sp. MS8株が産生するタンパク質分解酵素の活性を、カゼインを基質とした酵素反応で生成するアミノ酸を定量する方法(非特許文献6)で検討したところ、図3に示すように、60℃で48時間培養した時に、最も高いタンパク質分解酵素活性を示すことが判明した。この48時間培養した上清をポリアクリルアミド電気泳動で調べた結果、一本の濃いバンド(分子量:約90〜100キロダルトン)が視られた。さらに、カゼインザイモグラフィー(非特許文献7)によって、そのタンパク質分解酵素の活性を確認することができた。
【0033】
次に、余剰汚泥を溶解する可溶化因子を調べるため、タンパク質分解酵素の阻害剤を、酵素活性が最も高いAnoxybacillus sp. MS8株の培養液上清(粗酵素液)に添加して、実施例2に従って乾燥汚泥重量比を測定した(図4)。タンパク質分解酵素の阻害剤プロテアーゼインヒビターカクテル(P2714 (Sigma, USA))(原液1 mM ×6種類)を0.6 mMから1.2 mMまで加えた汚泥のみが、段階的に汚泥重量が回復しており、すなわち、タンパク質分解酵素がプロテアーゼインヒビターによって阻害を受け、余剰汚泥を溶解できなかったことを示している。以上の結果から、汚泥可溶化因子はタンパク質分解酵素であることが判明した。
【実施例4】
【0034】
〔下水余剰汚泥と剪定枝の堆肥化に関する実証試験〕
[目的]
高度経済成長期を経て大量破棄社会システムを作り上げてきた日本では、循環型社会への転換は今日の緊急課題である。そのため、循環型産業の構築を目指した新たな取組みが全国各地で展開されようとしている。現在、日本では加速度的な下水道の普及により、総人口比率に比べて56%の生活排水が下水道を経由して処理されている。そのため、下水余剰汚泥の発生量が増加の一途をたどり、その量は8,500万トン(濃縮汚泥ベース)にも達している。その7割が埋立て、2割が焼却、残りの1割のみがコンポストとして緑農地に利用されている。このように日本では、余剰汚泥が価値の高い有機質資源であるのにも係らず、その資源化率が極めて低い。近年、埋立地、最終処分地、焼却炉等の建設コストの上昇で、地方自治体の財政を逼迫させるとともに、ダイオキシンやその他の汚染物質の発生等大きな社会問題を引き起こしている。それに反し、発酵による堆肥化の処理費は、焼却(1トン10万円以上:ランニングコスト及び埋め立処理費を含む)の5分の1以下の1〜2万円以下と試算されているように、処理費が安いばかりではなく、大気汚染や環境ホルモンの生成も避けることができる大きなメリットがある。
【0035】
そこで、下水余剰汚泥を新規の堆肥化技術の開発により、良質堆肥生産の是非を検証するために、「北九州市皇后崎浄化センター」から排出される余剰汚泥を試験材料として実証実験を実施することを試みた。今回の取組みは、北九州市で排出される公共下水汚泥を堆肥化し、豊かな大地を創造する「循環型社会の構築」にある。食の安全性を求める消費者の意識変化は、生産者に影響を与え、化学肥料による農業から有機肥料による農業を営む農家が増加しつつある。生産者にとっては、消費者の求める堆肥の品質(安価・安全・良質)が重要となっており、今回の実証実験の公益性は極めて高いと考えられる。
【0036】
1.従来技術及び新技術の内容と効果
従来の下水汚泥のコンポスト製造に使用されている設備としては、堆積型がコンポスト製造装置のプラント型と堆積型の大きな相違は、切返(攪拌)を自動の機械力あるいは人間が運転するショベルカーで行うかである。プラント型は高額なプラント設備費(数億から十数億)に加え、全自動で行われるためランニングコストは著しく高いものとなる。設備費及びランニングコストが安い堆積型でも、図5に示すように、臭気対策に脱臭装置、原料導入ホッパ及び混合機等が付帯設備として設置する必要がある。
【0037】
本下水汚泥コンポスト化装置は、図6に示すように極めてシンプルである。コンポスト化に用いる副資材のバーク堆肥及び剪定枝は、窒素系、硫黄系及び炭素系の種々の臭気成分を吸収し、資化・分解する力が強いので脱臭装置が不要である。取扱いやすいバーク堆肥(種菌+副資材)及び剪定枝を副資材とするため、ショベルカーによる両者の混合処理だけで済むため原料ホッパ及び混合機も不要である。
【0038】
2.実験概要
原料は、北九州市の下水処理場の余剰汚泥、20m3(約20トン)用意した。副資材となる北九州市の守恒造園(株)剪定枝15m3(約3トン)及びバーク堆肥15m3(約3トン)、計20m3準備した。LB液体培地で60℃、120rpmで16〜18時間培養したAnoxybacillus sp. MS8株及びGeobacillus thermodenitrificans NG80-2株を、余剰汚泥又は剪定枝及びバーク堆肥に、種菌として、最終菌数109 cfu/kgを混合した。これら両資材はローダ(タイヤシャベル)で混合し、発酵槽プラント(30トン槽)に積込みを行った。
【0039】
本実験に使用した種堆肥は、次の述べる工程で製造した。まず原料の余剰汚泥とバーク堆肥を混合(重量比1:1)させ、これを大型オートクレーブ(120℃、20分)で殺菌処理する。次に、殺菌処理した固体原料(汚泥・バーク)にあらかじめ液体培地で培養済みのAnoxybacillus sp. MS8株及びGeobacillus thermodenitrificans NG80-2株を接種し、殺菌処理した小型コンポスターを用いて発酵させた。これを繰り返すことにより、大量の種堆肥を得た。
【0040】
3.下水汚泥堆肥の製造過程
下水汚泥コンポストの製造過程における切返回数,日数及び温度変化は,図7に示した。
【0041】
(結果)
[(1)製造日数]
発酵槽に堆積後品温が上昇して71日間に渡って80℃以上の高温を維持し、発酵が順調に進行していた。従って、製造日数は71日間であった。切返回数は、5回必要とした。
【0042】
[(2) 温度]
発酵温度は、発酵堆積物の上部の5地点の深さ約70cmの部位の温度を5ヶ所測定し、その平均値を記した。
一次発酵の最高温度は、86.0℃(平均82.9℃)に達した。
二次発酵の最高温度は、86.5℃(平均80.2℃)を示した。
三次発酵の最高温度は、87.9℃(平均82.5℃)であった。
四次発酵の最高温度は、84.1℃(平均82.6℃)であった。
五次発酵の最高温度は、82.1℃(平均80.6℃)であった。
【0043】
【表3】

【0044】
(考察)
製造日数は、71日と短期間に製品にすることができた。この日数は従来の下水余剰汚泥の堆肥化日数に比べて短いものであった。特にバーク堆肥及び剪定枝を原料とした場合、堆肥化に半年以上の期間がかかるのが普通であるので、製造期間の短縮効果が理解されよう。なお、発芽インデックス法による腐熟度の検定の結果(表3)では、二次発酵が終了した切返2回目ですでに完熟であるので、堆積・発酵後30日で完熟堆肥に仕上がっていたことを示している。これらの結果は、早ければ1ケ月、遅くとも1ケ月半あれば完熟堆肥になることを示唆している。
【0045】
発酵温度は、従来の堆肥化技術に比べて、驚異的な結果である。何故なら、発酵開始から71日間に渡って、品温が80℃以上の高温を維持する堆肥化技術は皆無である。従って、ここに提案した本発明による余剰汚泥を溶解するAnoxybacillus属細菌(非特許文献2,3)の新菌種でAnoxybacillus sp. MS8株と命名した新規好熱性細菌(受託番号FERM P-21818)及びバーク堆肥から単離・同定した好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株(非特許文献4)を種菌として用いることにより、易分解性有機物の蛋白質とその窒素関連化合物、及びセルロースと種々のβ-1.4化合物の分解を著しく高めた。その結果、活発に増殖した好熱性細菌の発酵熱により高い品温を維持されたと推定される。
【0046】
従って、これらの両好熱性細菌を種菌とした剪定枝とバーク堆肥を副資材とした都市下水余剰汚泥の堆肥化技術は、極めて優れたものであることを示している。
【0047】
4.理化学性の変化
下水余剰汚泥、剪定枝及びバーク堆肥の理化学性は表4に示した。
【0048】
【表4】

【0049】
(結果)
[(1)pH値]
pH値の変動は表4及び図8に示すように、下水余剰汚泥pHは 5.90と酸性を示すが、バーク堆肥のpHは7.69 と弱アルカリ性、剪定枝のpHは6.70の弱酸性であるため、切返1回目でpH(H2O) 6.44と弱酸性を示した。これが切返1回目まで僅かに上昇するがその後減少して製品では、6.41と弱酸性を示した。
【0050】
[(2)全炭素量、全窒素量及びC/N比]
堆肥化過程の全炭素及び全窒素量の経時的変動は図9に、C/N比のそれは図10に示した。原料の下水余剰汚泥、副資材の剪定枝及びバーク堆肥の全炭素、全窒素量及びC/N比は、表4に示した。
【0051】
北九州市の余剰汚泥、バーク堆肥及び剪定枝の全炭素量はそれぞれ42.3%、38.4及び40.4%であった。それらを混合した全炭素量は40.4%であった。全炭素量は発酵の進行に伴って明瞭に減少し、発酵最終の切返5回目では33.9%及び製品では34.8%まで減少していた。
【0052】
北九州市の余剰汚泥の全窒素量は4.97%と著しく多いことが示されたが、副資材の剪定枝1.35%及びとバーク堆肥1.70%低いために混合で2.20%に減少した。全窒素量は発酵の進行に伴って徐々に増加し、発酵最終の切返5回目では3.12%及び製品では3.13%まで増加していた。
【0053】
北九州市の余剰汚泥のC/N比は、特に窒素含量が炭素含量に比べ相対的に多いことを反映してC/Nが8.5であった。副資材のバーク堆肥のC/N比22.6及び剪定枝のC/N比30.0と低いために混合では18.4に減少した。発酵(腐熟)の進行に伴い全窒素量の増加にし、全炭素含量は減少することを反映して、C/N比は徐々に減少して発酵最終の切返5回目では11.2及び製品では11.1まで減少していた。
【0054】
従って、本発酵による有機物量の減少は、順調に進行し製品のC/N比が11.1と極めて良好な堆肥に仕上がっていることが示された。
【0055】
[(3)カリウム量]
堆肥化過程のカリウム量の経時的変動は、図11に示した。原料の余剰汚泥、副資材の剪定枝及びバーク堆肥のカリウム量は、表4に示した。
北九州市の余剰汚泥、剪定枝及びバーク堆肥のカリウム量はそれぞれ0.341、0.967及び1.129%であった。北九州市の余剰汚泥のカリウム量は、剪定枝及びバーク堆肥のカリウム量に比べて著しく低いことが示された。それらを混合したカリウム量は0.764%であった。全炭素量は発酵の進行に伴って明瞭に増加し、発酵最終の切返5回目では1.105%及び製品では1.10%まで増加していた。
【0056】
[(4)マグネシウム量]
堆肥化過程のマグネシウム量の経時的変動は、図12に示した。原料の下水余剰汚泥、副資材の剪定枝及びバーク堆肥のマグネシウム量は、表4に示した。
北九州市の下水余剰汚泥、剪定枝及びバーク堆肥のマグネシウム量はそれぞれ0.415%、0.508及び0.396%であった。マグネシウム量は、カリウム量と異なり、バーク堆肥で多少とも多い程度で大きな差は認められなかった。それらを混合したマグネシウム量は0.450%であった。マグネシウム量は発酵の進行に伴って明瞭に増加し、発酵最終の切返5回目では0.679%及び製品では0.663%まで増加していた。
【0057】
[(5)カルシウム量]
堆肥化過程のカルシウム量の経時的変動は、図13に示した。原料の下水余剰汚泥、副資材の剪定枝及びバーク堆肥のカルシウム量は、表4に示した。
北九州市の余剰汚泥、剪定枝及びバーク堆肥のカルシウム量はそれぞれ1.16%、3.23及び2.51%であった。北九州市の余剰汚泥のカルシウム量は、カリウム量と同様に剪定枝及びバーク堆肥のカルシウム量に比べて著しく低いことが示された。
それらを混合時のカルシウム量は2.19%であった。カルシウム量は発酵の進行に伴って明瞭に増加し、発酵最終の切返5回目では3.66%及び製品では3.60%まで増加していた。
【0058】
[(6)リン酸量]
堆肥化過程のリン酸量の経時的変動は、図14に示した。原料の下水余剰汚泥、副資材の剪定枝及びバーク堆肥のそれぞれのリン酸量は、表4に示した。
北九州市の余剰汚泥、剪定枝及びバーク堆肥のリン酸量はそれぞれ3.904%、0.476及び0.348%であった。北九州市の余剰汚泥のリン酸量は、剪定枝及びバーク堆肥のリン酸量に比べて著しく多いことが示された。
【0059】
それらを混合・堆積し、切返1回目のリン酸量は1.31%であった。リン酸量は発酵の進行に伴って明瞭に増加し、発酵最終の切返5回目では2.35%及び製品では2.37%まで増加していた。
【0060】
[(7)EC(電気伝導度)]
堆肥化過程のECの経時的変動は、図15に示した。原料の下水余剰汚泥及び副資材のバーク堆肥及び剪定枝のECは、表4に示した。
北九州市の余剰汚泥、バーク堆肥及び剪定枝のECはそれぞれ2.97、1.20及び1.94 ms/cmであった。北九州市の余剰汚泥のECは、リン酸量と同様にバーク堆肥及び剪定枝のECに比べて著しく多いことが示された。
【0061】
それらを混合したEC量は2.21 ms/cmであった。全炭素量は発酵の進行に伴って明瞭に増加し、発酵最終の切返5回目では3.89及び製品では3.95 ms/cmまで増加していた。
【0062】
(考察)
北九州市の下水余剰汚泥は、固液分離を高分子凝集剤で行っているため、酸性を示す。しかしながら、副資材である剪定枝は中性、バーク堆肥は弱アルカリ性を示すため混合は、混合では弱酸性を示し、そのpH値は製品まで大きな変動は認められなかった。
北九州市の余剰汚泥は、植物の三要素(肥料成分)の中で窒素及びリン酸に著しく富む有機資材であった。窒素量が多いことを反映して副資材に窒素量の低い剪定枝及びバーク堆肥を用いているのにも係わらず、発酵が終了した切返5回目の下水汚泥堆肥の窒素量は3.12%と高かった。加えて、C/N比は11.2と極めて低い値を示した。従って、本コンポストの窒素量は多く、C/N比も低くい良質な堆肥に仕上がったと言える。
【0063】
カリウム量の少ない北九州市の余剰汚泥にカリウム量の多い剪定枝及びバーク堆肥を副資材に用いることにより、堆肥のカリウム量を著しく増大させることができた。従って、剪定枝とバーク堆肥は植物養分のカリウム量を増加させることに大きく貢献していることが明らかとなった。同様にカルシウム量が少ない余剰汚泥にカルシウム量の多いバーク堆肥を反映して、カルシウム量も改善されていることも示された。
リン酸量が集積している余剰汚泥は、リン酸量の低い剪定枝及びバーク堆肥の混合によりその量を減少させる。しかしながら、発酵過程で有機成分の分解量が多いため、堆肥として満足ゆくリン酸量を確保することができた。
【0064】
加えて、クロロフイル合成の必須元素であるマグネシウム量も豊富あることも判明した。
【0065】
以上の結果から、本発明による汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株及びバーク堆肥から得た好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を下水余剰汚泥と剪定枝及びバーク堆肥を副資材とする堆肥化の種菌として用いることにより、迅速に肥料成分のバランスとれた優良堆肥を製造することが可能となった。
【0066】
5.セルロース及びタンパク分解活性の変化
セルロース分解酵素は金澤(非特許文献8)のエクソセルラーゼ活性(基質:p-ニトロフニルβ-D-グルコピラノシド)、タンパク分解酵素はLardら(非特許文献9)のプロテアーゼ活性(基質:N-ベンゾイル-L-アルギニンアミド)の測定法それぞれ用いて測定した。
【0067】
得られた結果は、図16に示した。
【0068】
[結果]
エクソセルラーゼ活性は発酵開始と同時に高まることが示めされた。その活性のピークは切返2回目まで持続していた。活性はそれ以降徐々に減少する傾向を示した。
【0069】
他方、プロテアーゼ活性は、エクソセルラーゼ活性と同様に、発酵開始と同時に著しく高まり、二次発酵終了時の切返2回目迄持続していた。三次発酵になってもその低下は小さかった。活性は切返4回目から明瞭に減少し、それ以降はほぼ平行に推移していた。
【0070】
[考察]
エクソセルラーゼ活性の結果から、種菌として用いた好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株によりセルロースやβ-1.4結合を有する易分解性化合物が初期発酵から活発に分解されて、その効果は切返2回目迄持続していた。従って、セルロースのようなβ-1.4結合を有する易分解性化合物は、発酵初期に活発に分解され、生成したグルコースは微生物増殖のエネルギー源として利用されていることが示唆された。
他方、プロテアーゼ活性の結果から、タンパク質及びペプチドなどの窒素化合物は酵初期から活発に分解し、発酵中期に至るまでその分解が維持していることが示された。従って、種菌として用いた汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株の添加が、発酵初期から中期にかけてタンパク質及びペプチドなどの窒素化合物の分解を活発に行っていることを示唆している。発酵に伴って全窒素が増加していることから、分解生成物のアミノ酸は活発に増殖する発酵微生物の菌体合成に利用されていることが推定された。
【0071】
発酵初期から中期にかけて炭素及び窒素の易分解性有機物が活発に分解されていたことと、発芽インデックス法による腐熟度の検定では二次発酵が終了した切返2回目ですでに完熟であったことと良く一致する。
【0072】
6.製品の培養法及び直接顕鏡法による細菌及び大腸菌数
培養法による細菌数の測定には、普通寒天培地を用いた。
【0073】
直接検鏡法による細菌数の測定には、全細菌数は蛍光染料ethidium bromide
(EB)、生細菌数は蛍光染料6-carboxy fliorescein diacetate(CFDA)を用いて測定した。これらの蛍光染料で染色した全細菌及び生細菌は図17に示した。
【0074】
[結果]
培養法及び直接検鏡法による製品の細菌数及び大腸菌数は、表5に示した。また、培養法による全細菌数は、乾物1g当たり44.9×107と約4.5億個存在していた。
直接蛍光顕鏡法による製品の全細菌(EB染色)数は、乾物1g当たり6.45×1010と約645億個の菌数が存在した。他方、全生細菌(CFDA染色)数は乾物1g当たり5.12×109と約51億の菌数が存在した。
【0075】
製品の大腸菌数は、検出限界以下となり、検出できなかった。
【0076】
【表5】

【0077】
(考察)
直接検鏡法による製品中の全菌数は乾物1g当たり645億個にも達していた。このように、本コンポスト化過程においては驚くような菌数を示した。微生物の菌体は植物養分のプールとしての機能を有している。従って、本堆肥は、微生物バイオマスに富む良質堆肥であると判定できる。この事実から、本発明による汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株及びバーク堆肥から得た好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌として用いることによって、下水余剰汚泥に多量に存在する窒素化合物及び剪定枝やバークに多量に存在するセルロースのようなβ-1,4結合化合物を基質(エサ)にして活発に増殖していることが推定される。
【0078】
この計数には、活性がない細菌も含まれているので、生きている生細菌数を調べたところ約51億個に達も存在していることが明らかとなった。また、全細菌数に占める生細菌数は8.5%であることから、80℃にも達する高温時に活躍していた種々の高熱細菌は、製品のような低温時にはほとんど死滅し、中温菌が主に生残していることを示唆している。
【0079】
直接検鏡法及び培養法で計数された全細菌数を比べると、直接検鏡で計数される全細菌数の方が143倍も多かった。従って、寒天培地を用いる培養法では、本堆肥中に存在する全細菌数の僅か0.7%しか計数できないことを示している。
【0080】
培養法で計数される細菌は堆肥中で生きている菌なので直接検鏡法の生細菌数と比べると、直接検鏡法の方が約11倍多かった。従って、培養法では堆肥中の生細菌数の約9%を把握するにすぎないことが判明した。
【0081】
混合時に多数存在していた大腸菌は、製品で認められなかった。これは、本発明による汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株及びバーク堆肥から得た好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌として用いることによって、極めて高い発酵温度が維持されるため、大腸菌を死滅させたことを示している。従って、本発酵法は、大腸菌を速やかに死滅させるので、公衆衛生学の観点から見て極めて優れていることを示している。
【0082】
7.発芽インデックス法による腐熟度の評価
出来上がった北九州市の下水余剰汚泥堆肥が植物の生育に良好な肥料成分を有しているかどうかは極めて重要である。そこで、新しく改良した発芽インデックス法により製造されたコンポストの腐熟度の判定を実施した。
【0083】
なお、新規に開発した発芽インデックス・キットの概要は、図18に示した。図18は、本発明者が開発した植物の生育測定器具(特開2004−201586号参照)である。生育測定器具Aは、栽培槽10、着床部材20、生育ホルダー25、支持基板30、及び蓋体40を有する。
【0084】
栽培槽10は、上方に開口し、アクリル樹脂等の透明又は半透明の部材により構成されている。栽培槽10の内底部11には、長手方向に仕切壁体12が立設されており、この仕切壁体12により栽培槽が長手方向に2つに区画されている。また、栽培槽10の正面側及び背面側の外表面部13、14には植物の生育度合いを測定する目盛部13a,14aが生育ホルダー21の下端部を基準点15として上方に1cm毎に設けられている。
【0085】
着床部材20は、植物の種子を着床、発芽、生育させる部材であり、栽培槽10に収容されている。着床部材20は、水分、コンポスト化処理物からの抽出液、肥料含有水溶液等を吸液すると共に、植物の種子の着床、発芽、生育することができる材料から構成され、例えば、不織布、脱脂綿、スポンジ、濾紙、ロックウール、ガラスウール、セラミック多孔体、ヤシ殻マットなどから構成される。
【0086】
生育ホルダー25は、支持基板30に並列して複数連設された状態で、栽培槽10に収容されている。生育ホルダー25は、視認性を有する透明又は半透明の縦長の筒状体からなり、着床部材20より発芽した植物を視認できる。支持基板30は、視認性を有する生育ホルダー25内で生育する植物の生育度合いを視認しやすいように暗色部材、本形態では黒色の樹脂板で構成されている。図18では、15本の生育ホルダー25が、支持基板30に並列に連設され、支持基板30、側面基板32,32、及び正面基板33により四方を包囲されてユニット化されている。また、各生育ホルダー25の下部には、着床部材20が収容される構造となるように各生育ホルダー25の下端部及び側面基板32の下端部は同じ長さとなるように設定され、支持基板30及び正面基板33の下端部は上記各生育ホルダー25の下端部及び側面基板32の下端部より短く設定されている。
【0087】
蓋体40は、栽培槽10の上部開口を閉蓋する蓋であり、アクリル樹脂等の透明又は半透明な材質から構成されている。この蓋体40には、施蓋して種子の発芽、生育中等で各生育ホルダー25内が水蒸気で曇ってしまうため、曇り等を防止するため、長手方向中央には、直径3mmの通気用孔41が等間隔で3箇所形成されている。
【0088】
製造したコンポストが農耕地に施用する場合、そのコンポストの腐熟が十分であるかを判定しなければならない。そこで、新しく、幼植物試験法とポット栽培試験法の長所を取り入れた簡便・迅速な発芽インデックス法を改良した。本法は蒸留水を対照にコンポストの抽出液でコマツナを栽培して、その発芽率と茎長を7日目に調べ、次式を用いて発芽インデックスを求める。
【0089】
【数1】

【0090】
具体的には、まず、乾燥した微細粉末試料20gに沸騰させた蒸留水80mLを加えよく攪拌した後、1時間静置した。静置後7000rpm、10minで遠心分離を行った。遠心後、上澄液を本発明者が開発した植物の生育測定器具(図18参照)の着床部材20に添加しコマツナ種子30粒を播種した。1週間25℃の恒温槽で栽培した。対照は、同様の処理をした後蒸留水で栽培した。1週間後発芽数と茎の長さを測定し、上記の式(1)によって発芽インデックス(GI)を測定した。
【0091】
発芽インデックス100%以上、即ち、堆肥抽出液で生育させた植物の茎長が蒸留水で生育させたそれよりも長ければ、植物の生育に障害を与えていないので熟度は十分であるとした。
【0092】
(結果)
発芽インデックスの結果は、表3に示した。原料の下水余剰汚泥、バーク堆肥の発芽インデックスも、表3に示した。
【0093】
北九州市の下水余剰汚泥の発芽インデックスは、コマツナが全く生育せず0%であった。他方、副資材のバーク堆肥のそれは163%で完熟堆肥であった。
【0094】
原料の下水汚泥の発芽インデックスは0%であったが、福資材の剪定枝及びバーク堆肥との混合した発芽インデックスは、89.2%と著しく増加した。切返1回目は92.1%であった。しかしながら、切返2回目以降は全て100%を越え、特に切返5回目は143%を示した。
【0095】
(考察)
北九州市の下水余剰汚泥の発芽インデックスの結果は、植物の生育を阻害する物質が極めて多いことを示している。一方、副資材のバーク堆肥は阻害物質が分解されていて、植物を良好に生育させる有機質肥料であった。両者を混合させ、発酵(一次発酵)過程を経ると、途端に発芽インデックスは著しく増加させていた。その後、発酵の進行に伴って発芽インデックスが上昇していくことから、発酵熱によって植物の生育を阻害する下水余剰汚泥由来の植物成育阻害物質が分解されることを示している。植物阻害物質は、切返2回目になると消失していた。この値は、腐熟度の判定では“完熟”に相当する。従って、本堆肥化に本発明による汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株及びバーク堆肥から得た好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌として用いることにより、発酵の中期(切返2回目)にはそれらの阻害物質が分解され、良質な有機質肥料に仕上がっていることが示された。
【0096】
以上の結果から、剪定枝及びバーク堆肥を副資材とした下水余剰汚泥の堆肥化において、本発明による機能性の高い2種類の好熱性細菌を種菌とすると、1ケ月、遅くとも1ケ月半以内の極めて短期間に安全な堆肥を製造できることが明らかとなった。
【0097】
8.評価・まとめ
本モデル化実施試験により、次のような成果が得られた.
【0098】
1) 北九州市の下水余剰汚泥堆肥は、71日間5回の切返で製造することができた。71日間に渡って品温が80℃以上の高温を維持していた。
【0099】
2) 北九州市の余剰汚泥は、固液分離を高分子凝集剤で行っているため、酸性を示す。しかしながら、副資材である剪定枝は中性、バーク堆肥は弱アルカリ性を示めすためそのpH値は製品まで大きな変動はなく微酸性であった。
【0100】
3)北九州市の余剰汚泥は植物養分の三要素の内窒素及び燐酸に富み、剪定枝及びバーク堆肥を混合することでカリウムが供給され良質な堆肥となっていた。カルシウム量の多いバーク堆肥によりカルシウム量も改善されていた。
【0101】
4)北九州市の余剰汚泥のC/N比は、8.5であった。発酵(腐熟)の進行に伴い全窒素量が増加し、全炭素量の減少を反映して、製品のC/N比は11.1と極めて良好な堆肥に仕上がっていた。
【0102】
5)北九州市の余剰汚泥のリン酸量は、副資材の剪定枝及びバーク堆肥のそれに比べて著しく多く、それらの混合でリン酸量は1.31%であった。発酵の進行に伴い増加し、製品では2.37%と満足ゆくリン酸量を示した。
【0103】
6)エクソセルラーゼ及びプロテアーゼ活性は発酵開始と同時に著しく高まることが示めされた。その活性のピークは切返2回目まで持続していた。活性はそれ以降徐々に減少する傾向を示した。従って、セルロースのようなβ-1.4結合を有する化合物及びタンパク質やペプチドなどの易分解性有機物は、発酵初期に活発に分解され、微生物増殖のエネルギー源及びその菌体合成に利用されているこが示唆された。
【0104】
7)直接検鏡法による製品の全細菌数は乾物1g当たり645億個にも達し、驚くような菌数を示した。微生物の菌体は植物養分のプールとしての機能を有しているので、本堆肥は微生物バイオマスに富む良質堆肥であった。生細菌数を調べたところ約51億個に達も存在していた。
【0105】
8)北九州市の余剰汚泥の発芽インデックスの結果は、植物生育阻害物質量が極めて多かった。副資材の剪定枝及びバーク堆肥と混合発酵させると下水余剰汚泥の植物阻害物質は、切返2回目(二次発酵終了:発酵開始30日目)迄に消失し、“完熟”堆肥に仕上がっていた。
【0106】
結論として、発酵の中期(二次発酵終了:発酵開始30日目)にそれらの阻害物質が分解され、良質な有機質肥料に仕上がっていた。従って、本発明による汚泥溶解新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株及好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌とした下水余剰汚泥の堆肥化は剪定枝及びバーク堆肥を副資材として行う場合、早ければ1ケ月、遅くとも1ヵ月半以内の極めて短期間に完熟堆肥を製造できることを明らかにした。
【0107】
加えて、本生物処理に用いた設備は,焼却処理はもとより、プラント型堆肥化施設(数億から十数億の高額なプラント設備)が必要なく、同じ堆肥型でも脱臭装置、原料導入ホッパや混合機等が不要で、極めて安価であった。
【0108】
〔発明の効果〕
提案した課題の多くの部分が達成されたものと考える。即ち、現在まで大量発生のため主に焼却処分や埋立てしか解決法が無かった都市下水余剰汚泥が本発明による汚泥溶解活性の高い新規好熱性細菌Anoxybacillus sp. MS8株(受託番号FERM P-21818)及びバーク堆肥から得た好熱性セルロース分解菌Geobacillus thermodenitrificans NG80-2株を種菌とし、副資材を剪定枝あるいはバーク堆肥とすることで、臭気がなく、冬季間の低温期にも係わらず実質的には、早ければ30日、遅くとも45日以内の極めて短期間で微生物バイオマスに富む良質な完熟堆肥の製造が可能となった。加えて、その処理費も5分の1以下に軽減され、農業生産に大きく寄与する有用な有機肥料に変換できた。
【0109】
さらに、CO2ガスの発生を抑制して地球温暖化を緩和する、いわゆるカーボンニートラルに大きく貢献する。
【符号の説明】
【0110】
10 栽培槽
11 内底部
12 仕切壁体
13 外表面部
13a 目盛部
14 外表面部
14a 目盛部
15 基準点
20 着床部材
25 生育ホルダー
30 支持基板
32 側面基板
33 正面基板
40 蓋体
41 通気用孔
50 恒温槽
A 生育測定器具
L 茎長
S 幼植物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質分解酵素を産生し、有機性汚泥の溶解能力を有する、Anoxybacillus(アノキシバシラス)属細菌に属するグラム陽性の新規微生物。
【請求項2】
下水汚泥の重量濃度が25%である浮遊性固形分を、60℃、48時間の培養で20%以上減量化させ得る溶解能を有する請求項1記載の新規微生物。
【請求項3】
Anoxybacillus sp.(アノキシバシラス)MS8株(受領番号FERM AP-21818)である請求項1または2記載の新規微生物。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の新規微生物を使用して、有機性汚泥と木材廃棄物の混合物を溶解化することを特徴とする堆肥の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−24568(P2011−24568A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141057(P2010−141057)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(301033293)
【出願人】(509176488)株式会社守恒造園建設 (2)
【Fターム(参考)】