説明

核酸2重鎖を検出するためのカチオン性色素化合物、それを用いた検出方法及び装置

核酸2重鎖を簡易且つ迅速に検出することができる新規な用途を有するカチオン性色素化合物、それを用いた検出方法等を提供する。本発明は、カチオン基、及び該カチオン基と連結した色素体を含んでなるカチオン性色素化合物であって、その色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を母体とするものであり、核酸2重鎖上に螺旋状に結合するものであることを特徴とする、核酸2重鎖を検出するためのカチオン性色素化合物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリゴヌクレオチドもしくはポリヌクレオチドのハイブリッド形成体のような核酸2重鎖を検出するためのカチオン性色素化合物、及び該カチオン性色素化合物を使用して試料中の核酸2重鎖を分光学的に検出する方法並びに装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ハイブリダイゼーション法に基づく遺伝子解析においては、プローブ核酸に対して標的核酸を相互作用させ、配列の相補的な標的核酸を抽出し、検出を行っている。この際に、通常は標的核酸に対して検出可能な基によって標識し、ハイブリッドの存在を検出することにより、標的核酸の有無、あるいは存在量を解析している。ハイブリダイゼーション法では、検出可能な基として放射性同位体元素での標識法や蛍光物質での標識法が知られている。しかし、検出可能な基をあらかじめ標識する調製は操作を複雑にする。さらに、放射線同位体元素による検出は、検出に長時間を要すること、解析が困難なことに加えて、取り扱いの安全性やコストの問題があり、また、蛍光物質による検出は、安全性や検出の迅速性は優れているが、蛍光物質が高価で、さらに蛍光物質の標識核酸への取り込み率が低いという問題がある。
【0003】
さらに、あらかじめ検出可能な基を標識するための調製がいらない簡便な方法として、インターカレータを用いた検出方法がある。インターカレータには、相補性核酸に挿入することによって電気化学活性を発現するもの、蛍光を発光するものが知られている。特開平09-288082号公報には、出力端子を備えた電極上に固定されている核酸断片と標的核酸
とで形成されるハイブリッド核酸に結合した電気化学活性縫込み型インターカレータと電極との間を流れる電流量を測定することによって、標的核酸を検出する方法が開示されている。しかし、上記の電気化学的検出法は、感度の改良に電極の表面処理が必要になる。また、特開2001-289848号公報には、蛍光インターカレータを用いて、ハイブリッド核酸
の塩基対間に挿入結合したときの蛍光を検出する方法が示されている。一般に、水溶液中でのハイブリッド核酸へのインターカレータの挿入と脱離とは平衡関係にあるため、脱離状態のインターカレータからの蛍光が検出のバックグランドとなるが、本発明者は核酸との結合時にのみ蛍光が増強される蛍光物質のエンハンス効果を利用している。しかし、結合によるエンハンス効果は2重鎖核酸断片に限らず、1重鎖核酸断片においても生じるため、1重鎖核酸断片と蛍光インターカレータとの解離速度は2重鎖と比較して大きいが、蛍光検出のバックグランドとなり、S/Nを低下させる。
【0004】
従来のサザンハイブリダイゼーション法においては、簡易性及び迅速性の点から電気化学活性縫込み型インターカレータや蛍光インターカレータを用いる検出法を用いて感度の改良がなされているが、インターカレータの塩基対に対する挿入比率には限界があり感度の向上が難しいこと、また、インターカレータの挿入比率には塩基対の配列が影響するため定量性が悪いこと、さらに、水溶液中でのインターカレータのハイブリッド複合体への挿入と脱離とは平衡関係にあるため、蛍光法においては脱離状態の蛍光インターカレータや、1重鎖核酸と結合したインターカレータの蛍光により、十分なS/Nが達成できないと
いう欠点を持っていた。
【0005】
上記のように種々の検出方法が検討されているが、いずれも、特定の遺伝子配列の有無を検出するためには、検体から取り出したDNAを制限酵素でフラグメント化したのち、電
気泳動等の手法により、サイズにより分画し、被験DNAをニトロセルロースペーパー等に
固定化せねばならず煩雑であるという問題もある。
【0006】
本発明は、上記の問題点の解決を目的とするものであり、核酸プローブとそれに相補的な標的核酸とのハイブリットのような核酸2重鎖を簡易且つ迅速に検出することができる新規な用途を有するカチオン性色素化合物、それを用いた検出方法等を提供することを課題とする。
[図面の簡単な説明]
図1aは、本発明のカチオン性色素化合物の分子構造を例示した図である。
図1bは、本発明のカチオン性色素化合物の合成方法を例示した図である。
図2は、本発明のカチオン性色素化合物が結合した状態の2重鎖DNAを示す模式図である。
図3は、2重鎖DNAのみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
図4は、ポルフィリン誘導体カチオン性色素化合物のみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
図5は、2重鎖DNAとポルフィリン誘導体カチオン性色素化合物とが共存する試料のCDスペクトルを示す線図である。
図6は、フタロシアニン誘導体カチオン性色素化合物のみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
図7は、2重鎖DNAとフタロシアニン誘導体カチオン性色素化合物とが共存する試料のCDスペクトルを示す線図である。
[発明の要旨]
【0007】
本発明者は、上記の問題点を解決するために鋭意研究を重ねた結果、カチオン性色素化合物が核酸2重鎖構造上に結合すると分光学的特性(一定のキラリティー(光学活性)及び波長シフト等を含む)が発現又は変化することを突き止め、例えば円偏光二色性の測定により核酸2重鎖の特異的検出が可能になることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、カチオン基、及び該カチオン基と連結した色素体を含んでなるカチオン性色素化合物であって、その色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有し、、該カチオン基は、核酸2重鎖上に結合するものであることを特徴とする、核酸2重鎖を検出するためのカチオン性色素化合物に関する。
【0009】
好ましい態様のカチオン性色素化合物は、下記一般式(I):
【0010】
X−(Y−Z)n (I)
【0011】
(式中、nは1〜12、Xは少なくとも4つのピロール環を有する色素体、Yは連結基あるいはXとZとの間の直接結合、Zはカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基である。)
で表される。
【0012】
好ましいカチオン性色素化合物は、その色素体が、ポルフィリン、ポルフィリン誘導体、フタロシアニン、及びフタロシアニン誘導体からなる群から選択される。
また、カチオン性色素化合物を使用することによりハイブリッド核酸を検出する本発明の方法は、下記の工程:
カチオン基と、該カチオン基と連結した色素体とを含んでなるカチオン性色素化合物を提供する工程、ここで、該色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有する;
核酸プローブと、標的核酸を含む試料とをハイブリダイゼーション条件下で接触させて、該核酸プローブと標的核酸とのハイブリッド核酸を形成させる工程;
該カチオン性色素化合物を、該ハイブリダイゼーションの前、ハイブリダイゼーション中、又はハイブリダイゼーション後に添加することにより、該ハイブリッド核酸上に該カチオン性色素化合物を結合させる工程;及び
該ハイブリッド核酸上に結合した該カチオン性色素化合物の分光学的特性を測定する工程:
を含んでなる方法である。
【0013】
本発明の方法において、カチオン性色素化合物が下記一般式(I)を有していてもよい:
X−(Y−Z)n (I)
(式中、nは1〜12、Xは少なくとも4つのピロール環を有する色素体、Yは連結基或いはXとZの間の直接結合、Zはカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基である)。
さらに、本発明の方法は、前記標的核酸或いは前記核酸プローブを有する検出対象物を固相担体上に固定し、前記検出対象物と前記核酸プローブとをハイブリダイゼーション条件下で接触させる工程、をさらに含んでいてもよい。
さらに、本発明は、カチオン性色素化合物を使用することによりハイブリッド核酸を検出する装置であって、
核酸プローブと、標的核酸を含む試料とをハイブリダイゼーション条件下で接触させて、該核酸プローブと該標的核酸とのハイブリッド核酸を形成させる手段;
カチオン性色素化合物を、該ハイブリダイゼーションの前、ハイブリダイゼーション中、又はハイブリダイゼーション後に添加することにより、該ハイブリッド核酸上に該カチオン性色素化合物を結合させる手段、ここで、該カチオン性色素化合物は、カチオン基と、該カチオン基と連結した色素体とを含んでなり、該色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有する;及び
該ハイブリッド核酸上に結合した該カチオン性色素化合物の分光学的特性を測定する手段:
を含んでなる上記装置を提供する。
【0014】
用語の定義
本明細書において用いられる用語「核酸」とは、DNA、RNA又はその類縁体である天然または非天然のポリヌクレオチドのいずれでもよく、より詳しくは、塩基配列間の相
補性に基づく2重鎖を形成可能である限り、あらゆるオリゴヌクレオチド又はポリヌクレオチド誘導体もしくはそれら類縁体も含む。
【0015】
本明細書において用いられる用語「核酸2重鎖」とは、前記のような同種又は異種の核酸により形成された2重螺旋状の核酸構造物を意味するが、より詳しくは、本発明のカチオン性色素化合物を少なくとも一部のリン酸基に結合させ、それらを当該螺旋構造上に規則的に隣接配置させ得る限り、他の高次構造を伴うあらゆる核酸構造体を含む。
【0016】
また、前記核酸2重鎖は、それ自身が検出対象物であってもよいし、生体成分、生体関連物質、及びその他の低分子物質または高分子物質のような検出対象物の一部であってもよい。例えば、核酸2重鎖は、それらに限定されないが、他の核酸、ヌクレオチド、オリゴヌクレオチドとの連結体でもよいし、或いはホルモン、酵素、蛋白質、オリゴペプチド、ポリサッカライドなどの高分子物質のほか、薬剤、ステロイド、糖などの低分子物質との複合体でもよい。そのような検出対象物を含む試料の種類は、特に限定されず、例えば、ヒトを含む哺乳類動物から分離、採取した血液、尿、汗、組織片、臓器片、毛髪などの生体試料が挙げられ、それら検出対象物はin vivo、in vitro又はex vivoのいずれで検出されてもよい。
【0017】
本明細書において用いられる用語「円偏光二色性」、「円二色性」又は「CD」とは、入射した平面偏光がキラリティーを持つ検出対象物を透過することによって楕円偏光に変化する性質をいい、測定波長によって変化する旋光度で表すことができる。一般に円二色性は、モル楕円率(=Mθ/(lC);この式中、θは楕円角、lはセル長、Cは濃度、及びMは分子量)として求められる。
[発明の詳細な説明]
【0018】
本発明の好ましい態様のカチオン性色素化合物は、下記一般式(I)で表される化合物である。すなわち、そのカチオン性色素化合物は、色素体Xと、これに連結する少なくとも1つのカチオン性官能基Zとを有する。
【0019】
X−(Y−Z)n (I)
【0020】
(式中、nは1〜12、Xは色素体、Yは連結基あるいはXとZとの間の直接結合(すなわち、これは場合により用いられる)、Zはカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基である)
以下、上式中の各構造部分について具体的に説明するが、本発明のカチオン性色素化合物は図1に限定されるものではない。
【0021】
色素体Xは、本発明のカチオン性色素化合物のコア部であり、平面性を有する環状基、又は縮合環を有する芳香族基でよいが、図1aに示すように窒素原子を含む複素多環構造の芳香族基であることが特に好ましい。また、水溶性が確保できることを条件に、色素の平面性は2次元的に大きく拡がっていることが好ましい。また色素体Xは、そのような複素多環構造を母体とし、各種の置換基を有していてもよい。特に複素多環構造の色素体Xとしては、少なくとも4つのピロール環を有する色素体、例えば、ポルフィリンあるいはポルフィリン誘導体、フタロシアニンあるいはフタロシアニン誘導体が好ましく、中心金属は有っても無くてもよい。そのような色素体Xの特性として例えばポルフィリンのように紫外(UV)及び可視光(VIS)領域の吸収をもつ色素が好ましく、更には、核酸の吸収帯域である260nm近傍と重複しない領域に吸収をもつことが好ましい。特に、ポルフィリン、フタロシアニン、ポルフィリン誘導体、あるいはフタロシアニン誘導体の吸収領域は、400nm近傍にSoret帯の吸収があり、600nm〜700nm近傍にQ帯の吸収があるため、好ましい。また、Soret帯およびQ帯は色素の修飾により吸収波長を長波長側および短波長側に調整することが可能であり、この点においても好ましい。
【0022】
カチオン性官能基Zは、図1aのようにカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基を表す。そのようなカチオン性官能基は、−N,−C,−S,−P,−Oの各オニウムに代表される。ここで言うオニウムとはホスホニウム[RPR’]、オキソニウム[ROR’]、ヨードニウム[RIR’]、スルホニウム[RSR’]などの化学式で示される物質である。カチオン性官能基としては、特に4級(テトラアルキル)アンモニウム基又は4級アンモニウム基に変換し得る官能基が好ましい。置換された4級アンモニウム基としては、一般式;−NR1R2R3(式中、R1、R2及びR3は−(CH2)mCH3であって、mは0〜20、好ましくは0〜10(0の場合はHとなる)、より好ましくは0〜4である)が挙げられる。また、他の置換4級アンモニウム基としては、一般式;−N+R1R2(C24O)qR3(式中、qは1〜4である)で表される例えばポリエチレングリコールが挙げられる。また、前記官能基Zの数は、1つの色素体当たり1〜12個、好ましくは1〜8個、より好ましくは1〜4個であり、さらに好ましくは、それら各範囲において2個以上の場合である。例えば、色素体がポルフィリンである場合、図1aのポルフィリンにおいて1,4,7,10の位置の4ヶ所のメソ位について、すべてにカチオン性官能基Zが結合する場合は1つの色素体当たり4個、対称関係あるいは鏡像関係にあるメソ位の2ヶ所に結合する場合は1つの色素体当たり2個になる。また、図1aのポルフィリンにおいて、2,3,5,6,8,9,11,12の位置の8ヶ所のベータ位について、すべてにカチオン性官能基Zが結合する場合は1つの色素体当たり8個になる。さらに、図1aのポルフィリンにおいて、メソ位とベータ位のすべてにカチオン性官能基が結合する場合は1つの色素体当たり12個になる。
【0023】
連結基Yは、上記Xと上記Zとを繋げるためのものであり、図1aに示すように置換基を有してもよい炭素、酸素及び/又は窒素原子を含んでなる骨格主鎖ないし環状構造を有する。但し、連結基Yは、本発明にとって任意の要素であり、色素体XはZと直接結合してもよい。
【0024】
連結基Yは、色素体Xと官能基Zとの物理的距離を好適化する役割を担う。XとZとの距離の間の最適化とは、色素体Xから伸びたX間の距離を調節すること(通常なら核酸のリン酸基間のピッチと対応することが好ましいと考えられる)であり、これは色素体Xの大きさにも依存する。例えば、図1aに示したように比較的大きな色素体では、複数ある官能基Xの結合部位が好都合なことに核酸のリン酸基ピッチに近い距離を持つことがあり、このような場合、連結基Yは不要であるか又は比較的短いものでよいと考えられる。典型的な連結基には、フェニレン基、アルキレン基又はそれらの組み合わせ等がある。
【0025】
上記の観点及び合成の容易性を考慮すると、色素体Xが4つの官能基Zとメソ位で結合したポルフィリンの例では、連結基Yは1つのフェニレン基であることが好ましい。ポルフィリンの例では、8つのベータ位に前記のような−Y−Z基をさらに結合させてもよい。またアルキレン基には色素体Xのスタック構造を安定させ、また溶媒への溶解度を向上させる効果があり、その主鎖炭素数は0〜100、好ましくは0〜20である。当業者であれば、色素体Xの大きさとカチオン性官能基Zの位置等に適したあらゆる種類の連結基Y及びカチオン基並びにそれらの結合位置や個数を定法により設計して合成することができ、いずれも本発明の範囲内である。
【0026】
連結基Yは、芳香族、縮合環又はヘテロ環のような拡がりを持つ構造を有するとこれらが色素体の共役系面に対して立体角を有する場合があり、色素体Xがリン酸基を有する塩基対間にインターカレートすることを防ぐ立体障害物として役立つ。そのような塩基対間へのインターカレーションは色素体Xの円二色性の検出を妨げる要因となるため、連結基Yに上記のような構造を持たせることが好ましいと考えられる。そのような連結基Yとしては、フェニレン基、アルキレン基、ピリジレン基、又はそれらのあらゆる組み合わせが挙げられる。本発明者の検討によれば、特に好ましいと考えられる態様のカチオン性色素化合物には、ポルフィリンの4つあるメソ位に連結基Yとして各々1つのフェニレン基を有し、且つそれらのうち2つの隣接するフェニレン基にカチオン基Zが結合した構造のものが含まれる。
【0027】
図1aに示すように、好ましいカチオン性色素化合物の具体例としては、ポルフィリンのメソ位にフェニレン基をもち、更にそのフェニレン基に官能基Zとして4級アンモニウム基を持つものが好ましい。ポルフィリンから伸びる連結基Yとしては、官能基Zが組み込まれたフェニレン基、又は単一のフェニレン基、或いはフェニレン基と官能基Zとの間に更なるアルキレン基(一部にアルコキシ残基又はアミド残基を有してもよい)等を有するものが好ましい。カチオン性色素化合物は市販のものを利用するか、または合成により得ることができる。一般的なポルフィリン骨格をもつカチオン性色素化合物の合成方法は文献記載の一般的な合成手法を用いて合成することができる(文献:The Porphyrin Handbook; Kadish, K. M., Smith, K. M., Guilard, R., Eds.; Academic Press: San Diego, 2000; Vol. 1)。図1bの式I−IVに合成概要を示す。式Iはカチオン性官能基R4を1つだけ有するカチオン性色素化合物の合成方法を、式IIはカチオン性官能基R4を3つ有するカチオン性色素化合物の合成方法を、式IIIはカチオン性官能基R4を2つ有するカチオン性色素化合物の合成方法を、式IVはカチオン性官能基R4を4つ有するカチオン性色素化合物の合成方法をそれぞれ示している。
式I,II,IVにおいては、出発原料であるピロール誘導体とアルデヒド化合物を酸(トリフルオロ酢酸、三フッ化ホウ素エーテル錯体等が好適に用いられる)存在下にて反応させた後に、酸化剤(クロラニル、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-1,4-ベンゾキノンが好適に用いられる)を用いて酸化し、環状化合物であるポルフィリンを得る。その後に前駆カチオン性官能基前駆体であるR3をカチオン性官能基R4に公知の方法を用いて変換する。式IIIにおいては、出発原料であるピロール誘導体とアルデヒド化合物を酸(トリフルオロ酢酸、三フッ化ホウ素エーテル錯体等が好適に用いられる)存在下にて反応させ、まずジピロメタンを合成する。次いで、カチオン性官能基前駆体R3を有するアルデヒド化合物と酸存在下にて反応させた後に酸化して環状化合物であるポルフィリンを得る。その後にカチオン性官能性前駆体であるR3をカチオン性官能基R4に公知の方法を用いて変換する。
【0028】
本発明のカチオン性色素化合物は、以下のようにして使用することができる。
上記のカチオン性色素化合物は、反応水溶液中において、少なくともカチオン性色素の一部であるカチオン基で、核酸2重螺旋構造の表面上の負電荷部分にイオン結合し且つ/又は静電的に結合し、こうして2重螺旋に沿って互いに隣接した少なくとも2分子の色素化合物間の相互作用が分光学的特性に影響を与えると考えられる。
【0029】
図2に核酸2重鎖へ結合したカチオン性色素化合物を示す。同図においてカチオン性色素化合物は、各カチオン基を介して核酸2重鎖のアニオン基(典型的には各リン酸基)のような負電荷部位にイオン結合し得るので、核酸(例えばDNA)を芯線としてその周囲を螺旋状に被覆した芯鞘構造をとることができる。カチオン性色素は、そのような芯鞘構造の鞘部分を構成すると特徴的なキラリティー及び/又は波長シフトを生じる。特徴的なキラリティーとしては、円二色性及び/又は蛍光偏光特性が挙げられる。それら分光学的特性は、螺旋状の芯鞘構造において互いに規則的に隣接した色素体間の物理化学的な相互作用に依拠するものである。
【0030】
なお一般に色素は、単分子でキラリティー等を有さないが、2分子以上間の相互作用により吸収する波長領域が変化することが知られており、この波長の変化が大きいほど、検出に適している。しかしながら、本発明によれば、単分子でキラリティーを持つカチオン性色素であっても、核酸2重鎖への結合により上記のような螺旋形態を生じるので、これに起因する波長シフト或いは特徴的なキラリティーを発現でき、核酸2重鎖に結合した色素であるか否かを判別可能となる。
【0031】
本発明を適用できる検出方法としては、サザンハイブリダイゼーションに代表されるような、核酸プローブと標的核酸とのハイブリッドを検出するハイブリダイゼーション法が挙げられる。ハイブリダイゼーション条件下に共存させたカチオン性色素化合物は、形成されたハイブリッド核酸を覆って螺旋状鞘構造を形成し、CD分光器で吸収波長にCDピークが観測される。ハイブリッドを形成しない場合、つまりDNAが1重鎖のままであれば、螺旋状芯鞘構造は形成されないので、カチオン性色素の吸収波長に円二色性ピークや波長シフト等は現れない。
【0032】
ハイブリダイゼーション反応を行う本法ないし装置は、好ましくは、反応溶液を加熱する工程ないし手段を有し、必要に応じて冷却工程ないし手段をも有し得る。すなわち、反応溶液の加熱により、2重鎖DNAを解離して1重鎖とし、次にこれを相補的なDNAプローブとハイブリダイズさせ得る。このようなハイブリダイゼーション反応において、カチオン性色素化合物は共存してもよいし、そのハイブリダイゼーション後に添加してもよい。ハイブリダイズ反応溶液中のカチオン性色素の濃度は、数nmol/L〜数μmol/Lであり、好ましくは2μmol/Lである。
【0033】
本発明の方法又は装置は、DNAプローブや標的DNAを有する検体等の反応体を溶液中に遊離させて行うこともできるし、DNAプローブや標的DNAを有する検体を固体担体に固定する手段及び必要に応じて反応後の固体担体を洗浄する手段を設け、ハイブリダイゼーションしていない試料を除去するとしてもよい。上述の通りハイブリッドに結合したカチオン性色素の検出にはCD分光器を使用できるが、このとき1重鎖のDNAや、結合していないカチオン性色素は、鞘構造形成時のカチオン性色素に見られるCDピークを有さないので、そのままの状態で検出可能である。したがって、本発明によると、固体担体を使用するか否かにかかわらず、検出に先立つ洗浄工程が不要になるという利点がある。DNA等を反応溶液中で固体担体上にハイブリダイズさせる場合には、上記のようにハイブリダイズ反応前にDNA等を固体担体に固定する工程を設けるとよい。
【0034】
DNA等の固体担体に固定する方法としては、DNAチップの製造分野等において公知のあらゆる方法を使用できる。本法に使用できる前記固体担体としては、核酸等を固定できるものであればいずれも使用できる。固体担体の形状は、基板状、ビーズ状、ホール状、サンドウィッチ状などがある。固体担体上の試料をCDで検出する方法には、CDを生じさせる照射光を固体担体の表面で反射させて検出する方法、固体担体を透過させて検出する方法がある。透過させる場合は、固体担体は透明であることが望ましい。好適にはガラス、ITOなどが挙げられる。また、反射により検出する場合の基板には、グラファイト、マイカ、シリコンウェハなどが挙げられる。また、他の固体担体の例として、セラミックス、ポリマー、布、紙等のような多孔性材料やビーズなどを挙げることができる。
【0035】
核酸プローブとしては、生物試料から抽出したDNAを制限酵素で切断し、電気泳動などによる分離などで精製したDNA断片、あるいは化学合成したDNAのいずれをも用い得る。核酸プローブ配列は、周知の配列決定法に従いあらかじめ決定しておくことが好ましい。
【実施例】
【0036】
(1)ポルフィリン誘導体色素の2重鎖DNAへの結合の検出
合成DNA(Poly(dA)/Poly(dT),50mers.)は、アマシャムファルマシアバイオテク社製、濃度25 A260 units、対イオンがナトリウム塩のものを用いた。上記DNAをMilli-Q(登録商標)水を120℃で20分間殺菌処理したもので0.125 unitsに調整し、1日放置した後、CDを測定した。このときのCDスペクトルは260nm近傍にDNAの螺旋形状に由来するCDピークを示した(図3参照)。
【0037】
次に、カチオン性色素としてフルカ社製のTetrakis(4-N-trimethylamino-phenyl)porphine tetra (p-toluenesulfonate)(以下、TMAPと記す)の粉体を2×10-6 mol/Lの水溶液に調整し、CDを測定した。このときのCDスペクトルにはキラリティーを示すCDピークは現れなかった(図4参照)。
【0038】
次に、Poly(dA)/Poly(dT)の0.25unit.とTMAPの4×10-6mol/Lを等量混合し、室温で放置後、CDを200乃至600nmの範囲で測定した(図5参照)。図5では、TMAPのSoret帯410nm近傍においてDNAのみ(図3)やTMAPのみ(図4)の測定では見られなかったシャープなCDピークが確認された。この部分で、CDスペクトルは右旋のコットン効果を示して交互に(図面では上下方向に)振れており、螺旋構造を反映したTMAP間の相関を示している。また、同時に測定しているUV/VISに吸収ピークが、TMAPのみのときのSoret帯の吸収波長から、DNAと混合することにより、長波長側にシフトしている。かくして「Kashaの理論」から、TMAPのポルフィリン骨格はhead-to-tailの配向をしていることが確認され、TMAPの螺旋構造によるCDピークであることが確認された。
(2)フタロシアニン誘導体色素の2重鎖DNAへの結合の検出
カチオン性色素としてSIGMA ALDRICH製のPropyl Astra Blue Iodide(以下、PABIと記す)の粉体をDimethyl sulfoxide(以下、DMSOと記す)溶媒(SIGMA-ALDRICH製)を用いて2×10−6mol/Lの溶液に調整し、CDを測定した。このときのCDスペクトルにはキラリティーを示すCDピークは現れなかった(図6参照)。
合成DNA(Poly(dG)/Poly(dC), 50mers.)はアマシャムファルマシアバイオテク社製、濃度25A260units、対イオンがナトリウム塩のものを用いた。上記DNAを、Milli-Q(登録商標)水を120℃で20分間殺菌処理したもので0.25unitsに調整し、室温で放置した後、CDを250乃至800nmの範囲で測定した(図7参照)。図7では、PABIのQ帯600乃至700nm近傍においてPABIのみでは見られなかったCDピークが確認された。DNAとフタロシアニンの混合により、キラリティーが発現することが確認された。
【0039】
発明の効果
本発明のカチオン性色素化合物は、核酸の2重鎖と結合した場合にのみ発現するキラリティーを有し、1重鎖の核酸や未反応の色素化合物と分離せずとも特異的検出でき、例えば未反応の化合物や色素を洗い流す洗浄工程を不要とするなどの利点を有する。このことから、本発明のカチオン性色素化合物は、2重鎖核酸構造のみを簡便に且つ高感度に検出することに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1a】本発明のカチオン性色素化合物の分子構造を例示した図である。
【図1b−1】本発明のカチオン性色素化合物の合成方法を例示した図である。
【図1b−2】本発明のカチオン性色素化合物の合成方法を例示した図である。
【図2】本発明のカチオン性色素化合物が結合した状態の2重鎖DNAを示す模式図である。
【図3】2重鎖DNAのみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
【図4】ポルフィリン誘導体カチオン性色素化合物のみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
【図5】2重鎖DNAとポルフィリン誘導体カチオン性色素化合物とが共存する試料のCDスペクトルを示す線図である。
【図6】フタロシアニン誘導体カチオン性色素化合物のみを含む試料のCDスペクトルを示す線図である。
【図7】2重鎖DNAとフタロシアニン誘導体カチオン性色素化合物とが共存する試料のCDスペクトルを示す線図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン基、及び該カチオン基と連結した色素体を含んでなるカチオン性色素化合物であって、その色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有し、該カチオン基は、核酸2重鎖上に結合可能であることを特徴とする、核酸2重鎖を検出するためのカチオン性色素化合物。
【請求項2】
下記一般式(I):
X−(Y−Z)n (I)
(式中、nは1〜12、Xは少なくとも4つのピロール環を有する色素体、Yは連結基或いはXとZの間の直接結合、Zはカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基である。)
で表される、請求項1に記載のカチオン性色素化合物。
【請求項3】
前記色素体が、ポルフィリン、ポルフィリン誘導体、フタロシアニン、及びフタロシアニン誘導体からなる群から選択される、請求項1又は2に記載のカチオン性色素化合物。
【請求項4】
カチオン性色素化合物を使用することによりハイブリッド核酸を検出する方法であって、下記の工程:
カチオン基と、該カチオン基と連結した色素体とを含んでなるカチオン性色素化合物を提供する工程、ここで、該色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有する;
核酸プローブと、標的核酸を含む試料とをハイブリダイゼーション条件下で接触させて、該核酸プローブと標的核酸とのハイブリッド核酸を形成させる工程;
該カチオン性色素化合物を、該ハイブリダイゼーションの前、ハイブリダイゼーション中、又はハイブリダイゼーション後に添加することにより、該ハイブリッド核酸上に該カチオン性色素化合物を結合させる工程;及び
該ハイブリッド核酸上に結合した該カチオン性色素化合物の分光学的特性を測定する工程:
を含んでなる方法。
【請求項5】
前記カチオン性色素化合物が下記一般式(I):
X−(Y−Z)n (I)
(式中、nは1〜12、Xは少なくとも4つのピロール環を有する色素体、Yは連結基或いはXとZの間の直接結合、Zはカチオン性の官能基あるいはカチオン性に変換し得る官能基である)
で表される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記色素体が、ポルフィリン、ポルフィリン誘導体、フタロシアニン、及びフタロシアニン誘導体からなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記標的核酸或いは前記核酸プローブを有する検出対象物を固相担体上に固定し、前記検出対象物と前記核酸プローブとをハイブリダイゼーション条件下で接触させる工程、をさらに含む請求項4に記載の方法。
【請求項8】
カチオン性色素化合物を使用することによりハイブリッド核酸を検出する装置であって、
核酸プローブと、標的核酸を含む試料とをハイブリダイゼーション条件下で接触させて、該核酸プローブと該標的核酸とのハイブリッド核酸を形成させる手段;
カチオン性色素化合物を、該ハイブリダイゼーションの前、ハイブリダイゼーション中、又はハイブリダイゼーション後に添加することにより、該ハイブリッド核酸上に該カチオン性色素化合物を結合させる手段、ここで、該カチオン性色素化合物は、カチオン基と、該カチオン基と連結した色素体とを含んでなり、該色素体は、窒素原子を含む複素多環構造を有する;及び
該ハイブリッド核酸上に結合した該カチオン性色素化合物の分光学的特性を測定する手段:
を含んでなる上記装置。

【図1a】
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【図1b−1】
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【図1b−2】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−504456(P2007−504456A)
【公表日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−525267(P2006−525267)
【出願日】平成16年9月6日(2004.9.6)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013264
【国際公開番号】WO2005/024065
【国際公開日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】