説明

木目模様の創成方法

【課題】自然材を用いることなしに木目模様を得るにあたり、より自然材に近い高品質の木目模様を提供する。
【解決手段】木目模様の創成方法において、基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加し、繊維組織モデルが付加された樹木モデルを任意の面で切断して、その樹木モデルの切断面に現れる模様を木目模様とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、木目模様を人工的に創成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自然物の中でも、木材は我々に最も身近な素材の一つであり、その木材が形成する木目模様は人に安らぎや暖かな柔らかい印象を与えるため、建築物、家具、インテリア製品、住宅や自動車の内装など、工業製品の意匠要素として幅広く用いられている。木目模様を意匠要素に用いる最も基本的な手段は、天然無垢材を製品に加工し、素材に現れる木目模様をそのまま生かす方法であるが、使用する木材に相応のコストがかかってしまう。安価な工業製品ではこのコストを抑えるために、突板と呼ばれる天然の樹木を薄くスライスしたものを製品表面に貼り合わせる方法や、木目模様を製品表面に直接印刷または紙などに印刷して貼り合わせる方法が使われている。特に木目模様印刷は、コストを低くできるばかりでなく、どんなに広い面積でも色揃え・色合わせが容易であり、さらに経年劣化による変形、ひび割れ、変色、腐食などがないため扱いやすい。
【0003】
しかし、この木目模様印刷にも限界と欠点はある。印刷する模様の基となる木目模様は実樹木の切断面の写真から作られており、設計者の要求する木目模様を正確に得るためには、多くの木材を切断して写真を集めなければならない。樹木をどの切断面で切り出して木材に精製するかは経験によるところが大きく、長年経験を積んだ職人でも実際に切断してみるまでどのような木目模様が現れるのか分からないという。こういった理由から、特に希少価値が高い木目模様は、需要が多いはずであるがサンプルが少なく、効果的に活用されていない。また、実物の写真では木目模様のパターンにも制限があり、様々なパターンを得るためにはデザイナーが限られたサンプルの中から組み合わせを選んでレイアウトを決める必要がある。また、実際の樹木の木目模様を専用のスキャナーで読み取る作業自体も手間と時間がかかり、結局は人為的な操作の必要性により負担が大きいといえる。
【0004】
そこで、コンピュータグラフィックス(以下、「CG」という。)による木目模様の表現が注目を集めている。この実際の樹木に依存する木目模様の取得を、コンピューターの中でCGとして生成することができれば、低いコストで多様なパターンの木目模様を得ることができる。また、樹木の切り出し方や樹木の大きさの限界などの物理的な制限もなく、スキャナーでコンピューターに取り入れる作業も必要なくなる。このため、CGによる木目模様の表現技法を確立することは、木目模様印刷の分野におけるデザイン工程の合理化と、デザインそのものの多様化を図る上で有用である。
【0005】
特許文献1では、樹木の生長モデルを基に樹木をCGで構成し、その樹幹を任意の切断面で切断することによって木目模様を得る手法が提案されている。この手法の画期的な点は、気候による樹木の生長様態をモデリングし、気象庁のデータベースなどから気候情報を得て入力することで、自動的にその気候に合った樹木モデルを構築することができるという点である。また、この特許文献1では、単純な形状の樹幹から発展させて、樹木の先細りや偏心肥大、枝分かれや瘤まで表現しており、簡単な操作によって多様な木目模様を得ることに成功している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−230754号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、工芸的価値の高い樹種別による木目模様というのは樹幹の形状よりもむしろ樹木の内部組織に由来して現れるものが多く、上記特許文献1では、樹木の繊維組織まではモデル化されていなかったため、実際の木材表面が呈する質感まで表現できておらず、改良の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、上述した問題を解決するためになされたものであり、この発明の木目模様の創成方法は、基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加し、前記繊維組織モデルが付加された樹木モデルを任意の面で切断して、その樹木モデルの切断面に現れる模様を木目模様とすることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
この発明の木目模様の創成方法によれば、基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加して樹木モデルを生成していることから、その樹木モデルの内部組織を自然な樹木の内部組織により近いものとすることができ、従来の手法による木目模様に比べて緻密で高品位な木目模様を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】円柱座標系で示した樹幹モデルの模式図である。
【図2】(a)は生長輪のモデリング図であり、(b)は早材、晩材のモデリング図である。
【図3】(a)〜(d)はそれぞれ、早材・晩材の色変化を記述する関数の模式図である。
【図4】(a)〜(c)はそれぞれ、心材・辺材の色変化を記述する関数の模式図である。
【図5】(a)〜(d)は樹種による仮道管の分布の違いを示す写真である。
【図6】(a)、(b)はそれぞれ、仮道管の配列モデルを示す模式図である。
【図7】(a)〜(e)は樹種による管孔の違いを示す写真である。
【図8】モデリングに用いる樹木の分類図である。
【図9】樹木内の繊維傾斜分布図であり、(a)は樹木内繊維の傾斜の模式図であり、(b)は該模式図の概要である。
【図10】木理モデルを導く式を説明する図である。
【図11】(a)は切断面と接線ベクトルの幾何関係を示す図であり、(b)は接線ベクトルと法線ベクトルの幾何関係を示す図である。
【図12】この発明にしたがって木目模様を創成するシステムの構造概略図である。
【図13】(a)、(b)はそれぞれ樹幹モデルの図である。
【図14】記述方法の違いによる生長輪の様子を示す図である。
【図15】切断角度の違いによる切断面の様子を示す図である。
【図16】二次元平面における仮道管の描画図であり、(a)は全体像を(b)は年輪境界の拡大図をそれぞれ示している。
【図17】仮道管の三次元CGモデルであり、(a)は全体像を(b)は切断面を示している。
【図18】仮道管を描画する手順を示す概要図である。
【図19】仮道管を含む樹幹モデルを示す図である。
【図20】仮道管モデルの年輪付近の拡大図である。
【図21】散孔材モデルの描画例を示す図である。
【図22】環孔材モデルの描画例を示す図である。
【図23】制御記述の違いによる木理のモデルを示す図である。
【図24】傾斜角度0°の通直木理モデルを示す図である。
【図25】傾斜角度15°のらせん木理モデルを示す図である。
【図26】線形関数制御の木理モデルを示す図である。
【図27】正弦波関数制御の交錯木理モデルを示す図である。
【図28】通直木理のゆらぎの有無による違いを示す図である。
【図29】交錯木理のゆらぎの有無による違いを示す図である。
【図30】微細組織の有無による横断面の木目模様の違いを示す図である。
【図31】微細組織の有無による各断面の木目模様の違いを示す図である。
【図32】木理モデルを適用した木目模様を示す図である。
【図33】(a)は構築したシステムを実行して得られた樹幹モデルを示す図であり、(b)は基礎となる樹幹モデルの年輪に対してゆらぎを付与したモデルを示す図であり、(c)は仮道管を付与したモデルを示す図である。
【図34】(a)〜(c)はそれぞれシカモア、タモ、ウォールナットの実物の木材写真であり、(d)〜(f)はそれぞれ構築したシステムにより得られた木目模様の結果である。
【図35】この発明にしたがう実施形態の木目模様の創成方法を実施するプログラムの全体構成を示す構成図である。
【図36】生育条件設定モジュールの機能を示す概略図である。
【図37】樹幹生長シミュレーションモジュールの機能を示す概略図である。
【図38】樹幹モデル構築モジュールの機能を示す概略図である。
【図39】表示・操作モジュールの機能を説明する概略図である。
【図40】(a)は樹幹生長シミュレーションを経て創成された樹木モデルを示す図であり、(b)は該樹木モデルの切断面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、この発明の実施の形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0012】
[樹木のモデリング]
樹木内の組織や構造をモデリングする上で、まず組織を含む樹木そのものをモデルとして用意する必要がある。樹木は構造上樹心軸に沿って組織が配列しているため、垂直方向においては変化が少ない。したがって、垂直方向にはある程度の長さがあれば十分であると考え、樹木から一定の長さで切り出した丸太材を想定し、内部の組織をモデリングする。
【0013】
(A)樹幹のモデリング
樹幹の形状は樹種や生育環境によって様々であるが、本実施形態では微細組織のモデリングを容易にするために、樹幹の形状を円柱形とする。円柱形とした上で、樹木内の空間における任意の点Pの位置を動径r、偏角θ、高さzの三変数を用いた円柱座標系で記述する。図1に円柱座標系の模式図を示す。この記述方法により、微細組織の配列などを関数f(r, θ, z)で記述することによって、樹木内部の構造を数学的に表現することができるのである。また、木目模様を得るために切り出す木材はある程度の大きさを持っていることに比べて、樹木内組織が極めて小さいため、水平方向の樹幹の形状は微細組織の形状に依存しないものと考える。つまり、不規則な形状の樹幹は微細組織の不規則な配列によるものであり、関数f(r, θ, z)の記述の仕方によっては円柱より複雑な形状も表現が可能である。
【0014】
(B)生長輪のモデリング
生長輪は微細組織を表現する上で、非常に重要な要素である。散孔材や放射孔材を除き、ほぼ全ての針葉樹や環孔材は1回の生長サイクル毎、つまりは1つの生長輪毎に類似した微細組織の構成傾向を示す。したがって、生長輪は樹木内組織の記述において傾向を示す起点となるのである。なお、本実施形態では1年ごとに生長輪を形成する日本産の木材をモデルとするため、生長輪と年輪という言葉は同義語として扱う。一般に年輪は、各年に付け加わる幅はほぼ一定であり、樹齢を重ねるごとに狭くなっていく。これは、毎年付け加わる木材の横断面における面積がほぼ一定であるという樹木の性質によるものである。この性質を基に、年輪の幅をモデリングする。図2に示す生長輪のモデリング図のように、1年間に一定量付け加わる木部の面積をdSとし、木部とは別に樹幹の中心である髄の面積を1年目の年輪内面積S1とすると、n年目の樹幹の断面積Snは次のようになる。
【数1】

また、樹幹の断面積がSnのときの樹幹半径をRnとすると、SnはRnを用いて以下のように表すことができる。
【数2】

したがって、式(1)、(2)より、n年目の年輪の半径は以下のように求まる。
【数3】

一年目の年輪面積S1と一年間に増加する年輪面積dSは樹種・個体ごとに決定される固有のパラメータとする。このパラメータを指定して、円柱座標系の動径変数rに式(3)を適用することで、樹幹モデル内に年輪の境界を記述することができる。
【0015】
(C)早材・晩材のモデリング
早材・晩材も樹木内の組織を表現する上で重要となる。温暖な気候の下活発な生長の中で形成される早材部分と、寒冷な気候の下生長が停滞してしまい形成される晩材部分とでは、その構成は大きく異なる。したがって、早・晩材の境界を決定することで、樹木内組織が変化する境界を記述することができる。早材と晩材の比率も年輪と同様に樹種や個体によって異なる。ここで、1年間のうちに増加する年輪内の面積が一定であることから、一定期間に増加する横断面の面積も一定であると仮定する。また、早材・晩材の移行は気候の変化によるものなので、毎年の過剰な気候変動がない限り、同一個体内では毎年ほぼ同時期に早材から晩材に移行するものとする。したがって、早・晩材はそれぞれ1年間のうちの一定期間内で形成されるということになり、その期間内で増加する横断面の面積も一定であることになる。つまり、同一個体内では1年輪内での早材・晩材の面積比は、樹齢に関わらず一定であるという結論に至る。この仮定を基に、早材・晩材の境界線をモデリングする。図2(b)に示す早材および晩材のモデリング図のように、1年輪内の面積dSの内、早材が占める部分の割合をeとし、晩材が占める部分の割合をlとする。上記の仮定より、どの樹齢の年輪内においても、eとlの比は一定である。したがって、1年輪内の早材が占める部分の面積をSeとし、晩材が占める部分の面積をSlとすると、SeとSlはそれぞれ以下のようになる。
早材:
【数4】

晩材:
【数5】

また、n年目の年輪における早材と晩材との境界線内の面積をS(e→l)nとすると、S(e→l)nは(n-1)年目の年輪内面積に早材部面積を足したもの、もしくはn年目の年輪内面積から晩材部面積を引いたものとして表現できるため、式(1)を用いて以下のように記述できる。
【数6】

【数7】

そして、n年目の早材と晩材の境界線の半径をR(e→l)nとすると、S(n→l)nはR(e→l)nを用いて以下のように表すことができる。
【数8】

したがって、式(4)〜(8)により、n年目の早・晩材境界線の半径は以下のように求まる。
【数9】

【数10】

樹種・個体特有のパラメータであるS1、dS、e、lを指定して、式(9)、(10)を円柱座標系の動径変数rに適用することで、生長輪と同様に早材と晩材の境界を記述することができる。さらにここでは、早材および晩材の色の変化についてもモデリングする。早材および晩材の色の変化は、桃井の提案するアルゴリズムに準拠して付加した(桃井貞美:枝分かれを考慮した木目の表現手法, 情報処理学会論文誌, Vol. 35, No.3(1994). pp.461-467; CGによる質感表現のための3次元連続な揺らぎの生成手法, 長野県情報技術試験場研究報告, No.16(2000), pp.23.1-23.2参照)。このアルゴリズムは、早材が段々と濃色になっていき晩材に達した後、突然また淡色の早材が形成され始めるという様子を関数として表したものである。この考え方に基づき、早材・晩材の色の変化をRGB値の関数による変化として表現する。図3に早材・晩材の色変化を記述する関数の模式図を示す。図3(a)が、桃井が提案する早材・晩材の色変化である。
RGB値の変化関数は、桃井が示した模式図に基づいて図3(b)のように早材・晩材をまたいで1つの関数にしてしまうと、各年輪間の早材・晩材の比が一定で単調になってしまう。したがって、既に定義した早材・晩材の境界を用いることする。早材においてはRGB値を一定に保っておき、早材・晩材の境界からRGB値を決められた関数に沿って変化させるのである。RGB値を変化させる関数は、図3(c)のように線形関数で急激に変化させるものや、図3(d)のように二次関数で緩やかに変化させるものなど、様々な種類のものを適用できるようする。これによって、樹種ごとに異なる色の変化の傾向を多様に表現することができる。
【0016】
(D)心材・辺材のモデリング
心材は細胞組織が死細胞と化したもので、一般に辺材部分に比べて濃色を示す。心材が形成されるのは、樹木の組織が形成された後であり、樹木組織の細胞内に心材成分が沈着することによって着色を示す。したがって、本実施形態では心材形成による樹木組織の変形はないものと仮定し、辺材・心材における色の違いのみをモデリングすることとする。
心材・辺材においての色の変化も桃井が提案している。これは心材と辺材の色を一定とし、その両者の間に移行域を設けてRGB値を関数によって変化させるというものである。これを参考に、早材・晩材と同じようにしてRGB値の変化を記述する関数を構築する。図4に心材・辺材の色変化を記述する関数の模式図を示す。図4(a)は桃井が提案する心材・辺材の色変化である。移行域でのRGB値の変化の仕方は、図4(b)のように線形に変化するものや、図4(c)のように緩やかに色が変化する関数など、樹種によって選択するものとする。また、心材域・移行域・辺材域それぞれの幅や、心材・辺材における色についても樹種特有のパラメータとする。
【0017】
[樹木組織のモデリング]
樹木内の組織をモデリングして細かく描くことによって、木目模様に精密感が増し、また組織の種類によって多様性が生まれることが期待される。本実施形態では樹木を構成する組織のうちで、木目模様の形成に深く関わると考えられるもの、つまり構成割合が多く視覚的に影響が出やすいものに限定してモデリングを行う。本実施形態では、少なくとも、針葉樹における仮道管のモデリング、または広葉樹における道管のモデリングを行う。この両者は横断面で切断したとき、樹種ごとの特徴が現れやすく、また他の組織と比べて比較的モデリングしやすいからである。したがって、まずは横断面における管孔の様子を二次元的にモデリングする。
【0018】
(A)仮道管のモデリング
針葉樹を横断面で切断したとき、その横断面は仮道管がほぼ隙間なく敷き詰められて構成されている。図5に、樹種による仮道管の分布の違いを示す。図5(a)〜(d)を見ても分かるように、仮道管の直径や直径の変化の仕方には樹種や個体によって違いがあるが、針葉樹に属する概ねの樹木は整然と仮道管が並んで配列している。したがって、横断面における仮道管の配列は、樹木内に整然と配列させるものとする。仮道管は横断面において四角形ないし六角形の形状を示すので、簡易的に四角形か六角形を仮道管として配置する。
また、仮道管は晩材から半径方向(樹幹半径方向)の径(長さ)が小さくなっていく傾向がある。この寸法の変化を記述するために、径の減少率を定めて等比数列として径を小さくしていくという方法を採用する。樹心から仮道管を配列させていき、早材・晩材の境界に達した仮道管から一定の減少率をかけて小さくしていく。早材・晩材の比率と径の減少率を調整することによって、樹種ごとの配列の違いを表現することができる。
これらの横断面における配列について、数学的な記述方法を検討する。仮道管は微小な正方形もしくは正六角形のものを用意し、樹種ごとの早材における放射方向の直径および接線方向の直径の平均値を与えて表現するものとする。この仮道管を樹幹内に並べていくのだが、樹幹内の空間は円柱座標系で定義しているため、仮道管を配置する座標値として動径rと偏角θの値が必要となる。そこで、放射方向の配列の記述をrに適用し、円周方向の配列の記述をθに適用することで仮道管全体の配列を表現できるようする。
まず、円周方向の配列記述方法であるが、この仮道管を樹心から敷き詰めていく上で、年輪のはじめに仮道管を並べる列の数を計算する。n年目の年輪形成開始時における円周長は(n-1)年目の年輪形成終了時の円周長と等しいため、式(3)より以下のようになる。
【数11】

ここで、仮道管の早材における接線方向直径をDtとすると、n年目に配列する仮道管の列の数Anは式(11)を用いて以下のように表せる。ここで、実際の樹木に基づいてDtはLnより十分に小さいものとする。
【数12】

この式(12)によって決定された列の数だけ仮道管を配列させていくが、円周上にAn列の列を配列させることから、n年目の年輪内における仮道管配置座標の偏角の変位dθnは以下のように表すことができる。
【数13】

この式(13)に示したdθn分だけ偏角をずらしていき、各年輪における仮道管は位置座標の偏角をそれぞれ決定していく。
放射方向の配列については、円周方向において定めた列に従って樹幹の外側に並べていくものとする。晩材からは仮道管の放射方向直径が小さくなっていくが、早材の放射方向直径をDr、直径減少率をCとすると、径の変化は次のように等比数列Dnで記述することができる。
【数14】

さらに、この仮道管径の変化による配列記述について考える。図6に仮道管の配列モデルを示す。まず、図6(a)に示すように、樹心を原点として樹心から配置する仮道管の中心までの距離rを計算し、その座標の位置に放射方向直径Drの仮道管を配置するものとする。早材においては仮道管の径は変化しないため、配置する座標の値は公差Drの等差数列として増やしていけばよい。晩材においては、径が変化する直前の仮道管の中心の座標をRdとすると、径が変化した仮道管の中心位置は図6(b)に示すように増えていく。この模式図から、径が変化し始めてからn番目の仮道管の中心位置の座標(樹心からの距離)Rdnは以下のように求められる。
【数15】

なお、この式(15)においてn=1のとき、Rd(n-1)=Rd0=Rdとする。この式(15)に示した数列を円柱座標の動径変数rに適用し、直径が変化する仮道管を整然と並べていく。
【0019】
(B)道管のモデリング
広葉樹の道管は針葉樹の仮道管とは異なり、分布の仕方に多様性がある。樹種や個体によって分布の仕方が全く異なる傾向を示す場合もあるので、仮道管のように一概に記述することはできない。そこで、まず樹種ごとにある程度分類がなされている管孔の分布を基に、管孔分布を傾向ごとに分類する方法を見出した。ここで樹種ごとの管孔の分類については、森林総合研究所が公開している木材データベースを参考にする。広葉樹は管孔の分布の仕方から環孔材、散孔材、放射孔材、紋様孔材、その他の配列に分けられる。また場合によっては、環孔材と散孔材の中間の形態を示す半環孔材という分類がなされることもある。これらの分類をモデリングと形態の表現をしやすいように独自に分類する。
図7に樹種による管孔の違いを示す。まず、もっとも特徴的で分かりやすい特徴としては図7(a)に示すような環孔材の孔圏における大きな管孔である。この大きな管孔の有無によって環孔材かそれ以外かが分類できる。図7(b)のようなほぼ一様に管孔が分布しているものは散孔材として、その分布状態が図7(c)のように極端に放射方向に沿っているものを放射孔材とした。また、図7(d)のように、紋様孔材は管孔の分布によって模様が現れた特殊な例であり、紋様孔材の中でもいくつかの種類があるため、一定の傾向として分類することは難しい。したがって、紋様孔材は散孔材において管孔が模様を描いた場合のものとし、その他の配列として扱うこととする。図7(e)に示すような半環孔材は、環孔材と散孔材の中間の形態を取っており、その定義すら曖昧な分類といえる。よって半環孔材は、孔圏に大きな管孔が存在するわけではないものの、年輪ごとに傾向を持って管孔が分布するものとして分類する。これらの分布傾向による独自の分類を図にまとめたものが図8のモデリングに用いる樹木の分類図である。まず、広葉樹の中で年輪ごとに傾向があるかないかで分類を分ける。年輪ごとに分布するもののうちで、孔圏に大きな管孔が分布しているものを環孔材、それ以外を半環孔材とする。また、年輪と関係なく分布するもののうちで、一様に分布するものを散孔材、放射方向に分布するものを放射孔材、それ以外を紋様孔材を含むその他の配列として分類する。
管孔のモデルは、実樹木に基づいた放射方向と接線方向の直径を与えた円とし、最大径と最小径の間で分布させるものとする。管孔の配列は乱数分布や数式を用いた記述でそれぞれ表すが、環孔材の場合は孔圏にスペースを持たせ大きな管孔を分布させることとする。散孔材には管孔の面密度を与え、環孔材の孔圏には管孔の線密度を与えて分布数を制御する。
【0020】
[樹木要素のモデリング]
樹木内の組織はそれ自体の存在だけではなく、それらが配列し配向性を持つことでまた新たな要素を作り出す。その要素によっても木目模様はさらなる多様性を得るため、これらの要素をモデリングする。ここでは、樹木内組織の配向性を分類した木理と、組織の配列を自然に見せるためのゆらぎについてのモデリング方法を説明する。
【0021】
(A)木部繊維のモデリング
木理はそれ自体が組織として存在するものではなく、樹木内の組織の配向を表す要素である。したがって、木理をモデリングする場合、基となる樹幹軸方向に配向した組織が必要となる。その組織とは仮道管や道管を含む全ての組織であるが、現段階で全ての組織をモデリングして配向性を持たせるのは難しい。そこで、まず樹幹内を走る木部繊維を木理の表現のために簡易的にモデリングする。木部繊維は広葉樹材の体積の半分以上を占める組織であるが、ここでは木理の形態記述のために太さを持たない線として簡易的に描くこととする。微小な単位で点を配置し、それらを線でつなげることで描くものとする。点の座標値を操作して配置や配向性を変化させることで木理を視覚的に表現するのである。後々にこの擬似的な繊維に寸法や法線などの属性を与えることによって、木理に由来する特殊な木目模様を表現できると考えられる。
【0022】
(B)木理のモデリング
木理は樹木内組織の配向性を分類したものである。木理は繊維傾斜を持たない通直木理と、繊維が傾斜を示す交走木理に分類される。また交走木理の中でも、繊維傾斜が一定の向きを示すらせん木理、樹幹の部位によって傾斜方向が変化する交錯木理、繊維が波打つように配列する波状木理に分類される。大抵の樹木は組織がある程度の傾斜を持っており、交走木理を示している。
木理について、大倉は50科100属170種700個体の樹幹資料を割裂し、その繊維傾斜の様子を観察した(大倉精二:樹幹における繊維回旋の現れ方, 信州大學紀要, No.8(1958), pp.59-92)。その結果、図9の樹木内の繊維傾斜分布図に示すような分類に分けられたという。この図9(a)の樹木内繊維傾斜の模式図は、図9(b)に示すように垂直方向が樹心からの距離を表し、水平方向が傾斜角度の大きさを表している。S型とZ型というのは左上がりの傾斜か右上がりの傾斜かという違いなので、実質的には同じ木理の形態を示しているとえる。この図9(a)において注目すべき点は、I〜VIの分類である。分類Iでは樹心からの距離が離れるほど傾斜角度も大きくなっている。分類IIでは傾斜角度の増大が樹幹の外側で緩やかになっている。分類IIIでは傾斜角度の増大が緩やかになり、最終的に一定の角度に落ち着いている。分類IVでは樹幹の途中で最大の傾斜角度を示し、その後傾斜角度が小さくなって傾斜がなくなっている。分類VとVIでは傾斜方向が部位によって変化する交錯木理を表している。これらの分類は樹木の生長状態によっても変化するが、全体の傾向としては樹心部においては傾斜はほとんどなく、外側にいくにつれて傾斜が現れて大きくなる。また、傾斜角度が最大値を示した後に小さくなっていき、そのまま逆方向の旋回向きに傾斜を始めるものもある。この分類を参考にしつつ、木理の形態をモデリングする。なお、同時期に形成された組織が異なる配向性を示すことも稀ではないが、ここでは同時期に形成された組織は一定の方向に沿って配列しているものとする。
次いで木理を数学的な記述方法によりモデリングする手法について述べる。図10に木理の式導出の概要図を示す。木理の情報を持たない繊維は、樹幹の上部から下部まで直線を描いている。これを図10(a)のように、樹幹の円形に沿った形で傾斜させる。ここで任意の傾斜角度をαとする。図10(b)に示すように微小単位dzの間隔で配置された点をつないで表現された繊維において、αの角度を持つように点を円周に沿ってずらして配置させる。こうすることで、αの傾斜角度を持たせて円形に沿った微小長さの直線の集合を描くことができる。円形に沿わせるため、実際には曲線を描かなくてはならないが、dzは樹幹の大きさに比べて十分に小さいものと定義して、擬似的な曲線とした。この傾斜角度αを円柱座標系で記述して制御する。
まず図10(c)に示すように、dz内の微小範囲で繊維を含む図形を取り出す。この取り出した図形内で、角Aは繊維傾斜角度α、線分AOは微小単位dz、線分BOおよび線分COは円柱座標系の動径r、角Oは円柱座標の偏角θである。ここで、線分BCはdxと定義する。すると、tanαは以下のようにdzとdxで表される。
【数16】

また、dxは頂角がθの二等辺三角形であるため、以下のようにrで表される。
【数17】

したがって式(16)、(17)より、αはr、θ、dzを用いて次のように表せる。
【数18】

この式(18)によってαを円柱座標系で記述できるようになる。動径rは樹心からの距離を表す変数なので、αをrの関数によって記述することで樹心からの距離に応じた繊維傾斜角度の制御が可能となる。
【0023】
[ゆらぎのモデリング]
自然物は大概不均質な構造をしており、いわゆるゆらぎという要素を持っている。樹木にもゆらぎの要素は含まれている。仮道管の配列のような一見整然としている要素であっても、自然の手によって形成されたものは構成にずれが生じ、構造がゆらぐのである。したがって、樹木内の組織・構成に適用すべくこのゆらぎについてもモデリングする。
ゆらぎの表現として伊新等は以下のような式を提示している(伊新:木材の経年変化のビジュアルシミュレーション法に関する研究, 博士論文, (2005); 伊新, 藤本忠博, 村岡一信, 千葉則茂:木材の経年変化のビジュアルシミュレーション法, 芸術科学会論文誌, Vol.1, No.3(2002), pp.108-110参照)。
【数19】

この式(19)はu、w、vの座標値で表現される空間において、本発明で示したものと類似した円柱座標系にゆらぎを与えるものである。この式(19)において、r2はゆらぎを含めた最終的な動径、r1はゆらぎを含まない動径の基準値、aiはuw平面の影響正弦波係数、biはv軸の影響正弦波係数、ciは各正弦波の大きさを表している。つまり、偏角と高さの値によって定まる複数の正弦波を合成し、その値を反映させることで動径に不均質なゆらぎを与えている。この式(19)を参考にして、本実施形態でモデリングした要素についてゆらぎを与える。
式(19)を基に、本実施形態で示した円柱座標系の変数を用いて動径のゆらぎの値drを表すと以下のようになる。
【数20】

また、樹木内の要素は横断面での配列が特徴的であるため、偏角θについてもゆらぎを適用する。式(20)を偏角におけるゆらぎの値dθを表す形に直したのが次の式である。
【数21】

この式(21)において、diはθの影響正弦波係数である。θの値自身によってゆらぎを与えることにより、一定半径の円周上でゆらぎを付加させることができる。また、右辺をrで割っているのは、θを一定の範囲でゆらがせるとそれによって描かれる円周長のゆらぎがrに比例して大きくなってしまうことへの対処である。これらの式(20)、(21)を各要素に適用して、自然に近い表現を試みる。
【0024】
[木材の反射特性モデル]
(A)異方性反射モデル
木理によって微細な繊維が様々な方向に配向しているため、木材の切断面は、部位によって光の反射特性が異なる異方性反射特性を有している。この反射特性により生じる木材特有の照りや擬似的な凹凸感は杢模様と呼ばれ、高品位な木目模様のデザインに必須の要素である。
異方性反射特性をモデル化するために、樹幹モデルの切断表面において、部位によって異なる疑似法線情報を与える。疑似法線というのは、切断表面が平面であったとしても、形状は変えずに法線情報だけを修正していることによる。法線分布を与えた面に対して法線に基づいたシェーディングを行うことによって、繊維の凹凸感を表現することができる。ここでは、Phongの反射モデル(B.T.Phong:Illumination for computer generated pictures, Communications of the ACM, 18, 6(1975)参照)に従い、各ピクセルの輝度値Ipを式(22)に示すように決定した。
【数22】

式22において、Lは光源ベクトル、Nは法線ベクトル、Rは鏡面反射ベクトル、Vは視点ベクトルを表している。また、aは環境光反射成分、dは拡散光反射成分、sは鏡面光反射成分、kは反射係数、iは彩度値(RGB値)、αは光沢度を表している。
【0025】
(B)木理モデルの法線分布への適用
法線の分布は、木理モデルに基づいて決定する。樹幹構造モデルを切断した場合、木理に従って配向した繊維は切断面と交差する。切断面のある一点に繊維が一本交差するとき、切断面に対する繊維の接線ベクトルTsが決まる。図11(a)に示すように、切断面を基準として座標系(xs, ys, zs)を定義すると、微小単位によって接線ベクトルはTs (dxs, dys, dzs)と表される。図11(b)のように、接線ベクトルに直交するベクトルを法線ベクトルNsとし、式23に示すように定義する。
【数23】

法線ベクトルNsは、木理に従う繊維と切断面の幾何関係によって一意に定まるため、切断面全域のピクセル毎にNsを算出することによって、法線分布が決定される。
【0026】
[システムの構成]
上述した各モデリング方法にしたがってモデリングした各要素をCGで再現し、デジタルシステムの構築を行う。本システムでは、3DグラフィックスライブラリであるOpenGLを用いて描画を行う。生長輪はソリッドテクスチャによって表現する。仮道管等の微細組織については、ソリッドテクスチャで表現できる細かさの限界をこえてしまうため、樹幹モデルと同様にCGによる三次元モデルとして描画を行う。図12に、本システムの構造概略図を示す。システム内の操作としては、年輪数の入力、樹種(微細組織の種類)の入力、早材・晩材と心材・辺材の移行パターンの選択、切断面の切断角度の入力である。これらの値を任意に入力することで、樹種ごとの組織の違いによる多用な木目模様を表示させることができる。また、切断面に異方性反射モデルを適用することで、木目模様に繊維による陰影を与え、木材特有の杢模様を表現するシステムとした。
【実施例1】
【0027】
上述した実施形態の木目模様の創成方法により、樹木モデルとして樹幹モデルを構築したので以下説明する。
【0028】
図13に基礎となる樹幹モデルを示す。樹幹モデルは、この例では図13(a)に示すように円柱状とし、その形状内にソリッドテクスチャによって生長輪を描く。円柱に描いた生長輪の模式図を図13(b)に示す。なお、以降で示していくソリッドテクスチャを用いた樹幹モデルは、横断面における髄の面積を40mm2、毎年増加する年輪内の面積を200mm2、早材・晩材面積比を1:1として10年輪目まで表示させている。
【0029】
また、ソリッドテクスチャによってモデリングした早材・晩材と心材・辺材を表現する。早材・晩材はいくつかのモデリングパターンを検討した。心材・辺材は心材域と辺材域を適当に定め、色が変化する移行域のRGB値を曲線関数によって変動させて表現している。図14に示すのが記述方法の違いによる生長輪の様子である。図14(a)は単純に早材域と晩材域をそれぞれの色で塗り分けたものである。図14(b)は上記桃井のモデルを基に、早材域と晩材域関係なく年輪内でRGB値を曲線関数を用いて変動させたものである。図14(c)は桃井のモデルを発展させて、早材域の色は一定にしておき、晩材域からRGB値を線形関数によって変動させたものである。図14(d)は早材域の色は一定で、晩材域からRGB値を曲線関数によって変動させたものである。なお、以降で示していく樹幹モデルでは、図14(d)に用いた早・晩材移行域を曲線関数で制御したパターンを用いている。
【0030】
また、ソリッドテクスチャによって樹幹内部にまで生長輪の色彩情報が与えられているため、自由な面で切断し、切断面を木目模様として表示させることができる。図15に切断角度の違いによる切断面の様子を示す。図15(a)〜(c)はそれぞれ90°、45°、0°の角度で切断した樹幹モデルの例を示している。記述によっては自由な曲面での切断も可能だが、プログラムが煩雑になる上に記述自体も容易ではないため、本実施例では樹幹の中心を通る平面において自由な角度で切断させることとした。指定できる切断角度は軸方向を基準として0°〜90°の範囲である。
【0031】
また、微細組織の表現として、仮道管を描画した。モデリングに基づいた二次元平面における仮道管の描画が図16である。図16(a)は年輪内に仮道管を配置した樹幹の全体像であり、図16(b)は年輪境界付近を拡大したものである。この図16において、仮道管の径が変化することによって年輪が形成されている様子が確認できる。
この二次元平面モデルを基に、三次元立体として描画する。仮道管の三次元CGモデルを図17に示す。仮道管のモデルとしては、図17(a)に示すような紡錘形のものを用意した。この仮道管は図17(b)に示すように切断面が四角形を示すように構成してあり、放射方向直径と接線方向直径と長さを自由に決定することができる。図17では、日本において最も一般的な針葉樹であるスギをモデルとして、両直径を50μm、長さを3mmと設定しており、以降で示していくモデルについてもこの値を適用している。
この仮道管のモデルを樹幹内に配列させる。横断面における配列は二次元モデルのものを利用し、軸方向については乱数による多少の変動を与えて配列させた。ここで、非常に微細な仮道管を樹幹全体に敷き詰めるとデータが膨大になり容量が不足するおそれがあるので、切断面に接触している仮道管だけを表示させるようにした。仮道管を描画する手順の概要図を図18に示す。図18(a)のような樹幹モデルの場合、樹幹の上面と切断面に内部組織が現れるはずである。したがって、あらかじめ切断角度から座標計算を行って図18(b)のようにそれらの面に接触する(交わる)仮道管を描画する。最後に図18(c)に示すように樹幹モデルと仮道管モデルを統合し、上面と切断面において切断したものを表示させる。最終的に表示されるモデルを示したものが、図18(d)である。
【0032】
以上の手順で生成した仮道管を含む樹幹モデルを図19に示す。図19(a)〜(c)はそれぞれ切断角度を90°、45°、0°に設定している。また、仮道管モデルの年輪付近拡大図を図20に示す。図20(a)は樹幹モデルの年輪付近を拡大して表示させたものであり、図20(b)はさらに拡大したものである。なお、この樹幹モデルでは、仮道管の配列に対して上述したゆらぎの式を適用させているため、図20(b)において仮道管の列がゆらいでいるのが確認できる。
【0033】
一方、モデリングした道管についても、仮道管と同様に切断面に接触するものだけ描画させた。道管の横断面における管孔の分布は、樹種によって様々な形態を示すので、ここでは特徴的な散孔材と環孔材についての例を示す。道管の形状は仮道管の切断面を円形状にしたものであり、寸法として放射方向最大直径、放射方向最小直径、接線方向最大直径、接線方向最小直径、最大長さ、最小長さを与えて道管ごとに変化を付けている。
図21に散孔材モデルの描画例を示す。図21(a)は管孔の面密度を与え、ほぼ一定の管孔分布を示すようにしている散孔材を表現した樹木モデルである。図21(b)は横断面を拡大した図で、管孔が分布している様子が確認できる。図21(c)は、散孔材のモデルを0°の角度で軸方向と平行に切断したものである。図21(d)は縦断面を拡大した図で、長さの変動について確認できる。
【0034】
また、環孔材モデルの描画例を図22に示す。図22(a)は環孔材のモデルを示したものであり、図22(b)は横断面の様子を拡大したものである。孔圏の道管には線密度を与えて分布させ、孔圏外の道管は正弦波を用いて波状の分布を表現している。また、いずれの分布についてもゆらぎを適用して、不均質な分布形態を表現している。また、図22(c)は環孔材モデルを0度の角度で切断したものであり、図22(d)は縦断面の様子を拡大して表示させたものである。縦断面においても孔圏と孔圏外において道管の分布の違いが見て取れる。
【0035】
さらに、樹木内要素として、木理のモデリングに基づいて傾斜を持つ繊維質を樹幹モデルに適用した。モデリングより、繊維傾斜角度αを動径rの関数で制御する式を構築したので、それを利用して木理を記述した。図23に制御記述の違いによる木理のモデルを示す。図23で、上下に並ぶ黒い円形の部分は樹幹の上面と底面を表しており、赤い線分は模式的な繊維質を表している。上面にある青い点群は上面と繊維質の接点を示しており、この点群の形態によって繊維傾斜の変化の様子を視覚的に認識することができる。図23はα=0°とした通直木理を表している。図23(b)はα=15°として常に一定の傾斜角度を持たせたらせん木理である。図23はαをrの一次関数で記述したもので、rの値が大きくなるほど、つまり樹幹の外側にいくほど傾斜角度が大きくなっている。図23(d)はαをrの正弦波関数で表したものであり、樹幹の部位によって傾斜方向が変化する交錯木理を表している。この模式図を用いて樹幹モデルに木理モデルを適用させる。樹幹モデルの内部に木部繊維を均一に配置し、全ての繊維質の分布状態を木理分布の式で記述する。繊維の切断面における現れ方を確認しやすいように、ソリッドテクスチャによる色付けを行わずに表示させたものが図24〜図27である。図24に傾斜角度0°の通直木理モデルを示す。図24(a)は通直木理モデルを0°の角度(軸方向に垂直)で切断したものであり、軸方向に繊維が並んでいる様子がうかがえる。図24(b)は通直木理モデルを45°の角度で切断したもので、図24(a)のような繊維の流れは見られない。次に、傾斜角度15°のらせん木理モデルを図25に示す。図25(a)はらせん木理モデルを15°の角度で切断したもので、樹幹の半分は繊維傾斜角度と切断角度が一致しているために繊維の流れが確認できる。図25(b)は同じらせん木理モデルを45°の角度で切断したものであるが、こちらでは繊維と切断の角度が一致していないために繊維の流れが確認できない。また、線形関数制御のらせん木理モデルを図26に示す。図26(a)、(b)は樹幹の外側に向かうに連れて繊維の傾斜角度が大きくなるらせん木理のモデルを、それぞれ0°と30°の角度で切断したものである。繊維傾斜角度と切断角度が一致している部分が、それぞれ樹幹の中で異なっていることが確認できる。最後に、正弦波関数制御の交錯木理モデルを図27に示す。図27(a)、(b)は繊維の傾斜角度を正弦波で制御した交錯木理モデルを、それぞれ0°と15°の角度で切断したものである。樹幹の部位や切断角度の違いによって、繊維の現れ方が異なっている様子が確認できる。
【0036】
また、木理の傾斜角度にもゆらぎを適用した。図28に通直木理のゆらぎの有無による違いを、図29に交錯木理のゆらぎの有無による違いを示す。図28(b)および図29(b)は、それぞれ通直木理と交錯木理にゆらぎを付けて描画した樹幹モデルである。ゆらぎを付与することによって、繊維の現れ方が不均一になっていることが確認できる。
【0037】
以上のようにして描画された木目模様について検討する。図30に微細組織の有無による木目模様の違いを示す。図30(a)は微細組織を配列させていない樹幹モデルであり、図30(b)は同樹幹モデルの拡大図である。この図30(a)、(b)は微細組織を配置していないため、ソリッドテクスチャによる色づけのみによって年輪模様を表現している。図30(c)は仮道管を配列させた針葉樹の樹幹モデルで、図30(d)は同針葉樹モデルの拡大図である。仮道管の描画によって、全体に細かな模様が加わっている様子が確認できる。また、図30(e)は道管を配列させた広葉樹の環孔材モデルで、図30(f)は同環孔材モデルの拡大図である。針葉樹ほどの違いは見られないが、こちらも細かな模様が現れている。特に孔圏に並ぶ大きな道管が目立って現れている様子が確認できる。
【0038】
次に、切断角度に変化を付けて木目模様を描画した。図31に微細組織の有無による各断面の木目模様の違いを示す。図31(a)、(b)は微細組織のないモデルをそれぞれ45°と0°の角度で切断したもの、図31(c)、(d)は仮道管を配列させた針葉樹のモデルをそれぞれ45°と0°の角度で切断したもの、図31(e)、(f)は道管を配列させた広葉樹の環孔材モデルをそれぞれ45°と0°の角度で切断したものを示している。横断面切断において得られた木目模様と同様に、組織の違いによって異なる傾向の模様を得ることができている。また、縦断面切断すると、横断面やそれに近い角度で切断する場合とは違った模様を示す結果を得られている。
【0039】
また、木部繊維に木理を適用して配列させた樹幹モデルから得られる木目模様についても検討する。図32に木理モデルを適用させた木目模様を示す。図32(a)は木部繊維を配列させてない樹幹モデル、図32(b)は通直木理を適用した樹幹モデル、図32(c)はらせん木理を適用した樹幹モデル、図32(d)は交錯木理を適用した樹幹モデルをそれぞれ示している。ここで、いずれの木理に対してもゆらぎを適用している。どの木理についても、ソリッドテクスチャによる生長輪の描画だけでは表現しきれない繊維の様子が確認できる。また、木理の種類によってそれぞれ特徴的な模様を表現することができている。
【実施例2】
【0040】
上記実施形態の木目模様の創成方法に従って創成した樹幹モデルの他の例を示す。図33(a)は、繊維組織モデルを組み込まずに生成された樹幹モデルを示している。図33(b)は、基本樹幹モデルの年輪に対してゆらぎを付与したモデルであり、図33(c)は、仮道管を組み込んだモデルを示している。また、図34(a)〜(c)はそれぞれシカモア、タモ、ウォールナットの実物の木材写真であり、図34(d)〜(f)は本実施形態の木目模様の創成方法にしたがって、微細組織モデル、異方性反射モデル、ゆらぎを樹木モデルに付加して得られた木目模様の結果である。微細組織モデル、異方性反射モデル、ゆらぎを組み込むことにより、木目模様の緻密で多様な表情を表現できることが確認された。
【0041】
次いで、この発明にしたがう他の実施形態について説明し、上記の実施形態と重複する部分については説明を省略する。
【0042】
上記実施形態では、基礎となる樹木モデルとして、円柱座標系を用いた樹幹モデル(図1参照)を採用すると説明したが、樹木モデルは、生育環境条件を考慮した樹木の生長シミュレーションを基に構築された樹木モデルであってもよい。
【0043】
ここでは、樹幹モデルの生成方法としては、実際の樹木の生長様式に基づいた生長モデルを採用している。樹木の生長に関わりが深いと考えられる光、水、温度の3つの気候的要因から光合成速度を定式化し、それから生産される樹木の生長に必要な炭水化物量を算出する。気象庁などのデータベースから、特定の場所・時期の気候情報を取り入れることによって、その場所における樹木の毎年の炭水化物生産量を割り出し、その量に応じて樹幹モデルを肥大生長させていくのである。また、樹幹内の生長輪だけでなく、樹木特有の要素として、正規分布の確立変動密度関数の一般式を用いて傾斜地の樹木の偏心肥大を表現したり、樹木の等エネルギー面を抽出し生長輪を描くものとして線電荷を用いて枝分かれを表現したり、点電荷を用いて瘤を表現したり、それらとは別にヘイユェルの式を用いて先細りなどを表現することもできる。
【0044】
ここで、この実施形態で採用する木目模様創成システムは、図35に示すように、生育条件設定モジュール1、生長シミュレーションモジュール2、樹幹モデル構築モジュール3、表示・操作モジュール4を備えている。以下、これらのモジュールについて簡潔に説明する。
【0045】
(A)生育条件設定モジュール
このシステムでは、気候情報を取り込んで樹木モデルを生成するため、まず樹木の生育条件を設定する必要がある。生育条件設定モジュール1では、樹木を生育する環境情報を設定する。樹木の生長に影響を及ぼす主な環境的要因としては様々なものがあるが、このシステムではこれらの要因のうち特に影響が大きいと考えられる水、温度、光、傾斜の4要因に着目している。水、温度、光は光合成速度に強く影響を与え、光合成生産物である炭水化物量を制御する。さらに、温度や光は形成層の活動開始時期や休眠時期を決定する主因であるため、これらの要因は肥大生長に強く影響を及ぼす。また、傾斜は樹幹の偏心肥大を促し、あて材を形成する主因であるとして着目している。
このモジュール1では、図36に示すように、まず樹木の生育地、発芽年、樹齢を指定し、気象データベースから生育期間の水、温度、光に関する気象情報を読み込む。次に、傾斜の因子として、傾斜角度と傾斜方角を指定する。また、取り込んだ気象情報から植物群系を判別し、その樹木の群系が持つ環境応答への特徴を設定する。
【0046】
(B)樹幹生長シミュレーションモジュール
樹幹生長シミュレーションモジュール2では、図37に示すように、生育条件設定モジュール1から受け取った群系データ、生育期間中の気象データ、傾斜データを用いて樹幹の生長をシミュレーションする。樹幹の生長シミュレーションを行うためには、樹幹の構造や生長の仕方を基に、樹幹の生長のモデル化を行っている。樹幹の生長モデルとして、肥大生長と環境(水、温度、光、傾斜)の影響のモデル化を行い、この生長モデルを用いて樹幹の肥大生長の結果である各年の樹幹半径をシミュレーションしている。
【0047】
(C)樹幹モデル構築モジュール
樹幹モデル構築モジュール3では、図38に示すように、樹幹生長シミュレーションモジュール2から受け取った生長データを用いて樹幹モデルを構築し、その樹幹モデルに従って樹幹内部データを構築する。
【0048】
(D)表示・操作モジュール
表示・操作モジュール4では、図39に示すように、樹幹モデル構築モジュール3から受け取った樹木モデルデータに従って樹木モデルを描画し、マウス操作によってこの樹幹モデルの変形・切断を行い、木目模様を表示する。このシステムでは三次元グラフィックスライブラリであるOpenGLを用いて描画と操作を行っている。
【0049】
モジュール1〜4のみを用いて構築した樹幹モデルを図40に示す。樹幹モデルは図40(a)のように枝分かれや先細り、ゆらぎなどといった要素を再現しており、生長シミュレーションによる自動生成ながら複雑な形状を表現できている。また、図40(b)に示すのは図40(a)を切断して得られた木目模様である。枝分かれによる節なども現れていて、木目模様も複雑なものとなっている。
【0050】
ただし、あくまでも再現できているのは生長輪による木目模様であり、微細組織によって現れる樹種固有の木目模様や特殊な形状の木目模様は再現されていない。そこで、上記実施形態の木目模様の創成方法に従って、システムに微細組織モデル構築モジュール5、ゆらぎモデル構築モジュール6、木理モデル構築モジュール7、異方性反射モデル構築モジュール8を設ける。よって、樹幹モデル構築モジュール3は、樹幹生長シミュレーションモジュール2から受け取った生長データと、微細組織モデル構築モジュール5、ゆらぎモデル構築モジュール6、木理モデル構築モジュール7および異方性反射モデル構築モジュール8から受け取ったデータとを統合して樹幹モデルを構築する。そして、構築された樹幹モデルは、描画・表示モジュール4を介して描画され表示される(図示省略)。したがって、この実施形態によれば、生長シミュレーションにより自然な内部構造の樹木モデルを構築することができるとともに、害樹木モデルに微細組織モデル、ゆらぎモデル、木理モデル、異方性反射モデルを付加したことにより微細組織も再現し得て、生成される木目模様をより自然に近く、緻密で高品質なものとすることができる。
【0051】
以上、実施形態を参照してこの発明を説明したが、この発明は以下のように捉えることができる。すなわち、木目模様の創成方法において、基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加し、繊維組織モデルが付加された樹木モデルを任意の面で切断して、その樹木モデルの切断面に現れる模様を木目模様とする方法。
【0052】
また、上記方法において、基礎となる樹木モデルに生長輪モデルと共に早材および晩材モデルを付加し、仮道管モデルを、半径方向に隣り合う生長輪間内に仮道管を規則的に並べ、晩材の領域において該仮道管の半径方向の長さを、早材の領域と晩材の領域の境界から半径方向外側に向かうに連れて一定の減少率をもって縮小させて生成してなる方法。
【0053】
さらに、上記方法において、早材と晩材の比率、および減少率のうち少なくとも一方を調整することにより樹種ごとの仮道管の配列の違いを表現する方法。
【0054】
さらに、上記方法において、樹木内要素として、樹木内の繊維の配向性を示す木理モデルを樹木モデルに適用する方法。
【0055】
さらに、上記方法において、仮道管モデルを構成する仮道管の配列にゆらぎを付与する方法。
【0056】
さらに、上記方法において、生長輪の形状にゆらぎを付与する方法。
【0057】
さらに、上記方法において、木理モデルを構成する木理の傾斜角度分布にゆらぎを付与する方法。
【0058】
さらに、上記方法において、道管モデルを構成する道管の配列にゆらぎを付与する方法。
【0059】
さらに、上記方法において、切断面に、異方性反射モデルを適用する方法。
【産業上の利用可能性】
【0060】
かくして、この発明の創成方法によれば、基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加して樹木モデルを生成していることから、その樹木モデルの内部組織は自然な樹木の内部組織に近いものとすることができ、従来の手法による木目模様に比べて緻密で高品位な木目模様を提供することが可能となる。
【符号の説明】
【0061】
1 生育条件設定モジュール
2 樹幹生長シミュレーションモジュール
3 樹幹モデル構築モジュール
4 表示・操作モジュール
5 微細組織モデル構築モジュール
6 ゆらぎモデル構築モジュール
7 木理モデル構築モジュール
8 異方性反射モデル構築モジュール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基礎となる樹木モデルに対し、仮道管モデルまたは道管モデルを含む樹木の繊維組織モデルを付加し、
前記繊維組織モデルが付加された樹木モデルを任意の面で切断して、その樹木モデルの切断面に現れる模様を木目模様とすることを特徴とする木目模様の創成方法。
【請求項2】
前記基礎となる樹木モデルに生長輪モデルと共に早材および晩材モデルを付加し、
前記仮道管モデルを、半径方向に隣り合う生長輪間内に仮道管を規則的に並べ、晩材の領域において該仮道管の半径方向の長さを、早材の領域と晩材の領域の境界から半径方向外側に向かうに連れて一定の減少率をもって縮小させて生成してなる、請求項1に記載の木目模様の創成方法。
【請求項3】
前記早材と前記晩材の比率、および前記減少率のうち少なくとも一方を調整することにより樹種ごとの仮道管の配列の違いを表現する、請求項2に記載の木目模様の創成方法。
【請求項4】
樹木内要素として、樹木内の繊維の配向性を示す木理モデルを樹木モデルに適用してなる、請求項1〜3の何れか一項に記載の木目模様の創成方法。
【請求項5】
前記仮道管モデルを構成する仮道管の配列にゆらぎを付与した、請求項1〜4の何れか一項に記載の木目模様の創成方法。
【請求項6】
前記生長輪の形状にゆらぎを付与した、請求項2〜5の何れか一項に記載の木目模様の創成方法。
【請求項7】
前記木理モデルを構成する木理の傾斜角度分布にゆらぎを付与した、請求項4〜6の何れか一項に記載の木目模様の創成方法。
【請求項8】
前記道管モデルを構成する道管の配列にゆらぎを付与した、請求項1に記載の木目模様の創成方法。
【請求項9】
前記切断面に、異方性反射モデルを適用した、請求項1〜8の何れか一項に記載の木目模様の創成方法。

【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図35】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【公開番号】特開2012−198583(P2012−198583A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−43388(P2011−43388)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(591023859)株式会社千代田グラビヤ (13)
【Fターム(参考)】