説明

梅漬調味廃液の農業利用法

【課題】従来、海洋投棄されていた梅漬調味廃液を農業用に有効利用する方法を提供する。
【解決手段】梅干調味残液を農業用に有効利用することを目的とし、畑あるいはハウスの土壌に10アール当たり100〜5000リッター施用することにより、土壌の太陽熱消毒促進資材として作用し、土壌病害の発生を抑制する。更にまた、梅漬調味廃液を生育増進資材及び硝酸濃度低減資材として畑あるいはハウスの土壌に10アール当たり100〜5000リッター施用することにより、野菜、殊に葉菜の生育増進と葉菜中の硝酸含有量を低減させることを可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は梅干工場廃液を農業用資材として、作物の土壌病害を抑制する、野菜の生育増進と品質を高めるための農業技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の安全・安心意識の高まりの中で、野菜、殊にホウレンソウやレタスなど葉菜の栽培では硝酸含有量の低さが品質評価対象となっている。その理由は、乳幼児が硝酸含有量の高い野菜を多量に摂取するとメトヘモグロビン症と呼ばれる血液障害を引き起こす、あるいは体内でニトロソアミンが生成してガン発症率が高まることが懸念されているためである。そこで、EUでは1999年にレタスとホウレンソウについて硝酸含有量の規制値(レタス:3500mg/kg、ホウレンソウ:2500mg/kg(夏季)、3000mg/kg(冬季)が設定され、それ以上の硝酸を含有する野菜の流通を制限している。日本では、EUのような規制値はないが自主的な基準値を設ける生協や大型量販店なども現れている。
硝酸は野菜にとって最も重要な養分の一つであるため、窒素肥料を削減すれば容易に硝酸含有量を低減させることができるが、その反面収量が減少して、農業生産性が低下する。そこで、葉菜の産地では収量を減らすことなく低硝酸野菜を生産する技術が強く求められている。
葉菜中の硝酸含有量を軽減するための従来技術としては、窒素肥料の種類や施用時期を調節する、養液栽培を行うなどが知られている。また、最近では肥料として塩化アンモニウム(塩安)や塩化カリウム(塩加)などの塩化物塩を施用すると硝酸含有量が低下するなどの報告がある。
一方、全国の野菜産地では1960年代の高度経済成長期以後、生産効率性を重視した集約的栽培方式へと進んできたが、最近になって各地で連作による土壌病害の多発が深刻な問題となっている。その対策として薬剤や太陽熱消毒、あるいは土壌にふすまなどの易分解性有機物を施用して土壌還元化を促進することで病原菌を死滅させる還元消毒などが行われている。土壌消毒薬剤としてはクロールピクリンなど多用されているが、それらを散布する農業生産者の健康や自然環境に対する悪影響が懸念される。環境にやさしい土壌消毒法として蒸気消毒や太陽熱消毒が注目されているが、蒸気消毒には化石燃料の消費が不可欠であり、経費の点からも生産者に多大な経費負担が課せられる。太陽熱消毒では気温の相違による地域差が大きく、一定した土壌消毒効果が期待できない。そこで、北海道など充分な地温上昇が得られない地域では、ふすまや米ぬかなどの易分解性有機物を利用した土壌還元消毒法が注目され、多くの地域で実用化されている。しかし、それらの有機物中には数%の窒素やリン酸を含むことから、連用によりそれら成分の土壌蓄積が助長される。そこで、従来の有機質資材に替わる新規土壌還元消毒補助資材の開発が求められている。
ホウレンソウやタアサイ、セロリーなどの葉菜の産地でも多くの土壌病害が多発しているが、現状では葉菜中の硝酸含有量の軽減対策と土壌病害対策を別個に行っているのが実情である。従来の還元消毒法ではふすまや米ぬかを利用するが、それら資材中には数%の窒素成分を含んでいるため、土壌消毒効果があってもその一部が葉菜に吸収されて硝酸含有量が高まってしまうことになる。そこで、特に葉菜の産地において、ひとつの手段により硝酸含有量の低減と土壌病害の抑制を図ることができれば、きわめて合理的である。
なお、梅酢あるいは脱塩廃液を有効利用しようとする試みもあったがこれらは何れも食材か直接人が使用する発明で、本発明はこれらと無関係農産物に利用するものである。
【特許文献1】特開2001−226256号公報
【特許文献2】特開2005−253448号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする第一の課題は、従来産業廃棄物として海洋投棄処分されてきた梅漬調味廃液を農業分野での資源として有効活用することである。次には、それを利用して、作物の土壌病害抑制と葉菜の生育増進・硝酸含有量低減を図りかつ発揮させることである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そこで、本発明は梅干工場から排出される梅漬調味廃液を土壌の太陽熱消毒促進資材として利用し、作物の土壌病害を抑制する、あるいは野菜の生育増進資材としての作用と硝酸含有量低減資材としての作用を発揮させるための農業資材として有効活用する方法を提供しようとするものである。また、従来産業廃棄物として海洋投棄処分されていた梅漬調味廃液を資源としての有効利用を図ろうとするものである
【発明の効果】
【0005】
本発明は、従来、海洋投棄処分されていた梅漬調味廃液を有効に付加価値の高い農業資材として利用できることを明らかとしたものである。
本発明の実施により、硝酸含有量を低減した高品質野菜等、殊に高品質葉菜の生産が容易に可能となる。また、土壌病害が発生する農用地で利用すれば、人体に有害な土壌消毒剤の使用を回避できる。
すなわち、本発明は食の安全・安心、環境にやさしい農業の推進、食品リサイクルの推進に寄与する極めて有益な発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
適熟の梅果実に食塩を添加して一ヶ月以上漬け込む。その後、梅を漬け上げ、梅酢を取り除く。塩漬けした梅を水洗し、天日に干して白干梅干とする。この工程までの一次加工品を梅干工場に搬入する。梅干工場では不良梅を選別・洗浄後、湯洗あるいは水洗により白干し梅干を脱塩する。その後、調味成分を加えた調味液を加えて漬け込む。7〜10日後に梅干を漬け上げ、製品とする。この調味液漬け込み工程で発生する廃液が本発明に使用する梅漬調味廃液(梅干調味残液ともいう)となる。
梅干工場から排出される梅漬調味廃液のpHは2〜4、電気伝導率は10〜200dS/mで、ナトリウム1〜10%、塩素1〜20%、グルコース・キシロース・マルトースなどの糖類が2〜20%、クエン酸・リンゴ酸などの有機酸が1〜10%、グルタミン酸・アスパラギン酸などのアミノ酸が100〜2000mg/100ml含有されている。一方、N:0.1〜0.2%、P:0.02〜0.1%、K:0.3〜0.9%と肥料成分はほとんど含まれていない。
このような組成を有する梅漬調味廃液を畑やハウス内の土壌に10アール当たり100〜5000リッター散布して、耕耘機やトラックターで深さ15〜20cm程度まで土壌とよく混和する。その後水を散布して土壌水分を最大容水量の80%程度まで高め、畑あるいはハウスの土壌表面をビニールシートで覆う。その後は、従来の太陽熱消毒と同様に一ヶ月程度以上放置して、土壌の平均温度を少なくとも30℃以上に保つ。このように梅漬調味廃液を太陽熱消毒の補助資材として利用することで、太陽熱消毒単独処理に比較して、土壌病原菌であるフザリウム属菌の密度を下げられることを見出した。
従来からの技術であるふすまを添加する土壌還元消毒法では、消毒開始後における土壌中の酸化還元電位が急速に低下して、約一週間後には−200mV程度となる。そのような還元状態では、フザリウム属菌のような土壌病原菌は当然死滅する。しかし、本発明による梅漬調味廃液を施用した場合には、フザリウム属菌は死滅したが、ふすまを施用した場合のような土壌の酸化還元電位の低下は認められなかった。すなわち、本発明はこれまでのふすまによる土壌還元消毒とは異なり、梅漬調味廃液中の糖と有機酸が太陽熱消毒補助資材として作用したと考えられる。
本発明で発生を抑制できる土壌病害とは、例えばタアサイ萎黄病、ダイコン萎黄病、キャベツ萎黄病、カブ萎黄病、レタス根腐病、サラダナ根腐病、ホウレンソウ萎凋病、ニラ乾腐病、メロンつる割病等を例示し得る。
なお、実施例2の結果からも明らかなように、従来のふすまによる土壌還元消毒では、酸化還元電位は低下して病原菌が窒息することにより死滅するが、その一方で酸化還元電位の低下により温室効果ガスであるメタンガスの発生が懸念される。それに対して、本発明による方法であれば、酸化還元電位が低下しないことからメタンガスが発生することはない。その点においても、ふすまによる土壌還元消毒より環境にやさしい土壌消毒法と言える。
梅漬調味廃液を10アール当たり100〜5000リッター施用した土壌でコマツナ、ホウレンソウ、チンゲンサイなどの葉菜を栽培すると、硝酸含有量が30〜70%と大幅に低下することを見出した。なお、すでに、加藤ら(日本土壌肥料学雑誌、77巻、5号、2006)は塩素イオンを含んだ肥料を施用することにより葉菜中の硝酸含有量が13〜26%低下すると報告している。梅漬調味廃液中にも約6〜11%の塩素イオンが含まれるので、それが硝酸低減に関与していることが考えられた。そこで、梅漬調味廃液中に含まれていると同量の塩素イオンに相当する塩化ナトリウムを土壌に添加して、コマツナを栽培したところ、硝酸含有量は梅漬調味廃液を施用した場合の方が低かった。すなわち、梅漬調味廃液にはその中に含まれる塩素イオンと同量の塩化物塩より葉菜中の硝酸含有量を下げる効果の高いことが判明した。
さらに研究を進めた結果、梅漬調味廃液を畑あるいはハウスに10アール当たり100〜5000リッター施用して葉菜類を栽培すると、その中の硝酸含有量が低下するばかりでなく、葉菜の生育が促進されることを見出した。梅漬調味廃液中には少量のアミノ酸が含まれているがその中に含まれる窒素量はわずかであり、従来の知見から植物生育増進効果は期待できない。そこで、梅漬調味廃液中に含まれるアミノ酸量と同量のグルタミン酸を施用してコマツナを栽培したところ、やはりグルタミン酸単独施用では、生育増進効果は認められなかった。一方、梅漬調味廃液を施用した場合には、約120%の生育増進効果があった。
梅漬調味廃液の施用による葉菜の生育増進効果と硝酸含有量低減効果は単独の物質による効果ではなく、梅干調味残液中に含まれているさまざまな物質が相互的に働き合って発現するものと考えられる。
【0007】
本発明に使用することができる梅漬調味廃液とは、梅干工場から産出される廃液で従来主に海洋投棄処分されていた物質である。それらのpHは2〜4、電気伝導率は10〜200mS/mで、ナトリウム1〜10%、塩素1〜20%、グルコース・キシロース・マルトースなどの糖類が2〜20%、クエン酸・リンゴ酸などの有機酸が1〜10%、グルタミン酸・アスパラギン酸などのアミノ酸が100〜2000mg/100ml含有されている。
これらの梅漬調味廃液を畑あるいはハウスに100〜5000リッター施用し、耕耘機やトラックターで深さ15〜20cmの土壌とよく混和する。フザリウム属菌などが原因する土壌病害が発生している場合には太陽熱消毒を行い、土壌病害の発病を抑えた上で、葉菜を作付ける。土壌病害の発生が見られない場合には梅漬調味廃液施用後、直ちに葉菜を栽培する。なお、梅漬調味廃液中には肥料成分がほとんど含まれていないので、葉菜の栽培にあたっては適切な肥料を施す必要がある。
梅漬調味廃液を土壌に施用する際には、既存の農薬散布器を利用すると均一に施用することができる。その際には、梅漬調味廃液を2ないし3倍容の水で希釈してもよい。ハウスで梅漬調味廃液を施用する場合には、ハウスに設置された既存の灌水設備などを利用すると施用効率がよい。
【実施例1】
【0008】
和歌山県内の梅干工場から排出された梅漬調味廃液4種類について、化学分析を行った結果は表1のとおりであった。
【表1】

表1からも明らかなように梅漬調味廃液のpHは2〜4、電気伝導率は10〜200dS/mで、ナトリウム1〜10%、塩素1〜20%、グルコース・キシロース・マルトースなどの糖類が2〜20%、クエン酸・リンゴ酸などの有機酸が1〜10%、グルタミン酸・アスパラギン酸などのアミノ酸が100〜2000mg/100ml含有されている。一方、N:0.1〜0.2%、P:0.02〜
0.1%、K:0.3〜0.9%と肥料成分はほとんど含まれていなかった。
【実施例2】
【0009】
静岡県のタアサイ萎黄病が多発するハウスから土壌を採取して次の栽培試験を実施した。25L容コンテナにタアサイ萎黄病発病土壌を乾土として15kg充填した。実施例1の梅漬調味廃液Cを10アール当たり0,100,500リッター施用後、土壌水分が最大容水量の70% となるように水を添加した。透明ビニールシートで被覆後2006年8月20日から2006年9月2日まで太陽熱消毒を行った。
その後、太陽熱消毒が終了した土壌にタアサイ苗を8株づつ定植し、2006年11月18日から翌年1月9日まで栽培した。なお、施肥量はすべての区で、N:15kg/10a、K2O:15kg/10a、P25:15kg/10aとした。タアサイ収穫後、タアサイ萎黄病の発病率と生育量を測定した。なお、対照区として、梅漬調味廃液の替わりにふすまを10アール当たり1トン施用した土壌還元消毒区を設けた。
その結果は表2のとおりであった。
【表2】

太陽熱消毒期間中の平均地温は32.0℃であったため充分な土壌消毒効果が得られず、太陽熱消毒単独区(梅漬調味廃液0L/10a)区では、発病率94%とほとんどタアサイ萎黄病の発病を抑制することができなかった。一方、ふすまを利用した従来の土壌還元消毒区では、発病率0%と全く発病しなかった。なお、太陽熱消毒試験終了時の土壌の酸化還元電位は太陽熱消毒単独区の243mVに対して土壌還元消毒区では −281mVと顕著な還元性雰囲気になっていた。その結果、二酸化炭素の20倍以上の温度効果をもたらすメタンガスが発生した。環境保全農業の推進上ふすま施用は好ましくない。
梅漬調味廃液100,500L/10a施用区では、土壌の酸化還元電位が270〜290mVと高いにもかかわらず、タアサイ萎黄病の発病は全く認められなかった。
【実施例3】
【0010】
25L容コンテナに黒ボク土の畑から採取した土壌を乾土として15kg充填し、実施例1の梅漬調味廃液Cを10アール当たり0,100,250,500,1000リッター施用し、よく混和した。肥料をN:15kg/10a、K2O:15kg/10a、P25:15kg/10a施用し、ハウス内でコマツナを栽培した。
その結果、コマツナの生育量と硝酸含有量は表3のとおりであった。
【表3】

梅漬調味廃液の施用によりコマツナの生育が促進され、500リッター区では無施用区に対して生育量が約8%増加した。しかし、1000リッター区では生育促進が劣り、無施用区の生育量の約2%増加に留まった。一方、硝酸含有量は梅漬調味廃液施用量が増加するほど顕著に減少し、1000リッター区では無施用区の約89%減となった。これらの結果から、コマツナの生育促進と硝酸含有量軽減効果を得るための梅漬調味廃液施用量は10アール当たり500リッター程度が好ましいことが明らかになった。
【実施例4】
【0011】
1/10000aノイバウエルポットを用い、黒ボク土の畑から採取した土壌に10アール当たり250リッターに相当する梅漬調味廃液(実施例1のC)を添加・混合した。さらに、肥料をN:15kg/10a、K2O:15kg/10a、P25:15kg/10a施用して、ポットに充填した。この試験区に添加した梅漬調味廃液中に含有されていると同量の塩化ナトリウム、グルタミン酸、クエン酸、グルコースをそれぞれの土壌に添加し、さらに同量の肥料を施用して、ポットに充填した。これらのポットにコマツナを播種し、ガラス温室内で40日間栽培した。収穫後、生育量と硝酸含有量を測定した。
その結果、コマツナの生育量と硝酸含有量は表4のとおりであった。
【表4】

資材無施用区に対してコマツナの生育量が増加した試験区は、梅漬調味廃液区と塩化ナトリウム区のみであった。梅漬調味廃液区におけるコマツナの生育量は、無施用区に比べて約24%、塩化ナトリウム区と比べても約14%増加した。逆に、コマツナ中の硝酸含有量は無施用区に比べて約35%、塩化ナトリウム区と比べても約14%低下した。
以上の結果より、梅漬調味廃液の施用による生育増進と硝酸含有量低減効果は塩化ナトリウム単独による影響ではないことが明らかになった。すなわち、その効果は梅漬調味廃液中に含まれる成分が相互に作用して出現するものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0012】
本発明は、従来、海洋投棄されていた梅漬調味廃液を農業用に有効利用することを目的とし、畑あるいはハウスの土壌に10アール当たり100〜5000リッター施用することにより、土壌の太陽熱消毒促進資材として土壌病害の発生を抑制する。更にまた、葉菜の生育増進と葉菜中の硝酸含有量を低減させる資材とすることを可能にするものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
梅干工場から産出される梅漬調味廃液を畑あるいはハウスに10アール当たり100〜5000リッター施用することにより、土壌の太陽熱消毒促進資材として利用し、土壌病害の発生を抑制することを特徴とする農業利用法。
【請求項2】
梅干工場から産出される梅漬調味廃液を畑あるいはハウスに10アール当たり100〜5000リッター施用することにより、野菜の生育増進資材としての作用及び硝酸含有量低減資材としての作用を発揮させることを特徴とする農業利用法。

【公開番号】特開2008−273850(P2008−273850A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−116517(P2007−116517)
【出願日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【出願人】(507140106)有限会社紀州田辺梅干研究センター (1)
【Fターム(参考)】