説明

有機−無機ハイブリッド自立膜、およびその製造方法

【課題】本発明は、優れた機械的強度、柔軟性、および耐溶剤性を備え、十分な面積を有し、逆浸透膜などの分離膜に好適に用いることができる自立膜、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】セルロース誘導体と、金属アルコキシドの加水分解縮合物とを含有し、膜厚が10〜500nmである有機−無機ハイブリッド自立膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機−無機ハイブリッド自立膜、およびその製造方法に関する。さらに詳しくはセルロース誘導体と金属アルコキシドの加水分解縮合物とを主構成成分としながら、十分な機械的強度、柔軟性および耐溶剤性を併せ持つ有機−無機ハイブリッド自立膜、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水などの溶媒に溶解した物質の除去技術として、省エネルギーや省資源の観点から、膜分離法が広く普及してきている。この膜分離法に使用されている膜としては用途に応じて種々あり、逆浸透膜、精密ろ過膜、限外ろ過膜、NF膜などが挙げられる。例えば、逆浸透膜を利用した分離法(逆浸透法)は、海水の淡水化、半導体工業および医薬品工業用の純水、都市排水処理などの幅広い分野で利用されている。従来、逆浸透膜としては酢酸セルロース、あるいは、界面重合により得られた芳香族ポリアミドが使用されている。しかしながら、運転時間の経過とともに膜の損傷などの物理的劣化、各種溶媒などによる加水分解・酸化・溶解などの化学的劣化、微生物により膜が資化される生物的劣化など、膜自身の変質による性能低下が大きく、さらなる改良が必要であった。
【0003】
酢酸セルロースからなる逆浸透膜としては中空糸膜が主に検討されている(特許文献1)が、平膜(自立膜)については十分な検討はなされておらず実用的な面で幾つかの課題を残している。なかでも、平膜での利用に際しては低圧運転などの省エネルギー性をさらに高める必要があり、膜厚をナノメートルレベル〜マイクロメートルレベルで薄膜化することが要望されている。しかしながら、膜厚をナノメートルオーダーで均一に制御することは難しく、膜厚が薄くなるに従い、膜にピンホールなどを生じやすくなる。また、膜自体が脆くなり、強度が不足するなどの問題が生じやすい。
【0004】
機械的強度および柔軟性を有する自立膜を得るための手段として、非特許文献1では有機モノマーと金属アルコキシドとを用いた有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法が提案されている。非特許文献1においては、水酸基を有するモノマーとジルコニア前駆体の混合物をスピンコートして、モノマーのラジカル重合とジルコニア前駆体の加水分解縮合反応を同時に進行させ、ナノメートルオーダーの膜厚を有する薄膜を作製している。しかしながら、非特許文献1では水酸基を有する特定のモノマーについてのみ開示されているに過ぎず、他の機能性ポリマーを使用した場合に対する効果を示唆する記載はない。
【0005】
【特許文献1】特開2007−90288号公報
【非特許文献1】R. Vendamme, et. al. “Robust free-standing nanomembrances of organic/inorganic interpenetrating networks” Nature materials, 2006年, 第5巻, p.494-501頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みて、優れた機械的強度、柔軟性、および耐溶剤性を備え、十分な面積を有し、逆浸透膜などの分離膜に好適に用いることができる有機−無機ハイブリッド自立膜、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題に対し鋭意検討した結果、下記の<1>〜<8>の構成により解決されることを見出した。
【0008】
<1> セルロース誘導体と、金属アルコキシドの加水分解縮合物とを含有し、膜厚が10〜500nmである有機−無機ハイブリッド自立膜。
<2> 前記セルロース誘導体が、下記式(S−1)〜(S−3)を満足するセルロースエステルである<1>に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜。
式(S−1) 2.0≦A+B≦3.0
式(S−2) 0≦A≦3.0
式(S−3) 0≦B≦3.0
(式中、Aはセルロースの水酸基に対するアセチル基の置換度を表す。Bはセルロースの水酸基に対する炭素数3〜22のアシル基の置換度を表す。)
<3> 前記金属アルコキシドが含有する金属原子が、ケイ素、チタン、ジルコニウム、アルミニウム、スズ、および鉄からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属原子である<1>または<2>に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜。
<4> セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する工程と、該基板上より膜を剥離する工程とを備える、<1>〜<3>のいずれかに記載の有機−無機ハイブリッド自立膜を製造する有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
<5> 前記基板が、表面上に剥離層を有する基板である<4>に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
<6> セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む前記溶液が、非水系溶媒を用いた溶液である<4>または<5>に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
<7> セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する前記工程を、脱水雰囲気条件下で行うことを特徴とする<4>〜<6>のいずれかに記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
<8> セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する工程と、該基板上より膜を剥離する工程とを含む方法により得られる有機−無機ハイブリッド自立膜。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、優れた機械的強度、柔軟性、および耐溶剤性を備え、十分な面積を有し、逆浸透膜などの分離膜に好適に用いることができる有機−無機ハイブリッド自立膜、およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の具体的態様について説明する。
【0011】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、主に、セルロース誘導体と、金属アルコキシドの加水分解縮合物(無機化合物)とより構成されている。一般的には、有機ポリマーと無機化合物は相溶性に乏しいため、単純に両者を混合するだけでは有用な材料を得ることが難しい。本発明における有機−無機ハイブリッドとは、有機ポリマーなどの有機成分と金属アルコキシドの加水分解縮合物の無機成分とを組み合わせて、双方の特性を持った材料を合成する考え方である。特に、光の波長以下(〜約750nm以下)のナノスケールで有機成分と無機成分を混合することにより、光学的にも透明で有用な材料が得られることが期待できる。なお、本発明において自立膜とは、自立性の薄膜をさす。
【0012】
<セルロース誘導体>
本発明で使用されるセルロース誘導体は、セルロース化合物、および、セルロースを原料として生物的あるいは化学的に官能基を導入して得られるセルロース骨格を有する化合物である。セルロース誘導体としては、一酢酸セルロース、二酢酸セルロース、三酢酸セルロース、メチルセルロース、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートフタレート、硝酸セルロース等のその他のセルロースエステル類、エチルセルロース、ベンジルセルロース、シアノエチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等のセルロースエーテル類等が挙げられる。これらの中でも好ましくは、セルロースエステルであり、さらに好ましくは、一酢酸セルロース、二酢酸セルロース、三酢酸である。また、本発明においては異なる2種類以上のセルロース誘導体を混合して用いてもよい。
【0013】
セルロース誘導体の中でも、後述するセルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物を含む溶液の保存安定性がより優れる点で、下記式(S−1)〜(S−3)を満足するセルロースエステルが好ましい。
式(S−1) 2.0≦A+B≦3.0
式(S−2) 0≦A≦3.0
式(S−3) 0≦B≦3.0
(式中、Aはセルロースの水酸基に対するアセチル基の置換度を表す。Bはセルロースの水酸基に対する炭素数3〜22のアシル基の置換度を表す。)
【0014】
セルロースを構成する、ベータ(β)−1,4結合しているグルコース単位は、2位、3位および6位に遊離の水酸基を有している。セルロースエステルは、これらの水酸基の一部または全部をエステル化した重合体(ポリマー)である。置換度は、2位、3位および6位のそれぞれについて、セルロースがエステル化している割合(100%のエステル化は置換度1)の合計を意味する。したがって、2位、3位および6位の水酸基がすべて置換されている場合の置換度は3になる。
【0015】
後述する金属アルコキシドを含む溶液、特にジルコニウムアルコキシドを含む溶液の保存安定性がさらに優れ、均一な厚みの自立膜を得られる点で、下記式(S−4)〜(S−6)を満足するセルロースエステルがより好ましい。なかでも、アセチル化度が2.7〜3.0のセルロースエステルがさらに好ましい。
式(S−4) 2.5≦A+B≦3.0
式(S−5) 0≦A≦3.0
式(S−6) 0≦B≦3.0
(式中、Aはセルロースの水酸基に対するアセチル基の置換度を表す。Bはセルロースの水酸基に対する炭素数3〜22のアシル基の置換度を表す。)
【0016】
本発明においては、セルロースの2位、3位および6位の水酸基の置換度は特に限定されないが、セルロースエステルの6位の置換度が好ましくは0.7以上であり、さらに好ましくは0.8以上であり、特に好ましくは0.85以上であり、特に0.90以上が好ましい。これによりセルロースエステルの溶解性、耐熱性を向上させることができる。6位の水酸基の置換度が大きいセルロースエステルの合成については、特開平11−5851号、特開2002−212338号、特開2002−338601号の各公報などに記載がある。
【0017】
次に本発明で用いられるセルロースエステルの置換基Bで表される炭素数3〜22のアシル基は、脂肪族アシル基でも芳香族アシル基でもいずれであってもよい。本発明で用いられるセルロースエステルのアシル基が脂肪族アシル基である場合、炭素数は3〜10であることが好ましく、炭素数は3〜4であることがさらに好ましい。これらの脂肪族アシル基の例としては、アルキルカルボニル基、アルケニルカルボニル基、あるいはアルキニルカルボニル基などを挙げることができる。アシル基が芳香族アシル基である場合、炭素数は8〜16であることが好ましく、炭素数は8〜10であることがさらに好ましい。これらのアシル基は、それぞれさらに置換基を有していてもよい。
【0018】
置換基Bで表される好ましいアシル基の例としては、プロピオニル基、ブチリル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル基、ノナノイル基、デカノイル基、ドデカノイル基、トリデカノイル基、テトラデカノイル基、ヘキサデカノイル基、オクタデカノイル基、イソブチリル基、ピバロイル基、シクロヘキサンカルボニル基、オレオイル基、ベンゾイル基、ナフタレンカルボニル基、フタロイル基、シンナモイル基などを挙げることができる。これらの中でも、好ましくは炭素原子数が10以下の脂肪族アシル基であり、プロピオニル基、ブチリル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル基、ノナノイル基、およびデカノイル基からなる群より選択されるアシル基が好ましい。特に好ましくは、プロピオニル基、ブチリル基である。
【0019】
セルロースエステルの原料綿や合成方法については、発明協会公開技報(公技番号2001−1745、2001年3月15日発行、発明協会)7〜12頁に記載されている。セルロース原料としては、広葉樹パルプ、針葉樹パルプ、綿花リンター由来のものが好ましく用いられる。セルロース原料としては、α−セルロース含量が92質量%〜99.9質量%の高純度のものを用いることが好ましい。セルロース原料がシート状や塊状である場合は、あらかじめ解砕しておくことが好ましく、セルロースの形態は微細粉末から羽毛状になるまで解砕が進行していることが好ましい。
【0020】
本発明でセルロース誘導体の数平均分子量(Mn)は、好ましくは300〜1000000であり、より好ましくは10000〜300000である。本発明で用いられるセルロース誘導体の分子量分布(重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は、好ましくは1.2〜10であり、より好ましくは1.8〜3.0である。
【0021】
本発明に係るセルロース誘導体は、含有する水分を取り除くために、使用前に真空乾燥などの脱水処理を施してもよい。また、セルロース誘導体は、市販品を用いてもよいし、公知の方法により合成してもよい。
【0022】
<金属アルコキシドおよびその部分加水分解縮合物>
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜においては、金属アルコキシドの加水分解縮合物が含まれる。一般的に、金属アルコキシド化合物は、いわゆるゾル−ゲル法により加水分解及び重縮合し、3次元構造に架橋した加水分解縮合物となる。より具体的には、金属原子間が式:M−O−M(ここでMおよびMはそれぞれ金属原子を意味する)で示されるように酸素原子を介して結合しており、この種の結合によって金属原子を架橋点とする架橋構造を有する加水分解縮合物が形成されている。本発明においては、後述する塗膜中で金属アルコキシドのゾル−ゲル反応を進行させることにより有機ポリマーとのハイブリッド材料が得られる。なお、後述する金属アルコキシドは、1種のみを使用してもよく、2種以上併用してもよい。
【0023】
本発明において金属アルコキシドとしては、特に限定されないが、ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、スズ、鉄などの金属原子を有する各種金属アルコキシドが挙げられる。なかでも、一般式(1)で表される化合物が好ましい。
【0024】
【化1】

(一般式(1)中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、またはアリール基を表す。Lは、2価の連結基または単なる結合手を表す。Rは、アルキル基を表す。Mは、ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、スズ、および鉄からなる群から選ばれるいずれかの金属原子を表す。xは0〜2の整数を表し、yは2〜4の整数を表し、x+yは金属原子Mの原子価と一致する。)
【0025】
一般式(1)中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、またはアリール基を表す。ハロゲン原子としては、ふっ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などが挙げられる。アルキル基としては、炭素数1〜10が好ましく、炭素数1〜5がより好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基、ペンチル基などが挙げられる。アリール基としては、好ましくは炭素数6〜14のアリール基で、例えば、フェニル基、ナフチル基、アントラセニル基などが挙げられる。なかでも、フェニル基、ナフチル基が好ましい。
【0026】
一般式(1)中、Lは2価の連結基または単なる結合手を表す。連結基としては、具体的に、アルキレン基(炭素数1〜20が好ましく、炭素数1〜10がより好ましい。例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基などが挙げられる。)、−O−、−S−、アリーレン基、−CO−、−NH−、−SO−、−COO−、−CONH−、−C≡C−、−N=N−、またはこれらを組み合わせた基(例えば、アルキレンオキシ基、アルキレンオキシカルボニル基、アルキレンカルボニルオキシ基などが挙げられる。)を表す。なかでも、アルキレン基、−COO−、−O−、アリーレン基、またはこれらを組み合わせた基が好ましく挙げられる。Lが単なる結合手の場合、一般式(1)のRがSiと直接結合することをさす。
【0027】
一般式(1)中、Rはアルキル基を表す。アルキル基としては、炭素数1〜10が好ましく、炭素数1〜5がより好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基、ペンチル基などが挙げられる。なかでも、好ましくはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基である。
【0028】
一般式(1)中、Mはケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、スズ、および鉄からなる群から選ばれるいずれかの金属原子を表す。なかでも、加水分解・縮合反応の反応性がよく、得られる自立膜内の有機成分と無機成分との分散性が良い点で、ジルコニウムが好ましい。
【0029】
一般式(1)中、xは0〜2の整数を表し、yは2〜4の整数を表し、x+yは金属元子Mの原子価と一致する。具体的には、Mがケイ素、チタン、ジルコニウム、スズ、または鉄の場合は、x+yはx+y=4を満たし、Mがアルミニウムの場合はx+y=3の関係を満たす。xは、好ましくは0〜1で、より好ましくは0である。yは、好ましくは3〜4で、より好ましくは4である。
【0030】
一般式(1)で表される化合物として、具体的には、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、メチルトリブトキシシランなどのアルコキシシラン類や、トリエトキシアルミニウム、トリイソプロポキシアルミニウム、トリブトキシアルミニウムなどのアルコキシアルミニウム類や、テトラメトキシチタン、テトラエトキシチタン、テトライソプロポキシチタンなどのアルコキシチタン類や、テトラメトキシジルコニウム、テトラエトキシジルコニウム、テトラプロポキシジルコニウムなどのアルコキシジルコニウム類、テトラメトキシスズ、テトラエトキシスズ、テトラプロポキシスズ、テトライソプロポキシスズ、テトラブトキシスズなどのアルコキシスズ類、鉄のアルコキシド化合物などが挙げられる。
【0031】
本発明に係る金属アルコキシドは、市販品を用いてもよいし、公知の方法により合成してもよい。
【0032】
金属アルコキシドの部分加水分解縮合物とは、金属アルコキシドの部分加水分解縮合してなるものである。具体的には、アルコキシ基の全部ではない一部が加水分解または加水分解および結合してなり、加水分解されていないアルコキシ基を分子中に有する化合物が挙げられる。加水分解反応および縮合反応の際に、酸または塩基などの触媒を使用してもよい。これら部分加水分解縮合物は、市販品を用いてもよいし、公知の方法により合成してもよい。また、後述する金属アルコキシドを含む溶液中において、ゾル−ゲル反応を一部進行させ、所望の部分加水分解縮合物を得てもよい。なお、金属アルコキシドとその部分加水分解縮合物は、併用してもよいし、単独で使用してもよい。
【0033】
本発明に係る金属アルコキシドまたはその部分加水分解縮合物は、使用中における反応系外の水分の影響を除くために、脱水雰囲気下で使用してもよい。含有する水分を取り除くために、使用前に真空乾燥などの脱水処理を施してもよい。
【0034】
上述したセルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物の使用割合は、特に限定されない。得られる自立膜の柔軟性と機械的強度がより優れる点で、使用される金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物の量は、セルロース誘導体100質量部に対して、0.1〜200質量部が好ましく、0.1〜80質量部がより好ましく、0.1〜50質量部がさらに好ましい。
【0035】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物の好適な組合せとしては、自立膜中のヒビ割れなどがより抑制される点で、下記式(S−1)〜(S−3)を満足するセルロースエステルと、一般式(1)中のMがケイ素、アルミニウム、チタン、またはジルコニウムである化合物が挙げられる。
式(S−1) 2.0≦A+B≦3.0
式(S−2) 0≦A≦3.0
式(S−3) 0≦B≦3.0
(式中、Aはセルロースの水酸基に対するアセチル基の置換度を表す。Bはセルロースの水酸基に対する炭素数3〜22のアシル基の置換度を表す。)
【0036】
<溶媒>
後述する塗布工程の際に使用される一般式(1)で表されるモノマーと、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを溶解させる溶媒としては、特に限定されないが、溶液の保存安定性がより優れる点で、クロロホルム、ジクロロメタン、トルエン、ヘキサン、キシレン、アセトン、メチルエチルケトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、テトラメチル尿素、テトラエチル尿素、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エタノール、メタノールなどの非水系溶媒、および、これらの混合溶媒が好適に使用される。なかでも、クロロホルム、ジクロロメタンなどハロゲン系溶媒が好ましい。溶液中における全固形分濃度は特に限定されないが、塗布により得られる膜の膜厚の制御が容易である点で、1〜30質量%が好ましく、1〜10質量%がより好ましい。なお、全固形分とは後述する塗布・硬化工程により得られる自立膜を構成する成分(例えば、セルロース誘導体、金属アルコキシドなど)をさし、溶媒は含まれない。
【0037】
<その他の成分>
後述する塗布の際に使用するセルロース誘導体と金属アルコキシドまたはその部分加水分解物とを含む溶液には、本発明の目的を損なわない範囲で、他の添加剤を加えることができる。
【0038】
他の添加剤としては、金属アルコキシドのゾル−ゲル反応の触媒として、酸または塩基を用いてもよい。例えば、無機酸としては、塩酸、臭化水素、ヨウ化水素、硫酸、亜硫酸、硝酸、亜硝酸、リン酸、亜リン酸など、有機酸化合物としてはカルボン酸類(蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、コハク酸、シクロヘキサンカルボン酸、オクタン酸、マレイン酸、2−クロロプロピオン酸、シアノ酢酸、トリフルオロ酢酸、パーフルオロオクタン酸、安息香酸、ペンタフルオロ安息香酸、フタル酸など)、スルホン酸類(メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸)、p−トルエンスルホン酸、ペンタフルオロベンゼンスルホン酸など)、リン酸・ホスホン酸類(リン酸ジメチルエステル、フェニルホスホン酸など)、ルイス酸類(三フッ化ホウ素エーテラート、スカンジウムトリフレート、アルキルチタン酸、アルミン酸など)、ヘテロポリ酸(リンモリブデン酸、リンタングステン酸など)を挙げることができる。
また、無機塩基としては水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、アンモニアなど、有機塩基化合物としてはアミン類(エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、トリエチルアミン、ジブチルアミン、テトラメチルエチレンジアミン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリン、エタノールアミン、ジアザビシクロウンデセン、キヌクリジン、アニリン、ピリジンなど)、ホスフィン類(トリフェニルホスフィン、トリメチルホスフィンなど)、金属アルコキサイド(ナトリウムメチラート、カリウムエチラートなど)を挙げることができる。
【0039】
セルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液の製造方法は、特に限定されない。例えば、セルロース誘導体、金属アルコキシド、添加剤などの任意成分とを混合ミキサーなどのかくはん機を用いて十分に混合することによって製造することができる。
【0040】
<基板>
上述のセルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を塗布する基板としては、特に限定されず、ポリマー基板、ガラス基板、シリコン基板、セラミック基板などを用いることができる。基板上の形状は、用途に合わせて適宜選択することができる。また、後述する硬化工程で得られた有機−無機ハイブリッド薄膜を基板から剥離しやすくできる点で、基板表面上に剥離層を設けることが好ましい。ここで剥離層とは、塗布・硬化により得られる膜と基板との間に設けられる層であり、例えば、該剥離層が溶解する特定の溶媒と接触させることにより、基板から容易に薄膜を剥離することができる。加熱や光照射等の外部刺激により解重合あるいは脱架橋を起こすポリマー系もまた、剥離層として好ましく用いることが可能である。
【0041】
剥離層の材料としては、特に限定されず、上述のセルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液により溶解しない材料が適宜選択される。例えば、溶液として非水系溶媒が使用された場合は、ポリヒドロキシスチレン、ポリビニルアルコール、シラノール変性ポリビニルアルコール、カルボキシ変性ポリビニルアルコール、スチレン−無水マレイン酸共重合体及びそのエステル、ブタジエン−無水マレイン酸共重合体、エチレン−無水マレイン酸共重合体、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体、ポリアクリルアミド、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルピロリドン、エチレン−アクリル酸共重合体、酢酸ビニル−アクリル酸共重合体、酸化デンプン、燐酸化デンプン、ゼラチン、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、硫酸化セルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどが挙げられる。
【0042】
<有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法>
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜の製造は、大きく以下の2つの工程を備える方法により行われる。
<1> セルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を、基板上に塗布して膜を形成する工程(工程1)
<2> 基板上より工程1で得られた膜を剥離する工程(工程2)
以下、各工程について詳細に説明する。
【0043】
<工程1>
工程1は、セルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する工程である。
【0044】
溶液の塗布方法としては、厚みが均一でかつ表面が平滑になるものであれば特に限定されず、例えば、スピンコート法、スプレー法、ロールコート法、インクジェット法などの方法を採用することができる。なかでも、得られる自立膜の膜厚がより均一になるという点から、スピンコート法が好ましい。スピンコート法の条件は、セルロース誘導体、金属アルコキシドの種類により適宜選択される。なかでも、得られる自立膜中での有機成分と無機成分との分散性がより優れ、かつ生産性が優れる点で、10〜600秒間にわたって500〜8000rpm、より好ましくは2000〜4000rpmの回転速度で行うことが好ましい。
【0045】
必要に応じて、工程1の前に、基板上に剥離層を設ける前処理(前処理工程)を行ってもよい。具体的には、上述の剥離層として使用される材料(例えば、ポリヒドロキシスチレンなど)を含む溶液を基板上に塗布して、剥離層を形成させる。塗布方法は、特に限定されず、スピンコート法、スプレー法、ロールコート法、インクジェット法などの方法を採用することができる。なかでも、生産性の観点から、スピンコート法が好ましい。塗布後に必要に応じて、乾燥工程を設けてもよい。溶媒を除去するための乾燥条件としては、使用される原料などにより適宜選択されるが、10〜30℃の温度、0.1〜30%の相対湿度で、60分〜24時間の処理を行うことが好ましい。さらに好ましくは、減圧下での乾燥で、容器内で減圧度が150mmHg以下が好ましく、100mmHg以下がより好ましい。得られる剥離層の膜厚は、特に限定されず、使用される材料などを考慮して最適な膜厚が選択される。基板からの膜の剥離がしやすいという点で、0.1〜3μmの膜厚が好ましい。
【0046】
必要に応じて、工程1の後に、膜の硬化を促進する工程を設けてもよい(硬化工程)。より具体的には、加熱処理を施すことにより、膜中において金属アルコキシドの加水分解および縮合をより促進させ、ナノスケールで有機成分と無機成分とが膜内で均一に分散した構造体(硬化膜)が得られる。
【0047】
加熱条件としては、金属アルコキシドにより適宜最適な条件が選択される。温度条件としては、生産性などの観点から、温度10〜200℃が好ましく、40〜100℃がより好ましい。また、加熱時間としては、1分〜24時間が好ましく、1〜240分がより好ましい。また、加熱処理は複数回、条件を変えて行ってもよい。なお、上述の塗布工程と加熱処理は同時に行ってもよいし、それぞれの処理を順次行ってもよい。
【0048】
なお、上述した工程1中において、金属アルコキシドの加水分解および縮合が進行する。つまり、該工程において、塗布した薄膜(塗膜)中で金属アルコキシドの加水分解および縮合反応が進行し、ナノスケールで有機成分と無機成分とが膜内で均一に分散した構造体(硬化膜)が形成される。
【0049】
<工程2>
工程2は、基板上から工程1で得られた膜を剥離する工程である。剥離の方法としては、特に限定されないが、膜は機械的なわずかな力で基材から剥離することができる。基板や使用する材料により容易に剥離できない場合は、短時間熱処理、または超音波処理などを行ってもよい。また、使用する基板が溶媒に可溶の場合は、所定の溶媒で処理することにより基板のみを溶解させ自立膜を得ることができる。
【0050】
上述のように基板表面上に剥離層を有している場合は、膜を有する基板を所定の溶媒と接触させ、硬化膜と基板との間に存在する剥離層を溶解させることにより、容易に自立膜を得ることができる。溶媒と接触させる方法としては、膜の上からシャワーにより溶媒をふりかける方法や、基板を所定の溶媒中に浸漬させる方法などが挙げられる。剥離がより容易である点より、浸漬させる方法が好ましい。使用する溶媒は、剥離層の材料により適宜選択される。例えば、剥離層としてポリヒドロキシスチレンを使用した場合は、溶媒としてエタノール、メタノール、水、アルカリ水、酢酸メチル、テトラヒドロフランなどを好適に用いることができる。使用する溶媒の温度は、特に限定されないが、生産性の観点から10〜90℃が好ましい。
【0051】
上述の工程2の後、必要に応じて、得られた自立膜を乾燥する工程を設けてもよい。乾燥条件は、適宜選択される。
【0052】
なお、工程1〜3を実施する雰囲気は、特に限定されず、空気中、窒素雰囲気中、アルゴン雰囲気中などが挙げられる。なかでも、窒素雰囲気中、アルゴン雰囲気中などの脱水雰囲気条件が好ましい。脱水雰囲気条件下であれば、塗布溶液の安定性に優れ、かつ、金属アルコキシドの急激な脱水縮合を抑制することが可能であるため、得られる自立膜の膜厚がより均一であり、自立膜中での気泡などの発生をより抑制できる。
【0053】
<有機−無機ハイブリッド自立膜>
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜の膜厚は、使用する材料や塗布条件を制御することにより適宜選択することができる。なかでも、透過性、柔軟性、機械的強度のバランスがより好ましいという点で、膜厚は10〜500nmが好ましく、10〜200nmがより好ましい。なお、膜厚は平均値であり、その測定方法としては例えば、非特許文献1(Nature materials, 2006年, 第5巻, p.494-501頁)にあるようにSEM観察により直接膜厚を測定し、任意の点を5ヶ所以上計測して数平均して求めることができる。また他の方法としては、非特許文献1に記載の方法を参照して、まず剥離前の基板上の有機−無機ハイブリッド薄膜の一部(約2000μm×約1cm)を削って薄膜を取り除く。次に、薄膜を取り除いた部分(A部分)と薄膜が存在する部分(B部分)とをそれぞれ5ヶ所以上公知の装置(プロファイラ装置(KLA−Tecnor社製)P15など)で測定し、A部分の数平均値とB部分の数平均値の差を薄膜の膜厚として求めることもできる。
【0054】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、例えば、はさみ、カッター等で容易に円、正方形、長方形などの任意の大きさ、形状に切り取ることができる。該自立膜の面積は、使用する基板などにより適宜制御することができるが、種々の用途への使用の点からは、面積は1cmよりも大きく、4〜500cmであることが好ましい。
【0055】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜中、セルロース誘導体と金属アルコキシドの加水分解縮合物(無機金属酸化物)とが主成分として含まれ、その重量比は適宜制御することができる。機械的強度、柔軟性、および耐溶剤性がより優れる点で、自立膜中の金属アルコキシドの加水分解縮合物(無機金属酸化物)の含有量(wt%)が0.1〜80が好ましく、0.1〜50がより好ましい。なお、加水分解縮合物の含有量は、金属アルコキシドがすべてMO、または、M(M:金属)となったとして、金属アルコキシドの仕込み量より計算することできる。
【0056】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、多様な用途に応用することが可能である。例えば、膜厚が薄く、かつ、強度が強いという特徴から、逆浸透膜(RO膜)、ナノ濾過膜(NF膜)、限外濾過膜(UF膜)、精密濾過膜(MF膜)等の水用の濾過膜、あるいは炭酸ガス、酸素、窒素、水素等のガス分離膜へと応用することが可能である。また、透明な高強度材料としての特徴から、液晶ディスプレーや有機ELディスプレー等に用いる光学フイルムとして応用することも可能である。
【0057】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、上述のようにセルロース誘導体存在下、金属アルコキシドの加水分解および縮合を行うことにより得られる。セルロース誘導体などの有機成分と、金属アルコキシドの加水分解縮合物などの無機成分は、自立膜中において相分離することなく、互いにナノスケールで均一に分散している。より具体的には、線状高分子であるセルロース誘導体が、好ましくは、金属アルコキシドにより形成される無機成分の網目構造との間でセミ相互侵入高分子網目構造(semi−IPN構造)を形成する。このようなセミ相互侵入高分子網目構造を有する自立膜は、その機械的強度や柔軟性などが向上する。なお、セミ相互侵入高分子網目構造とは、ベースとなる網目構造に線状高分子が絡み付いた網目構造をさす。ただし、本発明においては、セルロース誘導体と加水分解縮合物(無機金属酸化物)がすべて上述の構造をとる必要はなく、必要な透明性、機械的強度、柔軟性を保持していれば、有機成分のみの相または無機成分のみの相を一部有していてもよい。
【0058】
本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、上述のようにセルロース誘導体と金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物を用いることにより製造することができる。得られた自立膜は、機械的強度、柔軟性および耐溶剤性に優れ、ヒビ割れなどが抑制される。アルコキシシランのゾル−ゲル反応を利用した有機−無機ハイブリッド材料の合成には、ポリオキサゾリン、ポリビニルピロリドン、ポリジメチルアクリルアミドなどのような無機シラノールとの強い水素結合を形成できるアミド基などの官能基が必要であることが知られている。しかしながら、水酸基を有するポリビニルアルコールと無機(シリカ)ゾルゲルの系においては、それぞれの成分が均一に分散した有機−無機ハイブリッド材料は得られていない(谷原正夫編・著「有機・無機ハイブリッドと組織再生材料」(株)アイピーシー、東京、2002年、第117頁−127頁)。つまり、水酸基を有するポリマーの場合には、必ずしも均一な有機−無機ハイブリッド材料が作製できるわけではない。一方で、本発明においては水酸基を多数有するセルロース誘導体を用いたにも関わらず上記製造方法に適用することで、優れた性質を有する有機−無機ハイブリッド自立膜が得られることを見出している。特に、下記式(S−1)〜(S−3)を満足するセルロースエステルを用いた場合に、より性能に優れた自立膜が得られる。これは、水酸基やアセチル基を有する上記セルロースエステルと、金属アルコキシド(好適には金属原子が多配位性であるジルコニアの場合)より得られる無機金属酸化物との強い相互作用により、より均一な複合化が達成されていると考えられる。また、金属アルコキシドとしてアルコキシジルコニウムを使用した場合は、アルコキシジルコニウムの加水分解・縮合反応が速く、より均一な複合化が促進され、生産性の点からも好ましい。
【0059】
さらに、得られた自立膜は、セルロース誘導体の膜自体と比較して、優れた耐溶剤性を示す。つまり、上述のようにセルロース誘導体の膜は溶剤などの化学的劣化を受け易いが、本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は溶剤に対する耐性が強く、寸法安定性などに優れる。これはセルロース誘導体と無機金属酸化物(金属アルコキシドの加水分解縮合物)とのハイブリッド効果を示すもので、分離膜として種々の用途への応用可能性を広げることができる。例えば、金属アルコキシドとのハイブリッド化により膜の親水性が増すため、膜表面へのゴミなどの付着がより抑えられ(低ファウリング性)、水溶媒中の物質を分離するための機能性分離膜として好適に使用することができる。また、膜への付着物を除去するために、化学的に分解する薬品洗浄が行われる。その際、ハイブリッド化により膜の防汚性能および耐溶剤性が向上するため、薬品洗浄の間隔を長くすることができ、かつ薬品による劣化も抑制され、濾過効率の向上、および周辺機器の寿命延長が可能となる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例によって本発明をより詳しく説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0061】
得られた自立膜の膜厚は、上述のSEM観察およびプロファイラ装置(KLA−Tecnor社製)P15により測定した。後述する表面硬度(マルテンス硬度)およびヤング率は、フィッシャーインスツルメンツ社製のHM500型ピコデンターを用いて測定した。
【0062】
(実施例A)膜厚制御実験
<実施例1>
セルロース誘導体としてセルロースアセテート(TAC Sample1、アセチル化度2.94)0.3gを120℃で12時間真空乾燥し、窒素雰囲気下でクロロホルム42gに溶解した。TAC Sample1の溶解後、金属アルコキシドとしてジルコニウムブトキシド(関東化学社製)0.1gを添加し、窒素雰囲気下、室温で2時間攪拌して有機−無機ハイブリッド薄膜用反応溶液1を調整した。
ポリヒドロキシスチレン(分子量2700〜4900、丸善石油株式会社製)1.0gを、エタノール(50ml)に溶解させ剥離層用溶液1を得た。窒素雰囲気下、室温で、得られた剥離層用溶液1(1.0ml)をガラス基板(6cm×7cm)上へ滴下し、slope:5秒、3000rpm:90秒の条件でスピンコートし、剥離層を有する基板を得た。なお、「slope 5秒」とは、回転数が3000rpmになるまでの時間を意味する。
次いで、窒素雰囲気下、作製した剥離層上へ有機−無機ハイブリッド薄膜用反応溶液1を1.0ml滴下し、slope:5秒、3000rpm:90秒の条件でスピンコートし、剥離層上に膜を形成した。作製した有機−無機ハイブリッド薄膜の四隅をカッターでキズをつけた後、基板ごとエタノール中に浸漬し、剥離層を溶解させた。さらに、水に浸漬させることで膜が水面に浮かび上がり、基板上に作製した薄膜と同じサイズの有機―無機ハイブリッド自立膜を得た。単離したハイブリッド自立膜をポリイミドフィルムにより作製した枠(外枠:5cm角、内枠:3cm角)へ転写した。得られた自立膜の膜厚は、約200nmであった。
【0063】
<実施例2>
クロロホルム溶媒量を420gにした以外は、実施例1と同様の手順により基板上に作製した薄膜と同じサイズの有機−無機ハイブリッド自立膜を得た。得られた自立膜の膜厚は、約20nmであった。
【0064】
<実施例3>
クロロホルム溶媒量を140gにした以外は、実施例1と同様の手順により基板上に作製した薄膜と同じサイズの有機−無機ハイブリッド自立膜を得た。得られた自立膜の膜厚は、約60nmであった。
【0065】
<実施例4>
クロロホルム溶媒量を7.0gにした以外は、実施例1と同様の手順により基板上に作製した薄膜と同じサイズの有機−無機ハイブリッド自立膜を得た。得られた自立膜の膜厚は、約1.2μmであった。
【0066】
実施例1〜4に示すように、種々の膜厚の自立膜を作製することができた。
【0067】
(実施例B)無機成分(ZrO)含有量変更実験
<実施例5>
実施例1においてTAC Sample1とジルコニウムブトキシドとの重量割合を変化させて、自立膜の作製を行った。実験条件(重量割合(wt%))および結果を、以下の表1に示す。
【0068】
<実施例6>
セルロース誘導体としてセルロースアセテートブチレート(CAB−381−20、イーストマンケミカル社製、アセチル化度1.0、ブチリル化度1.7、数平均分子量7万(Mn))を用いた以外は、実施例5と同様にCAB−381−20とジルコニウムブトキシドとの重量割合を変化させて、自立膜の作製を行った。なお、自立膜の作製方法は、実施例1と同様である。実験条件(重量割合(wt%))および結果を、以下の表1に示す。
【0069】
<実施例7>
セルロース誘導体としてセルロースアセテート(TAC Sample2、アセチル化度2.92、商品名LT-35、ダイセル化学工業株式会社製)を用いた以外は、実施例5と同様にTAC Sample2とジルコニウムブトキシドとの重量割合を変化させて、自立膜の作製を行った。なお、自立膜の作製方法は、実施例1と同様である。実験条件(重量割合(wt%))および結果を、以下の表1に示す。
【0070】
<実施例8>
セルロース誘導体としてセルロースアセテート(TAC Sample3、アセチル化度2.86、商品名FRK、ダイセル化学工業株式会社製)を用いた以外は、実施例5と同様にTAC Sample3とジルコニウムブトキシドとの重量割合を変化させて、自立膜の作製を行った。なお、自立膜の作製方法は、実施例1と同様である。実験条件(重量割合(wt%))および結果を、以下の表1に示す。
【0071】
<実施例9>
セルロース誘導体としてセルロースアセテートプロピオネート(CAP−482−0.5、イーストマンケミカル社製、アセチル化度0.1、プロピオニル化度2.6、分子量25000(Mn))を用いた以外は、実施例5と同様にCAP−482−0.5とジルコニウムブトキシドとの重量割合を変化させて、自立膜の作製を行った。なお、自立膜の作製方法は、実施例1と同様である。実験条件(重量割合(wt%))および結果を、以下の表1に示す。
【0072】
【表1】

【0073】
表1中、「○」は均一な自立膜の作製ができたことを意味する。「−」は未実施を意味する。「○(*)」は、均一な自立膜の作製はできたが、剥離後の乾燥過程で自立膜の一部が破断したことを意味する。表1中、「ZrO含有比率(wt%)」とは、自立膜中におけるZrOの含有量(wt%)を表す。該含有量は、ジルコニウムブトキシドがすべてZrOとなったとして、ジルコニウムブトキシドの仕込み量より計算した。なお、すべてのサンプルの膜厚は200nmである。
【0074】
表1の結果より、種々のセルロース誘導体を用いて、種々の配合割合(重量wt%)において自立膜を作製することができた。
【0075】
(実施例C)硬度測定実験
上記実施例6において得られた自立膜を用いて、微小硬度測定によりヤング率と表面硬度(マルテンス硬度)の算出を行った。具体的には、フィッシャーインスツルメンツ社製のHM500型ピコデンターを用いて、基板上のハイブリッド薄膜の任意の点を5ヶ所測定して、数平均して求めた値を採用した。得られた結果を以下の表2に示す。
なお、ZrOを含まないサンプルについても、上記実施例1と同様の方法で同じ膜厚の自立膜の作製を行った。
【0076】
【表2】

【0077】
表2中、「ZrO含有量(wt%)」は、自立膜中におけるZrOの含有量(wt%)を表す。該含有量は、ジルコニウムブトキシドがすべてZrOとなったとして、ジルコニウムブトキシドの仕込み量より計算した。
【0078】
表2から判るようにZrO含有量が増える従い、硬度が増加し機械的強度が強化された。
【0079】
(実施例D)耐溶剤性試験
上記実施例5および6で作製したTAC Sample1およびCAB−381−20の有機‐無機ハイブリッド自立膜を用いて耐溶剤性試験を行った。具体的には、実施例5で作製したTAC Sample1とZrOからなる自立膜1(膜厚200nm、ZrO含有量49.1wt%)と、実施例6で作製したCAB−381−20とZrOからなる自立膜2(膜厚200nm、ZrO含有量49.1wt%)とを、それぞれクロロホルム溶液(10ml)中に浸漬させた。浸漬して12時間経過後も、自立膜1および2はともに膜形状を保持しており、ピンセットで持ち上げることができた。
【0080】
一方、比較サンプルとして、TAC Sample1のみからなる自立膜3(膜厚200nm)と、CAB−381−20のみからなる自立膜4(膜厚200nm)とを上記実施例1に記載の方法で作製した。作製した自立膜3および自立膜4を、それぞれクロロホルム溶液(10ml)中に浸漬させた。浸漬後3分以内に自立膜は溶液に溶解して消失してしまい、ピンセットで持ち上げることはできなかった。
【0081】
上記実験より、本発明に係る有機−無機ハイブリッド自立膜は、ZrOなどの無機成分が均一に分散してハイブリッド化することにより優れた耐溶剤性、寸法安定性を示すことが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドの加水分解縮合物とを含有し、膜厚が10〜500nmである有機−無機ハイブリッド自立膜。
【請求項2】
前記セルロース誘導体が、下記式(S−1)〜(S−3)を満足するセルロースエステルである請求項1に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜。
式(S−1) 2.0≦A+B≦3.0
式(S−2) 0≦A≦3.0
式(S−3) 0≦B≦3.0
(式中、Aはセルロースの水酸基に対するアセチル基の置換度を表す。Bはセルロースの水酸基に対する炭素数3〜22のアシル基の置換度を表す。)
【請求項3】
前記金属アルコキシドが含有する金属原子が、ケイ素、チタン、ジルコニウム、アルミニウム、スズ、および鉄からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属原子である請求項1または2に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜。
【請求項4】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する工程と、該基板上より膜を剥離する工程とを備える、請求項1〜3のいずれかに記載の有機−無機ハイブリッド自立膜を製造する有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
【請求項5】
前記基板が、表面上に剥離層を有する基板である請求項4に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
【請求項6】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む前記溶液が、非水系溶媒を用いた溶液である請求項4または5に記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
【請求項7】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する前記工程を、脱水雰囲気条件下で行うことを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載の有機−無機ハイブリッド自立膜の製造方法。
【請求項8】
セルロース誘導体と、金属アルコキシドおよび/またはその部分加水分解縮合物とを含む溶液を基板上に塗布して膜を形成する工程と、該基板上より膜を剥離する工程とを含む方法により得られる有機−無機ハイブリッド自立膜。

【公開番号】特開2009−263598(P2009−263598A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−118180(P2008−118180)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】