説明

正極活物質の浸出方法

【課題】リチウムイオン2次電池の正極活物質から効率的にニッケル、コバルト、マンガン、リチウムを浸出し、それぞれの金属を分離するのに好都合な液性の溶液を得る。
【解決手段】本発明は、少なくともマンガンを含む遷移金属で構成された複合酸化物からなるリチウムイオン電池の正極活物質から有価金属を浸出させる方法において、硫酸を添加した水溶液中において、前記正極活物質のうちの硫酸溶液に可溶性の成分を溶解する第1工程と、第1工程の後、固液分離せず、硫酸浸出スラリー溶液へ過酸化水素を添加して、硫酸浸出スラリー中に残留する未浸出成分をさらに浸出する第2工程とを含むことを特徴とする正極活物質の浸出方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくともマンガンを含む遷移金属で構成された複合酸化物からなるリチウムイオン電池の正極活物質から有価金属を浸出させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
正極活物質の浸出方法として、特開平10−287864号公報(特許文献1)に鉱酸と過酸化水素による浸出方法があるが、正極活物質中の金属に対して、モル比で1−5倍の鉱酸、過酸化水素をそれぞれ用いている。この方法では、鉱酸や過酸化水素が過剰であるため、浸出後に多量の酸や過酸化水素が浸出液中に残留することになる。したがって、さらに後工程で溶媒抽出などの分離工程を設ける場合、残留した酸を中和するために、中和薬剤を添加する必要が生じる。また、残留した過酸化水素は、溶媒抽出では抽出溶媒を酸化させることにより劣化させるおそれがある。このため、溶媒抽出前にあらかじめ除去しておくことが好ましいが、浸出液から過酸化水素を除去する薬剤が必要となる。
【0003】
特開2007−122885号公報(特許文献2)には、リチウムイオン電池のリサイクルに際して、正極活物質などに含まれるリチウム、ニッケル、コバルトなどの有価金属を、硫酸を用いて浸出し、さらにカーボンなどの固定炭素含有物により浸出を促進する技術が記載されている。
【0004】
特開平11−167936号公報(特許文献3)には、所期の課題が解決されるような具体的な態様として、塩酸を用いて、正極活物質を浸出する方法が記載されている。
【0005】
特開2008−231522号公報(特許文献4)には、廃リチウム電池滓から塩酸または硫酸にてマンガン、コバルト、ニッケルを浸出後に、この浸出液から溶媒抽出を行って、マンガン、コバルト−ニッケルを分離する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−287864号公報
【特許文献2】特開2007−122885号公報
【特許文献3】特開平11−167936号公報
【特許文献4】特開2008−231522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の方法によれば、正極活物質を浸出するために、酸や過酸化水素等を過剰に要するうえに、浸出後の溶液を取り扱う前に中和剤、還元剤による処理が別途必要であるという課題がある。また、特許文献2に記載の方法によれば、吸着物質として固定炭素含有物の使用が必須であり、この含有物による浸出促進効果が、すべての正極活物質に適用されるのではなく、固定炭素含有物に吸着可能なものに限られるため、回収の対象となる正極活物質が限られるという課題がある。また、特許文献3に具体的に記載された方法のように、正極活物質の浸出時に塩酸を使用すれば、浸出反応中に塩素ガスが発生する可能性があり、望ましくないという問題がある。
【0008】
さらに、特許文献4に記載の方法のように、浸出後液を溶媒抽出に供する場合は、高価数のマンガンイオンが逆抽出されにくく、逆抽出時に有機相に残留することがあり、この場合マンガンイオンが残留したまま有機相は抽出に繰り返し使用されることになり、貴金属の回収という観点からはあまり望ましいとは言えない場合があるという課題がある。
【0009】
本発明は、これらの問題点に鑑み、リチウムイオン2次電池の正極活物質から有価金属を効率よく浸出する方法を提供することを目的としている。また、さらに別の観点から、それぞれのイオン種を分離するのに好適な液性の溶液へ薬剤を用いずに調製する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、正極活物質を硫酸で浸出した後、過酸化水素を用いることにより、浸出に要する硫酸、過酸化水素の量を従来の技術より削減しながら高い浸出効率が達成できることを見出し、さらには、浸出後の溶液に正極活物質を添加することにより、中和剤や還元剤等の薬剤を添加することなく、溶液中のマンガンイオンを2価に還元し、残留する酸を消費させるなどして、溶媒抽出法などのイオン種の分離方法に好ましい液性の溶液を得る方法を見出した。
【0011】
本発明は上記知見を基に完成され、次に示す特徴を備えたリチウムイオン電池の正極活物質を浸出する方法である。
(1)少なくともマンガンを含む遷移金属で構成された複合酸化物からなるリチウムイオン電池の正極活物質から有価金属を浸出させる方法において、
硫酸を添加した水溶液中において、前記正極活物質のうちの硫酸溶液に可溶性の成分を溶解する第1工程と、
第1工程の後固液分離せず、硫酸浸出スラリー溶液へ過酸化水素を添加して、硫酸浸出スラリー中に残留する未浸出成分をさらに浸出する第2工程と
を含むことを特徴とする正極活物質の浸出方法。
(2)(1)に記載の方法において、
さらに、第2工程で得られる浸出後液の酸化還元電位を下げ、pHを上げる第3工程と、
第3工程で得られる反応液を固液分離した後、溶媒抽出によりマンガンを有機相抽出し、次に有機相を酸性水溶液で逆抽出してマンガン水溶液を得る第4工程と
からなることを特徴とする方法。
(3)(2)に記載の方法において、
前記第3工程では、前記第2工程で得られる浸出後液に正極活物質を添加することを特徴とする方法。
(4)(1)〜(3)の何れか一項に記載の方法において、前記正極活物質は、正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンおよびリチウムの酸化物を主成分とし、添加する硫酸の量が、ニッケル、コバルト、マンガン、リチウムのモル数の合計モル数未満の量で使用されることを特徴とする方法。
(5)(4)に記載の方法において、添加する過酸化水素の量が、正極活物質のうち前記第1工程で硫酸溶液に未溶解であった正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンの合計モル量に対して0.8〜1.2倍モル量で使用されることを特徴とする方法。
(6)(1)〜(5)の何れか一項に記載の方法において、硫酸と過酸化水素による浸出後液に正極活物質を加えて、酸化還元電位の値を700mV(vs. Ag/AgCl)以下に調整し、溶媒抽出の有機相からマンガンの逆抽出を促進することを特徴とする方法。
(7)(1)〜(6)の何れか一項に記載の方法において、
前記第2工程で得られた浸出後液に、正極活物質を加え撹拌し、浸出後液のpHを2.5以上に上昇させることを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、リチウムイオン電池の正極活物質の浸出において、
1)浸出時に硫酸を用いるので、塩素ガス等を発生しない。
2)硫酸で溶解可能な正極活物質を先に硫酸で浸出してしまうので、過酸化水素の使用量を削減することができる。
3)浸出後の溶液中のマンガンイオンを2価に還元し、溶媒抽出等のイオン種の分離に適した液性の溶液に調製できる。
という効果が得られ、リチウムイオン電池の正極活物質から効率よくニッケル、コバルト、マンガン、リチウムを浸出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】マンガンの抽出までのフローを示す図である。
【図2】正極活物質の浸出フローを示す図である。
【図3】正極活物質の浸出時の浸出液のORP,pH変化を示すグラフである。
【図4】浸出後液から溶媒抽出を行い、逆抽出後の有機相の色調比較を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一態様を図1に示す。浸出処理対象として使用する材料は、リチウムイオン電池の正極活物質、あるいは正極活物質の製造過程等で発生した規格外(オフスペック)の正極活物質、品質管理上の抜取検査処理品、本発明の方法により得られる残渣などである。正極活物質とは、ニッケル酸リチウム、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウムおよびニッケル、コバルト、マンガン、リチウムを種々の割合で含む複合酸化物である。
【0015】
正極活物質には、硫酸で浸出可能な成分が含まれているので、まず、これら成分について硫酸を用いて浸出を行い、硫酸浸出スラリー溶液を得る(第1工程)。この時添加する硫酸の量は、従来においては完全に浸出させるという観点から少なくとも各有価金属のモル数の合計と等量、効率性を考慮するとより多くの量であるのが常識であったところ、本発明では、正極活物質中のニッケル、コバルト、マンガン、リチウムのモル数の合計未満、溶解の効率化の観点からニッケル、[(コバルト、マンガン、リチウムのモル数の合計)−(リチウムのモル数×0.5)]以上が好ましい。例えば、正極活物質中に、ニッケル、コバルト、マンガンがそれぞれ0.1モル、およびリチウムが0.3モル、それぞれ含有されている場合、浸出処理に使用する硫酸量は、通常は0.1+0.1+0.1+0.3=0.6モル未満であり、浸出の効率性を考えると、0.1+0.1+0.1+0.3×0.5=0.45モル以上が好ましい。硫酸をこの量で用いる理由としては、過剰の硫酸を用いて有価金属を完全に浸出させるのではなく、より少ない硫酸を用いたとしても第2工程での浸出処理にてほぼ全量を浸出させることができるようにし、酸の使用量を抑えることで、コストを下げる他に、浸出後の中和処理が必要なくなるか、あるいは過酷な条件で行う必要がないようにするためである。なお、液温は常温においても反応は進行する。
【0016】
次に、第1工程の後、固液分離せずに、硫酸浸出スラリー溶液へ過酸化水素を添加する(第2工程)。このとき、過酸化水素の添加は、硫酸添加し撹拌後、連続して行ってもよいし、時間、あるいはさらに場所を変えて行ってもよい。正極活物質を先に硫酸で浸出することにより、過酸化水素の使用量が少なくて済む。これが先に硫酸で浸出する理由である。硫酸で浸出可能な量は、正極活物質の組成により異なる。このため、硫酸と同時に過酸化水素を入れると、過酸化水素の過不足が生じる。先に硫酸で浸出し、未溶解分に対して過酸化水素を添加すれば、硫酸に溶解可能な成分にまで、過酸化水素を使用しなくてよいので、過酸化水素の使用量が削減できる。
【0017】
硫酸で浸出された正極活物質には、浸出しきれなかったニッケル、コバルト、マンガン、リチウムが残る。これらを浸出するために、過酸化水素を添加する。過酸化水素の添加量は硫酸に対して未溶解のニッケル、コバルト、マンガンと等モル量の合計量程度、例えばニッケル、コバルト、マンガンの合計モル量に対して0.8〜1.2倍モル量を添加する。例えば、硫酸で浸出された正極活物質に、ニッケルが0.06モル、コバルトが0.06モル、マンガンが0.06モル、それぞれ含有されている場合、浸出処理に使用する過酸化水素量は、0.06+0.06+0.06=0.18モル程度、例えば0.144(0.18×0.8)〜0.216(0.18×1.2)モルとなる。これ以上の過酸化水素の添加は、コスト的に不利である。また残留した過酸化水素は後工程で溶媒抽出によるイオン種の分離を行う場合は、抽出溶媒へ悪影響を及ぼすことがある。過酸化水素の添加により硫酸だけでは浸出できなかったニッケル、コバルト、マンガン、リチウムの浸出が進み、硫酸による浸出時に加えて溶液中に残っていた硫酸が消費される。
【0018】
通常は、硫酸、過酸化水素で浸出後の溶液を次の金属イオンの分離処理に用いるが、この浸出後液の酸化還元電位を下げ、pHを上げてもよい。これにより、高酸化状態となったイオン種が2価のイオンに還元されると考えられる。この時の浸出後液の酸化還元電位は700mV(vs. Ag/AgCl)以下とする。これにより、溶媒抽出の有機相からマンガンの逆抽出を促進することが可能となる。常温(20〜30℃)でも反応は進行する。
浸出後液の酸化還元電位を下げる方法としては、例えば正極活物質の添加が挙げられる。添加する正極活物質としては、図2で示される浸出残渣を用いても同様の効果が得られる。あるいは、未浸出の正極活物質を添加してもよいし、未浸出の正極活物質と浸出後の正極活物質の両方を添加してもよい。
【0019】
溶液中から金属イオンを分離する方法として、浸出後液または酸化還元電位およびpHが調整された浸出後液について固液分離した後、所定の金属イオンの抽出を補助する抽出剤の存在下で有機溶媒を用いる溶媒抽出法が用いられる。金属イオンを抽出前の有機相は無色であるが、溶液中で色を呈する金属イオンを抽出した後の有機相は着色しており、適当な酸濃度の水溶液で逆抽出してやれば、有機相の金属イオンは水溶液へ逆抽出され、逆抽出後の有機相は再び無色に戻る。これにより、金属イオンの相間での移動を確認することができる。
【0020】
このような抽出剤としては、リン酸系抽出剤、ホスホン酸系抽出剤などが挙げられ、より具体的には、ジ(2−エチルヘキシル)リン酸などが挙げられる。
【0021】
浸出の過程において、マンガンなどは価数が2価よりも高くなることがある。同種の金属であっても、このように価数の異なる複数種の金属イオンが混在する現象は、浸出後にそれぞれのイオン種を分離する方法として溶媒抽出法を行う場合は問題となる。浸出後液中に価数が高いマンガンイオン種が存在したまま、溶媒抽出を行うと、逆抽出後も抽出剤に取り込まれた一部のマンガンイオンが有機相に残留してしまうことがある。その結果、逆抽出後の溶媒には紫色の着色が見られることがある。これは価数が2価より高いマンガンイオンの色と考えられる。
【0022】
有機溶媒に残留するマンガン量は、有機溶媒1Lあたりマンガン数十mgという少量ではあるが、溶媒抽出では逆抽出後の有機溶媒を再び抽出へ繰り返し、連続で抽出を行うのが一般的であるため、有機溶媒中に逆抽出しきれなかったマンガンが蓄積される。また価数の高いマンガンイオンは酸化力を有しているため、溶媒抽出において有機溶媒が酸化されるおそれがある。これらの理由から、逆抽出によって有機相から金属イオンを全量払い出すことが理想であり、逆抽出できない金属イオンは、あらかじめ除去しておくか、価数などを調整して逆抽出が可能となるイオン種にしておくことが重要となる。
【0023】
その方法として、浸出後液に正極活物質を添加するとマンガンイオンの価数が下がり、逆抽出されやすくなるので逆抽出後の有機相へのマンガンの残留量が下がる。逆抽出後の有機相は無色である。
【0024】
正極活物質を添加することにより、残留した硫酸と過酸化水素が消費される。これにより、浸出後液のpHは上昇する。浸出後液から溶媒抽出等でニッケル、コバルト、マンガン、リチウムを分離する場合は、弱酸性から中性が好適である。なぜなら、ニッケル、コバルト、マンガン、リチウムを抽出する溶媒の抽出pHは弱酸性から中性領域であるからである。そのため、浸出後液の酸濃度が高いと不都合である。しかし、アルカリ剤等の中和剤で浸出後のpHを上げようとすると、薬剤コストが別途必要となるが、原料である正極活物質を添加すれば、中和薬剤は不要である。
【0025】
浸出後液からリン酸系抽出剤、ホスホン酸系抽出剤を用いてマンガンの溶媒抽出を行うのであれば、ある程度の抽出量を得るには抽出平衡pHが2.5以上であることが必要である。このため、抽出前液のpHもこのpHに近いかそれ以上あることが好ましく、浸出後液のpHを2.5以上にすることが好ましい。なぜなら、抽出平衡pHよりも低pHの抽出前液にて抽出を行おうとすると、抽出平衡pHを維持するために、抽出に伴い抽出剤から放出されるプロトンの中和と抽出前液の中和とを同時に行わなければならないので、抽出反応時に多量のpH調整剤を添加せねばならず、抽出pH制御が難しくなるからである。
ここでは、マンガンの抽出を具体的に説明したが、その他の有価金属であるコバルト、ニッケル、リチウムは従来公知の方法で、それぞれ抽出することができる。
【0026】
添加した正極活物質はその大部分が浸出残渣となるが、この残渣を繰り返し浸出または浸出後に添加する用に供すれば、工程外へのロスとはならない。
【実施例】
【0027】
(実施例1:硫酸で浸出後に過酸化水素を添加する効果について)
図2に示したように、1mol/Lの硫酸溶液0.5L(硫酸0.5mol)へ正極活物質1(31.3 dry−g)を添加し、加温なしで600rpmにて撹拌した。添加した硫酸量は正極活物質中のニッケル、コバルト、マンガンと等mol量の硫酸と、リチウムに対してモル比で0.5の硫酸の合計量である。添加した正極活物質の組成を表1に示す。液温は20〜30℃であった。また、硫酸浸出残渣2の組成を示す表2によれば、硫酸のみの浸出によって、浸出前の正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンのうち約37wt%がそれぞれ浸出され、リチウムは66wt%浸出された。
【0028】
前項の硫酸のみによる浸出後、固液分離を行わず、硫酸浸出のスラリー溶液に過酸化水素を添加した。硫酸に未溶解の正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンに対して、等モル量の合計量の過酸化水素を含む35wt%過酸化水素水を添加し、加温なしで600rpmにて撹拌した。硫酸に未溶解の正極活物質の組成は、表2に示す組成である。その結果、浸出後液3の組成を示す表3によれば、硫酸でまず浸出後に過酸化水素を添加して浸出することにより、浸出前の正極活物質のうち96wt%以上のニッケル、コバルト、マンガン、リチウムがそれぞれ浸出された。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
(実施例2:正極活物質の添加と添加後の浸出液によるマンガン溶媒抽出)
硫酸と過酸化水素による浸出後の溶液0.5Lに正極活物質(10dry−g)を加え、600rpmで常温(20〜30℃)にて撹拌を行うと、溶液の酸化還元電位ORPが700mV(vs. Ag/AgCl)以下に低下した。また溶液のpHは3以上に上昇した。この結果を図3に示す。添加した正極活物質の組成は表1に示す正極活物質と同じものである。正極活物質を添加した時間は図中の反応時間6.5時間のときである。その後、撹拌を続けると酸化還元電位ORPの低下と、pHの上昇が見られた。正極活物質を添加してから8.5時間後(浸出開始から15時間後)、浸出後液のORPは700mV以下となった。pHは3.8まで上昇した。
【0033】
この正極活物質を加えて酸化還元電位ORPとpHを調整した浸出後液を固液分離後、ろ液からマンガン溶媒抽出を行い、浸出液のマンガンを有機相に抽出した。次に有機相に硫酸水溶液を加え、有機相から水溶液中へマンガンを逆抽出した。ここで用いたマンガン抽出溶媒はジ(2−エチルヘキシル)リン酸(ランクセス社製 D2EHPA)25体積%と希釈剤shell sol D70(シェルケミカルズ株式会社)の混合溶媒である。抽出条件、逆抽出条件は表4に示す。その結果、逆抽出後の有機相の色は無色であり、逆抽出後の有機相中のマンガンを分析したところ有機相1Lのマンガン濃度は30mg/Lとわずかであり、抽出したマンガンをほぼ逆抽出できた。(表5)
【0034】
【表4】

【0035】
【表5】

【0036】
(浸出後液への正極活物質の添加有無によるマンガンの逆抽出量の比較について)
実施例2の条件を「条件A」とする。実施例1の条件、すなわち浸出後液に正極活物質を添加しない以外は実施例2と同じ条件にて正極活物質を浸出した後、固液分離したろ液を実施例2の表4と同じ条件でマンガンの溶媒抽出と逆抽出を行った。これを「条件B」とする。条件Aと条件Bにおける逆抽出後の有機相の色を比較すると、浸出後に正極活物質を加えた条件(条件A)では有機相が無色であったのに対し、正極活物質を加えなかった条件(条件B)では有機相が紫色に着色した。この結果を図4(a)、(b)に示す。表6に示すように、逆抽出後の有機相に残留していたマンガン濃度は、浸出後に正極活物質を加えなかった条件(条件B)よりも、浸出後に正極活物質を添加した条件(条件A)の方が低く、浸出後に正極活物質を加えることによって、より多くのマンガンを抽出することができた。
【0037】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともマンガンを含む遷移金属で構成された複合酸化物からなるリチウムイオン電池の正極活物質から有価金属を浸出させる方法において、
硫酸を添加した水溶液中において、前記正極活物質のうちの硫酸溶液に可溶性の成分を溶解する第1工程と、
第1工程の後固液分離せず、硫酸浸出スラリー溶液へ過酸化水素を添加して、硫酸浸出スラリー中に残留する未浸出成分をさらに浸出する第2工程と
を含むことを特徴とする正極活物質の浸出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、
さらに、第2工程で得られる浸出後液の酸化還元電位を下げ、pHを上げる第3工程と、
第3工程で得られる反応液を固液分離した後、溶媒抽出によりマンガンを有機相抽出し、次に有機相を酸性水溶液で逆抽出してマンガン水溶液を得る第4工程と
からなることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、
前記第3工程では、前記第2工程で得られる浸出後液に正極活物質を添加することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載の方法において、前記正極活物質は、正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンおよびリチウムの酸化物を主成分とし、添加する硫酸の量が、ニッケル、コバルト、マンガン、リチウムのモル数の合計モル数未満の量で使用されることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法において、添加する過酸化水素の量が、正極活物質のうち前記第1工程で硫酸溶液に未溶解であった正極活物質に含まれるニッケル、コバルト、マンガンの合計モル量に対して0.8〜1.2倍モル量で使用されることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載の方法において、硫酸と過酸化水素による浸出後液に正極活物質を加えて、酸化還元電位の値を700mV(vs. Ag/AgCl)以下に調整することを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか一項に記載の方法において、
前記第2工程で得られた浸出後液に、正極活物質を加え撹拌し、浸出後液のpHを2.5以上に上昇させることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−72488(P2012−72488A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164477(P2011−164477)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】