説明

水溶性アントラピリドン化合物又はその塩、インク組成物及び着色体

【課題】耐水性、耐湿性に優れたマゼンダ色素を提供する。
【解決手段】下記式(1)で表されるアントラピリドン化合物又はその塩


(式中、Rは水素またはアルキル基、X及びYはそれぞれ水素またはアルキル基、一方がアルキル基であり、カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である。)を色素として用いることにより、インクジェット記録に適する色相と鮮明性を有し、色濃度が高く、且つ記録物の耐光性、耐ガス性(例えば耐オゾンガス性)、耐湿性、および特に普通紙にプリントした場合における耐水性などの堅牢性に優れた保存安定性の良いインク組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水溶性のアントラピリドン化合物又はその塩、これを含有するインク組成物及びこれにより着色された着色体に関する。
【背景技術】
【0002】
各種カラー記録方法の中で、その代表的方法の一つであるインクジェットプリンターによる記録方法、すなわちインクジェットプリントは、インクの吐出方式が各種開発されているが、いずれもインクの小滴を発生させ、これを種々の被記録材料、例えば、紙、フィルム、布帛等に付着させ記録を行うものである。この方法は、記録ヘッドと被記録材料とが直接接触しない為、音の発生がなく静かであり、また小型化、高速化、カラー化が容易という特長の為、近年急速に普及しつつあり、今後とも大きな伸長が期待されている。従来、万年筆、フェルトペン等のインク及びインクジェットプリントインクとしては、色素として水溶性の染料を水性媒体に溶解したインクが使用されており、これらの水性インクにおいてはペン先やインク吐出ノズルでのインクの目詰まりを防止すべく、一般に水溶性の有機溶剤が添加されている。これらのインクにおいては、十分な濃度の記録画像を与えること、ペン先やノズルの目詰まりを生じないこと、被記録材上での乾燥性がよいこと、滲みが少ないこと、保存安定性に優れること等が要求される。また形成される記録画像には、耐水性、耐湿性、耐光性、および耐ガス性等の堅牢度が求められている。
インクジェットのノズル詰まりは、ノズル付近でインク中の水分が他の溶剤や添加剤よりも先に蒸発し、水分が少なく溶剤や添加剤が多いという組成状態になったときに色素が結晶化し析出することに由来するものが多い。よって、インクを蒸発乾燥させた場合においても結晶が析出しにくいということが非常に重要な要求性能の一つである。またこの理由により、溶剤や添加剤に対する高い溶解性も色素に求められる性質のひとつである。
【0003】
ところで、コンピューターのカラーディスプレー上の画像又は文字情報をインクジェットプリンターによりカラーで記録するには、一般にイエロー(Y)、マゼンタ(M)、シアン(C)、ブラック(K)の4色のインクによる減法混色が用いられ、これにより記録画像がカラーで表現される。CRT(ブラウン管)ディスプレー等におけるレッド(R)、グリーン(G)、ブルー(B)による加法混色画像を、減法混色画像で出来るだけ忠実に再現するには、インクに使用される各色素、中でもY、M、Cのそれぞれが、標準に近い色相を有し且つ鮮明であることが望まれる。又、インクは長期の保存に対して安定であり、また前記のようにプリントした画像の濃度が高く、しかも印刷画像の堅牢度に優れている事が求められる。
【0004】
近年のインクジェットプリント技術の発達により、印刷スピードの向上がめざましく、オフィス環境での主用途である普通紙へのドキュメントの印刷に、電子トナーを用いたレーザープリンターと同じ様に、インクジェットプリンターを用いる動きが出ている。インクジェットプリンターは、記録紙の種類を選ばない、機械の価格が比較的安い、という利点があり、特にSOHO等の小〜中規模オフィス環境で普及が進んでいる。このように普通紙への印刷にインクジェットプリンターを使用する場合、印刷物に求められる各種の品質の中でも、色相や耐水性がより重視される傾向がある。これらの性能、特に耐水性能を満たす為には顔料インクを用いるという方法が提案されているが、色素として顔料を使用したインクは染料インクと異なり、溶液とはならず分散液であるため、保存安定性が不良であるという問題や、プリンターヘッドのノズルが詰まるという問題などが比較的起こりやすい。また、顔料インクを使用した場合、耐擦性にも問題が出ることが多く、色相も染料より劣る場合が多い。これに対して染料を使用したインクの場合、このような顔料を使用したインクの問題は比較的起こりにくいとされる。しかし、染料インクは特に耐水性が顔料インクと比較して著しく劣り、それに対する改良が強く望まれている。
【0005】
普通紙上での耐水性向上という問題に対しては古くから多くの提案がなされている。耐水性に優れ、色相や耐光性などの改良を行ったインクジェット用のマゼンタ色素としては、例えば特許文献1乃至10には、アントラピリドン系マゼンタ色素が開示され、特許文献11及び12には、架橋基で結合されたニ量体型のアントラピリドン系マゼンタ色素が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2000−109464号公報
【特許文献2】特開平10−306221号公報
【特許文献3】特開2000−191660号公報
【特許文献4】特開2000−169776号公報
【特許文献5】特開2001−72884号公報
【特許文献6】特開2001−139836号公報
【特許文献7】特開2002−332418号公報
【特許文献8】特開2005−8868号公報
【特許文献9】特開2005−314514号公報
【特許文献10】特開2006−188706号公報
【特許文献11】WO2003/027185号公報
【特許文献12】WO2006/075706号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には耐水性及び/又は耐湿性に優れたマゼンタ色素が開示されているが、耐水性、特に普通紙に記録した場合の記録画像の耐水性について市場の要求を十分に満たしているとはいえない。
よって、より多くの種類の普通紙上で一様に優れた耐水性をもち、更には耐光性や色相、色濃度にも優れたマゼンタ色素が求められていた。
本発明は水または水溶性有機溶剤に対する溶解性が高く、インクジェット記録に適する色相と鮮明性を有し、色濃度が高く、且つ記録物の耐光性、耐ガス性(例えば耐オゾンガス性)、耐湿性、および特に普通紙にプリントした場合における耐水性などの堅牢性に優れた水溶性のマゼンタ色素及びそれを含有する保存安定性の良いインク組成物を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は前記課題を解決すべく、鋭意検討の結果、特定の式で示される水溶性アントラピリドン化合物及びそれを色素として含有するインク組成物が前記課題を解決するものであることを見出し、本発明を完成させたものである。
即ち、本発明は、
(1)
下記式(1)で表されるアントラピリドン化合物又はその塩、
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Rは水素原子またはC1−C4のアルキル基を表し、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC1−C8のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC1−C8のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である。)、
(2)
Rはメチル基であり、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC2−C6のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC2−C6のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である、
上記(1)に記載のアントラピリドン化合物又はその塩、
(3)
Rはメチル基であり、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC3−C5のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC3−C5のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位である、
上記(1)または(2)に記載のアントラピリドン化合物又はその塩、
(4)
上記(1)乃至(3)のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物又はその塩を色素として含有し、さらに水を含有することを特徴とするインク組成物、
(5)
水溶性有機溶剤をさらに含有する上記(4)に記載のインク組成物、
(6)
インクジェット記録用である上記(5)に記載のインク組成物、
(7)
色素として含有する上記(1)乃至(3)のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物の総質量中における無機不純物の含有量が、該化合物の総質量に対して1質量%以下である上記(4)乃至(6)のいずれか一項に記載のインク組成物、
(8)
色素として含有する上記(1)乃至(3)のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物の含有量が、組成物の総質量に対して0.1〜20質量%の範囲である上記(4)乃至(7)のいずれか一項に記載のインク組成物、
(9)
インク滴を記録信号に応じて吐出させて被記録材に記録を行うインクジェット記録方法において、インクとして上記(4)乃至(8)のいずれか一項に記載のインク組成物を用いることを特徴とするインクジェット記録方法、
(10)
被記録材が情報伝達用シートである上記(9)に記載のインクジェット記録方法、
(11)
情報伝達用シートが普通紙又は多孔性白色無機物を含有するインク受像層を有する(10)に記載のインクジェット記録方法、
(12)
上記(4)乃至(8)のいずれか1項に記載のインク組成物により着色された着色体、
(13)
着色がインクジェットプリンターによりなされた上記(12)に記載の着色体、
(14)
上記(4)乃至(8)のいずれか一項に記載のインク組成物を含有する容器が充填されたインクジェットプリンター、
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の上記式(1)で示される水溶性アントラピリドン化合物又はその塩は、水や水溶性有機溶剤に対する溶解性に優れる。またインク組成物を製造する過程での、例えばメンブランフィルターに対するろ過性が良好という特徴を有し、インクジェット記録紙上で非常に鮮明で、明度の高いマゼンタ色の色相を与える。又、この化合物を色素として含有する本発明のインク組成物は長期間保存後の結晶析出、物性変化、色相変化等もなく、貯蔵安定性が極めて良好である。そして本発明のインク組成物をインクジェット記録用のインクとして使用した印刷物は被記録材(例えば紙、フィルム等)を選択することなくマゼンタ色の色相として理想的な色相であり、写真調のカラー画像を紙の上に忠実に再現させることも可能である。
更に本発明のインク組成物は、従来の染料インクと比較して特に普通紙上での耐水性が極めて向上している。また、写真画質用インクジェット専用紙やフィルムのような多孔性白色無機物を表面に塗工した被記録材に記録しても各種堅牢性、すなわち耐水性、耐湿性、耐オゾンガス性等の耐ガス性、および耐光性が良好であり、写真調の記録画像の長期保存安定性にも優れている。このため、記録メディアを選ばないことが特徴の一つであるインクジェット印刷に非常に適しているインクである。このように、上記式(1)の水溶性アントラピリドン化合物はインク用、特にインクジェット記録用インクに含有するマゼンタ色素として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明を詳細に説明する。尚、本明細書においては特に断りがない限り、スルホン酸基およびカルボキシ基などの酸性官能基は遊離酸の形で表す。
【0013】
本発明の新規アントラピリドン化合物は、前記式(1)で表される。式(1)中、Rは水素原子又はC1−C4のアルキル基を表し;X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC1−C8のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC1−C8のアルキル基であり;カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位または5位である。
【0014】
前記式(1)において、Rで表されるC1−C4のアルキル基としては、直鎖、分岐鎖及び環状アルキル基のいずれでもよいが、直鎖又は分岐鎖のものが好ましく、直鎖のものがより好ましい。該アルキル基の炭素数は、C1−C3がより好ましい。具体例としては、メチル、エチル、n−プロピル、n−ブチル等の直鎖;イソプロピル、2−メチルブチル、イソブチル、t−ブチル等の分岐鎖;及び、シクロプロピル、シクロブチル等の環状のアルキル基があげられる。上記の具体例のうち、最も好ましいものはメチルである。
【0015】
上記式(1)において、X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC1−C8のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC1−C8のアルキル基である。該C1−C8のアルキル基は、直鎖、分岐鎖及び環状のいずれでもよいが、直鎖又は分岐鎖が好ましく、直鎖がより好ましい。アルキル基の炭素数としては、C2−C8が好ましく、C2−C6がより好ましく、C3−C5がさらに好ましい。
該C1−C8のアルキル基の具体例としては、メチル、エチル、n−プロピル、n−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、n−ヘプチル、n−オクチル等の直鎖;イソプロピル、イソブチル、2−メチルプロピル、t−ブチル、イソペンチル、t−ペンチル、イソヘキシル、t−ヘキシル、イソヘプチル、t−ヘプチル、2−エチルヘキシル、イソオクチル、t−オクチル等の分岐鎖;シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル等の環状のものがあげられる。
上記の具体例のうち、好ましいものはエチル、n−プロピル、イソピロピル、n−ブチル、イソブチル、t−ブチル、n−ペンチル、t−ペンチル、n−ヘキシル、n−ヘプチル、n−オクチル、t−オクチル、2−エチルヘキシルであり、特に好ましいものはn−ブチルである。
【0016】
上記式(1)において、カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置は、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である。これらはいずれも好ましいが、4位置換体がより好ましい。
【0017】
上記のR、X及びYとして記載したもののうち、好ましいもの同士を組合わせた化合物はより好ましく、より好ましいもの同士を組合わせたものはさらに好ましい。さらに好ましいもの等についても同様である。
【0018】
本発明の前記式(1)で示されるアントラピリドン化合物の具体例を下記表1に示す。尚、表1中「置換位置」は、上記式(1)中、カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置を表し、「4」又は「5」の数字は、それぞれカルボキシ基を1位とした場合の該置換位置が4位又は5位であることを表す。
【0019】
【表1】

【0020】
上記式(1)の化合物は遊離酸、あるいはその塩の形としても存在する。上記式(1)の化合物の塩としては、無機又は有機の陽イオンとの塩が挙げられる。無機陽イオンの塩の具体例としてはアンモニウム塩やアルカリ金属塩、例えばリチウム、ナトリウム、カリウムなどの塩が挙げられる。また、有機の陽イオンとしては、たとえば下記式(2)で表される化合物の塩が挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0021】
【化2】

【0022】
(式(2)中、Z1〜Z4はそれぞれ独立に水素原子、C1−C4アルキル基、ヒドロキシC1−C4アルキル基又はヒドロキシC1−C4アルコキシC1−C4アルキル基を表わす。このうち、Z1〜Z4の全てが水素原子である組み合わせはアンモニウム塩である。)
【0023】
ここで、Z1〜Z4がアルキル基の例としてはメチル、エチル等があげられ;同じくヒドロキシアルキル基の例としてはヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、3−ヒドロキシプロピル、2−ヒドロキシプロピル、4−ヒドロキシブチル、3−ヒドロキシブチル、2−ヒドロキシブチル等があげられ;更にヒドロキシアルコキシアルキル基の例としては、ヒドロキシエトキシメチル、2−ヒドロキシエトキシエチル、3−(ヒドロキシエトキシ)プロピル、3−(ヒドロキシエトキシ)ブチル、2−(ヒドロキシエトキシ)ブチル等が挙げられる。
【0024】
前記塩のうち好ましいものは、ナトリウム、カリウム、リチウム、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミンの塩、及びアンモニウム塩等が挙げられる。これらのうち、特に好ましいものは、リチウム、ナトリウム、カリウム及びアンモニウム塩である。
【0025】
当業者においては明らかなように、上記式(1)の化合物の塩は以下の方法などにより容易に得ることができる。
例えば、後述する実施例1(4)における濃塩酸を添加してpHを5に調整する前の反応液、あるいは式(1)の化合物を含むウェットケーキ又は式(1)の化合物の乾燥品などを溶解した水溶液に食塩を加えて塩析し、析出固体を濾過することにより、上記式(1)の化合物のナトリウム塩をウェットケーキとして得ることができる。
又、得られたナトリウム塩のウェットケーキを水に溶解後、塩酸などの酸を加えてそのpHを適宜調整し、析出した固体を濾過することにより、上記式(1)の化合物の遊離酸を、あるいは式(1)の化合物の一部がナトリウム塩である遊離酸とナトリウム塩の混合物を得ることもできる。
更に、式(1)の化合物の遊離酸のウェットケーキを水と共に撹拌しながら、例えば、水酸化カリウム、水酸化リチウム、アンモニア水又は式(2)の化合物の水酸化物等を添加してアルカリ性にすれば、各々相当するカリウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩、又は4級アンモニウム塩を得ることもできる。
遊離酸のモル数に対して、加える上記の塩のモル数を制限することにより、例えばリチウムとナトリウムの混塩など、さらにはリチウム、ナトリウム、カリウム、及びアンモニウムの混塩なども調製することが可能である。
上記式(1)の化合物の塩は、その塩の種類により溶解性などの物理的な性質、あるいはインクとして用いた場合のインクの性能、特に堅牢性に関する性能が変化する場合もある。このため目的とするインク性能などに応じて塩の種類を選択することも好ましく行われる。
【0026】
本発明の一般式(1)の化合物を得るには、例えば4−又は5−スルホアンスラニル酸1.3モルと2,4,6−トリクロロ−s−トリアジン(シアヌルクロライド)1.3モルとを水中で、pH3〜3.5に調整しながら、5〜25℃、30分〜4時間反応させて得られる1次縮合物に、下記一般式(3)で表される化合物1.0モルを、pH3〜7、40〜70℃、10分〜3時間反応させることにより、下記式(A)で表される化合物が2次縮合物として得られる。なお、式(A)中、「4」及び「5」の数値はスルホ基の置換位置、すなわち4位又は5位をそれぞれ表す。
次いで、式(A)における塩素原子を、X及びYを置換基として有するアミン類1.0〜5モルをpH8〜11、70〜95℃、1〜5時間反応させることにより3次縮合物、すなわち上記式(1)で表される本発明の化合物が得られる。なお、縮合の順序は目的とする上記式(1)の化合物の置換基により適宜定められ、上記に限定されない。
【0027】
【化3】

【0028】

【0029】
なお、一般式(3)のアントラピリドン化合物は、例えば次のようにして得られる。即ち、下記式(4)で示される化合物1モルに5−アセチルアミノ−2−スルホアニリン1.1〜5モルを、DMF等の非プロトン性極性有機溶媒中、炭酸ナトリウムのような脱酸剤及び酢酸銅のような銅触媒の存在下、120〜140℃、2〜5時間、ウルマン反応を行って縮合し、下記式(5)で表される化合物が得られる。次いで式(5)中のアセチル基を硫酸等の強酸の存在下、90〜130℃で加水分解除去することにより、上記式(3)で表される本発明のアントラピリドン化合物が得られる。
【0030】
【化4】

【0031】
【化5】

【0032】
本発明の上記式(1)の色素は、反応後、塩酸などの鉱酸の添加により固体の遊離酸として単離する事ができ、得られた遊離酸の固体を水又は例えば塩酸水などの酸性水で洗浄することなどにより、不純物として含有する無機塩、例えば塩化ナトリウム等の金属陽イオンの塩化物や、硫酸ナトリウム等の硫酸陽イオンのアルカリ金属塩等、すなわち、本明細書でいうところの「無機不純物」を除去することができる。
これらの無機不純物は、上記式(1)の化合物を色素として含有するインク組成物及び/又はインクを調製する場合に、該インク等の保存安定性や、該インクを使用してインクジェット記録等を行う際の吐出安定性等に悪影響を与えることが多い。このため、上記式(1)で表されるアントラピリドン化合物の総質量中における、該無機不純物の含有量は少なくとも1質量%以下にすることが好ましく、下限は0質量%、すなわち分析機器における検出限界以下でもよい。
無機不純物の少ない色素を製造するには、例えば逆浸透膜による方法が知られている。その他の方法として、上記式(1)の化合物又はその塩の乾燥品あるいはウェットケーキを、メタノールなどのC1−C4アルコール及び水の混合溶媒中に懸濁させて撹拌した後、固体を濾取し、乾燥することによっても脱塩処理が可能である。
【0033】
上記式(1)の色素は、天然及び合成繊維材料又は混紡品の染色、さらには、筆記用インク及びインクジェット記録用インクの製造に適している。
上記式(1)の色素を含む反応液は、本発明のインク組成物の製造に直接使用する事も出来る。しかし、反応液から該化合物を単離、例えばスプレー乾燥などの方法により反応液などを乾燥して単離した後、得られた色素をインク組成物に加工することもできる。本発明のインク組成物は、上記式(1)で表される化合物を色素としてインク組成物の総質量に対して通常0.1〜20質量%、より好ましくは1〜10質量%、更に好ましくは2〜8質量%含有する。
【0034】
本発明のインク組成物は水を媒体として調製され、必要に応じて、水溶性有機溶剤及びインク調製剤を、本発明の効果を害しない範囲内において含有しても良い。水溶性有機溶剤は、染料溶解剤、乾燥防止剤(湿潤剤)、粘度調整剤、浸透促進剤、表面張力調整剤、消泡剤等として使用される。その他のインク調製剤としては、例えば、防腐防黴剤、pH調整剤、キレート試薬、防錆剤、紫外線吸収剤、粘度調整剤、染料溶解剤、褪色防止剤、乳化安定剤、表面張力調整剤、消泡剤、分散剤、及び分散安定剤等の公知の添加剤が挙げられる。
水溶性有機溶剤の含有量はインクの総質量に対して0〜60質量%、好ましくは10〜50質量%であり、インク調製剤は同様に0〜20質量%、好ましくは0〜15質量%用いるのが良い。上記以外の残部は水である。
【0035】
上記の水溶性有機溶剤としては、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、第二ブタノール、第三ブタノール等のC1−C4アルカノール(アルコール);N,N−ジメチルホルムアミドまたはN,N−ジメチルアセトアミド等のアミド類;2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、ヒドロキシエチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチルイミダゾリジン−2−オンまたは1,3−ジメチルヘキサヒドロピリミド−2−オン等の複素環式ケトン;アセトン、メチルエチルケトン、2−メチル−2−ヒドロキシペンタン−4−オン等のケトンまたはケトアルコール;テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル;エチレングリコール、1,2−又は1,3−プロピレングリコール、1,2−又は1,4−ブチレングリコール、1,6−ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、またはチオジグリコール等のC2−C6アルキレン単位を有するモノ、オリゴ又はポリアルキレングリコール又はチオグリコール;グリセリン、ヘキサン−1,2,6−トリオール等のポリオール(トリオール);エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルカルビトール)、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル等の多価アルコールのC1−C4モノアルキルエーテル;γ−ブチロラクトン又はジメチルスルホキシド等があげられる。
【0036】
上記の水溶性有機溶剤として好ましいものは、イソプロパノール、グリセリン、モノ、ジまたはトリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン及びブチルカルビトールであり、より好ましくはイソプロパノール、グリセリン、ジエチレングリコール、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン及びブチルカルビトールである。これらの水溶性有機溶剤は、単独もしくは混合して用いられる。
【0037】
防腐防黴剤としては、例えば、有機硫黄系、有機窒素硫黄系、有機ハロゲン系、ハロアリルスルホン系、ヨードプロパギル系、N−ハロアルキルチオ系、ベンゾチアゾール系、ニトリル系、ピリジン系、8−オキシキノリン系、イソチアゾリン系、ジチオール系、ピリジンオキシド系、ニトロプロパン系、有機スズ系、フェノール系、第4アンモニウム塩系、トリアジン系、チアジアジン系、アニリド系、アダマンタン系、ジチオカーバメイト系、ブロム化インダノン系、ベンジルブロムアセテート系、および無機塩系等の化合物が挙げられる。
有機ハロゲン系化合物としては、例えばペンタクロロフェノールナトリウムが挙げられる。
ピリジンオキシド系化合物としては、例えば2−ピリジンチオール−1−オキサイドナトリウムが挙げられる。
イソチアゾリン系化合物としては、例えば1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンマグネシウムクロライド、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンカルシウムクロライド、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンカルシウムクロライド等が挙げられる。
その他の防腐防黴剤としてソルビン酸ソーダ、酢酸ソーダ及び安息香酸ナトリウム等があげられる。
防腐防黴剤のその他の具体例としては、例えば、アベシア社製 商品名プロクセルGXL(S)およびプロクセルXL−2(S)等が好ましく挙げられる。
【0038】
pH調整剤は、インクの保存安定性を向上させる目的で、インクのpHを6.0〜11.0の範囲に制御できるものであれば任意の物質を使用することができる。例えば、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどのアルカノールアミン、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、水酸化アンモニウム、あるいは炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩などが挙げられる。
【0039】
キレート試薬としては、例えばエチレンジアミン四酢酸ナトリウム、ニトリロ三酢酸ナトリウム、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウム、ウラシル二酢酸ナトリウムなどがあげられる。
【0040】
防錆剤としては、例えば、酸性亜硫酸塩、チオ硫酸ナトリウム、チオグリコール酸アンモニウム、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、四硝酸ペンタエリスリトール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライトなどがあげられる。
【0041】
紫外線吸収剤としては、例えばベンゾフェノン系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物、桂皮酸系化合物、トリアジン系化合物、スチルベン系化合物、又はベンズオキサゾール系化合物に代表される紫外線を吸収して蛍光を発する化合物、いわゆる蛍光増白剤も用いることができる。
【0042】
粘度調整剤としては、水溶性有機溶剤の他に、水溶性高分子化合物があげられ、例えばポリビニルアルコール、セルロース誘導体、ポリアミン、ポリイミン等があげられる。
【0043】
染料溶解剤としては、例えば尿素、ε−カプロラクタム、エチレンカーボネート等があげられる。尿素を使用するのが好ましい。
【0044】
褪色防止剤は、画像の保存性を向上させる目的で使用される。褪色防止剤としては、各種の有機系及び金属錯体系の褪色防止剤を使用することができる。有機の褪色防止剤としてはハイドロキノン類、アルコキシフェノール類、ジアルコキシフェノール類、フェノール類、アニリン類、アミン類、インダン類、クロマン類、アルコキシアニリン類、及びヘテロ環類などがあり、金属錯体としてはニッケル錯体、及び亜鉛錯体などがある。
【0045】
表面張力調整剤としては、界面活性剤があげられ、例えばアニオン界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン界面活性剤、及びノニオン界面活性剤などがあげられる。
【0046】
アニオン界面活性剤としてはアルキルスルホカルボン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル酢酸塩、N−アシルアミノ酸およびその塩、N−アシルメチルタウリン塩、アルキル硫酸塩ポリオキシアルキルエーテル硫酸塩、アルキル硫酸塩ポリオキシエチレンアルキルエーテル燐酸塩、ロジン酸石鹸、ヒマシ油硫酸エステル塩、ラウリルアルコール硫酸エステル塩、アルキルフェノール型燐酸エステル、アルキル型燐酸エステル、アルキルアリルスルホン酸塩、ジエチルスルホ琥珀酸塩、ジエチルヘキルシルスルホ琥珀酸塩、ジオクチルスルホ琥珀酸塩などが挙げられる。
【0047】
カチオン界面活性剤としては2−ビニルピリジン誘導体、ポリ4−ビニルピリジン誘導体などがある。
【0048】
両性界面活性剤としてはラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、ヤシ油脂肪酸アミドプロピルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ポリオクチルポリアミノエチルグリシン、その他イミダゾリン誘導体などがある。
【0049】
ノニオン界面活性剤としては、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等のエーテル系;ポリオキシエチレンオレイン酸、ポリオキシエチレンオレイン酸エステル、ポリオキシエチレンジステアリン酸エステル、ソルビタンラウレート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタンセスキオレエート、ポリオキシエチレンモノオレエート、ポリオキシエチレンステアレートなどのエステル系;2,4,7,9−テトラメチル−5−デシン−4,7−ジオール、3,6−ジメチル−4−オクチン−3,6−ジオール、3,5−ジメチル−1−ヘキシン−3−オールなどのアセチレングリコール(アルコール)系(例えば、日信化学社製 商品名サーフィノール104、82、465、オルフィンSTG等)等が挙げられる。
【0050】
消泡剤としては、高酸化油系、グリセリン脂肪酸エステル系、フッ素系、シリコーン系化合物が必要に応じて用いられる。
【0051】
これらのインク調製剤は、単独もしくは混合して用いられる。なお、本発明のインクの表面張力は通常25〜70mN/m、より好ましくは25〜60mN/mである。同様に、インクの粘度は30mPa・s以下が好ましく、20mPa・s以下に調整することがより好ましい。
【0052】
本発明のインク組成物を製造するにあたり、添加剤などの各薬剤を溶解させる順序には特に制限はない。インク組成物を調製するにあたり、用いる水はイオン交換水又は蒸留水など不純物が少ない物が好ましい。
さらに、必要に応じメンブランフィルターなどを用いて精密濾過を行って夾雑物を除いてもよく、インクジェットプリンター用のインクとして使用する場合は精密濾過を行うことが好ましい。精密濾過を行うフィルターの孔径は通常1ミクロン〜0.1ミクロン、好ましくは、0.8ミクロン〜0.2ミクロンである。
【0053】
本発明の化合物を色素として含有するインク組成物は、印捺、複写、マーキング、筆記、製図、スタンピング、又は記録(印刷)、特にインクジェット記録における使用に適する。また本発明のインク組成物は、インクジェットプリンターのノズル付近における乾燥に対しても結晶の析出は起こりにくく、この理由によりヘッドの閉塞もまた起こりにくい。さらに本発明のインク組成物をインクジェット記録に用いた場合、水、光、オゾンや酸化窒素ガス、及び摩擦に対する良好な耐性を有する高品質のマゼンタ色の印捺物が得られ、特に普通紙に記録した画像の耐水性が極めて良好である。
【0054】
インクジェットプリンターにおいて、高精細な画像を供給することを目的に、高濃度のインクと低濃度のインクの2種類のインクが1台のプリンタに装填されたものもある。その場合、色素として本発明の化合物を高濃度に含有するインクと、低濃度に含有するインクとをそれぞれ調製し、それらをインクセットとして使用してもよい。またどちらか一方だけに該化合物を含有させてもよい。
また本発明の化合物が有する耐水性等の効果を阻害しない範囲で、公知のマゼンタ色素を併用してもよい。
また他の色、例えばブラックインクの調色用、あるいはイエロー色素やシアン色素と混合して、レッドインクやブルー(又はバイオレット)インクを調製する目的で、本発明の化合物を色素として用いることもできる。
【0055】
本発明の着色体とは本発明の化合物で着色された物質のことである。着色体の材質には特に制限はなく、例えば紙、フィルムなどの情報伝達用シート、繊維や布(セルロース、ナイロン、羊毛等)、皮革、カラーフィルター用基材等、着色されるものであればなんでも良く、これらに限定されない。着色法としては、例えば浸染法、捺染法、スクリーン印刷等の印刷法、インクジェットプリンターによる方法等があげられるが、インクジェットプリンターによる方法が好ましい。
【0056】
上記の情報伝達用シートとしては、特に制限はなく、普通紙はもちろん、表面処理されたもの、具体的には紙、合成紙、フィルム等の基材にインク受容層を設けたものなども用いることができる。ここでインク受容層とは、例えば上記基材にカチオン系ポリマーを含浸あるいは塗工する方法;または多孔質シリカ、アルミナゾルや特殊セラミックスなどのインク中の色素を吸収し得る無機微粒子をポリビニルアルコールやポリビニルピロリドン等の親水性ポリマーと共に上記基材表面に塗工する方法;などにより設けられる。このようなインク受容層を設けたものは通常インクジェット専用紙、インクジェット専用フィルム、光沢紙、または光沢フィルム等と呼ばれる。
普通紙とは、特にインク受容層を設けていない紙のことを意味し、用途によってさまざまなものが数多く市販されている。市販されている普通紙の一例を挙げると、インクジェット用としては、両面上質普通紙(セイコーエプソン社製);カラー普通紙(キヤノン社製);Multipurpose Paper、All−in−one Printing Paper(いずれもHewlett Packard社製)などがある。この他、特に用途をインクジェット印刷に限定しないPPC用紙なども普通紙である。
本発明のインク組成物は、上記のような普通紙に記録した画像の耐水性が特に優れているが、その他の光、オゾン、湿度や摩擦などに対する耐性にも優れる。一方、上記のインクジェット専用紙などに記録した画像の耐水性にも非常に優れ、また同様に耐光性、耐ガス性、耐湿性及び耐擦性などにも優れる。
【0057】
本発明のインクジェット記録方法で、被記録材に記録するには、例えば上記のインク組成物が充填された容器をインクジェットプリンターの所定位置にセットし、通常の方法で、被記録材に記録すればよい。
本発明のインクジェット記録方法は、本発明のインク組成物と共に、イエロー、シアン、必要に応じて、グリーン、ブルー(又はバイオレット)、レッド、及びブラック等の各インクを併用しうる。この場合、各色のインクは、それぞれの容器に注入され、それらの容器を、インクジェットプリンターの所定位置に装填して使用する。
インクジェットプリンターには、例えば機械的振動を利用したピエゾ方式;及び加熱により生ずる泡を利用したバブルジェット(登録商標)方式等を利用したものがある。本発明のインクジェット記録方法は、いかなる方式であっても使用が可能である。
【0058】
本発明のインク組成物は、鮮明なマゼンタ色であり、普通紙やインクジェット専用紙等に記録した画像の鮮明度が高く、インクジェット記録法に適した色相を有する。また、その記録画像の堅牢度、特に耐水性が非常に高いことを特徴とする。
本発明のインク組成物は貯蔵中に色素成分等が沈澱、分離することがない。また、本発明のインク組成物をインクジェット記録に使用した場合、ノズル付近におけるインク組成物の乾燥による結晶の析出は非常に起こりにくく、噴射器(インクヘッド)を閉塞することもない。本発明のインク組成物は連続式インクジェットプリンターを用い、比較的長い時間間隔においてインクを再循環させて使用する場合においても、又はオンデマンド式インクジェットプリンターによる断続的な使用においても、物理的性質の変化を起こさない。
【実施例】
【0059】
以下に本発明を更に実施例により具体的に説明する。尚、本文中「部」及び「%」とあるのは、特別の記載のない限り質量基準である。
【0060】
実施例1
(1)
N,N−ジメチルホルムアミド450部中に、撹拌しながら、Rがメチルで表される上記式(4)の化合物51.0部、炭酸ナトリウム23.9部、酢酸第二銅・一水和物18.0部及び5−アセチルアミノ−2−スルホアニリン114.0部を順次仕込み、昇温した。130〜135℃の温度にて3時間反応を行った。次いで、反応液を冷却し、20℃にて30分撹拌後、析出固体を濾取し、メタノール300部で洗浄後、乾燥して、Rがメチルで表される上記式(5)の化合物62.9部を赤色結晶として得た。
【0061】
次に、水471部中に、冷却下96%硫酸513部を滴下し、50%硫酸を調製し、これに上記のようにして得られたRがメチルで表される式(5)の化合物61.3部を添加した。反応液を昇温し、還流下(123℃)3時間反応を行った。反応液を水冷し、約25℃にて1時間撹拌後、析出固体をろ取し、水120部で洗浄し、赤色のウェットケーキを得た。得られたウェットケーキを、水2000部、24%水酸化ナトリウム水溶液80部の混合液中に、撹拌下徐々に添加した。室温にて1時間撹拌後、該水溶液をろ過して少量の不溶解分をろ別した。撹拌下、得られた母液に食塩100部を添加して、1時間室温にて撹拌後、析出固体をろ取、乾燥して、Rがメチルで表される上記式(3)の化合物50.2部を赤色結晶として得た。
【0062】
(2)
氷水120部にレオコールTD−50(非イオン界面活性剤:ライオン株式会社製)0.3部を加え、溶解後シアヌルクロライド7.3部を添加し、30分撹拌した。次に、4−スルホアンスラニル酸(純度74.5%、ウエットケーキの市販品をそのまま使用、残分はケーキ中に含まれる水分)12.2部を添加し、10〜15℃の温度で10%水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、反応系内のpHを3〜3.5に保ち、1時間1次縮合反応を行い、シアヌルクロライドと4−スルホアンスラニル酸の1次縮合物を含有する反応液を得た。
【0063】
(3)
上記実施例1(2)で得られた反応液中に、上記実施例1(1)で得られたRがメチルで表される上記式(3)の化合物14.1部を加え、60〜65℃の温度へ昇温し、10%水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、反応系内のpHを3.8〜4.2に保ち、1時間反応を行うことにより、下記式(6)で表される2次縮合物を含有する反応液を得た。
【0064】
【化14】

【0065】
(4)
上記実施例1(3)で得た2次縮合物を含む反応液に、攪拌しながら、n−ブチルアミン6.6部を添加し、85℃の温度で、25%水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、反応系内のpHを10.0に保ち、2時間反応を行った。反応液を濾過して不溶解物を濾別した後、得られた母液の液量を、温水にて総量600部に調整した。さらに該母液の液温を60〜65℃に保ちながら濃塩酸を添加してpHを5に調整し、次いで塩化アンモニウム60部を添加し、30分攪拌して結晶を析出させた。更に該母液に濃塩酸を添加してpHを3.0に調整後30分攪拌した。析出結晶をろ取して、上記表1における化合物No.1の化合物の赤色ウェットケーキ140部を得た。
【0066】
(5)
上記実施例1(4)で得られたウェットケーキ140部を、メタノール400部中に加え、液温を60〜65℃に加熱して、1時間攪拌した後、析出固体を濾取し、メタノールで洗浄、乾燥し、無機不純物を精製した上記表1における化合物No.1(下記式(7)で表される化合物)のアンモニウム塩24.7部を赤色結晶として得た。
λmax:524nm(水溶液中での測定値)
【0067】
【化7】

【0068】
実施例2
(A)インクの調製
上記実施例1(5)で得られた式(7)の化合物、及びその他のインク調製剤等を、下記表2に示した組成比で混合して本発明のインク組成物を得た。得られたインク組成物を0.45μmのメンブランフィルターで濾過する事により夾雑物を除いた。尚、水はイオン交換水を使用し、インク組成物のpHがおよそ9.0となるようにアンモニア水で調整後、総量が100部になるように水を加えた。
【0069】
表2(インク組成物の組成比)
実施例1(5)で得られた式(7)の化合物 4.0部
グリセリン 5.0部
尿素 5.0部
N−メチル−2−ピロリドン 4.0部
イソプロピルアルコール 3.0部
ブチルカルビトール 2.0部
商品名サーフィノール104PG50(注) 0.1部
アンモニア水+水 76.9部
計 100.0部
(注)アセチレングリコ−ル系ノニオン界面活性剤、日信化学社製
【0070】
比較例1
実施例1(5)で得られた上記式(7)の化合物のかわりに、特許文献1の色素の例として表1のNo.19に記載の色素を用いる以外は実施例2と同様にして、比較用のインク組成物を調製した。用いた色素の構造式を下記式(8)に示す。尚、下記式(8)の化合物はアンモニウム塩として合成し、これを用いた。
【0071】
【化8】

【0072】
(B)インクジェットプリント
インクジェットプリンター(キヤノン社製 商品名:PIXUS ip4100)を用いて、表3に示す5種類の普通紙にインクジェット記録を行った。インクジェット記録の際、チェック柄のパターン(濃度100%と0%の1.5mm角正方形を交互に組み合わせたパターン)を作成し、コントラストの高いマゼンタ−ホワイトの印字物を得た。また、反射濃度が数段階の階調が得られるように画像パターンも作成し、マゼンタ色のグラデーションを有する印字物を得た。
耐水性試験の目視判断を行う際には、チェック柄の印刷物を用いた。
耐水性試験の色素残存率測定は、グラデーションを有する印字物を用い、試験前の印字物の反射濃度D値が1に最も近い部分について反射濃度の測定を行った。反射濃度は測色システム(GretagMacbeth社製、商品名SectroEye)を用いて測定した。
記録画像の各種試験方法および試験結果の評価方法を以下に記載する。
【0073】
表3
普通紙1
キヤノン社製
商品名LBP PAPER LS−500
普通紙2
Hewlett Packard社製
商品名Multipurpose Paper
普通紙3
Hewlett Packard社製
商品名All−in−One Printing Paper
普通紙4
セイコーエプソン社製
両面上質普通紙 KA4250NPD
普通紙5
キヤノン社製
カラー普通紙 LC−301
【0074】
(C)印刷物のL*、a*、b*の測定
プリントしたグラデーションを有する印字物中で、もっとも反射濃度が高い部分について上記測色システムを用いてL*、a*、b*値を測定した。
実施例2の結果を表4に、比較例1の結果を表5に、比較例2の結果を表6にそれぞれ記す。目視による色相は、実施例2及び比較例1のいずれもが高鮮明なマゼンタ色を示し、良好であった。
【0075】
表4
実施例2
L* a* b*
普通紙1 55.3 57.0 −6.9
普通紙2 57.8 53.9 −11.2
普通紙3 58.0 52.6 −10.2
普通紙4 59.9 47.4 −11.9
普通紙5 54.3 62.4 −7.2

表5
比較例1
L* a* b*
普通紙1 55.8 55.5 −8.4
普通紙2 58.4 51.3 −12.1
普通紙3 58.5 48.9 −12.9
普通紙4 59.7 47.6 −10.6
普通紙5 55.6 61.9 −8.7
【0076】
(D)耐水性試験1(蒸発乾燥試験)
印刷後24時間乾燥を行ったチェック柄の印字物に対して、イオン交換水を1滴滴下し、そのまま自然乾燥した。乾燥後、パターンのにじみの程度を目視で評価し、以下の基準で3段階に評価した。
全く滲みが無い(どこに滴下したのか判別不可能)・・・・○
ほとんど滲みが無い(滴下した場所は判別できる)・・・・△
明らかに滲んでいる・・・・・・・・・・・・・・・・・・×
結果を表6に示す。
【0077】
(E)耐水性試験2(浸漬試験)
印刷後24時間乾燥を行ったチェック柄の印字物に対して、イオン交換水中に1時間浸漬した。乾燥後、パターンの着色部分の色落ち具合とホワイト部分の着色具合とを目視で評価し、以下の基準で3段階に評価した。
色落ちや着色が全く無い・・・・・・・・・・・・○
色落ちや着色がやや見られる・・・・・・・・・・△
明らかに色落ちや着色が見られる・・・・・・・・×
結果を表7に示す。
【0078】
(F)耐水性試験3(浸漬試験)
印刷後24時間乾燥を行ったグラデーションの印字物に対して、イオン交換水中に1時間浸漬した。乾燥後、反射濃度を前記の測色システムを用いて測色した。測定後、色素残存率を(試験後の反射濃度/試験前の反射濃度)×100(%)で計算して求め、以下の基準で3段階で評価した。
色素残存率が90%以上・・・・・・・・○
色素残存率が50%以上90%未満・・・△
色素残存率が50%未満・・・・・・・・×
結果を表8に示す。
【0079】
表6 耐水性試験1の結果

普通紙1 普通紙2 普通紙3 普通紙4 普通紙5
実施例2 △ ○ ○ ○ ○
比較例1 × △ △ ○ ○

表7 耐水性試験2の結果

普通紙1 普通紙2 普通紙3 普通紙4 普通紙5
実施例2 △ △ △ ○ ○
比較例1 × × × × ○

表8 耐水性試験3の結果

普通紙1 普通紙2 普通紙3 普通紙4 普通紙5
実施例2 △ ○ ○ ○ ○
比較例1 × × × △ ○
【0080】
表6〜8の結果より明らかなように、耐水性試験1では普通紙1、2及び3での試験において実施例2が比較例1よりも明らかに良好である結果となった。また、耐水性試験2でも普通紙1、2、3及び4での試験において実施例2が比較例1よりも明らかに良好である結果が得られた。耐水性試験3においても普通紙1、2、3及び4での試験において実施例2が比較例1よりも明らかに良好である結果が得られた。すわなち、比較例1に対して実施例2の記録画像は、目視及び測色結果のいずれにおいても極めて優れた耐水性を示し、本発明の色素及びこれを含有するインクの有用性が明らかとなった。
【0081】
以上の結果から、本発明の水溶性アントラピリドン化合物はインクジェット記録用のインク組成物を調製するのに適しており、各種の堅牢性、特に耐水性に極めて優れ、また水溶解性が高く、良好で鮮明な色相を持つ。これらの特徴から、本発明のアントラピリドン化合物は各種の記録用インク色素、特にインクジェットインク用のマゼンタ色の色素として非常に有用な化合物であることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるアントラピリドン化合物又はその塩
【化1】

(式中、Rは水素原子またはC1−C4のアルキル基を表し、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC1−C8のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC1−C8のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である。)。
【請求項2】
Rはメチル基であり、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC2−C6のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC2−C6のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位又は5位である、
請求項1に記載のアントラピリドン化合物又はその塩。
【請求項3】
Rはメチル基であり、
X及びYはそれぞれ独立して水素原子またはC3−C5のアルキル基を表すが、少なくとも一方がC3−C5のアルキル基であり、
カルボキシ基が置換するベンゼン環上のスルホン酸基の置換位置が、カルボキシ基を1位とした場合に4位である、
請求項1または2に記載のアントラピリドン化合物又はその塩。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物又はその塩を色素として含有し、さらに水を含有することを特徴とするインク組成物。
【請求項5】
水溶性有機溶剤をさらに含有する請求項4に記載のインク組成物。
【請求項6】
インクジェット記録用である請求項5に記載のインク組成物。
【請求項7】
色素として含有する請求項1乃至3のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物の総質量中における無機不純物の含有量が、該化合物の総質量に対して1質量%以下である請求項4乃至6のいずれか一項に記載のインク組成物。
【請求項8】
色素として含有する請求項1乃至3のいずれか一項に記載のアントラピリドン化合物の含有量が、組成物の総質量に対して0.1〜20質量%の範囲である請求項4乃至7のいずれか一項に記載のインク組成物。
【請求項9】
インク滴を記録信号に応じて吐出させて被記録材に記録を行うインクジェット記録方法において、インクとして請求項4乃至8のいずれか一項に記載のインク組成物を用いることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項10】
被記録材が情報伝達用シートである請求項9に記載のインクジェット記録方法。
【請求項11】
情報伝達用シートが普通紙又は多孔性白色無機物を含有するインク受像層を有する請求項10に記載のインクジェット記録方法。
【請求項12】
請求項4乃至8のいずれか1項に記載のインク組成物により着色された着色体。
【請求項13】
着色がインクジェットプリンターによりなされた請求項12に記載の着色体。
【請求項14】
請求項4乃至8のいずれか一項に記載のインク組成物を含有する容器が充填されたインクジェットプリンター。

【公開番号】特開2009−79022(P2009−79022A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−251405(P2007−251405)
【出願日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】