説明

正極体とその製造方法、ならびに非水電解質電池

【課題】正極集電体上に厚膜の正極活物質層を形成した正極体とその製造方法を提供する。
【解決手段】非水電解質電池100の正極層1となる正極体を製造するにあたって、正極層1の正極集電体11となる基板と、正極活物質層12の構成材料となる正極活物質を用意する。正極活物質の熱膨張係数Tp(10−6/℃)と、正極集電体の熱膨張係数Tc(10−6/℃)との関係は、Tp+2.5≧Tc≧Tp−2.5とする。そして、用意した正極集電体11の上に、厚さ5μm以上の正極活物質層12を気相法により成膜し、550〜650℃でアニールする。上記一連の工程により、厚さ5μm以上の結晶化した正極活物質層12を有する正極体を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気機器などの電源に利用される非水電解質電池に用いられる正極体、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯機器といった比較的小型の電気機器の電源に、正極層と、負極層と、これら電極層の間に配される電解質層とを備える非水電解質電池が利用されている。電池に備わる電極層はさらに、集電機能を有する集電体と、活物質を含む活物質層とを備える。このような非水電解質電池のなかでも特に、正・負極層間のLiイオンの移動により充放電を行うLiイオン電池は、小型でありながら高い放電容量を備える。
【0003】
上記Liイオン電池を作製するには、正極集電体となる基板上に正極活物質層、電解質層、負極活物質層、負極集電体を順次形成すると良い。例えば、特許文献1には、正極集電体としてSUS304やSUS316Lを、正極活物質層としてLiCoOを、電解質層としてLiS−Pを、負極活物質層としてLi金属を、負極集電体としてSUS304やSUS316Lを使用しており、これら電池を構成する各構成(集電体以外)を気相法により形成することが記載されている。
【0004】
また、特許文献1には、正極活物質層を気相法により成膜した後、正極活物質層をアニール(熱処理)することで、正極活物質層を特定の結晶構造とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−199920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載の非水電解質電池における正極活物質層は、厚さ1μmの薄膜である。これに対して、近年では、電池の放電容量を向上させるために、正極活物質層を厚くすることが検討されている。その場合、正極活物質層の成膜時間を長くする必要があるし、成膜後に正極活物質層の結晶構造を改善するために当該層に施すアニールの温度や時間を変更する必要もあると考えられる。そのため、正極集電体となる基板の耐熱性などを検討する必要がある。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、正極集電体上に厚膜の正極活物質層を形成した正極体、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、非水電解質電池の正極活物質層を厚く形成するにあたり、まず耐熱性に優れるSUS329J1を基板とすることを検討した。ところが、正極活物質層を厚く形成していくと、SUS329J1からなる正極集電体から正極活物質層が剥離したり、正極活物質層に亀裂が生じたりする不具合が生じ易くなることが分かった。その理由を詳細に検討した結果、SUS329J1からなる正極集電体と、LiCoOからなる正極活物質層との熱膨張係数の差が大きく、アニール後に正極体が反ることが原因であることが分かった。以上の知見に基づいて本発明を以下に規定する。
【0009】
(1)本発明正極体の製造方法は、正極集電体と正極活物質層とを備え、非水電解質電池に利用される正極体の製造方法であって、以下の工程を備えることを特徴とする。
正極活物質を用意する工程。
前記正極活物質が結晶化したときの熱膨張係数Tp(10−6/℃)に対して、Tp+2.5≧Tc≧Tp−2.5となる熱膨張係数Tc(10−6/℃)を有する正極集電体を用意する工程。
前記正極集電体上に用意した正極活物質を気相法により成膜することで、正極集電体上に厚さ5μm以上の正極活物質層を形成する工程。
形成した正極活物質層を550〜650℃の温度でアニールする工程。
【0010】
本発明正極体の製造方法によれば、厚さ5μm以上の正極活物質層を結晶構造とするために、550〜650℃でアニールしても、正極集電体から正極活物質層が剥離することがない。これは、正極活物質と正極集電体との熱膨張係数の差が小さいため、アニールしても正極体が反らないからである。
【0011】
(2)本発明正極体は、正極集電体と正極活物質層とを備え、非水電解質電池に用いられる正極体であって、正極活物質層は、厚さ5μm以上の結晶質構造を有し、正極活物質層の熱膨張係数Tp(10−6/℃)と、前記正極集電体の熱膨張係数Tc(10−6/℃)との関係が、Tp+2.5≧Tc≧Tp−2.5であることを特徴とする。
【0012】
本発明の構成のように、正極活物質の熱膨張係数に対して±2.5以内の熱膨張係数を有する正極集電体とすることで、正極活物質層を厚さ5μm以上の厚膜としても、正極集電体から正極活物質層が剥離し難くできる。
【0013】
(3)本発明正極体の一形態として、正極活物質層に含まれる正極活物質は、Liαβ(1−X)であり、正極集電体は、SUS304、SUS304L、SUS316、またはSUS316Lであることが好ましい。但し、αは、Co,Ni,Mnから選択される1種以上、βは、Fe,Alから選択される1種以上、Xは、0.5以上、1.0以下である。
【0014】
上記組成式で表される正極活物質は、結晶化すると概ね15〜17(10−6/℃)前後の熱膨張係数を有する。これに対して、例示したSUSの熱膨張係数は15.9〜17.3(10−6/℃)である。また、例示したSUSは、上記組成式の正極活物質を劣化させる元素を含まないため、正極集電体として好適である。
【0015】
(4)本発明正極体の一形態として、正極活物質層のX線回折ピークの半値幅が0.5°以下であることが好ましい。
【0016】
正極活物質層が結晶化していることの指標であるX線回折ピークの半値幅が上記範囲にあると、放電容量に優れる電池の正極体とすることができる。
【0017】
(5)本発明非水電解質電池は、本発明正極体と、負極層と、これら電極層の間に配される電解質層を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明非水電解質電池は、電池の構成部材として本発明正極体を使用しており、その正極体において正極集電体から正極活物質層が剥離することなく保持されているため、両者の接合が高度に維持されている。そのため、本発明非水電解質電池、従来の電池よりも高い放電容量を備える。また、本発明正極体には、その作製段階で蓄積される応力が、従来のものよりも格段に小さいため、この本発明正極体を使用した本発明電池は、充放電を繰り返しても放電容量が低下し難い。
【発明の効果】
【0019】
本発明正極体の製造方法によれば、損傷を生じることなく厚膜の正極活物質層を備える本発明正極体を製造することができる。また、この本発明正極体を用いて非水電解質電池を作製すれば、高い放電容量の非水電解質電池とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態に係る非水電解質電池の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明正極体の実施形態を説明する。本発明正極体は、図1に示すような非水電解質電池(Liイオン電池)100の正極層(正極体)1として利用できる。非水電解質電池100には、正極層1の他に、負極層2や電解質層3を備えている。さらに、電池100は、正極層1と電解質層3の材質によっては、両層1,3の間に緩衝層4を有していても良い。以下、各構成を詳細に説明する。
【0022】
<正極層>
正極層(正極体)1は、集電機能を有する正極集電体11と、その一面側に形成される正極活物質層12とを備える。この正極体の最も特徴とするところは、正極集電体12を厚く(5μm以上)しても、正極集電体11上から正極活物質層12が剥離したりしないように、正極集電体11と、正極活物質層12に含まれる正極活物質との熱膨張係数を規定したことにある。
【0023】
この正極層1を作製するには、まず正極集電体11となる導電性の基材を用意し、その基材の一面側に気相法により正極活物質層12を成膜すると良い。気相法で形成した正極活物質層12は、Liイオン伝導性が低い非晶質となる傾向にある。そこで、正極集電体11上に成膜した正極活物質層12を550〜650℃でアニールする。アニールの時間は、正極活物質層12の厚さによって適宜選択すれば良く、例えば、0.5〜10hとすることができる。
【0024】
まず、正極活物質層12に含まれる正極活物質について述べると、正極活物質としては、Liイオン伝導性の酸化物、特に、Liαβ(1−X)(α=Co,Ni,Mnから選択される1種以上;β=Fe,Alから選択される1種以上;0.5≦X≦1.0)で表される物質が、電池100の放電容量を高くする点で好ましい。正極活物質の具体例としては、例えば、LiCoO(α=Co、X=1)、LiNiO(α=Ni、X=1)、LiMnO(α=Mn、X=1)、LiNi1/3Co1/3Mn1/3(α=Co+Ni+Mn、X=1)、LiNi1/2Mn1/2(α=Ni+Mn、X=1)、LiNi0.8Co0.15Al0.05(α=Co+Ni、β=Al、X=0.95)などを挙げることができる。上記列挙した正極活物質は、結晶化すると、概ね15〜17(10−6/℃)前後の熱膨張係数を有する。例えば、LiCoOの熱膨張係数は約16(10−6/℃)である。
【0025】
上記正極活物質を含む正極活物質層の結晶化状態を評価するには、当該層のX線回折ピークの半値幅を測定すれば良い。このような半値幅の好ましい値としては、例えば、0.5°以下、より好ましくは0.3°以下である。
【0026】
一方、正極集電体層11の材質は、上記正極活物質層12を構成する正極活物質の熱膨張係数に応じて適宜選択する。具体的には、正極集電体11の材質は、結晶化した正極活物質の熱膨張係数Tp(10−6/℃)を中心にして±2.5(10−6/℃)以内の範囲に収まる熱膨張係数Tc(10−6/℃)を有する材質で構成する。例えば、正極活物質をLiαβ(1−x)とするのであれば、正極集電体11としては、SUS304(17.3(10−6/℃))、SUS304L(17.3(10−6/℃))、SUS316(15.9(10−6/℃))、あるいはSUS316L(16.5(10−6/℃))などのステンレスが好適である。これらSUS304、SUS304L、SUS316、SUS316Lは、正極集電体11として要求される機械的強度を備えると共に、正極活物質を劣化させる元素を含まない点でも正極集電体11の材質として好ましい。
【0027】
以上、説明したように、正極集電体11と正極活物質層12の熱膨張係数の差を所定範囲内とすることで、正極体をアニールしても正極集電体11と正極活物質層12の膨張・収縮差が小さく、正極活物質層12が損傷し難い。
【0028】
<負極層>
図1の負極層2は、負極集電体21と負極活物質層22とを備える。負極集電体21としては、CuやAlなどを利用できる。また、負極活物質層22に含まれる負極活物質としては、金属Liの他、SiやCのようにLiと化合物を形成することができる元素や、NbなどのLiと化合物を形成することができる化合物を利用することができる。
【0029】
<電解質層>
電解質層3は、正極層1と負極層2との間のLiイオンの遣り取りを媒介する層である。電解質層3に要求される特性は、低電子伝導性で、高Liイオン伝導性であることである。この電解質層3は、固体電解質であっても良いし、電解液とセパレータとで構成したものであっても良いが、電池100の薄型化や使用時の安全性などを考慮して、固体であることが好ましい。例えば、電解質層3として、LiS−Pなど硫化物固体電解質や、LiPONなどの酸化物固体電解質を利用することができる。
【0030】
<緩衝層>
緩衝層4は、電解質層3に固体状の硫化物を用いた場合に必要となるものであって、充放電に伴う電池100の放電容量の低下を抑制できる。このような緩衝層4の材料としては、例えば、LiNbOや、LiTaOなどを利用することができる。
【実施例】
【0031】
まず、電池100の作製にあたり、厚さ0.5μmのSUS329J1、SUS316、SUS316L、およびSUS304の四種類の基板をそれぞれ複数用意した。このSUS基板は、電池100の正極集電体11を構成するものである。
【0032】
用意した各SUS基板の一面に、平均厚さ10μmのLiCoOからなる正極活物質層12を成膜した。正極活物質層12の成膜には、ArとOの混合ガスを用いたRF(高周波)スパッタリングを用いた。成膜条件は、以下に示すように全試料で共通とした。
RF電力…2000W
雰囲気圧力…10Pa
流量…10sccm(≒1.69×10−2Pa・m/s;1atm、25℃)
Ar流量…10sccm
T/S距離(ターゲットから基板までの距離)…140mm
【0033】
次に、正極集電体11の一面側に正極活物質層12を形成した積層体を、500℃、または600℃で3時間、空気雰囲気下でアニールし、正極体1を完成させた。
【0034】
作製した正極体1の正極活物質層12をXRD法で測定したところ、いずれの正極活物質層12におけるX線回折ピークの半値幅も、0.5°以下となっていた。つまり、全ての試料の正極活物質層12が結晶構造を有していることが分かった。なお、正極活物質層12が非晶質であれば、明瞭なX線回折ピークを有さないハローパターンが示される。
【0035】
また、全試料について、正極活物質層12に割れや剥離などの損傷が生じていないかを目視により確認した。各試料について複数作製した正極体のうち、損傷が生じた正極体の割合(損傷率)を表1に示す。なお、表1には、損傷率の他、製造条件などを合わせて示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すように、SUS329J1を正極集電体11とした試料1,2では、正極集電体11から正極活物質層12が剥離したり、あるいは集電体11上で正極活物質層12が割れたりするなどの不具合が生じていた。特に、アニール温度が試料1よりも高い試料2では、損傷が生じた正極体の割合が82%にも達していた。これは、正極集電体11の熱膨張係数が12.8(10−6/℃)で、正極活物質であるLiCoOの熱膨張係数が16(10−6/℃)であり、両者の熱膨張係数の差が大きいため、正極層1が反ってしまったからではないかと推察される。
【0038】
一方、SUS304、SUS316、またはSUS316Lを正極集電体11とした試料3〜7では、少なくとも目視した限りでは何ら損傷していなかった。これは、正極集電体11の熱膨張係数と正極活物質層12の熱膨張係数との差が小さく、正極体1が反り難いからであると考えられる。
【0039】
また、500℃でアニールした正極体1と600℃のアニールした正極体1を比較した場合、600℃でアニールした正極体1を用いて非水電解質電池100を作製した方が、初期に電圧が大幅に低下する不良(初期不良)の発生率が低かった。例えば、試料3,4の初期不良の発生率は、以下の通りである。
試料3(500℃でアニール)…60%
試料4(600℃でアニール)…10%
【0040】
なお、本発明の実施形態は、上述した実施形態に限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更等可能である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明正極体の製造方法は、高い放電容量を備える非水電解質電池の正極層を製造することに好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0042】
100 非水電解質電池
1 正極層(正極体) 11 正極集電体 12 正極活物質層
2 負極層 21 負極集電体 22 負極活物質層
3 電解質層
4 緩衝層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極集電体と正極活物質層とを備え、非水電解質電池に利用される正極体の製造方法であって、
正極活物質を用意する工程と、
前記正極活物質が結晶化したときの熱膨張係数Tp(10−6/℃)に対して、Tp+2.5≧Tc≧Tp−2.5となる熱膨張係数Tc(10−6/℃)を有する正極集電体を用意する工程と、
前記正極集電体上に用意した正極活物質を気相法により成膜することで、正極集電体上に厚さ5μm以上の正極活物質層を形成する工程と、
形成した正極活物質層を550〜650℃の温度でアニールする工程と、
を備えることを特徴とする正極体の製造方法。
【請求項2】
正極集電体と正極活物質層とを備え、非水電解質電池に用いられる正極体であって、
前記正極活物質層は、厚さ5μm以上の結晶質構造を有し、
前記正極活物質層の熱膨張係数Tp(10−6/℃)と、前記正極集電体の熱膨張係数Tc(10−6/℃)との関係が、Tp+2.5≧Tc≧Tp−2.5であることを特徴とする正極体。
【請求項3】
前記正極活物質層に含まれる正極活物質は、Liαβ(1−X)であり、
前記正極集電体は、SUS304、SUS304L、SUS316、またはSUS316Lであることを特徴とする請求項2に記載の正極体。
但し、
αは、Co,Ni,Mnから選択される1種以上
βは、Fe,Alから選択される1種以上
Xは、0.5以上、1.0以下
【請求項4】
前記正極活物質層のX線回折ピークの半値幅が0.5°以下であることを特徴とする請求項2または3に記載の正極体。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか一項に記載の正極体と、
負極層と、
これら電極層の間に配される電解質層と、
を備えることを特徴とする非水電解質電池。

【図1】
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【公開番号】特開2011−150986(P2011−150986A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−13425(P2010−13425)
【出願日】平成22年1月25日(2010.1.25)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】