説明

有機溶剤分解菌それを用いた有機溶剤の分解処理方法

【課題】1種の微生物で芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、アルコール系溶剤等の多種の溶剤を効率的に分解することができる有機溶剤分解菌を提供すること。
【解決手段】シュードモナス(Pseudomonas)sp.14−N−1(NITE
P−458)、ならびにそれを芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤又はそれを含有する液体もしくは気体と接触させることからなる有機溶剤の分解処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機溶剤分解菌及びそれを用いた有機溶剤の分解処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化水素類などの化合物に対する微生物の分解作用については、環境汚染防止の観点から多くの研究がなされており、例えば、芳香族化合物を微生物分解する場合には、芳香族化合物を直接培地中に懸濁させ微生物分解させるか、あるいは僅かの芳香族化合物を溶媒に溶かして微生物分解させる方法が採用されている。しかしながら、前者の方法では、芳香族化合物が溶解しないために微生物との接触が不十分で分解効率が悪く、また、後者の場合では、芳香族化合物との接触はよくなるが、有機溶媒に対する抵抗性がないために微生物の反応性が抑制され分解効率が極めて低くるという問題がある。
【0003】
そこで、特許文献1では、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの有機溶媒中でもこれらに対する耐性を有する微生物を用いて、石油中に多く含まれる難分解性の多環芳香族炭化水素を効率的に分解することが開示されている。
【0004】
一方、塗装プラント等のような種々の有機溶剤が混在している環境下においては、アルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、有機酸類等が発生するため、例えば、特許文献2には、これらを含有する水性廃液の処理方法として、これらを効率よく分解する微生物が開示されている。また、特許文献3には、化学工場、塗装工場等から発生するトルエン、キシレン、メチルエチルケトン等の混合有機溶剤を含有する悪臭ガスを、トルエン分解能を有する微生物、キシレン分解能を有する微生物、メチルエチルケトン分解能を有する微生物及び/又はメチルエチルケトン分解能を有する微生物を組合せて用いることによって、効率よく分解する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の微生物では、アルコール類やエステル類などの溶剤を分解することはできず、また、特許文献2に記載の微生物でも、芳香族炭化水素までは分解することはできず、さらに、種々の有機溶剤が混在している場合には、特許文献3のように、一度に複数種の微生物を使用する必要があり、生育状態が変化してしまったり、設備が大掛かりになったりする等の不具合がある。
【0006】
【特許文献1】特開平7−155175号公報
【特許文献2】特開平10−33163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、1種の微生物で芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、アルコール系溶剤等の多種の溶剤を効率的に分解することができる有機溶剤分解菌を提供することである。
【0008】
本発明の目的は、また、該有機溶剤分解菌を用いた有機溶剤の分解処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、有機溶剤を分解する微生物を種々探索した結果、今回、神奈川県平塚市内(関西ペイント株式会社平塚事業所)の土壌中から、芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤から選ばれる少なくとも1種の有機
溶剤を炭素源として分解資化する能力を有する特定のシュードモナス属微生物を分離、同定し、本発明を完成するに至った。そして、このシュードモナス属微生物、その培養物又は処理物を用いて、芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤又はそれを含有する液体もしくは気体と接触させることにより有機溶剤を分解処理する方法を確立した。
【0010】
かくして、本発明は、シュードモナス(Pseudomonas)sp.14−N−1(NITE P−458)を提供するものである。
【0011】
本発明は、また、シュードモナスsp.14−N−1(NITE P−458)、その培養物又は処理物を、芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤又はそれを含有する液体もしくは気体と接触させることを特徴とする有機溶剤の分解処理方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、1種の微生物で、芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤等の多種の溶剤を効率的に分解することができ、実用上極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明によれば、シュードモナス属微生物であるシュードモナス(Pseudomonas)sp.14−N−1(NITE P−458)が提供される。
【0014】
この微生物は、神奈川県平塚市内(関西ペイント株式会社平塚事業所)の土壌中から採取、分離されたものであり、その培養は好気性細菌に用いられる一般的な培地を用いて行うことができる。
【0015】
なお、本明細書において、培地A(Yeast extract 0.5g/l、MgSO4・7HO 0.1g/l、CaCl・2HO 0.1g/l、ferric
citrate 0.002g/l、Vitamin solution 1.0ml/l、Metal solution 10.0ml/l)と培地B(KHPO 1.0g/l、KHPO 0.5g/l)とを4:1の割合で混合し、滅菌処理したものを「BM液体培地」と称し、培地Aと培地Bを4:1の割合で混合し、さらにAgerを1.5%加えて滅菌処理したものを「BM寒天培地」と称する。
【0016】
上記のMetal solutionは、CaCl・2HO 0.4g/l、HPO 0.5g/l、CuSO・5HO 0.04g/l、KI 0.1g/l、FeSO・7HO 0.2g/l、MnSO・4〜7HO 0.4g/l、ZnSO・7HO 0.1g/l、NaMoO・2HO 0.1g/l、12N HCl 2.0g/lからなり、Vitamin solutionは、Ca−Pantothenate 0.4g/l、Inositol 0.2g/l、P−Aminobenzonate 0.2g/l、P−Aminobenzonate 0.2g/l、Pyridoxin 0.4g/l、Thiamin 0.4g/l、Biotin 0.002g/l、Vitamin B12 0.0005g/l、Naiacin 0.4g/lからなる。
【0017】
また、本発明の微生物の単離、同定は以下のようにして行った。
【0018】
培養方法:
液体培地の場合には、ねじ口試験管を用い、基質添加後、30℃、150rpmで振と
う培養する。また、寒天培地の場合には、滅菌シャーレを用い、30℃で培養する。
【0019】
単離方法(段階希釈法・100倍希釈法):
あらかじめ用意しておいた0.85%生理食塩水(9.9mL)に、土壌から採取した微生物を含む培養液を100μL加え、原液より10−2倍濃度に薄められた培養液を調製する。この希釈培養液を新たな生理食塩水(9.9mL)に100μLほど加えて、原液の10−4倍濃度の希釈培養液を調製する。これを繰り返して10−6倍濃度及び10−8倍濃度の希釈培養液を調製し、ボルテックスでよく攪拌したのち、寒天培地にそれぞれの濃度の希釈培養液を100μL塗沫する。
【0020】
分析方法:
菌の生育度の測定:
タイテック株式会社製デジタル比色計(商品名:mini photo 518R)を用い、無菌コントロールを0点に調整した後、希釈培養液の菌体濁度OD660 nmを測定する。
【0021】
ガスクロマトグラフィー(GC)分析:
ジエチルエーテル2mlでサンプルを抽出し、10μl容量のシリンジで摂取し、GC分析を行う。GCで測定を3回行い、検量線から濃度を求め、溶剤分解能を調べる。
【0022】
GC分析条件:
シクロヘキサノン・酢酸エチル以外の有機溶剤の場合
Column Packing PEG 20M−PT Uniport B
Column size 2.6mm×2m
Flow rate 40ml/min,N gas
Injection temp. 180℃
Column temp. 100℃
Detection FID

シクロヘキサノンの場合
Column Packing PEG 20M−PT Uniport B
Column size 1.6mm×2m
Flow rate 40ml/min,N gas
Injection temp. 180℃
Column temp. 100℃
Detection FID

酢酸エチルの場合
Column Packing PEG 20M−PT Uniport B
Column size 2.6mm×2m
Flow rate 40ml/min,N gas
Injection temp. 180℃
Column temp. 80℃
Detection FID
【0023】
基質としては、ミネラルスピリッツ(C9−12脂肪族炭化水素とC9−10芳香族炭化水素の混合物)、スワゾール1000(C芳香族炭化水素の混合物)を使用した。
【0024】
一次スクリーニングは次のようにして行なった。
【0025】
200ppmのミネラルスピリッツ又はスワゾール1000含有BM液体培地5mLそれぞれに土壌を加えた。7日間、30℃、300rpmで振とう培養し、植え継ぎを4回行った。培養液をBM寒天培地に画線し5日間静置培養した。この寒天培地より生育してきた菌を全て単離し、スラントで5日間培養した。単離菌を200ppmのミネラルスピリッツ又はスワゾール1000含有BM液体培地5mLに加え、10日間、30℃、150rpmで振とう培養した。GC分析の結果から、高い分解能を示した培養液を選抜することにより、ミネラルスピリッツ及びスワゾール1000分解菌の候補を数種類得た。
【0026】
2次スクリーニングは次のようにして行った。
【0027】
ミネラルスピリッツ又はスワゾール1000を500ppm含有するBM液体培地5mLに単離した候補菌を植菌し、10日間、30℃、150rpmで振とう培養した。その結果、スワゾール1000分解菌として菌株14−N−1を得た。
【0028】
この菌株の16SrDNAをコードするDNAの塩基配列の一部を決定し、部分塩基配列解析(国際塩基配列データベースBLAST検索)により同定を行った。その結果、この菌株は、シュードモナス属に属することが判明し、シュードモナスに属する公知の菌株とは有機溶剤分解能において異なる性質を示すことから、この菌株を新菌種と認定し、シュードモナス(Pseudomonas)sp.14−N−1と命名した。この菌株は独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託され、NITE P−458なる受託番号が付与されている。
【0029】
この単離菌株による有機溶剤の分解資化能を調べるため、各種有機溶剤を基質として選択し、500ppmの各基質含有BM液体培地5mlにそれぞれ上記単離菌株を植菌し、72時間、30℃、150rpmで振とう培養を行なった。
【0030】
その結果、ミネラルスピリッツやスワゾール1000などの石油系炭化水素溶剤だけでなく、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶剤、酢酸ブチルなどのエステル系溶剤、及びn−ブタノールなどのアルコール系溶剤に対し、高い分解能を有することが判明した。
【0031】
上記単離菌株による上記有機溶剤の分解はそれ自体既知の方法によって行うことができ、例えば、菌体を無機質、水分及び空気の存在下に、上記有機溶剤又はそれを含有する液体もしくは気体と接触させることにより行うことができる。菌体としては、単離生細胞、その培養物又は処理物(例えば、凍結物、凍結乾燥物など)のいずれを用いることもできる。また、これら菌体を固定化した固定化担体を用いることも可能である。
【0032】
これら菌体の担体への固定化は、それ自体既知の方法によって行うことができ、例えば、包括法、物理的吸着法、共有結合法等が挙げられる。
【0033】
担体としては、中空状、凹凸状、多孔質状等の形態で単位体積当たりの表面積が大きいもの或いは水を吸収して膨潤するものであって、流動性を持ち、容易に反応系から流出しない粒径及び比重を有するものが好適であり、担体形状としては、例えば、板状、繊維状、円筒状等の特殊形状、スポンジ状、粒・塊状、立方体状等いずれでもよいが、中でも、流動性と充分な表面積を確保しやすい微小な粒状体が好ましい。担体素材としては、微生物や酵素等の担体材料として従来から用いられている各種の有機・無機材料を用いることができ、例えば、粒状活性炭、破砕活性炭、木炭、ゼオライト、雲母、砂粒等の無機材料;光硬化性樹脂、ポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリエチレン、ポリアクリルアミド、ポリエステル、ポリプロピレン、寒天、アルギン酸、カラギーナン、セルロース、デキストラン、アガロース、イオン交換樹脂等の高分子材料;シリカゲル等の多孔質セラ
ミックス;アンスラサイト;樹脂材料に活性炭等を混入したもの等が挙げられ、これらはそれぞれ単独でもしくは2種以上組合わせて用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0035】
実施例1:14−N−1株による各種有機溶剤の分解
<分解試験>
各種有機溶剤をBM液体培地に500ppm添加し、これに菌株14−N−1の前培養液50μlを加え、3日間培養し、その間経日的にOD660 nmおよびGC測定を行い、菌の生育度と溶剤分解能を評価した。分解率の高い基質に対しては1000ppmで、そして低い基質に対しては200ppmで同様の操作を行った。その結果を以下に示す。
【0036】
ミネラルスピリッツに対する分解特性
500ppmでは1日でOD660 nmは0.7を超え、1日で約80%分解した。その後培養を続けても生育度及び分解濃度は変化しなかった。
【0037】
スワゾール1000に対する分解特性
500ppmでは1日でOD660 nmは最大の0.6に達し、1日目で約80%分解し、その後5日目で約90%分解した。
【0038】
トルエンに対する分解特性
200ppmでは3日間で完全に分解した。
【0039】
工業用キシレンに対する分解特性
200ppmでは3日で40%分解した。
【0040】
トルエンに対する分解特性
200ppmでは3日間で完全に分解した。
【0041】
n−ブタノールに対する分解特性
200ppmでは3日間で完全に分解した。
【0042】
酢酸ブチルに対する分解特性
200ppmでは3日間で完全に分解した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シュードモナス(Pseudomonas)sp.14−N−1(NITE P−458)。
【請求項2】
シュードモナスsp.14−N−1(NITE P−458)を担持又は固定化させてなる担体。
【請求項3】
シュードモナスsp.14−N−1(NITE P−458)、その培養物又は処理物を、芳香族炭化水素系溶剤、石油系炭化水素系溶剤、エステル系溶剤及びアルコール系溶剤から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤又はそれを含有する液体もしくは気体と接触させることを特徴とする有機溶剤の分解処理方法。

【公開番号】特開2010−130950(P2010−130950A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−309958(P2008−309958)
【出願日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】