説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】磁区細分化用の線状溝の形成により鉄損を低減した方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板表面に、磁区細分化用の線状溝を有する方向性電磁鋼板において、該線状溝直下に、ゴス方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒が存在している線状溝の比率を20%以下とし、さらに、二次再結晶粒の平均β角を2.0°以下、かつ粒径が10mm以上の二次再結晶粒内のβ角変動幅平均値を1〜4°の範囲に制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一歪を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。
また、特許文献2には、仕上げ焼鈍済みの鋼板に対して、882〜2156 MPa(90〜220 kgf/mm2)の荷重で地鉄部分に深さ:5μm 超の溝を形成したのち、750℃以上の温度で加熱処理することにより、磁区を細分化する技術が提案されている。
上記のような磁区細分化技術の開発により、鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特公昭62−53579号公報
【特許文献3】特開平7−268474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した溝形成により磁区細分化処理を施す技術の中でも、特に、電解エッチング法により線状溝形成を行い磁区細分化処理を施す技術においては、レーザー照射などによる高転位密度域を導入する磁区細分化技術に比べて、必ずしも十分な鉄損低減効果が得られるとは限らなかった。
【0006】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、電解エッチング法により磁区細分化用の線状溝を形成した場合の鉄損低減効果を向上させた方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、上記した問題を解決すべく鋭意検討を重ねた。その結果、電解エッチング法での線状溝の形成によって磁区細分化処理を行う場合に、二次再結晶粒の平均β角が2.0°以下であると、処理前の磁区幅が大きすぎて効果的な磁区細分化が達成されずに、十分な鉄損改善が望めないことが判明した。
【0008】
そこで発明者らは、さらに検討を重ねた。
その結果、二次再結晶粒の平均β角が2.0°以下であっても、
(a) 磁区細分化用の線状溝の直下における微細粒の方位と粒径とを所定の範囲に規定し、その規定した微細粒が存在している線状溝の比率(溝頻度ともいう)を所定の値とすると共に、
(b) 二次再結晶粒内のβ角の変動幅(一つの結晶粒内のβ角の最大値から最小値を引いたもの)を所定の範囲に制御する
ことにより、十分に鋼板の磁区が細分化され、安定して鉄損改善量が大きい方向性電磁鋼板が得られることを見出した。
本発明は上記知見に立脚するものである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、かつ該鋼板表面に磁区細分化用の線状溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該線状溝の直下に、ゴス方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒が存在している線状溝の比率が20%以下で、
二次再結晶粒の平均β角が2.0°以下で、かつ粒径が10mm以上の二次再結晶粒内のβ角変動幅平均値が1〜4°の範囲であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0010】
2.方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げ、ついで脱炭焼鈍を施し、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行ったのち、張力コーティングを施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) フォルステライト被膜が形成される上記最終仕上げ焼鈍前に、電解エッチング法により、鋼板の幅方向に線状溝を形成する、
(2) 上記熱延板焼鈍時の冷却過程において、少なくとも750〜350℃の温度域の平均冷却速度を40℃/s以上とする、
(3) 上記脱炭焼鈍の昇温過程において、少なくとも500〜700℃の温度域の平均昇温速度を50℃/s以上とする、
(4) 上記最終仕上げ焼鈍をコイル状で行い、該コイルの径を500〜1500mmの範囲とする
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、電解エッチング法により線状溝を形成する磁区細分化処理を施す場合に、従来に比べて鉄損低減効果が大きい方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】結晶粒内の平均β角と磁区幅との関係を、結晶粒内β角の変動幅をパラメータとして示したグラフである。
【図2】線状溝形成による磁区細分化処理を施した鋼板における、平均β角と鉄損値W17/50との関係を、結晶粒内β角の変動幅をパラメータとして示したグラフである。
【図3】歪導入による磁区細分化処理を施した鋼板における、平均β角と鉄損値W17/50との関係を、結晶粒内β角の変動幅をパラメータとして示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明における線状溝(以下、単に溝ともいう)の形成手法は、電解エッチング法を用いる。というのは、他にも機械的手法(突起ロールやけがき)による溝形成法があるが、この手法では、鋼板表面の凹凸が増大するために、例えば、トランスを作製した際に、鋼板の占積率の低下を招く不利がある。
また、溝形成に、機械的手法を用いた場合、その後に、鋼板の歪みを開放する焼鈍を行う必要があるが、その焼鈍によって、溝直下に方位の悪い微細粒が多く形成されてしまい、溝直下に所定の微細粒が存在する溝の比率を制御することが困難となるからである。
【0014】
溝頻度:20%以下
本発明では、溝直下の微細粒の中で、ゴス方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒を対象とし、この結晶粒が溝直下に存在する線状溝の比率(以下、溝頻度ともいう)が重要である。本発明では、この溝頻度を20%以下とする。
というのは、本発明で、鋼板の鉄損特性を改善するためには、溝形成部の直下にゴス方位からのずれが大きい微細粒をなるべく存在させないことが重要だからである。
【0015】
ここに、特許文献2や特許文献3では溝直下に微細粒が存在する場合、鋼板の鉄損がより改善すると述べられている。しかしながら、発明者らの検討によれば、方位の悪い微細粒の存在は、むしろ鉄損劣化の要因となるため、できる限りその存在を低減する必要があることが判明した。
また、さらに溝直下に微細粒が存在する鋼板を詳細に調査したところ、上述したように、溝頻度が20%以下の鋼板における鉄損特性が良好であった。従って、本発明の溝頻度は前述したとおり20%以下とする。
【0016】
本発明において、上記した範囲以外の微細粒、すなわち、5μm以下の超微細粒や、5μm以上でもゴス方位からのずれが10°未満である結晶方位が良好な微細粒は、鉄損特性に好影響も悪影響も及ぼさないので、存在していても問題はない。なお、粒径の上限は、300μm程度である。粒径がこのサイズ以上になると、素材鉄損も劣化するので、微細粒を有する溝頻度をある程度低減しても実機鉄損を改善する効果が乏しくなるからである。
【0017】
なお、本発明における微細粒の結晶粒径、結晶方位差および溝頻度の求め方は、次のとおりである。
微細粒の結晶粒径は、溝部に直交する方向での断面観察を100箇所行い、微細粒が存在した場合は円相当径にて結晶粒径を求める。また、結晶方位差は、EBSP(Electron BackScattering Pattern)を用いて溝底部の結晶の結晶方位を測定し、ゴス方位からのずれ角として求める。
さらに、本発明における溝頻度とは、上記の100箇所の測定箇所の内、本発明で規定する結晶粒が存在した溝を100で割った比率を意味する。
【0018】
次に、二次再結晶粒の平均β角(以下、単に平均β角という)および二次再結晶粒内における粒内β角の変動幅(以下、単にβ角変動幅という)が種々に異なる方向性電磁鋼板の磁区幅および鉄損について調査した(平均β角が0.5°以下と平均β角が2.5〜3.5°の範囲のサンプルを評価した、また評価したサンプルは、全て平均α角が2.8〜3.2°の範囲内であり、α角はほぼ同レベルであった)。
磁区細分化処理前の平均β角と磁区幅の関係を、図1に示す。
【0019】
同図に示したとおり、β角変動幅が少ない場合には、平均β角が2°以下になると、磁区幅が大きく増加している。一方、β角変動幅が大きい場合には、平均β角が2°以下における磁区幅の増大がほとんど観察されなかった。これは、β角変動幅が大きい場合、二次再結晶粒内の一部に存在しているβ角が大きい部分すなわち磁区幅が小さい部分が、β角が小さい部分すなわち磁区幅が大きい部分に対して磁気的な影響を及ぼし、磁区幅の増大がほとんど観察されない結果になったと考えられる。
【0020】
次に、溝形成および歪み導入による磁区細分化処理後の鉄損と平均β角との関係について調べた結果を、図2,3に示す。
図3に示したとおり、歪みを鋼板に導入した場合には、平均β角が小さいと、β角変動幅によっては大きな鉄損差が認められなかったが、平均β角が大きく、かつβ角変動幅も大きいと、鋼板の鉄損は大きくなる傾向にあった。
一方、溝を鋼板に形成した場合には、図2に示したとおり、平均β角が小さくても、β角変動幅が大きいと、良好な鉄損を示す傾向にあることが判明した。
これらの理由は、溝形成による磁区細分化処理での鉄損低減効果が元々低いため、磁区幅が広いと、十分に磁区が細分化されずに、鉄損低減効果が不十分になるためと考えられる。しかしながら、本発明では、同時に二次再結晶粒内のβ角を変動させることで、磁区細分化処理前の磁区幅が細分化され、鋼板の鉄損が低減したものと考えられる。
【0021】
その後、さらに良好な鉄損低減効果が得られる条件を調査したところ、平均β角が2.0°以下の場合には、β角変動幅の平均を1〜4°の範囲にすることが重要であることが究明された。
【0022】
ここに、本発明における二次再結晶粒の結晶方位は、X線ラウエ法を用いて1mmピッチで測定し、1つの粒内の全測定点から粒内の変動幅(β角変動幅に同じ)およびその結晶粒の平均結晶方位(α角、β角)を求める。また、本発明では、鋼板の任意の位置の結晶粒を50個分測定して、その平均値を求めることで、その鋼板の結晶方位とする。
なお、α角とは、二次再結晶粒方位の圧延面法線方向(ND)軸における(110)[001]理想方位からのずれ角であり、β角とは、二次再結晶粒方位の圧延直角方向(TD)軸における(110)[001]理想方位からのずれ角である。
ただし、β角変動幅を測定する二次再結晶粒としては、粒径:10mm以上のものを選択することとする。具体的には、上記X線ラウエ法による結晶方位測定において、α角が一定となる範囲を1つの結晶粒と判断してその長さ(粒径)を求め、長さが10mm以上のものに対してβ角変動幅を求めて、その平均値を求めるものとする。
【0023】
本発明における磁区幅については、ビッター法により磁区細分化処理面の磁区観察を行い求める。磁区幅についても結晶方位同様に、結晶粒50個分の磁区幅を実測し、その平均を鋼板全体の磁区幅とする。
【0024】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件について具体的に説明する。
まず、本発明の重要ポイントであるβ角を変動させる方法について述べる。
β角の変動は、最終仕上げ焼鈍時における二次再結晶粒1個あたりの曲率や二次再結晶粒径を調整することによって制御することができる。ここに、二次再結晶粒1個あたりの曲率に影響を与える因子としては、最終仕上げ焼鈍時のコイル径が挙げられる。
すなわち、コイル径が大きいと曲率は小さくなりβ角変動は小さくなる。他方、二次再結晶粒径については、粒径が小さいとβ角変動も小さくなる。なお、本発明では、コイル径という場合は、コイル直径を意味する。
【0025】
但し、方向性電磁鋼板の製造時、鋼板のコイル径をある程度の変更することは可能であるが、コイル径が大きくなりすぎるとコイル変形の問題が発生し、小さくなりすぎると平坦化焼鈍での形状矯正が困難になるなど、コイル径の変更だけでβ角変動幅の制御を行うことは制約が多く困難である。そのため、本発明では、コイル径の変更だけでなく、上述した二次再結晶粒径の制御を組み合わせる。なお、二次再結晶粒径の制御は、脱炭焼鈍時において、少なくとも500〜700℃の温度域の昇温速度を調整することで制御することが可能である。
【0026】
従って、本発明では、上記コイル径と二次再結晶粒径の二つのパラメータについて、
(1) 最終仕上げ焼鈍時のコイル径を500〜1500mmの範囲とし、
(2) 脱炭焼鈍の昇温過程において、少なくとも500〜700℃の温度域の平均昇温速度を50℃/s以上とする
ことで、二次再結晶粒内のβ角変動幅の平均を1〜4°の範囲に制御する。
なお、上記平均昇温速度の上限は特に制限されないが、設備上の観点から、700℃/s程度が好ましい。
【0027】
なお、コイル径を1500mm以下としたのは、コイル径が1500mmを超えると、上記したように、コイル変形の問題が発生するだけでなく、鋼板の曲率が大きくなりすぎるので、粒径:10mm以上の二次粒についてのβ角変動幅の平均値が、1°未満となってしまうおそれがあるからである。一方、コイル径を500mm以上としたのは、コイル径が500mmに満たないと、上記したように、平坦化焼鈍での形状矯正が困難になるからである。
【0028】
本発明に従う電磁鋼板は、平均β角を2.0°以下にする必要があるが、平均β角の制御には、熱延板焼鈍時の冷却速度および脱炭焼鈍時の昇温速度の制御による一次再結晶集合組織の改善が極めて有効である。
すなわち、熱延板焼鈍時の冷却速度を速くすると、冷却時に析出する炭化物が微細に析出し、圧延後に形成する一次再結晶集合組織を変化させることができる。
また、脱炭焼鈍時の昇温速度は、一次再結晶集合組織を変化させることができるので、二次再結晶粒径だけでなく二次再結晶粒の方位選択性も制御することができる。すなわち、昇温速度を速くすることで平均β角を制御することができるのである。
具体的には、
(1) 熱延板焼鈍時の冷却速度を、少なくとも750〜350℃の温度域の平均で、40℃/s以上とする、
(2) 脱炭焼鈍時の昇温速度を、少なくとも500〜700℃の温度域の平均で、50℃/s以上とする
の2条件を満足することで、平均β角を制御することができる。
なお、上記冷却速度の上限は特に制限されないが、設備上の観点から、100℃/s程度が好ましい。また、上記昇温速度の上限は前述したとおり、700℃/s程度が好ましい。
【0029】
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、磁区細分化効果の大きい二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl,N,SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0030】
さらに、本発明は、Al,N,S,Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al,N,SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0031】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0032】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0033】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0034】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として公知である、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.50質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.50質量%の範囲とするのが好ましい。
【0035】
また、Sn,Sb,Cu,P,MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避不純物およびFeである。
【0036】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0037】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
また、この熱延板焼鈍時の冷却速度を、少なくとも750〜350℃の温度域の平均で、40℃/s以上とする必要があることは、前述したとおりである。
【0038】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げ、ついで脱炭焼鈍(再結晶焼鈍を兼用する)を施したのち、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、コイルに巻きとって二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。なお、焼鈍分離剤は、フォルステライトを形成するためMgOを主成分とするものが好適である。ここでMgOが主成分であるとは、本発明の目的とするフォルステライト被膜の形成を阻害しない範囲で、MgO以外の公知の焼鈍分離剤成分や特性改善成分を含有してもよいことを意味する。
ここに、この脱炭焼鈍時の昇温速度を、少なくとも500〜700℃の温度域の平均で、50℃/s以上とし、コイル径を500〜1500mmの範囲とする必要があることは、前述したとおりである。
【0039】
最終仕上げ焼鈍後には、平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施す。ここに、この絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティング(以下、張力コーティングという)を意味する。なお、張力コーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0040】
本発明では、上述した最終の冷間圧延後であって最終仕上げ焼鈍前のいずれかの工程で、方向性電磁鋼板の鋼板表面に、印刷等によりエッチングレジストを付着させたのち、非付着域に電解エッチング法により線状溝を形成する。その際、溝底部に存在する特定の微細粒すなわち結晶粒の頻度を制御すること、および二次再結晶粒の平均β角と粒内β角変動幅を前述のとおりに制御することで、溝形成による磁区細分化による鉄損の向上がより大きなものとなり、十分な磁区細分化効果が得られる。
【0041】
本発明で鋼板表面に形成する溝は、幅:50〜300μm、深さ:10〜50μm および間隔:1.5〜10.0mm程度とし、溝の圧延方向と直角方向に対するずれは±30°以内とすることが好ましい。なお、本発明において、「線状」とは、実線だけでなく、点線や破線なども含むものとする。
【0042】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の溝を形成して磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を、適宜使用することができる。
【実施例1】
【0043】
表1に示す成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物の組成からなる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1450℃に加熱後、熱間圧延により板厚:1.8mmの熱延板としたのち、1100℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延によって、最終板厚:0.23mmの冷延板に仕上げた。このとき、熱延板焼鈍の冷却過程における350〜750℃の温度域での冷却速度を20〜60℃/sの範囲で変化させた。
【0044】
【表1】

【0045】
その後、グラビアオフセット印刷によるエッチングレジストを塗布し、ついで電解エッチングおよびアルカリ液中でのレジスト剥離を行うことにより、幅:200μm、深さ:25μmの線状溝を、圧延方向と直交する向きに対し7.5°の傾斜角度にて4.5mm間隔で形成した。
ついで、酸化度P(H2O)/P(H2)=0.55、均熱温度840℃で60秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。その後、二次再結晶、フォルステライト被膜形成および純化を目的とした最終仕上げ焼鈍をN2:H2=70:30の混合雰囲気中にて1250℃、100hの条件で実施した。
上記の脱炭焼鈍時の昇温速度を20〜100℃/sの範囲で変更し、最終仕上げ焼鈍時のコイルの内径を300mm、外径を1800mmとした。その後、850℃、60秒の条件で形状を整える平坦化焼鈍を行い、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティングを付与して製品とし、磁気特性を評価した。また、比較として、溝形成を最終仕上げ焼鈍終了後に突起ロールを用いた方法で行った。溝形成条件は同じである。その後、コイルの複数の場所よりサンプルを採取し、磁気特性を評価した。なお、鋼板の長手方向に、結晶方位をRD方向に1mm間隔でX線ラウエ法を用いて測定し、α角が一定となる条件で粒径を判断して、β角の粒内変化を測定した。また、β角変動幅を測定する二次再結晶粒としては、粒径:10mm以上のものを選択することとした。
上記した鉄損等の測定結果を表2に併記する。
【0046】
【表2】

【0047】
同表に示したとおり、電解エッチング法による溝形成によって磁区細分化処理を施した場合にあって、本発明の適正範囲を満足する溝頻度、平均β角およびβ角変動幅平均値を有している方向性電磁鋼板は、極めて良好な鉄損特性が得られた。しかしながら、溝頻度、平均β角およびβ角変動幅平均値のうち、いずれか一つでも本発明の適正範囲を逸脱した方向性電磁鋼板は、その鉄損特性に劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、かつ該鋼板表面に磁区細分化用の線状溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該線状溝の直下に、ゴス方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒が存在している線状溝の比率が20%以下で、
二次再結晶粒の平均β角が2.0°以下で、かつ粒径が10mm以上の二次再結晶粒内のβ角変動幅平均値が1〜4°の範囲であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げ、ついで脱炭焼鈍を施し、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行ったのち、張力コーティングを施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) フォルステライト被膜が形成される上記最終仕上げ焼鈍前に、電解エッチング法により、鋼板の幅方向に線状溝を形成する、
(2) 上記熱延板焼鈍時の冷却過程において、少なくとも750〜350℃の温度域の平均冷却速度を40℃/s以上とする、
(3) 上記脱炭焼鈍の昇温過程において、少なくとも500〜700℃の温度域の平均昇温速度を50℃/s以上とする、
(4) 上記最終仕上げ焼鈍をコイル状で行い、該コイルの径を500〜1500mmの範囲とする
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−77380(P2012−77380A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197620(P2011−197620)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】