説明

標的分子とリガンドあるいはリガンド候補化合物との結合検出方法

【課題】本発明は、NMR測定によりリガンドあるいはリガンド候補化合物の標的分子への結合、および結合部位を同定する方法において、標的分子の広範な解析を実現し、リガンドあるいはリガンド候補化合物の結合、および結合部位の同定を正確に行い得る方法の提供を目的とする。
【解決手段】本発明者らは、標的分子のアミノ酸残基の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを取得し、標的分子とリガンドあるいはリガンド候補化合物とを接触させた後に同じ2次元相関スペクトルを取得して、両スペクトルを比較することにより上記課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的分子とこれと結合するリガンドあるいはリガンド候補化合物との結合を検出する方法、標的分子に結合するリガンドの結合部位の同定方法、および標的分子とリガンドとの解離定数を測定する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
NMRを用いて、標的分子に結合する基質やリガンドを同定したり、その結合部位を特定することは、これまでにも広く行われてきた。主に用いられている方法は、タンパク質中の窒素原子を、安定同位体でNMR観測可能な15Nを用いて標識し、1H−15N HSQC(heteronuclearsingle quantum coherence)スペクトルを用いる方法(例えば特許文献1参照)である。具体的には、標的分子単独の状態において1H−15N HSQCを観測し、さらに標的分子に想定される基質やリガンドを共存させた状態で1H−15N HSQCを観測し、両者のスペクトルを比較し、シグナルの変化が見られるかどうかで標的生体分子に基質やリガンドが結合したかどうかを知ることができる。また、他のNMR測定を組み合わせ、1H−15N HSQCスペクトルの各シグナルのアミノ酸の種類と番号まで含めた帰属を行い(例えば非特許文献1参照)、それらのデータを基に、基質やリガンドが標的生体分子に結合する部位の同定(例えば非特許文献2参照)を行う方法も開示されている。このような方法を、例えば標的分子を病因タンパク質とし、リガンドを低分子化合物として適用することにより、病因タンパク質を特異的に阻害する新規薬剤候補物質をスクリーニングしたり、スクリーニングの結果得られた化合物や他の方法によって得られた化合物が病因タンパク質のどの部位に結合しているかを同定することができ、迅速な薬剤設計に用いることができるため、産業上も非常に有用である。
【0003】
1H−15N HSQC測定は、感度が比較的高いので、このような標的分子に対する基質やリガンドの結合を同定するのに試料濃度が比較的少なくて済み、測定時間も短くて済むなどの特徴が有る。しかし、標的分子が、例えば高分子量タンパク質の場合には、1H−15N HSQCスペクトルの各シグナルが重なることが多く、想定された基質やリガンドが結合するか否かの判定、また結合する場合の結合部位の判定において、不具合が生じる場合があった。また、標的高分子が常磁性金属イオンを結合するタンパク質の場合には、結合した常磁性金属イオン近傍に存在するアミドプロトンのシグナルが常磁性金属による緩和のために消失してしまい、観測できないという問題が有った。さらに、アミドプロトンは交換性の原子のためpHが比較的高い条件、特にpHが8を超えるような条件においては、そのシグナルが減少または消失してしまい観測できないという問題があった。また、標的分子がタンパク質の場合、プロリンの窒素原子にはアミドプロトンが結合していないため、プロリン残基については、シグナルが取得できないという問題も有った。
【0004】
また、標的分子がタンパク質の場合1H−15N HSQC測定において観測されるNMRシグナルは、主にポリペプチド鎖の主鎖の1H−15N直接結合に由来するシグナルである。ポリペプチド鎖の主鎖においては、原子は、窒素原子、α炭素原子、カルボニル炭素原子の順番で繰り返し連結されているので、窒素原子は3原子に1つの割合でしか出現しない。すなわち、1H−15N HSQCスペクトルにおいては、基質の結合を検出する部位が、3原子おきにしか存在しないことになる。また、1H−15N HSQCスペクトルで検出されるシグナルは、直接結合した1Hと15Nの相関シグナルであり、これらの化学シフトの移動には相関関係があるので、2次元NMR測定でありながら、一つのシグナルの変化は実質的に一つの原子の化学シフトの変化を見ていることになる。これらのことから、1H−15N HSQCスペクトルを用いる方法は、実際には標的分子の限られた範囲における変化だけを検出していることになる。よって、基質やリガンドが標的分子に結合したかどうか、あるいは結合部位を正確に特定するためには、より広い部位を観測でき、しかもある程度感度の良い方法が望まれていた。
【0005】
一方、タンパク質中の炭素原子を、安定同位体でNMR観測可能な13Cを用いて標識し、1H−13CHSQC(heteronuclear single quantum coherence)スペクトルを用いる方法(例えば特許文献2参照)も開発されている。具体的には、標的分子の側鎖のメチル基の炭素原子と水素原子の間のHSQC測定を行い、さらに標的分子に想定される基質やリガンドを共存させた状態で標的分子の側鎖のメチル基の炭素原子と水素原子の間のHSQC測定を行なって、両者のスペクトルを比較し、シグナルの変化を検出することにより、標的分子と基質やリガンドとの結合を検出する方法である。
【0006】
この方法では、標的分子の主にメチル基の炭素原子と水素原子のHSQC測定を行うことで、シグナルが重なることを防いでいるが、逆にメチル基を有するアミノ酸でしかHSQCシグナルを取得することができないので、標的分子と基質あるいはリガンドとの結合を限られた範囲でしか検出することができない。さらに、標的分子の主鎖の標識された原子に結合する水素原子と、標的分子中のその他の水素原子との2次元相関シグナルを取得し、標的分子とリガンドあるいはリガンド候補化合物とを接触させた後に同じ相関シグナルを取得して、両シグナルを比較する方法(特許文献4)も開発されている。しかし、この方法も、アミドプロトンを用いた解析であるため、上記のアミドプロトンを用いる解析における難点があり、標的分子の種類や、アミノ酸の種類に限定される方法である。
【0007】
そこで、上記のようなNMR測定方法とは異なる、リガンドやリガンド候補化合物と標的分子との結合、および結合部位の同定を、より確実に、アミノ酸の種類などに限定されずに行える方法が求められていた。
【特許文献1】特許第3032301号公報
【特許文献2】特表2004−510952号公報
【特許文献3】特願2005−030898号明細書
【特許文献4】特願2005−067783号明細書
【非特許文献1】Ikura, et al., Biochemistry, 30,5498-5504 (1992)
【非特許文献2】Hensmann, et al., Protein Science, 3, 1020-1030 (1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、NMR測定によりリガンドあるいはリガンド候補化合物の結合および結合部位を同定する方法において、標的分子のより広範な範囲を観測し、リガンドやリガンド候補化合物の結合および結合部位の同定をより正確に行なえる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、標的分子であるヒトFKBPタンパク質を、13C標識し、α炭素原子とカルボニル炭素原子の2次元相関スペクトルが取得可能な2次元NMR測定を行い、さらに、標的分子とリガンド候補化合物として1−アセチルブロリンメチルエステル等とを共存させた状態で上記2次元NMR測定を行なって、得られた2つのシグナルを比較したところ、標的分子に、想定されるリガンド候補物質が結合するかどうか、また結合する場合には、リガンド物質が結合する標的分子の部位を精度良く同定することが可能なことを見いだした。本発明は、これらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0010】
即ち、本発明によれば、
(1) (a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンド、リガンド化合物、あるいはリガンド候補化合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドあるいはリガンド化合物との結合の検出方法、
(2)(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、リガンド候補化合物の混合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、
(e)工程(d)で該2次元相関スペクトルに違いが見出された場合、該リガンド候補化合物の混合物中の化合物を個別に標的分子と接触させ、標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(f)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(e)で得られた2次元スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンド化合物のスクリーニング方法、
(3)(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンドまたはリガンド候補化合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、
(e)工程(d)で該2次元スペクトルに違いが見出された場合、違いが見られるシグナルに相当するアミノ酸を特定する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンドまたはリガンド化合物の結合部位の同定方法、
(4)(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、各種濃度のリガンドまたはリガンド化合物を接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られる2次元相関スペクトルと、工程(c)で得られる2次元相関スペクトルを比較する工程、
(e)該2次元相関スペクトルに違いが見られた場合、該スペクトルの違いをリガンドまたはリガンド化合物濃度の関数として定量する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドまたはリガンド化合物との解離定数の測定方法、
(5)標的分子がポリペプチドである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法、
(6)炭素原子1と2の組み合わせが、標識されたα炭素原子と標識されたカルボニル炭素原子である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法、
(7)炭素原子1と2の組み合わせが、標識されたα炭素原子またはβ炭素原子と標識されたカルボニル炭素原子である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法が、提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の標的分子とリガンドまたはリガンド候補化合物との結合の検出方法等は、その検出に用いる2次元NMR測定が標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを取得するものである。炭素原子は、標的分子の全てのアミノ酸残基が有するものであるので、シグナルを全てのアミノ酸残基において取得することができる。つまり、標的分子とリガンドあるいはリガンド候補物質との結合がどのアミノ酸残基において起こっていても制限なく検出することができる。このことは、標的分子とリガンドあるいはリガンド候補化合物との結合部位の同定や、解離定数の測定方法等を行う上でも非常に有利な特徴である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
(1)標的分子とリガンドあるいはリガンド候補化合物との結合の検出方法
本発明の1つは、(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンド、あるいはリガンド候補化合物とを接触させる工程、(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドあるいはリガンド化合物との結合の検出方法である。
【0013】
「標的分子」とは、13C標識化することができ、後述する2次元相関スペクトルが取得できるものであれば何れのものでもよい。具体的には、ポリペプチド、タンパク質、糖タンパク質、その部分フラグメント、あるいはその誘導体、リポタンパク質、核酸、その部分フラグメント、あるいはその誘導体等が挙げられる。また、その分子量も、後述する2次元相関スペクトルが取得できる範囲であれば特に制限はないが、ポリペプチドあるいはタンパク質の場合、10〜1000アミノ酸残基からなるものが好ましい。また、糖タンパク質あるいはリポタンパク質等の場合には、分子量が1〜100kD程度のものが好ましく用いられる。ポリペプチドまたはタンパク質の場合は、化学合成、組換え体を用いた合成、無細胞タンパク質合成系等如何なる方法で取得されたものでもよい。
【0014】
標的分子を13C標識化する場合、標的分子中の全ての炭素原子が上記安定同位体である必要はなく、少なくとも、後述する2次元相関スペクトルを取得するのに必要な炭素原子1が13Cで、該炭素原子との相関シグナルを取得したい炭素原子2が13Cであればよく、その他の部分の炭素原子は、13Cで標識化されていてもされていなくてもよい。また窒素原子については15N標識化されていてもされていなくてもよい。ここで、特に高分子量の標的分子の場合には、感度の低下を防ぐために、水素原子の一部または全部が重水素等で標識化されていることが好ましい。
【0015】
また、標的分子がポリペプチド等である場合には、それに含まれるアミノ酸のうち、上記炭素原子の13Cによる標識化が必要なアミノ酸は、リガンドまたはリガンド化合物が結合するアミノ酸が既に同定されていたり、または想定されている場合には、そのアミノ酸のみの炭素原子が13Cによって標識化(以下、これを「標識化」と称することがある)されていればよく、それ以外のアミノ酸については標識化されていてもされていなくてもよい。但し、2次元相関スペクトルを2アミノ酸以上にまたがった13Cによって取得する場合には、該測定に必要なアミノ酸の炭素原子も標識化されている必要がある。
また、リガンドまたはリガンド化合物が結合するアミノ酸が既に同定されていたり、または想定されていない場合には、全てのアミノ酸について上記標識化がされていることが好ましい。このように標識化された標的分子を、本明細書中では、「標識化標的分子」と称することがある。
【0016】
標的分子の標識化は、上記の炭素原子が標識化される方法で、通常用いられる方法により行うことができる。また、市販の標識化アミノ酸(CambridgeIsotope Laboratories社製等)を用いることができる。本発明の方法では、まず(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と、別の標識された炭素原子2との2次元相関スペクトル(以下、これを「13C−13C相関スペクトル」あるいは「13C−13C相関シグナル」と称することがある)等を測定する。ここで、炭素原子1および2は、同一または隣接するアミノ酸残基中の標識されたα炭素原子、β炭素原子またはカルボニル炭素原子等いずれでもよい。また、炭素原子2は、炭素原子1と異なり、炭素原子1との間に2次元相関スペクトルが取得できるものであれば、何れのものでもよく、また2つ以上であってもよいが、好ましくは1つである。
用いられるNMR測定方法は、上記炭素原子同士の相関スペクトルが取得できるものであれば如何なるものでもよいが、シグナルが多いと、それらが重なりあってしまい、解析が困難になるので、1つの炭素原子に対しては、1つまたは2つの炭素原子の相関スペクトルが得られるNMR測定方法が好ましく、さらには1つの炭素原子に対して1つの炭素原子の相関スペクトルが得られるNMR測定方法が最も好ましい。具体例を以下に示す。
【0017】
α炭素原子と、同一残基内のアミノ酸残基のカルボニル炭素原子の2次元相関スペクトルを取得する方法としては、(H)CACO法(Serber,Z., et al., J. Am. Chem. Soc. 122, 3554-3555 (2000)に記載のHCACO3次元測定法において、Hの展開時間を省略した2次元測定:図1)あるいは、CACO法またはCOCA法(Bermel, W., et al., Angew. Chem. Int. Ed. 44, 3089-3092 (2005)に記載の方法:図1)等が用いられる。また、α炭素原子と1つ前のアミノ酸残基中のカルボニル炭素原子の2次元相関スペクトルを取得する方法としてCA(N)CO法(Bermel, W., et al., J. Magn.Reson. 178, 56-64 (2006)に記載の方法:図1)等が用いられる。また、α炭素原子及びβ炭素原子と、同一残基内のアミノ酸残基のカルボニル炭素原子の2次元相関スペクトルを取得する方法としてはCBCACO法(Bermel, W., et al., Angew.Chem. Int. Ed. 44, 3089-3092 (2005)に記載の方法:図1)等が用いられる。これらの測定方法のうち、(H)CACO法、CACO法、COCA法が好ましい。これらの測定方法は、測定の際にアミドプロトンを必要としないので、アミドプロトンの結合していないプロリン残基の炭素原子と炭素原子との相関シグナルも得ることができ、1H−15N HSQCスペクトルでは得られない情報も得ることができる(図4参照)。また、これらの測定方法は、アミドプロトンに依存しないので、1H−15N HSQCスペクトルでは良好なシグナルが得られないpHの高い条件における測定や常磁性金属を結合する分子においても良好なスペクトルを得ることができる。また、CON法やCAN法等の測定法はα水素原子に依存しないために、α水素原子を重水素化した標的分子を用いることができ、その場合にはα炭素原子の緩和時間が長くなるので感度の向上が期待できる。さらに、これらの実験方法において、標的分子中の測定に関与しない水素原子は一部または全部を重水素原子に置き換えることができ、その場合にも感度の向上が期待できる。上記の実験は、主に炭素原子でNMRシグナルを検出する方法であるが、通常のNMR装置においては、例えばCACO法の測定においてカルボニル炭素原子でNMRシグナルを検出しようとするとカルボニル炭素原子とα炭素原子のカップリングのために、検出したシグナルが分裂するし、COCA法の測定においてα炭素原子でNMRシグナルを検出しようとするとα炭素原子とカルボニル炭素原子及びα炭素原子とβ炭素原子とのカップリングのために、検出したシグナルが分裂し、シグナルの複雑化と感度低下を起こす。それを防ぐためにはIPAP法(Bermel, W., et al., Angew.Chem. Int. Ed. 44, 3089-3092 (2005)に記載の方法)を用いて、測定後の計算処理でカップリングを除去することができる。また例えば(H)CACO法、CACO法やCOCA法などの測定法の場合には、α炭素原子とカルボニル炭素原子が標識され、β炭素原子が標識されていない標的分子を作成すれば、β炭素原子とのカップリングを除去することができる。これらの方法は、標的分子中の水素原子を重水素原子に置き換える方法と必要に応じて組み合わせることが可能である。
【0018】
上記NMR測定において、用いられる緩衝液および標的分子の濃度等は通常NMR測定法において用いられている範囲で適宜選択することができる。具体的には、例えば、NMR測定用緩衝液としては、25mM リン酸カリウム pH 6.5、 50 mM NaCl、5 mM DTTのもの等が好ましく用いられる。該緩衝液に標的分子を適当な濃度で溶解することによりNMR測定用試料として用いる。標的分子の濃度はNMR測定が行い得る範囲であれば特に制限はないが、具体的には、例えば10μM〜10mMの範囲が好ましい。
【0019】
本発明では、次に(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンド、あるいはリガンド候補化合物とを接触させる工程を行なう。「リガンド」とは、上記標的分子が生体内分子である場合、これに生体内で結合している物質またはその誘導体を意味する。また、「リガンド候補化合物」とは、標的分子に結合して、標的分子の機能を制御する可能性のある化合物を意味する。このような可能性のある化合物であれば如何なる構造を有するものでもよい。「リガンド化合物」とは、標的分子に結合してその機能を制御する活性のある化合物を意味する。リガンドあるいはリガンド化合物は、必ずしも1分子で標的分子に結合するものでなくてもよく、同一のまたは異なる2分子以上が融合して標的分子と複合体を形成するものでもよい。2つ以上の分子が融合して標的分子と複合体を形成するものである場合、これらと標的分子との結合状態を解析して新たなリガンド化合物の設計を行なうことができる。具体的には、例えば特許第3032301号に記載の方法等が用いられる。
【0020】
標的分子とリガンド、リガンド化合物、あるいはリガンド候補化合物を接触させる方法は、これらが結合し得る条件下であれば如何なる方法でもよい。具体的には、上記標的分子を適当濃度で含むNMR測定用緩衝液にリガンド、リガンド化合物、あるいはリガンド候補化合物を添加する方法等が挙げられる。リガンドまたはリガンド候補化合物の濃度は、標的分子と該物質との関係により適宜選択することができるが、例えば10μM〜100mM程度の範囲が好ましい。標的分子に接触させるリガンド、リガンド化合物、あるいはリガンド候補化合物は、少なくとも1つである。また、リガンド候補化合物の混合物を標的分子と接触させれば一度に多数の化合物の標的分子への結合を検出することができる。リガンド候補化合物の混合物とは、例えば、ある化合物の誘導体群や、医薬品等の候補化合物ライブラリー等複数の化合物が混在しているもの等を用いることができる。
【0021】
本発明では、次に、(c)上記のNMR測定用試料中の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程を行なう。NMR測定方法は、上記のとおりである。
次に、(d)上記工程(a)で得られた13C−13C相関スペクトルと上記工程(c)で得られた13C−13C相関スペクトルとを比較する工程を行なう。ここで、比較する2つの2次元相関スペクトルは上記のNMR測定法のうち、同一の測定方法により測定されたものである必要がある。13C−13C相関スペクトルの比較は、2つのスペクトルの相違が検出できる方法であれば如何なるものでもよい。具体的には2つのスペクトルを重ねあわせ、目視により相違を検出する方法等が用いられるし、スペクトル中のシグナルの化学シフトを一般的なNMR解析ソフトウェアを用いて同定し、その値を比較しても良い。
【0022】
具体的な13C−13C相関スペクトルを用いて説明すると、例えば、13C標識化標的分子(ヒトFKBPタンパク質)について、上記(H)CACO法によりNMR測定した2次元相関スペクトルは、図4に示すとおりである。標的分子に結合することがわかっている1−アセチルブロリンメチルエステルを接触させた後に、同じ(H)CACO法によりNMR測定して得られた2次元相関スペクトルを図4に重ね合わせたものが図8である。重ね合わせることにより両スペクトルを比較すると、図8に示されるようにシグナルにおいて相違があることがわかる。このように、両スペクトルにおいて相違が見られた場合、標的分子に接触させたリガンドまたはリガンド候補化合物と標的分子との結合を検出することができる。
【0023】
(2)標的分子に結合するリガンド化合物のスクリーニング方法
本発明のもう1つの側面は、(a)13C標識化された標的分子中の標識されたカルボニル炭素原子と、該カルボニル炭素原子と同一または隣接するアミノ酸残基中の標識されたα炭素原子、β炭素原子等との2次元相関スペクトルを測定する工程、(b)該標的分子と、リガンド候補化合物の混合物とを接触させる工程、(c)工程(b)の標的分子中の標識されたカルボニル炭素原子と、該カルボニル炭素原子と同一または隣接するアミノ酸残基中の標識されたα炭素原子、β炭素原子等との2次元相関スペクトルを測定する工程、(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、(e)工程(d)で該2次元相関スペクトルに違いが見出された場合、該リガンド候補化合物の混合物中の化合物を個別に標的分子と接触させ、標的分子中の標識されたカルボニル炭素原子と、該カルボニル炭素原子と同一または隣接するアミノ酸残基中の標識されたα炭素原子、β炭素原子等との2次元相関スペクトルを測定する工程、(f)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(e)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンド化合物のスクリーニング方法である。
【0024】
「リガンド化合物」とは、標的分子に結合して標的分子の機能を制御する活性を有する化合物を意味する。リガンド化合物のスクリーニング方法における上記工程(a)〜(d)は、(1)に説明したものである。ここで「リガンド候補化合物の混合物」は、如何なる化合物の混合物であってもよいが、同一のNMR測定の条件で標的分子に結合し得るものの集まりであることが必要である。また、工程(e)で上記リガンド候補化合物群に含まれる個々の化合物について標的分子との結合を検出するので、個々に分離し得る集団であることも必要である。
【0025】
(e)工程(d)で該113C−13C相関スペクトルに相違が見られた場合、工程(b)のリガンド候補化合物の混合物中の個々の化合物を個別に標的分子と接触させ、標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程を行なう。標的分子との接触方法およびNMR測定方法は、上述のとおりである。
さらに、(f)工程(a)で得られた13C−13C相関スペクトルと工程(e)で得られた13C−13C相関スペクトルとを比較する工程を行なう。2つの13C−13C相関スペクトルの比較方法は上述のとおりである。この比較により13C−13C相関スペクトルに相違が見られた場合、標的分子と接触させたリガンド候補化合物はリガンド化合物として選択される。
【0026】
(3)標的分子に結合するリガンドの結合部位の同定方法
本発明のさらに別の側面は、(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンドまたはリガンド候補化合物とを接触させる工程、(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、(e)工程(d)で該2次元スペクトルに違いが見出された場合、違いが見られるシグナルに相当するアミノ酸を特定する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンドまたはリガンド化合物の結合部位の同定方法である。
【0027】
上記方法の工程(a)〜(d)は(1)で説明したとおりである。但し、標的分子は、上記NMR測定を行なった場合に得られる13C−13C相関スペクトルの各シグナルがどのアミノ酸に由来するものであるかが帰属されている必要がある。工程(d)で13C−13C相関スペクトルに違いが見出されたアミノ酸は、標的分子とリガンドまたはリガンド化合物との結合に関連していると決定することができる。各シグナルの帰属は、上記NMR測定を行なう前でも後でもよい。標的分子の各シグナルの帰属方法はそれ自体公知の通常用いられる方法で行うことができるが、以下に説明する方法で行えば効率良く帰属付けを行なうことができる。
【0028】
具体的には、例えば、以下のように、1H−15N相関スペクトルの各シグナルの帰属を決定した後に、これをもとに標的分子のアミノ酸の13Cと13Cの相関シグナルを決定することができる。具体的には、(i)蛋白質のアミドプロトンと15Nの相関シグナルについて下述の方法によりその帰属を決定し、(ii)標的分子のアミノ酸配列上で、同定しようとするアミノ酸のα炭素原子またはカルボニル炭素原子が13Cで標識されたものを調製し、(iii)該蛋白質について、同定しようとするアミノ酸中のアミドプロトンと、同じアミノ酸の13Cで標識された炭素原子との相関シグナルを取得して、(iv)上記(i)のアミドプロトンと15Nの相関シグナルと(iii)のアミドプロトンと13Cに共通するアミドプロトンの化学シフトが同じであることを指標として、アミドプロトンと13Cとの相関シグナルを該アミドプロトンと15Nの相関シグナルに対応付けて、アミドプロトンと13Cとの相関シグナルの帰属を決定する方法である。
【0029】
同定しようとするアミノ酸とは、1種類でもよく、複数種類でもよく、また、全部のアミノ酸でもよいが、後述するシグナルの対応付けでシグナルが重ならずに対応付けが可能な範囲であれば何れでもよい。まず、1H−15N相関スペクトルの各シグナルの帰属の決定方法を以下に詳細に説明する。
シグナルの帰属を行う標的分子は、その主要骨格であるアミノ酸配列が同定されていることが必要である。まず、シグナルの帰属を決定しようとするアミノ酸について、標的分子のアミノ酸配列上で該アミノ酸に隣接するどちらか一方のアミノ酸を特定し、該隣接アミノ酸についてはそのα炭素原子およびカルボニル炭素原子が13Cで、また主鎖の窒素原子が15Nで二重標識されていて(以下、これを「二重標識化アミノ酸」と称することがある)、それ以外のアミノ酸については、主鎖の窒素原子のみが15Nで標識されたアミノ酸からなるもの(以下、これを「13C/15N二重標識化標的分子」と称することがある)を調製する。標的分子がポリペプチドまたはタンパク質の場合には、該隣接アミノ酸についてはそのα炭素原子およびカルボニル炭素原子が13Cで、また主鎖の窒素原子が15Nで二重標識されていて、それ以外のアミノ酸については、主鎖の窒素原子のみが15Nで標識されたアミノ酸を基質として、標的分子を合成することで調製することができる。
【0030】
次に、上記の13C/15N二重標識化標的分子について、13C/15N二重標識化アミノ酸に隣接するアミノ酸残基のアミドプロトンと主鎖の窒素原子の2次元相関スペクトルのみ(以下、これを「1H−15N相関シグナル」と称することがある)が取得可能なNMR解析を行う。具体的には、HN(CO)法等が挙げられる。HN(CO)測定により得られたシグナルは、二重標識化アミノ酸のC末側に隣接するアミノ酸残基のものである。ここでは、二重標識化アミノ酸のC端側に隣接するアミノ酸の1H−15N相関シグナルのみを取得できるHN(CO)測定を行っているが、二重標識化アミノ酸のN端側に隣接するアミノ酸の1H−15N相関シグナルのみを取得できる測定法が有れば、その測定法を用いても良い。
【0031】
これらのシグナルの中から、目的アミノ酸のシグナルを選択する方法としては、目的アミノ酸の主鎖の窒素原子のみが15Nで標識されたアミノ酸を基質として目的タンパク質を合成し、該タンパク質についてNMR測定により1H−15N相関シグナルを取得して、HN(CO)測定と比較することにより行うことができる。
上記の同定しようとするアミノ酸の1H−15N相関シグナルは、以下の方法で取得してもよい。まず、同定しようとするアミノ酸は13C/15N二重標識化アミノ酸、その他は15N標識化アミノ酸を基質として目的タンパク質を合成し、該タンパク質について二重標識化アミノ酸の1H−15N相関シグナルと、それに隣接するアミノ酸残基の1H−15N相関シグナルの両方が検出されるNMR測定、具体的にはHN(CA)法等で測定する。また、同じタンパク質についてHN(CO)法で測定してシグナルを取得し、HN(CA)法で得られたシグナルと比較する。ここで、重なっていないシグナルが目的アミノ酸を含む同じアミノ酸のシグナルである。また、二重標識化アミノ酸を2種類以上用いて合成した目的タンパク質を用いても、上記方法と同様の方法を用いて、アミノ酸番号の帰属が可能である。この場合には、帰属の手順が若干複雑にはなるが、試料の数を20種類より減らすことが可能である。
【0032】
ここで、同定しようとするアミノ酸と隣接するアミノ酸の組み合わせがその目的タンパク質配列中に1つしか存在しないようなアミノ残残基についてのみ帰属を行えば良い場合には、同定しようとするアミノ酸に隣接するアミノ酸の標識は、必ずしも13C/15Nの二重の標識が必要ではない。すなわち、そのカルボニル炭素原子が13C標識されていればよい。この場合には、目的タンパク質として、さらに同定しようとするアミノ酸を含む複数のアミノ酸の主鎖の窒素原子が15Nで標識されているものを合成する。合成されたタンパク質をHN(CO)法等で測定してシグナルを取得し、これらのシグナルの組み合わせと、同定しようとするアミノ酸の主鎖の窒素原子だけを15Nで標識化したタンパク質の1H−15N HSQCスペクトルと比較することによって、上記と同様にシグナルを帰属することができる。この方法を用いることによれば、カルボニル炭素原子が13C標識されていて、同定しようとするアミノ酸の主鎖の窒素原子が15Nで標識されているものを合成し、このHN(CO)法等により測定して得られたシグナルを取得していく従来の方法に比べて、標識タンパク質の種類が少なくてすむという効果がある。上記の方法は、これを繰り返すことによって、標的分子中の全てのアミノ酸に対してNMRで得られるシグナルの帰属を行うことができるが、同定しようとするアミノ酸と隣接するアミノ酸の組み合わせがその目的タンパク質配列中に1つしか存在しない場合にのみ用いることができる方法である。
【0033】
標的分子中に同定しようとするアミノ酸と隣接するアミノ酸の組み合わせが2つ以上存在する場合、以下に示す方法により帰属を行うことができる。まず、(i)標的分子のアミノ酸配列上で同定しようとするアミノ酸に隣接するどちらか一方のアミノ酸について、その特定の原子とアミドプロトンとの相関シグナルを上記の方法で帰属を決定する。次に、(ii)帰属が決定されたアミノ酸残基中の特定の原子とアミドプロトンとの相関シグナルと、(iii)同定しようとするアミノ酸中の(i)と同じ特定の原子とアミドプロトンとの相関シグナルを、(iv)それらの間に存在する原子とアミドプロトンとの相関シグナルを取得して、共通する原子の化学シフトが同じであることをもとに対応付けていくことにより、帰属が決定されたアミノ酸に隣接するアミノ酸の相関シグナルであることを同定して帰属を決定することができる。
【0034】
具体的には、まず、(a)標的分子のアミノ酸配列上で、同定しようとするアミノ酸に隣接するどちらか一方のアミノ酸について、上記の方法でその帰属を決定する。次に(b)同定しようとするアミノ酸に隣接するアミノ酸のα炭素原子およびカルボニル炭素原子が13Cで、また主鎖の窒素原子が15Nで二重標識され、さらに少なくとも同定しようとするアミノ酸の主鎖の窒素原子が15Nで標識された標的分子を調製する。(c)得られた二重標識化標的分子について、二重標識されたアミノ酸残基の13Cとアミドプロトンとの2次元相関スペクトルと、二重標識されたアミノ酸残基の13Cと隣接する同定しようとするアミノ酸残基のアミドプロトンとの2次元相関スペクトルが取得可能なNMR測定、例えば、H(N)CA法等で測定し、シグナルを取得する。さらに、(d)同定しようとするアミノ酸残基と、上記で二重標識したアミノ酸残基のアミドプロトンと主鎖の窒素原子の相関シグナルをH(NCO)CA法等で取得する。
【0035】
次に、(e)(d)で取得したシグナル中の帰属が決定されているアミノ酸のアミドプロトンの化学シフトと同一の化学シフトを有するシグナルを(c)で得られたシグナルの中から選択する。さらに、(f)選択されたシグナルの13Cの化学シフトと同一の化学シフトを有するシグナルを(c)で得られたシグナルの中から選択し、(g)選択されたシグナルのアミドプロトンの化学シフトと同一の化学シフトを有するシグナルを(d)で得られたシグナルの中から選択する。ここで、選択されたシグナルが、もとのシグナルに帰属されるアミノ酸と隣接するアミノ酸のシグナルであると決定される。
【0036】
上記のシグナルの帰属法における標識方法についてであるが、上記標識法ではアミノ酸C(任意のアミノ酸)だけを13C/15N二重標識化しその他のアミノ酸は15N標識化した目的タンパク質を調製したが、実際に測定シグナルを与えるのはアミノ酸C及びその一つ後ろにあるアミノ酸残基だけであるから、目的タンパク質のアミノ酸配列から、アミノ酸残基Cの後ろにあるアミノ酸の種類のみを15N標識化してもHN(CO)、HN(CA)、HN(CO)CAに関して、残りのアミノ酸全てを15N標識化したものと全く同じスペクトルが得られる。また、13C/15N二重標識化するアミノ酸の種類は一タンパク質試料に一種類である必要はなく、適宜数種類のアミノ酸を13C/15N二重標識化し、他のアミノ酸を15N標識化しても、シグナルの帰属は可能である。この場合は、必要な標識タンパク質が20種類より減らすことができるが、解析が若干複雑になるので、必要に応じて標識の仕方を変更すれば良い。H(N)CO、H(NCO)CAの測定だけではなく、H(NCA)CO、H(N)CA等の測定を行っても、全く同様の方法により、シグナルの帰属が可能である。
【0037】
上記の方法を用いることにより、タンパク質中の全ての残基のアミドプロトン、主鎖の窒素原子、主鎖のα炭素原子、主鎖のカルボニル炭素原子が帰属されるので、それを用いて13C−13C相関シグナルの帰属が容易に行える。
【0038】
(4)標的分子とリガンドまたはリガンド化合物との解離定数の測定方法
本発明のさらに他の側面は、(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、(b)該標的分子と、各種濃度のリガンドあるいはリガンド化合物を接触させる工程、(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られる2次元相関スペクトルと、工程(c)で得られる2次元相関スペクトルを比較する工程、(e)該2次元相関スペクトルに違いが見られた場合、該スペクトルの違いをリガンドまたはリガンド化合物濃度の関数として定量する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドまたはリガンド化合物との解離定数の測定方法である。
【0039】
工程(a)〜(d)までは上記(1)に記載のとおりであるが、工程(b)において、異なる濃度のリガンド、またはリガンド化合物と標的分子を接触させたものについて同じNMR測定を行なう。リガンドまたはリガンド化合物濃度は適当に異なる濃度のものを接触させるが、最も高くは、飽和する濃度で接触させたものを調製してNMR測定を行なうことが好ましい。飽和濃度では飽和の極限化学シフト値(δsat)を測定する。飽和濃度のリガンドまたはリガンド化合物を接触させた標的分子について上記NMR測定を行なった場合、標的分子と該リガンドあるいはリガンド化合物との解離定数は下記数式1で算出される。
【0040】
【数1】

【0041】
上記式中、[P]は標的分子の総モル濃度であり、[L]はリガンドあるいはリガンド化合物の総モル濃度であり、xは下記数式2で算出される。
【0042】
【数2】

【0043】
式中、δfreeは遊離種の化学シフトであり、δobsは観察された化学シフト値であり、Δは飽和の場合の極限化学シフト値とリガンドまたはリガンド化合物を含まない標的分子の化学シフト値との差である。
このように測定した解離定数を測定データに対するベストフィットが標準の曲線あてはめ統計法を用いて得られるまでその値を変化させて測定する。δsatが既知でない場合には、KD及びδsatを変化させて同じ曲線当てはめ法にかける。さらに、このような解離定数の測定により、より好ましいリガンドの誘導体あるいはリガンド化合物を選択することもできる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
実施例1 ヒトFKBPタンパク質とリガンドとの結合の検出
(1)均一に13C/15N二重標識化されたヒトFKBP蛋白質の調製
ヒトFKBPタンパク質(アミノ酸配列は、配列表の配列番号3に示される)の遺伝子(Genbank accession No.M54881)は、HumanUniversal Quick Clone cDNA (Clontech社製)、を鋳型として、配列番号1および2に記載の塩基配列からなるプライマーを用いてPCR法を用いて増幅し、GlutathioneS-transferase(GE Healthcare社製)との融合タンパク質となるように連結後(連結配列にPreScission Protease(GE Healthcare)切断部位を含む)、プラスミドpET24b(Novagen社製)のNdeIとSal Iの部位に導入した。このプラスミドを含む大腸菌BL21(DE3)を13Cグルコース、15N塩化アンモニウムを含む最小培地でOD600=1になるまで37℃で培養し、イソプロピルチオガラクトピラノシド(IPTG)を400 iMになるように加えて蛋白質の発現を誘導した。培養温度を28℃に下げ、さらに5時間培養後集菌した。
【0045】
集菌した菌体を、緩衝液(50mM Tris-HCl pH8.0、1mM EDTA、1mM dithiothreitol)400 mlに懸濁し、リゾチーム0.1gを加えて4℃、30分間静置し、その後超音波破砕により溶菌した。遠心後の上清をあらかじめ緩衝液(50mMTris-HCl pH8.0、1mM EDTA、1mMdithiothreitol)で平衡化されたQ Sepharose(GE Healthcare社製)に結合させ、NaClの0〜0.4Mのグラディエントにより、GST-FKBPを溶出させた。目的の画分をさらにGlutathioneSepharose 4B(GE Healthcare社製)に結合させ、 PreScission Protease(GE Healthcare社製)で融合タンパク質を切断後、溶出させた。
さらに溶出されたFKBP画分を、あらかじめ緩衝液(50mMTris-HCl pH8.0、1mM EDTA、1mMdithiothreitol、0.1M NaCl)で平衡化されたHi Load Superdex(GE Healthcare社製)によるゲル濾過で精製することにより精製ヒトFKBPタンパク質溶液を得た。このヒトFKBP蛋白質は、PreScission Proteaseによる切断の残りのアミノ酸が2残基(GP)とメチオニンの3残基がN端に結合した状態のものである。このタンパク質溶液をミリポア社製のCentricon-3限外濾過濃縮装置で濃縮後,NMR測定用緩衝液(25mMリン酸カリウム pH 6.5、 50mM NaCl、5mM DTT)に置換後、最終的に1mMまで濃縮してNMR測定試料とした。
【0046】
(2)NMR測定
NMR測定には、Bruker社製Avance−500スペクトロメーターを用い、測定試料には磁場の安定性を保つためのNMRロック用に5%D2Oを添加し、測定を行った。測定温度は30℃とした。
測定で得られた各残基の化学シフトの帰属は、文献(Rosenet al., Biochemistry, 30, 4774-4789; Xu et al., Biopolymers, 33, 535-550 (1993))の値を参考とし、通常用いられる3次元NMR法を用いて行った。
薬剤を作用させる前のFKBPタンパク質の2次元相関スペクトルとして、13C/15N二重標識したヒトFKBPタンパク質の1H−15N HSQCスペクトル(図3)、(H)CACO-IPAPスペクトル(Serber, Z., et al., J. Am. Chem. Soc. 122,3554-3555 (2000)に記載のHCACO3次元測定法において、Hの展開時間を省略した2次元測定)(図4)を測定した。
【0047】
(3)FKBPタンパク質と1−アセチルブロリンメチルエステルとの複合体の形成およびNMR測定
次に、FKBPタンパク質に結合することがわかっている1−アセチルプロリンメチルエステル(ACPM)を10 mMになるようにFKBPタンパク質に混合し、1H−15N HSQCスペクトルを測定した。ACPM存在下と非存在下における1H−15N HSQCスペクトルを重ね合わせたものを図5に示した。この2つのスペクトルを比較し、移動が見られるシグナルに対応する残基は、図6の立体構造上で示すように、ある特定の領域に集中しており、この領域がACPMの結合部位であることが同定された。
次に、ACPM存在下で、(H)CACO-IPAP2次元相関スペクトルを測定し、非存在下におけるスペクトルと重ね合わせたものを図7に示した。図7においてシグナルの移動が見られた残基は1H−15N HSQCスペクトルにおいてシグナルの移動が見られた残基とほぼ一致していた。
【0048】
(4)FKBPタンパク質と1−ホルミルピペリジンとの複合体の形成およびNMR測定
同様にして、FKBPタンパク質に結合することがわかっている1−ホルミルピペリジン(FOPI)を10 mMになるようにFKBPタンパク質に混合し、1H−15N HSQCスペクトルを測定した。FOPI存在下と非存在下における1H−15N HSQCスペクトルを重ね合わせたものを図8に示した。この2つのスペクトルを比較し、移動が見られるシグナルに対応する残基は、図9の立体構造上で示すように、ある特定の領域に集中しており、この領域がFOPIの結合部位であることが同定された。
【0049】
次に、FOPI存在下で、(H)CACO-IPAP2次元相関スペクトルを測定し、非存在下におけるスペクトルと重ね合わせたものを図10に示した。図10においてシグナルの移動が見られた残基は1H−15N HSQCスペクトルにおいてシグナルの移動が見られた残基とほぼ一致していた。
【0050】
(5)FKBPタンパク質と1−ピペリジンカロボキサミドとの複合体の形成およびNMR測定
さらに、FKBPタンパク質に結合することがわかっている1−ピペリジンカロボキサミド(PICA)を10 mMになるようにFKBPタンパク質に混合し、1H−15N HSQCスペクトルを測定した。PICA存在下と非存在下における1H−15N HSQCスペクトルを重ね合わせたものを図11に示した。この2つのスペクトルを比較し、移動が見られるシグナルに対応する残基は、図12の立体構造上で示すように、ある特定の領域に集中しており、この領域がPICAの結合部位であることが同定された。
【0051】
次に、PICA存在下で、(H)CACO-IPAP2次元相関スペクトルを測定し、非存在下におけるスペクトルと重ね合わせたものを図13に示した。図13においてシグナルの移動が見られた残基は1H−15N HSQCスペクトルにおいてシグナルの移動が見られた残基とほぼ一致していた。
以上のことより、(H)CACO2次元測定法を用いることにより、標的分子に基質や化合物が結合したかどうかを同定すること、および結合する場合に、標的分子のどの部位に結合するのかを同定することが可能であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】標識された炭素原子1と、該炭素原子と同一または隣接するアミノ酸中の炭素原子2との2次元相関スペクトルを取得するためのNMR測定方法を示した図である。
【図2】ヒトFKBPタンパク質のアミノ酸配列を示す図である。PreScission Proteaseの切断による切れ残りのN端3残基の番号をー2(Gly)、-1(Pro)、0(Met)としている(以下の図でも同様)。
【図3】ヒトFKBPタンパク質の1H−15N HSQCスペクトルを示す図である。
【図4】ヒトFKBPタンパク質の(H)CACO-IPAP法により得られた2次元相関スペクトルを示す図である(プロリン由来のシグナルの番号を○で囲んである)。
【図5】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−アセチルプロリンメチルエステル(ACPM)を作用させた後の1H−15N HSQCスペクトルを示す図である。シグナルが移動した残基のみアミノ酸番号を記している。
【図6】1−アセチルプロリンメチルエステル(ACPM)の構造式、および、ヒトFKBPタンパク質に1−アセチルプロリンメチルエステル(ACPM)を作用させた後に、シグナルの位置が変化した残基を示す(灰色に着色した部分)立体構造図である。
【図7】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−アセチルプロリンメチルエステル(ACPM)を作用させた後の(H)CACO-IPAP法により得られた2次元相関スペクトルを示す図である。
【図8】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−ホルミルピペリジン(FOPI)を作用させた後の1H−15N HSQCスペクトルを示す図である。シグナルが移動した残基のみアミノ酸番号を記している。
【図9】1−ホルミルピペリジン(FOPI)の構造式、および、ヒトFKBPタンパク質に1−ホルミルピペリジン(FOPI)を作用させた後に、シグナルの位置が変化した残基を示す(灰色に着色した部分)立体構造図である。
【図10】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−ホルミルピペリジン(FOPI)を作用させた後の(H)CACO-IPAP法により得られた2次元相関スペクトルを示す図である。
【図11】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−ピペリジンカロボキサミド(PICA)を作用させた後の1H−15N HSQCスペクトルを示す図である。シグナルが移動した残基のみアミノ酸番号を記している。
【図12】1−ピペリジンカロボキサミド(PICA)の構造式、および、ヒトFKBPタンパク質に1−ピペリジンカロボキサミド(PICA)を作用させた後に、シグナルの位置が変化した残基を示す(灰色に着色した部分)立体構造図である。
【図13】ヒトFKBPタンパク質単独及び、ヒトFKBPタンパク質に1−ピペリジンカロボキサミド(PICA)を作用させた後の(H)CACO-IPAP法により得られた2次元相関スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンド、リガンド化合物、あるいはリガンド候補化合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドあるいはリガンド化合物との結合の検出方法。
【請求項2】
(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、リガンド候補化合物の混合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、
(e)工程(d)で該2次元相関スペクトルに違いが見出された場合、該リガンド候補化合物の混合物中の化合物を個別に標的分子と接触させ、標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(f)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(e)で得られた2次元スペクトルとを比較する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンド化合物のスクリーニング方法。
【請求項3】
(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、少なくとも1つのリガンドまたはリガンド候補化合物とを接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られた2次元相関スペクトルと工程(c)で得られた2次元相関スペクトルとを比較する工程、
(e)工程(d)で該2次元スペクトルに違いが見出された場合、違いが見られるシグナルに相当するアミノ酸を特定する工程からなることを特徴とする標的分子に結合するリガンドまたはリガンド化合物の結合部位の同定方法。
【請求項4】
(a)13C標識化された標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(b)該標的分子と、各種濃度のリガンドまたはリガンド化合物を接触させる工程、
(c)工程(b)の標的分子中の標識された炭素原子1と標識された炭素原子2との2次元相関スペクトルを測定する工程、
(d)工程(a)で得られる2次元相関スペクトルと、工程(c)で得られる2次元相関スペクトルを比較する工程、
(e)該2次元相関スペクトルに違いが見られた場合、該スペクトルの違いをリガンドまたはリガンド化合物濃度の関数として定量する工程からなることを特徴とする標的分子とリガンドまたはリガンド化合物との解離定数の測定方法。
【請求項5】
標的分子がポリペプチドである請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
炭素原子1と2の組み合わせが、標識された主鎖のα炭素原子と標識されたカルボニル炭素原子である請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
炭素原子1と2の組み合わせが、標識されたα炭素原子またはβ炭素原子と標識されたカルボニル炭素原子の2次元相関スペクトルである請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図13】
image rotate

【図6】
image rotate

【図9】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2008−51519(P2008−51519A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−225129(P2006−225129)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】