説明

方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤

【課題】被膜反応性が高く、その結果、被膜外観均一性に優れたフォルステライト被膜を安価に得ることができる方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を提案する。
【解決手段】Bを0.05〜0.20質量%含有するマグネシアを主体とし、かかるマグネシア:100質量部当たり、リン酸塩をP換算で0.1〜1.0質量部配合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤に関し、方向性電磁鋼板の被膜特性とくに被膜外観の均一性の有利な改善を図ろうとするものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板の製造は、所定の成分組成に調整した鋼スラブに、熱間圧延、焼鈍、冷間圧延を施し、ついで再結晶焼鈍後、仕上焼鈍を施す工程を経るのが一般的である。上記の工程のうち、仕上焼鈍工程では、1200℃以上の高温での焼鈍が必要であることから、コイルの焼き付き防止のために、マグネシウムを主体とする焼鈍分離剤を塗布するのが通例である。
また、マグネシウムは、上記した焼鈍分離剤としての役割の他に、仕上焼鈍の前に行われる脱炭焼鈍時に鋼板表面に生成するシリカを主体とする酸化層と反応させてフォルステライト被膜を形成させるという働きもある。
【0003】
このようにして形成されたフォルステライト被膜は、上塗りされるリン酸塩系の絶縁被膜と地鉄との密着性を向上させるバインダーとしての働きをはじめとして、鋼板に張力を付与することにより磁気特性を向上させる働き、さらには鋼板の被膜外観を均一にする等の働きがあり、方向性電磁鋼板に占める焼鈍分離剤の役割は大きい。
【0004】
このため、従来から、焼鈍分離剤の主成分であるマグネシアについては、その品質改善のために様々な工夫が施されている。
例えば、特許文献1には、マッフル炉で高温焼成されたマグネシアの不純物濃度、水和量、篩通過性を規定することで、良好なフォルステライト被膜を形成する方法が提案されている。
特許文献2には、マグネシア中のCaOと水和量の合計を所定の範囲以下に制御する技術が、また特許文献3には、CaO,SO3,B等の不純物濃度や、比表面積、粒径、クエン酸活性度の分布を所定の範囲におさめることによって、良好なフォルステライト被膜を形成する技術が提案されている。
特許文献4には、CAA70%が250〜1000秒、CAA70%/CAA40%の値が1.5〜6.0、かつ粒径 20%値が1.2μm以下、BET値が20.5〜35であるマグネシアが、また特許文献5には、りんがP2O3換算で0.03〜0.15重量%含まれ、かつモル比Ca/(Si+P+S)が0.7〜3.0であるマグネシアがそれぞれ提案されている。
さらに、特許文献6には、一般式:[Mg1-xax1bx2]O・Ayで表わされる固溶型複合酸化物である方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭54−14566号公報
【特許文献2】特公昭56−15787号公報
【特許文献3】特公昭57−45472号公報
【特許文献4】特許第3650525号公報
【特許文献5】特許第3761867号公報
【特許文献6】特許第3091088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上掲した従来技術では、必ずしも十分に均一な被膜外観が得られるとは限らないところに問題を残していた。
例えば、特許文献6では、焼鈍分離剤をマグネシア主体の固溶型複合酸化物としなければならないため、製造コストや製造安定性、微量成分調整などの点で問題があることの他、脱炭焼鈍時に形成される酸化膜の品質によっては、点状欠陥(ベアスポット)や密着性不良、被膜形成不良(テンパーカラー)、被膜模様および薄膜化といった問題が発生することがあった。また特にマグネシアの反応性が不足した場合には、被膜外観の均一性が劣化し、密着性も低下する不利があった。
【0007】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、安価で、しかも被膜反応性が高く、その結果、被膜外観の均一性に優れたフォルステライト被膜を得ることができる方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
さて、発明者らは、上記した優れた被膜特性が得られる焼鈍分離剤を開発すべく、被膜の反応性に及ぼす各種添加物の影響について鋭意研究を行った。
その結果、
(1) 低温での被膜生成反応には、リン酸塩の添加が有効である、
(2) 一方、高温での被膜反応性の改善にはBの添加が有効である、
(3) 従って、良好な被膜外観を得るためには、適正量のリン酸塩とBを複合添加する必要がある
ことを見出した。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.方向性電磁鋼板用の焼鈍分離剤であって、Bを0.05〜0.20質量%含有するマグネシアを主体とし、該マグネシア:100質量部当たり、リン酸塩をP換算で0.1〜1.0質量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【0010】
2.前記リン酸塩が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のリン酸塩であることを特徴とする前記1記載の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【0011】
3.前記リン酸塩が、マグネシウムまたはカルシウムのメタリン酸塩であることを特徴とする前記2記載の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明の焼鈍分離剤によれば、低温から高温までの幅広い温度域にわたって被膜反応性が向上し、その結果、被膜外観が均一なフォルステライト被膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】被膜不良発生率とマグネシア中のB量との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。
方向性電磁鋼板の表面には、通常、地鉄表面から外側に向かって、フォルステライト被膜、リン酸塩を主体とするガラス被膜が形成されている。フォルステライト被膜は、脱炭焼鈍中に地鉄表面に形成されるSiO2を主体とする酸化層と焼鈍分離剤中のマグネシア(MgO)が次式のように反応して形成される。
2MgO+SiO2→Mg2SiO4
【0015】
このフォルステライト被膜形成反応は、温度の違いによって以下に示す2つのステップからなることが知られている。
1)低温領域(1100℃以下)
マグネシアによって持ち込まれた水分により、鋼板表面に生成したファイヤライト(Fe2SiO4)中のFeがマグネシアとの反応によってMgに置換されてオリビンが生成する反応。
Fe2SiO4+2xMgO → (Fe1-xMgx)2SiO4+2xFeO
2)高温領域(1100℃以上)
SiO2とMgOの直接反応
2MgO+SiO2 → Mg2SiO4
【0016】
低温領域での反応の進行具合は、鋼板の表面の赤外吸光分析(FT-IR)によって確認することができる。すなわち、オリビン中のMg量が多いほど吸光度のピーク位置(波数)が高波数側にシフトする。
そこで、発明者らは、脱炭焼鈍板に各種の薬剤を添加したマグネシアを塗布し、窒素雰囲気中で900℃まで25℃/hの速度で昇温したときの、鋼板表面に生成したオリビンのFT-IRピーク位置について調査した。
その結果、所定量のリン酸塩を添加した場合に、Mgの置換が急速に進行することが判明した。
また、1200℃まで25℃/hの速度で昇温したときに鋼板表面に生成した酸化物を抽出し、FT-IRでフォルステライトの生成量を分析したところ、マグネシア中に所定量のBが含有されている場合に、フォルステライトの生成量が増加することが判明した。
【0017】
すなわち、マグネシア中に、所定量のリン酸塩とBを複合添加することにより、低温領域から高温領域まで広い温度範囲にわたってマグネシアの生成がスムーズに進行し、その結果、均一性に優れた良好な被膜外観を有するフォルステライト被膜が得られることが究明されたのである。
【0018】
ここに、マグネシア中に添加したBがフォルステライトの生成量を増加させるメカニズムは、まだ明確に解明されたわけではないが、発明者らは、次のように推察している。
すなわち、高温領域では、シリカとマグネシアが直接固相反応することから、シリカが鋼板表面に移動することが必要となる。鋼板表層に形成されたシリカは非晶質(ガラス状)であるため高温になると粘性が低下して鋼板面上に移動し易くなる。このとき、Bがシリカガラス内に取り込まれると、粘性がさらに低下して、鋼板表面への移動がスムーズになる結果、マグネシアとの反応が促進されてフォルステライトの生成量を増加するものと考えられる。
また、低温領域では、リン酸塩の添加により、オリビン中のFeからMgへの置換が急速に進行するが、この反応と、上記したB添加によるシリカとマグネシアの反応性向上との相乗効果によって、従来に比べて、被膜均一性が一段と優れたフォルステライト被膜が形成されるものと考えられる。
【0019】
本発明において、マグネシア中のB量は0.05〜0.20質量%の範囲とする必要がある。というのは、B量が0.05質量%に満たないと十分な被膜反応性を得ることができず、一方、0.20質量%を超えると鋼板に侵入したBが鉄と反応してFe2Bを形成し、仕上焼鈍後に鋼板の繰返し曲げ特性が劣化したり、被膜形成反応が促進され過ぎて点状欠陥などの被膜不良を引き起こすからである。
図1に、マグネシア中のB量と被膜不良発生率との関係について調べた結果を示す。
同図に示したとおり、マグネシア中に0.05〜0.20質量%の範囲でBを添加することにより、被膜不良発生率が大幅に低減することが分かる。
【0020】
また、リン酸塩の配合量は、上記したマグネシア(B含有MgO):100質量部当たり、P換算で0.1〜1.0質量部の範囲とする必要がある。というのは、リン酸塩の配合量がP換算で0.1質量部に満たないと十分な被膜形成促進効果が得られず、一方1.0質量部を超えると被膜形成反応が促進され過ぎて、点状欠陥などの被膜不良を引き起こすからである。
【0021】
本発明において、リン酸塩としては、アルカリ金属(Li,Na,K等)またはアルカリ土類金属(Mg,Ca,Sr,Ba等)のリン酸塩であることが好ましい。特に好ましくは、マグネシウムとカルシウムのリン酸塩である。また、リン酸塩としては、オルトリン酸塩(Na3PO4やCa3(PO4)2等)、ピロリン酸塩(Mg2P2O7等)、メタリン酸塩(Ca(PO3)2等)などが好適であるが、中でもメタリン酸塩は被膜外観均一性の点でとりわけ有利に適合する。
【0022】
さらに、本発明の焼鈍分離剤はマグネシア(MgO)を主体とするが、本発明において「主体」とは、MgOの含有量が80%以上を意味する。また、焼鈍分離剤に添加し得るその他の添加物としては、TiO2やSr(OH)2等が挙げられる。
なお、本発明で塗布対象とする方向性電磁鋼板については、特に制限はなく、従来公知の鋼板いずれもが適合する。
また、焼鈍分離剤の塗布量についても特に制限はないが、両面で8.0〜20.0g/m2程度とするのが好適である。
【実施例】
【0023】
実施例1
C:0.045質量%、Si:3.25質量%、Mn:0.070質量%、Al:80ppm、N:40ppmおよびS:20ppmを含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる電磁鋼板用スラブを、1200℃に加熱後、熱間圧延により2.2mm厚の熱延板としたのち、1000℃,30秒の熱延板焼鈍を施してから、冷間圧延により、最終板厚:0.30mmの冷延板とした。ついで、均熱温度:850℃で、90秒間の脱炭焼鈍後、表1に示す組成になる焼鈍分離剤を塗布してから、コイルに巻取り、1200℃まで25℃/hの速度で昇温し、1200℃に20h保持する仕上焼鈍を施したのち、900℃,1minの平滑化焼鈍を施した。なお、焼鈍分離剤の塗布量はいずれの場合も15.0g/m2(両面)とした。
【0024】
かくして得られたフォルステライト被膜付き方向性電磁鋼板の被膜外観について調べた結果を表1に併記する。
なお、被膜外観は、目視で観察し、被膜の模様や欠陥の発生長さがコイル全長の5%以上の場合を「不良」、5%未満3%以上の場合を「良」、3%未満1%以上の場合を「優」、1%未満の場合を「超優良」と判定した。なお、被膜の模様や欠陥の発生率(外観不良率)が5%未満であれば、被膜外観均一性に優れた被膜といえる。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示したとおり、本発明に従い、MgO中に0.05〜0.20質量%のBを含有させ、しかもかかるMgO:100質量部に対し、リン酸塩をP換算で0.1〜1.0質量部の割合で配合した焼鈍分離剤を用いた場合には、良好な被膜外観が得られることが分かる。特にリン酸塩として、マグネシウムまたはカルシウムのメタリン酸を用いた場合には、外観不良率が1%未満という、とりわけ良好な被膜外観が得られることが分かる。
【0027】
実施例2
C:0.06質量%、Si:2.95質量%、Mn:0.07質量%、Se:0.015質量%、Sb:0.015質量%およびCr:0.03質量%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる電磁鋼板用スラブを、1350℃で40分加熱後、熱間圧延により2.6mm厚の熱延板としたのち、900℃,60秒の熱延板焼鈍を施してから、1050℃,60秒の中間焼鈍を挟む冷間圧延により、最終板厚:0.23mmの冷延板とした。ついで、均熱温度:850℃で、90秒間の脱炭焼鈍後、表2に示す組成になる焼鈍分離剤を塗布してから、コイルに巻取り、1200℃まで25℃/hの速度で昇温し、1200℃に20h保持する仕上焼鈍を施したのち、900℃,1minの平滑化焼鈍を施した。なお、焼鈍分離剤の塗布量はいずれの場合も10.0g/m2(両面)とした。
【0028】
かくして得られたフォルステライト被膜付き方向性電磁鋼板の被膜外観について調べた結果を表2に併記する。
なお、被膜外観は、目視で観察し、被膜の模様や欠陥の発生長さがコイル全長の5%以上の場合を「不良」、5%未満3%以上の場合を「良」、3%未満1%以上の場合を「優」、1%未満の場合を「超優良」と判定した。なお、被膜の模様や欠陥の発生率(外観不良率)が5%未満であれば、被膜外観均一性に優れた被膜といえる。
【0029】
【表2】

【0030】
表2から明らかなように、本発明に従い、MgO中に0.05〜0.20質量%のBを含有し、かつかかるMgO:100質量部に対し、リン酸塩をP換算で0.1〜1.0質量部の割合配合した焼鈍分離剤を用いた場合には、良好な被膜外観が得られることが分かる。特にリン酸塩として、マグネシウムまたはカルシウムのメタリン酸を用いた場合には、外観不良率が1%未満という、とりわけ良好な被膜外観が得られることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板用の焼鈍分離剤であって、Bを0.05〜0.20質量%含有するマグネシアを主体とし、該マグネシア:100質量部当たり、リン酸塩をP換算で0.1〜1.0質量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【請求項2】
前記リン酸塩が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のリン酸塩であることを特徴とする請求項1記載の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【請求項3】
前記リン酸塩が、マグネシウムまたはカルシウムのメタリン酸塩であることを特徴とする請求項2記載の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。

【図1】
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【公開番号】特開2011−231368(P2011−231368A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−102355(P2010−102355)
【出願日】平成22年4月27日(2010.4.27)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】