説明

標的DNAを検出する方法

【課題】簡便、迅速、安価に、標的DNAを検出する方法を提供する。
【解決手段】キメラプローブ30を標的DNA10にハイブリダイズさせ、ハイブリッド鎖を形成させる工程と、前記ハイブリッド鎖をリボヌクレアーゼによって切断し、前記キメラプローブの断片を遊離させる工程とを含む第一の反応と、前記断片を一本鎖環状DNAにハイブリダイズさせる工程と、前記断片を鎖置換型DNAポリメラーゼによって伸張させる工程と、前記伸長した断片を検出する工程とを含む第二の反応とを具備する、標的DNA検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的DNAを検出する方法、該方法を使用するためのキメラプローブ、該方法を使用するための反応試薬キット、および該方法を使用するための検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノムサイエンスの進展により、特定の疾患と遺伝子の多型との関係が急速に明らかになっている。現在、既に一部の疾患において、遺伝子の多型分析が、疾患の診断、予防または治療において極めて有用な手段になりうることが実証されている。
【0003】
ヒトの場合、各個体間のゲノムDNAの同一性は99%を超え、ごく僅かな塩基配列の相違が存在するにすぎない。ヒトの多型遺伝子のうち、特に単ヌクレオチド多型(SNP;Single Nucleotide Polymorphism)の分析が注目を集めている。
【0004】
多型遺伝子の型を特定するためには、生体試料から採取された微量の核酸を増幅しなければならない。現在、微量の核酸を増幅して検出する方法として、例えば、栄研化学のLAMP法(Loop-Mediated Isothermal Amplification)(特許文献1)、同じく栄研化学のAPエンドヌクレアーゼを用いた核酸検出方法(特許文献2)、キメラプローブと核酸分解酵素を用いた核酸検出方法(特許文献3)がある。
【0005】
LAMP法は、標的遺伝子の6つの領域に対して4種類のプライマーを設定し、鎖置換反応を利用して等温下で標的遺伝子を増幅させることに特徴がある。しかし、LAMP法は、3'末端側から3つの領域を、5'末端側から3つの領域をそれぞれ規定し、この6つの領域を用いて4種類の最適なプライマーを設計しなければならず、プライマーの設計が非常に複雑になるという問題がある。
【0006】
APエンドヌクレアーゼを用いた核酸検出方法は、アプリン酸またはアピリミジン酸部位(AP部位)の5'側および3'側にDNAを結合したDNA-AP-DNA構造をもつプローブを標的核酸にハイブリダイズさせ、AP部位をAPエンドヌクレアーゼによって切断することを特徴とする。しかし、APエンドヌクレアーゼを用いた核酸検出方法は、増幅過程が一段階しかなく、増幅速度が遅い。結果として、標的核酸を検出するための十分なシグナル量を得るまでに長時間を要するという問題がある。
【0007】
キメラプローブと核酸分解酵素を用いた核酸検出方法は、ハイブリダイズさせたキメラプローブのうち、DNA部位を核酸分解酵素で消化し、非消化部位を遊離させることに特徴がある。しかし、キメラプローブと核酸分解酵素を用いた核酸検出方法は、増幅過程が一段階しかなく、増幅速度が遅い。結果として、標的核酸を検出するための十分なシグナル量を得るまでに長時間を要するという問題がある。
【0008】
このように、既存の核酸検出方法は、複雑なプライマーの設定を必要とし、あるいは検出に長時間を要するという問題、すなわち、検出方法の「簡便さ」と「速さ」に問題がある。
【特許文献1】特開2002−330796号公報
【特許文献2】特開平08−238100号公報
【特許文献3】特開2002−223761号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
医療現場では、「簡便さ」と「速さ」を備えた検出方法に対する強い要求がある。「簡便さ」と「速さ」を備えた検出方法は、種々の検査、例えば、医療機関における検査、特に、術中診断等に威力を発揮する。さらに、該方法は、医療現場を離れて、法医学的検査、食品検査等においても威力を発揮する。また、「安価な」検出方法に対する強い要求もある。「安価な」検出方法は、個人が自分の健康状態を把握する初期診断や、疾病予防に向けた取り組みを行うことを可能にする。
【0010】
従って、本発明の目的は、簡便かつ迅速に標的DNAを検出する方法を提供することにある。また、本発明の目的は、安価に標的DNAを検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究の結果、新たな標的DNAを検出する方法を提供することに成功した。
【0012】
本発明は、キメラプローブを標的DNAにハイブリダイズさせ、ハイブリッド鎖を形成させる工程と、前記ハイブリッド鎖をリボヌクレアーゼによって切断し、前記キメラプローブの断片を遊離させる工程とを含む第一の反応と、前記断片を一本鎖環状DNAにハイブリダイズさせる工程と、前記断片を鎖置換型DNAポリメラーゼによって伸張させる工程と、前記伸長した断片を検出する工程とを含む第二の反応とを具備する標的DNAを検出する方法である。
【発明の効果】
【0013】
上記構成によって、簡便かつ迅速に標的DNAを検出する方法を提供することができる。「簡便さ」と「速さ」を備えた本発明の方法は、種々の検査、例えば、医療機関における検査、特に、術中診断等に威力を発揮する。さらに、本発明の方法は、医療現場を離れて、法医学的検査、食品検査等においても威力を発揮する。また、本発明の方法は、安価に行うことができ、個人が自分の健康状態を把握する初期診断や、疾病予防に向けた取り組みを行うことを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施態様について図面を参照して詳細に説明する。以下の実施態様は、本発明の例証に過ぎない。本発明は、請求項の構成を満たす全ての実施態様を含み、かつ本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の修飾および改変が可能である。
【0015】
1.前反応
以下の反応は、等温条件下において進行する。
【0016】
先ず、検体の二本鎖DNAを変性させ、一本鎖の標的DNA 10を得る(図4)。前反応の温度は、第一および第二の反応と同様、50〜80℃程度に設定する。50〜80℃程度の温度設定下では、二本のDNA鎖の一部が分離して一本鎖の標的DNA 10となる。本発明の方法では、二本のDNA鎖が完全に分離する必要はなく、検出対象の変異部位20を含む領域の周辺部が一本鎖の標的DNA 10となればよい。前反応の温度条件を70℃以下に抑えた理由は、第二の反応において使用する鎖置換型DNAポリメラーゼ180の耐熱性が弱く、90℃以上の温度では失活してしまうことによる。
【0017】
前反応は、以後の第一および第二の反応と同一容器内で行うことができる。二本鎖DNAのうち、いずれか一方を標的DNA 10に設定し、該標的DNA 10を検出できるようにキメラプローブの塩基配列をあらかじめ設計しておく。
【0018】
標的DNA 10が標的RNAから作製されてもよい。標的RNAから標的DNAを作製する方法を図5に示す。先ず、標的RNA 160にプライマー170を結合させ(図5A)、逆転写酵素によって標的RNA 160からDNA-RNAハイブリッド鎖を形成する(図5B)。次に、RNAリボヌクレアーゼによってDNA-RNAハイブリッド鎖のうち、RNA鎖のみを分解し、標的DNA 10を得る(図5C)。RNAリボヌクレアーゼには、RNase Hを使用する。RNase Hは、DNA-RNAハイブリッド部位を認識し、RNAを分解する酵素である。なお、RNase H活性を有する逆転写酵素を使用してもよい。RNase H活性を有する逆転写酵素は、標的RNA 160を鋳型として標的DNA 10を合成すると同時に、RNase H活性によって鋳型となった標的RNA 160を分解する。従って、追加のRNase Hを用意する必要がないため、より単純な反応系を提供することができる。標的RNAから標的DNAを作製する場合として、例えば、RNA型ウイルス性疾患の判定および治療などが挙げられる。また、検体試料中にRNAが大量に発現している場合、該RNAから変異を検出することができる。
【0019】
2.第一の反応
以下の反応は、等温条件下において進行する。
【0020】
(1)キメラプローブを標的DNAにハイブリダイズさせ、ハイブリッド鎖を形成させる工程
前反応において得られた一本鎖の標的DNA 10にキメラプローブ30をハイブリダイズさせ、標的DNA 10とキメラプローブ30とのハイブリッド鎖を形成させる(図1A)。キメラプローブ30は、5'末端側から順に、第一の領域40、第二の領域50、第三の領域60、第四の領域70、および第五の領域80から構成される(図1A)。第一、第二、第四、第五の領域はDNAで構成され、第三の領域はRNAで構成される。
【0021】
図2は、キメラプローブ30を構成する前記各領域と、標的DNA 10および後述する第二の反応における一本鎖環状DNA 110との関係を表わしている。
【0022】
第一の領域40は、DNAで構成され、かつ標的DNA 10と相補的な配列を有さないが、一本鎖環状DNA 110と相補的な配列を有する領域である。第一の領域40は、標的DNA 10にはハイブリダイズしないが、一本鎖環状DNA 110にはハイブリダイズすることができる。
【0023】
第二の領域50は、DNAで構成され、かつ標的DNA 10および一本鎖環状DNA 110と相補的な配列を有する領域である。第二の領域50は、標的DNA 10および一本鎖環状DNA 110の双方にハイブリダイズすることができる。
【0024】
例えば、SNPを検出する場合、検査試料はヒトの核酸となるが、一本鎖環状DNA 110はウイルス起源であり、両者の生物種は大きく相違する。両者の生物種が大きく相違するために、共通配列の存在は純粋に確率論に依存することになる場合が多い。一本鎖環状DNA 110は、一般に103〜104塩基で構成されている。例えば、7塩基で構成されたヌクレオチドの種類は16384(=47)通り存在するので、104塩基以下の一本鎖環状DNA 110で同一配列を同定することは確率論的に困難である。従って、第二の領域50は、好ましくは4〜6塩基、より好ましくは4または5塩基で構成される。なお、共通配列が見つかれば7塩基以上でも何ら問題はなく、この場合はより安定した反応が実現できる。
【0025】
第三の領域60は、RNAで構成され、かつ標的DNA 10の変異部位20の塩基配列と相補的な塩基配列を有する領域である。第三の領域60は、標的DNAの変異部位20とハイブリダイズし、DNA-RNAハイブリッド鎖を形成することができる。第三の領域60は、好ましくは、1または2塩基で構成される。すなわち、第二の領域50が4〜6塩基で構成され、かつ前記第三の領域60が1または2塩基で構成されるキメラプローブが好ましい。
【0026】
第四の領域70は、DNAで構成され、かつ標的DNA 10と相補的な配列を有するが、一本鎖環状DNA 110とは相補的な配列を有さない領域である。第四の領域70は、標的DNA 10にはハイブリダイズすることができるが、一本鎖環状DNA 110にはハイブリダイズしない。
【0027】
第五の領域80は、DNAで構成され、かつ標的DNA 10および一本鎖環状DNA 110の両方に相補的な配列を有さない領域、すなわち、どの配列とも相補的な配列を有さない領域である。第五の領域80は、標的DNA 10および一本鎖環状DNA 110の両方にハイブリダイズしない。第五の領域80を非相補的な配列にすることによって、標的DNA 10の5'側方向への伸長反応を阻害することができる。
【0028】
本発明は、キメラプローブによる第一反応を、ローリングサークル反応による第二反応につなげることに特徴がある。キメラプローブによる第一反応を、ローリングサークル反応による第二反応につなげるためには、キメラプローブの構造に工夫をこらす必要がある。
【0029】
先ず、標的DNAの変異部分に隣接する4〜6塩基と同じ配列を、一本鎖環状DNA 110のシークエンスデータから見つけ出し、この4〜6塩基に相補的な配列を第二の領域50として設定する。4〜6塩基としたのは、上述した通りであるが、共通配列が見つかれば7塩基以上でもよい。
【0030】
次に、変異部分に相補的な配列を第三の領域60として設定する。第三の領域60は変異特異的な切断を誘導するために、1または2塩基が好ましい。
【0031】
次に、第一および第四の領域40、70を設定する。第一および第二の反応を等温下で進行させるために、第二から第四までの領域のTm値が反応系の温度よりも高く、かつ第二の領域のTm値と第四の領域のTm値が反応系の温度よりも低く、かつ前記第一から第二までの領域のTm値が反応系の温度よりも高くなるように、第一および第四の領域を設定する。第二から第四までの領域のTm値と、第一から第二までの領域のTm値とを反応系の温度よりも高く設定することによって、第一の反応で切断されたキメラプローブの断片90が等温条件下で自然に一本鎖環状DNA 110にハイブリダイズすることができる。そして、最後に標的DNA 10の5'側方向への伸長反応を阻害するための第五の領域80を設定する。
【0032】
第二の領域50を、本来無関係である標的DNA 10および一本鎖環状DNA 110の両方に相補的な配列とすること、ならびに、等温反応させるために、キメラプローブを各領域に分け、第二から第四までの領域のTm値と、第一から第二までの領域のTm値とが反応系の温度よりも高くなるように各領域を設計することは、本発明の大きな特徴である。そして、従来の検査方法にはこのようなプローブ設計の工夫が無いため、本発明のように二段階反応を行うことはできない。
【0033】
(2)前記ハイブリッド鎖をリボヌクレアーゼによって切断し、前記キメラプローブの断片を遊離させる工程
標的DNA 10とキメラプローブ30とのハイブリッド鎖を形成した後(図1A)、DNA-RNAハイブリッド鎖を形成する第三の領域60にリボヌクレアーゼが作用し、DNA-RNAハイブリッド鎖が切断される(図1B)。DNA-RNAハイブリッド鎖が切断されると、キメラプローブ30が第一の断片90および第二の断片100に分離し、第一の断片90および第二の断片100は、Tm値の低下によって標的DNA 10から自然に遊離する(図1C)。
【0034】
本発明で使用されるリボヌクレアーゼは、リボヌクレアーゼH(RNase H)である。RNase Hは、DNA-RNAハイブリッド部位を認識し、RNAを分解する酵素である。RNase Hには、細胞性RNase Hおよびウイルス性RNase Hが存在する。細胞性RNase Hには、例えば大腸菌RNase HIがあり、ウイルス性RNase Hには、例えばヒト免疫不全ウイルスの逆転写酵素がある。商業的に利用可能なRNase Hには、例えば、Tli RNaseH II(耐熱性RNAヌクレアーゼII)がある(タカラバイオ株式会社)。
【0035】
RNase Hは、標的DNA 10と第三の領域60との間で形成されるDNA-RNAハイブリッド鎖のRNA部分を分解し、キメラプローブ30を第一の断片90および第二の断片100に切断する。第一の断片90および第二の断片100は、Tm値の低下によって標的DNA 10から自然に遊離する(図1C)。第二の断片100の3’末端側には、どの配列とも相補的な配列を有さない第五の領域80を設け、第二の断片100の3’末端側から伸長反応が起こらないようにする。さらに、第二の断片100の3'末端側に伸長反応が起こらないような修飾を予め入れてもよい。
【0036】
第一の断片90および第二の断片100が自然に遊離するためには、第二の領域50と標的DNA 10とのDNA-DNA二本鎖(以下、第一のDNA-DNA二本鎖という)の長さと、第四の領域70と標的DNA 10とのDNA-DNA二本鎖(以下、第二のDNA-DNA二本鎖という)の長さを、少なくとも以下の二つの要件を満たす長さに設定する必要がある。
【0037】
(i)標的DNA 10とキメラプローブ30とのハイブリッド鎖を維持することができる長さ
DNA-RNAハイブリッド鎖は、標的DNA 10の変異部位20の塩基配列とキメラプローブ30の第三の領域60との間に形成される。第三の領域60は標的DNA 10の変異部位20に相補的な配列を有し、かつリボヌクレアーゼによって切断可能な配列領域を有する。例えば、標的DNA 10の一塩基多型(SNP)を検出する場合、第三の領域60は少なくとも1塩基以上に設定される。第三の領域60が1塩基である場合、DNA-RNAハイブリッド鎖の長さは1塩基対になるが、標的DNAの検出反応系において1塩基対のハイブリッド鎖を形成および維持することは非常に困難である。従って、第一および第二のDNA-DNA二本鎖において結合を補う必要がある。すなわち、第二から第四までの領域のTm値が反応系の温度T0よりも高くなるように、第二の領域50、第三の領域60および第四の領域70をそれぞれ設定する。
【0038】
(ii)第一および第二の断片90、100を遊離することができる長さ
標的DNA 10にハイブリダイズしたキメラプローブ30は、リボヌクレアーゼによって、第一の断片90と第二の断片100に切断される(図1B)。第一の断片90のハイブリダイズ領域は、第一のDNA-DNA二本鎖のみで構成される。第二の断片100のハイブリダイズ領域は、第二のDNA-DNA二本鎖のみで構成される。従って、第一の断片90および第二の断片100は、切断前のキメラプローブ30と比較して標的DNA 10に対するハイブリダイズ領域が短くなるので、Tm値が必然的に低下する。
【0039】
ここで、第一の反応を等温条件下で進行させるためには、第一および第二の断片90、100の結合を担う第一および第二のDNA-DNA二本鎖のTm値が、反応系の温度T0よりも低くなるように設定しなければならない。すなわち、キメラプローブ20のTm値をTm1、第一および第二の断片90、100のTm値をそれぞれTm2、Tm3、反応系の温度をT0とすると、以下の不等式(1)の関係が成立する。
【数1】

【0040】
(Tm1:キメラプローブ30のTm値、Tm2:第一の断片90のTm値、Tm3:第二の断片100のTm値、T0:反応系の温度)
すなわち、第二から第四までの領域のTm値(Tm1)が反応系の温度T0よりも高く、かつ第二の領域のTm値(Tm2)と第四の領域のTm値(Tm3)が反応系の温度T0よりも低い。上記関係が成立する場合、図1Bにおける切断後のキメラプローブの断片90、100は、標的DNA 10から自然に遊離し、反応系中に分散する(図1C)。
【0041】
反応系の温度T0は、50〜80℃、好ましくは55〜75℃、最も好ましくは60〜70℃である。なお、第一のDNA-DNA二本鎖の長さと第二のDNA-DNA二本鎖の長さは、例えばGC配列量に差異を設けて、異なる長さに設定することもできる。但し、いずれの断片90、100も反応系の温度T0において自然に遊離する必要がある。
【0042】
また、本発明の反応の律速段階は、第一の反応にある。第一の反応において、標的DNA 10に結合したキメラプローブ30は、RNase Hによって切断された後、標的DNA 10から遊離する。遊離反応は、第一の断片90のTm2値および第二の断片100のTm3値が、反応温度T0よりも低下することによって起こる。従って、遊離反応は等温下で自然発生的に進行する。反応系中には、キメラプローブ30が過剰に存在するため、第一および第二の断片90、100が遊離後、新たなキメラプローブ30が標的DNA 10に結合し、以下の反応が繰り返される。
【表1】

【0043】
3.第二の反応
以下の反応は、等温条件下において進行する。
【0044】
(1)前記断片を一本鎖環状DNAにハイブリダイズさせる工程
第一および第二の断片90、100が、Tm値の低下によって標的DNAから自然に遊離した後(図1C)、第一の断片90は、一本鎖環状DNA 110にハイブリダイズされる(図3A)。第一の断片90は、第一の領域40および第二の領域50から構成される。第一の領域40および第二の領域50はともに、一本鎖環状DNA 110と相補的な配列を有し、一本鎖環状DNA 110にハイブリダイズすることができる。
【0045】
ここで、第一の断片90は、反応系の温度T0において一本鎖環状DNA 110に自然にハイブリダイズする必要がある。第一の断片90が一本鎖環状DNA 110に自然にハイブリダイズするためには、第一から第二までの領域のTm値が反応系の温度T0よりも高くなるように、第一および第二の領域を設定しなければならない。
【0046】
(2)前記断片を鎖置換型DNAポリメラーゼによって伸張させる工程
一本鎖環状DNA 110にハイブリダイズした第一の断片90はプライマーとして機能し、鎖置換型DNAポリメラーゼ180によって伸長反応が起こる。
【0047】
この伸長反応は、ローリングサークル反応と呼ばれる。ローリングサークル反応とは、環状DNAを鋳型として行われる伸長反応をいう。ローリングサークル反応は、環状DNAをゲノムとしてもつファージやプラスミドにおいて観察される。ローリングサークル反応では、鋳型が環状であるため、条件が整っていれば、伸長反応は終わることなく、鋳型DNAの相補鎖を合成し続けることができる。
【0048】
鎖置換型DNAポリメラーゼ180は、鋳型DNAに相補的なDNA鎖を合成していく過程で、伸長方向に2本鎖領域があった場合にその鎖を解離しながら、相補鎖合成を継続できるDNA合成酵素である。商業的に利用可能な鎖置換型DNAポリメラーゼ180には、例えば、BcaBEST polymerase(BcaBESTTM RNA PCR Kit Ver.1.1(タカラバイオ株式会社)から入手)、Phi29 DNAポリメラーゼ(illustra TempliPhi DNA Amplification Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス)から入手)、またはphi29 DNA Polymerase, recombinant, Solution(株式会社ニッポンジーン)などがある。
【0049】
伸長反応は、一本鎖環状DNA 110を鋳型として等温下で進行し(図3B)、既に複製された二本鎖部位を解離させながら、鋳型DNAの相補鎖を合成し続ける(図3C)。
【0050】
(3)前記伸長した断片を検出する工程
検出工程には、種々の方法が存在する。以下、代表的な検出工程について説明するが、これらの検出工程は例示的なものに過ぎず、本発明の検出工程はこれらに限定されない。
【0051】
(i) 溶液の濁度による検出
増幅工程における副産物として生じるピロリン酸は、溶液中に含まれているマグネシウムイオンと反応し、コロイドが生成する。溶液はコロイドの生成により濁りが発生するので、溶液の濁度を測定して、目的の核酸を検出することができる。特に、増幅効率が良い場合に大量のピロリン酸が生成するので、増幅効率の良い本発明の方法には、溶液の濁度の測定による検出が適している。
【0052】
(ii) 電気泳動による検出
目的の核酸が存在した場合には、非常に長い一本鎖DNA(10000塩基程度)が生じる。生成された一本鎖DNAは鎖長に比例して負に帯電しているので、これを電荷をかけたゲル上で泳動することによって、目的の核酸を検出することができる。目的の核酸自体はほとんど泳動しないため、エチレンブロマイド等により染色を行なうと容易に確認することができる。
【0053】
(iii) 質量分析による検出
MALDI-TOF-MSなどにより質量分析を行なうことも可能である。
【0054】
(iv) 蛍光シグナルによる検出
蛍光シグナルによる検出は、増幅過程をリアルタイムに検出できるために好ましい。以下、蛍光シグナルによる検出工程について詳述する。
【0055】
鎖置換型DNAポリメラーゼ180によって一本鎖環状DNA 110から解離した一本鎖DNA 120に対してプライマー130を作用させる。プライマー130を始点として伸長反応が起こり、最終的に長い二本鎖DNA 140が生成される(図3D)。生成された二本鎖DNA 140に光マーカー物質150を結合させる。光マーカー物質150は、二本鎖DNAの二重らせん構造を認識して特異的に結合する物質である。商業的に利用可能な光マーカー物質150には、例えば、SYBR Green I(インビトロジェン株式会社)がある。伸長反応が進行して二本鎖DNA 140が長くかつ増えるにつれて結合する光マーカー物質150の量も増え、シグナル量が増大する(図3D)。増大するシグナル量は、例えばリアルタイムPCRシステム等を利用して検出することができる。
【0056】
第二の反応は、第一の反応によって生成される第一の断片90の生成速度に依存する。すなわち、本発明の律速段階は第一の反応にある。反応系中には過剰に一本鎖環状DNA 110が存在しているので、第一の反応によって生成された第一の断片90は、順次、以下の反応を行う。
【表2】

【0057】
律速反応である第一の反応において生成された第一の断片90が、逐次的に一本鎖環状DNA 110に結合していく。一本鎖環状DNA 110に結合した第一の断片90は、第二の反応に移行し、上述したローリングサークル反応によってシグナル量が急激に増幅される。律速反応である第一の反応において生成された第一の断片90が、逐次的に一本鎖環状DNA 110に結合していくので、経時的にシグナル量が増加していく。シグナル量を時間軸に沿ってプロットし、シグナル量の経時的変化を観察する。シグナル量が変異の存在を確定可能な閾値以上(判定基準値以上)に達したとき、標的DNAの存在を決定することができる(すなわち、標的DNAの多型の型の決定)。
【0058】
本発明は、一回の反応から得られるシグナル量が非常に大きい。つまり、第一の反応で得られた第一の断片90を第二の反応に移行させることによって、一つの断片から非常に大きなシグナル量を得ることができる。本発明は、一回の反応から得られるシグナル量が非常に大きいので、より短時間に標的DNAの多型の型を決定できるシグナル量を得ることができる。
【0059】
また、第一および第二の反応は、ともに同一温度で行われる等温反応であり、等温下で自然発生的に進行する。従って、第一および第二の反応は、同一系内および同一温度下で同時に行うことができる。本発明は、煩雑な温度制御手段が不要であり、簡易な装置系で反応を進行させることができる。
【0060】
このように、本発明は、「速さ」と「簡便さ」を備えた核酸検出方法である。「速さ」と「簡便さ」を備えた本発明は、種々の検査、例えば、医療機関における検査、特に、術中診断等に威力を発揮し、医療現場を離れて、法医学的検査、食品検査等においても威力を発揮する。また、本発明は、簡易な装置系での実行が可能であるため、検査反応の低額実施が可能である。「速さ」と「簡便さ」を備え、さらに安価に検査反応を実施できる本発明は、個人が自分の健康状態を把握する初期診断や、疾病予防に向けた取り組みを行うことをも可能にする。
【0061】
4.反応試薬キット
本発明の反応試薬キットは、キメラプローブと、リボヌクレアーゼとを含む第一の反応試薬と、dNTPと、鎖置換型DNAポリメラーゼと、一本鎖環状DNAと、プライマーと、光マーカー物質とを含む第二の反応試薬とを具備する、上記第一および第二の反応に使用するための反応試薬キットである。 dNTPは、4種類のデオキシリボヌクレオチド三リン酸(dATP、dCTP、dGTPおよびdTTP)を含む試薬である。標的RNAから標的DNAを作製する場合、上記反応試薬キットには、さらに逆転写酵素および逆転写プライマーが含まれる。前反応、第一の反応および第二の反応は、全て同一容器内で進行するため、上記各反応試薬は、別々に梱包されている必要はなく、同一梱包であってもよい。
【0062】
5.検出装置
本発明の検出装置を図11に示す。
【0063】
本発明の検出装置は、標的DNAを含む各試料を入れる容器200と、該容器の温度を制御する温度制御手段210と、該容器内の光マーカー物質の発光を検出する発光検出手段220と、前記検出された発光量を測定する測定手段230とを具備する。
【0064】
本発明は同一容器内で進行する。従って、容器200は、標的DNAを含む本発明で使用される試薬類を保持可能な容積を備える。容器200をマイクロアレイ型にしてもよい。マイクロアレイ型の容器200は、複数の検体のSNPの型を同時に判定することができる。また、本発明の方法は、前反応を含めて等温条件下で反応を進める。従って、本発明の温度制御手段210は、温度を50〜80℃程度に昇温させ、以後温度を一定に保つ機能のみを備えていればよい。発光検出手段220は、光マーカー物質の発光を検出できる任意の検出手段を用いることができる。例えば、容器200として市販のマイクロプレートを使用する場合、市販のマイクロプレートリーダーを使用してもよい。この場合、本発明の専用機器は不要である。
【0065】
本発明の方法は、同一容器内および等温条件下で進行するため、装置の構成が比較的単純であり、装置を小型化することが可能である。装置の小型化によって、例えば、医療機関における検査、特に、術中診断等に威力を発揮し、医療現場を離れて、法医学的検査、食品検査等においても威力を発揮する。さらに、本発明の装置構成は単純であるため、装置の小型化のみならず、低額化が可能となる。小型で安価な本発明の装置は、個人が自分の健康状態を把握する初期診断や、疾病予防に向けた取り組みを行うことをも可能にする。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
<実施例1>
第一の反応のみについて実験を行った。第一の反応は、ローリングサークル反応のようなシグナルの増幅工程がないので、検出に時間を要する。この点を考慮し、64℃で30分間にわたって反応を継続させた。キメラプローブは溶液中に過剰に存在するので、キメラプローブの切断−遊離後、裸になった標的DNAには再び別のキメラプローブが結合し、同じ反応が繰り返される。30分間でプローブ断片は約100倍まで増幅された。プローブ断片を電気泳動することでSNPを識別することができた。このとき、キメラプローブの第三の領域の長さを1塩基に設定した。RNA領域の長さを1塩基に設定すると、キメラプローブが標的DNAの型(メジャーまたはマイナー)に依存して特異的に切断された。
【0068】
なお、実施例1、ならびに後述する実施例2および比較例1は、前反応を95℃で30秒間行った。これは、実施例1、実施例2および比較例1が、第一の反応におけるキメラプローブのRNA領域の長さの設定に関する実験であって、第二の反応を考慮していないことによる。
【0069】
1.実験材料
(1)標的DNA
標的DNAとして、T1-W01およびT1-M01(HS研究資源バンクより入手)を使用した。T1-W01およびT1-M01は、5’末端側から35番目の塩基に一塩基多型(SNP)を含む60塩基対からなるDNAである。5’末端側から35番目の塩基がAのものがメジャー配列T1-W01であり、35番目の塩基がCのものがマイナー配列T1-M01である。以下にT1-W01およびT1-M01の塩基配列を示す。SNP部位は斜体太字で表記する。なお、キメラプローブの第二〜第四の領域と相補的な配列領域をそれぞれ「2’」〜「4’」として示す。
【化1】

【0070】
(2)キメラプローブ
キメラプローブP1-02(グライナージャパン株式会社において作製)は、全長36塩基からなるDNA-RNA-DNAプローブである。5’末端側から1〜11番目の塩基が第一の領域40に相当し、12〜21番目の塩基が第二の領域50に相当し、22番目の塩基が第三の領域60に相当し、23〜34番目の塩基が第四の領域70に相当し、35〜36番目の塩基が第五の領域80に相当する。第二の領域50の12〜21番目の10塩基は、標的DNAの36〜45番目の10塩基と相補的な配列に設定した。第三の領域60の塩基はチミンとし、メジャー配列T1-W01の35番目のアデニンとハイブリッド鎖を形成するよう設定した。第四の領域70の23〜34番目の12塩基は、標的DNAの23〜34番目の12塩基と相補的な配列に設定した。第二および第四の領域は、それぞれ標的DNAとDNA-DNA二本鎖を形成する。
【0071】
以下にキメラプローブの塩基配列を示す。第一〜第五の領域をそれぞれ「1」〜「5」として示す。RNAは小文字で表記し、かつSNPに対応するRNAを斜体で表記する。
【化2】

【0072】
(3)リボヌクレアーゼ
リボヌクレアーゼとして、Tli RNaseH II(耐熱性RNAヌクレアーゼH)を使用した。Tli RNaseH IIは、CycleavePCR Core Kit(タカラバイオ株式会社)から入手した。Tli RNaseH IIは、キメラプローブの第三の領域と標的DNAとのRNA-DNAハイブリッド鎖を認識し、これを切断する。切断されたキメラプローブは、第一の断片90と第二の断片100に分離し、Tm値の低下によって自然に標的DNAから遊離する。
【0073】
(4)その他の試薬
その他、以下の試薬を用意した。
【0074】
Buffer(東洋紡製KOD plusキットに含まれているバッファー)
Mg SO4
2.実験の手順
PCR用チューブ内に、上述した各試薬を下記の組成になるように分注した。
【表3】

【0075】
次に、PCRシステムにて、下記の温度制御を行った。
95℃、30秒間(二本鎖の標的DNAを一本鎖に解離)
64℃、30分間(第一の反応の進行)
4℃で静置(反応の停止)
前反応として、試料を95℃で30秒間静置し、二本鎖の標的DNAを一本鎖に解離した。標的DNAが一本鎖に解離した後、温度を64℃まで下げた。以下、本発明の第一の反応を等温下で進行させた。30分後に温度を4℃まで下げ、反応を停止させた。リボヌクレアーゼによるキメラプローブの切断を観察するために、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った(8%PAGE、7M尿素、1×TAE、サイバーグリーンII染色)。
【0076】
3.実験の結果
図6に、標的DNA濃度を10-2μMとした場合の泳動結果を示す。各レーンは以下のとおりである。
レーン1:メジャー配列T1-W01とキメラプローブP1-02の泳動結果
レーン2:マイナー配列T1-M01とキメラプローブP1-02の泳動結果
レーン1では、P1-02がTli RNaseH IIにより切断され、二つの断片が生じたことが確認できた。一方、レーン2では、二つの断片は生じておらず、P1-02はTli RNaseH IIによって切断されなかった。レーン1および2の結果より、キメラプローブP1-02がメジャー配列T1-W01に依存して特異的に切断されることが解った。
【0077】
<実施例2>
さらに、RNA領域の長さを2塩基に設定して同様の実験を行った。1塩基に設定した実施例1の場合と同様、メジャー配列に依存して特異的な切断がなされた。
【0078】
実施例1および2の結果より、第三の領域が1または2塩基である場合、標的DNAの型(メジャーまたはマイナー)に依存して特異的な切断がなされることが分かった。すなわち、第三の領域を1または2塩基に設定すれば、標的核酸のSNPを正確に識別できる。
【0079】
<比較例1>
実施例1と同じく、第一の反応のみについて実験を行った。このとき、キメラプローブの第三の領域の長さを5塩基に設定した。RNA領域の長さを5塩基に設定した場合、キメラプローブは標的DNAの型(メジャーまたはマイナー)に関係なく特異的に切断された。
【0080】
1.実験材料
(1)標的DNA
実施例1と同じく、メジャー配列T1-W01およびマイナー配列T1-M01(HS研究資源バンクより入手)を使用した。
【0081】
(2)キメラプローブ
キメラプローブ(グライナージャパン株式会社において作製)は、全長38塩基からなるDNA-RNA-DNAプローブである。5’末端側から1〜13番目の塩基が第一の領域40に相当し、14〜21番目の塩基が第二の領域50に相当し、22〜26番目の塩基が第三の領域60に相当し、27〜36番目の塩基が第四の領域70に相当し、37〜38番目の塩基が第五の領域80に相当する。第二の領域50の14〜21番目の8塩基は、標的DNAの38〜45番目の8塩基と相補的な配列に設定した。第三の領域60の塩基は[aatgt]とし、メジャー配列T1-W01の33〜37番目の塩基配列とハイブリッド鎖を形成するよう設定した。第四の領域70の27〜36番目の10塩基は、標的DNAの23〜32番目の10塩基と相補的な配列に設定した。第二および第四の領域は、それぞれ標的DNAとDNA-DNA二本鎖を形成する。
【0082】
以下にキメラプローブの塩基配列を示す。第一〜第五の領域をそれぞれ「1」〜「5」として示す。RNAは小文字で表記し、かつSNPに対応するRNAを斜体で表記する。
【化3】

【0083】
(3)リボヌクレアーゼ
実施例1と同じく、Tli RNaseH II(耐熱性RNAヌクレアーゼH)を使用した。
【0084】
(4)その他の試薬
その他、以下の試薬を用意した。以下の試薬は、CycleavePCR Core Kit(タカラバイオ株式会社)の中から選択して使用した。
【0085】
CycleavePCR Buffer
Mg Solution
2.実験の手順
PCR用チューブ内に、上述した各試薬を下記の組成になるように分注した。
【表4】

【0086】
次に、PCRシステムにて、下記の温度制御を行った。
95℃、30秒間(二本鎖の標的DNAを一本鎖に解離)
64℃、20分間(第一の反応の進行)
4℃で静置(反応の停止)
前反応として、試料を95℃で30秒間静置し、二本鎖の標的DNAを一本鎖に解離した。標的DNAが一本鎖に解離した後、温度を64℃まで下げた。以下、本発明の第一の反応を等温下で進行させた。20分後に温度を4℃まで下げ、反応を停止させた。リボヌクレアーゼによるキメラプローブの切断を観察するために、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った(8%PAGE、7M尿素、1×TAE、サイバーグリーンII染色)。
【0087】
3.実験の結果
実施例1の結果とは異なり、メジャー配列T1-W01およびマイナー配列T1-M01のレーンともに、二つに切断されたキメラプローブの断片のバンドが観察された。この泳動結果から、第三の領域を5塩基とした場合、メジャー配列に依存した特異的な切断は起こらず、メジャー配列およびマイナー配列の両方で非特異的な切断が起こることが分かった。
【0088】
<実施例3>
次に、本発明の方法について実験を行う。
【0089】
1.実験材料
(1)標的DNA
標的DNAとして、CYP2C9(HS研究資源バンクより入手)を使用する。CYP2C9は、5’末端側から256番目の塩基に一塩基多型(SNP)を含む511塩基からなるチトクロームP450の遺伝子である。5’末端側から256番目の塩基がAのものがメジャー配列であり、256番目の塩基がCのものがマイナー配列である。以下にCYP2C9の塩基配列を示す。SNP部位は斜体太字で表記する。キメラプローブの第二〜第四の領域が結合する部位をそれぞれ「2’」〜「4’」として示す。
【化4】

【0090】
(2)キメラプローブ
キメラプローブ(グライナージャパン株式会社において作製)は、全長33塩基からなるDNA-RNA-DNAプローブである。5’末端側から1〜11番目の塩基が第一の領域40に相当し、12〜16番目の塩基が第二の領域50に相当し、17番目の塩基が第三の領域60に相当し、18〜31番目の塩基が第四の領域70に相当し、32〜33番目の塩基が第五の領域80に相当する。第二の領域50の12〜16番目の5塩基は、標的DNAの257〜261番目の5塩基と相補的な配列に設定する。第四の領域70の18〜31番目の14塩基は、標的DNAの242〜255番目の14塩基と相補的な配列に設定した。第二および第四の領域は、それぞれ標的DNAとDNA-DNA二本鎖を形成する。
【0091】
以下にキメラプローブの塩基配列を示す。第一〜第五の領域をそれぞれ「1」〜「5」として示す。RNAは小文字で表記し、かつSNPに対応するRNAを斜体で表記する。
【化5】

【0092】
上記プライマーは、第二、第三および第四の領域のTm値が、第一および第二領域のTm値とおおよそ等しくなるように設定されている。第一の領域をGCリッチな塩基配列とし、第一および第二の領域のTm値を上昇させる。その結果、第一および第二領域のTm値は、より長い塩基配列で構成された第二、第三および第四の領域のTm値とおおよそ等しくなる。また、等温条件において、GCリッチで結合力の強い第一および第二の領域は一本鎖環状DNAと結合を維持できるが、第一および第二の領域と比べてGC配列が少なく、結合力が弱い第四の領域は、標的DNAから容易に遊離する。従って、RNase Hによる切断を受けた第四の領域側のキメラプローブの断片は、標的DNAから容易に遊離する。
【0093】
(3)プライマー
プライマー(グライナージャパン株式会社において作製)は、全長23塩基対からなるオリゴヌクレオチドである。プライマーは、ローリングサークル反応によって増幅された鎖状一本鎖DNAに結合し、二本鎖DNAを合成する。以下にプライマーの塩基配列を示す。
【化6】

【0094】
(4)ローリングサークル反応用のプラスミド
ローリングサークル反応用のプラスミドとして、M13mp8 single strand DNA(株式会社ニッポンジーン)を使用する。M13mp8は、一本鎖の環状DNAであり、そのサイズは7229bpである。標的DNA CYP2C9のSNPサイトに隣接する塩基配列[TTGAC]を、M13mp8のシークエンスデータと照合すると、M13mp8の6990〜6994番目の塩基配列[TTGAC]と完全に一致することが分かる。従って、塩基配列[TTGAC]に相補的な塩基配列を第二の領域として設定することで、第一の反応で切断されたキメラプローブの断片を第二の反応に移行させることができる。
【0095】
以下にM13mp8の塩基配列の一部を示す。キメラプローブの第一および第二の領域が結合する部位をそれぞれ「1」および「2」として示す。また、ローリングサークル反応時に増幅産物に対して作用するプライマー配列を下線で示す。
【化7】

【0096】
(5)リボヌクレアーゼおよび鎖置換型DNAポリメラーゼ
鎖置換型DNAポリメラーゼとして、phi29 DNA Polymerase, recombinant, Solution(株式会社ニッポンジーン)を使用する。リボヌクレアーゼとして、Tli RNaseH II(耐熱性RNAヌクレアーゼH)を使用する。Tli RNaseH IIは、CycleavePCR Core Kit(タカラバイオ株式会社)から入手可能である。
【0097】
(6)光マーカー物質
光マーカー物質として、SYBR Green I(インビトロジェン株式会社)を使用する。SYBR Green Iは、二本鎖DNAの二重らせん構造を認識し、塩基対と塩基対との間に入り込む(インターカレーション)。SYBR Green Iの光シグナルをとらえることで二本鎖DNAが形成されていることを確認できる。なお、SYBR Green IのSYBRはMolecular Probes社の登録商標である。
【0098】
(7)その他の試薬
その他、以下の試薬を用意する。各試薬は、CycleavePCR Core Kit(タカラバイオ株式会社)の中から選択して使用する。
【0099】
Tli RNaseH II(耐熱性RNAヌクレアーゼH)
CycleavePCR Buffer(緩衝液)
dNTP Mixture(基質)
Mg Solution(塩類)
(8)分析機器
Applied Biosystems 7900HT FastリアルタイムPCRシステム(アプライドバイオシステムズジャパン株式会社)を使用する。
【0100】
2.実験の反応機構
図7〜9に上述の実験系における反応機構を示す。図7〜9では、各核酸の塩基配列を明記した。
【0101】
先ず、第一の反応において、キメラプローブ30が標的DNA 10に結合する(図7A)。キメラプローブ30は、RNase Hによって切断部位Xで切断される。切断後に二つに分離したキメラプローブ断片は、Tm値の低下によって自然に標的DNAから遊離する。二つの断片のうち、断片90が第二の反応に移行する(図7B)。
【0102】
次に、第二の反応において、キメラプローブの断片90が一本鎖環状DNA 110に結合する。鎖置換型DNAポリメラーゼ180により断片90の3'側から伸長反応が進行する(図8A)。鎖置換型DNAポリメラーゼ180は、一本鎖環状DNA 110に相補的なDNA鎖を合成していく過程で、既に合成した伸長方向にある2本鎖領域を解離しながら、相補鎖合成を継続する(図8B)。
【0103】
解離したプライマー配列190にプライマー130が結合し、二本鎖DNA 140が合成される(図9)。合成された二本鎖DNA 140部位に光マーカー物質150が結合する(図9)。この光マーカー物質150の発光を検出することで二本鎖DNA 140が合成されたこと、すなわち、一連の第一および第二の反応が行われたことが分かる。第一の反応はメジャーまたはマイナー配列の標的DNA 10に依存して特異的に行われるので、光マーカー物質150の発光の検出をもって、メジャーまたはマイナー配列の標的DNA 10が存在することを決定づけることができる。
【0104】
本発明の方法の律速段階は第一の反応にあり、生成された断片90は直ちに第二の反応に移行しシグナルが増幅される。従って、患者から抽出した標的DNAとキメラプローブのSNPの型が一致した場合、シグナルは時間経過とともに急激に増幅するので、これを検出することができる。一方、SNPの型が一致しなかった場合はシグナルの増幅は起こらない。この両者の差によって、SNPsのタイピングを行うことができる。
【0105】
3.実験の手順
本実施例では便宜上、リアルタイムPCRシステムを分析機器として選択したので、以下、リアルタイムPCR用チューブ内で本発明の反応を行い、かつリアルタイムPCRシステムでシグナル強度を測定することとする。しかし、本発明の反応は等温で進行し、かつPCR操作は不要である。従って、本発明を行う反応容器はいかなる制約も受けない。また、シグナル強度は経時毎のシグナル量が測定できれば足り、サイクル数のカウントは不要である。従って、本発明を行う分析機器はリアルタイムPCRシステムに何ら限定されない。
【0106】
リアルタイムPCR用チューブ内に、上述した試薬を下記の組成になるように分注する。
【表5】

【0107】
次に、リアルタイムPCRシステムにて、下記の反応温度で測定を行う。
【0108】
65℃、30分間
4℃で静置(反応の停止)
鎖置換型DNAポリメラーゼ180が耐熱性酵素ではないことを考慮し、前反応を含めて等温条件で反応を進める。65℃の温度設定下では、二本のDNA鎖の一部が分離して一本鎖の標的DNAとなる。本発明の方法では、二本のDNA鎖が完全に分離する必要はなく、SNP領域の周辺部が一本鎖の標的DNAとなればよい。以下、本発明の第一および第二の反応は等温下で進行する。
【0109】
検出はSYBR Green Iを対象とし、リアルタイムで測定を行う。
【0110】
図10にリアルタイムPCRを用いて測定される結果を示す。縦軸はシグナル量を表わし、横軸は経過時間(分)を表わす。シグナル量が判定基準値Sdに達したとき、標的DNA中にキメラプローブのSNPの型が存在することを確定する。最初の数分間はシグナルが検出されない。これは、シグナルの増幅が検出可能な最低感度に達していないことを意味する。
【0111】
標的DNAとキメラプローブのSNPの型が一致しない場合:
シグナル量は反応30分経過後もほとんど変化せず、シグナル量は判定基準値Sdに達しない。
【0112】
標的DNAとキメラプローブのSNPの型が一致する場合:
シグナル量は時間とともに急速に増幅し、かなり早い時間で判定基準値Sdに達した(曲線II)。
【0113】
本発明の方法は、第一の反応で生成されたキメラプローブの断片が第二の反応において急速に増幅される。一方、第一の反応のみでは、10ng/tubeレベルの極めて微量な抽出ゲノムDNAから必要なシグナルを短時間で得ることはできなかった(直線I)。本発明の方法は、シグナル量が時間とともに急速に増幅するので、例えば、第一の反応のみで行う核酸検出方法(直線I)と比較して、極めて短時間で判定基準値Sdを超えるシグナル量を得ることができる。
【0114】
より短時間でSNPの型を確定できることによって、例えば術中診断等に使用する場合、患者の負担を著しく軽減しつつ、かつ患者に合ったオーダーメードの手術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】第一の反応を表わす模式図。
【図2】キメラプローブを構成する各領域と、標的DNAおよび第二の反応における一本鎖環状DNAとの関係を表わす模式図。
【図3】第二の反応を表わす模式図。
【図4】前反応を表わす模式図。
【図5】標的RNAから標的DNAを合成する模式図。
【図6】実施例1における電気泳動の結果。
【図7】実施例3における反応を表わす第一の模式図。
【図8】実施例3における反応を表わす第二の模式図。
【図9】実施例3における反応を表わす第三の模式図。
【図10】シグナル量の経時変化を表わすグラフ。
【図11】本発明の方法を使用するための検出装置の模式図。
【符号の説明】
【0116】
10…標的DNA、20…変異部位、30…キメラプローブ、40…第一の領域、50…第二の領域、60…第三の領域、70…第四の領域、80…第五の領域、90…第一の断片、100…第二の断片、110…一本鎖環状DNA、120…一本鎖DNA、130…プライマー、140…二本鎖DNA、150…光マーカー物質、160…標的RNA、170…プライマー、180…鎖置換型DNAポリメラーゼ、190…プライマー配列、200・・・容器、210・・・温度制御手段、220・・・発光検出手段、230・・・測定手段、X…RNase Hによる切断部位、I…第一の反応のみで得られるシグナル量を表わす直線、II…SNPの型が一致する場合のシグナル量を表わす曲線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キメラプローブを標的DNAにハイブリダイズさせ、ハイブリッド鎖を形成させる工程と、
前記ハイブリッド鎖をリボヌクレアーゼによって切断し、前記キメラプローブの断片を遊離させる工程とを含む第一の反応と、
前記断片を一本鎖環状DNAにハイブリダイズさせる工程と、前記断片を鎖置換型DNAポリメラーゼによって伸張させる工程と、前記伸長した断片を検出する工程とを含む第二の反応と
を具備する標的DNAを検出する方法。
【請求項2】
前記伸長した断片を検出する工程が、
前記伸張した断片にプライマーをハイブリダイズさせる工程と、
前記プライマーから鎖置換型DNAポリメラーゼによってDNAを伸張させ、同時に光マーカー物質でDNAを標識する工程と、
前記標識された光マーカー物質を検出する工程と
を具備する、請求項1に記載の標的DNAを検出する方法。
【請求項3】
前記キメラプローブが、5'末端側から順に、前記一本鎖環状DNAと相補的な配列を有する第一の領域と、前記一本鎖環状DNAおよび前記標的DNAの双方に相補的な配列を有する第二の領域と、前記標的DNAとハイブリッド鎖を形成する、RNAで構成された第三の領域と、前記標的DNAと相補的な配列を有する第四の領域と、どの配列とも相補的な配列を有さない第五の領域とから構成され、
前記第二から第四までの領域のTm値が反応系の温度よりも高く、かつ前記第二の領域のTm値と前記第四の領域のTm値が反応系の温度よりも低く、かつ前記第一から第二までの領域のTm値が反応系の温度よりも高い、
請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記第二の領域が4、5または6塩基で構成され、かつ前記第三の領域が1または2塩基で構成される、請求項3に記載のキメラプローブ。
【請求項5】
前記標的DNAが、標的RNAから作製され、前記第一の反応を行う前に、前記標的RNAから逆転写酵素によってDNA-RNAハイブリッド鎖を形成し、前記DNA-RNAハイブリッド鎖からリボヌクレアーゼによって遊離DNAを形成する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記リボヌクレアーゼが、RNaseHである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記切断が、前記標的DNAと前記第三の領域との間で形成されるDNA-RNAハイブリッド鎖のRNAを分解することによって行われる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記第一の反応と第二の反応とが、同一容器内において等温条件下で進行する請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
5'末端側から順に、前記一本鎖環状DNAと相補的な配列を有する第一の領域と、前記一本鎖環状DNAおよび前記標的DNAの双方に相補的な配列を有する第二の領域と、RNAで構成される第三の領域と、前記標的DNAと相補的な配列を有する第四の領域と、どの配列とも非相補的な配列を有する第五の領域とから構成される、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法に使用するためのキメラプローブ。
【請求項10】
前記第二の領域が4、5または6塩基で構成され、かつ前記第三の領域が1または2塩基で構成される、請求項9に記載のキメラプローブ。
【請求項11】
前記キメラプローブと、前記リボヌクレアーゼとを含む第一の反応試薬と、
dNTPと、鎖置換型DNAポリメラーゼと、一本鎖環状DNAと、プライマーと、光マーカー物質とを含む第二の反応試薬と
を具備する、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法を使用するための反応試薬キット。
【請求項12】
逆転写酵素および逆転写プライマーをさらに含む、請求項11に記載の反応試薬キット。
【請求項13】
標的DNAを含む各試料を入れる容器と、
前記容器の温度を制御する温度制御手段と、
前記容器内の光マーカー物質の発光を検出する発光検出手段と、
前記検出された発光量を測定する測定手段と
を具備する、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法を使用するための検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−50217(P2009−50217A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−221341(P2007−221341)
【出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】