説明

有機性廃棄物の処理方法

【課題】処理する有機性廃棄物の条件が変化しても、効率的で安定的な分解処理を行うことができ、臭気の発生を抑制し、発生汚泥量を大幅に抑制することができる有機性廃棄物の処理法を提供する。
【解決手段】 処理槽内に、脱窒素菌を主体とする微生物群のバイオフィルムを生成させ、溶存酸素量3mg/L以下の条件で、及び微生物学的に生成されると共に、少なくとも硝酸塩を含む電子受容体液の存在下で、有機性廃棄物を分解処理する。電子受容体液は、硝酸塩5〜500mg/L、硫酸塩5〜700mg/L、酸素量0.1〜3mg/Lであり、酸化還元電位は0〜300mVに調整される。微生物群中には、脱窒素菌が少なくとも20%を占めている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汚水、動物糞尿、生ゴミ等の有機性廃棄物を、微生物学的に効率よく無臭で余剰汚泥を少なく分解処理する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工場廃水、生活廃水、動物糞尿、生ゴミ等有機物を含む産業廃棄物、生活廃棄物の処理については、従来から数多くの方法が提案されており、その代表的な方法として、活性汚泥処理法が知られている。しかし、この方法は高い溶存酸素量(DO)の環境下、好気性微生物による好気呼吸で有機物を酸化分解するものであり、大量の余剰汚泥の発生や、下水悪臭の発生などの問題がある。また、嫌気条件下での分解処理方法も知られているが、発酵産物や硫化水素等を多量に生成するため、ひどい悪臭を発生するなどの問題がある。
【0003】
このようなことから、本発明者は、有機物を分解する微生物群の呼吸因子である電子受容体に着目し、溶存酸素量を微量にコントロールするとともに、電子受容体を含んだ最終曝気処理工程の上澄液を廃水流入工程に返送するシステムを開発し、余剰汚泥の大幅な減容化と、全処理工程での無臭化に成功した(特許文献1、特許文献2)。また、微酸素量と酸素以外の電子受容体の存在下で共生増殖する微生物群と、これら微生物群による有機物分解過程についても研究し、その有効利用法を提案した(特許文献3)。
【0004】
【特許文献1】特開2002−361279号
【特許文献2】特開2004−188281号
【特許文献3】特開2004−248618号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した新たな有機性廃棄物処理法の研究をさらに進めた結果、提案されたものである。即ち、前記特許文献3には、微好気状態の処理槽内に出現する微生物が記載されているが、これらは単離培養により特定した微生物であり、処理槽内に生息する微生物群の全容を把握したものとは言い切れない。このため、前記処理槽内の微生物群の状態を安定維持させ、有機性廃棄物を安定的に分解処理するための条件付けとしては不十分である。
【0006】
そこで本発明者は、上記処理槽内に生息する微生物群を遺伝子解析(メタゲノム解析)することにより、前記微好気状態の処理槽内に出現する微生物を仔細に分析し、微生物群が生成する理想的なバイオフィルムを追求すると共に、このようなバイオフィルムを生成させるための条件手法を創出したものである。これにより、処理する有機性廃棄物の条件が変化しても、効率的で安定的な分解処理を行うことができ、臭気の発生を抑制し、発生汚泥量を大幅に抑制することができる有機性廃棄物の処理法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の手段は、処理槽内に、脱窒素菌を主体とする微生物群のバイオフィルムを生成させ、溶存酸素量3mg/L以下の条件で、及び微生物学的に生成されると共に、少なくとも硝酸塩を含む電子受容体液の存在下で、有機性廃棄物を分解処理することを特徴とする。
本発明で処理槽とは、有機性廃棄物を微生物学的に分解処理するための槽であり、槽内への酸素供給装置を設けた曝気槽が代表的な例である。処理槽は1基だけでもよいが、通常は複数基が組み合わされて使用される。
【0008】
脱窒素菌は、処理する有機性廃棄物にもよるが、アシドボラックス類似菌、クレブシエラ、シュードモナス、アシネトバクタ、バシラス、等であり、なかでもアシドボラックス類似菌が増加する。微生物群には、硝酸菌、硫黄酸化菌、硫黄還元菌等の他種の微生物も含んでいるが、脱窒素菌が占める割合が最も大きい。
【0009】
脱窒素菌を主体とする微生物群によって、硝酸呼吸主動の微生物群のバイオフィルムが生成されることになる。これにより、微生物群の代謝活性を下げずに微生物の増殖率を低下させ、結果的に余剰汚泥の発生を抑制することができる。また、悪臭原因のひとつであり、硫酸還元菌などによる生成される硫化水素の発生を抑制することができる。発生したわずかな硫化水素は、硫酸まで酸化する硫黄酸化菌の働きにより酸化され、無臭状態が維持される。
【0010】
脱窒素菌が微生物群の中で占める割合は、有機性廃棄物の処理条件にもよるが、少なくとも20%、好ましくは40%以上占めている状態がよい。脱窒素菌が20%以下の微生物群では、好気性微生物群が主体となった、いわゆる活性汚泥処理法となるためである。脱窒素菌は、硝化菌、硫酸還元菌、硫黄酸化菌等の他種微生物と共生関係にあり、相互の代謝関係のバランスで脱窒素菌の占有率が自然に調整される。
【0011】
前記微生物群のバイオフィルムは、処理槽内に有機性廃棄物を流入し、溶存酸素量、電子受容体液、さらには酸化還元電位を以下の条件とすることで、自然に生成される。即ち、曝気あるいは通気して必要な酸素量を保った後、静置すると、有機性廃棄物に含まれる微生物のうち、脱窒素菌が主動となって微生物集団が形成される。そして、それらが排出する分泌物質によりバイオフィルムが形成され、脱窒素菌主体の微生物群の共生状態が形成される。このようにバイオフィルム内で微生物の育成に必要な因子が確保され、代謝活動が活発化すると共に、バイオフィルム外部の環境変化から保護され、安定した微生物群の共生形態が維持される。
【0012】
前記微生物群のバイオフィルムを生成、維持するためには、処理槽内の溶存酸素量を3mg/L以下、好ましくは1mg/L以下とする。これを超えると、酸素主動のいわゆる活性汚泥処理法となる。溶存酸素は、微生物群が酸素を消費尽くしている状態を意味する0でもよいが(酸素をまったく供給しない嫌気性曝気とは相違する)、微生物群の最小の呼吸因子として、0.1mg/Lを超える酸素量が好ましい。なお、溶存酸素は、後述の電子受容体液の一部として使用されるほか、他の菌体の酸化(例えば硝酸菌による硝化)にも使用される分も含まれる。なお、溶存酸素量は例えば処理槽内の曝気量をコントロールすることにより行うことができる。
【0013】
前記電子受容体液とは、微生物がエネルギー源として消費する有機物の分解に伴って必要となる呼吸因子の酸素、硝酸塩を含んだ無機溶液であり、その他にも硫酸塩、鉄分、マンガン等の化学物質を含んでいる。この電子受容体液は微生物学的に生成されたものである。即ち、前記物質は微生物群の代謝活動のなかで自然に生成されるものであり、人為的な合成物や精製物とは区別される。
【0014】
酸素は、好ましい呼吸因子として優先的に消費されるが、溶存酸素が0.1mg/L程度になると、微生物群は、酸素に代わる呼吸因子、最終電子受容体として、硝酸塩及び硫酸塩を消費し始める。順位的には酸化還元ポテンシャルの高い硝酸塩が消費され、次に硫酸塩が消費される。そして、微生物群の主体である脱窒素菌の硝酸呼吸により、脱窒が行われる。また、上述のように硫酸呼吸を行う硫酸還元菌などにより硫化水素が生成される。硫化水素は悪臭原因のひとつであるが、本発明では、共生菌群全体で硝酸呼吸主動であり硫化水素の発生は少ない。また発生したものについては、硫化水素を硫酸まで酸化する硫黄酸化菌の働きにより、無臭状態が維持されているものと思われる。
【0015】
電子受容体液には、硝酸塩5〜500mg/L、硫酸塩5〜700mg/L、酸素量0.1〜3mg/Lを含んでいることが好ましい。硝酸塩と硫酸塩が5mg/L以下であると、前述した微生物群による硝酸呼吸や、硫酸呼吸が効率的に促進されない。逆に、硝酸塩が500mg/L以上、硫酸塩が700mg/L以上になると、微生物がこれらの物質により不活性化する。硝酸塩と硫酸塩は、100mg/L以下が好ましい。
【0016】
酸化還元電位は300mV以下であり、0m〜300mVの範囲で調節される。酸化還元電位は、電子受容体を構成する酸素(溶存酸素)、硝酸塩、硫酸塩を前記範囲内に維持し、硝酸呼吸を主とした微生物群(共生菌群)を構成するための指標となるものである。酸化還元電位が0mV以下の場合は、電子受容体としての酸素が不足し、微生物群のバランスが硫黄化合物使用菌の方向に傾く。また、300mv以上では、電子受容体としての酸素が多すぎるため、微生物群のバランスが酸素使用菌の方向に傾くことになる(活性汚泥となる)。
【0017】
酸化還元電位は、必要とあれば、酸素供給量の調整、所定の電子受容体液の投入、所定の酸化還元電位を有する緩衝液(廃水処理媒体等)の投入などにより調整することができる。本発明では、有機物含有廃棄物を微生物により分解処理するに際し、処理槽内を、脱窒素菌を主体とする微生物群となるように溶存酸素量と電子受容体液の供給量をコントロールすることができる。
【0018】
本発明は、上記条件を満たす限り、水中であっても大気中であっても、その他の環境であっても実施することができる。具体的には、生ゴミ分解浄化処理、生ゴミ分解コンポスト、生活廃水処理、動物糞尿処理、産業有機廃棄物処理、等である。代表的な例として、本発明者が特開2002−361279号で提案したように、廃水原水を貯留する流入槽、流入槽からの廃水を曝気処理する反応槽、反応槽の処理廃水を回収静置して汚泥を沈殿させる沈殿槽、沈殿槽の汚泥を回収して再曝気処理し余剰汚泥を消化減容させるとともに上澄液を流入槽に返送する汚泥消化槽、を備えた有機性廃水処理装置に適用できる。即ち、流入槽、反応槽、汚泥消化槽の全部の槽又は一部の槽に、前記脱窒素菌を主体とする微生物群のバイオフィルムを形成させることにより、効率的で安定した分解処理が可能となる。特に、汚泥消化槽での発生汚泥を従来よりも減容することができ、上澄水を良質の電子受容体液として利用することができる。
【発明の効果】
【0019】
上述した本発明によれば、有機性廃棄物の分解処理において、処理槽内に脱窒素菌を主体とする微生物群のバイオフィルムを生成させ、溶存酸素濃度と電子受容体液の供給をコントロールすることにより、処理する有機性廃棄物の条件(例えばBOD、COD)が変化しても、効率的で安定した分解過程をとるため、有機物分解が速くなり、悪臭を発生することもない。硝酸呼吸を主とした微生物群により有機物分解を行うので、発生汚泥の量を大幅に減少することができる。
【実施例1】
【0020】
平均流入有機物量100mg/L、流入水量500t/日の生活廃水を、以下の条件で処理した。処理装置は、前述した流入槽、反応槽、沈殿槽及び汚泥消化槽から構成されている。その結果を表1に示す。表1において、流入水とは流入槽の水質、処理水とは沈殿槽の上澄水の水質である。このときの反応槽における硝酸塩、硫酸塩、酸素量及び酸化還元電位の実測値を表2に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【実施例2】
【0023】
平均流入有機物量1000mg/L、流入水量200t/日の食品加工工場の廃水を、実施例1と同じ処理装置により、以下の条件で処理した。その結果を表3に示す。反応槽における硝酸塩、硫酸塩、酸素量及び酸化還元電位の実測値は表4に示す通りである。
【0024】
【表3】

【0025】
【表4】

【0026】
以上の実施例からも明らかなように、本発明によれば、流入水(処理前の廃水)に比較して処理水の水質が大幅に浄化されていることがわかる。また悪臭もほとんど認められなかった。さらに、汚泥消化槽の上澄水には硝酸塩、硫酸塩が適量含まれており、良質な電子受容体含有液であることがわかる。
【実施例3】
【0027】
実施例2の反応槽の処理水を採取し、バイオフィルム中に生存する微生物のメタゲノム解析を行った。また、流入槽、反応槽、沈殿槽で構成し、流入槽と反応槽を溶存酸素量3mg/L以上で曝気した従来の活性汚泥方法についても、反応槽中に生存する微生物のメタゲノム解析を行った。なお、メタゲノムとは、土壌微生物集団中の培養できない微生物も含むすべてのゲノム集団に対して名付けられたものであり、メタゲノム解析とは、培養というプロセスを経ずに微生物菌叢のゲノム総体の解析を行うことをいう。解析結果(リボソーム小サブユニット中の16SrRNA遺伝子の塩基配列の比較による微生物の分類)を表5に示す。
【0028】
【表5】

【0029】
上表のように、本発明法では、プロテオバクテリア類に属し、脱窒素菌の一種であるアシドボラックス類似菌(49.2%)が著しく出現し、硫黄酸化菌であるクロロフレクサス類似菌(16.2%)が消失していることがわかる。ちなみに活性汚泥法では、硫黄酸化菌が23.5%を占めている。なお、上記分類はメタゲノム解析により類似した遺伝子配列ごとに区分した門(ファイラム)分類によるものであるが、同じ門(ファイラム)に属する菌が共通の微生物学的性質を有しているとは限らない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機物含有廃棄物を分解処理する方法であって、
処理槽内に、脱窒素菌を主体とする微生物群のバイオフィルムを生成させ、溶存酸素量3mg/L以下の条件で、及び微生物学的に生成されると共に、少なくとも硝酸塩を含む電子受容体液の存在下で、有機性廃棄物を分解処理することを特徴とする有機物含有廃棄物の分解処理方法。
【請求項2】
酸化還元電位が300mV以下であることを特徴とする請求項1に記載の有機物含有廃棄物の分解処理方法。
【請求項3】
電子受容体液が、硝酸塩5〜500mg/L、硫酸塩5〜700mg/L、酸素量0.1〜3mg/Lであり、酸化還元電位が0〜300mVであることを特長とする請求項1に記載の有機物含有廃棄物の処理方法。
【請求項4】
有機物含有廃棄物を微生物により分解処理するに際し、処理槽内を、脱窒素菌を主体とする微生物群となるように溶存酸素量と電子受容体液の供給量をコントロールすることを特徴とする有機物含有廃棄物の処理方法。
【請求項5】
前記微生物群中に、脱窒素菌が少なくとも20%を占めていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の有機物含有廃棄物の処理方法。

【公開番号】特開2007−117790(P2007−117790A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−309455(P2005−309455)
【出願日】平成17年10月25日(2005.10.25)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【出願人】(505397896)クラリス環境株式会社 (7)
【Fターム(参考)】