説明

水性防汚塗料

【課題】有機溶剤系防汚塗料に匹敵する防汚性能を有する水性防汚塗料を提供する。
【解決手段】炭素数16以上のアルケニル基を有する常温で液状のアルケニルコハク酸無水物とこれを水中に乳化させた界面活性剤とを含有する水性防汚塗料とする。アルケニルコハク酸無水物を含有していることにより、長期間に亘って水生生物の付着を防止するという、有機溶剤系防汚塗料に匹敵する防汚効果を発揮する。有機溶剤を全くあるいは殆ど含有しないので、取扱作業性が良好であり、環境への負荷を抑えることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水生生物の付着による汚損を防止するための水性防汚塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類養殖用あるいは定置用の漁網、ロープ、フロート等の漁業資材は水中に浸漬して使用されるのであるが、長期に亘って使用する間に表面に水生生物、すなわち、二枚貝類、甲殻類、ヒドロ虫類等の動物類、ワカメ、アオサ、コンブ等の植物類が付着、繁茂する。水生生物の付着量が多くなると、資材本来の機能が損なわれるため、たとえば定置用漁網にあっては波への抵抗が大きくなって破損する。また魚類養殖用漁網(生簀)にあっては水通りが悪化し、酸欠等が起こる。これらにより、資材の補修交換が必要になり、かなりの時間と労力が費やされる。
【0003】
水生生物の付着防止対策として、漁網防汚剤等と称して種々の防汚塗料が提案され使用されている。しかし従来の防汚塗料には溶媒としてキシレン等の有機溶剤が使用されており、有機溶剤は周知のように引火性および中毒性があるため、塗布または塗装の作業時の取扱に十分に注意をはらわないと火災や中毒の危険性がある。作業中には有機溶剤を環境中へ放出する結果ともなっている。近年では、家庭塗料等に用いられているような、水を溶媒とした水性防汚塗料も提案されている(例えば特許文献1)。
【特許文献1】特開2005−213336公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし水性防汚塗料は、有機溶剤系防汚塗料と同等の防汚性能を有するものが実用化されるまでには至っていないのが現状である。
本発明は、上記問題に鑑み、有機溶剤系防汚塗料に匹敵する防汚性能を有する水性防汚塗料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、水性防汚塗料にアルケニルコハク酸無水物を含有させると、形成される塗膜が漁網、ロープ、フロート等の被着体に密着し、且つ被着体の動きに追従する柔軟性を備えるという、水中に浸漬状態となる塗料に期待される性能を発揮するだけでなく、長期に亘って水生生物の付着を防止する防汚性能を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。有機溶剤を含んでいないので、取扱作業性は良好であり、環境負荷も低減できる。
【0006】
すなわち、本発明の水性防汚塗料は、炭素数16以上のアルケニル基を有する常温で液状のアルケニルコハク酸無水物とこれを水中に乳化させた界面活性剤とを含有することを特徴とする。アルケニル基は直鎖状でも分岐鎖状でもよく、置換基を有していてもよく、たとえば、アルケニル炭化水素骨格の原子量総和が150〜4000の範囲であれば、大気圧下、常温で通常は液状(流動性を有する)であり、その液状のものを選択すれば、有機溶剤を用いることなく水中に界面活性剤により乳化させることができるため、使用可能である。ここで常温とは25℃を言う。ただし炭素数が小さいと有機溶剤的性質、たとえば引火性を発揮するので、炭素数16以上のものを使用する。
【0007】
バインダー成分と防汚有効成分に加えて、アルケニルコハク酸無水物が溶媒としての水に乳化されていることになる。さらに溶出調整剤を含有させるのが好ましい。防汚性能が長期にわたって発揮されるメカニズムは明らかではないが、アルケニルコハク酸無水物が水中で徐々に加水分解されることで徐放機能を果たすものと思われる。アルケニルコハク酸無水物はC,H,Oのみで構成されていて、それ自体およびその分解産物も非毒性である。
【0008】
アルケニルコハク酸無水物のアルケニル基は、コハク酸無水物に結合するプロペニル部分を有し、その1または2個の炭素にアルキルが結合したアルキル−プロペニル基であってよい。たとえば、(CHCR−もしくは(CHCRCH−(RはC炭化水素留分であり、nは2〜70の整数である)で示されるアルキル基を1の炭素上に有し、他の炭素上に炭素数1〜20の直鎖状アルキルを有することもある、アルキル−プロペニル基を持ったコハク酸無水物は好適に使用することができる。ここで、C炭化水素留分は−CHC(CH−を意味する。
【0009】
アルキルが結合していないプロペニル炭素上にさらに、AもしくはACH−(ここで、Aはコハク酸無水物基である)が結合したアルキル−プロペニル基を持ったコハク酸無水物も使用可能である。
【0010】
かかるアルキル−プロペニル基を持ったコハク酸無水物を、式(I)
【0011】
【化2】

を用いて、また水素をHで表し、(CHCRをBで表し、直鎖状アルキルをAlkで表して例示すると、R/R/Rが順に、H/H/BCH、あるいはH/B/Alk、H/B/ACH、あるいはH/A/BCH、であるアルケニルコハク酸無水物が挙げられる。
【0012】
およびRがともに水素であり、Rが(CHCRCH−(ここで、RはC炭化水素留分であり、nは3〜40の整数である)であるか;または、Rが水素であり、Rが(CHCR−(Rおよびnは前記と同意義を有する)であり、Rが炭素数1〜4のアルキルであるアルケニルコハク酸無水物はより好ましい。かかるアルケニルコハク酸無水物は、後述するナフサ分解からのポリブテンに無水マレイン酸を付加して製造することができる。分子量1000程度のものは市販品として入手することもできる。
【0013】
炭素数16以上の直鎖状の内部オレフィン(アルケン)に無水マレイン酸を加えてエン付加反応させることで得られる、1または2個の直鎖状アルキルを有するアルキル−プロペニル基を持ったコハク酸無水物、つまり、R/R/Rが順に、H/Alk/H、Alk/H/H、Alk/Alk/H、Alk/H/Alkであるアルキル−プロペニル基を持ったコハク酸無水物も使用可能である。コハク酸無水物部分が一部加水分解されているものも有効である。
【0014】
バインダー成分としては樹脂などを使用することができる。樹脂エマルジョン、たとえばアクリル樹脂エマルジョンの使用が都合よい。ガラス転移点が−20〜+30℃のものが好ましい。−20℃より低いとべたつきが起こり、+30℃を超えると造膜しにくい。モノマー組成は、耐水性、被着体への密着性および追従性、他の配合物との相性を考慮する必要があるが、特に限定されない。配合量は通常、アルケニルコハク酸無水物100部(重量部数を表す。以下同様である。)に対して50〜400部、好ましくは80〜300部である。50部未満であると密着性が不十分となり、400部を超えると、粘度が大きいことから伸びが悪く、厚塗り、ごわつき、使用量大等を来たす。分散安定性の観点からは80部以上が望ましい。
【0015】
界面活性剤は、アルケニルコハク酸無水物の分散安定効果と、被着体に対する濡れ性向上効果とを兼ね備えたものであれば、特に制限なく使用することができる。たとえば以下の界面活性剤の内から1種類を単独で又は2種類以上を組み合わせて、水性防汚塗料の総量に対して0.5〜5%、好ましくは0.5〜3%の割合で配合することができる。0.5%未満であると長期貯蔵安定性が不十分となり、5%を超えると耐水性の低下等を来たし、防汚性能に悪影響が及ぶ傾向がある。
【0016】
使用可能な陰イオン界面活性剤は、ポリオキシエチレンまたはPOEアルキルエーテルカルボン酸塩、N−アシルアミノ酸塩、アシル化ペプチド、アルキルスルホン酸塩、スルホコハク酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、N−アシルスルホン酸塩、アルキル硫酸塩、アルキルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンまたはPOEアルキルアリルエーテル硫酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンまたはPOEアルキルエーテルリン酸塩、ポリオキシエチレンまたはPOEアルキルアリルエーテルリン酸塩などである。
【0017】
また非イオン界面活性剤は、ポリオキシエチレンアルキルおよびアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリオキシエチレンポリオキシプロピルアルキルエーテル、グリセリンエステルのポリオキシエチレンエーテル、ソルビタンエステルのポリオキシエチレンエーテル、ソルビトールエステルのポリオキシエチレンエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、グリセリンエステル、ポリグリセリンエステル、ソルビタンエステル、プロピレングリコールエステル、ショ糖エステル、脂肪酸アルカノールアミド、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アミノオキシド、シリコーン界面活性剤などである。
【0018】
溶出調整剤としては、ジアルキルポリスルフィド類、シリコーンオイル類、およびポリブテン類より選ばれる1種類または2種類以上を使用することができる。使用可能なジアルキルポリスルフィド類としては、ジエチルポリスルフィド、ジプロピルポリスルフィド、ジオクチルポリスルフィド、ジターシャリーブチルポリスルフィド、ジターシャリーノニルポリスルフィド、ジターシャリードデシルポリスルフィドなどが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、これらを1種類単独でまたは2種類以上混合して配合することができる。
【0019】
シリコーンオイルとしては、ジメチルシリコーンオイル、メチルフェニルシリコーンオイル、メチルハイドロジェンシリコーンオイル、アミノ変性シリコーンオイル、カルボキシル変性シリコーンオイル、アルキル及びアルキルアラルキル変性シリコーンオイル、アルキルアラルキルポリエーテル変性シリコーンオイル、ポリエーテル変性シリコーンオイル等が挙げられ、これらに限定されるものではないが、塗料全体での消泡を考慮して選択するのが好ましい。これらを1種類単独でまたは2種類以上混合して配合することができる。
【0020】
ポリブテンとしては、平均分子量が200〜1000の低分子量のものが好ましく、平均分子量の異なるポリマーを1種類単独でまたは2種類以上混合して配合することができる。かかるポリブテンはたとえば、(CHC(CHC(CHCHC(CH)=CHで表される、ナフサ分解により生成するブタン−ブテン留分のうちイソブチレンを主体とし一部n−ブテンが反応した共重合物質として、種々のグレードのものが市販されている。
【0021】
溶出調整剤の総配合量は通常、アルケニルコハク酸無水物100部に対して50〜500部とする。50部未満であると、アルケニルコハク酸無水物等が溶出しにくく、防汚性能が低くなり、500部を超えると、粘度が低すぎて塗料として機能しにくい。各々の溶出調整剤の混合割合は、塗料被着体が使用される水域の付着生物の特徴、水温、塩分濃度等に応じて適宜調整すればよい。
【0022】
本発明の水性防汚塗料に使用する防汚有効成分としては、従来より使用されている銅紛、亜酸化銅、ロダン銅、2−ピリジンチオール−1−オキシドの亜鉛及び銅塩、ジメチルジチオカーバメートの亜鉛及び銅塩、ビス(ジメチルジチオカルバモイルジンク)エチレンビスジチオカーバメート、3−(3,4ジクロロフェニル)−1,1−ジメチルウレア、N−ジクロロフルオロメチルチオ−N´,N´−ジメチル−N−フェニルスルファミド、N−(フルオロジクロロメチルチオ)フタルイミドなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではなく、これらを1種類単独で又は2種類以上混合して配合することができる。防汚有効成分の配合量は通常、アルケニルコハク酸無水物100部に対して30〜500部、好ましくは100〜400部である。配合量が30部を下回ると当該防汚有効成分による防汚効果は十分に得られず、500部を上回ると乾燥後の塗膜が脆くなる傾向にある。
【0023】
一般に配合されている顔料、染料、着色剤、沈降防止剤、増粘剤、色別れ防止剤、防腐剤、消泡剤などを適宜配合することができる。低温時の乾燥を促進するための造膜助剤として、アルコール類等の水溶性の有機溶剤を配合してもよい。ただし上述したように有機溶剤の弊害をなくすことが大きな目的なので、水性防汚塗料100部に対して0.1〜5部の配合量に抑える。0.1部未満であれば助剤としての効果が低く、5部を超えると引火性の問題が発生する。
【0024】
本発明の水性防汚塗料は、以上の塗料成分の内の所望成分の全てを水中に入れて攪拌混合するか、あるいは液状成分を混合してから他の成分とともに水中に分散させることにより、塗料化することができる。均一となった水性防汚塗料を、漁網、ロープ、フロート等の被着体に対して、ディッピング、ハケ塗り、スプレー等の方法で塗布又は塗装し、乾燥させればよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の水性防汚塗料は、アルケニルコハク酸無水物を含有しているため、長期間に亘って水生生物の付着を防止する防汚効果を発揮し、その長期防汚効果は有機溶剤系防汚塗料に匹敵する。有機溶剤を全くあるいは殆ど含有しないので、取扱作業上、引火、有機溶剤中毒等の危険性がなく安全であり、環境への負荷を抑えることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を具体的な実施例を挙げて説明する。これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
(実施例1および2、及び、比較例1および2)
以下の表1に示す組成物を均一に攪拌混合して水性防汚塗料を調製した。表中に示したマレイン化ポリブテンは、上述の請求項5に記載した構造においてRがメチルであるアルケニルコハク酸無水物であり、数平均分子量1100である。
【0027】
【表1】

(防汚効果試験)
各実施例および比較例の水性防汚塗料を、ポリエチレン製無結節網(7節400デニール/50本撚り)にディッピング法で塗布し、5日間天日乾燥させることにより、試験網を作成した。各試験網を無処理網とともに平成17年3月中旬から4ヶ月間、大阪府泉南郡岬町淡輪の海面下約1mに浸漬し、生物の付着状況を調べた。結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

表2から、本発明の水性防汚塗料を用いた実施例1及び2は、比較例1及び2に比べて生物付着を防止する効果が大きく且つ長期間持続していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の水性防汚塗料は、取扱作業性が良好で、環境への負荷が少なく、水生生物の付着を防止する防汚効果に優れているので、水中に浸漬して使用する漁業資材はもちろん、船体への利用も可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数16以上のアルケニル基を有する常温で液状のアルケニルコハク酸無水物とこれを水中に乳化させた界面活性剤とを含有する水性防汚塗料。
【請求項2】
バインダー成分と防汚有効成分とアルケニルコハク酸無水物とが溶媒としての水に乳化された請求項1記載の水性防汚塗料。
【請求項3】
溶出調整剤を含有する請求項1または請求項2のいずれかに記載の水性防汚塗料。
【請求項4】
アルケニル基が、(CHCR−もしくは(CHCRCH−(RはC炭化水素留分であり、nは2〜70の整数である)で示されるアルキル基を1の炭素上に有し、他の炭素上に炭素数1〜20の直鎖状アルキルを有することもある、アルキル−プロペニル基である請求項1記載の水性防汚塗料。
【請求項5】
アルキルが結合していないプロペニル炭素上にさらに、AもしくはACH−(ここで、Aはコハク酸無水物基である)が結合している請求項1または請求項4記載の水性防汚塗料。
【請求項6】
アルケニルコハク酸無水物が、式(I)
【化1】

〔式中、RおよびRがともに水素であり、Rが(CHCRCH−(ここで、RはC炭化水素留分であり、nは3〜40の整数である)であるか;または、Rが水素であり、Rが(CHCR−(Rおよびnは前記と同意義を有する)であり、Rが炭素数1〜4のアルキルである〕で表される請求項4記載の水性防汚塗料。
【請求項7】
バインダー成分が樹脂エマルジョンである請求項2記載の水性防汚塗料。
【請求項8】
溶出調整剤が、ジアルキルポリスルフィド類、シリコーンオイル類、およびポリブテン類より選ばれる1種類または2種類以上である請求項3記載の水性防汚塗料。

【公開番号】特開2008−7655(P2008−7655A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−180524(P2006−180524)
【出願日】平成18年6月30日(2006.6.30)
【出願人】(391060443)扇化学工業株式会社 (1)
【Fターム(参考)】