説明

有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体及びそれを用いた水素供給方法

【課題】入手しやすく、水素の吸蔵量か多く、かつ安全な化合物を見つけ出し、実用に供することができる水素吸蔵体及びこの水素吸蔵体を用いた水素供給方法を提供する。
【解決手段】アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体を、低温高圧で水素を吸蔵させ、高温低圧で水素を放出させることを特徴とする水素供給方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体及びそれを用いた水素供給方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クラスレートハイドレート(包接水和物)は、水分子(ホスト分子)で構成されるカゴ状構造の中にゲスト分子を包接した、氷状の結晶化合物である(図1参照)。ゲスト分子としてはメタン、CO2等のガス分子や、THF等の有機化合物が知られている。これまで水素はゲスト分子として結晶中に取り込まれることはないと考えられてきたが、近年の研究により約200MPa以上の高圧条件(非特許文献1)やテトラヒドロフラン(THF)添加等(非特許文献2及び3参照)により、水素の包接が可能であることが明らかになってきている。
また、あらかじめTHF-水よりTHFハイドレートを合成し、それに対して水素を加圧・減圧することで、水素を吸蔵・排出させることにより、吸蔵・排出挙動の時間依存性、圧力依存性、温度依存性などを調べることもできる(非特許文献4参照)。
【0003】
ここでは、ラマン分光法による吸蔵・排出挙動測定が行われ、また、 水素吸蔵・排出挙動の時間依存性についても検討され、クラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は30min以内でほぼ完了していることが明らかとなっている。
さらに、ここでは、水素吸蔵・排出挙動の圧力依存性ついても検討され、昇圧過程では圧力と共に水素吸蔵量が増加し、減圧過程においては、昇圧過程と同様に圧力低下に伴って水素が排出されることが判明した。水素吸蔵・排出挙動の温度依存性を調べたところ、温度が低くなるにしたがって吸・排出量比が増加することが確かめられている。
【0004】
【非特許文献1】MaoWL, Mao HK, Goncharov AF, Struzhkin VV, Hu Q, Shu J,Hemley RJ, Somayazulu M,Zhao Y. Science, 2002. 297. 2247
【非特許文献2】FlorusseLJ, Peters CJ, Schoonman J, Hester KC, Koh CA, Dec SF,Marsh KN, Sloan ED. Science. 2004. 306. 469
【非特許文献3】LeeH, Lee JW, Kim D Y, Park J, Seo YT, Zeng H, Moudrakovski IL, Ratcliffe CI,Ripmeester JA. Nature. 2005. 434. 743
【非特許文献4】川村太郎, 山本佳孝, 大竹道香,樋口知,遠藤肇,第15回日本エネルギー学会大会講演要旨集, 2006年8月4日, 97
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、各種有機化合物の中から、入手しやすく、水素の吸蔵量か多く、かつ安全な化合物を見つけ出し、実用に供することができる水素吸蔵体及びこの水素吸蔵体を用いた水素供給方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために本発明は、多くの実験を行い、アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートが目的を達成することを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体である。
また、本発明は、アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体を、低温高圧で水素を吸蔵させ、高温低圧で水素を放出させることを特徴とする水素供給方法である。
ここにおいて、本発明では、低温高圧が、−30〜−1℃、3〜20MPaであり、高温低圧が0〜50℃、0.1〜5MPaとすることができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明の有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体は、入手しやすく、水素の吸蔵量か多く、かつ安全な化合物で、効率よく、低温高圧で水素を吸蔵させ、高温低圧で水素を放出させることが出来るため、水素供給方法に用いることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の有機化合物のハイドレートとして用いるアセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物の一般的な性質は、以下のとおりである。
(アセトン)
沸点:56℃
融点:−95℃
引火点:−18℃
発火点:465℃
密度:0.8
許容濃度:500ppm(TWA)
発ガン性:A4
分類(日本方式):引火性液体、急性毒性物質。
有害性等:眼の刺激性、中枢神経への影響あり。魚毒性が低い。
(プロピレンオキシド)
沸点:34℃
融点:−104℃
引火点:−37℃
発火点:449℃
密度:0.8
許容濃度:2ppm(TWA)
発ガン性:A3
分類(日本方式):引火性、高圧ガス、特定有害物
有害性等:眼、皮膚、肺への刺激作用、及び中枢神経に対する弱い抑制作用。極めて引火性が高い。
(1,3-ジオキソラン)
沸点:78℃
融点:−29℃
引火点:−4℃
発火点:240℃
密度:1.07
許容濃度:20ppm(TWA)
発ガン性:データなし
分類(日本方式):引火性液体
有害性等:眼、皮膚への刺激性、中枢神経への影響あり。引火性物質、有害性物質。
(2,5-ジヒドロフラン)
沸点:66℃
融点:℃
引火点:−16℃
発火点:℃
密度:0,94
許容濃度:データなし(TWA)
発ガン性:データなし
分類(日本方式):引火性液体
有害性等:特別な有害性は報告されていない
【0009】
また、水素吸蔵特性が知られたテトラヒドロフランの一般的な性質は、以下のとおりである。
沸点:66℃
融点:−108.5℃
引火点:−14.5℃
発火点:321℃
密度:0.89
許容濃度:50ppm(TWA)
発ガン性:A3
分類(日本方式):引火性液体、急性毒性物質。
有害性等:眼、皮膚、気道を刺激する。極めて引火性が高い。
さらに、比較例として用いた1,4-ジオキサンの一般的な性質は、以下のとおりである。
沸点:101℃
融点:12℃
引火点:12℃
発火点:180℃
密度:1.03
許容濃度:20ppm(TWA)
発ガン性:A3
分類(日本方式):引火性液体、有害性等の有害物質
有害性等:継続的に摂取される場合は、人の健康を損なう恐れがある。BODでの分解性は低いが、魚類への蓄積性は低い。
(補足)
許容濃度(TWA):低い方が有害
発ガン性:A1→A4の順で発ガン性が低い。
【0010】
これらの物質について、その特性をまとめて表1に示す。
【表1】

主に入手し易さは値段から、扱いやすさは引火性、安全性は許容濃度と発ガン性から判断した。
本発明では、図2に示す装置を用いて、ハイドレートに水素を吸蔵させ、ハイドレートから水素を排出させる。
【実施例1】
【0011】
<アセトンクラスレートハイドレートの水素吸蔵能力>
(アセトン濃度:5.56 mol%)
アセトンクラスレートハイドレート(アセトン濃度:5.56 mol%)について、水素吸蔵・排出量を求めた。予めアセトンクラスレートハイドレートを粒径250μm程度に粉砕し、クラスレートハイドレートの初期試料重量を測定した後、反応容器に封入した。温度を−40℃に安定させた後、水素により圧力を大気圧から10MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、90〜120minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。以上により、今回の実験条件(粒径250μm、温度−40℃、圧力10MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は120min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。ハイドレートが十分に水素を吸蔵した後(120min以上)、圧力を大気圧まで減圧し容器を閉塞した。吸蔵された水素が放出されることにより容器内圧力が上昇し、状態方程式により、水素吸蔵量を求めた。以上により求められた、−40℃、10MPaにおけるアセトンクラスレートハイドレートの水素吸蔵量は平均0.027 mol/molであった。結果を図3に示す。以上の結果より、アセトンクラスレートハイドレートの水素吸蔵性能はテトラヒドロフランクラスレートハイドレートとほぼ同等であることが分かった。
【実施例2】
【0012】
<プロピレンオキシドクラスレートハイドレートの水素吸蔵能力>
(プロピレンオキシド濃度:5.56 mol%)
プロピレンオキシドクラスレートハイドレート(プロピレンオキシド濃度:5.56 mol%)について、水素吸蔵・排出量を求めた。予めプロピレンオキシドクラスレートハイドレートを粒径250μm程度に粉砕し、クラスレートハイドレートの初期試料重量を測定した後、反応容器に封入した。温度を−40℃に安定させた後、水素により圧力を大気圧から10MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、90〜120minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。以上により、今回の実験条件(粒径250μm、温度−40℃、圧力10MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は120min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。ハイドレートが十分に水素を吸蔵した後(120min以上)、圧力を大気圧まで減圧し容器を閉塞した。吸蔵された水素が放出されることにより容器内圧力が上昇し、状態方程式により、水素吸蔵量を求めた。以上により求められた、−40℃、10MPaにおけるプロピレンオキシドクラスレートハイドレートの水素吸蔵量は平均0.029 mol/molであった。結果を図3に示す。以上の結果より、プロピレンオキシドクラスレートハイドレートの水素吸蔵性能はテトラヒドロフランクラスレートハイドレートとほぼ同等であることが分かった。
【実施例3】
【0013】
<1,3-ジオキソランクラスレートハイドレートの水素吸蔵能力>
(1,3-ジオキソラン濃度:5.56 mol%)
1,3-ジオキソランクラスレートハイドレート(1,3-ジオキソラン濃度:5.56 mol%)について、水素吸蔵・排出量を求めた。予め1,3-ジオキソランクラスレートハイドレートを粒径250μm程度に粉砕し、クラスレートハイドレートの初期試料重量を測定した後、反応容器に封入した。温度を−40℃に安定させた後、水素により圧力を大気圧から10MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、90〜120minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。以上により、今回の実験条件(粒径250μm、温度−40℃、圧力10MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は120min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。ハイドレートが十分に水素を吸蔵した後(120min以上)、圧力を大気圧まで減圧し容器を閉塞した。吸蔵された水素が放出されることにより容器内圧力が上昇し、状態方程式により、水素吸蔵量を求めた。以上により求められた、−40℃、10MPaにおける1,3-ジオキソランクラスレートハイドレートの水素吸蔵量は平均0.028 mol/molであった。結果を図3に示す。以上の結果より、1,3-ジオキソランクラスレートハイドレートの水素吸蔵性能はテトラヒドロフランクラスレートハイドレートとほぼ同等であることが分かった。
実施例1及び実施例2と同様にして、
【実施例4】
【0014】
<2,5-ジヒドロフランクラスレートハイドレートの水素吸蔵能力>
(2,5-ジヒドロフラン濃度:5.56 mol%)
2,5-ジヒドロフランクラスレートハイドレート(2,5-ジヒドロフラン濃度:5.56 mol%)について、水素吸蔵・排出量を求めた。予め2,5-ジヒドロフランクラスレートハイドレートを粒径250μm程度に粉砕し、クラスレートハイドレートの初期試料重量を測定した後、反応容器に封入した。温度を−40℃に安定させた後、水素により圧力を大気圧から10MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、90〜120minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。以上により、今回の実験条件(粒径250μm、温度−40℃、圧力10MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は120min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。ハイドレートが十分に水素を吸蔵した後(120min以上)、圧力を大気圧まで減圧し容器を閉塞した。吸蔵された水素が放出されることにより容器内圧力が上昇し、状態方程式により、水素吸蔵量を求めた。以上により求められた、−40℃、10MPaにおける2,5-ジヒドロフランクラスレートハイドレートの水素吸蔵量は平均0.029 mol/molであった。結果を図3に示す。以上の結果より、2,5-ジヒドロフランクラスレートハイドレートの水素吸蔵性能はテトラヒドロフランクラスレートハイドレートとほぼ同等であることが分かった。
【0015】
(従来例)
<テトラヒドロフランクラスレートハイドレートの水素吸蔵能力>
(THF濃度:5.56 mol%)
THFクラスレートハイドレート(THF濃度:5.56 mol%)について、圧力を大気圧から2MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、30〜60minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。その後、段階的に12MPaまで昇圧させたが、この傾向はそれぞれの圧力で同様に見られた。以上により、今回の実験条件(粒径約250μm、温度−3℃、圧力2-12MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は30min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。
THFクラスレートハイドレート(THF濃度:5.56 mol%)について、水素吸蔵・排出量を求めた。予めTHFクラスレートハイドレートを粒径250μm程度に粉砕し、クラスレートハイドレートの初期試料重量を測定した後、反応容器に封入した。温度を−40℃に安定させた後、水素により圧力を大気圧から10MPaに昇圧した。加圧直後(5〜10min)は圧力変化が大きく、時間の経過と共に変化は小さくなり、90〜120minで吸蔵反応はほぼ終了していることが分かった。以上により、今回の実験条件(粒径250μm、温度−40℃、圧力10MPa)においてはクラスレートハイドレート中への水素吸蔵反応は120min以内でほぼ完了していることが明らかとなった。ハイドレートが十分に水素を吸蔵した後(120min以上)、圧力を大気圧まで減圧し容器を閉塞した。吸蔵された水素が放出されることにより容器内圧力が上昇し、状態方程式により、水素吸蔵量を求めた。以上により求められた、−40℃、10MPaにおけるTHFクラスレートハイドレートの水素吸蔵量は平均0.027 mol/molであった。結果を図3に示す。また、水素吸蔵・排出挙動の圧力依存性は、ハイドレートに対して水素圧力を変化させラマン分析を行うことにより、調べることができる。さらに、 水素吸蔵・排出挙動の温度依存性についても、ハイドレートの初期試料重量を測定することにより調べることができる。
【0016】
(比較例1)
1,4-ジオキサンについても、実施例1と同様にして、テトラヒドロフランハイドレートを用いて、ハイドレートの10MPaにおける水素吸蔵・排出量を求めた。結果を図3に示す。
図3から、本件発明のアセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートは、水素吸蔵体として有効であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明の有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体は、入手しやすく、水素の吸蔵量か多く、かつ安全な化合物であり、効率よく、低温高圧で水素を吸蔵させ、高温低圧で水素を放出させることが出来るため、水素供給方法に用いることが出来、多様な形態で水素を供給することが出来るため、産業上利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】クラスレートハイドレートの模式図
【図2】クラスレートハイドレートによる水素吸蔵、水素排出の装置
【図3】各種有機化合物クラスレートハイドレートの水素吸蔵量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体。
【請求項2】
アセトン、プロピレンオキシド、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフランから選ばれる有機化合物のハイドレートからなる水素吸蔵体を、低温高圧で水素を吸蔵させ、高温低圧で水素を放出させることを特徴とする水素供給方法。
【請求項3】
低温高圧が−30〜−1℃、3〜20MPaであり、高温低圧が0〜50℃、0.1〜5MPaである請求項2に記載した水素供給方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−285341(P2008−285341A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−129564(P2007−129564)
【出願日】平成19年5月15日(2007.5.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】